こいごころ
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#701 [向日葵]
馨はギュッと目を閉じて、ゆっくり開ける。
もう、考えても仕方ないなら、終わらせよう。
あやふやなままにせず、綺麗さっぱり、終わらせよう。
馨はゆっくりと裕之の元へ行く。
庭を見ると、まだ少ししか進んでいないが、裕之は真面目に草を抜いていた。
この背中を、ずっと見ていたかったけど……。
「裕之さん」
そっと呼ぶと、ぎこちなく微笑みながら裕之は振り返る。
:11/04/30 20:32
:SH05A3
:☆☆☆
#702 [向日葵]
彼ももしかしたら、同じことを願っているのかもしれない。
庭に続くガラス戸によりかかりながら、馨はそう思った。
庭と家では段差が少しある。
今は馨の方が高い位置にいる。
けれど元々背が高い裕之はそれで馨と同じくらいになった。
「どうかした?」
優しく裕之が問う。
まるで普通の会話のように馨が言葉をつむぐから、次に出てきた言葉を裕之は危うく頷きそうになった。
:11/04/30 20:33
:SH05A3
:☆☆☆
#703 [向日葵]
「別れましょう」
「う…………。…………え?」
馨の表情は、あの時ぐらい静かだった。
「このままいても、あなたが楽しく私たちと過ごすことは無理だと思うの。ずっと、罪の意識に苛むなら、別れたほうがきっといいわ」
「馨、なに言って……」
「あなたはもしかしたら花形さんの方がいいのかもしれないわ。仕事の大変さをわかってくれそうだもの。だから……」
「嫌だ」
自分でも驚くぐらい、強く否定した。
:11/04/30 20:33
:SH05A3
:☆☆☆
#704 [向日葵]
「他の女(ヒト)に心うつりを一瞬でもしてて、こんなこと言っても信じてもらえないかもしれない。でも僕は、君を、茉里を愛してる。絶対に離れたくない。離れたなら、今以上に僕は苦しむよ」
「離れれば、その想いも風化していくわ」
「しないよ」
即答すると、馨の瞳が揺れる。
水面が、風で波立つように。
「僕の心にはずっと君しかいない。花形のことだって……、君を求めすぎたことが、原因だった。……いや、これは別に責めてるわけじゃないよっ。ただ……いつも僕には君が」
「うそつき……」
駄目……。
抑えなきゃ……駄目。
困らせたくない。
面倒なことには、したくない……。
:11/04/30 20:35
:SH05A3
:☆☆☆
#705 [向日葵]
そう思う度、涙があとからあとから落ちて、フローリングに染み込む。
あの時は、涙なんてすぐ止まったのに、今になってどうして……?
「じゃあどうして3年も続くのよ!!それは……っ、あなたがあの人に気があったって証拠じゃない!!」
「かお……」
「私は苦しいことは嫌!こんな思いするのは嫌なの!楽しくのんびり過ごしたかった!!ごちゃごちゃ家族がバラバラになるようなことは嫌なの!!」
「僕だって嫌だよ……」
:11/04/30 20:35
:SH05A3
:☆☆☆
#706 [向日葵]
「した人がな……っなに、言ってるの、よ……っ!!」
しゃっくりが出てきて、うまく喋れない。
せき止めていた沢山の思いは、もうとまらない。
「むかつく……っ!!」
気づかなかった自分が。
彼を3年も魅力していた花形を。
花形が彼の全てを手にいれたことを。
崩れ落ちた馨は、フローリングを拳で何度か叩く。
指の骨がぶつかって痛いけど、どうでもよくなった。
:11/04/30 20:36
:SH05A3
:☆☆☆
#707 [向日葵]
「別れてよ!!わか……っれてくれたら、いいじゃない……っ!!私は風化出来……るわっ!!」
「じゃあ……もう僕が嫌い?」
「だ……だい……っ嫌っい!!」
「目を見て言って」
大きな手が、顔を包む。
30代になっても、裕之の綺麗な顔は変わらない。
甘い言葉をつむぐ唇は、キスすればもっと甘くて。
笑った顔は、心に明かりが灯ったように暖かくて。
大きな手で茉里の頭を撫でる姿が、微笑ましかった。
:11/04/30 20:37
:SH05A3
:☆☆☆
#708 [向日葵]
「だ…………っ」
大嫌い。
あなたなんか、大嫌い。
裏切り者。
嘘つき。
触らないで。
もう私に2度と触れないで。
大嫌いなの。
もう愛せないの。
「ずるいわ……」
大嫌い。
そんなわけないじゃない。
「そんな……か、んたんに……っ、嫌いになれたら、こんなに苦しくならないわよ……」
「うん……」
:11/04/30 20:37
:SH05A3
:☆☆☆
#709 [向日葵]
大好きよ……。
離れたくない。
でもこんなんじゃ、ただの面倒くさい女だわ。
なんでもないふりして、あなたのことわかってますみたいな顔して。
でも暴かれれば泣き崩れてすがりつくなんて。
そうなりたくなかったし、そんなことになることも避けようとした。
まるで雨のように、フローリングが濡れていく。
ガンガンと殴る手は、自分を戒めるかのように、力がだんだんと強くなっていく。
:11/05/07 22:18
:SH05A3
:☆☆☆
#710 [向日葵]
その手を、やわらかく包まれる。
「殴るなら、僕の顔にしなよ」
ぶんぶんと、馨は首を横にふる。
「僕は……馬鹿だからさ……」
ぽたりと、馨ではない涙が、フローリングに落ちる。
形のいい目から、丸い涙がこぼれる。
馨は目を見開いた。
裕之が、泣いている。
:11/05/07 22:18
:SH05A3
:☆☆☆
#711 [向日葵]
「君が、傷つくの、わかってたのに……」
痛いほどに、馨の心にひびが入り、小さな破片が割れてとんだと思えば、次々にガラガラと崩れていく音がきこえてくるのがわかった。
どうしようもない馬鹿。
謝罪の言葉は、無力で、無意味で……。
「ごめん」なんて言葉が何故あるのかわからなくなりそうだった。
でもそれを何重にも重ねて、君がそばにいてくれるなら、僕は重ね続ける。
:11/05/07 22:19
:SH05A3
:☆☆☆
#712 [向日葵]
「信用……、なくしたことはわかってる。でも僕は君しかいらない。茉里しかいらない。愛してる……っ」
胸からせりあがってきそうになる叫びを抑えながらも、必死に届いてくれとこめる。
離れないでくれ。
君しかいない。
君だけだ。
好きだ。大好きだ。
愛してるんだ。
そばにいてくれ。
それしか望まない。
もうなにも望まないから。
:11/05/07 22:19
:SH05A3
:☆☆☆
#713 [向日葵]
「裕之さん」
優しい声に、裕之はうつむいていた顔をあげる。
馨が、優しく微笑んでいた。
涙はまだ、とめどなく流れていたけれど、もうなにもかもがわかったように、微笑んでいた。
「また……イチから、始めましょう。なにもかも……」
届いた。
そう思った瞬間、裕之は馨を力いっぱい抱きしめた。
髪に顔を埋めるようにすれば、あの甘い香りが胸を満たす。
:11/05/07 22:19
:SH05A3
:☆☆☆
#714 [向日葵]
花形とは、全然違うと思った。
裕之が求めているのは、この空気、この香り、このやわらかさ、この細さだ。
自分が本当に間違っていたのだと思えば、情けなくも嗚咽を漏らしながら泣けてしまった。
馨も久々に触れる裕之のぬくもりに身をよせる。
そこでようやく彼女は、裕之が帰ってきたのだと思った。
まだあなたが、こんなにも力強く抱きしめてくれるなら、きっと大丈夫だわ。
震えてる体が、どちらのものかはわからなかったけれど、その震えがとまるように、二人はお互いを抱きしめあった。
:11/05/07 22:20
:SH05A3
:☆☆☆
#715 [向日葵]
ーーーーーーーーー…………
時計はもう7時をまわっていた。
喫茶店にいるのは、裕之と宗助だけになっていた。
遠くで流れるクラシックが耳に入ったことで、宗助は話が終わったことに気がつく。
「じゃあ、奥さんとは仲はもう……」
「うん。元に戻ったし、今でもラブラブだよ」
:11/05/07 22:20
:SH05A3
:☆☆☆
#716 [向日葵]
ラブラブ……。
今までのシリアスな話に、その単語が正しくない気がして、宗助は椅子からこけそうになった。
あれ……?
「浮気……、あ、すみません。他の人との関係は、その1回だけですか?」
「もちろん。と言っても信用されないかな。でも僕は馨しか見えてないし、馨を傷つけたくないし、馨が世界……いや宇宙一可愛いと思っ……」
「いや、信用します……」
お腹いっぱいとはこのことだ。
「茉里の話だと、何回かしたって……」
:11/05/07 22:21
:SH05A3
:☆☆☆
#717 [向日葵]
夏休みの時、確かに言ってた。
茉里自身、相手からも電話がかかってきたのを知ってる。
「花形がね、実は一筋縄では別れてくれなくてね。当たり前だよね、3年も続いたんだ。代わりでもなんて言ってたけど、1番にだれだってなりたい」
別れをもちだせば、それはそれは取り乱した。
仕事の時間外だとはいえ、ヒステリックな声をあげていた。
裕之はそれを軽蔑するように見たが、自分にはそういう目をする権利などないから、なんとかなだめようとした。
:11/05/07 22:21
:SH05A3
:☆☆☆
#718 [向日葵]
諦めたかのような態度をとった彼女だったが、電話で嫌がらせをしていたらしい。
それがわかったのは、馨が茉里の様子からわかったらしい。
馨自身も何度か電話をとったが、その度に毅然とした態度で言葉を倍返しされていたらしく、花形が裕之によりを戻してほしいと何度かまたヒステリックに声をあげていた時、馨との電話の内容をしゃべっていた。
『あの女、電話でなんて言ったと思います!?「これ以上、娘や裕之さんを傷つけたら許しません」!!違うでしょ!!あの女が加賀さんを傷つけてたんじゃないですか!!』
そんな馨の言葉が、裕之はいとおしくて仕方がなかった。
:11/05/07 22:22
:SH05A3
:☆☆☆
#719 [向日葵]
何ヶ月かそんなことを繰り返していたが、花形は疲れたようにいつも通りになった。
裕之には、どこか冷たかったが、裕之は気にはしなかった。
最初はどこかげっそりと、そして全身がトゲでもまとっているのではないかという雰囲気だったが、それも次第になくなっていき、元の花形らしい空気に戻っていった。
その頃には、裕之とも普通に接していた。
そしてしばらくして、花形は会社を辞めていった。
理由は知らないが、噂によれば、田舎に帰るとのことだった。
そこで結婚もするらしい。
:11/05/07 22:23
:SH05A3
:☆☆☆
#720 [向日葵]
花形は去る時、裕之に言った。
「今思えば、芸能人みたいな憧れがあったんですよ、加賀さんに。だから離したくなかったんです。だって芸能人を手放すなんて、勿体ないじゃないですか」
「だから好きではなかったんですよ」と、申し訳なさそうに言う花形に、「今の相手とはどうなんだ?」と訊くと、花が咲いたように笑った。
「大好きしか、出てこないですね!」
その笑顔を見た時、裕之は泣きそうになった。
そして心の中で、沢山の「ごめん」とそれより沢山の「ありがとう」を言ったのだった。
:11/05/07 22:24
:SH05A3
:☆☆☆
#721 [向日葵]
「それを、茉里には話さないんですか?」
裕之はにこりと笑って、椅子にかけてあったジャケットを手にとった。
帰る支度だと思えば、宗助は冷めきったコーヒーを一気飲みする。
冷めても美味しかったコーヒーを、暖かいまま飲みたかったと少し悔やみながら、伝票に手を伸ばす前に伝票をとられる。
「僕が誘ったんだ。長話にも付き合ってもらったのに、君に出させるわけないじゃないか」
「でも、あの」
「いいのいいの」
:11/05/07 22:24
:SH05A3
:☆☆☆
#722 [向日葵]
会計を済ませ、車に乗る。
シートベルトをしめながら、裕之は口を開く。
「茉里にはね、恨んでもらったままでいいんだ」
「え……」
車がゆっくり発進する。
ここにくる時の運転を抜きにすれば、裕之の運転は丁寧なものだった。
「茉里にまで許してもらったんじゃ、僕はただの幸せ者になる。僕がしたことは、決して許されることじゃない」
宗助はそれをきいて、うつむく。
茉里と付き合うまで、宗助は茉里に対してひどいことをした。
それでも彼女は手を広げて待っていてくれた。
:11/05/07 22:24
:SH05A3
:☆☆☆
#723 [向日葵]
そんな彼女に、ときどき心苦しくなる時がある。
だから、自分が表現出来る限りの「好き」を彼女に表す。
「許してほしいけど、許してもらえば苦しい。複雑で歪んだこの茉里への感情は、唯一、僕に残った罰なんだ」
「もし、茉里が許すと言ったら……?」
そう言うと、裕之は黙ってしまった。
宗助はふと思う。
茉里はもしかして、自分が「唯一の罰」だと感じている?
だから許せないのかもしれない、と。
:11/05/07 22:25
:SH05A3
:☆☆☆
#724 [向日葵]
それなら、もうそんな役目はやめてやってほしい。
茉里は、そんなことを望んではいない。
沈黙が続いたまま、車が停まった。
停まったのは、またもや茉里の家だった。
「もう遅いし、ご飯食べて帰りなさい。家の人には連絡するといい。……というか、予定は大丈夫かな?」
「はい。今日は母が仕事休みですから、妹は1人にしてないので」
「そうか。今日は悪かったね」
:11/05/07 22:25
:SH05A3
:☆☆☆
#725 [向日葵]
今思った。
裕之の笑った顔は、茉里と似ているんだな、と。
家に入ると、ドアの開いた音を聞いて、馨がやってきた。
「おかえりなさい。……あら?」
不思議そうに宗助を見る。
初めて見る茉里の母に、宗助も思わずじっと見つめ返してしまう。
するとまるで目で話しをきいたかのように、馨は急に納得して、茉里を呼ぶ。
「茉里ー、彼氏さんが来てるわよー」
:11/05/07 22:26
:SH05A3
:☆☆☆
#726 [向日葵]
馨の言葉に、遠くから「ええっ!?」と驚いた声がきこえたかと思うと、茉里が転ぶようにして玄関へやって来た。
「宗助!ど、して……っ」
「僕が夕飯に誘ったんだ。馨、夕飯はたくさんある?」
「ええ。丁度作りすぎたぐらいですから」
「この匂いは……。僕の好物だね」
「正解です」
:11/05/07 22:26
:SH05A3
:☆☆☆
#727 [向日葵]
夫婦の間に流れるやわらかな甘い雰囲気に、見てるこちらが恥ずかしくなりそうだったが、茉里は慣れっこなのか、手招きして宗助を家に入れる。
「ああなったら長いから。ほっといてかまわないよ。いつまでも新婚気分だから」
2階に上がると、木製のシンプルなドアがいくつかあった。
手前から2番目のドアが茉里の部屋のものらしく、茉里はそこを開ける。
妹の華名や栞とは違う、年頃の、しかも彼女の部屋に入るとなると、どこかドキドキするものだとは思うのだが、あっさりと通されれば、ドキドキすることすら忘れてしまっていた。
:11/05/14 22:46
:SH05A3
:☆☆☆
#728 [向日葵]
茉里の部屋は、洗いたての洗濯物のような、優しい匂いがした。
家具もベーシックな色で、宗助は落ち着いて入れた。
妹の華名は、淡いピンクだとはいえ、なんとなく落ち着かないのだ。
ところどころに小さなぬいぐるみがあったり、ポストカードが貼られているのを見れば、落ち着いた部屋にも女の子らしさを感じる。
ベッドが目に入った時に、少しだけドクリと血が熱くなったのは、男ならば仕方ないことだ。
:11/05/14 22:47
:SH05A3
:☆☆☆
#729 [向日葵]
「アイツと……なんの話してたの……?」
そのベッドに、茉里が腰をかけるものだから、宗助は少しドキリとする。
躊躇ないその行動は、宗助を信頼してるからこそだとは思うが(下に親もいるし)、信頼されすぎもちょっと困るものだと、心の中で苦笑いした。
「あのお2人の過去だよ」
「……そう」
「なあ茉里。親父さんを許せないのは、今も変わらないか?」
:11/05/14 22:47
:SH05A3
:☆☆☆
#730 [向日葵]
「……宗助……?まさか、アイツの話に同情したとか」
「そうじゃない」
言葉を途中で遮るように、宗助は否定する。
茉里の近くに座り、思ったことを言ってみる。
「おれは、茉里がもう許したいんじゃないかと思ったから」
「私が……?」
茉里は訳がわからないとでもいうように顔を歪ませる。
「怒らないでくれ。そんなつもりで言ってるんじゃないから」
:11/05/14 22:48
:SH05A3
:☆☆☆
#731 [向日葵]
茉里はそれでも、眉根を寄せたままだ。
怒っているというよりは、戸惑っているのだろう。
茉里の心情を確認してから、宗助は言葉を続ける。
「茉里はもしかして、親父さんの思ってることをわかってるんじゃって思っただけ」
「あいつの思い?」
「うん」
「なに?あいつの思いって」
:11/05/14 22:50
:SH05A3
:☆☆☆
#732 [向日葵]
「親父さんは……。茉里に嫌われたままでいることが、唯一の罰だって言ってた」
茉里は眉間のしわをさらに深くするが、その目は、どこか悲しそうに揺れていた。
「どうして私が、あんな奴の思うつぼにならなきゃなんないの……。それに、それが罰だと思ってるなら、万々歳よ」
「本当に?」
宗助はじっと茉里の目をみつめた。
問いただすように。
茉里の真意を見出だすために。
茉里の目は透き通っていて綺麗だが、その奥は暗く深くなっている。
彼女はきっと、その闇から出てこれずにいる。
:11/05/14 22:50
:SH05A3
:☆☆☆
#733 [向日葵]
幼い心に刻まれてしまった深い闇は、色を増していくばかり。
その闇を、どうすれば、薄めてやれる?
あとどれぐらい白を混ぜれば、灰色になる?
そして、白くなる?
茉里も宗助の目をみつめかえす。宗助の目はとても好きだ。
真面目で、けれど柔らかく自分を見守ってくれているから。
けれど今は、まるで脳天からまっすぐ棒をいれられたように突き抜けそうで、怖くて、そらしたくて仕方ない。
「…………っ」
:11/05/14 22:50
:SH05A3
:☆☆☆
#734 [向日葵]
何を言えばいい?
宗助は私に、どんな言葉を待っているの?
私に許せというの?
あんなひどいことした奴のことを?
私は許したい?
あの大きな手でまた、頭を撫でてもらいたい?
私は…………。
「わからない…………」
一粒だけ、涙が落ちた。
何が悲しいかわからない。
もしかすれば、嬉しいのかもしれない。
そんな感情すらも、わからなかった。
:11/05/14 22:51
:SH05A3
:☆☆☆
#735 [向日葵]
「本心は、許したいとか……思ってるかもしれない。でもそれはすぐに、大嫌いとか、許したくないとか、そんな思いに潰されて消えていく……。じゃあ許したいと思ったのは、偽善みたいなもので、もしかしたら、それよりひどい、あいつを憐れに思う心からくるものなのかなとか……」
許したい。
許さない。
大好き。
顔もみたくない。
光と影のように、いつも心にその2つはあって、結局自分は、どちらの思いが強いか、わからなくなっていった。
考えれば考えるほど、混乱して、吐きそうになって、考えるのをやめにした。
:11/05/14 22:51
:SH05A3
:☆☆☆
#736 [向日葵]
許したい。
でも許せばあいつばかりが救われる。
許さない。
それが自業自得というものだ。
「いや……。どうして……」
宗助、どうしてそんなこというの……?
近くにあったクッションを急に掴んだ茉里は、宗助に投げつける。
突然のことに戸惑った宗助は、まんまとそのクッションの餌食になった。
けれどそれだけじゃおさまらず、茉里は周りのまだあったクッションやら枕やらを投げてくる。
:11/05/14 22:51
:SH05A3
:☆☆☆
#737 [向日葵]
幸いなのが投げてくるのが柔らかいことだと、次々に飛んでくるものを避けながら宗助は呑気にもそう思った。
「どうして宗助が私の家族関係にそこまで首をつっこむの!!私の家族のことじゃない!!宗助は関係ないじゃない!!」
「ま……っつり……、ちょ……!」
「私があいつを許そうが許すまいがどうでもいいじゃない!!」
「茉里!!」
ようやく茉里の腕を掴んで制止させると、そのまま引っ張って、抱きしめる。
それでも、茉里は暴れた。
「ほっといて!!もうほっといて!!こんな……こんな思いさせないで!!」
宗助は力をいれておさえようとする。
女の子だと思って油断すると、拳で殴ってきそうな勢いだ。
:11/05/14 22:52
:SH05A3
:☆☆☆
#738 [向日葵]
茉里は泣いてない。
ただ混乱して、その混乱の中で更に混乱している。
「大嫌い大嫌い大嫌い!!宗助なんか大嫌い!!私は彼女でしょ!?彼女をこんな風にして楽しいの!?」
「落ち着け茉里……っ」
「帰って!!もう2度と私の前に現れないで!!もう宗助なんか……っ」
「落ち着け!!」
その鋭い声に、茉里はようやく動きを止めた。
力は入っているので、いつまた暴れだすかはわからないが、とりあえずは大人しくなった。
そんな茉里の頭を、慎重に撫でながら、宗助は話す。
:11/05/14 22:52
:SH05A3
:☆☆☆
#739 [向日葵]
「まず……、ごめん。こんな風になると思わなかった」
まだ力は入っている。
叫んでいたからか、茉里の呼吸も鼓動も、少し早い。
「あと、俺が心配なのは、茉里の家族関係じゃない。茉里、アンタだ」
もちろん、家族だって大切だ。
でも何より、茉里が壊れてしまうことが恐い。
茉里のことはよく知っている。
辛いのに笑ったり、本当に信頼した人にしか本音を吐かないし、弱音も吐かない。
:11/05/14 22:53
:SH05A3
:☆☆☆
#740 [向日葵]
体は1つなのに、体の隅々、足の指から毛の先まで、いっぱいを使って、我慢を蓄積する。
だから、もう、そんなことはしてほしくなかった。
「俺は別に、仲直りしろって言ってるんじゃない。ただ、恨むのは、恨まれるよりもきっと辛い」
それならもう、恨むのを諦めてほしかった。
この体が、壊れる前に。
「茉里に少しでも許そうって心があるなら、行動してみればいい。思っても、すぐに別の思いが邪魔するなら、また次にしよう」
そしてそれが積み重なって、疲れて、もう何も考えたくないと言うならば。
:11/05/14 22:53
:SH05A3
:☆☆☆
#741 [向日葵]
「俺がちゃんと、茉里の思いをきくから。今みたいになっていい。だから、全て突っぱねてしまうことだけは、やめよう」
例えば同じ空間にいること。
例えば一緒にご飯を食べること。
全てを拒否してしまえば、機会なんてうまれない。
それなら少しだけ機会が作れるようにしよう。
「…………結局、俺も言いたいことまとまってないよ」
ハハハと渇いたように笑うと、茉里の体の力が徐々に抜け始めた。
宗助はホッと静かに安心する。
茉里は力を抜くと、甘えるように、宗助の胸に頭をぐりぐりと押しつけながら埋める。
宗助は、優しく茉里を抱きしめる。
「……さい」
「ん?」
:11/05/28 20:10
:SH05A3
:☆☆☆
#742 [向日葵]
「ごめんなさい……。大嫌いとか……色々ひどいこと言った……」
「あー……。おあいこだろ、この場合」
ようやく元に戻った茉里の頭を、優しく撫でる。
撫でる度、いい香りがした。
裕之が言っていた甘い香りとは、このことだろうか。
「好き……」
「ん」
「『ん』……って……。もうちょっとなんかあるでしよ……」
「なんかって……」
:11/05/28 20:10
:SH05A3
:☆☆☆
#743 [向日葵]
茉里は顔をあげると、素早く宗助の眼鏡をとる。
急に世界がぼんやりしたことに戸惑う宗助の顔に茉里は唇を押し付ける。
両頬、額にし終えて、宗助の首に抱きつく。
「大嫌いって連発しちゃったから、訂正のチュー」
「随分と瞬間的な……」
「だって……」
歯切れ悪く口を閉ざすから、宗助は茉里の方を向くが、耳しか見えない。
というか、耳も端しか見えない。
:11/05/28 20:11
:SH05A3
:☆☆☆
#744 [向日葵]
「ほ……」
「ほ?」
腕をとくと、茉里の顔はほんのり赤かった。
「本当は……キスしたいけど、前みたいに宗助が……」
「……茉里の恥ずかしがるとこが、俺にはさっぱりだ。こうやって積極的なことするわりに、変なとこ恥ずかしいとか言うし」
けれど、そんな彼女をいとおしくも思う。
茉里がこんな姿を見せるのは、宗助に心を許してくれているからだ。
「それに……キスは宗助が初めてだし」
:11/05/28 20:11
:SH05A3
:☆☆☆
#745 [向日葵]
「あー、初めてなら仕方な……。ええ!?だってアンタ、俺より経験……」
「経験って言ったって2人ぐらいよ。あとは告白したりした時に『お前は無理だ』とか言われてただけ。みんなそのキス手前ぐらいまで付き合うと『ああコイツ重くて疲れる』って思って、別れ告げられるパターンなの」
ぽかんとしていた宗助だが、顔をしばらく伏せて、次に上げた時は、なんとも言えない笑顔を浮かべていて、茉里はこれ以上ないくらいドキリとした。
「な……何を笑って……っ!」
「ゴメン。だってそういうのが初めてだと思うと、嬉しくて」
:11/05/28 20:11
:SH05A3
:☆☆☆
#746 [向日葵]
ああもう!こんなこと思ったりこんな雰囲気になってる場合じゃないのに、どうして宗助はこんなに可愛いことをいうかなあー!?
ついさっき恥ずかしいだとか言ってたくせに、もう前のようなキスを、自分がしたくて仕方なくなってることに気づいた茉里は、とりあえず落ち着こうと深呼吸する。
「茉里ー、笹部くーん、ご飯食べましょー」
「あ、ハーイ!」
:11/05/28 20:12
:SH05A3
:☆☆☆
#747 [向日葵]
ふと下に裕之もいるのかと気づけば、憂鬱になった。
「今日の夕飯はカレー?」
「へ……。あ、うんそう。鼻いいね」
「カレーぐらいならわかるだろ」
ポンと頭を撫でてくれる宗助のおかげで、憂鬱な気分が少しなくなった。
ひそかにきゅっと宗助のブレザーの裾を握って、2人仲良く階段を降りる。
リビングに着いてから、宗助が「あれ?」と言う。
:11/05/28 20:12
:SH05A3
:☆☆☆
#748 [向日葵]
「あの、親父さんは……」
「ああ、仕事が少し残ってるから、先に終わらせちゃうんですって。もう終わった頃かしら。茉里、呼んできてくれる?」
茉里はぎょっとして、目を見開いた。
何故なら普段そんなこと言わないからだ。
馨は茉里が裕之を避けているのを知っているし、晩御飯だって、別々でも何も言わなかったのに。
「ど、どうして……っ!」
「ノックするだけでいいわ。じゃないとお客さんを連れてきた張本人のくせに、自分は顔を出さないなんて、失礼じゃない」
:11/05/28 20:13
:SH05A3
:☆☆☆
#749 [向日葵]
ならばお母さんが行けばいいじゃないと出かかったが、ノックするだけならいいかと言葉を口の手前でとめる。
せめてもの抵抗で、無言で裕之の元へ向かった。
宗助は心配そうに茉里と馨を交互に見るが、馨は微笑むだけだった。
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裕之の部屋へと続く廊下が、とてつもなく長く思えた。
気分はもう息切れでもしてりんじゃないかとすら思えた。
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:SH05A3
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#750 [向日葵]
ノックを……するだけ……。
足をとめ、いつの間にか着いてしまった裕之の部屋のドアを見つめる。
苦しいと思ったら、息をとめてた。
ゆっくりと手をあげ、軽く握る。
控えめな音で、硬いそのドアを2回叩いた。
中で、人が動く気配が少しした。
会いたくもないのなら、早くここから動けばいいのに、そうしたいのはどうしてだろう。
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:SH05A3
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