記憶を売る本屋さん
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#304 [我輩は匿名である]
「…うー」

不意に、赤ちゃんが声を出した。

目が潤んだまま視線を下ろすと、赤ちゃんはじっと、優也の方を見ている。

普通この小さならまだあまり目が見えないはずだが、赤ちゃんはまっすぐに彼を見ていた。

「…君のお父さんだよ」

響子は小さく笑う。

「次に生まれて来た時は…いっぱい抱っこしてもらおうね」

響子の腕の中の赤ちゃんは、まるでその言葉がわかったかのように、にっこり笑った。

⏰:10/04/05 09:28 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#305 [我輩は匿名である]
響子は静かに目を覚ます。

目の前には、真っ白い天井。家の天井ではない。

「あっ、目、覚めました?ここ病院ですよ」

足元で女性の声がする。

「病院…?」

「大丈夫?どこか痛む?」

声の主は、看護師だった。

「え…?」

「だって、涙出てるよ?」

そう言われて、響子は目の辺りを触る。確かに、両目に一筋の涙のあとがある。

⏰:10/04/05 21:49 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#306 [我輩は匿名である]
それも、まだ出来たばかりの。

「い…痛いんじゃないんです…」

響子は慌てて涙を拭く。

「そ、それより!」

ハッと思い出して、響子は飛び起きる。その拍子にベッドがギイッと音を立てる。

「私、私と一緒に、男の子が運ばれてきませんでしたか!?月城薫っていう子!」

急に声を上げたため、看護師は驚いている。

「…その子なら」

目をぱちくりさせつつ、看護師は響子に背を向け、響子の前のベッドを指差す。

⏰:10/04/05 21:50 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#307 [我輩は匿名である]
「そこのベッドにいるわよ。あなたより重症だけど、結構早く目を覚ましてたよ」

カーテンで仕切られていて、このベッドの外が見えない。

しかし、カーテンの外が明るいのはわかる。

「…今、何時ですか?」

「今?今ねぇ、朝の9時過ぎ」

「…朝?えっ、朝ですか?」

「えぇ、香月さん、昨日階段から落ちてからずっと寝てたのよ。大丈夫?」

「へ?はぁ、何ともないです」

「そう。ちょっと頭打ってたみたいだから、それでかな。一応今日検査の予定が入ってるから」

「検査…はい、わかりました」

⏰:10/04/05 21:50 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#308 [我輩は匿名である]
いまいちよくわからないまま、響子は了承する。

看護師はホッとしたように、響子の検温を始めた。

⏰:10/04/05 21:51 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#309 [我輩は匿名である]
検温が終わり、看護師が部屋を出て行った。

血圧も体温も呼吸数も脈拍も、全て問題無い。

怪我も、薫がかばってくれたからか、かすり傷で済んでいる。

「(はっ!月城くんは!?)」

響子はベッドの下に置いてあるスリッパを履き、一応挿してある点滴を引っ張って薫のベッドに向かう。

響子のベッドのカーテンを開けると、薫のベッドのカーテンも閉まっていた。

何だか少し緊張する。

が、今そんな事を言っている場合ではない。

響子はゆっくりと、薫のベッドのカーテンを開ける。

⏰:10/04/05 21:52 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#310 [我輩は匿名である]
「…よぉ」

薫は、意外にも元気そうに挨拶してきた。

が、頭には包帯を巻かれ、左肩はギプスをした上に、腕ごと牽引されている。

ベッドも30度程頭を上げてある。

看護師の「重症」と言う事葉を思い出す。

「…月城くん…」

「…あぁ、何か結構ひどいな、俺」

薫は苦笑しつつ、自分の体を見る。

⏰:10/04/05 21:52 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#311 [我輩は匿名である]
「頭は打撲で、何針か縫ったらしい。

このギプスは…鎖骨骨折って言われたかな。

肋骨も1本ヒビ入ってるらしいし、足もひねってる」

薫は開き直り、まるで自慢のように言う。

他にも、右の頬を覆うように湿布が貼られていたり、右手の指にまとめて包帯が巻かれている。

響子はそれを、じっと見つめる。

彼女の表情を見て、薫は小さくため息をつく。

「…全部思い出したのか、お前の事も、…俺の事も」

響子は黙って頷く。

⏰:10/04/05 21:52 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#312 [我輩は匿名である]
薫はいつものように「そうか」と返事をする。

「…あなたが、死ぬところまで知ってる」

声を震わせて、響子は言った。

「…だからか」

薫は何かを納得したように返事をする。

「…嫌いになるわけないじゃない」

涙ぐみながら、響子は言う。

⏰:10/04/05 21:53 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


#313 [我輩は匿名である]
「私は、死ぬまでずっと、優也の事大好きだったよ。

…死んだ後も、今も、死ぬ前と同じぐらい大好きだよ。

なのに…何で『俺の事嫌いになったかもしれない』とか言うの?」

言っているうちに、またぼろぼろと涙が出てきた。

前からそうだった。1度泣けば、なかなか泣き止まない。

それを見て、優也はいつも呆れて笑っていた。

そんな事を思い出せば、また余計に涙が止まらなくなる。

⏰:10/04/05 21:53 📱:N08A3 🆔:W6VDeUwI


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