こちら満腹堂【BL】
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#518 [ひとり]
「したらまた明日」
「うん、明日ねぇ」
「おつかれー」
俺は今度こそサドルに跨ると、地面を蹴って三田さんのもとへ向け走り出した。
チャイムを鳴らすと間もなく怠そうな応答があって扉が開かれ、現れた三田さんはスウェットの上下に邪魔な前髪をゴムで結んだ姿で俺を迎え入れた。
「お疲れさん」
「お疲れさまです」
靴紐を緩めようと玄関に腰掛けた俺が無造作に置いた荷物を、当たり前のように持ってリビングへと先に消える後ろ姿を振り返り見た。甲斐甲斐しい新妻みたいじゃないか。三田さんの一挙手一投足にこうして一々反応するのは気持ちが片道だった頃から何ら変わらないところだが、それに相手からの好意を汲み取れるようになったというのが最大の異点であり、それがどんなに俺を幸福の高みへと昇らせているのか、きっと当の本人は無意識無自覚なんだろう。
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:10/02/09 00:42 :F01B :gfb29CHM
#519 [ひとり]
あの人が往復した際に開閉したドア。その気流に乗っかって、胃をいい感じに刺激する匂いが漂ってきた。それを一粒の粒子も逃さぬように思い切り吸い込むと、うん、これはどうやらカレーみたいだ。三田さんの好物はカレーにハンバーグにミートスパゲティー、オムライスとお子さまランチのスタメンで構成されている。ただその中でカレーだけは厄介な奴なんだと以前愚痴られた事がある。何故かと聞き返すととんだ愚問だと呆れられた。要するに、その量が問題なのだと言う。
『考えてもみろ、一人暮らしってことは"独り"ってことだ』
俺は普段カレーなんてインスタントか外食でしか食べないからわからなかったが、何でも自炊派の三田さんにするとカレーは作れば毎回多すぎて後が困るんだそうだ。ならば初めから考えて少なめに作ってはどうかと提案したら
『それじゃやっぱり物足りない』
と一蹴されておしまい。普通に作れば多すぎて、控えて作れば物足りない。俺の中でカレーは、二人以上で食べてこそのカレーなのだと、何故か誇らしげに熱弁する姿がフラッシュバックした。
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:10/02/09 00:43 :F01B :gfb29CHM
#520 [ひとり]
「お前遅せぇよ」
三田さんの声でいつの間にか思い出に浸かっていた意識が浮上する。見れば手に皿とおたまを持って仁王立ちしていた。
「カレー冷める」
「はいはい」
踵をきちんと揃えて玄関の隅に靴を置くと、俺はカレーの匂いでいっぱいになった暖かいリビングへと向かった。
「「いただきます」」
コタツに入って俺達は手をあわせる。三田さんの作るカレーは煮崩れない綺麗なジャガイモがゴロゴロ入っていて、玉ねぎの甘さがたまらない。まさに絶品だ。
デカすぎるほどにデカいジャガイモをスプーンで割開くと、中から白く湯気が立ち上る。舌を火傷しないよう慎重に口に運び、はふはふと少しずつ熱を逃がしながら食べる。美味い。
俺同様に先ずジャガイモに手を着けたらしい三田さんも、はふはふやっている。そして全て飲み下すと、うんめーと顔全体で笑ってみせた。俺が美味いですねと同調すれば、更にその表情を綻ばせる。嗚呼またそんな顔して、抱きついてやろうかなコンチクショー。
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:10/02/10 09:13 :F01B :FBG14ABw
#521 [ひとり]
「そ、いへばは」
二個目のジャガイモを投入した口をはふはふさせつつ、三田さんが喋る。
「ア、あち、アキひゃん、あち、あち、」
「喰うか喋るかどっちかにして下さい」
俺が言うとどうやら先に食べる事に専念しようと決めたらしい。暫く待てば、マンゴーラッシーでジャガイモを飲み下して自由になった口を開く。
「びっくりしたよ、アキちゃん」
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:10/02/10 09:14 :F01B :FBG14ABw
#522 [ひとり]
「あぁ、俺もあんな動けるヤツだとは思いませんでしたよ」
「じゃなくて、行ったらひろむにいきなり今日から入ったとか紹介されてさ」
「え、三田さんが弘さんと採用したんじゃないんですか?」
「俺知らないし、ひろむが知らん内に入れてた」
でもそれってどうだろう?弘さんは確かに全体の責任者だけれど、三田さんに黙って勝手に人を雇ったりするんだろうか。
「本当にまるきり知らなかったんですか?」
「ん?・・・んー」
ハッキリしない物言いと微妙にばつの悪そうな顔に、これは何かを隠してるんだと想像するのは容易かった。
:10/02/10 09:14 :F01B :FBG14ABw
#523 [ひとり]
「・・・・知ってたんでしょ」
「いや、本当に知らなかったんだって!!」
誤魔化すように福神漬けをつついていた手を止めて、三田さんは抗議するような視線を寄越す。
「・・・そうですか」
俺は不自然なまでの聞き分けの良さで、再びカレーに意識を戻した・・・ように見せかけた。三田さんは隠し事が苦手だ。それは『お付き合い』する以前からとっくに心得ている。ベタだけど今俺のとっている行動は"押して駄目なら引いてみろ"な訳で、それがこの人にとって最大限の効果を齎すという事は、過去に幾度も実証済みなのだ。
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:10/02/10 09:15 :F01B :FBG14ABw
#524 [ひとり]
暫くは根競べ、俺はひたすらにカレーを食べて、どうでもいいクイズ番組を観た。観ながらたまにチラと横目で三田さんの様子を伺う事も忘れない。もういよいよ限界のようで、何を食べるわけでもないのに開いたり閉じたりと、口がしきりに動いている。言おうか言うまいか、逡巡しているみたいだ。
その姿が可笑しくて笑い出したい衝動にかられたけど、そこはぐっと飲み込んでひたすらに待つ。すると
「バイトを採ろうって話しはしてたけど、まさかアキちゃんとは思わなかった」
三田さんはボソッと零したんだ。
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:10/02/10 09:16 :F01B :FBG14ABw
#525 [ひとり]
「それじゃ、面接は弘さん一人でやったんすか?珍しい」
「うん、そう」
白状してもまだ尚気まずそうな態度。
「どうして三田さんは行かなかったんですか」
「それはお前、そのほら、あれだ、あのー…」
俺が詰めれば、三田さんは視線を逸らす。逸らした刹那覗いた耳が、心なしか赤くなっているのに気付いた。
「俺に言いたくないんですか」
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:10/02/10 21:36 :F01B :FBG14ABw
#526 [ひとり]
直感だった。三田さんが照れるような事なら、自分が関係あるんじゃないかなんて、とんだ自惚れだなと半分思いながらも。そしてその自惚れた直感は、どうも三田さんの確信をついていたようだ。
「・・・・・・・うるせ」
「耳真っ赤だけど」
「うっ・・・」
「白状しちゃいなよ」
「・・・ねぼ・・した、から」
観念したのか、つかえながらも口を開いた。
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:10/02/10 21:53 :F01B :FBG14ABw
#527 [ひとり]
どうも寝坊して、面接に行けなかったらしい。バイトの面接は毎度決まって午前中の、ランチ前の時間だ。ノジコさんはどうか知らないが、俺も津久井も、実際面接してもらったのは午前中の割と早い時間帯だったのを覚えている。
「寝坊って、んな事あったんですか?」
「ん、あった」
「そんなん言ってくれたら俺が電話で起こしてあげたのに」
「そりゃムリだろ」
「え、何でですか」
「だってお前も爆睡してたし」
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:10/02/10 22:11 :F01B :FBG14ABw
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