こいごころ
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#611 [向日葵]
「近くを通ったから、迎えにきたんだ」
「先輩、こちらは?」
何人かまだいた後輩は、突然現れた紳士的な男性を見て、おろおろする。
紹介したくもないという顔をして、食いしばっていた歯を、無理矢理こじ開けた。
「私の……ち……ちおや……」
「初めまして。部の仲間かな?」
父親がうっとおしくなる年頃とはいえ、茉里の異常な嫌がり様を見た後輩たちは、突然現れた素敵な男性を前にはしゃぐつもりでいたが、それをやめた。
:11/01/30 00:52
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#612 [向日葵]
触れてはいけない空気に、挨拶もそこそこに後輩たちはそそくさとその場をあとにした。
「……こういうの……迷惑だってわかんないの?紹介したくもないのに……」
「ごめん。部のみんなと一緒だとは思わなくて」
申し訳なさそうに、茉里の父は微笑む。
「ちょっと考えればわかるじゃない!迎えにだって頼んでない!大体アンタの顔なんてみたくないってわかってるでしょ!?」
:11/01/30 00:54
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#613 [向日葵]
茉里は両手でドンッと父の胸を押す。
「お、おい茉里」
さすがに言いすぎじゃないかと、宗助は茉里をとめる。
父はそこで初めて、まだ宗助がいたことに気づいた。
「君は……」
宗助は父とは初対面だ。
初めて見る父は、茉里が話していたほど悪い人だとは思えなかった。
「初めまして、笹部宗助と申します。茉里さんと、お付き合いさせて頂いてます」
「ああ……」と、納得したような返事をした。
:11/01/30 00:55
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#614 [向日葵]
「馨……っと失礼、妻から聞いてるよ。そうか、君が、茉里の……。宗助くんと呼んでも?」
「気安く宗助の名前呼ばないで」
「茉里。はい、構いません」
茉里はずっと父を睨んでいる。
父は苦笑を浮かべながらため息をつき、後部座席のドアを開けた。
「立ち話もなんだから、宗助くんも一緒に乗っていかないか?帰りながらゆっくり話そう」
戸惑う宗助は、茉里を見る。
茉里は宗助の手を掴んで、駅のほうへと歩いていこうとする。
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#615 [向日葵]
しかし宗助は、もし茉里の父が今真面目になったんだとすれば、娘と深くなった溝を埋めたいと思っているのではと思った。
溝なんか簡単に埋まるものではない。
それでも、柔和な笑みを浮かべながら、その裏では大きな後悔の念があると感じてしまったら、茉里の手に導かれるわけにはいかなかった。
「俺も一緒なら、茉里も乗る?」
優しくなだめるように茉里に話しかける。
茉里は目を見ようとはしないが、足を止めた。
:11/01/30 00:56
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#616 [向日葵]
茉里は泣きそうな顔で嫌がっていた。
それは父と一緒に帰るのが嫌なのか、嫌いな父の車に宗助が乗るのが嫌なのかはわからないが、宗助が言ってもきいてくれないような気がした。
茉里の闇が大きいのは知ってる。彼女が未だ、その闇に耐え切れず、沈みこむのを知っている。
けれど、いつまでもこの状態がいいわけがない。
どこかで、和解は出来なくても、距離を縮めることは出来るはずだ。
何度、遠くの線路で電車が通過した音をきいただろうか。
茉里がゆっくりと宗助の目をみつめかえす。
:11/02/05 23:50
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#617 [向日葵]
宗助は安心させるように薄く微笑む。
安心……?
その時、宗助は思った。
茉里は、恐がっているのではないかと。
「…………わかった」
ほとんどきこえないくらいだったが、茉里は納得したようだった。
宗助が引っ張るようにして、茉里の父が開けた後部座席へと行く。
茉里は、恐がっているのかもしれない。
茉里は本当はもう、父を許したいと思ってるのではないだろうか。
:11/02/05 23:51
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#618 [向日葵]
憎しみや、嫌悪が消えたわけじゃない。
でも、それでも少し、歩み寄ってみようと思ってるのかもしれない。
ただ、彼女の中に引っかかるのは、“また裏切られてしまったらどうしよう”という思いだ。
バタンとドアが閉まった瞬間、茉里の手にグッと力が入った。
力のせいか、それとも他のことか、少し震えている。
暗い車内に入る光を頼りに茉里を見れば何かと戦っているのか、眉間にしわを寄せて、口を食いしばって目を瞑っていた。
:11/02/05 23:51
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#619 [向日葵]
かける言葉がみつからないから、宗助は手を握りかえした。
―――――――………………
「中学校から剣道を……。段は今はどれくらいかな?」
「まだ2段です。もう少ししたらまた昇段試験があるんで、それを受けようかと」
車内では、他愛のない会話をしていた。
茉里の父はゆったりとした話し方をするので、簡単に気を許してしまいそうになるが、そうするのは躊躇った。
茉里は先程よりは顔に険しさはなくなったが、相変わらず眉間にしわをよせて、過ぎ行く街並みを見つめていた。
:11/02/05 23:51
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#620 [向日葵]
「茉里とは、付き合ってどれくらいに?」
「1ヶ月ほどです。友達からの付き合いを足すと、1年の頃からになります」
「茉里は嫉妬深いだろ。母親似でね」
「……よく言う」
いつもの茉里の声からは考えられないぐらいの低い声がした。
嘲笑のようなものを浮かべて、茉里はまだ街並みを見ている。
この話題はきっとまずい。
「妹がいて、よく遊んでもらってます」
話をさりげなく変えてみる。
:11/02/05 23:52
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