記憶を売る本屋さん
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#301 [我輩は匿名である]
口に押しつけていた服の袖が血で汚れる。
「……お前はもう…俺の事…嫌いに…なったかも…しれないな…。
でも…俺は…もし人が…生まれ変わるのなら……もう1度……お前を探すよ……」
響子にはもう、優也の顔がはっきり見えなくなっていた。
「嫌いになるわけないよ、大好きだよ」と言って、今すぐでも抱き締めたい。
そう思うと、もう涙が止まらない。
:10/04/05 09:26
:N08A3
:W6VDeUwI
#302 [我輩は匿名である]
「お前を見つけて……もう1度…プロポーズして……結婚して…次はちゃんと…あの子を…生んでやらないと…な…。
子どもは……2人が…いいな…。男の子と…女の子…。
男の子には…俺が…野球を…教えて…
女の子は…そうだな……今日子が…料理とか…教えるのも…いいかも…しれないな…。
子どもが大きくな…て……独り立ちしたら……俺達2人……いろんな所に…旅行に行こう……。
新婚旅行しか……どこにも…連れて行って…あげれなかった…から…」
優也の声が、息遣いが、だんだん小さくなってきている。
もうもたない。響子は思った。
息をする度に、ヒューヒューと苦しそうな音が、響子まで聞こえてくる。
何とか出来るなら何とかしてあげたい。響子はやるせなさでいっぱいだった。
:10/04/05 09:27
:N08A3
:W6VDeUwI
#303 [我輩は匿名である]
痰が絡んでももう咳をする力も無くなってきたのか、優也は下を向く。
「(…優也…もう息が…)」
さっきまで肩で必死に息をしていたが、今はそうではなくなってきている。
「…今日…子……、…ごめん…ごめん、な……」
優也はそれきり、もう何も話さなかった。
:10/04/05 09:27
:N08A3
:W6VDeUwI
#304 [我輩は匿名である]
「…うー」
不意に、赤ちゃんが声を出した。
目が潤んだまま視線を下ろすと、赤ちゃんはじっと、優也の方を見ている。
普通この小さならまだあまり目が見えないはずだが、赤ちゃんはまっすぐに彼を見ていた。
「…君のお父さんだよ」
響子は小さく笑う。
「次に生まれて来た時は…いっぱい抱っこしてもらおうね」
響子の腕の中の赤ちゃんは、まるでその言葉がわかったかのように、にっこり笑った。
:10/04/05 09:28
:N08A3
:W6VDeUwI
#305 [我輩は匿名である]
響子は静かに目を覚ます。
目の前には、真っ白い天井。家の天井ではない。
「あっ、目、覚めました?ここ病院ですよ」
足元で女性の声がする。
「病院…?」
「大丈夫?どこか痛む?」
声の主は、看護師だった。
「え…?」
「だって、涙出てるよ?」
そう言われて、響子は目の辺りを触る。確かに、両目に一筋の涙のあとがある。
:10/04/05 21:49
:N08A3
:W6VDeUwI
#306 [我輩は匿名である]
それも、まだ出来たばかりの。
「い…痛いんじゃないんです…」
響子は慌てて涙を拭く。
「そ、それより!」
ハッと思い出して、響子は飛び起きる。その拍子にベッドがギイッと音を立てる。
「私、私と一緒に、男の子が運ばれてきませんでしたか!?月城薫っていう子!」
急に声を上げたため、看護師は驚いている。
「…その子なら」
目をぱちくりさせつつ、看護師は響子に背を向け、響子の前のベッドを指差す。
:10/04/05 21:50
:N08A3
:W6VDeUwI
#307 [我輩は匿名である]
「そこのベッドにいるわよ。あなたより重症だけど、結構早く目を覚ましてたよ」
カーテンで仕切られていて、このベッドの外が見えない。
しかし、カーテンの外が明るいのはわかる。
「…今、何時ですか?」
「今?今ねぇ、朝の9時過ぎ」
「…朝?えっ、朝ですか?」
「えぇ、香月さん、昨日階段から落ちてからずっと寝てたのよ。大丈夫?」
「へ?はぁ、何ともないです」
「そう。ちょっと頭打ってたみたいだから、それでかな。一応今日検査の予定が入ってるから」
「検査…はい、わかりました」
:10/04/05 21:50
:N08A3
:W6VDeUwI
#308 [我輩は匿名である]
いまいちよくわからないまま、響子は了承する。
看護師はホッとしたように、響子の検温を始めた。
:10/04/05 21:51
:N08A3
:W6VDeUwI
#309 [我輩は匿名である]
検温が終わり、看護師が部屋を出て行った。
血圧も体温も呼吸数も脈拍も、全て問題無い。
怪我も、薫がかばってくれたからか、かすり傷で済んでいる。
「(はっ!月城くんは!?)」
響子はベッドの下に置いてあるスリッパを履き、一応挿してある点滴を引っ張って薫のベッドに向かう。
響子のベッドのカーテンを開けると、薫のベッドのカーテンも閉まっていた。
何だか少し緊張する。
が、今そんな事を言っている場合ではない。
響子はゆっくりと、薫のベッドのカーテンを開ける。
:10/04/05 21:52
:N08A3
:W6VDeUwI
#310 [我輩は匿名である]
「…よぉ」
薫は、意外にも元気そうに挨拶してきた。
が、頭には包帯を巻かれ、左肩はギプスをした上に、腕ごと牽引されている。
ベッドも30度程頭を上げてある。
看護師の「重症」と言う事葉を思い出す。
「…月城くん…」
「…あぁ、何か結構ひどいな、俺」
薫は苦笑しつつ、自分の体を見る。
:10/04/05 21:52
:N08A3
:W6VDeUwI
#311 [我輩は匿名である]
「頭は打撲で、何針か縫ったらしい。
このギプスは…鎖骨骨折って言われたかな。
肋骨も1本ヒビ入ってるらしいし、足もひねってる」
薫は開き直り、まるで自慢のように言う。
他にも、右の頬を覆うように湿布が貼られていたり、右手の指にまとめて包帯が巻かれている。
響子はそれを、じっと見つめる。
彼女の表情を見て、薫は小さくため息をつく。
「…全部思い出したのか、お前の事も、…俺の事も」
響子は黙って頷く。
:10/04/05 21:52
:N08A3
:W6VDeUwI
#312 [我輩は匿名である]
薫はいつものように「そうか」と返事をする。
「…あなたが、死ぬところまで知ってる」
声を震わせて、響子は言った。
「…だからか」
薫は何かを納得したように返事をする。
「…嫌いになるわけないじゃない」
涙ぐみながら、響子は言う。
:10/04/05 21:53
:N08A3
:W6VDeUwI
#313 [我輩は匿名である]
「私は、死ぬまでずっと、優也の事大好きだったよ。
…死んだ後も、今も、死ぬ前と同じぐらい大好きだよ。
なのに…何で『俺の事嫌いになったかもしれない』とか言うの?」
言っているうちに、またぼろぼろと涙が出てきた。
前からそうだった。1度泣けば、なかなか泣き止まない。
それを見て、優也はいつも呆れて笑っていた。
そんな事を思い出せば、また余計に涙が止まらなくなる。
:10/04/05 21:53
:N08A3
:W6VDeUwI
#314 [我輩は匿名である]
「それに、私は優也のせいで死んだんじゃないよ。
逆に、私は優也の作る晩ご飯すごく楽しみだったし、買い物中も晩ご飯の事しか考えてなかったし…。
なのに、何で最後の最後まで私に謝って死ぬの?
私が、優也のせいで死んだって思ってると思ってた?」
「…キョウコ」
「『何もしてやれなかった』って、何でそんな事ばっかり言うの?
私は優也と一緒にいて、それだけで良かった。
横にいてくれるだけで良かったの…!
なのに、そんなに謝らないでよバカ…!」
:10/04/05 21:54
:N08A3
:W6VDeUwI
#315 [我輩は匿名である]
響子は、夢の中で感じた想いを全て薫にぶつける。
薫も黙ったまま、泣いている響子を見つめていた。
「…香月、おいで」
しばらくして、薫は右手で手招きした。
カーテンの所に立ちっぱなしだった響子は、そう言われてやっと、ベッドの傍の椅子に腰を下ろす。
それでもまだ泣き止まない響子に薫は呆れたように笑う。
「…本当によく泣くよな、昔から」
そう言った彼の顔は、優也の呆れ笑いそのものだった。
「…だって…」
それを見て、響子も笑みをこぼす。
:10/04/05 21:54
:N08A3
:W6VDeUwI
#316 [我輩は匿名である]
「1回泣くと止まらないんだもん、…昔から」
大きく息を吐きながら、響子は涙を拭く。
もうすでに、右手の袖がかなり濡れている。
「…悪かったよ。でも俺は…お前に謝らないと、どうしても気が済まなかった」
薫は響子から視線を外して言った。
「今日子がそんな事で怒らない性格も、俺を責めないだろうって事も、ちょっとわかってた。
でもどうしても、『俺があんな事言わなければ』って思っちゃってさ…」
薫は小さくため息をつく。
その後、もう1度視線を響子に戻した。
:10/04/05 21:55
:N08A3
:W6VDeUwI
#317 [我輩は匿名である]
「…おかえり、今日子」
薫の声が震えている。
あの日、仕事を早く終わらせて帰ったが、今日子は家にいなかった。
警察から「奥様と思われる方が亡くなった」と連絡が入ったのは、優也が帰ってきた1時間後の事だった。
優也はそれまでずっと、今日子の帰りを待っていたのだ。
響子はその一言に、思わず椅子から立ち上がって薫を強く抱き締めた。
「…うん、…ただいま」
肩や左胸に痛みが走る。が、薫はそんな事はもうどうでも良かった。
:10/04/05 21:55
:N08A3
:W6VDeUwI
#318 [我輩は匿名である]
薫も右手を響子の背中に添える。
やっと、帰ってきてくれた。
薫の目から、一筋の涙が流れ落ちた。
:10/04/05 21:56
:N08A3
:W6VDeUwI
#319 [我輩は匿名である]
:10/04/05 22:05
:D905i
:fxbTxKTM
#320 [ま]
よかったのぅ(;_;)

:10/04/05 23:23
:P04A
:EQ1YcyFU
#321 [我輩は匿名である]
>>319さん
アンカーありがとうございます

>>320さん
薫ちゃんやっと報われましたね(*´∇`)
薫編(?)はこれで一段落です


:10/04/06 08:15
:N08A3
:Q2X/nrjY
#322 [我輩は匿名である]
直人は病室の前で、何となく入りづらくて悩んでいた。
結局あの後、救急車のついでに警察までやってきて、いろいろと状況を説明され、
まるで事件のようになってしまい(まぁ事件は事件なのだが)、
怜奈も警察に連れて行かれて、その後どうなったのか知らない。
今日の朝刊に小さく『女子高生が同級生を階段から突き落とす』と載っていた。
補導なり逮捕なりされたのだろうが、怜奈がどうなったのかはどうでも良かった。
「…何してんの?」
背後で声がした。
振り向くと、一緒に事の始終を目撃したあの女子が立っている。
:10/04/06 11:22
:N08A3
:Q2X/nrjY
#323 [我輩は匿名である]
「な、何って…」
「…はぁー、そりゃ入りにくいよね」
女子はわかりきったような口調で言い、ニヤリとする。
「は?」
「そりゃ今頃抱き合ったりチューしたりしてそうだもんね、感極まって」
「…お前そーゆーの鋭いよな、無駄に」
「無駄はないでしょ、無駄は」
女子はムスッとする。
「ちょっとだけ様子見て帰ろっか」
:10/04/06 11:22
:N08A3
:Q2X/nrjY
#324 [我輩は匿名である]
「え、お前も見舞いに来たの?」
「当たり前でしょ!?じゃなきゃ来ないわよ」
そりゃそうだな。直人は「まぁ…」と頷く。
その間に、女子はさっさと部屋に足を踏み入れる。
「(…はやっ)」
女子の行動の速さに直人が呆れていると、女子がこっちを向く。
「香月さん、いないよ」
「はぁ?」
2人はこそこそと小声で話ながら部屋を見渡す。
直人も見てみるが、枕元に「香月響子様」と書かれたベッドが空っぽだ。
:10/04/06 11:23
:N08A3
:Q2X/nrjY
#325 [我輩は匿名である]
一方、薫がいるらしいベッドのカーテンは閉めきってある。
「(もしかして、本当に2人であんな事やこんな事まで…?
いやいやいやいや、薫に限ってそんな事はありえない!)」
「こっちかな?」
直人がいやらしい想像をしている間に、女子が薫のカーテンの前に立つ。
「えっ、ちょっ…」
直人が止める前に、女子はカーテンの端を少し開けて中を見た。
中の様子を見て、女子がこっちを向く。
「香月さん、いないよ」
女子はさっきと全く同じ事を言う。
:10/04/06 12:13
:N08A3
:Q2X/nrjY
#326 [我輩は匿名である]
「…はぁん?」
直人は「何だそれ」と思いつつ、一緒に中を見る。
そこでは、薫が1人、ベッドですーすーと寝息を立てているだけだった。
「…結構怪我してるね、大丈夫かな?」
「うーん…まぁ寝てるとこ見たら大丈夫なんじゃないか?」
「あなたたち」
2人の後ろで声がする。
恐る恐るそろって振り向くと、怖い顔をした看護師がこっちを睨んでいた。
:10/04/06 12:13
:N08A3
:Q2X/nrjY
#327 [我輩は匿名である]
「そこで何してるの?」
「えっ、いや…」
「お見舞いに来たんですけど…」
「そうそう、でも薫寝てるし」
「香月さんもどっか行ってるし…」
2人は慌てて弁解する。
「あぁ、お友達?あんまり怪しかったから、何かと思って」
看護師はきょとんとしている。
「あんたがもたもたしてるからよ」
「俺のせいかよ!」
2人は小声で言い合う。
:10/04/06 16:25
:N08A3
:Q2X/nrjY
#328 [我輩は匿名である]
「香月さんなら、今検査に行ってるわよ」
看護師も同じように、こそっと2人に耳打ちする。
「そうなんですか」
「ところでこの2人、やっぱ恋人同士なの?」
看護師が目を輝かせて聞いてきた。
女はみんなこうなのかと、直人は呆れ返る。
「さぁ…どうなのよ、そこんとこ」
「また俺!?ま、まぁ友達未満恋人以上…?」
「逆でしょ、それ」
今度は女子が呆れる。
:10/04/06 16:26
:N08A3
:Q2X/nrjY
#329 [我輩は匿名である]
「えー絶対彼氏だと思ってたのに」
「何で?」
「だってさっき…」
看護師が何かを言おうとした時、薫が大きな咳払いをした。
「(起きてる…)」
直人と女子がぎょっとする。
「大丈夫?痰絡んでるから吸引した方がいい?」
「大丈夫です」
看護師の問いに、薫は低い声ではっきりと返事をした。
:10/04/06 16:26
:N08A3
:Q2X/nrjY
#330 [我輩は匿名である]
「そう?また何かあったらすぐ言って下さいね」
看護師はそう言って、逃げるように部屋を出ていった。
2人は「どうしよう」と顔を見合わせる。
「…そんな所に突っ立ってないで、入れよ」
薫が少しイラッとしたように言った。
2人は説教される気で、「はい…」と中に入る。
薫の視線が痛い。
「い、いつから起きてたの?」
「『香月さん、いないよ』で目が覚めた」
「お前のせいじゃねーかよ」
:10/04/06 18:33
:N08A3
:Q2X/nrjY
#331 [我輩は匿名である]
「何でそうなるのよー」
「…黙れ。ここ病院だぞ」
「はい…」
少し大きな声がまた言い合う2人に、薫が静かに言い捨てる。
「…怪我、やばそうだな」
「いや、そうでもないよ。じっとしてればほとんど痛くないから」
「そっか、良かったね」
女子がホッとしたようににっこり笑う。
薫はじーっと女子を見つめる。
:10/04/06 18:33
:N08A3
:Q2X/nrjY
#332 [我輩は匿名である]
「…昨日から思ってたんだけどさ」
薫が口を開く。
「うん」
「…あんた、誰?」
薫が言って、直人も思い出したように「そうだよ!」と声を上げる。
「お前誰?何で俺のケータイ持ってたの!?ストーカー!?」
「直人、うるさい」
「ストーカーなわけないでしょ!『落としてたから』って言ったじゃん!」
女子は小声で直人に言い返す。
:10/04/06 18:34
:N08A3
:Q2X/nrjY
#333 [我輩は匿名である]
「私、香月さんの隣のクラスの安斎奏子」
「あんざいかなこ?」
「そうよ、何か文句ある?」
「いや、ないけど」
直人と奏子のやり取りを見て、薫は小さく笑った。
2人はきょとんとする。
「…何だよ」
「いや、何かお似合いだなぁーと思って」
「誰がこんな奴と!」
直人と奏子はそろって互いを指差す。
:10/04/06 18:34
:N08A3
:Q2X/nrjY
#334 [我輩は匿名である]
息がピッタリな2人に、薫は声を上げて笑う。
「あー、いたたたた…」
「大丈夫?」
「笑かすな…肋骨に響く…」
薫は左胸をさすりながら呼吸を整える。
「ねぇねぇ、やっぱ香月さんの彼氏さんなの?」
奏子は懲りずに薫の尋ねる。
直人は呆れながら奏子を見下ろす。
:10/04/06 18:38
:N08A3
:Q2X/nrjY
#335 [我輩は匿名である]
「彼氏…まぁ彼氏だろうなぁ」
薫は曖昧な返事をする。
奏子も「何それ?」と首をかしげる。
「何かしっくりこないなぁと思って」
「それ以上の関係そうだもんな、お前ら」
「それ以上!?」
奏子は愕然とする。
同時に、薫は直人を睨み上げる。
:10/04/06 18:39
:N08A3
:Q2X/nrjY
#336 [我輩は匿名である]
「えっ、えっ、まさか…」
「言っとくけど、俺まだキスとか手出したりとかしてないからな」
「『まだ』!?」
女子は「真面目そうに見えるのに…」と、哀れみの視線を薫に送る。
「もう帰れ!俺は疲れてるんだ!」
薫は2人を怒鳴り付ける。
:10/04/06 18:40
:N08A3
:Q2X/nrjY
#337 [我輩は匿名である]
2人は「失礼しましたー!」と、走って出ていった。
薫は本当に疲れたように、大きくため息をつく。
「ただいまー」
入れ違いに、響子が検査から帰ってきた。
「…どうしたの?怖いよ?顔」
勝手に薫のベッドのカーテンを開けながら、響子が尋ねる。
「いや…大丈夫…」
薫は返事をしながら、大きくため息をついた。
:10/04/06 18:40
:N08A3
:Q2X/nrjY
#338 [我輩は匿名である]
「はぁ…疲れた…」
病院を出て、直人と奏子は息を切らせて立ち止まる。
「本当…あんなに怒られると思わなかったね…」
「お前…地雷踏みすぎだろ…」
「そ…そうかな…?」
2人は話ながら、目の前にあった椅子に座る。
「…さっきの看護師…何言い掛けてたんだろうな…?」
「…ほんとだね」
「かなり気になるね」と、奏子は目を光らせる。
その様子に若干呆れながら、直人も考える。
:10/04/06 20:27
:N08A3
:Q2X/nrjY
#339 [我輩は匿名である]
「(…やっぱり…わかるもんなのかな…?)」
薫は高校に入ってすぐ、響子が前世の自分の妻だった人だと見破った。
それは、ただ薫が、勘が冴える奴だからなのか、
それとも本を持つ者はみんなそうなのか…。
もし後者なら、自分にもそんな力があるのか…?
「……そう言えば…大橋さん…どうなったんだろうね…」
奏子がふと、そんな事を言った。
考え込んでいた直人は、「は?」と、ふざけた声を出す。
「……どーでもいいよ…あんなやつ……」
奏子は「まぁね…」と頷く。
:10/04/06 20:27
:N08A3
:Q2X/nrjY
#340 [我輩は匿名である]
「…大橋さんさ…小学校の時から、あんな感じだったんだ」
「え、知ってんの?」
「小・中一緒だったもん」
こいつは何でも知ってるな。直人はじーっと奏子を見る。
「ほら…あの子、結構背も高いし、顔も可愛い方だし、スタイルも抜群でしょ?
だから、周りからちやほやされっぱなしで…」
「だから調子にのったのか、あいつ」
奏子は頷く。
:10/04/06 20:27
:N08A3
:Q2X/nrjY
#341 [我輩は匿名である]
「自分が欲しいものは絶対手に入れないと気が済まない。
でも、月城くんは香月さんを選んだ。
…だから、許せなかったんじゃない?」
「まぁ香月は結構ちっちゃいしな」
「そうだね、私は香月さんの方が可愛いと思うけど」
「可愛いっていうか、将来美人になりそうな顔だよな」
2人は「うんうん」と頷く。
「…だから『私より劣ってるくせに』とか言ってたのか」
「そういう事。ここまで大事になったのは初めてだよ。
もういい加減懲りて、こんな事しなくなるんじゃない?」
:10/04/06 20:28
:N08A3
:Q2X/nrjY
#342 [我輩は匿名である]
「これ以上やったらもう人間失格だろ」
直人はため息をつきながら笑う。
「…さて、帰るか」
「そうだね」
直人と奏子は椅子から立ち上がり、一緒に家に帰っていった。
:10/04/06 20:28
:N08A3
:Q2X/nrjY
#343 [我輩は匿名である]
「さーてさて…お?」
奏子と別れて1人で歩いていた直人は、ふと足を止める。
目の前を、ジャージを着た金髪の女性が歩いている。
飛鳥のようだ。
直人は早足で近づく。
斜め後ろくらいから顔を見ようと、前かがみで歩く。
「(やっぱりな)」
ジャージの女性は、やはり飛鳥だった。
「おい、金髪女」
直人はポンと、彼女の肩をたたく。
:10/04/06 20:42
:N08A3
:Q2X/nrjY
#344 [我輩は匿名である]
飛鳥は足を止め、ゆっくりと振り向く。
彼女の顔を見て、直人は少し驚いた。
ひどく疲れたような、暗い表情。
「え、何…どうしたんだよ?…お前、最近元気ないぞ?」
直人は内心焦りながら、おどけて笑ってみせる。
が、飛鳥はにこりともしない。
彼女が笑わないのはいつもの事だが、今日はどう見ても様子がおかしい。
:10/04/06 20:43
:N08A3
:Q2X/nrjY
#345 [我輩は匿名である]
「…あんたさぁ…」
飛鳥が静かに口を開く。
「…本読んでて、人間不信になった事ない…?」
「…は…?」
直人は首をかしげる。
「俺は、別に…ないけど…」
「……だろうね、あんたなら。…変な事聞いた、ごめん…忘れて」
飛鳥はそれだけ言って、またフラフラ歩きだす。
:10/04/06 20:43
:N08A3
:Q2X/nrjY
#346 [我輩は匿名である]
「ちょ、ちょっと待てよ」
直人はとっさに、飛鳥の手を掴む。
しかし、飛鳥が素早くその手を振り払ってしまった。
「……ほっといて…。誰とも話したくない…」
直人は言葉が出なかった。
一体何があったのだろう…?
寂しげに見える飛鳥の背中を、直人はただ心配そうに見つめるしかできなかった。
:10/04/06 20:44
:N08A3
:Q2X/nrjY
#347 [我輩は匿名である]
次から次へと問題が起きる。
薫の件がほとんど片付いたと思えば、今度は飛鳥の様子がおかしい。
ベッドの上で、直人はぼーっと考える。
『本を読んでて、人間不信になった事ない?』
あの言葉は一体何だったのだろう。
「(…あいつが…今そうなのかな…?)」
今まで普通に話していたのに、「誰とも話したくない」と言う。
彼女の話からすれば、本のせいでおかしくなったのは明らかだ。
:10/04/06 20:44
:N08A3
:Q2X/nrjY
#348 [我輩は匿名である]
「(…あ!そういえば)」
直人は飛び起きて、机にほったらかしになっていた本を手にとる。
昨日は怜奈の一件で、本を見るのを忘れていた。
「あー、くそう…昨日何もなかったよな…?」
直人は何もなかった事を願いながら本を開く。
:10/04/06 20:45
:N08A3
:Q2X/nrjY
#349 [我輩は匿名である]
要は直人と同じように、布団の上に寝転がっていた。
「…晶ちゃん、なんであんなに怒ってたんだろう…?」
部屋の中で1人呟く。
この間会いに行った時の、晶のあの態度。
直人と同じように、要もかなり気にしていた。
「(…そりゃそうだよな…。俺は…)」
こいつの生まれ変わりなんだから。
そう思いかけて、直人はふと、それを止めた。
:10/04/06 20:45
:N08A3
:Q2X/nrjY
#350 [我輩は匿名である]
“本の中の自分”は、自分の前世の人間。
先に本を手にし、全て読み終えた薫が認めるのだから、ほぼ間違いない。
それでも、直人はどこか、それを認めたくなかった。
「俺の前世が要だろうが…俺は俺だ…」
心の中でそう呟いた後、変に複雑な気分になった。
「…もし明日も来なかったら、もう1回会いに行ってみよう」
「…この間来なかったんだから、明日も来るわけないだろ…」
要の言葉に、直人は呆れたように言い返す。
:10/04/06 20:46
:N08A3
:Q2X/nrjY
#351 [我輩は匿名である]
今日はそこまでだった。
直人は頭を抱える。
「…俺は…俺だよな…」
そう言いながら、直人は携帯電話に手を伸ばす。
:10/04/06 20:46
:N08A3
:Q2X/nrjY
#352 [我輩は匿名である]
「なぁ」
部屋の窓から夕日を眺めながら話していた薫は、ふと響子に言う。
「ん?」
「…そろそろ…“月城くん”って呼ぶの、やめないか?」
いきなりの申し出に、響子は隣できょとんとする。
が、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
「…私の事、まだ“長谷部今日子”って呼ぶくせに」
:10/04/07 10:42
:N08A3
:yPxyjGr2
#353 [我輩は匿名である]
「…あれは…」
薫は「うーん…」と首をかしげる。
“いつになったら、俺が優也だと気付いてくれるのか”
もしかしたら、自分が名前を呼ぶ事で全て思い出してくれるのではないか…。
そういう思いもあった。
しかしそれよりも、薫は“香月響子=長谷部今日子”としか思っていなかったのだ。
「…私は…“長谷部今日子”じゃなくて、“香月響子”って言ってほしかったな」
響子はぽつりと言った。
薫はきょとんとする。
:10/04/07 11:00
:N08A3
:yPxyjGr2
#354 [我輩は匿名である]
「…どういう意味?」
響子は少し淋しそうに下を向く。
「…だって、私は長谷部今日子じゃないから…」
響子が何を言っているのか、薫はわからなかった。
「…キョウコ…?」
「…月城くんの言う“キョウコ”は、どっちのキョウコなの?」
響子の言葉が、薫の胸に突き刺さる。
:10/04/07 11:00
:N08A3
:yPxyjGr2
#355 [我輩は匿名である]
「確かに、私は長谷部今日子の生まれ変わりだよ?
顔もそっくりだし、同じだと思われても仕方ないと思う。
でも、私は香月響子だよ。長谷部今日子じゃない」
響子はぎゅっと、自分の両手を握り締める。
「私は、優也と月城くんを同じ人だと思わない。
“霜月優也”の記憶を持ってるだけで、あなたは“霜月優也”じゃない。
…私は…私が好きなのは、…“月城薫”だよ」
響子の声が震えている。
薫は何も言えなかった。
:10/04/07 11:00
:N08A3
:yPxyjGr2
#356 [我輩は匿名である]
ベッドの上で携帯電話のバイブが鳴る。
手にとって見てみると、直人から電話がかかってきている。
「…出なよ、って言っても、ここでは電話出来ないけど」
響子はうつむいたまま言う。
「でも…」
「大事な用かもしれないよ。…私は、後でいいから」
響子は少し笑ってみせる。
が、薫の気持ちは電話どころではない。
:10/04/07 11:01
:N08A3
:yPxyjGr2
#357 [我輩は匿名である]
何か言おうとするが、響子が先に、ベッドのナースコールを押す。
それに出るより早く、受け持ちの看護師がやってきた。
「どうしました?」
「電話しに行きたいらしいんですけど…」
「あぁ、電話ね。座れる?座れそうなら車椅子持ってくるけど…」
「え、あぁ…はい…」
うわの空のまま薫が答えると、看護師は「じゃあちょっと待っててね」と、車椅子を取りに行ってくれた。
看護師が戻ってくるまで、薫も響子も、何も言わないまま目を逸らしていた。
:10/04/07 11:01
:N08A3
:yPxyjGr2
#358 [我輩は匿名である]
「…あぁ…病院だし、電話すんのはマズかったかなぁ…」
直人は、メールじゃなく電話をかけた事を後悔した。
考え直して、メールを作成し始める。
すると、途中で薫から折り返しの電話がかかってきた。
「もしもし?」
「…ごめん、病室じゃ電話出来ないから、移動してた」
そう言った薫の声が、昼に比べて暗かった。
「もしかして、寝起き?」
「…いや…起きてたけど」
:10/04/07 11:02
:N08A3
:yPxyjGr2
#359 [我輩は匿名である]
「そうか?なんか暗そうだけど」
「そんな事より、どうした?」
薫は直人の話を遮るように聞き返す。
「え、あぁ…」
何から言えばいいのかわからず、直人は焦る。
「…お前さぁ、本の中の自分の事、すぐ“自分の前世だ”って思えた?」
「…どういう意味?」
薫はまた聞き返す。
思うように伝えられず、直人は頭を抱える。
:10/04/07 11:02
:N08A3
:yPxyjGr2
#360 [我輩は匿名である]
「なんか最近、本読んでたら、変な感じがするんだ。
今までは、要と考える事も、言いたい事も一緒で、『こいつが俺の前世なのかぁ』って思ってたんだけど…
なんか、そう思いたくなくなってきたんだよ。
自分が自分じゃなくなってきそうな気がしてさ…。
どう言えばいいのかわかんねぇけど…“俺はあいつじゃない”っつーか…。
“俺は俺だ”って言い聞かせとかないと…気分悪くなってくるんだよ」
「…“俺は俺”…」
薫はぼそっと、それだけ繰り返した。
:10/04/07 11:02
:N08A3
:yPxyjGr2
#361 [我輩は匿名である]
「薫は、そんな事思った時なかった?」
直人が尋ねるが、薫から返事はない。
「…薫?」
「え?あぁ、ごめん、…もう1回言って」
「だぁかぁらぁ、薫はそう思った事なかったか?って」
直人は少し強めの口調で言い直す。
「…俺は…なかったな…。ただ黙って、何も思わないまま、目の前の事を見てるだけだった…」
薫の言い方が、まるで後悔しているように聞こえる。
いつも何でも知っている薫がこれでは、自分が正しいのか正しくないのかわからない。
:10/04/07 11:03
:N08A3
:yPxyjGr2
#362 [我輩は匿名である]
「なぁ、何かあったのかよ?元気ないだろ?お前」
直人は問いただすように尋ねる。
「…お前は…」
薫はそれだけ言って、また黙ってしまった。
「もう!何なんだよ!?言いたい事あるならさっさと言えよ!」
短気な直人は、イライラしたように声を上げる。
「…何かもう、わからなくなってきた」
薫は弱々しく言った。
:10/04/07 11:03
:N08A3
:yPxyjGr2
#363 [我輩は匿名である]
「何が」
「…さっき、キョウコに…香月に言われたんだ。
“私は月城薫が好きだ。でも月城くんが言うキョウコは、どっちのキョウコなのか”
…って」
直人は、最初は意味がわからなかった。
思わず「は?」と聞き返す。
「…香月は…“霜月優也”じゃなくて、“俺”を見てくれてる。
でも俺は…誰を見てるんだろう…。そう思ったら、もうわからなくなってきてさ…」
:10/04/07 11:04
:N08A3
:yPxyjGr2
#364 [我輩は匿名である]
直人には、薫の話がバカらしく聞こえて仕方がなかった。
「…お前って、そんな失礼な奴だっけ?」
直人はストレートに言い返す。
「そりゃお前、“お前より前の女の方が好きです”って言ってるようなもんだろ。
しかもあいつは、前の夫より“お前”が好きだって言ってくれてんだろ?
そりゃあ、香月が怒るのも無理ないだろ」
薫は「響子が怒っている」とまでは言わなかったが、直人はそこまで言い切る。
:10/04/07 11:04
:N08A3
:yPxyjGr2
#365 [我輩は匿名である]
「それに…名前忘れたけど、前の嫁はもう死んだんだぞ?
いつまでもその人ばっか考えてたってしょーがねぇだろ。
その人はその人、香月は香月だろ」
そして、言った自分もハッとする。
「直人…」
「そうだ!やっぱそうだよな!」
直人は自分で納得し、ガッツポーズをする。
「何…」
「わりぃ!自己解決したわ!じゃあな!」
直人は大声で言って、一方的に電話を切った。
:10/04/07 11:05
:N08A3
:yPxyjGr2
#366 [ま]
うっへーい

:10/04/07 16:47
:P04A
:tadRV.Mw
#367 [我輩は匿名である]
「あぁ…あれは…」
薫は『どう言えばいいのか』と首をかしげる。
“いつになったら、俺が優也だと気付いてくれるのか”
もしかしたら、自分が名前を呼ぶ事で全て思い出してくれるのではないか…。
そういう思いもあった。
しかしそれよりも、薫は“香月響子=長谷部今日子”としか思っていなかったのだ。
「…私は…“長谷部今日子”じゃなくて、“香月響子”って言ってほしかったな」
響子はぽつりと言った。
薫はきょとんとする。
:10/04/07 18:24
:N08A3
:yPxyjGr2
#368 [我輩は匿名である]
「…どういう意味?」
響子は少し淋しそうに下を向く。
「…だって、私は長谷部今日子じゃないから…」
響子が何を言っているのか、薫はわからなかった。
「…キョウコ…?」
「…月城くんの言う“キョウコ”は、どっちのキョウコなの?」
響子の言葉が、薫の胸に突き刺さる。
:10/04/07 18:25
:N08A3
:yPxyjGr2
#369 [我輩は匿名である]
「確かに、私は長谷部今日子の生まれ変わりだよ?
顔もそっくりだし、同じだと思われても仕方ないと思う。
でも、私は香月響子だよ。長谷部今日子じゃない」
響子はぎゅっと、自分の両手を握り締める。
「私は、優也と月城くんを同じ人だと思わない。
“霜月優也”の記憶を持ってるだけで、あなたは“霜月優也”じゃない。
…私は…私が好きなのは、…“月城薫”だよ」
響子の声が震えている。
薫は何も言えなかった。
:10/04/07 18:25
:N08A3
:yPxyjGr2
#370 [我輩は匿名である]
ベッドの上で携帯電話のバイブが鳴る。
手にとって見てみると、直人から電話がかかってきている。
「…出なよ、って言っても、ここでは電話出来ないけど」
響子はうつむいたまま言う。
「でも…」
「大事な用かもしれないよ。…私は、後でいいから」
響子は少し笑ってみせる。
が、薫の気持ちは電話どころではない。
:10/04/07 18:25
:N08A3
:yPxyjGr2
#371 [我輩は匿名である]
:10/04/07 18:28
:N08A3
:yPxyjGr2
#372 [我輩は匿名である]
薫は「何だったんだ…」と携帯電話を見つめる。
「(…“そりゃ怒るだろ”…か…。…そうだよな…)」
直人の言った事を、薫はもう1度思い返す。
そして、薫は来たときよりも早く車椅子を走らせて、病室に戻った。
響子は自分のベッドに転がっている。
「香月、ごめん」
帰って来て早々、薫は響子に頭を下げる。
響子は少し驚いたように起き上がる。
「…どうしたの?」
:10/04/07 18:31
:N08A3
:yPxyjGr2
#373 [我輩は匿名である]
「…俺…おかしかった」
響子は黙って、薫を見つめる。
「俺、香月響子と長谷部今日子は同じだと思ってた。
自分の事も、“俺は霜月優也だ”としか思ってなかった…。
だから正直…お前を“香月響子”だと思って接した事はない。
今までずっと、お前を“長谷部今日子”だと思って傍にいたんだ」
薫は、響子に嫌われる事を承知で、全て話した。
:10/04/07 18:32
:N08A3
:yPxyjGr2
#374 [我輩は匿名である]
「お前は…香月は最初から“俺”と“霜月優也”を別にして考えてくれてた…。
……当たり前だよな…。長谷部今日子も霜月優也も、もう死んでこの世にいないのに…。
同じ人間がいるなんて事…あるわけないんだよな…。
…何でそんな簡単な事もわからなかったんだろうな…俺…」
薫はずっと頭を下げたまま話す。
あの体勢では、怪我した左胸が痛んでいるはずだ。
「…月城くん…もういいよ」
響子は止めようとするが、薫は頭を上げようとはしない。
:10/04/07 18:32
:N08A3
:yPxyjGr2
#375 [我輩は匿名である]
今まで、響子は“月城薫”を好きでいてくれた。
“霜月優也”を好きなのは、彼女の記憶の中の、“別の女”だ。
余計にこんがらがりそうな頭の中を、薫は必死に整理する。
今まで自分の隣にいてくれたのは誰?
今まで自分に優しく笑いかけてくれたのは誰?
「(でも俺は…今まで今日子しか…)」
「その人はその人」
直人の言葉が頭に浮かぶ。
響子は、下を向いたまま考え込んでしまった薫を気にして、立ち上がって隣にやって来た。
:10/04/07 18:33
:N08A3
:yPxyjGr2
#376 [我輩は匿名である]
「…大丈夫?」
「なんかもう…わからなくなってきた…」
薫は深刻そうな顔で考える。
響子はため息をつき、こんな事を言いだした。
「どうしても長谷部今日子の事しか考えられないなら、私が越えてやるわ。
月城くんが他に何にも考えられないぐらいの女になってやる。
そうすれば、月城くんもスッキリするでしょ?」
何を言いだすのかと、薫思わず顔を上げる。
響子は自信満々に笑っている。
それががおかしくて、薫も呆れたように笑い返した。
:10/04/07 18:43
:N08A3
:yPxyjGr2
#377 [我輩は匿名である]
「出来んのか?お前に」
「私が『会いたくない』ってメールしただけで淋しがる男が何言ってるの?」
響子は怯むことなく言い返してくる。
「わからせてあげるわ。私は長谷部今日子とは違うって事」
「…まぁ、身長は伸びたもんなぁ。それでもまだまだチビだけど」
薫は意地悪そうに笑い返す。
「チビって言わないで!一応155cmあるんだから!」
「俺の中では160cmないヤツはみんなチビなんだよ」
「な…」
響子は悔しそうに腕を組んで、言い返す言葉を考える。
:10/04/07 18:43
:N08A3
:yPxyjGr2
#378 [我輩は匿名である]
それを見て、薫は少し下を向いて笑った。
長谷部今日子は、こんなに言い返してくる性格ではなかった。
霜月優也は、そんなおしとやかな彼女が好きだった。
こんなくだらない言い合いをした事などない。
「(…確かに、あいつとは違うな…)」
「…何笑ってんの?」
少し顔を上げると、さっきまで怒っていた響子が、しゃがみこんでこちらを見上げている。
:10/04/07 18:44
:N08A3
:yPxyjGr2
#379 [我輩は匿名である]
「…別に。何か面白くなっただけ」
薫はすました表情で言う。
響子も「…確かに」と返事をして笑う。
いつもの笑顔に、薫も何だかホッとして小さく笑い返した。
:10/04/07 18:44
:N08A3
:yPxyjGr2
#380 [我輩は匿名である]
「そうだよな、要は要、俺は俺だよな!」
その頃、直人は清々しい気分でいっぱいになっていた。
携帯電話を枕元に放り投げ、寝転がる。
「(初めて薫に勝った気がするぞ…)」
今まで勉強でも運動でも薫に負けてきた直人は、大の字に寝転がってニヤける。
何だか自分に自信が湧いてきた。
さっきまでの不安も吹き飛ばして、早く明日にならないかと、直人は窓の外を見上げていた。
:10/04/07 22:00
:N08A3
:yPxyjGr2
#381 [我輩は匿名である]
次の日。
直人はドキドキしながら本を見つめている。
果たして、晶との関係はどうなるのか。
深呼吸を1回して、直人は一気に本を開く。
:10/04/07 22:53
:N08A3
:yPxyjGr2
#382 [我輩は匿名である]
要は早足でどこかへ向かっていた。
太陽はもうだいぶ高く上っている。
「えっ、何だよいきなり?どこ行ってんの?」
珍しく速く過ぎていく景色に、少し酔いそうになる。
「やっぱりおかしいよな…。何か怒ってたし…今日も結局来なかったし…」
要は小さく独り言を言いながら歩いていく。
「やっぱり来なかったのか…」
直人はため息をつく。
という事は、今は施設に向かっている途中なのだろう。
:10/04/07 22:54
:N08A3
:yPxyjGr2
#383 [我輩は匿名である]
晶を説得しに行くのか、別れを告げるのか。
どうやら今日が正念場のようだ。
直人は思わず力む。
あの角を曲がれば、晶のいる養護施設だ。
要も直人も、ただ黙って突き進む。
そして。
「(いたいた…)」
晶は、今日は門の傍にボーッと座っていた。
:10/04/07 22:54
:N08A3
:yPxyjGr2
#384 [我輩は匿名である]
「晶ちゃん」
いつになく、要は何の躊躇いもなく話し掛ける。
晶はそれに気付き、また背を向けようとする。
「逃げないでよ!」
要は思わず声を上げる。
晶はピタッと足を止める。
「俺、ちゃんと話がしたいんだ!だから、逃げないで!」
要は必死に晶を引き止める。
:10/04/07 22:55
:N08A3
:yPxyjGr2
#385 [我輩は匿名である]
晶は突っ立ったまま何も言わない。
沈黙のまま、ただ時間が過ぎていく。
その間ずっと、要は晶の返事を待ち続ける。
「………ちょっと待ってて」
要の粘りに負け、晶はそう言って建物に入っていった。
しばらくして、晶が戻ってきた。
「…来て」
門から出るなり、晶は要の手を引っ張って連れ出す。
要も何も言わずに、言われた通りについていく。
しばらく歩いて、2人はあまり人通りの多くない通りに入った。
:10/04/07 22:55
:N08A3
:yPxyjGr2
#386 [我輩は匿名である]
「…何?」
晶は視線も合わせずに尋ねる。
「…何でいきなり来なくなったの?俺ずっと待ってたのに」
要は少し苛立ったように聞き返す。
「『待ってた』?…うそ言わないでよ」
晶は笑う。
「あんたがそんな嘘つきだったなんて…最低」
「嘘なんかついてないよ!俺毎週…」
「知らない女の人と、楽しそうに歩いてたじゃない!!」
晶は声を荒げながら振り向く。
:10/04/07 22:55
:N08A3
:yPxyjGr2
#387 [我輩は匿名である]
「…何の事?」
要は首をかしげる。
しかし、直人は「あ…!」と声を上げた。
晶が言っているのは、きっと道案内を頼まれたあの日の事だ。
「あれは…!」
要も直人と同時に気付き、事情を説明しようとする。
しかし晶は冷たい視線を送ってそれを止める。
「そりゃ、私みたいな子といるよりも、あんな美人な人といる方が楽しいよね」
「違うよ!あの人は…」
:10/04/07 22:56
:N08A3
:yPxyjGr2
#388 [我輩は匿名である]
「私、ずっとあそこで待ってたのに!」
晶は「見損なった」という目で要を見る。
今度は逆に、要と直人がその言葉を疑った。
「待ってた?だって、2時になっても来なかったじゃないか!」
「あの日は、小さい子のお世話してたらちょっと遅れて…。
でも、遅れたって言っても2、3分だけよ!
私、走って行ったのに…」
「だ…だって、あの日は来れないって…」
「いい加減な事ばっかり言わないでよ!!
いつ私がそんな事言った!?」
:10/04/07 22:56
:N08A3
:yPxyjGr2
#389 [我輩は匿名である]
「…え…?」
2人ともわけがわからない。
しかし、少し考えて、直人は理解した。
「…あいつ…俺達をはめたって事か…?」
美代が「伝言だ」と要のところに来た、あの日。
理由がない事しか気にしていなかった要と直人。
それが、美代が勝手に作り出した嘘だったとしたら…。
「…あの人は、そんなんじゃないよ」
要は先に、あの女性の話をするつもりのようだ。
:10/04/07 22:57
:N08A3
:yPxyjGr2
#390 [我輩は匿名である]
「あの人は、俺に道を聞いてきたんだ。姫崎公園に行きたいって。
説明するだけにしようかと思ってたけど、ややこしいし…。
晶ちゃんも来なかったから、案内した方が早いと思ったんだ」
「…道案内だけであんなに楽しそうに喋れる?」
晶は全く信じてくれない。
「…さっきから思ってたんだけど…」
さすがに要も腹が立ってきたのか、不機嫌そうに言い返す。
「晶ちゃん、何で俺達が一緒に歩いてたの知ってるの?」
要が女性を案内した道は、待ち合わせ場所から角を曲がらないと見えない。
要はそれがひっかかっていたらしい。
:10/04/07 22:57
:N08A3
:yPxyjGr2
#391 [我輩は匿名である]
晶はなぜか、うつむいて黙り込む。
「………後をつけてきてたの?」
そう聞いても、晶はまだ返事をしない。
否定しないという事は、そうなのだろう。
「…もう意味わかんねぇよ…」
直人はモヤモヤして仕方がない。
晶も要も、ただ黙り込む。
「…もう信じないよ、…何言われても」
晶は言った。
:10/04/07 22:58
:N08A3
:yPxyjGr2
#392 [我輩は匿名である]
「晶ちゃん…!」
「やっと信じられる人を見つけたのに…その人にまで裏切られたら、
何も信じられなくなるに決まってるじゃない!
大っ嫌いよ!あんたなんか!!二度と来ないで!!」
晶は叫ぶようにそう言って、逃げるように走りだす。
要も反射的にそれを追う。
:10/04/07 22:58
:N08A3
:yPxyjGr2
#393 [我輩は匿名である]
「…要…何で気付かねぇんだよ…!」
素直な要は、美代が疑わしいという考えには、まだ行き着いていないのだろう。
美代が勝手に言いに来たという事を話せれば、晶も話を聞くかもしれないのに。
「こいつが…俺だったら…!」
直人は悔しくて仕方がなかった。
ここにいるのが自分なら、晶に全て話せるのに。
:10/04/07 22:58
:N08A3
:yPxyjGr2
#394 [我輩は匿名である]
あと少しで追いつく。
ちょうど、目の前にある信号は、赤。
ラッキー。直人は思った。
しかし、晶の走る速さは緩まない。
あとほんの4〜5m。
「信号ぐらい守れよ…あのバカ女…!」
直人はそう願ったが、晶には信号など見ている余裕はなかった。
:10/04/07 22:59
:N08A3
:yPxyjGr2
#395 [我輩は匿名である]
晶が飛び出すと同時に、大きなクラクションの音が鳴り響く。
そのまま走り抜けてくれれば良いのに…。
晶は直人の願いをことごとく無視し、車線のど真ん中でびっくりして足を止めてしまった。
あれでは「はねて下さい」と言っているようなものだ。
飛び込むように、要は思いっきり地面を蹴る。
:10/04/07 22:59
:N08A3
:yPxyjGr2
#396 [我輩は匿名である]
「まさか…」
そう、そのまさかだった。
要が両手で思いっきり、晶を突き飛ばした。
晶はその勢いで、向こうの歩道近くまで弾き飛ばされる。
要はそれを見て、少し笑う。
視界の端には、急ブレーキをかけつつも突っ込んでくるトラックが見える。
もうだめだ。2人がそう感じた直後、言い表わせないような大きな衝突音が、辺りに響き渡った。
:10/04/07 23:00
:N08A3
:yPxyjGr2
#397 [ま]
うおー(´・ω・`)
気になる終わり方(´・ω・`)!
:10/04/08 00:14
:P04A
:D8BvOrpE
#398 [(´_ゝ`)]
気になる!
:10/04/08 00:25
:T003
:W0eBz97A
#399 [我輩は匿名である]
>>397さん
いつもコメントありがとうございます


存分に気になって下さい


笑
>>398さん
初コメントありがとうございます


続きは少々お待ち下さい


:10/04/08 09:47
:N08A3
:SlgCFoG2
#400 [我輩は匿名である]
4
0
0
:10/04/08 12:30
:SH904i
:☆☆☆
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