【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#352 [◆8HAMY6FOAU]
もう少し走れば辿り着く。
目指していた建物の大きな影を認めて、俺はそれを畏敬の念を含んだ眼差しで見上げた。
――もう繕ったりしない。
今まで平気で嘘を吐いて虚勢を張って誤魔化してきた愚かな背徳者は、ありのままを曝け出すと誓うよ。
それが俺の償いだ。
彼女のマンションのエントランスは花畑と見紛うほど植木や花壇で溢れていて、ここを通る度にお前は場違いだと言われているような被害妄想に苛まれた。
この世で最も美しく我が身にとってただ唯一守るべき花を放り出して、簡単に股を開く安っぽく汚らわしい女たちと交わるような汚れた人間はここに来てはいけないんだ、と。
:08/09/14 22:34 :SH903i :☆☆☆
#353 [◆8HAMY6FOAU]
だから俺はよっぽどのことがない限り彼女の部屋に入らなかった。
そして今、俺と彼女の間によっぽどすぎるくらいよっぽどの事態が起きている。
俺は迷わず足を進めた。
彼女の部屋は四階の端、エレベータで上がるとすぐだ。
四階のボタンを押して気付いた。俺の眼からは相変わらず涙が流れている。
もう顔面の感覚が麻痺して、自分の顔がどんな表情を映しているのかさえわからない。
というか、髪も服もビショビショ、顔は恐らく最低にひどい状態でしかも泣いている。
こんな無様な恰好を彼女に見せるのはいくらなんでも、と躊躇ってから、すぐに思い直した。
:08/09/14 22:35 :SH903i :☆☆☆
#354 [◆8HAMY6FOAU]
これでいいんだ。
彼女の前で、俺は繕いすぎた。
だから虚構にがんじがらめにされて、真実を隠すのに必死になって、彼女の透き通る視線に怯えるような馬鹿になってしまった。
全身にかかっていた重力が解け、目の前の壁が両側に開いた。その先にある薄暗い世界は、しかし、さっきまでよりいくらか明度を上げたように感じた。
エレベータは俺を四階に降ろすとまたすぐに上昇を開始する。
それを見届けてから、俺はびしょ濡れの髪を弄んで無造作に整えた。
上着を脱いでギュウっと絞ると、大量に水が溢れて床に飛び散る。シミになっていく。
下に来ていたTシャツも腹の部分だけ絞る。またシミが増えた。
:08/09/14 22:36 :SH903i :☆☆☆
#355 [◆8HAMY6FOAU]
ジーンズは水分をたっぷり含んだまま。
俺はこれから電気椅子に拘束されに行く死刑囚のような、それでいて、たった今刑期を終えて刑務所から解放される服役囚のような、多面的感情に溺れていた。どちらにせよ俺は犯罪者だ。罪は重い。
四〇八号室、表札に名前はない。ここが彼女の部屋だ。
表札の下のインターホンに人差し指を乗せてまだ流れる涙を空いた手の甲でぐいと拭うと、目をつぶって人差し指に力を込める。
チャイムの音が雨音と混じり合って空間を支配したが、それからすぐにドアの向こうから緩いテンポの足音が届いた。
:08/09/14 22:37 :SH903i :☆☆☆
#356 [◆8HAMY6FOAU]
目の前の扉が開くと、そこには彼女がいた。白いワンピースを着て鳶色の長いストレートヘアを胸まで下ろしたその人は、やっぱり天使そのものだった。
「……ゴメン、悪かった。俺やっぱり好きだ。他のやつなんかに負けないぐらい、好きだ」
頭のてっぺんから爪先までびしょ濡れの上にひどい顔をして泣いている男が吐いた情けないセリフに、彼女は恋愛映画のヒロインよりロマンティックで残酷なくらい優しい笑顔を返す。
さっきまでの懺悔は天使を目にした瞬間全部吹き飛んでしまって、俺のこの脳みそは紛い物なんじゃないかと思った。
:08/09/14 22:39 :SH903i :☆☆☆
#357 [◆8HAMY6FOAU]
俺にとって彼女は、無罪のみを言い渡す裁判官で、全てを許す神で、正しい方向を示す母で、そこはかとない愛を生む女で。
「おかえり」
自分が濡れるのも構わず、境界線がわからなくなるほど俺を強く抱き締めた彼女は、もう一つの解答を俺に教えてくれた。
この先も俺たちのスクリーンには、間抜けなピエロと麗しいヒロインのラヴストーリーがエンドレスで流れ続けるという真実の答えを。
:08/09/14 22:39 :SH903i :☆☆☆
#358 [◆8HAMY6FOAU]
:08/09/14 22:44 :SH903i :☆☆☆
#359 [◆j9RqQwYZbM]
今から投下します!
タイトルは,
【花と君とあたし。】
:08/09/14 22:49 :W52P :☆☆☆
#360 [◆j9RqQwYZbM]
「別れたぁ〜!!
っていうかフラれたぁ!!」
突然の大声に店内に居る客という客の視線が、一斉に自分へと注がれる。そりゃあそうだ。
静かに花を選びに来ている人間からすれば、場違いにも甚だしい行動。
しかしそんな冷ややかな視線にも慣れている私は、店内の空気などお構いなしに、いつものようにある人物をキョロキョロと探し始める。
第一今の私に周りを気にしていられる程の余裕なんて、これっぽっちも残されていなかった。
「…イタッ!?」
すると突然、後頭部を何かで叩かれ思わず大声を上げる。
:08/09/14 22:56 :W52P :☆☆☆
#361 [◆j9RqQwYZbM]
「おい!これ以上大声出すな!
店はお前の家じゃねぇぞ!?」
振り返ると手には新聞紙を握り締めている長身の男が、呆れた表情で突っ立っている。
どうやら私の後頭部はコレで叩かれたらしい。
「…プッ…あたしより声張ってんじゃん」
そんな彼とは逆に、注意している本人が一番声を張り上げているのが可笑しくて、私は思わず吹き出した。
「…ッ!うるせぇーよ!とりあえずちょっとこっち来い」
そうこうしている間に、私はほぼ無理矢理の状態で店の奥へと連れて行かれる。
:08/09/14 23:02 :W52P :☆☆☆
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