【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#276 [◆1y6juUfXIk]
ノックしようと息を整えた時、太郎は彼女の声を聞いた。
否、ただの声じゃない。
呻き声だ。
「なんだ…?」
裏のベランダに回り、カーテンの隙間から中をうかがう。
スーツ姿の男が1人いて、何か喋っているようだ。
こちらからは足ぐらいしか見えないが、奥に花子の姿も確認できた。
男は血の滲んだナイフを片手に下げていた。
太郎は思わず1歩後退する。
胃の底から恐怖がわき上がってきていた。
眼前のガラス窓に、自分の姿が写る。
その姿に、絞り出すような小声で言った。
:08/09/14 19:35 :P903i :☆☆☆
#277 [◆1y6juUfXIk]
「逃げろよ。逃げてあの木で吊っちまえ。……そう言いたいんだろ?
確かにいい案だ。
だってあれだろ、俺はチンピラにすらびびっちまう男だし、どうせ死ぬわけだし、なんつーかさ」
言い訳をするだけして、最後に固く目を閉じた。
「今日1日はまだ、花子を助ける日だ。そうだろ?」
ベランダを見回すと、手頃なサイズの石を見つけた。
それを手に取り、ガラス窓に投げつけた。
「!?」
男が弾かれたように振り返る。
鼻息は荒く、目は充血して血走っていた。
その奥には花子が、下着姿でベッドに縛り付けられて、猿グツワを咬まされていた。
:08/09/14 19:36 :P903i :☆☆☆
#278 [◆1y6juUfXIk]
花子は全身を浅く刻まれており、白い肌に赤い傷口が縦横に走っている。
「いきなり入ってきて何処のどちら様だコラ。取り込み中だ出ていけ」
「こりゃ、テメェがやったのか?」
「――!!」
ベッドで花子が言葉にならない叫びを上げている。
「逃げて」だろうか。それとも「私に構うな」だろうか。
「この女の新しい男か。ふん…趣味が悪いな」
「お前が言うな、変態野郎が」
「出ていけと言ったはずだが?」
:08/09/14 19:37 :P903i :☆☆☆
#279 [◆1y6juUfXIk]
男はナイフを小さく払い、指で回して逆手に持ち変えた。
相当に使い慣れているらしい。
(だが落ち着け、奴は俺が『武器』を持ってるのを知らない。一瞬でもいい、気を逸らせれば…)
「どうした、ビビったか? ふん、その様子じゃこの女がどんな奴か知らないらしいな」
「は?」
「こいつは元コールガールで、さらに――」
「――!!」
縛り付けられている花子が、全身の力を込めてベッドの上でのたうち回った。
その拍子にベッドサイドに置かれていた目覚まし時計がひっくり返って、派手な音を立てる。
男の視線が、一瞬だけそちらに向いた。
:08/09/14 19:37 :P903i :☆☆☆
#280 [◆1y6juUfXIk]
今この瞬間だけ、俺は俺じゃない。俺が書く小説に出てくるような、タフでクールなナイスガイだ。
太郎は自分にそう言い聞かせた。
ポケットに手を突っ込む。
一次選考通過者に贈られた万年筆。
太郎にとっては大事なそれを、躊躇なくポケットから抜いた。
抜くと同時に親指でキャップを弾く。
弾くと同時に踏み込んで、男の胸めがけてねじり込む。
「くっ!?」
「だああああ!!」
:08/09/14 19:38 :P903i :☆☆☆
#281 [◆1y6juUfXIk]
腕の力だけでは、人間の体にナイフはそうそう簡単に刺さるものじゃない。
タックルをかける要領で体をぶつけ、自分の体重を使って突き立てる。
花子に教わった通りのやり方を、狂いなく実行した。
男ともつれ合って床を転がる。
「ぐぎゃあああ!!! ひいいいい!!!」
「うるせぇな、黙ってろよ」
先に立ち上がった太郎が、床でのたうち回る男の顔面を、渾身の力を込めて踏みつけた。
男が気絶したのを確認し、花子の猿グツワと縄をほどく。
:08/09/14 19:38 :P903i :☆☆☆
#282 [◆1y6juUfXIk]
「警察を呼ぼう」
「それは……」
「やっぱり何か事情があるんだな? …とりあえずうち来いよ」
花子に服を着せ、気絶した男を路地裏に放り出して救急車を呼んだ。
太郎の家で、とりあえず花子の傷に薬を塗る。
男から引っこ抜いてきた万年筆についた血をタオルで拭いながら、太郎は花子に聞いた。
「あの野郎がお前のピンプか?」
:08/09/14 19:39 :P903i :☆☆☆
#283 [◆1y6juUfXIk]
花子は無言で首を横に振る。
「私のピンプはあいつが殺した」
「え?」
「あいつ自身のことはよく知らない。警察だか何だかの関係者らしいけど……
最初は客として来て、2度目に仕事をしないかって持ちかけられた。仕事内容は殺し。
ハニートラップ、って聞いたことない?」
「……いや」
:08/09/14 19:39 :P903i :☆☆☆
#284 [◆1y6juUfXIk]
「当時の私は欲に目が眩んで、いろんな奴を殺した。ナイフの使い方も、男の喜ばせ方もあいつに教わった。
クソ仕事だった。でも逆らえば何をされるか分からないし、それに……」
「金か」
「…しょうがなかったんだ!! 高校も出てない、家族もいない私なんて他にどうすることも……」
「誰も咎めてないよ。だから落ち着け」
「……ごめん…」
:08/09/14 19:40 :P903i :☆☆☆
#285 [◆1y6juUfXIk]
いつの間にか花子の目は、涙で少し滲んでいた。
太郎は、静かに花子の肩を抱いた。
「……それで金が貯まって…あいつから逃げ出したってわけか。だがあいつは追ってきた、と」
「そう」
花子は、手のひらで顔を覆った。
「私の人生は、真っ暗だった。夢を持っていたあなたが羨ましかった。
……私は生き延びても、やる事が何もないの。ただ追われ続けるだけ……それで、あの木に行ったらあなたがいて……」
そこで花子は言葉を切り、しばらく顔を覆ったまま沈黙した。
太郎も何も言わず、花子を見守っていた。
:08/09/14 19:41 :P903i :☆☆☆
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