夏祭り、恋花火
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#1 [七瀬]
:09/03/18 08:55 :N703iD :1U/TvnL6
#2 [七瀬]
:09/03/18 08:57 :N703iD :1U/TvnL6
#3 [七瀬]
ヒューッ ドーン!!
今日も遠くに聞こえる花火。
いつからだっただろう。
私の恋花火が上がってしまったのは。
:09/03/18 09:00 :N703iD :1U/TvnL6
#4 [七瀬]
ジーンジーンジーン。
蝉の声が耳障りの7月下旬。
「いらっしゃい!」
「たこ焼きはどうですか?」
「はい、スーパーボールやってってやー!」
ここは大阪。
日本三代祭りの内の一つ。
天神祭。
:09/03/18 09:05 :N703iD :1U/TvnL6
#5 [七瀬]
景気が悪かろうが、良かろうが、
この二日間は関係ない。
みんはアホになって騒ぐ。
そんな日に私は…
「お姉ちゃん。
金魚すくい一回、この子にやらしたって。」
『はーい。おおきに。』
私は働いている。
神野まつり(カンノマツリ)。
17歳。
:09/03/18 09:10 :N703iD :1U/TvnL6
#6 [七瀬]
一回300円の文字。
持ち帰り 袋代50円。
赤と黒の金魚たち。
そう、ここは屋台。
“金魚すくい”
そして私は毎年ここで
『はい、いらっしゃーい!一回300円!!
今やったら金魚持ち帰り、オマケしとくでー!』
声を張り上げる。
:09/03/18 09:14 :N703iD :1U/TvnL6
#7 [七瀬]
「お姉ちゃん、ありがとう。」
さっきの小さな子どもの紙が破けたらしく、
その母親が破れたワッパを返してきた。
『ありがとー。またしてなあ。』
そう言ってタオルを差し出してあげる。
:09/03/18 09:17 :N703iD :1U/TvnL6
#8 [七瀬]
「すいません。ほんまに。」
『いえいえ。気にせんといて下さい。』
「お姉ちゃんありがとー!」
そう言う小さな子どもに、ニコッと笑いかける。
「バイバーイ!」
手を拭いてやっと帰った。
私、子ども嫌いやねん。
ほんまうんざり。
「お疲れさん。」
:09/03/18 09:22 :N703iD :1U/TvnL6
#9 [七瀬]
横から声がする。
またうんざりする。
原因は、その声の持ち主。
「ほんま、お前は子ども嫌いやなあ。
顔に出とったぞ。」
佐藤遊希(サトウユウキ)。
『うっさいなあ。なんやねん。』
:09/03/18 09:27 :N703iD :1U/TvnL6
#10 [七瀬]
「うるさいって
ゆうことはないやろ!
ワッパ持って来たってんぞ。」
さっきも出てきたけど、
“ワッパ”とは金魚すくいの時に使う紙を貼ったもの。
金魚すくい屋になかったら大変。
『はいはい。ありがと。』
「ほんま、
まつりは可愛げないなあ。」
:09/03/18 09:31 :N703iD :1U/TvnL6
#11 [七瀬]
『黙れ、ボケ。』
「お前、顔はかわいいのに……。
学校とかでもモテへんやろ。」
『もぉ、なんなん!?
そんなん関係ないやろ?
さっさと自分の店へ帰りぃや。』
「わかったわかった。
はい、これ。」
熱帯びた私の腕に、ひんやり冷たいもんが当たる。
:09/03/18 09:36 :N703iD :1U/TvnL6
#12 [七瀬]
「じゃあ頑張れよー。」
私の手元には冷たいジュースと、遊希が持ってきてくれたワッパ。
やっと行ったか。
遊希は2年前に“ここ”
つまり“神野商会”にやってきた。
遊希は今18歳で高校を中退した、
とか言ってた。
あとは何も知らない。
:09/03/18 09:41 :N703iD :1U/TvnL6
#13 [七瀬]
住んでるところ。
通っていた高校名。
職業
…は多分ここのバイトだけだと思うけど、
詳しいことは知らない。
これは遊希だけじゃなく、みんなそう。
ここで働いている子はみんなそう。
:09/03/18 09:45 :N703iD :1U/TvnL6
#14 [七瀬]
でも、だからと言って
別に怪しい身元が分からないということはない。
私のおばあちゃんは大の買い物や。
そのおばあちゃんがよく行く
果物屋やら八百屋やら服屋やらの
息子、その息子の友達なんかを中心としてスカウトしてくる……らしい。
:09/03/18 09:48 :N703iD :1U/TvnL6
#15 [七瀬]
で、遊希も2年前におばあちゃんにスカウトされ、この“神野商会”にやって来たわけや。
私?
私は、この“神野商会”を取り仕切る神野よしよの孫。
だから、ぜーんぜん怪しないよ。
むしろ一番、安全やから。笑
:09/03/18 09:52 :N703iD :1U/TvnL6
#16 [七瀬]
だから、ここでは
数え切られへんくらいの
出会いがある。
バイト、ちゃう店の子、
地方の祭に出張に行った時に出会った子…。
年齢幅も
15〜50歳代まで。
選び放題やで。笑
だから、
デキ婚とか誰と誰が付き合ってるとかは、別に珍しい話ではない。
:09/03/18 09:56 :N703iD :1U/TvnL6
#17 [七瀬]
特に、この“神野商会”。
たくさんある商会の中でも結構お偉いほう。
歴史もあるし。
金魚すくいやカステラ、
たこ焼きにリンゴ飴とか
まだまだいっぱい屋台をしてる。
さらに茶店も何店かやってる。
茶店ってゆうのは
飲んだり、おでんとかお好みとか食べたりするとこ。
:09/03/18 10:02 :N703iD :1U/TvnL6
#18 [七瀬]
規模がデカいということは、
そんだけバイトもいっぱい必要やし、
色んなとこで店を出すから、
やっぱり出会いが
そんだけ多くなるわな。
私は今は一応4代目。
“神野商会”に継ぐことになったら
の話やけど。
:09/03/18 10:06 :N703iD :1U/TvnL6
#19 [七瀬]
けど私に継ぐ気はさらさらない。
だって私には5人のいとこがいるし。
なんも私が継がんでも、
代わりはいっぱいおんねん。
まあ今のところ、
私が最有力候補やけどな。
だって春休み、夏休み、冬休み…。
祭がある日は、1日も欠かさず、商売を手伝いにきてる。
:09/03/18 10:11 :N703iD :1U/TvnL6
#20 [七瀬]
あとは
“夏休みは遊びたい”
“なんかカッコ悪い”
とかゆうて、次第に来(コ)うへんくなった。
2つ上の麻友(マユ)ちゃんだけは
忙しい日は来てくれるけど。
でも私は欠かさず来てる。
あの日から、ずっと…。
:09/03/18 10:17 :N703iD :1U/TvnL6
#21 [七瀬]
「まつり?
何をボーッとしてんの。
ご飯食べに行くよ。」
『あ、ああ…。
ごめんごめん。今行くわ。』
釣り銭を入れている袋。
つまり“釣り銭袋”を持って立ち上がる。
これ盗まれたら商売なれへんし!
:09/03/18 10:25 :N703iD :1U/TvnL6
#22 [七瀬]
お母さんの後をついていく。
お母さんも、ずっとここで働いている。
昼食を食べるため、近くの牛丼屋へ。
『また牛丼〜?もう飽きたわ。』
「文句言わへんの!」
入るとクーラーの冷たい空気が気持ちいい。
:09/03/18 10:29 :N703iD :1U/TvnL6
#23 [七瀬]
前のとこも、近くに牛丼屋しかなかったしなあ。
人の少ない昼は、店番を変わってもらったり、
ご飯を外で食べれる。
けど夜は人も多いし、
大概がお弁当やな。
食べられへん日だってあるくらい。
だって忙しかったり、
地域によっては、めっちゃ田舎で近くにコンビニもないとこもある。
:09/03/18 10:35 :N703iD :1U/TvnL6
#24 [七瀬]
まあ、だから天神祭はまだマシな方かな。
近くにコンビニもあるし。
「はい。お待たせしました。牛丼の並がお二つでーす。」
いっぱい食べて体力つけへんと!
まだまだ夜は長いし…。
:09/03/18 10:38 :N703iD :1U/TvnL6
#25 [七瀬]
「まつり、ごめん。
ちょっとカステラに持ってってほしいもん、あんねん。」
牛丼屋を出たあとに言われ、お母さんについていく。
この世界では
カステラ屋は“カステラ”
金魚すくい屋は“金魚”
リンゴ飴屋は“リンゴ”
スーパーボール屋は“ボール”
と略して呼ぶ。
:09/03/18 11:10 :N703iD :1U/TvnL6
#26 [七瀬]
カステラは金魚に行く道のりの途中にある。
「はい。これ。」
大きなドリルを渡される。
重〜いっ!!
そんなこと思いながら、
カステラへ。
『はぁ、やっと着いた。
これ、はい。』
:09/03/18 11:13 :N703iD :1U/TvnL6
#27 [七瀬]
「おぅ、悪いな。
サンキュー。」
遊希が言った。
『あれ、大竹さんは?』
大竹さんとは、神野商会に長年いる40歳近くのおじさんだ。
いつもカステラを焼いている。
:09/03/18 11:16 :N703iD :1U/TvnL6
#28 [七瀬]
「さっきご飯食べに行ったよ。」
と遊希。
遊希はカステラの“前場”をしている。
“前場”とは前に出て、カステラを袋に詰めて、
お金を貰ったりする役。
そんなに売れないところはカステラ焼く人が“前場”をしている。
でも、ここは天神祭。
一人じゃ普通に追い付けない。
:09/03/18 11:21 :N703iD :1U/TvnL6
#29 [七瀬]
『ふーん。
遊希は食べに行ったん?』
「ああ、俺はまだや。
大竹さんが帰ってきてから行くわ。」
『私が店番、変わったるわ。
ご飯食べに行っといで。』
「いや、でもせっかく
まつりがドリル持って来てくれたしなぁ。
粉でも練るわ。」
:09/03/18 18:28 :N703iD :1U/TvnL6
#30 [七瀬]
私が持ってきたドリルを指さして言った。
このドリルは粉を練るのに使う。
そもそも“粉を練る”というのは、
…なんてゆうたらえーやろ。
まあ簡単にゆうたら、
カステラの元を作るとゆうことやな。
まあ気にしんといて。
:09/03/18 18:33 :N703iD :1U/TvnL6
#31 [七瀬]
とりあえず遊希は粉を練り出した。
ブゥィーン
ドリルが回り始める。
遊希はそこに手際良く、
小麦粉、砂糖、牛乳、ハチミツを入れていく。
「ちょっと粉っぽいな。
まつり、水足して。」
水缶から水をすくって、そこに入れた。
:09/03/18 18:39 :N703iD :1U/TvnL6
#32 [七瀬]
「うーん。
今度は水っぽくなってしもたわ。
粉足そ。」
小麦粉を入れる。
そんなことをしている内にどんどんバケツはいっぱいになってしまった。
『これ…、
作り過ぎちゃうん?』
「…そうやな。
ちょーっと作り過ぎたな。」
:09/03/18 18:42 :N703iD :1U/TvnL6
#33 [七瀬]
『“ちょーっと作り過ぎたな”って
…ちゃうやろ!』
「ハハハ〜。」
遊希は笑って流そうとする。
『笑ってる場合ちゃうで!大竹さんに怒られるやん!!』
どうしよ…。
:09/03/18 18:46 :N703iD :1U/TvnL6
#34 [七瀬]
「どうしたんや?」
おっと!
良いところに来た!!
『ちょっ、奏君!
来て!早く来てっ!!』
「奏!来てくれへん?」
奏君は駆け寄ってきた。
:09/03/18 18:51 :N703iD :1U/TvnL6
#35 [七瀬]
『あんな、
遊希がアホみたいに粉作り過ぎてん。』
「アホはお前やろっ!
水足し過ぎるし、
粉は入れ過ぎるし…。」
『じゃあ頼まんかったら、ええやんか!』
「まあまあ。
二人共、落ち着いて。」
奏君が止めに入る。
:09/03/18 18:55 :N703iD :1U/TvnL6
#36 [七瀬]
二人の目線は奏君に。
うーん
とでもゆうように首を捻っている奏君。
「うん、そうや!」
突然、奏君がひらめいたように言う。
『何!?なんか良い案でも思いついた?』
私たちは目を輝かせた。
:09/03/18 18:59 :N703iD :1U/TvnL6
#37 [七瀬]
「おとなしく、大竹さんに怒られよ。」
それを聞いた途端に、
二人の顔がどうなったかは言うまでもない。
「なあ奏。もっと良いのないか?
怒られる以外に!」
遊希の必死な態度とは裏腹に奏君は
「ないな。」
キッパリと言った。
:09/03/18 19:03 :N703iD :1U/TvnL6
#38 [七瀬]
しょんぼりした私たちに向かって奏君は言った。
「俺も一緒に怒られたるから、な?」
なんだかんだ言っても、奏君は優しい。
その後、たっぷりと大竹さんに怒られた。
:09/03/18 19:06 :N703iD :1U/TvnL6
#39 [七瀬]
『もう、さっきは遊希のせいで散々やったわ。』
「まあ許したって〜。」
奏君は言う。
遅くなったけど、この子は
仲嶋奏(ナカジマソウ)。
遊希より一つ上の19歳。
めっちゃ頼れる。
お兄ちゃんみたいや。
:09/03/18 19:09 :N703iD :1U/TvnL6
#40 [七瀬]
遊希と同じ時期に入ってきた。
遊希とは、ほんまの兄弟みたいや。
もちろん遊希が弟の方やけど。笑
『でも奏君も最悪やな、怒られて。
なんかごめんなあ。』
「うん。
ほんまありがた迷惑や。」
笑い合う。
:09/03/18 19:13 :N703iD :1U/TvnL6
#41 [七瀬]
『じゃっ!』
そんなこと言い合ってるうちに金魚に着いた。
奏君は自分の持ち場に戻っていった。
奏君はスーパーボール。
遊希は今ごろ、まだ怒られてるんだろう。
真面目に金魚すくい屋さんでも始めよっかな。
:09/03/18 19:17 :N703iD :1U/TvnL6
#42 [七瀬]
夕焼けで目がチカチカする。
飲み物は遊希が買ってきてくれたのがあるし、
牛丼屋でトイレもした。
これから5時間以上は、こっから動かへんし。
金魚たちを眺める。
『あんたらも可哀相やなあ。こんなとこに閉じ込められて。』
今年も始まる。
:09/03/18 19:23 :N703iD :1U/TvnL6
#43 [七瀬]
夏が。
ほんまの夏祭りが。
そして聞こえる。
恋花火が。
:09/03/18 19:25 :N703iD :1U/TvnL6
#44 [七瀬]
ピリリリリリ…
携帯が鳴った。
『おばあちゃん?』
「お疲れさま。」
『お疲れ。もう潰す?』
「そぉやな。
そろそろ歩行者天国も終わって車が通りだすし。
潰そか。」
『わかった。』
:09/03/18 19:49 :N703iD :1U/TvnL6
#45 [七瀬]
“店を潰す”というのは、決して不吉な意味ではない。
かたずけるという意味。
まだお客さんがいたから、細かいところから、かたずけていった。
携帯を見ると
PM 10:28。
もうじき電気が消えるな。
10時半には屋台の電気が全部、消えるようになっている。
:09/03/18 19:54 :N703iD :1U/TvnL6
#46 [七瀬]
前は11時までやったのになぁ。
年々、店を出せる時間は短くなってきてる。
やっぱ未成年者が夜遅く出歩いてたり、
色々と問題が出てきてるみたいや。
私も未成年者やけどな。
でも私は一度も注意されたことない。
エプロンつけてるしな。
:09/03/18 19:57 :N703iD :1U/TvnL6
#47 [七瀬]
ブチッ
電気が消えた。
この瞬間は、いつも周りはプチパニックになる。
いい加減慣れろよ!
と毎年思う。
これを機に、
私は本格的に潰し始める。
まず、お客さんのワッパを全て回収する。
:09/03/18 20:02 :N703iD :1U/TvnL6
#48 [七瀬]
店から人が一気に散ると、再び電気がつき始める。
金魚たちをすくって、大きな袋に入れてゆく。
酸素ボンベも忘れずに。
売り上げを釣り銭袋に入れる。
これで実質的には私の仕事は終わり。
実質的にはね。
:09/03/18 20:07 :N703iD :1U/TvnL6
#49 [七瀬]
「まつりっ。」
来た来た。
『遊希。』
遊希が来ると、一緒に店をバラバラにする。
ほんまは、バラバラにしたやつをトラックに積むんやけど、
明日もあるし、
小さくして、端に寄せとくだけ。
:09/03/18 20:13 :N703iD :1U/TvnL6
#50 [七瀬]
「よし!終わったな。」
これで、
もう本当に終わり。
『疲れたなあ。』
終わった後、缶ジュース片手に遊希と話す。
至福の時。
:09/03/18 20:18 :N703iD :1U/TvnL6
#51 [七瀬]
「今日はどうやった?」
『うん。
まあまあ売れたで。
去年と同じぐらいちゃう?』
「カステラもや。
まあ明日が本番みたいなもんやしな。
明日は花火も上がって、人の数も多なる。
勝負の日は明日や。」
花火かぁ…。
:09/03/18 20:22 :N703iD :1U/TvnL6
#52 [七瀬]
花火は今日も上がってたで。
ずっと上がってた。
何発も何発も。
私の中で花火は上がっててん。
:09/03/18 20:25 :N703iD :1U/TvnL6
#53 [七瀬]
「なあ、まつり。」
『ん?何?』
「お前さぁ、
彼氏とか、おるん?」
『はぁ、まだゆうてんの?ひつこいなあ。』
「だから!おんのか?
……彼氏。」
:09/03/18 20:45 :N703iD :1U/TvnL6
#54 [七瀬]
いつも遊希には冗談半分で聞かれてた。
“彼氏おんの?”って。
『どうでもええやん。
そんなこ……と。』
そう言いながら、遊希を見ると
珍しく真剣な目付き。
ジッと見てくる。
なんか動けない。
:09/03/18 20:49 :N703iD :1U/TvnL6
#55 [七瀬]
『お…おるわけないやん!彼氏なんて。』
すると遊希はニッと笑って
「そぉやんな。
まつりに彼氏なんておるわけない。
変なこと聞いてごめん。」
『まあ…いいけど。』
遊希…。
なんかほんまに変やで?
:09/03/18 20:53 :N703iD :1U/TvnL6
#56 [七瀬]
「じゃあ経験は?
付き合ったことある?」
『なんでそんなこと急に聞くんよ。』
「たまにはええやんっ!
ぶっちゃけトークや!!」
そう明るく笑う遊希。
『…ない。
付き合ったことない。』
:09/03/18 21:08 :N703iD :1U/TvnL6
#57 [七瀬]
「ええぇっ!ほんまに!?」
『…ほんまに。』
あんまりにも遊希が驚くから、恥ずかしくなってしもた。
「一回も!?」
『……そうや!
一回も付き合ったことないっ!!』
少し睨みながら言う。
:09/03/18 21:11 :N703iD :1U/TvnL6
#58 [七瀬]
そう。
私は一回も男と付き合ったことがない。
男性経験なんて、もちろんあるわけない。
キスすらしたことないのに。
何回もゆうけど、
神野まつり。
17歳の高校2年生です。
:09/03/18 21:15 :N703iD :1U/TvnL6
#59 [七瀬]
「なんでっなんでなんで!?告白とかされたことないん?」
『ちょっと!
遊希、興奮しすぎ!』
「あ、ごめん。
で、告白されたことないん?」
『それは…ある。』
:09/03/18 21:19 :N703iD :1U/TvnL6
#60 [七瀬]
「それって、小学生の時に罰ゲームでされた……
とかじゃないよな?」
『ちゃうわ!
それはさすがに違うっ!!
こないだだって…。』
「こないだって?」
『夏休み入る前…。』
「“好き”
って言われたん!?」
『まあ…な。』
:09/03/18 22:08 :N703iD :1U/TvnL6
#61 [七瀬]
「で!
で、なんて返事したん?」
『普通に断ったよ。
“ごめんなさい”って。』
「お試し期間みたいなんはないわけ!?」
『だって全然知らん人やし…。
一回もしゃべったことないし。』
はぁ。
遊希はため息をついた。
:09/03/18 22:33 :N703iD :1U/TvnL6
#62 [七瀬]
「お前アカンわ。」
は?
「一生男できんわ。
結婚もせんと、一人おばあちゃんや。」
頭を横にふる遊希。
『あんたにそんなこと
決められたくないっ!』
「そんな
“自分から好きになった人じゃなきゃいや”とか
幼稚園児みたいなこと言ってたら、そうなるやろ。」
:09/03/18 22:39 :N703iD :1U/TvnL6
#63 [七瀬]
うっ……。
遊希の言ってることが
図星やから、なんも言い返されへんかった。
そう。
私は幼稚園児だ。
まだ
“いつか、あの人が迎えに来てくれる”
という甘い夢を見ている。
甘くて二度と叶わないだろう夢。
:09/03/18 22:43 :N703iD :1U/TvnL6
#64 [七瀬]
7歳の時。
初めてあの人に出会ったのは、10年前。
その人もただのバイトだった。
そして当時7歳の私は、
ただの“バイト先の子供”という存在。
あの人は当時23歳。
年の差は15歳。
:09/03/18 23:43 :N703iD :1U/TvnL6
#65 [七瀬]
また新しい人が来た。
最初はいつものように、
そう思ってた。
『なあなあ〜。
アンタ名前は〜?』
あの頃の私はバイトの子が入る度に
男だろうが、女だろうが、話し掛けてた。
そして質問攻めにする。
:09/03/19 13:03 :N703iD :DKWoRP7w
#66 [七瀬]
『何才なん?』
『どこ住んでんの?』
『なんで、ここで働いてるん?』
『彼女おんの?』
今、思えば
かなりウザいガキ。
子供嫌いな私やったら、
多分キレてた。
お母さんにも、よく怒られた。
“邪魔したらアカン”って
:09/03/19 13:09 :N703iD :DKWoRP7w
#67 [七瀬]
最初はニコニコと答えてた子たちも、
忙しくなってきたり、
隅々まで聞かれたり。
段々、うっとうしくなってくる。
当たり前やわな。
そんなことをするのが私は面白くって溜まらんかった。
ほんまひねくれてるガキ。
:09/03/19 13:13 :N703iD :DKWoRP7w
#68 [七瀬]
で、いつものように質問しまくる。
でも、あの人は
いつもの私の逆のポジションにおった。
いつも、バイトの子を
質問して、うっとうしがってる顔を見て楽しんでる私。
私が質問しまくる姿を見て楽しんでるあの人。
:09/03/19 13:16 :N703iD :DKWoRP7w
#69 [七瀬]
質問に答えながらも、ニヤニヤ笑ってる。
なんか負けた気がした。
負けず嫌いな私は、
ムキになってさらに質問する。
そんな私を見て楽しんでる。
あの人は“大人”やった。
“子供なんて、どうってこない”
って感じやった。
:09/03/19 13:20 :N703iD :DKWoRP7w
#70 [七瀬]
それからというもの、
私はずっと祭に行ってる。
お母さんにたまに、ついていってただけやったのを、
“祭”と聞いたら
ついてゆく。
もちろん、あの人に会うために。
めっちゃ楽しい。
あの人としゃべることが。
あの人は子供の私にも真剣にしゃべってくれた。
最初は適当やったくせに。
:09/03/19 13:26 :N703iD :DKWoRP7w
#71 [七瀬]
でも、そんなことが
ずっとは続かへん。
私が小学4年生になろうとする前、
「祭に来たいなら働き!」
とお母さんに言われた。
いつか言われるなあ
とは思ってた。
だって、
あの人のところで
ずっとしゃべってたら
そう言われるよな。
:09/03/19 13:33 :N703iD :DKWoRP7w
#72 [七瀬]
それから、祭に行きたい私は働きだす。
と言っても、10歳になったばかり。
初めの内は、お母さんと一緒にした。
お金をもらって、お釣りを渡すだけの役。
でも、ドッと疲れた。
:09/03/19 14:22 :N703iD :DKWoRP7w
#73 [七瀬]
しゃべる暇なんてない。
一歩も動かず、同じことを繰り返すだけ。
それでも私はうれしかった。
“また会える。
あの人に会える。”
そう思いながら頑張る。
あの人には前ほどは会えなくなったけど、
祭が始まる前と終わった後には
少しだけ話せた。
:09/03/19 14:26 :N703iD :DKWoRP7w
#74 [七瀬]
それだけで十分やった。
それに働くことで、
働くことの気持ち良さ
を知った。
ますます祭が好きになっていく。
…はずやったのに。
:09/03/19 14:29 :N703iD :DKWoRP7w
#75 [七瀬]
時は進んでゆく。
中学1年生になったばかりの春休み。
造幣局の通り抜け。
よくテレビでも放送されたりする。
この通り抜けには、
毎年、桜見物にたくさんの人が来る。
1メートル歩くだけでも、大変。
特に土日は押し潰されそうなくらい混雑する。
:09/03/19 14:34 :N703iD :DKWoRP7w
#76 [七瀬]
そこには神野商会、唯一の茶店(チャミセ)を出す。
茶店を出してるのはここだけ。
私は茶店が大好き。
だって、あの人と長くおれるもん!
茶店の仕事は主に、
お客さんの注文を聞いて、料理、飲み物を届けて、
お金を貰う。
:09/03/19 14:43 :N703iD :DKWoRP7w
#77 [七瀬]
一つの茶店に注文を聞く人が5、6人。
その他におでんを入れる人。
焼そばや焼き鳥を焼く人。
味噌汁を作る人。
とか、それぞれ役割分担する。
だから、
普段は屋台をしてる人も、茶店に一斉動員するというわけ。
:09/03/19 14:48 :N703iD :DKWoRP7w
#78 [七瀬]
ってことは、
わざわざ屋台に遊びに行かんでも、
あの人は茶店におる。
やっぱ茶店は大好きや!
あの人は焼そばを焼いてる。
私は注文聞き係。
「焼そば一つ。」
と言われるたびにうれしくって、つい声が高くなる。
:09/03/19 15:27 :N703iD :DKWoRP7w
#79 [七瀬]
『焼そば一つでーすっ!』
そしてあの人の傍で
焼そばが焼きあがるのを
待つ。
幸せな時間。
そんなことをしていると
時間はあっという間に過ぎてゆく。
通り抜けは夏祭りと違って終わるのが早い。
遅くて8時くらいまで。
:09/03/19 15:31 :N703iD :DKWoRP7w
#80 [七瀬]
でも、
桜の咲き始めから満開まで
満開から散り始める頃まで店を出している。
だから10日間くらいしている。
学校が終わると、
ジャージに着替え、真っ先に駅へと向かう。
二駅向こうの
あの人の元へと…。
:09/03/19 18:00 :N703iD :DKWoRP7w
#81 [七瀬]
でもその10日間もあっという間。
通り抜け最終日。
『ありがとうございました。』
最後まで酒を飲んで
なかなか腰を上げないサラリーマンたちも
ようやく席を立った。
:09/03/19 18:02 :N703iD :DKWoRP7w
#82 [七瀬]
ふぅ。
やっと帰った。
疲れた身体にムチを打ち、最後の仕事をし始める。
それは洗い物。
お客さんの使った皿やら箸。
後はおでんを煮た大きな鍋など。
かなりの重労働。
大体2、3人の女の子たちとする。
:09/03/19 18:11 :N703iD :DKWoRP7w
#83 [七瀬]
はずが女の子たちは、
おばあちゃんに呼ばれ、
とりあえず一人で始めることにした。
春とはいえ、まだ肌寒い季節。
冷たい水に耐え、金ダワシに洗剤をつけ、こする。
「まつり。」
後ろから柔らかい声。
:09/03/19 18:14 :N703iD :DKWoRP7w
#84 [七瀬]
振り返ると、そこにはあの人。
「今日で最後やな。」
私はこの時、この意味がよく分からんかった。
『うん。今度は夏やな。』
これが終わると、天神祭まで祭がない。
「そやな。」
今、思うとなんで気付かんかったんやろう。
悲しそうな顔してたのに。
:09/03/19 18:20 :N703iD :DKWoRP7w
#85 [七瀬]
『どうしたん?そんな顔して。』
「いやまた会おな。」
『なに言ってんの。』
クスクス笑う。
「また迎えに来るわ。」
『トラックで?』
その当時、私はよくトラックで送り向かいをしてもらってた。
:09/03/19 19:58 :N703iD :DKWoRP7w
#86 [七瀬]
「うん、トラックで。
きっとな。」
それが最後に聞いた、あの人の言葉だった。
:09/03/19 20:00 :N703iD :DKWoRP7w
#87 [七瀬]
中学生になって初めての、天神祭。
あの人は来なかった。
そして入れ替わるように、新しいバイトの子たちが入ってきた。
なんかあったんやろか?
と最初は思った。
けれども、もう4年。
:09/03/19 20:04 :N703iD :DKWoRP7w
#88 [七瀬]
あれから4年が経った。
生きてるかどうかも分からない。
時は確実に過ぎて行ったのに、
私は置いてきぼり。
いつまでも中学生のまま。
:09/03/19 20:07 :N703iD :DKWoRP7w
#89 [七瀬]
もー、暑い!
暑い暑い!!
座ってるだけで汗が出てくる。
「まつり、ご飯食べに行こか。」
『奏君、行こか。』
天神祭二日目。
奏君と一緒にご飯を食べに行く。
:09/03/19 20:25 :N703iD :DKWoRP7w
#90 [七瀬]
昨日はあんま寝られへんかった。
遊希が色々聞くから…。
「遊希から聞いてんけど、
まつり、男と付き合ったことないんやって?」
遊希〜!
:09/03/19 20:27 :N703iD :DKWoRP7w
#91 [七瀬]
『…そうやけど。
やっぱ変かな?
この年で彼氏もできたことないって。』
「うーん。別にええやん。まつりのペースでゆっくり頑張りぃ。」
…ありがと、奏君。
:09/03/19 20:31 :N703iD :DKWoRP7w
#92 [七瀬]
「あ、ここここ。」
そう言って、レトロ風の喫茶店?に入っていった。
「チャーハンが美味しいねん、ここの喫茶店。
チャーハン二つ。」
そう勝手に注文されてしまった。
ってか、やっぱりここは喫茶店みたい。
まるで昭和時代にタイムスリップしたみたいな店。
:09/03/19 20:34 :N703iD :DKWoRP7w
#93 [七瀬]
しばらくしてチャーハンが二つ運ばれてくる。
普通のチャーハン。
特に目立ったとこはない。
『いただきます。』
スプーンを口に運ぶ。
『んっ!美味しい〜!!』
:09/03/19 20:37 :N703iD :DKWoRP7w
#94 [七瀬]
なにこれなにこれ!
めっちゃ美味しいやん!!
素朴やのに、忘れられへん味。
「やろ?」
奏君はうれしそうに笑う。
あまりに美味しくって、
あっさりと食べおわる。
『ごちそうさま。』
:09/03/19 20:40 :N703iD :DKWoRP7w
#95 [七瀬]
「旨かったやろ?」
見ると奏君もいつの間にか食べおわってて、タバコを吸うてる。
『うんっ!
こんな店知らんかったわ。最近はずっと牛丼やったから胃、もたれとってん。』
「満足してもらったみたいで良かった。」
そう言って、
奏君は横を向いてフーと白い煙をはく。
:09/03/19 20:44 :N703iD :DKWoRP7w
#96 [七瀬]
あ…、やっぱ似てる。
そういう仕草。
奏君はあの人に似てる。
:09/03/19 20:46 :N703iD :DKWoRP7w
#97 [七瀬]
「もうそろそろ店出よか。
あんまり油売っとったら、給料引かれるわ。」
店を出た。
奏君とバイバイして、金魚に向かう。
奏君…。
:09/03/19 21:19 :N703iD :DKWoRP7w
#98 [七瀬]
初めて遊希がここにやって来た時、私は目を奪われた。
遊希の後ろにおった奏君に。
一瞬、
“あの人が迎えに来たんや”と思った。
そんなはずないのに。
:09/03/19 21:22 :N703iD :DKWoRP7w
#99 [七瀬]
年が近いからか、
遊希はよく話し掛けてきた。
奏君と仲良くなりたかった私は、
遊希を通して、奏君に話し掛けた。
でも奏君のことを知れば知るほど思い知る。
奏君はあの人とは違うんやって…。
:09/03/19 21:27 :N703iD :DKWoRP7w
#100 [七瀬]
でも時々、
奏君の何気ない仕草や表情があの人に似てて
ドキドキする。
ほんま私はアカンな。
引きずり過ぎ。
いつまでも、あの人を忘れられへんまま…。
:09/03/19 21:30 :N703iD :DKWoRP7w
#101 [七瀬]
「まつり、ご飯食べに行かへん?」
いきなりの声で、ハッと我に帰る。
『あ…ああ、遊希。』
「ボーッとして、どしたんや?」
『なんもないよ。
あ、ごめん。
さっき奏君と行ってん。』
:09/03/19 21:34 :N703iD :DKWoRP7w
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