浮き世の諸事情｡

　
‥自分から聞いておいて
そりゃぁないよ‥壱助さん

いつもと同じ無関心な声が
たった一言そう告げる

｢で､壱助さんは？｣

少し歩幅を大きくして
顔を覗き込む

　
｢ご存知ですかい？｣

｢‥何を？｣

｢春の陽気にさそわれて
動物たちが活動を､始める｣

｢だからいいんですよ春!!
賑やかじゃないですかぁっ｣

｢ついでに‥変質者も､ね｣

　
つり上がった口元と
冷たい視線が訴えた

｢あたしの何処がっ‥
変質者なんですかぁっ？!｣

｢おや､おや
わからないとは‥可哀想な方､だ｣

吐き捨てた言葉がぐさり

意地悪!意地悪ーっ!

：
：

もうだいぶ歩いて街から外れた

人がめっきりいなくなり
真っ青な空が一面に広がる

｢んぅー‥｣

ぷうっと頬を膨らませる

正直歩き疲れたし
何処へ向かってるかもわかんない

　
ただただ手を引かれる
少しだけ心細い

｢‥｣

｢んわっ!!｣

急に壱助さんの足が止まり
背中に顔が埋まった

鼻‥痛い

　
｢急に止まんないでくださ‥｣

―‥ガンッ!!!

目の前の鮮やかな緑が歪み
一気に真っ暗になった

：
：

ふわり鼻をくすぐる
体の中が色づくような
華やかな梅の香り

｢痛たた‥ったぁ‥あぁ？!｣

頭を抑えながら体を起こせば
一面に広がる梅の花

　
柔らかな赤い花
さわやかな白い花
愛らしい桃色の花

‥天国？

そう疑ってしまうほど
こんな景色‥見たことない

　
｢‥石頭｣

｢へ？｣

隣から聞こえたその声は
不機嫌そうな壱助さん

｢ちょいと踵が‥
痺れてしまいやした､よ｣

胡座をかいて
右の踵を軽くさすりながら
呆れたようなため息を漏らす

　
ってか‥踵って
踵落とししたんかいっ!!!

どうりで頭が
割れそうに痛むわけだ

｢壱助さん‥此処‥｣

いつもならそこで
"酷ーい!!"なんてわめくのに

不思議とそんな思いが
この景色の中に吸い込まれていく