浮き世の諸事情｡

　
気付けば
してやられているのです

｢注文が多いです､ね｣

いちいち顔を熱くして
何時か慣れる時が来るだろうか

：
：

｢ほぉう‥｣

解れた裾に針を通し
ちくちくと縫い上げる手を
物珍しそうに見つめていた

‥なんか､可愛い

いや､壱助さんに可愛いなんて
‥あたしは何を考えてるんだ

　
最近何かと愛着がわいて
時々そんな事を考える

だけどこの人には
美しいという言葉が
一番似合うわけですが‥

｢随分と‥器用なものです､ね｣

｢お裁縫は得意なんですよっ!｣

と得意げに
にいっと笑ってみせれば

　
｢"だけ"｣

と痛いところを突いてくる

だけど最近
壱助さんがよく笑う気がする

此は笑う‥って言うのか
よくわからないけど
含み笑い？‥そんなの｡

　
｢何処で‥
引っ掛けてきたんですか？｣

｢さぁ､ね｣

わざとはぐらかしているのか
本当にわからないのか

睫を伏せて腕を組み直す

　
｢‥｣

ちくちくちくちく

｢‥｣

ちくちくちくちく

‥見すぎ!!
ちょっとやりにくいし
何か近いんですけど!!

　
あっちこっちに角度を変えて
針を目で追っている

本当にもう少しで
その綺麗な顔まで縫いそうなほど

｢あの‥やりにくいんですけど｣

その手を止めれば

｢いいじゃあ､ないですか｣

いつもの調子
そんなに面白いだろうか

　
代わりに羽織っただけの浴衣
きちんと着ていないのは
初めてだから‥なんか新鮮で

それでいて今日は
やっぱり何処か‥うん
珍しく壱助さんから
寄ってきたからかな？

｢‥ちょっと
あっち行ってて下さい｣

　
｢‥｣

‥どうしてそんな
不機嫌になるんですか!!

切れ長の目で一度睨み付けて
仕方なさそうに腰を上げた

ひらり翻った浴衣から香る
壱助さんの匂いが鼻をくすぐる

　
胡座をかいて茶を啜り
外の世界に目を向けて

だらしなく下がった襟元の色気
ただの浴衣さえ
貴方が着れば一級品

‥あたしもあれくらい
美しく生まれたかったもんだ