こいごころ
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#801 [向日葵]
「お母さんも一緒にいたでしょ?だから、お母さんへの当てつけ。あの時はすでに、お父さんは浮気をやめてしばらく経ってたし、あなたはお父さんの話をききそうもなかったから」
茉里はうっと唸る。
「だって……」
「気にしなくてもあの時は仕方なかったのよ。人間誰だって、信じてみようって心の底から思わなきゃ、いくら真実を言っても嘘にきこえるものだから」
母の器はやはり大きい。
この小さな体に、どのくらいの愛情がつまっているのだろう。
「お母さんは……、どうしてそんなに早くにお父さんを信じれたの?」
:11/06/25 16:37
:SH05A3
:☆☆☆
#802 [向日葵]
馨はきょとんとする。
裕之のほうを見ると、同時に裕之も馨のほうを見る。
まるで示し合わしたかのように、二人はふっと笑みをこぼして、茉里を見る。
「愛しているからって理由が、一番大きいかしらね」
単純な理由が、とても大きな理由だと思えた。
だから茉里も、今日初めて、二人に向けて、満面の笑みを見せた。
今、この瞬間、忘れてしまっていた家族の時間を取り戻せたのだった。
:11/06/25 16:38
:SH05A3
:☆☆☆
#803 [向日葵]
ーーーーーーーー…………
次の日の朝。
茉里はふと目を覚ました。
今……何時……?
近くに置いてあった携帯を見る。
起きる時間より一時間も早い。
もう一度寝ようと目を閉じるが、どうしてか寝れそうにない。
仕方ないとカーテンを開けるも、冬の太陽はまだ夢の中にいるらしい。
とりあえず顔でも洗うかと、下に行くことにした。
リビングには明かりがついている。
それもそのはず。
馨が裕之と茉里の分の弁当を毎朝作ってくれているのだから。
:11/06/25 16:38
:SH05A3
:☆☆☆
#804 [向日葵]
なにか手伝うことがあるかもしれない。
そう思った茉里はリビングに入ろうとした、が。
「裕之さん、ご飯の準備ができないからあちらで座っててください」
「今日はとても目覚めがいいんだ。だから君を手伝うよ」
「そう言って、さっきから私に抱き着いてるだけじゃないですか」
「ああ、そういえば、朝のキスがまだだったね」
「ちょっ……、裕之さ……っ!」
:11/06/25 16:39
:SH05A3
:☆☆☆
#805 [向日葵]
茉里は遠い目をしながら、足音をたてないように洗面所へと向かった。
二人がラブラブであることは知っていても、ああいうやりとりは出来ればききたくはないものだ。
こっちが恥ずかしくなってくる。
洗面所について蛇口をひねれば、つい手を引っ込めてしまうぐらい水が冷たい。
けれどそれぐらいが、まだ起きてない体には丁度いいのかもしれない。
手で器をつくり水をため、顔に勢いよく数回かける。
さっぱりして鏡を見るのと、洗面所に裕之が来たのとが一緒になった。
:11/06/25 16:40
:SH05A3
:☆☆☆
#806 [向日葵]
「あれ、茉里。起きるのにはまだ早いんじゃないのかい?」
「でも目が覚めちゃったし……」
タオルで顔を拭きながらちらりと裕之を見れば、さっきのあんなやりとりの後のせいか、顔がツヤツヤとしているように見えた。
なんかそれって……欲求不満だったみたいでやだな……。
父親がエロいってどうなの。
いや、エロそうだけど……。
「ん?どうかした?」
「いやなんでも」
タオルを元の位置に戻して、立ち去ろうとするが、裕之がにこやかにじっとみつめてくるから、茉里は足を止める。
「……なに?」
:11/06/25 16:40
:SH05A3
:☆☆☆
#807 [向日葵]
「おはよう」
「……?おはよう」
「おはよう茉里」
「うん、おはよう……。……?なに、一度言えばわかるけど?」
裕之は更ににこにこと笑うと、茉里の頭のてっぺんにキスを落とした。
急なことに驚くより、キョトンとしてしまった茉里は、変な顔をして裕之を見る。
「だ……だから……、なに……?」
裕之はなにも言わず、洗面台の前に立って、歯磨きをしだした。
その周りには音符やら花やらがいくつも飛んでる風に思えた。
ああ、なるほどね。
「おはよう」って言えることが、嬉しいってことね。
:11/06/25 16:41
:SH05A3
:☆☆☆
#808 [向日葵]
せまい洗面所では自分は邪魔になると思い、茉里はリビングへ向かう。
頭に指先を触れて、口を変に歪ませる。
ニヤけるのを我慢しているのだ。
もう……、そんなことで、いちいち喜ばないでよ……。
私まで、音符が飛びそうだわ……。
深呼吸して、リビングに入ると、頬を赤らめた馨が、ぼんやりしながら朝食を並べていた。
まだ冬のはずなのに、お熱いことで。
茉里は内心手で顔をあおいだのだった。
:11/06/25 16:42
:SH05A3
:☆☆☆
#809 [向日葵]
ーーーーーーーー…………
「解決お祝い。はい、チョコレート」
と、キャンディのようにくるんだチョコレートを、ミュシャは茉里の口へ放り込んだ。
「あひがほー」
甘いチョコレートの味に、茉里は満面の笑みになる。
ちなみに「ありがとー」と言ったらしい。
「ミューにはいっぱい迷惑かけたもんねー。お礼になにか奢るよ!なにがいい?」
「駅前のデパートの中に最近出来た『トロピカルカフェ』の『トロピカルスペシャルパフェ』」
:11/06/25 16:42
:SH05A3
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#810 [向日葵]
「え、あの!?これくらいのやつでしょ!?」
驚いた茉里は両手でその高さを表す。
手と手の幅は40センチくらいだ。
「高級マンゴーと桃を使ってるのにお値段1580円っていう、あのパフェ!?」
「テレビショッピングみたいになってるわよ。冗談よ。奢れなんて言わないわ。割り勘。あんなの一人で食べれるわけないじゃない」
でしょうね。
ディスプレイでしかみたことはないが、あんなもりもりとフルーツが盛られたパフェを、こんなにスレンダーなミュシャが入るわけない。
入っても体を壊しそうだ。
:11/07/02 21:25
:SH05A3
:☆☆☆
#811 [向日葵]
「そういえば、もうすぐバレンタイン、アンド学年考査だけど、どう?その二大行事の進み具合は」
「あ…………」
「忘れてたのね、二大とも。笹部が泣くわよ」
「宗助はチョコレートもらわなくても気にしなさそうだなー……」
と言いながらも、やっぱり気にするかもと思う。
昨日だって、草食だと思ったら……ということがあった。
宗助のことをわかってない部分は、もしかしたらたくさんあるんじゃないかと思ったものだ。
:11/07/02 21:26
:SH05A3
:☆☆☆
#812 [向日葵]
泣きはしなくても拗ねそう。
それかなにも言わなくて、最後の最後で渡したら、心底ホッとして「くれないかと思った」とか言いそう。
その顔みたいなと思うあたり、茉里はサディストだ。
でもその後、実はそういう顔が見たくてなんてことを話したら、宗助の肉食スイッチが入ってしまいそうで弱る。
宗助の肉食スイッチはよくわからないから。
そして茉里は宗助が肉食になるとひたすら弱い。
:11/07/02 21:27
:SH05A3
:☆☆☆
#813 [向日葵]
一人であれやこれや考えていると、額に激痛。
「いったーい!ミューのデコピン痛いんだから手加減してよ!」
「だって百面相が気持ち悪かったんだもの」
にっこりと笑って茉里をいじめるのが楽しいという顔をするミュシャは、茉里よりもサディストだと思った。
「チョコレート、なんなら一緒に作る?」
:11/07/02 21:27
:SH05A3
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#814 [向日葵]
「……。え!?ミュー好きな人出来たの!?」
「お馬鹿。バレンタインは何も好きな人だけじゃないでしょ?アンタによ、ア・ン・タ」
「あ、友チョコね」
「むしろ茉里は笹部のを作ることしか考えてなかったわねー。親友のことはそっちのけかー」
よよよ、と泣きマネをするミュシャに慌てる茉里。
確かに最近、ミュシャに迷惑かけっぱなしなわりにはなにもしなかったから、罪悪感でいっぱいになった。
「ごめんごめんごめん!!ミューのももちろん作るつもりだったよ!ただ毎年のことだったから話題にださなかっただけで!」
「冗談よ」
:11/07/02 21:27
:SH05A3
:☆☆☆
#815 [向日葵]
目を覆っていた手をぱっと開いて意地悪く笑う。
茉里はぷくりと頬を膨らました。
「どこのバカップルだ」
呆れたような声がきこえたので、二人して振り向くと、宗助が立っていた。
「おはよう宗助」
「バカップルって、アンタに言われたくないわよ、この色ボケ」
「色ボケって……」
宗助は鞄を置いて、2人の会話に入ることにした。
:11/07/02 21:28
:SH05A3
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#816 [向日葵]
「そういえば、久瀬、最近呼び出し多くないか?」
「バレンタインが近いからだよね。ミューはモテるから」
ミュシャは嫌そうな顔をしながらため息をつく。
先程茉里が言ったように、バレンタインが近いので、なんとか自分にくれないかと、ミュシャに告白する人があとをたたない。
一人が終わったらまた一人。
休み時間の度にそうなるので、ミュシャはここのところ休み時間になると知らない間に消えることが多くなった。
:11/07/02 21:28
:SH05A3
:☆☆☆
#817 [向日葵]
:11/07/03 00:34
:SH05A3
:☆☆☆
#818 [向日葵]
「どうせ、見た目でしょ。性格がこんなだって知ったら別れようなんて輩、これまでに多々いたわ」
「密かにナルシスト発言が入ってるぞ久瀬」
「ってか見る目ないよね。ミュシャは十分可愛くてしっかりした人なのに」
そう言う茉里の手を、ミュシャはギュッと握って、意味深に見つめる。
「私は、そういうアンタがいるだけで十分だわ」
:11/07/09 03:37
:SH05A3
:☆☆☆
#819 [向日葵]
どこからか百合の香りがしてきた気がして、宗助は辺りに百合があったか探すようにわざとらしくキョロキョロする。
茉里はそんなミュシャの悪ふざけにのるように、「ミュー……」と呟いて、その手を握りかえす。
「ハイハイ。もうわかったから」
百合の香りをかき消すべく、宗助は二人の間に呆れたようにはいる。
ミュシャと茉里はくすくすと笑った。
「女でも茉里をとられるのは嫌ってわけか……。案外嫉妬深いのねアンタ」
「そういうわけじゃない」
:11/07/09 03:37
:SH05A3
:☆☆☆
#820 [向日葵]
「え!?じゃあ宗助は私なんかどうでもいいってわけー!?」
先程のミュシャのように、茉里は悲しくなさそうに「うわーん」と言って泣き真似をする。
そんな茉里に、ミュシャが「ひっどーい」と言う。
ああ、姦しい……。
宗助は女の子のノリについていけず、ツッコむことさえ出来ずに呆れた。
「えーと……。あ、いたいた!茉里ちゃん!笹部くん!」
:11/07/09 03:37
:SH05A3
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#821 [向日葵]
呼ばれたので、二人は声のする方を向くと、教室の入口に同じ部活の綾香がいた。
何の用かわからない二人は、ミュシャにひとこと言って綾香の元へ行く。
「どうかした?」
「色紙のお金もらおうと思って」
「色紙?」
二人そろって首を傾げるものだから、綾香は眉を寄せる。
「忘れたの?先輩を送る会するのにみんなで書かなきゃいけないでしよ?」
:11/07/09 03:38
:SH05A3
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#822 [向日葵]
そこで二人はやっと気づいた。
二大行事どころじゃない。
三年生が卒業するということを忘れていた。
そういえば、自由登校になっていた三年生がいないことに今更気づく。
そして、千早先輩の顔を思い出す。
何故かずっといるものだと思っていた。
卒業するのはわかっていても、それは先の、ずっとずっと先のことで、先輩は、あの変わらない笑顔で自分たちのそばにいると思っていた。
:11/07/09 03:38
:SH05A3
:☆☆☆
#823 [向日葵]
その先輩がいなくなる。
それは、先輩が引退して、もう一緒に部活が出来なくなるという寂しさではなく、さっきまで隣にいた人が急にいなくなってしまうような、冷たい寂しさだった。
:11/07/09 03:38
:SH05A3
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#824 [向日葵]
:11/07/09 03:39
:SH05A3
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#825 [向日葵]
[最終話]君とこいごころ
休みの日、茉里はいつも部活をやっている道場前を訪れた。
先輩の卒業の日が近づいてくるにつれ、茉里はなんだか落ち着かない気分でいた。
寂しさはある。
卒業を祝う気持ちもある。
じゃあどうしてそわそわするのだろう。
道場に来たら落ち着く気がして、父の出かけようという誘いをけってまで来たのだが、自分の気持ちは闇の中のまま姿を現してはくれなかった。
:11/07/23 19:10
:SH05A3
:☆☆☆
#826 [向日葵]
うーん、冬だから感傷的になっているのかしら。
そう思えば、そう思わなくもない気がしてきた。
なので回れ右をしようとした時、道場の中から竹刀の音がきこえた。
「え?」と思った茉里は、すぐに道場へと向かう。
道場前の下駄箱を確認すれば、見慣れた靴がそこにあった。
閉まっている戸を開ければ、戸のすぐ近くにある練習用の人形に、宗助が打ち込んでいた。
:11/07/23 19:10
:SH05A3
:☆☆☆
#827 [向日葵]
急に戸が開いて驚いた宗助は、手を振りかぶったままとめて、茉里の方をみる。
宗助は制服のままだ。
「ああ、アンタか……。びっくりした……」
「宗助なにしてんの?」
「アンタこそ」
「質問に質問で返さないで。今は私がきいてるの」
宗助は振りかぶっていた手を下ろして、沢山の竹刀がささってあるところまで行き、竹刀をなおした。
:11/07/23 19:10
:SH05A3
:☆☆☆
#828 [向日葵]
「落ち着かなくて、竹刀でも振ったら、雑念が吹き飛ぶかもって。でも、全然駄目だった」
宗助の背中を見ながら、きっと宗助は自分と同じような気持ちになっているんだと思った。
それがわかるから、会話が続かず、外で練習している他の部活の声が、ただでさえ響く道場で響いていた。
「私も、そんな感じ。もう帰ろうとしたら、竹刀の音がきこえたからよったの」
「本当は自主練でもしたかったけど、俺の勝手な都合に誰かを付き合わせることは出来なかったから、一人で来た」
:11/07/23 19:10
:SH05A3
:☆☆☆
#829 [向日葵]
「私がマネージャーじゃなかったら良かったわね」
「女の子相手に、本気は出せないよ。力も体格も違うからな」
「私が宗助より強かったらどうするの?」
「力技は使わないだろ、やっぱり。体当たりしたらいくら強くても踏ん張れはしないだろ」
となると、綾香もそういう風に扱われているということになる。
綾香は女子主将なだけあって強い。
なんとなく、茉里はむっとなった。
:11/07/23 19:11
:SH05A3
:☆☆☆
#830 [向日葵]
人形の横に置かれていた竹刀を取って、このもやもやとした気分を晴らそうとしたが、竹刀がささくれていたのでやめた。
「さ、帰るか。どっか寄るか?」
「珍しい。宗助が寄り道しようだなんて」
「まだ昼前だし、このまま帰るのもったいない気がして」
「んーっ」と考えてから、茉里はポンと手を叩く。
:11/07/23 19:11
:SH05A3
:☆☆☆
#831 [向日葵]
「そういえば昨日、華名ちゃんからまた遊びに来てねってメールがあった!だから宗助の家がいい!」
「ダメ。今日は家族勢揃いしてる」
即答され、今度はしょんぼりと落ち込んだ。
家族に紹介してはくれないのか……。
茉里は成り行きでとはいえ、家族に宗助を紹介した。
それは宗助がすごく素敵な人で、家族に早く教えたいと思ったからだ。
そうしてくれないのは、茉里がまだそのレベルに達していないからということだろうか。
:11/07/23 19:11
:SH05A3
:☆☆☆
#832 [向日葵]
ふと、これがもし先輩なら……と考え、急いで頭をふった。
今更そんなこと思っても仕方がないからだ。
ただ、不安じゃないわけではない。
二人して気づいた、先輩卒業の現実。
宗助にとって忘れられない人。
そんな人がいなくなるとわかったら、もしかしてそちらに行ってしまうんじゃないかと……。
それこそ今更だと、頬を軽くつねって自分を戒めた。
:11/07/23 19:12
:SH05A3
:☆☆☆
#833 [向日葵]
「今日は帰るよ。お父さんが出かけたがってたから、相手してくる」
「そっか。じゃあ一緒に帰ろう」
こくりと頷き、茉里と宗助は道場をあとにした。
――――――――…………
時は少し進んで、バレンタインの前日。
茉里はミュシャの家へとやって来て、チョコ作りをしていた。
チョコ作りと言っても、茉里はチョコチップが入ったクッキーを焼いている。
ミュシャは茉里が大好きな生チョコを作ってくれた。
:11/07/23 19:15
:SH05A3
:☆☆☆
#834 [向日葵]
:11/07/23 19:20
:SH05A3
:☆☆☆
#835 [向日葵]
茉里はその生チョコをつまみ食いし、頬が落ちるほど美味しいとでもいうように、頬に手をそえ、幸せそうに笑んだ。
「んー……っ!ミュシャってお菓子作るのやっぱり上手だよねーっ!甘さも柔らかさも丁度いい!」
「そりゃアンタ好みにしてるもの。笹部なんかよりあたしの方がずっと茉里の好みを熟知してると思ってるけど?」
「もっちろん!」
と、いいタイミングでオーブンのタイマーが鳴った。
どうやら焼けたようだ。
:11/07/30 15:45
:SH05A3
:☆☆☆
#836 [向日葵]
オーブンを開け、天板にのせたクッキーを見てみると、いい具合に焼けていた。
ただ見た目と違い、中が焼けてないということもある、というのを理由に、茉里はクッキーもつまみ食いした。
サクリといい音がしたということで、どうやら茉里のクッキーもうまく焼けたらしい。
「ラッピングどうすんの?」
ミュシャが尋ねる。
「透明の小さめの袋に3つぐらいいれて、その上からまた奇麗な袋にいれるの」
「なるほどね。あとは持っていく時にクッキーが割れないように気をつけるのみね」
:11/07/30 15:46
:SH05A3
:☆☆☆
#837 [向日葵]
本当はピンク色の可愛らしい袋や箱で飾り付けたかったが、宗助はそういうのを好まないだろうと、色はグリーンで上品かつシンプルな柄の袋を買った。
もちろん、宗助はピンク色だとか、箱や袋に花がついてそうなものでも喜んで受けとってくれると思う。
でも出来るだけ完璧なものを渡したいから、今回はシンプルめにした。
にこりとはしなくても、雰囲気で嬉しいと思ってくれているのが分かればいいなと思う。
宗助はあまり口にはしないから。
:11/07/30 15:46
:SH05A3
:☆☆☆
#838 [向日葵]
「そういえば……」
ミュシャが茉里のクッキーをつまみながら言う。
「笹部って意外にモテるのね。何回か女子の会話がきこえた時、笹部に渡すって言ってた子が何人かいたわ」
「えっ!?なにその聞き捨てならない話!!」
思わずラッピング途中のクッキーを握り潰しそうになった。
宗助はミュシャとは違い、物語で言えば生徒A扱いでもされそうなほど目立つ容姿はしていない。
:11/07/30 15:47
:SH05A3
:☆☆☆
#839 [向日葵]
無愛想、無難、地味、パッとしないなどの表現が似合いそうなのだ。
しかし、茉里と付き合うことにより、笑ったり話したりしている姿に好感を抱き、接しやすくなったと評判になっていた。
そんなことを茉里は知らない。
「ど、どどどどうしよう……っ!突然現れた可愛い子に宗助をとられたら……っ!!」
「アンタ彼女なんだから堂々としてなさいよ。ってか彼女のくせに、いつまで自分に自信がないのよ」
「不安が拭いきれないのは恋する乙女の決まった問題ですから……」
「あんまりうっとおしいと、今年の生チョコはあげないわよ」
:11/07/30 15:47
:SH05A3
:☆☆☆
#840 [向日葵]
「そんな血も涙もない……っ!!」
「そんなしょうもないことをウジウジウジウジいつまでも考えるからよ。これがまだ片思いでどうのこうの言ってるんだったらまだ良心のかけらで慰めてあげるけど」
「片思いでも良心のかけらぐらいしかくれないのね……」
逆に泣きたい。
やっぱりいつもの調子が出ないなーと難しい顔をしていると、携帯が鳴った。
このバイブは電話だと思い、誰からだと確認せずにとってしまう。
:11/07/30 15:47
:SH05A3
:☆☆☆
#841 [向日葵]
「はい、もしもし」
「もしもし、俺だ」
「あら宗助。どうしたの?私が恋しくなったとか?」
「いや違うけど」
「即答するな!悲しくなるわ!」
ミュシャはやれやれといった風に首を振ると、台所へと向かっていった。
「私が恋しくないなら何の用でございますか?愛しの笹部宗助くん」
「なんかトゲがあるんだが……」
「気のせいじゃなくって?」
:11/07/30 15:48
:SH05A3
:☆☆☆
#842 [向日葵]
こっちは宗助の喜ぶ顔がみたくて、クッキーを作ってたっていうのに!!
クッキーに色づけとでも称して唐辛子のパウダーでもかけてやろうかしらっ。
怒りで半目になりながら、その声に耳を傾ける。
「華名が会いたがってるんだ。今どこだ?」
「ミューの家だけど」
「ああ先約があったのか。じゃあ無理だな」
:11/08/06 00:55
:SH05A3
:☆☆☆
#843 [向日葵]
先約は先約だけど……!
そうじゃなくて……っ。
「夕方くらいなら空いてるから、宗助の降りる駅で待っててって伝えてくれる?私がそっちに行くから」
「いや、俺がそっちに華名を連れて……」
「明日まで宗助と会いたくない!!」
そのまま電源ボタンを押す。
衝動的に押したものの、後悔が後から後から押し寄せてきた。
:11/08/06 00:55
:SH05A3
:☆☆☆
#844 [向日葵]
ああもうっ!
なにやってるの私!
色んな不安を、宗助に八つ当たりしたって、なにも始まりはしないのに。
テーブルの上にある、綺麗にラッピングされた袋をちらりと見る。
明日こんな気分で、にこやかに、愛情たっぷりに、「どうぞ」と言って渡せるのだろうか。
なにも今日喧嘩しなくてもよいではないか。
携帯を握りしめたまま、茉里はうなだれる。
:11/08/06 00:56
:SH05A3
:☆☆☆
#845 [向日葵]
「ハイハイ、萎れない萎れない」
ポンと、ミュシャが茉里の頭に手をのせる。
「あたしも余計なこと言った。それは謝る。でもアンタがいつまでもそんなんじゃ、笹部も信じれるものが信じれなくなるわよ。アンタがまず、笹部を信じなさい」
ミュシャの言葉が、胸にしみる。
信じてないわけじゃない。
ただ悲しい。
好きだと思っていても、宗助が思っている好きと茉里の好きには違いがありすぎる気がする。
:11/08/06 00:56
:SH05A3
:☆☆☆
#846 [向日葵]
宗助は好きだと言ってくれた。
してほしいことは言ってくれと言ってくれた。
それだけで、宗助の愛情は十分だし、茉里は宗助がそういう方面が苦手なのもわかっている。
けれど、求めるばかりじゃなくて、求められたいとか、甘えられたいとか思ってしまうのは、贅沢なことなのだろうか。
このクッキーを渡して、本当に喜んでくれるだろうか……。
―――――――…………
「あ、茉里ちゃーん」
:11/08/06 00:56
:SH05A3
:☆☆☆
#847 [向日葵]
夕方、電車に乗った茉里は、華名と待ち合わせをしている駅へとやって来た。
改札口のすぐそばに、あったかそうで可愛らしいなポンチョを着た華名が立っていた。
こちらにいると、背伸びして、めいっぱい手を振っている。
茉里は駆け寄って、そのまま華名を抱きしめた。
華名も抱きしめ返し、茉里に甘えるように頭をすり寄せる。
「ごめんね、お待たせっ」
「ううんー。華名も、今来たとこだからぁ大丈夫だよぉ」
:11/08/06 00:57
:SH05A3
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#848 [向日葵]
相変わらずのゆったりのんびりな口調に、茉里は顔をほころばせた。
メールのやりとりはしていたものの、会うのは正月以来だ。
茉里も華名に会いたかった。
「えっと、私の家まで来る?そしたらゆっくり喋れるよ」
すると華名は顔を動かさずにちらりと目だけで後ろを見て、茉里の耳に口を近づけた。
「実はねー、そこの物陰に、宗兄がいるの」
は?
:11/08/06 00:57
:SH05A3
:☆☆☆
#849 [向日葵]
「気づかれないように、そろっと見てみて」
物陰と言っても、物陰はたくさんある。
探しているのを気づかれないよう、ゆっくりと目だけを動かす。
「あ」
いた。
切符販売機の近くの太い柱に、宗助がいる。
遠くにいるので表情はわからないが、あちらもこっちに気づかれないように、こそっと見ていた。
:11/08/06 00:58
:SH05A3
:☆☆☆
#850 [向日葵]
その様があまりに馬鹿らしく見えて、茉里はぽかんとした顔のまま華名に顔を向ける
「なにしてんのあの人」
「きっと茉里ちゃんがこわいのよぉ」
「なにそれ?」
「茉里ちゃん、宗兄と喧嘩したんでしょぉ?華名、あの時近くにいてねぇ。茉里ちゃんの怒ってる声が聞こえちゃってぇ」
恥ずかしい……。
:11/08/06 00:58
:SH05A3
:☆☆☆
#851 [向日葵]
「宗兄もデリカシーというか、乙女心わからない人だからぁ、茉里ちゃんごめんねぇ」
「それと宗助があそこにいるのとどう関係が?」
「謝りたいけど、どう謝ればいいかわからないみたいー。とりあえずぅ、あそこで様子見してるんじゃないかなぁ」
ああまったく……。
宗助だけが悪いわけじゃないけど、確かに謝られても、今の気持ちでは火に油な気もする。
:11/08/06 00:58
:SH05A3
:☆☆☆
#852 [向日葵]
「華名ちゃん。宗助が、私を家族に紹介してくれないのはどうしてだと思う?宗助は、私のことどれだけ好きだと思う?」
「宗兄はすごく茉里ちゃんのこと好きだと思うよぉ。家族に紹介しないのは、お父さんもお兄ちゃんも女好きなのと、お母さんを筆頭にイジられるのが嫌だから」
はい?
茉里はまたぽかんとした顔になってしまった。
「前に、話の流れで茉里ちゃんの話が出たのねぇ。お父さんとお兄ちゃんはさっき言ったとおり、そういう人だからぁ、好きな人を家族だろうがなんだろうが、そういう目で見られるの嫌だって言ってたのぉ」
私の、話……?
:11/08/06 00:59
:SH05A3
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#853 [向日葵]
私の話を、宗助が?
ちらりと宗助がいるところを見る。
やっぱりどういう表情かはわからない。
「あと宗兄ってぇ、笹部家ではイジられキャラだから、茉里ちゃんがいようがいながろうが、宗兄は二人のことでイジり倒されるってわかってるのよぉ」
「……なるほどねぇ」
自分は一人っ子な上、つい最近まで父である裕之とはギクシャクしていた為、そんな温かい家族の風景を思い浮かべると、こちらも温かくなる。
温かくなればなるほど、怒っているのが馬鹿馬鹿しくなって、なんだか笑えてきた。
:11/08/06 00:59
:SH05A3
:☆☆☆
#854 [向日葵]
:11/08/06 01:04
:SH05A3
:☆☆☆
#855 [向日葵]
携帯変わりましたが、向日葵です(●´∀`●)
:11/08/13 02:29
:P04C
:☆☆☆
#856 [向日葵]
「本当、面白くて好きだわ、宗助は」
「ありがとう。宗兄の彼女さんが茉里ちゃんで、華名も嬉しいー」
「私も華名ちゃんと仲良くなれて嬉しいーっ」
ぎゅうっと抱きしめあって、華名が小さな声で「あっ」と言った。
「忘れちゃうとこだったぁ。はい茉里ちゃん」
差し出されたのは、小さくて可愛らしい模様がついたピンク色の紙袋だ。
「なになに?」
「友チョコでぇす。初めて作ったから、味に自信はないんだけどぉ……」
「うっそ!ありがとう!嬉しいーっ!!」
:11/08/13 02:38
:P04C
:☆☆☆
#857 [向日葵]
しかし、喜んだはいいものの、茉里の華名へのチョコは家だ。
会うのだから渡せばよかったのだが、どうせなら明日にと持ってこなかった。
「華名ちゃんの持ってくればよかった……」
「ううん、そんなぁ。今日は華名のわがままだから」
「もーぅ……華名ちゃんはなんていい子なのーっ!!誰かさんと違って!!」
視界の隅で、その誰かさんがビクリとする。
:11/08/13 02:39
:P04C
:☆☆☆
#858 [向日葵]
「さて、あの人があんな状態でずっといるのがいたたまれないから、私は今日のところは帰るとするわ」
・・・・・・・・・・・
なにを話ているんだろうか。
宗助は柱の陰でこそこそと茉里と華名をみる。
こそこそと言っても、もうバレているとは知らずに。
平謝りすることも出来たけれど、そういうわけにもいかない気がするから、どうにかタイミングを見計らって出て行こうと思ったけれど、それも叶わず。
:11/08/13 02:39
:P04C
:☆☆☆
#859 [向日葵]
「宗兄ストーカーの練習ぅ?」
「うわっ!か、華名……っ」
「茉里ちゃんから伝言。明日楽しみにしてるなら許してあげるですってぇ」
明日、バレンタインデー。
去年まではそれほど興味はなかったが、今年は違う。
「うん、楽しみにしてる」
「華名に言っても仕方ないでしょぉ。まったくぅ、宗兄はそういうところが茉里ちゃんを怒らせる原因よぉっ!」
妹までに言われてしまうなんて。
宗助はわかりやすすぎるぐらい肩を落とした。
:11/08/13 02:40
:P04C
:☆☆☆
#860 [向日葵]
――――――――…………
バレンタインで浮足立ってる一方、卒業式の準備が着々と進められていた。
茉里たち二年生は、卒業生に「蛍の光」を歌わなければならない為、朝のホームルームに歌詞が書かれたB6サイズくらいのものが配られた。
バレンタインにわざわざ配らなくっても……。
ラブラブ気分が少々萎えた。
ホームルームが始まる前に宗助に渡せればよかったが、茉里は今日日直だった為に、今配られている紙束や、その他のプリントを運ぶ為に、教室と職員室を行き来していた。
:11/08/13 02:40
:P04C
:☆☆☆
#861 [向日葵]
宗助も友達と話ていたりして、結局挨拶すら出来ないまま朝のホームルームが始まった。
「これから毎朝、歌の練習するらしいから、各自その間にちゃんと歌詞覚えんだぞ」
先生の言葉に、空気だけでほとんどの人が「ダルい……」と思っているのがわかった。
大体私たちが歌う意味ってあるのかしら……。
先輩たちは去年、どんな気持ちでこれを歌っただろうか。
「んじゃ歌うから、全員起立」
教室がブーイングの声に包まれた。
:11/08/13 02:41
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:☆☆☆
#862 [向日葵]
:11/08/13 02:48
:P04C
:☆☆☆
#863 [向日葵]
きっと卒業式にこれを歌ってから、次に自分たちが歌ってもらう番の時がくるのは、あっという間なんだろうな……。
茉里はちらりと教室を見渡す。
やる気ないながらも、みんな歌っている。
中には歌ってない人もいるし、立っている人に紛れて座ってる人だっている。
真面目にやってる人からすれば、ちゃんとしろと苛立つ光景だけれど、卒業して、この教室のことを思い浮かべる時、そんなことすらも懐かしく、いとおしく、さみしくもあるのだろう。
:11/08/20 13:06
:P04C
:☆☆☆
#864 [向日葵]
そう思うと、少しやる気を出して歌おうと思えた。
―――――――――…………
「加賀ー。現国の阿部先生が模造紙取りにきてくれってさー」
朝のホームルームも終わると、担任が言った。
ちょっと……、今日だけやけに日直の仕事多いじゃない……。
ちらりと宗助を見ると、茉里のことを気にしないかのように友達と談笑している。
:11/08/20 13:06
:P04C
:☆☆☆
#865 [向日葵]
また気にしているのは私だけかと茉里は苛立つが、それをなんとか押さえる。
今日は喧嘩をする日じゃない。
仲直りをする日なのだから。
茉里は教室を出て、日直の仕事に専念しようと思った。
すると。
「茉里」
へ?
振り返ると、友達の輪から抜けたのか、宗助がこちらにやって来た。
:11/08/20 13:07
:P04C
:☆☆☆
#866 [向日葵]
「日直の仕事、手伝う」
「え、でも……」
「だからさ……、ああ……、えっと……」
歯切れの悪い返事をするので、早くと心の中で思ったが、辛抱強く待つ。
「早く……、俺にチョコ……ください……」
言い終えてから、すぐに宗助は顔を真っ赤にさせた。
茉里はそれが宗助の精一杯の気遣いだと思うと、宗助が可愛く思えて仕方なかった。
:11/08/20 13:07
:P04C
:☆☆☆
#867 [向日葵]
「ありがと。じゃあ荷物運ぶの手伝ってね」
「おう」
「ちなみにチョコじゃなくてクッキーだからね」
「いいよ。なんでも」
と言い終えた後、「あっ」と手で口を隠す。
茉里はどうかしたのかと宗助を見る。
「なんでも……っていうのは……、茉里の物ならなんでもって意味で」
:11/08/20 13:08
:P04C
:☆☆☆
#868 [向日葵]
おお、なんかすごい頑張ってる。
華名ちゃんがなんか言ってくれたのかしら。
「はいはい。私も悪かったから、あんまり無理しなくてもいいわよ」
「別に無理は……」
「宗助はそのままでいいの。あの時は……。私が少し過剰になってただけよ」
茉里はきょろきょろと辺りを見渡す。
「よし」と小さな声を出したかと思えば、宗助を手招きする。
:11/08/20 13:08
:P04C
:☆☆☆
#869 [向日葵]
なんのことかと、宗助が茉里に顔を近づけると、一瞬やわらかな感触を頬に感じた。
してやったりと笑う茉里に対し、なにがあったかわからず、きょとんとした顔をする宗助は、次第になにをされたかを理解し、また赤くなった。
「さてと、宗助がゆでダコになる前に、早く日直の仕事しなくちゃだわねー」
「誰がしてるんだ誰が!」
「もちろん私。とっても嬉しい限りだわー」
:11/08/20 13:09
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#870 [向日葵]
「覚えとけ……」
「記憶力はいいほうだから安心して」
言い負かされて、宗助は少しムッとするも、仲直り出来たほうに安心して、ムッとしたくても出来なかった。
―――――――――…………
そう、別にそれはそれでいい。
ただ見てみたい。
こんな機会だから見てみたい。
いや別に大した機会ではないけれど。
:11/08/20 13:09
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#871 [向日葵]
「と思うのは罪かしら、綾香」
「罪というより、それはただただサディステイックだよ茉里ちゃん」
防具をつけてる綾香に、茉里は話しかける。
一方の茉里は、昨日片付けきれなかったコップを洗っている。
「だって、見てみたいじゃない。宗助が私に焦るとこ」
せっかくのカップルイベント、バレンタイン。
ならば宗助が、茉里を誰かにとられてしまうんじゃないかと焦るところを見てみたいと茉里が言い出したのは、つい先ほど。
ちなみに宗助にまだチョコ、ならぬクッキーは渡していない。
:11/08/20 13:09
:P04C
:☆☆☆
#872 [向日葵]
帰りに渡すつもりだ。
そう言ったら宗助が「俺の手伝った意味は……」とグッタリしていた。
「笹部くんが茉里ちゃんのこと好きなのなんて、見てればわかるじゃない」
「よくよく考えてみればね、宗助になにかあったりしたら、焦ってるのっていつも私ばっかりな気がするのよ。たまには私がそれを味わいたい」
「笹部くんも大変ね」
苦笑いを浮かべて、綾香は面を置きに行った。
:11/08/20 13:10
:P04C
:☆☆☆
#873 [向日葵]
んー……。
確かにやりすぎかもしれないけど、やりたいと思っちゃったらやりたくてうずうずするのよね。
泡のついた手を、冷たい水で洗い流し、近くのタオルで拭いた後、ポケットにあるカイロで手を暖める。
すると、綾香が声をあげた。
「千早先輩!」
茉里は考えるより早く、洗面所から道場入り口が見える場所にうつった。
:11/08/20 13:11
:P04C
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#874 [向日葵]
そこには、正月あった時よりも少し髪が伸びて、大人っぽさがさらに増した千早先輩がいた。
マフラーをまいて、寒さで鼻を赤くしている姿が、大人っぽさの中にあどけなさを残し、彼女の魅力を引き立てていた。
「えへへ、久しぶり。今日はね、防具を取りにきたの。皆はー……まだなんだね」
掃除当番に委員会が重なって、今道場にいるのは茉里と綾香だけだった。
「あとこれ、女子のみんなで食べて」
茉里に渡されたのは、3つほどにわけられた小さな可愛らしい紙袋。
中身は言わずともわかる。
「女子だけでいいんですか?」
:11/08/27 00:12
:P04C
:☆☆☆
#875 [向日葵]
今日は一般的に言えば男子のほうに渡すべきだと思うが。
「もちろん。男子よりも女子の後輩のほうが大事だし」
「それ男子がきいたら泣きますよ」
笑う茉里につられて、千早先輩。
「さて、と、お母さん車に待たしてるから早く行かなきゃ」
「あ、ごめんなさい。運ぶの手伝います」
「ありがとう」
:11/08/27 00:13
:P04C
:☆☆☆
#876 [向日葵]
手伝うほどの荷物なんてなかった。
ただ先輩といたかった。
暗黙の了解かのように、千早先輩は竹刀袋を持たせてくれて、正門まで運ばせてくれた。
綾香は皆が来ては駄目だからと、ついて来なかった。
「ありがとうね。それにしても、まだ寒いわねー」
「あ、よかったらカイロ持ってますんでどうぞ」
「いいよ、茉里ちゃんが寒い……ん?なにか落としたよ?」
:11/08/27 00:13
:P04C
:☆☆☆
#877 [向日葵]
カイロを出す時、一緒に落とした紙切れ。
それは今朝配られた、「蛍の光」の歌詞が書いたものだった。
簡単かつ適当にたたんでいたので、落とした拍子に軽く開いてしまった。
それを見ながら、千早先輩は眩しそうに目を細め、微笑む。
「私たちの、番なのね……」
「先輩……」
:11/08/27 00:14
:P04C
:☆☆☆
#878 [向日葵]
「私はね、先輩たちが卒業するのがさみしくて、これを歌いながら泣いたたんだ。とても素敵な先輩だったから。それを今度は歌ってもらう番なのね」
「先輩も素敵な先輩でしたよ」
紙を丁寧に折りたたんで、茉里に渡す千早先輩は、とても嬉しそうに笑う。
「そう言ってもらって嬉しい。茉里ちゃんには、私の無神経なことが原因で傷つけてばっかりだったから」
「そんな……。あれは私が……」
:11/08/27 00:14
:P04C
:☆☆☆
#879 [向日葵]
「それも思い出として残っていくのね」
「ここに」と呟きながら、千早先輩は胸に手を当てる。
いとおしそうに、目を瞑って。
茉里はなんと言っていいかわからず、そんな千早先輩をただみつめることしか出来なかった。
やがて目を開けた千早先輩は、またにっこりと微笑む。
「次に会うのは式ね。一緒に写真撮ろうね。じゃあ」
「あ、先輩!」
:11/08/27 00:14
:P04C
:☆☆☆
#880 [向日葵]
車に乗りかけた千早先輩を、茉里は止めた。
なにか言わなきゃいけない。
今までのこと、これからのこと。先輩への賛辞、自分のこと。
しかし茉里がきいたのは、そのどれにもあてはまらないものだった。
「素敵な先輩は、どうしたらなれますか」
茉里の問いを馬鹿にすることなく、少し考えてから千早先輩はにっこりと笑って答えた。
:11/08/27 00:15
:P04C
:☆☆☆
#881 [向日葵]
「そうやって考えた時から、もう素敵な先輩にはなってるんじゃないかな」
いっそうにっこり笑って、先輩は車に乗った。
しばらく車をみつめてから、少し足を動かす。
振り向けば、いつもの見慣れた学校があった。
下校している生徒、校舎内でなにか話している生徒、グラウンドからは、運動部の声がきこえてくる。
学校の風景や空気、雰囲気、一気に体に取り込んだ瞬間、胸がいっぱいになった。
:11/08/27 00:15
:P04C
:☆☆☆
#882 [向日葵]
衝動的に、そしてどういう感情で出てくるかわからない涙を、必死に止めた。
それでも、溢れ出すようにして、滴がポタリと落ち、乾いた地面に吸い込まれていった。
こんな大勢の前で泣き顔を見られたくない。
茉里は早足で、道場へと帰って行った。
―――――――――
―――――――――…………
静かな静かな空気の中、卒業式は行われていた。
:11/08/27 00:16
:P04C
:☆☆☆
#883 [向日葵]
:11/08/27 00:19
:P04C
:☆☆☆
#884 [向日葵]
在校生、つまり茉里たちはほぼ椅子に座ったままだったが、ところどころ合わせて立つところがあったりと、少し忙しない。
中には立たない人もいる。
寝ている人すらいた。
でも茉里は最後まで卒業式に参加した。
男子の方を見ても、宗助の姿は見えないけれど、きっと宗助も同じように、誰よりも姿勢良く、そして誰よりもまっすぐ前を向いているに違いない。
:11/09/03 23:14
:P04C
:☆☆☆
#885 [向日葵]
千早先輩から朝に、他の部員も集めて道場前にいるから来てねとメールがあった。
後に会えるはずなのに、茉里は千早先輩がいる場所をじっと見ていた。
「卒業生、退場」
一斉に立ち、茉里たちの学年は、今まで練習した「蛍の光」を歌う。
教室で歌ってた時や予行で歌っていた時とは違う雰囲気が、歌をより一層寂しく響かせる。
なのに卒業生が花道を退場している時、笑顔だった。
:11/09/03 23:15
:P04C
:☆☆☆
#886 [向日葵]
照れくさいのか、やっと卒業出来るという安堵なのか、楽しかったと充実した気持ちからくるものなのか、わからないけれど。
それでも、その清々しい笑顔は、送り出す茉里たちの胸を締めつけた。
思わず歌っている時、声が詰まりそうになって、必死に持ち直した。
全員が退場してしまった後、茉里たち在校生は座るように言われた。
座る時に、宗助が見えた。
宗助もこちらを見ていた。
:11/09/03 23:16
:P04C
:☆☆☆
#887 [向日葵]
見えるはずもないけれど、微笑むと、宗助も微笑んだ。
それだけでドキリとしたので、茉里は落ち着くために素早く座った。
――――――――…………
「せんぱーいっ!」
綾香が道場前に集まった先輩たちのところへ走っていく。
そのまま女子の先輩のところへ突っ込んでいく。
「わっ!綾香ちゃんは元気だねー」
「違いますっ。元気にしとかなきゃ泣きそうなんですっ」
と言った途端、綾香の目が涙で満たされていく。
けれど綾香は耐えていた。
:11/09/03 23:16
:P04C
:☆☆☆
#888 [向日葵]
「可愛いやつめ!心配しなくてもちゃんと遊びに来てあげるわよ」
「来なかったら罰金ですからね」
「そういえば、他の子たちはー?」
「もうすぐ来ると思いますよー。あ、茉里ちゃんは少し遅れるかもー。デジカメ教室に忘れたとかって言ってたから」
集まれば、みんなワイワイと話だすので、ただでさえ声が響く廊下がよりうるさい。
そんな中、千早先輩だけが、何かを考えているかのようにしていた。
:11/09/03 23:17
:P04C
:☆☆☆
#889 [向日葵]
「ねえねえ綾香ちゃん」
「はい?」
「お願いがあるの」
―――――――――…………
少ししてから、宗助がやって来た。
他の部員は道場で盛り上がっているらしく、外まで笑い声がきこえてくる。
入り口にある下駄箱付近に、綾香と千早先輩が談笑していて、宗助は二人に寄っていった。
二人も宗助に気づく。
:11/09/03 23:19
:P04C
:☆☆☆
#890 [向日葵]
「やっと来たね宗助」
「すみません、遅くなって」
一言言ってから、宗助は少し背筋を伸ばしてから、軽く頭を下げる。
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。……ったく、アンタはいつまでも堅いねー」
「……余計なお世話です」
「ところで笹部くん。茉里ちゃん知らない?なかなか来ないんだけど」
:11/09/03 23:19
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:☆☆☆
#891 [向日葵]
「さあ……。俺も友達と話してたりして、別々だったから」
なあんだ、と綾香はため息をつく。
「もしかして……」
千早先輩がつぶやく。
しかしハッとして手を口にあてる。
まるで言ってはいけないことを言いそうになったかのように。
気になった宗助て綾香は、先輩のほうを首を傾げてみつめる。
「先輩、なにが“もしかして”なんですか?」
:11/09/03 23:20
:P04C
:☆☆☆
#892 [向日葵]
宗助が眉間にしわを作って訊く。
「ええっと……」
千早先輩のわりに歯切れが悪い返事が返ってくる。
宗助は無言で千早先輩に詰め寄る。
「あのね……、茉里ちゃんって結構人気者だから、告白する人があとをたたないんじゃないかなって……。告白するぞ!って意気込んでる人もいるって小耳にはさんだし」
綾香はのんきに「茉里ちゃんモテるもんねー」と言う。
宗助はさっきよりも表情が硬くなって、口に軽く力を入れて入れる。
:11/09/03 23:21
:P04C
:☆☆☆
#893 [向日葵]
そんな宗助を知ってか知らずか、千早先輩は続ける。
「ファンクラブとまではいかないけど、茉里ちゃんの友達の久瀬さんだっけ?2人は結構なファンがいたわよ」
「ファンクラブって今どきあるんですか……?」
「現に北高の沢口くんはファンクラブあるじゃない」
会話が穏やかに和やかに交わされるなか、宗助の表情はだんだんと険しくなっていく。
これは迎えにいくべきなのか……?
迷ってる宗助に追い討ちとばかりに、綾香たちの会話が進められる。
:11/09/03 23:22
:P04C
:☆☆☆
#894 [向日葵]
:11/09/03 23:24
:P04C
:☆☆☆
#895 [向日葵]
「すぐにあきらめてくれる相手ならいいですけどね」
「昨今物騒になったもんね。変わった人も多くなってるし」
「気をつけなきゃ茉里ちゃん危ないですよね!?私迎えに行こうかな……っ!?」
その綾香の言葉が終わるか終わらないかで、宗助が素早く回れ右をして走って行った。
走っていく所は、言うまでもないだろう。
:11/09/10 01:24
:P04C
:☆☆☆
#896 [向日葵]
・・・・・・・・・・・・
「まったく、遅いわよ行動が」
走って行った宗助を見ながら、千早先輩が呟く。
綾香はあははと笑う。
「あー面白かった!でも先輩、今のがお願いですか?」
「うんそうよ。茉里ちゃんのお願いを叶えてあげようと思って」
綾香は首を傾げる。
そんなこと茉里は言っただろうか。
表情から綾香の思っていることを読み取った千早先輩は、にっこりと笑う。
:11/09/10 01:24
:P04C
:☆☆☆
#897 [向日葵]
「バレンタインの時言ってたじゃない。宗助の焦ったとこを見てみたいって」
確かに言っていた。
でもそれは結局実行されず、その計画はどこかへ消えてしまったのだった。
綾香は目を見開く。
そんな前のことを覚えていただなんて。
「先輩はやっぱりすごいですね」
「それほどでも〜。さ、私たちもみんなの輪の中に入りますか」
「そうですね。カップルはカップルでお楽しみタイムでしょうし」
二人であっはっはと笑いながら、さらに大きな声で笑っている道場の中へと入って行った。
:11/09/10 01:25
:P04C
:☆☆☆
#898 [向日葵]
―――――――――…………
あれ?あれ?
教室で忘れたデジカメを取りに来た茉里だが、あると思っていた場所にデジカメがない。
もう一度鞄を探すもなく、ひっくり返してもやっぱりなく、辺りを見回してもない。
根本的に家に忘れちゃったのかしら……。
でも学校に来て鞄を見た時にはデジカメのケースは見た。
見た気がした……。
時間が経つにつれ、だんだんと忘れた場所よりも持ってきたかどうかのほうが心配になってきた。
:11/09/10 01:25
:P04C
:☆☆☆
#899 [向日葵]
ううん……、どうしようか……。
もしかしたら落とし物として預かってます的な感じかしら!
茉里の学校は携帯以外は大抵許されているのでそういうものも職員室に忘れ物として預けられる。
どちらにしても携帯も持って来ているというのは誰しもがわかっているが、暗黙の了解で見つかってしまうまではお咎めはなしだ。
頭の上でぐるぐると渦巻きが浮いてる時、携帯のバイブが鳴ってびくりとした。
:11/09/10 01:25
:P04C
:☆☆☆
#900 [向日葵]
もしかしたら綾香か宗助かもと、携帯を入れているブレザーの内ポケットに手を突っ込む。
「加賀さん」
と同時に声をかけられたものだから、茉里は文字通り飛び上がる。
「ごめんなさいごめんなさい!ちょっと気を緩めて持ってきただけなんです!」
と一息で謝りながら振り向くと、教師ではなかった。
一方的にああだこうだ言われた相手は、何を言われたかわからなかったのか、茉里の勢いにおされたのか、ポカンとしていた。
「あ……えと……どなたで……」
今さらながら訊く。
胸元を見れば、小さな一輪だけのコサージュがつけてあった。
卒業生だ。
:11/09/10 01:26
:P04C
:☆☆☆
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