こいごころ
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#601 [向日葵]
きっと宗助のことだから「気にするな」と返ってくると思いながら、メールを待つ。

すると個人設定をしている着信音が鳴った。
この音は宗助だ。

がばりと起きて、まるでビーチフラッグかのように携帯を掴みとる。
目を動かしているうちに、茉里の口が変な形に曲がり、やがて顔も赤くなると、言葉にならない叫びをあげながら、布団に突っ伏して悶えだした。

携帯は力の抜けた手から落ち、布団の上にぽすりと落ちる。

⏰:11/01/22 23:18 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#602 [向日葵]
―from 宗助―

―本文―

いいよ。一緒に帰るならついでだし。

今日、帰りの時、乱暴なことしてごめん。でも抑えられなかったというか、自分でもわからない気持ちになってた。
正直、茉里が嫌がってなくて良かったってホッとした。
これからもしかしたら、あんなことがあるかもしれない。
嫌だったらちゃんと言ってくれ。

いつも表現がちゃんと出来ない奴で悪い。
あと、いつも最後の茉里の言葉は嬉しい。
だから俺も

⏰:11/01/22 23:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#603 [向日葵]
俺も、大好きだよ

―END―

⏰:11/01/22 23:19 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#604 [向日葵]
*アンカー*

>>2-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-605

⏰:11/01/22 23:31 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#605 [向日葵]
[16] 宗助と父

修学旅行も無事に終え、1日の休みの後に部活へやってきた茉里たちは、お土産を配っていた。

「ストラップの人〜!」

「あ、先輩あたしです!」

「クッキー、ちゃんとわけろよ」

「ありがとうございます!」

先輩たちのお土産に群がる後輩たちは、はしゃぎまわる。
そんな中、後輩が「あ」と小さく声をあげ、キャプテンの綾香のもとへいく。

⏰:11/01/30 00:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#606 [向日葵]
「そういえば先輩。先輩方が修学旅行に行っている間、3年生の先輩方が何人か来られましたよ」

その言葉に、茉里のお土産を配る手が止まる。

そういえば、先輩ももう卒業だっけ……。

ちらりと宗助を見ると、宗助も耳に入っていたのか、なんだかぼんやりしてるように見える。

茉里たちの中で、千早先輩は色んな意味で心に残る人だ。
その先輩が、今までのように会えなくなるというのは、引退した日の寂しさよりも遥かに大きい。

⏰:11/01/30 00:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#607 [向日葵]
宗助は茉里と付き合っているし、先輩に対して特に嫉妬するわけではないが、先輩のことを考えている宗助に、茉里は少し悲しいような気分になった。

「おーいお前らー」

先生が道場の入口で呼び掛ける。

「旅話するのもいいけど、もうすぐ下校時間だぞ。帰れよー」

皆で元気よく返事をし、あとは明日の土曜日にまた、ということになった。

⏰:11/01/30 00:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#608 [向日葵]
「目の前のことばっかりで、なんだか忘れてたね」

校門に向かいながら、茉里は宗助に話しかける。
宗助も何のことを言われているのかがわかったのか、こくりと頷く。

「どんな気持ち?」

訊いてみたかった。

「……わからない。形容しがたい。寂しいというか、切ないというか……、……って、別に好きどうこうってわけじゃないからな。一応言っておくけど」

⏰:11/01/30 00:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#609 [向日葵]
「わかってるよ」

茉里が不安がってるかもしれないと思ってくれてるののが嬉しいと同時に、結構心配されてるんだという自分自身がもうちょっとしっかりしないと、という叱咤がまざり、少し困ったように笑った。

「たださ、私たちにとって、なんというか……、心に残る先輩だったでしょ?宗助も、私と同じ気持ちなのかもな……って思ってさ」

どちらからでもなく、手を繋ぐ。冷えた手が、暖かくなっていくのがわかった。

しかし、その手がまた冷たくなった。
そして、握る手に力が入るので、宗助は茉里を見る。

⏰:11/01/30 00:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#610 [向日葵]
「茉里?」

街灯に照らされた茉里の顔は、驚きと怒りに変わっていった。
まるで、この世で最も見たくないものを見たかのように。

「……んでっ、アンタがここにいるのよ!」

茉里が叫んだ先に、黒いベンツの車が停まっていた。
運転席を出たところに立っていたのは、すらりとした長身の男性。大人のファッション雑誌のモデルでもやってそうな人だった。

柔和な笑顔を見せると、ゆっくり茉里たちのところへ歩み寄ってくる。

⏰:11/01/30 00:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#611 [向日葵]
「近くを通ったから、迎えにきたんだ」

「先輩、こちらは?」

何人かまだいた後輩は、突然現れた紳士的な男性を見て、おろおろする。

紹介したくもないという顔をして、食いしばっていた歯を、無理矢理こじ開けた。

「私の……ち……ちおや……」

「初めまして。部の仲間かな?」

父親がうっとおしくなる年頃とはいえ、茉里の異常な嫌がり様を見た後輩たちは、突然現れた素敵な男性を前にはしゃぐつもりでいたが、それをやめた。

⏰:11/01/30 00:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#612 [向日葵]
触れてはいけない空気に、挨拶もそこそこに後輩たちはそそくさとその場をあとにした。

「……こういうの……迷惑だってわかんないの?紹介したくもないのに……」

「ごめん。部のみんなと一緒だとは思わなくて」

申し訳なさそうに、茉里の父は微笑む。

「ちょっと考えればわかるじゃない!迎えにだって頼んでない!大体アンタの顔なんてみたくないってわかってるでしょ!?」

⏰:11/01/30 00:54 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#613 [向日葵]
茉里は両手でドンッと父の胸を押す。

「お、おい茉里」

さすがに言いすぎじゃないかと、宗助は茉里をとめる。
父はそこで初めて、まだ宗助がいたことに気づいた。

「君は……」

宗助は父とは初対面だ。
初めて見る父は、茉里が話していたほど悪い人だとは思えなかった。

「初めまして、笹部宗助と申します。茉里さんと、お付き合いさせて頂いてます」

「ああ……」と、納得したような返事をした。

⏰:11/01/30 00:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#614 [向日葵]
「馨……っと失礼、妻から聞いてるよ。そうか、君が、茉里の……。宗助くんと呼んでも?」

「気安く宗助の名前呼ばないで」

「茉里。はい、構いません」

茉里はずっと父を睨んでいる。
父は苦笑を浮かべながらため息をつき、後部座席のドアを開けた。

「立ち話もなんだから、宗助くんも一緒に乗っていかないか?帰りながらゆっくり話そう」

戸惑う宗助は、茉里を見る。
茉里は宗助の手を掴んで、駅のほうへと歩いていこうとする。

⏰:11/01/30 00:55 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#615 [向日葵]
しかし宗助は、もし茉里の父が今真面目になったんだとすれば、娘と深くなった溝を埋めたいと思っているのではと思った。

溝なんか簡単に埋まるものではない。

それでも、柔和な笑みを浮かべながら、その裏では大きな後悔の念があると感じてしまったら、茉里の手に導かれるわけにはいかなかった。

「俺も一緒なら、茉里も乗る?」

優しくなだめるように茉里に話しかける。
茉里は目を見ようとはしないが、足を止めた。

⏰:11/01/30 00:56 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#616 [向日葵]
茉里は泣きそうな顔で嫌がっていた。
それは父と一緒に帰るのが嫌なのか、嫌いな父の車に宗助が乗るのが嫌なのかはわからないが、宗助が言ってもきいてくれないような気がした。

茉里の闇が大きいのは知ってる。彼女が未だ、その闇に耐え切れず、沈みこむのを知っている。

けれど、いつまでもこの状態がいいわけがない。

どこかで、和解は出来なくても、距離を縮めることは出来るはずだ。

何度、遠くの線路で電車が通過した音をきいただろうか。
茉里がゆっくりと宗助の目をみつめかえす。

⏰:11/02/05 23:50 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#617 [向日葵]
宗助は安心させるように薄く微笑む。

安心……?

その時、宗助は思った。
茉里は、恐がっているのではないかと。

「…………わかった」

ほとんどきこえないくらいだったが、茉里は納得したようだった。
宗助が引っ張るようにして、茉里の父が開けた後部座席へと行く。

茉里は、恐がっているのかもしれない。
茉里は本当はもう、父を許したいと思ってるのではないだろうか。

⏰:11/02/05 23:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#618 [向日葵]
憎しみや、嫌悪が消えたわけじゃない。
でも、それでも少し、歩み寄ってみようと思ってるのかもしれない。
ただ、彼女の中に引っかかるのは、“また裏切られてしまったらどうしよう”という思いだ。

バタンとドアが閉まった瞬間、茉里の手にグッと力が入った。
力のせいか、それとも他のことか、少し震えている。

暗い車内に入る光を頼りに茉里を見れば何かと戦っているのか、眉間にしわを寄せて、口を食いしばって目を瞑っていた。

⏰:11/02/05 23:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#619 [向日葵]
かける言葉がみつからないから、宗助は手を握りかえした。

―――――――………………

「中学校から剣道を……。段は今はどれくらいかな?」

「まだ2段です。もう少ししたらまた昇段試験があるんで、それを受けようかと」

車内では、他愛のない会話をしていた。
茉里の父はゆったりとした話し方をするので、簡単に気を許してしまいそうになるが、そうするのは躊躇った。
茉里は先程よりは顔に険しさはなくなったが、相変わらず眉間にしわをよせて、過ぎ行く街並みを見つめていた。

⏰:11/02/05 23:51 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#620 [向日葵]
「茉里とは、付き合ってどれくらいに?」

「1ヶ月ほどです。友達からの付き合いを足すと、1年の頃からになります」

「茉里は嫉妬深いだろ。母親似でね」

「……よく言う」

いつもの茉里の声からは考えられないぐらいの低い声がした。
嘲笑のようなものを浮かべて、茉里はまだ街並みを見ている。

この話題はきっとまずい。

「妹がいて、よく遊んでもらってます」

話をさりげなく変えてみる。

⏰:11/02/05 23:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#621 [向日葵]
「妹がいるのかー。茉里も妹がほしかったか?」

「いらない。妹も私みたいにしたいの?」

気まずい空気が、車内を包む。
溝を埋めるつもりが、深さはそのままに距離がどんどん出来てるように思う。

「嫌われてるだろう、私は」

ハハハと父は笑う。

平気なんだろうか。

そうですね、なんて言えないので、宗助は苦笑いを浮かべる。

茉里をちらりと見た。
茉里の目に、涙がたまっているのがうっすらとわかる。
きっと、何か思い出したのだろう。

⏰:11/02/05 23:52 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#622 [向日葵]
やっぱり、乗るべきではなかったか?

抱きしめてやりたいけれど、それが出来ないから、指と指が組むようにして、手を繋いだ。

いくら繋いでいても、茉里の手が暖かくならなかった。

ごめん、俺の勝手な思いで……。泣かせるつもりなんてなかった。

ただ茉里が、これまでよりも、もっと晴れ晴れ笑えるようになったらって思ったんだ。

⏰:11/02/05 23:53 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#623 [向日葵]
――――――――………………

「私は宗助くんを送っていく。茉里は家に入りなさい」

茉里の家まで帰ってきた宗助は、心配そうに茉里をみる。
茉里は無言で宗助と手を繋いだまま外へ出た。

父親が見てる前でも構わない。

後ろ手にドアを閉めた宗助は、すぐに茉里を引っ張り、力いっぱい抱きしめた。

茉里も、宗助の胸に顔を埋める。

しばらくそうしてたが、茉里の方から離れた。

⏰:11/02/12 23:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#624 [向日葵]
「大丈夫よ宗助。私も、強くならなきゃ。この前だって、元気もらったし、ねっ」

鼻を赤くして、茉里は微笑む。
そんな彼女がいとおしくて、宗助はまたギュッと抱きしめた。

そしてまた車へ乗り込んだ。
車が発進して後ろを見たら、茉里がまた立っていた。

きっと車が見えなくなるまで見送るのだろう。
宗助は前を向く。
ふとルームミラーを見ると、父と目があった。
柔らかく微笑む父に、宗助は複雑な思いを抱く。

⏰:11/02/12 23:21 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#625 [向日葵]
「お訊き……したいことがあります」

「うん。なんでも言ってくれ」

「茉里さんから、貴方のことを色々ときいたことがあります」

ゆるやかなカーブだが、宗助は油断していたのでよろける。
父は宗助の続きを待っているのか、黙ったままだ。

「浮気…………なさっていたんですか。……本当に」

父は黙ったままだ。
急にハンドルをきられて、また宗助はよろける。
車がしばらくしてとまり、着いたのはどこかのお店だった。

⏰:11/02/12 23:22 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#626 [向日葵]
「少し、お茶でもしていこう」

柔らかなのに、有無を言わせない雰囲気に、宗助は父のあとを着いていくしかなかった。

そこはファミレスではなく、年季がはいった、けれど落ち着いた温かな雰囲気の喫茶店だった。

ドアを開けると、カランコロンとどこか懐かしい音を奏でる。
数人しかいない喫茶店の店主は、白髪頭とふさふさしたひげをつけた、穏やかそうな人だった。
カウンターのそばに、いくつかのポットがあり、湯気がたっている。

⏰:11/02/12 23:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#627 [向日葵]
父は店主と知り合いのようだ。
父が軽く挨拶をすると、店主は目元にあるしわを深くして笑いながらゆっくりと頷いた。

宗助もとりあえずぺこりと頭を下げると、父と同じように、店主は笑った。

店の雰囲気や店主のゆったりした動作に思わずまどろみそうになるが、そんな場合じゃないと頭をふる。

宗助は父のあとについていく。
父はまるで決まっていたかのように、奥のテーブルについた。
宗助も正面に座る。

⏰:11/02/12 23:23 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#628 [向日葵]
「さっきコーヒーを頼んだから、もうすぐ来るよ。でもその前にコーヒーは大丈夫かな?」

「平気です」

「なら良かった。ここのはおいしくてね」

お茶を飲みにきたのか?
そんなわけないだろうに。
はぐらかされてるのか?

問い詰めたかったが、さっきの車内とは違いここは公の場。
誰が聞き耳立ててるかわからない状態で、彼女の父親の評判を落とすような発言はしてはいけない。

⏰:11/02/12 23:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#629 [向日葵]
宗助はただ黙って、向こうから話し出すのを待った。

店内は静かにクラシックが流れていた。
宗助は少しそれに耳を傾ける。
しばらくすると、コーヒーの匂いが近づいてきた。

どこにでもあるような真っ白なコーヒーカップとソーサーを店主が持ってきた。
どこにでもあるようだが、逆にそれがこの喫茶店のレトロな雰囲気を引き立てていた。

落ち着く。
落ち着きすぎて、思考回路が鈍くなりそうだったが、それを振り払うように、コーヒーに少しのミルクと砂糖をいれた。

⏰:11/02/12 23:24 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#630 [向日葵]
「……その話」

「はい?」

急に話をされて、宗助は少し気の抜けた返事をする。
一口コーヒーを口にした父は、静かにカップをソーサーに戻す。

「浮気云々の話は、やっぱり茉里から?」

「はい……。家族のことをお互いに話している時に」

「そうか……」と言って、父はまたコーヒーを一口すする。

少しの沈黙が2人をつつむ。
宗助は父をじっとみつめる。

⏰:11/02/19 22:32 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#631 [向日葵]
「妻と出会ったのは、大学時代だった」

――――――――…………

当時の茉里の父、裕之(ひろゆき)は、大学内で知らない人はいないほどの、いわゆる王子様のような人だった。

その整った容姿に加え、すらりとのびる手足、細いが触れば男性特有の硬さのある身体。
口説かれれば、ノーという女の子はいなかった。

「裕之、今日はあたしと帰るでしょ?」

「なに言ってんのよ。私に決まってるでしよ!」

⏰:11/02/19 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#632 [向日葵]
当然かのように、毎日お決まりのパターンで会話がされていた。
裕之も女性好きだったため、そんな女の子たちが自分を取り合っている様を見て、ただ可愛いと思うだけだった。

特定の女性を大切にしないのは、たくさん愛情を受けていたかったからだ。
1人からの愛情なんて、裕之には足りなかった。

たとえその1人が、どんなに大きな愛情をもっていたとしても。

そうやってたくさんの人が、自分を愛そうとすること自体に快感をすら覚えた。

⏰:11/02/19 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#633 [向日葵]
――――――…………

食堂に行けば、そこにいる女の子がほぼ裕之の元へと集まる。
それは、食堂で注文する人だかりよりも遥かに多い数だ。

「裕之、ひとくちちょーだいっ」

「いいよ」

「ずるいーっ!あたしもー」

鼻にかかったような声を出す女の子たちを、けむたがる人もいれば、裕之を羨ましく思う人もいた。

食事を終えて、さすがにこれ以上迷惑をかけてはいけないと思った裕之は、女の子たちに各自教室へ帰るように言った。

⏰:11/02/19 22:33 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#634 [向日葵]
「えー!」と大合唱の後、1人2人と渋々散らばっていき、食堂を後にした。
だが、まだみんな完璧には帰っていないのを知っている。

このままでは更なる迷惑がかかりそうなので、裕之は席を立った。
皿を水道管のようなところから複数細く出てる水で軽く洗う。

その時、ふわりと甘い香りがした。
香りにまるで導かれるように視線を向けると、そこにいたのは女性だった。

空気をはらんだような髪の毛はまっすぐだが毛先が少し内巻きだ。細く、指通りがゃさそうで、光の具合で茶色い髪がさらに茶色く見える。

⏰:11/02/19 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#635 [向日葵]
まつげが長くて、顔に影がおちている。
控えめについてるかのような唇は、少しだけ微笑んでるようにも見える。

女性はふとこちらを向いた。
それもそのはず。
裕之が、その女性の髪に触れていたから。
裕之もそんな自分の行動を、女性と目があった時に気づいた。

「どうか、されました?」

静かな柔らかい口調が耳にやさしい。
急に髪に触られたというのに女性は怒りもせず、小首を傾げて、やっぱり口は微笑みの形をしていた。

⏰:11/02/19 22:34 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#636 [向日葵]
「いや、なんだか甘い香りがしたもので」

「ああ……。お菓子をよく作りますから、それでかしら……?」

女の子たちの視線を感じながらも、裕之は何故だかその人から目が離せなかった。

今までも、誰かに特別な感情を抱いたことはない。
好き勝手に遊んでいたし、たくさんの女の子たちと知り合うのは楽しかった。

でも、この人だけ、なにが違う?

「あなたはたしか……、加賀さんでしたね。1つ学年が上の、有名人さん」

「いや、そんな……」

「初めて見ました。いつも女の子に囲まれて、本人は見たことがありませんでしたから」

⏰:11/02/19 22:35 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#637 [向日葵]
ふと腕時計を見た女性は、全ての食器を片付け終えると、体ごと裕之の方を向いて、軽く一礼する。

「では、私は用事がありますのでこれで」

「あ、待って!せめて名前を……」

「あれだけたくさんの女の子と一緒にいるんですし、私の名前を名乗ったところで、あなたは忘れてしまうと思いますよ。それでは」

涼やかな声と笑顔で、拒絶された。

ナンパなら他でやれと。

⏰:11/03/06 03:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#638 [向日葵]
彼女が言うことを否定は出来ない。
それに何人もいる女の子たちの中で、彼女を特別扱いする気もない。

けれど、今もまだ、甘い香りが自分を包む。

―――――――…………

「やあ」

何日かしたある日。
裕之はまた甘い香りのする女性をみつけた。
女性は丁度木陰になっているベンチで本を読んでいた。

⏰:11/03/06 03:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#639 [向日葵]
「あら、あなたは……」

「加賀裕之。文学部の2年。そっちは?」

「同じく、文学部の1年です」

「じゃなくて……」

名前を訊きたかったのに、おもいきり省かれた。
これ以上問い詰めても、きっと前みたいにかわされるだろうから、裕之は諦めて女性の隣に座った。

「何読んでるの?」

「志賀直哉の作品集です」

渋い……。

⏰:11/03/06 03:10 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#640 [向日葵]
「今渋いって思いました?」

「いや、難しい本読んでるんだなーって」

頷きそうなところを、なんとかこらえて別の言葉を出した。

しかし、女性は裕之の考えなどわかっているように、少し困ったように微笑んだ。

再び女性が本に目を落とすと、ふわりと暖かな風がふいた。
それにより、また甘い香りがただよってくる。

気づいたら、裕之は本にそえてあった女性の手を握っていた。
驚いた女性は、たれ目がちの目をかるく見開いて、裕之をみつめる。

⏰:11/03/06 03:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#641 [向日葵]
一体なんなんだこれは……。

裕之も困っていた。
これじゃまるで、自分が彼女のことを好きみたいではないか。

好きなのか?
好きじゃないと言えば嘘になる。今日会うまで、気づかないうちに彼女を探していた自分を知っている。

でも自分は、1人だけを選ぶなんてことはしない。

そう思っているのに、だんだんとその小さな唇に吸い込まれていく。

⏰:11/03/06 03:11 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#642 [向日葵]
もう触れるだろうという瞬間。
ぱしりと音がして、頬にかるい痛みがはしる。

「やめて……。私をみんなと同じようにしないで……っ!」

怒った目が涙の膜で輝いて、奇麗に見えた。
そしてその目は怒っているのに、どこか悲しそうだった。

「あなたは女の子なら誰でもいいかもしれないけれど、私は違う。誰もかれもが、あなたを好きになるだなんて思わないでください」
そんなこと思っていないと言いたかった。

⏰:11/03/06 03:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#643 [向日葵]
でも、今の自分はそんなこと言えるような奴じゃない。
毎日女の子たちにかこまれていれば、説得力がない。

「あ、いたいた!馨!」

はっとしたように、女性は顔をあげる。
遠くのほうで、誰かが「馨」と呼ばれるその女性を手招きする。

「馨ちゃんっていうんだ」

「……気安く呼ばないで。呼ぶなら名字にしてください。」

「じゃあ名字は?」

「魚住です。では……」

⏰:11/03/06 03:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#644 [向日葵]
急ぐように本をパタンとしめて、馨は立ち去る。
しかし数メートルでピタリと止まると、肩にかけた鞄からごそごそと包まれた小さな何かを出す。

彼女の手にのっていたのは、一口サイズのカップケーキだった。

「自分で食べようと思いましたが、あげます。叩いてしまったお詫びです。でももう2度、あんなことしないでください」

また一礼して、今度はもう振り向かず行ってしまった。

もらったカップケーキを裕之は見つめる。
小さく可愛く主張しているようにも見えるそれは、彼女の分身のような気がして、知らず知らずのうちに口を笑みの形にした。

⏰:11/03/06 03:12 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#645 [向日葵]
なんて自分らしくない感情だ。
こんなにも彼女がいとおしい……。

魚住馨。
その名前は、裕之にとって特別なものとなった。

ーーーーーーーーー…………

大学にある図書館は、馨にとって一番安らぐ場所。
本のにおいと、建物自体のにおい。遠くに聞こえる生徒の声は、なんだかくすぐったくも感じる。

なにより、次なにを読もうか悩みながら本を選んでいる時が一番幸せな時間。

⏰:11/03/19 21:57 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#646 [向日葵]
本は自分を読んでくれと言っているかのように、窓からさしこむ光で背表紙を光らせる。

心乱れることない、安らぎのとき……。
しかしその安らぎは、ある人の声によって遮られた。

「魚住さん」

ぴくりと肩を震わせて、声のほうへゆっくりと振り向く。

何回会っても、その笑顔は崩れない。
たまに能面でもつけてるのではと感じる。
最近なぜだか、この男が馨につきまとう。

⏰:11/03/19 21:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#647 [向日葵]
悪い人ではないのだろうが、いまいち信用ならないこの男を、馨は警戒している。

「加賀さん……。あなたも図書館に用事ですか?」

「うん。探してるものがあると思ったから」

「加賀さんも本を読まれるんですね」

「うん。君の思い出を綴った本があれば、ぼくの探してるものはみつかったも同然だよ」

馨は呆れたようにため息を吐く。
どうしてこの人は私につきまとうのだろう。
からかいなら他でやってほしい。

⏰:11/03/19 21:58 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#648 [向日葵]
「私の思い出なんて、綴ったところでベストセラーになんてならないと思いますが」

口説き文句をさらりとかわす。
いつもなら、彼は困ったように口を閉じるのに、今日はなぜかそうしなかった。

「じゃあ僕がベストセラーになるように大量に買うよ」

「お金の無駄だと思いますよ」

「君に貢ぐならお金も惜しまないよ」

「浪費家は嫌いです」

「ならやめよう」

⏰:11/03/19 21:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#649 [向日葵]
付き合ってられない。

逃げようとさりげなく足を動かすと、逃げるほうにある本をとるフリをして、裕之は通せんぼした。

ああ…………、迷惑っ!!

くるりと踵をかえすと、今度はこちらに手をのばしてきた。
もうそれは、フリなんかではなく、明らかに馨を通せないようにするものだった。

苛立って、馨は目をつりあげると、裕之のほうへ背筋をのばして毅然と体をむけた。

⏰:11/03/19 21:59 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


#650 [向日葵]
「意地悪しないでください。私を怒らせたいんですか?」

「怒らせたくはないけど、いい加減僕から逃げるのをやめてもらえないかな?」

「前にも言ったはずです。みんなと同じように扱われることを私は望んでいません。遊びたいのなら他でどうぞ」

「違うといったら?」

つりあげていた目が、少し下がる。

違う?

思わずきょとんとした表情になってしまう。

「僕は君に一目惚れしたみたいなんだ。君がいないか、毎日どうしても探してしまう。君から香る甘い香を探してしまう」

⏰:11/03/19 22:00 📱:SH05A3 🆔:☆☆☆


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