記憶を売る本屋 2
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#201 [我輩は匿名である]
「いや、目の事は今はどうでもいいんだ!」
「(俺はお前の存在がどうでもいい…)」
大きく首を振っている良介に、薫はため息を吐いて目を逸らす。
「今この辺で、どんな都市伝説がBoomなんだ!?」
「…は…?」
良介に迫られ、薫は首をひねる。
「お前と響子ちゃんがハマっているっていう都市伝説だよ!
響子ちゃんは全く教えてくれないんだ!」
良介はショックを受けた素振りを見せる。
目の前に居座られても目障りな為、薫は口を開いた。
:10/05/16 12:36
:N08A3
:mFv/GhVU
#202 [我輩は匿名である]
「…大きなリュックサックを背負った男が、ある本を『読め』と押しつけてくる。
その本を読み終えると、ほとんどの奴は死んだり、行方不明になったりするって話だ」
薫は要点だけを拾って、簡単に説明した。
「…何で本を読んだだけで死ぬんだ?」
「内容に問題があるんだよ」
薫は眼鏡の汚れを見ながら答える。
「本の中身は、前世の自分の世界。
それも、自分の死ぬところまで見届けなければならない。
…過去の自分の記憶を取り戻せば、精神的に大きなショックを受ける。
そして、自分に対して絶望を感じる者は死を選び、恨む相手がいる者は殺しに行く」
:10/05/16 12:36
:N08A3
:mFv/GhVU
#203 [我輩は匿名である]
「…何なんだ…それは…」
良介は珍しく、真剣に話を聞いている。
「…まぁ、たまに過去の自分の悲劇に打ち勝つ者もいるけどな」
薫は最後に、それだけ付け足した。
「…なかなか興味深いな」
良介は腕を組んで言う。
「要するに、前世の本、って事か。…本当なのか?それは」
「それが原因で人を殺した男が、何ヵ月か前に捕まった。まんざら嘘でもないだろ」
眼鏡をかけ、薫は座ったまま良介を見上げる。
「まぁ本をもらったおかげで、物事が良い方に傾く奴もいるけどな。
今まで見えなかった物が、見えてきたりする奴も」
:10/05/16 12:36
:N08A3
:mFv/GhVU
#204 [我輩は匿名である]
「…そうなのか?」
「ほんの一部の話だ」
薫は小さく笑って、汚れのとれた眼鏡を外してケースに入れる。
「……そういえばさ」
薫達の様子を見ていた飛鳥が、ふと直人の方を向いた。
「ん?」
「あの自称・本屋の男、『代金は前世の奴からもらってる』って言ってたけど…
何の事だったんだろうね?」
飛鳥は首をかしげるが、直人はきょとんとしている。
「…そんな事言ってたっけ?」
:10/05/16 12:37
:N08A3
:mFv/GhVU
#205 [我輩は匿名である]
「忘れたの?まぁ気にならないっちゃ気にならないけど…。
私はちょっと気になってたんだ」
「まぁ…代金ってぐらいだし、金なんじゃねーの?」
直人はあまり考えずに返事をする。
「それじゃおかしい気がするんだ。
だって、私や要は高校生で、月城はサラリーマンだったし、響子も大人だった。
でも、私達みんな本をもらって、同じように前世を思い出した。
本当にお金が代金なら、月城と私達、どう考えても差があるはずでしょ?
私なんか、お小遣いとかほとんどもらってなかったんだから、お金なんてなかった。
だから…お金が代償じゃない気が…」
:10/05/16 12:37
:N08A3
:mFv/GhVU
#206 [我輩は匿名である]
「……お前、たまに難しい話するよな」
「意味わかってる?」
「半分ぐらい…」
頭を抱えてうなだれる直人に、飛鳥は後ろの黒板に何かを書き始めた。
「霜月優也というサラリーマンがいました。
彼は愛する妻の為に、汗水流して働いていました」
そんな話をしながら、飛鳥は黒板に、棒人間を2つ書く。
「で、こっちには長月要と石川晶という高校生がいました。
この2人は、ほとんどお金を持っていませんでした」
飛鳥は少し離れたところに、もう2つ棒人間を書く。
:10/05/16 12:38
:N08A3
:mFv/GhVU
#207 [我輩は匿名である]
直人は近寄り、それを見つめる。
「ある時、この4人は死にました」
「…展開早いな」
「そこはまぁ…。ここから仮説だけど…。
4人は『生まれ変わりたかったら、100万出せ』とおっさんに言われました」
「払えるわけねぇだろ!薫はともかく、俺高校生だぞ!?」
直人は思わず声を荒げる。
「そういう事だよ」
飛鳥は若干呆れたようにチョークを置く。
:10/05/16 12:38
:N08A3
:mFv/GhVU
#208 [我輩は匿名である]
「同じ条件なら、同じ程の代償がないといけない。だからきっと、お金じゃない。
お金なら必ず、月城と私たちの間に差が出来るはずだからね。
だとしたら、私達はみんな、何を渡したんだろうって思って」
「…よくそんな事まで考えたな。そんな事サッパリだったぞ」
直人は感心したように頷く。
「俺は覚えてるぞ」
2人の所に、薫がやって来た。
「あいつは?」
「適当に追い返した」
見ると、もう教室内に良介の姿はない。
:10/05/16 12:38
:N08A3
:mFv/GhVU
#209 [我輩は匿名である]
「…それより、結局代金って何だったの?」
飛鳥は薫に尋ねる。
薫はチョークを手に取り、1人の棒人間の所に書き加える。
「“俺”は、ガンになるまでは風邪1つ引いたことがなかった。
大きな怪我をした事もない。言ってみれば、健康そのものだった」
薫は棒人間の口元に棒を1本加え、そこから緩やかな線を2本引っ張る。
煙草を吸っているように見える。
「…死んでから、“俺”は真っ白い世界で、ある女と会った。
長い銀髪をなびかせた、綺麗な女性だった…」
薫はその時の事を思い出しながら、4人の棒人間の上に、1人の女性の絵を描いた。
:10/05/16 12:39
:N08A3
:mFv/GhVU
#210 [我輩は匿名である]
優也が目を覚ました時、目の前には1人の女性がいた。
ドレスのような真っ白い服に身を包み、穏やかにたたずんでいる銀髪の女性。
「…あなたは…?」
優也は静かに尋ねる。
女性はゆっくりと、口を開いた。
「霜月優也…肺がんに伴う呼吸不全により死去…享年27歳」
女性はそれだけ言って、1度口を閉じた。
優也は眉間にしわを寄せ、女性を見つめる。
「…何故僕の事を?」
:10/05/17 09:20
:N08A3
:jTxbwtII
#211 [我輩は匿名である]
「…あなたは、生まれ変わりたいと思いますか?」
女性は優也の質問には答えず、逆に問い掛けてくる。
「生まれ変わる…?そんな事…」
「出来ますよ。…それなりの代償を払っていただければ」
「代償…」
優也はその言葉を繰り返す。
「………でも…僕には“代償”に出来る程の物はありません」
少し考えて、優也は弱々しい笑みを見せる。
:10/05/17 09:21
:N08A3
:jTxbwtII
#212 [我輩は匿名である]
「僕は…自分の一言で、僕のたった一言のせいで妻を死に追いやってしまった…。
大事な人も守れないような男に、そんな資格はありませんよ」
優也の言葉に、しばらく女性は口を閉じていた。
「……その奥様は、あなたをずっと待っていますよ」
女性ははっきりとそう言った。
いつの間にか下向いていた頭を、優也はハッと上げる。
「…今日子が…?」
女性は頷く。
「彼女はもう1度、あなたと会う事を強く望んでいます。あなたとの約束を果たすために」
:10/05/17 09:21
:N08A3
:jTxbwtII
#213 [我輩は匿名である]
優也は何も言わず、うつむく。
「(今日子…こんな俺でも、まだ傍にいてくれるのか…?)」
今日子を思いながらぎゅっと、体の横で両手を握り締める。
「……僕は…何を差し出せば良いんですか?」
しばらく考えて、優也は顔を上げる。
そう言った彼の瞳に、迷いはなかった。
女性はそれを見て、また少し笑みを浮かべる。
「……では、あなたが自慢に思っている事は何ですか?」
そう聞き返されて、優也は1度目を逸らして考え込む。
:10/05/17 09:22
:N08A3
:jTxbwtII
#214 [我輩は匿名である]
「……ガンになるまで、1度も病気も怪我もしなかった事、かな?」
「ふふ…そのようですね」
女性はまるで、何もかも分かっているかのように答える。
「…あなたはとても真っ直ぐで、人を恨む事も憎む事もほとんどしない。
私は、あなたのその汚れのない心が欲しい」
女性は言いながら、優也の胸部を指差した。
「(だったら最初からそい言えば良いのに)」
優也は真顔で思った。
:10/05/17 09:23
:N08A3
:jTxbwtII
#215 [我輩は匿名である]
「…いいですよ、何を失っても」
フッと小さく笑って、優也が答える。
「今日子ともう1度会うためなら、僕はどうなろうと構いません。
病気で何度死にかけようが孤独になろうが、今日子さえいてくれればそれでいい。
彼女の為なら…」
優也は話ながら、両手を大きく広げてニヤリと笑う。
「どんな醜い人間にでもなりましょう」
彼の答えに、女性も同じように笑い返した。
:10/05/17 09:24
:N08A3
:jTxbwtII
#216 [我輩は匿名である]
「……………っていうやり取りがあって」
薫はチョークでいろいろ描き足す。
直人と飛鳥はそれをまじまじと見つめる。
「…だからお前、毎年インフルエンザかかるんだな」
「つーか、あんた絵下手だね」
2人は声をそろえて薫に言う。
「絵なんか上手くなくても生きていけるから良いんだ」
薫はムッとしたように飛鳥に言い返す。
「つまりその“代償”って、人によって違うかもしれないって事か」
飛鳥はまた腕を組む。
:10/05/20 22:46
:N08A3
:PIPg2LvY
#217 [我輩は匿名である]
「多分な。あの人が誰なのかわからなかったけど…。
ただ、響子は看護師としての知識を全て無くしてるから、それが代償だったんだろう」
「ふぅん…」
「じゃあ俺、何取られたんだろ?」
直人もまた考える。
:10/05/20 22:47
:N08A3
:PIPg2LvY
#218 [我輩は匿名である]
「薫ー帰ろー」
考えたり、黒板を消したりしていると、響子と奏子がやって来た。
「あぁ、ちょっと待って」
「俺たちも帰るか」
「うん」
直人と飛鳥も鞄を肩に掛け、薫と共に教室を出る。
「何の話してたの?」
奏子が3人に尋ねる。
「あぁ、本の事でいろいろな」
直人がポケットに手を入れて答える。
:10/05/20 22:47
:N08A3
:PIPg2LvY
#219 [我輩は匿名である]
奏子は不満そうに「いろいろって?」と聞き直す。
「あ?んー…」
どう言えばいいのかわからず、直人は飛鳥に目をやる。
「なぁ、何だっけ?」
「……何で私に聞くの」
本の所持者だった事を奏子に話していない飛鳥は、逃げるように目を逸らす。
「お前から言い出しただろ?“代金”って何だったんだろうって」
そういう事には全く気が利かない直人は、怪訝そうに言い返す。
それを黙って見ていた奏子が口を開いた。
:10/05/20 22:48
:N08A3
:PIPg2LvY
#220 [我輩は匿名である]
「飛鳥、本の事に詳しいの?」
「え…」
ドキッとして、飛鳥は奏子を見る。
意外にも、奏子の表情は真剣そうで、飛鳥は再び目を逸らした。
「この間言っただろ、神崎も本もらったって…」
何も知らない直人は、ますます不思議そうに奏子に話す。
その直後、飛鳥は直人達には見えないように顔を背け、眉間にしわを寄せた。
「やっぱりそうだったんだぁ!」
そうとは知らず、奏子は驚いたように手をパチンとたたいた。
:10/05/20 22:48
:N08A3
:PIPg2LvY
#221 [我輩は匿名である]
響子は困ったように、薫と目を合わせる。
「何だぁ、何で言ってくれなかったの?
まぁ、何となくそうじゃないかなぁとは思ってたんだけどね」
奏子はポンと、飛鳥の肩に手を置く。
しかし、飛鳥は戸惑い、目を合わそうとしない。
「飛鳥の前世って、どんな感じだったの?すごい気になる!」
奏子は目を輝かせて食い付いてくる。
「どうかしたのか?」
直人は、急におとなしくなった飛鳥の様子が気になって、声をかける。
:10/05/20 22:49
:N08A3
:PIPg2LvY
#222 [我輩は匿名である]
「…ごめん、頭痛いから先に帰る」
飛鳥は苦笑しながら言って、そそくさと走って帰っていってしまった。
直人はわけがわからず、「何だ?」と首をかしげる。
「…大丈夫かな?」
響子が心配する振りをしながら、奏子に声をかける。
奏子は何か考えるような顔で、「うん…」とだけ返事をする。
すると、ポケットに入れていた直人の携帯電話が震えだした。
:10/05/20 22:49
:N08A3
:PIPg2LvY
#223 [我輩は匿名である]
『安斎の前で、神崎の本の事には触れるな』
それだけ書かれた、薫からのメールだった。
「…はぁ?」
直人は思わず、斜め後ろにいる薫に目を向ける。
奏子と響子も、どうしたのかと直人を見る。
薫はその状況を真顔で見回した後、「あ」と声を上げた。
「そういえば、ちょっと直人について来てほしい所があるんだった」
「え?何だよいきなり。お前さっきから…」
「じゃあ、私達先に帰るね」
薫が考えている事が何となくわかったのか、響子はにっこり笑う。
:10/05/20 22:50
:N08A3
:PIPg2LvY
#224 [我輩は匿名である]
直人は2人の意図が全くわからず、薫と響子の顔を交互に見る。
「あぁ、悪いな。また明日」
手を振る響子に、薫も手を振り返す。
そして、小声で「ちょっと来い」と言って直人の腕を掴む。
「えっ、ちょっ…」
薫に引っ張られ、足がもつれて転びそうになる。
曲がり角の影まで来て、薫はやっと手を離した。
「何だよ!?」
自分だけ何もわかっていない気がして、直人は苛立ったように薫に詰め寄る。
:10/05/20 22:50
:N08A3
:PIPg2LvY
#225 [我輩は匿名である]
薫は呆れたように、髪をかきあげながらため息を吐く。
「…神崎は、安斎に知られたくないんだよ。…自分の前世の事を」
「はぁ?」
直人は少し落ち着いて、薫の顔を見る。
「何でだよ?あいつら友達だろ?」
「友達でも、話したくない事ぐらいある」
「そうだけど…」
薫は困ったように、肩を落としてポケットに手を入れる。
「…お前、安斎と神崎見ていて、何も思わないのか?」
:10/05/24 07:54
:N08A3
:W2DVh2T6
#226 [我輩は匿名である]
「何もって…別に何も」
直人は検討もつかず、首をひねる。
鈍感すぎる直人の面倒に疲れて、薫は手を出し、その場にしゃがみこむ。
「もうお前見てると疲れて仕方ねぇよ…」
薫にここまで言われてしまい、直人は何だか恥ずかしくなってきた。
「だから、何だよ!?ハッキリ言えよ!!」
直人はしびれを切らして声を荒げる。
それを聞いて、薫は勢いよく立ち上がった。
「じゃあ言ってやるよ!この鈍感野郎!!」
:10/05/24 07:56
:N08A3
:W2DVh2T6
#227 [我輩は匿名である]
いきなり大声を出されて、直人はぎょっとする。
「な、何がだよ!?俺は別に…」
「お前が鈍感じゃないなら、どういう奴が鈍感なんだ!?
お前がちゃんと分かってたら、神崎もあんな変な帰り方せずに済んだのに!」
「あ、あいつが帰ったのは頭痛ぇからだろ!?」
「そこが鈍感だって言ってんだよ!
あんなあからさまに逃げるような帰り方で、頭痛なわけないだろ!!
わからないならもう喋るな!!」
「何だとこの野郎!!」
直人はカッとなって、薫に掴み掛かる。
:10/05/24 07:56
:N08A3
:W2DVh2T6
#228 [我輩は匿名である]
「本当の事だろう!?もうちょっと人の顔色とか気にしたらどうなんだ!」
同様に、薫も直人を睨み付けながら、彼の手を振り払う。
「してんだろうが!!」
「お前の『してる』は、やってるうちに入らねぇんだよ!」
「じゃあお前は出来てんのかよ!?
いつも何でも知ってるような、涼しい顔しやがって!!」
「お前よりは出来てるだろうなぁ!お前みたいなバカと一緒にするな!」
薫の一言に、直人はもう我慢できなくなった。
固く握り締めていた拳を、薫めがけて振り下ろした。
:10/05/24 07:56
:N08A3
:W2DVh2T6
#229 [ま]
:10/05/27 07:51
:P04A
:yEI3oh4M
#230 [我輩は匿名である]
一方、飛鳥は1度も足を緩めないまま、家に飛び込んだ。
大きな音を立てて玄関のドアを閉め、そこにもたれかかる。
かなり息が上がっている。
「(……聞き流せたら良かったのに…)」
うつむきながら、そんな事を考える。
自分にもっと余裕があれば、こんな怪しまれる帰り方をしなくて良かったのに。
「(…響子なら…もっと上手く誤魔化せるんだろうな…)」
自分の不器用さが悔しくなる。
「もうちょっと静かに帰ってきてくれる?」
目の前で声がした。
:10/05/27 22:06
:N08A3
:5.N2WMSE
#231 [我輩は匿名である]
顔を上げて見てみると、1歳年下の弟・巧(たくみ)が、
見下すような笑みを浮かべて立っている。
「巧…」
「何?その顔。いじめられた?」
気取ったように笑う弟に、飛鳥はムッとして睨み返す。
「まっ、出来損ないなんだから、いじめられても仕方ないよね。
家でも全く相手にされてないんだから、当然じゃない?
でも、だからってドアに八つ当たりしないでくれる?迷惑だから」
:10/05/27 22:06
:N08A3
:5.N2WMSE
#232 [我輩は匿名である]
「何…」
「悪いけど、出来損ないの相手してやる暇ないから」
飛鳥が言い返す前に、巧は意地悪い笑みを浮かべて、自分の部屋に入っていった。
飛鳥は黙ったまま、巧が去っていった方向をじっと見つめる。
あんな生意気な弟に言い返す事すら出来ない。
確かに家の中では、空気のような存在でいる自分。
飛鳥は靴を脱ぎ捨て、自分の部屋に足を動かす。
:10/05/27 22:06
:N08A3
:5.N2WMSE
#233 [我輩は匿名である]
部屋に入ってドアを閉め、その場に座り込む。
誰かと話したくても、携帯電話も持っていない。
自分はどこまでダメな人間なんだろう。
そう思うと涙が出てきて、飛鳥は1人、そこで静かに泣いた。
:10/05/27 22:07
:N08A3
:5.N2WMSE
#234 [我輩は匿名である]
次の日、直人は頬に湿布や絆創膏を貼って登校した。
多分、薫も同じような顔で来るのだろう。
あの後薫と殴り合いになってしまい、仲直りもせずに帰ってきたのだった。
「(…確かにあいつ程頭良くねぇし、ちょーっと空気読めないかもしれねぇけど)」
まだ納得がいかず、直人はムスッとする。
「おはよっ♪」
たまたま後ろにいた奏子が、直人の背中をたたいた。
「…おう」
「えっ、何その顔!?」
直人の顔を見て、奏子が驚いて声を上げる。
:10/05/28 21:53
:N08A3
:TdbZtgtI
#235 [我輩は匿名である]
事情を話すのがめんどくさくて、直人は「別に」と吐き捨てた。
「何なに!?事件!?警察行った!?」
「っせぇな、朝っぱらから。喧嘩だよ喧嘩!薫とやり合っただけ!」
直人はイライラし、口調を強くして答える。
「あらぁー、ドンマイ♪」
奏子は少しつまらなそうな顔をして、また直人の肩をたたいた。
『神崎と安斎を見ていて、何も思わないのか』
薫のあの一言は、今でもわからない。
考えながら、直人はじっと奏子を見てみる。
:10/05/28 21:54
:N08A3
:TdbZtgtI
#236 [我輩は匿名である]
「まぁー、あの子ちょっと気難しそうだもんね。
たまにはいいんじゃないの?喧嘩ぐらい」
奏子は明るく、そんな事を言って笑っている。
「………何?何か嫌な事言った?」
直人に見られているのがわかったのか、奏子が尋ねてくる。
が、構わず直人は奏子を見つめ続ける。
「………………やっぱ何もねぇよなぁ…」
しばらく見た後、直人はため息をついて目を逸らした。
彼が何をしたいのかわからず、奏子も首をかしげる。
お互いいろいろ考えながら校舎に入る。
:10/05/28 21:54
:N08A3
:TdbZtgtI
#237 [我輩は匿名である]
「…あ」
直人は嫌そうに声を上げる。
靴箱では、一足先に着いていた薫たちが靴を履き替えていた。
直人の声を聞いて、薫と響子がこっちを向く。
薫もやはり、直人のように顔に湿布等を貼っている。
しかし薫は、ちらっと直人を見た後、無言で視線を外した。
「さっさと履き替えて行けよ。俺が靴履けないだろ」
「知るか。一生そこで待ってろ」
「何ぃ!?」
顔を見るなり、直人と薫は睨み合う。
:10/05/28 21:54
:N08A3
:TdbZtgtI
#238 [我輩は匿名である]
「あんまり調子乗んなよ、もやしっ子のくせに」
「誰がもやしだ!どうみても人間だろ!」
「もやしじゃねぇかよ!インフルエンザで死にかけた事あるくせに!」
「いつの話だ!!」
「2人ともやめなさい!こんな所でみっともない!!」
2人のくだらない言い合いを見兼ねて、響子がまるで母親のような言い方で割って入った。
響子に叱られて、直人と薫は肩をすくめて黙り込む。
「…響子、行くぞ」
薫は響子を引きつれて、さっさと階段を上がっていった。
:10/05/28 21:55
:N08A3
:TdbZtgtI
#239 [我輩は匿名である]
「おはよう…」
それと同時に、今度は飛鳥がやってきた。
「あっ飛鳥、おはよ」
「…よぉ」
2人も返事を返す。
飛鳥は奏子と同じように、直人を見るなり目をぱちくりさせた。
「…どうしたの、その顔」
「…ちょっとな」
直人はため息をつきながら、それだけ答える。
その間に、奏子は自分の靴を履き替えに行った。
:10/05/28 21:55
:N08A3
:TdbZtgtI
#240 [我輩は匿名である]
「………今日、時間ある?」
飛鳥がぼそっと、直人に声をかける。
直人はスニーカーを持つ手を止めて、きょとんとする。
「どうしたんだよ?」
「………いろいろあってさ。…あんたに聞いてほしくて」
飛鳥の顔は、何だか疲れているように見える。
直人はそれを見ながら、また昨日の薫の話を思い出す。
「(…俺が本の事バラしたからかな…?…説教か…?)」
「…無理そうならいいよ」
飛鳥は少し笑う。
:10/05/28 21:56
:N08A3
:TdbZtgtI
#241 [我輩は匿名である]
「いや!聞くよ!俺で良ければ!つーか俺のせいだし!」
直人は慌てて返事をする。
その慌てっぷりが理解できないのか、飛鳥は首をかしげる。
「どーせ今日は薫と飯食わないだろうし」
「…何で?」
「喧嘩したから♪」
靴を履き替えてきた奏子が、直人と飛鳥の間に入ってきた。
「……顔の怪我って、それで?」
「まぁな。殴り合いとかしたの、小学校以来かも」
「え、まだやった事あったの!?」
:10/05/28 21:56
:N08A3
:TdbZtgtI
#242 [我輩は匿名である]
「(男って大変だなぁ…)」
傷だらけの直人の顔を見ながら、飛鳥はしみじみ思った。
「じゃあ…」
階段を上りながら、直人は飛鳥に言葉をかけようとする。
しかし、ふとある事を考えて止めた。
「(…こいつら、一緒に飯食ってるんだよな…。
って事は…今神崎を誘えば、何か怪しまれたりするかな?
本の話するなって薫も言ってたしな…)」
「どうかしたー?」
何かを言い掛け止めた直人に、奏子が問い掛ける。
:10/05/28 21:56
:N08A3
:TdbZtgtI
#243 [我輩は匿名である]
飛鳥はじっと、直人の方を見つめる。
「…いや、やっぱいいや」
「そう?何か変なの」
「ほっとけ」
そんな事を言っているうちに、教室のドアの前に着いた。
「じゃあな」
直人と飛鳥は奏子に手を振り、教室に入る。
「今日、一緒に飯食おうぜ」
奏子と別れてすぐ、直人は飛鳥に笑いかけた。
突然の事に、飛鳥は「へ?」と聞き返す。
:10/05/28 21:57
:N08A3
:TdbZtgtI
#244 [我輩は匿名である]
「いろいろあんだろ?飯食いながら、全部聞いてやるよ」
直人はニッと笑って飛鳥を誘う。
飛鳥はちょっと間ぽかんとしていたが、笑って「うん!」と大きく頷いた。
:10/05/28 21:59
:N08A3
:TdbZtgtI
#245 [我輩は匿名である]
4限目終了のチャイムが鳴る。
直人は弁当箱を手に、飛鳥の席に行く。
「ここうるせぇから、屋上にでも行くか」
「ん?うん、行こ」
飛鳥も同意して、買ってきた弁当が入ったコンビニ袋を持って立ち上がる。
そして、直人について教室を出た。
「(……2人でご飯とか…なんか緊張するなぁ…)」
誘ったのは自分だが、改めて考えると恥ずかしい。
飛鳥はちょっと顔を赤らめる。
そんな事には全く気付かず、直人は屋上のドアを開ける。
:10/05/28 21:59
:N08A3
:TdbZtgtI
#246 [我輩は匿名である]
「さーて…」
直人は少し歩く速さを緩めながら、どこがいいか考える。
「……あ」
2人一緒に声を上げる。
屋上のフェンス越しにくっついて昼食を摂っている男女。
視線を感じたのか、男の方が振り向いた。
「やっぱりお前か!」
直人は一瞬で不機嫌そうな顔をして声を上げる。
それを見て、振り向いた薫も眉間にしわを寄せ、隣にいた響子も振り向いた。
:10/05/28 21:59
:N08A3
:TdbZtgtI
#247 [我輩は匿名である]
「ついて来るな!」
「別について来たんじゃねぇよ!黙れもやし!」
直人と薫は、距離を置いてまた睨み合う。
が、それを妨げるように飛鳥の腹が鳴った。
「…ごめん」
飛鳥は恥ずかしくて下を向く。
「…いや。…適当に座って食うか」
直人はそう言って、薫達とは離れたところに腰を下ろした。
「いただきまーす」
2人は声をそろえて手を合わせ、弁当箱を開ける。
:10/05/28 22:00
:N08A3
:TdbZtgtI
#248 [我輩は匿名である]
「そういえば、安斎はどうしたんだ?」
薫はコーヒー牛乳片手に響子に尋ねる。
「飛鳥ちゃんも食べないって聞いてたから、他の子と食べてって言っといた」
「そうか」
薫はそう返事をして、ストローに口をつける。
「でも珍しいね、あの2人がご飯一緒に食べてるのって」
直人達の様子を見ながら、響子が少し笑う。
が、薫は返事せずに黙々と弁当を食べている。
「……もう、無視しないでよ」
響子は小さく笑って、ピタッと薫にくっつく。
:10/05/28 22:00
:N08A3
:TdbZtgtI
#249 [我輩は匿名である]
「……悪い」
薫は箸を咥えて、響子の頭を撫でる。
「嫌味かあいつ…あんなにイチャつきやがって…」
2人の様子を見ながら、直人は怒りを込めて箸を握る。
「……そもそも何でそんな殴り合いになったわけ?」
飛鳥はコンビニ弁当をつつきながら尋ねる。
「…あいつがさ、俺が空気読めてないだの、鈍感だのって言うから……」
「………キレたの?」
飛鳥の問いに、直人は黙って頷く。
:10/05/28 22:01
:N08A3
:TdbZtgtI
#250 [我輩は匿名である]
「(しょーもなっ!!)」
飛鳥は心の中で叫ぶ。
が、よく考えてみれば、発端は自分かもしれない。
「……その喧嘩って…私のせい…?」
飛鳥は手を止めて呟く。
思いもよらぬ問いに、直人はきょとんとする。
「いや、別に…」
確かに、飛鳥が先に帰った事から喧嘩が始まったとも思えるが、飛鳥のせいではない。
「俺の方こそ、悪かったな。勝手に本の事バラして…。俺そういう事にはかなり鈍感だか…」
直人はそこまで言って、自分で気がついて一瞬黙る。
:10/05/28 22:02
:N08A3
:TdbZtgtI
#251 [我輩は匿名である]
そして勢い良く薫がいる方を向いて、こう叫んだ。
「どーせ俺は鈍感だよ!もやし野郎!!」
「やっとわかったか!だったらいきなり殴った事さっさと俺に謝れ!!」
薫もこっちを向いて、大声で返事をする。
「悪かったな!」
「2度と人殴るんじゃねぇぞ!」
「おう!」
:10/05/28 22:04
:N08A3
:TdbZtgtI
#252 [我輩は匿名である]
「(何だこいつら…)」
これだけで仲直りになるのかと、飛鳥は呆れ気味に直人達を見る。
「良かったね、仲直り出来て」
響子はにっこり笑って薫に言う。
それを見て、薫も「あぁ」と、いつものように笑い返した。
:10/05/28 22:04
:N08A3
:TdbZtgtI
#253 [我輩は匿名である]
「…なんかわかんないけど、仲直り出来て良かったね」
「おう!俺達はいつもこんなもんだ」
直人はニッと元気に笑って答える。
飛鳥も笑い返すが、どこか元気がない。
「…あ、ごめん、何だっけ?」
「あぁ…」
飛鳥はどこから話せばいいかわからず、黙り込んでしまった。
どうすればいいか直人もわからず、頭を抱える。
「と、とりあえずさぁ、何で安斎に本の話したくないのか聞いていいか?」
沈黙が耐えきれないタイプの直人は、何とか話を続けようと尋ねてみる。
:10/05/28 22:05
:N08A3
:TdbZtgtI
#254 [我輩は匿名である]
「……わかんない」
「はぁ?」
飛鳥の答えに、直人は間の抜けた声を出す。
「わかんねぇのかよ…」
「えっ、いや、わかるよ?わかってるけど…」
直人の前で答えるような事ではない。飛鳥はそれを考えていた。
「なんか…前世の事を知られたくないっていうか…。自殺したからってのもあるけど…」
もちろん理由はこれよりも深いものがあるが、直人に言うには十分だと思った。
「まぁ、言っちまえばお前の黒歴史だもんな」
:10/05/28 22:05
:N08A3
:TdbZtgtI
#255 [我輩は匿名である]
「黒歴史っていうな!」
もっと良い言い方があるだろうと、飛鳥は思わず言い返す。
「…………昨日さ」
しばらくして、飛鳥はやっと話を始めた。
「弟に嫌味言われて、私…何も言い返せなかったんだ。
『出来損ない』とか、『いじめられて当然』とか言われたけど、
私には…あいつに勝てるものなんか何もないし…」
「はあぁぁ!!?」
飛鳥の話に、直人はキレて声を上げる。
明らかにキレた彼の声に、薫達も驚いて振り返る。
:10/05/28 22:06
:N08A3
:TdbZtgtI
#256 [我輩は匿名である]
「出来損ない!?いじめられて当然!?ふざけんじゃねーぞクソ餓鬼が!!
…でも、俺は何も言い返さなかったお前にも腹が立つ!!」
直人は怒鳴りながら飛鳥を指差す。
「出来損ないだから何だ!?そんな事こっちだってわかってんだよ!!」
「な…っ」
出来損ないだと認められてしまい、飛鳥もカチンときたらしい。
「あんたどっちの味方なんだよ!?」
「てめぇに決まってんだろ!」
直人はきっぱりと言い張った。
その答えに、飛鳥はハッとして口を閉じる。
:10/05/28 22:06
:N08A3
:TdbZtgtI
#257 [我輩は匿名である]
「友達いないわ、人の話は聞かないわ、道路に飛び出すわ、
たった1人の頼れる男が死んだら、後を追って自殺するわ、
ついでに妊婦も道連れにするわ…。
そんな奴が出来損ないじゃなかったら、誰が出来損ないだっつーんだよ!?
俺がいつもお前の世話焼いたりしてんのはなぁ!
お前にもうあんな事してほしくないからだよ!
晶みたいに誰も信じれないまま死んだりしないで、
いろんな奴といっぱい笑ったりして、楽しく生きていてほしいからだよ!!
つーか!こーゆー話、あの時もしただろ!!何回も言わすなアホ!!」
息もつかずに怒鳴り続けて、直人は息を切らす。
:10/05/28 22:07
:N08A3
:TdbZtgtI
#258 [我輩は匿名である]
意外と迫力があった直人の説教に、飛鳥はただただぽかんとする。
同じように、薫と響子もじっと直人の話を聞いていた。
「お…お前…」
直人は若干汗をかきながら話を続ける。
「餓鬼に嫌味言われたぐらいで…何しょげてんだよ…。
今までも散々無視されたり…嫌味言われたらしてたんだろ…。
お前だって、この間まで家族見返すって…張り切ってたじゃねぇか…」
直人の言葉に、飛鳥は少しうつむく。
確かに直人の言う通りだった。
:10/05/28 22:07
:N08A3
:TdbZtgtI
#259 [我輩は匿名である]
「…お前…他に何かあったんじゃねぇのか…?」
一息ついて、直人はまた弁当の中身を口に運びだした。
飛鳥は「うーん…」と、曖昧な返事をする。
奏子とちょっとややこしい事になっているが、直人に言えるはずがない。
「…ちょっとさ、いろいろあって」
「やっぱりまだあったのかよ」
直人は不満そうにため息をつく。
「何だよ?言ってみ」
「……やだ」
「何で」
「……あんたに言えるような話じゃないから」
:10/05/28 22:07
:N08A3
:TdbZtgtI
#260 [我輩は匿名である]
飛鳥は戸惑い気味に答える。
しかし、そういう言い方をされると気になってしまう直人。
「何だよ!気になるじゃねぇか!」と問い詰めてきた。
「言えないっつったら言えないんだよ!」
「何なんだよもう!」
「まぁまぁ落ち着いて」
ポンと肩を叩かれ、直人は「はぁん?」と不機嫌そうに振り向く。
いつの間にか、響子と薫が真後ろにいた。
:10/05/28 22:08
:N08A3
:TdbZtgtI
#261 [我輩は匿名である]
「うわっ、何だよお前ら!」
「そんなに問いつめたら、飛鳥ちゃん可哀相でしょ」
響子は怒ったように直人に言う。
「そんな事言われたって…」
「女の子にはねぇ、男よりもいろいろ大変な悩みがあるの。
それがわかってないと、そのうち嫌われちゃうよ?」
響子に諭され、直人は不服そうに黙る。
「薫はわかんのかよ?そーゆー女心」
「…なんとなーく」
いくら薫でも、そこまではさすがに自信はない。
:10/05/28 22:08
:N08A3
:TdbZtgtI
#262 [我輩は匿名である]
直人は「ふぅん」とだけ返事を返す。
「まぁ、あれだ。ここから先はガールズトークってやつだよ」
薫はその場に腰を下ろしながら言った。
まぁ直人にはわからないだろうけど、と思いながら。
「なんか、女ってめんどくせぇな」
直人は頭の後ろに手を組んでため息をつく。
その横で、響子は飛鳥に耳打ちする。
「何かあったら、いつでも言いなよ。大体は奏子ちゃんの事でしょ?」
「…うん」
「悩みはね、人に話したら大体すっきりするものよ。ね?薫」
:10/05/28 22:09
:N08A3
:TdbZtgtI
#263 [我輩は匿名である]
「ん?あぁ…」
「どう考えても、悩みはため込むタイプだろ、お前」
「……まぁ、どっちかっていうとな」
「だめよ、ため込むだけため込んでると、そのうち…」
「大丈夫だよ、ハゲるまでは悩まないから」
「まだその話引っ張ってんのかよ」
「え、あんたハゲるの?」
「あーあ、クールな性格が台無しだな」
「誰がハゲるって断定したんだ」
好き放題言い出した2人を薫が睨む。
隣では、そのやり取りを見ながら響子が笑っている。
:10/05/28 22:09
:N08A3
:TdbZtgtI
#264 [我輩は匿名である]
「(…………ふぅん…)」
屋上のドアの隙間から、奏子が4人のやりとりを見つめていた。
最初は盗み見するつもりではなかったのだが、
急に直人が飛鳥に向かって怒鳴りだしたため、出ていくタイミングを失ってしまったのだ。
今の4人の会話は遠くて聞き取れないが、怒鳴っていた直人の言葉だけは聞こえていた。
「(……飛鳥の前世…自殺だったって事か…。
しかも、なんか水無月の前世の人と仲良かったみたいだし…)」
奏子は暗い顔で考え込む。
直人が『もうあんな事してほしくない』と言っている所を見ると、
かなり深い関係があったようだ。
:10/05/28 22:09
:N08A3
:TdbZtgtI
#265 [我輩は匿名である]
その上、『ついでに妊婦も道連れに』という発言も引っ掛かる。
以前、直人が響子に『飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?』と言っていた。
『巻き込んだ』のが飛鳥だったとしたら、話が噛み合ってくる。
「(…まさか…そんな出来すぎた話…)」
あるわけない。そう思いたかった。
しかしそれ以前に、前世だの過去に行くだの、ありえない話が起きている。
こうなれば、飛鳥と響子の関係だって、ありえない事もない。
「(………あーっ、止めよ!考えるのめんどい!)」
奏子は疑問を振り払うように首を振る。
そして、再度4人の様子をうかがった後、階段を降りていった。
:10/05/28 22:10
:N08A3
:TdbZtgtI
#266 [我輩は匿名である]
そして、待ちに待った月曜日。
「おっしゃー!!優勝するぞこらー!!」
「おー!!」
男子体育委員の掛け声に、クラス全員が奮起する。
「(野球する薫の姿が見れるのかぁ…♪)」
響子は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「(水無月にいいとこ見せないとね!)」
奏子は奏子で、担任の話を聞きながらそんな事を考えていた。
「(……球技大会か…早く終わらないかな…)」
飛鳥だけは、ため息をついていた。
:10/05/28 22:11
:N08A3
:TdbZtgtI
#267 [我輩は匿名である]
5人の中で、出番が1番早いのは薫だった。
ルールでは、野球部以外の選手相手には、ピッチャーは本気で投げてはいけないらしい。
「ちっ…本気で投げてこないのか…」
ジャンケンで負けて1番バッターになってしまった薫は、
つまらなそうに小さく舌打ちをする。
「月城ー!男を見せろー!」
「フィアンセが見てるぞー!!」
「いいとこ見せなきゃアメリカンに取られるぞこらー!!」
「(…うるせぇなぁ…)」
クラスメート達の変な声援にムッとしながら、薫はバットを構える。
:10/05/28 22:11
:N08A3
:TdbZtgtI
#268 [我輩は匿名である]
「おー、構えはやっぱり慣れてる感じあるな」
「優也の野球歴なめないほうがいいわよ」
フェンスごしに、直人達も薫を見ている。
相手は2年生で、ピッチャーもボールを構える。
そして、下から軽くボールを投げてきた。
「(…ちょろいな)」
薫はにやっと笑い、思いっきりバットを振る。
その直後、カキーンという快音が運動場に響き渡り、ボールは外野の頭を軽々飛び越えていった。
1発目から出たホームランに、相手チームもチームメイトも、ギャラリーでさえぽかんとする。
:10/05/28 22:12
:N08A3
:TdbZtgtI
#269 [我輩は匿名である]
その間に、薫は涼しい顔で塁を回っていく。
2塁を回ったらへんで、ギャラリーから一斉に声が上がった。
歓声と、早くも絶望感の込もった2種類の声が。
「月城ー!お前は神だー!!」
ホームに戻るなり、チームメイト全員が薫に駆け寄ってきた。
「まぐれだろ、多分」
全くまぐれではないのだが、薫は笑いながら言った。
「薫ー」
名前を呼んで大きく手を振る響子。
それが届いたのか、薫が4人の方を向き、手を振り返してきた。
:10/05/28 22:12
:N08A3
:TdbZtgtI
#270 [我輩は匿名である]
「すげー!すげーなあいつ!!」
直人は興奮して声を上げる。
「言ったでしょ?」
「…すごい…」
「あんなの打てるんなら、野球部入れば良かったのにね」
「入らないわよ、坊主にしないといけないもん。薫が坊主なんて、絶対許さない…」
「(……たまに出るこの怖い笑顔は何なんだ…?)」
奏子の疑問に笑顔で答える響子に、直人と飛鳥は何故か鳥肌が立った。
その後、薫はバッターボックスに入る毎にヒットやホームランを打ち続け、
第1試合は13対5で終わった。
:10/05/28 22:13
:N08A3
:TdbZtgtI
#271 [我輩は匿名である]
次の出番は奏子のハンドボール。
運動が好きな奏子は、コート中を駆け回り、ディフェンスも振り切ってゴールに突っ込み続ける。
「あいつもすげーな」
直人は意外そうに笑う。
「本当だね。まぁ、運動は得意そうだけど」
飛鳥もボーッと奏子の動きを見ながら頷く。
「…あんたは、やっぱりスポーツ好きな子が好き?」
何気なくそう聞かれて、直人は「へ?」と飛鳥に目を向ける。
「んー…まぁ、どっちでもいいけどな。別に好きな女のタイプとかないし」
:10/05/28 22:13
:N08A3
:TdbZtgtI
#272 [我輩は匿名である]
「そうなの?」
「んー」
直人は髪をいじりながら頷く。
「根暗かヤンキーとか…やたら貢がせる女とかじゃなかったら、どんな女でも」
「…ふぅん、そっか」
飛鳥はちょっと笑って返事をした。
「(……何でいきなりそんな事聞いてきたんだろ?こいつ)」
直人はまだ少しぽかんとして飛鳥を見ている。
「(こいつはやっぱ、要みたいな、のんきでちょっと弱々しいけどしっかりしてる奴が好きなのか?)」
今までの要の事を思い出しながら、直人はぼけーっと考える。
:10/05/28 22:13
:N08A3
:TdbZtgtI
#273 [我輩は匿名である]
晶に告白した時の事、デートの時の事、晶ともめた時の事…。
よくよく考えてみると、頼れるのか頼りないのかよくわからない性格だった要。
言いたい事をなかなか言いだせない要に、イライラした時も多かった気がする。
「……いや、俺の方がいい男だったな」
思わず声に出して言ってしまった。
「何の話?」と、飛鳥が怪訝そうな目でこっちを見てくる。
「いや、要と俺だと、どっちがいい男かって話」
「1人で何バカな事考えてんの?」
「バカとはなんだよ!」
「どう見てもバカだろ!いきなり『俺の方がいい男だ』とか言っちゃって!」
:10/05/28 22:14
:N08A3
:TdbZtgtI
#274 [我輩は匿名である]
「じゃあお前はどっちがいい!?」
「私は…!!」
そこまで来て、2人は言い合うのをやめた。
言い争いの内容が、何だか恥ずかしくなってきたらしい。
「…わりぃ、今考えるとかなりしょーもないな」
「…そうだね、やめとこ」
2人はそれぞれ違う方向を見ながら言った。
「(…なんか楽しそうに喋ってるなぁ…)」
たまたま、奏子の目が直人達に向いた。
結局試合には8対4で勝ったのだが、奏子には直人達のことの方が気になっていた。
:10/05/28 22:14
:N08A3
:TdbZtgtI
#275 [我輩は匿名である]
「さっき何喋ってたの?」
体育館に移動している間に、奏子が直人に尋ねてきた。
試合時間が迫っていたため、響子は先に体育館に入って準備をしている。
飛鳥と薫が、無言で顔を見合わせる。
「…本の話か?」
薫が小声で、奏子に聞こえないように飛鳥に尋ねる。
飛鳥は無言で頷く。
「何喋ってたって…」
直人は首をかしげながら考える。
「(…要とかの話だったな…。本の話はしない方がいいって言ってたし…)」
:10/05/28 22:15
:N08A3
:TdbZtgtI
#276 [我輩は匿名である]
奏子は「聞いてるー?」と、顔を覗き込んでくる。
飛鳥と薫は、奏子に気付かれないように横目で直人を見つめる。
「…何だったか忘れたわ」
直人は笑って奏子に答えた。
その答えに、飛鳥と薫がホッとして、再び目を見合わせる。
「えー、結構楽しそうに喋ってたじゃなーい」
「まぁ、忘れるぐらいのしょーもない話だったんだろ」
「ま、直人の話はいつもしょーもないからな」
薫は直人を見ながら小さく笑う。
しかし、奏子はどこか不満そうな顔で黙り込んだ。
:10/05/28 22:15
:N08A3
:TdbZtgtI
#277 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し困ったように、奏子の表情を見る。
「おっ、いたいた」
直人は響子を見付け、指差す。
4人は響子の近くに腰を下ろす。
「ケガするなよ」
「大丈夫だって」
外野だから、と、響子はにっこり笑う。
「心配性だなぁ、お前」
「仕方ないだろ、心配なものは心配なんだ」
薫は開き直ったように言い返す。
:10/05/28 22:15
:N08A3
:TdbZtgtI
#278 [我輩は匿名である]
すると、ブザーが鳴って試合が始まった。
響子のクラスが、ジャンプボールでボールを取る。
いかにもスポーツ好きそうな女子が、大きく腕を回してボールを投げた。
しかし、誰にも当たる事なく、外野の響子に向かって一直線に飛んでいく。
薫達が『危ない』と思うと同時に、バチーンという大きな音がした。
4人はハラハラして響子を見つめる。
響子は顔の目の前で、飛んできたボールをキャッチしていた。
ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ボールを構える。
そして、同じように足を開いて、思いっきりボールを投げた。
:10/05/28 22:16
:N08A3
:TdbZtgtI
#279 [我輩は匿名である]
ボコン!と音がして、相手チームの1人の女子が倒れこむ。
「(あ…当てた…)」
予想外の事に、直人と飛鳥は呆然とする。
「か…薫、お前の嫁ってあんな強かったか!?」
「みたいだな」
薫は何だか嬉しそうに笑って返事をする。
「薫!今の見た!?」
響子は試合そっちのけで薫に声をかける。
「あぁ、見たよ。格好良かった」
:10/05/28 22:16
:N08A3
:TdbZtgtI
#280 [我輩は匿名である]
「(いや、怖かった…)」
「(絶対この夫婦おかしいよ…)」
ボールを投げる時の響子の顔を思い出し、直人と飛鳥は視線を落とす。
しかし結局、響子のクラスは1回戦敗退となった。
:10/05/28 22:17
:N08A3
:TdbZtgtI
#281 [我輩は匿名である]
「よっしゃあ!行くぜ!」
直人は気合いを入れるように声を出す。
飛鳥と試合時間がかぶってしまい、残りの3人は両方が見える位置に腰を下ろす。
「……あぁ!?」
相手チームの1人を見て、直人は目を丸くした。
相手は1年5組。良介のクラスだったのだ。
「はっ!君は!あの負け犬の友達!」
「だぁかぁら!君って言うな!負け犬って言うな!!」
直人はムカッとしながら大声で言い返す。
「今日は絶対!お前を負かしてやるからな!」
:10/05/28 22:17
:N08A3
:TdbZtgtI
#282 [我輩は匿名である]
「で、出来るならやってみろっ!」
整列しながら、直人と良介は睨み合う。
「…相手にしなきゃいいのに…」
薫はあぐらをかいて、膝の上に肘をついてため息を吐く。
「できないんでしょ、水無月くんはあなたと違って、そんなタイプじゃないもの」
「まぁな…」
響子と薫は呆れたように少し笑う。
直人達は礼をし、コートに散らばる。
1番背が高いチームメイトが、ジャンプボールでボールを取り合う。
と同時に、試合開始のブザーが鳴った。
:10/05/28 22:18
:N08A3
:TdbZtgtI
#283 [我輩は匿名である]
直人は飛んできたボールを掴み取り、勢い良く良介目がけて投げつける。
「…あんなに目の敵にしなくても…」
投げるボールが全て良介に向けられているのに気付いた薫が、呆れたように呟く。
「私は逆に、何であいつを気にしないでいれるのかが不思議なんだけど」
奏子が薫に言った。
「……考えたくねぇんだよ、ああいう奴の事は」
薫は少しムスッとして言う。
「何も知らないくせに出しゃばって来やがって…。目障りなんだよ…」
直人の攻撃を交わしている良介をイライラした表情で見ながら、
薫が声を低くしてボソッと言ったのを聞いて、響子は不安そうに彼を見つめる。
:10/05/28 22:19
:N08A3
:TdbZtgtI
#284 [我輩は匿名である]
「あーっ!ムカつく!!さっさと当たって外野行けよ!」
「うるさい!僕ばっかり狙うな!!」
「黙れ!一発ぐらい当てとかないと気が済まねぇんだ!!」
直人と良介は、言い合いながら必死に攻防を続ける。
クラスメイト達も何人かは動くのを止め、笑いながらその様子を眺めている。
「…なんか、引き分けで終わりそうだね」
奏子が響子に話し掛ける。
しかし、響子は暗い顔で「うん」と頷くだけだった。
:10/05/28 22:19
:N08A3
:TdbZtgtI
#285 [我輩は匿名である]
「どうかした?」
「…ううん、何でもない」
響子は笑って首を振る。
薫もじっと、響子を見つめる。
「大丈夫か?なんか元気ないけど」
「ん?うん、大丈夫だよ。眠たくなってきただけ」
響子はそう言って試合に目をやる。
しかし、薫は知っていた。
『眠くなってきた』というのは、長谷部今日子が悩んでいる時、
それを隠そうと誤魔化すのに使っていた決まり文句だという事を。
:10/05/28 22:20
:N08A3
:TdbZtgtI
#286 [我輩は匿名である]
時間が経つのは早かった。
結局直人は良介にボールをぶつける事が出来ず、引き分けとなってしまった。
引き分けの場合、ジャンケンで勝敗を決める事になっている。
「水無月、お前責任とって勝ってこいよ」
クラスメイト達は口をそろえて直人に言う。
「負けても文句言うなよ」
「言うに決まってんだろ!!」
早くも逃げ腰な直人に、クラスメイトが怒鳴り付ける。
:10/05/28 22:20
:N08A3
:TdbZtgtI
#287 [我輩は匿名である]
一方4組も同じ状況だった。
「なんで僕なんだ!」
「お前がさっさと当たってやらねぇからだろ!
お前が当てられてりゃ、事が運んで勝ってたかもしれねぇのに!」
4組のクラスメイトは良介に詰め寄る。
良介は嫌そうにしているが、クラスメイトが「早く行け!」と背中を押した。
その先には直人が待っている。
「またてめぇかよ!」
ジャンケンの相手まで良介。
自分でまいた種ながら、直人はうんざりして怒鳴り付ける。
:10/05/28 22:20
:N08A3
:TdbZtgtI
#288 [我輩は匿名である]
「君が僕を当てるのにこだわるからだろ!本当、いい迷惑だよ!」
「こっちはお前の存在が迷惑なんだよ!!」
「お前達!さっさとしろ!」
係の教師に怒られ、2人はしぶしぶ黙る。
「…しょうもない…」
先に試合を黒星で終えていた飛鳥が、奏子の横で呆れたように呟く。
「応援してあげなよー、同じクラスじゃん」
「どっちでもいいよ、私球技大会好きじゃないし」
飛鳥は「早く終わらないか」と、それしか考えていないらしい。
奏子は少し怪訝そうに飛鳥を見つめる。
:10/05/28 22:21
:N08A3
:TdbZtgtI
#289 [我輩は匿名である]
「……何か悩んでるだろ」
その横で、薫がぼそっと響子に声をかける。
「え?」
「お前の『眠たいだけ』ほど信用できないものはないからな」
薫は小さく笑う。
それを見てホッとしたのか、響子も安堵の笑みを浮かべる。
「…悩んでたけど、どうでも良くなった」
「そうか?まぁ、何かあったら言えよ」
「うん」
響子は頷いて、薫の肩にもたれ掛かる。
:10/05/28 22:21
:N08A3
:TdbZtgtI
#290 [我輩は匿名である]
「あいつ…僕の前で響子ちゃんといちゃつきやがって…!」
「いいからジャンケンするぞ!終わんねぇだろ!」
悔しそうに薫を見る良介に、直人はまた声を荒げる。
「じゃーんけーん」
直人の声に合わせて、2人は手を出す。
直人はパー、良介はチョキ。
一瞬、コート内がしーんと静まり返った。
「水無月ー!!!」
8組の男子たちが、一斉に直人に殴りかかる。
逆に、4組の男子達は両手を上げて喜びの声を上げる。
:10/05/28 22:21
:N08A3
:TdbZtgtI
#291 [我輩は匿名である]
「あーあ…」
クラスメイトに追い掛けられる直人の情けない姿に、奏子がため息をつく。
「……バレーとドッヂが消えたか…」
薫は腕を組んで考える。
「ハンドも負けたらしいよ」
飛鳥が薫に言う。
薫は「はぁ…?」と、自分のクラスの弱さに呆れ返る。
「か…薫、助けてくれよー!」
走るのに疲れた直人は、薫の後ろに座り込む。
「お前が余計な事するからだろ」
薫は自業自得だ、と突き放す。
:10/05/28 22:22
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#292 [我輩は匿名である]
「響子ちゃん!見たかい!?僕の華麗なチョキを!」
同時に、良介は嬉しそうに響子の手を握る。
「おい…」
薫は目を光らせ、良介の手を振りほどく。
「てめぇ誰に断って響子の手ぇ握ってんだ…?」
「ふん、何故わざわざ君に断らないといけないんだ?」
良介も負けじと言い返す。
睨み合う2人が怖くなって、直人は四つんばいで移動し、飛鳥の隣に座った。
「はぁ、疲れた」
「お疲れ、なんかダサかったみたいだね」
:10/05/28 22:22
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#293 [我輩は匿名である]
飛鳥はしれっと直人をからかう。
「っせぇな!お前はどうだったんだよ!?」
「負けた」
「人の事言えねぇじゃねーか!!」
汗だくのまま、直人は飛鳥に言い返す。
「あいつの事はほっときなよ、月城が自分で何とかするよ」
飛鳥はめんどくさそうに忠告する。
「いいじゃん、別に」
そう食い付いたのは、直人ではなく奏子だった。
「それだけ友達思いって事じゃん?ね、水無月」
:10/05/28 22:22
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#294 [我輩は匿名である]
「(……最近やたら水無月の肩持つな…)」
直人の事を好きだとはいえ、見ていて少し腹が立つ。
飛鳥もムッとし、目を逸らす。
「なんだよ、お前。いじけてんのか?」
相変わらず鈍感な直人は、笑って飛鳥の肩を叩く。
「い、いじけるわけないだろ!?何で私が!」
「お前、前からいじけやすい性格だったし」
直人は言い切ってからハッとする。
うっかり晶の事を差す話をしてしまった。
直人は「ごめん」と言いたそうに、飛鳥に視線を送る。
:10/05/28 22:23
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#295 [我輩は匿名である]
「ばか!」
飛鳥もそれに気付き、直人の肩を拳でたたく。
「痛っ!」
「お前のそういう鈍感すぎる所、いい加減どうにかなんないわけ!?」
「だから、ごめんって!」
ギャーギャー言い合う直人達を、奏子はじっと見つめる。
「(『前から』って…どういう意味だろ…?)」
そんな事を考えながら。
:10/05/28 22:23
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#296 [我輩は匿名である]
その後、野球の2回戦の時間になり、直人達は運動場に移動する。
8組は既に野球しか生き残っていないため、クラスメイトは全員観戦にまわってきている。
「(要するに、8組は全員俺に賭けてるって事だな)」
バッターボックスに入り、薫はふと考える。
野球の中でも、変に注目を浴びてしまった。
「(……いいじゃないか、こういうプレッシャーも)」
薫はニヤッと、不敵な笑みを浮かべる。
「(…怖い…)」
薫の様子を見て、ピッチャーは少し怯える。
そして、丸腰のままボールを投げた。
:10/05/28 22:24
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#297 [我輩は匿名である]
しかし、そのボールは案の定、自分の頭を高々と越えて飛んでいった。
「よく打つねぇ…」
ボールを追い掛けていく外野の生徒達を見ながら、飛鳥が声を漏らす。
「あんたとは大違いだね」
「うっせぇな!」
未だにからかってくる飛鳥に、直人は大声を上げる。
しかし、少しして真面目な顔で飛鳥に言った。
「…悪かったな、さっき口滑らせて」
自分から謝るのは照れ臭くて、直人は少し下を向く。
奏子もハンドボール2回戦でコートに入っているため、この場にいない。
:10/05/28 22:24
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#298 [我輩は匿名である]
「え?何か言った?」
飛鳥は耳をたてて直人に聞き直す。
また言わなければいけないのかと、直人はちょっと顔を赤らめる。
「1回で聞けよ!!」
「だって周りがうるさくて聞こえないもん!!」
薫のホームランへの歓声にかき消されて聞こえなかったらしい。
「だから!悪かったなって!さっき安斎の前であの話して!」
直人はちょっと顔を赤くしながら、再度飛鳥に謝る。
今度はちゃんと聞き取って、飛鳥はフッと小さく笑った。
:10/05/28 22:25
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#299 [我輩は匿名である]
「いいよ!そんなの!」
飛鳥も大声で返事する。
「ありがとな!」
「どういたしまして!」
2人は言いながら笑い合う。
:10/05/28 22:25
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#300 [我輩は匿名である]
少しずつ、歓声がおさまってきた。
「…お前、晶の時から運動嫌いだっけ?」
奏子がいないのを確認して、直人は飛鳥に尋ねる。
「うん、あんまり好きじゃなかった」
飛鳥は頷く。
「そのわりには走るの速かったじゃん。あの…お前に付きまとってた奴から逃げる時」
「…あぁ、美代ね。ウザかったな…あいつ」
「つーか、あいつが元凶だしな」
美代の事を思い出し、2人はどんよりとした表情でうつむく。
:10/05/28 22:26
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#301 [我輩は匿名である]
「……でもまぁ」
飛鳥が顔を上げて言う。
「あいつが邪魔して来なかったら、今あたし達ここにいないんだよね。
…変な言い方だけど、おかげで目が覚めたっていうか」
「…何から?」
「………いろいろ!」
上手く説明出来なくて、飛鳥は短く答えた。
:10/06/01 20:17
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