街がスカーレットに染まる時
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#50 [ぎぶそん]
エスカレーターで五階まで上がってそのまま正面を少し歩くと、一面音楽に包まれた世界が広がっていた。
ギター、ベース、ドラム、キーボード等、まさに楽器の宝庫といったところである。
一つの楽器だけでも数十種類とある。

「分からないことがあったら気軽に声をかけて下さいね」
一人でアコースティックギターを眺めていると、水色の制服を着た若い男の店員さんが声を掛けてきた。

真織が愛用しているマーティンのギターっていくら位なんだろう。
一、十、百、千、万、十万…うひゃー、想像以上に高い。数えるのやめた。

⏰:09/10/15 20:06 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#51 [ぎぶそん]
奥の方でドラムの叩く音がするなと思ったら、椎橋君がそれをやっているのが見えた。

「椎橋君もスピッツが好きなの?」
座って演り続ける彼に近づく私。

「いえ。でも伊藤からアルバム借りて聴いたみたら、なかなかいいなって思いました。
演奏もしっかりしてるし、中でもドラムがめちゃめちゃ上手いんですよ、スピッツって。
だからあいつと組むバンドではドラムを担当することにしました」

彼は今、どのドラムスティックを買うか品定めしているらしい。
ここにも真織の影響でスピッツに惹かれた人間がいた。

⏰:09/10/15 20:27 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#52 [ぎぶそん]
今度は真織の元に行ってみた。
彼は黒いエレキギターを肩に提げて、試しに何度も弾いていた。

「うん、これにする」
どうやらそれが自分にとって一番しっくりきたようだ。

メーカー名はフェンダー。値段は約七万円。
色、デザイン、全てが真織「っぽい」なと何となく思った。

「バイトして金に余裕が出来たら、あれを買うわ」
彼がギターが陳列してある壁の上部にある黄色いギターを指差した。

メーカー名はギブソン。
値段は…やめておこう。
バッグでいうヴィトン、グッチか。

⏰:09/10/15 20:44 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#53 [ぎぶそん]
真織は自分が選んだそのギターを、レジにて一括でお買い上げしていた。

彼の黒い長財布から、八枚の一万円札が姿を現し、店員さんの手に渡る。
今日はありったけの入学祝金を持って来ていたらしい。
おかげで当分の間は質素な生活だ、とレジを済ませた後嬉しそうに嘆く。

三人で固まり、どっか飯でも食い行きますかあ、と真織が言った後、私は二人に最後にもう一度だけアコギのコーナーが見たいと言った。
二人は面倒臭がる素振りを見せないで、私の希望を聞いてくれた。

⏰:09/10/15 21:08 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#54 [ぎぶそん]
「初めて買うんだったら、三万くらいが丁度いいと思うよ。
こんなのとかでいいんでない」

彼がヘッドにモーリスと書かれたギターを手に持つ。
そして近くに置いてあった腰掛けイスに座り、そのギターを頭の中でよぎった曲を弾きながら軽く歌いはじめた。

「走る 遥か
この地球(ほし)の果てまで
悪あがきでも 呼吸しながら
君を乗せて行く

アイニージュー
あえて 無料(タダ)のユートピアも
汚れた靴で 通り過ぎるのさ

自力で見つけよう 神様」

⏰:09/10/15 21:30 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#55 [ぎぶそん]
「その曲何て言うの」
「『運命の人』」

真織だけずるい。
何でも弾けて。

彼の余裕綽々な態度を改めて目の当たりにして、私は頑なにギターを購入する決意をした。
彼のアドバイスどおり、予算は三万円程度とみなして。
今まで派遣のでしかしたことなかったけど、私も何か長続き出来るアルバイトでも始めるとするか。

彼に負けないくらいギターを弾きこなせるようになりたい。
彼に追い付きたかった。

今度ここに来る時は、私は新品のギターを手に入れている。

⏰:09/10/15 21:45 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#56 [ぎぶそん]
数日後。放課後になり何となしに部室に久方ぶりに顔を出してみると、電気一つも点いていない薄暗い部屋で男女が抱き合っていた。
私の気配に気付くと、その二人は慌ててお互いの体を離す。

「あっ、お疲れ様です」
女の方が平然を装いながら、少し乱れた自分の髪を整える。

二人が足速でその場を立ち去る。

フレームなしの眼鏡をかけた男の方は、部屋を出るまで一切私と目線を合わせないようにしていた。
渋沢優哉。
私の元恋人。

⏰:09/10/16 00:16 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#57 [ぎぶそん]
「かなめは、太陽みたい」
「太陽?」
「うん。太陽みたいにあったかい」
長い時間、私と彼は無言のまま抱き合っていた。

――昔あった優哉とのこんなやり取りを思い出した。
付き合っていて一番、印象的だった出来事。
付き合っていて一番、彼のことを愛しいと思った瞬間。

部室に飾ってある一枚の写真を眺めながら、私は泣いていた。
去年の新入部員歓迎会の時に川原でやった、バーベキューパーティーの時のワンショット。
仲睦まじく両隣でピースをしている私と彼の姿。

優哉にとっての太陽は、もう私じゃないんだね。

⏰:09/10/16 00:35 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#58 [ぎぶそん]
同じ建物の中にあるトイレで化粧崩れを少し直して、外に出た。
近くの広場に幾つかある一つの大理石のテーブルを囲って、数人の男女がたむろしていた。

「お疲れ様でーす」
その中にいる灰色のパーカーを着た男が、私に向かって手を降る。
真織だ。
彼に手招かれるようにして、私もその輪の中に入る。

この日の彼はサングラスをかけていて、いつもよりぐんと大人っぽさが増していた。
彼の周りには彼と同級生らしき子たちと、彼の先輩にあたるらしき人たちも一緒にいた。
真織もこの大学にだいぶ馴染んでいるみたい。

⏰:09/10/16 00:52 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#59 [ぎぶそん]
「あ、この人は俺のルームメートの足立かなめさん。二年生」

真織がその場にいた全員に私のことを紹介すると、一同がどよめく。
ちょっとちょっと。二人の関係をこんなに公にしちゃっていいのかよ。

「えー!家でのマオリンはどんな感じなんですかあ?」
彼のその発言に食いついたようで、彼の隣に座っている小柄な男の子が私に話しかける。

ぷっ。『マオリン』だって。全く可愛らしい愛称じゃないの。

私はその反対隣に座わされると、様々な質問に答えさせられる羽目となった。

⏰:09/10/16 01:08 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


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