【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#216 [◆1y6juUfXIk]
:08/09/14 18:57 :P903i :☆☆☆
#217 [◆1y6juUfXIk]
彼は洗面台に手をつき頭を垂れ、盛大にため息を吐き出す。
ゆっくりと顔を上げ、目の前のやさぐれた顔の男に告げた。
:08/09/14 18:58 :P903i :☆☆☆
#218 [◆1y6juUfXIk]
「まずは誕生日おめでとう。そして、早速だが本題に入る。
お前が目指してきたのは小説家だったな? もう何年もありとあらゆる賞に送りまくっている。
結果は……言わなくても分かるな。散々だ。
お前が他の全てにおいて無能でも今まで生きてこれたのは、ひとえに小説があったおかげだ。
しかしその小説が通じないとわかった今、お前の存在価値なんてどこにもありはしない。そうだろう?
……とまぁ、以上の理由から」
言葉を切り、再びため息をひとつ。
「…お前の人生を失敗と認定する。おめでとう」
自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-
:08/09/14 18:59 :P903i :☆☆☆
#219 [◆1y6juUfXIk]
目の前の男はうなだれていた。
今まで何となくではあるが気付いていた事を、こうして真正面からはっきりと言われたのだから、当然と言えば当然だった。
彼…太郎もまた、その事を告げるのには相当に悩み苦しんだことだろう。
だが、もう誤魔化すことなどできなかった。
「失敗だ。何もかも失敗だったんだよ」
目の前の男は、太郎だった。
要するに太郎は洗面台で、鏡に写った自分自身に話しかけていたのだ。
「それじゃ、行くか」
一次選考落選の通知をゴミ箱に捨てて、辺りを見回す。
こういう時は、身の回りの整理をすればいいのだろうか。
:08/09/14 19:00 :P903i :☆☆☆
#220 [◆1y6juUfXIk]
ぼんやりと色々考えた結果、太郎は1本の万年筆だけ持っていくことにした。
とある賞の一次選考通過者全員にプレゼントされた品だ。
それが唯一、太郎が一次選考を通過できた賞だった。
安っぽい作りだが、太郎にとっては宝物だった。
それをポケットに入れて、財布を持って家を出る。
家の鍵はもう要らないし、かける必要もない。
家を出ると、季節外れの涼しい風が顔を撫で上げた。
半袖では少し肌寒いが、気にする程でもないし気にする必要もなかった。
:08/09/14 19:01 :P903i :☆☆☆
#221 [◆1y6juUfXIk]
どこを見ても灰色しかない、コンクリートに塗り固められた住宅街に1歩踏み出す。
足がやけに重く感じた。
周囲の家を見渡すと、どこか物悲しくなった。
カラッとよく晴れた過ごしやすい天気だったが、太郎の胸はコンクリートを詰め込んだように重かった。
「この風景も見納めか…」
向かった先は、ショッピングモールにあるスポーツ用品店。
入ってすぐに、愛想のよい女性店員が笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ」
「ロッククライミングをするんだ。命綱になるロープはあるかい?」
「それでしたらこちらに。何メーターほどご入用なさいますか?」
「2メートルでいい」
:08/09/14 19:02 :P903i :☆☆☆
#222 [◆1y6juUfXIk]
当たり前だが、店員は変な顔をした。
「2メートル…ですか?」
「ああ。2メートルで」
当然だろう。
2メートルは命を救うには短すぎるが、命を捨てたい奴にとっては悪くない長さだ。
それに命綱で首を吊るなんてまさにブラックジョーク、気が利いているというもの。
ロープに加えて折り畳み椅子を持ち、そのままレジへ向かう。
さっきの店員が今度は不安そうな顔をしていたが、太郎は気にせず店を出た。
向かった先は駅。
路線図の一番端に書いてある駅へ向かう切符を買って、改札を通る。
:08/09/14 19:03 :P903i :☆☆☆
#223 [◆1y6juUfXIk]
太郎はホームの黄色い線の内側に立ち、周りの人間を眺めながら考えた。
(例えば俺が今ここで「俺は今から死にに行くんだ!」って叫んだら、どうなるんだろうな…)
まぁ目を合わせないようにするだけで、止めてくれるような親切な奴はいないだろう。
現代社会なんてそんなもんだ。
皆、自分が生きていくのに必死で、赤の他人に興味なんて持っていない。
まぁ、別に止めてほしくもない。むしろ迷惑だ
太郎自身、実に淡々とした気分だった。
まるで工場の中で次から次へと流れてくるパーツを組み立てる機械のように。
:08/09/14 19:03 :P903i :☆☆☆
#224 [◆1y6juUfXIk]
(安いもんだな、人の命なんて)
恐らくこのホームにいる誰もが2メートルの命綱を買えるだけの金を持ってるだろうし、それを引っかける場所もいくつか思い付くだろう。
そんな金すら持ってない子供なんかも、マンションの階段を屋上まで上がる体力さえあれば死ねるのだ。
普段の生活では『死』は何か遠いところにあるもののように感じるが、実際は常に手が届く距離にある。
人は、買い物に行くように、遊びに行くように、死ににいけるのだ。
:08/09/14 19:04 :P903i :☆☆☆
#225 [◆1y6juUfXIk]
電車に乗り込んだ太郎は座席に腰を下ろし、静かに瞼を閉じていた。
瞼の裏に浮かぶのは大木の姿。
大きくてがっしりした木だ。枝も手頃な高さにあり、太さも申し分ない。
最近は、いついかなる時でもこの大木の光景が視界に割り込んでくる。
「あっ、そういや遺書を書いてなかったな」
作家らしく時世の句でも、と考えたが、すぐに面倒くさくなった。
別にどうでもいいことだ。
恋人も、友人すらもいないのに、誰に何を言い残すというのか。
遺書なんて書く意味もなかった。
だがそれはつまり、自分が今日で消えてなくなっても、この世には何の影響もないことの証明でもあった。
:08/09/14 19:05 :P903i :☆☆☆
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