こちら満腹堂【BL】
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#167 [ひとり]
そうして、俺のズシッと痺れる左腕の上。頭を預けてこちら向きで眠りの淵についているこの家の主の顔を見つめた。夢をみているらしい。血管の透けた目蓋の下で、目玉が忙しなく動いている。細く長い睫毛たちも、それに合わせて震えてみせた。


今日もバイトだ。早番じゃないしまだもう少しここでこうしていてもいいんだが・・・

⏰:09/12/18 21:41 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#168 [ひとり]
考えた末、やっぱり今すぐ帰る事にする。例えばこのままもう少しここで微睡んだとして、横のこの人が目覚めたとして。俺は言葉が浮かばなかった。「おはようございます」とか「昨日は泊めてもらっちゃってありがとうございました」とか。それから───



想いを告げた事に後悔はない。寧ろ心は晴れ渡って、清々しい。

ただ、一瞬見せた三田さんの素で驚いた顔。それを考えるときっと帰るのが今は得策なのだと思えた。

⏰:09/12/18 21:42 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#169 [ひとり]
三田さんの規則正しい寝息のリズムに合わせて、少しずつ左腕を引き抜く。長いこと下敷きになっていたそれは痺れきって、ダランと垂れて俺のいう事をきかない。

おかげで服を着替えるのに少し戸惑ったがそれも初めだけの事で。血が問題なく巡りだせば、従順になるのはあっという間。

忍び足で三田さんに細心の注意を払いつつ外に出た頃にはさっきの痺れが嘘のように完全に、それは「俺の左腕」になっていた。



三田さんの丸い綺麗なシルエットを支えていた一晩。その感覚が消えてしまってもうここにない事が、酷く悲しいことに感じた。

⏰:09/12/18 21:42 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#170 [ひとり]
───
─────


それから二週間経った。

十二月の一大イベントであるクリスマスもあっさり終わって(イブも本番も、三田さんはメリークソスマス!!とヤケッパチで仕事をしていた。)そこかしこに過剰にくっつけられた電飾や「Xmas」っぽいあれやこれやが姿を消すと、世間はいよいよ年の瀬らしい雰囲気に包まれる。

そして遂に、今年が終わろうとしている今日、俺は思うところがある。


「避けられてる」

「ん?」


外に人の姿はまちまちで、それでも軒を連ねる家々の玄関先につけられた「お飾り」からは確かなお祭りムードが漂っている。

⏰:09/12/18 21:43 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#171 [ひとり]
そこを行く俺の呟きを、横を歩く津久井は聞き逃さなかった。


「誰に避けられちゃってんのよ」

丈の短いミルクティー色のダッフル。そのポケットに両手を突っ込みながら聞いてくるコイツは俺とタメで、今は大学の三回生だ。

「好きな奴」

「あぁ、例のね」

年が同じである事と、津久井が懐っこいオープンな性格である事で、俺達はプライベートでもよく連んだ。

⏰:09/12/18 21:44 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#172 [ひとり]
そして「好きな奴がいて最近告白した」と打ち明けもした。もちろん名前は伏せたし、津久井も特にそこに突っ込んではこなかった。そういう空気のよめるところも、俺が津久井と居る事を好む理由の一つだ。

「焦りなさんなよ」

と軽い調子で肩を叩かれる。焦りなさんなと言われてはいそうですねと一呑みにできる余裕なんて俺にはないんだが、そこは口には出さないでおく。

だって二週間だ。そして今日も何も言ってこないとしたら、俺は年を越してあの人の返事を待つ事になるんだ。挙げ句今日までの二週間、あからさまに避けられている。冗談じゃない。

⏰:09/12/18 21:46 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#173 [ひとり]
押し黙る俺に、津久井が気を使ってわざとらしく明るい声で言う。

「まぁまぁまぁ!今日は愛しのあの子の事はちょっと忘れて、ぱーっといこうよ、ね!!!!」

空気が読める男、津久井 真希であっても、流石にそこは読み切れなかいか。

「そうだな、ぱっといこう」

会話の終わりと同時に視界に捉えた長谷部さんち。



満腹堂の皆と、酒と、




愛しのあの子が待っている。

⏰:09/12/18 21:46 📱:F01B 🆔:KCoLFDYA


#174 [ひとり]
【休憩】

今晩は、ひとりです。

第九話完結。津久井をちょっと登場させてみました。根岸と津久井はタメなんです。津久井は本名を津久井真希といいます。女の子みたくな名前ですが、男の子です。よろしくです。

⏰:09/12/19 00:01 📱:F01B 🆔:x8k3BwQQ


#175 [ひとり]
【第十話/カクテルのネーミングセンスてぶっちゃけどうなん?】


「「おじゃましますー」」

鍵がかかっていない事は百も承知な俺と津久井は、扉脇のチャイムは完全無視で玄関へ踏み込んだ。

長谷部さんちは青い瓦屋根、二階建ての小さな一軒家だ。まぁ言ってしまうと借家なんだけど。買ったものであれ借りたものであれ、やはり一軒家は一軒家。以前家賃は大変じゃないのかと尋ねた事があったが、驚くほどに安かった。まだ長谷部さんちに上がった事がない時分だ。でもその安さの理由はすぐに納得がいった。

⏰:09/12/19 20:47 📱:F01B 🆔:x8k3BwQQ


#176 [ひとり]
「出る」のだ。



俺は今まで霊感なんてないと思っていて、実際そんなものなくて。だから知ったからといって何か目撃した訳じゃないんだが、いつも満腹呑みで使う一階の畳部屋(長谷部さんの寝室)の真上の部屋から、人が走り回る音やら、壁を殴る音やらがするのだ。そこは開かずの間になっていて、入り口の引き戸にはベタベタとミミズの這ったような字の書かれた札が貼ってある。

初めそれを知った時は流石に気味が悪かった。長谷部さんにも余計な事とはわかっていても、「家賃が破格だからっていかがなものか」と苦言を提したほどだ。

でもそんな俺に長谷部さんは笑って言ったんだ。



「人間は惰性と順応の生き物だよ」

⏰:09/12/19 20:47 📱:F01B 🆔:x8k3BwQQ


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