記憶を売る本屋さん
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#401 [我輩は匿名である]
直人は「うわぁぁぁぁ!」と叫びながら、手にあった本を壁に投げつけた。
何もしていないのに、息が切れ、汗をびっしょりかいている。
「(な…何だよ…今の…)」
そう思った直後、急に激しい吐き気に襲われた。
口を押さえてトイレに駆け込む。
幸い、呼吸を整えていると吐き気はおさまってきた。
しかし、直人はまだ、何が起こったのか理解できない。
「(…あれ…俺が…違う……要が…はねられたって事か…?)」
5分ほどトイレに閉じこもった後、直人はフラフラと部屋に戻る。
:10/04/08 19:10
:N08A3
:SlgCFoG2
#402 [我輩は匿名である]
部屋に入り、ドアを閉めたところで、足の力が抜けてしまった。
ドアにもたれ、茫然とする。
足元に、あの本が落ちている。
直人は這うようにそれに近づき、恐る恐るもう1度手にしてみる。
全身が震えている。まるで「開くな」と言っているように。
しかし、直人はそれを振り切って、それをゆっくりと開いた。
:10/04/08 19:11
:N08A3
:SlgCFoG2
#403 [我輩は匿名である]
『5月19日
長月要は石川晶と話し合う事にした。
2人は互いの言い分をぶつけ合ったが、途中で石川晶が逃げ出した。
長月要は後を追ったが、石川晶が信号を無視し、横断歩道に飛び出した。
走行中だったトラックがブレーキをかけたが間に合わず、
彼女をかばった長月要がはねられ、路面に全身を強打した。
特に強く頭を打ちつけており、約7分後に救急車が到着したが、ほぼ即死だった。』
:10/04/08 19:11
:N08A3
:SlgCFoG2
#404 [我輩は匿名である]
それはもう、最後のページだった。
直人は凍りつく。
「……即死……?」
手から本が滑り落ちる。
長月要は死んだ。晶をかばって。
そんな…。声に出したつもりだが、出なかった。
『即死だった』
その言葉だけが、頭の中でぐるぐる回る。
「う…嘘…だろ…」
直人は無理やり声を押し出す。
:10/04/08 19:12
:N08A3
:SlgCFoG2
#405 [我輩は匿名である]
「俺は…」
違う。直人は考えを振り切るように首を振る。
「(…あれは…俺じゃない…俺じゃない…!
俺は…ちゃんと生きてるだろ…?
死んだのはあいつだ…長月要だろ…)」
何度も自分に言い聞かせる。
しかし、言い聞かせる度に、どんどん複雑な気分になっていく。
:10/04/08 19:12
:N08A3
:SlgCFoG2
#406 [我輩は匿名である]
怖かった。今でも鳥肌がおさまらないほど。
自分に近づいてくる猛スピードのトラック。
耳をつんざくようなブレーキの音。
忘れようと思っても忘れられない。
自分に起こった事にしか思えず、それが余計に直人の頭の中をかき乱す。
「(違う…違う…!
あれは…俺じゃない…!
…俺じゃないのに…)」
直人は1日中、立ち上がる事すらできずに、ただボーッと座り込んでいた。
:10/04/08 19:13
:N08A3
:SlgCFoG2
#407 [我輩は匿名である]
次の日。
昨日の晩は一睡も出来ず、直人の目の下に薄くくまが出来ていた。
1日経っても、まだ何も考えられない。
薫はまだ入院中のため欠席だが、その上飛鳥まで休みだった。
相談できる人が誰もいない。
直人は机で1人、頭を抱える。
朝礼で、金曜日の階段での事故について担任から話があったが、
今の直人の耳に入るはずもない。
時間が経つのが異様に早く、気が付けば下校時刻になっていた。
:10/04/08 22:48
:N08A3
:SlgCFoG2
#408 [我輩は匿名である]
弁当を食べたかどうかも覚えていないが、弁当箱が軽くなっているのを見ると、無意識に食べたのだろう。
直人は暗い顔で、何気なく携帯電話を取り出してみる。
ちょうど、メールが1通届いている。
メールは薫からだった。
『明日退院出来るってヽ(´▽`)/
でもまだ一応自宅安静らしい…。
暇だから時間があったら遊びに来い。』
「(……こんな時にふざけた顔文字送って来やがって…)」
直人は心の底からイラッとした。
:10/04/08 22:49
:N08A3
:SlgCFoG2
#409 [我輩は匿名である]
しかし、退院出来るようになったなら良かった。
薫には、聞きたい事も、聞いてほしい事もたくさんある。
ほんの少しホッとして携帯電話をしまう。
そして教室を出ようとすると、ドアから室内を覗いている響子と奏子の姿があった。
「…あ!いたいた」
直人と目が合い、奏子が声を上げる。
2人は小走りで直人に駆け寄る。
:10/04/08 22:49
:N08A3
:SlgCFoG2
#410 [我輩は匿名である]
「香月…いつ退院したんだよ?」
「昨日ね。私はほとんど無傷だったし、検査でも異常なしだったから」
「…そっか…良かったな」
直人は元気なく笑う。
「で…俺に何か用…?」
いつもとは全く違う直人の様子に、2人は顔を見合わせる。
「今日の朝、学校行ってたらあんた見つけてさ。
でもなーんか元気無かったから、何となく気になって」
そう言ったのは、奏子だった。
否定できず、直人は「あぁ…」とうつむく。
:10/04/08 22:49
:N08A3
:SlgCFoG2
#411 [我輩は匿名である]
何か悪い事を言ってしまったのかと、奏子は少しおどおどする。
「…本を読み終えたの?」
響子はそれだけ直人に尋ねた。
直人はハッと顔を上げる。
「本…?」
事情を知らない奏子は、何の事かと首をかしげる。
「奏子ちゃん、呪いの本の話知ってる?」
「あぁ、変なおっさんが話し掛けてくるっていう、あの話?」
「…まぁ、そう。その呪いの本を、水無月くんが持ってるの」
:10/04/08 22:50
:N08A3
:SlgCFoG2
#412 [我輩は匿名である]
「…へ?」
「薫もだけどね」
「え!?」
唐突な話に、奏子はぽかんとする。
「でも、2人とも死んでないじゃん!」
「あの本は…読んだ人を死なせる本じゃない。
前世での記憶を思い出させるもの…。
悲しい過去を持つ人に与えられる本。
…前世の自分が死ぬ時が本の終わり」
誰から聞いたのか、響子は言う。
:10/04/08 22:50
:N08A3
:SlgCFoG2
#413 [我輩は匿名である]
「自殺したり、人を殺そうとする人は、その過去に耐えられなかった人。
耐えられた人も、一応いる。ほんの一握りだけね」
「…何で響子ちゃんがそんな事…」
奏子は茫然としながら尋ねる。
「…私も似たようなものだから」
響子は小さく笑う。
「…俺…」
直人はうつむきながら言う。
「俺の…前世の奴が、昨日、トラックにはねられて…死んだんだ」
彼の話に、奏子はまた驚き、響子は黙って耳を傾ける。
:10/04/08 22:51
:N08A3
:SlgCFoG2
#414 [我輩は匿名である]
「…その瞬間が…俺、ずっと忘れられなくて…。
俺じゃないのに、俺が死んだような気がして…。
違うって思えば思うほど、気分悪くて吐きそうになってくるし…」
「…それ、どんな感じで見えるの?」
奏子は恐る恐る尋ねてくる。
「…トラックが迫ってきて…鼓膜が破れそうなぐらいでかいブレーキの音が耳元でして、…それだけ」
「…怖かったでしょ」
響子は、直人の気持ちを理解したように、優しく声をかける。
:10/04/08 22:51
:N08A3
:SlgCFoG2
#415 [我輩は匿名である]
「……お前は?飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?」
奏子は今度は響子を見つめる。
「そうなの…?」
「…うん」
響子は頷く。
「怖かったよ、私も。…でも、水無月と同じ“怖さ”とは違うと思う。
…私は…好きな人を悲しませる事が、怖かった」
響子は少し下を向き、口を閉ざした。
「…あ、あの子は?」
「…そうだ、薫は…?」
:10/04/08 22:51
:N08A3
:SlgCFoG2
#416 [我輩は匿名である]
響子の前世の最期は薫から聞いた事があるが、薫は自分の事は一言も話した事はない。
直人は気になった。
「…薫の前世の人は、前の“私”の旦那さんだった。
彼女が死んだ2ヶ月後に、肺がんで亡くなった」
奏子も直人も、言葉が出なかった。
“薫”が病死だったなんて…。予想外の話に、何も考えられない。
「…月城くん、だっけ?よく耐えれたね」
今度は奏子が口を開く。
:10/04/08 22:52
:N08A3
:SlgCFoG2
#417 [我輩は匿名である]
「え?」
「だって、奥さんはその…誰かの自殺に巻き込まれて死んで、すぐ自分も癌だとか言われて…。
私なら無理だね、絶対」
「…彼は死ぬ直前、彼女に約束したの。
『生まれ変わったら、お前を探しだして、もう1度プロポーズする』。
薫は…それしか考えてなかったみたいだから…」
響子は呆れたように少し笑う。
「…だから、死にたくなってる場合じゃなかった…って事か」
奏子は自分で言いながら整理する。
:10/04/08 22:52
:N08A3
:SlgCFoG2
#418 [我輩は匿名である]
彼には1つ、大きな目的があった。
だから薫は乗り越える事が出来たのだ。
しかし、直人にはそんなものはない。
「水無月くんは、死にたいと思ってる?」
響子はまっすぐに尋ねてくる。
「…死にたいとは思わない…。でも…何で俺が…本をもらえたのかわからない…」
直人は思った事をそのまま口にする。
「薫には、奥さんを見つけるって目的があった。
…でも、俺には何もない。なのに…」
:10/04/08 22:53
:N08A3
:SlgCFoG2
#419 [我輩は匿名である]
「…明日、薫が退院するのは知ってる?」
響子は、一見あまり関係ないような話をした。
直人は「あぁ」と頷く。
「だったら、退院してから、薫に話を聞きに行ってみて。
もしかしたら、見つかるかもしれないよ。本をもらった理由が」
響子は笑って言った。
「…あの子何でも知ってるね」
奏子は「すごいわ…」とため息をつく。
:10/04/08 22:53
:N08A3
:SlgCFoG2
#420 [我輩は匿名である]
「…そういえば、いつから名前で呼ぶようになったわけ?」
「一昨日から♪」
響子はのろけて、満面の笑みを浮かべて答える。
「告られたの?てか、前からそーゆー雰囲気だったけど」
「んー、そうでもないけど…。むしろ私が告った感じ?」
「…え…?」
奏子は「何で?」という目で響子を見る。
「というか、私が傍にいないと淋しがるんだもん。
月城薫という男は」
「なんだそりゃ…」
笑顔で言い切った響子に呆れて、奏子はもう1度ため息を吐いた。
:10/04/08 22:54
:N08A3
:SlgCFoG2
#421 [我輩は匿名である]
直人もフッと小さく笑う。
「何かわかんねぇけど、元気出た。ありがとな」
「どーいたしまして」
「お前じゃねーし」
「はぁ?」
直人と奏子が、しょうもない言い合いを始める。
「…なんかお似合いだね、2人とも」
「似合ってない!!」
直人と奏子は声を揃えて否定する。
「(絶対お似合いだと思うけどなぁ…)」
響子はこの間の薫と同じ事を思いながら、2人の様子を眺めていた。
:10/04/08 22:54
:N08A3
:SlgCFoG2
#422 [ま]
ふむふむ。
ひかれるときとか想像しただけで怖い(´・ω・`)
更新ありがとう(´・ω・`)♪♪
めっちゃ楽しみに1日何回も確かめるで!(笑)
:10/04/08 23:51
:P04A
:D8BvOrpE
#423 [ちい]
:10/04/09 08:21
:F905i
:3LqOdeFo
#424 [我輩は匿名である]
>>422さん
そんなに


笑
じゃあ頑張って1日何回も更新するわ


笑
>>423さん
アンカーありがとうございます


:10/04/09 08:46
:N08A3
:D1zW908U
#425 [我輩は匿名である]
「でもさぁ、何でいきなり告ったの?」
3人で帰っていると、奏子がふと、響子にそう尋ねた。
響子は「え…」と口ごもる。
「それ、俺も気になる。告るのは絶対薫の方だと思ってたのに」
直人も便乗してみる。
「…私が急にワガママ言ったの。
“長谷部今日子”じゃなくて、“香月響子”として見てほしい…って」
「…どゆ事…?」
奏子は理解できず、頭を抱える。
:10/04/09 08:50
:N08A3
:D1zW908U
#426 [我輩は匿名である]
「薫はあの時、『俺が好きなのは長谷部今日子だけだ』って言ったでしょ?
…後から考えたら、何か悔しくなってきてね。
…私も最初は、霜月優也で頭がいっぱいだった。
でもね、過去の記憶がなくても、前世で関わりがなかったとしても、
私はきっといつか、月城薫を好きになったんじゃないかって思って…」
「言っちゃ悪いけど…薫はそれはなかったと思うぞ」
直人はあっさり断る。
あまりにもデリカシーのない直人に、奏子が頭をたたく。
「いてぇなぁ!」
「女心がわかんないバカは黙ってな」
:10/04/09 08:51
:N08A3
:D1zW908U
#427 [我輩は匿名である]
「いいよ、私もわかってたから」
響子は笑って言う。
「だから薫に言ってやったの。
『私が長谷部今日子を越える女になって、私の事しか考えられないようにしてやる』って」
「お前ってそんなに男前なキャラだっけ…?」
「男前とか言わないの」
「まぁ真の男前はお前だけどな。男前っつーか、男?」
「女だよ。あんたどこ見てんの?」
「お前なんか見てねーよ」
2人はまた、言い合いを始めてしまった。
懲りない2人に、響子は横で1人、ため息を吐いた。
:10/04/09 08:51
:N08A3
:D1zW908U
#428 [我輩は匿名である]
家に帰り、直人は大きくため息を吐く。
「(…1人になっちまったなぁ…)」
事情を知る人がいてくれないと、気分が落ち込んで仕方がない。
誰かと話して騒いでいる方が、気が紛れてちょうど良かったのに。
直人は黙って靴を脱ぎ、「ただいま」の声もなしに部屋に入る。
それを、違う部屋の角から母と妹が見つめていた。
:10/04/09 12:33
:N08A3
:D1zW908U
#429 [我輩は匿名である]
「…ねぇ、あの子どーしちゃったかなぁ?」
「お兄ちゃん、昨日変な悲鳴あげてトイレに引きこもってたよ」
「うつ病にでもなっちゃった?」
母の言葉に、2人は顔を見合わせる。
「あの変人お兄に限ってそんな事…」
「…あるわけないわよねぇ〜!」
2人はそう言いながら、大声で笑ってリビングに戻っていった。
:10/04/09 12:33
:N08A3
:D1zW908U
#430 [我輩は匿名である]
直人はそんな事も知らず、机に鞄を置く。
その拍子に、机の置いたままの本が目についた。
直人は何気なくそれを手に取る。
そして、ゆっくりと開いてみた。
しかし…もう、何も起こらなかった。
『前世の自分が死んだ時が、本の終わり』
響子の言葉は、本当だった。
「(…本当に…死んじまったのか…あいつ…)」
直人は静かに本を閉じる。
:10/04/09 12:34
:N08A3
:D1zW908U
#431 [我輩は匿名である]
今思えば、いつの間にか愛着みたいなものが湧いていたのかもしれない。
晶にも、…要にも。
「(…そういえば、晶はどうなったんだろ…?
何も書いてないって事は…大丈夫だったのか…?)」
本には、晶がどうなったのかは一言も書かれていない。
要の中から見た最後の情景では、晶が向こう側の横断歩道くらいまで弾き飛ばされていた。
「(…あいつは、要にかなり腹を立ててた。
もう会いたくもなさそうだったし…。
……もっといい奴に出会って、今も元気に生きてるはずだ…)」
:10/04/09 12:34
:N08A3
:D1zW908U
#432 [我輩は匿名である]
生きていれば、もう60歳近くになっているだろう。
「…もうおばあさんじゃん…」
直人は小さく笑う。
それでも構わない。要の事も忘れていてもいいから、ただ幸せでいてくれたら。
直人はそう、願うように思った。
その日はやっと、4時間ほど眠ることが出来た。
:10/04/09 12:35
:N08A3
:D1zW908U
#433 [我輩は匿名である]
次の日の放課後、直人は薫の家を訪れた。
ドアの前で、大きく息を吐く。
そして、覚悟を決めたようにベルを押した。
「はい」
インターホンから、薫の母親の声が聞こえる。
「あっ、水無月直人です」
「あらぁ、ちょっと待ってね」
のんきな声は、そう言って1度途切れた。
ガチャッと、ドアの鍵が開く。
:10/04/09 18:41
:N08A3
:D1zW908U
#434 [我輩は匿名である]
「いらっしゃーい」
声と同時に、薫の母が姿を現した。
「こんちわ」
「お見舞いに来てくれたの?」
「ああ、薫元気?」
「暇そうにしてるわ。さ、入って」
小さい頃からよく面倒を見てくれたため、彼女はよく知っている。
直人は気兼ねなく、「お邪魔しまーす」と中に入る。
「お茶持っていくから、先に行ってて」
「うん、ありがと」
:10/04/09 18:42
:N08A3
:D1zW908U
#435 [我輩は匿名である]
直人は礼を言って、左側にあるドアを開く。
「…よぉ。いらっしゃい」
薫は、ベッドの上で雑誌を読んでいた。
「元気そうじゃん、早く学校来いよ」
直人はつまらなそうに言いながら、ベッドの横に座り込む。
「無理言うなよ。前かがみになったら痛むんだから、ノートすら取れないんだぞ?」
「お前がいないと暇なんだよ」
「知らねーよ」
薫は呆れたように言い捨てる。
:10/04/09 18:42
:N08A3
:D1zW908U
#436 [我輩は匿名である]
「はーい、お茶」
ちょうどよく、薫の母親が2人分の麦茶を持ってきてくれた。
「サンキュー、おばさん」
「どういたしまして。ゆっくりして行ってねー」
彼女はにっこり笑って部屋を出て行った。
「で?俺に何か用か?」
麦茶が入ったグラスを片手に、薫が尋ねる。
:10/04/09 18:42
:N08A3
:D1zW908U
#437 [我輩は匿名である]
「純粋なお見舞い」
「お前がそれ事だけでわざわざ来るかよ」
薫は疑わしい目で直人を見る。
ばれたか。直人はチッと舌打ちする。
「…まぁ、いろいろあってさ…」
暗い顔でうつむく直人に、薫は首をかしげつつ、カレンダーに目をやる。
「………死んだのか」
薫は単刀直入に、それだけ言った。
:10/04/09 18:43
:N08A3
:D1zW908U
#438 [我輩は匿名である]
「……ホント、お前何でも知ってるな」
直人は顔を上げる。
「……“何で死んだのか”までは知らない」
「へぇ…」
「意外だな」と、直人は思った。
「…事故ってさ。トラックにはねとばされたらしい」
「お前が飛び出したのか?」
「まさか。晶が飛び出して、…かばったんだよ」
直人は手の中のグラスを見つめる。
薫は返事をするより先に、小さく鼻で笑った。
思わず、直人は顔を上げる。
:10/04/09 18:43
:N08A3
:D1zW908U
#439 [我輩は匿名である]
「ここ笑いどころじゃないんだけど」
「…何でかばったんだ?」
薫は「ばかじゃないのか」という視線を直人に送る。
「何でって…当たり前だろ?…好きだったんだから」
直人は少しムッとして言い返す。
が、薫の表情は変わらない。
「…お前、あいつをかばって良かったと思ってる?」
そんな事まで言い出した。
「お、思ってるよ!今ごろおばあさんになって…」
:10/04/09 18:44
:N08A3
:D1zW908U
#440 [我輩は匿名である]
「残念だけど」
直人の主張を邪魔するように、薫が少し声を大きくして言った。
「あいつは死んだよ」
「…は…?」
断言する薫に、直人は苛立ったようににらみ返す。
「病気か?それとも事故か?」
「違う」
「…じゃあ何だよ!?」
思わず声を上げてしまった。
直人はちらっとドアを見る。
が、誰かが入ってきそうな気配はない。
:10/04/09 18:44
:N08A3
:D1zW908U
#441 [我輩は匿名である]
「…お前、あんな奴が幸せに生きていけると思ったのか?」
薫は少し質問を変える。
「…どういう意味だよ…?」
「石川晶には、お前以外に頼れる人間はいなかった。
親には捨てられたみたいだしな。
そんな奴が、お前無しに生きていけると思うか?」
薫はそう言ってグラスに口をつける。
その質問の意図が、直人には理解できない。
:10/04/09 18:45
:N08A3
:D1zW908U
#442 [我輩は匿名である]
グラスを傍に起きながら、「どういう事だ」と考える。
「あいつは、お前が思うほど強い人間じゃなかった。
お前に置いていかれて、後を追いたくなるのも無理ないよなぁ…?」
そこまで言われて、直人はハッとした。
「…自殺した…って言いたいのか…?」
薫は何かを感じて、傍にあった机にグラスを置く。
その直後、直人は発作的に、薫の胸ぐらを掴んだ。
:10/04/09 18:45
:N08A3
:D1zW908U
#443 [我輩は匿名である]
「ふざけんな…!あいつが自殺なんかするわけないだろ!」
「ふざけてるのはお前だろ。余計な事しやがって…。
あんなやつ、かばう価値があるような女じゃなかった」
「…お前…!」
直人の手に力が入る。
が、薫も右手で直人の手首を掴む。
「だってそうだろう?あいつは自分が楽になれればそれで良かった。
誰かを巻き込もうが、あの女はどうでも良かったんだよ!」
薫も声を荒げて言い返す。
:10/04/09 18:45
:N08A3
:D1zW908U
#444 [我輩は匿名である]
その『誰かを巻き込もうが』という言葉に、直人は動きを止めた。
「…え…?」
直人は茫然としている間に、薫は直人の手を振り払う。
無理に体をひねったためか、薫は顔をしかめて左胸をさする。
「…わかっただろ?俺が何を言いたいか」
少し息を切らしながら、薫は直人に言う。
「あいつはビルの屋上から飛び降りた。下も見ずにな。
だから、下の歩道に人が通っていたのに気付かなかった」
:10/04/09 18:46
:N08A3
:D1zW908U
#445 [我輩は匿名である]
「……嘘だ…」
「嘘じゃない」
「嘘だ!!」
「嘘じゃない!!」
直人はベッドの傍に突っ立ったまま「嘘だ」と繰り返す。
何を言っても信じようとしない直人を見て、薫はベッドの下を探って、一冊の深緑色の本を出した。
:10/04/09 18:46
:N08A3
:D1zW908U
#446 [我輩は匿名である]
タイトルも著者名も、なにも書かれていない。
しかし、直人の本よりもはるかに分厚い。
薫はそれを開き、真ん中に近いページを開いて直人に差し出した。
「読んでみろ」
そう言われて、直人はおずおずとそれを受け取る。
:10/04/09 18:47
:N08A3
:D1zW908U
#447 [我輩は匿名である]
『1977年 5月22日
昨日残業したため、今日は早く帰れる。
今日子のお腹も大きくなってきたので、優也は出勤前に「今日は俺が晩ご飯作るよ」と申し出た。
しかし、17時前に帰宅したが、今日子は家にいなかった。
心配しながら待っていると、18時ごろに電話が鳴った。
警察からだった。今日子と思われる女性が亡くなったという。
優也はよくわからないまま、言われた病院に車を走らせた。
:10/04/09 18:47
:N08A3
:D1zW908U
#448 [我輩は匿名である]
警察の人間に案内されて入った部屋は、霊安室だった。
目の前に横たわっている人の顔にかかった布を取ると、紛れもなく今日子だった。
隣には、お腹にいたはずの赤ちゃんも寝かされていた。
「せめて赤ちゃんだけはと、医者は助けようとしたそうだが」と、警官は言った。
なぜ、いつ死んだのか。そう尋ねると、
警官は「買い物を終えて帰宅途中、ビルから女性が飛び降り、その下敷きになったようです」と答えた。』
:10/04/09 18:47
:N08A3
:D1zW908U
#449 [我輩は匿名である]
『5月24日
今日は友引だったため、今日子らのお通夜は明日になった。
優也が家でボーッとしていると、中年の男女がやって来た。
誰かと尋ねると、彼らは言った。
「ご迷惑をおかけした、石川晶の保護者です」と。
話を聞くと、その石川晶という15歳の少女が、ビルから飛び降り自殺を図ったという事だった。
今日子はそれに巻き込まれたのだ。
その少女は幼い頃親に捨てられ、養護施設で育ったが、いつも1人だった。
高校に入ってすぐに、1人の友人が出来たようだが、その友人が亡くなったらしく、強いショックを受けていたという。』
:10/04/09 18:48
:N08A3
:D1zW908U
#450 [我輩は匿名である]
まだ続きがあったが、直人はそれ以上読む気にはならなかった。
「…わかっただろう?」
薫は顔を背けて言う。
「あいつは、お前が死んだショックに耐えられなかった。
…たったそれだけで、あいつはビルから飛び降りたんだよ。
今日子も巻き添えにしてな…!」
薫はそう言って、直人を見上げる。
:10/04/09 18:48
:N08A3
:D1zW908U
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