浮き世の諸事情｡

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来てくれた‥壱助さん

もう何年も何十年も
会ってなかったような気がする

壱助さんは何一つ変わらず‥

表情さえも変えずに
入り口の柱に寄りかかり
横目で此方を睨みつけた

　
｢壱す‥｣

｢おいこら!!
お前‥香夜さんの
旦那じゃないんだって？｣

茂七さんがすかさず責め立て
つかつかと詰め寄った

本当に命知らず‥

　
｢俺は嘘をつく奴が
大嫌いなんだぁよ!!｣

と茂七さんが言い終わる前に
壱助さんは
するりと目の前に立ちはだかる
茂七さんをかわし‥

｢‥帰ります､よ｣

｢へ？｣

　
あたしの手首を捕らえた
あの美しくて冷たい手

｢でも‥あたし｣

いつもより少し
壱助さんが情で動いてる気がする

気のせいかな？

　
そのままぐいっと引っ張られ
前のめりになる

忙しなく下駄に足を突っ込み
わけがわからぬままに
体を預けてみた

｢壱助さん‥ちょっと待って‥｣

｢‥その勘違い野郎に
ついて行く､とでも？｣

　
急に足を止めて
前に放った言葉なのに
威圧感はいつも以上

｢その通りだ!
香夜さんと俺は恋仲に‥｣

｢格下げです､よ｣

少しくらい茂七さんの話を
最後まで聞いてあげてほしい
そう思うくらい

　
壱助さんはぶった斬るように
次々に言葉を並べる

怒ってるかな‥

｢格下げ‥？｣

｢"所有物"に格下げ､ですよ｣

　
―‥､

｢‥もう､嫌なんです｣

思わず零れた言葉に
反応するように振り向いた

‥顔も見たくない
辛くて苦しくて仕方がないの

　
｢‥嫌､とは｣

白々しい視線が
上から惜しげもなく降り注ぐ

｢もう迷惑かけたくない‥
宿代も食事代も
壱助さんに任せっきりで､
あたし‥赤の他人ですよ？｣

親切にされるのが
もう怖くなってしまったの

　
‥会えて嬉しいのに

｢ほぉう‥それで？｣

相変わらず冷静で
熱くなってる自分が
馬鹿馬鹿しく思えてしまうほど

しっかりと掴んで離さない
その繋がりを見つめて
その繋がりを妬んだ

　
｢それで‥それで､
最近おかしいんです｡
壱助さんといると
辛くて‥苦しくて‥もう､｣

‥また泣いてしまった

乱暴に涙を左手で拭っても
それを無駄にしてしまうほど
溢れかえって止まらない

　
｢‥｣

声のない返事に
余計に胸を痛ませて

｢胸の奥がずきずき痛んで‥
この気持ち‥｣

｢それ以上‥
言わないで､もらえやせんか｣

_

　
ぎゅっと繋がりが力強く‥
ぽつり呟くような声と共に

傷つけてしまったかな‥
一番大切にしなきゃ
いけない人なのに

｢許しません､ぜ｣

見上げて､ほら
この程度じゃ傷つかない？
それとも無理してる？

　
まだまだあたしは
‥貴方を何も知らないの

｢"所有物"ですから‥｣

だけど変なんです
あたしなんかの言葉に
酷く傷付いてほしいなんて

考えてしまうんですから

　

｢勝手に‥
私の傍を離れるなど､ね｣

もっと貴方を知りたくて

_

　
【おまけ / 茂七さんの行方】

香夜ちゃんが泣き出して

｢男が女性を泣かせるなど
言語道断だ‥!!｣

(って言ってたんですが
邪魔なので省略しました←)

｢茂七さんじゃないかぁ!!
今団子焼けるから
さぁさ!入っとくれよぉ｣

丁度帰ってきて
気を利かせた伊代さんが
団子食わせて
黙らせてましたとさ

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