浮き世の諸事情｡

　
"腹立てるより義理立てろ"

腹を立てて何になるんで？
どうにもなりや､しやせんよ

本当に､訳の分からない厄介者を
拾ってしまったもんです､ね

：
：

壱助さんが‥猫としゃべってた

有り得ない‥
あんなに動物嫌いなのに!!
熱でもあるのかなぁ

｢何､か｣

｢い‥いえ､何も｣

‥気のせいか｡

　
｢さっきから‥何か､｣

ついついじっと見てしまう
意識はしてないんだけど‥

まぁ､壱助さん綺麗だし
普通は見とれるものよね

‥自問自答である｡

　
｢壱助さん‥もしかして‥｣

無意識のうちに
あたしは口が開いてしまう

壱助さんにこんな事聞くなんて
虎の穴に手突っ込むようなもの

｢もしかして､花街に‥｣

・・・って､

　

｢何で脱いでるんですかぁああ?!｣

_

　
真珠みたいに白い肌
まるで歌舞伎の女形みたいに
綺麗な顔わしてるもんだから
体も華奢なのかと思ったら

案外‥と言うか
かなりしっかりしてて
搾られてるってかんじ‥｡

腰の当たりがすごく色っぽくて
何て綺麗なんだろうこの人は‥

　
って‥
いちいち描写したくなるほど
美しかった

｢ちょっ‥と
いきなり何してるんですか!!｣

腰のあたりまで着物を下ろし
ぎろりと此方を睨み付けられる

　
｢何とは‥
着替えの意味もご存知でない？｣

またそうやって‥

｢ご存知ですぅ!!
着替えるなら一言かけてから‥｣

からかうんだから

　
"着替えます､よ"って
‥今更遅いですよぉ

熱くなる顔を抑えて
黙って背を向けた

するすると帯が解ける音
そんな音でさえ
壱助さんは色っぽくしてしまう

　
｢終わりました､よ｣

一呼吸置いて体の向きを返る
いちいちドキドキして
あたし馬鹿みたいだなぁ‥

おいおい壱助さん
時が止まってるじゃあ
ありませんか｡

｢ちゃんと腕通してくださいぃ!!｣

　
また半裸状態
露出狂ですかあなた‥もう

｢はい､はい｣

くつくつと笑いながら袖を通す

着物が畳を擦る音に
壱助さんの呼吸が答える

｢花街が‥どうかしやした､か｣

　
目の前に正座して
長い睫を柔らかく揺らす

調子狂いますよ‥本当に

｢壱助さん‥
いつもいつも野暮用って､
本当は､花街に
行ってるんじゃないですか？｣

軽く唇を噛んで頬を膨らます

　
｢そうだったら‥何､か｣

動揺する様子もない
掴み所がない人ね

｢やっぱり‥そうなんですか？｣

語尾が弱くなる
聞かなきゃよかったって
これまた後悔先に立たず｡

　
｢さぁ‥ね｣

妖しい笑みを浮かべた時は
あたしをからかってるのだ

｢行くな､と？｣

｢当たり前です‥!
何か‥嫌なんですよぉ｣

｢ほぉう｣

　
すると
壱助さんがぬっと身を乗り出し
じっと見つめてきたもんで
不意を付かれて倒れ込んだ

｢それなら‥香夜さんが
お相手を､していただけるんで？｣

　
急に体が重くなる
あたしを見下ろすその目が憎い
壱助さんは､ずるいよ

｢‥嫌です｣

｢おや､この前は‥
色めいて抱けと言ったのに｣

｢‥あ､あれは｣

自分でもよくわかりません
何て言えるはずもなく

　
｢色んな遊女を抱いてる人に
‥抱かれたくはありません｣

目を伏せて
のしかかる体を押し上げる

｢こいつぁ‥手厳しい｣

雪みたいな手が頬を撫でた

‥また喰らおうとするの？

　
｢中の下では‥｣

雪がするする首筋を流れ
胸元をするりと抜けた

｢"目覚めない"もんで､ね｣

胸にひんやりとした感覚
睨みつけるように
鋭い目であたしを突き刺す

　

｢きゃああぁああぁあっ｣

いざと言うときに
力は発揮されるようで

どんと壱助さんの体を突き飛ばし
目をむき出しにした

有り得ないっ有り得ない!!!

｢壱助さんの‥

すけべぇええぇえぇ!!!!｣

もう､お嫁にいけません｡うぅ

　
｢そんなに怒っていては‥
嫁に行けません､よ｣

｢壱助さんのせいですぅう!!!｣

目一杯叫んでやった｡

―‥壱助さんの馬鹿やろうっ!!