記憶を売る本屋さん
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#401 [我輩は匿名である]
直人は「うわぁぁぁぁ!」と叫びながら、手にあった本を壁に投げつけた。

何もしていないのに、息が切れ、汗をびっしょりかいている。

「(な…何だよ…今の…)」

そう思った直後、急に激しい吐き気に襲われた。

口を押さえてトイレに駆け込む。

幸い、呼吸を整えていると吐き気はおさまってきた。

しかし、直人はまだ、何が起こったのか理解できない。

「(…あれ…俺が…違う……要が…はねられたって事か…?)」

5分ほどトイレに閉じこもった後、直人はフラフラと部屋に戻る。

⏰:10/04/08 19:10 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#402 [我輩は匿名である]
部屋に入り、ドアを閉めたところで、足の力が抜けてしまった。

ドアにもたれ、茫然とする。

足元に、あの本が落ちている。

直人は這うようにそれに近づき、恐る恐るもう1度手にしてみる。

全身が震えている。まるで「開くな」と言っているように。

しかし、直人はそれを振り切って、それをゆっくりと開いた。

⏰:10/04/08 19:11 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#403 [我輩は匿名である]
『5月19日

長月要は石川晶と話し合う事にした。

2人は互いの言い分をぶつけ合ったが、途中で石川晶が逃げ出した。

長月要は後を追ったが、石川晶が信号を無視し、横断歩道に飛び出した。

走行中だったトラックがブレーキをかけたが間に合わず、

彼女をかばった長月要がはねられ、路面に全身を強打した。

特に強く頭を打ちつけており、約7分後に救急車が到着したが、ほぼ即死だった。』

⏰:10/04/08 19:11 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#404 [我輩は匿名である]
それはもう、最後のページだった。

直人は凍りつく。

「……即死……?」

手から本が滑り落ちる。

長月要は死んだ。晶をかばって。

そんな…。声に出したつもりだが、出なかった。

『即死だった』

その言葉だけが、頭の中でぐるぐる回る。

「う…嘘…だろ…」

直人は無理やり声を押し出す。

⏰:10/04/08 19:12 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#405 [我輩は匿名である]
「俺は…」

違う。直人は考えを振り切るように首を振る。

「(…あれは…俺じゃない…俺じゃない…!

俺は…ちゃんと生きてるだろ…?

死んだのはあいつだ…長月要だろ…)」

何度も自分に言い聞かせる。

しかし、言い聞かせる度に、どんどん複雑な気分になっていく。

⏰:10/04/08 19:12 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#406 [我輩は匿名である]
怖かった。今でも鳥肌がおさまらないほど。

自分に近づいてくる猛スピードのトラック。

耳をつんざくようなブレーキの音。

忘れようと思っても忘れられない。

自分に起こった事にしか思えず、それが余計に直人の頭の中をかき乱す。

「(違う…違う…!

あれは…俺じゃない…!

…俺じゃないのに…)」

直人は1日中、立ち上がる事すらできずに、ただボーッと座り込んでいた。

⏰:10/04/08 19:13 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#407 [我輩は匿名である]
次の日。

昨日の晩は一睡も出来ず、直人の目の下に薄くくまが出来ていた。

1日経っても、まだ何も考えられない。

薫はまだ入院中のため欠席だが、その上飛鳥まで休みだった。

相談できる人が誰もいない。

直人は机で1人、頭を抱える。

朝礼で、金曜日の階段での事故について担任から話があったが、

今の直人の耳に入るはずもない。

時間が経つのが異様に早く、気が付けば下校時刻になっていた。

⏰:10/04/08 22:48 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#408 [我輩は匿名である]
弁当を食べたかどうかも覚えていないが、弁当箱が軽くなっているのを見ると、無意識に食べたのだろう。

直人は暗い顔で、何気なく携帯電話を取り出してみる。

ちょうど、メールが1通届いている。

メールは薫からだった。

『明日退院出来るってヽ(´▽`)/

でもまだ一応自宅安静らしい…。

暇だから時間があったら遊びに来い。』

「(……こんな時にふざけた顔文字送って来やがって…)」

直人は心の底からイラッとした。

⏰:10/04/08 22:49 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#409 [我輩は匿名である]
しかし、退院出来るようになったなら良かった。

薫には、聞きたい事も、聞いてほしい事もたくさんある。

ほんの少しホッとして携帯電話をしまう。

そして教室を出ようとすると、ドアから室内を覗いている響子と奏子の姿があった。

「…あ!いたいた」

直人と目が合い、奏子が声を上げる。

2人は小走りで直人に駆け寄る。

⏰:10/04/08 22:49 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#410 [我輩は匿名である]
「香月…いつ退院したんだよ?」

「昨日ね。私はほとんど無傷だったし、検査でも異常なしだったから」

「…そっか…良かったな」

直人は元気なく笑う。

「で…俺に何か用…?」

いつもとは全く違う直人の様子に、2人は顔を見合わせる。

「今日の朝、学校行ってたらあんた見つけてさ。

でもなーんか元気無かったから、何となく気になって」

そう言ったのは、奏子だった。

否定できず、直人は「あぁ…」とうつむく。

⏰:10/04/08 22:49 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#411 [我輩は匿名である]
何か悪い事を言ってしまったのかと、奏子は少しおどおどする。

「…本を読み終えたの?」

響子はそれだけ直人に尋ねた。

直人はハッと顔を上げる。

「本…?」

事情を知らない奏子は、何の事かと首をかしげる。

「奏子ちゃん、呪いの本の話知ってる?」

「あぁ、変なおっさんが話し掛けてくるっていう、あの話?」

「…まぁ、そう。その呪いの本を、水無月くんが持ってるの」

⏰:10/04/08 22:50 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#412 [我輩は匿名である]
「…へ?」

「薫もだけどね」

「え!?」

唐突な話に、奏子はぽかんとする。

「でも、2人とも死んでないじゃん!」

「あの本は…読んだ人を死なせる本じゃない。

前世での記憶を思い出させるもの…。

悲しい過去を持つ人に与えられる本。

…前世の自分が死ぬ時が本の終わり」

誰から聞いたのか、響子は言う。

⏰:10/04/08 22:50 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#413 [我輩は匿名である]
「自殺したり、人を殺そうとする人は、その過去に耐えられなかった人。

耐えられた人も、一応いる。ほんの一握りだけね」

「…何で響子ちゃんがそんな事…」

奏子は茫然としながら尋ねる。

「…私も似たようなものだから」

響子は小さく笑う。

「…俺…」

直人はうつむきながら言う。

「俺の…前世の奴が、昨日、トラックにはねられて…死んだんだ」

彼の話に、奏子はまた驚き、響子は黙って耳を傾ける。

⏰:10/04/08 22:51 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#414 [我輩は匿名である]
「…その瞬間が…俺、ずっと忘れられなくて…。

俺じゃないのに、俺が死んだような気がして…。

違うって思えば思うほど、気分悪くて吐きそうになってくるし…」

「…それ、どんな感じで見えるの?」

奏子は恐る恐る尋ねてくる。

「…トラックが迫ってきて…鼓膜が破れそうなぐらいでかいブレーキの音が耳元でして、…それだけ」

「…怖かったでしょ」

響子は、直人の気持ちを理解したように、優しく声をかける。

⏰:10/04/08 22:51 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#415 [我輩は匿名である]
「……お前は?飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?」

奏子は今度は響子を見つめる。

「そうなの…?」

「…うん」

響子は頷く。

「怖かったよ、私も。…でも、水無月と同じ“怖さ”とは違うと思う。

…私は…好きな人を悲しませる事が、怖かった」

響子は少し下を向き、口を閉ざした。

「…あ、あの子は?」

「…そうだ、薫は…?」

⏰:10/04/08 22:51 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#416 [我輩は匿名である]
響子の前世の最期は薫から聞いた事があるが、薫は自分の事は一言も話した事はない。

直人は気になった。

「…薫の前世の人は、前の“私”の旦那さんだった。

彼女が死んだ2ヶ月後に、肺がんで亡くなった」

奏子も直人も、言葉が出なかった。

“薫”が病死だったなんて…。予想外の話に、何も考えられない。

「…月城くん、だっけ?よく耐えれたね」

今度は奏子が口を開く。

⏰:10/04/08 22:52 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#417 [我輩は匿名である]
「え?」

「だって、奥さんはその…誰かの自殺に巻き込まれて死んで、すぐ自分も癌だとか言われて…。

私なら無理だね、絶対」

「…彼は死ぬ直前、彼女に約束したの。

『生まれ変わったら、お前を探しだして、もう1度プロポーズする』。

薫は…それしか考えてなかったみたいだから…」

響子は呆れたように少し笑う。

「…だから、死にたくなってる場合じゃなかった…って事か」

奏子は自分で言いながら整理する。

⏰:10/04/08 22:52 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#418 [我輩は匿名である]
彼には1つ、大きな目的があった。

だから薫は乗り越える事が出来たのだ。

しかし、直人にはそんなものはない。

「水無月くんは、死にたいと思ってる?」

響子はまっすぐに尋ねてくる。

「…死にたいとは思わない…。でも…何で俺が…本をもらえたのかわからない…」

直人は思った事をそのまま口にする。

「薫には、奥さんを見つけるって目的があった。

…でも、俺には何もない。なのに…」

⏰:10/04/08 22:53 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#419 [我輩は匿名である]
「…明日、薫が退院するのは知ってる?」

響子は、一見あまり関係ないような話をした。

直人は「あぁ」と頷く。

「だったら、退院してから、薫に話を聞きに行ってみて。

もしかしたら、見つかるかもしれないよ。本をもらった理由が」

響子は笑って言った。

「…あの子何でも知ってるね」

奏子は「すごいわ…」とため息をつく。

⏰:10/04/08 22:53 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#420 [我輩は匿名である]
「…そういえば、いつから名前で呼ぶようになったわけ?」

「一昨日から♪」

響子はのろけて、満面の笑みを浮かべて答える。

「告られたの?てか、前からそーゆー雰囲気だったけど」

「んー、そうでもないけど…。むしろ私が告った感じ?」

「…え…?」

奏子は「何で?」という目で響子を見る。

「というか、私が傍にいないと淋しがるんだもん。

月城薫という男は」

「なんだそりゃ…」

笑顔で言い切った響子に呆れて、奏子はもう1度ため息を吐いた。

⏰:10/04/08 22:54 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#421 [我輩は匿名である]
直人もフッと小さく笑う。

「何かわかんねぇけど、元気出た。ありがとな」

「どーいたしまして」

「お前じゃねーし」

「はぁ?」

直人と奏子が、しょうもない言い合いを始める。

「…なんかお似合いだね、2人とも」

「似合ってない!!」

直人と奏子は声を揃えて否定する。

「(絶対お似合いだと思うけどなぁ…)」

響子はこの間の薫と同じ事を思いながら、2人の様子を眺めていた。

⏰:10/04/08 22:54 📱:N08A3 🆔:SlgCFoG2


#422 [ま]
ふむふむ。
ひかれるときとか想像しただけで怖い(´・ω・`)
更新ありがとう(´・ω・`)♪♪
めっちゃ楽しみに1日何回も確かめるで!(笑)

⏰:10/04/08 23:51 📱:P04A 🆔:D8BvOrpE


#423 [ちい]
失礼します

>>1-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500

⏰:10/04/09 08:21 📱:F905i 🆔:3LqOdeFo


#424 [我輩は匿名である]
>>422さん
そんなに
じゃあ頑張って1日何回も更新するわ

>>423さん
アンカーありがとうございます

⏰:10/04/09 08:46 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#425 [我輩は匿名である]
「でもさぁ、何でいきなり告ったの?」

3人で帰っていると、奏子がふと、響子にそう尋ねた。

響子は「え…」と口ごもる。

「それ、俺も気になる。告るのは絶対薫の方だと思ってたのに」

直人も便乗してみる。

「…私が急にワガママ言ったの。

“長谷部今日子”じゃなくて、“香月響子”として見てほしい…って」

「…どゆ事…?」

奏子は理解できず、頭を抱える。

⏰:10/04/09 08:50 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#426 [我輩は匿名である]
「薫はあの時、『俺が好きなのは長谷部今日子だけだ』って言ったでしょ?

…後から考えたら、何か悔しくなってきてね。

…私も最初は、霜月優也で頭がいっぱいだった。

でもね、過去の記憶がなくても、前世で関わりがなかったとしても、

私はきっといつか、月城薫を好きになったんじゃないかって思って…」

「言っちゃ悪いけど…薫はそれはなかったと思うぞ」

直人はあっさり断る。

あまりにもデリカシーのない直人に、奏子が頭をたたく。

「いてぇなぁ!」

「女心がわかんないバカは黙ってな」

⏰:10/04/09 08:51 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#427 [我輩は匿名である]
「いいよ、私もわかってたから」

響子は笑って言う。

「だから薫に言ってやったの。

『私が長谷部今日子を越える女になって、私の事しか考えられないようにしてやる』って」

「お前ってそんなに男前なキャラだっけ…?」

「男前とか言わないの」

「まぁ真の男前はお前だけどな。男前っつーか、男?」

「女だよ。あんたどこ見てんの?」

「お前なんか見てねーよ」

2人はまた、言い合いを始めてしまった。

懲りない2人に、響子は横で1人、ため息を吐いた。

⏰:10/04/09 08:51 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#428 [我輩は匿名である]
家に帰り、直人は大きくため息を吐く。

「(…1人になっちまったなぁ…)」

事情を知る人がいてくれないと、気分が落ち込んで仕方がない。

誰かと話して騒いでいる方が、気が紛れてちょうど良かったのに。

直人は黙って靴を脱ぎ、「ただいま」の声もなしに部屋に入る。

それを、違う部屋の角から母と妹が見つめていた。

⏰:10/04/09 12:33 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#429 [我輩は匿名である]
「…ねぇ、あの子どーしちゃったかなぁ?」

「お兄ちゃん、昨日変な悲鳴あげてトイレに引きこもってたよ」

「うつ病にでもなっちゃった?」

母の言葉に、2人は顔を見合わせる。

「あの変人お兄に限ってそんな事…」

「…あるわけないわよねぇ〜!」

2人はそう言いながら、大声で笑ってリビングに戻っていった。

⏰:10/04/09 12:33 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#430 [我輩は匿名である]
直人はそんな事も知らず、机に鞄を置く。

その拍子に、机の置いたままの本が目についた。

直人は何気なくそれを手に取る。

そして、ゆっくりと開いてみた。

しかし…もう、何も起こらなかった。

『前世の自分が死んだ時が、本の終わり』

響子の言葉は、本当だった。

「(…本当に…死んじまったのか…あいつ…)」

直人は静かに本を閉じる。

⏰:10/04/09 12:34 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#431 [我輩は匿名である]
今思えば、いつの間にか愛着みたいなものが湧いていたのかもしれない。

晶にも、…要にも。

「(…そういえば、晶はどうなったんだろ…?

何も書いてないって事は…大丈夫だったのか…?)」

本には、晶がどうなったのかは一言も書かれていない。

要の中から見た最後の情景では、晶が向こう側の横断歩道くらいまで弾き飛ばされていた。

「(…あいつは、要にかなり腹を立ててた。

もう会いたくもなさそうだったし…。

……もっといい奴に出会って、今も元気に生きてるはずだ…)」

⏰:10/04/09 12:34 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#432 [我輩は匿名である]
生きていれば、もう60歳近くになっているだろう。

「…もうおばあさんじゃん…」

直人は小さく笑う。

それでも構わない。要の事も忘れていてもいいから、ただ幸せでいてくれたら。
直人はそう、願うように思った。

その日はやっと、4時間ほど眠ることが出来た。

⏰:10/04/09 12:35 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#433 [我輩は匿名である]
次の日の放課後、直人は薫の家を訪れた。

ドアの前で、大きく息を吐く。

そして、覚悟を決めたようにベルを押した。

「はい」

インターホンから、薫の母親の声が聞こえる。

「あっ、水無月直人です」

「あらぁ、ちょっと待ってね」

のんきな声は、そう言って1度途切れた。

ガチャッと、ドアの鍵が開く。

⏰:10/04/09 18:41 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#434 [我輩は匿名である]
「いらっしゃーい」

声と同時に、薫の母が姿を現した。

「こんちわ」

「お見舞いに来てくれたの?」

「ああ、薫元気?」

「暇そうにしてるわ。さ、入って」

小さい頃からよく面倒を見てくれたため、彼女はよく知っている。

直人は気兼ねなく、「お邪魔しまーす」と中に入る。

「お茶持っていくから、先に行ってて」

「うん、ありがと」

⏰:10/04/09 18:42 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#435 [我輩は匿名である]
直人は礼を言って、左側にあるドアを開く。

「…よぉ。いらっしゃい」

薫は、ベッドの上で雑誌を読んでいた。

「元気そうじゃん、早く学校来いよ」

直人はつまらなそうに言いながら、ベッドの横に座り込む。

「無理言うなよ。前かがみになったら痛むんだから、ノートすら取れないんだぞ?」

「お前がいないと暇なんだよ」

「知らねーよ」

薫は呆れたように言い捨てる。

⏰:10/04/09 18:42 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#436 [我輩は匿名である]
「はーい、お茶」

ちょうどよく、薫の母親が2人分の麦茶を持ってきてくれた。

「サンキュー、おばさん」

「どういたしまして。ゆっくりして行ってねー」

彼女はにっこり笑って部屋を出て行った。

「で?俺に何か用か?」

麦茶が入ったグラスを片手に、薫が尋ねる。

⏰:10/04/09 18:42 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#437 [我輩は匿名である]
「純粋なお見舞い」

「お前がそれ事だけでわざわざ来るかよ」

薫は疑わしい目で直人を見る。

ばれたか。直人はチッと舌打ちする。

「…まぁ、いろいろあってさ…」

暗い顔でうつむく直人に、薫は首をかしげつつ、カレンダーに目をやる。

「………死んだのか」

薫は単刀直入に、それだけ言った。

⏰:10/04/09 18:43 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#438 [我輩は匿名である]
「……ホント、お前何でも知ってるな」

直人は顔を上げる。

「……“何で死んだのか”までは知らない」

「へぇ…」

「意外だな」と、直人は思った。

「…事故ってさ。トラックにはねとばされたらしい」

「お前が飛び出したのか?」

「まさか。晶が飛び出して、…かばったんだよ」

直人は手の中のグラスを見つめる。

薫は返事をするより先に、小さく鼻で笑った。

思わず、直人は顔を上げる。

⏰:10/04/09 18:43 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#439 [我輩は匿名である]
「ここ笑いどころじゃないんだけど」

「…何でかばったんだ?」

薫は「ばかじゃないのか」という視線を直人に送る。

「何でって…当たり前だろ?…好きだったんだから」

直人は少しムッとして言い返す。

が、薫の表情は変わらない。

「…お前、あいつをかばって良かったと思ってる?」

そんな事まで言い出した。

「お、思ってるよ!今ごろおばあさんになって…」

⏰:10/04/09 18:44 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#440 [我輩は匿名である]
「残念だけど」

直人の主張を邪魔するように、薫が少し声を大きくして言った。

「あいつは死んだよ」

「…は…?」

断言する薫に、直人は苛立ったようににらみ返す。

「病気か?それとも事故か?」

「違う」

「…じゃあ何だよ!?」

思わず声を上げてしまった。

直人はちらっとドアを見る。

が、誰かが入ってきそうな気配はない。

⏰:10/04/09 18:44 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#441 [我輩は匿名である]
「…お前、あんな奴が幸せに生きていけると思ったのか?」

薫は少し質問を変える。

「…どういう意味だよ…?」

「石川晶には、お前以外に頼れる人間はいなかった。

親には捨てられたみたいだしな。

そんな奴が、お前無しに生きていけると思うか?」

薫はそう言ってグラスに口をつける。

その質問の意図が、直人には理解できない。

⏰:10/04/09 18:45 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#442 [我輩は匿名である]
グラスを傍に起きながら、「どういう事だ」と考える。

「あいつは、お前が思うほど強い人間じゃなかった。

お前に置いていかれて、後を追いたくなるのも無理ないよなぁ…?」

そこまで言われて、直人はハッとした。

「…自殺した…って言いたいのか…?」

薫は何かを感じて、傍にあった机にグラスを置く。

その直後、直人は発作的に、薫の胸ぐらを掴んだ。

⏰:10/04/09 18:45 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#443 [我輩は匿名である]
「ふざけんな…!あいつが自殺なんかするわけないだろ!」

「ふざけてるのはお前だろ。余計な事しやがって…。

あんなやつ、かばう価値があるような女じゃなかった」

「…お前…!」

直人の手に力が入る。

が、薫も右手で直人の手首を掴む。

「だってそうだろう?あいつは自分が楽になれればそれで良かった。

誰かを巻き込もうが、あの女はどうでも良かったんだよ!」

薫も声を荒げて言い返す。

⏰:10/04/09 18:45 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#444 [我輩は匿名である]
その『誰かを巻き込もうが』という言葉に、直人は動きを止めた。

「…え…?」

直人は茫然としている間に、薫は直人の手を振り払う。

無理に体をひねったためか、薫は顔をしかめて左胸をさする。

「…わかっただろ?俺が何を言いたいか」

少し息を切らしながら、薫は直人に言う。

「あいつはビルの屋上から飛び降りた。下も見ずにな。

だから、下の歩道に人が通っていたのに気付かなかった」

⏰:10/04/09 18:46 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#445 [我輩は匿名である]
「……嘘だ…」

「嘘じゃない」

「嘘だ!!」

「嘘じゃない!!」

直人はベッドの傍に突っ立ったまま「嘘だ」と繰り返す。

何を言っても信じようとしない直人を見て、薫はベッドの下を探って、一冊の深緑色の本を出した。

⏰:10/04/09 18:46 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#446 [我輩は匿名である]
タイトルも著者名も、なにも書かれていない。

しかし、直人の本よりもはるかに分厚い。

薫はそれを開き、真ん中に近いページを開いて直人に差し出した。

「読んでみろ」

そう言われて、直人はおずおずとそれを受け取る。

⏰:10/04/09 18:47 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#447 [我輩は匿名である]
『1977年 5月22日

昨日残業したため、今日は早く帰れる。

今日子のお腹も大きくなってきたので、優也は出勤前に「今日は俺が晩ご飯作るよ」と申し出た。

しかし、17時前に帰宅したが、今日子は家にいなかった。

心配しながら待っていると、18時ごろに電話が鳴った。

警察からだった。今日子と思われる女性が亡くなったという。

優也はよくわからないまま、言われた病院に車を走らせた。

⏰:10/04/09 18:47 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#448 [我輩は匿名である]
警察の人間に案内されて入った部屋は、霊安室だった。

目の前に横たわっている人の顔にかかった布を取ると、紛れもなく今日子だった。

隣には、お腹にいたはずの赤ちゃんも寝かされていた。

「せめて赤ちゃんだけはと、医者は助けようとしたそうだが」と、警官は言った。

なぜ、いつ死んだのか。そう尋ねると、

警官は「買い物を終えて帰宅途中、ビルから女性が飛び降り、その下敷きになったようです」と答えた。』

⏰:10/04/09 18:47 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#449 [我輩は匿名である]
『5月24日

今日は友引だったため、今日子らのお通夜は明日になった。

優也が家でボーッとしていると、中年の男女がやって来た。

誰かと尋ねると、彼らは言った。

「ご迷惑をおかけした、石川晶の保護者です」と。

話を聞くと、その石川晶という15歳の少女が、ビルから飛び降り自殺を図ったという事だった。

今日子はそれに巻き込まれたのだ。

その少女は幼い頃親に捨てられ、養護施設で育ったが、いつも1人だった。

高校に入ってすぐに、1人の友人が出来たようだが、その友人が亡くなったらしく、強いショックを受けていたという。』

⏰:10/04/09 18:48 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


#450 [我輩は匿名である]
まだ続きがあったが、直人はそれ以上読む気にはならなかった。

「…わかっただろう?」

薫は顔を背けて言う。

「あいつは、お前が死んだショックに耐えられなかった。

…たったそれだけで、あいつはビルから飛び降りたんだよ。

今日子も巻き添えにしてな…!」

薫はそう言って、直人を見上げる。

⏰:10/04/09 18:48 📱:N08A3 🆔:D1zW908U


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