街がスカーレットに染まる時
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#1 [ぎぶそん]
どうもm(__)m
携帯を修理に出して今書いてるのが書き込めないので、暫くはこちらを書いていきます。
よろしくお願いします。

⏰:09/10/13 20:18 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#2 [ぎぶそん]
「その人、どうしても近くにいい物件を見つけられなかったらしくて。
その代わり、もちろん家賃は半分ずつ。少しでも貯蓄したいかなめには申し分ないと思うけど」
電話越しに、毛利佳奈の饒舌な口振りでの催促が続く。

「その人の名前は?」
「伊藤真織。イトウマオリよ」

真織さん。女か。

「分かった。でも、私もずっと住ませてあげるっていう保証はしないよ。トラブルを起こした際は早急に出て行ってもらう」

⏰:09/10/13 20:22 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#3 [ぎぶそん]
現在、現代社会に広く蔓延しているルームシェア。
私も大学の知人からの押し付けにも似た頼みにより、近日中に見ず知らずの人間と同じ屋根の下で暮らすこととなった。

同居人となる伊藤真織さんは年齢は私より一つ下で、この春から私と同じ大学に通うらしい。

電話を切った後、未知の同生活に向けて私は血眼で部屋の片付けに取り掛かった。
テーブルの上に山積みになっているカップ麺や弁当の空や、床に散らばっているプリントをゴミ袋に入れることから始まる。

⏰:09/10/13 20:36 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#4 [ぎぶそん]
同じ週の火曜日。伊藤さんの荷物と思われるものたちが、引っ越し業者のトラックによって運ばれてきた。
業者の人に渡されたのは、大型の段ボール二箱分。やけに少なくない?

そしてそのおまけにと、一つの黒いギターケースも受け取った。
へー。伊藤さんって楽器やるんだ。
少ない荷物なのに宅急便で送らなかったのは、こいつがあるからなのかな。

中身が入ってる様子のそれを、私は落とさないように慎重にリビング隅に置いた。

⏰:09/10/13 20:52 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#5 [ぎぶそん]
今日から一緒に住むことになる伊藤さんって、どんな人なんだろう。
渋々ルームシェアを承諾したものの、内心気にならずにはいられない。

私のこと見て、何と思うのだろうか。
凄く物静かな人だったら、どう付き合っていけばいいのか。
近所迷惑を気にしない、騒がしい人だったらどう出て行ってもらう口実をするか。

この共同生活、差し障りなく穏便に過ごせるといいけど。

そう思いふけっている途中で、部屋のインターホンが鳴った。

⏰:09/10/13 21:09 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#6 [ぎぶそん]
ようやく同居人との初顔合わせかも知れない。
手鏡で身だしなみを確認してから、ゆっくりと玄関のドアを開ける。

「足立かなめさん?」
私の予想は外れ、灰色のパーカーを羽織った背の高い黒髪の男の人がそこには立っていた。

「ええ、伊藤さんの知り合いの方ですか?
彼女ならまだこちらには顔を見せていませんよ」
彼を伊藤さんの身内か恋人と想定した上で話を進める。

「…いえ、俺がその伊藤真織です」
鼻の頭を人差し指で掻きながら、男の人は遠慮がちに言った。

⏰:09/10/13 21:22 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#7 [ぎぶそん]
私はその男の人、ならびに今日から一緒に住むことになる伊藤真織君を部屋に上げた。
上げたという表現も変か。
これから自分の住みかとなる場所に、たった今彼はたどり着いた。

「どういうこと。同居人が男の人だなんて聞いてないよ」
トイレに入ってすかさず佳奈に電話を掛けた私は、やや感情的になりつつ彼女に問いただす。

「だって、尋ねてもないじゃない」
揚げ足を取った様子で佳奈は笑った。

⏰:09/10/13 23:05 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#8 [ぎぶそん]
「いいじゃない。佳奈は会ったことないんだけど、その真織君って子、なかなかの美形らしいし。
どうしてもルームシェアが嫌っていうなら彼氏の一人や二人でも作ることね」

じゃあ佳奈、この後用事があるから、と彼女に告げられた所でお互い電話を切った。
最後の台詞は、最近失恋したばかりの私にはきついよ…。

私は今、とても面倒なことに巻き込まれているのだろうか。
それとも…。

⏰:09/10/13 23:16 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#9 [ぎぶそん]
その日の夕飯は、真織君が近所で買って来たコンビニ弁当を小さなテーブルを囲って食べることとなった。

目の前にいる得体の知れない彼は近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、とてもじゃないけど話しかけづらかった。
別に何か話したいとも思わないけど。

テレビも着けず物音一つしない部屋で静かに夕食の時間を過ごす。

「同居人が男って知ってがっかりな顔してる」
脚を立て行儀の悪い格好で黙々と弁当に箸をつけていた彼が、初めて口を割った。

⏰:09/10/13 23:26 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#10 [ぎぶそん]
「勘違いしてもらいたくないから最初に言っとくけど、俺は寝食する為にここにいる訳だから。
あんたに変なことして、ここを斡旋してくれた毛利さんって人に迷惑掛けるつもりもないんで」
白いご飯をばくばくと口に放り込みつつ、彼は言った。

初対面だというのに、初っぱなから生意気な口の聞き方をする彼に苛つく。
一応、私はあなたより一つ年上なんですけど。

ルームシェアと聞いて二人で部屋のインテリアに凝ってみたら時には友達として語り合ったりみたり、少しだけそんな想像をしていた自分が馬鹿みたいだった。

⏰:09/10/13 23:40 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#11 [ぎぶそん]
「煙草吸ってもいいっすか?」
食後の彼が手持ちぶさたになった様子で、ズボンのポケットから煙草の箱とライターを取り出した。

「どうぞ。ご勝手に」
読んでいる雑誌に目を向けたまま、私は彼の要求を受け入れる。
しまった。未成年に向かって「どうぞ」なんて言ってしまった。

彼は慣れた手つきで吸い始め、豪快に口から煙を吐いている。

佳奈が異性の一番好きな仕草は、煙草を吸ってる時だって言ってたっけ。
私からしてみたら、煙草を吸う若者の九割がただのかっこつけにしか見えないけど。

⏰:09/10/13 23:53 📱:N703iD 🆔:oNHA7wXY


#12 [ぎぶそん]
毎週欠かさずチェックしているお笑い番組を観終わった後で、私は彼より先にお風呂に入った。
彼の為に久しぶりに浴槽を洗いその浴槽に湯をはったいうのに、後でいい、とそっけなく言われたので。

念のためと、普段掛けない脱衣室の鍵を掛けている自分がいた。

いつにも増して、今日の疲れはとにかくひどい。
大方は気疲れといった所か。
何も考えずに、長いこと湯船に浸かったままでいた。

⏰:09/10/14 00:11 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#13 [ぎぶそん]
「出たよ。
湯が冷めない内に入ったら?」
テレビの隣にある棚から取り出したタオルで濡れた髪を拭きつつ、私は同じ空間にいる彼に声をかけた。

私の話が聞こえたのか、その彼はベランダのドアを開けて壁にもたれかかったまま、音量を気にしつつ弾き語りをしていた。
昼間私が部屋の隅に置いていた黒いギターケースが、彼の側で開いたままでいた。

乾いたギターの静かなアルペジオの音と、彼の小さな歌声が私の耳にも聴こえてくる。

⏰:09/10/14 00:29 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#14 [ぎぶそん]
「離さない このまま時が流れても
ひとつだけ小さな赤い灯を
守り続けていくよ

喜び 悲しみ 心ゆがめても
寒がりな二人を暖めて
無邪気なままの熱で

乱れ飛ぶ声に かき消されて
コーヒーの渦に溶けそうでも
ゆらめく陽炎の向こうから
君が手を伸ばしたら

離さない 優しく 抱きしめるまで
何もかも忘れていられるよ
ほこりまみれの街で」

⏰:09/10/14 00:39 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#15 [ぎぶそん]
「好きなの?スピッツ」
タオルを持つ手を動かしたまま、私は彼の側に座った。

「別に」
彼はをあぐらをかいた脚の上にギターを置き、近くにほっぽってあった煙草の箱に手をつけた。

嘘おっしゃい。
あんたのその性格に似合わない清涼感漂う歌声といい、明らかに全てがボーカルを意識したようなものじゃない。
きっと、少しでも理想に近づきたくて練習したんでしょ。

私はケースの中に入ってあった楽譜に映っているボーカルの横顔を見つめた。

⏰:09/10/14 00:55 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#16 [ぎぶそん]
「曲名の『スカーレット』って何の意味?花の名前か何か?」
その楽譜を手に取り、彼がたった今歌った曲の項目のページを開いた。
とても綺麗なメロディーラインだと思うし、私も弾けるように練習してみようかな。

「緋色に近い色のことらしいよ」
彼が灰皿に煙草の灰を落とす。

「ふーん。赤っぽい色か」
頭の中で色を想像する。

「ぷっ。あはは」
突然、彼が笑い出した。

⏰:09/10/14 01:05 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#17 [ぎぶそん]
「何?」
「いや、俺と同じように思ってた人がいるんだなあって思って。
後、あんた化粧してる時の顔と素顔が全く変わらなさすぎでウケる」

彼が煙草の煙でむせ返りながら笑い続ける。
私の眼を、ここに来て初めてまともに見てくれた瞬間。

「何よ!ちょっとあんたの足元にあるそいつを貸しなさいよ」
催促するように両手を伸ばす。

「弾けんの?」
私にギターを渡すと、彼が意地悪そうな笑みを浮かべる。

⏰:09/10/14 01:19 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#18 [ぎぶそん]
「弾けない。教えて」
渡されたばかりのギターを彼に返す。

「ぷっ、何それ。
初心者向きの『チェリー』からでも練習してみれば?
一ヶ月もあれば弾けるようになるよ」

「歌って」
「気分じゃないからやだ」「歌ってよ」

しょうがねえなぁ、と言いながら煙草を灰皿に押し付けると、私のリクエストに応えて「チェリー」を歌いだした。
少しは彼とも打ち解けてきたかな、そう思いながら私は彼の歌を側で聴いていた。

⏰:09/10/14 02:27 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#19 [ぎぶそん]
「やべぇ。今日こっちで寝具一式買うの忘れた」
風呂上がりの彼が、顔を歪ませて呟いた。

「はい、これ貸してあげる。今日寝る時はそれ使っていいよ」
私は彼にタオルケットを差し出し、リビングの中央にある長年愛用している白い折り畳みイスを指差した。

「明日の入学式は何時から?目覚ましセットしておく」
「九時半から入場だから、七時頃には目を覚ましたい」

私はベッドの備え付けに置いてあった置き時計を、明日の朝七時に鳴るように目覚ましの針を合わせた。

⏰:09/10/14 02:42 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#20 [ぎぶそん]
彼に了承を取り、部屋の電気を消した。
長い一日がようやく幕を閉じる。

「これ、なかなか寝心地いいんだけど。
布団買う手間省けそう」
真っ暗闇の中の彼のユーモラスな発言に、私は声を出して笑った。

「…大学ってどんな感じ?」

私の笑いがおさまると、次はこんな質問をしてきた。
気になるんだ。
真織君も明日から大学生の仲間入りだしね。

「少なくとも共同生活よりは、神経を張り巡らす必要がない所だよ」
私は自分で言った台詞に対してふふふと少しだけ笑った。

⏰:09/10/14 02:57 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#21 [ぎぶそん]
「…悪かったな。
あんたの楽しい大学生活、俺がぶっ壊しちまって」
何を思ったのか、彼の雰囲気がしんみりとしてきた。
ただの生意気な少年かと思ってたけど、一応悪気があるとか可愛いところあるじゃん。

「別に。この広い部屋を一人きりで過ごすのももったいないって思ってたし」
って、これは少し嫌味になるかな。

「…俺のことは呼び捨てで構わないよ。
俺はあんたのことを名前では呼ばないけど」
何だそれ。やっぱり生意気は生意気か。

「おやすみ。真織」
彼に背を向けるように、私は寝返りを打った。

⏰:09/10/14 03:08 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#22 [ぎぶそん]
翌朝目覚ましのベルで起きると、私も彼のスケジュールに合わせて朝食の準備をしたりせわしなく動く。
何か今の私、芸能人の付き人みたい。

「ちょっとネクタイ結んでくんない?」
皿洗いの途中、脱衣場にいた彼に呼ばれた。

「私、あなたの奥さんじゃないんですけど」
未完成の晴れ姿の彼に見惚れる間もなく、指示どおりに赤いネクタイを結んであげる。

「まあ、そう堅いこと言わないで」
「で、本当の理由は?」
「…中学も高校の時もずっと学ランだった」
ぷっ。結べないなら結べないって素直に言えばいいのに。

⏰:09/10/14 03:25 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#23 [ぎぶそん]
「昼はその辺のファミレスで食べてくるから用意しなくていいよ。
で、夜は俺の入学祝を兼ねてパァーッと焼肉でも食いに行こうぜ。
もちろん、あんたの奢りで」
玄関で革靴を履きドアを開けた彼が、ドアノブに手を掛けたまま私の目を見て歯を剥き出しにしてにやけた。

「そう年上の女にたからないで下さいな。
それに今日は、佳奈があんたの顔見たさに遊びに来るらしいよ。佳奈っていうのは、あんたにここを紹介した毛利さんのことね。
今晩は三人でお好み焼きパーティでもしましょうってさ」

お好み焼きかあ、それも悪くないなとぼやくと、彼は玄関のドアを閉め、外に出た。

⏰:09/10/14 03:45 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#24 [ぎぶそん]
昼過ぎ、約束どうり佳奈が私の部屋を訪ねてきた。

「どう?共同生活を一日終えてみて」
彼女が共同生活の差し入れにと、大きな紙袋から即席めんや袋菓子などの食糧を次から次へと取り出してテーブルに並べる。
今回私に頼んだこと、彼女自身も内心申し訳なさを感じているようだ。

「もう最っ悪。…ってのは嘘で、良くも悪くもないってところかな」

「で、その伊藤真織君がカッコいいっていうのは本当?佳奈、一目惚れでもしちやったらどうしよう〜!」佳奈が紙袋から取り出すスピードを速める。

⏰:09/10/14 04:05 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#25 [ぎぶそん]
おいおい。同じサークルの何トカクンが好きだとかいう話はどうなったのよ。
そう思いつつ、彼女に私が感じた限りの真織の特徴を伝える。

まん丸な眼に、綺麗に整えられた眉。
鼻は普通より高くて、唇は少しぼてっとしてる。
輪郭はシャープで、羨ましい限りの小顔かも。
髪の色は黒くて、毛先には緩やかにパーマがかかっていたかな。
身長は一七八センチくらい。ファッションはカジュアル系。

私の表現がよっぽどうまかったのか、佳奈は自身の想像上の真織に思いを馳せる。

⏰:09/10/14 04:19 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#26 [ぎぶそん]
でも、私にとって真織という少年の特に印象深かった部分は、セブンスターの煙草とマーティンのギター、透明感のある歌声、この三つ。
そうはっきりと思ったけど、佳奈には云わなかった。どうせ伝わらないだろうし。

「それから彼は、スピッツがとても好きみたいよ」
ベランダ近くで無造作に置かれてあった楽譜を佳奈に見せた。

「佳奈はあっちのがいい。『ダーリンダ〜リン』の人たち」
「ミスチル。私は別にどっちでもないな」

何てのは嘘。昨日の一晩で、スピッツという音楽アーティストに興味を持ったことは確か。

⏰:09/10/14 04:30 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#27 [ぎぶそん]
夕方、二人でうとうとしかけていると本日の主役の真織が帰って来た。
手には本屋の手提げ袋か。
また新しい楽譜でも買ったのかな。

「キャー!想像どおりの色男!
でもやっぱり、鈴木君の方がカッコいいかなぁ」

佳奈のハイテンションに、さすがの彼も少々たじっている様子だった。
でもまあ良かった。佳奈が彼を好きとかになったら、ますます話がややこしくなりそうだし。

佳奈と私はホットプレートを敷いたりと、夕飯の準備に取り掛かった。
部屋着に着替えた真織は、私たちの様子を何もしないではたからただ見ていた。

⏰:09/10/14 04:48 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#28 [ぎぶそん]
「それでは、真織君の入学を祝って乾杯〜!」

佳奈と私が昼間にコンビニで買ってきたコーラ片手に、祝杯を上げる。
本当は缶酎ハイ片手に、といきたいところなんだけど三人ともまだ未成年だし。

まあ、この中で一番若い彼はお構い無しにスパスパ煙草を吸ってるけどね。

佳奈お手製のお好み焼きを三人で味わいながら、佳奈がひたすら真織に質問をしそれを彼が受け答えする状態が続いていく。
その話の中で分かったことは、彼は理学部に進学するってこと、そして彼女はいないこと。

⏰:09/10/14 15:39 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#29 [ぎぶそん]
「真織君、何かサークルには入るつもり?
サッカー部だったらマネージャーとして佳奈もいるからね」
佳奈が缶コーラを一口飲んでから言った。

「軽音学部に入るつもり」
お。そうくるかなと思ってました。
彼がお好み焼きの皿を綺麗にたいらげた。

「高校の時は周りに自分と趣味の合う奴がいなかったから、大学では同じ趣味の奴に出会って一緒に演りたい」
そして今度は、コーラを一気に飲み干した。

自分の趣味って、スピッツのことなのかな。
中高生にとってはバンプやアジカンといったバンドの方が馴染みがあるしね。

⏰:09/10/14 16:05 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#30 [ぎぶそん]
「足立さんは何かサークル入ってるんすか?」
彼が脚を崩し、テーブルに置いてたセブンスターの箱から煙草を一本取り出した。
よそよそしく名字でなんか呼んじゃって。

「かなめはね、今写真部に入ってるけど、同じ写真部にいた彼と別れちゃったから辞めるかもって」
私が質問を返す前に、代わりに佳奈が答えた。
他人の不幸は密の味といわんばかりににやにやしてる。

「ありがちな退部理由だな」
彼がライターの火を煙草に押し当てる。

⏰:09/10/14 16:19 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#31 [ぎぶそん]
「そんな下らないことで辞めたりしないよ。」
私は空いた袋菓子を集めゴミ箱に入れ始めた。

この部屋の壁には、私の撮った写真があちこちと貼られてる。三段ボックスの上には愛用の一眼レフカメラを飾ってる。
今それら全ては私の中で何らかの意味をなしていて、私は怯えている。いつかそれら全てがガラクタとなる瞬間を。

夜の八時を過ぎて、親からの帰宅の催促の電話を受けて佳奈は帰る準備をし始めた。
玄関先で送ろうか、と真織と二人して尋ねたが地下鉄で帰るから大丈夫と笑って答えた。

⏰:09/10/14 16:45 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#32 [ぎぶそん]
「すげぇ明るい人だなぁ、毛利さんって。
俺てっきり、もっと落ち着いててしっかりした人を想像してた」

彼がベランダの窓を開け、壁にもたれた。そして、自分の元にギターケースを引きずり中を開ける。
昨日と同じように、その近くに座る私。
春の夜風が、穏やかな速さでこの部屋に入ってくる。

「確かにちょっと空気読めない部分もあるけど、私が大学で一番親しくしてるのは彼女だよ」
「へぇ」
「大事な友達なの」

一弦一弦の音を軽く確認した後、彼はあまり音を立てずにアルペジオ方式で静かに弾き出した。

⏰:09/10/14 17:03 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#33 [ぎぶそん]
「それで?スピッツを好きになったきっかけは?」
歌なしの彼の弾く「スターゲイザー」を聴きながら、私は顔に屈託のない笑みを浮かべていた。

「何であんたにそんなこと言わなきゃいかんの」
「あんたが誰が好きだろうが何時彼女が出来ようが興味はないけど、それくらい教えてくれたっていいじゃない。同じ家に住む者として」

「わかんない。気がついたら心の中に入ってた。
小五の時、親父に連れてってもらった彼らのライブがきっかけといえばそうなのかも知れないけど、何時好きになったのかは自分でも覚えていない」

⏰:09/10/14 17:14 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#34 [ぎぶそん]
彼が今弾いてるのを途中で止めると、今度は「スカーレット」を弾き出した。
私が彼のことを同居人として悪くはないかな、と思うきっかけとなった曲。

その場を立ち上がった私はボックスの上にあった一眼レフカメラを手に取り、再び彼の近くに腰を下ろした。

「私も、何時これに興味を持ったかなんて覚えていない。しいていうなら、小学生の時に観た『めぐり逢い』ってドラマで福山雅治が演じてた役の部屋に貼られた写真いっぱいの壁が印象的だったからかな。

カメラを手の中で転がすように触り続ける。

⏰:09/10/14 18:04 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#35 [ぎぶそん]
「私、この街であなたが出会ったスピッツファンの第一号でいいよ」
「へぇ。大体好きになってどれくらい?」
「一日」
「何それ」

気持ち的に、お互い目を見て笑い合う回数も増えていく。
彼の弾く忠実にスピッツの世界観を再現しかつ、自分の愛するモノとして独創性を放つ曲たちが、一晩中この部屋のBGMとして流れ続けた。

真織。あんたのおかげで二年目からの大学生活は爽やかに送れそうな気がするよ。
いつから横になり体を丸くしている私は、ベランダから見える夜空に一つだけ輝いている星を眺めていた。

⏰:09/10/14 18:22 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#36 [ぎぶそん]
翌朝。二人してベランダの窓を開けっ放しにしたままその場で寝ていたのには驚いたのと笑った。

「今日は一日どっかドライブに行こうや。明日から二人共学校始まるし、これからお互い顔を合わせる機会も減っていくからよ」
「生憎、私は車は持ってないよ。それとも提案者のあなたが持ってるというのかしら」

洗面台に二人並んで歯を磨きながら、三面鏡に向かって会話を続ける。
その鏡には、生気の薄れた寝ぼけ眼の二人の顔が映る。

⏰:09/10/14 18:40 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#37 [ぎぶそん]
「これだよ、これ」
共に出掛ける準備をし部屋を後にした後、彼がアパートの駐輪場に止めてあった大型二輪を出した。
煙草とギターと同じくらいの愛用品らしい。

引っ越しの際も実家の埼玉からここまで来たのもこれ一本だったとも話す。

全体的に黒っぽいそのオートバイは、年齢の割に少し落ち着いた雰囲気のある彼の愛車とするにはぴったりだと感じた。

「捕まって」
彼に渡されたルメットを着け、彼の後ろに同乗する。
バイクに跨ぐのはこれが生まれて初めて。

⏰:09/10/14 18:55 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#38 [ぎぶそん]
自分の両腕を彼の腰に回す。彼の背中に顔を歪ませると、その匂いがほのかに漂ってくる。二人の距離がゼロになる。

「ちょっと、そんなくっつかないで。あんたの豊満な胸が俺の背中に当たってる」
「うるさい」
私は回す腕の力をもっと強めた。

彼がエンジンを吹かせ、勢いよく発進させた。
自分たちと平行して動く自動車らと同等に、車道を真っ直ぐ走り続ける。
バイクが生み出す追い風が、彼が着ている灰色のパーカーを膨らませる。
速やかに視界を移動し続ける景色を眺める余裕もなく、私は彼にしっかりしがみついていた。

⏰:09/10/14 19:16 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#39 [ぎぶそん]
「どう?今の気分は?」
「最高」
言葉もいらないくらいに。

「行き先なんて特に決めてないけどいいよなあ?
まさに俺の人生と同じ。適当、いい加減」

走る音で前に座る彼には聞こえてないかも知れないけど、私は声に出して笑っていた。

適当でいい加減なのは私も同じ。
だからあなたは今ここにいる。

お互いの適当加減で私たちはこうして巡り合い、そして今同じ二輪に乗って目的のない旅に出ている。

今の私はそんな行き当たりばったりな人生を楽しんでる。そして満足してる。

⏰:09/10/14 19:27 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#40 [ぎぶそん]
昼近くになりお互い空腹を感じた頃に、目についたパスタ屋に入り昼食を取った。

その後延々と街を走り続け、夕方、町外れの人気のないバス停のベンチに二人で腰かけた。近くの自販機で彼が買った同じ缶コーヒーを二人して口にする。

「前付き合ってたっていう写真部の彼とは何が理由で別れたの」
「何であんたにそんなこと言わなきゃなんないの」
「別に。一同居人としてただ聞いてみただけ」

辺り一面、田んぼだらけの景色が夕焼け色に染まっていく。

⏰:09/10/14 19:52 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#41 [ぎぶそん]
「…縁がなかったからじゃない。ただそれだけのこと」
「未練は?」
「微塵もない」
「冷めてるね」
「他人のことに首突っ込んでばかりいないで、あんたの方はどうなのよ」
「内緒。あんたには絶対言わない」
「別に言わなくていい」
「何それ。足立さんって時々うざいですよね」
「あんたの方がうざい。おまけに生意気だし」
「クールだと言って」
「うざっ」

都会から離れた閑寂な町並みの中から、二人の抑揚なく羅列し続ける話し声だけが聞こえる。

⏰:09/10/14 20:14 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#42 [ぎぶそん]
「足立さんは夢とかあるんすか?法学部に在学中ってことは将来は弁護士?検事?裁判官?」
「…検事」
「ヒュー。あんまり夜遅くまで連れ回したりしたら怒られるなこりゃ」

缶コーヒーを飲み干すと、彼はその空いた缶をくずかごに投げ入れた。

「真織は夢とかあるの」
「んー。普通のサラリーマン」
「普通だね」
「でね、副業として作家の仕事にも手をつけんの。家に帰ってから毎日少しずつ原稿を書き上げていってさ。実際の所はそれが一番の夢」

やや興奮ぎみに将来を語る彼の横顔を、私は瞬き一つしないで見ていた。

⏰:09/10/14 21:09 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#43 [ぎぶそん]
「ほんなら、暗くなる前に我が家へと帰りましょうかぁ。検事の卵さん」
ベンチから立ち上がった彼が、履いているジーンズの後ろをはたく。

後ろポケットに繋がっているチェーンには色んな鍵がじゃらじゃらと着けられていて、その中には共同生活初日に私が渡した合鍵も混じっていた。
二人の繋がりをそこはかとなしに再確認する。

「…他に好きな人が出来たって言われたからだよ」
来る時と同じように彼の後ろでバイクを跨ぎ、彼の腰に腕を回した。
さっきは何とも思わなかったけど、何か後ろから抱きついてるみたいだ。

⏰:09/10/15 01:46 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#44 [ぎぶそん]
「へ?」
彼が気持ち、顔を後ろにやる。
「彼と別れた理由」
私がそう付け加えると、彼は何もせず何も言わないままでいた。

「私と出会った全ての人間は、いずれ私の前から姿を消すんだ。あんたも例外なしにね。
いつかあなたも、良い意味でも悪い意味でも私の前からいなくなる」 

花や草木はたちまち枯れゆき、動物や生き物はやがて死ぬ。
全ての物事が皆、終わる方向へと進んでいく。

人と人との出会いも、別れゆく運命を無邪気に辿って行く。
後どのくらい、自分の元から過ぎ去っていく背中を黙って見届けるのだろう。

⏰:09/10/15 02:14 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#45 [ぎぶそん]
「でも、少なくとも今の俺はかなめの目の前にいる。
そーんな遠い先のことより、今日の夕飯のことでも考えましょうや」

そう言い残した後、彼がバイクにエンジンをかけた。
一時間ほどいた場所から、たちまち二人の男女は離れていく。

彼が先ほどの台詞を、どんな顔をして言ったのか見たかった。
見知らぬ土地に、私は理由のない一粒の涙を置き土産として落とす。

元来た道をひたすら追っていくだけのドライブの最中、彼の後ろで私は今晩は何が食べたいかだけを考えていた。

⏰:09/10/15 02:37 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#46 [ぎぶそん]
翌日から、前期の講義が開始となった。
予想どおり、同じ部屋に住んでいながら私と真織が接する時間も一日の半分以下となった。

一週間が経ち、久しぶりに一緒に家で夕飯を食べた。
茶碗に白いご飯にお茶漬けの素と沸騰した湯をかけただけのものを、箸の音を立ててかきこむ。

「俺友達出来たよ。同じ学科の椎橋孝太郎って奴」

会話はもっぱら、お互いの近況のことで、第一声に彼が私にこう報告した。
顔には出さないけど、嬉しそうなのが伝わる。
私には何だか、それが自分のことのように嬉しかった。

⏰:09/10/15 02:57 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#47 [ぎぶそん]
「今日二人で軽音学部の見学もしてきた。
そんで、今週の休みにエレキを買うつもりなんだけど、良かったらかなめも一緒に来ん?」

茶漬けを一粒残らず食した彼が、携帯をいじりながら会話を続ける。
椎橋君って子と連絡取ってんのかな。

「私、ギターに関する知識なんて全くないよ」
「俺があるからいい」
気がつけば、彼は煙草を一本吸っていた。

さっきからこの部屋からは、彼がかけたスピッツのアルバム曲が延々とコンポのスピーカーから流れている。
この部屋がどんどん音楽に染まっていく。

⏰:09/10/15 03:17 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#48 [ぎぶそん]
日曜日。真織と二人で街へと赴く。
そこで、真織の友人の椎橋君という子と初顔合わせをした。
染めたての茶色い髪と、真織とは対照的なへらついた顔が印象的だった。

「こちらは、前言ったルームメートの足立かなめさん。」
真織が彼に紹介したところで、そこで私は改まって椎橋君に頭を下げた。
私のこと、予め彼に言ってたんだ。

「えっ、女の人だったんだ!てっきり名前からして男かと思ってた」
椎橋君が垂れた目を大きく見開く。

⏰:09/10/15 03:31 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#49 [ぎぶそん]
「俺も最初は男かと思って色々事を運んでたら、住むことが決まった後で女って知って。
まあ女みたいな名前の俺が言うことじゃないけどな」
真織がその場で一服、といった感じで煙草を吸いだす。
反対の手には携帯灰皿を持っていて、その中にこまめに灰を落とす。

名前だけでは性別が断定出来ない二人。
そうじゃなかったら、私たちの運命はどうなっていたのかな…。

真織がその煙草を吸い終わって、私たち三人は駅の近くの建物の五階にある、都内では最大の広さとなる楽器屋へと向かった。

⏰:09/10/15 19:53 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#50 [ぎぶそん]
エスカレーターで五階まで上がってそのまま正面を少し歩くと、一面音楽に包まれた世界が広がっていた。
ギター、ベース、ドラム、キーボード等、まさに楽器の宝庫といったところである。
一つの楽器だけでも数十種類とある。

「分からないことがあったら気軽に声をかけて下さいね」
一人でアコースティックギターを眺めていると、水色の制服を着た若い男の店員さんが声を掛けてきた。

真織が愛用しているマーティンのギターっていくら位なんだろう。
一、十、百、千、万、十万…うひゃー、想像以上に高い。数えるのやめた。

⏰:09/10/15 20:06 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#51 [ぎぶそん]
奥の方でドラムの叩く音がするなと思ったら、椎橋君がそれをやっているのが見えた。

「椎橋君もスピッツが好きなの?」
座って演り続ける彼に近づく私。

「いえ。でも伊藤からアルバム借りて聴いたみたら、なかなかいいなって思いました。
演奏もしっかりしてるし、中でもドラムがめちゃめちゃ上手いんですよ、スピッツって。
だからあいつと組むバンドではドラムを担当することにしました」

彼は今、どのドラムスティックを買うか品定めしているらしい。
ここにも真織の影響でスピッツに惹かれた人間がいた。

⏰:09/10/15 20:27 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#52 [ぎぶそん]
今度は真織の元に行ってみた。
彼は黒いエレキギターを肩に提げて、試しに何度も弾いていた。

「うん、これにする」
どうやらそれが自分にとって一番しっくりきたようだ。

メーカー名はフェンダー。値段は約七万円。
色、デザイン、全てが真織「っぽい」なと何となく思った。

「バイトして金に余裕が出来たら、あれを買うわ」
彼がギターが陳列してある壁の上部にある黄色いギターを指差した。

メーカー名はギブソン。
値段は…やめておこう。
バッグでいうヴィトン、グッチか。

⏰:09/10/15 20:44 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#53 [ぎぶそん]
真織は自分が選んだそのギターを、レジにて一括でお買い上げしていた。

彼の黒い長財布から、八枚の一万円札が姿を現し、店員さんの手に渡る。
今日はありったけの入学祝金を持って来ていたらしい。
おかげで当分の間は質素な生活だ、とレジを済ませた後嬉しそうに嘆く。

三人で固まり、どっか飯でも食い行きますかあ、と真織が言った後、私は二人に最後にもう一度だけアコギのコーナーが見たいと言った。
二人は面倒臭がる素振りを見せないで、私の希望を聞いてくれた。

⏰:09/10/15 21:08 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#54 [ぎぶそん]
「初めて買うんだったら、三万くらいが丁度いいと思うよ。
こんなのとかでいいんでない」

彼がヘッドにモーリスと書かれたギターを手に持つ。
そして近くに置いてあった腰掛けイスに座り、そのギターを頭の中でよぎった曲を弾きながら軽く歌いはじめた。

「走る 遥か
この地球(ほし)の果てまで
悪あがきでも 呼吸しながら
君を乗せて行く

アイニージュー
あえて 無料(タダ)のユートピアも
汚れた靴で 通り過ぎるのさ

自力で見つけよう 神様」

⏰:09/10/15 21:30 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#55 [ぎぶそん]
「その曲何て言うの」
「『運命の人』」

真織だけずるい。
何でも弾けて。

彼の余裕綽々な態度を改めて目の当たりにして、私は頑なにギターを購入する決意をした。
彼のアドバイスどおり、予算は三万円程度とみなして。
今まで派遣のでしかしたことなかったけど、私も何か長続き出来るアルバイトでも始めるとするか。

彼に負けないくらいギターを弾きこなせるようになりたい。
彼に追い付きたかった。

今度ここに来る時は、私は新品のギターを手に入れている。

⏰:09/10/15 21:45 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#56 [ぎぶそん]
数日後。放課後になり何となしに部室に久方ぶりに顔を出してみると、電気一つも点いていない薄暗い部屋で男女が抱き合っていた。
私の気配に気付くと、その二人は慌ててお互いの体を離す。

「あっ、お疲れ様です」
女の方が平然を装いながら、少し乱れた自分の髪を整える。

二人が足速でその場を立ち去る。

フレームなしの眼鏡をかけた男の方は、部屋を出るまで一切私と目線を合わせないようにしていた。
渋沢優哉。
私の元恋人。

⏰:09/10/16 00:16 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#57 [ぎぶそん]
「かなめは、太陽みたい」
「太陽?」
「うん。太陽みたいにあったかい」
長い時間、私と彼は無言のまま抱き合っていた。

――昔あった優哉とのこんなやり取りを思い出した。
付き合っていて一番、印象的だった出来事。
付き合っていて一番、彼のことを愛しいと思った瞬間。

部室に飾ってある一枚の写真を眺めながら、私は泣いていた。
去年の新入部員歓迎会の時に川原でやった、バーベキューパーティーの時のワンショット。
仲睦まじく両隣でピースをしている私と彼の姿。

優哉にとっての太陽は、もう私じゃないんだね。

⏰:09/10/16 00:35 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#58 [ぎぶそん]
同じ建物の中にあるトイレで化粧崩れを少し直して、外に出た。
近くの広場に幾つかある一つの大理石のテーブルを囲って、数人の男女がたむろしていた。

「お疲れ様でーす」
その中にいる灰色のパーカーを着た男が、私に向かって手を降る。
真織だ。
彼に手招かれるようにして、私もその輪の中に入る。

この日の彼はサングラスをかけていて、いつもよりぐんと大人っぽさが増していた。
彼の周りには彼と同級生らしき子たちと、彼の先輩にあたるらしき人たちも一緒にいた。
真織もこの大学にだいぶ馴染んでいるみたい。

⏰:09/10/16 00:52 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#59 [ぎぶそん]
「あ、この人は俺のルームメートの足立かなめさん。二年生」

真織がその場にいた全員に私のことを紹介すると、一同がどよめく。
ちょっとちょっと。二人の関係をこんなに公にしちゃっていいのかよ。

「えー!家でのマオリンはどんな感じなんですかあ?」
彼のその発言に食いついたようで、彼の隣に座っている小柄な男の子が私に話しかける。

ぷっ。『マオリン』だって。全く可愛らしい愛称じゃないの。

私はその反対隣に座わされると、様々な質問に答えさせられる羽目となった。

⏰:09/10/16 01:08 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#60 [ぎぶそん]
「家賃は二人で半分ずつ払うんですか?」
「そうです」
「食事は足立さんが作ってやってるんですか?」
「…そうですね」

インスタントラーメンに冷凍食品、お茶漬け、とても調理したとは言えないものだけど。

「マオリンは普段何のテレビを観ていますか?」
「『北斗の拳』の再放送」

二人とも民放はほとんど観ないんだよね。

「マオリンに対して出ていけって思ったことはありますかあ?」
「今のところはまだないです」

この現状がずっと平行したまま続くのだったら、これからもないかも知れない。

⏰:09/10/16 01:26 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#61 [ぎぶそん]
「おうよ!俺はテツローと違って平和主義者だから、トラブルとは無縁なの。
あーっ。そんなことより煙草吸いてえ」
真織がテーブルに自分の顎を置く。

私たちが通っているこの大学は、数年前から敷地内を全て禁煙としている。
ヘビースモーカーの彼にとっては実に応うことだろう。

「あっ、部屋がどんどん煙草臭くなってるのに気づいた時は出ていけって思いました」

私のこの発言に、一同が笑う。

軽音学部の人たちとは接する機会がないだろうと思ってたけど、今日一日で顔見知りの人たちが数人出来た。
なんか暖かい。

⏰:09/10/16 01:42 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#62 [ぎぶそん]
「あー!もうダメ!
煙草吸いてえ!
足立さん、帰ろうや」

勢いをついて真織が立ち上がる。
敢えて私のことを名字で呼んでいるのは、周りに親密さを悟られたくないからであろう。

「おー、仲良いんだねえ」三年の田口さんという男の人が、にやけ顔で言う。

「足立さんは最近歩いて帰るのが面倒臭いそうで、俺をアッシーと使ってるんです」
真織がその人にバイクの鍵を見せる。

ここ最近、放課後は彼と一緒にバイクで帰ってる。
徒歩が嫌というのもあるけど、ただバイクに乗るのが好きなんだ。
真織のバイクに乗るのが。

⏰:09/10/16 01:58 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#63 [ぎぶそん]
「ここまで来たらもう大丈夫でしょ。
あ、帰る前にちょっと一本吸わして、一本」

私の断りを聞く前に彼がパーカーのポケットから煙草の箱を取り出し、当たり前のように吸う準備をする。

「ちょっとは禁煙しようとは思わないの?
あんたの尊敬する草野さんは随分昔に煙草をやめたらしいよ」
「あの人はあの人、俺は俺」

彼は悠然とした態度で吸い続ける。

体内はニコチンまみれであろうこの男から、何であんな綺麗な歌声が出せるのだろう。
彼は結局、一本と言わずその場で三本吸っていた。

⏰:09/10/16 02:18 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#64 [ぎぶそん]
「…ったく、イチャこくんだったら自分らの家でやれっての。
公私混同すな!」
「かなめ、飲み過ぎ」

うっさい!と中身の空いた缶を彼に向かって投げる。

この日の夜の私は、真織の買って来た(買わせた)大量ね缶酎ハイで、ひどく酔い潰れていた。
愚痴を吐きまくり、悶々とする思いを目の前の彼にぶつけまくる。

将来は法律に携わる職を希望している者が、あろうことか法律違反をしている。
まあいっかあ、どうせ自分も後数ヶ月で二十歳だし。
今日は難しいことは考えたくない。
忘れたい、何もかも。

⏰:09/10/16 20:47 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#65 [ぎぶそん]
「そんなに悔しいなら新しい男でも作って見返してやりゃいいじゃん」
「それが出来たら苦労しないよ」

顔を仰ぎ、その上から酎ハイをぐいと押し込むように飲む。
レモン味のアルコールが気持ちよく食道を通っていく。

「でもかなめは幸せじゃん。
俺っていう心優しき人間と一緒にいるから、常に孤独を感じずに済む」
「その変わり煩わしさを感じてるけど」

つまみの乾燥スルメイカをくちゃくちゃと音を立てて貪る。
「あんまりだ」とぼやきながら、彼もそれに手を伸ばす。
その嘆く彼の姿が可笑しかったので、私は笑った。

⏰:09/10/16 21:04 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#66 [ぎぶそん]
「冗談に決まってんじゃん。それに、あんたがあの時声掛けて軽音の人らと楽しい時を過ごせたから、だいぶ救われたっていうのはある」

私は酒にもつまみにも手を出すのをやめた。
頭はかなり惚けているけど、きちんと平常心を保って言葉を発してる。

「何かあった時は、また俺らんとこに気軽に来ればいい」

その後話題は彼のいる軽音学部にまつわる内容へと転換した。
テツローはパチンコで三万摺っただとか、スリップノットっていうバンドが人気だとか。
先程の怒りが何だったのだと思うほど、私は彼の話を夢中で聞いていた。

⏰:09/10/16 21:39 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#67 [ぎぶそん]
一週間後、空き時間に大学内にある図書館で一人で黙々と勉強をしていると、誰かが後ろから私の肩を叩いた。

「かなめっ!佳奈から聞いたよ!一年の男の子と一緒に住んでるんだって?」

同じ学科の市橋由美が、にたりとした顔で私を見る。
佳奈ったら、お喋りなんだから。

「伊藤君だっけ?軽音の友達からの情報によると、彼部内でなかなか目立ってるらしいよ」

彼女が私の隣の席に座る。
へえ、とだけ私は返す。

音楽やってる人なんて見た目がちょっと野暮ったくて、どれも似たり寄ったりにしか見えないけどな。

⏰:09/10/17 01:06 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#68 [ぎぶそん]
その時間の終了のチャイムが聞こえ、図書館を出る。
真織たちがいつも群れ集まってる広場を横切らなければ、次の授業がある場所へは行けない。
どうか彼がいませんように。

「あ、足立さんだ!足立さーん!」

…いた。
まったく、殊更に呼び止めたりしないでよ。
一応気付かれないようにと顔を伏せて歩いてたのに。

「へえ、この人が伊藤の同居人の人!?」

真織と一緒にいるその同級生らが、私を好奇な目で見てくる。

その中にいた小柄な女の子に一瞬、突き刺すような視線を送られたのは気のせいであろうか。

⏰:09/10/17 01:30 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#69 [ぎぶそん]
高校を卒業したてで大学にどう溶け込めばいいのかいまいち分からない一年生の中では、確かに真織は一際垢抜けたポジションにいるのかも知れない。

外見、物腰、雰囲気、その歳で既に洗練されたものがある。

そしてその輪は彼中心に動いてるようで、同い年の子たちから彼は慕われている様子だった。

「じゃあ私、急いでるから」
言い終える前に足を歩める。
「あ、足立さーん!今日帰りにトイレットペーパー買うよねえ?」
そんな私を彼が大声で後ろから呼び止める。

もう!二人の私情を大っぴらにしないでよ、恥ずかしい。

⏰:09/10/17 01:56 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#70 [ぎぶそん]
その日の夜、二人で近所のスーパーで買った数種類の半額惣菜を広げ、ありつく。

「さっきからずっと携帯いじりっぱなしだね」

彼が食事にあまり手をつけず、携帯画面の文字を打つことに必死になっていたので声をかけた。
普段あまり携帯を触らない彼にしては稀な行動なので、気になってはみる。

「うん。理香ちゃんって子からメールが届いてさ。
ほら、今日俺たちの中にいた背のちっちゃい子」

ああ。私を睨んだ子か。
彼は小さく唸り声を上げながら、携帯片手に格闘している。

⏰:09/10/17 02:15 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#71 [ぎぶそん]
「…ああっ!質問に答えたところでまた別の質問が返ってくる!」

両手で頭を抱える彼。
落ち着きを取り戻す為か、煙草を吸い始めた。

「別にいいじゃん。
私が男だったらその理香ちゃんって子と沢山会話をしたくて、必死で話を盛り上げようとするけどな」

今日彼女を一目見て、余裕で『アリ』だと思った。
軽薄な性格で背の高い私とは違って、朗らかで愛くるしい彼女はその場にいるだけで周りが和むような雰囲気を持っていた。

「えー。文字で会話すんのってめんどくせ」
携帯を放り、彼が床に寝転んだ。

⏰:09/10/17 02:39 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#72 [ぎぶそん]
「じゃあこれからお風呂とか出掛けるとか適当に嘘ついて、『切れ』ばいい」

えー、それもなあ、と彼はどっちつかずの態度を取る。

「そしたらいっそのこと彼女のこと好きになれば?
そうすれば気も楽だし逆に楽しくなる」

向こうはおそらくあんたに気があるんだから。

「えー。あの子は何か違うなあ。俺、一人称が自分の名前の子あんま好きじゃない」

彼が天井を仰いだまま返答する。
へえ。あんたにも異性の好き嫌いというものがあるんだ。

⏰:09/10/17 02:57 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#73 [ぎぶそん]
「っていうか、あんたってわりかし異性に対して真面目なんだね」

思い切り遊びたい年頃だろうに、意外と堅い。

「んー。俺は、『女の人と暮らしてるなんてあり得ない!今すぐ住む場所を変えて!』なんてお説教を受けるシチュエーションを避けたいだけ」

「何言ってるの。新しい物件なんて探せばまたすぐに見つかるって」

「俺はここが気に入ってんの」

体ごと顔を向こうにやりながら、やや彼が感情を剥き出しにして言った。
彼のその言動を、私は嫌いではなかった。

⏰:09/10/17 03:18 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#74 [ぎぶそん]
翌週の水曜日。
この日の彼は一限から授業だというのに、タオルケットにくるんだ状態でぐずついたままでいた。
いつまでそうしてんの、と私は急き立てた。

「…風邪引いた。今日学校休む」

無理もない。
彼は未だに自分の寝具を持っておらず、まともな寝方をしていなかった。
毎回毎回敷き布団を広げるのが面倒らしい。

「よし、二段ベッド買おう」

「は?今ある自分のベッドはどうすんの?」

「リサイクルショップにでも売りに行く。あれはもう要らない」

私はお気に入りのダブルサイズのベッドを見つめた。

⏰:09/10/17 15:20 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#75 [ぎぶそん]
その三日後の金曜日。
一年以上使用していた自分のベッドとも今夜で最後となる。
せっかくなので、彼にも半分のスペースを貸してあげることにした。
二人が横たえても、ベッドはまだ十二分に余裕がある。
二人で微かに名残惜しむ気持ちを分け合う。

「スピッツのどこが好き?」
仄暗い部屋の中、お互い仰向いたまま話し込む。

「言わなーい」
「教えてよ、ケチ」
「全部だよ、全部」
「よくある答え方」
「そういうと思った。でもそれしか言い様がない」

大丈夫。私も近い将来、きっとそう言う。

⏰:09/10/17 15:44 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#76 [ぎぶそん]
「サギ師かまじない師、たぶんどちらかといわれればどっちだと思う?」
「何が?」
「自分の前世。『俺のすべて』にあるじゃん」

ああ。こないだ一緒にライブDVDを観て、「この曲かっこいい」って自分でも思わず何度も言ってた歌か。

「サギ師じゃないのかなあ。周りに自分を偽ってばっか」
「俺も」
「じゃあ、私の前でも嘘をついてる?」
「わかんない。むしろ自分という生き物すらよく分かってないから」

私も同じ。十九年以上生きてて自分というものを一番掴めてない。
そして生まれて来た意味も解せぬまま。

⏰:09/10/17 16:08 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#77 [ぎぶそん]
「今度六月にあるライブに見に来て。
俺ら新入生バンドは一番手だから時間に遅れないこと」

「バンドのメンバー揃ったんだ」

「うん。ていうか、今週の日曜日その皆がここに遊びに来ることになってるからよろしく」

「えっ!勝手に色々決めないでよ!」

私は手に持っていた小さなクッションを彼に投げた。
プライベートまで知れ渡ってる上に、その家まで教えてどうすんの。

「いいじゃん。
かなめもその時間空けといて。夜は焼き肉する予定だから。久しぶりのご馳走になりそう」

私も一緒にいること前提なんだ。

⏰:09/10/17 16:27 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#78 [ぎぶそん]
翌日。部屋にあるベッドを業者に引き取ってもらってから、その変わりとなるように予め百貨店で発注しておいた二段ベッドが運ばれてきた。
ステンレス製で出来た、シンプルなデザイン仕上げで、二人のインスピレーションが見事に合致して、即購入を決めたもの。

深夜。上下に分かれて就寝する。
上段の彼が何度も寝返りを打つので、その度にベッドが音を立てる。

「上の人。さっきからみしみしうるさいですよ」
「すまん」

そう詫びながらもまた体の向きを変えた様子で、再び上段のベッドが軋む。
この男、何というか阿呆だ。

⏰:09/10/17 17:00 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#79 [ぎぶそん]
翌日の夕方。椎橋君を含む彼のバンドメンバーの皆が、我が家に足を踏み入れた。
来る前に近くのスーパーで買ったという、焼き肉の食材や飲み物が入った袋を四人で分担して抱えていた。

私はそこで見知らぬ二人の紹介を受ける。

真織と共にギターを担当するのが、長田博一君。
身長は真織より高くて、性格はだいぶ素っ気ないかも。

ベース担当となるのが、小柴篤人君という男の子。
下膨れの顔が特徴的で、性格は大人しい様子。

緊張している二人を尻目に、部屋に上がって早々真織と椎橋君は立て続けに煙草を吸い続ける。

⏰:09/10/17 17:29 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#80 [ぎぶそん]
「最初はブルハみたいな音楽がやりたかったんだけど、指が動かないから今の路線に変更した訳。
バンド名の由来はキャンキャン吠えることから来ていて、初期の音楽性を表している」

真織がホットプレートの上で焼く肉を返しながら、スピッツに関するうんちくを垂れる。
へー、と一同が関心を覚える。

長田君も小柴君も、スピッツに詳しい訳ではないらしい。
テナーやアジカンだのが演りたくて入部したけど、椎橋君と同じ感じで改めて彼らの歌に聞き惚れたとか。

真織の影響力は凄い。
皆の心にどんどんスピッツが入っていく。

⏰:09/10/17 17:59 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#81 [ぎぶそん]
「ライブでは何々演るの」
「内緒」
「『スカーレット』演ってよ」
「知ーらない」
「意地悪」
「あ。『放浪カナメはどこまでも』演ろっかなー」
「それを言うならカモメでしょ」
「『放浪カナメ』って良くね?足立さんのこと今からそう呼ぶわ」
「うるさい。年中ヤニ男」

私は彼の煙草の箱を中身ごとゴミ箱に入れた。
彼が「あ!」っと小さく悲鳴を上げると、取り乱すようにしてあさる。

「仲良いなあ」と椎橋君がにやけて呟く。
ここに来てずっと表情が硬かった長田君と小柴君も、特に「放浪カナメ」の下りで笑ってた。

⏰:09/10/17 20:23 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#82 [ぎぶそん]
食べ終わった後も、談笑は続いていた。

「彼らの一番の神曲って何だと思う?
とりあえず、『ロビンソン』のイントロは神がかかってるやろ」
椎橋君が煙草の灰を灰皿に落としながら皆に尋ねる。

「『猫になりたい』のイントロもなかなかの神だと思うよ」
あまり喋らない小柴君が強気に主張した。

「神曲となると『ガーベラ』か『楓』を俺は推すかなあ」
長田君が頬杖をついた状態で言う。

「はいはい!きりがないかやめましょ!結局もう全部神なんよ、神」
真織が両手を広げ割って入る。
その言葉に一同が頷いた。

⏰:09/10/19 03:26 📱:N703iD 🆔:C/V69ls2


#83 [ぎぶそん]
椎橋君たちがようやく腰を上げたのは、午後十時を過ぎたところだった。
三人に別れを告げ真織と二人きりになると、ベランダの窓を開け座り込む。

このシチュエーション、彼がここに来て何度目だろうか。
今となると、とても習慣づいたような気がする。

「良かったね。仲間が沢山出来て」
「まあね」
彼がケースからギターを取り出す。
今日は何を歌ってくれるんだろう。

「さっき小柴が『猫になりたい』なんて口に出したから、久しぶりに歌いたくなったわ」
彼が楽譜を広げ、その曲のページで動かす手を止める。

⏰:09/10/19 18:02 📱:N703iD 🆔:C/V69ls2


#84 [ぎぶそん]
「目を閉じて浮かべた密やかな逃げ場所は
シチリアの浜辺の絵ハガキとよく似てた

砂ぼこりにまみれて歩く
街は季節を嫌ってる
つくられた安らぎを捨てて

猫になりたい 君の腕の中
寂しい夜が終わるまでここにいたいよ

猫になりたい 言葉ははかない
消えないようにキズつけてあげるよ

猫になりたい 君の腕の中
寂しい夜が終わるまでここにいたいよ

猫になりたい 言葉ははかない
消えないようにキズつけてあげるよ」

⏰:09/10/19 18:07 📱:N703iD 🆔:C/V69ls2


#85 [ぎぶそん]
「西條って確かに見た目が派手で近寄りがたいかも知れないけど、実際はとてもいい奴だよ」
優哉が袖を捲りながら、彼女の私の前で他の女のことを誉める。

「そうね。彼女、風俗店で働いてるらしいし、男への接し方は熟知してるかもね」

「何それ。やってることで人のものさしを測るの?かなめってそんな奴だったっけ?」
温厚な彼がややむきになる。

「…何か最近二人で会っても楽しくないね」
そして、付け加えるように言った。

楽シクナイッテ何?
あなたが目の前の私をこれ一つも見てくれてないからじゃない…。

⏰:09/10/19 18:43 📱:N703iD 🆔:C/V69ls2


#86 [ぎぶそん]
真織の歌う歌を聴きながら、すっかり忘れていた過去のことを思い出した。
優哉と関係がこじれ始めた頃の出来事。

「人間は面倒臭い。猫に生まれてれば良かったかも」私は俯き加減でぼやく。

「でも、その人間じゃなかったらこうしてこの歌に感動することも出来なかった」
真織が白い歯を見せる。
あなた、最近私の前でよく笑うようになったね。

そうだね。人間として生まれて来なかったらあなたとも出会えてなくて、その上一つの音楽を共有することもなかった。

⏰:09/10/19 19:30 📱:N703iD 🆔:C/V69ls2


#87 [ぎぶそん]
一週間後。真織はアパートの近くの個別指導の塾でアルバイトをし始めた。
実際のところ、理学部に進学したのは高校の数学教師になりたかったかららしい。
今とは作家になる夢を優先したいから、大学生活の間に先生気分を味わっておくとか。

アルバイトが入ってる日、スーツ姿に着替えた彼はわざわざ私を広場に呼んで彼と同じサークルの皆の前で自分のネクタイを結ばせる。
輪の中にいるさりげない理香ちゃんの視線が痛い。

全く、どうせなら彼女に結んでもらえばいいのに。というかいい加減自分一人で結ぶようになって。

⏰:09/10/20 23:10 📱:SH705i 🆔:bX1zemXg


#88 [ぎぶそん]
その日の夜はテーブルに並んだ二種類のカップ麺を前に、彼が帰宅するのをTVゲームをしながらずっと待っていた。
一人で先に食べておくのも侘しいしね。

午後十時半過ぎ、玄関の鍵の開く音がした後に、黒のスーツ姿の彼が顔を現す。

「今日これ買って来た。後で一緒にやろー」
彼がリビングに腰を下ろすと、スーパーの袋から帰りがけに衝動的に買ったというしゃぼん玉セットを取り出す。

懐かしい。小学生の頃休み時間に校庭の隅で友達と一緒にやってたなあ。
それを目にしただけで、とても懐古な気持ちをくすぐられた。

⏰:09/10/26 02:49 📱:SH705i 🆔:qR2hLkuw


#89 [ぎぶそん]
食後にベランダに出て、二人で無邪気にしゃぼん玉を吹きながらはしゃぐ。

「見てて。今から俺、飛び切りデケーの作るから」

至近距離にいる彼が小さく私を手招く。
私の視線が、一気に彼の口先の緑色のプラスチックのストローに集中する。

彼が生み出す無色透明の液体の泡が、どんどんと膨らんでいく。
そして、今までで一番大きな玉が夜空へと浮かび上がった。

「しゃぼん玉とんだ
屋根までとんだ

屋根までとんで
こわれて消えた」

私はその玉を見送りながら、誰もが知っている童謡を口ずさんだ。

⏰:09/10/26 03:03 📱:SH705i 🆔:qR2hLkuw


#90 [ぎぶそん]
「知ってる?その歌は自分の子供が生まれてすぐに死んだっていう悲しい歌なんだよ」

彼がベランダの柵にもたれ掛かる状態で両肘をつけたまま、暗闇に包まれた街目掛け泡を吹き続ける。
反対に私は吹くのを止めた。

彼に言われて初めて気がついたけど、『うまれてすぐに こわれて消えた』というフレーズは確かにその思いを直に表しているのかも。

ねえ真織。誰かを失ってばかりの私はあなたを失うのがとても怖いよ。
いつか私たちの関係もこのしゃぼん玉たちと同じように、きっと壊れて消えていくだろうから。

⏰:09/10/26 03:18 📱:SH705i 🆔:qR2hLkuw


#91 [我輩は匿名である]
頑張って

⏰:09/11/01 10:37 📱:W56T 🆔:tJVxcJv6


#92 [ぎぶそん]
しばらくして、真織に続くように私も街中の中華料理店でアルバイトをすることとなった。

厨房に入って、ただただ機械のように主に配膳と皿洗いをし続ける。
慣れて来たら、ホールの仕事内容もさせられるらしい。

アルバイトの最中、同期で入った中野静香という同級生の子と親しくなった。

店の近くの美容専門学校に通っているらしく、見た目も金色に染めた髪と特徴的なマッシュルームヘアの髪型、個性的な服装とそれらしい。

小柄な体格と頬を染めるピンク色のチークが、どこと無く佳奈を思い出させる。

⏰:09/11/03 03:20 📱:SH705i 🆔:G9w4Ke6c


#93 [ぎぶそん]
「初給料で何買おっかなー。かなめは欲しいものとかある?」

狭い厨房の隅で皿洗いをしながら、静香がこちらに話し掛けてくる。
その傍らで私は、注文を受けた分のご飯を電気釜から速やかについでいた。

「アコギが欲しい」

「へー。音楽するんだあ。何か意外」

水道から流れっぱなしの水の音に負けないようにと、静香が少し声の音量を上げて言う。

私自身も、まさか自分が音楽をやろうと決意するなんて思ってもみなかった。
目を閉じると、部屋の壁にもたれて弾き語りをする真織の姿が浮かぶ。
今の私の羨望の的。

⏰:09/11/03 03:51 📱:SH705i 🆔:G9w4Ke6c


#94 [ぎぶそん]
アルバイトから帰宅すると、物音一つしない明かりの点いたリビングで真織が寝転がっていた。
テーブルの上には二人分のコンビニ弁当と、溢れんばかりの吸い殻が入った灰皿が。

「今までずっと何もしないでそうしてたの?
先に食べてれば良かったのに」
私は肩から提げていたショルダーバッグを外し、床に置いた。

「誰かさんだっていつも俺の帰りを待ってるじゃん」彼が上体を起こして、欠伸をしつつ少し寝癖のついた髪を掻き分ける。
その仕草を見て、私は顔に笑みを浮かべた。

立ち仕事からくる足の痛みも何処へやら。

⏰:09/11/04 02:54 📱:SH705i 🆔:JwJwdF2k


#95 [ぎぶそん]
「椎橋は『三日月ロック』、長田は『名前をつけてやる』、小柴は『惑星のかけら』派なんだとよ」

弁当に入ってるコロッケに付属のタルタルソースをかけながら、彼が口を開く。今日はバンドのメンバーでスピッツのどのアルバムが好きかそれぞれ打ち明けたらしい。

「私は『フェイクファー』かな」
私も彼と同じようにして、ソースを目一杯出す。

「『スカーレット』好きだねえ」

「あんたは何派なの?」

「内緒」

何それ。隠す必要がどこにあるのよ。
スピッツを話す時の彼はいつも嬉しそうで、照れ臭そうだ。

⏰:09/11/04 03:19 📱:SH705i 🆔:JwJwdF2k


#96 [我輩は匿名である]
あげ
がんばって!

⏰:09/11/26 18:24 📱:W56T 🆔:Qz9p.CVk


#97 [ぎぶそん]
「…『三日月ロック』」
彼が固有名詞をぼやく。

「え?何?」

「俺が一番好きなの。椎橋が今日絶賛してた時、『げっ!被ってる!』って思った」
彼が少しぷんむくれの表情をしながら、頭を掻いた。

なーんでそこで同じ気持ちを素直に共有しないのかな。
友達どうし気が合う証拠ってことでいいじゃない。

「…今度のライブでは『三日月ロック』の曲を中心にやるよ」
彼が私の瞳を見て言った。
彼の透き通った真っすぐな視線と、私の視線が重なる。

うん、とそれをありのまま受け入れる形で私は小さく頷いた。

⏰:09/12/01 01:26 📱:SH705i 🆔:tD4FaRYY


#98 [ぎぶそん]
「『ロビンソン』の歌詞って何を言ってるのか分かんなくない?」

食事を済ませた後、無言のまま歌詞カードを見つめていた彼が口を開いた。
部屋からは丁度、彼の言う曲が流れていた。

「心中をイメージした歌っていう噂は聞いたことはあるけど。
でも私は違うと思うな」

私はきっと、歌詞を書いた草野さんですら全てを理解出来てないなんて思ってる。

「考えるな、感じろってことか」
彼が歌詞カードを閉じる。

きっとスピッツの歌は、誰からしてみてもその人だけの世界にすることが出来るから、いいんだね。

⏰:09/12/01 01:43 📱:SH705i 🆔:tD4FaRYY


#99 [ぎぶそん]
日曜日の夕方。
アルバイトから帰宅すると、横になった彼が携帯型ゲーム機をいじっていた。
その周辺では電気量販店の袋や口の開いた箱、説明書等が散らばってる。

ゲーム機の画面を後ろから覗き込むと、彼は『ポケットモンスター』のゲームの最新作を黙々とやっていた。
うわー、懐かしい。小学生の頃物凄く流行ってたなあ。

「あんたがポケモンするなんて意外」
私は少し茶化してやった。

「俺、思いきり『ポケモン世代』だし。ガキの頃から新作が出る度買ってるの」彼は黙々とタッチペンでゲーム操作をする。

⏰:09/12/01 02:02 📱:SH705i 🆔:tD4FaRYY


#100 [ぎぶそん]
見た目に似合わず、可愛いところがあるじゃない。
何だろう。真織と居ると常に何か新しい発見と癒しがある。

「『ハルノウタ』に『ワカバ』…」
彼はゲーム内の自分のポケモンたちに愛称をつけていた。
どれもスピッツの曲名に関するものばっか。

「ニックネームあった方が愛着湧くしね」
さっきから彼の発言の一言一言が不似合い過ぎて、お腹がよじれそうだ。

「あ、ライバルの名前は『カナメ』に設定したから。これからこてんぱんにやっつけてやるわ」
彼が意地悪そうに笑う。
私は後ろからその頭を小突いた。

⏰:09/12/01 02:19 📱:SH705i 🆔:tD4FaRYY


#101 [ぎぶそん]
数日後の放課後、私は写真を撮る最適な題材となる「景色」を探す為、ぼんやりと街を歩き続けていた。

普段は足を入れたことのない地下道を下りてすぐ、茶髪の若い男性がギターケースの上に座って弾き語りをしているのが見えた。
斉藤和義の「歌うたいのバラッド」を、楽譜も何も見ずに慣れた様子で歌い続ける。
ストリートライブという奴か。

私は思わず立ち止まり、彼の真正面にくるように反対側の壁に腰を下ろした。
少しだけ、いつか真織が「スカーレット」を歌っていた時と同じ空気がそこに流れていたから。

⏰:09/12/02 00:15 📱:SH705i 🆔:nIbz/fOI


#102 [ぎぶそん]
男性のその歌を聴き入って間もない内に、彼はその一曲を歌い上げた
彼が顔を上げ、数メートル先にいる「客」の私に声を掛ける。
「…こんにちは!」

彼の目尻のシワがくっきりと表れる。
黒目がちなその瞳は、都会の空気に濁ることなく光を発していた。
この人、普段他人に恨みを買われることがないだろうなと思った。

「今日は雲一つないいい天気ですね」
「え?ああ、そうですね」

差し障りのない天候の話から二人の会話は入っていく。
一時も彼は笑顔を崩さないでいた。

⏰:09/12/04 00:36 📱:SH705i 🆔:36M7fz9.


#103 [ぎぶそん]
そうして話はだんだんとお互いのことについて進んでいく。
男性の名前は村山啓司さん。
ここら近辺にある私立大学の四年生らしい。
私は彼に自分の名前と身分、そして今何か写真を撮る為に色んな場所を歩き回っていることを伝えた。

「音楽はどんなの聴くんですか?」
啓司さんが口元を緩ませて私に問う。

「スピッツが好きです」
「…スピッツ!いいですよねー。
僕もよく聴きますよ」

彼の声のトーンが上がる。
そして彼は自分の目の前に広げてあった持参のファイルノートを、パラパラとめくり出した。

⏰:09/12/04 15:20 📱:SH705i 🆔:36M7fz9.


#104 [ぎぶそん]
「久しぶりだから歌えるかは分からないけど…」
啓司さんが一度、コホンと小さく咳ばらいをした。

その数秒後彼がギターに手をやると、地下道に乾いたギターから奏でられる「ロビンソン」のイントロが響く。
それを男らしい重量感のある声で、彼が歌い続ける。
真織が普段スピッツを歌う時とはまた違う世界観が漂っていた。
そういえば、真織はまだ私の前でこの歌を歌ってくれてないなと思った。

私は首から提げていたカメラを自分の顔の前にやった。
レンズ越しに彼と彼を取り巻く全てを見つめる。

⏰:09/12/06 00:27 📱:SH705i 🆔:T9/Xo4o6


#105 [ぎぶそん]
シャッターの音が彼の弾き語りを邪魔しないようにと、遠慮しがちに鳴る。
被写体となった彼は、若干顔に恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。

「良かったらまた遊びに来てください。
毎週木曜日のこの時間帯は、いつもここにいますんで」

ストリートライブが終わった後の立ち話の際に、彼にこう伝えられた。

私は時間の許す限りは何度でもここへ来ようと思った。
一枚の写真に収めても、何度でも自分の目で見たい風景を見つけたから。

私は啓司さんの純朴そうな風貌と物越しの低い姿勢に、人間としての魅力を感じた。

⏰:09/12/06 00:45 📱:SH705i 🆔:T9/Xo4o6


#106 [我輩は匿名である]
楽しみにしてます(^^)

⏰:09/12/06 06:08 📱:SH906iTV 🆔:NvD7CL3s


#107 [ぎぶそん]
翌日。軽音学部の定期ライブ本番がいよいよ次の日と迫った。
夜、私と真織はお互いの子供時代について語り明かすこととなった。

彼は小学生の頃から大勢の前で面白いことをやってみせたり、それによって皆を笑わせるのが好きだったらしい。
ムードメーカーな所は今とはほとんど変わってない様子。

「あの頃は皆でサッカーの練習サボって、誰かの家で皆でポケモンのアニメ観てたっけなあ」

テーブルに頬杖をつき、天を仰いで彼が言う。

「今でもポケモンのゲームやってるの俺だけなんじゃね」という呟きに私は笑った。

⏰:09/12/07 21:53 📱:SH705i 🆔:xg7qNZ7o


#108 [ぎぶそん]
そして中学生の頃にギターを覚え、文化祭で当時「Brand‐New Myself〜僕にできること」がブレイクしたチャコールフィルターのコピーを演ってみたらしい。
懐かしい。解散するには惜しいバンドだった。

「高校は男子校だったよ。
野郎共でワイワイ騒ぐの好きだし」

彼が紙パックのジュースを音を立てて吸う。

私は元彼の優哉も同じような理由で、高校は男子校に通っていたという話を思い出した。

たったそれだけの記憶が蘇っただけで、視界にぼんやりと靄がかかる。
心に何か見えないトゲが刺さる。

⏰:09/12/07 22:12 📱:SH705i 🆔:xg7qNZ7o


#109 [ぎぶそん]
「かなめは?どんな感じだった?」

彼の問い掛けでふと我に返る。
彼がこれから私からどんな話が聞けるのだろうと、好奇心旺盛の目で見てくる。

私は口数が少なくて、周りとの壁を作っていた幼少期を送っていた。
クラスに一人は存在するような、休み時間も誰とも馴染もうとせず席に座ってるような子だった。

そうに告げると、「あー、そんな感じがするわ」と納得したように言われた。

「そういえば一人だけ、『千明』って子はちょっかいを出してくれていたなあ」
私はある同級生の存在を、記憶の片隅から思い出した。

⏰:09/12/07 22:29 📱:SH705i 🆔:xg7qNZ7o


#110 [ぎぶそん]
小六の時同じクラスになった富田千明は小学生ながら美容やお洒落に関心を持っていて、実にませた子だった。

長身で子供離れしたスタイルを持っていたので、自分自身を高めたいという意識が早熟したのだろう。

そんな彼女は、自分とは対照的な地味で存在感の薄かった私を「あだっち」という愛称で呼び、放課後になるとちょくちょく遊びに誘ってくれた。
本屋でファッション雑誌を立ち読みしたり、グラウンドでやっているサッカー部の練習を眺めていたりしていた。

私は彼女といる時、いつも楽しくないと感じたことはなかった。

⏰:09/12/10 00:28 📱:SH705i 🆔:AKXQnaXE


#111 [我輩は匿名である]
111

⏰:09/12/10 03:23 📱:SH904i 🆔:wT5Q3hb6


#112 [ぎぶそん]
小学校を卒業した後は私は公立の、千明は私立の中学校へとそれぞれ進学することとなった。

小六の頃は夜になるとよく千明から自宅に電話が掛かってきていたが、中学に入ってからは新しい友達が出来たからなのかぱったりと音信が絶えた。

中学二年になりたての頃、千明が不登校気味だということを共通の知人から聞いた。
頭髪を派手に染め、露出の多い服を着て、コンビニの前で同じような仲間とたむろしているのをちょくちょく近隣に住む住民から目撃されているらしい。

私はそれを耳にした時、ただ千明らしいとだけ思った。

⏰:09/12/13 00:37 📱:SH705i 🆔:S2K0AsXE


#113 [ぎぶそん]
同じ年の秋に、偶然彼女と会った。場所は二人でよく行っていた本屋。
外見は不良そのものだったが、心もそうだとは彼女の変わらない優しい雰囲気からは感じられなかった。

彼女は私とは視線を合わせず、すれ違い様に「ばーか」とだけ告げた。
これが今の所、私が彼女を見た最後の瞬間だ。

その後風の噂で彼女は十五で十歳以上年の離れた男性との間に子供を身篭り、そのまま結婚したということを聞いた。

元気してるかな、千明。
もう一度会えた時は、あの時「ばーか」の意味を聞かせて欲しい。

⏰:09/12/13 01:01 📱:SH705i 🆔:S2K0AsXE


#114 [ぎぶそん]
「で、高校三年間もまた友達がいない生活だった」
私は過去の話を、自虐気味に閉じてみた。
それを真織は煙草の煙で咳込み、上手く笑えずにいた。

今思えば、千明が初めてだったかも知れない。
家族以外で、私を必要としてくれていた人。

中学校に入学した当初、千明は「あだっちがこっちの学校に転校してくればいいのに」と周りに口にしていたことがあったらしい。
その後、彼女は学校に通わなくなった。

私は嬉しかった。彼女の印象に私が残っていることが。
それと同時に悲しくなった。彼女の力になれなかったことを。

⏰:09/12/13 01:21 📱:SH705i 🆔:S2K0AsXE


#115 [のん]
書かないんですか?
更新楽しみにしてます

⏰:10/01/30 07:24 📱:W56T 🆔:msLOlqqg


#116 [ぎぶそん]
「またいつか出会うよ、忘れた頃にさ。
そんなもんでしょ?人生って」
彼が何時になく静かに煙を吐く。
表情もどこか儚げで哀しい。

今になって気づいたけど、彼は細くてとても綺麗な指をしている。
おかしな表現をすると、煙草を吸うのにも、ギターを弾くのにも持ってこいの指だ。

「明日のライブ、楽しみにしてるから」
私はその場を立ち上がり、ベッドへと向かった。

――あなたにも、もう一度会いたいと思ってる人がいるの?

喉元で詰まってしまった言葉を、深い心の奥底まで沈めながら。

⏰:10/02/23 19:03 📱:SH705i 🆔:C1TvH8W.


#117 [ぎぶそん]
翌日。
目覚ましのベルが鳴る前に起きてみたが、部屋に真織の姿はなかった。
きっと今頃、本番前の最後の予行練習に精を出していることだろう。

ライブに行くということを意識しながら、箪笥の奥で眠っていたジーンズを取り出す。
上は真織専用の衣類ボックスから、適当に選んだ黒のTシャツを拝借させてもらった。

鏡の前に立つボーイッシュな自分に、苦笑いを送る。
化粧はほんの気持ち程度にすることにした。"本日の主役"なんてのは私じゃないし。
テキトーテキトー。

⏰:10/02/23 19:21 📱:SH705i 🆔:C1TvH8W.


#118 [ぎぶそん]
――そろそろかな。
私は時計の針に目をやった。
予定では加奈がアパートに訪ねて来て、一緒にライブハウスまで行くことになっている。

そこでタイミング良くメールが届き、机の上の携帯が振動する。
宛先はその彼女から。

「ごめぇん。
昨日鈴木君誘ってOK貰ったから彼と行くねぇ!
また向こうで会お!」

彼女の自由気ままな性格は例えるならネコかな、なんて笑ってしまう。

そういえば、スピッツの歌にはネコがよく出て来るなぁ。
バンド名は犬だけど、草野さんは犬よりネコが好きなのかな、なんて思ってしまう。

⏰:10/02/23 19:39 📱:SH705i 🆔:C1TvH8W.


#119 [いちご]
更新楽しみにしてます
頑張ってください!

⏰:10/03/07 09:53 📱:P903i 🆔:Cgyk5OOo


#120 [ぎぶそん]
部屋を出て、自転車を漕ぎ目的地を目指す。
どんよりとした雲が、今日の街の景色を冴えなくしている。
でもそんなことはお構いなしに、私の漕ぐスピードは上がる。

チケットの右隅に書いてある地図によると、駅から歩いて五分したところにある、商店街の外れにある小さな建物の二階がライブハウスの場所となる。

地図どおりに進んでみたところでライブハウスの看板を見つけ、自転車をその辺に止めて階段を上がる。
すぐ目の前にいた男女も、はやる気持ちで二階へと駆け上がっていっていた。

⏰:10/03/11 00:55 📱:SH705i 🆔:r3kx0MPo


#121 [ぎぶそん]
「あ、イトウマオリンのルームメートの噂の足立さんだ。
今日は来てくれたんだね!」

ライブハウスのドアの前には、前に一度だけ会ったことがある三年の田口さんがチケットもぎりの係として立っていた。
彼にチケットを渡し、半券を返された。

「マオリンたちの出番はもうすぐだから、前の方に行って待っておくといいよ」
田口さんが優しく甘い顔をして微笑む。
とりあえず、時間内にたどり着くことが出来たみたいだ。
私は薄暗い人だかりの中に入った。

⏰:10/03/11 01:03 📱:SH705i 🆔:r3kx0MPo


#122 [ぎぶそん]
加奈の姿を探しながら、前の方へと歩み寄っていく。
想像以上に人と人とで混雑していて、気をつけて歩かないとぶつかりそうになる。

「かなめっ!」
ふいに誰かに肩をポンッと叩かれた。

「静香!来てくれたんだね」

同じアルバイト先の中野静香だった。
数日前バイトの終わりにチケットを渡し、その時は「行けたら行く」と言われていた。

個性的なデザインのTシャツに、フリルのロングスカート。
彼女の金色の髪の一部に入ってる赤いメッシュは、照明が落ちていてもはっきりと認識出来る。

⏰:10/03/11 01:11 📱:SH705i 🆔:r3kx0MPo


#123 [ぎぶそん]
「前言ってた年下の彼氏が出たら教えてね!」
「彼氏じゃないよ、ただのルームメート」

静香と話し込んでいたさなか、突如ライブの開始時刻を示すBGMが大音量で鳴る。
人声で喧騒していた会場も、一気に静かになった。

ステージ上で、真織を含む一年生の四人が現れた。
それぞれが所定の位置につき、予めそこに置いてあったギターやベースを手にする。

ステージの中央にいる真織がパーカーをまくり、スタンドマイクに手をかける。
反対の手でしっかりとエレキギターのネックを握りながら。

⏰:10/03/11 01:43 📱:SH705i 🆔:r3kx0MPo


#124 [ぎぶそん]
「えー、僕たち一年生バンドはこれからスピッツの曲を演奏します。
一生懸命練習したので、数十分の間お付き合いよろしくお願いします」

彼が照れ笑いを浮かべ、大きな目を見開き客席を見回す。
大学生となって初めてとなるライブに、流石の彼も緊張している様子が伺える。

「せーのっ…、マオリン頑張れー!」

客席の隅で、同じサークルの女子たちが声援を送っていた。
彼がその人らに向かって小さく礼をする。

私の前では決して見せてはくれない顔を、。
毎日顔を合わせている彼が、今日は何故か遠くに感じた。

⏰:10/03/12 21:24 📱:SH705i 🆔:9QYPeqek


#125 [ぎぶそん]
彼らは最初に「けもの道」を演奏し始めた。

出だしの「東京の日の出 すごいキレイだなぁ」が、私の中で特にお気に入りのフレーズである。

本当にキレイなのかどうか、私は実際にカメラを持ってその目で確かめに行ったことが以前ある。

その言葉に嘘偽りはなく、日が完全に昇るまで無言のまま見つめていた。
例えば夢を追って上京してきた若者にとっては、それはもっと輝かしく見えるものかも知れない。

その時撮った写真は、ベッドの側の壁に貼ってある。
目を覚ますと、その写真が一番に私の視界に入ってくる。

⏰:10/03/12 21:37 📱:SH705i 🆔:9QYPeqek


#126 [ん◇◇]
↑(*゚∀゚*)↑

⏰:22/10/27 07:22 📱:Android 🆔:DE5DdzBs


#127 [ん◇◇]
>>1-40
>>40-80

⏰:22/10/27 12:06 📱:Android 🆔:DE5DdzBs


#128 [ん◇◇]
>>80-120

⏰:22/10/27 12:06 📱:Android 🆔:DE5DdzBs


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