闇の中の光
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#611 [ゆーちん]
薬箱を棚に戻し、部屋へ戻ると哲夫は眠っていた。
よほど眠かったのか、寝付きがいいのか。
もしくは傷の痛みが和らぎ、安心したのか。
どれにしろ、哲夫は私に伝えてくれたんだ。
戦う意味を。
:09/01/23 21:25 :SH901iC :OVGZkR5U
#612 [ゆーちん]
自惚れかもしれないけど、シホを必要としてくれる人はたくさんいる。
だけど萌子は誰からも必要なんかされていない。
ずっとそう思っていた。
だけど違った。
嘘かもしれないけど、宗太郎は萌子を必要だとしてくれていた。
:09/01/23 21:26 :SH901iC :OVGZkR5U
#613 [ゆーちん]
もし宗太郎の気持ちが本当だったとしても、私は彼の気持ちには応えられない。
哲夫が好きだから。
だけど、宗太郎たった一人にでも、萌子は必要とされた。
その事実に、自信がついたんだ。
親と戦おうって言う、自信。
:09/01/23 21:27 :SH901iC :OVGZkR5U
#614 [ゆーちん]
哲夫を起こさないように、シホとして最後になるかもしれない家事をした。
掃除、洗濯、料理。
お風呂の時間が近付くと、哲夫は目を覚ました。
「まだ眠い…」
「お風呂入ればすっきりするよ。」
:09/01/23 21:28 :SH901iC :OVGZkR5U
#615 [ゆーちん]
あくびばかりする哲夫と、いつもより長い時間、お湯につかった。
「気持ち良いね。」
「だな〜。風呂最高。」
気の抜けた哲夫の声が浴室に響き、自然と笑顔を誘った。
:09/01/23 21:30 :SH901iC :OVGZkR5U
#616 [ゆーちん]
「今日の夕飯、何だと思う?」
「何か焼いてた音がしたから〜…炒め物?」
「ヒント、哲夫の好きなもの。」
「あぁ、ハンバーグだ!」
「ブブー。ヒント2、私にとって思い出の料理。」
「シホにとって?」
「うん。じゃあヒント3。最後のヒントだよ。」
:09/01/23 21:31 :SH901iC :OVGZkR5U
#617 [ゆーちん]
「ん。」
「ヒント3。シホの初めての料理。」
哲夫は覚えてくれているのだろうか。
私がここに来て、シホとしての初めての食事であった食べ物。
誰かのために料理をするなんて、面倒だから嫌いだった。
だけど、美味しいって言ってくれる人のために作る料理は、嫌いじゃなかった。
:09/01/23 21:33 :SH901iC :OVGZkR5U
#618 [ゆーちん]
「わかった?」
少し考えた哲夫は、口の端を吊り上げて笑った。
「お好み焼きだ。」
嬉しかった。
覚えててくれたんだ。
照れるような、恥ずかしいような。
「正解。」
「さすが、俺。」
浴室には二人の笑い声が優しく響いた。
:09/01/23 21:34 :SH901iC :OVGZkR5U
#619 [ゆーちん]
お風呂から上がり、そのお好み焼きを頬張った。
簡単な料理だけど、私にとっては特別な料理。
色違いのお箸で食べたお好み焼き。
自分で作った物を、初めて美味しいって思えた。
料理って味だけじゃなく、誰とどこでどんな風に食べるかも左右されるんだね。
:09/01/23 21:35 :SH901iC :OVGZkR5U
#620 [ゆーちん]
食べ終わり、片付けが済めば、集会に行く支度をする。
着替えたり、髪をセットしたり、化粧したり。
今日もいつものように準備に取り掛かる。
そんな私を、ベットに腰掛けて煙草を吸う哲夫の目が、ずっと追い掛けていた。
:09/01/23 21:36 :SH901iC :OVGZkR5U
#621 [ゆーちん]
「何見てんの?」
「んー?」
「あんま見ないでよ。恥ずかしいじゃん。」
照れ笑いした私に哲夫は小さく呟いた。
「明日の今頃には、もういねぇのかなって思って。」
私の顔から笑顔が消えた。
同時に、化粧をする手の動きも止まった。
:09/01/23 21:45 :SH901iC :OVGZkR5U
#622 [ゆーちん]
「そんな寂しい事、言わないで。」
「…ん、悪い。」
ずっとずっと、はっきりさせたいって思っていた事があった。
この機会に、哲夫に聞いてもいいよね?
「聞いてもいいかな?」
「何?」
:09/01/23 21:46 :SH901iC :OVGZkR5U
#623 [ゆーちん]
「ずっと私を守ってくれるって言ったよね。それって、どういう意味なの?」
「…味方っつう事。」
「私って、哲夫にとって…何?味方以外の言葉で教えて。」
【味方】って言葉だけで充分なのに、私は欲が出た。
自分が欲しい言葉が返って来なかったらヘコむくせに…バカでしょ?
:09/01/23 21:47 :SH901iC :OVGZkR5U
#624 [ゆーちん]
せっかく恋愛感情を知れたのに、一気に砕け散るのが恐かった。
勇気のない女だ。
でも今なら少しだけ自信があった。
【彼女】とまではいかないが、【ペット】ではないだろうっていう自信。
:09/01/23 22:56 :SH901iC :OVGZkR5U
#625 [ゆーちん]
「知りてぇの?」
「うん。」
哲夫の口が開いたシーンが、とてもスローモーションに目に映った。
次の瞬間、哲夫の口から出た言葉を聞き、私はまんまと泣かされた。
:09/01/23 22:57 :SH901iC :OVGZkR5U
#626 [ゆーちん]
「愛してる人。」
ねぇ、今なら前言撤回していいよ?
でないと私、信じちゃうから。
私が欲しかった言葉以上だよ、それ。
「じゃあ聞くけど、シホにとって俺って何?」
「…二酸化炭素くれる人。」
「フフッ。何だそれ。」
「嘘、ごめん。」
:09/01/23 22:58 :SH901iC :OVGZkR5U
#627 [ゆーちん]
嘘はだめだから、ちゃんと言い直せと叱られたから、言い直した。
「世界一大好きな人。」
泣いてる私を抱きしめた哲夫の笑顔は、幼稚園児みたいだったよ。
笑顔がキラキラしてた。
:09/01/23 22:58 :SH901iC :OVGZkR5U
#628 [ゆーちん]
私の心は闇だった。
だけど哲夫っていう、手をかざしたくなるような光が照らしてくれた。
「哲夫は光だ…。」
「光?俺、改名したっけ?」
「違う、そうじゃない。」
「じゃあ何。」
:09/01/23 22:59 :SH901iC :OVGZkR5U
#629 [ゆーちん]
「ずっと闇の中でウロウロしてた私に、哲夫が光を与えてくれた。そういう意味の光。その光のおかげで、私…こんな幸せな気分になってる。」
「じゃあ言わせてもらうけど。」
「何?」
「闇がなきゃ光は輝かねぇんだぞ?知ってた?つまりシホがいなきゃ俺は生きてけねぇっつう事だな。」
:09/01/23 23:00 :SH901iC :OVGZkR5U
#630 [ゆーちん]
何が、つまりだよ。
全然つじつま合わないし。
やっぱりちょっとバカなんだ。
そんな人間らしい哲夫の温もりに、涙が止まらなかった。
マスカラを塗る前でよかった。
塗ってたら、黒い涙だって哲夫にバカにされそうだからね。
:09/01/23 23:00 :SH901iC :OVGZkR5U
#631 [ゆーちん]
『これ以上抱きしめていると、歯止めが効かないから。』と笑いながら、私から離れた哲夫。
もっと哲夫の傍に居たかったんだけど…私も化粧の途中だし。
涙を拭いてからマスカラやアイライン、そしてアイシャドーを目に施す。
:09/01/23 23:01 :SH901iC :OVGZkR5U
#632 [ゆーちん]
このメイクは、哲夫に教えてもらった【シホのメイク】だ。
明日、萌子に戻ったら…またあの派手な化粧をしなきゃなんないのかな。
…って、別にそこまで完璧にシホと萌子を切り替えなくてもいいのか。
:09/01/23 23:04 :SH901iC :OVGZkR5U
#633 [ゆーちん]
目の前に迫る運命が近付くと、急に慌ててしまう私は、ただの臆病者だった。
焦っちゃって、恐くなっちゃって…また痛い思いをするのかなと思うと、何もかも投げやりたくなる。
:09/01/23 23:04 :SH901iC :OVGZkR5U
#634 [ゆーちん]
でも違う。
それは間違ってる。
いくら苦しくても、いくら辛くても、いくら恐くても、いくら痛くても…もう逃げちゃいけないんだよ。
【死】に逃げるのは、試合放棄してるって事。
私はまだまだ戦えるんだ。
戦うべきなんだ。
:09/01/23 23:05 :SH901iC :OVGZkR5U
#635 [ゆーちん]
まだ戦ってもいないのに、私は常に【敗退】の覚悟をしたまま、殴られたり蹴られたり…。
それで人生全てを嫌になる。
人間としての楽しさや希望や、光。
そんな素敵なもの全部を自ら手放そうとしていたんだ。
:09/01/23 23:05 :SH901iC :OVGZkR5U
#636 [ゆーちん]
そんな萌子の人生を、哲夫が変えてくれた。
色んな感情を教えてくれて、色んな希望を持たせてくれた人。
【命の恩人】だなんて言葉は一生関係のない言葉だと思っていたけど、今、ここにいる哲夫がそうだ。
そんな言葉が頭に浮かぶ自分にも、その言葉の対象である哲夫にも、【ありがとう】を与えたい。
:09/01/23 23:06 :SH901iC :OVGZkR5U
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