街がスカーレットに染まる時
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#30 [ぎぶそん]
「足立さんは何かサークル入ってるんすか?」
彼が脚を崩し、テーブルに置いてたセブンスターの箱から煙草を一本取り出した。
よそよそしく名字でなんか呼んじゃって。
「かなめはね、今写真部に入ってるけど、同じ写真部にいた彼と別れちゃったから辞めるかもって」
私が質問を返す前に、代わりに佳奈が答えた。
他人の不幸は密の味といわんばかりににやにやしてる。
「ありがちな退部理由だな」
彼がライターの火を煙草に押し当てる。
:09/10/14 16:19
:N703iD
:Sv8iNI2o
#31 [ぎぶそん]
「そんな下らないことで辞めたりしないよ。」
私は空いた袋菓子を集めゴミ箱に入れ始めた。
この部屋の壁には、私の撮った写真があちこちと貼られてる。三段ボックスの上には愛用の一眼レフカメラを飾ってる。
今それら全ては私の中で何らかの意味をなしていて、私は怯えている。いつかそれら全てがガラクタとなる瞬間を。
夜の八時を過ぎて、親からの帰宅の催促の電話を受けて佳奈は帰る準備をし始めた。
玄関先で送ろうか、と真織と二人して尋ねたが地下鉄で帰るから大丈夫と笑って答えた。
:09/10/14 16:45
:N703iD
:Sv8iNI2o
#32 [ぎぶそん]
「すげぇ明るい人だなぁ、毛利さんって。
俺てっきり、もっと落ち着いててしっかりした人を想像してた」
彼がベランダの窓を開け、壁にもたれた。そして、自分の元にギターケースを引きずり中を開ける。
昨日と同じように、その近くに座る私。
春の夜風が、穏やかな速さでこの部屋に入ってくる。
「確かにちょっと空気読めない部分もあるけど、私が大学で一番親しくしてるのは彼女だよ」
「へぇ」
「大事な友達なの」
一弦一弦の音を軽く確認した後、彼はあまり音を立てずにアルペジオ方式で静かに弾き出した。
:09/10/14 17:03
:N703iD
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#33 [ぎぶそん]
「それで?スピッツを好きになったきっかけは?」
歌なしの彼の弾く「スターゲイザー」を聴きながら、私は顔に屈託のない笑みを浮かべていた。
「何であんたにそんなこと言わなきゃいかんの」
「あんたが誰が好きだろうが何時彼女が出来ようが興味はないけど、それくらい教えてくれたっていいじゃない。同じ家に住む者として」
「わかんない。気がついたら心の中に入ってた。
小五の時、親父に連れてってもらった彼らのライブがきっかけといえばそうなのかも知れないけど、何時好きになったのかは自分でも覚えていない」
:09/10/14 17:14
:N703iD
:Sv8iNI2o
#34 [ぎぶそん]
彼が今弾いてるのを途中で止めると、今度は「スカーレット」を弾き出した。
私が彼のことを同居人として悪くはないかな、と思うきっかけとなった曲。
その場を立ち上がった私はボックスの上にあった一眼レフカメラを手に取り、再び彼の近くに腰を下ろした。
「私も、何時これに興味を持ったかなんて覚えていない。しいていうなら、小学生の時に観た『めぐり逢い』ってドラマで福山雅治が演じてた役の部屋に貼られた写真いっぱいの壁が印象的だったからかな。
」
カメラを手の中で転がすように触り続ける。
:09/10/14 18:04
:N703iD
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#35 [ぎぶそん]
「私、この街であなたが出会ったスピッツファンの第一号でいいよ」
「へぇ。大体好きになってどれくらい?」
「一日」
「何それ」
気持ち的に、お互い目を見て笑い合う回数も増えていく。
彼の弾く忠実にスピッツの世界観を再現しかつ、自分の愛するモノとして独創性を放つ曲たちが、一晩中この部屋のBGMとして流れ続けた。
真織。あんたのおかげで二年目からの大学生活は爽やかに送れそうな気がするよ。
いつから横になり体を丸くしている私は、ベランダから見える夜空に一つだけ輝いている星を眺めていた。
:09/10/14 18:22
:N703iD
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#36 [ぎぶそん]
翌朝。二人してベランダの窓を開けっ放しにしたままその場で寝ていたのには驚いたのと笑った。
「今日は一日どっかドライブに行こうや。明日から二人共学校始まるし、これからお互い顔を合わせる機会も減っていくからよ」
「生憎、私は車は持ってないよ。それとも提案者のあなたが持ってるというのかしら」
洗面台に二人並んで歯を磨きながら、三面鏡に向かって会話を続ける。
その鏡には、生気の薄れた寝ぼけ眼の二人の顔が映る。
:09/10/14 18:40
:N703iD
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#37 [ぎぶそん]
「これだよ、これ」
共に出掛ける準備をし部屋を後にした後、彼がアパートの駐輪場に止めてあった大型二輪を出した。
煙草とギターと同じくらいの愛用品らしい。
引っ越しの際も実家の埼玉からここまで来たのもこれ一本だったとも話す。
全体的に黒っぽいそのオートバイは、年齢の割に少し落ち着いた雰囲気のある彼の愛車とするにはぴったりだと感じた。
「捕まって」
彼に渡されたルメットを着け、彼の後ろに同乗する。
バイクに跨ぐのはこれが生まれて初めて。
:09/10/14 18:55
:N703iD
:Sv8iNI2o
#38 [ぎぶそん]
自分の両腕を彼の腰に回す。彼の背中に顔を歪ませると、その匂いがほのかに漂ってくる。二人の距離がゼロになる。
「ちょっと、そんなくっつかないで。あんたの豊満な胸が俺の背中に当たってる」
「うるさい」
私は回す腕の力をもっと強めた。
彼がエンジンを吹かせ、勢いよく発進させた。
自分たちと平行して動く自動車らと同等に、車道を真っ直ぐ走り続ける。
バイクが生み出す追い風が、彼が着ている灰色のパーカーを膨らませる。
速やかに視界を移動し続ける景色を眺める余裕もなく、私は彼にしっかりしがみついていた。
:09/10/14 19:16
:N703iD
:Sv8iNI2o
#39 [ぎぶそん]
「どう?今の気分は?」
「最高」
言葉もいらないくらいに。
「行き先なんて特に決めてないけどいいよなあ?
まさに俺の人生と同じ。適当、いい加減」
走る音で前に座る彼には聞こえてないかも知れないけど、私は声に出して笑っていた。
適当でいい加減なのは私も同じ。
だからあなたは今ここにいる。
お互いの適当加減で私たちはこうして巡り合い、そして今同じ二輪に乗って目的のない旅に出ている。
今の私はそんな行き当たりばったりな人生を楽しんでる。そして満足してる。
:09/10/14 19:27
:N703iD
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