こいごころ
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#1 [向日葵]
こんにちわ向日葵です(。・ω・。)
また小説を書かせて頂きます

良ければ見てやってください(●´∀`●)

*感想板*
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3992/

荒らしなどはやめてくださいね

⏰:09/04/10 00:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#2 [向日葵]
一途であればあるほど、私はいいと思っていたの。

だって一人をずっと思っているなんて素敵じゃない。

なのに、付き合っていた相手が別れを告げる時、必ずこう言う。

「お前は重い」

重いの意味が、まったくわからない。
どうしてそんな事いわれなくちゃならないのか。
好きな相手には全ての愛情をそそぐのが当たり前でしょ?

⏰:09/04/10 00:25 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#3 [向日葵]
でも私、君に出会って知ったよ。

一途って、とっても重いんだって。
そして、苦しいんだって……










*こいごころ*

[1] だれかの代わり

⏰:09/04/10 00:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#4 [向日葵]
「笹部っ!おっはよーっ!」

「……はよ……」

「もーっ!元気ないなあっ。ま、いーや」

ある高校のある教室。
時刻は8時12分。

教室に入ろうとした、笹部 宗助(ささべ そうすけ)は、朝っぱらからハイテンションで挨拶してくる、ある女の子にたじたじだった。

そのある女の子こそ、この物語の主人公である、加賀 茉里(かが まつり)だ。

「笹部、今日も大好きだよーっ!」

「……」

⏰:09/04/10 00:34 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#5 [向日葵]
惜しみなく好意を示してくれるのは悪い気はしないが、宗助は脱力するほか、何も出来なかった。

なにせ、彼女からの告白は、最早日常茶飯事なのだ。

―――――――――…………

[笹部、私、笹部が好きなの]

そう告白されたのは、丁度2週間前程。
茉里と宗助は、同じクラスで同じクラブ。
ちなみに剣道部で、茉里はそのマネージャーだ。

たまたま道場で2人になった時、茉里が告げた。

その時は、今ほど軽い言い方ではなく、真剣に言われた。

⏰:09/04/10 00:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#6 [向日葵]
茉里は学年では結構モテる部類で、断るのがもったいないほどだが、宗助は眉を寄せて訊いた。

[俺の、何が好きになったの?]

剣道の腕は確かで、運動神経には優れている宗助だが、性格は地味に近かった。
そんな自分を、彼女はどこが好きなのか分からなかった。

訊かれた茉里は、キョトンとしていた。

[理由って、いるの?]

そう言われると、宗助も訊いたくせに困った。
でも、理由が言えないのは、大して好きではないのではともとれた。

だから、告げた。

⏰:09/04/10 00:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#7 [向日葵]
[悪いけど、俺、好きな人いるから]

[誰?]

[……秘密]

茉里は1歩、宗助に歩み寄る。

[フラレるなら、その相手教えてくれなきゃ、納得出来ないんですけど]

押された宗助は、一瞬口ごもるが、ゆっくりと口を開く。

[……ち、千早先輩]

千早先輩とは、1つ上の先輩で、男子とも互角に戦える人だ。
気さくで、人からの信頼も厚く、茉里も慕っていた。

先輩の名を聞いた茉里は、ピタリと静止している。

⏰:09/04/10 00:48 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#8 [向日葵]
[だから、ゴメン。……じゃあ、俺先に帰るから]

と、踵をかえそうとした時、道着を引っ張られた。
何事かと宗助は振り返る。

[私、諦めたりしないんだから]

[は、はあ?]

[先輩は来年の3月で卒業でしょ?私が猛アピールしたら、私の事好きになるかもしれないじゃない!]

何を言ってるか分からない。

宗助の頭はハテナだらけになった。
そんな事はお構いなしに、茉里はにっこり笑う。

⏰:09/04/10 00:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#9 [向日葵]
[いいじゃないっ。私が勝手に好きでいるだけだから。それにね、先輩の事で、笹部が何か傷ついたりしたら、私を利用して慰めてもらうって手もあるんだよっ]

利用してと、あまりに明るく言うものだから、宗助は更に頭が混乱する。

一体、彼女は何を考えているんだ。

―――――――――…………

「ねぇミュー。笹部はどうしてあんなに素っ気ないんだろ」

昼時。
机を合わせて昼食をとっていた茉里は、幼なじみの親友である久瀬(くぜ) ミュシャに話しかける。
ミュシャは日英ハーフで、美術鑑賞を趣味とする両親が、画家のミュシャからとって名付けた名前。
茉里だけが、ミューと呼ぶ。

⏰:09/04/10 00:58 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#10 [向日葵]
金に近い柔らかな髪を耳にかければ、小さなピアスがキラリと光る。

「茉里はね、素直すぎるって言うか、直球すぎるから、相手がその好意を照れて、受けにくいんだと思うよ」

「ミューは照れないの?」

「慣れたよ」

茉里は嬉しそうに笑う。
買ってきたパンをひとかじりしたところで、ミュシャが訊ねた。

「あたしも分かんないな。笹部 宗助のどこがいいの?」

「好きになるのに理由っている?」

⏰:09/04/10 01:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#11 [向日葵]
「知らない」

「私はね、直感を信じるの。笹部は絶対私の運命の相手なのっ」

茉里はいつもそうだけど、と口には出さず、ミュシャは代わりにため息を出す。

「それにしても、利用してもいいだなんて言っちゃ駄目だよ。本当にされたらどうするの?」

「それはそれ、これはこれ」

ミュシャは何も言えず、椅子の背もたれに背を預けて、ペットボトルの蓋を開けた。

「あ、ジュース買ってくるよっ」

「一緒に行こうか?」

⏰:09/04/10 01:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#12 [向日葵]
「いいよっ」

茉里は1人、自販機に向かった。

足取りは軽く、すぐに自販機に近く着いたところで、ある2人を発見した。

宗助と、千早先輩だ。

茉里は足を止める。
そして姿を隠す。

本当は、間に割り込んで、今すぐ邪魔したい。
宗助は私のモノだって言いたい。

でも、そうすれば、宗助が悲しむから。
自分より、宗助が幸せの方が嬉しい。

⏰:09/04/10 01:11 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#13 [向日葵]
ただ、宗助が、いつかこっちを向いてくれたらって、好意を全面に出している。

なんだか矛盾してるなって、茉里は自分でも思った。

2人を影から見れば、胸は痛むけれど……。

分かってるのかもしれない。
毎回告げられる、“重い”の意味。

宗助にはそう思って欲しくない。
そう思うのは、この猛アピールを、宗助が“重い”と言わないからかもしれなかった。

茉里はそっと、その場を後にした。

――――――――…………

⏰:09/04/10 01:17 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#14 [向日葵]
「ねえ笹部、そろそろ宗助って呼んでもいい?」

半ば強制的に一緒に道場に向かってる時、茉里が言った。
宗助はまた眉を寄せて、茉里を見る。

「なんで」

「みんな気軽に呼んでるじゃん。だからいーかなーって」

「……駄目」

「ケーチーッ」

そう言いながら、道場のドアをくぐる。

「宗助ーっ!聞けよーっ!」

入るなり、1つ上の先輩で、主将の笠井先輩が宗助の肩を掴んだ。

⏰:09/04/10 01:22 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#15 [向日葵]
笠井先輩は若干興奮している。

「ちょっと、笠井やめてよっ」

慌てて後ろから、千早先輩が来る。
迷惑そうにしながら首を傾げる宗助に対し、茉里は嫌な予感がした。

「せ、先輩、早く練習しないと、先生に怒られちゃいますよっ」

話を中断させようとするも、笠井は大きな口を笑みの形にする。

「大丈夫だって。今日先生出張だから」

最悪だ。

「なんなんですか」

いい加減うっとおしいとばかりに、宗助は先輩と距離をとった。

⏰:09/04/10 01:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#16 [向日葵]
「千早、彼氏出来たんだとっ!」

宗助の体が、小さくピクリと動くのを、茉里は見逃さなかった。

嫌な予感は必ず的中する。
茉里は宗助の顔を伺う。
宗助は、目を見開いていた。

「……え」

小さく呟きが漏れる。

「もーっ!笠井は口が軽すぎっ!」

千早先輩は顔を赤くしながら、笠井先輩の頭を叩いた。

嘘じゃないんだ……。

茉里は冷静にそう思った。

⏰:09/04/10 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#17 [向日葵]
宗助をまた見れば、元の宗助の顔に戻っていた。
でも、茉里は分かっていた。

これ以上ないほど、傷ついている。

「それだけっすか。俺、トイレ行きたいんで」

鞄を雑に置いて、宗助は道場を出る。
そんな宗助にお構いなしに、先輩達は話題に盛り上がっていた。

茉里も鞄を置いて、宗助を追いかけた。

宗助はゆっくりと、渡り廊下を歩いていた。

「笹部っ」

呼べば、宗助は立ち止まる、
すぐ後ろまで、茉里は追いつく。

⏰:09/04/10 01:34 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#18 [向日葵]
「あの……。先輩に、彼氏がいようと関係ないよっ。笹部の気持ち伝え続ければ、もしかしたら彼氏に勝つかもしれないじゃないっ!」

どう言ったらいいか分からない。しどろもどらしながら、茉里は話していた。

「そ、それに、私がいるよっ。今が利用するチャンスって言うか、気をまぎらわす材料って言うか……」

「うるさいっ!」

鉄の柱を、思いきり殴る。
殴った音が、鉄から鉄へと伝わって、エコーのように響く。

茉里はただ驚いて、宗助を見るだけだ。

⏰:09/04/10 01:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#19 [向日葵]
こちらを向いた宗助は、今まで以上に眉を寄せて、睨み付けているのに近い目で、茉里を見る。

「俺は、アンタみたいに軽い気持ちで好意を示したりしない、アンタに、俺の何が分かるんだよ」

軽い……?

「下手な慰めなんて、俺はいらない」

それだけ言って、宗助はどこかへ行ってしまった。
茉里は、立ち尽くすしかなかった。

それ以上にショックだった。
今まで伝えてきた好きの気持ちを、“軽い”と言われた。

まだ、足りなかった?
何が、足りなかった?

⏰:09/04/10 01:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#20 [向日葵]
あれ?
好きって伝えるのって、こんな難しかったっけ?

―――――――――…………

言いすぎた。
宗助は反省していた。

あれから、道場に戻ったが、茉里の姿は無かった。

“軽い”だなんて、言わなければ良かった。

彼女のあからさまな好意は、確かに疑う時もあるけれど、好きな人がいると言っている自分に毎日好きだと言ってくるガッツはすごいと思った。

あんな風に、自分も表現出来ればいいなと、羨ましく思う程。

教室前で、宗助は一旦立ち止まる。

⏰:09/04/10 01:50 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#21 [向日葵]
ドアを開ければ、いつもみたいに彼女は声をかけてくるだろうか?

ガラッと開ければ、まだクラスメイトがちらほらいる程だった。

やっぱりいない。

「入んないの?」

後ろからの声に、宗助は勢いよく振り返る。

そこにいたのは、茉里だった。
茉里はにっこり笑う。

「おはよー笹部っ!」

「……はよ…」

「低血圧だね、笹部はっ!」

宗助の背中を強く叩く。

⏰:09/04/10 01:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#22 [向日葵]
衝撃で宗助はむせる。

そして呆然とした。

なんだ、心配なんてしなくて良かったじゃないか。
傷つけてすらいないみたいだ。
明るい、いつも通りの彼女だ。

そうだ、あれは、無神経に、彼女が言うから悪いんだ。

そう思えば、昨日失恋した事を思い出して、胸の傷が疼く。
でも、だからと言って、諦める事なんて出来なかった。

そんなに、簡単に諦めるほど、簡単な気持ちじゃなかったのだから。

そう思いながら、宗助は席に着く。

⏰:09/04/10 01:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#23 [向日葵]
一方、少し離れた席から、茉里は宗助を観察していた。

やはり元気がない。
昨日の今日じゃやはり駄目か。

「利用してもいいって言ったのに……」

「茉里も元気ないね」

ミュシャが話かけてきた。

「いつもの朝一での公開告白大会がなかったじゃない」

言われて、茉里は苦笑いした。
ミュシャには、何もかもバレてしまうから厄介だ。

⏰:09/04/10 02:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#24 [向日葵]
「私の好きは、軽いんだって。言われてから、どうやって好きって伝えたらいいか、分かんなくなっちゃった……」

重いは、言われ慣れた。
言葉の意味は、掴みあぐねているけれど、それが自分の好きの形だから、今まで通りですんだけど。

軽いなんて初めて言われたから、どう対処すればいいかなんて、茉里は分からなかった。

「ホント、茉里はバカだね」

「バカだもん」

大好きなのに、猛アピールするくせに、相手の幸せを願う自分は、本当にバカのほか、何者でもないと思う。

⏰:09/04/10 02:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#25 [向日葵]
でも絶対。

「諦めないから」

なんと言われようと、本当の本当の決定打が打たれるまで、諦めたりしない。

茉里は曲がっていた背筋をしゃんと伸ばし、強く思った。

今、諦めてしまえば、この気持ちだって軽いって思われる。

けれど茉里は、軽いと言われた事に、さほど傷ついてはいなかった。
自分みたいな猛アピールを、軽いと言う人が、珍しいから、驚きの方が大きかったのかもしれない。
やっぱり宗助は、今まで好きになった人とは、どこか違うのだった。

⏰:09/04/10 10:48 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#26 [向日葵]
―――――――――…………

「あ」

声が重なる。
自販機の前に来たとき、たまたま宗助とばったり会った。

「笹部もなんか買うの?あ、奢ってあげよっか!」

「……いらない」

「そんな遠慮しなくても……。笹部?」

会話中、笹部の視線が茉里から外れた。
外れた視線の先には……。

「千早先輩……」

とその彼氏。

⏰:09/04/10 10:51 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#27 [向日葵]
中庭のベンチで、仲良く喋っている。
顔を少し赤らめて喋る先輩は、道場で見せた事のない、恋する乙女の顔をしていた。

でも、茉里が気になったのは、宗助だ。
宗助は、昨日と同じように、表情にはあまり出さず、心の中に、いくつもの傷を作っていそうだった。

茉里は、突然平手で自販機のボタンを乱暴に押した。
紙パックのジュースが1つ落ちてくる。

宗助は茉里の行動にびっくりして茉里を凝視していた。

その視線を気にせず、また茉里はボタンを押す。

⏰:09/04/10 10:56 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#28 [向日葵]
「あげるっ!」

宗助に押し付けられたのは、イチゴ牛乳だった。

こんな物は飲まないと返そうとした宗助の腕を、茉里は引っ張った。
連れて行かれたのは道場の中。

「……何がしたいの」

道場に置いてある椅子に力なく座って宗助が茉里に問う。

「だって、辛いじゃない。無理して見る必要なんてない」

「……アンタ変だよ。俺がフラれて、万々歳なんじゃないの?」

「好きな人の傷ついてる顔なんて見たくないのは当たり前でしょっ!!」

⏰:09/04/10 11:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#29 [向日葵]
ただでさえ、声が響く道場。
茉里の声は、少しエコーがかる。

「笹部は、私の気持ちを信じてないかもしれないけど、私は笹部が本当に好きだもん。理由なんてないよ、分かんないし。そうゆうの、笹部だって一緒じゃない」

まっすぐに見つめられて、宗助は何も言えなくなった。

「私は分かるもん。その気持ち。笹部だって、先輩が幸せそうに笑うから、横取りしたくないんでしょ?」

「……」

「でも諦められないなら、私と同じじゃない」

宗助は、まるでふて腐れているように口を閉ざしたままだ。

⏰:09/04/10 11:06 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#30 [向日葵]
聞いてるのか聞いてないのか、手の中にあるジュースをじっと見ている。

「……違うなら、否定してもいいんだよ……?」

何も喋らなくなった宗助が少し怖くなって、茉里は恐る恐る言ってみる。
でも、やはり反応はない。

1人になりたいのかもしれない。

気をきかせて、茉里はそっと出ていこうとした。

「ゴメン」

⏰:09/04/10 11:09 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#31 [向日葵]
宗助が口を開いた。
茉里は足を止め、振り返る。

「八つ当たりだったんだ、昨日のは……。だから気にしなくていいから。軽いだなんて、言う気はなかったから」

今度はちゃんとこっちを向いている。
少し長すぎる前髪から見える目元は、いつもより柔らかい気がしたから、茉里の胸はドキリとした。

「ありがとう……。庇ってくれて……」

そんな事を言われては、茉里の恋する思考回路は暴走し始める。

宗助の前まで行くと、目線を合わせる為、膝をついた。

⏰:09/04/10 11:13 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#32 [向日葵]
「ねえ、提案なんだけど」

「ん?」

「私を、仮彼女にしてくれない?」

宗助は目を見開いて固まった。
口は半開きになって、焦点はどこに定まっているのやら。

そんな宗助に構わず、茉里は嬉々として続ける。

「先輩を好きなままでいいのっ。でも、やっぱり私の方も見て欲しいじゃない?だから、彼氏がいる先輩が、もし彼女になってたらしてみたい事を、私でしてくれたらいいよっ!そしたらお互いの欲求は晴れるでしょっ!」

とんでもない事を言う。
2週間前と、まったく変わらない。

⏰:09/04/10 11:18 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#33 [向日葵]
「あ、アンタを好きになる保証なんてないぞっ!」

「だーかーら、仮彼女じゃない。好きになってくれたら彼女にしてっ!もし途中で先輩が彼氏と別れて、先輩の彼氏になりたいと思ったら、私はまた片思いに戻るからさっ」

どこからそういう発想が出てくるんだ……。

宗助は持っているジュースで額を冷やす。

茉里は本気らしく、顔を近づける。

「ね、お願いっ!」

「今答えだすのか!?」

「じゃなきゃ、毎日時間あれば問い詰めるわよ」

⏰:09/04/10 11:23 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#34 [向日葵]
顔を益々近づける。

いくら好きでなくても、目と鼻の先に顔が迫れば自然と顔は赤くなる。

「ど、どうせ……断ったって、また突飛でもない事言い出すんだろ……」

「私は思ったままに言ってるだけよ」

しばらく間近くで睨み合う。

やがて、諦めたように宗助がため息をついた。

「……どうなって、俺は責任とれないぞ……」

それはつまり……。

「オッケー……?」

⏰:09/04/15 01:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#35 [向日葵]
宗助は距離をとれと言わんばかりに茉里の肩を押す。
そして立ち上がり、洗面台があるところまで歩いていく。

茉里の顔が徐々に明るくなっていく。

「やったーっ!」

「仮だからなっ。それを忘れるなよっ?」

「うん!じゃあ宗助って呼んでいいっ?」

話を聞いてない。
茉里は大はしゃぎしている。

ぴょんぴょん跳び跳ねている茉里を見て、今は何を言っても無駄だと思った宗助は、洗面台に手をついて脱力する。

⏰:09/04/15 01:24 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#36 [向日葵]
この選択が、お互いにとって吉と出るか凶と出るか、まだ分からない。

手探り状態のまま、茉里と宗助の偽りカップル生活の幕が開いた。
「私頑張るからねっ!」

―一途の力、見せたかった。
ただそれだけだったの。

きみを苦しめるだなんて、この時の私は分かってなかったの。

ゴメンネ、自分勝手で……。

⏰:09/04/15 01:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#37 [向日葵]
[2]

桜も散り、緑が青々とすれば、その草木を癒すように今度は梅雨の季節になる。

茉里が所属している剣道部の道場では、県大会に向けて、一際気合いが入った練習が行われていた。

体育館の1階にある道場は、風の通りが悪く、湿気も多い。
剣道部にとって、夏場と湿気は敵。

たった少しの時間で道着は洗濯したように汗を吸って重くなる。

それでも、1つでも勝ち進もうと頑張っている部員の為、茉里はヤカン2つに冷たいお茶を用意する。

⏰:09/04/15 01:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#38 [向日葵]
もうすぐ練習が終わるので、コップにお茶を淹れて待つ。

「10分休憩」

面をとった後、キャプテンがそう告げる。
皆いっぺんにお茶を用意したところまでやって来る。

しかし、1人だけ、面をとったまま窓際でぼんやりしている人物がいるのに気付いた。

茉里はお茶を持って、その人物がいるところまで行く。

「ほら、宗助、お茶っ」

宗助はゆっくりと茉里をみる。
そしてこれまたゆっくりした動作で、お茶を受け取る。

茉里はそのまま宗助の隣に座る。

⏰:09/04/15 01:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#39 [向日葵]
「雨、やまないね」

「……まあな」

「暑くて嫌になるね」

「……まあな」

「試合までもう少しだね」

「……まあな」

「千早先輩いなくてさみしい?」

「まあな……って何言わせてんだ!」

即答だった……。

茉里はこっそり頬を膨らませる。

千早 麻衣、通称千早先輩は、昨日から風邪で学校を休んでいる。そのせいで、宗助は元気が無かった。

⏰:09/04/15 01:29 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#40 [向日葵]
いや、そう気付いていたのは茉里だけだ。

他の人からの見れば、いつものクールで少し無愛想な宗助のまんまなのだ。

自分だけが分かっている。

それが茉里はちょっと誇らしかった。

「まあ、“仮彼女”なわけですから?文句は言いませんけど?」

“仮彼女”

一種の賭け事だ。

彼氏持ちの先輩を諦めれない宗助に、好きになってもらう為に提案した。

その代わり、宗助は先輩を想ったままでも良く、先輩としてみたい彼氏彼女の色んな事を茉里にして、少しでも気を紛らわすよう利用しても良いとまで言った。

⏰:09/04/15 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#41 [向日葵]
期間はない。

ただ、どうしても宗助が先輩を諦められないと言うなら、茉里はまた片思いに戻る。

宗助は言った。

[好きになる保証なんてない]

そんなのやってもないのに分からない。

それに日頃の宗助を見ていれば、意外といけるんじゃないかと思う。

無理にじゃなく、徐々にこっちに向いてくれれば……。

「別に言ってもいいけど。自分で言うのもなんだけど、俺はアンタに酷なことしてるだろうし……」

ほらね。こうやってさりげない優しさをくれる。

⏰:09/04/15 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#42 [向日葵]
顔がニヤけてしまうのを抑えるため、そっぽを向く。
そして宗助の方を見る。
だが、宗助はもうこちらを向いてなかった。
窓の外を見て、物思いにふけっている。

考えてることが、丸分かり。
まあ……すぐにこっちは向いてはくれないだろうしね……。

立ち上がるついでに、宗助が飲み干してしまったお茶のコップを取り上げる。

「あと1時間、頑張ってね」

背を向けながら、ちょっとスネ気味に言ってみる。

「加賀」

呼ばれたら、止まってしまう。

⏰:09/04/15 01:31 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#43 [向日葵]
宗助の声っていいな……。
低すぎず、高すぎず、ちょっとエロい……。

なんて思いながら、茉里は背を向けたまま返事をする。

「なに?」

「わざわざ持ってきてくれて、ありがとう……」

先に惚れた方はつくづく損だと思う。
たった、その一言で、機嫌を直してしまう。

「宗助の為だもんっ」

笑顔で言ってから、いつも座っているパイプ椅子に座りに行った。

―――――――――…………

「終わります、礼」

「ありがとうございました」

⏰:09/04/15 01:32 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#44 [向日葵]
今日の練習が終わった。
整列したまま、先生が話をする。

「お疲れさんでした。この時期、変質者がよく出るから、気をつけろ。男子、女子と出来るだけ帰るように。以上」

一緒に……か……。

「茉里ちゃん、大丈夫?」

「え?あ、多分。今まで1人で帰ってもなんともなかったですし」
剣道部の女子部員はマネージャーの茉里を入れて9人。
3年が3人、2年が2人、1年が4人だ。

自転車通学や家が近くの人が多く、電車でも違うのを使う子もいたりで、結果茉里はいつも1人だった。

⏰:09/04/15 01:33 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#45 [向日葵]
「そういえば、千早先輩、茉里ちゃんと同じ方向じゃなかった?」

もう1人の2年生、木部 綾香(きべ あやか)が言う。

「千早先輩は反対のホームだから、結局は別れちゃうの。それに、先輩よく部活終わったら授業のこと先生に訊きにいってるし……」

千早は文武両道を心がけている。
その為、やっぱり茉里は1人で帰るようになっていた。

女子全員で唸る。

「ねえ、男子で、茉里ちゃんと同じ方向の人っていなかったっけ?」

⏰:09/04/15 01:33 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#46 [向日葵]
女子の副キャプテンが男子に訊く。

男子はそれぞれの顔を見合わせて、首を傾げる。

「加賀さんて、何駅で降りるの?」

「海岸前駅ですよ」

「あ、なんだ、宗助途中まで同じじゃん」

えっ!

宗助の家がどこか、茉里は知らなかった。
更衣室に荷物を取りに行き、戸締まりをする頃にはもう帰っているからだ。

一緒に……帰れるの……?

目を輝かしながら宗助を見れば、やっぱり自分に白羽の矢が立ったかと片手で顔を抑えていた。

⏰:09/04/15 01:34 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#47 [向日葵]
「宗助ー、一緒に帰ってやれよー。加賀さん危ないし」

「……早く準備してこいよ」

「うん……っ!」

――――――――…………

「おまたせ!」

「ほんと待った……」

だって、宗助と帰れるなんて嬉しくて、何度も鏡で自分の姿をチェックしてたから……。

「せっかくだから……手、つないじゃう?」

「仮彼女さん。別に今は何もしたくないんだから黙って歩きましょう」

⏰:09/04/18 02:42 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#48 [向日葵]
スタスタと行ってしまうから、茉里は口を尖らせる。

「そんなに一緒が嫌なら1人で帰るっ。デパート側通れば明るいし安全だもんっ!」

駅まで行くには道が2つある。
1つは茉里が言うデパート側。
もう1つは少し暗いが駅までの近道である方。

変質者はよく後者に出るらしい。

茉里の声に、離れていた宗助が立ち止まり、また戻ってくる。

「……ゴメン。嫌とかじゃないから」

「どうだかね……」

⏰:09/04/18 02:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#49 [向日葵]
「……アンタのその……直球な感じが、俺には苦手なんだ……少し。どう反応すればいいか、わからないだけだから」

そろりと、宗助の顔をうかがう。
いつもの、不器用な笑顔を浮かべていた。
つくり笑われるより、ずっといい。

「手はつながないけど、アンタになんかあったら嫌だから、帰ろう?」

その好きな笑顔のまま言うからずるい……。
許すしか、ないじゃないか……。

でも一緒に帰れるのが嬉しいから、茉里は満面の笑みで頷く。

⏰:09/04/18 02:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#50 [向日葵]
「ねえ、宗助は先輩のこと、どうして好きになったの?」

「……別に。気がついたら好きになってたの」

「そう。私と一緒だっ」

「だからさ……」

宗助は眼鏡をしている。
前髪も長いので、口元を手で隠せば、表情がほぼ分からない。

それでも、声音で照れているのが丸分かりだ。

可愛いな……。

こっそり笑いながら歩いていく。

「じゃあ話を変えようっ。宗助が住んでるのはどこ?」

⏰:09/04/18 02:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#51 [向日葵]
「西町駅降りて自転車で15分」

「それって答えになってない」

「個人情報には口が堅いもんでね」

そう言って、意地悪そうに笑う。

ああ……そうやって笑ったりするんだ……。

胸がきゅっと鳴る。

「その内調べてやるんだから」

「ご自由に」

踏み切りを渡り、駅に向かって歩く。
ふと、宗助が場所を移動した。
宗助を見るが、気にしてないように前を向いたままだ。

⏰:09/04/18 02:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#52 [向日葵]
そして車が通った時に気づく。

あ……車道側だったから……?
もうどうしよう……。どんどん好きになってしまうよ。

照れ隠しに、宗助の腕を軽くはたく。
いきなり叩かれた宗助は、明らかに嫌そうな顔をしていた。

「なに……?」

「紳士だね……」

「は?」

何の事だと言わんばかりに眉を寄せる。

「ありがとっ」

分からなくてもいいから、お礼が言いたかった。

⏰:09/04/18 02:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#53 [向日葵]
やっぱり、宗助には伝わらなかったけど。それでもいいから言いたかった。

「宗助はずっと剣道してたの?」

「中学の時から」

「ああ、だから強いんだ」

改札を通って、階段を上がる。

「俺なんてまだまだだよ。もっと強くなりたい。そしていつか……」

言いかけて、宗助は口を閉ざす。
茉里は首を傾げる。
宗助は気まずそうにして息を吐く。それが微かに腹立たしげだったのは、気のせいだろうか。

⏰:09/04/18 02:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#54 [向日葵]
「ホントに、アンタはいいのか?」

「え?何が?」

「仮彼女の事だよ」

「何を今更」

茉里は笑うが、宗助はそうもいかなかった。

「……俺じゃなくても、アンタなら他にいるだろ」

「あ、今カチーンときた」

ムカついたのか、茉里の目が据わっていた。

「じゃあ訊きますけどっ!宗助は他に好きな人作れって言われたら実行出来るのっ!?」

それを言われた宗助はハッとして、うつむく。

⏰:09/04/18 02:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#55 [向日葵]
「無理強いはしない。だから好きなままでいいって言ったの。2度も説明させないでよっ!分かった!?」

宗助はすまなそうに更にうつむく。
そして呟くように「うん」と言った。
茉里も強く言いすぎたかと困って、視線を泳がす。

自分はこんなにも怒る権利なんてない。
無理強いはしないと言ったが、この提案自体が無理強いしてる事ぐらい自覚はしている。

なんか……宗助を好きになってから、恋愛がドンドン難しいものに思えてきた……。
そう思っても、宗助を諦めるなんて、絶対出来ないのだけど。

⏰:09/04/18 02:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#56 [向日葵]
「千早先輩越したいなら、もっと練習しなきゃね」

その言葉に、宗助はがばっと顔を上げる。

「どうして分かったんだ」

「分かるわよ」

君の事なら……。

どんな動作も、ゆっくりしてるくせに、先輩が絡めば早くなる。

それでもいいよ。宗助が笑ってくれるなら。

宗助と目が合う。
微笑めば、またあの不器用な笑顔を返してくれた。

そう、今はこれだけでいいの。

⏰:09/04/18 02:47 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#57 [向日葵]
――――――――――…………

「不毛」

「へ……」

休み時間のお喋り中。

昨日の出来事をミュシャに喋ったところ、今のような返事が返ってきた。

予想外の返事に、茉里は目が点になる。

「最後に茉里が泣くに1票」

「そ、そんなのわかんないじゃない」

「今までのどんな恋愛よりも今回のが1番分かりやすいよ」

ミュシャは冷たく言う。
茉里は口を尖らせる。

⏰:09/04/19 01:51 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#58 [向日葵]
不毛……か……。

まだ始まったばかりなのに、そんな事を、しかも1番の友達であり親友であるミュシャに言われてしまっては、やっぱりヘコむ。

今までどんなことも、なんだかんだ言いながら応援してくれたのに、どうして今回ばかりはそんなに冷たいのか。

「じゃあ、私が泣き言言っても慰めてくれない?」

「さあね」

やっぱり冷たいの。

「でも……」

ミュシャが言葉を続ける。

「失恋決定の時は、一緒に泣いてあげる……」

⏰:09/04/19 01:51 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#59 [向日葵]
茉里は顔を明るくさせる。

やっぱりミュシャは好きだ。
自分を突き放したり、薄情な事をしない。
性格はクールだけど、心はあったかい。

「ありがとうっ」

机から乗り出して、ミュシャに抱きつけば、いい香りがした。
まるで、お花のような。

千早先輩も、時々いい香りがする。

ふわりと、嫌味のない、シャンプーか、洗剤の香り。

他人の匂いというのは、意外にも鮮明に覚えているもので、その人を思い出せば、同じく匂いも思い出す。

⏰:09/04/19 01:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#60 [向日葵]
宗助も、思い出すのだろうか……。

ちらりと、窓際の席に座っている宗助を見る。

降るか降らないか、不安定な曇り空をぼんやりみあげている。

今日こそ、先輩が来てたらいいなとか、考えていれのかもな……。自分の事も、思い出してくれればいいのに……。なんて、贅沢か……。

「そうそう、昨日、うちの学年の女子が、変質者に会ったって」

「うそ!その子大丈夫だったの?」

「通りすがりの人が助けてくれたんだって。でも、茉里も気をつけてね」

⏰:09/04/19 01:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#61 [向日葵]
「私は大丈夫だよ」

宗助がいるし。

―――――――――…………

「ってわけで、今日も護衛お願いしますっ!」

その日、やっぱり千早先輩は休みだった。

宗助はまた元気をなくしていたけれど、茉里は一緒に帰れる事が楽しみで仕方がなかった。

「……護衛って……」

「間違ってる?姫を助けてね、王子様っ」

「とんだじゃじゃ馬姫だな……」

「なんて今」

「別に?」

⏰:09/04/19 01:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#62 [向日葵]
背を向けながら、クスリと笑っているのを見逃さなかった。
それを見れば、茉里の心も躍る。

この時間だけは、2人の特別な時間。だから誰にも邪魔されたくない。

そう思っていた矢先だった。

「千早先輩!」

次の日の放課後、千早先輩が来た。
女子部員は皆して声をあげる。

「ごめんね休みがちで。今日から復帰するからさっ」

ニカッと笑う。元気そうで何よりだ。

⏰:09/04/19 01:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#63 [向日葵]
でも、1番に喜んでいるのは……。

茉里は宗助を見る。
興味が無いように道着に着替え始めているけど分かる。
その背中は、うきうきしている。

分かりやすいんだから……。

宗助が楽しければいい。嬉しければいい。
それなのに……悲しくなるのは何故だろう……。

―――――――――…………

練習が終わる少し前、雨が降ってきた。

折りたたみ傘持ってきてて良かった……。

「雨降ってんじゃーんっ!」

⏰:09/04/19 01:53 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#64 [向日葵]
千早先輩が叫ぶ。

「どうしたんです先輩」

話しかけたのは、宗助だ。

「傘忘れてたんだよねー……。ま、いっか」

「何言ってんですか。病み上がりのくせして」

茉里は聞き耳をたてながらも、窓を1年生と共に閉めまわる。

窓の鍵を、かけた時だった。

「俺の傘に入ってください」

茉里は鍵に手をかけたまま静止する。

「いいの?わっるいねー。じゃあ待っててね」

先輩は出ていった。
私はゆっくりと立ち上がり、皆が飲んでしまったコップを洗面台で洗う。

⏰:09/04/19 01:53 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#65 [向日葵]
スポンジに洗剤をつけた時、宗助がすぐ近くに立った。

「あの……今日、千早先輩と帰るから……」

スポンジを握りしめる。

帰りの、あの瞬間、隣にいていいのは……私だけのはずだったのに……。

「そうなの?丁度良かった!」

茉里はわざと明るい声を出して、宗助の方を見る。
宗助は、なんだか驚いていた。

「今日ね、先生から、帰り買い出し行ってくれって頼まれてたんだ!だからさ、今日は1人で帰るって言おうと思って!」

「……そっか。……気をつけてな」

⏰:09/04/19 01:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#66 [向日葵]
そう言うと、宗助は着替える為に行ってしまった。

それだけなんだ……。
先輩には、病み上がりだからって心配してたくせに……。

コップを磨く手に、力が入ってしまう。
涙がながれないように、必死に歯を食いしばった。

――――――――――…………

ウォータークーラーの前に、茉里は身をかくしていた。
駅でばったり会うなんて嫌だし、デパートに行って、もしも先輩が寄りたいって言って会うのも嫌だから、ここでしばらく時間を潰すことにした。

様子をうかがえば、宗助と先輩が相合い傘をして帰るところだった。

⏰:09/04/19 01:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#67 [向日葵]
宗助の歩き方に、緊張で力が入っているのが分かった。

きっと、先輩は気がついていない。
自分だけ。自分だけが分かる。
分かっているのに……。

どうして敵わないんだろう。

にじむ視界。
泣きたくなんかない。
自分が望んだ結果なら、尚更。
仮彼女でいいと自分で言ったのだから、それを貫き通す。

たとえ、それが不毛であると、言われたって……。

しばらくぼんやりとして過ごした。
雨足が、少し増した。
折りたたみ傘で間に合うかちょっと心配だ。

⏰:09/04/22 03:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#68 [向日葵]
それでも、帰らなければ……。

茉里は立ち上がる。
雨の音が、より自分を惨めだと表している気がした。

今日は近道して帰ろう。
今時分なら、まだそんなにも暗くないし、変質者だって出ないだろうし。
いざとなれば傘を武器にする事だって考えている。

とぼとぼと歩いていく。
高架下に差し掛かった時、ぞくりと嫌な感じがした。

空はまだ暗くはない筈なのに、ここだけが異様に暗く、不気味な気がした。

「……大丈夫……大丈夫……」

まるで呪文のように呟く。

⏰:09/04/22 03:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#69 [向日葵]
駅が見えてきた。

茉里は安堵の息を吐く。

もう大丈夫。
大体、変質者がそう毎日出るわけ……。

「お嬢さん、1人……」

びくりと、足が止まる。

どうして……?
私の馬鹿っ!止まらなくていいじゃない……っ!
早く、進んで……っ!

そう念じても、足は言うことをきいてくれない。

「服、濡れちゃってるね……。おじさんも濡れちゃったんだ……。あっちで、一緒に乾かそうか……」

目深にかぶったキャップから、口元が見える。

⏰:09/04/22 03:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#70 [向日葵]
その口が、奇妙にニヤリと曲がった時、茉里は思わず「ひっ」と声を漏らす。

「さあ、おいで……」

汗で粘着質になった手で、茉里の腕を掴む。

気持ち悪い……っ!

「や……っ!放してっ!」

持っていた傘を振りかぶり、思いきり変質者目掛けて殴る。

しかし、開いたままだったので、大したダメージにはならなかった。

キャップの鍔で影になった目が、妖しく光る。
変質者はまたニヤリと笑みを浮かべる。

⏰:09/04/22 03:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#71 [向日葵]
「元気だね……。おじさん、元気な子は好きだよ……」

強い力で引っ張られる。
こんな時に限って人が通ってくれない。

「い、嫌ったら……っ。誰かーっ!誰か、助け……」

助けを呼ぼうとした。が、抱え込まれるようにして口を塞がれた。
耳元に、変質者の生ぬるい息がかかる。

「叫ばないでよ……ひどいこと、されたいの……?」

逃げられない。
どうなるの……?
私どうなっちゃうの……?

⏰:09/04/22 03:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#72 [向日葵]
茉里は足ががくがくと震え出す。

お願いだから、誰でもいいから助けて……っ!

助けて……助けて……お願いっ!
宗助……っ!

「加賀っ!」

声がした。
恐くてギュッと閉じていた目を開けたら、竹刀袋をふりかざす宗助がいた。

竹刀袋は変質者の頭に、鈍い音と共に命中。

脳震盪でも起こしたのか、変質者はふらあっと後ろに倒れた。

その姿を、茉里は呆然とみつめる。

⏰:09/04/22 03:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#73 [向日葵]
「今、警察を呼んだから、もう大丈夫。……加賀?」

茉里はまだ変質者を見たままだ。
宗助は眉を寄せ、首を傾げる。

「おい、加賀?」

ハッとしてビクリと体を震わしてから、茉里は宗助を見る。

「……し……ない、持って帰ってたんだ……」

「ああ。組み立てる為にな」

「そっか……」

茉里の頭は真っ白になっていた。

何から話せば……。
と言うより、どうして宗助はここに?

⏰:09/04/22 03:04 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#74 [向日葵]
「け……警察、早く来たらいいのにね。あ、傘壊れてるっ」

「加賀」

「困るなー。おニューなんだよこれえっ!もしかして弁償とか……」

「加賀っ」

傘を持つ手が、ビクンと震える。
茉里は口を閉ざし、宗助の足元を見つめる。

「無理しなくていいから」

「別に、無理なんて……」

「もう怖くないから」

そう言われて、茉里は宗助の顔をゆっくりと見上げる。

⏰:09/04/22 03:04 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#75 [向日葵]
気遣うように、少し憂いを含んだ優しい目を見れば、手が震え出した。

耐えていた色んなものの糸が一気に切れて、その場にへたり込む。

「お、おい、そんなトコに座ったら……」

「ありがとう……」

かすれた声で、茉里は呟く。
頬に雨粒ではない雫が流れ出す。

さっきは耐えれたのに……。

「気持ち悪くて……どうなるかすごく怖かった……っ。すごく……こわ……か……っ!」

⏰:09/04/22 03:04 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#76 [向日葵]
行き場のない手を、どうすればいいのか分からなくて、自分を抱くようにして腕をかかえる。

そういえば、腕、触られたっけ……。

雨をシャワーのようにして、腕をを洗うように何度もこする。

「寒い?」

しゃがんだ宗助が訊く。
茉里は首を横に振った。

「触られたトコ……なんだか気持ち悪くて……」

さするところを、宗助はジッと見る。
すると、さすっていた手をとる。どうするのかと目で追えば、さすっていた掌を、優しく撫でる。

⏰:09/04/22 03:05 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#77 [向日葵]
驚いた茉里は、思わず手を引き抜く。
しかし、宗助は強引にまた茉里の手をとる。

「な……なに……?」

「そうやってさすったら、今度は掌が気持ち悪くなるだろ?だから、俺が綺麗にしてやる」

なんだかどこかズレてる気がする。

でもそのちょっと違った優しさが、今はとても嬉しい。

気持ちの悪かった感触全てが、掌を撫でてくれているだけで浄化されていく気すらした。

⏰:09/04/25 01:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#78 [向日葵]
そう思えば、涙がまたあふれた。

しばらくして、警察官が近くにパトカーを止め、こちらへとやって来た。

――――――――――…………

「え?また一緒に帰ってくれるの?」

次の日。
雨の中いたにも関わらず、茉里も宗助も風邪を引かずピンピンしていた。

そして珍しく、教室で呼び出されて、今は廊下の窓際で話している。

「昨日のは俺の責任だし、先輩も、これからは彼氏と帰るって言ってんだ。だから一緒に帰れる」

⏰:09/04/25 01:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#79 [向日葵]
それは嬉しい。
……嬉しいのだけど。

「なんか……責任感で一緒に帰られるって、微妙かも……」

「……なら、1人で帰れ」

教室に入るのか、背を向ける。
しかし、その時、すねているような顔をしている宗助を見た。

もしかして、昨日の事、謝る気持ちもこもってるのかな……。

素直じゃないな。
お互いに……。

茉里は笑う。

「宗助ありがとう!喜んで一緒に帰るよ!」

「……勝手にしろ」

⏰:09/04/25 01:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#80 [向日葵]
「勝手にするっ」

そして、私はまた一段と君を好きになるんだ……。





―――こんなに好きになるなんて、しらなかった。

この気持ちが、君を苦しめた原因。

早く、気付いて向き合っていれば良かったね……。

⏰:09/04/25 01:55 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#81 [向日葵]
[2]の題名ありませんでしたね

[2]は仮彼女発動
です

⏰:09/04/25 01:55 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#82 [向日葵]
[3] 敵と特別の間

今日は県大会最終日。

団体は男女とも3回戦で敗退した。
今日は個人戦。
本当の本当に先輩たちの最後の試合。

宗助は、複雑な顔をしていた。

学校にはまだいるわけだし、永遠の別れではないけれど、学年が違うから会うのは難しい。

そういう面では、宗助にとって、この日が来るのは嫌だったかもしれない。

「宗助、冊子見せて」

後ろの席にいる宗助に手を伸ばす。
宗助は無言で渡してくれた。
視線は、先輩が試合するコートを見て

⏰:09/04/25 01:56 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#83 [向日葵]
一瞬でも目を離したくないってことね。

冊子を見れば、千早先輩までは時間があった。

茉里は立ち上がる。

「茉里ちゃん、どこに?」

同い年の綾香が話しかける。

「トイレ」

本当は嘘だ。
だって思ってしまった。
面白くないと。

宗助は、ここ3日間、ずっと千早先輩ばかり。
一緒に帰る時だって上の空。
仕方ないのは分かってても面白くない。

だから気分を変えたかった。と、思い立ったまでは良かった。

⏰:09/04/25 01:56 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#84 [向日葵]
県大会だから、進んでも進んでも、人。
こんなのトイレにたどり着く前に先輩の試合が始まってしまいそうだ。

悩みながらも、なんとか通路から出る事が出来た。

下に行くスロープ近くは、通路に比べれば人が少ない。

少ししたら帰ろう。

「あの……」

誰かに話しかけられる。
振り向けば、180センチくらいある男子が2人いた。
おそらく同い年だろう。

「はい?」

「加賀さんだよね?西校の」

⏰:09/04/25 01:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#85 [向日葵]
そういう男子は、北高校の制服を着ている。

どこかで見たことがあると思えば、北校の次期キャプテンと噂されてる人だった。

名前はまったく覚えてないけれど。

フェミニストっぽい甘いマスク。
髪の毛は猫っ毛そうで、天然パーマなのか少しクリクリと波立っている。
さらに茶色いのが、彼の雰囲気の柔らかさを際立てる。

で、何の用だろうか。

「なにか?」

「これ、良かったらもらって」

⏰:09/04/25 01:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#86 [向日葵]
渡してきたのは紙切れ。

大体分かる。
ここにはメールアドレスでも書いてるのだろう。

「誰に渡せばいいの?」

にっこり笑って言ってみる。

「違うよ。加賀さんに」

困った顔も優雅に見える。
王子様然とした彼の頭上には王冠でも見えそうだ。

「なんで?」

告白めいたものなら、即効で断るつもりだ。
なんてったって自分には宗助という人がいるのだから。

「友達になって欲しいなって」

⏰:09/04/25 01:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#87 [向日葵]
こちらの空気を読んだように、彼はそう言った。

この人、百戦錬磨っぽい……。

「携帯が新しいの?あ、メモリーを増やしたいんだっ!」

無邪気に言って、探りをいれる。
やんわりと断りの意味もいれてえく。

しかし、あちらも簡単には引き下がらない。

「違うよ。北と西じゃ、会える機会も少ないし、じゃあまずメールでってこと」

要するに、そういうことだ。

「あ、先輩の試合が始まるんだった!」

⏰:09/04/25 01:58 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#88 [向日葵]
と言って逃げる。

大体、県大会にナンパするなんて、遊びに来たんじゃないんだから。
なんだか不謹慎な気がする。
あの人嫌だ。

それが茉里が抱いた第一印象だった。

人の間をぬって、また元の位置に戻ってくる。

「あ、茉里ちゃんおかえり」

綾香が言ってくれる。

「ただいま。先輩まだだよね?」
「前の人が延長してて、長引いてるの。調子狂わなきゃいいけど……」

席に座ると、綾香が何かに気づいたように、茉里の襟元辺りを見つめる。

⏰:09/05/02 22:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#89 [向日葵]
「茉里ちゃん、なんか髪の毛に引っかかってる」

「え?うそ、取れそう?」

綾香の方に背中を向ける。
カサッと音が聞こえた気がした。

「取れたよ。なんか……紙切れ?」

取った紙切れを茉里に渡す。
その紙切れは、茉里がよく知るものだった。

……っ!
あのフェミニスト……っ!
いつの間にこんなところにっ!
いやらしいっ!!

中を見れば、やはりと言うか、メールアドレスと、ご丁寧に高校名、名前まで書いていた。

⏰:09/05/02 22:22 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#90 [向日葵]
「北高校……沢口……優真ーっ!?」

綾香が声を上げれば、どうしたと男子までもが寄ってきた。

「沢口さんって、確か北高で超モテてるって聞きますよ!」

女子の後輩が言う。

「加賀さんすごいねー。目つけられちゃったんだー」

同級生の男子が言う。

だから興味ないってば。

紙切れをたたんで、適当に鞄へ入れる。

「あんまりうるさいと、周りから注意受けますよ」

⏰:09/05/02 22:22 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#91 [向日葵]
そういえば、そそくさと皆自分の場所に戻った。

「やっと次、先輩ですよ」

やっと口を開いた宗助は、それだけ言った。
彼だけは、さっきの騒ぎに入ってこなかった。

ああそうですか。
仮彼女はなんて言おうと仮だから、どうでもいいんですか。

なによなによなによっ!

宗助のばーっか!

―――――――…………

先輩は、ベスト8決めの試合で負けてしまった。

⏰:09/05/02 22:22 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#92 [向日葵]
延長まで持ち込んだが、面を打ち込んだ時、胴を抜かれた。

それでも、先輩のそれまで、いや、この3年間の剣道は立派だと、誰もが拍手をおくった。

応援側にいる先輩では、涙するものもいた。
茉里も、少し涙ぐんだ。

宗助を見れば、やっぱり複雑な顔をしていた。

先輩に賛辞をおくりたい。

でもそうすれば、先輩が引退するという現実がすぐそこに迫ってくる気がするから、喜んでいいのか悪いのか……。

でも、気持ちは分かるかもしれない。

もし、立場が逆ならば……。

⏰:09/05/02 22:23 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#93 [向日葵]
―――――――――…………

男子の先輩は、1回戦で負けてしまった。
下の階に行って、試合に出た人を迎える。

「お疲れ様でしたっ!」

「お疲れ麻衣ーっ」

「なに泣いてんのよ」

千早先輩は笑う。

男子は男子で、「あれは入っていた」とか、「あの相手はやりにくい」とか、さっきの試合を分析している。

「先生どこだろう?」

後輩が言う。

⏰:09/05/02 22:23 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#94 [向日葵]
「バスの前に集まってくれればいいって。だからとりあえず着替えてくるよ」

千早先輩は回れ右をする。

「一緒にいこうか?」

千早先輩は笑って「いいよ」と足早に行ってしまった。

負けてしまったのに、清々しいほっ、あっさりしているなと茉里は思った。
きっと割りきるのが早いのだろう。

皆が帰る準備にと、また上の階へと向かう。
スロープを上がろうとした時、宗助がまださっきの場所で立ち止まっていた。

⏰:09/05/02 22:23 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#95 [向日葵]
「宗助ー」

呼んでも返事をしない。
もう1回呼ぼうと口を開きかけた時、宗助はスロープと逆の方へ行ってしまった。

困った茉里は、皆の方と宗助とを交互に見るが、悩んだ末に宗助を呼びに行く事にした。
宗助は段々と人が少ない方に行く。

一体どこにいくの?

曲がったところは、あまり使われていない自販機の前。
休憩場みたいに、長椅子が置かれている。
そこには、千早先輩が座っていあ。
宗助が、そばへ行く。

茉里は、なんとなく隠れた。

⏰:09/05/02 22:24 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#96 [向日葵]
「隠れて泣かなくてもいいじゃないですか」

「もう……追いかけてこないでよー……」

宗助は先輩の隣に座る。

「悔しい……。もっと練習しとけばよかった……」

先輩は割りきってなんていなかった。
さっきみたいに、皆が泣いてくれるから、我慢していたのだ。
最後まで、しっかりとしたキャプテンでいる為に。

「十分してましたよ。俺は知ってます……」

「アンタ……いっつもそういうね」

⏰:09/05/02 22:25 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#97 [向日葵]
いつも、言ってるんだ。
宗助は知ってたんだ。
そうやって、完璧なキャプテンでいる為に頑張ってきた千早先輩を。
ううん、違う。
そんな千早先輩を見て、好きになったんだ。

「ねえ、頭撫でて……」

「はいはい……」

宗助は、先輩の汗に少し濡れた頭を優しく撫でる。
その手つきは、この前、変質者に襲われた時に撫でてくれた手とは違った。
明らかに、茉里の時には足りなかった何かが、そこにはあった。

息苦しい……。見るんじゃなかった。

茉里は静かにその場をあとにした。

⏰:09/05/02 22:25 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#98 [向日葵]
―――――――――…………

先生の話も終わり、茉里たちはバスに乗り込む。

茉里はバスの下の荷物置きに皆の防具やらをつんでいく。

「手伝おうか?」

振り向けば、宗助がいた

嫌な気分を、胸の中を覆いつくす。
感情のない笑みが、茉里の顔に作られる。

「いつもやってるからいいよ。先に乗れば?」

「いつもやってるから大変だろ?たまには俺がやるよ」

先に乗って、先輩の近くの席に陣取ればいいじゃない。

⏰:09/05/07 23:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#99 [向日葵]
茉里の心に、宗助のさりげない優しさが入る隙間はなかった。

あるのは嫉妬、独占欲、そしてそれと戦う理性。

「今更……。また今度にして」

「暑いし、加賀はもうバスに入れよ」

そう言って腕を引っ張られる。

やめてよ。
さっきはあんなに優しい手つきだったくせに。
私のこと、乱暴に扱わないでよ。

触らないでよ……っ!

⏰:09/05/07 23:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#100 [向日葵]
気づいたときには、宗助の手を思いきりはたいていた。

宗助は驚く。

「……加賀?」

「本当に……いいから……」

それからは、宗助は何も言わなかったし、茉里も黙々と作業していた。

作業が終わったときには、もう宗助の姿はなかった。

自分から突き放したくせに、茉里の胸に鋭い痛みが走る。

でもこれでいい。

むしろ宗助があそこで引き下がってくれて良かった。

⏰:09/05/07 23:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#101 [向日葵]
いらない言葉まで、吐き出してしまいそうだったから。

「茉里ちゃん、どうかした?」

バスに乗ったとき、千早先輩が声をかけてくれた。

優しい先輩。
好きな先輩。
尊敬できる先輩。

今日で、最後なのに……。

どうしてこんな醜い気持ちでいっぱいにならなきゃいけないの……?

「なにもないですよ。なーに言ってんですか!」

宗助の視線を感じた気がした。

でも見なかった。

⏰:09/05/07 23:58 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#102 [向日葵]
宗助が自分を心配しているはずなんてない。

変質者の時、助けてくれたからって、思い上がっちゃいけない。

あれ……?
でも、あの時なんで宗助いたんだろう……。

いいや。

なんだか、今は考えるのが面倒くさい。

茉里は席に着くと、顔を背けて目を瞑った。

次に目が覚めたとき、気持ちの入れ換えがちゃんと出来ている事を祈って。

⏰:09/05/07 23:58 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#103 [向日葵]
――――――――…………

「茉里ちゃん、起きて」

綾香に起こされた茉里は、寝たりないとばかりに目をこする。

どれくらい寝たのかと、携帯を見れば、まだ15分くらいしか寝ていなかった。

「なに?」

「高速に乗ったから、そろそろ先輩に最後の言葉おくろうよ」

引退の時の決まりごと。

先輩方にお疲れ様の意味を込めた贈り物と手紙。

それを今から渡そうと言ってるのだ。

⏰:09/05/07 23:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#104 [向日葵]
「じゃあ、次期キャプテン候補の宗助に言ったら?」

「茉里ちゃんメールで呼び出してくれない?ここで呼んじゃったらバレちゃうし、私メアドしらないの」

仕方ないから、茉里はメールを作成。
素っ気ない文章で呼び出す。

《ちょっと来て》

ただそれだけ。
少しして、宗助が返信してきた。

《なんで?》

《いいから来て》

⏰:09/05/07 23:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#105 [向日葵]
また返す。
するとしぶしぶといった感じで、宗助がやって来た。

「……なに?」

「用事があるのは綾香。私じゃないから」

可愛くない態度。

茉里は自分でも思った。

たった15分の睡眠は気分をいれかえちゃくれなかった。

そっぽを向いて、窓の外の景色を眺める。
それでも聞き耳を立てる。

段取りはこうだった。

⏰:09/05/07 23:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#106 [向日葵]
・先輩方を後ろの席に集める。
・1、2年の順番に先輩に手紙などを渡す。
・渡し終えたところで、全員で「3年間お疲れ様でした」と言うらしい。

「よし、じゃあ私が言うよ。先輩方ー!ちょっと聞いてくださーい」

綾香が説明をしている間、宗助がこちらを向いた。
窓ガラスでそれが見え、茉里はドキリとして、必死に窓の外を見た。

「加賀、酔ったのか?」

「……私、酔った事ないから気にしないで」

茉里は宗助を振り切るように、1年生にさっき2人が話していた事を説明する。

⏰:09/05/08 00:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#107 [向日葵]
今は、素直に宗助と話せない。

勝手だけれど、宗助を傷つける発言をするよりはきっといいに違いない。

誰も悪くない。
悪いのは、“仮彼女”の枠を窮屈と考えてしまう茉里自身だ。

馬鹿みたいだ。
自分で自分の首を絞めてるだなんて。

準備が整った。
先輩方に手紙などを渡す。

茉里が渡すのは、皮肉にも千早先輩だった。

「お疲れ様でした……」

⏰:09/05/08 00:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#108 [向日葵]
「茉里ちゃんも、いつもマネージャーとしてありがとう。茉里ちゃんが作ってくれるお茶、いつもおいしかったよ」

無邪気に笑いかけられれば、泣きたくなった。

ああ……宗助の好きな人とか、今は関係ない……。

私は、この人と2年間、一緒に過ごせて良かった。

先輩たちに席を譲った為、茉里たちの席もバラバラになった。

茉里は隣に宗助がきてびっくりした。

⏰:09/05/09 00:04 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#109 [向日葵]
無意識なのか、ただここが空いていたからか。

笠井キャプテンが、茉里たちに向けて言葉を贈る。

「2年生とは約2年間、1年生とはほんの少しの時間だったけど、とても楽しかったです。仲間は、一緒の目標に向かって進む為に大切な存在です。来年、皆で一致団結して、頑張って下さい。ありがとうございました」

バス内が、拍手でいっぱいになる。
皆して、涙を流す。

宗助を見ると、目元が光っていたけれど、それが涙なのかは分からなかった。

⏰:09/05/09 00:04 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#110 [向日葵]
この部活に入れて、心から嬉しいと思えた。

―――――――…………

1つの小さな行事を終え、移動するのが面倒くさいと皆言ったので、その場の席で着くまで過ごす事になった。

ほとんどが、泣き疲れたりで睡眠タイムに入った。
しかしこんな時に限って眠気が来ない。
茉里は困っていた。

さっき寝るんじゃなかった……。

しかも隣はあのままだから宗助なのだ。

宗助も、寝ずに起きている。

⏰:09/05/09 00:05 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#111 [向日葵]
何を話していいか分からなくて、茉里はやっぱり窓の外を見つめる。

「なんで……」

「へ?」

宗助が独り言のように呟いた。

「なんで先輩を好きになったかって、前に訊いたよな」

「あ、ああ……、うん」

「弱いとこ、見せなかったからさ……守ってあげたかったんだ」

遠くを見つめるようにして、まるで思い出話をするように、宗助は話を続ける。

⏰:09/05/09 00:05 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#112 [向日葵]
「先輩は、俺にだけ見せてくれた。それが、特別な気がしたんだ。……でも、先輩を本当に守ってやるのは、俺じゃないんだ……」

スッと、雫が宗助の手に落ちる。
宗助が、涙を流す。
たくさん、次々と……。

「今日まで、部活の中では、俺は特別な存在だったかな……」

本当は、もっともっと泣きたいのだろう。
でも泣けない。
自分の気持ちをさらけ出すわけにはいかないから。

でもこうやって、茉里の前だけで泣くのは、少なくとも部活内では特別と認めてくれてるからだろうか?

⏰:09/05/09 00:06 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#113 [向日葵]
それでもいい……。
窮屈でも、我慢する。
嫌な態度とるかもしれない。
それでもいいから……。

「泣かないで……」

茉里は宗助の頭を撫でる。
まるで、試合会場で、先輩の頭を撫でる宗助自身のように。

あの時の宗助みたいに、私は今、宗助を支える事は出来ているだろうか。

ほんの数ミリでも、この気持ちが伝わっているだれうか。

でも今は、その涙を止めてほしい。

胸が苦しくなってしまうから。

⏰:09/05/09 00:06 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#114 [向日葵]
宗助はされるがままに静かに泣き続ける。

そうやって、涙も枯れた時、宗助が笑顔であってほしいと茉里は思った。

しばらくして、気が済んだのか、目をぐいとこすって、宗助が顔をあげた。

「格好悪い……。男がマジ泣きとか……引くよな……」
茉里は首を傾げる。

「男だからって、泣いちゃ駄目なんて、私は思わないよ?」

宗助は茉里を珍しいものでも見るようにして、薄く笑った。

「そっか……」

⏰:09/05/09 00:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#115 [向日葵]
少しずつ、元気が戻ってきてるみたいで良かった。

茉里はホッとして、微笑む。

「そういえば……さっき、随分とピリピリしてたけど、なんで?」

ギクリと体を震わす。

「き、気のせい……」

「じゃなかったアレは」

「別に、宗助には関係ないでしょ!」

そう言えば、宗助は眉を寄せて不機嫌そうにする。

「な、なに……」

「関係ない……ね。気遣っちゃいけないんですか……?」

⏰:09/05/09 00:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#116 [向日葵]
「まったまたー。大して気にしちゃいないでしょ?」

ほっといても私は嫌いになんかならないんだから。

「……そうでもないよ」

え……。

茉里はドキッとする。

「元気ないのは、やっぱり気にはなるからね」

茉里は顔が赤くなるのを感じた。
それを見た宗助は、目をまん丸くさせる。

「なんで赤くなるの……?」

「え……いや……」

「い、言っておくけど、別に他意はないからな……っ?」

⏰:09/05/09 00:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#117 [向日葵]
「わ……分かってるよ!」

今日は忙しい1日だなと、茉里は思った。

怒ったり、悲しんだり、すねたり、嬉しかったり……。

宗助が相手だと、自分がどんなタイプの人間かわからなくなってしまいそうだ。

「あ、私も訊きたい事があるのっ!」

「……なに?」

「どうして前、変質者に襲われた時、宗助いたの?」

宗助はそれを訊かれるとは思ってもみなかったみたいで、頭をポリポリとかく。

⏰:09/05/09 00:08 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#118 [向日葵]
バツが悪そうな顔をしながら、ため息を吐く。

「……内緒」

「なにそれっ。嘘でも心配だったからとか言えばいいのにっ!」

「嘘でも言ったら調子に乗るから嫌」

「あっそ!」

すねた茉里は、なにか飲もうと鞄を開ける。
乱暴に鞄の中をあさっていると、中から何かが落ちた。

「なにこれ」

宗助が拾って、見る

「え?」

それは、会場で渡された、メールアドレスが書かれている紙。

⏰:09/05/10 22:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#119 [向日葵]
茉里は顔が青くなる。
浮気者だと思われたらどうしようと、動きを止める。

「ああ、会場で言ってた奴ね」

「聞いてたの?」

「いやでも耳に入ってきた」

宗助はそれを返す。
茉里は外のファスナーがあるポケットにそれを素早くポイと入れる。

「かっこよかった?王子様のような沢口は」

「私は……興味ないもん。これだって勝手に……」

⏰:09/05/10 22:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#120 [向日葵]
「メールくらいすればいいじゃない。他校と交流を深めるのだって大切だしね」

茉里の胸が、また鋭い痛みに襲われる。

何も……わかってない。
興味がないのは、宗助しか見てないからなのに。

茉里は悲しくなってうつむく。

まだ……伝えたりないのかな……。

「宗助……」

静かに茉里は口を開く。

「今日、先輩と帰りなよ」

⏰:09/05/10 22:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#121 [向日葵]
「え?前も言っただろ。先輩は彼氏と帰るって。そりゃ今日は休日だから、どうするかしんないけど……」

「いいじゃん。後輩との最後の帰りって言えば、きっと帰ってくれるって」

「……アンタは?」

口をキュッと結ぶ。
顔を上げて、微笑みを作る。

「仮彼女になに気遣ってんのよっ。馬鹿だね宗助はっ」

本当に馬鹿。
そんな優しさいらない。
いらないけど欲しい。

⏰:09/05/10 22:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#122 [向日葵]
本音と建前が、頭の中で戦う。

本当の馬鹿は、私だ……。

―――――――――…………

次の日。

先輩を交えてのミーティング。

今日は新しい練習メニューや、新しいキャプテンの発表がある。

茉里はいつもは宗助と道場へ来るが、今日は1人で来た。

朝も、いつもの公開告白は無しだった。

後から宗助が来て、茉里をちらりと見たが、茉里は1度も宗助を見ようとはしなかった。

自分でも驚くほど、茉里は落ち込んでいた。

⏰:09/05/10 22:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#123 [向日葵]
だから今は、宗助とまともに話せないと思った。
昨日の帰りみたいに、駄目な態度をとってしまうと思った。

全てが終わり、それぞれに帰る準備を進める。

その時、宗助が茉里の腕を引いた。
茉里がまるで怯えるように宗助を見るので、宗助は腕をすぐに放す。

「お前、なんか変だぞ。どうかしたか?」

「……なにも?宗助は心配性なんだから」

⏰:09/05/10 22:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#124 [向日葵]
「いくら俺が先輩しか見てないからって、そんな嘘通じると思うな」

困った事になったと、茉里は視線を泳がす。
すると、道場の入り口に、ミュシャがいるのが見えた。

「ミュシャ!どうしたの?」

逃げるように、宗助から離れる。

「帰ろうとしたら、茉里の知り合い見つけたから連れて来たのよ」
「知り合い?」

ミュシャが「こっち」と言えば、柱の陰からその人物が現れる。
その人を見て、茉里は口をあんぐりと開けた。

⏰:09/05/10 22:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#125 [向日葵]
「こんにちわ」

その人物とは、あの沢口 優真だった。
相変わらずの、柔らかな笑みを浮かべている。

「な、何をして……っ!」

「メールくれないから、遊びに来ちゃったんだ」

そんな……っ。

突然の来訪者に、茉里はただただ驚くしか出来なかった。

――――私は、本当にあなただけだった。
それでも、他の人を見つめる事をしていたら、あなたに辛い思いさせなくて良かったかな……。

⏰:09/05/10 22:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#126 [向日葵]
[4]突然の来訪者

今日は、茉里たちの代になって初めての休日。
……のはずだったのだが、予定が変更した。

茉里の高校、西高校で練習試合が入ったのだ。

その試合校に、茉里は複雑な心境でいた。

それもこの間、北高校のキャプテンである沢口が、わざわざ直談判しにきたのだ。

先生には、前もって言っていたらしく、あとは部員に聞いてくれと言われて来たらしい。

いつもの人数より、今日は遥かに多い。

⏰:09/05/10 22:41 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#127 [向日葵]
2つでいつも足りるヤカンのお茶は、すぐに無くなってしまう為、茉里は何度もウォータークーラーを往復していた。

ひたすら水が溜まるのを待っていたとき、視界に紺色の道着と手が現れる。

茉里が後ろを向くと、そこにいたのはにっこりと笑った沢口優真がいた。

「精がでるね」

「おかげさまで。もう休憩ですか?」

「うん、10分ね。加賀さんと話したかったのに、どこか行ってしまったから、探してたんだ」

「水分補給したいなら隣のウォータークーラーをどうぞ」

⏰:09/05/10 22:41 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#128 [向日葵]
素っ気なく、だけどにっこりと言う。
「離れろ」と言外でいいながら。

「水分はもういいんだ。僕はもともと汗をせんなにかかないから」

「そうですか」

棒読みもいいところな返事だ。

「メールしてくれないの?」

「なんのことです?」

これまたにっこりと笑って言う。
襟元にささったメールアドレスはもらってないのと同じようなものだと茉里は思っている。

ヤカンの蓋をして、持とうとすると、両方をひょいと沢口に持っていかれる。

⏰:09/05/13 02:06 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#129 [向日葵]
「ちょっと!返してください!」

「同い年なんだし、敬語やめない?」

「聞いてます?か・え・し・て!」

まるでじゃれあっているとでも思っているのか、沢口はにこにこと楽しげに笑っている。

対照的に茉里はイライラして、堪忍袋の緒が切れかけだった。

「もうっ!いい加減に……」

「沢口」

聞き慣れた声がした。
宗助だった。

「次にやる試合の事で、話したい事があるんだけど」

⏰:09/05/13 02:06 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#130 [向日葵]
茉里はホッとする。

これで解放される。

沢口は残念そうにヤカンを茉里に返すと、そのまま宗助と行ってしまう。
ホッとしながら、茉里はその一方でため息をつきたくなった。

別にさっきのは、助けてくれたわけじゃない。
キャプテンとして、沢口を呼びに来ただけだ。

満杯になったヤカンを持って歩き出す。
なんだか筋肉がついてしまいそうだ。

――――――――――…………

「加賀、たすき付けてくれ」

⏰:09/05/13 02:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#131 [向日葵]
赤く長いたすきを茉里に差し出したのは、宗助だった。

スコアを付ける準備をしていた茉里は、ファイルを一旦置く。
少し背の高い宗助は、背を向けるとちょっと屈んでくれる。

なんで、こんな普通なんだろう……。

ついこの間、あんなにぎくしゃくしていたのに、1日経てば宗助はいつも通りに戻っていた。

安心したような、物足りないような、茉里はそんな気分だった。

「随分と、気に入られてるな」

「なにが?」

「沢口」

⏰:09/05/13 02:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#132 [向日葵]
茉里は思いきり眉根を寄せる。

「嬉しくないよ」

「顔は申し分ないし、性格も良さそうじゃないか」

「竹刀で顔面を思いっきり殴られたいの……?」

どうしてそんなひどい事言うのよ……。

出来たという合図に、背中を叩くが、いつもの叩く強さより遥かに強く叩いた。
宗助は少し呻くが、茉里はそんな事知る由もなかった。

「どうかした?茉里ちゃん」

「なんで?」

⏰:09/05/13 02:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#133 [向日葵]
「目がつり上がってる」

茉里は目元を揉みほぐす。
自分だって、こんな顔したいわけじゃない。

「そういえばね、千早先輩が今日見に来てくれるんだって」

あっ、そ……。

茉里の心は更に荒んでいった。

黒板に、チョークで自分たちのチームの名前を書く。

「僕らのも書いてくれる?」

きた……。

激しい脱力感に襲われる。

「自分で書いてください」

「加賀さんの字、きれいで見やすいから」

⏰:09/05/13 02:08 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#134 [向日葵]
もういい……。

書こうと手を上げたとき、ふわりと誰かの手が重なる。
そしてチョークを抜き取られる。そばに立たれれば、漂ってきた香りで誰だか分かる。

「アンタは上、うまく書けないだろ?変わる」

「……宗助はノッポだもんね」

ギロリと睨まれたが、茉里は知らんぷりをする。
顔を背ければ、我慢していたかのように顔の体温が一気に上昇する。

手が触れた……。
もっと別の取り方があるだろうに、なんで……。
自分ばかり、うろたえる……。

⏰:09/05/13 02:08 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#135 [向日葵]
たまには宗助も、自分の事でうろたえてしまえばいいのに……。

触れたところが、まだ熱を持っている。

――――――――…………

試合を開始し、20分程が経過した。
男子の試合。
黒板に結果を書いていると、次の番の宗助が見に来た。

「1……2……、ここで、あ、そっか……」

なにやらブツブツと言いながら、決まった技の本数を数え、今やっている試合を見る。

「ほぼ互角ね」

⏰:09/05/13 02:08 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#136 [向日葵]
「まあな。とくに沢口は強い……」

嫌味でも意地悪でもなさそうだが、茉里は苦い顔をする。
しかし、宗助の言う通り、沢口の剣道はきれいだった。
他の北高の部員と違い、経験がない茉里でさえ、その技の1本1本が磨かれていると思った。

でもやっぱり……。

「私は……宗助の剣道の方がす……」

「頼むから、今あまりふざけた事言わないでくれ。集中したいんだ」

ふざけた事……か……。

⏰:09/05/13 02:09 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#137 [向日葵]
そりゃこの状況で言うセリフではないかもしれないけれど、あんまりだ。

茉里は下唇を噛む。
また黒板に向き直った時、道場の戸が開いた。

「あ、茉里ちゃん」

「千早先輩っ」

現れた千早先輩に、宗助は振り向く。
千早先輩は黒板をみて、試合状況を確認すると、宗助の方を見る。

「ちょっと、ここらでバシーンと決めなさいよ!」

「分かってます。でも、相手は沢口ですから……」

「ああ、あの子強いよね。でも、自信もちなさい。アンタの方がいい剣道してるわっ」

⏰:09/05/13 02:09 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#138 [向日葵]
茉里が言いたかった事を、先輩はあっさりと言ってしまった。

宗助は止めなかった。
言ってほしかったのかもしれない。
宗助は黙って頷く。

集中出来ないんじゃ……なかったの?

皮肉にも、先輩が来た後の宗助の試合は、内容も結果も申し分なかった。

また10分休憩が入る。
ヤカン2つ分のお茶を入れ終えた茉里は、補充でまた出て行く。

靴を履き替えるところまで来たとき、腕を引かれた。

宗助だ。

⏰:09/05/17 01:34 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#139 [向日葵]
なにか、苦しそうに顔を歪めている。

「お茶なら今から行くとこだよ」

「……そうじゃない。さっきの事で」

「さっき?なんの事?」

意外なほど、茉里の顔は冷静だった。
だから宗助は困る。

「宗助はなにか悪い事したの?」

「……気が……する……」

「いらない心配するなら、先輩と喋って来たら?」

茉里は踵をかえす。
宗助はそれ以上追っては来なかった。

⏰:09/05/17 01:35 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#140 [向日葵]
ヤカンに水を入れながら、茉里はぼんやり考える。

どうしたら伝えれるのかな。
まだ、宗助の中で、私の想いは軽いものなのかな?

重い想いって、どんなのだっけ?

言われてきたけれど、分からない。
分からないから、それ以上の表し方が分からないのかもしれない。

気を緩めたら、泣きそうだけど、宗助の立場からすれば、好きな人とから誉められるのは嬉しい事だから、仮彼女とか、中途半端な位置にいる茉里よりは、集中出来るのだろう。

むしろやる気すらおこる。

⏰:09/05/17 01:35 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#141 [向日葵]
だから、どんなにひどい事を言われても、全ての怒りを向けることが出来ない。

気持ちは、分かるから。

大きく深呼吸する。

落ち込んでいても、仕方がない。自分は、自分のやり方があるのだから。

――――――――…………

今日の日程が終了した。
各々片付けにかかる。

「あ、宗助!一緒に帰らない?」

千早先輩が言う。
茉里はその言葉を耳にしながら、お茶を配っていた。

一向に、宗助のオーケーの返事が聞こえない。

⏰:09/05/17 01:35 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#142 [向日葵]
自分に気を遣ってるのだと分かる茉里は、さりげなく席を外す。

今日は1人コースだ。

そう思いながら、歩いて更衣室へ向かう。

「お疲れ様」

脱力する気もなくなった。

しつこく声をかけられ続けられたら、嫌でもその声の主が分かってしまう。

「なにか?沢口さん」

「だからさ、敬語やめない?」

後ろから茉里の前へ回り込んだ沢口は、どれだけ失礼な態度をとってもその微笑みを崩さない。

まるで能面だ。

⏰:09/05/17 01:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#143 [向日葵]
「一緒に帰らない?」

「私は1人で帰りたいので」

「ちょっと会話すれば、お互い色々分かるじゃない」

茉里はキッと沢口を睨む。

「知りたくもないの。私は好きな人がいるし、他の人なんて考えたくないの。迷惑な……」

そこまで言って、茉里は言葉を止める。
気づいてしまった。
自分は沢口をどうこう言える立場じゃない。

茉里だって、同じなのだ。

⏰:09/05/17 01:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#144 [向日葵]
けれど茉里は、アピールして続けいて、いつか振り向いてくれればいいなどと言って、仮彼女として、宗助そばにいることをゆるされている。

でもこれは、今、沢口がやっている事と同じようなもので、茉里自身、けれが迷惑と感じているなら、宗助だって迷惑を感じているのかもしれないのだ。

そんなこと、気づきたくもなかったのに……っ。

八つ当たりのように、茉里は沢口を睨んだ。

「とにかくもうやめて!」

茉里は更衣室へと走って行く。

⏰:09/05/17 01:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#145 [向日葵]
遠くで沢口が呼んだ気がしたが、無視した。

ホントに、仮彼女でいていいの?
アピールするどころか、宗助にますます嫌われているんじゃ……。
だから今日、あんな事を言われて……。

自問自答しながら、更衣室で鞄を取ると、またすぐに出て、今度は駅へと走って行く。

頭がうまく回ってくれない。

少しして、茉里はゆっくりと歩き出した。

今更……こんなに深く考えても仕方ないのかもしれない。

⏰:09/05/17 01:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#146 [向日葵]
他に好きな人を作れば、きっと楽な道を選べる。

でも好きな人は……作るものじゃないから……。

ほら、こうやって、また理屈をこねてしまう。

自分はこんな風でしか、恋愛が出来ないから。
そんな簡単に、諦めるなんて、したくないから。

「……もうっ……」

今、自分がどういう考えを持てばいいか、分からなくなってる。

ため息をひとつ吐いて、足のスピードを速くしようとした時だった。

⏰:09/05/17 01:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#147 [向日葵]
勢いよく、肩を引かれる。

「なに、先に帰ってんの……」

息を切らせた宗助が、そこにいた。

「宗助……」

気の抜けた声で、彼の名を呼ぶ。

「なんで……。先輩は?」

「彼氏と会うから、やっぱり一緒に帰れないって」

なんだ。それでか……。

「……それもあった。けど、気になったから」

「なにが?」

「アンタが」

⏰:09/05/17 01:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#148 [向日葵]
茉里は目を見開く。

私を……?

「さっき、やっぱり俺の言葉が間違ったと思ったから」

「さっき?」

「ふざけた事だなんて……言ったから」

茉里は顔を伏せる。
いつになく大人しい茉里に違和感を覚えた宗助は、首を傾げて茉里をじっと見る。

「いいの。気にしてないから」

「嘘だ」

「ホントだもん」

⏰:09/05/19 01:48 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#149 [向日葵]
「いい加減にしろっ」

宗助は声を荒げる。
茉里はびくりと体を震わす。

「なに気にしてるか知らないけど、不満があるなら言ってくれなきゃ、俺が気になるんだよ。これでもアンタの事、色々心配してんだからなっ!……ってか、これ前も言っただろ」

ほらね、やっぱり諦めるなんて出来ない。

「ふざけた事なんて言って悪かった……。俺は、加賀の俺に対する……好意を、ふざけてるなんて思ってないから」

⏰:09/05/19 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#150 [向日葵]
顔を見れば、声を聞けば、姿を見つければ、やっぱり思ってしまう。

「先輩は褒めただけだけど、アンタは、好きだなんて言おうとするから……。ちょっと恥ずかしかっただけ……っ!」

乾いた地面に、雨粒のような雫が2、3滴落ちる。

「……加賀?どうした?」

気づけば、茉里は泣いていた。
ただ、その涙がどこからくるものかわからなかった。

切ない、もどかしい、嬉しい、愛しい……。

⏰:09/05/19 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#151 [向日葵]
溢れれば溢れるほど、涙に変わる。

「ごめん……すぐ、泣き止むから……」

宗助……ください。
あなたの心を、私にください……。
私もたくさん、あげるから……。好き……好き……。
大好き……。

茉里の涙を拭っている手を、宗助が握る。
そのまま引っ張られるようにして、歩き出す。

「そ……宗助……?手が……」

「いいから、黙ってろ……」

⏰:09/05/19 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#152 [向日葵]
そういう宗助の耳が赤い。

不器用な優しさ。

ああ……こんなにも宗助が……。
握る手をみつめる。

この手が、本当の意味で、自分のものになるのは、いつなのだろう。


――――あの手を、あの時離せば、違う道を一緒に歩む事が出来たのかな……。

⏰:09/05/19 01:50 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#153 [向日葵]
[5]夏の合宿と動悸

夏休みに入った。

茉里所属の剣道部では、毎年の恒例である2泊3日の夏合宿が行われていた。

海が近い場所にある総合体育館を借り、朝から夕方まで行われる。
ちょうど今は昼休憩で、皆で業者に頼んでいたお弁当を食べていた。

「え?今年もやるの?肝試し」

そう言ったのは、現女子キャプテンである綾香だ。
男子の副キャプテンに言った。

⏰:09/05/19 01:50 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#154 [向日葵]
「そんなの俺知らないぞ」

キャプテンの宗助が言う。

「だって、宗助に言ったら必要ない、っとかって却下しそうじゃん」

確かに。
会話を聞きながら、茉里は心の中で頷いた。

「先生も言ってたぞ。楽しんで合宿しなきゃなって」

「結局はなんと言おうがやるんだろ?」

呆れ気味に言えば、男子の副キャプテンは歯を見せて笑った。

肝試し……ね……。

実は、茉里はそういう類が得意ではなかったりする。

⏰:09/05/19 01:50 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#155 [向日葵]
肝試しと言っても、毎年やるのは行く前になんらかの怖い話をして、決められた道を歩くのみの、なんともシンプルなものだ。

それでも、何故かそういう時に限って、生暖かい風が吹いたりするから気味が悪くて仕方ない。

「茉里ちゃんもいい?」

「え?ああ、いいよ!楽しそうだし!」

嘘です。
ついノリで答えました。

でももう後戻りは出来ない。
皆やる気モードだ。

⏰:09/05/19 01:51 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#156 [向日葵]
「よし、これで練習にも実が入るだろ」

「そうね、なんかわくわくするよ」

まったくしないんですけど。

「あと10分で再開するからな」

宗助は早くも準備し始める。
そのあとに、茉里はついて行く。

「宗助は怖いの平気?」

「見たことないしな」

「そ、そう……」

「ん?なに、怖いの?」

「ま、まさか!」

つい強がる。

⏰:09/05/19 01:51 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#157 [向日葵]
ああ……どうして私ってこうなんだろう……。

―――――――…………

「茉里先輩、救急箱どこですか?」

「あ、ちょっと待ってね」

救急箱は少し離れた所にあった。緑色のネットに隠れているように置いてある。

取りに行き、後輩が求めているものが入っているか確認した茉里は、すぐに行こうとした。

しかしその時、ネットが足に絡まっていたのに気づかず、派手に転ぶ。

⏰:09/05/19 01:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#158 [向日葵]
見ていた後輩が驚いて、茉里のいる場所に飛んでくる。

「せ、先輩、大丈夫ですか?」

「いったたた、うん、まあね……」

立ち上がる時、ズキリと足首に痛みが走る。
どうやらひねってしまったらしかった。

やってしまった……。
あとでコールドスプレー借りよう……。

―――――――…………

練習が終わり、泊まる旅館で夕飯の準備が出来るまで自由時間がもうけられた。

⏰:09/05/19 02:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#159 [向日葵]
汗と疲れを取る為、ほとんどが銭湯へと直行する。

暑いので早めにあがってきた茉里は、ロビーのソファーで宗助が座って新聞を読んでいるのに気づいた。

「じじくさい……」

背後からの声に、宗助は振り向いて眉を寄せる。

「いいだろ別に」

「今日なんか面白いのやってる?」

宗助の隣に座った茉里は新聞を覗き込む。
宗助はドキリとした。

⏰:09/05/19 02:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#160 [向日葵]
寝巻き用に茉里が着ているTシャツは襟ぐりが大きく、鎖骨が見え、暑さで火照ったピンク色の肌からはボディーソープのいい香りが漂う。

濡れた髪も手伝い、茉里の可愛い部類に余裕で入る顔つきを艶っぽく感じさせ、宗助は顔を赤らめる。

「あ!今日可愛い動物特集あったんだ!宗助これ知って……。どうしたの宗助」

ぼんやりとしている宗助に、茉里は首を傾げる。

ハッとした宗助は、急いで立ち上がる。

⏰:09/05/19 02:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#161 [向日葵]
「な、何でもない!」

宗助は足早に部屋へ帰って行ってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

宗助は部屋の手前で壁によりかかっていた。

最近、先輩に対する気持ちが薄れつつある気がする。
それは、茉里に惹かれている事だろうか?
沢口が彼女に興味をもってべたべたしてるのはなんだか嫌だった。

だから可愛くないことを言ったり、意地悪な風にからかってみたりした。

⏰:09/05/19 02:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#162 [向日葵]
それは彼女にとって、不快なだけだったに違いないけれど、口が止まらなかった。

先輩に帰り誘われた時だって、先輩が彼氏と帰ると言ってくれなければ迷っているとこだった。

先輩が好きなのは事実。
しかし茉里が気になるのもまた事実なのだ。

彼女は、仮彼女という立場の不満をぶつけたりしない。
むしろ宗助を応援してくれたりだってしてくれる。

⏰:09/05/19 02:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#163 [向日葵]
そんな彼女の、自分に対する健気さは、少し心うたれるものがある。
だからと言って、茉里を好きになるのかと言ったらまた別の話のような気がする。

宗助は背中を壁につけたままズルズルとしゃがみ込む。

そして長いため息をもらす。

もしかしたら、いや、一番悪い事をしているのは、自分なのではないだれうか。

どうして茉里は、こんな自分を好きでいてくれるんだろうか。

⏰:09/05/19 02:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#164 [向日葵]
[男だからって、泣いちゃ駄目なんて、私は思わないよ?]

試合の帰りの、茉里の言葉だ。

そうやって、どんな自分も受け入れてくれる彼女に、自分は甘えているだけなのかもしれない。

そう思えば、やっぱり先輩に対する好きとは、違うような気がした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夕飯の用意が整ったので、皆が食堂に集まる。
好きな場所に座るとき、茉里はさりげなく宗助の隣を選んだ。

⏰:09/05/19 02:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#165 [向日葵]
それに気づいた宗助は眉を寄せる。

「……なんでここ」

「席なんて決まってないじゃない」

「だからって……」

「美味しいものは、特別な人の隣だとより美味しいのっ」

ニカッと笑う茉里を見て、宗助はため息を吐く。

「やっぱり違うよな……」

「え?なにが?」

茉里の言葉を無視して、宗助は号令をかける。

皆、宗助に合わせて、手を合わせ、「いただきます」と言った。

⏰:09/05/19 02:29 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#166 [向日葵]
疲れた体に、夕飯が染み渡る。

「笹部君、いつ始める?」

綾香が言う。

「なにを?」

「肝試し」

それを聞いた茉里の握っていた箸が、音を立てて机に落ちる。

忘れてた……。

「あんまり遅くなって騒いでたら迷惑になるから、7時くらいに始めたら?」

「了解!じゃあ7時にロビーね!……って、茉里ちゃん、なんか顔青くない?」

⏰:09/05/19 02:29 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#167 [向日葵]
「え?気のせいじゃない?」

箸を拾った茉里は、早口で答える。

きっと誰かとペアになるから、大丈夫。
怖さも半減するだろう。

宗助が、茉里の顔をじっとみつめる。

「アンタ……もしかして、怖いの苦手?」

それを聞いた皆の楽しみに満ちていた表情がなくなる。
肝試しは中止になるのか?と。

「ま、まさか!全然だし!」

そう言ったあと、机の下で宗助の足を踏みつけた。

⏰:09/05/19 02:29 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#168 [向日葵]
宗助は声こそ出さなかったが、茉里を睨む。
茉里は何事もなかったかのように料理を口にいれていく。

「先生、交じりますかー?」

「俺はいいよ。でもまあ、気分出すために、怖い話の1つや2つ、話してやってもいいよ」

1つで充分です。

茉里は心の中で激しく抗議した。

正直に言って、スタート地点で待つという手もあったとあとで気づく。
でも今更言うのも……と、茉里はせっかくの料理の味もわからないぐらいにパニックに陥っていた。

⏰:09/05/22 01:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#169 [向日葵]
ああ……どうしよう……。

―――――――……

「加賀」

部屋に帰ろうとしたら、宗助に呼び止められた。

「なに?」

「別に辞退したらいいじゃないか」

「……なんの話?」

「肝試しの話」

茉里は誰もいないことを確認し、宗助の近くまで行くと、声を落とす。

「そんなの、あんな皆の前で宣言したのに、実は怖いんですアハハなんて、格好悪いじゃない」

⏰:09/05/22 01:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#170 [向日葵]
「ビビりまくって腰抜かすのも格好悪いぞ」

「そんなヘマしませーん」

べーっと舌を出す。
宗助はしばらく茉里をじっと見て、ふうっとため息をする。

「じゃあ、俺とペアになれ」

「え?」

思わずアホっぽい声が出てしまった。
茉里は何回も瞬きをする。

「なんて?」

「俺とペアなら、心置きなく怖がれて楽だろ。まあ、アンタにとって、肝試し自体が楽じゃないだろうけど……」

⏰:09/05/22 01:47 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#171 [向日葵]
茉里は目を輝かせる。
宗助がそこまで自分の事を考えて配慮してくれるだなんて、嬉しすぎる。

思わず満面の笑みを宗助に見せる。
宗助は目を見開く。
口元を隠したと思えば、茉里に背を向けた。

「じゃあ、あとで……」

「え?宗助?」

急に行ってしまって、茉里の頭にハテナが何個も浮かぶ。

それにしても、宗助と一緒にいれるなんて、夢のようだ。

⏰:09/05/22 01:47 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#172 [向日葵]
茉里が嬉しがっているのを、振り向いた宗助はちらりと見る。

びっくりした。
あんなに嬉しそうに笑うから。

胸に手を当てれば、胸がドキドキしていた。

違う。これはそういう意味じゃない。
ホントに可愛く笑うから、驚いただけだ。

胸の動悸の本当の理由を、宗助は認めようとはしなかった。

一方、取り残された茉里は、いつもと違う宗助に違和感を感じながらも、宗助が自ら自分を気遣って誘ってくれるのが嬉しかった。

⏰:09/05/22 01:48 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#173 [向日葵]
「先生の話ってどんなだろうね」

たまたま売店に来た後輩が喋っているのを耳にする。

「さあね。でもなんか先生この辺のそういう話詳しいらしくって、さっき得意そうに、お前たちの怖がる顔が楽しみだとか言ってたよ」

「わー!聞き応えありそーっ」

そう言い、何か買って帰った後輩の後ろ姿を、茉里は黙って見送る。

いくらペアが宗助だと言っても、怖いという感情は、また別のものなのだった。

⏰:09/05/22 01:48 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#174 [向日葵]
―――――――――…………

「ってわけで、コースは言ったとおり、この道をぐるっとまわる。まあ短いから、さほど怖くないけどな」

そう言って、男子副キャプテンは仕切る。
茉里はと言うと、先ほどの先生が話した怖い話のおかげで、顔面蒼白の脱け殻状態になっていた。

どうして皆そんなに楽しそうに出来るわけ?

毎年恒例ては言え、今から行く道の暗いこと。
道の両端は森のようになっているし、しかも短いだなんてとんでもない。

帰ってくるまで20分はかかる。

⏰:09/05/22 01:48 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#175 [向日葵]
不気味でしょうがない。

先生の話を思い出せば、背筋にゾクゾクと寒気が走る。

「おい」

宗助が話しかける。

「次、俺ら行くぞ」

「えー……もうー……?」

「嫌なことはさっさと済ます」

他人事だからって……。ちょっとは優しくしてよね……。

しぶしぶ茉里、宗助ペアは、恒例肝試しロードを歩き始めた。

生い茂る木が、今にも化け物にかわるんじゃないかとビクビクしている茉里は、黙々と歩いていく宗助に必死について行く。

⏰:09/05/22 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#176 [向日葵]
「ねえ、もうちょっとゆっくり歩いてよ……」

「さっさと済ます」

意地悪……。

その時、ガサッと茂みで何かが動く。

「いっ、やあーっ!」

飛び付くように、宗助の背中にしがみつく。
倒れそうになった宗助だが、なんとか耐えた。

「なんなんだ!」

「そこ!そこに!」

「猫かなにかだろ?大袈裟」

冷たい……。

⏰:09/05/22 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#177 [向日葵]
なによ。これが先輩なら、「大丈夫ですか?」の一言くらい格好つけて言うくせに。
ほんの一言、なんか言ってくれてもいいじゃないっ!

……どうせ、今私が消えたとしても、宗助は何も思わないんでしょうね……。

茉里がふと横に目を向けると、何かが一瞬光ったように思った。

「蛍?」

「おい、加賀」

「宗助!蛍、蛍がいるよ!」

「どうでもいいよ。早く終わらすぞ」

どうでも……。

⏰:09/05/22 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#178 [向日葵]
何かが、茉里の中で切れた。

先々行く宗助の背中を睨みつける。

そんなに、私といるのが面倒くさいなら、1人でゴールしなさいよ。
私は、どうでもいい蛍を見つけてやるんだから!

支離滅裂にそう思いながら、茉里は茂みへと入っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ん?おかしい。
さっきまで少しの物音でギャーギャー言っていた茉里が、何も言わなくなってしまった。

もしかして、怖くてだんまりになったのだろうか?

⏰:09/05/26 01:29 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#179 [向日葵]
「あー……、加賀?大丈夫だって。先生の話、実はフィクションらしいし、信憑性自体ないっていうかさ……」

安心させるように話しかけてみるが、反応がない。

「加賀?」

さすがに異変に気づいた宗助は、後ろを振り返る。
そして驚いた。
それもそのはず。
さっきまで居たはずの茉里が、忽然と姿を消しているのだから。

「……っ加賀!?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どーしよ……。

⏰:09/05/26 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#180 [向日葵]
あまりに頭にきたもんだから忘れていた。
自分は、怖いものが苦手だった。……なのにどうしてこんな場所に。

茉里がいる場所は、歩いていた道の脇の茂みの中、というよりも、軽い森のような場所。

しかも頭にきていたのと、蛍を探すので必死になっていた為、現在地不明状態になっている。

さらにおさらく木の幹だろうところに足を引っかけ、昼間にひねった場所に痛みがはしって歩きにくい。

もちろん、蛍なんてどこへ行ったのやら、だ。

⏰:09/05/26 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#181 [向日葵]
「も、もーっ!」

どうにもならなくて、叫んでみるも、辺りが静寂に包まれる。

木々独特の香りは、普通ならば癒されるものだが、今の茉里には恐怖の材料でしかなった。

その場にへたり込み、膝を抱える。
空回りとは、この事をいうのだろうな。

きっと、宗助は心配なんてしてない。
心配……なんて……。

惨めな気持ちが、心を埋め尽くす。

何やってんだろう。

⏰:09/05/26 01:30 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#182 [向日葵]
怖いくせに無理して、誘われて有頂天になって、冷たいからって怒って、意地になって迷子になって、怪我までして……。

帰ろう。きっと帰れる。
怖くない。だってここまで来れたのだから。
……歌でも唄って、意識をどこかにやればきっと出れる。

足だって、そんなに痛くないかも。
もしかしたら痛いって思い込んでるだけかもしれないし。

「こんな馬鹿なこと、二度とやらないようにしよう……」

「まったくだ」

⏰:09/05/26 01:31 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#183 [向日葵]
驚いて、顔を上げる。
急な光に、一瞬視界を奪われるが、少しそれが別の方へ向けば、懐中電灯を持った宗助が見えた。

あれ?
でも懐中電灯なんて、行く時は持ってなかったのに。

「急にいなくなって、とうとう幽霊にでも連れ去られたかって思った。」

宗助の息が、少し荒い気がするのは、気のせいだろうか。

「……残念ね」

茉里は呟く。

「なにが?」

⏰:09/05/26 01:31 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#184 [向日葵]
「連れ去られてれば、ギャーギャーうるさい私は、宗助の前から消えてたのに」

反省したばかりのくせに、茉里はまだ素直にはなれなかった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて呆れたように長いため息を吐いて、宗助は茉里の前に膝をつく。

「懐中電灯、一旦戻って取りに行った。うるさい奴でも心配してたからだ」

「……」

「……ごめん。怖がってたのに、ろくな対応しなくて」

そう言って、宗助は手を差し出す。

⏰:09/05/26 01:31 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#185 [向日葵]
なんなのかと、茉里は宗助をじっと見る。

「怖いんだろ?だからせめて手を……。おい、その足どうした?」

たまたま光に照らされた茉里の足は、赤く腫れていた。

「昼にひねって、痛くなかったから忘れてたら、さっきまたひねった……」

また沈黙が流れる。
明らかに、宗助が呆れているのが分かった。
でもその空気が、なんだかアホっぽくて、茉里はついつい笑ってしまった。

「笑える立場かアンタは」

⏰:09/05/26 01:32 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#186 [向日葵]
「はいっ、ごめんなさいっ」

ふざけて敬礼のポーズをとれば、宗助がまたため息を吐く。

「仕方ない、おふざれ……」

「え、でも……」

「早く。皆待ってんだから」

宗助の懐中電灯を持って、茉里はそろりと宗助の肩に触れる。

かたいなあ……。

抱きついた事すらないのに、こんな状態になるなんてと、茉里は不謹慎にも嬉しくなった。

宗助が立ち上がる。
体が密着する。

⏰:09/05/26 01:32 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#187 [向日葵]
心臓の音、絶対聞こえてる。

そのくせに、もっとドキドキしてしまうことを言いたくなってしまう。

「宗助、大好き……」

「は、はあ……っ?」

「心配してくれて、ありがとう……」

宗助は、冷たい時は確かにあるが、本当はとても優しいことを思い出した。
そんな宗助だから、茉里は好きになった。

宗助の首に回している腕に、少しだけ力を入れる。
そして彼の耳元に、頭を押しつけた。

⏰:09/05/26 01:32 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#188 [向日葵]
そうやることで、茉里の髪の毛が首元をくすぐるから、宗助はいままでになくドキドキしていた。

後ろにある重みが、少しいとおしく感じるのは、どうしてなんだろう……。



――――――私の重み。
私は文字通り、ただのお荷物だったね……。

⏰:09/05/27 02:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#189 [向日葵]
[6]勘違い

あの夏合宿。
少しだけ気持ちが近づいた気がした、と思った茉里は、宗助に言ってみた。

「夏休みの課題、一緒にしない?」

かと。

もちろん茉里は宗助の性格や言動はだいぶ把握してきたから、どんな返事が返ってくるかも予想していた。

でももしかしたらという、彼女のいつものポジティブシンキングで言ってみた。

しかし、返事は驚くものだった。

「いいよ、別に」

思わず茉里は、喜ぶのを忘れて言葉を無くした。

⏰:09/05/27 02:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#190 [向日葵]
そんなわけで、宗助との勉強会が始まった。

「なにそれ、彼氏きどり?」

決まったとうかれて、親友であるミュシャを家に呼んだ茉里は、合宿と勉強会についてのいきさつを全部話した。

「まさか。宗助は先輩がまだ好きだもん」

「でも今の話から言えば、笹部は茉里を好きかもしれないんでしょ?」

「そこまでは言ってないよ」

今までに比べれば、いい感じかな?というだけで、まだそこまでには発展はしていない。

「笹部もさっさとおちればいいのに」

⏰:09/05/27 02:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#191 [向日葵]
「いいの。一途は悪いことじゃないもの」

茉里はそう思う。
しかしミュシャは、そういう彼女に呆れてもいたが、しっかりと茉里の申し出を断らず、まるで弄んでいるような宗助の態度に怒りを感じていた。

茉里は、ただ苦しんでいるだけのような気がする。

あまりにも、彼女に対する扱いが、不相応だと。

「苦しい思いをしてまで笹部がいいなんて、相当なMだね茉里は」

それでも、どう言おうと彼女は彼を悪く言わない。

⏰:09/05/27 02:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#192 [向日葵]
むしろ自分が悪いだとかばう。
だからミュシャは、ふざけながらも労っている。

あまり無理はしないでくれと。

その思いを知ってか知らずか、茉里はにっこりと笑った。

―――――――――…………

宗助とは道場で宿題をやろうと言っている。

教室は補習で使われている事が多いし、なんだかんだ言っても道場が一番落ち着く場所でもある。

私服を着て、とびっきり可愛い自分を見てほしい茉里だが、残念ながら学校は制服で行かなければいけない。

⏰:09/05/27 02:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#193 [向日葵]
だからせめて、髪型だけでもと気合いを入れた。
お気に入りのシュシュは、可愛らしくレースがあしらっていたりする。

道場まで来て、おかしなところはないか、最終チェックをする。
よしと意気込み、戸を開ける。

「おはよう!」

開ければ、宗助は机と椅子を2人分用意してるところだった。

「おはよう」

「早いね」

「普通だよ」

席につけば、宗助も席につく。

⏰:09/05/27 02:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#194 [向日葵]
髪型に気づいては……くれないよね……。

宗助は黙々と準備する。

「数学の問題集、教えてくれない?」

「自分でやったのか?」

「やってもわからないから訊いてんのー」

頬を膨らませながら分からなかったところを見せる。
一通り目を通した宗助は、茉里に問題集を返す。

「ここ、代入すればいいんだよ。そしたら答え出るから、こっちの式とあわせて……」

「あ、なーる……」

⏰:09/05/27 02:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#195 [向日葵]
「ここに例題あるだろ」

「だってこれ応用だもん。分かりにくい。大体ね、数学なんて、計算が出来ればもういいと思うの!なんでサインやらコサインやらやらなきゃいけないの!」

急に数学について不満を爆発させた為、宗助はぽかんとしていた。

茉里はいきなりやってしまったと、熱弁してる際に握りしめた拳をどうしようかと考えて固まった。

しばらくして、宗助が息をフッと吐き出す。

⏰:09/05/27 02:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#196 [向日葵]
「そんなこと言う人、初めて見たよ」

そう言って、目を細めて笑う。

思わず胸が高鳴る。

そんな、可愛く笑わないでよ……。

「まあ、数学嫌いは分かった。でも、おしゃれに時間かけるなら、少しは勉学に時間かけような」

「へ?」

「髪、いつもと違うみたいだから」

気づいて……くれてた……?

ぼんやりと、宗助を見つめれば、頬杖をついて微笑んでくれる。

「ん?なに?」

「……な、なんでもない……」

⏰:09/05/27 02:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#197 [向日葵]
問題集で、顔を隠す。
そうしないと、ニヤけているのがバレてしまう。

やっぱり、あの合宿以来、宗助の自分に対する態度が違う気がする。
どこか優しげだ。
いつもなら、もう少しツンツンしてるのに、今はその雰囲気が和らいでいるような気がする。

もしかして……。

問題集から、少し顔を出す。

宗助は自分の課題をしていた。

もしかして……少しは気持ちを分かってくれた?
少しだけ、うぬぼれたりしてもいいんだれうか?

⏰:09/05/27 02:22 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#198 [向日葵]
でも焦れば、また傷ついたりするかもしれない。

それに、宗助に強制はしないという約束だ。
仮彼女というポジションを、しっかりと覚えておかなければ。

そう思ってても、この少し優しげな雰囲気に甘えたりしてみたくなる。

「そ、宗助、今日は何時までする?」

「ん?アンタの都合がいい時間でいいけど」

合わせてくれるの?
ああ、もう、今は何を言われても嬉しいかも……っ。

⏰:09/06/04 03:14 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#199 [向日葵]
「もう帰るとか言わないでくれよ。このクソ暑い中、わざわざ付き合ってんだから」

……やっぱり、限度はあるかな……。

―――――――――…………

「はーい!休憩希望ーっ!」

2時間くらいしてから、茉里が万歳しながらそう言った。
ちらりと時間を見た宗助は、少しだけ書くと、シャーペンを置いた。

「アンタ、昼ごはんは?」

「おにぎり持ってきてるよ」

「なら良かった。貴重な弁当を分けなきゃならないかと思った」

⏰:09/06/04 03:15 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#200 [向日葵]
反論しようとした時、宗助が弁当を出す。
中身を見れば、美味しそうなおかずが並んでいて、茉里は思わずよだれを垂らしそうになった。

「お母さん優しいね。わざわざ作ってくれたんだ」

「いや、これ俺が作った」

「ええっ!?」

茉里の声が、道場に響く。
鳴り止んだころ、宗助が口を開く。

「親、共働きだし、自分の事は自分で出来るようにはなってる」

「へー……、共働きなんだ……。兄弟とかは?」

「兄、妹」

⏰:09/06/04 03:15 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#201 [向日葵]
「何歳差?」

「兄は2歳、妹は4歳」

「じゃあまだ中1?可愛いっ!私、兄弟いないからうらやましいよっ。やっぱりケンカとかするの?」

「……さっきからヤケに色々訊いてくるな」

「だって、宗助のこと、少しでも知りたいと思うじゃない!」

宗助が、ご飯を箸に突っ込んだ状態で固まる。
茉里は思わず口を手でおさえる。

しまった。調子に乗りすぎた。
嫌そうな顔されちゃう。

⏰:09/06/04 03:15 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#202 [向日葵]
一向になんの反応もないので、そろりと宗助を見れば、弁当の方に目をやっていたが、口元が仄かに微笑んでいた。

それは、ただ単に弁当が美味しいのか、それとも茉里の発言を許してくれたのかは分からない。

けれど、二人の間に流れる沈黙は、居心地の悪いものではなかった。

少しだけ、その心に触れることを許してくれたのかな……。
だったら、嬉しいな……。

「アンタの親は?」

「え?」

「働いてるのか?」

「うん。ダメ親父がね」

⏰:09/06/04 03:15 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#203 [向日葵]
茉里の顔が少しだけ険しくなる。宗助は茉里に質問することをためらった。

「……訊いちゃ、ダメだったか?」

「全然。むしろ聞いてほしいくらい」

けろりとした茉里の表情にホッとした宗助は、茉里が再び口を開くのを待った。

「私のダメな馬鹿親父はね、無駄に顔がかっこいいのそりゃ、小さい頃は自慢だったよ。茉里ちゃんのパパはかっこいいねーとか、うらやましいとか言われたし。自分の親が褒められるって、悪い気はしないじゃない?」

「まあな」

⏰:09/06/04 03:16 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#204 [向日葵]
「でも……小6の時だった」

茉里はおにぎりを包んでいたラップをギュッと握った。

「アイツ、浮気したの」

夜中、喉が渇いて、リビングにやってきた茉里は聞いてしまった。両親のケンカを。

[今日、電話があったわ。あなたと別れてほしいんですって]

母の抑えたような声は、初めて聞くもので、すごく悲しそうだったのを今でも覚えている。

リビングに入れずにいた茉里は、ドアの前で二人の会話を息をひそめて聞いていた。

[……すまない]

[どれくらい付き合ってるの?]

⏰:09/06/04 03:16 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#205 [向日葵]
[……3年]

その答えに、茉里は驚いた。

3年間、今まで平然と帰って、おかえりと迎えた茉里を抱き締め、母の手料理を世界一だと言っていたのだ。

茉里は怒る気力すらなく、自分の部屋に帰り、枕に顔を埋めて泣いた。

母も損な性格で、父に謝られれば、許してしまった。
1度好きになった人を、簡単に突き放せない。

きっと茉里は、母に似たのだろう。

しかし、それから父は、茉里が知っている限りでは、今までに4回浮気を繰り返してきた。

⏰:09/06/04 03:16 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#206 [向日葵]
1度、母のように、浮気相手からの電話をとったことがあった。

{あなた……お子さん?}

[はあ……]

{やだ……あの人が奥さんと別れたら、あなた、ついて来ないでね}

どうしてそんなことを、浮気相手に言われなきゃならないのか。

怒りに任せて、茉里は電話を切った。

母は、それだけ浮気されても、やっぱり別れなかった。
未だに仲良く暮らしている。もちろん茉里も。

でも茉里は、1度目の浮気発覚以来、父とまともに話さなくなった。

「……ってわけ」

⏰:09/06/04 03:17 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#207 [向日葵]
おにぎりを口に運んで、もぐもぐと噛みながら、慣れたことのように話す茉里の一方、宗助は食べる事も忘れて、口を半開きにさせて茉里の話を聞いていた。

そんなドラマのような世界が、現実にあるものなのかと。

「その頃かな。私は絶対一途でいようって、絶対、好きな人を悲しませないって思った」

「その……親父さんのう……わき、今は?」

「さあ。今は珍しくしてないんじゃない?まあ、時間の問題だとは思うけど」

平気そうに話すが、いつもの茉里のように、口調は弾んでなかった。

⏰:09/06/04 03:17 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#208 [向日葵]
どこか冷静なその口調は、冷たささえ感じた。

―――――――――…………

時刻は5時。

そろそろ帰るかと、片付けを始める。
夏の日はまだ長く、夕暮れと言うにはまだ明るい。
道を歩けば、影が長く伸びる。

宗助は、あまり口を開かなかった。
茉里も今度こそ、やってしまったかと口数が少なくなっていた。

茉里の家の話をすれば、大抵が同情されるか、引かれるかのどちからだ。

宗助は、どちらなのだろうか。

⏰:09/06/04 03:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#209 [向日葵]
ホームに電車が来ても、帰宅ラッシュでいっぱいの電車に乗り込んでも、会話はそんなになかった。

茉里の降りる駅まで、あて2駅の時だった。

「そうやって……」

「え?なに?」

唐突に宗助が話し出したので、茉里は宗助を見上げる。

密着しそうなくらい、近い宗助。
宗助はずっと外を見ている。

「そうやって、裏切られたのに、加賀が変わらず、人の愛情や優しさを信じている人になってて、俺はよかったと思う」

⏰:09/06/04 03:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#210 [向日葵]
茉里は目を見開く。

ずっと、言葉を考えていたのだろうか。

それは同情なんかじゃなく、突き放すような言葉てもなく、茉里自身を心配した、優しい言葉だった。

泣きそうになって、歯をくいしばる。

下を向いた時、電車が大きく揺れる。
急ブレーキをかけたらしい。かと思えば、信号待ちだとアナウンスが流れた。

宗助は、ドアに手をついて、茉里をかばうような体勢になっている。
茉里は大きな揺れによって、宗助の胸に顔を埋める形になった。

⏰:09/06/04 03:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#211 [向日葵]
茉里はバレないように、宗助のシャツを掴む。

今、とても抱きつきたい気持ちになった。
でも、そんな事出来ないから、しばらくこのままで……。

電車が再び動き出す。

もしかしたら、宗助は気づいていたかもしれない。

でも、それ以降はまだ何も言わず、茉里の態度に文句も言わず、寄り添うように、そのままの体勢で、駅までいてくれた。

宗助……。もう少し、近づいていいって、思ってもいい……?

⏰:09/06/04 03:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#212 [向日葵]
――――――――…………

次の日。

宗助は茉里より早く学校に着いただろうと思って、暇つぶしに道場近くにある自販機に行く。

昨日、茉里は慣れたことなのか、とても普通に話していたが、心の底では深く傷ついているように見えた。

彼女は、傷を隠すのがうまい。
だから気づかず、通りすぎてしまいそうになるけれど、最近ではそういうのが分かってきた。

だから、傷つけない言葉を必死に探していたら、無口になってしまった。

⏰:09/06/04 03:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#213 [向日葵]
電車の揺れか、茉里の行動かは分からなかったけれど、胸にあった温もりを大切にしてあげたいと思った。

俺って……もしかして……。

ふと頭に浮かんだ言葉は、自販機近くのベンチに座っている人物を見つけた事によって、かき消された。

「先輩……?」

そう呼ばれた人物は、宗助の声を聞くと、顔をあげた。
座っていたのは、千早先輩だった。
その顔は、涙に濡れている。

「そーすけ……」

⏰:09/06/13 01:42 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#214 [向日葵]
宗助も、ゆっくりと先輩の横に座る。

「……っ、どうしたんですか……っ」

「彼氏と……ちょっと……」

先輩は、簡単に涙を流す人じゃない。
こんなに人目構わず泣いているということは、よほどショックな事があったか、大きなケンカをしたか……。

「道場の近くに来れば、なんか落ち着く気がしたんだけど……。なにも聞こえないからさ……」

「昨日から、明日まで休みなんですよ」

「そっか……」

⏰:09/06/13 01:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#215 [向日葵]
少し笑いながらも、先輩はまたポロポロ涙を流す。

「やっぱり、アンタの前で泣いてたせいか、アンタが近くにいると、安心して余計に泣けちゃうよ……」

そう言ったとき、宗助のポケットに入っている携帯のバイブが鳴る。

サブディスプレイを見れば、茉里からのメールだった。
返そうか迷いながら、とりあえず携帯を開く。

「宗助……」

「あ、はい」

受信ボックスを、開こうとする。

⏰:09/06/13 01:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#216 [向日葵]
「しばらく……そばにいて……」

しかし、その指は止まった。

「お願い……お願いだから……」

先輩は宗助の肩に額を乗せる。
そして指先で腕にそっと触れる。

宗助は少しためらって、やがて、携帯の電源を押した。

――――――――――…………

「あれー?」

茉里は道場の椅子に座っていた。茉里の方が、早くに着いていたのだ。

⏰:09/06/13 01:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#217 [向日葵]
到着すること20分。
宗助に現在どこにいるか聞こうとメールを送ったところだ。

「気づいてないのかなー。メール返信してくんないなー」

来るまで掃除でもしようとモップを手に取る。
その時、バイブが鳴ったので、携帯を置いてる机に飛んでくる、が、メルマガだったので、乱暴に携帯を机に投げて、掃除に取りかかる。

ひたすら待って、待って、待って……30分待った。

掃除も終えた。
なんなら棚整理も、救急箱整理も終わった。

もしかして寝坊?

⏰:09/06/13 01:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#218 [向日葵]
「しょうがないなー。モーニングコールしてあげようじゃないかー」

大きな独り言を恥ずかし気もなく言った茉里は、電話をかけてみることにした。

ブツッと音がしたので、口を開く。が。

{お客様がおかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入ってないため……}

「電源……?」

いれてないわけがないと思う。

多分電波が悪いのだろう。

「事故……じゃないよね?」

心配すれば、よからぬ事が次々に頭をよぎる。

⏰:09/06/13 01:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#219 [向日葵]
大丈夫なのかと、メールを送る。
3分待ったが、やっぱり返ってこない。

こうしちゃいれない。
駅まで行ってみよう。

行ったからといってどうなる訳でもないのに、茉里はそう思った。
鞄を持って、戸を開けようとすると、先に開けられた。

宗助かと思って、笑顔で顔を上げれば、茉里はその笑顔をすぐに引っ込めて、驚きの表情に変える。

「さ、沢口さん!」

「久しぶりだね。合宿だと聞いて、いつ帰ってきたのか知らなかったんだけど、イチかバチか来てみて良かった」

⏰:09/06/13 01:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#220 [向日葵]
「ちょ、他校に勝手にかつ簡単に入らないでください!」

「どこかの部活が練習試合で、他校が来てたから、入っても怪しまれないかなーって思って」

茉里は呆れて、思わずポカンと口を開けてしまったが、すぐに我に返る。

こんな事、してる場合じゃなかった。

「私、急いでるんです。じゃ……」

「あ、待って!」

腕を掴まれ、茉里は立ち止まる。

「この前、加賀さんを傷つけたみたいだから、謝りたくて……」

⏰:09/06/13 01:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#221 [向日葵]
「べ、別にあれは……」

半分八つ当たりみたいなもので、全部が沢口が悪いという訳じゃない。

「気に障るような事を言ったのだったら謝るから。だから、そんなに素っ気なくしないでくれるかな」

困ったように、でも申し訳なさそうに微笑む。

確かに、しつこいからと素っ気なくしてたけれど、沢口本人を見れば、別に大きな問題があるほど悪い人ではない。
むしろいい人なのだろう。

そう思えば、茉里の方が悪い気がして、茉里はシュンと肩を落とす。

⏰:09/06/13 01:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#222 [向日葵]
「いいの。あれは、少し……虫の居所が悪くて。あなたのせいじゃないから」

「そっか……良かった」

人懐っこく笑う。
その笑顔を見れば、初めのような悪い印象は無くなりつつあった。

好きにはなれない。
何故なら自分には宗助がいるから。
でも友達くらいなら考えてみなくもない。

などと考えて、茉里はハッとする。

「ごめん。私、宗助……笹部を探しに行くの。だから……」

⏰:09/06/13 01:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#223 [向日葵]
「笹部?笹部なら、さっき外で見たよ。すぐそこの自販機で」

「あ、そうなの?ありがとう!」

茉里は走って自販機の所まで行く。

良かった。なにも無かった。
あれ?でもなんで電源切ってんだろう。

その答えは、曲がり角を曲がったところで分かった。

ベンチで、宗助が先輩を抱き締めていた。

どういう状況か、分からないけれど、茉里は足を地面に縫いつけられたように動かないでいた。

先輩が顔を上げ、笑う。
宗助は座り直して、先輩がなにか言うのに、微笑みながら頷いている。

⏰:09/06/13 01:49 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#224 [向日葵]
なんだ……そっか……。
私からのメールで、邪魔にならないように、電源を……。

すると後ろから、沢口が追いついてきて、止まる。

「呼ばないの?」

呼びたい。
呼びたいよ……。でも、今は……。

迷っていると、先輩がこちらに気づいた。

「茉里ちゃーん!久しぶりー!」

それに驚いたように振り返る宗助は、振り返って更に驚いた。
沢口がいたからだ。

「せっかくだし、これからお昼一緒に食べに行こうよっ。沢口くんも」

⏰:09/06/13 01:53 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#225 [向日葵]
無邪気に笑う先輩が、今は殴ってしまいたいほど憎い。

どうして、彼氏がいるくせに、宗助に抱き締められて平然としてるの?

こんなの……まるで……。

ふと、瞼の裏に、声が漏れないように、枕に顔を押し付けて泣いていた昔の自分が映る。

……結局、宗助は自分の事を気にかけてすらいなかったんだ。
だから言ったじゃない。

自惚れたらダメって。

「わ……私、沢口くんに用があるので……失礼します……」

茉里は沢口の腕を引っ張って行ってしまう。
宗助は追いかけようとするが、すぐにやめた。

追いかける資格なんて、自分はないからだ。

そういえばと、携帯の電源を入れる。

⏰:09/06/13 01:57 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#226 [向日葵]
しばらくして、センターに止まっていたメールがくる。

茉里からだった。

〈宗助!事故とかにあってないよね!?〉

心配してくれたメール。

自分はそれを、邪魔かのように無視した。
宗助は自己嫌悪に陥りながら、茉里が行ってしまった方を見る。

茉里の姿は、もう見えなかった。



―――――あの時、気づくべきだった。
私が入る場所なんて、ないって事に。

⏰:09/06/17 00:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#227 [向日葵]
[7]揺れる先

宗助と、あの日以来、一緒に課題をする事はなかった。

部活の休みが終わったのもある。
でも茉里自身、宗助と2人きりになる事を避けていた。
だからミュシャに頼んで、部活帰りはいつも一緒に帰ってもらうよう頼んだ。

宗助は、一緒に帰らない事に、何も言わなかった。

「まったく……。私はいつまで有意義な夏休みを潰さなきゃいけないのかしら」

「ごめんなさい……」

⏰:09/06/17 00:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#228 [向日葵]
茶化したつもりが、思ったより茉里が落ち込むので、ミュシャは首を傾げる。

昼間の電車は、朝や夕方よりも空いているため、座れる。
ひんやりした車内は、少し肌寒い。

「無理に訊かないけど、あんまり溜め込むと、胃に穴があいちゃうわよ」

撫でてくれる細い指に、少し励まされる。

裏切られたように感じるのは間違っる。
でも、ほんの小さな、ただ課題を一緒にするっていう小さな約束は、守って欲しかった。

自分だけを、考えて欲しかった。

⏰:09/06/17 00:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#229 [向日葵]
―――――――…………

「花火大会?」

夏休みも終わりに近づいた時、沢口が校門で待っていた。

なんの用かと思えば、B5サイズの紙を渡してきた。

「良かったらどうかなーって。部活の人も誘っていいからさ」

茉里は紙を受け取りながら、少しうつむく。

「この前は……ごめんなさい……」

勝手に連れ出して、引っ張りまわして、自分の気分が少しほぐれるまで、沢口に付き合ってもらったのだ。

⏰:09/06/17 01:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#230 [向日葵]
沢口は何も言わず、ただいつものように、にこにこ笑ってついて来てくれた。

茉里は、それが嬉しかった。

沢口はそんな事気にしてないかのように微笑む。

「いいよ。こうして話してくれてるだけで、僕は嬉しいからさ」

その笑顔に、少し気が楽になり、茉里も少し微笑む。

どうして、こんな風に話さなかったか自分でも不思議なくらい、沢口はいい人だ。

「ありがとう……」

こんな勝手な自分を、責めもせず、受け止めてくれて。

⏰:09/06/17 01:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#231 [向日葵]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

茉里が話している間、ミュシャは暇だったので、学校の中をうろうろしていた。

茉里と帰ってる時、何回かさっきの沢口とかいう男の子に会った事があった。

物腰が柔らかくて、茉里のことを好きらしい。

茉里も、あっちにすればいいのに。

でも、1度好きになった人を、そう簡単に諦められないのが茉里なのも、ミュシャは知っている。

だから余計、茉里の今の状態が心配なのだ。

それもこれも……。

⏰:09/06/17 01:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#232 [向日葵]
「宗助!」

誰か、女の子が、宗助を呼ぶ。
それが聞こえた方を、ミュシャは見た。

宗助は、今帰るとこらしかった。

女の子は、1つ上の学年らしい。
その女の子に、宗助ははにかんでいる。

そんな宗助を見て、ミュシャはその綺麗な顔を怒りに歪ませた。
宗助の方へ歩いて行く。

あと少しで宗助に近づくとき、女の子はどこかへ行ってしまった。そして宗助はこちらに気づいた。

⏰:09/06/17 01:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#233 [向日葵]
「久瀬?帰ったんじゃなかったのか?」

「私がいつ帰ろうが帰らまいが、アンタに関係ないでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「さっきの先輩、アンタの好きな人?」

「……それこそ、関係ないだろ」

「まあね」

2人の間に、生ぬるい風が吹く。
ミュシャの柔らかそうで、少し波立っている長い髪を遊ぶかのように吹き上げる。

「人の恋愛に、どうこう言おうなんて気はない。」

⏰:09/06/17 01:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#234 [向日葵]
ミュシャの目が鋭くなり、宗助を射抜く。
宗助は少しだけピクリとする。

「本人たちの問題だし、第三者が出てきたからって何か変わるものでもないだろうからね」

「ただ」と、ミュシャは続ける。

怒りをはらんでいるだろうその蜂蜜のような色をした目が、怒りの赤い色が混じっているのではないかと宗助は感じた。

「アンタは、茉里をどうしたいの?」

宗助の表情が、風のせいで、髪が顔にかかっているから分かりにくい。

⏰:09/06/17 01:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#235 [向日葵]
「さっきの人が、アンタの好きな人なんでしょ?ならなんで、茉里の事をちゃんとフラないの?」

「……久瀬には関係ない」

「それは承知だっての。さっき言ったでしょ」

風が徐々にやむ。
宗助の目に、苦しさが滲んでいる気がした。
日差しのせいだろうか。

「茉里のこと、キープだとか思ってんの?」

「……違う」

「じゃあなに?」

そう言うと、宗助は口を閉ざしてしまった。

⏰:09/06/17 01:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#236 [向日葵]
風が徐々に止む。
宗助の目に、苦しさが滲んでいる気がしたが、それは日差しのせいだろうか。

「茉里をこれ以上悩ませないで。もしもなんかあれば、私はアンタを許さない」

それだけ言って、ミュシャは来た道を引き返していった。

残された宗助は、ただその背中を見るしか出来なかった。
自分の気持ちが、整理出来なかった……。

ミュシャが校門まで行けば、茉里だけしかいなかった。
どうやら沢口は帰ったらしい。

⏰:09/06/23 03:42 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#237 [向日葵]
「あ、ミュー。ゴメンネ待たせて」

「いいの。私も、ちょっとケンカ売りたい相手がいたから」

「え?ケ、ケンカ、売ったの?」

「相手が無抵抗だったから、張り合いなくて帰ってきちゃったよ」

心配そうにこちらを見る茉里に、ミュシャはそっと微笑む。

ミュシャは、茉里の家庭事情を知っている。

あの時、どうしようもなく傷ついている茉里を見て、ミュシャは茉里には幸せになってほしいと願った。

⏰:09/06/23 03:42 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#238 [向日葵]
自分よりも、ずっとずっと。

何があったとしても、茉里は笑顔を絶やさない。

だから、この笑顔を奪った奴は、誰だろうと許さない。

ミュシャは、そう思っていたのだった。

―――――――――…………

「夏祭りかあ……。いいねっ。皆、きいてきいて!」

次の日、茉里は沢口から誘われた夏祭りの事を、とりあえず綾香に話してみた。

「明日、夏祭りがあるんだって!行かない?皆でっ!」

⏰:09/06/23 03:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#239 [向日葵]
何人かは、予定があるとかで断ったが、ほとんどは行くと行った。

宗助も。

皆は道場の真ん中に集まって、あれやこれやと話し合っている。

皆が飲んだコップを重ねていると、宗助が静かに隣に立った。

ドキリとして、思わず手が止まってしまう。

「……宗助も、行くんだ」

「ああ」

「先輩が……来るの……?」

「なんで?」

「宗助、こういうの苦手そうだから。来るって言うとは思わなかったの」

⏰:09/06/23 03:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#240 [向日葵]
「……あの、さ……、前の事だけど」

「集合場所決まったよー」

綾香が言った。

「え、どこどこー?」

茉里はコップを置き、宗助から逃げるようにして綾香の元へと行った。

今更、言い訳なんて聞きたくなかった。
それならすぐに、あの時、訂正してほしかった。
今は何も、先輩の事は聞きたくなかった。

もう……潮時なのかな……。
諦めろって、神様が言ってるの?なら言わせてよ、宗助に。

⏰:09/06/23 03:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#241 [向日葵]
「アンタの事は、好きになれない」って。

そう言わすように、仕向けてよ。じゃないと私……。
諦められないよ……。

[そうやって、裏切られたのに、加賀が変わらず、人の愛情や優しさを信じている人になってて、俺は良かったと思う]

そうやって言ってくれた人を、どうやって嫌いになれって言うの?
――――――――…………

夏祭り当日。

校門前で待ち合わせになった。

⏰:09/06/23 03:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#242 [向日葵]
沢口もそこへ来る。

茉里は浴衣を着なかった。
着ても意味がない気がしたからだ。

課題している時、頑張った髪型を褒めてくれた宗助。
でも今回ばかりは、もう褒めてはくれない気がした。

沢口はきっと褒めてくれると思う。
でも、褒められて嬉しいだろうけれど、宗助に誉められる喜びとはまた違う。

だから、着て行かない。

「あ、茉里ちゃん!」

校門にはもう何人かいた。

⏰:09/06/23 03:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#243 [向日葵]
茉里みたいに私服の子もいたが、ほとんどは浴衣だった。

「あ、沢口さん」

振り向けば、沢口が気づいた茉里に微笑みを浮かべて歩いてきていた。

「こんばんわ」

「こんばんわ。こんな大勢になっちゃったよ」

「いいよ。僕は大勢で騒ぐの好きだし」

そうやって微笑まれれば、なんだかホッとした。
この笑顔には、癒しを感じる。

「あ、笹部くん!こっちー!」

それを聞いて、茉里はドキリとする。

⏰:09/06/23 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#244 [向日葵]
でも、宗助の方は向かなかった。

「さ、さあ!今日は楽しむよー」

邪念を払うように、茉里はそう告げて歩き出した。

「加賀さんは、浴衣着ないの?」

沢口が隣に並んで喋りかけてきた。

「あ、うん。なかったから」

「そっか」

歩いて行く度、人が増えて行く。気をつけないと迷子になるかもしれない。
それに周りは、夏祭りならではのものばかりで目を奪われてしまう。

⏰:09/06/23 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#245 [向日葵]
最初、皆が立ち止まったのは、金魚すくいだった。
茉里は皆がやっているのをジッと見ている。

沢口は器用で、何匹も取る。
その容姿で集まってきた人も感嘆の声をあげる。

沢口はすくい終えると、金魚を3匹、袋に入れて茉里に差し出す。
赤く、光の加減によって金にも見える金魚は、とても綺麗で、ついつい茉里も嬉しくなって笑う。

「ありがとう」

「どういたしまして」

そんな2人を、宗助は静かに見ていた。

⏰:09/06/23 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#246 [向日葵]
[アンタは、茉里をどうしたいの?]

ミュシャに言われた言葉が、頭の中を何回もよぎる。

どうしたいかなんて、分からない。
ただ、傷つけたけないと思ってる。

小さな約束すら守ってやれず、傷つけた奴が何言ってんだって思われるかもしれない。

あの日、見つけ出せそうだった答えが、今、また霧の中に消えてしまった。

また見つけ出すには、また時間がかかりそうだと思った。

いや……、もしかしたら自分は、避けているのか?

⏰:09/06/26 03:52 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#247 [向日葵]
本当の想いから。

そんな事を考えている間に、皆がどんどん先に進んでいっとしまう。

宗助も、後に続いた。

「夏祭りと言えば、かき氷!」

後輩が言う。

「じゃあ買っちゃおうよ!」

近くの屋台に寄る。
せっかくなので、茉里も買うことにした。

かき氷を受け取ったと同時に、誰かが茉里の腕を引いた。

「しー」

沢口だった。

⏰:09/06/26 03:53 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#248 [向日葵]
「え、な、なに……」

「ちょっと、付き合って」

有無を言わせず、茉里は連れて行かれる。
皆と離れていく。
振り替えっても、もう姿は見えなくなってしまった。

「ゴメンネ。強引に」

川沿いに来た時、沢口がそう言った。

ここはさっきとは違い、人混みから離れている為、静かだ。
周りが静かになれば、茉里の心も静かになり、落ち着いた。

さっきはなんだか落ち着かなかった。

宗助が、いたから……。

⏰:09/06/26 03:53 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#249 [向日葵]
「加賀さん」

沢口がまっすぐに見つめてくる。
手に持っているかき氷が、ひどく冷たく感じる。
それは段々と麻痺を起こし、持っていると意識しなければ落としてしまいそいになる。

「もう分かってるかもしれないけど、僕は加賀さんが好きです」

茉里は恥ずかしくなってうつむく。

「あ……ありがとう」

小さな消えそうな声でそう言うのが精一杯だった。

⏰:09/06/26 03:53 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#250 [向日葵]
「加賀さんさえよければ、付き合ってほしいんだ」

沢口を見る。

彼はやっぱり、優しげな笑みを浮かべて茉里を見ている。

出店の明かりで照らされた彼の顔は、皆が騒ぐようにかっこいい。

茉里はぼんやりとそう思った。

神様は、もしかして、今この瞬間、諦めろと言っているのだろうか。

たしかに沢口は嫌な奴じゃない。優しく、いつも自分を気遣ってくれている。

⏰:09/06/26 03:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#251 [向日葵]
微笑まれれば、安心感に包まれる。

私は、宗助とは、結ばれないように出来ていたのかな……。

かき氷を持つ手のように、茉里の気持ちも麻痺しだす。

本当に宗助じゃなきゃ駄目だなんて、もしかすれば錯覚なのかもしれない。
それならば、沢口を選んでもいいのかもしれない……。

「わ……私……は……」

その時、携帯が鳴った。

最初、沢口も茉里も自分のだとはわからなかったが、やがて自分の鞄に手を当てると、自分だと茉里は分かった。

⏰:09/06/26 03:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#252 [向日葵]
「ご、ごめんあの……」

沢口を見ると、にこりと笑って、電話に出るよう促してくれた。

急いで、誰かも確かめずに、急いで出た。

「もしもし」

そう言ったが、向こうから返答がない。
ざわざわと受話器越しに聞こえるから、繋がっているのは確からしい。

聞こえてないのかな?

「もしもし?」

もう1度言う。

「今どこだ」

息が止まる。

⏰:09/06/26 03:54 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#253 [向日葵]
周りの声が、聞こえなくなる。
神経が全て、耳に集中する。

「おい、聞いてるのか」

声を出したいのに、喉の奥で詰まる。

ああ……やっぱりダメだ。
麻痺していた気持ちが、覚醒していく。

どんな事をされても、私はあなたが好きとしか考えられない。
運命じゃないからなんて決めてられない。
運命に逆らってでも、私は今、あなたしか見えないよ。

錯覚なんかじゃ、絶対ない。

「そ……すけ……っ!」

⏰:09/06/26 03:55 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#254 [向日葵]
思わず泣きそうになってしまう。

「どうした?なんかあったのか?」

茉里の涙声に、宗助は心配する。

「かわ……川沿い……に、いる……」

「わかった。今から行く」

そう言って、宗助は電話を切った。
茉里もゆっくりと携帯を閉じる。そして沢口を見る。

「ごめんなさいっ……。私、諦められない人がいる……。大好きな人がいる……っ」

⏰:09/06/26 03:55 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#255 [向日葵]
最低だ。

甘えるだけ甘えて、私は沢口くんを傷つけた。

それでも、沢口は微笑んだままだった。
少し、寂しそうだけれど。

「そう……。でも、僕も簡単には諦めないから」

「でも、あの……」

「とりあえず、今日は帰るね。加賀さんの求めてる王子様がくるみたいだから」

そう言って、沢口は川沿いを歩いて行ってしまった。
その背中を、小さくなってしまうまで、茉里は見続けた。

気が抜けてしまえば、ポロポロと涙が溢れ始めた。

⏰:09/06/26 03:56 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#256 [向日葵]
好きな人を思うだけで、涙が出るなんて知らなかった。

こんな気持ちになるのは、きっと、いや絶対宗助だけ。

他の誰にもなった事はない。

自分は何を弱気になってたんだろう。
見込みがないかもしれないのは、今までもそうだったじゃない。
仮彼女は、ただひたすら突き進むだけ。
そんな風にしてでも、私はあなたのそばにいたいの。

「加賀!」

出店の間から、宗助が出てくるのが見えた。

⏰:09/06/29 04:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#257 [向日葵]
宗助がこちらへ走って来る。
茉里も宗助の方へ走っていく。
そしてそのまま、茉里は宗助の胸に飛び込んだ。

そう来るとは思わなかった宗助は、飛び込んできた茉里の勢いに負けて尻餅をついた。

「いった……加賀?」

茉里は力一杯宗助にだきつく。

「泣いてるのか?」

茉里は答えない。
宗助は困るが、そっと手を伸ばし、茉里の頭を優しく撫でる。

「迷子になって、心細かったのか?もう大丈夫だから。ちゃんと、見つけたから」

その言葉に、茉里は更に涙を流す。

⏰:09/06/29 04:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#258 [向日葵]
「好き……」

涙声の茉里の声が、宗助の耳に届く。

「好き、私……宗助が好きだよ……っ」

「……うん」

「本当だよ」

「うん」

「信じて……っ」

「うん……」

信じてるよ、加賀の気持ちは。
ずっと前から。
真っ直ぐにぶつかってくる君が、俺は放っておけないんだ。

信じれないのは、霧の中に置いてきてしまった、自分の気持ちなんだ。

⏰:09/06/29 04:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#259 [向日葵]
だから今も、君のその細く震える肩を、抱いてあげる事すら、出来ないんだ。

――――――――…………

夏休みもついに終わった。

課題テストも終わり、今度は体育祭のお祭りムードが色濃くなってきた。

茉里は、また宗助と一緒に帰っている。

「体育祭、楽しみだねーっ」

「張り切りすぎて怪我しそうだよな、アンタは」

「それはー、あんまり頑張ると、怪我するから、無理しちゃ駄目だぞっ、て言ってくれてるの?」

⏰:09/06/29 04:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#260 [向日葵]
「アンタの妄想には毎度頭が下がるよ」

「違うの?」

「なにが?」

「心配、してくれてるんじゃないの?」

「好きなように取れば?」

そう言って、優しく、どこか意地悪に笑う。

最近、あの不器用な笑顔じゃなく、こんな風に自然に笑ってくれることが多くて嬉しい。

もちろん、あの不器用な笑顔だって好きだ。

でもこの頃の笑顔は、心から自分といることを楽しんでくれてる気がするから嬉しいのだ。

⏰:09/06/29 04:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#261 [向日葵]
そんな幸せも束の間。

体育祭も終わり、今度は冬の気配が色濃くなってきた頃のことだった。

その季節、茉里は知る事なる。

一途の重さと、苦しさを。


――――――――自分の諦めの悪さに、嫌気がさす。

どうして、運命を受け入れなかったんだろう……。

⏰:09/06/29 04:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#262 [向日葵]
[8]終わりの瞬間

気温は最近ついに1桁になってきた。

カイロはもちろん、マフラーは必需品。

「そーっおすーっけくーんっ。手がーさむーいんだけどなあー」

帰りの下校時間が早くなると同時に、日が暮れる時間も早くなって、辺りは真っ暗になるようになった。

当然、太陽が沈めば、また気温もグンッと下がるのだった。

手をプラプラとさせる茉里をじとっと見ながら宗助は呟く。

「……だからなに」

⏰:09/06/29 04:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#263 [向日葵]
「手っ!」

「見りゃ分かる」

「ちっがーうっ!繋ぎたいのーっ!」

「あーハイハイ」

まるでだだっ子。
しかしそんな茉里のわがままを、宗助はこの頃聞いてくれる。

普通に手を繋いだり、楽しく会話したり。
周りから見れば立派なカップルだ。

しかし未だ、茉里は仮彼女から昇格はしていない。

それでも茉里は楽しかったし、なんの不満もなかった。

⏰:09/06/29 04:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#264 [向日葵]
でもやっぱり、好きって言葉は聞きたい。

いずれ言ってくれたらいいなと思う。
こうやって、一緒に過ごせるだけでも、結構な進歩なのだから。

―――――――――…………

その日、妙に胸がざわついた。

別に自分が特別勘がいいだなんて、茉里は思った事がない。

でも悪い事というのは、意外にもよく当たるから、余計に茉里は嫌な感じがしてならなかった。

おそらく、朝からクソ親父にあったせいかもしれない。

⏰:09/06/29 04:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#265 [向日葵]
[おはよう茉里]

いつも朝は早いくせに、どうして今日だけは遅いのかと、茉里は嫌そうな顔を隠しもせずそう思った。

[そういえば、もうすぐクリスマスだけど、なにかその日予定はあるのか?]

「あってもアンタに言う訳ないでしょ」

茉里は用意を手早く済ませると、すぐに家を出た。

今日はいつも以上に寒い。
それもそのはず。雪が降っていたのだ。

そういえば、さっき少しだけ天気予報が耳に入ってきた。

⏰:09/06/29 04:03 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#266 [向日葵]
確か、今日は積もるんだとか。
雪合戦を宗助としたいな。
くそ親父の事を思い出すようで嫌だけど、宗助はクリスマスどうするんだろう。

一緒に過ごしてと言えば、一緒にいてくれるかな?

考えれば考えるほど、妄想が膨らんでいく。

今日訊いてみよう。

―――――――――…………

「え?覚えてないの?クリスマスの日って、確か試合があって、皆嘆いてたじゃん」

茉里は思わずムンクの叫びのように頬に手を当てて驚く。

⏰:09/07/08 04:59 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#267 [向日葵]
「わ……忘れてた……っ」

教室に来た宗助を、鞄を置く隙すら与えず、廊下に引っ張り出した茉里は、宗助にクリスマスの予定を訊いたとこだった。

しかし、その日は隣の市で開催される小さな大会に行くことになっていたのを、ついさっき、宗助に言われるまで忘れてたいた。

「しっかり、マネージャー……」

「そういえば、去年もあったっけ……」

「去年はクリスマスからは外れてたからな。今年は見事に」

⏰:09/07/08 05:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#268 [向日葵]
「当たっちゃったのね……」

宗助の続きを、茉里が繋げる。
茉里は心底がっかりする。

その様子を見て、宗助は眉を寄せる。

「そんなに何か楽しみにしてたのか?また部の皆でパーティーとか?」

「ちっがーう!私は宗助と過ごしたかったのっ!」

朝の廊下に高らかと茉里の声が反響する。
2回目くらいの自分の声のエコーに気づいた茉里は、ハッとして急いで口を手で塞ぐ。

廊下はひんやりとしているけれど、茉里の顔はどんどん熱くなっていく。

⏰:09/07/08 05:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#269 [向日葵]
その姿に、宗助は腕組みしながら、恥ずかしさを通り越して半ば呆れていた。

「毎日のように好きだなんだかんだ言ってたくせに、今更恥ずかしがっても意味ないだろ?」

「そ、それはそれ、これはこれな訳で……。わ、わ、私だって、恥ずかしがる事ぐらい……」

「勝手だな」

そう言っておかしそうに宗助は笑う。

「いいじゃん。結局は一緒にいるようなもんなんだから」

⏰:09/07/08 05:00 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#270 [向日葵]
その言葉に少し驚き、茉里はジッと宗助を見る。

「……宗助も、私と一緒にいたかったの?」

「違うっつーの」

頭をくしゃりと撫でられる。
宗助はそのまま教室に入っていってしまった。

その姿を、茉里はぼうっと見る。

こんな、温かいやりとり、初めてかもしれない。

撫でられた頭に、そっと触れる。胸がジンと、温かくなる気がした。

「なにあれ……」

⏰:09/07/08 05:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#271 [向日葵]
後ろから突然ミュシャが現れた。
その顔は、今にも口から砂を吐きそうな、うんざりした顔だった。

「なにが?」

「アイツはホントどういうつもり?私ははっきりしない男って嫌なんだけど」

その言葉に、茉里は苦笑するしかなかった。

少しでも、宗助の中の先輩に対する気持ちが、自分に向いてると嬉しい。
多分向いてくれてると信じているのは、自惚れじゃないと思うから、茉里は待つつもりだ。

⏰:09/07/08 05:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#272 [向日葵]
好きと言ってくれる、その日まで。

――――――――――…………

冬になったら、下校時間が早まるのと、気温のお陰で、お茶用ヤカンが1つに減ってくれるのが嬉しい。

「今日は試合練習?」

宗助に訊ねる。

「まだ決めてない。6時間目がホームルームだから、早く済む奴が多いだろうし、大体の人数が集まってから決める」

最近の宗助は、一段とキャプテンらしくなって、なんだか頼もしい。

⏰:09/07/08 05:01 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#273 [向日葵]
もともとしっかりはしていたし、誰しもが認めるキャプテンだとは思ってたけれど、それに箔がついて、より格好よく見える。

「あ」

突然、宗助が声をあげる。

「どうかした?」

「加賀、面紐の予備ってあるか?」

「切れそう?」

宗助の面を見れば、確かに紐がいたんでいた。

「探すから、取って待ってて」

救急箱の中に入ってたはずと探してみれば、予想通りやっぱりあった。

⏰:09/07/08 05:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#274 [向日葵]
はさみと紐を持って、宗助の元へと行く。

「良かった。あったあった」

「ありがとう」

慣れた手つきで、面紐をつける。
いらない面紐をジッと見て、茉里が言った。

「これ、もらっちゃダメ?」

「は?」

「いいでしょ?どうせ捨てるなら」

捨てるものだから、尚更どうしてそんなものが欲しいのかと、宗助は首を傾げる。

そんな宗助を気にもせず、鞄に入れる。

⏰:09/07/08 05:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#275 [向日葵]
「なんかさ、宗助の頑張ってきた証のものを持っておけば、自分も強くなれる気がしてさ、お守りにしたいなって、思っちゃったの」

ふわりと茉里は微笑む。
その笑顔を、宗助はジッと見つめる。

ようやく宗助に見られていると気づいた茉里は、宗助の方を見ると、パチッと音がしたんじゃないかってくらいに宗助と目があった。

いつもとは違う宗助の雰囲気に、茉里の胸はどうしようもなくドキドキした。

だんだんと、宗助の顔が近づいて来るのは、見つめすぎてる為の錯覚?

⏰:09/07/08 05:02 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#276 [向日葵]
それとも……宗助が……。

目を瞑る。
そうしようとした時だった。

「こんにちわー!先輩今日は試合練習ですかー?」

がらりと道場の戸が開けられた瞬間、2人はすごい勢いで離れた。

「ま、まだ決めてない……」

「じゃあ一応、旗とストップウォッチと拍子木の用意しときますねー」

「わ、わ、私、お茶用意してくる……っ」

茉里はやかんを持って、全速力で道場を出る。
その時、今来たところの綾香に当たりそうになった。

⏰:09/07/17 01:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#277 [向日葵]
「わっ!ごめんっ!」

「ま、茉里ちゃんかあ……。びっくりした……。ん?なんか顔赤いよ?大丈夫?」

そう言われて、さっき吸い込まれそうになった宗助の目を思い出す。

だんだん近づいてきて……。

宗助ってまつ毛長いんだとか、のん気に思いながら目を閉じた。

更に、茉里は顔を赤くした。

「だ、大丈夫……っ!」

また走って、ウォータークーラーまで行く。
もうなんの息切れか分からないまま、その場にへたり込む。

⏰:09/07/17 01:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#278 [向日葵]
もしあのまま……なんて考えたら、顔が赤くなってるとか、そんな問題じゃくなりそうで怖い。

思い出せば、胸が苦しい。

でもこのキューッと締め付けるような感覚は嫌いじゃない。
悲しい事があった時の胸の痛みとはまた違う。

しかしいつまでも余韻に浸ってる訳にもいかないので、さっさとやかんに水を入れる。

「――――っ」

「ん?」

どこかで話し声が聞こえてきた。
きになって、辺りを見回す。
しかし他の人たちの話し声と重なったりして、なかなかどこから聞こえてくるか分からない。

⏰:09/07/17 01:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#279 [向日葵]
すると、中庭に通じる道から、男の人が出てきた。
多分1つ上の人。

近くにあったベンチで話していたのかもしれない。
茉里の位置からでは、そのベンチは植え込みがあるせいで見えにくい。

だが、一緒にいただろう人物が、ベンチから立ち上がると誰だか分かった。

千早先輩だった。

後ろ姿だったから、その表情は分からなかったけれど、悲しそうな雰囲気を漂わせていた。

どうしたのだろうと、声をかけようと思い、でもと思い止まる。

どうして、ライバルの心配をしなくちゃならないのかと。

⏰:09/07/17 01:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#280 [向日葵]
茉里はやかんに水を入れて、見て見ぬふりをして、その場をあとにした。

――――――――…………

結局、その日は試合練習となった。

茉里はスコアを黒板に書いたり、時計係をしたり、バタバタとしていたら、さっきの事など忘れつつあった。

「茉里ちゃーん、竹刀削りってどこにあったっけー?」

「ちょっと待ってねー」

練習も終わり、後片付けをしていた茉里が立ち上がると同時に、道場の戸が開いた。

皆が先生かと思い、一瞬ピリッとするが、その人を見た途端、皆は肩の力を抜いた。

⏰:09/07/17 01:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#281 [向日葵]
「千早先輩ーっ!」

「やー、なんかここに来るのひっさびさだなー」

さっきの悲しい気配はどこへやら。
先輩はからりと笑っている。

「今日は試合しただけ?」

綾香に訊く。

「クリスマスに、毎年恒例の山の中にあるキャンパス使っての大会があるもんで」

「あの相互審判のね。あの大会変に旗が軽かったり重かったりするから嫌なんだよねー。私なんか相手場外出しても反則とられなかったんだよー?」

明るく笑う先輩は、先ほど見た悲しそうな雰囲気なんてまったくなかった。

⏰:09/07/17 01:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#282 [向日葵]
あの時、声をかけなくて良かった。
やっぱりなんともないじゃないか。

「宗助」

先輩が宗助を呼ぶ。

「なんですか?」

「ちょっといい?」

そう言われて、少しためらった宗助は、茉里がいるところまで来る。

「すぐ終わるから、校門で待ってて」

待っててなんて初めて言われたから、茉里は嬉しくなる。

大きく頷いて、道場をあとにした。

――――――――…………

「先輩別れたんでしょうかね?」

後輩がポツリと言った。

⏰:09/07/17 01:40 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#283 [向日葵]
「別れた?」

綾香が訊く。

「千早先輩カップルって、結構有名なんですよ。でこの頃ケンカと言うか、もめてる所を目撃してる人多くて。なんで、ついに別れてしまったのかなーって」

あんなに明るかったのに?
まさか。

茉里は帰る支度をしながら少し悪態づいてみる。

「でも、今日の先輩、なんだかカラ元気って感じしませんでした?目だって赤くなってた気もしますし」

そんな細かいところまできにしてられないよ。

そう思いながら、ふと思う。

⏰:09/07/17 01:41 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#284 [向日葵]
もし、自分が宗助を好きではなかったら、きっとこの会話に加わっているんだろうなと。

人って本当に勝手だな……。

「―――……ね?茉里ちゃん」

「えっ……。えっと、なに?」

「茉里ちゃんは笹部くんと付き合って結構になるよね?」

え。

「な、なに言って……っ!私、宗助と付き合ってないよっ!」

それを聞いて、皆一斉に「えーっ!?」と叫んだ。

「だって、毎日好きだって言ってるんでしょ?噂で聞いたよ?」

⏰:09/07/17 01:41 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#285 [向日葵]
「しかもこの頃めちゃくちゃ雰囲気いいじゃないですか」

そんなことを言われても、自分は正式には仮彼女だ。
未だそこから進展はない。

でも……と、今日道場であった出来事を思い出す。

あれは絶対、キスしようとしたよね?
もしかすれば、近いうちに昇格する確立が?
なら、こうしちゃいられない。
鞄を持ち、更衣室を出る。

「あー!逃げるの反則!」

皆からブーイングの嵐。

「その話はまた今度!」

茉里は走って校門まで行く。

⏰:09/07/17 01:41 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#286 [向日葵]
するともう宗助がいた。

「宗助、お待たせー!」

少し離れたところから声をかける。が、宗助に聞こえてないのか、反応がない。
近くに来ても、まだ反応がない。

「宗助?」

宗助の目の前で手を降りながら呼びかけると、ようやく気づいた。

「どうしたの?」

「あ、いや……別に」

「寒かった?」

宗助の頬に手を当てる。
冷たかった。

⏰:09/07/22 02:18 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#287 [向日葵]
そんなに待たせてしまったのだろうか。

考えていると、宗助はその手をやんわりとのけて、歩き出した。

どうも様子がおかしい。

後をついて行く。

なんとなく喋れなくて、茉里も黙ったまま歩く。
さっきまで雪が降っていたので、道には雪が積もっている。

歩けば、雪独特のシンとした静寂と、さくさく雪を踏む音だけが聞こえた。

「そ、宗助っ……!」

あまりに沈黙が長く、耐えられなくなった茉里は、口を開いた。

⏰:09/07/22 02:18 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#288 [向日葵]
宗助はこちらを向かず、ぴたりと止まった。

「手、寒いんだけど……な……」

いつもの台詞。
こう言えば、しょうがないなって顔をしながらも、宗助はちゃんと手を繋いでくれる。

しかし、今日は違った。

宗助は、やっぱり黙ったままだ。

「そ、そうす……」

「分からない」

茉里の言葉を遮るように、宗助は口を開いた。

宗助はゆっくりと茉里の方に体を向ける。

⏰:09/07/22 02:18 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#289 [向日葵]
街灯に照らされた宗助の顔は、悲しさと苦しさが混じった、複雑な表情をしていた。

「俺は、先輩が好きだと思ってた。はっきり言って、アンタなんか、絶対好きになんかならないって……思ってた」

なんの話?

そう思っても、茉里は口を挟まず、静かに聞いていた。

「でも……最近は違う。アンタの事、考えることの方が、多くなってきた……」

これは、告白?

そう思うが、なんだか違うと思った。
告白は、こんなに緊迫したムードはない。

⏰:09/07/22 02:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#290 [向日葵]
いや、あるのだけれど、何かが違う。

「正直好きなのかもしれない」

それを聞いて、茉里は息を止める。

宗助が……私を?

しかし、喜ぶのはまだ早かった。

「でも俺は、そんな俺が許せない」

え……。

「先輩の事、その程度だったのか?いや違う、でも……って、何度も自問自答する。俺は、自分の気持ちをうまく整理出来ないん。きっと俺は、アンタが満足するような答えなんて、出せないんだ……っ!先輩を諦めるなんて、絶対無理なんだ……っ!」

⏰:09/07/22 02:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#291 [向日葵]
宗助は泣くのではないかと思うくらいの、しぼり出した声で、そう告げた。

そして茉里は気づいてしまった。

こんなに、宗助を苦しめているのは、自分だと。

自分が無理矢理「仮彼女にしろ」だなんて言ってしまったから、宗助は、ずっとずっと、苦しんでいたんだ。

それに気づかず、何が彼女に昇格……だ。

「アンタを、もう傷つけたくない……。気持ちに、嘘つけないんだ……っ」

宗助は嘘なんてついた事ない。

⏰:09/07/22 02:19 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#292 [向日葵]
ずっと、一途に、先輩だけを見ていた。

むしろ嘘をついていたのは自分だ。

一途は悪い事じゃない。
そう言っておきながら、先輩に一途である宗助をずっと許せなかった。
好いてもらいたくて、綺麗事を並べた。

仮彼女制度は、ただ単に諦めるように仕向けたものだったと、今気づいた。

「……今日、先輩と、なんの話してたの?」

静かな問いかけに、宗助はハッとした。

⏰:09/07/22 02:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#293 [向日葵]
茉里は声音と同じくらい、静かな表情で宗助を見ていたが、不思議と、視線は温かかった。

「彼氏と別れたから、ちょっとそばで泣かせてくれって……。今も、多分1人で泣いてる」

それで、茉里が来た時、気づかなかったのだ。

先輩を、気にして。

「戻ってきなよ」

その言葉に、宗助は驚く。
また雪が降ってきた。

茉里はマフラーを巻き直し、手を繋ぐ為に隠していた手袋を出す。
「仮彼女は、もういいからさ。解除。これで宗助は、私に縛られる事はないよ」

⏰:09/07/22 02:20 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#294 [向日葵]
さらりとした言い方に、宗助は戸惑う。

「でも、今日は一緒に」

「だめ!先輩を慰めるのは、宗助の仕事でしょ!」

腰に手を当て、宗助を見上げる。
それでもまだ、宗助が迷っているので、茉里はフッと笑う。

「あのね、失恋ごときで落ち込まないから。何回もフラれた経験はあるの。自慢じゃないけどね」

茉里は宗助の横を通りすぎて、駅へと歩き出す。

「じゃ、まった明日ー!」

前を向いて歩いたまま、宗助に手をふる。

⏰:09/07/22 02:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#295 [向日葵]
自分の足音とは別の足音が、だんだんと遠くなる。

少しして振り向けば、宗助が来た道を引き返していた。
その背中を見ていた茉里の目から、一筋の涙が流れる。

「……ありがとう」

重いから別れてくれと言われ続けてきた自分に、重いと1度も言わず、重いという理由で自分を選ばなかったわけじゃなかった宗助。
そんな人、初めてだったよ。

本当に茉里自身を見てくれた。

今、流れる涙が、悲しい涙じゃなく、嬉しい涙だと言い聞かす。

だって、宗助は悪くないもの。

⏰:09/07/22 02:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#296 [向日葵]
悪いのは、苦しめた自分だから……。
だから……。

そう思っても、胸を締めつける痛みや、込み上げる嗚咽を止めることは出来なかった。

また、嘘をついた。
失恋ごときで落ち込まないなんて、嘘。
今、消えてしまいたいほど、辛い……。

涙が、雪のように、地面に落ちては消えていく。

クリスマスまで、あと4日の出来事だった。

⏰:09/07/22 02:21 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#297 [向日葵]
[9]それぞれの気持ち。

明日はクリスマス。
そして今日は終業式。

ミュシャはそれはもう怒っていた。

どちらかと言えばたれ目と言える彼女の目はつり上がり、髪の毛に隠れた額にはおさらく、いや絶対青筋があるだろう。

しかしそれは、あくまで茉里にバレないように気をつけている。

「ミュー。通知表どうだった?」

茉里が無邪気に笑いかけてくる。

その目が、また赤かった。

きっとまた泣いたんだ。

⏰:09/07/31 03:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#298 [向日葵]
一昨日の一連の出来事を、茉里は親友であるミュシャに話した。

ミュシャが宗助をあまり好いてないのは知っていたが、いつもより今回はミュシャに迷惑をかけたりしたので、関係ないだろうと報告しないのは何か違う気がした。

話した時、からりと不自然なくらい笑っていた茉里だが、ミュシャには何もかも分かっていた。

きっと、子供のように、大声で泣きたいほど、今辛いのだと。

茉里は元気でいるように努めているが、バレバレだったのだ。

「加賀ー。ちょっとー」

⏰:09/07/31 03:43 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#299 [向日葵]
担任が茉里を呼ぶ。

茉里がどこかに行った隙に、ミュシャは動いた。

歩いていくその先にいるのは、決まっていた。

男子と談笑している途中、歩いてきたミュシャに気づいた宗助は、突然ネクタイを引っ張って、顔を近づけて低く声を出す。

「ちょっと来なさいよ」

そのままネクタイを引っ張って、強制的に宗助を廊下に連れ出す。

廊下に出ると同時に、投げるようにして宗助を出し、ネクタイを持っていた手を離す。

ネクタイで首が絞められていた宗助は、少し咳き込む。

⏰:09/07/31 03:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#300 [向日葵]
「なにから言ってほしい?……違うわね。なにからしてほしい?」

「……なんでもいいよ」

投げやりのような答えに、いつも冷静なミュシャはカッとなって宗助に平手をお見舞いした。
乾いた音が、廊下に小さくこだまする。

「たくさん叩けばいい」

前髪が長い宗助は、あまり表情が見えない。

しかし口元は、なにか悔しそうに歯を食いしばっていた。

「俺だって、自分が許せない……」

そんな顔、するのは反則だ。

⏰:09/07/31 03:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#301 [向日葵]
こんな顔をさせるのを、茉里は望まない。
いつだって、相手に罪悪感を抱かせないように、笑ってた。

頑張って、本当に欲しいものを我慢した。

それでめ、ミュシャの怒りがおさまるわけではない。

「自分が許せないなんて被害者ぶらないで。一番、中途半端な事をして、辛い思いをさせるだけさしたのはアンタよ!」

宗助はなにも言わない。
口を真一文字に結んで、下を向いている。

「結局、アンタは茉里を利用したのよ」

宗助の肩が、少しだけピクリと動く。

⏰:09/07/31 03:44 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#302 [向日葵]
「自分の心の傷が少しでもいたくならないように、どうでもいい奴に甘えて、自分を守ったのよ」

「どうでもいいなんて俺は……っ」

「言い訳なんてしないでっ!」

宗助の言葉は遮られた。
ミュシャを見ると、蜜色の目が少しだけ潤んでいた。
口も少し、わなわなと震えている。

そんなミュシャに、宗助はもう口を開く事は出来なかった。

茉里とミュシャがどれだけ仲が良いのかは知らない。
でも2人もいつも一緒にいるから、親友だと言えるくらい仲が良いのだろう。

⏰:09/07/31 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#303 [向日葵]
そんな大切な友達が傷つけられて、しかもそれをそばで見ているのは、辛いだろうと分かるから、宗助はミュシャを見つめるしか出来なかった。

「どんなに茉里に対して贔屓だと思われたっていい……。とにかく私はアンタを許さない。2度と、茉里に思わせぶりなことしないで。アンタに次なんて……ないんだからね」

最後にドンと宗助の胸を軽く拳で叩いてから、ミュシャは教室に入った。

宗助はその場から動けず、ただあの日、最後に見た茉里の悲しそうな笑顔を思い出した。

⏰:09/07/31 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#304 [向日葵]
この先、彼女の悲しみを癒してあげられるのは、誰なんだろう。

何故かその事ばかり、頭の中を回る。

そんな事、思う権利なんてないのに。

どうかしてる……。

―――――――――…………

一足早く、道場に来た茉里。

宗助はしばらくの休みで友達と別れるのが寂しいのか、茉里と2人きりになるのが気まずいのか分からないけれど、宗助とは別々にきた。

今11時半。練習は12時半からだ。

⏰:09/07/31 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#305 [向日葵]
きっとまだ誰も来ていない。
お昼ご飯を買いに行ったり、まだ教室にいたり。

だから自分が一番だろうとおもっていた、が、道場の戸が開いていた。

誰か来てるの?

道場に入る茉里。
しかしそこにいたのは、今一番、会いたくない人物だった。

「あ、茉里ちゃん、こんにちわ」

爽やかな笑顔に、茉里の胸はかき乱される思いがした。

「……どうしたんですか……」

「皆とご飯食べたいなって思って。練習は何時から?」

⏰:09/07/31 03:45 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#306 [向日葵]
「……あと1時間くらいです」

「そっかー。じゃあもうちょって待とっと」

茉里は一緒にいたくないので、更衣室にでも行こうと思って、踵を返した。

「あ!茉里ちゃん、この前はごめんね」

足を止める。

この前?

思い当たる事がいっぱいありすぎて、もうどれの事を言ってるかすら分からない。

謝ってほしいというか、嫌な思いをしたことなんて何度もあったから。

⏰:09/07/31 03:46 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#307 [向日葵]
「何がですか……」

「一昨日。宗助と一緒に帰ってるのに宗助取っちゃって」

「べつに……私は……」

「いつ頃から?付き合ってるんでしょ?」

耳を疑った。

何を言ってるの?

茉里の胸が、怒りで熱くなる。
その熱をくすぶらせたまま、言葉を発する。

「付き合ってません」

それだけを言うのが精一杯だった。
感情をコントロールする事に目一杯意識を集中させる。

⏰:09/08/06 21:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#308 [向日葵]
「そうなの?てっきり……」

先輩は心底驚いた顔をする。
先輩はそんなつもりないのかもしれないが、わざとらしささえ感じるその態度に、茉里は拳を握りしめる。

そんな茉里に気づかず、先輩は子供のように好奇心に満ちた目で茉里を見る。

「でも茉里ちゃんは好きなんだよね?見てたら分かるっていうかさー」

見てたら……分かる……?

茉里は小馬鹿にされたように感じた。

気づいてるくせに、宗助に抱き締められたり、相談してたって言うの?

⏰:09/08/06 21:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#309 [向日葵]
なにそれ。

人の気持ちを知っておきながらそんな態度をとるなんて……。

信じられない気持ちでいっぱいになる。
握りしめた拳が、震えはじめる。爪が掌に食い込んでも、痛いと感じない程に、茉里は全身怒りで覆い尽くされていた。

「宗助もまんざらでもないと思うんだよねー。いつも茉里ちゃんの事を気にしてるし」

宗助がいつ、自分の事を気にしていただろうか。
彼の視線の先には、いつでも先輩がいた。

あの雪の中で言った、宗助の悲痛な声。

⏰:09/08/06 21:36 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#310 [向日葵]
今でも耳に残っているくらい、忘れられないものだった。

それを、この人は知らない。

知らずに、気持ちをもてあそぶようにして無邪気に接して、無邪気に傷をえぐる。

もう出そうになりそうだった「待って」や「行かないで」といったいくつもの言葉を飲み込んだ私を、この人は……知らずに、笑っているんだ。

「宗助、優しくていい子だよね。きっと茉里ちゃんとお似合い……」

音が道場に響く。

え……。何の音……?

目の前に、頬をおさえてる先輩。

⏰:09/08/06 21:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#311 [向日葵]
茉里の視界には、自分の右手があった。

そこで初めて、平手をかました自分に気づいた。

どうしよう、と一瞬戸惑うが、胸の中に残るこれまでためていた怒りは、それだけで済むはずがなかった。

「知らないくせに……」

なにも知らないくせに。
宗助の気持ちも、自分の気持ちも、これまでになにがあって、どうやってきたかなんて、なに1つ、知らないくせに……。

悔しい……。
どうして私じゃない。

どうして私はいつも、1番にはなれないんだろう。

⏰:09/08/06 21:37 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#312 [向日葵]
「先輩なんて大嫌いっ!私に無いものいっぱいあるに贅沢ばっかり言って……人の気持ちを踏みにじるばかりしてるくせに……っ!!」

目が潤む。
先輩がどういう顔をしているか分からない。
でも吐き出してしまえば、それまでなんとか必死に抑えていた感情が、一気に涙となって流れてきた。

「分かったように……理解者みたいに語らないでくださいっ……」

宗助のこと、分かったように言わないで。
一番、先輩が分かってない。
どれほど、宗助が先輩を好きか。
どんなに辛い思いをしたか。

⏰:09/08/06 21:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#313 [向日葵]
その一因に、自分も入ってしまっているけれど、でも、自分なんか本当に小さな存在だった。

宗助の悩みのほとんどは、先輩だったから……。

「そんなに宗助を気に入ってるなら……、付き合えばいいじゃないですか」

言い終わると同時に、戸が開く。
振り返ると、そこに立っていたのは、宗助だった。

茉里は冷静さを取り戻したはいいが、さあっと血の気が引く音を聞いた。

余計な事を言ってしまったのと、先輩を殴った犯人は明らかに自分で、幻滅されると思ったからだ。

⏰:09/08/06 21:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#314 [向日葵]
いや、もう幻滅されようとなにされようて、自分には関係ないか……。

「え、どうか……したん……すか?」

宗助の問いかけに、茉里は口を結んだ。
ちらりと先輩を見れば、頬が赤くなっていた。

しかし先輩は苦笑するだけだった。

やがて鞄を持って、茉里の横を通り過ぎた。

「ちょっと用があって、茉里ちゃんと話してただけ。試合明日なんだし、今日は気合い入れて練習しなよっ。じゃあね、宗助、茉里ちゃん」

⏰:09/08/06 21:38 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#315 [向日葵]
笑顔と同じように、先輩は爽やかに出て行った。
まるで、わだかまりなんてないかのように。

しかし、茉里はそうもいかないから、そのまま立ち尽くしている。
ギシッと床が軋む音がしたかと思えば、すぐ後ろに気配を感じる。

でも茉里は振り返らず、それ以前に微動だにしなかった。

「……なにかあったのか?」

「……」

「……加賀?」

突然、茉里は方向転換して、駆け出した。
驚いた宗助は、一拍おいてすぐに身を翻した。

⏰:09/08/06 21:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#316 [向日葵]
「か、加賀……っ!ちょっと待って!」

思わず宗助は茉里の腕を掴む。
茉里の顔を見ると、今にも大声で泣いてしまいそうな顔をしていて、宗助は驚いた。

こんな顔をしているのは先輩と何かあったからか?
それとも自分が……?

何も言えず、静寂が2人を包む。

「……ごめん」

しばらくして、茉里が呟くように言った。
ちゃんと耳をすまさなければ、聞こえないくらいの音量だ。

「なにが……?」

出来るだけ怖がらせないよう、宗助は茉里に優しく問いかける。

⏰:09/08/06 21:39 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#317 [向日葵]
しかし、茉里は答えない。

「加賀?」

「……ごめん……」

2回謝った茉里は、静かに宗助の手をほどいた。
自分の鞄から小さめのタオルを取り出し、洗面所で濡らした。
ゆるめに絞って、それを宗助に渡した。

「なに?」

「先輩のほっぺ……。わたしてくるといいよ」

鞄を持った茉里は、道場を出ようとする。

「加賀っ!」

再び宗助が茉里をとめる。

唇をかみ、茉里は出来るだけ明るい声を出そうとする。

⏰:09/08/14 03:25 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#318 [向日葵]
声が震えてしまわないよう、意識しながら。

「綺麗な顔に、傷つくっちゃったから、早く冷やしてあげて」

惨めな気持ちが、胸を埋め尽くす。
きっと今、ひどい顔してるに違いない。
でも、笑顔になれなんて、そんなことできっこなかった。

―――――――――…………

今日は練習少なめで、後は明日の準備に時間を費やした。

「加賀」

先生が茉里を呼び、メモを渡す。

「コールドスプレーとテーピング、きれてるから買っといてくれ」

⏰:09/08/14 03:25 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#319 [向日葵]
「はい、帰りに防具屋さんに寄ります」

メモを片手に、道場をあとにする。
すると戸を出たところで、宗助がまた茉里を引きとめた。
早いことに、もう着替えている。

「なに?」

さすがに茉里は眉を寄せた。

「……一緒に、帰らないか」

「私、買い物が」

「ついて行く」

「なんで?なにがしたいの?」

「なにがって……」

困惑する宗助を見て、茉里の心は嫌な気分でいっぱいになった。

⏰:09/08/14 03:25 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#320 [向日葵]
罪悪感があるとかで優しくするならやめてほしい。
そんなのいらない。
欲しいのは……そんな事、今更か……。

気持ちが欲しくても、欲しがることは宗助を傷つけるだけだと分かったから、自分は引き下がった。

いっそ、冷たく引き離した方が、宗助にも、自分にも、為になるかもしれない。

「一昨日のことをまだうじうじ悩んでるわけ?」

それは自分だ。

「馬鹿じゃない?」

それも自分だ。

⏰:09/08/14 03:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#321 [向日葵]
「そんなこと心配してる時間があるなら、先輩と付き合う作戦でも考えなさいよ!」

宗助の顔が、痛そうに歪む。
だから茉里も怯むが、これも自分たちの為だと思えば、心を鬼に出来た。

宗助にもう苦しんでほしくはない。
そんな悲しい目でもう見ないで。
悲しい声で呼ばないで。

その度、流したりない涙が流れそうだから。

「私たちはただのクラスメート兼同じ部の仲間。ただそれだけ。これ以上、私に変な気まわさないで」

⏰:09/08/14 03:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#322 [向日葵]
それだけ言うと、茉里は逃げるように宗助から離れた。

茉里の姿が見えなくなるまで、宗助はそこにたたずんでいた。

宗助には分かっていた。
素っ気ない態度の理由も、強い喧嘩腰の口調の理由も。

父親のことで傷ついた茉里。

彼女はその痛みを表には出さなかった。
しかしそれは耐えていたのだとあとから分かった。

彼女のそういった態度は、心の深いところで傷ついてる証拠なのだ。

胸が軋む。

⏰:09/08/14 03:26 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#323 [向日葵]
それだけ自分は彼女を傷つけたということだ。

傷つけたくない、利用なんかしていない。
そう言っても、最終的にはそういう結果になってしまったのかもしれない。

でも加賀。
昼間のゴメンは、一体なんの謝罪……?

――――――――…………

見事な晴れ具合。
そして腫れ具合……。

鏡を見て驚いた。

目が、いつもの1.5倍……。

昨日、帰ってきてからほぼ部屋で泣いていた。

⏰:09/08/14 03:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#324 [向日葵]
そしていつの間にか寝てしまって、起きたらこれだ。

某ドラマの人物ではないが「なんじゃこりゃ」と言わずにはいられない事になっていた。

そしてこの嫌味な程の快晴ぶり。寒い体を温めてくれる太陽すらうっとおしく感じる。

しかも今日、出がけに母が言った。

[お父さんが今日ディナー行こうって。茉里は?]

行くわけがない。

「試合なのに無理に決まってるでしょ。2人で行ってきなよ。外で食べるし」

って、んなわけない。

⏰:09/08/14 03:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#325 [向日葵]
何が悲しくてクリスマスを祝うカップルで溢れかえっている街にご飯を、しかも1人で食べなきゃならんか。

家でも1人、自分は1人か……。

苦笑しながら、集合時間に間に合うように行った。

駅周辺は自分たちと同じように防具を持った人がちらほらいた。
そして待っていれば、だんだんと皆が集まる。

宗助も、やってきた。

でも茉里は気づかないフリをした。
目を合わせば、自分がどんな顔をしているか容易に想像出来る。

フと、鞄の中を見る。

⏰:09/08/14 03:27 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#326 [向日葵]
そこに、小さな袋が入っていた。

中身は、宗助の面紐だ。

前にもらったものを、小さく切って、リボンのように結んで、袋にお守りのようにいれた。

宗助だけでなく、皆の必勝祈願の意味も込めて……。

でも誰を1番応援したいかなんて、もう分かっていた。
でも、応援出来るだろうか。

応援してほしいのは、いつだって……。

「茉里ちゃん?」

綾香の声に、茉里がハッと我に返る。

⏰:09/08/14 03:28 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#327 [向日葵]
「あ、ごめん」

会場近くまで行くバスに乗り込む。
バスで10分ほどだ。
着けば他校の人たちもいて、茉里たちは挨拶する。

その中に、見慣れた人物がいた。

「おはよう、加賀さん」

「沢口くん……」

夏祭り以来、口をきくのは久々だ。
地区大会もあったりしたが、姿を見ても喋ることはなかった。

⏰:09/09/13 17:39 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#328 [向日葵]
「おはよう」

「寒いね、山奥だから余計に」

無邪気に微笑まれれば、罪悪感が胸をよぎった。
そんな茉里に気づいた沢口は、少し困ったように笑う。

「フラれたくせに、喋りかけるのは、迷惑だったかな?」

「ち、違うの!普通に喋ってくれて、すごく嬉しいから」

そういえば、沢口はまたいつもの微笑みにもどり、茉里はホッとした。

「先生がいた。行くぞ」

⏰:09/09/13 17:39 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#329 [向日葵]
宗助が皆に言った。
タイミング的に、沢口との会話を遮ったような気がしたが、自分の良いように考えすぎだと頭を切り替える。

沢口に「また」と言って、茉里はその場を後にした。
茉里の背中を見ていた沢口は、視線を感じたのでその方を見る。

その視線の先には、宗助がいた。

沢口をじっと見つめる。
確か茉里は彼の事が好きだったはずだ。

彼も、彼女が?と首をひねるが、なんだか違う気がする。

⏰:09/09/13 17:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#330 [向日葵]
恋人同士にしては、2人に距離を感じた。

そして茉里も、夏休みに、彼女に会いに行ったときのような雰囲気をまとっていた。

つまり、恋人がいるから、幸せという感じではない。

あの2人は、一体どういう関係なんだ?

沢口はそう思いながら、会場へと入っていった。

―――――――――…………

試合が始まれば、応援にスコアの記録に、水分の用意。
マネージャーとしての仕事に、茉里は忙しく動いていた。

⏰:09/09/13 17:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#331 [向日葵]
何人かは負けてしまったが、綾香と宗助、そして男子副キャプテンは残っている。
そして沢口も。

決勝までいけば、宗助と沢口はあたることになる。
「私たちの勘違いだったんだね」

試合待ちをしている綾香が言った。

茉里は綾香のたすきを赤から白に変えている途中で、綾香の言葉に首をひねる。

「なにが?」

「先に帰るね」

「笹部くんと付き合ってると思ったら、沢口さんと付き合ってたんだ」

茉里は口を閉ざす。

⏰:09/09/13 17:41 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#332 [向日葵]
たすきを袋に入れていると、異変に気づいた綾香が恐る恐る尋ねる。

「違った……?」

「……うん」

また気まずい空気が流れる。

「怒った?」

さりげなく微笑み、茉里は首を横に振る。

「でも正直に言っちゃうと、私は宗助が好きだったよ」

驚いて振り向く綾香だが、茉里の顔を見て状況を悟ったのか、小さく「そう」とだけ言った。

⏰:09/09/13 17:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#333 [向日葵]
何も言えなくて、また2人は黙る。
会場の体育館に、竹刀や声援が響くのをしばらく聞いていた。

「綾香ちゃんは好きな人いる?」

静かな問いに、綾香は茉里の隣に座り直し、こくりと頷いた。

「片思いだけどね。でも、そばにいれて、何気ない会話が出来たら、それだけでもう満足って言うか、嬉しいの」

少し頬を染めて笑う綾香は、なんて可愛らしいんだろうとぼんやり思う。

こんな風に、綺麗な気持ちで好きでいられたら良かった。

⏰:09/09/13 17:49 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#334 [向日葵]
いつだって、独占欲や嫉妬心でいっぱいで、泣きじゃくって、足掻いて……。

私の心は、こんなにも汚い……。

「フラれたくせに、まだ好きだなんて、格好悪い……」

「どうして?」

「見込みないから」

あの日の宗助が、瞼の裏によみがえる。
泣きそうになる。

「無理に諦めなくてもいいんじゃないかな」

竹刀の音の隙間に、綾香の声を聞いた。

体育館に響いている音に比べれば、微かな音量なのに、何故かはっきりと聞こえた。

⏰:09/09/13 17:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#335 [向日葵]
「茉里ちゃんが一途なのは見てればわかるよ。それを急に諦めろなんて無理な話だよ。それに好きだった人を思い続けるのは、格好悪いの?」

過去の茉里であれば、一途なことは素敵なことで、自分にとって、恋で一番大事だと思った。

でもあの日、宗助にフラれた日、一途の重さや苦しさを知ってしまってから、一途なことが大事なのかわからなくなった。

というか、恋愛自体がなんなのかがわからなくなったのかもしれない。

「でも一番大事なのは、無理に気持ちを封印させないことだと思うよ。気持ちを押し込めるのは、とても苦しいから」

⏰:09/09/13 17:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#336 [向日葵]
そう言って、綾香は面をつけ始めた。

気持ちを押し込める……。

でも気持ちをさらけ出しても苦しいときは、どうしたらいいんだろう。

「あっ!」

綾香が面越しに声をあげる。

「どうしたの?」

「笹部くんが倒れた!」

えっ?!

宗助の試合場を見れば、確かに誰か倒れていた。
そして動かない。

茉里は慌ててそこへと向かう。

⏰:09/09/13 18:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#337 [向日葵]
>>331

「先に帰るね」の言葉は、操作ミスですんで、気にしないでください

⏰:09/09/13 21:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#338 [向日葵]
「どうしたの?」

宗助を応援していた男子の後輩に茉里は訊いた。

「相手に無理矢理、場外に押し出されたんですが、バランス崩したみたいで、頭打ったみたいなんです」

宗助はやっぱり動かない。
どうやら脳震盪らしく、気を失っている。

防具を取り、宗助は医務室に運ばれることになった。
他の部員は試合がある為、スコアなどを任せて、茉里は宗助についていく事になった。

⏰:09/09/23 16:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#339 [向日葵]
頭の打ち所が悪くなければいいんだけど……。

無意識に、スカートに入れていた、面紐が入っている袋を取り出し、握りしめる。

今日、初めて宗助の顔をまともに見た。
眼鏡を外せば、整った顔がそこにある。
顔を見てしまえば、やっぱり切なくなってしまう。

涙がじわりと、出てきてしまう。
[好きだった人を思い続けるのは、格好悪いことなの?]

⏰:09/09/23 16:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#340 [向日葵]
綾香の言葉が、頭をよぎる。

今までは、フラれたら「またか」とすぐにではなくても諦めることが出来た。

フラれる理由が一緒だからだ。

でも宗助は違うから。

茉里の中身をちゃんと理解してくれる人なんて、初めてだったから……。

諦められない。……いや、諦めたくない。

依存だとか、往生際が悪いって言われても、これが本当の気持ち。

宗助を諦めるなんて、絶対出来ないんだ……。

⏰:09/09/23 16:41 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#341 [向日葵]
叶わない恋なのにと、自分で呆れる。
素晴らしいくらいに馬鹿だ。
この目に、自分が映る日なんてこないのに。

いつの間にか、涙が頬を伝う。
袋を握りしめている手に、ぼたりと雫が落ちる。

すると、その音にまるで気づいたかのように、宗助が目を開けた。
その瞬間を見逃していた茉里は、起きた事に驚き、涙を拭く余裕がなかった。

そして涙を流している茉里に気づいた宗助は、驚いて目を見開く。

「あ……アンタ、なんで泣いて……」

⏰:09/09/23 16:41 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#342 [向日葵]
そこまで言ったはいいが、頭を打ったせいで痛みが宗助の頭を鋭く突き抜ける。

その隙にとばかりに、茉里は急いで先生を呼びに行こうとした。

「待て!」

しかしそれを宗助が止めた。
痛みに耐えながらも起き上がり、茉里の手を力強く握る。
振りほどこうと立ち上がる茉里。その反動で何かがパサリと落ちる。

それに気づいた茉里と宗助は、2人してその落ちた物を見た。

⏰:09/09/23 16:42 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#343 [向日葵]
それを見て、茉里は凍りついたまま頬を赤らめ、宗助は見覚えのあるそれを見入るようにじっとしている。

茉里の膝の上に乗っていた袋は、床に落ちた事によって紐が解け、中にある面紐が出てしまっていた。

「これ……」

「違う!宗助のじゃないっ!」

赤い顔をしながら言っても説得力がない。
茉里の腕を握る手に、さっきより力が加わる。

「は……放して……っ」

⏰:09/09/23 16:42 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#344 [向日葵]
「加賀、少し話をしよう」

「話す事なんてないっ!」

「俺はある!」

強い言葉にびくりとした茉里は、動きをとめる。

宗助の強い眼差しに、クラクラした。

「話、させてくれるな……?」

⏰:09/09/23 16:43 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#345 [向日葵]
[10]霧の中の答え

気を失ってる間、暗闇の中で誰かいた。
座り込んで、泣いているのか、顔を両手で覆って、うつむいている。

どうした?

声をかけても反応がない。
気になって近づこうとすれば、それを拒否するかのようにその姿がまた遠のく。

何回かそれを繰り返していると、その誰かは立ち上がり、くるりとこちらを向いた。
その顔は、よく知る人物だった。
「加賀……?」

――構わないで。

⏰:09/09/23 16:43 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#346 [向日葵]
口を動かす茉里だが、その動きはひどく遅く、声が聞こえる速さと合わなかった。

――なぜ放っておいてくれないの?

それは……。

自分でもわからない。
その華奢な肩を、どうしても抱きしめてあげなければ、守ってあげなければって。

心の深いところで、叫んでいる。

――残酷だね。

茉里の目から一筋、涙が伝う。

――先輩がいるからって言ったの、宗助でしょ?

言った。そして
茉里を深く傷つける結果になった。

⏰:09/09/23 16:44 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#347 [向日葵]
わかっていた。
ああ言えば、心の傷を封印して、笑顔で何もないように振る舞うだろう彼女のことを。

先輩の所へ行く足を止めて振り返れば、小さくなっていく茉里の背中が、とても痛々しかった。

――都合がいい奴が去るのは、そんなに名残惜しい?

そんなこと、思ったことはない。
自分の背中を、茉里が傷ついてでも押してくれて、そんな自分をずっと好きでいてくれた。

優しい細い腕に、いつも励まされた。
子供みたいに笑う茉里に、気づかないところで癒されていた。

⏰:09/09/23 16:44 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#348 [向日葵]
調子を狂わされていても、一緒にいれば楽しかった。

そんな彼女の弱さを、守ってやりたいと思った。

――それでも、先輩がいれば、先輩を優先させるでしょ?

それは……。

――結局そういうことだよ。

そういうこと?

――先輩がこちらに向かない虚しい気持ちを、私で補ってたんでしょ?

「違う!」

――利用したんでしょ?

「そんなこと、1度もしたことない!」

⏰:09/09/23 16:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#349 [向日葵]
――それはさぞかし罪悪感がいっぱいでしょうね。

「違う!アンタが言ってることは何もかも違う!」

容赦ない茉里の言葉を、宗助は全否定した。

違う、そんなんじゃない。
利用したなんて、そんなことない。
先輩の代わりだなんて、考えたことはない。

ずっと、茉里自身を見ていた。

――そこまでいうなら、なにか示して。

なにか?

――そろそろ、フラフラした考えに決着をつけて。

その言葉を聞いた途端、意識が急に現実に戻されたのがわかった。

⏰:09/09/23 16:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#350 [向日葵]
吐き出す息が、少し震えている。

どうして泣いているんだ?

目を瞑っているのに、誰が泣いているかがわかった。

俺が悪いのか?
だったら謝るから、泣かないでくれ。
アンタに泣かれたら、俺どうしていいかわからなくなるんだ。

おかしな話だよな。
先輩には、すぐに頭でもなんでも触れられたのに、どうしてアンタは、壊れそうだからって、触れることすら出来ないんだろう。

ゆっくり目を開ける。

⏰:09/09/30 02:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#351 [向日葵]
どこかに横たわっているのがわかる。

首を動かせば、茉里が口をきゅっと閉めて、嗚咽が漏れないように泣いていた。

その姿が、胸を締め付ける。

少し見入っていると、茉里がこちらに気づいた。

「あ、アンタ……、なんで泣いて」

痛い。
頭が痛かった。

そういえば、自分は確か試合中で、相手に押され、宙に浮いたと思えば、もうそこから記憶がない。

⏰:09/09/30 02:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#352 [向日葵]
どうしたものかと、ゆっくり起き上がろうとすれば、茉里がその場から逃げようとした。

痛いのも忘れてしまうくらい早く起き上がって、その腕を掴む。

「待て!」

しっかり起き上がりきると、また痛みが頭を突き抜ける。

それでも逃げようとする茉里の腕を強く握ると、何かが落ちる音がした。

何かと見れば、それは袋で、中に見た事があるものかだあった。

もっともそれは、元は長いものだったはずなのだが、どうやら彼女が短く切ってしまったらしい。

⏰:09/09/30 02:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#353 [向日葵]
「これ……」

「違う!宗助のじゃないっ!」

そんな赤い顔で言われれば、宗助の物だと言ってるようなものである。

話そう。

今の気持ちを、聞いてもらいたい。

傷つけたかったわけじゃない。
利用してもいいと言われたが、利用した事なんてない。

信じてくれ、それだけは。

「話、させてくれるな」

まっすぐ見つめれば、赤い顔をしたまま茉里は固まる。

しかし、その顔は怯えている。

⏰:09/09/30 02:41 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#354 [向日葵]
わからない。
自分の何が彼女を怯えさせているのだろうか。
せめてもと、宗助は握っていた手の力を緩めた。

「どうして、泣いてんの……?」

とりあえず、手始めにその事を訊いてみる。

茉里の顔は更に赤くなる。
下唇を噛み、答えたくなさそうにしている。

「……関係。どこで泣こうが、私の勝手でしょ」

「勝手だけど、俺の事が関係ないなら喋れるでしょ?」

「どうして……。私の事なんてどうでもいいでしょ」

⏰:09/09/30 02:41 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#355 [向日葵]
カッとなって、宗助は茉里の腕を引いた。
あっけなく、茉里は宗助がいるベッドの上、いや、膝の上に座ってしまうこととなった。

思いがけず、2人の顔が近づく。その距離に驚く間もなく、宗助が口を開いた。

「利用したとか、どうでもいいとか……もう聞き飽きた……。確かに、アンタには最低な事をした。自分でも、そんな事わかってる」

あの時のように、苦しげな声。

無意識のうちに、宗助を傷つけたのは、また私なの?

⏰:09/09/30 02:42 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#356 [向日葵]
「けど、アンタがどうでもいいから傷つけたんじゃない!いや、違う、傷つけたくなかった、絶対に!」

強い言葉が、胸に突き刺さって溶けていく。
まるで告白されてるような感覚になる。

まだそんな事思う自分に呆れたけれど、こんなに間近に鋭く見つめられては、勘違いしても仕方がないのかもしれない。

「あの時は、ああ言ったけど、今はわからない」

宗助は少し目をそむける。

「……何が」

⏰:09/09/30 02:43 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#357 [向日葵]
小さな声だと自分でも思うくらいの声で訊いた。

「アンタの事」

「……どういう……こと……」

怖い。そう思う。
もう自惚れるのはこりごりだ。

散々痛い思いをしてきた。
心に傷を作って、闇色に染まるのはもう嫌だ。

だから、宗助の一挙一動、一言一句、それが全部怖い。

走馬灯のように、一瞬瞼の裏に、幼い頃の自分が映る。

枕に顔を埋め、中途半端に成長した心が、大声で泣くのを許さないように、声を押し殺して泣く。

⏰:09/09/30 02:44 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#358 [向日葵]
もう大好きな人に、心を潰されるのは嫌だ。
奥深いところに隠された茉里の闇は、深いと言うよりは濃いのだろう。

その闇の色が。

再び目を合わせた宗助の目つきは、先ほどよりも切なく、けれど強いものだった。

「アンタに対する気持ちと、先輩への気持ちが」

耐え切れなくて、身を引こうとしたら、捕まれている腕に力を入れられて、引いた分宗助が近づく。

⏰:09/09/30 02:44 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#359 [向日葵]
「頼む、逃げないで。嫌なんだ。アンタの後ろ姿を見るのは……辛い」

「そんな事言って……」

きっと、先輩ん選ぶ時なら、たとえ私の後ろすがたを見たとしても躊躇なき先輩の方にいくくせに。

「気持ちがわからない上で、俺から頼みがある」

「……なに」

言いよどむように、宗助は視線を泳がす。
時計の音と、少し離れた場所で試合の音が聞こえる。

そして宗助は驚く事を口にした。

「俺を……「仮彼氏」にしてくれないか」

驚きのあまり、目が落ちそうなほど目を見開く。

「なにを……い、言って……んの?」

⏰:09/09/30 02:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#360 [向日葵]
「アンタが言ってた「仮彼女」の制度とはまた違うけど、俺は自分の気持ちがはっきりとわかるまで、「仮彼氏」にしてほしい……」

しばらくは宗助の言葉に耳を傾けていた茉里だが、驚きに満ちていた顔が、宗助の言葉が最後に向かうにつれて今度は段々とその表情を曇らせていく。

途中から首をゆっくりと小さく横に振り、最後まで言った瞬間強く振った。

そして言う。

「いやよ」

強くはっきりと茉里が言うものだから、宗助は言葉を失う。

⏰:09/10/12 03:25 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#361 [向日葵]
正直に言えば、否定はされないだろうなどと甘く考えていた。

きっと、茉里の気持ちはまだ完璧には離れていないはず。
ならばもう1度2人一緒にゆっくりと歩み寄ることを望めば、茉里はその思いに同意してくれるものだと思っていた。

しかし彼女の返事は、その甘い考えを見事に崩し、「何故?」と言う言葉すら宗助から奪った。

「気持ちがはっきり……ってことは、私じゃない可能性だってあるんでしょ?」

そう言われて宗助はハッとした。
茉里が言った事を、何も考えていなかった。
つまり、自分の提案は、茉里をまた傷つけることになるかもしれないのだ。

⏰:09/10/12 03:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#362 [向日葵]
「……その時、私はどうすればいいの?」

「……それは」

「その可能性がないにしても、考えさせて。……私、今すぐ答えを出せない。……無理だよ」

せき止めていた涙がおさえれず、1粒、2粒と落ちていく。

「そんな簡単に決められるほど、いい加減な気持ちで宗助のこと好きになったんじゃない……っ!」

掴まれていた腕を乱暴に振り払って、茉里は医務室を出た。
背中でドアを閉めて、もたれたままズルズル座り込む。

⏰:09/10/12 03:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#363 [向日葵]
胸がズキズキと痛い。

どういう痛みかはわからない。
それでも涙は流れる。

喉も、嗚咽をこらえればこらえるほど、焼けるように熱くなる。

自分が相変わらず馬鹿だと思った。

あんな真剣な顔をされて、真剣な声で話されて、もしかしたら先輩よりも自分を選んでくれたのかと期待した。

なのに彼から出た言葉は、「仮」彼氏にしてほしいだった。

しかもその内容にも、失望した。

⏰:09/10/12 03:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#364 [向日葵]
茉里の場合は、1人をこちらに向かせる事を目的としたことだった。

でも宗助は違う。

想う人が2人いて、もし1人の人に気持ちがしぼられれば、どちらかはもう……。
そうなれば、もしかすれば友達にすら戻れないほど立ち直れないかもしれない。

宗助は、そこまで考えてくれていたのだろうか。

いや、考えてくれてなかったよね、あれは……。
それなら私の気持ちは……。
届いてなんか、いなかったんだ。

涙はしばらく止まってくれなかった。

⏰:09/10/12 03:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#365 [向日葵]
――――――――…………

「頭は平気?」

もう大丈夫だろうと医務室を出た宗助に話しかけてきたのは、皆から王子様と呼ばれている沢口だった。

肌の色の白さが、余計に王子様のような顔を際立たせ、制服を着れば、きって剣道で激しく動く沢口を想像出来ないだろう。

男同士ですら、声をかけられれば戸惑ってしまう。

「ああ、大丈夫」

「そう、それは良かった。……ところで訊くけど、医務室から出てきた加賀さんは、どうして目を腫らしているの?」

息を吸って、止めた。

沢口を改めてみると、微笑んでいるのに、まとっている空気は寒さすら感じるほど冷たいものだった。

「わからない。君は何を迷っているんだ。もう答えは出ているのだろう?でなきゃ他の男に喋りかけられている加賀さんを見て、あんな敵意丸出しの態度はとらない」

⏰:09/10/12 03:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#366 [向日葵]
今朝、茉里が沢口と話していた時のことだろう。

「……お前に、関係ないだろう」

「あるよ。僕は加賀さんに好意があるし」

治ったはずの痛みがまた復活しそうで、宗助は頭をおさえた。

「認めたくないんだ……」

小さい声は、沢口に届いたのだろうか。
沢口は片方の眉をひそめて、怪訝そうな顔をする。

他に向くほど、自分の気持ちが軽かったのかと、認めたくなどなかった。

そうだ。そんな自分勝手な気持ちが、彼女を追い詰めたのだ。

⏰:09/10/12 03:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#367 [向日葵]
最低だなんて、わかっているんだ。
そうやって責められても、まだ足りないと思うほどに……。

「こらー。私の可愛い後輩をいじめないでくれるかなー」

流れている空気を無視するように、聞き慣れた声が茶化して入ってきた。

その方をみると、千早先輩がそこに立っていた。

制服ではなく、今日は私服だ。

そんな先輩を見ても、宗助の胸が高鳴ることはない。
しかし、そんな自分に宗助は気づいていない。

「沢口くんだっけ?」

⏰:09/10/12 03:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#368 [向日葵]
2人の間に入るように、それでいて当たり障りないように微笑みながら、宗助を助ける。

「あんまり責めないでやって。この子それでなくても自分追い詰めちゃう子だから」

その笑顔に、引き下がるべきだと感じた沢口も、少しだけ作ったような笑顔を見せてからその場を去った。

「まったく。アンタは何を落ち込んでんだか」

千早先輩は、宗助の頭を軽く叩く。
されるがままの宗助は、さらに悲しい顔をする。

⏰:09/10/12 03:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#369 [向日葵]
「先輩……、俺……」

「ん?」

「……先輩が、好きです」

先輩は口に笑みを浮かべたまま、宗助の頭から手を下ろした。

「……うん、わかってる。でもね宗助、その好きはどんな好きだろう?」

宗助は小さく「え……」と呟く。

そんなの、決まっているじゃないか。

「1人の女の人としてです」

「そうかな」

⏰:09/10/12 03:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#370 [向日葵]
訊かれて、ますます宗助の頭にハテナが舞う。

「最初は確かにそうだったかもね。宗助の想いを否定はしないよ。でもね、慕っているっていうのと、好きって気持ちを間違えちゃダメだよ」

慕っている……。

「目をけらしてよく見てみなさい。大切にしたいのは……笑顔がみたいのは、誰?」

自分でも驚くぐらい、その笑顔を浮かべるのは早かった。

彼女の心からの笑顔を、ここ最近見れていない。
宗助の瞼の裏に映った、彼女の新しい記憶での顔は、泣いている。

⏰:09/10/12 03:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#371 [向日葵]
「宗助は優しいから、慕ってくれてる私の事を気にしてくれてたんだよね。そのせいで、見つけるべきものを見つけられずにいたね。……それは、私のせいだ」

そう言われて、改めて考えた。

彼氏とケンカした先輩を見たとき、自分はどう思った?

――早く元気になって、彼氏と仲直りしてくださいと思った。

彼氏と別れた時、あれほど泣いている先輩を見て、どう思った?

――大丈夫。また新しい恋が出来るはずだと思った。

どうして、先輩に自分が彼氏になると、守ると、思わなかったんだ。そして、言わなかったんだ。

⏰:09/11/01 17:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#372 [向日葵]
そこでもうわかってしまった。
霧は晴れた。

そこにあるのは……。

宗助の様子に、千早先輩は頭を撫でた。

「大丈夫、わかったならまだ間に合う。精一杯、伝えれば、きっと願いは叶うから」

試合頑張れ。そう言って、先輩は回れ右をした。

―――――――――…………

この人はよく現れるな、と思う。

さすがに今回の試合は地元から離れているから、来ないと思って射たのに。

⏰:09/11/01 17:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#373 [向日葵]
昼休憩にはいり、後輩が群がる原因の人物を見て、茉里はそう思った。
その光景を遠めで見ながら、茉里は午後からの試合の為の準備をする。

外に置いてあるヤカンに用があったので、外に出ると、しばらくして声がかけられた。

「大変だね、手伝おうか?」

手を止めて、ゆっくり顔を上げれば、それと同時に千早先輩がしゃがみこみ、茉里と目線を合わせた。

ニコニコしている先輩に、茉里は思わず戸惑う。

「……いえ」

「ごめんね」

⏰:09/11/01 17:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#374 [向日葵]
唐突に謝られて驚くが、この間のことだということはよくわかった茉里も完璧に作業をとめて、先輩に向き直る。

「私も、手を出しました……。ごめんなさい……」

「いいの。おかげで目が覚めたでていうかねっ」

ぺたりとコンクリートの2、3段ほどしかない階段に座る。
茉里もその隣に座ることにした。

「ねえ、茉里ちゃんから見てさ、私ってどんな性格?」

「えっと……。しっかりものっていうか、潔いっていうか……」

「そう、そのイメージが1番強いでしょ?だからさ、どうしても誰にも寄りかかることって出来なかったのよ。それは私のわがままで、どうしても、皆の求めてる自分でいたかったっていうか、ね」

⏰:09/11/01 17:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#375 [向日葵]
先輩は空を見上げる。

寒いが、その寒さゆえか、空はとても澄んでいて綺麗だ。
ときどきトンビなんかが微かに翼を動かして飛んでいるのが微かに見えるくらいの高さで見える。

そんな空を見上げる先輩は、どこか清々しい感じがして、綺麗で、茉里は少し悔しくなる。

神様は平等じゃない、と。

「……でも、それを見抜いたのは、宗助だった」

その名前を出されて、反応してしまう。
しかし先輩は気づいた様子もなく、ただ淡々と話す。

⏰:09/11/01 17:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#376 [向日葵]
「それが嬉しくてね。私はつい、宗助に甘えちゃったの。宗助はわかってくれる、宗助にだけなら本当の自分を出しちゃえってね……。でも、これだけはわかってね」

スカートの上に置いていた茉里の冷えた手の上に先輩の手が重なり、優しく包む。

「宗助が好きなのは、やっぱり茉里ちゃんなの」

それを聞いて、茉里は一瞬固まるが、すぐに勢いよく首を横に振る。

「そんな、わけな……っ、宗助はずっと……」

「ねえ茉里ちゃん、茉里ちゃんが変質者に襲われそうになった時のこと覚えてる?」

丁度、梅雨の頃の話だ。

⏰:09/11/01 17:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#377 [向日葵]
間一髪で、宗助が助けてくれたあの時。

しかし、茉里はアレ?と思った。変質者に襲われたのを知っているのは助けてくれた宗助、そして友人のミュシャ。

どうして先輩が?

そう顔に書いてあったのか、先輩は答えてくれた。

「実はね、私たまたまそれ見たのよ。ほら、駅のホームって途中から屋根がなくなって、壁が鉄格子になってるところあるでしょ?」

茉里たちの最寄り駅は、電車の先頭に乗車する場所のホームは、先輩がいうような状態になっており、鉄格子越しには、学校から駅までの通学路が見える。

⏰:09/11/01 17:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#378 [向日葵]
「最初見たとき、雨降ってるわ暗いわ遠いわで、何をしてるかわからなくてね。でもよくよく見れば様子がおかしくて、思わず助けようと鉄格子登ろうと思ったのよ。……そしたら」

「宗助が……来てくれた」

先輩の続きを茉里が繋げ、先輩は頷いた。

「じゃあ宗助は、先輩よりも早く鉄格子を……?」

その茉里の問いに、先輩はきょとんとした。
確かその時、宗助と先輩は一緒に帰ったはずだった。

「え?宗助から聞いてない?宗助、私を駅までの送ってくれた後、道を引き返したのよ」

え……。

⏰:09/11/01 17:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#379 [向日葵]
「でも、私、あの日デパートに行くって……」

「あれ、茉里ちゃん気づかなかった?自転車置き場の前通り過ぎた時、私たち丁度その向かいの外にいたのよ」

デパート側ではないもう1つの通学路は、道と自転車置き場が平行にあり、その間をフェンスでしきっているだけのため、学校の中が見えるようになっている。

傘と、落ち込んでいたので足元しか見ていなかったのが重なり、茉里は2人に気づけなかったらしい。

「私、先生に用事があったのを思い出して、正門近くから引き返して校舎に一旦帰ったのよ。だからその時間差も……。って、茉里ちゃん私より早く更衣室出てなかったっけ?」

⏰:09/11/01 17:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#380 [向日葵]
更衣室に先輩が入ったのが早くても、もともと着替える必要のない茉里の方が早いのは当たり前で、その時の茉里の複雑な気持ちなんて知る由もない先輩は、デパートに行ったはずの茉里が校内に残っているのが、ただただ不思議だった。

ああ……なんてあほらしいの……。

思わず茉里は頭を抱える。

「……それは、いずれ話ます……」

「うん、ありがとう。だからね、きっと宗助はその時から茉里が気になって仕方なかったのよ。だって、宗助言ったもの」

[先輩、加賀が心配なので、戻ってもいいですか?]

その言葉に、、茉里は目を真ん丸に見開く。

勘のいい宗助だから、茉里がデパートに行かない事もお見通しだったのかもしれない。

⏰:09/11/01 17:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#381 [向日葵]
なによ……。
心配なんてしてないみたいに言ってたくせに……。

県大会の帰り道、宗助が何故あの場所にいたかを訊いた時のことだ。
宗助は、嘘でも心配なんて言ったら、茉里が調子のる、だから内緒だと言ったのだ。

なによ……なによ……。
結局宗助は、いつもそうやって自分を気にかけてくれてたんじゃないか。
うそつき。
好きになる保障なんてないって、断言したのは、誰よ。
そんなに心配してもらってただなんて、私……。

「知らなかった……」

宗助の気持ちを、1番理解出来ていなかったのは、自分だ。

⏰:09/11/01 17:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#382 [向日葵]
「あの子の気持ち、もし伝えてきたら、受け止めて、茉里ちゃんなりの正直な気持ちを答えてやってね」

そうやって笑う先輩の笑顔は、今度は悔しいなんて思わず、心から綺麗だと思えた。

―――――――――…………

試合も終わり、全員解散した後、またバスに乗って帰る。

街はイルミネーションで彩られ、そこで今日がクリスマスだったことを思い出した。

きっと今頃、茉里の両親はディナーで幸せなひとときを過ごしているのだろう。

⏰:09/11/23 23:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#383 [向日葵]
娘はボロボロなのに……。
少し恨めしい……。

「ねー、皆でなんか食べて帰ろうよー」

駅に着いてから綾香が言った。

私も帰ったところでな……

「行く人おー」

ほとんどが手を挙げる。
もちろん茉里も挙げる、つもりだった。
挙げるつもりだった手は、途中で止められた。

「悪い、俺たち用事があるから」

そう言って、止められた手をそのまま握られ、引っ張られる。

⏰:09/11/23 23:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#384 [向日葵]
茉里は思考がついていけずにいた。
だって引っ張ってるのは。

「そ、そうすけ……っ!」

さっさと切符を買い、帰る方面のホームへ、宗助は一言も話さず引っ張っていく。
少し強引なくらいに。

一同は口を開けてポカンといった風な表情で2人を見送る。

こんな事をしてしまえば、きっと次の稽古ではからかわれる。
宗助が好まない状況になる。

それでも宗助は止まってくれず、あまり人が乗らないだろう乗車位置の場所で、ようやく止まってくれた。

⏰:09/11/23 23:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#385 [向日葵]
息があがる茉里。
男子と女子とでは歩幅が違う。
そんな些細な事すら気にしないくらい、何かに没頭していただろう宗助は、未だ茉里の手を握ったままだ。

「……な、なに……」

「言わなきゃ、ならないことを、言っておかなきゃならないと思ったから……」

息と共に、動悸も早くなってくる。
じっと見つめられれば、息が止まる。

そんなにじっと、みつめないでほしい。
ちゃんと目が見れないじゃない……。

「今日言ったことは、忘れて」

⏰:09/11/23 23:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#386 [向日葵]
「い……いつの……」

「医務室。“仮彼氏”のこと」

「……わかった」

不安がよぎる。

また違うの?考えすぎなの?
自惚れすぎなの?
もう……気持ちが通じることはないの……?

「そのかわり、別の頼みがある」

握ってる手が、さらに強く、けれど痛くならない程度に力をこめられる。

「こっち、向いてくれない?」

自分でも気づかないほど、茉里はうつむいていた。

⏰:09/11/23 23:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#387 [向日葵]
でも期待と、期待を裏切られないかの不安で、頑なにうつむいたままだ。

すると握っていた手が放された。急に温かさがなくなったので、手の温度が下がる。

なんで放したのかと疑問に思う暇もなく、その手が、頬にきた。
触れられて一瞬ビクッと震えてしまう。
その手が、そのまま上を向かせる。

宗助と目があってしまう。
顔が赤くなっていくのが自分でわかる。

「俺を……加賀の彼氏にしてほしい」

⏰:09/11/23 23:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#388 [向日葵]
茉里は目を見張る。

「……え」

かすれた声しか出ない。
ここには止まらない電車が通り過ぎていく。
その風で、2人の髪が巻き上がる。

前髪が長く、表情がわかりにくい宗助の顔が、それによってわかるようになる。

せつないその表情はは、今言った事が嘘ではないことを物語っていた。

「もう絶対に傷つけない。約束する。だから……」

一途であることは、とても罪だと思ったあの日。

⏰:09/11/23 23:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#389 [向日葵]
もう諦めるしかないと思った。
諦めて、恋愛の仕方を変えようと思った。

だって自分のこの想いは、人を苦しめたり、傷つけるしか出来ない。
そんな気持ち、いらないと思ったから。

でも。

見開いた目から、一筋の涙が落ちる。
それはクリスマスで飾られたイルミネーションで綺麗に光る。
その光に、宗助は眩しそうに目を細める。

⏰:09/11/23 23:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#390 [向日葵]
一途であれば、通じる想いがあるのを、こんな自分を求めてくれる人がいるのを、今わかった。

重いなんて思わない人が、こんな自分を1番だと言ってくれる人が、ここにいる。

それが、なにより嬉しくて、茉里は唇を震わせる。

喉が詰まり、声にならない嗚咽が漏れる。

「私が……それをどれだけ望んでたか……知ってるでしょ?そんなこと、訊かないでよ……っ」

⏰:09/11/23 23:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#391 [向日葵]
その可愛くないOKサインに、宗助は柔らかく笑った。
頬に触れていた手が、頭にきたかと思えば、宗助の胸に引き寄せられる。

自分から触れたことはあっても、宗助から触れるのは初めてで、ドキドキと高鳴る心臓とは裏腹に、涙が次から次へと溢れて、止めることが出来ない。

宗助も安堵しているのか、抱きしめる腕に力をいれる。

⏰:09/11/23 23:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#392 [向日葵]
キンとした、肌を切るような寒さの中、まるで暖めあうように2人はしばらくそのまま抱き合っていた。

茉里にとっても、宗助にとっても、忘れられないクリスマスになった。

⏰:09/11/23 23:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#393 [向日葵]
[11]いとおしい

試合が終われば、もう年末で、試合後の休みが明けてから1日しか練習はなく、早めの長期休暇に入った。

茉里の予想とは違い、部活に来ても、2人をからかったり騒ぎ立てたりする事はなかった。

もしかすると、たまたまあの日に茉里の複雑な想いを知った綾香が注意してくれたのかもしれない。

その気遣いに感謝しつつ、茉里は宗助と仲良く手を繋いで帰っていた。

「明日から来年の4日まで部活休みだねー」

⏰:09/12/10 23:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#394 [向日葵]
「冬休みの課題終わらすチャンスだな」

色気のない会話だなー……。
デートに誘うとかしてくれなうのかなー……。

「年末は何してんの?」

宗助が訊く。

「片付けとかかな。あとは1人で夜になるまで出かける」

「なんで?」

「くそ馬鹿親父が家にいるから」

にっこりと笑って嫌味を言う茉里に、宗助は苦笑する。

⏰:09/12/10 23:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#395 [向日葵]
毎年29日に茉里の父は休みに入り、家にいる事が多くなる。
顔を合わせるのが嫌なので、茉里はいつも出かけるか部屋にこもるかしていた。

幸い部屋にはテレビもDVDレコーダーもあるので、見たい映画をレンタルで貸りたりすれば、すぐに飽きることもない。

それに茉里は本好きで、部屋に行けば本があるので、1度見たものでもまた読んだりしている。

「でも夜までなんて危ないだろ。冬場は日暮が早いし」

「大丈夫よ。別にそんな危ないところに行くわけじゃないんだから」

「変質者に襲われかけた奴がなにを偉そうに」

⏰:09/12/10 23:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#396 [向日葵]
「ちょっと、なにその言い方」

「心配してんだよ」

あっさりと言われて、思わず立ち止まる。

「なに?」

「宗助ってそんなキャラだった?」

「キャラって……なんの話?」

「そんなことサラッと言うタイプだっけ?」

ムッと眉を寄せ、少し顔を赤らめる宗助は、ふてくされたように横を向く。

「じゃあもうなにも言わない」

⏰:09/12/10 23:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#397 [向日葵]
「えー!ヤダヤダ!ごめんごめん!」

「じゃあさっさと歩く!」

繋いでいた手をグンと引っ張られ、前につんのめる。
キャハハと茉里は子供のようにはしゃぐ。

「で、話戻すけど」

「え、なんの話してたっけ?」

「アンタの話だろ!」

「もー怒んないでよー!」

片耳を繋いでない方の手でふさぎ、うるさいとアピールする。

⏰:09/12/10 23:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#398 [向日葵]
そんな茉里に宗助は角を生やす。

「アンタが脱線させるわ忘れるわのせいだろ!」

「脱線ついでにいいかしら?」

もう突っ込む元気もなくなった宗助は、脱力しながら「なに」と訊いた。

「いつになったら私の名前を呼んでくれるの?」

「呼んでるだろ、加賀って」

「それは苗字でしょ、それ」

「別にいいだろ名前なんて」

⏰:09/12/10 23:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#399 [向日葵]
「名前なんてえ?!ちょっと聞き捨てならないわよ!」

それきり、本題はどこかへ行ってしまい、ずっと名前のことで言い争いながら帰ってしまった。

―――――――…………

次の日。
茉里は朝早くから家を出ていた。

父が仕事が終わって、朝に帰ってくると母から聞いたからだ。

ばったり会いでもすれば、その日1日は最悪な日になると茉里は思っている。

⏰:09/12/10 23:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#400 [向日葵]
なのでそうならないように外に出た。

朝9時なのに、街中は若者がそれなりにいるのは、冬休みで皆浮かれているせいかもしれない。

ただ困るのは、この時間では、茉里が入るような店が開いていない。
開いているとすれば、コンビニか、流行りのカフェぐらいだ。

仕方ないので、その流行りのカフェで、キャラメルラテを買って、呑気に近くの公園で過ごすことにした。

うーんこれからどうしようかな……。

その時、どこからともなく、バドミントンの羽が飛んできた。

⏰:09/12/10 23:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#401 [向日葵]
「すいませえん」

そう言って、走ると言っていいのかわからないくらいゆっくりとこちらにきたのは、髪の毛をふわりと内側に膨らませた、背の低い可愛らしい女の子だった。

「それえ、カナのなんですう」

ゆっくりとした喋り方が、その可愛さをゆり引き立たせる。
ぶりっ子しているような作った喋り方ではなく、本当にそういう喋り方らしいので、茉里は好感が持てた。

「はい、どうぞ」

笑いかければ、カナと名乗る少女も、垂れ目がちの目を更に垂れさせ、ふにゃりと笑った。

⏰:09/12/10 23:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#402 [向日葵]
「おい、カナー」

男の人の声が聞こえた。

お兄ちゃんが妹の面倒を見てあげてるのかな?
偉いなー。

と、その方を見ると、茉里が予想していたお兄ちゃんよりははるかに大きく、そして相手を見るなり目をむく。

「そ、宗助!」

「加賀?!」

思わず立ち上がってしまう茉里。駅が3つ離れている宗助が、まさかここにいるだなんて思わなかった。
しかもこんな朝っぱらから。

⏰:09/12/10 23:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#403 [向日葵]
「なに……やってんの……?」

「俺は、妹の遊び相手になってて……」

妹?!

さっきの可愛らしい女の子を見る。
妹は不思議そうに2人を交互に見る。

「こんな……朝から、爽やかな……」

「華名は、言い出した聞かないから……」

会話が続かず、間が空いてしまう。
そんな2人を馬鹿にするかのように、遠くで鳩が1度鳴いた。

⏰:09/12/10 23:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#404 [向日葵]
――――――――…………

華名に少し離れた自販機で飲み物を買ってくるように告げた宗助は、茉里とベンチに座って喋っていた。

「アンタも、なんでこんな早くから……。散歩か?」

「まさか。私にそんな日課ないもの。くそ馬鹿親父が仕事の都合上朝帰りだって言うから、会うのが嫌で逃げてきたの」

もっとも、茉里は仕事だなんて嘘だと思ってる。
どうせ、どこかの知らない女と一晩過ごし、帰ってくれば愛用している香水とは違う匂いを漂わせる。

それがどれだけ母を傷つけるかもしらないで……。

⏰:09/12/10 23:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#405 [向日葵]
「ほんっとにアンタは……」

1人で、自分が考えたことにイラッとしていた茉里は、宗助が腹が立ったように立ち上がるのを見ながら首を傾げる。

ん?どうしたんだろ。

「そういう時は連絡しろよ!なんで俺になんにも言わないんだよ!」

怒鳴り声が早朝の公園に響く。
何羽かいた鳩が、それに驚いたように飛んでいった

突然怒られた茉里はしゅんと頭を垂れる。

⏰:09/12/10 23:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#406 [向日葵]
そりゃ言うことだって考えてたけど、毎度こうして自分の為に時間を割いてもらうのは悪いと思ったから。
ときどき付き合ってもらうだけで、茉里は満足なのだ。

「あー、宗兄悪いんだあ。女の子は大事にしなきゃ駄目なんだよーう」

細い手に、3つの缶を精一杯持って、華名が帰ってきた。

ばつが悪そうな顔をする宗助は、茉里から数歩、後ずさる。
その間に華名が入り、茉里の前に立つ。
そして缶を1つ差し出す。

⏰:10/01/01 02:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#407 [向日葵]
それが視界に入った茉里は、顔を上げ、華名を見る。

初めて会ったというのに、華名はとても人懐っこい笑みを向けてくれるので、茉里はなんだかホッとして、思わずつられて笑う。

「お姉さん、お名前はあ?」

まるで子供のように訊くので、クスリと笑う。

「加賀 茉里だよ」

「華名は、笹部 華名っていいまーす。13歳ですう」

と言うと、サッとバドミントンの羽を出す。

⏰:10/01/01 02:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#408 [向日葵]
「茉里ちゃんは、バドミントン好きですかあ?」

「うん。中学生のときやってたからね。それなりに出来るよ」

「じゃあ、やりましょー」

引っ張られて、茉里はさっきまで宗助たちがいた芝生まで連れてこられた。

「ゆるしてあげてくださいねえ」

突然そう言われたから、茉里は華名の方を見る。
垂れ目がちの目が、気遣うように潤む。

「宗兄心配性だから、茉里ちゃんが気にになってしまってるんですう。気持ちの表し方が下手で、あれで、すごくすごくすごーく、茉里ちゃんを大事に思ってるんですう」

⏰:10/01/01 02:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#409 [向日葵]
そう言われて、ちらりと宗助を見る。
離れたところで、じっと茉里たちを見つめている。

うん、ちゃんと分かってるよ。
そんな宗助だから、あまり心配かけたくなかったんだよ。

「ありがとう華名ちゃん。大丈夫だよ。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」

安心したように微笑まれると、似てるなあと思った。
そうやって、誰かの心配しちゃうのは。

しばらくバドミントンを楽しみ、時計の針がもうすぐ11時を指す頃、休憩するため、芝生の上に座ると、華名が言った。

⏰:10/01/01 02:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#410 [向日葵]
「茉里ちゃん、華名のお友達になってくれませんかあ?」

「え、私でいいの?もちろんオッケーだよ!」

膝を抱えて座っていた華名は、ギュッと膝を胸に寄せた。

「皆、華名の喋り方が嫌だって、離れていっちゃうんですう……」

眉も目も下がってしまった華名は、本当に悲しそうだった。

人は本当に身勝手で、嫌だと思った相手とは、口をききたいとも思わない。

⏰:10/01/01 02:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#411 [向日葵]
私みたいに。

でも華名と茉里の父とはまた訳が違う。
華名はこんなにもいい子だ。

それに比べて……。
と茉里はついイラッとしてしまう。

あんな最低な奴に、何故どんどんと女が寄ってくるのかが分からない。

こういういい子にこそ、人は寄るべきだと思う。

「私は、華名ちゃんの喋り方好きだよ。なんだかホッとするし、和むっていうかさ」

⏰:10/01/01 02:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#412 [向日葵]
照れたように、けれど嬉しそうに笑う華名は、ぴたりと茉里に寄り添う。
懐いてくれたみたいだと思えば、1人っ子で兄弟がいない茉里は、妹みたいだと華名が可愛くて仕方なくなった。

「お取り込み中悪いんだが……」

後ろから宗助が茉里たちを見下ろしていた。

「本当にタイミング悪いよ、宗兄い」

「だから謝ってんだろ。ところで腹が減った。どこか食べに行こう」

⏰:10/01/01 02:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#413 [向日葵]
「えー、まだ茉里ちゃんとお話したいー」

茉里の腕をギュッと組みながら、宗助を見る。

「朝から付き合わされた身になってくれ。お前は早くに起きたかもしれないけど、俺はお前から叩き起こされて、朝飯を食わせてもらえないままここまで来たんだぞ」

「わかったよう。でも華名はあ、お昼から他の用事があるから、とりあえず家に帰ります」

⏰:10/01/01 02:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#414 [向日葵]
なんじゃそりゃ、と宗助はカクンとこける真似をする。
マイペースすぎるほどマイペースな華名に、茉里は笑ってしまう。
「あ、華名ちゃん、携帯持ってる?」

「持ってますよー」

だした携帯は、華名の雰囲気には似合わない黒い携帯だったので、一瞬ポカンとしてしまった。

赤外線でメールアドレスを交換した華名は、満足といった風に微笑み、スキップするみたいに駅へと向かって行った。

⏰:10/01/07 15:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#415 [向日葵]
そして隣に宗助が残っていたので、アレ?と思う。

「なんで……」

しかし茉里はすぐに口を紡ぐ。
また怒鳴られないかと目をすがめる。

宗助が残る理由はただ1つ。
茉里が心配だからだ。

そんな茉里を見て、宗助はため息をつくが、そのため息とは別のことを話し始めた。

「中学で、バドミントン部ってあったんだ?」

「え……あ、ううん。放課後とかよく友達と学校の借りて遊んでたの」

⏰:10/01/07 15:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#416 [向日葵]
「じゃあ、帰宅部?」

「ううん、家庭科部。お菓子とか作ってたの。あ、また宗助にも作ってあげるからね!」

「あ、そうだ。お菓子とか言ったから、腹減ってたこと思い出した。なに食べたい?」

歩きだしなから言う。
茉里もその隣に並んで歩きだす。

「なんでも。でも久々にバーガーとか食べたいかも」

「じゃああの有名なとこだな」

⏰:10/01/07 15:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#417 [向日葵]
「看板がMの?」

「そういうこと」

どちらからともなく、手を繋ぐ。
もう、そうすることが当然のようになっていることに気づいた茉里は、密かに頬を染める。

そこで先日、宗助にあーだこーだ言って争っていたあのことを訊いてみる。

「ねえ、いい機会だから、いっそ名前呼んじゃってみてよ」

急なことにむせる宗助。

「いい機会って、どんな機会だよ」

⏰:10/01/07 15:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#418 [向日葵]
「なーまーえ!なーまーえ!」

茉里の名前コールに、うんざりしだす宗助。
その表情に、ムッとする茉里。

「なによ!恋人にはなっても、名前は呼べないって?じゃあ宗助は私と結婚しても”加賀“って呼ぶ気かあー!」

「考えが極端なんだよアンタは」

別に本気で怒ってない茉里は、勢いでも、その場のノリでもいいから名前を呼んでほしかった。

宗助に、名前を呼ばれたらどんな感じになるかを知りたかったのかもしれない。

⏰:10/01/07 15:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#419 [向日葵]
「……呼ばなきゃ宗助のことメガネって呼んでやる……」

「発想が幼稚すぎるぞ」

歩いた足を止め、茉里はそっぽを向く。
宗助も足を止め、困ったように眉を寄せる。

ここまで頑なに名前を呼ばないと言われては、まだ彼女である事を認めてないかのような気分になる。

宗助は確かに自分に彼女になって欲しいと言ってくれたし、彼女前よりは雰囲気も多少なりともあまくなったはずなのに、こんなことでは以前と変わらない。

⏰:10/01/07 15:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#420 [向日葵]
そう思えば泣きたくなった。
ひとりよがりな気分は、もう卒業できると思っていたのに……。

宗助がそっと息を吐きだし、繋いでいない方の茉里の手を握る。

向かいあうようにしても、茉里はまだそっぽを向いていた。

「悪かった……。だから拗ねるな」

「人を子供みたいに……」

「だから……。とりあえずこっちを向いてくれ」

言われて、ゆっくりと首を動かす、が、まだ目は合わせない。

⏰:10/01/07 15:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#421 [向日葵]
まだ怒っているとの意思表示のつもりだ。

「おい……」

案の定、宗助が不服そうな声を出す。

「そっちに向いたもん」

「茉里」

一拍おいて、茉里は驚く。

え?

顔を急いで上げると、宗助の顔は耳まで真っ赤になっていた。

⏰:10/01/07 15:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#422 [向日葵]
「まっか……」

気の抜けるような声で感想をそのまま告げると、宗助はさらに顔を赤らめる。

「い……っておくがな、俺は誰かと付き合うとか、好きだって伝えるとか、名前を呼ぶとか、全部はじ……始めてなんだ」

「うっそぉ!」

変なイントネーションで驚いてしまう茉里。
更に宗助を真っ赤にさせる。

「……で、これからは名前で呼んでくれるの?」

⏰:10/01/07 15:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#423 [向日葵]
「…………考えとく」

「よしっ」

満足そうに微笑む茉里を見て、宗助はホッとしたようだった。

ただ名前を呼ぶだけ、それだけにどれだけ勇気を出してくれたのかと思うと、なんだか今日呼んでくれただけでいいと思えた。

どんなことにも不器用ながら、一生懸命答えを考えてくれる宗助は、茉里の胸の中を温かくしてくれる。

また歩きだした宗助の手をそっと握ると、痛くならない程度に力を入れて握り返してくれる。

⏰:10/01/07 15:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#424 [向日葵]
気持ちの温度差は違えど、きっと同じように感じてくれているだろうとわかるから、口が自然と綻ぶ。

こんな幸せな時がくるだなんて、ついこの間までの自分は知らなかった。

宗助はいつも彼女に新しい何かを与えてくれる。
茉里もまた、彼に新しい何かを与えている。

そうやって、お互いにないものを見つけながら、一緒にずっといたいと茉里は思った。

⏰:10/01/07 15:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#425 [向日葵]
「そういえば、年明けたら修学旅行だね!宗助、私と一緒の班になろうよ!」

「久瀬が許すか?」

「なんでミュー?」

茉里は、ミュシャが宗助と犬猿の仲だと言うことは知らない。
もちろんミュシャが宗助を気に入ってないのは知っているが、夏休みの時に喧嘩を売りに行っていたり、終業式の日に一方的に言葉をぶつけてきたなんてことは知らない。

「まあ大丈夫よ!私がちゃんと説得するし」

⏰:10/01/21 03:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#426 [向日葵]
そう言う茉里に、宗助はにっこり笑う。
宗助も、茉里とは同じ班になりたいと思ってくれていたようだ。

幸せすぎるのが切なくて、茉里はなんだか泣きたくなった。

――――――――……

家に一旦帰った華名は、茉里のことを思い出して微笑んでいた。

今度はいつ会えるだろうか。

メールアドレスを知ったことだし、メールをしてみようかな。

⏰:10/01/21 03:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#427 [向日葵]
その時、家のインターホンが鳴った。
これから用事がある。
もしセールスとかだったら長引くし、めんどくさい。

ここは居留守を使うか。

しかし、そんな華名にドアを開けさせようとするかのように、インターホンが何回もなる。

さすがにしつこすぎて、穏やかな華名も苛立つ。
勢いよく、ドアを開けてやった。

「わあ!ちょっと!」

目の前の人物に、華名は口を大きく開ける。

「久しぶり、華名」

⏰:10/01/21 03:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#428 [向日葵]
「栞ちゃん!」

そう呼ばれる女の子は、肩までの茶色い、少し波立った髪を揺らしながら、人懐っこい笑みを浮かべる。

歳は、16歳くらいだろうか。
まだ幼さの残る顔を、華名に近づける。

「ねえ、宗助は?」

「お出かけ中ー!しかも、彼女とー!」

そう言った途端、栞の顔から笑顔が消えた。
そして少し眉間にしわを寄せる。

⏰:10/01/21 03:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#429 [向日葵]
華名はそんな栞の変化に気づかず、にこにこしながら栞の言葉を待つ。

「彼女?いたの?」

少し低めの声で問う。

「うん。ついこの間できたみたいーラブラブなんだよお」

「へー……」

ラブラブねえ……。
でも付き合い始めなら、ラブラブなのは当たり前よね。
そういう時は、少しの綻びが大きな穴になるんだよ。

⏰:10/01/21 03:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#430 [向日葵]
「あたしね、来年の新学期からこっちの高校に来ることになったの」

「えー!ほんとーう?」

「しかも、おばさんがこの家に来ていいって!」

人懐っこい笑みを作るが、その裏は黒い気持ちでいっぱいだった。

大丈夫。宗助はすぐに目が覚める。
だってあたしがいつも近くにいるんだもの。

⏰:10/01/21 03:43 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#431 [向日葵]
恋愛なんて、少し距離があるだけで簡単に壊れちゃうんだから。

最近できた彼女だかなんだか知らないけど、あたしはアンタになんか負けない。

いや違う。
あたしは帰ってきたのよ。


宗助を、自分のものにするために。

⏰:10/01/21 03:44 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#432 [向日葵]
[12]そばに

「そーうーすーけー」

と呼んでいるのは、茉里ではない。
茉里は少し離れたとこれで、華名と遊びながら、2人の様子を見ている。

「ゲームしよゲーム!」

「お前強いから嫌」

「なによー、いいじゃん!」

そう言って、宗助の腕に絡みながら、引っ張っていく栞。
そんな彼女と、ふいに茉里は目が合った。

⏰:10/01/21 03:44 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#433 [向日葵]
にっこりと言ったふうに笑う彼女に、他意はないだろうと思いながらも嫌な気分が胸を覆うせいで、笑顔が引きつる。

あの子、なんなの……?

―――――――…………

新しい年を迎える前の日。
茉里は華名に誘われて宗助の家に来ていた。

華名からその前の日、泊まりに来ないかとメールがあったからだ。

茉里が大嫌いな父はずっと家にいるから、彼女には嬉しい誘いだった。

⏰:10/01/21 03:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#434 [向日葵]
しかし、仮にも恋人の家に泊まるのは反対されないかと心配になったが、あくまで友達である華名の家に行くので、「友達の家に泊まる」と告げた。
嘘ではない。

宗助がいつも降りる最寄り駅で華名と待ち合わせをし、初めて宗助の家を見た。

どこにでもある、普通の2階建ての家だ。

「おじゃまします」

「どうぞ」

⏰:10/01/21 03:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#435 [向日葵]
そう言ったのは、待っていたかのように玄関にいた女の子だった。
とても可愛らしい。
茉里を見ると、人懐っこい笑みを向ける。

「こんにちわ、茉里さん」

初めて会う人に戸惑い、誰なのかと華名に目で問い掛ける。

のんびり屋の華名が答える前に、その人物が答えた。

「あ、自己紹介が遅れました。あたしは田辺栞。華名や宗助とは昔からの幼なじみで、とーっても親しくさせてもらってます」

⏰:10/01/21 03:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#436 [向日葵]
“とーっても”の部分が強調されたのは気のせいだと思うことにする。

「で、来年の新学期から、1つ学年は下だけど、同じ高校に通うことになります」

ああそうなんだ、と納得する前に、階段から宗助が降りてきた。
「あ、アンタもう来てたんだ」

「あ、うん……」

華名が一緒とはいえ、好きな人と同じ場所で寝泊まりを共にするのは、やっぱりどこか照れてしまう。

⏰:10/01/21 03:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#437 [向日葵]
すると栞が宗助の頬を人差し指でつつく。

「彼女が来たのにそっけないなあ。ごめんなさい茉里さん、宗助って家族以外はあんまり素顔見せないから」

茉里はびくりと片眉を動かす。
少しひっかかったからだ。
なんでもないその言葉に、何故か棘を感じる。

わざわざそんな説明いるのだろうか。
それとも自分が気にしすぎているのか?

「もしかして、一緒の部屋で寝るの?」

「まさか。華名の部屋だよ」

⏰:10/02/07 01:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#438 [向日葵]
「あらそう。残念ね」

言いながら茉里を見る。

敵意を感じるのは、気のせい……?

――――――――…………

そんなことがあったのが約2時間前。

結局宗助は栞に付き合わされてゲームを開始した。

さっきからわざとらしいくらいに笑い声を上げている。

「茉里ちゃん、華名のお部屋に行きませんかあ?」

⏰:10/02/07 01:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#439 [向日葵]
「あ、いいね、行こっか」

じゃないと宗助の方ばかり気になってしまって、せっかくの華名との時間が無駄になってしまう。
それはいけない。

「ん?どこ行くの?」

宗助が問う。
口を開いた時、

「宗助ゲームオーバー!」

栞が声をあげる。
すると宗助も「え?!」と驚き、テレビの方を向いてしまった。

私よりゲームなわけ……?

少しムッとして、もう華名についていった。

「大丈夫だよお」

⏰:10/02/07 01:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#440 [向日葵]
華名が階段を昇りながら言う。

何が大丈夫なのかわからず、先に歩く華名を見る。

「栞ちゃんは兄弟がいないから、宗兄を本当のお兄ちゃんみたいに思ってて、とられたくないんだよお。だから華名みたいに家族じゃない異性はあんまり好きじゃないみたいー」

よほど茉里の顔に「ムカつく」と書いていたのだろう。
安心させるようにいってくれているのだと思えば、年下に気を遣われて、ちょっと情けないような、でも荒んだ心が癒されるような気がした。

こういう勘の鋭いとこというかなんというか、宗助に似てるよなー。

⏰:10/02/07 01:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#441 [向日葵]
「ありがとう。気にしてないから大丈夫だよ」

微笑めば、華名も微笑む。

「ここですう。どうぞお」

ドアを開けられて、中に招かれると、そこは淡いピンクで統一された部屋だった。

でも彼女の雰囲気とあっていたし、嫌味のない色調は、素直に素敵だと思えた。

「華名はピンクが好きなのお。茉里ちゃんは何色が好きですかあ?」

「んー、緑かな。部屋も緑系統の物が多いし」

⏰:10/02/07 01:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#442 [向日葵]
「そうなんだあ。華名もまたお邪魔したいなあ」

「いつでもいいよ。今度は華名ちゃんがお泊りに来てね」

にこりと微笑めば、照れるように華名はもじもじする。

「茉里ちゃんに、思い切ってメールしてみて良かったあ」

顔を少し桃色にしながらいうものだから、可愛らしくて思わず抱きしめてしまう。

「華名ちゃんみたいな妹欲しかったなあ……」

「茉里ちゃんは兄弟いないのお?」

⏰:10/02/07 01:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#443 [向日葵]
「うん……。……ってか、1人で良かった」


「どうしてえ?」

訊かれたが、茉里は答えられなかった。

こんな純粋な子に、あんな思いを話すのは酷だと思ったからだ。
でも、初めて会った茉里に、友達がいないと自分のことを話してくれた華名には、隠したくないとも思った。

「うーん……。クソ親父が嫌いだから」

それだけ言った。

茶化すように笑いながら言えば、華名も茉里の言い方がおかしかったのか、クスクス笑った。

1人で良かった。

⏰:10/02/07 01:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#444 [向日葵]
本当を言えば、華名に言ったみたいに妹が欲しかった。
妹がいれば、きっとすごく可愛がるだろう。

でも、あんな思いを妹にはさせたくない。

そう思えば、自分だけが苦しめばいいと思った。

眉を寄せれば、華名が心配そうに見るから、安心させるように微笑んでから、またギュッと抱き締めた。

―――――――――…………

「彼女、美人だね」

ゲームをしながら栞が言った。

⏰:10/02/07 01:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#445 [向日葵]
「ああ、まあな」

「まあな?なにその曖昧な返事」

笑いながら栞は言う。

「別に自慢したって仕方ないだろ」

「そう?普通あんな美人なら、自慢したいのが男なんじゃないの?本当に好きなのおー?」

「……好きだよ」

画面を見ている宗助の顔を、栞はちらりと見る。
その目が、切なさと親愛に満ちているのが嫌になって、栞はコントローラーを置いた。

⏰:10/02/07 01:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#446 [向日葵]
「ちょっと華名のとこ見てくるー!」

階段を駆け上がる。

ムカつく。
なによ、あんなのそこら辺にいるのと変わらないじゃない。
一体あたしとなにが違うの?
絶対あたしの方が可愛いのに!

ノックもなしに、急に部屋のドアを開けた。
栞が集めている絵本を読んでいた2人は、驚きそちらを見る。

「ごめんなさい、驚かせて。あたしも茉里さんとお話してみたくて」

⏰:10/02/07 01:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#447 [向日葵]
「あ、うん」

愛想よく微笑む茉里だが、第一印象があまりよくないから、少し戸惑う。

「宗助って昔っからゲーム弱くて、でもムキになって勝つまでやろうって言うんです。なんか子供っぽいけどそういうとこ好きなんですけど、1時間以上も一緒にやってたら飽きちゃって」

ここに来てから、自分の方が宗助と一緒にいるということをアピールする。

栞の言葉を彼女が理解したのか、それともわかってないのか、茉里は曖昧に笑った。

⏰:10/02/07 01:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#448 [向日葵]
>>446
訂正

栞が集めた ×
華名が集めた ○

⏰:10/02/07 03:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#449 [向日葵]
「ゲームと言えば、昔ジャングルジムに早く登ったほうが勝ちっていうのやってて、あたし落ちたんですよ。そしたら宗助があたしを助けてペチャンコになっちゃって!」

アハハと声をあげて、栞は笑う。しかししばらくすると、うっとりした目をした。

「かっこよくて、大好きなんですけど……。でもペチャンコになっちゃダメだろ!っていうね!」

ただの昔あった笑い話。
華名だって楽しそうに笑っている。
茉里ももちろん笑った。

……でも、心からは笑えなかった。

⏰:10/03/01 03:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#450 [向日葵]
さっきから、宗助が好きだとか、大好きだとか、よく主張してくる。

それに、茉里だけが知らない話ばかりだ。

気分が悪くなった。

これは本当に、兄弟を思う独占?
違う。絶対違う。
せっかく楽しかったのに、どうしてそれを壊すの……?

「うるさい。近所迷惑」

開いたままだったドアから、宗助が現れた。

⏰:10/03/01 03:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#451 [向日葵]
なんだかホッとしたような、でも来てほしくなかったような、よくわからない気持ちが、胸の中をいっぱいにする。

「あー、ごめんごめん。続きやろっか」

「いい。やっと途切れて一段落したし、今から夕飯の買い出しに行く。加賀、付き合え」

呼ばれて、ぼんやりしていた茉里は、宗助のほうを「え?」といったふうに見る。

「だったらあたしも……」

栞も当然のように立って、一緒に行こうとしたが、宗助に止められた。

⏰:10/03/01 03:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#452 [向日葵]
「おまえはいらん物まで買うからいい」

「買わないから!」

「いい。そんなに大人数でも邪魔なだけだ。」

そう言われて、栞はしゅんと肩を落とす。

「でもあたし……力あるし……」

「俺のほうが、お前よりずっとある」

それで話をきるようにして、まだ座り込んだままの茉里を引っ張り立たすと、上着と財布を持って、そのまま出ていった。

いつも手を繋ぐが、今はなんだか素直に繋げなかった。

⏰:10/03/01 03:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#453 [向日葵]
それに気がついた宗助は、少し後ろにいる茉里を振り返る。

「どうした?」

「え?あ、……ううん、なんでも」

拗ねているように、自分が唇を突き出しているのがよくわかった。

宗助はなにも悪くないのに、2人っきりになった途端に、胸の中がぐちゃぐちゃになりだした。

「栞がなにかしたか?」

「なにも……」

⏰:10/03/01 03:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#454 [向日葵]
言ってから、いつの間にか食いしばっていた歯が緩み、唇がわなわなと震え出した。

心配したように、宗助が茉里を覗き込む。

「なんで……泣く?」

宗助の手が、頬に優しく触れる。触れられれば、余計に涙が流れ出す。

いやだ。
こんな自分、宗助に嫌がられる。

宗助の過去を聞いても、その場にいなかった。
出会ってすらいない。
そんな自分は、あきらかに蚊帳の外で、せつなくて、はがゆい。

⏰:10/03/01 03:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#455 [向日葵]
でも1番嫌なのは、宗助の過去すら自分のものにしたがる、ひどい独占欲の自分。
醜い、いや、消えてよこんな感情。

「加賀、別に迷惑だなんて思わないから、言って?じゃないと泣く理由がわからなくて、俺どうしたらいいかわからないよ」

いつまでも、ただ声を押し殺して泣く茉里に困惑して、宗助は優しく、まるで子供に話すみたいに茉里に話しかける。

その優しさが、宗助の家に来てから荒んでいた心を、柔らかくしてくれる。

⏰:10/03/01 03:36 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#456 [向日葵]
「ごめん……。だって嫌だったの」

「何が?」

「宗助を、1番好きなのは、私なのに……っ」

会話が成立していないが、宗助はその言葉だけで、茉里がどうしたのかわかった。

まだ栞が引っ越していない頃、いいなと思った女の子ががいた。
多分両思いだったと思う。

すると、栞はいち早く察知して、妨害した。
それを知ってる

⏰:10/03/01 03:36 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#457 [向日葵]
だからか、茉里の言葉足らずの言い分を、理解してくれたのだろう。

「知ってる。だから、気にするな。大丈夫だから」

でも宗助は、そんな彼女を可愛く思い、柔らかく微笑む。

頭を撫でるが、まだ茉里の涙は止まらない。

そして泣いたことで、甘えたがっているのか、彼女は宗助に要求する。

「ハグがいいっ」

撫でていた宗助の手が不自然に止まり、固まる。

⏰:10/03/01 03:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#458 [向日葵]
「……ごめん。なんか聞こえなかったていうか、耳が言葉を受け付けなかったというか……」

こういうところが、またいい。
彼女がいたことのある男子なら、きっとなにも言わなくても抱きしめてくれているかもしれない。

でも、そんな宗助だから、茉里は好きなのだ。

涙もおさまり、茉里は笑顔になる。

「買い物、行こっか」

歩き出すが、宗助は歩き出さない。茉里の背中をじっと見つめ、そしてハッとすると、茉里の腕を引っ張る。

驚く茉里の頭を寄せ、そのまま抱きしめる。

⏰:10/03/01 03:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#459 [向日葵]
要求したくせに茉里は、急な宗助の行動にうろたえ、思わず胸を押し返して、距離を作る。

「な、なになに!どうしたの!」

さっきまでの空気とは違い、宗助は真剣に茉里を見つめる。

「アンタはふざけて甘えれても、本当に甘えたいときは甘えないだろ。それを我慢する必要なんかないんだ。俺が……いるから」

その言葉が、温かく胸に広がる。どうして、そうやって、1つずつ私の心を暴いていってしまうのだろう。

嬉しくて、幸せで、どんどん好きになっていく。

好きって気持ちに上限がなくて、自分でもどこまでいくかわからない。

⏰:10/03/01 03:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#460 [向日葵]
でもせっかくだからと、その胸に顔をうずめて、その暖かさを確かめる。

しばらくして、顔を上げた。

「ありがとう……」

それから仲良く手を繋ぎ、歩き出した。

・・・・・・・・・・・

なにあれ……。

華名の部屋の窓から、茉里と宗助を見ていた栞は、眉間に深くシワを寄せた。

泣くなんて卑怯だわ。

⏰:10/03/01 03:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#461 [向日葵]
あれじゃあたしが悪者みたいになるじゃない。
それでなくてもあたしはハンデがあるっていうのに。

カーテンを掴み、力を入れすぎて、その手が震える。

しかも宗助から抱き寄せるなんて。
あの宗助が、誰かを抱き寄せるだなんて……っ。
そんなの、見たくなかったのに。

あの女…………っ!

「栞……ちゃん……?」

栞の様子がおかしくなったのに気づいた華名が、栞の背中に呼びかける。

⏰:10/03/01 03:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#462 [向日葵]
「あ、ごめん、なになに?」

振り返った時、窓の外に向けていた鬼の形相を捨てて、いつもの優しく人懐っこい笑みに戻す。

「紅白終わったらねえ、初詣にいかなあい?」

「うん、もちろん」

「やったあ!」

「ところで、あの人、いつまでいるの?」

「えー?茉里ちゃん?可愛いよねえ。宗兄ともお似合いだしい」

話が噛み合っていないが、栞にとって、そんなこと今はどうでも良かった。

⏰:10/03/01 03:39 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#463 [向日葵]
ど、こ、が!
あたしのほうが若いし、可愛いし、こんっなに一途じゃない!

「華名……、あたしよりも、茉里さんがいいんだ……。寂しいな……」

そう言えば、優しい華名は、悲しそうな顔をして、栞に抱きつく。

「そんなことないよお!栞ちゃんだって大好きだもおん!」

「じゃあ、あたしがこの家の家族になってもいい?」

つまりは奥さんになりたいという意味だが、華名はわからず、首を少し傾けながら微笑む。

⏰:10/03/01 03:39 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#464 [向日葵]
「心配しなくても、栞ちゃんはもう家族みたいなものだよお。もちろん、本物の家族になってくれたら、お姉ちゃんが出来たみたいでうれしいけどお」

「茉里さんは?」

「茉里ちゃんもお姉ちゃんみたいで大好きだけどお、その前に、華名の初めてのだーいじなだーいじなお友達だものお」

そうよ、あたしはまだまけてなんかない。
あたしは家族みたいに近しい存在でも、あの人は所詮友達、彼女、つまりは他人止まりなんだもの。

その前向きな解釈に、さっきまでのむかついた気持ちはマシになった。

あの人よりも、あたしのほうが優位に立っている。
まだ、諦めるのは、早い。

⏰:10/03/01 03:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#465 [向日葵]
―――――――…………

買い物に行って、元気が回復した、……とは言えなかった。

「宗助、ガラスのお皿出していいー?」

「ああ」

夕飯の用意を、宗助と一緒にやろうと思っていた茉里は、キッチンの中にいる宗助と、そこに自分がいるはずの場所にいる栞とを見る。

納得がいかない。
どうして割り込まれなきゃならないのだろう。

⏰:10/03/18 13:07 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#466 [向日葵]
30分前のことだった。

夕飯のメニューも決まり、キッチンに一緒に立った茉里。

あ、なんか新婚みたい。

だなんて浮かれながら手を洗っていると。

「ちょっと宗助!」

少し甲高い声が聞こえた。

「お客様になにやらせてるの。料理なんて、招待した側がやるものでしょ!」

「あ、いいのいいの。私がやりたいって言ったから」

⏰:10/03/18 13:07 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#467 [向日葵]
そう言う茉里の言葉を無視して、栞はにっこりと笑って茉里に言う。

「あたしの方が勝手もわかりますから、茉里さんは座っててくださいな。お客様なんですから」

と、半ば強制的に引っ張られ、近くのソファに座らされた。
料理が出来ない華名も、もうすぐ紅白だからと、録画の準備をするために座っている。

「茉里の口に合う料理を宗助と作りますね」

あっという間にポジションを奪われ、茉里は肩をがっくりとさせた。

⏰:10/03/18 13:08 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#468 [向日葵]
そして今に至る。

「茉里ちゃん、茉里ちゃん」

華名が新聞を広げ、紅白出場する人達の欄を指差す。

「茉里ちゃんは、好きな人出る?」

「あ、うん。この人達大好きだよ」

茉里は、男性アーティストのトップバッターを指した。

「ファンクラブも入ってるし、ライブも行くんだー」

「すごーい!今度華名も連れていってえ」

⏰:10/03/18 13:08 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#469 [向日葵]
「もちろん!華名ちゃんは?」

「華名はこの人お」

女性アーティストの中盤あたりに出てくる人物を指す。

「へー。聞いたことないなあ」

「今度CD貸すよお」

「加賀誰が好きってー?」

キッチンから宗助が会話に入る。新聞を持った茉里は、宗助のところまで行き、さっき指したアーティストを教える。

⏰:10/03/18 13:08 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#470 [向日葵]
すると、宗助が驚く。

「マジで?俺も好きだよ」

「すごい!じゃあ今度皆でライブ行っちゃう?」


盛り上がりかけた時、何かが落ちる音が聞こえた。
隣を見れば、栞が足を押さえてうずくまっていた。

どうやら用意しようとしていたガラス皿が、足の上に落ち、強く打ったらしい。

「だ、大丈夫?」

茉里が急いで駆け付ける。

⏰:10/03/18 13:09 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#471 [向日葵]
「大丈夫です……。ごめんなさい……」

青い顔をする栞は、明らかに大丈夫ではなさそうだった。
心配していると、栞は目を潤ませながら宗助のほうを見る。

「宗助え……、手当てしてくれる?」

宗助は仕方がないなというふうに栞のところまで来て、立たせるために手を貸す。

「加賀と華名……。……華名、栞の手当て、してやってくれ」

その言葉に、栞は目を見開く。

「な、なんで?あたしは、宗助に頼んだのに!」

⏰:10/03/18 13:09 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#472 [向日葵]
「華名のほうが手当ては綺麗にしてくれる。足なら尚更、歩くのに邪魔にならないよう綺麗にしたほうがいいだろ」

「でも……っ」

「うだうだ言ってる暇があるなら、さっさと行け」

冷たく引き離した宗助は、ソファに座り、もう華名のことには構わない様子だ。

それに気分を害し、青ざめていた顔が反対に赤くなった栞は、本当に足が痛いのかというぐらいスタスタとリビングをあとにした。
華名もあとに続く。

「そんな冷たい言い方しなくても……」

と言いながらも、宗助がここに残ってくれるのが嬉しい。

⏰:10/03/18 13:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#473 [向日葵]
「じゃあ、ついて行けばよかった?」

意地悪な問いに口を尖らせた茉里は、宗助の隣に座る。

「そういうわけじゃ……」

「だってアンタ、行かないでって顔してたように見えたからさ」

「うん……。ごめん、思った」

「なんで謝んの。いつものアンタなら、それで当たり前みたいな言い方するくせに」

おかしそうに、でも意地悪そうに笑う宗助に、ドキリとする。

⏰:10/03/18 13:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#474 [向日葵]
「心配しなくても、俺はアンタしか見てないし」

「……名前呼ぶのためらうくせに、そういうクサイ台詞は言えるのね」

「やかましい」

親しみのある力加減で、茉里の頬をつねる。
おかしそうに茉里が笑うと、宗助と目が合う。

茶目っ気を含んだ宗助の目が、切なげな雰囲気を漂わせる。
その目をじっと見つめているうちに、2人の距離が縮まっていた。

⏰:10/03/18 13:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#475 [向日葵]
つねられていた指が緩まったかと思えば、その手は、優しく頬にそえられる。

眼鏡かけたままキスって出来るのかしら……?

ふいに思った疑問は、今の状況にはどうでもよすぎて、頭のどこかへいってしまった。
前髪が触れ、吐息と体温を近くに感じる。

まつげ……長いなあ……。

そう思ったのを最後に、ゆっくりと目を閉じた。

「茉里……」

宗助が、名前を呟く。

すると、足音が近づいくるのが聞こえ、2人同時に目を開ける。
開ければお互いの顔がすぐそこにあり、うろたえ、素早く離れた。

⏰:10/03/18 13:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#476 [向日葵]
耳に、心臓があるみたい……。
うるさい……すごく……。

「栞ちゃんの手当て終わったよお」

「あ、そう!お疲れ様!」

絶対に顔が赤い。
それを知られたくなくて、テレビを見てるふりをしながら華名にちらりと視線を向け、またテレビを見る。

隣の宗助を盗み見れば、そっぽを向いていた。
しかし、その耳は、これ以上ないくらい真っ赤になっていた。

さっきみたいな甘いやりとりを、茉里は何度か経験したことがある。
しかし、その甘い雰囲気に浸りすぎて、相手をちゃんと見ていなかった気がする。

⏰:10/03/18 13:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#477 [向日葵]
手や、近くに感じる体温。
触れる柔らかな前髪。
潤んで自分を映し出す黒い目。
自分の名を呟く、低く、甘い声。

全てを意識し、全てが頭を真っ白にさせた。

こんなの、本当にキスしちゃったらどうなるんだろう……。
キスだけじゃない……。
もしも……。

そんなことを考えてしまうだけで、熱が出そうだ。

むずがゆい感情を、どうすればいいかわからなくて、茉里は立ち上がり、近くにいた華名をギュッと抱きしめた。

⏰:10/03/18 13:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#478 [向日葵]
[13]君は大切な友達

新年になり、自分の部屋でぼんやりと過ごしていたミュシャは茉里からのメールで初詣に行くための準備をしていた。

神社はミュシャからも近い場所なので、ミュシャも行くと返事をしたところだ。

階下のリビングにいる両親に一言言ってから家を出れば、初詣に向かうのか帰るのか、人がぽつぽつといる。

歩くこと20分、神社近くになればなるほど、ガヤガヤとした声が聞こえる。

⏰:10/04/26 22:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#479 [向日葵]
「あ、来た来た。ミュー!こっちだよー!」

鳥居近くの階段に、ミュシャに向かって大きく手をふる茉里。
その少し後ろに宗助と、知らない女の子が2人いた。

茉里はミュシャを待ちきれなくて、小走りで迎えにいくと、満面の笑みを向けた。

「あけましておめでとー!今年も仲良くしてねっ」

「あけおめ。こちらこそ」

2人で笑みを交わしていると、宗助が後ろから声をかける。

「おーい。2人の世界に入るなよ」

⏰:10/04/26 22:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#480 [向日葵]
ミュシャはにやりと笑いながら宗助たちの元へ行く。

「妬くな妬くな。女にまで妬いてたらアンタ身がもたないわよ」

「いや妬いてないから」

「それはそうと、こちらのお嬢さん方は?」

ミュシャは華名と栞に目を向ける。

ミュシャに見とれていた華名は、ハッとして、にこりと笑う。

「はじめましてえ。宗兄がいつもお世話になってますう、妹の華名といいまあす」

「栞です。宗助とは幼なじみで、昔から仲良くしてます」

⏰:10/04/26 22:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#481 [向日葵]
「久瀬ミュシャ。茉里の幼なじみよ」

自己紹介もすんだところで、一同は階段を上って、上にある境内を目指す。
当然、茉里は宗助と並んで行くと思いきや、隣を陣取ったのは幼なじみの栞だった。

ご丁寧に宗助の袖を少しだけ掴んでいる。
隣にいる茉里を見れば、ミュシャの視線に気づき、苦笑いを浮かべる。

それだけで全てを理解したミュシャは、宗助に声をかける。

「おい、多分彼氏の笹部」

「多分て……」

「彼女が流されそうになってるぞ。手を繋いでリードしなさい」

茉里の手を掴んで引っ張り、宗助の元へやる。

⏰:10/04/26 22:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#482 [向日葵]
「頼むから、迷子にならないでくれよ」

「そんなヘマしません!」

憎まれ口を叩きながら、2人は仲良く手を繋ぐ。
茉里はそっとミュシャを振り返ると、ミュシャはウィンクをした。

「余計なことを……」

右斜め後ろから、低い呟きが聞こえた。

なるほど、あなたはそういう性格。

栞をチラリとみる。

⏰:10/04/26 22:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#483 [向日葵]
大方、この栞とやらに邪魔されたりしたのだろうとミュシャは思った。
でなければ茉里があんな表情を見せないだろう。

「あのう……」

おずおずという風に、華名がミュシャに話し掛ける。

「ん?」

「ミュシャさんにはあ、彼氏さんとかいらっしゃるんですかあ?」

「ううん。いた時もあったけど、今はいないかな」

「へえ。意外ですね」

⏰:10/05/15 23:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#484 [向日葵]
そう言ったのは栞だ。

本性がわかってしまったのもあってか、人懐っこそうな笑顔が、ミュシャには白々しく見えて仕方がなかった。

そしてさっきのこともあってか、ミュシャは栞から敵と判断されたようだった。

「ミュシャさん素敵だから、百戦錬磨っぽいですよね。なんていうか……男には困らないというか」

真っ正面から喧嘩をふっかけるのか。

本人たちしか、言外にある罵った言葉はきこえない。
つまり今、栞はミュシャに、「男遊びしてそうだ」と、「淫らな女」だと言ったのだ。

そんな密かな戦いをしているだなんて知らない華名は、大人の恋愛をしているミュシャに尊敬の眼差しを送る。

⏰:10/05/15 23:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#485 [向日葵]
「か、華名も……ミュシャさんみたいになれますかあ……っ!」

「他人のマネなんてしなくていいのよ。自分にあった恋愛をちゃんとすればいいわ」

「華名を好いてくれる人はいるでしょうかあ……」

「いるわよー。むしろ華名ちゃんみたいなタイプなんか、無駄に気取ってて嫌なタイプよりかは全然モテるんだからねー」

トドメとばかりに言ってやれば、栞は何を言い返そうかと悔しそうに歯噛みした。

喧嘩を売る相手を間違ってんのよ。

ミュシャは栞をちらりと見ながら思った。
そして今度は前を歩く2人を見る。

⏰:10/05/15 23:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#486 [向日葵]
幸せそうに笑う茉里と宗助。
つい最近まで殺伐としていた空気を持っていただなんて誰が思うだろうか。

でもミュシャは、あんな茉里よりは、恋愛バカと言えるような茉里の今のあの気の抜けた顔のほうが断然良かった。

もう、自分の無力さを知るのは、こりごりだ。

今も、昔も……。

――――――――…………

委員会で遅くなった小学生のミュシャは、ぶつぶつ言いながら自分の教室を目指していた。

⏰:10/05/15 23:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#487 [向日葵]
ったく、誰もやろうとしないから私がやるはめに……。

イライラしながら教室につくと、同い年の友達より背が高いミュシャは、皆が見にくいであろうドアの窓から、教室の中を見る。

誰かいる……?

目をこらすが、オレンジ色の光が差し込んでるせいで、眩しくて見えない。

とりあえず入らなきゃ始まらない。

ガラッと開けると、教室にいた人物が振り向いた。
振り向いたのは、ミュシャもよく、いや、知りすぎているぐらいの人だった。

⏰:10/05/15 23:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#488 [向日葵]
「あ、ミュー……」

茉里だった。
大人っぽくもあり、小学生らしい可愛らしさもそなえている彼女は、少し気取っている自分よりも魅力があった。

それ故に、好きになる男子も数知れなくはない。
女子にも好かれている。

「あ、委員会?お疲れ様」

「うん」

ランドセルに筆記用具を入れ、帰り支度をする。
そんなミュシャを、ぼんやりとみつめる茉里。
ミュシャがランドセルを背負っても、茉里は帰るそぶりを見せない。

⏰:10/06/06 23:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#489 [向日葵]
そういえば、この頃変に帰るのを嫌がってる気がしなくもないわね。

今日はたまたまミュシャが委員会があって一緒に帰ることは無理だと思っていたが、それ以外の日は、なぜか一緒に帰ろうとはしなかった。

時計をちらりと見れば、もう4時半を過ぎている。
子供っぽい男子ならば一目散に帰り、5時までには帰ってくるようにという親の言い付けを守っている頃だというのに。

それに、どこか上の空だし。

「帰らないの?」

ミュシャが訊く。

⏰:10/06/06 23:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#490 [向日葵]
「夕日が綺麗だから……」

きっぱりとしない否定は、逆に言ってしまえば帰ることを拒絶しているかのようにも聞こえた。

言ってくるまで訊かないつもりだったがもう限界だ。

「何かあったの?」

その言葉を聞いた途端、わずかに口元に笑みを残していた茉里は、悲しみに口を震わす。

そして、涙を静かに流し始めた。

⏰:10/06/06 23:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#491 [向日葵]
「お父さん……がね……」

ぽつりぽつりと紡がれたのは、まだ幼い親友を苦しめる出来事だった。

―――――――――…………

「おい久瀬!」

自分の世界から帰ってきたミュシャは、呼んだ宗助を見る。

「なに」

「勝手に行動するな。はぐれたらどうするんだ……って言っても遅かったか……」

⏰:10/06/06 23:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#492 [向日葵]
後ろを見れば、華名はいたが、栞がいなかった。
おそらく人波に紛れてどこかに行ってしまったのだろう。

「いやむしろいない方が……」

「え?なに?」

「いや別に。……ってか、アンタこそ茉里はどうしたのよ」

「いるじゃないか、ちゃんとここ……」

と振り返った宗助の後ろは、知らない人達が行き来してるだけだった。
固まり、言葉をなくす宗助。

⏰:10/06/06 23:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#493 [向日葵]
あまりのコントのような状況に、腹を抱えて笑い転げたくなったミュシャだが、宗助の前で素の自分をさらけ出すのには抵抗があった。

携帯をコートのポケットから出し、電話をするが、多分気づいてないのだろう、出てくれない。

その後何回かかけ直したが、やっぱり出ないので、諦めてメールを打つことにした。
神社の階段の横に、確か公園があったので、そこで待つと入れる。

⏰:10/06/06 23:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#494 [向日葵]
ミュシャ達も、その場に向かう。

屋台などがある近くのベンチで、華名だけが座り、ミュシャと宗助は立ったまま待つ。

「あ、そういえば宗兄いー」

ゆったりとした口調で、華名は宗助に話し掛ける。

「茉里ちゃんを好きになったきっかけってえー、なあにいー?」

思わず噴き出す宗助。そして咳込む。

「そ、そんなこと、なんで兄弟で語り合わなきゃならないんだよ!」

⏰:10/06/06 23:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#495 [向日葵]
「あらいいじゃない。私は1人っ子だから、そういうの憧れるけど」

「兄と妹だと、話題だって違うだろ。せめて兄貴とするならまだしも、なんで妹と……」

「男尊女卑いー。兄弟なんだからそんなのなしだと華名は思いますうー」

「男尊女卑て……」

頬を可愛らしく膨らませて、バタバタと足を振り、華名は茉里との馴れ初めをねだる。

⏰:10/06/06 23:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#496 [向日葵]
宗助からしてみれば、それはすごく難しいことのようだ。

まあ、コイツ変に格好つけだからな。

ミュシャは兄弟のやりとりを、1歩離れて面白そうに見る。
宗助は茉里にしろ華名にしろ、女の子には振り回される運命らしい。

もちろんミュシャは振り回してなどいない。
いつだって宗助よりも優位に立つことを考えている。

「ねえー、なんで付き合おうと思ったのー?」

⏰:10/06/06 23:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#497 [向日葵]
華名に頭を抱えはじめる宗助。

そんな2人を見つめながら、ミュシャはまた、昔に思いを馳せる。

そう、いつだって、相手より優位に立った。
その思いは、あの頃から変わらなかったけれど、より一層、強いものにはなった。

どんな時でも、私が守ってあげると。

―――――――――…………

まだ自分達にはわからない、でもわかる世界が、そこにはあった。

⏰:10/06/06 23:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#498 [向日葵]
茉里の話を聞いて、信じられないという思いで茉里を見つめていた。

あの優しく紳士らしい茉里のおじさんが、浮気……?
何かの間違いでは……?
でも、1回や2回の話ではないみたいだし……。

ポタポタと雫のしたたる音が聞こえる。
目の前で、茉里が静かに泣いている。

自分の家族が、壊れるのではないかという不安。
母の悲しそうな姿。
裏切りを繰り返す父。
その怒りを、どうすればいいかわからない迷い。

⏰:10/06/09 00:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#499 [向日葵]
この子は、1人で戦ってたの?

両親にも言えない。
かと言って、友達にも言えない。言ったところで、知恵の少ない自分達は、何も解決出来やしない。

ミュシャは、なんとも言えない気分で茉里を見つめる。
それは次第に怒りに変わり、そして絶望に変わった。

力になれない。
何も出来ない。
苦しんでいた友達に気づけなかった自分が、腹立たしい。

私は、今のこの子に、何が出来る?

⏰:10/06/09 00:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#500 [向日葵]
そう思う前に、ミュシャは茉里を抱きしめていた。
力一杯。
そして、茉里と同じように、静かに涙を流す。

ごめんね。
ごめんね。
守ってあげられなくて。
気づいてあげられなくて。
力になれなくて。

ごめんね……ごめんね……。
なんども、胸の中で繰り返す。

口にすれば、安っぽい言葉になってしまう気がして、出来なかった。
だから、抱擁でそれを示す。

⏰:10/06/09 00:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#501 [向日葵]
「ミュー……」

茉里がミュシャの腕の中で呟く。
「ただ好きってだけで、そばにはいれないの?いてくれないの?好きなだけじゃ、皆、去っていってしまうの……?」

そんなことないと言いたかった。
でもそれこそ安っぽい言葉になると思った。

「それだけで、好きってだけで、そばにいてくれたらいいね……。いつか茉里に、そんな人が出来たらいいね……」

しばらくの間、お互いの鼻をすする音しか聞こえなかった。
茉里がミュシャの胸に擦り寄るように顔をうずめる。

⏰:10/06/09 00:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#502 [向日葵]
「ありがとう……ミュー……」

涙で濡れた、か細い声で、茉里はそう言った。

―――――――――…………

それからは一緒に帰るようになったし、何かあれば私に絶対言うようになったわね。

回想から戻ってきたミュシャは、未だ華名から質問責めをうけている宗助を見ながら思う。

「宗兄ったら宗兄いーっ、いい加減言って頂戴よおー」

⏰:10/06/09 00:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#503 [向日葵]
「男のくせにだらしないぞ彼氏ー」

ミュシャも茶々をいれる。

すると宗助はぴたりと動きを止め、急に立ち上がった。

「あーわかったよ!言えばいいんだろ!好きだからだよ!好きだからそばにいたいってただそれだけだよ!悪いかこの野郎!」

半ばヤケを起こして言ったように思うが、屋台からの灯りでわずかに照らされた宗助の顔が徐々に赤らんでいくのを見れば、言ったことは嘘ではないようだった。

華名は頬に手を添えて、「まあっ!」とでも言うように驚きながらも、自分ではまだ想像も出来ないような恋人たちに対し、憧れの眼差しを向ける。

⏰:10/06/09 00:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#504 [向日葵]
一方でミュシャは、軽く驚いていた。

あ……、そうか、だから茉里は惹かれたんだ。
笹部はそういう奴だから、諦めようとしても、諦めなかったんだ。

たとえ今この言葉を茉里が聞いていなかったとしても、何かを感じとっていたのかもしれない。

フッと、落とすように笑む。

自分が思っているよりも、案外この2人は大丈夫なのかもしれないな。

⏰:10/06/09 00:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#505 [向日葵]
茉里が大好きだ。
同性愛とかではなく、友達として、親友として、大切な人として……。

だから、たとえ不安を取り除くことが出来るのが、不器用な宗助でも心からの安心は出来なかった。

けれど、自分は案外心配症だったらしい。

空を見上げれば、綺麗な星が瞬いていた。
それに向かうように、白い息を吹きかける。

あれからずいぶん時が進んだんだなあ……。

⏰:10/07/07 02:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#506 [向日葵]
そしてはたっと気づく。

「茉里ったら、遅いわね」

―――――――――…………

「あー、やっぱり電話かかってきてたー……」

一方茉里は、やっと携帯を見て、ミュシャからの電話通知と、受信メールに気づいた。

人の群れから離れ、今はおみくじが沢山ついている木の下にいる。

宗助と手が離れていたことにまったく気づかず、お参りをした後これからどうするかを訊こうとしたら、後ろは知らない人たちばかりで、しばし固まった。

⏰:10/07/07 02:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#507 [向日葵]
「茉里ちゃん……?」

がやがやとうるさい人声の中に、澄んだ声が茉里を呼んだ。
茉里はその方を向く。

「やっぱりぃ!久しぶりだねえっ」

「千早先輩!」

千早先輩は駆け寄ってくると、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、茉里の手をとってぶんぶんと振り回した。

されるがままになっていた茉里は、後ろに視線をずらすと、誰か男の人が立っていた。

「彼氏さん……ですか?」

「え?あ、うんそう。元カレ。まあ今カレだけどね。より戻したの」

⏰:10/07/07 02:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#508 [向日葵]
照れながら笑う千早先輩は幸せそうで、茉里も笑顔になる。

「茉里ちゃんも、宗助とうまくいってる?」

「宗助があんな感じなので、あんまり今までと変わらないと言うか……」

「まあ宗助がいきなり甘々になってもねえー」

キャラキャラと笑う千早先輩を、後ろの方にいた彼氏が呼ぶ。
それに返事した千早先輩は、「じゃあまたね」と爽やかに去っていった。

⏰:10/07/07 02:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#509 [向日葵]
先輩には沢山迷惑をかけた。
引っ張たいたり、暴言を吐いたり。
それでも、こんな後輩を許してくれる先輩が、茉里はすごく素敵に見えた。

「あちらはどなたですか?」

急に背後から栞が出てきた。
驚いた茉里は、文字通り跳びはねる。

「び、びびびっくりしたー!」

「先輩なんですか?仲がずいぶんと良いんですね」

「う、うん、色々とお世話になってて……」

「宗助が好きだった人ですよね?」

⏰:10/07/07 02:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#510 [向日葵]
なんでそれを?

驚きを隠せず、栞をじっと見れば、にこりと微笑まれる。

「宗助のことはなんでも知ってますよ。何歳までおねしょしてただとか、初恋は誰だとか」

「は、はあ……」

「でも不思議。あれだけ一途な宗助が、何故茉里さんと付き合うようになったんですか?」

何が言いたいのかわからないが、とりあえず自分がアピールしまくったと茉里は説明した。
アピールして、宗助が振り向いてくれたんだと。

しかし栞は、理解出来ないように首をかしげる。

⏰:10/07/07 02:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#511 [向日葵]
「なんかそれって、誰でも宗助にアピールしたら、宗助は誰にでもオーケー出してた感じですよねー」

その解釈に、茉里は眉を寄せる。
あまりに失礼な解釈の仕方だ。
例えばそこまでの道程になにかあったのかとか考えないのだろうか。
それとも茉里の説明がだめだったのか?

「茉里さん。宗助は、本当に茉里さんのこと、好きなんですか?」

神社に少しだけある灯りが、彼女の笑みを悪魔に見せる。
そして茉里は気づく。

これはもう、いい子でいるつもりがないと言っているんだ。

⏰:10/07/07 02:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#512 [向日葵]
だからわざと、意地悪なことを言ってくる。

「栞ちゃんって……私が嫌いなのね」

自分でも驚くほど冷静な声を出して、茉里は栞の勝負を真っ向から受ける。

「茉里さん、誤解しちゃいけませんよ。嫌いなんじゃないんです。―――大嫌いなんです」

笑みを浮かべていた栞の顔が、冷たいものに変わる。

「消えてほしいと思うくらいに……ね。だって、邪魔なんですもの」

言い返さなきゃ。
そう思うのに、過去の記憶が邪魔をする。

⏰:10/07/07 02:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#513 [向日葵]
電話に出れば、相手はクソ親父の浮気相手で、茉里を邪魔扱いした。

[あなた、ついて来ないでね]

胸の中が、煮えるように熱くなる。
醜い汚い感情が覆いつくし、それはやがて、自分を追い込むものとなる。

私は邪魔者。
私さえいなければ、宗助は、先輩を。
いや違う。そうじゃない。
宗助は、私を好きだと想ってくれたからそばにいてくれる。

そばに……。
―――――――いてくれるのかな……。

⏰:10/07/07 02:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#514 [向日葵]
だって父さんだってそうだった。

私たちが世界でいちばん大好きだって言ってくれてたのに。
大好きだって、愛してるって……。

なのに、裏切った―――――。


裏切った。
裏切った。

裏切り者。
うらぎりもの。
ウラギリモノ。

お前なんか―――――――…………。

「そういうアンタだって邪魔者で消えてほしいのよ」

⏰:10/07/07 02:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#515 [向日葵]
声が聞こえた。

この声……。
そうだあの時も、救われた。
その凛とした声が、闇に一筋の光を与えてくれた。

茉里は、栞の少し後ろに立っているミュシャを見た。
茉里があまりに遅いから、探しに来てくれたらしい。

茉里はぼんやりとミュシャをみつめる。
ミュシャはその美しい顔を怒りで歪めていた。
怒った顔は、尚も美しい。

「アンタだっていなけりゃ、今頃は茉里と、下で待ってるヘタレ彼氏と可愛い妹で年越してるわよ」

⏰:10/07/07 02:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#516 [向日葵]
「……宗助を悪く言わないで」

「アンタもアイツを侮辱してるようなもんよ。アイツが選んだ彼女を邪魔扱いしてるんだからね」

言い負かされた栞を放って、ミュシャは茉里のそばまでくると手を繋ぎ、待ち合わせの場所へと向かった。

茉里は、まだぼんやりとしている。

「しっかりなさい」

ミュシャが言う。

「茉里もアイツも間違ってなんかない。茉里は、アイツを信じなさい。アイツとアンタの父親は違うんだから」

その言葉に、茉里は醜く汚い感情を砂のようにさらさらと消せるようになった。

「うん……ありがとう、ミュシャ」

⏰:10/07/07 02:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#517 [向日葵]
そう言ったあと、茉里はちらりと後ろを伺う。
栞がちゃんとついて来てるかどうか確かめたかったのだ。

距離は少しあいてはいるが、ちゃんとついてきているようだった。

なんとなくホッとしている茉里を、ミュシャはお人よし、とため息をつく。

笑っていてね、茉里。
茉里が笑っていると、私はそれだけで嬉しいから。

誰よりも幸せでいて。

そしていつも、耳にタコが出来るくらい、のろけ話を聞かせてね。

⏰:10/07/07 02:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#518 [向日葵]
――――――――…………

「じゃあまたね」

「うん。またメールするからっ」

そう言って、ミュシャと別れた茉里たちは、宗助の家へ帰っていた。

少し前を華名と栞が歩き、茉里の横には宗助がいる。

「ったく、アンタはよくどこかに消えるな。夏祭りといい……」

「だって、いつの間にか宗助が手を放してたんだもん」

頬を軽く膨らませながらも、茉里はさっき言った栞の言葉が頭を離れてはいなかった。

⏰:10/07/28 01:03 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#519 [向日葵]
今はこんなに親しげでも、宗助がいつか離れてしまったら……。

考えれば考えるほど悲しくなり、足どりが重くなった。
同じ歩調で歩いていた宗助は異変に気づき、華名たちと茉里を交互に見て、ふうとため息をつく。

「華名、先に帰っててくれ」

「どうしたのお?」

「散歩に行ってくる」

「ならあたしも!」

栞の言うことに、宗助は無言で首をふる。
無言であった為に、いつもより強く拒否された気がして、栞は近づいてこようとした足を止めた。

⏰:10/07/28 01:03 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#520 [向日葵]
茉里の手を優しくとると、少し前に通った交差点まで戻り、曲がった。

歩いて少しすると、右手側に公園が見えてきた。
滑り台とブランコと砂場しかない、簡素な公園だ。

ブランコ前にある鉄棒のような場所に、2人で腰をかける。

「また、栞がなんか言った?」

それもあるが、栞にああ言われるまでもなく、茉里はずっと宗助に対して不安を抱いていた。
今までのような恋人ではない宗助だから不安になる。
決してそれは、宗助のせいじゃない。

いつまでも弱い、自分の心のせいだ。

⏰:10/07/28 01:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#521 [向日葵]
「クソ親父のことは……前話したよね?」

なんの前触れもなく、茉里が言った。
それでも宗助は、何も気にしていないかのように返事をした。

「ああ」

「私、何回も裏切られるうちに、心を黒い霧みたいなのに覆われていったの」

許せない。
裏切り者。
どうして。
何故。

いくつもの疑問や罵倒を頭の中で思う度、真っ黒になっていった。
その時は、そんな自分がひどい事を言っても許されると勝手に思い込んでいた。

「私ね、アイツに言ってしまったことがあるの。それは絶対言っちゃいけないこと」

⏰:10/07/28 01:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#522 [向日葵]
「なんて言った?」

「お前なんか死んじゃえって」

茉里は無表情で、遠くを見つめるように言った。

「言ってから、ひどく嫌な気持ちになった。裏切られて、自分の心がこんなにも真っ黒になってたんだって思うと、私こそ、死んじゃえばって思えたわ」

だから、なおさら怖い。
しかも、最悪なことが起きた。

「言葉は言霊だってよく言うじゃない?あれ本当よ。その次の日、夜帰ってこようとしたアイツが、事故にあって、死にかけたのよ」

心臓の音がやけに早く聴こえた気がした。
血の気が引く音さえわかった。
無我夢中で病院まで行った茉里が見たのは、赤く光ったランプと、ソファで座る若い女性だった。

「でもアイツ……、その時すら浮気してたのよ……っ!その女と、今から……っ。――――っ!」

⏰:10/07/28 01:05 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#523 [向日葵]
言葉が出なかった。
出そうとしていた言葉を飲み込み、代わりに息を吐き出す。
しかし宗助はわかっていた。

きっと、茉里の父は、その女性と、夜の一時を過ごす気だったんだ。

「……また黒い影が迫ってきた。それを必死に抑えたわ。もう、こんな嫌な気分と、惨めな思いになりたくなかったから……」

茉里は下を向いて、ぎゅっと目を閉じた。
その顔は、必死にあの時の感情を飲み込もうとするような、苦悶に満ちた表情だった。
手は宗助から放れ、まるで誰かを殴るのを止めるように、強く組み合わされていた。

⏰:10/07/28 01:05 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#524 [向日葵]
「……もしいつか、宗助に同じことを言ったら、私は前以上に自分を許せない。宗助だけじゃない、ミュシャや、華名ちゃんにだって……。本当にそれが現実になったら、私はきっと…………」

大好きな人達が、裏切り1つで死ねばいいと思えるほどになる自分が怖かった。

なんて自分勝手な感情だろうか。

ずっとずっと大好きでいたいのに、またいつか……。

「あんな思い……もうしたくないのに……」

声がかすれだす。

こんな事言ったら絶対重いって思われる。
いくら何も思わない宗助でも、絶対思う、
でも言わずにはいられなかった。

⏰:10/07/28 01:06 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#525 [向日葵]
離れないでと、思ってしまったから。

宗助が、組み合わせている茉里の手に、優しく触れる。

「じゃあ、もう別れたいって、思うの?」

「……そうじゃ……」

「うん。そうだよな。でも……そうやって、不安にさせるのは、栞じゃなく、俺のせいだよな」

「ちが……っ」

「前まであれだけ先輩を追い回して、何回もアンタを傷つけたくせに、急にアンタを好きだって言うし。交際経験がないから色々上手く出来ないし」

「違うの……!宗助は悪くないの!私が……っ」

⏰:10/07/28 01:06 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#526 [向日葵]
「茉里」

急に、宗助が名前を呼ぶものだから、驚いて宗助の方へ振り向く。
温かさが唇にともる。
控えめに押しつけるように重なっているのは、宗助の唇だった。

一瞬だけ触れて、すぐ離れる。

「どうやったら、アンタをその不安から救い出せる?俺だって、アンタから離れたくないんだ。もう、あのクリスマス前みたいに、傷つけたくなんかないんだ」

宗助は、重いとは言わない。
その思いすべて受け止めて、茉里を認めてくれる。

だから、茉里は甘えてしまう。

「もっと……キスして……」

どちらからともなく唇を寄せる。

⏰:10/07/28 01:06 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#527 [向日葵]
繋がれた手を、お互いに強く、しかし優しく握る。

ぎこちなく触れる唇がいとおしい。
心がとかされていく。
黒い闇が、なくなっていく。

またあなたを好きになる。
好きで好きで、大好きになって、それから……。

ううん、この言葉を使うのは、きっとまだ早い。

まだ、その言葉の意味を知ってはいない。
だからいつか言わせて。
そして言って欲しい。

あなたを、愛してます。

⏰:10/07/28 01:07 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#528 [向日葵]
[14]ヒロイン

いつだって、漫画の主人公は幸せになる。
お伽話さえも。

だから、主人公なんか、大嫌いなんだ。

―――――――――…………

1年生のある教室が騒がしい。

ざわざわと声が飛び交うなか、チョークが黒板をかする音がきこえる。

その黒板には、栞の名前が書かれていた。

⏰:10/08/13 19:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#529 [向日葵]
冬休みがあけ、栞は茉里たちの学校へと転校してきた。

我ながら周りをコントロールする力には長けていると思っているので、とくに媚びをうってまで友達は作ろうだなんて思ってないし、作る前に寄ってくることはわかっている。

ただ、宗助とは別々なのが嫌だ。

そんな不満を、あの2人にぶつけてみた。
今頃騒いでいるのだろうと思えば、少しだけ胸がすく気がした。

―――――――…………

「しんっじらんなあーい!」

一方、こちらは茉里たちのクラス。

⏰:10/08/13 19:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#530 [向日葵]
いつもどおりの毎日がまた始まると思いきや、なにやら事件が勃発していた。

「何事……?」

茉里よりも少し遅れて登校してきたミュシャが、馴染みのバカップルを見て呟く。
その顔には、「朝からうっとうしい」と書かれているように見える。

ミュシャに気づいた茉里は、持っていた漫画らしい本を宗助に投げつけると、駆け寄ってミュシャに抱き着いた。

「ミュー!宗助ったら私というものがありながらねー!」

⏰:10/08/13 19:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#531 [向日葵]
ミュシャに潤ませた目を向けながら、宗助の方を忙しい動きで指差す。

「違う!本当に違うんだ!俺はあんなの興味ないし!」

「ちょっとバカップル、話が見えないから順を追って話をしなさい」

話はこうだった。

茉里と宗助の共通して好きな漫画があった。
宗助はその漫画の最新刊を茉里から借りていたらしい。
読み終えた宗助は、さっき茉里に返したのだが、茉里が好きな場面を話そうと、漫画を開いたところ、中に描いていたのは茉里が好きな場面ではなく、見覚えのない絵で描かれた男女が裸で絡まっている場面だった。

⏰:10/08/13 20:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#532 [向日葵]
いわばその本は、思春期の男子が家族に見られないようベッドの下に隠し持っているバイブルだったのだ。

カバーだけは、茉里たちが知っている漫画であり、中身だけが変わっていたのだ。

茉里はそれはカムフラージュで宗助が仕込んだもので、そのカムフラージュをとくのを忘れたのだと思い込んでいる。

しかし、宗助は一般男子のそういったバイブルには興味がなく、それは自分のではないと主張している。

それが、今の騒ぎの全てだった。

ミュシャは呆れ半分、宗助に軽蔑の眼差し半分で話をきいていた。

⏰:10/08/13 20:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#533 [向日葵]
「まあ……流れから言えば笹部、アンタはクロだわね」

「ちっがう!俺は本当に知らない!」

「私に手出さないくせに、そういうのは進んで見るとかどういうこと!?」

「だーーかーーらっ!」

だが、ミュシャは宗助のことは半分信じていた。

見るからに奥手で、どちらかと言えばそういった本を見せれば恥ずかしがる、いや、もしかしたら軽蔑するぐらい嫌がりそうな宗助だ。

⏰:10/08/13 20:01 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#534 [向日葵]
興味があるならもっと茉里に対しても積極的だろうに。

それにもう1つ、思いあたる節がある。

―――――――――…………

「栞ちゃん」

すでに友達が出来た栞は、6人ほどのグループの中にいた。

「なあに?」

「彼氏とかいるの?」

「えー、いるわけないじゃん!あたしなんて可愛いくないもん!」

「えー!何いってんのー!めちゃめちゃ可愛いじゃん!」

うそつけ。

⏰:10/08/13 20:01 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#535 [向日葵]
栞は心の中で悪態づいた。

女子の定番台詞だ。
可愛いと褒めればいいと思ってるのが馬鹿らしい。

結局は

「皆の方が可愛いよ!」

と言って欲しいだけ。
そしてまた否定しながら他人を褒める。
無限に続く言葉のループは、退屈なだけだ。

栞は女の子が嫌いだ。

昔、好きな人を巡って、いじめられた経験があった。
好きでもない男子が、栞を好きと言ったからと、栞が悪者にされ、仲間はずれにされたのだ。

⏰:10/08/13 20:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#536 [向日葵]
理不尽な出来事は栞の心を歪ませ、宗助の妹である華名以外、女の子は皆敵と見るようになった。

それならば、アンタたちなんか利用してやるんだから、と。

それに女の子は、宗助を好きになる。
それも、女の子を嫌いになる原因の1つだった。

あたしの方が、宗助をずっと好きだったのに。
横取りなんて許さない。

主人公は、それを許される。
だから嫌い。

例えば、好きな人に恋人がいる。主人公は、好きな人に好きになってもらえるよう努力する。
好きな人はやがて主人公に惹かれる。

⏰:10/08/13 20:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#537 [向日葵]
待って。
ねえ待って。

じゃあ恋人は?

もし恋人が主人公なら、そんな人は嫌われるのに、どうして主人公が変われば、それを応援出来るようになるの?

[アンタだって邪魔者で、消えて欲しいのよ]

正月、ミュシャに言われたことを思い出す。

主人公は、どうして悪者にはならないの?

「―――――っ!」

体を少し震わせて、栞はお腹をおさえながらゆっくりと立ち上がった。

⏰:10/08/13 20:03 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#538 [向日葵]
「ん?栞ちゃん?」

「ごめんね話の途中に。ちょっとトイレに行ってくる」

にこりと笑ったが、その顔は少し青くなっていた。

…………………………

水を流すと共に、栞はため息をつく。

月のものはこれだから嫌だ。

栞は人よりも痛みがひどく、薬でいつも和らげていたが、今日はたまたま薬を飲むのを忘れていた。

⏰:10/09/06 23:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#539 [向日葵]
仕方ない、保健室で貰うか。

休み中、学校へ入り、ある程度どこに何があるかを把握している為、誰にも頼らず保健室を目指すことが出来た。

歩く度に鈍痛がひどくなっていく気がして、速度がだんだんと落ちていく。

保健室のプレートを見た瞬間は、安堵で倒れそうになった。

「失礼しまー……」

途中で口を閉じる。
中に見知った人物がいたからだ。

おそらく学校一綺麗とうたわれているだろう人物だ。
少しピンク色が入った金髪はフワッと柔らかそうで、それを際立たせるような白い肌は透き通り、手足はすらりと長い。
目は憧れるような蜜の色をしていて、唇は触れたくなるくらいふっくらとしている。

⏰:10/09/07 00:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#540 [向日葵]
「あら」

声は凛としていて、栞を更に嫌な気持ちにした。

ミュシャの顔を出来るだけ見ないようにしながら、栞は戸を後ろ手に閉め、その場に立ちつくす。

「具合でも悪いの?」

「あなたには関係ないことですから……」

「そんな顔色してる子に攻撃なんかしないから安心なさい。で、どうかした?」

「体調のことなら保健医に言います」

正月のこともあり、警戒の気配を漂わせる。
しかしミュシャは本当に攻撃する気はないらしく、なんの感情もなく、至って事務的に栞に話す。

⏰:10/09/07 00:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#541 [向日葵]
「保健医ならしばらく帰ってこないわよ。職員室に呼ばれて、仕事言い渡されてたし。なんか必要なもんでもある?アンタよりはここを熟知してるわよ」

このまま話していても仕方ないと思った栞は、生理痛に効く薬をと頼んだ。
棚を見れば、ちょうどいつも服用している薬と同じものがあったので、それを指差す。

棚の開き戸を開け、薬を取ったミュシャは2錠出し、ついでにコッブに水を入れてやった。
それを栞の立っている近くにある机に置く。

「こっち、ストーブあるから早く座ったら?暖めたら少しは楽になるだろうから」

⏰:10/09/07 00:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#542 [向日葵]
敵に指示されるのは抵抗があったが、痛みが楽になるのならばもうなんだっていいと思い、ストーブ前にある長椅子に座る。

薬を飲むのはいいが、水が冷たくて、体を震えが駆け巡る。

飲み終えると同時に、ミュシャがクスクスと笑い出したので、眉根を寄せてミュシャを見る。

「アンタでしょ。笹部にあんな本仕込んだの」

「…………なんのことですか?」

「別に怒ってるわけじゃないの。どちらかと言えば褒めてやりたいわ」

⏰:10/09/07 00:01 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#543 [向日葵]
「なんでです?」

「バカップルがしょうもないことで騒ぐ様が面白いから。特に笹部あたりはうぶで、動揺っぷりがまた一興」

ドS……。

そう思わずにはいられなかった。

「でも、あんなのよく買う勇気あるわ。男もんでしょ、あれ。男の方がリアルに描いてる気がして、女の子が買うような夢いっぱいな感じなさそうなのに」

「どうってことないですよ。買っちゃえばこっちのもんなんですもん。それに、いちいち他人の様子なんか伺ってたら、こっちが不利にまわりますよ」

冷たく嘲笑う栞に、ミュシャは眉根を寄せる。

⏰:10/09/07 00:01 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#544 [向日葵]
「他人のことは、どうでもいいって、思ってるってこと?」

「そうですよ。当たり前じゃないですか。他人なんか気にしてたら、自分がどんどん後回しになっちゃうんですから」

「そんなんだから、好きな人をとられるんじゃないの?」

ミュシャにそう言われた栞は、お腹に添えていた手に、グッと力を入れた。

うるさい。
うるさい。

アンタはあっちの味方だから、そう言うくせに。
あたしの味方なんて、これっぽっちもしようとしないくせに。

⏰:10/09/07 00:01 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#545 [向日葵]
あたしの気持ちなんて、わからないくせに。

「あなたに……あたしの何が分かるって言うのよ!」

叫びながら、栞は立ち上がった。
ミュシャは薬を取り出した棚に寄り掛かって、栞を静かに見る。
その冷静さが、また栞の怒りに火をつける。

「ずっと……ずっとずっとずっと見てたのに、横取りされる気持ちが、あなたにわかるっていうの!?」

振り向いてくれるまで待って待って待って……。

⏰:10/09/07 00:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#546 [向日葵]
あたし、いつまで待ってればいいの……。

もう栞はわかっていた。
わかっていたけれど、わかりたくはなかった。
諦めたくはなかった。

だから見て見ぬふりをした。
現実を。
見てしまったら、向き合ってしまったら、残っているのは惨めな自分だから。

「仕方ないじゃない……」

なのに、どうしてこんな形で向き合わなきゃならないのだろう。

惨めな自分を見てしまったら、惨めな自分を誰が包んでくれるの?

⏰:10/09/07 00:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#547 [向日葵]
「振り向いてくれないってわかっちゃったら、邪魔するしかないじゃない!宗助がいっちゃわないように引き止めるしかないじゃない!」

泣きたくなかった。
なのに吐き出してしまったら、一緒に何年分かの押し止めていた思いまでもが溢れ出た。

止まることを知らないかのように、涙が顎から胸元へ、そして床へと落ちていく。

「どうせ茉里さんだってそうでしょ!?振り向いてくれないと思ったから宗助の想いを邪魔したんでしょ!?だってあの2人の在り方は、おかしいもの!」

お腹の痛さも忘れ、肩で息をしながらミュシャをにらむ。
ミュシャは静かにそのふっくらとした唇を開いた。

⏰:10/09/07 00:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#548 [向日葵]
「私が茉里のこと話すと、アンタは信じないでしょ」

「当たり前じゃない」

「それでもいいわ。私は話すだけ。アンタは……そうね、先生が教科書を朗読してるとでも思っておきなさい」

吐き出すものを吐き出して、栞は少し楽になったのか、また椅子に座る。

「茉里はね、邪魔なんてしなかったわ。本心はしたくてしたくて仕方なかったでしょうね。でも、好きな気持ちには、色々と敏感な子だから」

⏰:10/10/11 12:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#549 [向日葵]
「敏感……?」

栞は鼻声の小さな声でおうむ返しした。
でもミュシャは質問を受け付けないのか、人差し指を唇にあてて、続きをきけと示した。

「何があっても、手出しはしなかったわ。いつも笹部の背中を押しながら、いつも心の中で泣いてた。茉里はね、自分が例えどうなろうと、相手が幸せであればいいって子なの」

「そんなの……っ!」

「いい子ちゃんぶってるって思う?でも本当なの。だからアンタは信じないだろうって言ったのよ。朗読は続けてもいいかしら?」

⏰:10/10/11 12:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#550 [向日葵]
まだ言いたいことはたくさんあったが、黙ることにした。
ミュシャには口では勝てないと悟っているからだ。
それでも勝ちたいと思うのは、ただの負けず嫌いな自分。

「100パーセント、相手の幸せを願えるのは無理でも、あの子は願うでしょうね。むしろ100パーセント願えない自分が嫌になってきて、結局は100パーセント願っちゃうのよ。だから、心の傷も深い」

そんなの建前かもしれない。
でも栞はわかっていた。

大晦日の時、茉里は複雑な顔はしても、栞を責めることはなかった。

⏰:10/10/11 12:49 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#551 [向日葵]
泣いてもいたけど、それはヤキモチなだけで、栞に面と向かってやめてくれとは言わなかった。

それは憐れみからくるものなのかもしれない。
それでも茉里は、栞の気持ちをわかって、我慢して、黙っていたのかもしれない。

でも栞は、自分がそんな同情的になることを許せなかった。

「馬鹿馬鹿しい!悲劇のヒロインきどり?そんなので気を引こうだなんて、計算高い人だこと!」

「じゃあ訊くけど」

⏰:10/10/11 12:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#552 [向日葵]
ミュシャの凛とした声が、やけに保健室に響いた。
その荘厳とさえ言える空気が、栞の口を閉じさせる。

「アンタは笹部の幸せを願ったことはあるの?」

栞は目を見開いた。

「誰だって、色んな生き方があるから否定はしない。でもそんな風に私の友達を否定するなら言わせてもらう。アンタは、自分が犠牲になってでもいいと思えるぐらい、誰かの幸せを、願ったことはあるの?」

ない。
ないに決まっている。

⏰:10/10/11 12:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#553 [向日葵]
だって宗助は、自分と結ばれると思っている。
結ばれなきゃいけないと思っている。

だって、ずっとずっと好きだったから。
宗助が自分を好きになってくれないなら、邪魔をして、し続けて、最後までそばにいた自分と、一生いればいい。

そう思っていた。

例え宗助が、悲しい思いをしていようとも。

「じゃあ教えてよ……」

⏰:10/10/11 12:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#554 [向日葵]
栞はうつむく。

大粒の涙が、スカートにいくつも吸い込まれていく。
嗚咽が漏れそうになる。
我慢すれば、唇が震えた。
食いしばれば、まるで寒いかのように、歯が小さくカタカタと鳴る。

「あたしどうすれば良かったのよ……」

小さい頃から、宗助と結婚するのは自分だと思っていた。
その宗助が、自分ではない人を選んだ。

⏰:10/10/11 12:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#555 [向日葵]
そして自分を好きにはなってくれないことを知ってしまった。

もう、どうすることも出来なかった。
幸せなんて、祈りたくもなかった。

「あたしばっかりが取り残されて……、これ以上あたしに惨めになれって言うの……?」

ミュシャは黙ったまま栞を見つめる。
栞にとってその沈黙が助けになった。

⏰:10/10/28 13:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#556 [向日葵]
ミュシャがこれ以上言葉を投げかけてきて、それを言い返せば、まるで子供のように大声をあげて泣いてしまいそうだったから。

今なら、少しのプライドと、見栄で、しゃんと立つことが出来る。
栞は少しフラついた足で、保健室を出た。

―――――――………………

[アンタは笹部の幸せを願ったことはあるの?]

さっきからミュシャの言葉が頭をぐるぐる回っている。
離れてくれないそれは、まるで呪いのようにも感じた。

⏰:10/10/28 13:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#557 [向日葵]
泣き腫らした顔では教室に帰れないので、栞は屋上にいた。
残りの授業をサボって、ただここで涙を流していた。

下では、生徒が下校している。

仲のよい友達同士、笑い声をあげて、楽しそうに帰っている。

自分も、素直にああして帰れない。
出来ないのは……恐がってる自分のせいだ。

栞はひそかにここへ来たことを後悔していた。

⏰:10/10/28 13:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#558 [向日葵]
もう何も出来ないではないか。
宗助とのことも、もう無駄だということと向き合ってしまった。
あとは、それを認めるか、それでも邪魔をするかしかない。

そうして考える度に、ミュシャの言葉が頭をよぎり、さっきからもう何度も同じことを繰り返していた。

「栞?」

聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこには宗助がいた。

「どうしたんだ?その顔っ!」

⏰:10/10/28 13:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#559 [向日葵]
心配そうに栞のもとに駆け寄る。その姿を見るだけで、胸がいっぱいになる。

こんなに好きなのに、どうして届かないの……っ。

「宗助の馬鹿ぁ……っ!!」

心配したのに、いきなり罵声を浴びせられて、宗助は目が点になった。
宗助が近くまで来た途端、栞は理性というタガが外れて、思ったことしか口に出せないようになった。

⏰:10/10/28 13:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#560 [向日葵]
「勝手に彼女なんて作らないでよ!あたしのこと、妹みたいにしか思ってないのわかってるけど、いい加減気づいてよ!あたし、あたし……っ、宗助が好きだったのに……っ!」

宗助は少し驚いたような顔をしてから栞の声に静かに耳を傾けた。

「大好きで……、いつか、宗助のお嫁さんになるって本気で思ってたあたしって……ただの馬鹿じゃない!ただのガキじゃない!どうして……っ、どうしてあたしじゃダメなのよ!どうして、突然出てきたあの人なのよ!」

「栞……」

⏰:10/10/28 13:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#561 [向日葵]
「もうちょっと待っててよ!そしたらあたし、宗助と釣り合えるぐらいの女の子になってた!なれてた……っ!なのに……、な、な……、なのにいいーっ!」

保健室では堪えることが出来たのに、本人を前にすると、もう無理だった。
ただ駄々をこねる子供みたいに、「なんでよーっ!」と叫びながら大声で「うわーん!」と泣いてしまった。

言いたいことが溢れる度、一際声が大きくなった。

幸せを祈るってどうしたらいい?難しくて、難しすぎて、あたしには、もうわからない。

⏰:10/10/28 13:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#562 [向日葵]
喉の奥が、焼け付くように痛い。
胸の奥も同じくらい痛かった。

もどかしいこの気持ちを、一体どこに持っていけばいいかわからなくて、気がつけば右手に力をいれて、振り上げていた。

渇いた音が、もう暗くなり始めた空に響いた時、栞は初めて宗助を殴ったことに気がついた。

ハッとして、宗助を見上げたが、彼は怒りもしないで栞をじっと見つめていた。

「ごめんな……」

⏰:10/11/14 12:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#563 [向日葵]
そう言いながら栞の頭を優しく撫でる。

「それだけ好いてくれてたのは、栞がオレを兄貴として懐いてくれてるからだとずっと思ってた。だから、気づいてやれなかった」

今まで、そうやってなだめられることはあったが、こんなに優しい声を出す宗助は初めてだった。

例えそれが同情でも、栞はもう良かった。
宗助が、ちゃんと耳を傾けてくれているだけで、もう良かった。

「栞の気持ち、嬉しいよ。正直、時々お前はわからない時があるから、こうやって吐き出してくれて良かった」

⏰:10/11/14 12:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#564 [向日葵]
髪の毛の間を、宗助の指先が時々とおる。
その感触が、今だけ自分を女の子として扱ってくれていることが、栞にはよくわかった。

不器用な宗助。

でもそんな彼だからこそ、栞は好きになったのだ。

あの人も、そうなのかな……。

一瞬浮かべる、柔和な笑顔が眩しい。

⏰:10/11/14 12:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#565 [向日葵]
初めて会った時から、彼女がまとう穏やかな雰囲気は嫌いじゃなかった。
なんと言ったって、あの華名が懐いているんだから、決して悪い人ではないということはわかった。もしかしたら仲良くしたかったのかもしれない。

そう言い出すのは、時間がまだかかりそうだけれど。

頭を撫でている宗助の手を、栞はゆっくりと握る。
一瞬、まるで何かを祈るようにしてギュッと力を入れた後、栞は屋上を後にした。

――――――――…………

「あ、宗助え」

⏰:10/11/14 12:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#566 [向日葵]
もう誰も残っていない教室に、茉里はいた。

今朝のくだらない喧嘩はミュシャによりおさまり、もうすっかり喧嘩をした気配すら漂わせていない茉里は、課題のプリントをしていた。

「今日部活休みで良かったー。急に宗助いなくなるんだから、皆に居場所きかれても困るとこだったよ」

身支度をする茉里に、宗助は何も言わずゆっくりと近づく。

「久瀬は?」

「ミュー?ミューならとっくに帰ったけど」

⏰:10/11/14 12:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#567 [向日葵]
栞が屋上にいるのを教えたのはミュシャだった。
もちろん、ミュシャは居場所を知ってたわけではないが、栞の性格を考えた時、そんな予感がした為、イチかバチかで宗助に言ったところ、ビンゴだったのだ。

ミュシャは無言で宗助に訴えたのだ。

決着をつけなさい、と。

「そっか……」

力無く言う宗助に、茉里は首を傾げながらマフラーを巻く。

「さ、暗くなるし帰ろう帰ろーう」

⏰:10/11/14 12:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#568 [向日葵]
鞄の紐を持つと同時に、宗助が、肩に頭をのせてきた。
彼が甘えてくるのが珍しいのと、何かに傷ついて弱っているのが見てとれた。

「…………ごめん」

ボソリと呟いたその言葉は、誰に向けられたものかわからない。
けれど茉里はなんとなく、自分に言っているのではないとわかった。

理由はきかない。
いずれ彼はポロポロと話し出すだろうから。
だから今の願いはただ1つ。

「寒いから、あったかくして帰ろうね……」

茉里はギュッと宗助を優しく抱きしめる。

⏰:10/11/14 12:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#569 [向日葵]
願いはただ1つ。
幸せに、笑ってて下さい。

―――――――――…………

涙がいつまでも枯れなかった。

これが枯れた時、今度は違う自分になっているのかしら。

そう思いながら、栞は鞄をとりに教室へ向かった。

すると、まだ教室に明かりが灯っていた。
覗くと、今日喋りかけてきた女の子の中の1人が、ポツリと座っていた。

そして栞を見つけると、優しく笑った。

⏰:10/11/14 12:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#570 [向日葵]
「あ、良かった帰ってきて。あのままどこに行ったかわからなかったから、下校時間まで待っておこって思ってたんだ」

その優しい顔は、どこか華名と、あの人を思い出すような、柔らかなものだった。

栞はその子の手をギュッて握った。

「……ありがとう……」

人は1人では生きていけないという言葉をよく耳にする。

栞はその言葉は嘘だと思っていた。人は本気になれば、1人でも生きていけると思っていた。

⏰:10/11/14 12:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#571 [向日葵]
けれど今、その言葉の意味を知る。

その優しさが、いつか偽りのものになってもいい。

今は、その気持ちの温かさが、私に力をくれるから……。

⏰:10/11/14 12:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#572 [向日葵]
[15] メール

相手の顔が見えないメール。

絵文字や顔文字は入っていても、本当の気持ちは、わからない。

だから返ってこなくなると、不安で、怖くて……。

⏰:10/12/27 22:07 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#573 [向日葵]
心躍る修学旅行まであと1週間。
行き先はあの某有名キャラクターがいる夢の国。
完全攻略の本まで買って、茉里の頭は1週間後のことでいっぱいだった。

……のだが、その1週間前に、ささいな出来事から、また喧嘩が始まった。

話を聞かされたミュシャは、呆れを通り越して最早笑いが込み上げてきて、机を叩きながら爆笑していた。

「くだらなっ!くっだらないくっだらないくっだらない!」

「連呼しなくてもわかってるわよ馬鹿ー!」

⏰:10/12/27 22:07 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#574 [向日葵]
机を笑いながらバシバシ叩くミュシャに対し、茉里は怒りながら机を叩く。

自分でもわかってる。
こんなくだらないことで喧嘩するなんて馬鹿らしい。

そうと思っていても、額に1度浮かんだ青筋は消えてはくれないもので……。

「大体ね、普段でもあんまり喋らない奴が、メールで饒舌になるかっていうの。ってかそういう奴がいても嫌だわ」

そう、ことの発端はこの“メール”なのだった。

⏰:10/12/27 22:08 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#575 [向日葵]
茉里の絵文字いっぱい文字いっぱいのメールに、宗助は短文の文字のみで返信する。
もちろん茉里はそれが嫌ではないし、宗助と話しているみたいで好きだ。

ならば電話をすればいいだけの話なのだが、茉里は短文であっても、返信がくる時間を待っているのが楽しくて仕方ないのだ。

それに口下手な宗助でも、メールでは少し話してくれる量が多くなるかと期待していたのだ。

結果的にはやっぱり話している時と同じだったが。

⏰:10/12/27 22:09 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#576 [向日葵]
そしてなにが喧嘩へと変わったかと言うと、茉里がいつもの通りそ、の日のメールの最後に「宗助大好き」といれてメールを送ると、返信がこなかったのだ。

宗助は必ず「おやすみ」や「また明日」などと返してくれるはずなのだが返ってはこなかった。

なにか用事があるのかもと、お風呂に入ったり、たまっていた見たかった映画のDVDを見たり過ごしていたが、結局その日に宗助からのメールはこなかった。

あいにく、次の日は日曜。
部活も休みの日で、宗助に問いただすことは出来ず、ならばとかけた電話も、結局は繋がらず仕舞い。

⏰:10/12/27 22:09 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#577 [向日葵]
月曜になって早速きいてみれば、電池切れだった上、やりとり最中にソファの上で寝てしまい、あげくの果てにはソファの間に携帯を落としていた。

携帯がないことに気づいたのも、日曜の夜に外食をしようという時に携帯を持っていこうとして気づき、外食から帰ってきてから探しまわって見つけた頃には、日曜の11時。

充電しながら初めて茉里のメールに気づくが、内容を読めばもう終わりのメールだったので、返さなかった。

⏰:10/12/27 22:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#578 [向日葵]
普通ならそれで「ああそうだったんだ」と済むところだが、茉里の虫の居所が悪かった為、宗助は一方的に責められ、そのままだ。

茉里も冷静になれば言い過ぎたし、自分勝手だったが、だけれど……。

と堂々巡りしているうちにもうすぐ放課後。
部活があるので嫌でも顔をあわせる。

「加賀」

条件反射なのかなんなのか、茉里は振り向いてしまう。
そんな自分が悔しいのか、口を波のように歪ませて、じとっと宗助を見る。

「なによ……」

⏰:10/12/27 22:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#579 [向日葵]
「悪かったから……、そろそろ普通どおりに戻らないか……?」

「じゃあ今後は加賀じゃなくて、茉里って呼んで……。それで許す」

「茉里」

躊躇うかと思いきや、あっさり呼ぶので、準備をしていなかった茉里の心臓は元気よく跳ねた。

悔しい……。
許してしまう自分が悔しい。
でも、口がニヤけて仕方ない。

もういいや。

⏰:10/12/27 22:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#580 [向日葵]
「私も言い過ぎたしっ。なっかなーおりぃー!」

仲直り出来てはしゃぐ茉里を、宗助は優しい目でみつめる。

本当は、いつも嬉しいんだ。
君が最後に綴ってくれる、あの言葉。

――――――――…………

「茉里先輩ー、お茶っ葉がもうなくなりますー」

後輩マネージャーが、茉里に言ったのは、練習が終わって片付けを始めた時だった。

⏰:11/01/01 21:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#581 [向日葵]
「あー!そうだったぁぁ!わっすれてたよ!先生もう帰っちゃったよね!?」

周りを大袈裟に見回す茉里に、同級生のキャプテンの綾香が言う。

「さっき出て行ったとこだから、職員室にまだいるんじゃない?一緒に行こうか?」

「あー、ゴメンネーッ」

バタバタと忙しなく走っている途中、宗助にどこで待ってて欲しいか言うのを忘れたと気がつく。

戻ろうか一瞬迷うも、汗をかいているのに、胴着の上からベンチコートを着ただけの綾香を付き合わせているので、その考えは諦めることにした。

職員室の戸に手をかけようとすると、向こうから誰かが開けた。
瞬時に手をひっこめる茉里の前にいたのは、栞だった。

⏰:11/01/01 21:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#582 [向日葵]
栞は一瞬目を見開いたが、すぐに落ち着いた表情を見せ、そして仄かに笑い、茉里に会釈した。

「部活ですか?」

話しかけられるとは思ってなかったので、その言葉が脳に届くまで時間がかかった。

「あ……、うん、そう」

「栞ちゃーん」、先生プリントくれたよー

後ろから、おさげを揺らして、きっと同じクラスだろう女の子がきた。
栞はその子に向かってこくりと頷く。

⏰:11/01/01 21:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#583 [向日葵]
「頑張ってくださいね」

茉里の横を通り、友達と歩いていく栞を見ながら、咄嗟に茉里は叫ぶ。

「一緒にマネージャーやらない!?」

栞と友達は足を止めて、ゆっくりと振り返る。

「楽しいよ、剣道部っ。皆優しいし面白いし、もし他の部活入る予定がないなら……」

自分の話しをちゃんと聞いてくれる栞が怖くて、だんだんと声が小さくなっていく。

⏰:11/01/01 21:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#584 [向日葵]
栞は友達になにか言うと、1人だけで茉里の前まで歩いてきた。

少しだけ背の高い茉里を見上げ、困ったように笑う。

「あなたって変わった方ですね。今、あなたの魅力に気づいた気がします。」

「あの……」

「あなたと宗助が幸せそうなところ、私に見ろっていうのですか?」

「あ……」

なにも言えなくなった茉里に、栞は優しく微笑んだ。

「冗談ですよ。もういいんです。いつか、あなたにも色々話さなきゃならないと思ってましたし。けど、部活のことはもう少し保留で」

⏰:11/01/01 21:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#585 [向日葵]
「では」と栞は頭を下げ、待つ友達のところまで歩いて行った。
そんな栞を見て、茉里は栞が変わったと思った。

明るい口調の中に、落ち着いた雰囲気を感じさせる彼女は、自分がしらない間に宗助と何かあったのかもしれない。

そういえば2週間程に、宗助が珍しく自分に甘えてきたというか、寄りかかってきた。

そのことを思えば、より一層宗助がいとおしくなって、なんだか泣きそうになった。

⏰:11/01/01 21:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#586 [向日葵]
宗助を、絶対幸せにするからね……。
ずっとずっと、笑い合えるように……。

少し潤んだ目をこすって、茉里は職員室に入った。

――――――――…………

「茉里先輩って宗助先輩と付き合ってるんですよね?」

後輩が訊いてきたので、笑顔で茉里は頷いた。

「宗助先輩ってどんなんなんですか?草食男子っぽいですけど」

「まあ、皆が見てるまんまっていうか」

「キスするんですか宗助先輩でも」

⏰:11/01/01 21:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#587 [向日葵]
期待の眼差しで見られるが、宗助とキスをしたのはあの初詣だけだ。
手はよく繋いだりするけれど、別にキスして欲しいとは思ったことはない。

そういえば、宗助のキスはぎこちなかった……。
でも優しくて、柔らかくて、温かくて……。

思い出せば、茉里は顔が真っ赤になり、それを見た後輩たちは「いーーなああーっ!」と大合唱した。

宗助は好きだって言いたくなったり、抱きしめたくなったり、キスしたくなったりしないのかな……。

⏰:11/01/01 21:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#588 [向日葵]
……なんかそれって、私がめちゃくちゃしたいみたい。

いつの間にそんなスケベになったんだ私……。

「宗助先輩とのデートってどんな感じなんですか?」

恋愛話が大好きな後輩たちはまだ訊いてくる。
さっきの興奮がさめないのか、茉里にどんどん寄ってくるものだから、茉里は壁に背中が当たり、行き場をなくす。

「付き合ったばっかりだし、そんなにデートとかしたことないよ」

⏰:11/01/16 01:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#589 [向日葵]
「そうなんですか?」

「付き合いたてなら、ベッタリなイメージなんですけどねー」

「ハイハイ!この話はまた今度!」

綾香はパンパンと手を鳴らして、後輩たちの注目を集めると同時に、会話を打ち切った。

「下校時間までにここの灯りが消えてないと、キャプテンの私が注意されるんだからね」

後輩たちは渋々といったように各々カバンを持ち始める。
茉里はひそにかにホッとため息をついた。

⏰:11/01/16 01:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#590 [向日葵]
1歳しか変わらないのに、どうしてこの子たちはこんなにも元気なんだろう……。

でも1歳だけでも、その1歳が自分たちにとって大きいことを茉里は知っている。

先輩が、そうだったから。

とても大人のように思えて、逆に自分がすごく子供のようにも思えて嫌だったあの頃。

……ああ、そうか……。

⏰:11/01/16 01:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#591 [向日葵]
茉里は静かに笑った。

私、あの時のこと、自分が思ってるよりも辛かったのかもしれない。
もう宗助が自分を好きでいてくれるってわかってても、実はすごく怖いんだ。

初詣の帰り、離れたくないと言ってくれた宗助。
それでも私……。

ごめんね、宗助……。
私、不安が拭いきれないんだ。
もう、この不安は、拭えることは出来ないの。

⏰:11/01/16 01:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#592 [向日葵]
臆病者。

茉里は自分をなじりながら、宗助に会いたいと、皆との挨拶もそこそこに走る。

校門が見えてくると、人影が見えた。
足音に気づいたように、その人影が動くと、薄く微笑む。

茉里はもう待ちきれなくて、飛ぶように宗助に抱き着いた。
そんなことするとは思わなかったので、宗助は2、3歩よろけながら茉里を受け止める。

⏰:11/01/16 01:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#593 [向日葵]
「ちょ、なんだいきなり……っ!……茉里?」

何も言わず、力一杯宗助を抱きしめる茉里をおかしく思った宗助は、茉里頭を軽くぽんぽんとする。

下校時間が過ぎたとは言え、まだ学校から出てくる生徒はいる。
宗助は出来るだけ人に見つかりにくい場所にうつる。

「また……ネガティブモードにでも入った?」

「……まあ、そんな感じ……」

⏰:11/01/16 01:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#594 [向日葵]
「曖昧な返事だな」

「だって……」

宗助は茉里の髪を優しく撫でる。それだけで、茉里のネガティブな気分は消えていったが、甘えたくなって、このままでいた。

宗助がいると、ずって甘えたくなって困る。
溶けてしまいそうな感覚になる。

「で、どうしたらそれは治るの?」

「このままいてくれたらいい」

「帰りたいんだけど……」

「じゃあキス」

⏰:11/01/16 01:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#595 [向日葵]
宗助はきっと茉里がもう大丈夫なことは知ってる。
同時に茉里が甘えたがっているのもわかっていた。

街灯のわずかな光をたよりに、宗助は茉里の唇に指先を触れる。
場所を確かめ、ゆっくりと唇を重ねる。

茉里は本当に溶けそうになりながら、さっきの後輩との会話中に、自分が思ったことを思い出すと、自分から顔を押し付けるように力をいれる。

⏰:11/01/16 01:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#596 [向日葵]
宗助は戸惑ったように体を少し引くが、その分茉里が距離を詰める。

もっとと思うのは、私だけ?
メールも、言葉も、行動も……。

問いかけるようにキスをする。
宗助はしばらく戸惑っていたが、急に茉里をぐっと引き寄せる。

唇に火がついたような熱さを感じていると、宗助はまるで食べるみたいにキスを繰り返す。

今度は茉里が戸惑う番となった。

え?え?
そ、宗助、どうしたの……っ?

⏰:11/01/22 23:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#597 [向日葵]
そう思っている間にも、息ができないくらいになってきた。
特別激しいわけでもない。
むしろゆっくり、なだめられるように、でもまるで茉里がその気になるのを誘うかのような口づけをする。

ま……待って……っ。

そして茉里は、自分で誘ったような行動をしたくせに、驚いて思わず顔を背けてしまう。

息を吐く度、白くなって2人の間をさまよう。

「そ……宗助……?」

「……悪い、ちょっと制御出来なくなってた」

宗助は照れたように、でも少し意地悪そうに笑う。

制御……。

⏰:11/01/22 23:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#598 [向日葵]
それはつまり、宗助もちゃんと思ってくれてるということだ。
自分ばかりではなく。
宗助の場合、きっとそういう雰囲気を作るのが苦手なんだろう。

それにしても……。

茉里はかくりと体がくだけそうになる。
幸い宗助が茉里に腕をまわしていたため、倒れることはなかった。

なんて、官能的な……っ。

宗助は茉里が初めての彼女だ。
だからこんなキスはしたことないはずなのに。

一度知ってしまえば、もうくせになりそうなぐらい甘い口づけに、茉里は体の力がなくなりそうな感覚になる。

⏰:11/01/22 23:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#599 [向日葵]
「せ……いぎょ、しなくても……別に……」

やはり自分ばかりが余裕ないように感じて、茉里はつい強がってみる。

「顔を背けたくせに、なに言ってんだ」

……完敗だ。

「元気なった?もう立てる?」

意地悪なさっきの口調にくらべ、優しい口調で茉里に問う。

ネガティブな気持ちを無くしたくて、甘えたことを忘れていた。
忘れるぐらい、刺激が強かった。

「うん、買い物……行こっか」

⏰:11/01/22 23:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#600 [向日葵]
顔がまだ熱いし、足もなんだかふわふわしているが、茉里は宗助と手を繋いで、頼まれていた買い物を買いに行くことにした。

――――――――………………

家に帰ってきた茉里は、キスの余韻がまだ残っているのか、ベッドの上で寝転がってぼうっと天井を見ていた。

宗助……。

さっきからずっと宗助に会いたいと思っている。
ほんの数十分前に別れたばかりなのに。

その気持ちを抑えるように、さっき「買い物付き合ってくれてありがとう」とメールを送ったばかりだ。

⏰:11/01/22 23:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#601 [向日葵]
きっと宗助のことだから「気にするな」と返ってくると思いながら、メールを待つ。

すると個人設定をしている着信音が鳴った。
この音は宗助だ。

がばりと起きて、まるでビーチフラッグかのように携帯を掴みとる。
目を動かしているうちに、茉里の口が変な形に曲がり、やがて顔も赤くなると、言葉にならない叫びをあげながら、布団に突っ伏して悶えだした。

携帯は力の抜けた手から落ち、布団の上にぽすりと落ちる。

⏰:11/01/22 23:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#602 [向日葵]
―from 宗助―

―本文―

いいよ。一緒に帰るならついでだし。

今日、帰りの時、乱暴なことしてごめん。でも抑えられなかったというか、自分でもわからない気持ちになってた。
正直、茉里が嫌がってなくて良かったってホッとした。
これからもしかしたら、あんなことがあるかもしれない。
嫌だったらちゃんと言ってくれ。

いつも表現がちゃんと出来ない奴で悪い。
あと、いつも最後の茉里の言葉は嬉しい。
だから俺も

⏰:11/01/22 23:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#603 [向日葵]
俺も、大好きだよ

―END―

⏰:11/01/22 23:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#604 [向日葵]
*アンカー*

>>2-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-605

⏰:11/01/22 23:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#605 [向日葵]
[16] 宗助と父

修学旅行も無事に終え、1日の休みの後に部活へやってきた茉里たちは、お土産を配っていた。

「ストラップの人〜!」

「あ、先輩あたしです!」

「クッキー、ちゃんとわけろよ」

「ありがとうございます!」

先輩たちのお土産に群がる後輩たちは、はしゃぎまわる。
そんな中、後輩が「あ」と小さく声をあげ、キャプテンの綾香のもとへいく。

⏰:11/01/30 00:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#606 [向日葵]
「そういえば先輩。先輩方が修学旅行に行っている間、3年生の先輩方が何人か来られましたよ」

その言葉に、茉里のお土産を配る手が止まる。

そういえば、先輩ももう卒業だっけ……。

ちらりと宗助を見ると、宗助も耳に入っていたのか、なんだかぼんやりしてるように見える。

茉里たちの中で、千早先輩は色んな意味で心に残る人だ。
その先輩が、今までのように会えなくなるというのは、引退した日の寂しさよりも遥かに大きい。

⏰:11/01/30 00:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#607 [向日葵]
宗助は茉里と付き合っているし、先輩に対して特に嫉妬するわけではないが、先輩のことを考えている宗助に、茉里は少し悲しいような気分になった。

「おーいお前らー」

先生が道場の入口で呼び掛ける。

「旅話するのもいいけど、もうすぐ下校時間だぞ。帰れよー」

皆で元気よく返事をし、あとは明日の土曜日にまた、ということになった。

⏰:11/01/30 00:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#608 [向日葵]
「目の前のことばっかりで、なんだか忘れてたね」

校門に向かいながら、茉里は宗助に話しかける。
宗助も何のことを言われているのかがわかったのか、こくりと頷く。

「どんな気持ち?」

訊いてみたかった。

「……わからない。形容しがたい。寂しいというか、切ないというか……、……って、別に好きどうこうってわけじゃないからな。一応言っておくけど」

⏰:11/01/30 00:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#609 [向日葵]
「わかってるよ」

茉里が不安がってるかもしれないと思ってくれてるののが嬉しいと同時に、結構心配されてるんだという自分自身がもうちょっとしっかりしないと、という叱咤がまざり、少し困ったように笑った。

「たださ、私たちにとって、なんというか……、心に残る先輩だったでしょ?宗助も、私と同じ気持ちなのかもな……って思ってさ」

どちらからでもなく、手を繋ぐ。冷えた手が、暖かくなっていくのがわかった。

しかし、その手がまた冷たくなった。
そして、握る手に力が入るので、宗助は茉里を見る。

⏰:11/01/30 00:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#610 [向日葵]
「茉里?」

街灯に照らされた茉里の顔は、驚きと怒りに変わっていった。
まるで、この世で最も見たくないものを見たかのように。

「……んでっ、アンタがここにいるのよ!」

茉里が叫んだ先に、黒いベンツの車が停まっていた。
運転席を出たところに立っていたのは、すらりとした長身の男性。大人のファッション雑誌のモデルでもやってそうな人だった。

柔和な笑顔を見せると、ゆっくり茉里たちのところへ歩み寄ってくる。

⏰:11/01/30 00:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#611 [向日葵]
「近くを通ったから、迎えにきたんだ」

「先輩、こちらは?」

何人かまだいた後輩は、突然現れた紳士的な男性を見て、おろおろする。

紹介したくもないという顔をして、食いしばっていた歯を、無理矢理こじ開けた。

「私の……ち……ちおや……」

「初めまして。部の仲間かな?」

父親がうっとおしくなる年頃とはいえ、茉里の異常な嫌がり様を見た後輩たちは、突然現れた素敵な男性を前にはしゃぐつもりでいたが、それをやめた。

⏰:11/01/30 00:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#612 [向日葵]
触れてはいけない空気に、挨拶もそこそこに後輩たちはそそくさとその場をあとにした。

「……こういうの……迷惑だってわかんないの?紹介したくもないのに……」

「ごめん。部のみんなと一緒だとは思わなくて」

申し訳なさそうに、茉里の父は微笑む。

「ちょっと考えればわかるじゃない!迎えにだって頼んでない!大体アンタの顔なんてみたくないってわかってるでしょ!?」

⏰:11/01/30 00:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#613 [向日葵]
茉里は両手でドンッと父の胸を押す。

「お、おい茉里」

さすがに言いすぎじゃないかと、宗助は茉里をとめる。
父はそこで初めて、まだ宗助がいたことに気づいた。

「君は……」

宗助は父とは初対面だ。
初めて見る父は、茉里が話していたほど悪い人だとは思えなかった。

「初めまして、笹部宗助と申します。茉里さんと、お付き合いさせて頂いてます」

「ああ……」と、納得したような返事をした。

⏰:11/01/30 00:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#614 [向日葵]
「馨……っと失礼、妻から聞いてるよ。そうか、君が、茉里の……。宗助くんと呼んでも?」

「気安く宗助の名前呼ばないで」

「茉里。はい、構いません」

茉里はずっと父を睨んでいる。
父は苦笑を浮かべながらため息をつき、後部座席のドアを開けた。

「立ち話もなんだから、宗助くんも一緒に乗っていかないか?帰りながらゆっくり話そう」

戸惑う宗助は、茉里を見る。
茉里は宗助の手を掴んで、駅のほうへと歩いていこうとする。

⏰:11/01/30 00:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#615 [向日葵]
しかし宗助は、もし茉里の父が今真面目になったんだとすれば、娘と深くなった溝を埋めたいと思っているのではと思った。

溝なんか簡単に埋まるものではない。

それでも、柔和な笑みを浮かべながら、その裏では大きな後悔の念があると感じてしまったら、茉里の手に導かれるわけにはいかなかった。

「俺も一緒なら、茉里も乗る?」

優しくなだめるように茉里に話しかける。
茉里は目を見ようとはしないが、足を止めた。

⏰:11/01/30 00:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#616 [向日葵]
茉里は泣きそうな顔で嫌がっていた。
それは父と一緒に帰るのが嫌なのか、嫌いな父の車に宗助が乗るのが嫌なのかはわからないが、宗助が言ってもきいてくれないような気がした。

茉里の闇が大きいのは知ってる。彼女が未だ、その闇に耐え切れず、沈みこむのを知っている。

けれど、いつまでもこの状態がいいわけがない。

どこかで、和解は出来なくても、距離を縮めることは出来るはずだ。

何度、遠くの線路で電車が通過した音をきいただろうか。
茉里がゆっくりと宗助の目をみつめかえす。

⏰:11/02/05 23:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#617 [向日葵]
宗助は安心させるように薄く微笑む。

安心……?

その時、宗助は思った。
茉里は、恐がっているのではないかと。

「…………わかった」

ほとんどきこえないくらいだったが、茉里は納得したようだった。
宗助が引っ張るようにして、茉里の父が開けた後部座席へと行く。

茉里は、恐がっているのかもしれない。
茉里は本当はもう、父を許したいと思ってるのではないだろうか。

⏰:11/02/05 23:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#618 [向日葵]
憎しみや、嫌悪が消えたわけじゃない。
でも、それでも少し、歩み寄ってみようと思ってるのかもしれない。
ただ、彼女の中に引っかかるのは、“また裏切られてしまったらどうしよう”という思いだ。

バタンとドアが閉まった瞬間、茉里の手にグッと力が入った。
力のせいか、それとも他のことか、少し震えている。

暗い車内に入る光を頼りに茉里を見れば何かと戦っているのか、眉間にしわを寄せて、口を食いしばって目を瞑っていた。

⏰:11/02/05 23:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#619 [向日葵]
かける言葉がみつからないから、宗助は手を握りかえした。

―――――――………………

「中学校から剣道を……。段は今はどれくらいかな?」

「まだ2段です。もう少ししたらまた昇段試験があるんで、それを受けようかと」

車内では、他愛のない会話をしていた。
茉里の父はゆったりとした話し方をするので、簡単に気を許してしまいそうになるが、そうするのは躊躇った。
茉里は先程よりは顔に険しさはなくなったが、相変わらず眉間にしわをよせて、過ぎ行く街並みを見つめていた。

⏰:11/02/05 23:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#620 [向日葵]
「茉里とは、付き合ってどれくらいに?」

「1ヶ月ほどです。友達からの付き合いを足すと、1年の頃からになります」

「茉里は嫉妬深いだろ。母親似でね」

「……よく言う」

いつもの茉里の声からは考えられないぐらいの低い声がした。
嘲笑のようなものを浮かべて、茉里はまだ街並みを見ている。

この話題はきっとまずい。

「妹がいて、よく遊んでもらってます」

話をさりげなく変えてみる。

⏰:11/02/05 23:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#621 [向日葵]
「妹がいるのかー。茉里も妹がほしかったか?」

「いらない。妹も私みたいにしたいの?」

気まずい空気が、車内を包む。
溝を埋めるつもりが、深さはそのままに距離がどんどん出来てるように思う。

「嫌われてるだろう、私は」

ハハハと父は笑う。

平気なんだろうか。

そうですね、なんて言えないので、宗助は苦笑いを浮かべる。

茉里をちらりと見た。
茉里の目に、涙がたまっているのがうっすらとわかる。
きっと、何か思い出したのだろう。

⏰:11/02/05 23:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#622 [向日葵]
やっぱり、乗るべきではなかったか?

抱きしめてやりたいけれど、それが出来ないから、指と指が組むようにして、手を繋いだ。

いくら繋いでいても、茉里の手が暖かくならなかった。

ごめん、俺の勝手な思いで……。泣かせるつもりなんてなかった。

ただ茉里が、これまでよりも、もっと晴れ晴れ笑えるようになったらって思ったんだ。

⏰:11/02/05 23:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#623 [向日葵]
――――――――………………

「私は宗助くんを送っていく。茉里は家に入りなさい」

茉里の家まで帰ってきた宗助は、心配そうに茉里をみる。
茉里は無言で宗助と手を繋いだまま外へ出た。

父親が見てる前でも構わない。

後ろ手にドアを閉めた宗助は、すぐに茉里を引っ張り、力いっぱい抱きしめた。

茉里も、宗助の胸に顔を埋める。

しばらくそうしてたが、茉里の方から離れた。

⏰:11/02/12 23:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#624 [向日葵]
「大丈夫よ宗助。私も、強くならなきゃ。この前だって、元気もらったし、ねっ」

鼻を赤くして、茉里は微笑む。
そんな彼女がいとおしくて、宗助はまたギュッと抱きしめた。

そしてまた車へ乗り込んだ。
車が発進して後ろを見たら、茉里がまた立っていた。

きっと車が見えなくなるまで見送るのだろう。
宗助は前を向く。
ふとルームミラーを見ると、父と目があった。
柔らかく微笑む父に、宗助は複雑な思いを抱く。

⏰:11/02/12 23:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#625 [向日葵]
「お訊き……したいことがあります」

「うん。なんでも言ってくれ」

「茉里さんから、貴方のことを色々ときいたことがあります」

ゆるやかなカーブだが、宗助は油断していたのでよろける。
父は宗助の続きを待っているのか、黙ったままだ。

「浮気…………なさっていたんですか。……本当に」

父は黙ったままだ。
急にハンドルをきられて、また宗助はよろける。
車がしばらくしてとまり、着いたのはどこかのお店だった。

⏰:11/02/12 23:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#626 [向日葵]
「少し、お茶でもしていこう」

柔らかなのに、有無を言わせない雰囲気に、宗助は父のあとを着いていくしかなかった。

そこはファミレスではなく、年季がはいった、けれど落ち着いた温かな雰囲気の喫茶店だった。

ドアを開けると、カランコロンとどこか懐かしい音を奏でる。
数人しかいない喫茶店の店主は、白髪頭とふさふさしたひげをつけた、穏やかそうな人だった。
カウンターのそばに、いくつかのポットがあり、湯気がたっている。

⏰:11/02/12 23:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#627 [向日葵]
父は店主と知り合いのようだ。
父が軽く挨拶をすると、店主は目元にあるしわを深くして笑いながらゆっくりと頷いた。

宗助もとりあえずぺこりと頭を下げると、父と同じように、店主は笑った。

店の雰囲気や店主のゆったりした動作に思わずまどろみそうになるが、そんな場合じゃないと頭をふる。

宗助は父のあとについていく。
父はまるで決まっていたかのように、奥のテーブルについた。
宗助も正面に座る。

⏰:11/02/12 23:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#628 [向日葵]
「さっきコーヒーを頼んだから、もうすぐ来るよ。でもその前にコーヒーは大丈夫かな?」

「平気です」

「なら良かった。ここのはおいしくてね」

お茶を飲みにきたのか?
そんなわけないだろうに。
はぐらかされてるのか?

問い詰めたかったが、さっきの車内とは違いここは公の場。
誰が聞き耳立ててるかわからない状態で、彼女の父親の評判を落とすような発言はしてはいけない。

⏰:11/02/12 23:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#629 [向日葵]
宗助はただ黙って、向こうから話し出すのを待った。

店内は静かにクラシックが流れていた。
宗助は少しそれに耳を傾ける。
しばらくすると、コーヒーの匂いが近づいてきた。

どこにでもあるような真っ白なコーヒーカップとソーサーを店主が持ってきた。
どこにでもあるようだが、逆にそれがこの喫茶店のレトロな雰囲気を引き立てていた。

落ち着く。
落ち着きすぎて、思考回路が鈍くなりそうだったが、それを振り払うように、コーヒーに少しのミルクと砂糖をいれた。

⏰:11/02/12 23:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#630 [向日葵]
「……その話」

「はい?」

急に話をされて、宗助は少し気の抜けた返事をする。
一口コーヒーを口にした父は、静かにカップをソーサーに戻す。

「浮気云々の話は、やっぱり茉里から?」

「はい……。家族のことをお互いに話している時に」

「そうか……」と言って、父はまたコーヒーを一口すする。

少しの沈黙が2人をつつむ。
宗助は父をじっとみつめる。

⏰:11/02/19 22:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#631 [向日葵]
「妻と出会ったのは、大学時代だった」

――――――――…………

当時の茉里の父、裕之(ひろゆき)は、大学内で知らない人はいないほどの、いわゆる王子様のような人だった。

その整った容姿に加え、すらりとのびる手足、細いが触れば男性特有の硬さのある身体。
口説かれれば、ノーという女の子はいなかった。

「裕之、今日はあたしと帰るでしょ?」

「なに言ってんのよ。私に決まってるでしよ!」

⏰:11/02/19 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#632 [向日葵]
当然かのように、毎日お決まりのパターンで会話がされていた。
裕之も女性好きだったため、そんな女の子たちが自分を取り合っている様を見て、ただ可愛いと思うだけだった。

特定の女性を大切にしないのは、たくさん愛情を受けていたかったからだ。
1人からの愛情なんて、裕之には足りなかった。

たとえその1人が、どんなに大きな愛情をもっていたとしても。

そうやってたくさんの人が、自分を愛そうとすること自体に快感をすら覚えた。

⏰:11/02/19 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#633 [向日葵]
――――――…………

食堂に行けば、そこにいる女の子がほぼ裕之の元へと集まる。
それは、食堂で注文する人だかりよりも遥かに多い数だ。

「裕之、ひとくちちょーだいっ」

「いいよ」

「ずるいーっ!あたしもー」

鼻にかかったような声を出す女の子たちを、けむたがる人もいれば、裕之を羨ましく思う人もいた。

食事を終えて、さすがにこれ以上迷惑をかけてはいけないと思った裕之は、女の子たちに各自教室へ帰るように言った。

⏰:11/02/19 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#634 [向日葵]
「えー!」と大合唱の後、1人2人と渋々散らばっていき、食堂を後にした。
だが、まだみんな完璧には帰っていないのを知っている。

このままでは更なる迷惑がかかりそうなので、裕之は席を立った。
皿を水道管のようなところから複数細く出てる水で軽く洗う。

その時、ふわりと甘い香りがした。
香りにまるで導かれるように視線を向けると、そこにいたのは女性だった。

空気をはらんだような髪の毛はまっすぐだが毛先が少し内巻きだ。細く、指通りがゃさそうで、光の具合で茶色い髪がさらに茶色く見える。

⏰:11/02/19 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#635 [向日葵]
まつげが長くて、顔に影がおちている。
控えめについてるかのような唇は、少しだけ微笑んでるようにも見える。

女性はふとこちらを向いた。
それもそのはず。
裕之が、その女性の髪に触れていたから。
裕之もそんな自分の行動を、女性と目があった時に気づいた。

「どうか、されました?」

静かな柔らかい口調が耳にやさしい。
急に髪に触られたというのに女性は怒りもせず、小首を傾げて、やっぱり口は微笑みの形をしていた。

⏰:11/02/19 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#636 [向日葵]
「いや、なんだか甘い香りがしたもので」

「ああ……。お菓子をよく作りますから、それでかしら……?」

女の子たちの視線を感じながらも、裕之は何故だかその人から目が離せなかった。

今までも、誰かに特別な感情を抱いたことはない。
好き勝手に遊んでいたし、たくさんの女の子たちと知り合うのは楽しかった。

でも、この人だけ、なにが違う?

「あなたはたしか……、加賀さんでしたね。1つ学年が上の、有名人さん」

「いや、そんな……」

「初めて見ました。いつも女の子に囲まれて、本人は見たことがありませんでしたから」

⏰:11/02/19 22:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#637 [向日葵]
ふと腕時計を見た女性は、全ての食器を片付け終えると、体ごと裕之の方を向いて、軽く一礼する。

「では、私は用事がありますのでこれで」

「あ、待って!せめて名前を……」

「あれだけたくさんの女の子と一緒にいるんですし、私の名前を名乗ったところで、あなたは忘れてしまうと思いますよ。それでは」

涼やかな声と笑顔で、拒絶された。

ナンパなら他でやれと。

⏰:11/03/06 03:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#638 [向日葵]
彼女が言うことを否定は出来ない。
それに何人もいる女の子たちの中で、彼女を特別扱いする気もない。

けれど、今もまだ、甘い香りが自分を包む。

―――――――…………

「やあ」

何日かしたある日。
裕之はまた甘い香りのする女性をみつけた。
女性は丁度木陰になっているベンチで本を読んでいた。

⏰:11/03/06 03:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#639 [向日葵]
「あら、あなたは……」

「加賀裕之。文学部の2年。そっちは?」

「同じく、文学部の1年です」

「じゃなくて……」

名前を訊きたかったのに、おもいきり省かれた。
これ以上問い詰めても、きっと前みたいにかわされるだろうから、裕之は諦めて女性の隣に座った。

「何読んでるの?」

「志賀直哉の作品集です」

渋い……。

⏰:11/03/06 03:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#640 [向日葵]
「今渋いって思いました?」

「いや、難しい本読んでるんだなーって」

頷きそうなところを、なんとかこらえて別の言葉を出した。

しかし、女性は裕之の考えなどわかっているように、少し困ったように微笑んだ。

再び女性が本に目を落とすと、ふわりと暖かな風がふいた。
それにより、また甘い香りがただよってくる。

気づいたら、裕之は本にそえてあった女性の手を握っていた。
驚いた女性は、たれ目がちの目をかるく見開いて、裕之をみつめる。

⏰:11/03/06 03:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#641 [向日葵]
一体なんなんだこれは……。

裕之も困っていた。
これじゃまるで、自分が彼女のことを好きみたいではないか。

好きなのか?
好きじゃないと言えば嘘になる。今日会うまで、気づかないうちに彼女を探していた自分を知っている。

でも自分は、1人だけを選ぶなんてことはしない。

そう思っているのに、だんだんとその小さな唇に吸い込まれていく。

⏰:11/03/06 03:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#642 [向日葵]
もう触れるだろうという瞬間。
ぱしりと音がして、頬にかるい痛みがはしる。

「やめて……。私をみんなと同じようにしないで……っ!」

怒った目が涙の膜で輝いて、奇麗に見えた。
そしてその目は怒っているのに、どこか悲しそうだった。

「あなたは女の子なら誰でもいいかもしれないけれど、私は違う。誰もかれもが、あなたを好きになるだなんて思わないでください」
そんなこと思っていないと言いたかった。

⏰:11/03/06 03:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#643 [向日葵]
でも、今の自分はそんなこと言えるような奴じゃない。
毎日女の子たちにかこまれていれば、説得力がない。

「あ、いたいた!馨!」

はっとしたように、女性は顔をあげる。
遠くのほうで、誰かが「馨」と呼ばれるその女性を手招きする。

「馨ちゃんっていうんだ」

「……気安く呼ばないで。呼ぶなら名字にしてください。」

「じゃあ名字は?」

「魚住です。では……」

⏰:11/03/06 03:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#644 [向日葵]
急ぐように本をパタンとしめて、馨は立ち去る。
しかし数メートルでピタリと止まると、肩にかけた鞄からごそごそと包まれた小さな何かを出す。

彼女の手にのっていたのは、一口サイズのカップケーキだった。

「自分で食べようと思いましたが、あげます。叩いてしまったお詫びです。でももう2度、あんなことしないでください」

また一礼して、今度はもう振り向かず行ってしまった。

もらったカップケーキを裕之は見つめる。
小さく可愛く主張しているようにも見えるそれは、彼女の分身のような気がして、知らず知らずのうちに口を笑みの形にした。

⏰:11/03/06 03:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#645 [向日葵]
なんて自分らしくない感情だ。
こんなにも彼女がいとおしい……。

魚住馨。
その名前は、裕之にとって特別なものとなった。

ーーーーーーーーー…………

大学にある図書館は、馨にとって一番安らぐ場所。
本のにおいと、建物自体のにおい。遠くに聞こえる生徒の声は、なんだかくすぐったくも感じる。

なにより、次なにを読もうか悩みながら本を選んでいる時が一番幸せな時間。

⏰:11/03/19 21:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#646 [向日葵]
本は自分を読んでくれと言っているかのように、窓からさしこむ光で背表紙を光らせる。

心乱れることない、安らぎのとき……。
しかしその安らぎは、ある人の声によって遮られた。

「魚住さん」

ぴくりと肩を震わせて、声のほうへゆっくりと振り向く。

何回会っても、その笑顔は崩れない。
たまに能面でもつけてるのではと感じる。
最近なぜだか、この男が馨につきまとう。

⏰:11/03/19 21:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#647 [向日葵]
悪い人ではないのだろうが、いまいち信用ならないこの男を、馨は警戒している。

「加賀さん……。あなたも図書館に用事ですか?」

「うん。探してるものがあると思ったから」

「加賀さんも本を読まれるんですね」

「うん。君の思い出を綴った本があれば、ぼくの探してるものはみつかったも同然だよ」

馨は呆れたようにため息を吐く。
どうしてこの人は私につきまとうのだろう。
からかいなら他でやってほしい。

⏰:11/03/19 21:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#648 [向日葵]
「私の思い出なんて、綴ったところでベストセラーになんてならないと思いますが」

口説き文句をさらりとかわす。
いつもなら、彼は困ったように口を閉じるのに、今日はなぜかそうしなかった。

「じゃあ僕がベストセラーになるように大量に買うよ」

「お金の無駄だと思いますよ」

「君に貢ぐならお金も惜しまないよ」

「浪費家は嫌いです」

「ならやめよう」

⏰:11/03/19 21:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#649 [向日葵]
付き合ってられない。

逃げようとさりげなく足を動かすと、逃げるほうにある本をとるフリをして、裕之は通せんぼした。

ああ…………、迷惑っ!!

くるりと踵をかえすと、今度はこちらに手をのばしてきた。
もうそれは、フリなんかではなく、明らかに馨を通せないようにするものだった。

苛立って、馨は目をつりあげると、裕之のほうへ背筋をのばして毅然と体をむけた。

⏰:11/03/19 21:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#650 [向日葵]
「意地悪しないでください。私を怒らせたいんですか?」

「怒らせたくはないけど、いい加減僕から逃げるのをやめてもらえないかな?」

「前にも言ったはずです。みんなと同じように扱われることを私は望んでいません。遊びたいのなら他でどうぞ」

「違うといったら?」

つりあげていた目が、少し下がる。

違う?

思わずきょとんとした表情になってしまう。

「僕は君に一目惚れしたみたいなんだ。君がいないか、毎日どうしても探してしまう。君から香る甘い香を探してしまう」

⏰:11/03/19 22:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#651 [向日葵]
な……なにを……言ってるの……?

「僕のことは嫌いかな?」

「お話してるぐらいなら……別に。こんなことされるのが嫌いなんです」

「そう……。でもこうしなきゃ、いつまでも君が捕まらない気がする」

「私は鳥かなにかですか。鑑賞したいのなら美術品に価値を見出だしてはいかが?私は価値などないの。こんなことされるのは、不愉快だわ!」

裕之の手をたたき落として、馨はその檻から脱走する。
もういつでも逃げられやすいように、棚と棚との間の通路へと出る。

⏰:11/03/26 22:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#652 [向日葵]
周りを注意深く見て、だれもいないかを見る。
じゃないと本を選ぶ場所にいて、棚ではなく通路で突っ立って怒っている自分が、なんだか浮いてて、見られたら変な子だと思われそうだったからだ。

「きっとすぐに気づきますよ。私じゃなくてもいいことに」

「気づくことがないから君がいいと言ってるんだよ」

もうやめて……っ!

馨は、思わず逃げだした。
いてもたってもいられなかった。

⏰:11/03/26 22:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#653 [向日葵]
馨は実は、裕之が好きだった。
馨も一目惚れだった。

入学時、校内で迷った馨を案内してくれたのが裕之だった。

初めてだった、こんなに素敵な人を見るのは。
しかし入学してから知るのだった。

裕之は女の子なら誰でも好きなことに。

そんな人の、特別になりたいだなんて、無理にきまっている。
裕之はああ言ってくれているが、絶対に信じてはいけない。
信じてはこちらが痛い目にあうのだ。

⏰:11/03/26 22:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#654 [向日葵]
そうやって泣いている子を、何人、何十人と、見てきたから。

本当は、もうあのやさしい檻に閉じ込められたままでよかった。
その考えに、このまま委ねてしまおうとして、ハッと気づいた。

傷つくのはこわい、と。

真剣な彼の目が、心臓の音を早めて苦しかった。

どれくらい走ったかは知らないけれど、いつか彼と座った木陰のベンチを見つける。

ゆっくりと近づき、ゆっくりと腰をおろす。

⏰:11/03/26 22:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#655 [向日葵]
傷つきたくないから恋をしないだなんて……。

「私は臆病なのかしら……」

傷ついて、ひとつ成長するのも恋だと思う。
それでも、自分は傷つく勇気なんてない。

「きっとあの人も、そこまで私を好きじゃないでしょうしね」

「そんなことないよ」

頭の上からふってきた声に、馨は驚いて振り向く。

⏰:11/03/26 22:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#656 [向日葵]
自分は走ってここまで来たというのに、後ろにいた裕之はまるで最初からいたかのように、先程と変わらない、涼しい顔をしてそこにいた。

そして少し汗ばんだ馨の頬に手を触れる。

「もうずっと、君に夢中なんだ。君しか考えられない。それぐらい、君を想ってる。こう言っても、まだ信じてくれない?」

美貌が近くにあれば、それだけで顔が熱くなるのに、更に強く、情熱的な言葉が出てくるものだから、馨はもう顔を熱くするどころか固まってしまった。

⏰:11/03/26 22:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#657 [向日葵]
「もう逃げないで。君を絶対に悲しませたりしない。だから僕を、受け入れてくれ」

真剣な目が、声が、言葉が、全てが馨に突き刺さって、思ってることすら口に出来ない。
わずかに動く目が、彼を避けるように泳ぐ。

「言葉に出来ないっていうなら、態度でしめして。今から君にキスをする。嫌なら今すぐに逃げて」

キ……キス……!?

更に馨は固まる。
しかし固まってる場合じゃない。

今は周りに人影がないといえ、いつ通るかわからない。
こんなとこ見られたら友人にどう言えば……っ。

とほんの数秒のうちに考え、馨はあれ?と思う。

⏰:11/03/26 22:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#658 [向日葵]
私……逃げることを考えてない……。

そう思った瞬間、柔らかなものが、唇におしつけられる。

ああ……、私もう、自分でもわからないうちに、覚悟を決めてたんだわ。

傷ついてもいい。
この人の気持ちに答えたい。
そして自分の気持ちを伝えたい。

どれくらい長い間キスをしていただろう。
離れてはまたしてを繰り返して、馨は息が少し荒くなっていた。

そんなキスをしたのは初めてだったから、恥ずかしくて困った顔になりながら、ちらりと裕之を見ると、今までに見たことがないくらい、眩しく、美しい笑顔で、馨を見つめていた。

⏰:11/03/26 22:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#659 [向日葵]
ーーーーーーー…………

話ながら茉里の父、裕之は、一口二口、コーヒーを飲んでいた。

宗助は手付かずのまま、裕之の話をきいていたので、きっともうコーヒーは冷めてしまっているだろう。

懐かしそうに笑う裕之は、コーヒーにうつる自分に微笑む。

「話をきかせて頂くと……、随分と奥さんに夢中みたいにきこえますが……」

宗助は眉を寄せて、まるで難解をつきつけられたような表情をする。

⏰:11/03/26 22:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#660 [向日葵]
そう言われて、裕之は寂しそうに笑った。

持っていたカップをかたりとソーサーに戻し、足を組みかえ、下を向いて静かに目を閉じる。

そう、夢中だった。
馨さえいれば良かった。
茉里さえいれば良かった。
2人がいり家があれば、それだけで幸せだったんだ。

なのに……。
自分でも許せない。
後悔してもしきれない。
いっそ殺してほしいぐらいに苦しい。

馬鹿だ。
馬鹿だったんだ。

⏰:11/04/02 22:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#661 [向日葵]
[17]上げることの出来ない頭

帰ってこない……。

茉里はリビングで全身に力を入れて座っていた。

なにをしてるの?
宗助になにをしてるの?
関わらないでよ。
私の大切な人に、関わらないでよ……っ!

ことりと音がしたかと思い、いつの間にかかたく閉じていた目を開く。
目の前に、白く少し大きめのカップに、ココアが入っていた。
甘い匂いに、体の力が緩む。

⏰:11/04/02 22:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#662 [向日葵]
「色々考えすぎると、可愛い顔に変なシワが入るわよ」

からかうように笑う母、馨は、茉里から見ても美人の類に入る人だと思う。

そんな母なら、他にいい人なんてたくさんいるはずなのに、どうして父にこだわるのだろう。

「今年で結婚何年目になる?」

「3月でー……17?18?それぐらいね。あら?19だったかしら?」

「まあ約20年ね……。」

⏰:11/04/02 22:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#663 [向日葵]
少しだけとろみがついたココアに口をつける。
甘い味が口の中をいっぱいにする。

「アイツのなにがよかったの?」

「もう……。いい加減お父さんって呼びなさいよ。お父さん茉里にどう接したらいいかわからなくてオロオロしてるわよ」

「自業自得じゃない。私やお母さんがどんな思いしたかわかってんの?」

馨は苦笑いして、茉里の頭をふわりと撫でた。
茉里をなだめる為に撫でたのだが、茉里はなんだか叱られてる気分になって、肩を落とす。

⏰:11/04/02 22:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#664 [向日葵]
そんな茉里を見ながら、馨は昔を思い出した。

ーーーーーーーー…………

大学を卒業した裕之は、有名ではないが社名を言えばみんなが「ああ……アレね」というぐらいのところへ就職出来た。

馨はまだ1年ある為、大学にまだ通っていたが、裕之は休みなど暇が出来れば馨に連絡するというマメぶりだった。

「馨は就職はどうするの?」

何回かのデートの時に、裕之がきいた。

「デート中の台詞がそれですか?」

⏰:11/04/02 22:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#665 [向日葵]
ぶにっと、裕之の頬を軽くつねる。
そんなことさえ嬉しいのか、裕之はにこにこしている。

「あんまり忙しかったら会えないから、それなりのところがいいな」

「そんなの勝手に決めないでくださいよ。確かにそんな年がら年中バタバタ走り回ってるようなところには行きませんけど」

「じゃあもう働かずくる?」

「どこに?」

「僕のとこ」

⏰:11/04/02 22:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#666 [向日葵]
「冗談はやめてください」

もうっ、と馨はそっぽを向く。

裕之は冗談ではないのにと思いながら、そうやって雰囲気に流されない真面目な馨がいとおしくなる。

「まあ、そのうち嫌だって言っても結婚してもらうからね」

「なんですか。その脅迫めいたプロポーズは」

しかしその日もそう遠くはなかった。
大学を卒業し、半年ほどが過ぎた時、待ちきれないかのように裕之がまたプロポーズをした。

⏰:11/04/10 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#667 [向日葵]
車で出かけてた2人は、暗くなり、そろそろ帰ろうかという時に、海岸沿いに車をとめて、指輪を出した。

馨は嬉しくて涙を流すことで「はい」と答えた。

色んなことが足早に過ぎていき、気がつけば茉里が生まれて、毎日が本当に幸せだった。

そしてーーーーーーーー

裕之は間違ったのだった。

・・・・・・・・・・・

⏰:11/04/10 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#668 [向日葵]
「加賀」

上司から呼ばれた裕之は、足をとめて振り返る。

「はい?」

「この前のプレゼン良かったって評判だぞ。もしかしたらおれたちので決まるかもしれないって」

「本当ですか!」

もともと、なにをやっても器用にこなす裕之は、上司からの信頼も厚く、若くして色々な重要企画に加わっていた。

嬉しくて笑顔を隠せない裕之は、ふと、上司の後ろにいる影に気づく。

⏰:11/04/10 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#669 [向日葵]
「田辺さん、後ろにどなたかいらっしゃいますか?」

「あ、そうだった。ホラ、挨拶」

出てきた相手に、裕之は息を呑んだ。

「馨……?」

呟くように名前を呼ぶ。

しかし、馨ではない。
それはわかった。

ただその雰囲気、顔立ち、ほとんどが馨にそっくりだった。

控えめに笑う彼女は、裕之に向かって頭を下げる。

⏰:11/04/10 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#670 [向日葵]
「はじめまして、加賀さん。私、花形香と申します。部署が変わりまして、加賀さんとお仕事させて頂くことになりました」

名前までそっくりだ。

しかし自分と仕事?

「田辺さん。話がみえないのですが……?」

「ああ、今言ったとおり、コイツ部署が変わってな。仕事は結構優秀だって言われてるんで、おれたちのチームに入ることになったんだ。で、一番新人のコイツを、チームの中で一番新人のお前が、面倒みるってこと」

ああ、なるほど。

⏰:11/04/10 22:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#671 [向日葵]
ちらりと見ると、花形はふわりと微笑む。

そして彼女からは、懐かしくも感じる、あの香りが漂ってきたのだった。

ーーーーーーーーー…………

「そんなに似てたんですか?」

家に帰ってきて、裕之は花形のことを話した。
3歳になった茉里を寝かしつけ、リビングに戻ってきた馨は、台所に立って、食器を洗っている。

「うん。職場に馨がいたらって僕の願いが叶ったのかって一瞬疑ったよ」

⏰:11/04/10 22:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#672 [向日葵]
「それは良かったですね」

「でさー」と続けようとしたが、馨の後ろ姿から、さっきと雰囲気が変わったのがわかった。

気になった裕之は、おずおずと馨の隣に立つ。
馨を見ても、何も変わらないかのように見えるが、馨の機敏を読み取るのは、裕之は得意だった。

「なにか……怒らせた?」

泡だらけの手が、ぴたりととまる。

「ずいぶんと……、彼女が気に入ったんですね」

小さな声だった。

「私を、求めてくれてるのはよくわかりますけど、彼女は別人なんですよ」

⏰:11/04/10 22:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#673 [向日葵]
蛇口をひねると、騒がしい水の音が台所に響く。

シンクに洗った皿を置く。

「片付けの邪魔なので、あっちに行っててください」

その声が震えていたからいけなかった。

裕之は馨の腕をひいて、自分の腕の中に閉じ込めた。
少し抵抗があったが、裕之が抱く力を強くすると、ゆっくりと馨の力が抜けた。

「僕には馨だけだよ」

「わかってますよ。これは……私の勝手でわがままな嫉妬ですから」

「嫉妬なんて、僕を喜ばせたいの?」

⏰:11/04/10 22:36 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#674 [向日葵]
少し屈んで、唇を寄せる。
ちょっと抵抗するように馨は顔をそらそうとするが、顎に指をかけられては、そらしようがない。

熱いくちづけに馨はいつまでも慣れなくて、裕之を引き離そうとするが、裕之はそうすると余計に体を密着させる。

「ひ……ろ、ゆきさ……っ」

「もう少し黙ってて……」

口ごと食べられてしまいそうなキスに、馨もだんだんと酔いしれる。
息苦しい、でもそれが気持ちよくもある。

⏰:11/04/17 00:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#675 [向日葵]
キスの間に、裕之は何度も愛の言葉をささやく。

後に思い出す。

『あまり口にはしないで』

ーーどうして?嬉しくない?

『嬉しいの、とっても。でもね、あまり言ってしまうと、あなたの私への気持ちが、なくなってしまいそうで、とてもこわいわ』

なくなったわけじゃない。
むしろ増していた。
好きで、大好きで、いとおしくて、愛していて……。

⏰:11/04/17 00:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#676 [向日葵]
なのにーーーーーーーー






ドコデ間違エタ…………?

⏰:11/04/17 00:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#677 [向日葵]
ーーーーーー………………

「お前たちって仲良いな」

上司の田辺が言う。

裕之と花形、2人して田辺を見る。

「普通じゃないですか?なあ花形」

「ねえ加賀さん」

「そういうのほほんとした会話が仲良いって言ってんだよ」

実際に仲は良かった。
彼女はやっぱり馨に似ていて、会話から動作まで似ているから、どうしても、馨と接しているようになってしまう。

⏰:11/04/17 00:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#678 [向日葵]
裕之はそれでも、馨と花形は違うと思っていたから、ただの同僚としてしか思っていない。

「あ、そうだ加賀、この資料まとめといてな」

「え、昨日やりましたよね?」

「訂正の部分が出たんだ。悪いな」

肩を叩いて去っていく上司は、ちっとも悪いと思っていない。
ちぇっと、訂正しなくてはならなくなった書類を苦々しくみつめる。

残業決定か。

最近こんなことが多くなって、茉里と遊べないし、馨ともゆっくり出来ない。

⏰:11/04/17 00:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#679 [向日葵]
茉里ももう小学3年生になった。
この前も、父の日だからと、少ないお小遣でネクタイを買ってくれた茉里は、裕之にあげるのを楽しみにしていたのに、裕之はその日残業で、結局あげたのは次の日だった。

「気に入った?これを見てたまには茉里のことも思い出してね」

幼く、いじらしいその言葉は、裕之は胸を痛めた。

だから早く帰って、力いっぱい抱きしめてやりたいのに。
少し疲れ気味の裕之は嘆息する。

「あの加賀さん、私も手伝いますよ」

明らかに肩を落としている裕之を気遣ってか、花形は控えめに申し出た。

⏰:11/04/17 00:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#680 [向日葵]
「ああ……悪いな……。頼む」

「任せてください!」

にっこりと微笑む。
その笑顔が、馨と重なる。
疲れた心が、癒される。

手を伸ばした裕之は、何か迷って、花形の頭を撫でた。

「ありがとな。ちょっとコーヒーでも飲んでくるわ」

花形の隣を通れば、あの香り。

裕之は頭を撫でるつもりなんてなかった。
そして自分のしようとしてたことを、歩きながら心の底から戒めた。

撫でるつもりなんてなかった。
本当はーーーーーー。

⏰:11/04/17 00:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#681 [向日葵]
ーーーーー抱きしめようとした。

⏰:11/04/17 00:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#682 [向日葵]
「なにを……してるんだ……っ」

疲れて頭がおかしくなったか!
いくら馨に似てるといっても彼女は違うではないか。

代わりにしようとするなんて、最低な男のやることだ。

ーーーーーーーー………………

「あーっ!!やっと終わりましたねー!!」

残業してから3時間。
2人共椅子の背もたれにもたれきって背伸びをする。

もう目がチカチカして、しばらくはパソコンの画面とにらめっこしたくはない。

⏰:11/04/17 00:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#683 [向日葵]
「あー……。なんで僕ばっかり……」

「珍しい。加賀さんが愚痴ってる」

おっとっと。
みっともないところを見せるとこだった。
こういうところは、愛する人しか見せたくない。

「帰る前に一息つきましょうか。コーヒーいれますね」

立った花形は、裕之のデスクの左側にある、コーヒーメーカーがある場所へと歩いていった。

しかし、急にめまいが彼女を襲い、ぐらりと体が傾く。
いち早く気づいた裕之は、花形の体を支える。
裕之は椅子から立ち上がって支えたが、バランスを崩して、また椅子に座ることとなった。

⏰:11/04/17 00:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#684 [向日葵]
そしてその上に花形が座る形になった。

「だ……大丈夫か……?」

「ご……ごめんなさ……。最近けっこうこんなのがよくあって……」

「ちゃんと休めているのか?」

「はい……。助けて頂いて、ありが……」

花形が顔をあげれば、裕之との距離は、数センチしかなかった。
2人共、離れようとしない。

「…………好きです」

こぼれ落ちるように、花形の口からそうきこえた。

「加賀さんが好きです……。ずっとずっと……好きでした……っ」


やめてくれ。

⏰:11/04/17 00:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#685 [向日葵]
「奥さんがいてもいいんです……。私、代わりでもいいんです」

やめてくれ。
彼女と同じような顔で、香りで、声で、僕を求めないでくれ。

彼女ですら、こんなに情熱的に求めたことはない。
いつも裕之が求めて、馨がそのふんわりとした空気で受け止めてくれる。

それはもちろん、馨が嫌がっているのではなく、それが2人の愛し合い方だから、裕之は幸せに満ちあふれていた。

「好き……。加賀さん……。好きなの……。」

頭が、疲れているから、働かない。

馨……。

⏰:11/04/23 20:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#686 [向日葵]
僕は今、君を、こんなにも欲している。

働かない頭のせいにする。
なにもかも。

気づけば、花形に唇を寄せていた。
今すぐ、自分を癒してほしくて、無我夢中で、花形を抱いた。

「加賀さん……」

「……花形。ーーーーーっ!?」


裕之は、ハッとした。

今、誰の名を呼んだ?

わからなくなった。
僕は馨を愛してるのか、花形を愛しているのか。

あんなに馨を欲していたのに、紡いだ名前は、違う名だった。

⏰:11/04/23 20:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#687 [向日葵]
「加賀さん、私はいいんです。私は、ずっと、あなたのそばにいますから」

その言葉は、甘美な呪縛だった。

月日を重ねる度、裕之の評価は上がり、更に仕事は増え、家に帰れない日が続いたこともあった。

家に帰れば、自分が元の自分に戻った気がして、茉里と馨を力いっぱい抱きしめた。

同時に、懺悔をしたくなった。

僕は、君と似た女性と、肌を重ねた。
君と似た女性と関係をもっている。
許してくれ、君を求めた結果だったんだ。
君が……君が……。

⏰:11/04/23 20:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#688 [向日葵]
許しを請う言葉は、最早、言い訳にしかきこえなくて、裕之は吐き気がした。

殴りたい。
殴れるなら、もう顔がわからないくらい、自分の顔を殴りたい。

そして、3年の月日が過ぎた。
あの甘美な呪縛に甘えて、疲れた体を、花形で癒していた裕之は、もう、いい加減関係を切らなければと、久々に早く帰りながら考えていた。

早いといっても、もう11時だったが。

「ただいま」

玄関をあけて、そう言っても、馨がこなかった。
いつもなら、たとえ手が泡だらけだろうと、ふんわり笑って「おかえりなさい」というのに。

⏰:11/04/23 20:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#689 [向日葵]
リビングにはまだ光があった。

「馨……?」

リビングのテーブルに、疲れたような背中があった。

馨は声をかけられると、ゆっくり立ち上がり、同じ動作で裕之を見つめた。
その目が、恐ろしいほど澄んでいて、裕之は息を呑む。

「花形さん」

出てきた言葉は、「おかえりなさい」でも「お疲れ様」でもなかった。

「って方から、今日、電話があったわ」

⏰:11/04/23 20:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#690 [向日葵]
裕之はもう終わりだと思った。
すべてバレた。

「あなたと別れてほしいんですって」

「…………すまない」

なんとか出た言葉が、そんな陳腐な言葉で、裕之は逃げ出したくなった。

暴れまわるくらい、怒られた方がまだマシだ。
馨はどこまでも静かで、冬の夜みたいに、しん……と冷たい。

「どれくらい付き合ってるの?」

「3年……」

終わった。
なにもかも、失った。

⏰:11/04/23 20:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#691 [向日葵]
「疲れたあなたに気づいてあげられないのなら、私が彼を癒します、って言われたわ」

裕之は、馨を見れなかった。
顔を伏せ、目をギュッととじる。

「あなたをそうさせたのは、わたしなのね……」

違う。

「別れたい?」

「そんなわけ……っ!!」

そんなわけないと言うため、顔を勢いよくあげる。
裕之は馨をみて、むしろもう別れたくなった。

⏰:11/04/23 20:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#692 [向日葵]
それでも馨は、裕之を責める気にはなれなかった。
いや、責めたかったのかもしれない。

でも、誰が正しいとか正しくないとか、悪いとか悪くないとか、考えだしたらキリがなくて、もう馨も自分がどうしたいのかわからなくなっていた。

でも裕之が、自分を心の底から愛してくれているのはわかっている。

しかし、3年間も自分しか知らない裕之を、他の誰かが見たのかと思えば、胸が痛むのは仕方がなかった。

⏰:11/04/23 20:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#693 [向日葵]
涙流すくらいは、ちゃんと感情は働いているんだわ……。

裕之をみつめて、頬を流れる涙を感じながら、馨は思った。

「ご飯は、食べる?」

涙を拭いて、口元に少しの笑みをたたえながら、裕之にたずねた。
裕之はしばらく黙って馨を見ていたが、彼女が今何を思っているかわからないので、小さく頷く。

静かに食器がテーブルに並べられる。

その日は、裕之の好物ばかりだった。

⏰:11/04/23 20:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#694 [向日葵]
ーーーーーーーー…………

「お母さん、なにか手伝うことある?」

茉里がひょこりと顔をだす。
昔に意識を飛ばしていた馨は、少しぼんやりと茉里をみる。

「え……。あ、ああ、大丈夫よ。もうあとは煮込むだけだから」

「カッレー!カッレー!」

茉里は馨が作ったカレーが大好きだった。
甘すぎず辛すぎず、でも少しピリッとする。
大きめに切ったジャガ芋はほくほくしてておいしい。

「玉ねぎを飴色になるまでいためるとおいしいらしいけど、お母さんどうしても面倒くさくなるのよね」

⏰:11/04/30 20:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#695 [向日葵]
そんな母の言葉に、茉里はきょとんとする。

「お母さんって、面倒くさがりだっけ?17、18年一緒にいるけど、そんな感じはしないな」

「じゃあ上手くごまかせてるのかしらね」

2人して、アハハと笑う。

笑いながら馨は気づく。

自分でも、知らなかった。
自分は、面倒くさくなることを、きっと避けてたんだわ。

⏰:11/04/30 20:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#696 [向日葵]
あの時も…………。

ーーーーーーーー…………

「馨、どこか出掛けないか?」

裕之はしばらく有休をとった。
有休をとっても、仕事の電話はかかってきたが、ゆっくりするのは久しぶりだった。

あれから、馨に触れていない。
触れさせてくれない。
それは当たり前なのだが、裕之は触れたくて仕方なかった。

「今日は掃除する日なんです。お風呂もカビがはえてたところが気になるし」

⏰:11/04/30 20:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#697 [向日葵]
「昨日もそう言ってたじゃないか……」

「ほこりは毎日たまるんです!」

馨は次の日にはもう何事もなかったかのようにしている。
あの日は、近くにいてほしくなかっただろうと思い、いつも一緒に寝ているが、裕之は客間で寝た。

馨はいつものように茉里を送り出し、買い物に行き、洗濯をし、きびきびと働く。

でも裕之には全部わかっていた。
馨は平気なふりをしているだけだということ。

彼女はこうみえて、感情をあまり顔に出さない。
なにもなかったように演じろと言えばきっと出来るぐらい。
いや、今現にしているのだけど。

⏰:11/04/30 20:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#698 [向日葵]
「茉里は、今日はミュシャちゃんの家に泊まるんだろ?なら丁度いいじゃないか。遠くまで車を走らせて……」

「裕之さん、そんなこと言ってる暇があるなら、庭の草抜きでもしてきてください!」

言い返す前に、ゴミ袋と軍手、熊手を押し付けるようにして渡される。
何か言おうとする前に、洗濯が終わった音が鳴って、馨は行ってしまう。

裕之はため息を吐く。

こうも避けられては、為す術がない。
しかしそれは自業自得なのであった。

⏰:11/04/30 20:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#699 [向日葵]
・・・・・・・・・・・・

なにかしていないと、足元がおぼつかなくなりそうだった。

裕之はきっと話をしたいはずだ。話合って、一緒に乗り越えてほしいんだと思う。

彼はひたすら謝るだろう。
ただ、繰り返される謝罪の言葉を、どう受ければいいかわからない。
受けたところで、何をすればいいかわからない。

笑顔で許せばいい?
物を壊すぐらい暴れて怒ればいい?
目を腫らして、過呼吸になってしまうほど泣けばいい?

⏰:11/04/30 20:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#700 [向日葵]
そうやって考えるうちに、考えているのがもう面倒になってきて、頭がぐらぐらとゆれる。
だから、逃げるように家事をする。

助けて……。

なにに対してそうしてほしいのがわからないまま、馨はそう心の中で呟いた。

茉里も……きっともう知ってる。
きいたんだと思う。
あの会話を。

その証拠に、裕之がリビングにいると、なるべく顔を出さないようになった。

⏰:11/04/30 20:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#701 [向日葵]
馨はギュッと目を閉じて、ゆっくり開ける。

もう、考えても仕方ないなら、終わらせよう。
あやふやなままにせず、綺麗さっぱり、終わらせよう。

馨はゆっくりと裕之の元へ行く。
庭を見ると、まだ少ししか進んでいないが、裕之は真面目に草を抜いていた。

この背中を、ずっと見ていたかったけど……。

「裕之さん」

そっと呼ぶと、ぎこちなく微笑みながら裕之は振り返る。

⏰:11/04/30 20:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#702 [向日葵]
彼ももしかしたら、同じことを願っているのかもしれない。

庭に続くガラス戸によりかかりながら、馨はそう思った。

庭と家では段差が少しある。
今は馨の方が高い位置にいる。
けれど元々背が高い裕之はそれで馨と同じくらいになった。

「どうかした?」

優しく裕之が問う。

まるで普通の会話のように馨が言葉をつむぐから、次に出てきた言葉を裕之は危うく頷きそうになった。

⏰:11/04/30 20:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#703 [向日葵]
「別れましょう」

「う…………。…………え?」

馨の表情は、あの時ぐらい静かだった。

「このままいても、あなたが楽しく私たちと過ごすことは無理だと思うの。ずっと、罪の意識に苛むなら、別れたほうがきっといいわ」

「馨、なに言って……」

「あなたはもしかしたら花形さんの方がいいのかもしれないわ。仕事の大変さをわかってくれそうだもの。だから……」

「嫌だ」

自分でも驚くぐらい、強く否定した。

⏰:11/04/30 20:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#704 [向日葵]
「他の女(ヒト)に心うつりを一瞬でもしてて、こんなこと言っても信じてもらえないかもしれない。でも僕は、君を、茉里を愛してる。絶対に離れたくない。離れたなら、今以上に僕は苦しむよ」

「離れれば、その想いも風化していくわ」

「しないよ」

即答すると、馨の瞳が揺れる。
水面が、風で波立つように。

「僕の心にはずっと君しかいない。花形のことだって……、君を求めすぎたことが、原因だった。……いや、これは別に責めてるわけじゃないよっ。ただ……いつも僕には君が」

「うそつき……」

駄目……。
抑えなきゃ……駄目。
困らせたくない。
面倒なことには、したくない……。

⏰:11/04/30 20:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#705 [向日葵]
そう思う度、涙があとからあとから落ちて、フローリングに染み込む。

あの時は、涙なんてすぐ止まったのに、今になってどうして……?

「じゃあどうして3年も続くのよ!!それは……っ、あなたがあの人に気があったって証拠じゃない!!」

「かお……」

「私は苦しいことは嫌!こんな思いするのは嫌なの!楽しくのんびり過ごしたかった!!ごちゃごちゃ家族がバラバラになるようなことは嫌なの!!」

「僕だって嫌だよ……」

⏰:11/04/30 20:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#706 [向日葵]
「した人がな……っなに、言ってるの、よ……っ!!」

しゃっくりが出てきて、うまく喋れない。
せき止めていた沢山の思いは、もうとまらない。

「むかつく……っ!!」

気づかなかった自分が。
彼を3年も魅力していた花形を。
花形が彼の全てを手にいれたことを。

崩れ落ちた馨は、フローリングを拳で何度か叩く。
指の骨がぶつかって痛いけど、どうでもよくなった。

⏰:11/04/30 20:36 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#707 [向日葵]
「別れてよ!!わか……っれてくれたら、いいじゃない……っ!!私は風化出来……るわっ!!」

「じゃあ……もう僕が嫌い?」

「だ……だい……っ嫌っい!!」

「目を見て言って」

大きな手が、顔を包む。
30代になっても、裕之の綺麗な顔は変わらない。

甘い言葉をつむぐ唇は、キスすればもっと甘くて。
笑った顔は、心に明かりが灯ったように暖かくて。
大きな手で茉里の頭を撫でる姿が、微笑ましかった。

⏰:11/04/30 20:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#708 [向日葵]
「だ…………っ」

大嫌い。
あなたなんか、大嫌い。
裏切り者。
嘘つき。
触らないで。
もう私に2度と触れないで。

大嫌いなの。
もう愛せないの。

「ずるいわ……」

大嫌い。
そんなわけないじゃない。

「そんな……か、んたんに……っ、嫌いになれたら、こんなに苦しくならないわよ……」

「うん……」

⏰:11/04/30 20:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#709 [向日葵]
大好きよ……。
離れたくない。

でもこんなんじゃ、ただの面倒くさい女だわ。

なんでもないふりして、あなたのことわかってますみたいな顔して。

でも暴かれれば泣き崩れてすがりつくなんて。

そうなりたくなかったし、そんなことになることも避けようとした。

まるで雨のように、フローリングが濡れていく。
ガンガンと殴る手は、自分を戒めるかのように、力がだんだんと強くなっていく。

⏰:11/05/07 22:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#710 [向日葵]
その手を、やわらかく包まれる。

「殴るなら、僕の顔にしなよ」

ぶんぶんと、馨は首を横にふる。

「僕は……馬鹿だからさ……」

ぽたりと、馨ではない涙が、フローリングに落ちる。
形のいい目から、丸い涙がこぼれる。

馨は目を見開いた。

裕之が、泣いている。

⏰:11/05/07 22:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#711 [向日葵]
「君が、傷つくの、わかってたのに……」

痛いほどに、馨の心にひびが入り、小さな破片が割れてとんだと思えば、次々にガラガラと崩れていく音がきこえてくるのがわかった。

どうしようもない馬鹿。
謝罪の言葉は、無力で、無意味で……。
「ごめん」なんて言葉が何故あるのかわからなくなりそうだった。

でもそれを何重にも重ねて、君がそばにいてくれるなら、僕は重ね続ける。

⏰:11/05/07 22:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#712 [向日葵]
「信用……、なくしたことはわかってる。でも僕は君しかいらない。茉里しかいらない。愛してる……っ」

胸からせりあがってきそうになる叫びを抑えながらも、必死に届いてくれとこめる。

離れないでくれ。
君しかいない。
君だけだ。
好きだ。大好きだ。
愛してるんだ。
そばにいてくれ。

それしか望まない。
もうなにも望まないから。

⏰:11/05/07 22:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#713 [向日葵]
「裕之さん」

優しい声に、裕之はうつむいていた顔をあげる。

馨が、優しく微笑んでいた。
涙はまだ、とめどなく流れていたけれど、もうなにもかもがわかったように、微笑んでいた。

「また……イチから、始めましょう。なにもかも……」

届いた。

そう思った瞬間、裕之は馨を力いっぱい抱きしめた。

髪に顔を埋めるようにすれば、あの甘い香りが胸を満たす。

⏰:11/05/07 22:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#714 [向日葵]
花形とは、全然違うと思った。

裕之が求めているのは、この空気、この香り、このやわらかさ、この細さだ。

自分が本当に間違っていたのだと思えば、情けなくも嗚咽を漏らしながら泣けてしまった。

馨も久々に触れる裕之のぬくもりに身をよせる。

そこでようやく彼女は、裕之が帰ってきたのだと思った。

まだあなたが、こんなにも力強く抱きしめてくれるなら、きっと大丈夫だわ。

震えてる体が、どちらのものかはわからなかったけれど、その震えがとまるように、二人はお互いを抱きしめあった。

⏰:11/05/07 22:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#715 [向日葵]
ーーーーーーーーー…………

時計はもう7時をまわっていた。

喫茶店にいるのは、裕之と宗助だけになっていた。
遠くで流れるクラシックが耳に入ったことで、宗助は話が終わったことに気がつく。

「じゃあ、奥さんとは仲はもう……」

「うん。元に戻ったし、今でもラブラブだよ」

⏰:11/05/07 22:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#716 [向日葵]
ラブラブ……。

今までのシリアスな話に、その単語が正しくない気がして、宗助は椅子からこけそうになった。

あれ……?

「浮気……、あ、すみません。他の人との関係は、その1回だけですか?」

「もちろん。と言っても信用されないかな。でも僕は馨しか見えてないし、馨を傷つけたくないし、馨が世界……いや宇宙一可愛いと思っ……」

「いや、信用します……」

お腹いっぱいとはこのことだ。

「茉里の話だと、何回かしたって……」

⏰:11/05/07 22:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#717 [向日葵]
夏休みの時、確かに言ってた。
茉里自身、相手からも電話がかかってきたのを知ってる。

「花形がね、実は一筋縄では別れてくれなくてね。当たり前だよね、3年も続いたんだ。代わりでもなんて言ってたけど、1番にだれだってなりたい」

別れをもちだせば、それはそれは取り乱した。
仕事の時間外だとはいえ、ヒステリックな声をあげていた。

裕之はそれを軽蔑するように見たが、自分にはそういう目をする権利などないから、なんとかなだめようとした。

⏰:11/05/07 22:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#718 [向日葵]
諦めたかのような態度をとった彼女だったが、電話で嫌がらせをしていたらしい。
それがわかったのは、馨が茉里の様子からわかったらしい。

馨自身も何度か電話をとったが、その度に毅然とした態度で言葉を倍返しされていたらしく、花形が裕之によりを戻してほしいと何度かまたヒステリックに声をあげていた時、馨との電話の内容をしゃべっていた。

『あの女、電話でなんて言ったと思います!?「これ以上、娘や裕之さんを傷つけたら許しません」!!違うでしょ!!あの女が加賀さんを傷つけてたんじゃないですか!!』

そんな馨の言葉が、裕之はいとおしくて仕方がなかった。

⏰:11/05/07 22:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#719 [向日葵]
何ヶ月かそんなことを繰り返していたが、花形は疲れたようにいつも通りになった。
裕之には、どこか冷たかったが、裕之は気にはしなかった。

最初はどこかげっそりと、そして全身がトゲでもまとっているのではないかという雰囲気だったが、それも次第になくなっていき、元の花形らしい空気に戻っていった。

その頃には、裕之とも普通に接していた。

そしてしばらくして、花形は会社を辞めていった。
理由は知らないが、噂によれば、田舎に帰るとのことだった。
そこで結婚もするらしい。

⏰:11/05/07 22:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#720 [向日葵]
花形は去る時、裕之に言った。

「今思えば、芸能人みたいな憧れがあったんですよ、加賀さんに。だから離したくなかったんです。だって芸能人を手放すなんて、勿体ないじゃないですか」

「だから好きではなかったんですよ」と、申し訳なさそうに言う花形に、「今の相手とはどうなんだ?」と訊くと、花が咲いたように笑った。

「大好きしか、出てこないですね!」

その笑顔を見た時、裕之は泣きそうになった。

そして心の中で、沢山の「ごめん」とそれより沢山の「ありがとう」を言ったのだった。

⏰:11/05/07 22:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#721 [向日葵]
「それを、茉里には話さないんですか?」

裕之はにこりと笑って、椅子にかけてあったジャケットを手にとった。
帰る支度だと思えば、宗助は冷めきったコーヒーを一気飲みする。

冷めても美味しかったコーヒーを、暖かいまま飲みたかったと少し悔やみながら、伝票に手を伸ばす前に伝票をとられる。

「僕が誘ったんだ。長話にも付き合ってもらったのに、君に出させるわけないじゃないか」

「でも、あの」

「いいのいいの」

⏰:11/05/07 22:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#722 [向日葵]
会計を済ませ、車に乗る。
シートベルトをしめながら、裕之は口を開く。

「茉里にはね、恨んでもらったままでいいんだ」

「え……」

車がゆっくり発進する。
ここにくる時の運転を抜きにすれば、裕之の運転は丁寧なものだった。

「茉里にまで許してもらったんじゃ、僕はただの幸せ者になる。僕がしたことは、決して許されることじゃない」

宗助はそれをきいて、うつむく。

茉里と付き合うまで、宗助は茉里に対してひどいことをした。
それでも彼女は手を広げて待っていてくれた。

⏰:11/05/07 22:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#723 [向日葵]
そんな彼女に、ときどき心苦しくなる時がある。

だから、自分が表現出来る限りの「好き」を彼女に表す。

「許してほしいけど、許してもらえば苦しい。複雑で歪んだこの茉里への感情は、唯一、僕に残った罰なんだ」

「もし、茉里が許すと言ったら……?」

そう言うと、裕之は黙ってしまった。

宗助はふと思う。

茉里はもしかして、自分が「唯一の罰」だと感じている?
だから許せないのかもしれない、と。

⏰:11/05/07 22:25 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#724 [向日葵]
それなら、もうそんな役目はやめてやってほしい。
茉里は、そんなことを望んではいない。

沈黙が続いたまま、車が停まった。
停まったのは、またもや茉里の家だった。

「もう遅いし、ご飯食べて帰りなさい。家の人には連絡するといい。……というか、予定は大丈夫かな?」

「はい。今日は母が仕事休みですから、妹は1人にしてないので」

「そうか。今日は悪かったね」

⏰:11/05/07 22:25 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#725 [向日葵]
今思った。

裕之の笑った顔は、茉里と似ているんだな、と。

家に入ると、ドアの開いた音を聞いて、馨がやってきた。

「おかえりなさい。……あら?」

不思議そうに宗助を見る。
初めて見る茉里の母に、宗助も思わずじっと見つめ返してしまう。

するとまるで目で話しをきいたかのように、馨は急に納得して、茉里を呼ぶ。

「茉里ー、彼氏さんが来てるわよー」

⏰:11/05/07 22:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#726 [向日葵]
馨の言葉に、遠くから「ええっ!?」と驚いた声がきこえたかと思うと、茉里が転ぶようにして玄関へやって来た。

「宗助!ど、して……っ」

「僕が夕飯に誘ったんだ。馨、夕飯はたくさんある?」

「ええ。丁度作りすぎたぐらいですから」

「この匂いは……。僕の好物だね」

「正解です」

⏰:11/05/07 22:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#727 [向日葵]
夫婦の間に流れるやわらかな甘い雰囲気に、見てるこちらが恥ずかしくなりそうだったが、茉里は慣れっこなのか、手招きして宗助を家に入れる。

「ああなったら長いから。ほっといてかまわないよ。いつまでも新婚気分だから」

2階に上がると、木製のシンプルなドアがいくつかあった。

手前から2番目のドアが茉里の部屋のものらしく、茉里はそこを開ける。

妹の華名や栞とは違う、年頃の、しかも彼女の部屋に入るとなると、どこかドキドキするものだとは思うのだが、あっさりと通されれば、ドキドキすることすら忘れてしまっていた。

⏰:11/05/14 22:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#728 [向日葵]
茉里の部屋は、洗いたての洗濯物のような、優しい匂いがした。
家具もベーシックな色で、宗助は落ち着いて入れた。

妹の華名は、淡いピンクだとはいえ、なんとなく落ち着かないのだ。

ところどころに小さなぬいぐるみがあったり、ポストカードが貼られているのを見れば、落ち着いた部屋にも女の子らしさを感じる。

ベッドが目に入った時に、少しだけドクリと血が熱くなったのは、男ならば仕方ないことだ。

⏰:11/05/14 22:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#729 [向日葵]
「アイツと……なんの話してたの……?」

そのベッドに、茉里が腰をかけるものだから、宗助は少しドキリとする。

躊躇ないその行動は、宗助を信頼してるからこそだとは思うが(下に親もいるし)、信頼されすぎもちょっと困るものだと、心の中で苦笑いした。

「あのお2人の過去だよ」

「……そう」

「なあ茉里。親父さんを許せないのは、今も変わらないか?」

⏰:11/05/14 22:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#730 [向日葵]
「……宗助……?まさか、アイツの話に同情したとか」

「そうじゃない」

言葉を途中で遮るように、宗助は否定する。
茉里の近くに座り、思ったことを言ってみる。

「おれは、茉里がもう許したいんじゃないかと思ったから」

「私が……?」

茉里は訳がわからないとでもいうように顔を歪ませる。

「怒らないでくれ。そんなつもりで言ってるんじゃないから」

⏰:11/05/14 22:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#731 [向日葵]
茉里はそれでも、眉根を寄せたままだ。
怒っているというよりは、戸惑っているのだろう。

茉里の心情を確認してから、宗助は言葉を続ける。

「茉里はもしかして、親父さんの思ってることをわかってるんじゃって思っただけ」

「あいつの思い?」

「うん」

「なに?あいつの思いって」

⏰:11/05/14 22:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#732 [向日葵]
「親父さんは……。茉里に嫌われたままでいることが、唯一の罰だって言ってた」

茉里は眉間のしわをさらに深くするが、その目は、どこか悲しそうに揺れていた。

「どうして私が、あんな奴の思うつぼにならなきゃなんないの……。それに、それが罰だと思ってるなら、万々歳よ」

「本当に?」

宗助はじっと茉里の目をみつめた。
問いただすように。
茉里の真意を見出だすために。

茉里の目は透き通っていて綺麗だが、その奥は暗く深くなっている。
彼女はきっと、その闇から出てこれずにいる。

⏰:11/05/14 22:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#733 [向日葵]
幼い心に刻まれてしまった深い闇は、色を増していくばかり。

その闇を、どうすれば、薄めてやれる?
あとどれぐらい白を混ぜれば、灰色になる?
そして、白くなる?

茉里も宗助の目をみつめかえす。宗助の目はとても好きだ。

真面目で、けれど柔らかく自分を見守ってくれているから。
けれど今は、まるで脳天からまっすぐ棒をいれられたように突き抜けそうで、怖くて、そらしたくて仕方ない。

「…………っ」

⏰:11/05/14 22:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#734 [向日葵]
何を言えばいい?

宗助は私に、どんな言葉を待っているの?

私に許せというの?
あんなひどいことした奴のことを?

私は許したい?
あの大きな手でまた、頭を撫でてもらいたい?

私は…………。

「わからない…………」

一粒だけ、涙が落ちた。
何が悲しいかわからない。
もしかすれば、嬉しいのかもしれない。
そんな感情すらも、わからなかった。

⏰:11/05/14 22:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#735 [向日葵]
「本心は、許したいとか……思ってるかもしれない。でもそれはすぐに、大嫌いとか、許したくないとか、そんな思いに潰されて消えていく……。じゃあ許したいと思ったのは、偽善みたいなもので、もしかしたら、それよりひどい、あいつを憐れに思う心からくるものなのかなとか……」

許したい。
許さない。
大好き。
顔もみたくない。

光と影のように、いつも心にその2つはあって、結局自分は、どちらの思いが強いか、わからなくなっていった。

考えれば考えるほど、混乱して、吐きそうになって、考えるのをやめにした。

⏰:11/05/14 22:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#736 [向日葵]
許したい。

でも許せばあいつばかりが救われる。

許さない。

それが自業自得というものだ。

「いや……。どうして……」

宗助、どうしてそんなこというの……?

近くにあったクッションを急に掴んだ茉里は、宗助に投げつける。
突然のことに戸惑った宗助は、まんまとそのクッションの餌食になった。
けれどそれだけじゃおさまらず、茉里は周りのまだあったクッションやら枕やらを投げてくる。

⏰:11/05/14 22:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#737 [向日葵]
幸いなのが投げてくるのが柔らかいことだと、次々に飛んでくるものを避けながら宗助は呑気にもそう思った。

「どうして宗助が私の家族関係にそこまで首をつっこむの!!私の家族のことじゃない!!宗助は関係ないじゃない!!」

「ま……っつり……、ちょ……!」

「私があいつを許そうが許すまいがどうでもいいじゃない!!」

「茉里!!」

ようやく茉里の腕を掴んで制止させると、そのまま引っ張って、抱きしめる。
それでも、茉里は暴れた。

「ほっといて!!もうほっといて!!こんな……こんな思いさせないで!!」

宗助は力をいれておさえようとする。
女の子だと思って油断すると、拳で殴ってきそうな勢いだ。

⏰:11/05/14 22:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#738 [向日葵]
茉里は泣いてない。
ただ混乱して、その混乱の中で更に混乱している。

「大嫌い大嫌い大嫌い!!宗助なんか大嫌い!!私は彼女でしょ!?彼女をこんな風にして楽しいの!?」

「落ち着け茉里……っ」

「帰って!!もう2度と私の前に現れないで!!もう宗助なんか……っ」

「落ち着け!!」

その鋭い声に、茉里はようやく動きを止めた。
力は入っているので、いつまた暴れだすかはわからないが、とりあえずは大人しくなった。

そんな茉里の頭を、慎重に撫でながら、宗助は話す。

⏰:11/05/14 22:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#739 [向日葵]
「まず……、ごめん。こんな風になると思わなかった」

まだ力は入っている。
叫んでいたからか、茉里の呼吸も鼓動も、少し早い。

「あと、俺が心配なのは、茉里の家族関係じゃない。茉里、アンタだ」

もちろん、家族だって大切だ。
でも何より、茉里が壊れてしまうことが恐い。

茉里のことはよく知っている。
辛いのに笑ったり、本当に信頼した人にしか本音を吐かないし、弱音も吐かない。

⏰:11/05/14 22:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#740 [向日葵]
体は1つなのに、体の隅々、足の指から毛の先まで、いっぱいを使って、我慢を蓄積する。

だから、もう、そんなことはしてほしくなかった。

「俺は別に、仲直りしろって言ってるんじゃない。ただ、恨むのは、恨まれるよりもきっと辛い」

それならもう、恨むのを諦めてほしかった。
この体が、壊れる前に。

「茉里に少しでも許そうって心があるなら、行動してみればいい。思っても、すぐに別の思いが邪魔するなら、また次にしよう」

そしてそれが積み重なって、疲れて、もう何も考えたくないと言うならば。

⏰:11/05/14 22:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#741 [向日葵]
「俺がちゃんと、茉里の思いをきくから。今みたいになっていい。だから、全て突っぱねてしまうことだけは、やめよう」

例えば同じ空間にいること。
例えば一緒にご飯を食べること。

全てを拒否してしまえば、機会なんてうまれない。
それなら少しだけ機会が作れるようにしよう。

「…………結局、俺も言いたいことまとまってないよ」

ハハハと渇いたように笑うと、茉里の体の力が徐々に抜け始めた。
宗助はホッと静かに安心する。
茉里は力を抜くと、甘えるように、宗助の胸に頭をぐりぐりと押しつけながら埋める。

宗助は、優しく茉里を抱きしめる。

「……さい」

「ん?」

⏰:11/05/28 20:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#742 [向日葵]
「ごめんなさい……。大嫌いとか……色々ひどいこと言った……」

「あー……。おあいこだろ、この場合」

ようやく元に戻った茉里の頭を、優しく撫でる。
撫でる度、いい香りがした。

裕之が言っていた甘い香りとは、このことだろうか。

「好き……」

「ん」

「『ん』……って……。もうちょっとなんかあるでしよ……」

「なんかって……」

⏰:11/05/28 20:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#743 [向日葵]
茉里は顔をあげると、素早く宗助の眼鏡をとる。
急に世界がぼんやりしたことに戸惑う宗助の顔に茉里は唇を押し付ける。

両頬、額にし終えて、宗助の首に抱きつく。

「大嫌いって連発しちゃったから、訂正のチュー」

「随分と瞬間的な……」

「だって……」

歯切れ悪く口を閉ざすから、宗助は茉里の方を向くが、耳しか見えない。
というか、耳も端しか見えない。

⏰:11/05/28 20:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#744 [向日葵]
「ほ……」

「ほ?」

腕をとくと、茉里の顔はほんのり赤かった。

「本当は……キスしたいけど、前みたいに宗助が……」

「……茉里の恥ずかしがるとこが、俺にはさっぱりだ。こうやって積極的なことするわりに、変なとこ恥ずかしいとか言うし」

けれど、そんな彼女をいとおしくも思う。
茉里がこんな姿を見せるのは、宗助に心を許してくれているからだ。

「それに……キスは宗助が初めてだし」

⏰:11/05/28 20:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#745 [向日葵]
「あー、初めてなら仕方な……。ええ!?だってアンタ、俺より経験……」

「経験って言ったって2人ぐらいよ。あとは告白したりした時に『お前は無理だ』とか言われてただけ。みんなそのキス手前ぐらいまで付き合うと『ああコイツ重くて疲れる』って思って、別れ告げられるパターンなの」

ぽかんとしていた宗助だが、顔をしばらく伏せて、次に上げた時は、なんとも言えない笑顔を浮かべていて、茉里はこれ以上ないくらいドキリとした。

「な……何を笑って……っ!」

「ゴメン。だってそういうのが初めてだと思うと、嬉しくて」

⏰:11/05/28 20:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#746 [向日葵]
ああもう!こんなこと思ったりこんな雰囲気になってる場合じゃないのに、どうして宗助はこんなに可愛いことをいうかなあー!?

ついさっき恥ずかしいだとか言ってたくせに、もう前のようなキスを、自分がしたくて仕方なくなってることに気づいた茉里は、とりあえず落ち着こうと深呼吸する。

「茉里ー、笹部くーん、ご飯食べましょー」

「あ、ハーイ!」

⏰:11/05/28 20:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#747 [向日葵]
ふと下に裕之もいるのかと気づけば、憂鬱になった。

「今日の夕飯はカレー?」

「へ……。あ、うんそう。鼻いいね」

「カレーぐらいならわかるだろ」

ポンと頭を撫でてくれる宗助のおかげで、憂鬱な気分が少しなくなった。

ひそかにきゅっと宗助のブレザーの裾を握って、2人仲良く階段を降りる。

リビングに着いてから、宗助が「あれ?」と言う。

⏰:11/05/28 20:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#748 [向日葵]
「あの、親父さんは……」

「ああ、仕事が少し残ってるから、先に終わらせちゃうんですって。もう終わった頃かしら。茉里、呼んできてくれる?」

茉里はぎょっとして、目を見開いた。
何故なら普段そんなこと言わないからだ。
馨は茉里が裕之を避けているのを知っているし、晩御飯だって、別々でも何も言わなかったのに。

「ど、どうして……っ!」

「ノックするだけでいいわ。じゃないとお客さんを連れてきた張本人のくせに、自分は顔を出さないなんて、失礼じゃない」

⏰:11/05/28 20:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#749 [向日葵]
ならばお母さんが行けばいいじゃないと出かかったが、ノックするだけならいいかと言葉を口の手前でとめる。

せめてもの抵抗で、無言で裕之の元へ向かった。

宗助は心配そうに茉里と馨を交互に見るが、馨は微笑むだけだった。

ーーーーーーーー…………

裕之の部屋へと続く廊下が、とてつもなく長く思えた。
気分はもう息切れでもしてりんじゃないかとすら思えた。

⏰:11/05/28 20:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#750 [向日葵]
ノックを……するだけ……。

足をとめ、いつの間にか着いてしまった裕之の部屋のドアを見つめる。

苦しいと思ったら、息をとめてた。

ゆっくりと手をあげ、軽く握る。

控えめな音で、硬いそのドアを2回叩いた。
中で、人が動く気配が少しした。
会いたくもないのなら、早くここから動けばいいのに、そうしたいのはどうしてだろう。

⏰:11/05/28 20:13 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#751 [向日葵]
「ーーーーーどうして、動かないんだい」

ドアの向こうから声がした。
瞬間的に黒い渦が心を覆いつくしそうになるが、深呼吸でそれをやりすごす。

憎い………………わけじゃない。
許したい…………わけじゃない。

どちらの感情かもわからないけれど、どうして動かないんだろう。

「……ねえ」

ずっと、聞きたかった。
1つだけ、どうしても。

「浮気したのは……、私たちがどうでもよかったから?」

しん……と、全てが静寂で埋め尽くされた気がした。
なんとなく、足元がゆらゆらする。

⏰:11/05/28 20:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#752 [向日葵]
「違うよ」

ドアの向こうで、静かに、でもはっきりと答えた。

「昔も今も、大好きだよ。あの時は……ただおかしかった、これしか言えない」

おかしかった。
その言葉を聞いた時、茉里は思い出したことがあった。

まだ宗助が、茉里に気持ちを向けていない時、夏祭りで茉里は錯覚を起こしていた。

沢口の告白に身を任せれば、楽になるんじゃないかと。

こんな片思いの苦しみから、逃れることが出来るんじゃないかと。

自分から好きでいると言ったくせに、全てを投げ出して、逃げようとした。

⏰:11/05/28 20:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#753 [向日葵]
この人は……、この人も、なにかから逃げようと苦しんでいたのかしら。

「今は…………なにもしてないの……?」

「してないよ」

「嘘ならもうつかないで」

即答が不安で、そう言ってしまう。

「嘘なんかじゃないよ」

「私が子供だと思って茶化してるなら、もうやめて……。私もう……」

⏰:11/05/28 20:14 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#754 [向日葵]
涙が流れた。

自分の中で、裕之をどうするかなんて答えは決まっていないのに、吐き出したのは、本心だった。

「あの時みたいな思いは、辛いの……っ。だって、帰ってきたら、「ただいま」って……、抱きしめてくれてたのに……っ!それは他の誰かを抱いたかもしれないあとだなんて……っ!!」

ああそうか。
許せなかったのは、許したくなかったのは、駄々をこねてたんだ。

お父さんをとらないで、触らないで。
お父さんは私のお父さんなの。

⏰:11/05/28 20:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#755 [向日葵]
駄々をこねて。
拗ねて。
相手が自分に謝るまで、そして自分はそれを許すまで。

この人はぬいぐるみかなにかか。

泣いてるけれど、どこか冷静に自分を分析して、茉里は自身を笑った。

「もう、いいよ……」

そんな馬鹿げた理由でこの人を憎んで、許せないのなら。

終わりにしよう。

もう駄々をこねる歳じゃない。

「もうやめる、恨むの……」

かちゃりと音がしたと思ったら、扉が少し開いていた。
裕之は悲しそうに微笑んでいた。

⏰:11/05/28 20:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#756 [向日葵]
こうやって向き合ったのは、何年ぶりだろう。

顔を合わせても、まともに見ようともしなかったから。

あの頃と変わったような変わってないような。
少し痩せた?
シワも少し増えた。
でも顔は、整っている。

お父さんだなんて呼べないのは、まだ拗ねた心が残ってるからだ。

でもこれくらいは大目にみなさいよね。

元凶に文句なんて言わせないんだから。

⏰:11/05/28 20:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#757 [向日葵]
「馬鹿……。馬鹿馬鹿大馬鹿。アンタなんて、大嫌いよ……」

あとからあとから涙が流れてくる。

悪口を言われても裕之が傷ついた顔をしないのは、もう茉里の気持ちを知っているからだ。

「大嫌い。なによ、結局皆から許してもらうだなんて、運に恵まれてるわね」

「そうだね……」

「私やお母さんじゃなかったら、絶対にアンタなんか捨ててやるんだから」

「そうだね……」

⏰:11/05/28 20:16 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#758 [向日葵]
口が、波でもうってるかのような形になりそうなのを必死で堪える。

「私がどれだけ悲しかったかなんて、しらないでしょ」

「……」

「大好きだったのに……っ、う、うら……っぎられた気持ち、わかんないでしょ……っ」

家に帰るのが嫌で、もうこの家族は一緒にいられないかもしれない不安が毎日ついてきた。

「ふぇ……っ?んくっ、私……っ、すごく傷ついたんだからぁぁぁ!!」

⏰:11/05/28 20:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#759 [向日葵]
なにもかもが爆発した。
5年間、言いたいことはいっぱいあって、でも言いたくなくて、けれど思い知れと思った。

もう恨まなくていい、言いたいことは言った、その達成感とか安心感とか、全部が弾け飛んだ。

子供みたいに「うえぇぇえん!!」なんて言って泣き叫ぶ自分をみっともないと思いながらも、声を出さないようにすることが出来なかった。

「もう疲れたっ!!娘にこんな思いさせ……さ、せな、いでよおっっ!!私はふ……っふつ、うに幸せに、17年間を、しゅ、し、過ごしたかったあぁぁっ!!」

⏰:11/05/28 20:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#760 [向日葵]
裕之はなんとも言えない笑顔で、茉里の言葉に頷く。

「昼ドラじゃ、な、いんなだからさぁっ、ドロドロしたよ……ようしょ……、要素、入れないでよおぉっ!!」

「茉里さっきから噛み倒してるよ」

「アンタのせいでしょうがぁ!!必死にっ、話してんの、に、茶化すなあぁっ!!」

裕之はまた笑みを深くする。
その笑顔が胸にしみて、茉里はまた一段と声を上げた。

ふわふわと裕之が頭を撫でれば、撫でるその掌の感触が懐かしいあの頃を思い出してまた泣けた。

⏰:11/05/28 20:17 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#761 [向日葵]
ああみっともない。
馬鹿らしい。

許してしまった。

でもそんな顔で笑うなら、許してあげてよかった。

そう思ったことなんて、当分言わない。

全部いっぺんに許しちゃうのは、なんだか嫌だから。

だからまず、今日は一緒にご飯を食べようか。

⏰:11/05/28 20:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#762 [向日葵]
[18]茉里と父

急に泣き声がきこえたので、リビングで椅子に座って待っていた宗助はびくりとはねる。
泣きながら何か言ってるのはわかったが、何を言ってるかはまったくわからなかった。

さっき自分の前で混乱してても泣かなかった茉里が、あんなに大きな声で泣いている。
でもそれはいいことだと思った。

茉里が、甘えている証拠だからだ。
そしてその甘えている相手が、裕之なのだから尚更良い。

どんな形でそうなったかはしらないが、きっと和解出来たんだろう。
結局自分はなにも出来なかったし、したところで役には立たなかったかもしれない。

⏰:11/06/05 22:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#763 [向日葵]
最終的には、家族でどうにかしていかなければならないのだから。

何か役に立てればと意気込んだ自分としては、どこか情けないし切ない気もするが、茉里がもう苦しまずにいると思えば、自然と笑みが口元にあらわれる。

「きっとね……」

馨は戸口をみつめながら、そっと微笑み、宗助に話しかける。

「茉里はきっかけが欲しかったんだと思うの。引くに引けなくて、しかもなんで自分が引かなきゃならないんだとか葛藤しながら」

「きっかけもですけど、茉里の……っと、すみません。茉里さんの心に、小さな変化があったから、良い方向へ行ったんだと思います。それに……。……あの、なにか……」

⏰:11/06/05 22:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#764 [向日葵]
馨がじっとみつめるものだから、宗助はなにか間違ったことを言ってしまったのではないかと不安になった。

馨の目は、全てを見透かしてしまいそうだ。
悪いことを考えていなくても、なんだかソワソワしてしまう。

居心地が悪いわけではない。
いや……悪いのかもしれないが、特別「もうみないでくれ」と思うほどのものではない。

「ああ、ごめんなさいね。私、人をみつめるのくせで。続けて続けて」

⏰:11/06/05 22:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#765 [向日葵]
人をみつめるのはくせになるものなのか……?
そういえば、茉里もじっとみつめてくる。

「いえ……もうやめときます。偉そうに語るものでもないですし」

「あら、遠慮しなくていいのに。私たちが育てた娘が、どんな風に周りからみられてるか、気になるもの」

「付き合いの短い奴が、17年間手塩にかけた娘をとやかく言われるのは、嫌ではないですか?」

⏰:11/06/05 22:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#766 [向日葵]
馨はきょとんとして宗助をみつめる。

改めてみると、馨の顔は少女のように幼く、そして綺麗だ。
肌だって、まだスベスベしていそうだし。

馨は目尻を下げると、くすくす笑いだした。

「あなたは真面目ね。そこまで考えなくていいのよ。それにね、例えあなたからみた茉里と私たちからみた茉里が違っていてもいいのよ。中と外では人の顔は違うものだから」

「けれど……」

「あなたがもし茉里を馬鹿だと思っていても、愛情があればいいのよ。愛情もなく、本当に馬鹿にしてたら、例え外の茉里が馬鹿でも、それはカチンとくるわ。それこそ、手塩にかけた娘を、少ししか付き合ったことがないあなたになにがわかるの!ーーってね」

⏰:11/06/05 22:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#767 [向日葵]
ふわふわと話しているのに芯がある馨の話し方が、宗助はききやすかった。

その姿、考え方をみながら、ききながら、「この人は、茉里の母だなあ」と思った。

馨の、愛情の深さを感じて、そう思った。

ーーーーーーーーー…………

「泣きやめそう?」

しゃっくりが出て、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな茉里に、裕之が優しく問い掛ける。

⏰:11/06/05 22:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#768 [向日葵]
「う……う、ん……っ」

ひどいことを、泣きながらたくさん言ってしまった。

節操なしだとか、大嘘つきだとか、父親失格だとか。
あと馬鹿と大嫌いをとにかく連呼した。

それでも裕之はにこにこしていた。

冷たい態度をとられることと思えば、感情のままにぶつけてきてくれるのが、たまらなく嬉しいとでもいうように。

「許してもらって……いいの……?」

戸惑っているように微笑み、裕之のハンカチで顔を拭っている茉里に問い掛ける。

⏰:11/06/05 22:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#769 [向日葵]
「なによ不満なわけ!?」

せっかく泣き止みそうなのに、またギャンと叫ぶ。

「せっかくせっかく!私がもういいって言ってんのに、罰の役をまだ私にやらせるつもり!?」

「罰の役?」

「宗助からきいたわよ。私が許さないのが唯一の罰だからそれでいいみたいに言ったらしいじゃない。言っておくけど……っ、私は、そんな役はっ、ごめんよ……っ!!」

涙でまた声が詰まりそうになるのを必死で堪えた。

⏰:11/06/05 22:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#770 [向日葵]
「アンタへの罰は、アンタが決めるんじゃない、私が、私やお母さんが決めるの」

「じゃあ、僕の罰はなに?」

「苦しみなさい。一生。お母さんや私の優しさ、恵まれた家族に、自責の念で苦しめばいい」

「うん……」

「でもその代わりに、私がアンタを許す。ちゃんと、ね。それでこの話は終わりよ。ご飯だからリビングに来て!」

「行くけど、茉里はそんな顔で笹部くんの前に行っても大丈夫かい?」

鼻も目も真っ赤だろうし、目にいたっては腫れてるだろうし。
宗助が茉里の顔を見れば、眉間にシワがたくさん増えるだろう。

⏰:11/06/05 22:29 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#771 [向日葵]
油断すればまだ涙が出そうだ。
何年もためてた鬱憤は、そう簡単にはなくならない。

あんな大声をあげて「うえっうえっ」泣いても足りない。

和解しただろうことは宗助も馨もわかっているだろう。
だから余計、2人の笑顔をみれば、泣いてしまいそうだ。
実際、今顔を思い浮かべただけでも泣きそうなのだ。

「と……とりあえず、水で顔を洗うわ……」

「その方がいいね」

⏰:11/06/05 22:30 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#772 [向日葵]
*アンカー*

>>2-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800

⏰:11/06/11 16:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#773 [向日葵]
普通に会話出来ることが不思議だった。
そして嬉しかった。
なにも気にせず、ほのぼのと過ごせることが幸せだった。

……とはまだ言ってはやらないけれど。

「茉里」

「なに?」

「抱きしめてもいい?」

「恋人かアンタは」

でもまあ……、いっか……。

茉里は自分から裕之の胸にだきつく。
柔らかく香る匂いがした。
おそらく香水だろう。
この匂いを、茉里は知っていた。

あの頃と、何も変わらないのね、お父さん。

⏰:11/06/11 16:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#774 [向日葵]
小さい頃、裕之に抱きつくとき、いつもこの匂いがした。
茉里はこの匂いが大好きで、顔を裕之の顔に押し付けてひそかに堪能していた。

裕之の腕が、優しく茉里の体に巻き付く。

あの日以来、初めて茉里は裕之に、心から「おかえりなさい」と思えた。

ーーーーーーーー…………

夕飯をみんなで済ませ、ひと息ついた頃には時計が10時をさしそうになっていたので、宗助は帰ることとなった。

⏰:11/06/11 16:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#775 [向日葵]
「ーーーの前に、宗助、渡したいものがあるから部屋に来てくれる?」

と茉里が言ったので、2人は再び部屋に来たのだが。

「茉里、いつまでそうしてるんだ」

部屋に入った途端、茉里は宗助の背中にぎゅっと抱きついたまま離れない。
3分ほどこのままだ。

何回か呼びかけてはみたものの、茉里はじっとしたままなので、宗助は動けずにいた。

⏰:11/06/11 16:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#776 [向日葵]
「色々、ありがとうね」

ぽつりと茉里が言った。

「仲直りする前はわからないとか言ってたくせに、……いや実際わからなかったけどさ、仲直り出来てすごく嬉しいの。それは宗助が、わからないままでいいって、許してくれたからだと思う」

許せない思いが、この黒い気持ちがあったままの自分でもいいと言ってくれたから。
それがなんだかほっとした。

宗助はゆっくりと振り返って、茉里を優しく抱きしめる。

「そっか……」

「だから宗助、キスして」

⏰:11/06/11 16:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#777 [向日葵]
宗助はまるでマネキンかのようにそのまま固まる。

「あのままの気持ちでキスなんて出来ないもの。今はもう大丈夫。だからキスして」

「“だから”の意味と理由がまったくわからないんだけど……」

「なによ、宗助はしたくないの?」

「したくないって言ったら嘘になるけど、また前みたいに腰が抜けられても困るんだけど」

⏰:11/06/11 16:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#778 [向日葵]
「誰がそこまでしろっつってんのよ!!」

ムードのかけらもない宗助に、茉里はふうとため息をついた。

「もういいです……。はい」

ふらりとしながらドアノブに手をかけようとした時、目の前のドアに骨張った手が見えた。
行く手を阻むようにしたその手は宗助のもので、どうしたのかと振り向くと、宗助の顔が近くにあった。

眼鏡越しの目が、射抜くように茉里を見つめているから、茉里は心臓がどくりとはねた。

「そうす……」

「言っただろ。したくないって言ったら嘘になるって」

⏰:11/06/11 16:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#779 [向日葵]
そう言って顔を近づけるものだから、茉里は目が回りそうになりながら宗助の顔を両手で止める。

「ごめん!すみません!すみませんでした!また次の時にお願いします」

「ワガママだなアンタは。しろって言ったりすんなって言ったり……」

呆れたように息をはき、宗助は鞄を持つ。


茉里は苦笑いを浮かべながらそろりと宗助の顔を覗く。
前髪が長いその表情はもともとわかりにくいけれど、空気がなんだかピリピリとしていたから、怒っていると思った。


「怒った……?」

⏰:11/06/11 16:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#780 [向日葵]
「怒ってるって言ったらキスすんの?」

「ええっと……」

更に苦い苦笑いを浮かべて、頭をポリポリかく。

「アンタ俺のことなんか勘違いしてない?」

「勘違い?」

「草食男子だとか思ってない?」

「宗助と草食って似てるね」

「ダジャレ言ってる場合か」

そりゃそうだ。

⏰:11/06/11 16:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#781 [向日葵]
確かに宗助は、スキンシップは控え目だし、甘い言葉は特別はかない。
たまに真っ赤になってしまうようなことは言うけれど、それは普段の宗助が宗助なだけに、破壊力がすごいのであって。

キスも抱きしめるのも、どちらかと言えば今みたいに茉里からだし、そう思えば宗助は草食男子なのだろう。

肉食でないことは確かだ。

腰が抜けるほどのキスは、そんな草食な宗助の少しぐらいしかないんじゃないかという欲望的なものがたまたま発動したわけで、いつも茉里をそんな風にしたいかといえば違うと茉里は思っている。

⏰:11/06/11 16:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#782 [向日葵]
宗助は基本的に真面目だし、たまに肉食男子のようなワイルドさは欲しいとは思うが、そんなまっすぐ気持ちを向けてくれる宗助が好きだから、これと言って不満はない。

「中立な感じかな。どちらかと言えばベジタリアンなほうなだけで」

「草食のことをベジタリアンって言ったの初めてきいたぞ……。まぁやっぱりそう思ってたわけだ」

「違うの?」

きょとんとして、本気で訊く。
大体、肉食な宗助なんか思いつかない。

「本当の草食男子は見たことないから、みんながみんなそうだと断定しないけど、大抵好きな人には肉食に変わるもんなんじゃないか?」

⏰:11/06/11 16:49 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#783 [向日葵]
…………ということは?

あと一歩わかったようなわからないようなという表情で宗助の次の言葉を待つ茉里を見て、宗助のほうが苦笑いしたくなった。

変なとこ純粋だよな。

「遠回しに言っても伝わってないみたいだからわかりやすくするけど」

腕をぐっと引っ張られたと思えば、腰を抱えこまれ、唇が重なった。
茉里は目を白黒させて、ただその胸元をギュッと掴むしかなかった。

唇が熱い。
そう感じると、唇が離れる。

⏰:11/06/11 16:49 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#784 [向日葵]
>>772にアンカーがあります


良かったら使ってください
(●´∀`●)

⏰:11/06/11 17:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#785 [向日葵]
腰は抜けなかったけれど、頭がぼんやりしている。

「そ……すけ……?」

「わかった?好きな人に“キスして”なんて言われたら、肉食にだってなるってことだ」

ぎょあああ!!っと変な声で叫びたくなるほどの台詞。
宗助がまぶしいくらいにきらきらして見える。
茉里は林檎かのように真っ赤になった。

「わか……っ、わか、わかりまひた……っ!」

⏰:11/06/18 23:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#786 [向日葵]
ああもう……。
キスしてだなんてねだるんじゃなかった。

下に裕之を待たせているし、宗助だって早く帰ったほうがいい。

きっと裕之とのことが解決して、自分は有頂天になってるに違いない。

もっとして欲しいだなんて。

腰なんて抜ければいいぐらいの。

……私のほうが肉食になったんじゃないかしら。

⏰:11/06/18 23:02 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#787 [向日葵]
宗助もそう思っていたのか、優しく額にキスを落とすと、茉里を解放した。

部屋を出て、下に下りると、いたのは馨だけだった。

「お邪魔しました。長々と。あとごちそうさまでした」

「また来てね。今度は私とお話してくれると嬉しいわ」

宗助が微笑むと、馨は小さな包みを出した。
それを宗助の手にぽとりと置く。

⏰:11/06/18 23:03 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#788 [向日葵]
「私、お菓子作り好きだから。お口に合うといいんだけど」

宗助はにこにこ微笑む馨と、お菓子が包まれているその小さな包みとを交互にみる。
そしてふわりと微笑んだ。

「ありがとうございます」

宗助は深々と礼をした後、靴を履いて玄関を出て行った。
茉里もその後を追いかける。
パタンと閉まったドアを見て、頬に指先をあてながら馨は呟く。

「宗助くんなら息子でもいいわねー」

少々気が早い呟きだった。

⏰:11/06/18 23:03 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#789 [向日葵]
「私も行こうか?」

「いいよ今日は。結構疲れたんじゃないのか?」

「ううん。むしろ胸のつっかえが取れたから、体が軽い感じよ」

にっこり微笑むと、宗助も口元にえみを浮かべる。

今日1日はとても濃いくて、まるで何日も費やして今の状況になってるんじやないかと思えた。

やっと動きだせたと思う自分の時間が、茉里はなんだかいとおしくも感じた。

⏰:11/06/18 23:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#790 [向日葵]
宗助の本心もきけたし……。

ニヤける口元を気合いで防ぐ。
宗助に見えないように太ももをつねって、気を引き締める。

宗助はもう元通りだから驚く。
むしろ異性なれしてるのは宗助の方じゃないのかと思うくらい。

華名がいるから女の子には基本慣れてはいるだろうけれど。

「じゃあ、また明日な」

ポンと頭を撫でられ、さっきの気合いはどこへやら、相好が崩れる。

⏰:11/06/18 23:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#791 [向日葵]
「うんっ」

宗助は車に乗り込む。
車が発進しても、茉里は見えなくなるまでずっと見ていた。

数時間前、そうやって見送った時とは正反対の気持ちで。

ポケットに手を突っ込み、携帯を出す。
リダイヤルでよく知った人物の番号に電話をかけた。

「もしもし、ミュシャ?あのね……」

ーーーーーーー…………

20分くらいして、宗助の家まで帰ってきた。

「またいつでもおいで」

⏰:11/06/18 23:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#792 [向日葵]
裕之は柔らかくそう言う。

「ありがとうございます」

「君なら、茉里を預けても大丈夫そうだ」

「それは気が早いと思いますが……。でもありがとうございます」

「お礼を言わなきゃいけないのはこちらさ。今日は僕の中で、3番目くらいにいい日さ」

⏰:11/06/25 16:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#793 [向日葵]
言われなくてもわかる。

きっと1番と2番は、馨や茉里のことに違いない。

「もうきっと2人を泣かせたりしないよ。絶対に幸せにする。君に話をきいてもらえてよかった」

裕之はより笑って車を発進させた。
宗助はその車をずっと見送った。
そして同時に、眠気に襲われた。

ああ……、自分でも気づかないうちに、すごく緊張していたんだな……。

ーーーーーーーーー…………

帰ってきた裕之は、リビングで家族水入らずでゆったり過ごそうと思い、リビングの戸口にやって来た。

⏰:11/06/25 16:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#794 [向日葵]
しかし茉里の姿がない。

戸口に立ったままキョロキョロと首を動かすと、帰ってきたことに気づいた馨が、洗い物をしている手をとめて、にこりと笑う。

「おかえりなさい。茉里ならお風呂ですよ。あがってきたらこちらに来るんじゃないかしら。お茶でもいれます?」

考えていたことを見透かされて、裕之は照れたように頬をかく。
馨の問いを頷きでかえし、椅子に座る。

「笹部くんはどうでした?」

お湯を沸かしながら馨が言う。

⏰:11/06/25 16:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#795 [向日葵]
「今時珍しい、誠実な青年だと思うよ」

「あら高評価ですね。未来の息子が決まりまって良かったわ。でも、父親としたら複雑かしら?」

本当ならそうなのかもしれないけれど、不思議とそうは思わない。

余程抵抗がありそうな男なら、自分のしてきたことを棚に上げてでもとめるが、彼はそういう類ではなかったから。

宗助の雰囲気は、どこか落ち着くものがあった。

⏰:11/06/25 16:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#796 [向日葵]
男同士、しかも遥かに裕之のほうが年上にも関わらず、愚痴をこぼしても軽蔑されることはないだろうと思い、いつの間にかするすると言葉を紡いでいた。

「二十歳を過ぎたら、是非酒を酌み交わしたいものだよ」

「それは楽しみね」

ほのぼのと会話しているうちに、お茶が出来た。
それと同時に、茉里がリビングへやって来た。

「帰ってきてたの」

バスタオルで濡れた頭を拭きながら茉里が裕之に言った。

⏰:11/06/25 16:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#797 [向日葵]
「うん。茉里もお茶を飲むかい?」

「もらう」

茉里は裕之の正面に座る。
馨は茉里のぶんのお茶を茉里の前に置き、裕之の隣に座って、皆と同じようにお茶をすする。

茉里は言おうと思っていたことがあった。
もうひとつ、胸にずっとずっと引っ掛かっていたものがあったのだ。

「…………。………………。…………っ!、げほっ!!げほげほっ!!」

「茉里!?大丈夫?よそにでもいった?」

⏰:11/06/25 16:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#798 [向日葵]
考え事しながらお茶を飲むものじゃない。
咳をしても咳をしても、誘発されるかのようにとまらない。

「だ……だい、じょ、ぶ……げほ……」

じゃなくて。

「あの……。ずっと言おうと思っていたんだけど」

「うん。なに?」

思い出しても、黒い霧は襲って来なかった。
だから落ち着いて言える。
深呼吸するが、それはもう咳がおさまったかを確認するだけのものだった。

⏰:11/06/25 16:36 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#799 [向日葵]
「いつだったか、事故した時、「死ね」だなんて言ってごめん……」

裕之は全く気にしていないように、「ああ」と言った。

「茉里が謝ることじゃない」

「でも、その……」

茉里は馨をちらりと見る。
浮気相手のことを云々話すのは、馨にとって苦痛ではないだろうか。

けれど馨は薄く笑って、変わらない表情で二人の話に耳を傾けていた。

それは大丈夫だということだと思い、茉里は言葉を続ける。

⏰:11/06/25 16:36 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#800 [向日葵]
「あれは、浮気の途中だったんでしょ……?」

「そういえば茉里は、僕が何人も浮気してたと思っていたんだよね?それは違うってことをとりあえず訂正しとくね。訂正した上で話をすれば、あれは浮気ではなかったんだ」

「じゃ……あ……?だって、付き添いの女の人がそういうニュアンスで話してたけど」

「それはね」

耳を傾けていた馨が口をはさんだ。
その間に茉里はお茶をすする。
今度はむせないように。

⏰:11/06/25 16:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#801 [向日葵]
「お母さんも一緒にいたでしょ?だから、お母さんへの当てつけ。あの時はすでに、お父さんは浮気をやめてしばらく経ってたし、あなたはお父さんの話をききそうもなかったから」

茉里はうっと唸る。

「だって……」

「気にしなくてもあの時は仕方なかったのよ。人間誰だって、信じてみようって心の底から思わなきゃ、いくら真実を言っても嘘にきこえるものだから」

母の器はやはり大きい。
この小さな体に、どのくらいの愛情がつまっているのだろう。

「お母さんは……、どうしてそんなに早くにお父さんを信じれたの?」

⏰:11/06/25 16:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#802 [向日葵]
馨はきょとんとする。
裕之のほうを見ると、同時に裕之も馨のほうを見る。
まるで示し合わしたかのように、二人はふっと笑みをこぼして、茉里を見る。

「愛しているからって理由が、一番大きいかしらね」

単純な理由が、とても大きな理由だと思えた。
だから茉里も、今日初めて、二人に向けて、満面の笑みを見せた。

今、この瞬間、忘れてしまっていた家族の時間を取り戻せたのだった。

⏰:11/06/25 16:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#803 [向日葵]
ーーーーーーーー…………

次の日の朝。
茉里はふと目を覚ました。

今……何時……?

近くに置いてあった携帯を見る。
起きる時間より一時間も早い。
もう一度寝ようと目を閉じるが、どうしてか寝れそうにない。

仕方ないとカーテンを開けるも、冬の太陽はまだ夢の中にいるらしい。
とりあえず顔でも洗うかと、下に行くことにした。

リビングには明かりがついている。
それもそのはず。
馨が裕之と茉里の分の弁当を毎朝作ってくれているのだから。

⏰:11/06/25 16:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#804 [向日葵]
なにか手伝うことがあるかもしれない。

そう思った茉里はリビングに入ろうとした、が。

「裕之さん、ご飯の準備ができないからあちらで座っててください」

「今日はとても目覚めがいいんだ。だから君を手伝うよ」

「そう言って、さっきから私に抱き着いてるだけじゃないですか」

「ああ、そういえば、朝のキスがまだだったね」

「ちょっ……、裕之さ……っ!」

⏰:11/06/25 16:39 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#805 [向日葵]
茉里は遠い目をしながら、足音をたてないように洗面所へと向かった。

二人がラブラブであることは知っていても、ああいうやりとりは出来ればききたくはないものだ。
こっちが恥ずかしくなってくる。

洗面所について蛇口をひねれば、つい手を引っ込めてしまうぐらい水が冷たい。
けれどそれぐらいが、まだ起きてない体には丁度いいのかもしれない。

手で器をつくり水をため、顔に勢いよく数回かける。
さっぱりして鏡を見るのと、洗面所に裕之が来たのとが一緒になった。

⏰:11/06/25 16:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#806 [向日葵]
「あれ、茉里。起きるのにはまだ早いんじゃないのかい?」

「でも目が覚めちゃったし……」

タオルで顔を拭きながらちらりと裕之を見れば、さっきのあんなやりとりの後のせいか、顔がツヤツヤとしているように見えた。

なんかそれって……欲求不満だったみたいでやだな……。
父親がエロいってどうなの。
いや、エロそうだけど……。

「ん?どうかした?」

「いやなんでも」

タオルを元の位置に戻して、立ち去ろうとするが、裕之がにこやかにじっとみつめてくるから、茉里は足を止める。

「……なに?」

⏰:11/06/25 16:40 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#807 [向日葵]
「おはよう」

「……?おはよう」

「おはよう茉里」

「うん、おはよう……。……?なに、一度言えばわかるけど?」

裕之は更ににこにこと笑うと、茉里の頭のてっぺんにキスを落とした。

急なことに驚くより、キョトンとしてしまった茉里は、変な顔をして裕之を見る。

「だ……だから……、なに……?」

裕之はなにも言わず、洗面台の前に立って、歯磨きをしだした。
その周りには音符やら花やらがいくつも飛んでる風に思えた。

ああ、なるほどね。
「おはよう」って言えることが、嬉しいってことね。

⏰:11/06/25 16:41 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#808 [向日葵]
せまい洗面所では自分は邪魔になると思い、茉里はリビングへ向かう。

頭に指先を触れて、口を変に歪ませる。
ニヤけるのを我慢しているのだ。

もう……、そんなことで、いちいち喜ばないでよ……。
私まで、音符が飛びそうだわ……。

深呼吸して、リビングに入ると、頬を赤らめた馨が、ぼんやりしながら朝食を並べていた。

まだ冬のはずなのに、お熱いことで。

茉里は内心手で顔をあおいだのだった。

⏰:11/06/25 16:42 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#809 [向日葵]
ーーーーーーーー…………

「解決お祝い。はい、チョコレート」

と、キャンディのようにくるんだチョコレートを、ミュシャは茉里の口へ放り込んだ。

「あひがほー」

甘いチョコレートの味に、茉里は満面の笑みになる。
ちなみに「ありがとー」と言ったらしい。

「ミューにはいっぱい迷惑かけたもんねー。お礼になにか奢るよ!なにがいい?」

「駅前のデパートの中に最近出来た『トロピカルカフェ』の『トロピカルスペシャルパフェ』」

⏰:11/06/25 16:42 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#810 [向日葵]
「え、あの!?これくらいのやつでしょ!?」

驚いた茉里は両手でその高さを表す。
手と手の幅は40センチくらいだ。

「高級マンゴーと桃を使ってるのにお値段1580円っていう、あのパフェ!?」

「テレビショッピングみたいになってるわよ。冗談よ。奢れなんて言わないわ。割り勘。あんなの一人で食べれるわけないじゃない」

でしょうね。

ディスプレイでしかみたことはないが、あんなもりもりとフルーツが盛られたパフェを、こんなにスレンダーなミュシャが入るわけない。
入っても体を壊しそうだ。

⏰:11/07/02 21:25 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#811 [向日葵]
「そういえば、もうすぐバレンタイン、アンド学年考査だけど、どう?その二大行事の進み具合は」

「あ…………」

「忘れてたのね、二大とも。笹部が泣くわよ」

「宗助はチョコレートもらわなくても気にしなさそうだなー……」

と言いながらも、やっぱり気にするかもと思う。

昨日だって、草食だと思ったら……ということがあった。
宗助のことをわかってない部分は、もしかしたらたくさんあるんじゃないかと思ったものだ。

⏰:11/07/02 21:26 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#812 [向日葵]
泣きはしなくても拗ねそう。
それかなにも言わなくて、最後の最後で渡したら、心底ホッとして「くれないかと思った」とか言いそう。

その顔みたいなと思うあたり、茉里はサディストだ。

でもその後、実はそういう顔が見たくてなんてことを話したら、宗助の肉食スイッチが入ってしまいそうで弱る。

宗助の肉食スイッチはよくわからないから。
そして茉里は宗助が肉食になるとひたすら弱い。

⏰:11/07/02 21:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#813 [向日葵]
一人であれやこれや考えていると、額に激痛。

「いったーい!ミューのデコピン痛いんだから手加減してよ!」

「だって百面相が気持ち悪かったんだもの」

にっこりと笑って茉里をいじめるのが楽しいという顔をするミュシャは、茉里よりもサディストだと思った。

「チョコレート、なんなら一緒に作る?」

⏰:11/07/02 21:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#814 [向日葵]
「……。え!?ミュー好きな人出来たの!?」

「お馬鹿。バレンタインは何も好きな人だけじゃないでしょ?アンタによ、ア・ン・タ」

「あ、友チョコね」

「むしろ茉里は笹部のを作ることしか考えてなかったわねー。親友のことはそっちのけかー」

よよよ、と泣きマネをするミュシャに慌てる茉里。

確かに最近、ミュシャに迷惑かけっぱなしなわりにはなにもしなかったから、罪悪感でいっぱいになった。

「ごめんごめんごめん!!ミューのももちろん作るつもりだったよ!ただ毎年のことだったから話題にださなかっただけで!」

「冗談よ」

⏰:11/07/02 21:27 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#815 [向日葵]
目を覆っていた手をぱっと開いて意地悪く笑う。
茉里はぷくりと頬を膨らました。

「どこのバカップルだ」

呆れたような声がきこえたので、二人して振り向くと、宗助が立っていた。

「おはよう宗助」

「バカップルって、アンタに言われたくないわよ、この色ボケ」

「色ボケって……」

宗助は鞄を置いて、2人の会話に入ることにした。

⏰:11/07/02 21:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#816 [向日葵]
「そういえば、久瀬、最近呼び出し多くないか?」

「バレンタインが近いからだよね。ミューはモテるから」

ミュシャは嫌そうな顔をしながらため息をつく。

先程茉里が言ったように、バレンタインが近いので、なんとか自分にくれないかと、ミュシャに告白する人があとをたたない。

一人が終わったらまた一人。
休み時間の度にそうなるので、ミュシャはここのところ休み時間になると知らない間に消えることが多くなった。

⏰:11/07/02 21:28 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#817 [向日葵]
*アンカー*

>>2-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800
>>801-900
>>901-1000

⏰:11/07/03 00:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#818 [向日葵]
「どうせ、見た目でしょ。性格がこんなだって知ったら別れようなんて輩、これまでに多々いたわ」

「密かにナルシスト発言が入ってるぞ久瀬」

「ってか見る目ないよね。ミュシャは十分可愛くてしっかりした人なのに」

そう言う茉里の手を、ミュシャはギュッと握って、意味深に見つめる。

「私は、そういうアンタがいるだけで十分だわ」

⏰:11/07/09 03:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#819 [向日葵]
どこからか百合の香りがしてきた気がして、宗助は辺りに百合があったか探すようにわざとらしくキョロキョロする。

茉里はそんなミュシャの悪ふざけにのるように、「ミュー……」と呟いて、その手を握りかえす。

「ハイハイ。もうわかったから」

百合の香りをかき消すべく、宗助は二人の間に呆れたようにはいる。
ミュシャと茉里はくすくすと笑った。

「女でも茉里をとられるのは嫌ってわけか……。案外嫉妬深いのねアンタ」

「そういうわけじゃない」

⏰:11/07/09 03:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#820 [向日葵]
「え!?じゃあ宗助は私なんかどうでもいいってわけー!?」

先程のミュシャのように、茉里は悲しくなさそうに「うわーん」と言って泣き真似をする。
そんな茉里に、ミュシャが「ひっどーい」と言う。

ああ、姦しい……。

宗助は女の子のノリについていけず、ツッコむことさえ出来ずに呆れた。

「えーと……。あ、いたいた!茉里ちゃん!笹部くん!」

⏰:11/07/09 03:37 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#821 [向日葵]
呼ばれたので、二人は声のする方を向くと、教室の入口に同じ部活の綾香がいた。

何の用かわからない二人は、ミュシャにひとこと言って綾香の元へ行く。

「どうかした?」

「色紙のお金もらおうと思って」

「色紙?」

二人そろって首を傾げるものだから、綾香は眉を寄せる。

「忘れたの?先輩を送る会するのにみんなで書かなきゃいけないでしよ?」

⏰:11/07/09 03:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#822 [向日葵]
そこで二人はやっと気づいた。

二大行事どころじゃない。
三年生が卒業するということを忘れていた。

そういえば、自由登校になっていた三年生がいないことに今更気づく。

そして、千早先輩の顔を思い出す。

何故かずっといるものだと思っていた。
卒業するのはわかっていても、それは先の、ずっとずっと先のことで、先輩は、あの変わらない笑顔で自分たちのそばにいると思っていた。

⏰:11/07/09 03:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#823 [向日葵]
その先輩がいなくなる。

それは、先輩が引退して、もう一緒に部活が出来なくなるという寂しさではなく、さっきまで隣にいた人が急にいなくなってしまうような、冷たい寂しさだった。

⏰:11/07/09 03:38 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#824 [向日葵]
>>817

アンカーあります

⏰:11/07/09 03:39 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#825 [向日葵]
[最終話]君とこいごころ

休みの日、茉里はいつも部活をやっている道場前を訪れた。

先輩の卒業の日が近づいてくるにつれ、茉里はなんだか落ち着かない気分でいた。

寂しさはある。
卒業を祝う気持ちもある。

じゃあどうしてそわそわするのだろう。

道場に来たら落ち着く気がして、父の出かけようという誘いをけってまで来たのだが、自分の気持ちは闇の中のまま姿を現してはくれなかった。

⏰:11/07/23 19:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#826 [向日葵]
うーん、冬だから感傷的になっているのかしら。

そう思えば、そう思わなくもない気がしてきた。
なので回れ右をしようとした時、道場の中から竹刀の音がきこえた。

「え?」と思った茉里は、すぐに道場へと向かう。

道場前の下駄箱を確認すれば、見慣れた靴がそこにあった。
閉まっている戸を開ければ、戸のすぐ近くにある練習用の人形に、宗助が打ち込んでいた。

⏰:11/07/23 19:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#827 [向日葵]
急に戸が開いて驚いた宗助は、手を振りかぶったままとめて、茉里の方をみる。

宗助は制服のままだ。

「ああ、アンタか……。びっくりした……」

「宗助なにしてんの?」

「アンタこそ」

「質問に質問で返さないで。今は私がきいてるの」

宗助は振りかぶっていた手を下ろして、沢山の竹刀がささってあるところまで行き、竹刀をなおした。

⏰:11/07/23 19:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#828 [向日葵]
「落ち着かなくて、竹刀でも振ったら、雑念が吹き飛ぶかもって。でも、全然駄目だった」

宗助の背中を見ながら、きっと宗助は自分と同じような気持ちになっているんだと思った。

それがわかるから、会話が続かず、外で練習している他の部活の声が、ただでさえ響く道場で響いていた。

「私も、そんな感じ。もう帰ろうとしたら、竹刀の音がきこえたからよったの」

「本当は自主練でもしたかったけど、俺の勝手な都合に誰かを付き合わせることは出来なかったから、一人で来た」

⏰:11/07/23 19:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#829 [向日葵]
「私がマネージャーじゃなかったら良かったわね」

「女の子相手に、本気は出せないよ。力も体格も違うからな」

「私が宗助より強かったらどうするの?」

「力技は使わないだろ、やっぱり。体当たりしたらいくら強くても踏ん張れはしないだろ」

となると、綾香もそういう風に扱われているということになる。
綾香は女子主将なだけあって強い。

なんとなく、茉里はむっとなった。

⏰:11/07/23 19:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#830 [向日葵]
人形の横に置かれていた竹刀を取って、このもやもやとした気分を晴らそうとしたが、竹刀がささくれていたのでやめた。

「さ、帰るか。どっか寄るか?」

「珍しい。宗助が寄り道しようだなんて」

「まだ昼前だし、このまま帰るのもったいない気がして」

「んーっ」と考えてから、茉里はポンと手を叩く。

⏰:11/07/23 19:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#831 [向日葵]
「そういえば昨日、華名ちゃんからまた遊びに来てねってメールがあった!だから宗助の家がいい!」

「ダメ。今日は家族勢揃いしてる」

即答され、今度はしょんぼりと落ち込んだ。

家族に紹介してはくれないのか……。

茉里は成り行きでとはいえ、家族に宗助を紹介した。
それは宗助がすごく素敵な人で、家族に早く教えたいと思ったからだ。

そうしてくれないのは、茉里がまだそのレベルに達していないからということだろうか。

⏰:11/07/23 19:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#832 [向日葵]
ふと、これがもし先輩なら……と考え、急いで頭をふった。

今更そんなこと思っても仕方がないからだ。

ただ、不安じゃないわけではない。

二人して気づいた、先輩卒業の現実。
宗助にとって忘れられない人。
そんな人がいなくなるとわかったら、もしかしてそちらに行ってしまうんじゃないかと……。

それこそ今更だと、頬を軽くつねって自分を戒めた。

⏰:11/07/23 19:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#833 [向日葵]
「今日は帰るよ。お父さんが出かけたがってたから、相手してくる」

「そっか。じゃあ一緒に帰ろう」

こくりと頷き、茉里と宗助は道場をあとにした。

――――――――…………

時は少し進んで、バレンタインの前日。

茉里はミュシャの家へとやって来て、チョコ作りをしていた。
チョコ作りと言っても、茉里はチョコチップが入ったクッキーを焼いている。
ミュシャは茉里が大好きな生チョコを作ってくれた。

⏰:11/07/23 19:15 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#834 [向日葵]
*アンカー*

>>817

⏰:11/07/23 19:20 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#835 [向日葵]
茉里はその生チョコをつまみ食いし、頬が落ちるほど美味しいとでもいうように、頬に手をそえ、幸せそうに笑んだ。

「んー……っ!ミュシャってお菓子作るのやっぱり上手だよねーっ!甘さも柔らかさも丁度いい!」

「そりゃアンタ好みにしてるもの。笹部なんかよりあたしの方がずっと茉里の好みを熟知してると思ってるけど?」

「もっちろん!」

と、いいタイミングでオーブンのタイマーが鳴った。

どうやら焼けたようだ。

⏰:11/07/30 15:45 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#836 [向日葵]
オーブンを開け、天板にのせたクッキーを見てみると、いい具合に焼けていた。
ただ見た目と違い、中が焼けてないということもある、というのを理由に、茉里はクッキーもつまみ食いした。

サクリといい音がしたということで、どうやら茉里のクッキーもうまく焼けたらしい。

「ラッピングどうすんの?」

ミュシャが尋ねる。

「透明の小さめの袋に3つぐらいいれて、その上からまた奇麗な袋にいれるの」

「なるほどね。あとは持っていく時にクッキーが割れないように気をつけるのみね」

⏰:11/07/30 15:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#837 [向日葵]
本当はピンク色の可愛らしい袋や箱で飾り付けたかったが、宗助はそういうのを好まないだろうと、色はグリーンで上品かつシンプルな柄の袋を買った。

もちろん、宗助はピンク色だとか、箱や袋に花がついてそうなものでも喜んで受けとってくれると思う。
でも出来るだけ完璧なものを渡したいから、今回はシンプルめにした。

にこりとはしなくても、雰囲気で嬉しいと思ってくれているのが分かればいいなと思う。

宗助はあまり口にはしないから。

⏰:11/07/30 15:46 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#838 [向日葵]
「そういえば……」

ミュシャが茉里のクッキーをつまみながら言う。

「笹部って意外にモテるのね。何回か女子の会話がきこえた時、笹部に渡すって言ってた子が何人かいたわ」

「えっ!?なにその聞き捨てならない話!!」

思わずラッピング途中のクッキーを握り潰しそうになった。

宗助はミュシャとは違い、物語で言えば生徒A扱いでもされそうなほど目立つ容姿はしていない。

⏰:11/07/30 15:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#839 [向日葵]
無愛想、無難、地味、パッとしないなどの表現が似合いそうなのだ。

しかし、茉里と付き合うことにより、笑ったり話したりしている姿に好感を抱き、接しやすくなったと評判になっていた。

そんなことを茉里は知らない。

「ど、どどどどうしよう……っ!突然現れた可愛い子に宗助をとられたら……っ!!」

「アンタ彼女なんだから堂々としてなさいよ。ってか彼女のくせに、いつまで自分に自信がないのよ」

「不安が拭いきれないのは恋する乙女の決まった問題ですから……」

「あんまりうっとおしいと、今年の生チョコはあげないわよ」

⏰:11/07/30 15:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#840 [向日葵]
「そんな血も涙もない……っ!!」

「そんなしょうもないことをウジウジウジウジいつまでも考えるからよ。これがまだ片思いでどうのこうの言ってるんだったらまだ良心のかけらで慰めてあげるけど」
「片思いでも良心のかけらぐらいしかくれないのね……」

逆に泣きたい。

やっぱりいつもの調子が出ないなーと難しい顔をしていると、携帯が鳴った。
このバイブは電話だと思い、誰からだと確認せずにとってしまう。

⏰:11/07/30 15:47 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#841 [向日葵]
「はい、もしもし」

「もしもし、俺だ」

「あら宗助。どうしたの?私が恋しくなったとか?」

「いや違うけど」

「即答するな!悲しくなるわ!」

ミュシャはやれやれといった風に首を振ると、台所へと向かっていった。

「私が恋しくないなら何の用でございますか?愛しの笹部宗助くん」

「なんかトゲがあるんだが……」

「気のせいじゃなくって?」

⏰:11/07/30 15:48 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#842 [向日葵]
こっちは宗助の喜ぶ顔がみたくて、クッキーを作ってたっていうのに!!
クッキーに色づけとでも称して唐辛子のパウダーでもかけてやろうかしらっ。

怒りで半目になりながら、その声に耳を傾ける。

「華名が会いたがってるんだ。今どこだ?」

「ミューの家だけど」

「ああ先約があったのか。じゃあ無理だな」

⏰:11/08/06 00:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#843 [向日葵]
先約は先約だけど……!
そうじゃなくて……っ。

「夕方くらいなら空いてるから、宗助の降りる駅で待っててって伝えてくれる?私がそっちに行くから」

「いや、俺がそっちに華名を連れて……」

「明日まで宗助と会いたくない!!」

そのまま電源ボタンを押す。

衝動的に押したものの、後悔が後から後から押し寄せてきた。

⏰:11/08/06 00:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#844 [向日葵]
ああもうっ!
なにやってるの私!

色んな不安を、宗助に八つ当たりしたって、なにも始まりはしないのに。

テーブルの上にある、綺麗にラッピングされた袋をちらりと見る。

明日こんな気分で、にこやかに、愛情たっぷりに、「どうぞ」と言って渡せるのだろうか。

なにも今日喧嘩しなくてもよいではないか。

携帯を握りしめたまま、茉里はうなだれる。

⏰:11/08/06 00:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#845 [向日葵]
「ハイハイ、萎れない萎れない」

ポンと、ミュシャが茉里の頭に手をのせる。

「あたしも余計なこと言った。それは謝る。でもアンタがいつまでもそんなんじゃ、笹部も信じれるものが信じれなくなるわよ。アンタがまず、笹部を信じなさい」

ミュシャの言葉が、胸にしみる。

信じてないわけじゃない。
ただ悲しい。

好きだと思っていても、宗助が思っている好きと茉里の好きには違いがありすぎる気がする。

⏰:11/08/06 00:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#846 [向日葵]
宗助は好きだと言ってくれた。
してほしいことは言ってくれと言ってくれた。
それだけで、宗助の愛情は十分だし、茉里は宗助がそういう方面が苦手なのもわかっている。

けれど、求めるばかりじゃなくて、求められたいとか、甘えられたいとか思ってしまうのは、贅沢なことなのだろうか。

このクッキーを渡して、本当に喜んでくれるだろうか……。

―――――――…………

「あ、茉里ちゃーん」

⏰:11/08/06 00:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#847 [向日葵]
夕方、電車に乗った茉里は、華名と待ち合わせをしている駅へとやって来た。

改札口のすぐそばに、あったかそうで可愛らしいなポンチョを着た華名が立っていた。
こちらにいると、背伸びして、めいっぱい手を振っている。

茉里は駆け寄って、そのまま華名を抱きしめた。
華名も抱きしめ返し、茉里に甘えるように頭をすり寄せる。

「ごめんね、お待たせっ」

「ううんー。華名も、今来たとこだからぁ大丈夫だよぉ」

⏰:11/08/06 00:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#848 [向日葵]
相変わらずのゆったりのんびりな口調に、茉里は顔をほころばせた。

メールのやりとりはしていたものの、会うのは正月以来だ。
茉里も華名に会いたかった。

「えっと、私の家まで来る?そしたらゆっくり喋れるよ」

すると華名は顔を動かさずにちらりと目だけで後ろを見て、茉里の耳に口を近づけた。

「実はねー、そこの物陰に、宗兄がいるの」

は?

⏰:11/08/06 00:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#849 [向日葵]
「気づかれないように、そろっと見てみて」

物陰と言っても、物陰はたくさんある。
探しているのを気づかれないよう、ゆっくりと目だけを動かす。

「あ」

いた。

切符販売機の近くの太い柱に、宗助がいる。
遠くにいるので表情はわからないが、あちらもこっちに気づかれないように、こそっと見ていた。

⏰:11/08/06 00:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#850 [向日葵]
その様があまりに馬鹿らしく見えて、茉里はぽかんとした顔のまま華名に顔を向ける

「なにしてんのあの人」

「きっと茉里ちゃんがこわいのよぉ」

「なにそれ?」

「茉里ちゃん、宗兄と喧嘩したんでしょぉ?華名、あの時近くにいてねぇ。茉里ちゃんの怒ってる声が聞こえちゃってぇ」

恥ずかしい……。

⏰:11/08/06 00:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#851 [向日葵]
「宗兄もデリカシーというか、乙女心わからない人だからぁ、茉里ちゃんごめんねぇ」

「それと宗助があそこにいるのとどう関係が?」

「謝りたいけど、どう謝ればいいかわからないみたいー。とりあえずぅ、あそこで様子見してるんじゃないかなぁ」

ああまったく……。

宗助だけが悪いわけじゃないけど、確かに謝られても、今の気持ちでは火に油な気もする。

⏰:11/08/06 00:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#852 [向日葵]
「華名ちゃん。宗助が、私を家族に紹介してくれないのはどうしてだと思う?宗助は、私のことどれだけ好きだと思う?」

「宗兄はすごく茉里ちゃんのこと好きだと思うよぉ。家族に紹介しないのは、お父さんもお兄ちゃんも女好きなのと、お母さんを筆頭にイジられるのが嫌だから」

はい?

茉里はまたぽかんとした顔になってしまった。

「前に、話の流れで茉里ちゃんの話が出たのねぇ。お父さんとお兄ちゃんはさっき言ったとおり、そういう人だからぁ、好きな人を家族だろうがなんだろうが、そういう目で見られるの嫌だって言ってたのぉ」

私の、話……?

⏰:11/08/06 00:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#853 [向日葵]
私の話を、宗助が?

ちらりと宗助がいるところを見る。
やっぱりどういう表情かはわからない。

「あと宗兄ってぇ、笹部家ではイジられキャラだから、茉里ちゃんがいようがいながろうが、宗兄は二人のことでイジり倒されるってわかってるのよぉ」

「……なるほどねぇ」

自分は一人っ子な上、つい最近まで父である裕之とはギクシャクしていた為、そんな温かい家族の風景を思い浮かべると、こちらも温かくなる。

温かくなればなるほど、怒っているのが馬鹿馬鹿しくなって、なんだか笑えてきた。

⏰:11/08/06 00:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#854 [向日葵]
*アンカー*

>>817

⏰:11/08/06 01:04 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#855 [向日葵]
携帯変わりましたが、向日葵です(●´∀`●)

⏰:11/08/13 02:29 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#856 [向日葵]
「本当、面白くて好きだわ、宗助は」

「ありがとう。宗兄の彼女さんが茉里ちゃんで、華名も嬉しいー」

「私も華名ちゃんと仲良くなれて嬉しいーっ」

ぎゅうっと抱きしめあって、華名が小さな声で「あっ」と言った。

「忘れちゃうとこだったぁ。はい茉里ちゃん」

差し出されたのは、小さくて可愛らしい模様がついたピンク色の紙袋だ。

「なになに?」

「友チョコでぇす。初めて作ったから、味に自信はないんだけどぉ……」

「うっそ!ありがとう!嬉しいーっ!!」

⏰:11/08/13 02:38 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#857 [向日葵]
しかし、喜んだはいいものの、茉里の華名へのチョコは家だ。
会うのだから渡せばよかったのだが、どうせなら明日にと持ってこなかった。

「華名ちゃんの持ってくればよかった……」

「ううん、そんなぁ。今日は華名のわがままだから」

「もーぅ……華名ちゃんはなんていい子なのーっ!!誰かさんと違って!!」

視界の隅で、その誰かさんがビクリとする。

⏰:11/08/13 02:39 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#858 [向日葵]
「さて、あの人があんな状態でずっといるのがいたたまれないから、私は今日のところは帰るとするわ」

・・・・・・・・・・・

なにを話ているんだろうか。

宗助は柱の陰でこそこそと茉里と華名をみる。

こそこそと言っても、もうバレているとは知らずに。

平謝りすることも出来たけれど、そういうわけにもいかない気がするから、どうにかタイミングを見計らって出て行こうと思ったけれど、それも叶わず。

⏰:11/08/13 02:39 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#859 [向日葵]
「宗兄ストーカーの練習ぅ?」

「うわっ!か、華名……っ」

「茉里ちゃんから伝言。明日楽しみにしてるなら許してあげるですってぇ」

明日、バレンタインデー。
去年まではそれほど興味はなかったが、今年は違う。

「うん、楽しみにしてる」

「華名に言っても仕方ないでしょぉ。まったくぅ、宗兄はそういうところが茉里ちゃんを怒らせる原因よぉっ!」

妹までに言われてしまうなんて。

宗助はわかりやすすぎるぐらい肩を落とした。

⏰:11/08/13 02:40 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#860 [向日葵]
――――――――…………

バレンタインで浮足立ってる一方、卒業式の準備が着々と進められていた。

茉里たち二年生は、卒業生に「蛍の光」を歌わなければならない為、朝のホームルームに歌詞が書かれたB6サイズくらいのものが配られた。

バレンタインにわざわざ配らなくっても……。

ラブラブ気分が少々萎えた。

ホームルームが始まる前に宗助に渡せればよかったが、茉里は今日日直だった為に、今配られている紙束や、その他のプリントを運ぶ為に、教室と職員室を行き来していた。

⏰:11/08/13 02:40 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#861 [向日葵]
宗助も友達と話ていたりして、結局挨拶すら出来ないまま朝のホームルームが始まった。

「これから毎朝、歌の練習するらしいから、各自その間にちゃんと歌詞覚えんだぞ」

先生の言葉に、空気だけでほとんどの人が「ダルい……」と思っているのがわかった。

大体私たちが歌う意味ってあるのかしら……。

先輩たちは去年、どんな気持ちでこれを歌っただろうか。

「んじゃ歌うから、全員起立」

教室がブーイングの声に包まれた。

⏰:11/08/13 02:41 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#862 [向日葵]
*アンカー*

>>817

⏰:11/08/13 02:48 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#863 [向日葵]
きっと卒業式にこれを歌ってから、次に自分たちが歌ってもらう番の時がくるのは、あっという間なんだろうな……。

茉里はちらりと教室を見渡す。

やる気ないながらも、みんな歌っている。
中には歌ってない人もいるし、立っている人に紛れて座ってる人だっている。

真面目にやってる人からすれば、ちゃんとしろと苛立つ光景だけれど、卒業して、この教室のことを思い浮かべる時、そんなことすらも懐かしく、いとおしく、さみしくもあるのだろう。

⏰:11/08/20 13:06 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#864 [向日葵]
そう思うと、少しやる気を出して歌おうと思えた。

―――――――――…………

「加賀ー。現国の阿部先生が模造紙取りにきてくれってさー」

朝のホームルームも終わると、担任が言った。

ちょっと……、今日だけやけに日直の仕事多いじゃない……。

ちらりと宗助を見ると、茉里のことを気にしないかのように友達と談笑している。

⏰:11/08/20 13:06 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#865 [向日葵]
また気にしているのは私だけかと茉里は苛立つが、それをなんとか押さえる。

今日は喧嘩をする日じゃない。
仲直りをする日なのだから。

茉里は教室を出て、日直の仕事に専念しようと思った。
すると。

「茉里」

へ?

振り返ると、友達の輪から抜けたのか、宗助がこちらにやって来た。

⏰:11/08/20 13:07 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#866 [向日葵]
「日直の仕事、手伝う」

「え、でも……」

「だからさ……、ああ……、えっと……」

歯切れの悪い返事をするので、早くと心の中で思ったが、辛抱強く待つ。

「早く……、俺にチョコ……ください……」

言い終えてから、すぐに宗助は顔を真っ赤にさせた。
茉里はそれが宗助の精一杯の気遣いだと思うと、宗助が可愛く思えて仕方なかった。

⏰:11/08/20 13:07 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#867 [向日葵]
「ありがと。じゃあ荷物運ぶの手伝ってね」

「おう」

「ちなみにチョコじゃなくてクッキーだからね」

「いいよ。なんでも」

と言い終えた後、「あっ」と手で口を隠す。
茉里はどうかしたのかと宗助を見る。

「なんでも……っていうのは……、茉里の物ならなんでもって意味で」

⏰:11/08/20 13:08 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#868 [向日葵]
おお、なんかすごい頑張ってる。
華名ちゃんがなんか言ってくれたのかしら。

「はいはい。私も悪かったから、あんまり無理しなくてもいいわよ」

「別に無理は……」

「宗助はそのままでいいの。あの時は……。私が少し過剰になってただけよ」

茉里はきょろきょろと辺りを見渡す。
「よし」と小さな声を出したかと思えば、宗助を手招きする。

⏰:11/08/20 13:08 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#869 [向日葵]
なんのことかと、宗助が茉里に顔を近づけると、一瞬やわらかな感触を頬に感じた。

してやったりと笑う茉里に対し、なにがあったかわからず、きょとんとした顔をする宗助は、次第になにをされたかを理解し、また赤くなった。

「さてと、宗助がゆでダコになる前に、早く日直の仕事しなくちゃだわねー」

「誰がしてるんだ誰が!」

「もちろん私。とっても嬉しい限りだわー」

⏰:11/08/20 13:09 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#870 [向日葵]
「覚えとけ……」

「記憶力はいいほうだから安心して」

言い負かされて、宗助は少しムッとするも、仲直り出来たほうに安心して、ムッとしたくても出来なかった。

―――――――――…………

そう、別にそれはそれでいい。

ただ見てみたい。
こんな機会だから見てみたい。
いや別に大した機会ではないけれど。

⏰:11/08/20 13:09 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#871 [向日葵]
「と思うのは罪かしら、綾香」

「罪というより、それはただただサディステイックだよ茉里ちゃん」

防具をつけてる綾香に、茉里は話しかける。
一方の茉里は、昨日片付けきれなかったコップを洗っている。

「だって、見てみたいじゃない。宗助が私に焦るとこ」

せっかくのカップルイベント、バレンタイン。
ならば宗助が、茉里を誰かにとられてしまうんじゃないかと焦るところを見てみたいと茉里が言い出したのは、つい先ほど。

ちなみに宗助にまだチョコ、ならぬクッキーは渡していない。

⏰:11/08/20 13:09 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#872 [向日葵]
帰りに渡すつもりだ。
そう言ったら宗助が「俺の手伝った意味は……」とグッタリしていた。

「笹部くんが茉里ちゃんのこと好きなのなんて、見てればわかるじゃない」

「よくよく考えてみればね、宗助になにかあったりしたら、焦ってるのっていつも私ばっかりな気がするのよ。たまには私がそれを味わいたい」

「笹部くんも大変ね」

苦笑いを浮かべて、綾香は面を置きに行った。

⏰:11/08/20 13:10 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#873 [向日葵]
んー……。
確かにやりすぎかもしれないけど、やりたいと思っちゃったらやりたくてうずうずするのよね。

泡のついた手を、冷たい水で洗い流し、近くのタオルで拭いた後、ポケットにあるカイロで手を暖める。
すると、綾香が声をあげた。

「千早先輩!」

茉里は考えるより早く、洗面所から道場入り口が見える場所にうつった。

⏰:11/08/20 13:11 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#874 [向日葵]
そこには、正月あった時よりも少し髪が伸びて、大人っぽさがさらに増した千早先輩がいた。
マフラーをまいて、寒さで鼻を赤くしている姿が、大人っぽさの中にあどけなさを残し、彼女の魅力を引き立てていた。

「えへへ、久しぶり。今日はね、防具を取りにきたの。皆はー……まだなんだね」

掃除当番に委員会が重なって、今道場にいるのは茉里と綾香だけだった。

「あとこれ、女子のみんなで食べて」

茉里に渡されたのは、3つほどにわけられた小さな可愛らしい紙袋。
中身は言わずともわかる。

「女子だけでいいんですか?」

⏰:11/08/27 00:12 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#875 [向日葵]
今日は一般的に言えば男子のほうに渡すべきだと思うが。

「もちろん。男子よりも女子の後輩のほうが大事だし」

「それ男子がきいたら泣きますよ」

笑う茉里につられて、千早先輩。

「さて、と、お母さん車に待たしてるから早く行かなきゃ」

「あ、ごめんなさい。運ぶの手伝います」

「ありがとう」

⏰:11/08/27 00:13 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#876 [向日葵]
手伝うほどの荷物なんてなかった。
ただ先輩といたかった。

暗黙の了解かのように、千早先輩は竹刀袋を持たせてくれて、正門まで運ばせてくれた。

綾香は皆が来ては駄目だからと、ついて来なかった。

「ありがとうね。それにしても、まだ寒いわねー」

「あ、よかったらカイロ持ってますんでどうぞ」

「いいよ、茉里ちゃんが寒い……ん?なにか落としたよ?」

⏰:11/08/27 00:13 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#877 [向日葵]
カイロを出す時、一緒に落とした紙切れ。
それは今朝配られた、「蛍の光」の歌詞が書いたものだった。

簡単かつ適当にたたんでいたので、落とした拍子に軽く開いてしまった。

それを見ながら、千早先輩は眩しそうに目を細め、微笑む。

「私たちの、番なのね……」

「先輩……」

⏰:11/08/27 00:14 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#878 [向日葵]
「私はね、先輩たちが卒業するのがさみしくて、これを歌いながら泣いたたんだ。とても素敵な先輩だったから。それを今度は歌ってもらう番なのね」

「先輩も素敵な先輩でしたよ」

紙を丁寧に折りたたんで、茉里に渡す千早先輩は、とても嬉しそうに笑う。

「そう言ってもらって嬉しい。茉里ちゃんには、私の無神経なことが原因で傷つけてばっかりだったから」

「そんな……。あれは私が……」

⏰:11/08/27 00:14 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#879 [向日葵]
「それも思い出として残っていくのね」

「ここに」と呟きながら、千早先輩は胸に手を当てる。
いとおしそうに、目を瞑って。

茉里はなんと言っていいかわからず、そんな千早先輩をただみつめることしか出来なかった。

やがて目を開けた千早先輩は、またにっこりと微笑む。

「次に会うのは式ね。一緒に写真撮ろうね。じゃあ」

「あ、先輩!」

⏰:11/08/27 00:14 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#880 [向日葵]
車に乗りかけた千早先輩を、茉里は止めた。

なにか言わなきゃいけない。
今までのこと、これからのこと。先輩への賛辞、自分のこと。

しかし茉里がきいたのは、そのどれにもあてはまらないものだった。

「素敵な先輩は、どうしたらなれますか」

茉里の問いを馬鹿にすることなく、少し考えてから千早先輩はにっこりと笑って答えた。

⏰:11/08/27 00:15 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#881 [向日葵]
「そうやって考えた時から、もう素敵な先輩にはなってるんじゃないかな」

いっそうにっこり笑って、先輩は車に乗った。
しばらく車をみつめてから、少し足を動かす。

振り向けば、いつもの見慣れた学校があった。

下校している生徒、校舎内でなにか話している生徒、グラウンドからは、運動部の声がきこえてくる。

学校の風景や空気、雰囲気、一気に体に取り込んだ瞬間、胸がいっぱいになった。

⏰:11/08/27 00:15 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#882 [向日葵]
衝動的に、そしてどういう感情で出てくるかわからない涙を、必死に止めた。

それでも、溢れ出すようにして、滴がポタリと落ち、乾いた地面に吸い込まれていった。

こんな大勢の前で泣き顔を見られたくない。

茉里は早足で、道場へと帰って行った。

―――――――――
―――――――――…………

静かな静かな空気の中、卒業式は行われていた。

⏰:11/08/27 00:16 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#883 [向日葵]
*アンカー*

>>817

⏰:11/08/27 00:19 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#884 [向日葵]
在校生、つまり茉里たちはほぼ椅子に座ったままだったが、ところどころ合わせて立つところがあったりと、少し忙しない。

中には立たない人もいる。
寝ている人すらいた。

でも茉里は最後まで卒業式に参加した。
男子の方を見ても、宗助の姿は見えないけれど、きっと宗助も同じように、誰よりも姿勢良く、そして誰よりもまっすぐ前を向いているに違いない。

⏰:11/09/03 23:14 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#885 [向日葵]
千早先輩から朝に、他の部員も集めて道場前にいるから来てねとメールがあった。

後に会えるはずなのに、茉里は千早先輩がいる場所をじっと見ていた。

「卒業生、退場」

一斉に立ち、茉里たちの学年は、今まで練習した「蛍の光」を歌う。

教室で歌ってた時や予行で歌っていた時とは違う雰囲気が、歌をより一層寂しく響かせる。

なのに卒業生が花道を退場している時、笑顔だった。

⏰:11/09/03 23:15 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#886 [向日葵]
照れくさいのか、やっと卒業出来るという安堵なのか、楽しかったと充実した気持ちからくるものなのか、わからないけれど。

それでも、その清々しい笑顔は、送り出す茉里たちの胸を締めつけた。
思わず歌っている時、声が詰まりそうになって、必死に持ち直した。

全員が退場してしまった後、茉里たち在校生は座るように言われた。
座る時に、宗助が見えた。
宗助もこちらを見ていた。

⏰:11/09/03 23:16 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#887 [向日葵]
見えるはずもないけれど、微笑むと、宗助も微笑んだ。
それだけでドキリとしたので、茉里は落ち着くために素早く座った。

――――――――…………

「せんぱーいっ!」

綾香が道場前に集まった先輩たちのところへ走っていく。
そのまま女子の先輩のところへ突っ込んでいく。

「わっ!綾香ちゃんは元気だねー」

「違いますっ。元気にしとかなきゃ泣きそうなんですっ」

と言った途端、綾香の目が涙で満たされていく。
けれど綾香は耐えていた。

⏰:11/09/03 23:16 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#888 [向日葵]
「可愛いやつめ!心配しなくてもちゃんと遊びに来てあげるわよ」

「来なかったら罰金ですからね」

「そういえば、他の子たちはー?」

「もうすぐ来ると思いますよー。あ、茉里ちゃんは少し遅れるかもー。デジカメ教室に忘れたとかって言ってたから」

集まれば、みんなワイワイと話だすので、ただでさえ声が響く廊下がよりうるさい。
そんな中、千早先輩だけが、何かを考えているかのようにしていた。

⏰:11/09/03 23:17 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#889 [向日葵]
「ねえねえ綾香ちゃん」

「はい?」

「お願いがあるの」

―――――――――…………

少ししてから、宗助がやって来た。
他の部員は道場で盛り上がっているらしく、外まで笑い声がきこえてくる。

入り口にある下駄箱付近に、綾香と千早先輩が談笑していて、宗助は二人に寄っていった。
二人も宗助に気づく。

⏰:11/09/03 23:19 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#890 [向日葵]
「やっと来たね宗助」

「すみません、遅くなって」

一言言ってから、宗助は少し背筋を伸ばしてから、軽く頭を下げる。

「ご卒業、おめでとうございます」

「ありがとう。……ったく、アンタはいつまでも堅いねー」

「……余計なお世話です」

「ところで笹部くん。茉里ちゃん知らない?なかなか来ないんだけど」

⏰:11/09/03 23:19 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#891 [向日葵]
「さあ……。俺も友達と話してたりして、別々だったから」

なあんだ、と綾香はため息をつく。

「もしかして……」

千早先輩がつぶやく。
しかしハッとして手を口にあてる。
まるで言ってはいけないことを言いそうになったかのように。

気になった宗助て綾香は、先輩のほうを首を傾げてみつめる。

「先輩、なにが“もしかして”なんですか?」

⏰:11/09/03 23:20 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#892 [向日葵]
宗助が眉間にしわを作って訊く。

「ええっと……」

千早先輩のわりに歯切れが悪い返事が返ってくる。

宗助は無言で千早先輩に詰め寄る。

「あのね……、茉里ちゃんって結構人気者だから、告白する人があとをたたないんじゃないかなって……。告白するぞ!って意気込んでる人もいるって小耳にはさんだし」

綾香はのんきに「茉里ちゃんモテるもんねー」と言う。
宗助はさっきよりも表情が硬くなって、口に軽く力を入れて入れる。

⏰:11/09/03 23:21 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#893 [向日葵]
そんな宗助を知ってか知らずか、千早先輩は続ける。

「ファンクラブとまではいかないけど、茉里ちゃんの友達の久瀬さんだっけ?2人は結構なファンがいたわよ」

「ファンクラブって今どきあるんですか……?」

「現に北高の沢口くんはファンクラブあるじゃない」

会話が穏やかに和やかに交わされるなか、宗助の表情はだんだんと険しくなっていく。

これは迎えにいくべきなのか……?

迷ってる宗助に追い討ちとばかりに、綾香たちの会話が進められる。

⏰:11/09/03 23:22 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#894 [向日葵]
*アンカー*
>>817

⏰:11/09/03 23:24 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#895 [向日葵]
「すぐにあきらめてくれる相手ならいいですけどね」

「昨今物騒になったもんね。変わった人も多くなってるし」

「気をつけなきゃ茉里ちゃん危ないですよね!?私迎えに行こうかな……っ!?」

その綾香の言葉が終わるか終わらないかで、宗助が素早く回れ右をして走って行った。

走っていく所は、言うまでもないだろう。

⏰:11/09/10 01:24 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#896 [向日葵]
・・・・・・・・・・・・

「まったく、遅いわよ行動が」

走って行った宗助を見ながら、千早先輩が呟く。
綾香はあははと笑う。

「あー面白かった!でも先輩、今のがお願いですか?」

「うんそうよ。茉里ちゃんのお願いを叶えてあげようと思って」

綾香は首を傾げる。

そんなこと茉里は言っただろうか。

表情から綾香の思っていることを読み取った千早先輩は、にっこりと笑う。

⏰:11/09/10 01:24 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#897 [向日葵]
「バレンタインの時言ってたじゃない。宗助の焦ったとこを見てみたいって」

確かに言っていた。
でもそれは結局実行されず、その計画はどこかへ消えてしまったのだった。

綾香は目を見開く。

そんな前のことを覚えていただなんて。

「先輩はやっぱりすごいですね」

「それほどでも〜。さ、私たちもみんなの輪の中に入りますか」

「そうですね。カップルはカップルでお楽しみタイムでしょうし」

二人であっはっはと笑いながら、さらに大きな声で笑っている道場の中へと入って行った。

⏰:11/09/10 01:25 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#898 [向日葵]
―――――――――…………

あれ?あれ?

教室で忘れたデジカメを取りに来た茉里だが、あると思っていた場所にデジカメがない。

もう一度鞄を探すもなく、ひっくり返してもやっぱりなく、辺りを見回してもない。

根本的に家に忘れちゃったのかしら……。
でも学校に来て鞄を見た時にはデジカメのケースは見た。
見た気がした……。

時間が経つにつれ、だんだんと忘れた場所よりも持ってきたかどうかのほうが心配になってきた。

⏰:11/09/10 01:25 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#899 [向日葵]
ううん……、どうしようか……。
もしかしたら落とし物として預かってます的な感じかしら!

茉里の学校は携帯以外は大抵許されているのでそういうものも職員室に忘れ物として預けられる。

どちらにしても携帯も持って来ているというのは誰しもがわかっているが、暗黙の了解で見つかってしまうまではお咎めはなしだ。

頭の上でぐるぐると渦巻きが浮いてる時、携帯のバイブが鳴ってびくりとした。

⏰:11/09/10 01:25 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#900 [向日葵]
もしかしたら綾香か宗助かもと、携帯を入れているブレザーの内ポケットに手を突っ込む。

「加賀さん」

と同時に声をかけられたものだから、茉里は文字通り飛び上がる。

「ごめんなさいごめんなさい!ちょっと気を緩めて持ってきただけなんです!」

と一息で謝りながら振り向くと、教師ではなかった。
一方的にああだこうだ言われた相手は、何を言われたかわからなかったのか、茉里の勢いにおされたのか、ポカンとしていた。

「あ……えと……どなたで……」

今さらながら訊く。
胸元を見れば、小さな一輪だけのコサージュがつけてあった。

卒業生だ。

⏰:11/09/10 01:26 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#901 [向日葵]
「えと、前川っていうんだけど……。あの、3年の、卒業する」

「はい、前川先輩ですね。私たちのクラスになにかご用でも?」

前川と名乗る卒業生は、照れるように頭をかきながら、教室に入り、茉里に近づいていく。

「実は、前から可愛いなって気になってたんだ。良ければ、付き合ってくれないかな」

茉里は瞬きを素早く何回か繰り返す。

宗助と付き合う前は、何回かこういうことがあったが、久しぶりにばったり遭遇すると、対応の仕方を忘れてしまった。

声も発せられずに、今度は茉里がぽかんとしていたら、前川はもうそこにいた。

「えと、私に彼氏がいることはご存知ですか?なので私は先輩と付き合うことは出来ないんです」

⏰:11/09/10 01:26 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#902 [向日葵]
「有名なやつ?」

「さ、さあ……。人っていつの間にか有名なってたりならなかったりしてるんで」

「誰?名前は?」

引き下がらない。
この人面倒くさいタイプだ。
名前を言ったところで、信じる人ではないだろう。

「有名な人だと、納得いきます?」

「いくかいかないかって言うならいかないけど」

うう……。

「同じクラスの笹部くんって人ですけど」

⏰:11/09/10 01:27 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#903 [向日葵]
「知らないなあ。本当にいる人なの?適当に名前言ってない?」

適当で「笹部」って名字が出てくるって、どんだけ発想力というか想像力豊かだよ私。

ツッコミを入れつつ、縮められた距離を密かにひろげ、茉里はこの場からどうにか逃げようとした。

「とりあえず、私は先輩とはお付き合い出来ません。ごめんなさい」

鞄を持つと同時に、その手がつかまれた。
思わず「ひっ……」と声が出る。

「人が真剣に告白してるのに、逃げようなんてしないでくれる?」

⏰:11/09/10 01:27 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#904 [向日葵]
前川が言ってることは確かにもっともな意見だが、彼の告白はだんだんと意地が入ってきているようで、これは最早告白ではなく、欲しいものが手に入らないと気に入らないという駄々っ子のようなものだ。

そんなオモチャのような扱いをうけて、真剣もなにもないと思うが、多分正論を言っても通じやしないだろう。

だから余計にややこしい。

茉里は内心頭を抱えた。

「お返事はしました。そちらが納得いってもらわなくても、私はあなたと付き合うつもりはないんです。手を、離してください。叫びますよ」

きっと、まだ他の教室に残ってる人はいるはず。
声や物音をきいたから。

⏰:11/09/10 01:28 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#905 [向日葵]
「叫んでもいいけど、一体何人が君が助けを呼んでるって思うかな」

今日は卒業式。
卒業生がふざけてるのではと考えるか、在校生がふざけてると考えるか。
誰が本気で助けを呼んでるなんて気づくのだろう。

たちが悪いのに捕まったものだと悔やむが、悔やむより今は恐怖のほうがはるかに大きい。

「な、なにをする気……?」

訊いても仕方ないことを訊く。
いや、むしろ訊かなければよかったと後悔するか。

前川が意味深に、そして怪しく笑うから、茉里は怯えそうになるのをこらえて毅然と前川をにらむ。
それでも、もう膝は小刻みに震えている。

宗助。
助けて、助けて、助けて。
お願い、助けて……っ。

⏰:11/09/10 01:28 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#906 [向日葵]
足を後ろに移動させても、机の足にガタリとあたる。

茉里はつかまれていないほうの手で鞄を持ち直すと、素早くそれで前川を殴った。
弱い攻撃だったとはいえ、怯んだ隙に茉里は教室を出る。

「テメェ……っ!!」

ドアから出て、全速力で走ろうとした時、なにかにぶつかる。
よく知る匂いと共に。

「茉里!?どうした!」

「宗助!!」

茉里は安心して腰が抜ける。
それを宗助が支える。
ふと前を見ると、宗助たちの数メートル先に、息を切らせた前川がいた。

「……あなたは?」

⏰:11/09/10 01:29 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#907 [向日葵]
「おれは……」

「彼女になにをした?」

いつもより更に低い声で宗助が問う。
支えてる茉里の体が震えているとわかれば、声は凄みを増した。

「訊いてるんだ。なにをした。答えろよ」

それでも、前川は答えなかった。
眉間にしわを寄せ、悔しそうに押し黙っている。

宗助は茉里をやさしく離す。
茉里は壁に背を預け、ずるずると廊下に座り込んだ。

宗助はつかつかと前川のそばまでいくと、胸ぐらをつかみ、肘をつかって前川を壁に思い切り押しつけた。

⏰:11/09/10 01:29 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#908 [向日葵]
*アンカー*
>>817

⏰:11/09/10 01:44 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#909 [向日葵]
前川は胸と背中の衝撃に、少しむせた。

「彼女があれだけ怯えるようなことをしたのか?アンタ卒業生だよな。このこと先生に報告して、今すぐアンタの進路先に影響するようにしてやろうか」

「お前たち二人だけで出来るか」

それが唯一の抵抗だった。
宗助はより一層表情を冷たくして、「確かにそうかもしれないな」とあっさり認める。
それと同時につかんでいた胸ぐらから手を離したかと思ったら、瞬時に前川の左頬を殴り飛ばす。

前川は勢いよく横に飛んだ。

「じゃあ、しばらく動けない体にしてやろうか」

茉里は驚いて口をあんぐりと開けていた。
あの宗助が、キレている。
普段温厚な人ほど怒れば恐いとよく言うが、それを目の当たりにした時、嬉しいやら安心したやらより、ただただ驚きが優先された。

更に宗助が、前川を殴ろうと足を動かしたので、茉里は慌てて止める。

「そ、宗助やめて!もう、いいから……っ」

⏰:11/09/24 20:54 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#910 [向日葵]
茉里の声に反応した宗助は、ぴたりと動きを止める。
その隙に前川はよろよろと、しかし急いでその場を離れ、逃げていった。

遠ざかる足音をききながら、茉里は宗助の後ろ姿を見つめる。

「……ごめん」

もういつもの宗助の声だ。

「宗助」

「もっと早くくればよかった。こんなことに、まさかなってるだなんて、思わなかったから」

宗助はゆっくりと茉里のほうへとやって来て、しゃがみ、茉里と目線を合わす。

「立てる?」

「まだ……。ごめん」

「アンタは謝る必要ないだろ」

宗助はひょいと茉里を、いわゆるお姫さま抱っこをし、さっきまでいた教室に運ぶ。
このまま道場行っても、ひやかされるだけだ。
落ち着くまではここにいることにした。

⏰:11/09/24 20:55 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#911 [向日葵]
行儀は悪いが、茉里を机に座らせた。

「なにされた?」

「迫られそうになったの。ちょっと乱暴気味に。でも、攻撃したら、怯んだから」

それでも、圧迫されそうな空気を思い出せば、手が少し震える。

宗助は傷ついたように顔を歪ませ、茉里をゆっくりきつく抱きしめた。
その力強さが心地よくて、茉里は宗助の肩に顔をうずめる。

「恐い思いさせた。ごめん」

「大丈夫だよ宗助。探しにきてくれて、ありがとう」

お礼を言えば、宗助はまたきつく茉里を抱きしめる。

⏰:11/09/24 20:55 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#912 [向日葵]
カチャとなにかきこえたと思ったら、宗助が体を離す。
茉里が宗助を見れば、宗助が眼鏡を外していた。

どうして、と訊く前に、柔らかく唇が押しつけられた。
驚いたけれど、茉里はすぐに身を委ねた。

唇を重ねながら、またきつく抱きしめられれば、口づけが深くなる。

宗助が怒っている。
前川に。
自分に。

そして主張している。

茉里は自分のものだと。
誰にも渡さないと。

唇から、言葉を発しなくてもわかる。
だから茉里も答える。

何度も離れては重ねを繰り返し、次第に息もあがってくる。
それでも宗助は止めなかった。

⏰:11/09/24 20:56 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#913 [向日葵]
舌が絡みあえば、茉里はさっきまで恐い思いをしただなんてことは遥か忘却の彼方にやってしまっていた。

「宗……す……け……」

離された時に紡いだ宗助を呼ぶ声がひどく甘くきこえて、茉里は恥ずかしくなる。

その声をきいた宗助は、なにかに気づいたように、触れるだけのキスをして終えた。

全力疾走したあとのように胸がうるさい。

「嫌だった?」

息切れしているけれど、宗助の言葉ははきはきしていた。
そしてその声は、さっき茉里が発した声と同じくらい甘く感じた。

「ち、違うけど……あの、歯止めがきかなくなりそうで、このままだと……」

⏰:11/09/24 20:57 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#914 [向日葵]
「うん」

「状況が状況だし、ましてや今から道場に行くわけだし」

「うん」

「えーっと、あのー、宗助くんきいてます?」

「きいてるけど?」

きょとんとした顔で首を傾げる。

「続きをしたいけどあんな後にするのはあまり望まない。出来れば違う機会がいい。更に言えば先輩たちが待ってるのに更に待たすようなことをするのは気が引ける。そう言いたいんだろ?」

「そんな事細かに説明しないで!こっちが恥ずかしいじゃない!」

ときどき宗助は大胆になるから困る。
多分引き金は良くも悪くも茉里だ。

もう茉里はおかしくなって、くすくす笑いだす。
宗助はそんな茉里を見て、ホッとしたように笑う。

⏰:11/09/24 20:57 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#915 [向日葵]
「立てる?」

「うん!行こっか」

ぴょんと机から降りた茉里は、宗助の手をとり、指を絡める。
宗助は恥ずかしいからと嫌がらず、指を絡め返す。

顔を見合わせて、また二人で微笑みあったあと、茉里は外を眺めた。

青い空が広がってる。
自分たちが卒業する頃も、こんな空だったら嬉しいな……。

そんな光景を思い浮かべれば、いとおしいような、せつないような気持ちになった。

「あ、ところで宗助、どうしてもどってきたの?」

「…………内緒」

⏰:11/09/24 20:58 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#916 [向日葵]
千早先輩や綾香はただ芝居をしていただけだったし、宗助もその芝居に気づいてはいない。
まさか本当にそうなっていたとは思わなかった。

でも、もどってきてよかった。

そう思った宗助は、ちらりと茉里を見る。
茉里は「ちぇっ」とすねているが、どこか楽しそうだった。

そんな彼女を、また抱きしめたいようなくすぐったい気持ちになり、宗助は静かに微笑んだ。

この気持ちをなんと呼ぶか、二人はちゃんとわかっている。

これは―――――…………。



――――――――
――――――――――…………

暑さでやる気がなくなる。
そんな季節に、また一つの別れの時がやってきた。

会場は人で溢れかえっている。

冷房がかかってても意味がないくらいの熱気だ。

今日は、3年生最後の試合だ。

茉里は宗助について、選手や先生、審判しかいない会場にいた。

「竹刀、全部検査引っかからずにいけたみたい」

「よかった。使いなれたやつもあったから、それが使えなかったら新しいの使わなきゃならないとこだった」

「面紐とか大丈夫ね?あと最初の試合たすき赤だっけ?白だっけ?」

⏰:11/09/24 20:58 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#917 [向日葵]
あれやこれやと動く茉里を見て、宗助は笑う。

「少しは落ち着けよ。大体、なんでアンタがわたわたしてるんだよ。普通逆だろ」

しかしそれを見て少し緊張がほぐれているのも事実だ。

「そりゃ私だって緊張するにきまってるじゃない!言わば今日の為に三年間頑張ってきたんだから!」

「心配しなくてもちゃんと勝ってくるよ」

にやりと笑う宗助に、どきりと胸が高鳴る。
茉里はふと気づいたように、自分の左手首をそっと握る。

「私だって信じてるけど……。油断は大敵なんだからね!同じトーナメントには、沢口くんだっているし……」

「俺より沢口のほうが強いって思ってんの?」

「そうじゃなくて!気は抜いちゃ駄目って言いたいの!」

⏰:11/09/24 20:59 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#918 [向日葵]
それに。

「私がいるんだから、負けたりしないでしょ?」

そう言うと、宗助はなんとも言えない顔になった。
驚いたような、困ったような……。

しまった、と茉里は思った。

宗助は試合前などはこういうカップルらしいことを好まない。
実際、付き合う前、気が散るからやめてくれと言われた。

ああ、自分の馬鹿……。
なにもこんな時にこんな雰囲気になるこてないじゃない……。

宗助ははっと試合場を見ると、隅に片付けておいた面と竹刀を出し、つけ始めた。
もうすぐ試合だとわかれば、茉里は冊子を見て、袋から赤のたすきを出し、背中で交差してる部分の胴紐につけた。

⏰:11/09/24 21:00 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#919 [向日葵]
アンカー
・100区切り・
>>817

・50区切り・

>>2-50
>>51-100
>>101-150
>>151-200
>>201-250
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>>801-850
>>851-900
>>901-950
>>951-1000

⏰:11/10/01 19:21 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#920 [向日葵]
あのままの会話で終わるとか、すごく気まずいんですけど……。

心の中で、茉里は肩を落とす。

面をつけ終えた宗助は、ウォーミングアップをかねて、小さく数回ジャンプする。

「宗助!」

面をつけている宗助にききやすいよう、ほぼ叫ぶように宗助に話しかける。

宗助は気づいて、茉里のほうに首を動かせた。
なにも言わず、茉里の言葉を待つ。

「さっきのこと忘れて!ごめん、くだらないこと言って!」

「なんで?忘れないよ、おれは」

え?

「茉里がいるから力が出るのは、当たり前だろ?」

「だって宗助、前……っ!」

⏰:11/10/08 12:45 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#921 [向日葵]
言いかけると、小手をはめた手で、宗助は茉里の額を軽く小突く。

「今と前じゃ、関係が違うだろ」

前は仮彼女だった茉里。
今は、本当の……。

意味を理解して赤くなる前に、言った張本人の宗助が赤くなっていた。

「ごめ……、さすがになんか、クサかったと言うか……」

「宗助さ、私に恥ずかしがる基準がわからないとか言ってたけど、宗助も大概だからね」

「うるさい……」

宗助がなにかに気づいたように、試合場を見る。
そしてさっきよりも表情を硬くして、茉里のほうを向いた。

「じゃあ行ってくる」

⏰:11/10/08 12:45 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#922 [向日葵]
「うん!力一杯応援する。そしたら宗助、勝ってくれるんでしょ?」

「ああそうだな。それが―――」

宗助が茉里の頭をポンポンと撫でて、眩しいくらいの笑顔を向ける。

「恋心ってやつだろ」

宗助はそれだけ言って行ってしまった。
茉里はさっきの宗助の笑顔や言葉で、目を見開いて顔が赤くなったまま固まった。
が、そんなことしてる場合じゃないと、すぐにスコアと、宗助の竹刀袋を持って、空いている場所に応援として座りに行く。

ああもう、まったく。
こんな大事な時まで厄介だ。

心はいつも自分の意に反して行動する。
思い通りになんかなったことがない。

⏰:11/10/08 12:46 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#923 [向日葵]
特に―――――――
―――――恋心というやつは。

⏰:11/10/08 12:46 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#924 [向日葵]
宗助の試合が始まる。

始まる時に、応援の意味をこめ、数回拍手をする茉里の左手には、いつかの面紐がミサンガのようにつけられていた。

宗助、がんばれ!!

茉里と宗助の物語はまだ始まったばかり。

二人がこれからどんな風に心に振り回されるかは…………

……それはまたのお楽しみ。









こいごころ
―fin―

⏰:11/10/08 12:47 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#925 [向日葵]
○あとがき○

これにて、こいごころ終わらせて頂きます!
最後まで読んで下さった皆様、誤字脱字が多々あったりと読みにくい部分があったかと思いますが、最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

よければ感想板に感想を書いて頂くと嬉しいです(●´∀`●)

では、向日葵でした!

ありがとうございました!!

⏰:11/10/08 12:47 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#926 [向日葵]
*アンカー*

・50区切り・

>>2-50
>>51-100
>>101-150
>>151-200
>>201-250
>>251-300
>>301-350
>>351-400
>>401-450
>>451-500
>>501-550
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>>701-750
>>751-800
>>801-850
>>851-900
>>901-950
>>951-1000

⏰:11/10/08 12:48 📱:P04C 🆔:☆☆☆


#927 [向日葵]
・100区切り・

>>2-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800
>>801-900
>>901-1000

⏰:11/10/08 12:48 📱:P04C 🆔:☆☆☆


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