【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#124 [◆KHkHx8enOg]
とにかく大嫌いなのだ。
それは向こうも認めていた。
それなのに、今の孝の表情は何なのか。
流石に泣いてはいないものの、すっかり気の抜けた顔をしている。
大して興味はないが、孝のそんな表情を見るのはなかなか面白かった。
たまにはこんな夢も悪くはないな、と私は心の中で微笑んだ。
:08/09/14 17:35 :SH905i :☆☆☆
#125 [◆KHkHx8enOg]
しばらくして、私は焦りを覚えた。
これは現実だ。
突然そんなことを思い始めていた。
こんな夢は有り得ない。
場面は一向に変わる気配はないし、何よりリアルすぎる。
:08/09/14 17:36 :SH905i :☆☆☆
#126 [◆KHkHx8enOg]
…では、私が座布団代わりにしているこの棺桶の中に眠る、私そっくりな人物は誰だ。
そっくりというか、見る限りでは毎朝鏡で見る私自身だ。
じゃあやはり夢だろう。
私はここにいるし、誰も私に反応しない。
これが現実であるはずがない。
だが、ただ一つだけ、私の脳裏に現実的な答えが巡った。
:08/09/14 17:36 :SH905i :☆☆☆
#127 [◆KHkHx8enOg]
もしかして…
「私…死んだ?」
私の言葉に誰も反応しなかった。
私の前で、お坊さんの唱えるありがたいお経は終わりを告げた。
家族がお礼をしている姿が映ったが、私はそれどころではなかった。
受け入れがたい仮説に、どうしていいかわからなかった。
:08/09/14 17:37 :SH905i :☆☆☆
#128 [◆KHkHx8enOg]
その後、わかったことが二つあった。
一つは、やはりこれは夢じゃないこと。
もう一つは私は間違いなく死んでいること。
最高に現実的な悪夢を見ている訳でないなら、私の姿や声に誰か反応するはずだし、体が浮くことも、人や物を体が突き抜けることもないはずだ。
私は目の前で起きている事実を痛感せずにはいられなかった。
:08/09/14 17:38 :SH905i :☆☆☆
#129 [◆KHkHx8enOg]
ドアノブを握ろうとした私の手が、無抵抗に空を掴んだ。
私は小さく溜め息を漏らした。
確かにここに存在するのに、触れられない。
すでに時計は午後十一時を指していた。
ドアという一枚の壁をものともせず、身体は向こう側へと通り抜ける。
:08/09/14 17:39 :SH905i :☆☆☆
#130 [◆KHkHx8enOg]
リビングは、電気も付けていない薄暗さの中、母が静かに泣いていた。
譫言のように私の名前を呼ぶ母の姿は痛々しく、胸が締め付けられた。
涙が出ない。
死人には涙は必要ない、ということか。
涙が出ない自分への悔しさと母への申し訳なさが拳を強く握った。
:08/09/14 17:39 :SH905i :☆☆☆
#131 [◆KHkHx8enOg]
「お母さん…」
やはり返事はない。
私は落胆するように肩を落とした。
自分だけ隔離された世界にいるように感じた。
「私はここにいるよ…」
母の横に立ってみたが反応は得られなかった。
:08/09/14 17:40 :SH905i :☆☆☆
#132 [◆KHkHx8enOg]
「…お母さん。ごめんね、ごめんねっ…!」
通り抜けないように母を抱きしめる形になるよう身体を合わせた。
謝罪の言葉を漏らした途端、その僅かな心の亀裂から溢れ出してきた想いが、波のように押し寄せてきた。
「今まで育ててくれたのに、先に死んでごめん…。たくさん愛情を注いでくれたのに、返せなくてごめんっ…。親孝行しなきゃいけないのに、最後に悲しませてごめん…!もう一緒の世界に居れなくてごめんっ…!」
:08/09/14 17:41 :SH905i :☆☆☆
#133 [◆KHkHx8enOg]
唇を強く噛んで沸き上がる気持ちを抑える。
痛みはないが、胸の奥はいつまでもキリキリと痛んだ。
母は突然泣き止んで私の身体を突き抜けて立ち上がると、私の抜け殻がある部屋に入って行った。
私には、後を追う勇気がなかった。
あれ以上、大好きだった母の哀しむ姿を見るのは堪えられなかったのだ。
私は、朝までソファに座っていた。
:08/09/14 17:42 :SH905i :☆☆☆
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