街がスカーレットに染まる時
最新 最初 🆕
#40 [ぎぶそん]
昼近くになりお互い空腹を感じた頃に、目についたパスタ屋に入り昼食を取った。

その後延々と街を走り続け、夕方、町外れの人気のないバス停のベンチに二人で腰かけた。近くの自販機で彼が買った同じ缶コーヒーを二人して口にする。

「前付き合ってたっていう写真部の彼とは何が理由で別れたの」
「何であんたにそんなこと言わなきゃなんないの」
「別に。一同居人としてただ聞いてみただけ」

辺り一面、田んぼだらけの景色が夕焼け色に染まっていく。

⏰:09/10/14 19:52 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#41 [ぎぶそん]
「…縁がなかったからじゃない。ただそれだけのこと」
「未練は?」
「微塵もない」
「冷めてるね」
「他人のことに首突っ込んでばかりいないで、あんたの方はどうなのよ」
「内緒。あんたには絶対言わない」
「別に言わなくていい」
「何それ。足立さんって時々うざいですよね」
「あんたの方がうざい。おまけに生意気だし」
「クールだと言って」
「うざっ」

都会から離れた閑寂な町並みの中から、二人の抑揚なく羅列し続ける話し声だけが聞こえる。

⏰:09/10/14 20:14 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#42 [ぎぶそん]
「足立さんは夢とかあるんすか?法学部に在学中ってことは将来は弁護士?検事?裁判官?」
「…検事」
「ヒュー。あんまり夜遅くまで連れ回したりしたら怒られるなこりゃ」

缶コーヒーを飲み干すと、彼はその空いた缶をくずかごに投げ入れた。

「真織は夢とかあるの」
「んー。普通のサラリーマン」
「普通だね」
「でね、副業として作家の仕事にも手をつけんの。家に帰ってから毎日少しずつ原稿を書き上げていってさ。実際の所はそれが一番の夢」

やや興奮ぎみに将来を語る彼の横顔を、私は瞬き一つしないで見ていた。

⏰:09/10/14 21:09 📱:N703iD 🆔:Sv8iNI2o


#43 [ぎぶそん]
「ほんなら、暗くなる前に我が家へと帰りましょうかぁ。検事の卵さん」
ベンチから立ち上がった彼が、履いているジーンズの後ろをはたく。

後ろポケットに繋がっているチェーンには色んな鍵がじゃらじゃらと着けられていて、その中には共同生活初日に私が渡した合鍵も混じっていた。
二人の繋がりをそこはかとなしに再確認する。

「…他に好きな人が出来たって言われたからだよ」
来る時と同じように彼の後ろでバイクを跨ぎ、彼の腰に腕を回した。
さっきは何とも思わなかったけど、何か後ろから抱きついてるみたいだ。

⏰:09/10/15 01:46 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#44 [ぎぶそん]
「へ?」
彼が気持ち、顔を後ろにやる。
「彼と別れた理由」
私がそう付け加えると、彼は何もせず何も言わないままでいた。

「私と出会った全ての人間は、いずれ私の前から姿を消すんだ。あんたも例外なしにね。
いつかあなたも、良い意味でも悪い意味でも私の前からいなくなる」 

花や草木はたちまち枯れゆき、動物や生き物はやがて死ぬ。
全ての物事が皆、終わる方向へと進んでいく。

人と人との出会いも、別れゆく運命を無邪気に辿って行く。
後どのくらい、自分の元から過ぎ去っていく背中を黙って見届けるのだろう。

⏰:09/10/15 02:14 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#45 [ぎぶそん]
「でも、少なくとも今の俺はかなめの目の前にいる。
そーんな遠い先のことより、今日の夕飯のことでも考えましょうや」

そう言い残した後、彼がバイクにエンジンをかけた。
一時間ほどいた場所から、たちまち二人の男女は離れていく。

彼が先ほどの台詞を、どんな顔をして言ったのか見たかった。
見知らぬ土地に、私は理由のない一粒の涙を置き土産として落とす。

元来た道をひたすら追っていくだけのドライブの最中、彼の後ろで私は今晩は何が食べたいかだけを考えていた。

⏰:09/10/15 02:37 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#46 [ぎぶそん]
翌日から、前期の講義が開始となった。
予想どおり、同じ部屋に住んでいながら私と真織が接する時間も一日の半分以下となった。

一週間が経ち、久しぶりに一緒に家で夕飯を食べた。
茶碗に白いご飯にお茶漬けの素と沸騰した湯をかけただけのものを、箸の音を立ててかきこむ。

「俺友達出来たよ。同じ学科の椎橋孝太郎って奴」

会話はもっぱら、お互いの近況のことで、第一声に彼が私にこう報告した。
顔には出さないけど、嬉しそうなのが伝わる。
私には何だか、それが自分のことのように嬉しかった。

⏰:09/10/15 02:57 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#47 [ぎぶそん]
「今日二人で軽音学部の見学もしてきた。
そんで、今週の休みにエレキを買うつもりなんだけど、良かったらかなめも一緒に来ん?」

茶漬けを一粒残らず食した彼が、携帯をいじりながら会話を続ける。
椎橋君って子と連絡取ってんのかな。

「私、ギターに関する知識なんて全くないよ」
「俺があるからいい」
気がつけば、彼は煙草を一本吸っていた。

さっきからこの部屋からは、彼がかけたスピッツのアルバム曲が延々とコンポのスピーカーから流れている。
この部屋がどんどん音楽に染まっていく。

⏰:09/10/15 03:17 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#48 [ぎぶそん]
日曜日。真織と二人で街へと赴く。
そこで、真織の友人の椎橋君という子と初顔合わせをした。
染めたての茶色い髪と、真織とは対照的なへらついた顔が印象的だった。

「こちらは、前言ったルームメートの足立かなめさん。」
真織が彼に紹介したところで、そこで私は改まって椎橋君に頭を下げた。
私のこと、予め彼に言ってたんだ。

「えっ、女の人だったんだ!てっきり名前からして男かと思ってた」
椎橋君が垂れた目を大きく見開く。

⏰:09/10/15 03:31 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#49 [ぎぶそん]
「俺も最初は男かと思って色々事を運んでたら、住むことが決まった後で女って知って。
まあ女みたいな名前の俺が言うことじゃないけどな」
真織がその場で一服、といった感じで煙草を吸いだす。
反対の手には携帯灰皿を持っていて、その中にこまめに灰を落とす。

名前だけでは性別が断定出来ない二人。
そうじゃなかったら、私たちの運命はどうなっていたのかな…。

真織がその煙草を吸い終わって、私たち三人は駅の近くの建物の五階にある、都内では最大の広さとなる楽器屋へと向かった。

⏰:09/10/15 19:53 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#50 [ぎぶそん]
エスカレーターで五階まで上がってそのまま正面を少し歩くと、一面音楽に包まれた世界が広がっていた。
ギター、ベース、ドラム、キーボード等、まさに楽器の宝庫といったところである。
一つの楽器だけでも数十種類とある。

「分からないことがあったら気軽に声をかけて下さいね」
一人でアコースティックギターを眺めていると、水色の制服を着た若い男の店員さんが声を掛けてきた。

真織が愛用しているマーティンのギターっていくら位なんだろう。
一、十、百、千、万、十万…うひゃー、想像以上に高い。数えるのやめた。

⏰:09/10/15 20:06 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#51 [ぎぶそん]
奥の方でドラムの叩く音がするなと思ったら、椎橋君がそれをやっているのが見えた。

「椎橋君もスピッツが好きなの?」
座って演り続ける彼に近づく私。

「いえ。でも伊藤からアルバム借りて聴いたみたら、なかなかいいなって思いました。
演奏もしっかりしてるし、中でもドラムがめちゃめちゃ上手いんですよ、スピッツって。
だからあいつと組むバンドではドラムを担当することにしました」

彼は今、どのドラムスティックを買うか品定めしているらしい。
ここにも真織の影響でスピッツに惹かれた人間がいた。

⏰:09/10/15 20:27 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#52 [ぎぶそん]
今度は真織の元に行ってみた。
彼は黒いエレキギターを肩に提げて、試しに何度も弾いていた。

「うん、これにする」
どうやらそれが自分にとって一番しっくりきたようだ。

メーカー名はフェンダー。値段は約七万円。
色、デザイン、全てが真織「っぽい」なと何となく思った。

「バイトして金に余裕が出来たら、あれを買うわ」
彼がギターが陳列してある壁の上部にある黄色いギターを指差した。

メーカー名はギブソン。
値段は…やめておこう。
バッグでいうヴィトン、グッチか。

⏰:09/10/15 20:44 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#53 [ぎぶそん]
真織は自分が選んだそのギターを、レジにて一括でお買い上げしていた。

彼の黒い長財布から、八枚の一万円札が姿を現し、店員さんの手に渡る。
今日はありったけの入学祝金を持って来ていたらしい。
おかげで当分の間は質素な生活だ、とレジを済ませた後嬉しそうに嘆く。

三人で固まり、どっか飯でも食い行きますかあ、と真織が言った後、私は二人に最後にもう一度だけアコギのコーナーが見たいと言った。
二人は面倒臭がる素振りを見せないで、私の希望を聞いてくれた。

⏰:09/10/15 21:08 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#54 [ぎぶそん]
「初めて買うんだったら、三万くらいが丁度いいと思うよ。
こんなのとかでいいんでない」

彼がヘッドにモーリスと書かれたギターを手に持つ。
そして近くに置いてあった腰掛けイスに座り、そのギターを頭の中でよぎった曲を弾きながら軽く歌いはじめた。

「走る 遥か
この地球(ほし)の果てまで
悪あがきでも 呼吸しながら
君を乗せて行く

アイニージュー
あえて 無料(タダ)のユートピアも
汚れた靴で 通り過ぎるのさ

自力で見つけよう 神様」

⏰:09/10/15 21:30 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#55 [ぎぶそん]
「その曲何て言うの」
「『運命の人』」

真織だけずるい。
何でも弾けて。

彼の余裕綽々な態度を改めて目の当たりにして、私は頑なにギターを購入する決意をした。
彼のアドバイスどおり、予算は三万円程度とみなして。
今まで派遣のでしかしたことなかったけど、私も何か長続き出来るアルバイトでも始めるとするか。

彼に負けないくらいギターを弾きこなせるようになりたい。
彼に追い付きたかった。

今度ここに来る時は、私は新品のギターを手に入れている。

⏰:09/10/15 21:45 📱:N703iD 🆔:3eQlVeR.


#56 [ぎぶそん]
数日後。放課後になり何となしに部室に久方ぶりに顔を出してみると、電気一つも点いていない薄暗い部屋で男女が抱き合っていた。
私の気配に気付くと、その二人は慌ててお互いの体を離す。

「あっ、お疲れ様です」
女の方が平然を装いながら、少し乱れた自分の髪を整える。

二人が足速でその場を立ち去る。

フレームなしの眼鏡をかけた男の方は、部屋を出るまで一切私と目線を合わせないようにしていた。
渋沢優哉。
私の元恋人。

⏰:09/10/16 00:16 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#57 [ぎぶそん]
「かなめは、太陽みたい」
「太陽?」
「うん。太陽みたいにあったかい」
長い時間、私と彼は無言のまま抱き合っていた。

――昔あった優哉とのこんなやり取りを思い出した。
付き合っていて一番、印象的だった出来事。
付き合っていて一番、彼のことを愛しいと思った瞬間。

部室に飾ってある一枚の写真を眺めながら、私は泣いていた。
去年の新入部員歓迎会の時に川原でやった、バーベキューパーティーの時のワンショット。
仲睦まじく両隣でピースをしている私と彼の姿。

優哉にとっての太陽は、もう私じゃないんだね。

⏰:09/10/16 00:35 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#58 [ぎぶそん]
同じ建物の中にあるトイレで化粧崩れを少し直して、外に出た。
近くの広場に幾つかある一つの大理石のテーブルを囲って、数人の男女がたむろしていた。

「お疲れ様でーす」
その中にいる灰色のパーカーを着た男が、私に向かって手を降る。
真織だ。
彼に手招かれるようにして、私もその輪の中に入る。

この日の彼はサングラスをかけていて、いつもよりぐんと大人っぽさが増していた。
彼の周りには彼と同級生らしき子たちと、彼の先輩にあたるらしき人たちも一緒にいた。
真織もこの大学にだいぶ馴染んでいるみたい。

⏰:09/10/16 00:52 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#59 [ぎぶそん]
「あ、この人は俺のルームメートの足立かなめさん。二年生」

真織がその場にいた全員に私のことを紹介すると、一同がどよめく。
ちょっとちょっと。二人の関係をこんなに公にしちゃっていいのかよ。

「えー!家でのマオリンはどんな感じなんですかあ?」
彼のその発言に食いついたようで、彼の隣に座っている小柄な男の子が私に話しかける。

ぷっ。『マオリン』だって。全く可愛らしい愛称じゃないの。

私はその反対隣に座わされると、様々な質問に答えさせられる羽目となった。

⏰:09/10/16 01:08 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#60 [ぎぶそん]
「家賃は二人で半分ずつ払うんですか?」
「そうです」
「食事は足立さんが作ってやってるんですか?」
「…そうですね」

インスタントラーメンに冷凍食品、お茶漬け、とても調理したとは言えないものだけど。

「マオリンは普段何のテレビを観ていますか?」
「『北斗の拳』の再放送」

二人とも民放はほとんど観ないんだよね。

「マオリンに対して出ていけって思ったことはありますかあ?」
「今のところはまだないです」

この現状がずっと平行したまま続くのだったら、これからもないかも知れない。

⏰:09/10/16 01:26 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#61 [ぎぶそん]
「おうよ!俺はテツローと違って平和主義者だから、トラブルとは無縁なの。
あーっ。そんなことより煙草吸いてえ」
真織がテーブルに自分の顎を置く。

私たちが通っているこの大学は、数年前から敷地内を全て禁煙としている。
ヘビースモーカーの彼にとっては実に応うことだろう。

「あっ、部屋がどんどん煙草臭くなってるのに気づいた時は出ていけって思いました」

私のこの発言に、一同が笑う。

軽音学部の人たちとは接する機会がないだろうと思ってたけど、今日一日で顔見知りの人たちが数人出来た。
なんか暖かい。

⏰:09/10/16 01:42 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#62 [ぎぶそん]
「あー!もうダメ!
煙草吸いてえ!
足立さん、帰ろうや」

勢いをついて真織が立ち上がる。
敢えて私のことを名字で呼んでいるのは、周りに親密さを悟られたくないからであろう。

「おー、仲良いんだねえ」三年の田口さんという男の人が、にやけ顔で言う。

「足立さんは最近歩いて帰るのが面倒臭いそうで、俺をアッシーと使ってるんです」
真織がその人にバイクの鍵を見せる。

ここ最近、放課後は彼と一緒にバイクで帰ってる。
徒歩が嫌というのもあるけど、ただバイクに乗るのが好きなんだ。
真織のバイクに乗るのが。

⏰:09/10/16 01:58 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#63 [ぎぶそん]
「ここまで来たらもう大丈夫でしょ。
あ、帰る前にちょっと一本吸わして、一本」

私の断りを聞く前に彼がパーカーのポケットから煙草の箱を取り出し、当たり前のように吸う準備をする。

「ちょっとは禁煙しようとは思わないの?
あんたの尊敬する草野さんは随分昔に煙草をやめたらしいよ」
「あの人はあの人、俺は俺」

彼は悠然とした態度で吸い続ける。

体内はニコチンまみれであろうこの男から、何であんな綺麗な歌声が出せるのだろう。
彼は結局、一本と言わずその場で三本吸っていた。

⏰:09/10/16 02:18 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#64 [ぎぶそん]
「…ったく、イチャこくんだったら自分らの家でやれっての。
公私混同すな!」
「かなめ、飲み過ぎ」

うっさい!と中身の空いた缶を彼に向かって投げる。

この日の夜の私は、真織の買って来た(買わせた)大量ね缶酎ハイで、ひどく酔い潰れていた。
愚痴を吐きまくり、悶々とする思いを目の前の彼にぶつけまくる。

将来は法律に携わる職を希望している者が、あろうことか法律違反をしている。
まあいっかあ、どうせ自分も後数ヶ月で二十歳だし。
今日は難しいことは考えたくない。
忘れたい、何もかも。

⏰:09/10/16 20:47 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#65 [ぎぶそん]
「そんなに悔しいなら新しい男でも作って見返してやりゃいいじゃん」
「それが出来たら苦労しないよ」

顔を仰ぎ、その上から酎ハイをぐいと押し込むように飲む。
レモン味のアルコールが気持ちよく食道を通っていく。

「でもかなめは幸せじゃん。
俺っていう心優しき人間と一緒にいるから、常に孤独を感じずに済む」
「その変わり煩わしさを感じてるけど」

つまみの乾燥スルメイカをくちゃくちゃと音を立てて貪る。
「あんまりだ」とぼやきながら、彼もそれに手を伸ばす。
その嘆く彼の姿が可笑しかったので、私は笑った。

⏰:09/10/16 21:04 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#66 [ぎぶそん]
「冗談に決まってんじゃん。それに、あんたがあの時声掛けて軽音の人らと楽しい時を過ごせたから、だいぶ救われたっていうのはある」

私は酒にもつまみにも手を出すのをやめた。
頭はかなり惚けているけど、きちんと平常心を保って言葉を発してる。

「何かあった時は、また俺らんとこに気軽に来ればいい」

その後話題は彼のいる軽音学部にまつわる内容へと転換した。
テツローはパチンコで三万摺っただとか、スリップノットっていうバンドが人気だとか。
先程の怒りが何だったのだと思うほど、私は彼の話を夢中で聞いていた。

⏰:09/10/16 21:39 📱:N703iD 🆔:HnX9XJ7c


#67 [ぎぶそん]
一週間後、空き時間に大学内にある図書館で一人で黙々と勉強をしていると、誰かが後ろから私の肩を叩いた。

「かなめっ!佳奈から聞いたよ!一年の男の子と一緒に住んでるんだって?」

同じ学科の市橋由美が、にたりとした顔で私を見る。
佳奈ったら、お喋りなんだから。

「伊藤君だっけ?軽音の友達からの情報によると、彼部内でなかなか目立ってるらしいよ」

彼女が私の隣の席に座る。
へえ、とだけ私は返す。

音楽やってる人なんて見た目がちょっと野暮ったくて、どれも似たり寄ったりにしか見えないけどな。

⏰:09/10/17 01:06 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#68 [ぎぶそん]
その時間の終了のチャイムが聞こえ、図書館を出る。
真織たちがいつも群れ集まってる広場を横切らなければ、次の授業がある場所へは行けない。
どうか彼がいませんように。

「あ、足立さんだ!足立さーん!」

…いた。
まったく、殊更に呼び止めたりしないでよ。
一応気付かれないようにと顔を伏せて歩いてたのに。

「へえ、この人が伊藤の同居人の人!?」

真織と一緒にいるその同級生らが、私を好奇な目で見てくる。

その中にいた小柄な女の子に一瞬、突き刺すような視線を送られたのは気のせいであろうか。

⏰:09/10/17 01:30 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#69 [ぎぶそん]
高校を卒業したてで大学にどう溶け込めばいいのかいまいち分からない一年生の中では、確かに真織は一際垢抜けたポジションにいるのかも知れない。

外見、物腰、雰囲気、その歳で既に洗練されたものがある。

そしてその輪は彼中心に動いてるようで、同い年の子たちから彼は慕われている様子だった。

「じゃあ私、急いでるから」
言い終える前に足を歩める。
「あ、足立さーん!今日帰りにトイレットペーパー買うよねえ?」
そんな私を彼が大声で後ろから呼び止める。

もう!二人の私情を大っぴらにしないでよ、恥ずかしい。

⏰:09/10/17 01:56 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#70 [ぎぶそん]
その日の夜、二人で近所のスーパーで買った数種類の半額惣菜を広げ、ありつく。

「さっきからずっと携帯いじりっぱなしだね」

彼が食事にあまり手をつけず、携帯画面の文字を打つことに必死になっていたので声をかけた。
普段あまり携帯を触らない彼にしては稀な行動なので、気になってはみる。

「うん。理香ちゃんって子からメールが届いてさ。
ほら、今日俺たちの中にいた背のちっちゃい子」

ああ。私を睨んだ子か。
彼は小さく唸り声を上げながら、携帯片手に格闘している。

⏰:09/10/17 02:15 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#71 [ぎぶそん]
「…ああっ!質問に答えたところでまた別の質問が返ってくる!」

両手で頭を抱える彼。
落ち着きを取り戻す為か、煙草を吸い始めた。

「別にいいじゃん。
私が男だったらその理香ちゃんって子と沢山会話をしたくて、必死で話を盛り上げようとするけどな」

今日彼女を一目見て、余裕で『アリ』だと思った。
軽薄な性格で背の高い私とは違って、朗らかで愛くるしい彼女はその場にいるだけで周りが和むような雰囲気を持っていた。

「えー。文字で会話すんのってめんどくせ」
携帯を放り、彼が床に寝転んだ。

⏰:09/10/17 02:39 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#72 [ぎぶそん]
「じゃあこれからお風呂とか出掛けるとか適当に嘘ついて、『切れ』ばいい」

えー、それもなあ、と彼はどっちつかずの態度を取る。

「そしたらいっそのこと彼女のこと好きになれば?
そうすれば気も楽だし逆に楽しくなる」

向こうはおそらくあんたに気があるんだから。

「えー。あの子は何か違うなあ。俺、一人称が自分の名前の子あんま好きじゃない」

彼が天井を仰いだまま返答する。
へえ。あんたにも異性の好き嫌いというものがあるんだ。

⏰:09/10/17 02:57 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#73 [ぎぶそん]
「っていうか、あんたってわりかし異性に対して真面目なんだね」

思い切り遊びたい年頃だろうに、意外と堅い。

「んー。俺は、『女の人と暮らしてるなんてあり得ない!今すぐ住む場所を変えて!』なんてお説教を受けるシチュエーションを避けたいだけ」

「何言ってるの。新しい物件なんて探せばまたすぐに見つかるって」

「俺はここが気に入ってんの」

体ごと顔を向こうにやりながら、やや彼が感情を剥き出しにして言った。
彼のその言動を、私は嫌いではなかった。

⏰:09/10/17 03:18 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#74 [ぎぶそん]
翌週の水曜日。
この日の彼は一限から授業だというのに、タオルケットにくるんだ状態でぐずついたままでいた。
いつまでそうしてんの、と私は急き立てた。

「…風邪引いた。今日学校休む」

無理もない。
彼は未だに自分の寝具を持っておらず、まともな寝方をしていなかった。
毎回毎回敷き布団を広げるのが面倒らしい。

「よし、二段ベッド買おう」

「は?今ある自分のベッドはどうすんの?」

「リサイクルショップにでも売りに行く。あれはもう要らない」

私はお気に入りのダブルサイズのベッドを見つめた。

⏰:09/10/17 15:20 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#75 [ぎぶそん]
その三日後の金曜日。
一年以上使用していた自分のベッドとも今夜で最後となる。
せっかくなので、彼にも半分のスペースを貸してあげることにした。
二人が横たえても、ベッドはまだ十二分に余裕がある。
二人で微かに名残惜しむ気持ちを分け合う。

「スピッツのどこが好き?」
仄暗い部屋の中、お互い仰向いたまま話し込む。

「言わなーい」
「教えてよ、ケチ」
「全部だよ、全部」
「よくある答え方」
「そういうと思った。でもそれしか言い様がない」

大丈夫。私も近い将来、きっとそう言う。

⏰:09/10/17 15:44 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#76 [ぎぶそん]
「サギ師かまじない師、たぶんどちらかといわれればどっちだと思う?」
「何が?」
「自分の前世。『俺のすべて』にあるじゃん」

ああ。こないだ一緒にライブDVDを観て、「この曲かっこいい」って自分でも思わず何度も言ってた歌か。

「サギ師じゃないのかなあ。周りに自分を偽ってばっか」
「俺も」
「じゃあ、私の前でも嘘をついてる?」
「わかんない。むしろ自分という生き物すらよく分かってないから」

私も同じ。十九年以上生きてて自分というものを一番掴めてない。
そして生まれて来た意味も解せぬまま。

⏰:09/10/17 16:08 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#77 [ぎぶそん]
「今度六月にあるライブに見に来て。
俺ら新入生バンドは一番手だから時間に遅れないこと」

「バンドのメンバー揃ったんだ」

「うん。ていうか、今週の日曜日その皆がここに遊びに来ることになってるからよろしく」

「えっ!勝手に色々決めないでよ!」

私は手に持っていた小さなクッションを彼に投げた。
プライベートまで知れ渡ってる上に、その家まで教えてどうすんの。

「いいじゃん。
かなめもその時間空けといて。夜は焼き肉する予定だから。久しぶりのご馳走になりそう」

私も一緒にいること前提なんだ。

⏰:09/10/17 16:27 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#78 [ぎぶそん]
翌日。部屋にあるベッドを業者に引き取ってもらってから、その変わりとなるように予め百貨店で発注しておいた二段ベッドが運ばれてきた。
ステンレス製で出来た、シンプルなデザイン仕上げで、二人のインスピレーションが見事に合致して、即購入を決めたもの。

深夜。上下に分かれて就寝する。
上段の彼が何度も寝返りを打つので、その度にベッドが音を立てる。

「上の人。さっきからみしみしうるさいですよ」
「すまん」

そう詫びながらもまた体の向きを変えた様子で、再び上段のベッドが軋む。
この男、何というか阿呆だ。

⏰:09/10/17 17:00 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#79 [ぎぶそん]
翌日の夕方。椎橋君を含む彼のバンドメンバーの皆が、我が家に足を踏み入れた。
来る前に近くのスーパーで買ったという、焼き肉の食材や飲み物が入った袋を四人で分担して抱えていた。

私はそこで見知らぬ二人の紹介を受ける。

真織と共にギターを担当するのが、長田博一君。
身長は真織より高くて、性格はだいぶ素っ気ないかも。

ベース担当となるのが、小柴篤人君という男の子。
下膨れの顔が特徴的で、性格は大人しい様子。

緊張している二人を尻目に、部屋に上がって早々真織と椎橋君は立て続けに煙草を吸い続ける。

⏰:09/10/17 17:29 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


#80 [ぎぶそん]
「最初はブルハみたいな音楽がやりたかったんだけど、指が動かないから今の路線に変更した訳。
バンド名の由来はキャンキャン吠えることから来ていて、初期の音楽性を表している」

真織がホットプレートの上で焼く肉を返しながら、スピッツに関するうんちくを垂れる。
へー、と一同が関心を覚える。

長田君も小柴君も、スピッツに詳しい訳ではないらしい。
テナーやアジカンだのが演りたくて入部したけど、椎橋君と同じ感じで改めて彼らの歌に聞き惚れたとか。

真織の影響力は凄い。
皆の心にどんどんスピッツが入っていく。

⏰:09/10/17 17:59 📱:N703iD 🆔:OucnczyY


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194