*トワイライト・ゾーン*
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#1 [スピーディー]
第一章

第1部 旅立ち
第2部 試煉の道
第3部 二つの世界の激突
>>2 感想板

⏰:11/02/21 23:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#2 [スピーディー]
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4899/

⏰:11/02/21 23:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#3 [スピーディー]
第1部 旅立ち

⏰:11/02/21 23:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#4 [スピーディー]
20××年9月15日、海堂ユータという名の少年が、陸と海とが接する砂浜に立っていた。

⏰:11/02/21 23:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#5 [スピーディー]
ジ―ンズのポケットに両手をつっこんで、おだやかな波をみつめている。

⏰:11/02/21 23:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#6 [スピーディー]
12歳にしては、背が高い。
潮風が長すぎるくらいの茶色の髪を吹きあげ、すけるように白い額をあらわにした。

⏰:11/02/21 23:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#7 [スピーディー]
この3ヶ月間ずっと、彼の頭をかきみだしているもやもやが、いまも胸にわだかまっていた。

⏰:11/02/21 23:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#8 [スピーディー]
いまから3ヶ月前、彼の母は東京のアパートの家を出、あわただしく家具を売り払ったり、不動産業者との交渉もそこそこに、

⏰:11/02/21 23:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#9 [スピーディー]
ニューヨ―クに移って、アパートを借りた。

だが、こんどはそのアパートも出て、ニューハンプシャ―州のささやかな海浜にあるこの静かな避暑地へと逃れてきたのだった。

⏰:11/02/21 23:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#10 [スピーディー]
生活の規則正しさは、いまやユ―タの世界からは消滅していた。

⏰:11/02/21 23:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#11 [スピーディー]
毎日の生活は、いま目の前にある海のように、波立ち揺れ動いているように思えた。

⏰:11/02/21 23:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#12 [スピーディー]
母はユ―タの手を引きずるようにして、何かから逃げまわっているようだ。

⏰:11/02/21 23:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#13 [スピーディー]
いったい、どうしてなんだろう。

ひとけのない浜辺の左のほうに目をやり、つぎには向きを変えて、右のほうをながめた。

⏰:11/02/21 23:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#14 [スピーディー]
左手のほうには、古びたいまや稼働していない遊園地があった。

いまは鼓動を止めた心臓のようにひっそりやすんでいる。

⏰:11/02/21 23:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#15 [スピーディー]
棒漠としたくもり空を背景にそそりたつ、ローラ―・コ―スタ―の骨組みが、木炭でえがいた線画のように見えていた。

⏰:11/02/21 23:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#16 [スピーディー]
あの下に、友だちになったばかりのトニ―・パ―カ―がいるはずだが、いまは彼のことを考える心のゆとりはなかった。

⏰:11/02/21 23:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#17 [スピーディー]
ここに着いた日、ユ―タはレンタカーから降りると、荷物をなんとかしてもらいたがっている母顔色を無視して、周りを見渡した。

⏰:11/02/21 23:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#18 [スピーディー]
「トランクを開けて、バッグを出してよ」と、母が声をかけた。

「このくたびれたお婆さんは、はやくチェックインして、飲み物にありつきたいんだから」

⏰:11/02/21 23:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#19 [スピーディー]
「マティーニだね」
とユ―タが言った。

「そんなときは、『まだそんな歳じゃないよ』って言うものよ」
車の座席から、降り立ちながら、母が言った。

⏰:11/02/21 23:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#20 [スピーディー]
「まだそんな歳じゃないよ」

母はきらりと光る目でユ―タをにらんだ

―20年にわたるB級映画の女王だった、元女優 海堂ナオコのあの目だった。

⏰:11/02/22 00:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#21 [スピーディー]
彼女は背をしゃんと伸ばして、
「ここなら大丈夫よ、ユ―タ。 ここはいいところなんだから。」

⏰:11/02/22 00:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#22 [スピーディー]
カモメがホテルの屋根の上を舞った。

「当分はうるさい電話から解放されるわね」

「そうだね」

母はナオト叔父さんから逃げたがっているのだ。

⏰:11/02/22 00:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#23 [スピーディー]
亡くなった夫の共同経営者とのいざこざから逃れて、いまはマティーニを飲んでベッドにもぐりこみ、頭からフトンをかぶってしまいたいのだ…。

⏰:11/02/22 00:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#24 [スピーディー]
(ママ、いったいどうしたっていうの?)

人がたくさん死んだ。
この世界の半分は死で成り立っているのだ。

頭上でカモメが啼き叫んだ。

⏰:11/02/22 00:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#25 [スピーディー]
(これまでは厄介なことが起こると、とにかくお爺ちゃんがなんとかしてくれたんだ)

だが、そのお爺ちゃんも死んだ。

その死を知らせる声は、いまも電話線の向こうで鳴り響いているように思えた。

⏰:11/02/22 00:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#26 [スピーディー]
トニ―・パーカ―と出会うまでのユ―タは、毎日ホテルで、まるで居眠りする犬のように、時の過ぎるのも意識せず、ただぶらぶらとすごしていた。

⏰:11/02/22 00:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#27 [スピーディー]
毎日の生活が夢の中のようで、すべてが朦朧とぼやけていた。

12歳のユ―タにとって、することが何もないというのは恐ろしいことだった。

⏰:11/02/22 00:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#28 [スピーディー]
そして気がついてみると、ユ―タは海辺に立っていた。

ここへやってきた記憶もなく、そもそも何をしにきたのかもわからなかった。

⏰:11/02/22 00:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#29 [スピーディー]
あの夜母と二人で観ていたテレビもろくに覚えていない。

「あっちこっち動きまわったから、疲れちゃったのね、きっと」
と、母が煙草をふかぶかと吸い、吐き出した煙をすかして彼のほうを見やりながら言っていた。

⏰:11/02/22 00:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#30 [スピーディー]
「あなたに必要なのは、当分ゆっくりすることよ、ユ―タ。 ここはいいところよ。のんびり寛ぎましょう」

母がにっこり笑いかけた。

⏰:11/02/22 00:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#31 [スピーディー]
電話が鳴ったのは、ユ―タが寝ようと思って立ちあがったときだった。

⏰:11/02/22 00:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#32 [スピーディー]
ナオト叔父さんは、とうとう居所をつきとめていた。

ユ―タはつっ立ったまま、母の顔から血の気が退いていくのを見ていた。

⏰:11/02/22 00:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#33 [スピーディー]
彼女はほとんど一語も発せず、ただ最後に、ささやくような声で、
「知らせてくれてありがとう、ナオト」
と言って、受話器を置いた。

⏰:11/02/22 00:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#34 [スピーディー]
そのあとユ―タのほうを向いた母の顔は蒼白で、これまで以上に老け込んで見えた。

「しっかりしなければだめよ、ユ―タ。 いい?」

⏰:11/02/22 00:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#35 [スピーディー]
ユ―タは自分がしっかりできる自信はなかった。
「今日の午後、東京でお爺ちゃんが轢き逃げ事故で、亡くなったのよ」

⏰:11/02/22 00:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#36 [スピーディー]
体の中から空気が抜き取られてしまったような感じがして、ユ―タは喘いだ。

「散歩中に、ヴァンにはねられたんですって。 目撃者の話では、黒い車だったそうだけど、わかってるのはそれだけ…それっきり」

⏰:11/02/22 00:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#37 [スピーディー]
母は泣きだした。

それにつられて、ユ―タも泣き出していた。

それが3日前のことだった。
それがユ―タには、遠い昔のように思えた。

⏰:11/02/22 00:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#38 [スピーディー]
ユ―タの父が死に、お爺ちゃんが死に、いままた、母が死にかけているようだ。

このビ―チにも死は押しかけてきていて、そいつがナオト叔父さんの声で電話で話しかけてくる。

⏰:11/02/22 00:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#39 [スピーディー]
死はあらゆるもののなかに入りこみ、潮風にのって匂ってくる。

ユ―タは怖かった。

⏰:11/02/22 00:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#40 [スピーディー]
カモメが灰色の空を声もなく飛び交っていた。

浜辺の重苦しい静けさも、空の灰色も、母の目の下にひろがってゆくクマのように、死を暗示しているように思われた。

⏰:11/02/22 00:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#41 [スピーディー]
ぼんやりと時間の流れを漂うような状態が何日つづいたのか、はっきりとわからないが、ある日、遊園地に迷いこんで、トニ―・パ―カに出会ったときは、何かに"囚われている"ような無力感が、ふっと消えてなくなるような感じを味わった。

⏰:11/02/22 00:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#42 [スピーディー]
トニ―・パ―カ―は黒人で、髪の毛はちぢれ、頬にはふかい皺が刻まれていた。

⏰:11/02/22 00:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#43 [スピーディー]
昔はあちこちを旅する放浪のブルースミュージシャンだったのだそうが、特に変わったところや、すてきなところがあるわけでもなかった。

それに、何か特にすばらしいことを言ってくれたわけでもない。

⏰:11/02/22 00:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#44 [スピーディー]
それなのに、ユ―タはブラブラと歩いていて、トニ―の色の薄い目に出会ったとき、もやもやしたものがすっと遠退くような感じをおぼえたのだった。

⏰:11/02/22 00:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#45 [スピーディー]
ユ―タはふたたび、いつもの自分自身に返った。

まるでその年老いた黒人から、不思議な流れがジャックのからだの中に流れこんできたかのようだった。

⏰:11/02/22 00:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#46 [スピーディー]
トニ―はにっこり笑うと、
「おや、どうやら日本人の友だちがきたようだ。
風に吹かれて、どこぞの風来坊が入ってきたぜ」

あの"囚われている"感じが消えたのはそのときだった。

⏰:11/02/22 01:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#47 [スピーディー]
(あれ、英語がわかる…)

⏰:11/02/22 01:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#48 [スピーディー]
黒人が幅広の大きな箒の柄を握っているのに、ユ―タは気がついた。

⏰:11/02/22 01:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#49 [スピーディー]
黒人は、片手を腰にあてて背を伸ばした。

「調子はどうだい? え?悪いほうかい、それとも、よくなってきたかい?」

「え、あの、よくなってきました」
と、ユ―タは答えた。

⏰:11/02/22 01:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#50 [スピーディー]
「だったら、ここへきてよかったわけだな。 名前はなんてんだい?」

"どこぞの風来坊"そうトニ―は言った。

またあとでは、"風来ユ―タ"とも呼んだ。

⏰:11/02/22 01:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#51 [スピーディー]
彼の喋る言葉はなんとなくリズムがあって、フレーズがバックビ―トを響かせる。

抱えているのはギターではなくて箒だったけれども、トニ―・パ―カ―はやっぱりミュージシャンだった。

⏰:11/02/22 01:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#52 [スピーディー]
たちまちユ―タは、ジャズが好きだった父なら、きっとトニ―を気に入ったにちがいない、と思った。

⏰:11/02/22 01:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#53 [スピーディー]
それから3、4日間、ユ―タはトニ―のあとにくっつきまわって、彼が仕事するのを眺めたり、自分にできることを手伝ったりした。

トニ―はユ―タに、釘を打たせたり、ペンキを塗る必要のある杭をヤスリでみがく仕事をやらせてくれたりした。

⏰:11/02/22 01:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#54 [スピーディー]
古びた遊園地で、こうしてトニ―の指示でやる単純な作業だけが、学校の授業の代わりのようなもので、ユ―タはそれが楽しかった。

⏰:11/02/22 01:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#55 [スピーディー]
東京からニューヨ―ク、そしてそこから来たこの静かな避暑地にきてからの最初の日々は、救いのないみじめな毎日だったが、新しく知り合った友だちがそこからユ―タを救い出してくれたのだ、という気がした。

⏰:11/02/22 01:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#56 [スピーディー]
こんな海外へと渡り自分と同い年くらいの友だちもいないユ―タにとって、トニ―・パ―カ―は誰よりも親しい友だちになったのだった。

⏰:11/02/22 01:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#57 [スピーディー]
だからいまも、お爺ちゃんの死の恐怖や、母がいまにも死ぬのではないかという恐れから逃れるために、あの暖かいトニ―の懐へとびこんで行きたいという強い気持に駆られていた。

⏰:11/02/22 01:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#58 [スピーディー]
それなのに、またもや、何かに"支配され、操られている"という厭な感じがもどってきていたのだ。

その見えない長い紐が、もしかしたらユ―タと母を、この海のそばの辺境へ引っぱってきたのではないのか。

⏰:11/02/22 01:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#59 [スピーディー]
だれだか知らないが、それがユ―タをここへ呼び寄せたのだ。

こんなことを考えるなんて、頭がおかしいのだろうか。

⏰:11/02/22 01:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#60 [スピーディー]
カモメが一羽、上空でぎゃっと啼いた。

ユ―タはやっぱり、自分の感じていることをトニ―に打ち明けよう、と思った。

⏰:11/02/22 01:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#61 [スピーディー]
頭がおかしいと、トニ―に思われてもいい。

笑われてもいい。

いや、トニ―はけっして笑わないはずだ、とユ―タは思った。

だって、どんなことでも話せる相手だからこそ、友だちじゃないか。

⏰:11/02/22 01:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#62 [スピーディー]
それでも、まだ決心がつかない。

なんだか狂気じみているし、自分でもまだよくわからないのだ。

⏰:11/02/22 01:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#63 [スピーディー]
ユ―タは後ろ髪を引かれる想いで遊園地のほうに背を向けると、ホテルへ向かって砂の上をとぼとぼと歩きだした。

⏰:11/02/22 01:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#64 [スピーディー]
昨夜、ユ―タは世にも恐ろしい夢を見た。

夢の中で、化物が母に襲いかかった。
目がへんてこな形についた、腐りかけたチ―ズのような肌の、小さな怪物だった。

⏰:11/02/22 01:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#65 [スピーディー]
そいつが、
「おまえのママはもうすぐ死ぬんだぞ、ユ―タ、どうだ嬉しいか」

と、蛙の鳴くような声で言った。

⏰:11/02/22 01:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#66 [スピーディー]
そいつが放射能を帯びていて、そいつに触れると自分も死ぬだろう、ということをユ―タは夢の中で知っていた。

⏰:11/02/22 01:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#67 [スピーディー]
彼は悲鳴をあげそうになって目を醒ましたが、全身汗びっしょりになっていた。

波の寄せる規則正しい音を聞いて、やっと自分がどこにいるのかを思いだした。

⏰:11/02/22 01:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#68 [スピーディー]
朝、その夢の話を母にするつもりだったが、母は機嫌が悪く、煙草のけむりの雲に隠れてしまったようで、取りつく島がない。

⏰:11/02/22 01:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#69 [スピーディー]
母がわずかに笑顔を見せたのは、ユ―タが口実をつくって、朝食をとっていたホテルのコ―ヒ―・ショップを出ようとしたときだった。

⏰:11/02/22 01:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#70 [スピーディー]
「今夜は、何か食べたいものある?」

「どんな?」

「どんなって、朝食みたいなものでなくてよ。」

「隣町の魚料理の店を試してみたら?」

「いいわね。じゃ、遊んでらっしゃい」

⏰:11/02/22 01:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#71 [スピーディー]
(じゃ、遊んでらっしゃい、か。
だれと遊ぶの? ママ、 どうしてここに来たの? なんでぼくたちはここにいるの?

ママは病気なの? なんでお爺ちゃんの話を避けたがるの?

ナオト叔父さんの狙いは何なの? いったい― )

⏰:11/02/22 01:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#72 [スピーディー]
疑問、疑問―わからないことばかり。

それに答えてくれる人がだれもいないのだから、どうしようもない。

⏰:11/02/22 01:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#73 [スピーディー]
(もしかして、トニ―が― )

いや、そんなことはバカげている。

知り合ったばかりの黒人の老人が、どうしてユ―タの疑問に答えてくれるというのか。

それでもユ―タは遊歩道を渡り、海岸のほうへ下りていきながら、トニ―のことを考えずにはいられなかった。

⏰:11/02/22 01:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#74 [スピーディー]
夕方、母と言っていたレストランで食事をとった。
料理がきて、ユ―タは貪るようにして食べた。

⏰:11/02/22 02:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#75 [スピーディー]
「こっちの学校は2週間前から始まってるんだよ」

と、食事の途中で、ユ―タは言った。

母が物問いたげな目でユ―タを見た。

彼女はすでにワイン二杯目を飲みおえ、ウェイターが3杯目を運んできたところだった。

⏰:11/02/22 02:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#76 [スピーディー]
ユ―タは肩をすくめた。
「ちょっと言ってみただけだよ」

「学校に行きたいの?」

「え? いやだよ、ここの学校はいやだ」

「それならよかったわ」
と、母は言う。

⏰:11/02/22 02:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#77 [スピーディー]
「あなたの出生証明とか持ってきてないのよ。それがなければ、学校にはいれてくれないのよ」

(坊主、どうして学校に行かないんだい?)

まるで現実に声が聞こえたような気がして、ユ―タは目をぱちくりさせた。

⏰:11/02/22 02:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#78 [スピーディー]
「どうかしたの?」

と、母が訊いた。

「べつに。ただ…遊園地の人が…管理人かなにかしてる黒人なんだけど、その人から、どうして学校へ行かないんだいって訊かれたから」

⏰:11/02/22 02:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#79 [スピーディー]
母は上体をのりだしてきた。その顔はもう笑っていなかった。

「その人になんて話したの?」

ユ―タはまた肩をすくめて、
「モノもらいで休んでるんだって言ったよ。」

⏰:11/02/22 02:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#80 [スピーディー]
母はいくぶんほっとしたらしい。

「知らない人と気安く口をきいちゃだめよ、ユ―タ」
「でも、その人は―」

「それがどんな人でもだめ。知らない人と話をするのはやめなさいね」

⏰:11/02/22 02:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#81 [スピーディー]
ユ―タはあの黒人のことを考えた。

あの灰色の髪、ふかい皺のきざまれた黒い顔、明るい色のふしぎな目。

⏰:11/02/22 02:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#82 [スピーディー]
このどこか薄気味わるいレストランに母と二人で座っているいま、ユ―タに問いかけているのは、あの黒人ではなくてユ―タ自身の声だった。

(ぼくはどうして学校に行ってないんだ?

ママの言うように、出生の証明書がないからさ。
そんなものをここに持ってこれたと思う? ママは逃げ出してきたんだ。 そのママといっしょに、ぼくも逃げてきたんだ。

だって―

⏰:11/02/22 02:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#83 [スピーディー]
―)

ユ―タの手が震え、コップがテ―ブルから落ちて、砕けた。

⏰:11/02/22 02:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#84 [スピーディー]
(おまえのママは、もうすぐ死ぬんだぞ、ユ―タ)

それはあの夢の中で聞いた声だった。

あれは、ナオト叔父さんの声だ。 それも幻聴なんかじゃなく、まるで現実の声でもあった。

⏰:11/02/22 02:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#85 [スピーディー]
帰りの車の中で、母がユ―タに訊いた。

「さっきはいったいどうしたのよ?」

「なんでもない。よそ見しちゃっててさ」

「ごまかさないで」

「してないよ」

「え?」

「ごまかしてなんかない。ちょっといらいらしただけだよ。ごめんなさい。

⏰:11/02/22 02:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#86 [スピーディー]
「いいのよ。 何か、カズヤ君に関係あることかと思ったから」

「ないよ」 (ただ、彼のお父さんが、夢の中で話しかけてきただけのことだよ。 まるでナレーションのように話しかけてきて、ママがもうすぐ死ぬって言ったんだよ)

⏰:11/02/22 02:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#87 [スピーディー]
「彼に会いたいと思う、ユ―タ?」

「だれに?」

「だれだと思ったの? もちろん、カズヤ君よ」

「ときどきね」

⏰:11/02/22 02:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#88 [スピーディー]
カズヤはユ―タのいとこで、ナオト叔父さんの息子だ。

いまカズヤは大阪の私立学校に行っている。

⏰:11/02/22 02:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#89 [スピーディー]
「そのうち会えるわ」

母はユ―タの髪をくしゃくしゃにした。

「ママ、ぐあいは悪くないの?」

つい言葉がとび出してしまい、自分で自分の腿をぐいっとつねった。

⏰:11/02/22 02:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#90 [スピーディー]
「悪くないわ」

そう言い運転しながら、2本目の煙草に火をつけた。

「こんなに調子がよかったことはないくらいよ」

⏰:11/02/22 02:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#91 [スピーディー]
「どれくらい体重が減った?」

「ユ―タ、痩せることとお金持ちになることは、どこまで行っても行きすぎってことはないのよ」

そう言って、ユ―タに笑いかけた。

⏰:11/02/22 02:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#92 [スピーディー]
その弱々しい、歪んだような笑いが、ユ―タの知りたかった真実を、如実に物語っていた。

⏰:11/02/22 02:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#93 [スピーディー]
「ママ― 」

「もうその話はなし。 大丈夫だといったら、大丈夫なの。」

「でも― 」

「それよりFMでジャズでもしてないかしら」

⏰:11/02/22 02:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#94 [スピーディー]
やがて夜空に、ローラー・コ―スタ―の巨大な骨格が見えてきて、つぎには四方にひろがる少し古びたホテルがあらわれた。

これでも家と呼ぶことができるとするなら、二人は家に着いたのだった。

⏰:11/02/22 02:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#95 [スピーディー]
トニ―はペンキが剥げかかったア―ケ―ドの建物の外で、桟橋に膝をついていた。

ふといコ―ドに絶縁テ―プを巻きつけていたのだが、頭がほとんど桟橋にくっつきそうなくらい前屈みになっているので、

⏰:11/02/22 13:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#96 [スピーディー]
痩せた尻をつつんでいるグリーンの作業ズボンの、擦り切れた尻当ての部分がうしろに突き出している。

ユ―タはそのトニ―を見たとたん、いったい何を話したらよいのか、そもそも何か話す気でここへきたのかどうかさえ、わからなくなってしまった。

⏰:11/02/22 13:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#97 [スピーディー]
トニ―は黒い絶縁テ―プを、コ―ドのまわりにもう一回りさせてから、よし、というように頷くと、作業シャツのポケットからナイフを取り出し、外科医のようにあざやかに、テ―プをスパっと切った。

⏰:11/02/22 13:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#98 [スピーディー]
ユ―タはできればいますぐここから逃げだしたい、という気持ちに駆られた。

トニ―の仕事の邪魔になるだけじゃなく、トニ―がかりにも力になってくれるだろうと考えたことだけでも、ばかげていると思った。

⏰:11/02/22 13:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#99 [スピーディー]
古びたいつ稼働するかわからない遊園地の雑役をしている年老いた黒人に、いったい何ができるというのか。

そのとき、トニ―が振り向き、ユ―タの姿をみると、笑うというのではなくて、いかにも、よくきた、という温かい表情をしてみせた。

⏰:11/02/22 13:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#100 [スピーディー]
それでユ―タは、少なくとも邪魔ではないのだ、ということを知った。

「やあ、風来坊」

と、トニ―は言った。

「もうここへは来ないつもりかと思ってたところだぜ。 おたがい友だちになったばかりなのにな。

また会えてよかった」

「ええ。ぼくも」

⏰:11/02/22 13:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#101 [スピーディー]
トニ―はナイフをシャツのポケットにもどすと、長身の痩せたからだを、まるで重量がないかのように軽々と伸ばして立ちあがった。

⏰:11/02/22 13:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#102 [スピーディー]
「つぎからつぎに、いろんなところが具合悪くなったりしてな」

言葉を途中で切って、ユ―タの顔をつくづくと見た。

⏰:11/02/22 13:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#103 [スピーディー]
「どうやら調子があんまり良くなってないみてェだな。

風来ユ―タはは心配事の山をかかえてるってところかい?」

「ええ、そんなところ」

ユ―タは言いかけたが、どう説明したらいいのかわからなくなった。

⏰:11/02/22 13:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#104 [スピーディー]
彼はどうしていいかわからず、ただ目の前の長身の黒人をみつめた。

トニ―は両手をポケットに深くつっこみ、ふといグレイの眉と眉の間に、縦に深い皺を刻んでいる。

⏰:11/02/22 13:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#105 [スピーディー]
その目はほとんど色がないくらい薄く、ユ―タの目をひたとみつめた―

―すると、ユ―タはまた、急に気分が軽くなった。

⏰:11/02/22 13:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#106 [スピーディー]
なぜかはわからないが、トニ―は感情をじかに交流させることができるらしく、二人はつい1週間ほど前に知りあったばかりではなくて、何年来もの友だちであるかのような気分にさせられるのだった。

⏰:11/02/22 13:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#107 [スピーディー]
「さて、ひとまず仕事はこんなもんでいいだろう」

トニ―は少し離れた建物をちらりと見た。

「これ以上だとやりすぎだな。

わしのオフィスを見せたことがあったかな?」

ユ―タは首を横にふった。

⏰:11/02/22 13:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#108 [スピーディー]
「ちょうど一息入れるところだ。 坊主、いいときに来たな」

そして長い脚を桟橋を歩きだした。

そのあとからユ―タは小走りについていく。

⏰:11/02/22 13:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#109 [スピーディー]
桟橋の踏み段をおりて、ちょぼちょぼと雑草の生えた茶色の固い地面を、遊園地のむこう端にある建物のほうへ歩いていきながら、トニ―が急に歌いだしたので、ユ―タはびっくりした。

⏰:11/02/22 13:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#110 [スピーディー]
風来ユ―タ、風来坊
遠くの郷から旅をして
遠くの郷へと帰ってゆく

⏰:11/02/22 13:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#111 [スピーディー]
それは正確には歌というより、いわば歌と語りとの中間のようだった。

たとえ歌詞がなくても、トニ―のどっしりした、しわがれ声を聴いているだけでも、いい気持にさせられた。

⏰:11/02/22 13:50 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#112 [スピーディー]
遠い道を旅ゆく少年よ
帰りの道はなお遠い

⏰:11/02/22 13:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#113 [スピーディー]
トニ―は肩越しに、きらきら光る目をユ―タのほうに向けた。

「どうして"風来ユ―タ"なんですか? 」

と、ユ―タは尋ねた。

「ぼくが日本からやってきたから?」

⏰:11/02/22 13:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#114 [スピーディー]
遠い日本から遙々と
来たはいいが、また帰る

⏰:11/02/22 13:55 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#115 [スピーディー]
トニ―の彫刻刀できざんだような顔に、逡巡にも似た表情がうかんだ。

⏰:11/02/22 13:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#116 [スピーディー]
遙々きたと、少年はいう
すぐまた帰るとも知らず……

⏰:11/02/22 13:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#117 [スピーディー]
「え?帰るって」

ユ―タは思わず言った。
トニ―がこんどは、即興調の歌なんかではなく、普通の声で答えてくれたので、ユ―タは安堵した。

⏰:11/02/22 14:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#118 [スピーディー]
「前にわしと会ったことがあるのを、憶ていないだろうな、ユ―タ。 そうなんだろ?」

「前にあったことが? どこで?」

「東京―あそこで会ってると思うがな。 ほんのちらりとだから、憶えてないのは無理ないがね。

あれは…え―と…4年、いや5年前かな? 」

⏰:11/02/22 14:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#119 [スピーディー]
ユ―タはすっかり面喰らってしまった。

…だとすると、7歳のときだ。

「さあ、わしのオフィスへ行こう」

⏰:11/02/22 14:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#120 [スピーディー]
ユ―タはトニ―のあとを追って、遊園地のむこう端に針金の柵を背にして建っている、赤ペンキ塗りの木造小屋にむかって歩きだした。

⏰:11/02/22 14:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#121 [スピーディー]
どう考えても、東京でトニ―に会ったことなどあるはすがなかった…

…だが、そのかわりに、あの頃のべつの記憶がもどってきた。

⏰:11/02/22 14:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#122 [スピーディー]
ユ―タが6歳のときのある日の午後の情景が、そのとき感じたままに蘇ってきたのだ―

あのときユ―タは、父の事務所の長椅子のうしろで、玩具のタクシーで遊んでいた…

そして父とナオト叔父さんが、白昼夢の世界のことを話していたのだ。

⏰:11/02/22 14:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#123 [スピーディー]
『こっちの世界の物理学にあたりのが、むこうでは魔術だというわけだな?
科学のかわりに魔術を用いる農業王国か。 しかしだな、もしもそこに電力を導入したら、どういうことになるだろう?

むこうのやつらに近代兵器を渡してやったら? 考えてみたことはあるかい?』

『ちょっと待てよ、ナオトくん、きみがまだ考えてもいないようないろんなことを、私はすでに考えてる…』

⏰:11/02/22 14:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#124 [スピーディー]
父の声が現実に聞こえてくるような気がした。

ユ―タはふたたび足を速めた。

トニ―はすでに赤い小屋のドアを開け、そこによりかかって、微笑をうかべていた。

⏰:11/02/22 14:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#125 [スピーディー]
「胸ん中に何かがいるんだな、風来坊。 それじゃひとつ、この重役室に入って、とっくり聴かせてもらおうかい」

⏰:11/02/22 14:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#126 [スピーディー]
彼の笑いがもっと大きく広がっていたら、ユ―タは身をひるがえして逃げだしたかもしれなかった。

だがトニ―は口ではからかうように言いながらも、全身で温かく迎え入れる姿勢を見せていた。

それでユ―タは彼のそばを通って、小屋の中にはいっていった。

⏰:11/02/22 14:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#127 [スピーディー]
トニ―のオフィスは狭い板張りの部屋で、外部とおなじく赤く塗られ、机も電話もなかった。

⏰:11/02/23 23:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#128 [スピーディー]
ユ―タは壁にテ―プで止められてある写真を見ていた。

写真は1枚をのぞいてすべて、男性雑誌から切り抜いたヌ―ドばかりだった。

⏰:11/02/23 23:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#129 [スピーディー]
トニ―・パ―カ―がそばに立ってじっとこちらを凝視しているのを、ユ―タは意識していた。

それから、ヌ―ド写真の中央に貼ってある1枚の風景写真に目が移り、その刹那、ユ―タは息が止まったかと思った。

⏰:11/02/23 23:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#130 [スピーディー]
ひどく鮮やかな緑の丈高い草のはえた平野が、とおくの低い山並までずっと続いている。

⏰:11/02/23 23:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#131 [スピーディー]
その草原と山脈の上には、透きとおるほど澄みわたった空がひろがっていた。

ユ―タはこの風景の新鮮な香りが現実に匂ってくるような気がした。

⏰:11/02/23 23:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#132 [スピーディー]
彼はこの写真の場所を知っていた。

実際には行ったことはなかったが、知っていた。
それはあの白昼夢で見る場所のひとつだったのだ。

⏰:11/02/23 23:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#133 [スピーディー]
「ちょっと見惚れるだろ?」
と、トニ―に言われて、ユ―タは自分がどこに立っているか思い出した。
欧亜混血の女がカメラに背を向け、ハ―ト型のお尻をつぎだして、肩ごしにこちらに微笑みかけている。

⏰:11/02/23 23:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#134 [スピーディー]
ほんとにそうだ、とユ―タは思った。

「その風景写真の1枚はわしが壁に貼ったのさ。

ほかの女の子たちのは、わしがここにくる前から貼ってあったんだが、剥がしてしまう気がしなくてな。

わしが旅をしていたころの昔を思い出させてくれるんでな」

⏰:11/02/23 23:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#135 [スピーディー]
ユ―タは驚いてトニ―を見あげた。

すると老黒人は、片目をつぶってみせた。

⏰:11/02/23 23:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#136 [スピーディー]
「あの場所をしってるんですか?」

ユ―タは訊いた。

「つまり、あれがどこかってことを?」

⏰:11/02/23 23:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#137 [スピーディー]
「知ってるかもしれんし、知らんかもしれん。

わしがそう思ってるだけかもな。 ま、座んなよ、風来ユ―タ。

その安楽椅子に掛けな。」

⏰:11/02/23 23:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#138 [スピーディー]
「あれはアフリカ―ケニアのどこだったかな」

ユ―タは椅子の向きを変えて、その白昼夢の場所の写真が見えるようにした。

「あれがアフリカ。?」

「いや、もっと近いところかもな。 だれかさんが、行きたいと心からそう思ったときは、いつでも行けるような場所とか、な」

⏰:11/02/23 23:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#139 [スピーディー]
ユ―タはふいに、さっきから自分が震えていることに気がついた。

両の拳をしっかりと握りしめると、震えが胃袋のほうへと移動していくのが感じられる。

⏰:11/02/23 23:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#140 [スピーディー]
自分でも白昼夢の場所へ行ってみたいと思うかどうか確信がもてなかったが、彼は椅子に腰をおろしたトニ―のほうを見て、尋ねた。

⏰:11/02/23 23:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#141 [スピーディー]
「じゃ、アフリカじゃないんですね?」

「さあ、どうだかな。 そうだともいえる。

ただ、わしは自分で名前をつけてんのさ、

"テリトリー" ってな 」

⏰:11/02/23 23:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#142 [スピーディー]
ユ―タは写真に目をもどした。

草のなびく広びろとした平原、茶色の低い山並。
"テリトリー"

そうだ、それに違いない。

⏰:11/02/23 23:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#143 [スピーディー]
「"テリトリー"か」

ユ―タはその名をゆっくりと味わうように口にした。

「そこの空気は、お金持の地下倉に眠っている極上のワインみてェだ。

雨もしずか―に降る。

それが" テリトリー "さ」

⏰:11/02/23 23:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#144 [スピーディー]
「行ったことがあるんですか」

ユ―タはなんとしてもその答えを聞きたいと思った。

だが、トニ―はそれには答えなかった。

⏰:11/02/23 23:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#145 [スピーディー]
トニ―は微笑した

「じつは、わしはこのアメリカから外に出たことないんだよ、風来ユ―タ。
戦争中もな。」

⏰:11/02/24 00:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#146 [スピーディー]
「だったら、どうしてその……テリトリーのことを知ってるんです?」

テリトリーという名が、少しずつユ―タの口になじんできた。

⏰:11/02/24 00:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#147 [スピーディー]
「わしみたいなものは、いろんな話を耳にするのさ。

首が2つあるオウムの話とか、翼をもっていてそれで飛ぶことのできる人間とか、狼に変身する人とか、女王の話とか。」

⏰:11/02/24 00:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#148 [スピーディー]
天使と狼男

「狼男の話なら、ぼくも聞いたことありますよ」

ユ―タは言った。

「マンガにだってあります。 でも、あんなものは作り話だから」

⏰:11/02/24 00:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#149 [スピーディー]
「そうかもしれん。

けど、ある人がハツカダイコンを畑から引っこ抜くと、半マイルも離れたところにいる人が、その匂いを嗅ぐことができる、なんて話もある―

空気がきれいで澄んでるからさ 」

⏰:11/02/24 00:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#150 [スピーディー]
「でも、天使は…」

「翼をもった人間さ」

「じゃ女王って…」

「病気の女王な 」

⏰:11/02/24 00:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#151 [スピーディー]
「病気の女王って」

ユ―タは笑いとばすつもりで、そう言った―

―(そんなのはどうせ、作り話じゃないか )。

ところがそれを言ったとたんに、ドキリとした。
あの夢の中の出来事、おまえのママは、もうすぐ死ぬんだぞ、ユ―タ

と言うのが耳に蘇ってきたからだった。

⏰:11/02/24 00:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#152 [スピーディー]
B級映画の女王 " 海堂 ナオコ "

「そうさ」

トニ―の静かな声が言った。

⏰:11/02/24 00:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#153 [スピーディー]
「心配事はどこにもあるのさ。 病気の女王…もうすぐ死ぬかもしれん。

そしてみんなは、女王を救ってくれる者が現れるのを、ただ待ってるのさ」
ユ―タはぽかんと口を開けて、トニ―の顔をみつめた。

⏰:11/02/24 00:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#154 [スピーディー]
なんだか老黒人に胃のあたりを蹴とばされたような気分だった。

女王を救う?…いや母を救うって??

ユ―タは狼狽えた―

⏰:11/02/24 00:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#155 [スピーディー]
―どうすれば救うことができるの?

これはもしかしたら、母がいま現に、ホテルの部屋で弱って死にかけている、という謎なのかもしれない。

⏰:11/02/24 00:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#156 [スピーディー]
「おまえさんには、やらなければならんことがあるんだ、ユ―タ」

トニ―が言った。

「ぜったいに逃れることはできないのさ。そうじゃないってことを願うけどな」

⏰:11/02/24 00:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#157 [スピーディー]
「なんの話かわかりません」

「その時がきたようだな」
と、トニ―が言った。

「わしの言ってることはわかるはずだ、自分ではわからないと思ってても、ほんとうはちゃんとわかってんだよな。

ようくわかってるのさ」

⏰:11/02/24 00:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#158 [スピーディー]
トニ―は床板の間にできた隙間から、壜(びん)を引っぱり出した。

壜の色はダ―クグリーンで、中に入っている液体はまっ黒に見えた。

⏰:11/02/24 00:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#159 [スピーディー]
「こいつを飲むといいぜ、ユ―タ。

ちょっとばかし味わえば、新しい場所に行けて、わしがいまさっき言った、おまえさんのやらなければならんことの取っかかりが見つけられるのさ 」

⏰:11/02/24 00:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#160 [スピーディー]
「ぼく、帰らなければ」

ユ―タはだしぬけにそう言った。

急いでホテルへもどらなければならない、と思ったのだ。

⏰:11/02/24 00:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#161 [スピーディー]
老黒人は驚きの色を抑えて、壜を床板の隙間にもどした。

⏰:11/02/24 00:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#162 [スピーディー]
ユ―タはすでに立ちあがっていた。

「心配なんです」

「お袋さんのことかい?」

ユ―タはうなずいて、開いているドアのほうへ後退りした。

⏰:11/02/24 00:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#163 [スピーディー]
「それじゃ、気持ちを落着けて、お袋さんが無事だってことを確かめてきたほうがいいな。

またいつでももどっといで、風来ユ―タ 」

「うん」

⏰:11/02/24 00:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#164 [スピーディー]
少年は表に走り出る前に、ちょっとだけためらった。

「ぼく……ぼくたちが前に会ったことがあるのを、覚えているような気がします。」

「いや、いや、わしの頭がどうかしてたんだろ」

⏰:11/02/24 00:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#165 [スピーディー]
トニ―はかぶりを振って、両手を目の前でふりうごかした。

「あれはまちがいで、先週会ったのが初めてだったんだろ。

さあ、お袋さんとこへ行って無事な姿を見届けてきな」

⏰:11/02/24 00:50 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#166 [スピーディー]
ユ―タは小屋をとび出すと、棒漠とした陽光の中を、表の通りへつづいている大きなア―チ門のほうへ走った。

⏰:11/02/24 00:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#167 [スピーディー]
駆けるユ―タのナイキのスニーカーがぱっぱっと埃を蹴あげた。

よりいっそう速く走るために全身の筋肉をフルに活動させ、ア―チをくぐり抜けるころには、ほとんど宙を飛んでいるような感じさえした。

⏰:11/02/24 00:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#168 [スピーディー]
5年前、大阪

ユ―タが7歳のころ、あのとき友だちの家へ行く途中だったのか、いまではもう覚えていない。

とにかく、急ぎのお使いなんかじゃなかったことは確かだ。

⏰:11/02/24 15:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#169 [スピーディー]
なにかというと父のことを思い出していた期間を、すぎたばかりの頃だったと思う―

海堂 ジュンノスケが狩猟中の事故で亡くなって、なんの心の準備もない少年の身に、父の死という現実をいきなり叩きつけてきた日から、もう何ヵ月もすぎていた。

⏰:11/02/24 15:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#170 [スピーディー]
ユ―タは7歳だったが早くも子供時代の一部分が失われてしまったのを感じ、6歳までの自分がいかにも無邪気で、なんの苦労もなかったとも思われるとともに、母の力を信頼して生きていくことを学んでいた。

⏰:11/02/24 15:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#171 [スピーディー]
得体のしれない恐怖が、隅の暗がりとか、戸の半開きになったクロ―ゼットとか、人のいない部屋にひそんでいるように思えた時代は終わったのだった。

⏰:11/02/24 15:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#172 [スピーディー]
その束の間の平和が、おなじ年の夏にぶちこわされてしまった。

それ以来ユ―タは、半年ほどの間、夜は灯りをつけて眠るようになり、眠っても夢にうなされる日がつづいた。

⏰:11/02/24 15:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#173 [スピーディー]
大阪の祖母の家へ遊びにきていたユ―タは、祖母の家から少し離れた場所の公園で遊んでいた。

⏰:11/02/24 15:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#174 [スピーディー]
帰ろう公園の出入口を出たところに、一台のベンツが道を横切ってきて停まった。

ハンドルを握っていた男が窓ガラスを下げて、眼鏡ごしにユ―タに笑いかけた。

⏰:11/02/24 15:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#175 [スピーディー]
盲人が掛けるような、レンズがまんまるで、ほとんど黒にちかい眼鏡だった。

白いス―ツを着ていた。

⏰:11/02/24 15:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#176 [スピーディー]
助手席に乗っていた男は、ハット帽をかぶっていてよく見えなかった。

⏰:11/02/24 15:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#177 [スピーディー]
眼鏡の男が言った。

「坊や、このあたりでコ―ヒ―がうまいカフェに行く道を知ってるかい?」

彼は通りの先をまっすぐ指差してみせた。

⏰:11/02/24 15:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#178 [スピーディー]
おいしいかどうかは別として、カフェはすぐこの先にあり、父がそこのカフェで朝食会議をするときなど、利用していたことを知っていた。

というか、そこしか知らなかった。

⏰:11/02/24 15:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#179 [スピーディー]
「まっすぐかい?」

そう聞く眼鏡の男の、横に乗っている帽子の男は微笑していた。

ユ―タはうなずいた。

⏰:11/02/24 15:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#180 [スピーディー]
「きみは賢い坊やだな」

と、男が言うと、もう一人のほうが今度はくすくす笑った。

「有難う、じゃあきみに何かお礼をしたいな」

と、眼鏡の男。

⏰:11/02/24 15:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#181 [スピーディー]
「キャンディーは好きかい?」

握り拳を窓から突きだして、開いてみせた。

「そら、きみにあげるよ」

⏰:11/02/24 15:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#182 [スピーディー]
ユ―タはおずおずと前に進み出た。

進みながらも、この知らない男たちとキャンディーに近寄るな、という内心の心を聞いていた。

⏰:11/02/24 15:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#183 [スピーディー]
だが相手は車の中なのだ。

もし何かしようとしても、男がドアを開けるすきに、ユ―タは逃げ出す自信があった。

だいいち、せっかくくれるというものを貰わないのは、失礼だろう。

⏰:11/02/24 15:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#184 [スピーディー]
ユ―タはさらに一歩近づいた。

男の目がブルーで、笑顔と同じようにぎらついているのを見た。

本能的に、さしのべた手をおろして、逃げたほうがいい、という気がした。

⏰:11/02/24 15:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#185 [スピーディー]
左手がキャンディーのそばまで行って、指先がかすかに触れた。

とたんに、男の手がユ―タの手首をがっちりと掴み、助手席の帽子の男が声をたてて笑いだした。

⏰:11/02/24 15:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#186 [スピーディー]
ユ―タはびっくりして、固まった。

助手席の男の目が黄色に変化していた。

―すくなくとも、そんなふうに見えた。

⏰:11/02/24 15:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#187 [スピーディー]
助手席の男が、むこう側のドアを開けて、車の後ろをまわってこようとしている。

「いやだ! 助けて!!」

眼鏡の男が窓から引きずりこもうとする。

⏰:11/02/24 15:50 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#188 [スピーディー]
ユ―タはなおも叫びながら抵抗したが、男はがっちりとユ―タの体をつかまえて放さなかった。

⏰:11/02/24 15:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#189 [スピーディー]
帽子の男が後ろからユ―タの腰をもち、中に押し込もうとした。

ユ―タはその手を掴んで引きはがそうとするが、自分の指がつかんだものが人間の皮膚ではないことに気づいて、ゾッとした。

⏰:11/02/24 15:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#190 [スピーディー]
ユ―タはまた悲鳴をあげた。

そのとき、通りの先から怒鳴り声がした。

「おい、その子に何をしてんだ! あんたたち!

その子を放せったら!」

⏰:11/02/24 15:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#191 [スピーディー]
ユ―タは勇気を得て、男の腕の中で、いっそう激しく暴れた。

向こうから、背の高い痩せた黒人が、まだ怒鳴りながら駆けつけてくる。

⏰:11/02/24 15:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#192 [スピーディー]
周りの見物人が増えてきたのを見て、男はユ―タを放して歩道に転倒させると、車に戻り、アクセルに足を掛けた。

⏰:11/02/24 16:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#193 [スピーディー]
車はくるりと向きを変えて、タイヤの軋み音をたてながら走り去っていった。

⏰:11/02/24 16:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#194 [スピーディー]
ユ―タは歩道から立ちあがった。

そばに寄ってきた近所の人たちの心配をよそに、ユ―タは訊いた。

「黒人の 怒鳴ってた人は?」

通りには、黒人はもういなかった。

⏰:11/02/24 16:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#195 [スピーディー]
あのとき怒鳴りながら駆けてきた黒人が、トニ―・パ―カ―だったのだ。
トニ―はあのとき、ユ―タを救ってくれたのだった。

⏰:11/02/24 16:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#196 [スピーディー]
母のもとへ駆けるユ―タはいまそのことに気がついた。

そして、いっそう懸命に、ホテルに向かって走りつづけた。

⏰:11/02/24 16:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#197 [スピーディー]
翌朝、

「朝ごはん、食べたの?」

母が口から煙草のけむりを吐き出すのといっしょに訊いた。

⏰:11/02/24 16:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#198 [スピーディー]
スカーフをタ―バンみたいに頭にかぶっている。
そんなふうにして髪を隠すと、母の顔は骨ばっていて、病人じみて見える。

母はドレッサーの上の灰皿で煙草をもみ消した。

⏰:11/02/24 16:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#199 [スピーディー]
「あ、うん、いや」

ユ―タは母の寝室に入っていきながら生返事をした。

「どっちかはっきり言いなさい」

⏰:11/02/24 16:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#200 [スピーディー]
鏡のほうに向き直って言った。

「そういう曖昧なお返事は大嫌いよ」

化粧をしている、鏡にうつった手も手首も、ひどく痩せ細って見えた。

⏰:11/02/24 16:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#201 [スピーディー]
「食べてない」

「じゃあ、ちょっと待ってなさい。

ママのお化粧がすんで美人になりしだい、何か食べさせてあげるわ。」

「うん」

とユ―タ

⏰:11/02/24 16:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#202 [スピーディー]
「1人じゃ、つまんないんだもの」

「きっと、あなたがつまんないのは…」

前に身をのりだして、鏡の中の顔をつくづくと眺める。

「リビングで待っててくれる、ユ―タ?

お化粧は独りでしたいの。 これは家伝の秘密なんだから」

⏰:11/02/24 16:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#203 [スピーディー]
ユ―タは無言で背を向けると、リビングにもどった。

そのとき、電話のベルが鳴り、ユ―タはびくっと跳びあがった。

⏰:11/02/24 16:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#204 [スピーディー]
「ぼくが取ろうか?」

彼は声をかけてみた。

「お願いするわ」

母の熱のない声がかえってきた

⏰:11/02/24 16:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#205 [スピーディー]
ユ―タは受話器をとって、「もしもし」 と言った。
「やあ、坊主、やっと捉えたぞ」

ナオト叔父さんの声だった。

⏰:11/02/24 16:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#206 [スピーディー]
「おまえの母さんは、いったい何を考えてるんだ?

母さんは、そこにいるんだろう?

私が話をしたい、と伝えなさい―大切な話なんだから。

四の五の言ってる場合じゃないんだ。

言うとおりにしなさい」

⏰:11/02/24 16:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#207 [スピーディー]
ユ―タはそのまま受話器受けにもどしてしまおうかと思った。

そしてまた、母と二人で車に乗り込んで、よその州のよそのホテルへ移る。 そのくりかえしだ。

⏰:11/02/24 16:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#208 [スピーディー]
だが、彼は電話を切らなかった。

「ママ、ナオト叔父さんから電話だよ。

大切な話があるんだって」
しばらく返事がなかった。

ようやく母の声がした。
「こっちで取るわ」

⏰:11/02/24 16:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#209 [スピーディー]
ユ―タはとっさにどうするか肚をきめた。

母がそっと境のドアを閉めた。

母がむこうの寝室の電話を取って、

「いいわよ、ユ―タ」

と、ドア越しに言った。

⏰:11/02/24 16:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#210 [スピーディー]
「わかった」

と、ユ―タも言い返す。
それから、受話器を耳に押し当て、こちらの息遣いを聞かれないように、片手で送話口をふさいだ。

⏰:11/02/24 16:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#211 [スピーディー]
「やるもんだな、妹よ」

ナオト叔父さんが言っている。

「あざやかなお手並みだ。
おまえがまだいまだに映画に出てるころなら、こいつを利用して 《スタ―女優はなぜ失踪したか?》 なんて、ちょっとした宣伝に使えたろうにな。

しかし、もういいかげんに分別のある人間らしく振る舞ったらどうだ?」

⏰:11/02/24 16:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#212 [スピーディー]
「どうしてここがわかったの?」

「見つからないとでも思ってたのか?

頼むから、ナオコ、東京へ戻ってくれないか。

逃げまわるのは止めにしなさい。」

⏰:11/02/24 16:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#213 [スピーディー]
「兄さん、あたし、逃げまわってるの?」

「おまえにはもうそんな時間はないはずだ。

私だって暇じゃない。

おい、ちょっと待て。 坊主のほうの電話はまだ切れてないぞ。」

⏰:11/02/24 16:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#214 [スピーディー]
「もちろん切ったわよ」

ユ―タは心臓が止まるかと思った。

「受話器を置くんだ、坊主」

ナオトの声がユ―タに言った。

⏰:11/02/24 16:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#215 [スピーディー]
「バカげたこと言わないで」
と、母が言った。

「バカげたことというのはな、ナオコ、おまえが入院していなければならんときに、そんなチンケな避暑地なんぞに隠れていることだよ。

子供の教育のことだってそうだ。」

⏰:11/02/24 16:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#216 [スピーディー]
「兄さんとは話し合いたくないのよ」

「おまえが嫌でも、話し合わなければならんのだ。
そっちまで出向いていって、必要なら力ずくでも入院させるぞ。」

⏰:11/02/24 16:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#217 [スピーディー]
「おまえは会社の半分を所有してるんだ

―そいつはあんたが死ねば、ユ―タのものになる。
だからユ―タの面倒を、私がちゃんと見ようというんだ。」

⏰:11/02/24 16:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#218 [スピーディー]
「何がお望みなの」

母はうんざりしたような声で言った。

「わかってるだろう

みんなによかれと思ってるだけさ。

ユ―タの面倒は私が見るよ、よい大学にも行かせるさ。

おまえはユ―タを学校にも行かせてないじゃないか」

⏰:11/02/24 16:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#219 [スピーディー]
「ごりっぱなことね」

「それが返事か。 ナオコ、おまえにはいま助けてくれる人が必要なんだ。

それができるのは兄である私しかいない」

⏰:11/02/24 16:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#220 [スピーディー]
「それで、要求は?」

「よく知ってるじゃないか、私は公正な取り分しか要求しない。

海堂社のために、私は身を粉にして働いてきたんだ、社長だったおまえの旦那が死んだいま、当然私のものになってしかりべきなんだ。」

⏰:11/02/24 17:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#221 [スピーディー]
「兄さんと、亡くなったジュンノスケとは、成功しすぎちゃったんじゃないかと、ときどき思うことがあるわ」

「なにを偉そうに…!

自分の身の振り方さえちゃんとできない女が何を言うか!!!!」

ナオト叔父さんが声を荒げた。

⏰:11/02/24 17:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#222 [スピーディー]
「もう切るわよ、兄さん。
ここには近寄らないで。 それとユ―タにもよ」

「病院に行くんだ、ナオコ、いつまでも逃げまわってばかりいたら、いまに―」

⏰:11/02/24 17:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#223 [スピーディー]
ナオト叔父さんのセリフの途中で、母は電話を切った。

ユ―タもそっと、受話器を受け台に置いた。

⏰:11/02/24 17:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#224 [スピーディー]
ドアの閉まっている寝室からは、何の物音も聞こえてこない。

「ママ? 」

呼んでみた。

「なあに、ユ―タ」

なんとなくふらついているような声

⏰:11/02/24 17:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#225 [スピーディー]
「大丈夫? なんともない?」
「わたしが? もちろんよ」
母の静かな足音が聞こえて、ドアが少し開いた。

⏰:11/02/24 17:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#226 [スピーディー]
2人の目が合う。

母はドアをいっぱいに開いた。

またもや2人はみつめ合った。

ぎこちない一瞬。

⏰:11/02/24 17:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#227 [スピーディー]
「もちろん大丈夫よ。 どうして?」

からみ合っていた視線が離れた。

2人の間に暗黙の了解のようなものが流れた。

⏰:11/02/24 17:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#228 [スピーディー]
ユ―タはさっきの会話を盗み聞きしていたのを、母に悟られたのかな、とも思った。

だが、思い直し、2人の間の暗黙の了解というのが、母の病気、という事実であることに気がついた。

⏰:11/02/24 17:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#229 [スピーディー]
「つまり」

ユ―タは口ごもった。

「よくはわからないけど、なんだかナオト叔父さんの調子が…」

⏰:11/02/24 17:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#230 [スピーディー]
母は煙草を口にくわえて、ライターの蓋をぱちりと開いた。

その目がふたたびユ―タを刺すように見る。

⏰:11/02/24 17:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#231 [スピーディー]
「あの悪党のことなんか気にしちゃだめよ、ユ―タ。
ママはただ、あの男からうまく逃げられなくて、苛々してるだけなの。

ナオト叔父さんはママをいじめて面白がってるのよ」

⏰:11/02/24 17:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#232 [スピーディー]
「朝ごはんを食べる気分じゃなくなったわ。

あなた、下のロビーのレストランに行って、こんどは本当にお食事しなさい」

⏰:11/02/24 17:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#233 [スピーディー]
「いっしょに来てよ」

「しばらく独りでいたいの。 わかってちょうだい」
あなたが戻ってくるころには、ママも気分がよくなっているから」

母は言った。

「お約束するわ」

⏰:11/02/24 17:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#234 [スピーディー]
「何かか買ってきてあげようか?」

母はかぶりを振って、無理に笑顔をつくった。

ユ―タはしかたなく部屋を出たが、彼自信ももはや食欲を失っていた。

⏰:11/02/24 17:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#235 [スピーディー]
廊下をぶらぶら歩いてエレベーターへ向かう。

行く場所はまたもや1ヶ所しかない。

フロントに死人のような顔の意地悪なボ―イの前を通りすぎ、陰気なロビーを走りながら、すでにユ―タの心は決まっていた。

⏰:11/02/24 17:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#236 [スピーディー]
トニ―・パ―カ―は赤い小屋にはいなかった。

長い桟橋にも、姿が見えない。

ロ―ラ―・コ―スタ―の下の埃っぽい場所にも、トニ―はいなかった。

⏰:11/02/24 17:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#237 [スピーディー]
ひとけのない遊園地を、途方にくれて見まわしていた。

不安がしだいに募ってくる

もしかして、トニ―の身に何かが起こったのでは?

⏰:11/02/24 17:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#238 [スピーディー]
そんなはずはないと思うが、もしもナオト叔父さんがトニ―のことを知ったのだとしたら…

ユ―タは走りだした。

⏰:11/02/24 17:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#239 [スピーディー]
すると、前方に妙な形の白塗りの円形に似た建物の内部から、カン、カンカン、とリズミカルな音が聞こえてくる。

⏰:11/02/24 17:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#240 [スピーディー]
それは鉄パイプをレンチで叩いているような、だれかが作業をしている音だ―

ユ―タはその音に向かって走った。

⏰:11/02/24 17:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#241 [スピーディー]
白い板のまんなかに、ドアの取手がついていた。
ユ―タはその取手をつかんで、ドアを引き開けた。

⏰:11/02/24 17:50 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#242 [スピーディー]
「やあ、風来ユ―タ」

トニ―が一部分解体されたメリ―ゴ―ラウンドのそばの地面に、座っていた。

⏰:11/02/24 17:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#243 [スピーディー]
トニ―はレンチを地面に置いて、ユ―タに言った。
「こんどは話を聴く気になったかい? 」

⏰:11/02/24 17:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#244 [スピーディー]
「ええ、なりました」

ユ―タはまったく冷静な声音で言ってから、そのあとでわっと泣きだした。

⏰:11/02/24 17:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#245 [スピーディー]
「そら、そら」

トニ―は立って、ユ―タのそばにやってきた。

「なんでもないさ。 気をしっかり持ちな」

⏰:11/02/24 17:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#246 [スピーディー]
だがユ―タは、とてもその気になれなかった。

急になにもかもが耐え難く、どうにもならないように思えたのだった。

⏰:11/02/24 17:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#247 [スピーディー]
涙を見せるのは恥ずかしかったが、ここで泣かなかったら、ぎりぎりに張りつめた恐怖のために、死んでしまうような気がした。

⏰:11/02/24 17:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#248 [スピーディー]
「泣くがいいさ、風来ユ―タ」

トニ―の両腕がユ―タを抱いた。

⏰:11/02/24 17:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#249 [スピーディー]
ユ―タは熱くほてった顔を、大人の匂いのするトニ―の薄いシャツに押しつけた。

ユ―タは両腕をトニ―の体にまわした。

掌にトニ―の背中の、ほとんど肉のついていない、皮と骨が感じられた。

⏰:11/02/24 18:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#250 [スピーディー]
「それで気が治まるんなら、泣けばいい」

トニ―はあやすようにユ―タの体をゆすった。

⏰:11/02/24 18:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#251 [スピーディー]
「そういう時もあるさ。

そうさ。

トニ―にはわかってる、
ユ―タがどんな目に遭い、どんな辛い想いをしたか。

だから、気がすむまで泣くがいい」

⏰:11/02/24 18:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#252 [スピーディー]
言葉の意味などどうでもよかった―

―ただその響きとリズムが、ユ―タの心を和ませ落ち着かせた。

⏰:11/02/24 18:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#253 [スピーディー]
「ぼくの母は病気なんです」

トニ―の胸に顔を押し当てたまま、ユ―タは言った。

⏰:11/02/24 18:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#254 [スピーディー]
「父といっしょに会社をやっていた井上 ナオトという人から逃げるために、母はここに来たらしいんです。」

⏰:11/02/24 18:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#255 [スピーディー]
大きくすすりあげて、トニ―の体を離すと、後ろに退り、掌で腫れあがった目をこすった。

⏰:11/02/24 18:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#256 [スピーディー]
「だけど、お袋さんがこの町に来た理由は、それだけじゃないんだろ?」

「ええ」

ユ―タは低い声で答えた。

「たぶん…死ぬために来たんです」

⏰:11/02/24 18:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#257 [スピーディー]
「たぶんな」

トニ―はユ―タの顔をみつめた。

「そしてたぶん、そのお袋さんを救うために、お前さんがここにいるのさ。

お袋さんと…彼女に似たもう1人の女の人とをな」

⏰:11/02/24 18:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#258 [スピーディー]
「それはだれですか?」

ユ―タが麻痺したように訊いた。

それが誰かはわかっていた。

彼女の名前は知らないが、どんな女の人かはわかっていた。

⏰:11/02/24 18:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#259 [スピーディー]
「女王だ」

と、トニ―は言った。

「彼女の名前はロ―ラ・デラシアン。

彼女はテリトリーの女王だよ」

⏰:11/02/24 18:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#260 [スピーディー]
「お袋さんの命を救うためなら、なんでもやる覚悟はあるかい?」

ユ―タは慎重に、深くうなずいた。

⏰:11/02/24 18:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#261 [スピーディー]
「よし」

そう言ってトニ―は尻ポケットに手をやって、ダ―クグリーンの壜をひっぱり出した。

キャップを取って、一口飲む―瞬間、ユ―タはギョッとした。

⏰:11/02/24 18:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#262 [スピーディー]
トニ―の体が透けて見えるような気がしたのだ。
気がしただけでなく、トニ―は幽霊のようにたしかに透明になりかけていた。

⏰:11/02/24 18:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#263 [スピーディー]
(トニ―が消えてゆく。

それともどこかへ行ってしまうのだろうか)

でも、そんなバカなことがあるはずがない。

そんなのナンセンスだ。

⏰:11/02/24 19:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#264 [スピーディー]
やがて、トニ―の体はもとどおりになった。

いまのはたぶん、目の錯覚かなにかで、一瞬だけ―

⏰:11/02/24 19:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#265 [スピーディー]
(いや、そうじゃない。 ほんの一瞬だが、彼はここにいなかったんだ!)

―幻覚を起こしたのだろう。

トニ―の目がじっとこちらに注がれている。

⏰:11/02/24 19:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#266 [スピーディー]
彼は壜をユ―タのほうに差しだしかけてから、かぶりを振った。

思いなおしてキャップを閉めると、壜を尻ポケットにもどした。

そして、トニ―の顔に微笑がもどる。

⏰:11/02/24 19:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#267 [スピーディー]
「ただ…」

…ぼくにはどうしたらいいのかわからない、と言つもりだったが、内部からの声、というより記憶が遮った。

⏰:11/02/24 19:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#268 [スピーディー]
『いや、わかっている!

初めはトニ―の力を借りなければならんだろうが、おまえにはよくわかっているはずだ、ユ―タ』
それは聞き覚えのある声 父の声だった。

⏰:11/02/24 19:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#269 [スピーディー]
「どうやればいいのか教えてくれたら、なんでもやります」

ユ―タの声は高くなったり低くなったりした。

⏰:11/02/24 19:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#270 [スピーディー]
「話してもいいことだけを話してやるよ…全部じゃないぜ。

全部知ることは、許されないことだからな」

⏰:11/02/24 19:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#271 [スピーディー]
トニ―は静かな口調で話はじめた。

やわらかくて優しい声だった。

ユ―タはときに眉をひそめ、ときには息を呑んで、聴き入った。

⏰:11/02/24 19:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#272 [スピーディー]
「おまえさんは白昼夢というやつをよく知ってるな?」

トニ―はうなずいた。

「あれは夢じゃないんだよ、ユ―タ。

白昼夢でも、夜の夢でもない。

あの場所はほんとうにあるんだ。

現実なのさ。

この世界とはまるで違うけど、やっぱり現実なんだ。」

⏰:11/02/24 19:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#273 [スピーディー]
「ぼくの母がよく言うんだけど―」

「お袋さんはテリトリーのことを知らないのさ…だけど、ある意味では、知っているとも言えるんだ。

おまえさんのおやじさんが知ってたからな。

それと、そのもう1人の男―」

⏰:11/02/24 19:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#274 [スピーディー]
「ナオト叔父さん?」

「たぶんそいつだ。

奴も知ってる。」

⏰:11/02/24 19:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#275 [スピーディー]
それから、トニ―は妙なことを言った。

「むこうでのあいつがだれか、それをわしは知ってる。」

⏰:11/02/24 19:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#276 [スピーディー]
「あのオフィスにあった写真…あれはアフリカじゃないんですね」

「アフリカじゃないさ」

「トリック写真でも?」

「トリックでもない」

⏰:11/02/24 19:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#277 [スピーディー]
「それで、ぼくの父はそこへ行ってたんですか?」

そう訊いたが、心の奥底ではその質問にたいする答えはわかっていた。

わかってはいたが、それを信じるかどうかは、また別の問題だった。

⏰:11/02/24 19:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#278 [スピーディー]
魔術の国とか、病気の女王とか、考えただけで、なんだか不安になってくる。

⏰:11/02/24 19:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#279 [スピーディー]
ユ―タが小さいときから、母はくりかえしくりかえし、白昼夢とほんとうの現実とを取り違えてはいけないと、彼に言い聞かせてきた。

その言い方がとても厳しくて、ユ―タはそんな母を怖がったほどだった。

⏰:11/02/24 19:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#280 [スピーディー]
だがいまから考えると、母自身が怖がっていたのだろう。

父と永いこと暮らしていて、しかも何一つ知らずにすごせたとは思えない。

⏰:11/02/24 19:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#281 [スピーディー]
(そんなにたくさんのことは知らなかったかもしれない…だけど、すこしばかり知っていて、それでママは怖がっていたんだ)
と、ユ―タは思った。

⏰:11/02/24 19:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#282 [スピーディー]
「そう、おやじさんはよくむこうの世界へ行ってたよ。

それと、そのもう1人の、え―と…」

「ナオト叔父さんです」

⏰:11/02/24 20:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#283 [スピーディー]
「それそれ!

そいつも行ってた。

だけどおやじさんは、むこうのことをよく知るために行ってたんだけど、そいつのほうは、金儲けを狙ってたのさ」

⏰:11/02/24 20:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#284 [スピーディー]
「ナオト叔父さんがお爺ちゃんを殺したのですか?」
ユ―タは訊いてみた。

「そんなことはわしは知らん。

それよりわしの言うことをよく聴くんだ、ユ―タ。
時間がないんだからな。

そのナオトってのはここにやってくると思うかい?」

⏰:11/02/24 20:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#285 [スピーディー]
「ひどく頭にきてるみたいだったから」

とユ―タは言った。

ナオト叔父さんがこの避暑地に現れるかもしれないと考えると、ユ―タは急に心配になってきた。

⏰:11/02/24 20:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#286 [スピーディー]
「―だとすると、もっと時間がないぜ。

そいつはお袋さんが死ぬことなんざ、たいして気にしないだろうからな。
そしてやつの" ツイナ― "も、女王ロ―ラが死ぬことを望んでいるんだから。」

⏰:11/02/24 20:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#287 [スピーディー]
「ツイナ―って?」

「こちらの世界には、テリトリーに ツイナ―(分身者) を有ってる人たちがいるのさ」

と、トニ―は言った。

⏰:11/02/24 20:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#288 [スピーディー]
「テリトリーには自分がもう1人いるってこと…?」
とユ―タが訊いた。

「おまえさんは頭が利口だな」

⏰:11/02/24 20:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#289 [スピーディー]
トニ―は話を進めた。

「大勢じゃないけどな。

なにせむこうは人口がずっと少ない―

こっちの10万人にたいしてむこうは1人、ぐらいの割合かな。

だけど ツイナ―どうしは、むこうとこっちを簡単に行ったり来たりできるのさ」

⏰:11/02/24 20:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#290 [スピーディー]
「女王って…その人がぼくの母の…ツイナ―なんですか?」

「そう、そうらしいな」

「だけど、母はいちどもむこうには―」

⏰:11/02/24 20:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#291 [スピーディー]
「そう、行ったことはない。

べつに理由はないさ」

「父には…ツイナ―はいたんですか?」

「もちろんいたさ。

いい人だった。」

⏰:11/02/24 20:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#292 [スピーディー]
ユ―タは唇をしめらした。

なんておかしな話なんだろう、ツイナ―とかテリトリーとか…。

⏰:11/02/24 20:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#293 [スピーディー]
「こっちの世界で父が死んだとき、むこうのツイナ―も死んだんですか?」

「そうだよ。

同時じゃないけど、だいたい同じ頃にな。」

⏰:11/02/24 20:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#294 [スピーディー]
「あの…?」

「なんだい?」

「ぼくにも ツイナ―が…テリトリーにいるんですか?」

トニ―がひどく真剣な目で見たので、ユ―タは背筋がゾクゾクとした。

⏰:11/02/24 20:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#295 [スピーディー]
「いや、いない。

おまえさんは1人きりなのさ。

おまえさんは特別なんだよ。

それで、そのマサトの奴―」

⏰:11/02/24 20:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#296 [スピーディー]
「ナオトです」

ユ―タは笑いそうになった。

「―なんでもいいや、とにかくあいつは、そのことを知ってるんだ。

それが奴がここへくる理由のひとつでもあり、おまえさんがここを出なけりゃならん理由でもあるのさ」

⏰:11/02/24 20:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#297 [スピーディー]
「どうして?」

ユ―タは突然声をはりあげた。

「ママが癌だとしたら、ぼくに何ができるっていうの?

癌なのに入院しないで、ここにきたのは、それは、ほかにしかたがないからで、つまり、それは―」

また涙が出そうになったが、ユ―タは懸命に堪えた。

⏰:11/02/24 21:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#298 [スピーディー]
「それはもう助からないってことでしょう?」

もう助からない。

そうなのだ。

ユ―タは心の奥底でそのことを知っていた。

母が急激に痩せるいっぽうで、目の下にいつもクマをつくっていることの真の理由を。

⏰:11/02/24 21:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#299 [スピーディー]
「それなのに」

ユ―タは涙声で言った。

「そんな夢の国なんかへ行って、なんの役に立つんですか?」

「少し喋りすぎたみたいだな」

と、トニ―は言う。

⏰:11/02/24 21:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#300 [スピーディー]
「ただ、これだけは信じてくれ、風来ユ―タ、なんの役にも立たないんだったら、わしがおまえさんに行けなんていうはずがないってことをな」

「だけど―」

⏰:11/02/24 21:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#301 [スピーディー]
「いいから。

これ以上のことは、見せるものを見せないと、話すわけにはいかないのさ。

悪いこたいわない。

さあ、おいで」

⏰:11/02/24 21:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#302 [スピーディー]
トニ―はユ―タの肩を抱くようにして、外の広い道に出て歩きだした。

彼はトニ―の顔を見上げた。

こんどは何を見せてくれるの?

それとも、さっきのは意地の悪い冗談だったの?
そう訊いてみたかったが、ユ―タは何も言わなかった。

⏰:11/02/24 21:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#303 [スピーディー]
トニ―は例のダ―クグリーンの壜を出した。

「それが―」

ユ―タは言いかけた。

「おまえさんをむこうの世界へ連れていってくれるものさ」

トニ―は言う。

⏰:11/02/24 21:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#304 [スピーディー]
こんなものを使わなくても、むこうへ行ける人は大勢いるけどな。

おまえさんはまだこいつに頼るといいさ」

⏰:11/02/24 22:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#305 [スピーディー]
彼はトニ―の手から壜をひったくるようにして取り、危うく取り落としそうになった。

彼は慌てていたのだ。

⏰:11/02/24 22:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#306 [スピーディー]
彼はトニ―の目を見た。

(この人にはちゃんとわかってるんだ。

ぼくが何を考えているのか、みんな見通している。

トニ―、いったいあんたはだれなの?」

⏰:11/02/24 22:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#307 [スピーディー]
トニ―はユ―タが握っている壜のほうに顎をしゃくってみせた。

「こいつは特製の魔法ジュースさ、大丈夫」

⏰:11/02/24 22:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#308 [スピーディー]
「さあ、ちょっと飲んでみて、むこうへ行けるかどうか試してみな」

トニ―はニヤリとした。

⏰:11/02/24 22:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#309 [スピーディー]
ユ―タは怖くなってきた。

口中がからからに干上がって、日射しがやけに強すぎるように感じられ、こめかみのあたりがドキドキ脈打つのを意識していた。

⏰:11/02/24 22:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#310 [スピーディー]
舌の先に、銅をなめたときのような、いやな味があった。

(この" 魔法のジュース"は、きっとこんなふうな、ひどい味にちがいない)
と、ユ―タは思った。

⏰:11/02/24 22:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#311 [スピーディー]
「怖くなって、こっちへ戻ってきたいと思ったら、またそいつを飲めばいいのさ」

トニ―が言った。

⏰:11/02/24 22:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#312 [スピーディー]
「壜もいっしょについてくるんですね?

ぜったいに?」

病気の母とナオト叔父さんがこちらの世界にいるのに、自分だけ神秘の世界に行ったっきり戻ってこられなくなったら、それこそ目も当てられない。

⏰:11/02/24 22:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#313 [スピーディー]
「ぜったいさ」

「ならいいけど」

ユ―タは壜を口まで持っていった…が、また離してしまった。

ひどい匂いがしたのだ

―まるで油脂が腐ったような匂いだった。

⏰:11/02/24 22:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#314 [スピーディー]
トニ―・パ―カ―はユ―タをみつめた。

口許に微笑がうかんでいたが、目は笑っていなかった。

それどころか、甘えを許さない、厳しい目付きだった。

⏰:11/02/24 22:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#315 [スピーディー]
ユ―タは壜をトニ―のほうに差し出して、「お返しします」 と言ったが、それは弱々しい囁き程度の声だった。

「だめ?」

⏰:11/02/24 22:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#316 [スピーディー]
トニ―は返事をしなかった。

ユ―タの母が死にかけていることや、ナオト叔父さんがいまにもこの地にやってくるかもしれないことを、改めて指摘することもしなかった。

⏰:11/02/24 22:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#317 [スピーディー]
「オ―ケイ」

ユ―タは唐突に言った。

「どうしてもっていうのなら、飲みます」

ふたたび壜に口をあてて、何も考えずに飲んだ。

⏰:11/02/24 22:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#318 [スピーディー]
思っていたよりも、ずっとひどい味だった。

ひどく甘ったるい、腐ったような味で、いわば生きたブドウではなく、熟成しないままに腐敗したブドウで作ったワインのようだった。

⏰:11/02/24 22:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#319 [スピーディー]
ぐっと呑みこむと、かすかに温かいものが、喉をカタツムリのように這い下りてゆく。

ぎゅっと目をつむり、反抗しそうになる喉を押さえつけた。

⏰:11/02/24 22:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#320 [スピーディー]
「トニ― 」

ユ―タは目を開け、そのあとの言葉が出てこなくなった。

トニ―の姿はなかった。

⏰:11/02/24 22:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#321 [スピーディー]
大空に美しい曲線をえがいていたロ―ラ―・コ―スタ―も消えていた。

遊園地そのものがなかった。

⏰:11/02/24 22:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#322 [スピーディー]
ここはどこかほかの場所だった。

ここは―

「テリトリーなんだ」

ユ―タはそっと呟いてみた。

⏰:11/02/24 22:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#323 [スピーディー]
恐ろしいような嬉しいような、その両方が混じり合った気持ちが、全身を駆けめぐった。

⏰:11/02/24 22:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#324 [スピーディー]
口許には呆けたような笑いが浮かんだ。

「トニ―、ぼくは、ぼくはテリトリーにいるんだ! ぼくは―」

その驚愕の大きさに、彼は言葉を失った。

⏰:11/02/24 22:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#325 [スピーディー]
片手で口を押さえて、ゆっくりと体を回転させながら、トニ―の" 魔法のジュース" に運ばれてきた場所を眺めた。

⏰:11/02/24 22:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#326 [スピーディ]
ユ―タは眉をひそめて首を振ると、目をほかへ転じた。

海辺には雑草が丈高くおい茂り、さっきまでメリーゴ―ラウンドがあった岬までずっとひろがっている。

⏰:11/04/07 00:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#327 [スピーディ]
だしぬけにユ―タは、自分の頬を力いっぱいつねってみた。
痛さで思わず涙が出たほどだったが、まわりの景色には何ひとつ変化はなかった。

⏰:11/04/07 00:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#328 [スピーディ]
「やっぱり本物なんだ」

と、呟く。

ユ―タは道を歩きだした。 右手にはまだ、ダ―クグリーンの瓶を持っている。

⏰:11/04/07 00:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#329 [スピーディ]
もう1つの世界にいるトニ―が、この瓶の蓋を持っているはずだった。

(ぼくは突然、トニ―の前から消えたのかな? たぶんそうだろうな。
こいつはすごいや!)

⏰:11/04/07 00:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#330 [スピーディ]
ほぼ40歩ほど進んだところに、クロイチゴの茂みがあった。

トゲにかこまれたクロイチゴの実は、ユ―タがこれまで見たこともないほど大ぶりで、色濃く、みずみずしいようすをしていた。

⏰:11/04/07 00:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#331 [スピーディ]
あの" 魔法のジュース "の打撃からも立ち直ったユ―タの胃袋が、急にぐうぐう鳴り出した。

ユ―タは手を伸ばしてクロイチゴの実をひとつかみ取ると、いそいで頬ばった。

⏰:11/04/07 00:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#332 [スピーディ]
びっくりするほど甘くて、おいしかった。

自分でも少し頭がおかしくなったのじゃないかと思いながら、夢中でまたひとつかみ、またひとつかみ…と頬ばりつづけた。

⏰:11/04/07 00:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#333 [スピーディ]
あとになって考えてみると、たぶんそのおいしさはクロイチゴだけのものではなくて、澄んだ空気のおいしさも手伝っていたのにちがいなかった。

そしてまた、ゆっくり歩きだした。

⏰:11/04/07 00:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#334 [スピーディ]
クロイチゴの茂みを少し離れたあたりで、ユ―タは足を止めると、太陽を見上げた。

すると、カモメが叫び声をあげ飛んでいた。

⏰:11/04/07 00:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#335 [スピーディ]
それがまた、とてつもなく大きなカモメだった。

その巨大カモメが、恐れるようすもなく、ユ―タのほうへ近づいてきた。

⏰:11/04/07 00:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#336 [スピーディ]
とたんに、カモメがぎゃっと啼いた。
そして、ニタリと笑った。

―まちがいなく笑った、とユ―タは思った。

⏰:11/04/07 00:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#337 [スピーディ]
そしてさらにそいつが近づいてくると、死んだ魚や腐った海藻のような不快な臭いがかすかに鼻をついた。

カモメはしゅうしゅうというような声をあげ、また翼を動かした。

⏰:11/04/07 00:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#338 [スピーディ]
「あっちへ行け」

ユ―タはどなった。
胸がドキドキしていたが、どんなに巨大だろうと、カモメなんかに負けてたまるかと思った。

「あっち行けったら!」

⏰:11/04/07 00:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#339 [スピーディ]
カモメが喉の奥を振動させるような声を出した。

「オマママ―シンゾゾ―…オマママ―シンゾゾゾ――」
(オマエノママハ、シヌンダゾ―…)

⏰:11/04/07 00:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#340 [スピーディ]
ユ―タは怖くなって、自分がなにをしているのかという自覚もないままにダ―クグリーンの壜に口を持っていって、中身を飲んだ。

⏰:11/04/07 00:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#341 [スピーディ]
またもやあのひどい味に襲われ、ぎゅっと目をつむった。

そして目を開けると、まわりを見わたして、自分のいる場所にたいるす感覚のあまりの食い違いに、打ちのめされる思いがしたら。

⏰:11/04/07 00:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#342 [スピーディ]
自分の目が信じられない気がした。

テリトリーではたしかに、60歩ほどしか歩いたにすぎない。
それなのに―。

⏰:11/04/07 00:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#343 [スピーディ]
ユ―タは振り向いて、自分のいた遊園地のア―チを見やった。

彼の視力は左右ともに2.0あるのだが、その彼の目ですら、文字がやっと見えるくらいにア―チは遠くのほうにあった。

⏰:11/04/07 00:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#344 [スピーディ]
テリトリーでは30メートルくらいしか歩かなかった。

それなのにこちらの世界では100メートルほども移動していた。

「どうなっちゃってんだ?」

⏰:11/04/07 00:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#345 [スピーディ]
「ユ―タ! おおい、ユ―タ! 風来ユ―タ!」

トニ―の声が、トラックのエンジン音といっしょに聞こえてきた。

⏰:11/04/07 00:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#346 [スピーディ]
そのトラックはユ―タのそばに停まると、トニ―は騒々しいエンジンを切ると、すばやく運転席から降りてきた。

「無事だったかい、ユ―タ?」

⏰:11/04/07 00:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#347 [スピーディ]
ユ―タは手にしている壜を、トニ―の前につきつけて、
「この魔法のジュースはほんとにひどい味ですね」

と、力のない声で言った。

⏰:11/04/07 00:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#348 [スピーディ]
「これで信じるだろ、ユ―タ?」

ユ―タはうなずいた。

「それだけじゃわからないぜ」
と、トニ―。

「はっきり口で言ってみな」

⏰:11/04/07 00:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#349 [スピーディ]
「テリトリーはほんとうにありました。
本物だった。それに鳥が― 」

絶句して身震いした

「どんな鳥だい?」
トニ―がすかさず聞き返した。

⏰:11/04/07 00:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#350 [スピーディ]
「カモメだけど、ばかでかいカモメで―」

ユ―タはかぶりを振った。

「とても信じてはもらえない」
そこで考えなおした。

「いや、あなたは別ですね。
ほかの人には、とても信じてもらえないようなでかい奴でした」

⏰:11/04/07 00:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#351 [スピーディ]
「そいつは喋ったかい?
むこうにいる鳥には言葉を喋るやつが多いんだぜ。
たいがいろくなことは言わんし、それも嘘ばっかりつくんだ」

ユ―タはうなずいた。

⏰:11/04/07 00:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#352 [スピーディ]
「何か喋ったみたいでした。―ぼくの母が死ぬぞって、そいつは言ったんです」

トニ―は片手でユ―タの肩を抱いた。

⏰:11/04/07 00:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#353 [スピーディ]
二人はそうやって、しばらく黙ったまま、歩道の縁に腰をおろしていた。

トニ―がユ―タの顔を見て、訊いた。

⏰:11/04/07 00:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#354 [スピーディ]
「旅に出ようという気になったかい、風来ユ―タ?」

ユ―タの内部にはまだ恐怖心があったが、これまでよりはずっと弱まっていた。

⏰:11/04/07 00:55 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#355 [スピーディ]
「たぶん」
と、彼は答えた。

「それで、母が助かるのなら。 ぼくは母の命を助けることができるんですか?」

⏰:11/04/07 00:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#356 [スピーディ]
「もちろん、できるさ」

トニ―はまじめな顔で答えた。

「だけど―」

「だけど、だけど、といってたら、きりがないぜ、ユ―タ。
そりゃあ、決して生易しいことじゃないさ。」

⏰:11/04/07 00:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#357 [スピーディ]
「必ずうまくいく、とはかぎらない。 生きて帰ってこられるかどうかわからない。 たとえ帰ってこれたとしても、正気のままでいられるともかぎらない。」

⏰:11/04/07 01:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#358 [スピーディ]
「テリトリーではきっと、あちこち探し歩かねばならんだろうな。
テリトリーはこちらよりはずっと狭いんだ。
それは気がついただろう?」

「ええ」

⏰:11/04/07 01:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#359 [スピーディ]
「だろうと思った。 この道をずっと歩いてきたんだものな、そうだろ?」

さっき知りたいと思ったことが、ふたたびユ―タの心中に浮かんできた。

⏰:11/04/07 01:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#360 [スピーディ]
「ぼくの姿は消えたんですか? ぼくが消えたのを見ましたか?」

「消えたともさ」

トニ―は両手を打ち鳴らしてみせた。

「こんなふうに、パッとな」

⏰:11/04/07 01:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#361 [スピーディ]
するとトニ―はまるで子供みたいにクックッと笑だした。

ユ―タもいっしょに笑った。

笑っていると、あのクロイチゴを食べたときみたいに、とてもいい気分になった。

⏰:11/04/07 01:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#362 [スピーディ]
しばらくすると、トニ―はまじめな顔つきにもどって、

「おまえさんはテリトリーに行かなければならないんだよ、ユ―タ。

ありものを手に入れなければならんのさ」

⏰:11/04/07 01:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#363 [スピーディ]
「それがむこうにあるんですね?」

「そのとおりさ」

「それはぼくの母の命を救うもの?」

⏰:11/04/07 01:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#364 [スピーディ]
「そう…それともう1人の命もな」

「女王ですね?」

トニ―はうなずいた。

「それは何ですか? どこにあるんですか? いつ―」

⏰:11/04/07 01:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#365 [スピーディ]
「ちょっと待った! ストップ!」

トニ―は片手をあげて制した。
口許は微笑していたが、目には悲しげな色さえ浮かんでいた。

⏰:11/04/07 01:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#366 [スピーディ]
「そんなにいっぺんに訊くもんじゃないぜ。
それに、わしの知らんことは教えられない…それと、話すのを許されていないこともな」

「許されないって」

⏰:11/04/07 01:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#367 [スピーディ]
ユ―タは面喰らって、

「いったい、だれが―」

「ほらほら」

と、トニ―。

⏰:11/04/07 01:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#368 [スピーディ]
「いいかい、ユ―タ、おまえさんはできるだけ早く出立しなければならん、あのマサトの奴が邪魔だてしに来ないうちに―」
「ナオトですよ」

「そう、そいつさ。 奴があらわれないうちに、早く発つんだ」

⏰:11/04/07 01:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#369 [スピーディ]
「だけど、彼はぼくの母をいじめるんです」

ユ―タはなんでそんなことを言いだしたのか、自分でもよくわからなかった。

⏰:11/04/07 01:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#370 [スピーディ]
「彼がどんな奴か知らないでしょう? あいつは―」
「知ってるさ」

トニ―は静かな声で言った。

⏰:11/04/07 01:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#371 [スピーディ]
「ずっと昔から知ってるんだよ、ユ―タ。
そして奴もわしを知ってる。
奴にはわしのつけた印がある。

表には見えないが、印がついてりのさ。」

⏰:11/04/07 01:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#372 [スピーディ]
「お袋さんは独りでも大丈夫、自分の面倒は自分で見られるさ。

おまえさんは行かなければならねェんだ」

「どこへ?」

「西へだ」

トニ―は言った。

⏰:11/04/07 01:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#373 [スピーディ]
「こちらの東の海から、むこうの西の海まで」

「えっ?」

その厖大な距離を想って、ユ―タは茫然となった。

⏰:11/04/07 01:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#374 [スピーディ]
「飛行機で行ってもいいんですか」

と、トニ―に訊いてみた。

「だめだ!」

トニッ―は目をまるくして、ほとんど怒鳴らんばかりだった。

⏰:11/04/07 01:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#375 [スピーディ]
片手でユ―タの肩をぐいとつかむと、

「何があっても、ぜったいに空を飛んじゃいかん!
ぜったいに、だめだ!

もしも空にいるときに、テリトリーへ移動してみろ―」

⏰:11/04/07 01:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#376 [スピーディ]
トニ―はそれ以上言わなかった。
言う必要もなかった。

ユ―タはふっと、自分があの雲ひとつない澄んだ空を、まるでパラシュートをつけないスカイダイバ―のように、まっさかさまに墜落してゆくところを想いえがいた。

⏰:11/04/07 01:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#377 [スピーディ]
「歩くんだぞ」

トニ―は言った。

「ヒッチハイクをするんなら構わんが…気をつけなよ。

おまえさんを襲おうと、ホモ野郎や殺し屋が狙ってるかもしれんからな。」

⏰:11/04/07 01:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#378 [スピーディ]
「それもふつうの人間じゃない。 両方の世界にまたがって、あっちもこっちも見ることのできる奴らだ。

遅かれ早かれ、おまえさんがやってくることを知って、見張っているかもしれん」

⏰:11/04/07 01:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#379 [スピーディ]
「そいつらは― ツイナ―(分身者)?」

「ツイナ―もいれば、そうじゃない奴もいる。
とにかく、おまえさんは、むこうの海まで行くんだ。

なんならテリトリーを歩いてってもいい。
それだけ速く行けるからな。」

⏰:11/04/07 01:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#380 [スピーディ]
「ジュースを飲めば―」

「あれは嫌いです」

「嫌いだっていいさ」

トニ―は容赦ない。

⏰:11/04/07 01:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#381 [スピーディ]
「西の海岸まで行ったら、むこうにアンハンブラという街がある。
そこへ行け。

そこはおっかないところだ。 ひでェところだ。

だけど、おまえさんはそこに入って行かなければならん」

⏰:11/04/07 01:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#382 [スピーディ]
ユ―タは唇をしめらせた。

「なぜそんなところへ行かなければならないんですか、そんなひどいところなのに?」

⏰:11/04/07 01:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#383 [スピーディ]
「それは、そこにトワイライト・ゾーンがあるからさ。」

「なんの話かさっぱりわからない」

「行ってみればわかる」

と、トニ―は言った。

⏰:11/04/07 01:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#384 [スピーディ]
立ちあがって、ユ―タの手を取った。

ユ―タも立ちあがる。

老黒人と少年は、向き合って立った。

⏰:11/04/07 01:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#385 [スピーディ]
「よく聴きな」

トニ―はゆっくり歌うようなリズムで言った。

「トワイライト・ゾーンを手に入れるんだ、ユ―タ。
大きくもなく、小さくもなく、水晶体のようなもの。」

⏰:11/04/07 01:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#386 [スピーディ]
「風来ユ―タ、風来坊、カリフォルニアに帰ってゆく。 だけど用心、ご用心。
取り落したら、すべてはオジャンだ」

「なんのことだかわかりません」

ユ―タは食いさがった。

⏰:11/04/07 01:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#387 [スピーディ]
「もっとくわしく―」

「だめだ」

そう言うトニ―の声には、いくびん優しさもこもっていた。

⏰:11/04/07 01:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#388 [スピーディ]
「わしはもどるし、おまえさんは出かける。
これ以上は話せない。

わしはおまえさんを見守ってるさ、ここでも…そしてむこうでも」

⏰:11/04/07 01:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#389 [スピーディ]
「でも、どうすればいいのかわからない」

ユ―タは古トラックの運転台に乗りこむトニ―に向かって言った。

「おまえさんは充分わかってるさ」

トニ―は言った。

⏰:11/04/07 01:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#390 [スピーディ]
「トワイライト・ゾーンを取りに行くんだ。

そいつはおまえさんを呼ぶ。」

「だってトワイライト・ゾーンってなんのことかも知らないのに!」

⏰:11/04/07 01:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#391 [スピーディ]
トニ―は笑ってエンジンキ―をまわした。

「辞書をひきな!」

そう怒鳴って、トラックをバックさせはじめた。
トラックはタ―ンすると、遊園地へ向けて、がたがたと走っていった。

⏰:11/04/07 01:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#392 [スピーディ]
ユ―タは歩道につっ立ったまま、それを見送っていた。

これほど自分が独りぼっちだと感じたのは、生まれてはじめてだった。

⏰:11/04/07 02:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#393 [スピーディ]
トニ―のトラックが遊園地のア―チをくぐって見えなくなると、ユ―タはホテルに向かって歩きだした。

トワイライト・ゾーンとか、アルハンブラの街とか、むこうの西の海岸とか、まるでさっぱりわからない。

⏰:11/04/07 13:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#394 [スピーディ]
じっさい、夢のような話だが、それでもテリトリーはたしかに存在していた。

いまのところ確かなのはそれだけだった。

⏰:11/04/07 13:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#395 [スピーディ]
テリトリーは現実の世界であり、ユ―タはまたそこへ行かなければならないのだ。

たとえまだわからないことだらけで、何をしにいくのかもはっきりしないとしても、彼は行かなければならない。

⏰:11/04/07 13:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#396 [スピーディ]
その前にまず、母を説得する必要があった。

「トワイライト・ゾーンか」
と、呟いてみる。

⏰:11/04/07 13:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#397 [スピーディ]
ホテルに着き、ぎょっとするほど暗く感じられたロビーを通りエレベーターに乗る。

これからしなければならないのは、独りでカリフォルニアへ行くと、母に話すことだった。

⏰:11/04/07 13:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#398 [スピーディ]
ドアがやっと閉まり、エレベーターは上昇しはじめた。

エレベーターを降りるとき、ユ―タの胸にはじめて、いとこの井上カズヤは自分の父親ナオトがどんな人間なのか、わかっているのだろうか、という疑問がわいてきた。

⏰:11/04/07 13:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#399 [スピーディ]
「ママ」

ユ―タは部屋に入りながら声をかけた。

「なんでドアを閉めとかないの? 無用心―」

室内にはだれもいなかった。

「じゃないの」

その言葉は家具にはねかえっただけだった。

⏰:11/04/07 13:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#400 [スピーディ]
室内をゆっくり一巡する。
寝室のドアは開いていた。
カ―テンを閉めきったままなので、なかはロビーとおなじように暗かった。

⏰:11/04/07 13:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#401 [スピーディ]
「ねえ、そこにいるんでしょう?」

そう言って、だれもいない寝室に入って行くと、バスルームのドアをノックした。

⏰:11/04/07 13:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#402 [スピーディ]
返事はなかった。

ドアを開けると、洗面台の上にヘアブラシが放りだされているのが目についた。

⏰:11/04/07 13:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#403 [スピーディ]
「どこへ行っちゃったんだろう?」

しかし内心では、よくわかっているような気がしていた。

⏰:11/04/07 13:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#404 [スピーディ]
自分の寝室のほうへ行き、ドアを開けた。

乱れたベッド。 ドレッサーの上にまるめられた靴下。 タオルや着替えが乱雑に投げだされている。

⏰:11/04/07 13:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#405 [スピーディ]
そうしているあいだもずっと、ユ―タはある場面を心にえがいていた…。

ナオト叔父さんがドアをとび込んでくると、母の腕をつかんで、階下へ引きずっていく…

⏰:11/04/07 13:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#406 [スピーディ]
ユ―タはリビングへもどって、こんどはソファーのうしろをのぞいた。

…引きずっていって、横のドアから外へ出ると、母を車に押しこみ、そのナオト叔父さんの目が黄色に変って…

⏰:11/04/07 13:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#407 [スピーディ]
すると、玄関から母があらわれた。

手には煙草をもっていた。

「あら、帰ってたの ちょっと煙草切らしたから買いに行ってたの」

⏰:11/04/07 13:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#408 [スピーディ]
なんだよ…もう…

ユ―タはこれまでにないほどの安堵感を覚えた。
「放浪のユ―タ、ずいぶん背が高くなったわよね 時々パパとかぶって見えるわ」

と、母は言った。

⏰:11/04/07 13:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#409 [スピーディ]
「いま、"放浪のユ―タ"って、ぼくのことを言ったね」

ユ―タは椅子を引っぱりだして、腰をおろした。

⏰:11/04/07 13:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#410 [スピーディ]
母はひどく顔色が悪く、目の下のクマはまるで傷痕のように見えた

「パパがそう呼んでなかった? 朝からどこかへ行ったきり帰ってこないから、そっとそのことを思い出したのよ」

⏰:11/04/07 13:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#411 [スピーディ]
「パパがぼくのことを" 放浪のユ―タ"って言ったの?」

「たしかそんな言い方よ。 あなたがまだ小さかったときだけど。 風来ユ―タ」

と、はっきり言いなおした。

⏰:11/04/07 13:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#412 [スピーディ]
「そうだわ。 風来ユ―タって呼んでたのよ ―あなたがハイハイしてたときからね。 なんでか知らないけど。」

ユ―タは椅子の背にもたれかかった。

何から話を切りだしたらいいのか…?

⏰:11/04/07 13:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#413 [スピーディ]
母が怪訝そうにこちらを見たのをきっかけに、彼は切りだした。

「ママ、もしぼくがしばらくいなくなったとしても、ママは大丈夫?」

⏰:11/04/07 13:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#414 [スピーディ]
「大丈夫って、どういう意味?
それに、しばらくいなくなるって、どういうことなの?」

「つまり、その ―ナオト叔父さんがうるさく言ってくるんじゃないかと思って」

⏰:11/04/07 13:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#415 [スピーディ]
「…そのことならなんとかできるわ」

硬ばった笑いをうかべた。
「当分の間は大丈夫よ。 いったいこれはなんの話なの、ユ―タ? あなたはどこにも行かないのよ」

⏰:11/04/07 13:50 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#416 [スピーディ]
「行かなければならないんだ」

と、ユ―タは言った。

「お願い、行かせて」

まるで小さい子が玩具をねだっているみたいな口調になった。

⏰:11/04/07 13:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#417 [スピーディ]
「行かなければならないんだよ」

ユ―タはまた言った。

母の顔には感情の動きがあったが、彼女はなにも言わなかった。

⏰:11/04/07 13:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#418 [スピーディ]
「しばらくの間は逢えなくなるよ」

ユ―タは言った。

「ぼくはママを助けたいんだ。 だから行くんだよ」

⏰:11/04/07 13:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#419 [スピーディ]
「わたしを助けたい?」

母の信じられないような表情の、たぶん7割ぐらいは本物だとユ―タは思った。

⏰:11/04/07 13:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#420 [スピーディ]
「ママの命を助けたいんだよ」

「それだけ?」

「ぼくにはできるんだ」

⏰:11/04/07 13:55 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#421 [スピーディ]
「ママがだめだといっても、ぼくはやるよ。

どうせ同じことだから、いいっていってよ」

「たいへんな掛け引き、なにしろこちらは、あなたがなんの話をしているのか、まるでわからないんだから」

⏰:11/04/07 13:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#422 [スピーディ]
「わかってるでしょう―想像はついてるはずだよ。
ぼくがなんの話をしてるのか、パパだったらよくわかったはずなんだから」
母の頬が赤らんだ。 口をきゅっと結ぶ。

⏰:11/04/07 13:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#423 [スピーディ]
「その手は卑怯だわよ、ユ―タ。 パパならわかっただろうなんてことを口実に持ち出すのは」

「わかっただろう、じゃなくて、パパはほんとうに知ってたんだよ」

⏰:11/04/07 13:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#424 [スピーディ]
「よくいうわね」

ユ―タはくりかえした。
「ママの命を助けたいんだ。 そのために遠くまで行って、ある物を取ってこなけりゃならないんだよ」

⏰:11/04/07 14:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#425 [スピーディ]
「わたしの言うこと聞いてるの?」

母がいまにも怒鳴りだしそうな気配になってくる。

(パパもぼくのことをトニ―と同じ呼び方で風来ユ―タと呼んでたんだ)

と、あらためて考える。

⏰:11/04/07 14:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#426 [スピーディ]
「ユ―タ ―」

「ママ、どきどきパパは、たしかに町にいたはずなのに、なんだか遠いところから帰ってきたみたいな感じがしたことなかった?」

母は眉をつりあげた。

⏰:11/04/07 14:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#427 [スピーディ]
「それとか、パパがいるはずの部屋に入っていってみたら、そこにはいなかった、なんてことは」

「ないわ」

と、彼女は言ったが、なんとなく語調に力がなかった。

「ないと思うわ」

⏰:11/04/07 14:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#428 [スピーディ]
「ぼくだって、そんな経験をしたことあったんだよ」
「そんなとき、パパはちゃんと説明してくれたわよ」

⏰:11/04/07 14:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#429 [スピーディ]
「パパは、ママも知ってるように、なんでも説明するのがうまかった。

だからエ―ジェントの仕事もうまく行ってたんじゃないの」

こんどは母のほうが黙りこんだ。

⏰:11/04/07 14:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#430 [スピーディ]
「パパがどこへ行ってたのか、ぼくは知ってるんだよ」

ユ―タは言った。

「ぼくも行ってきたんだ。 今朝、むこうへ行ったんだよ。

そしてもう1回行けば、ママの命を助けることができるんだよ」

⏰:11/04/07 14:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#431 [スピーディ]
「わたしの命はあなたに助けてもらう必要なんかないわ。

だれにも助けてもらう必要はないわよ」

ユ―タはなにごとか呟いた。

⏰:11/04/07 14:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#432 [スピーディ]
「なんて言ったの?」

「そんなことはないよ、って言ったんだ」

そして、母の目を見返した。

⏰:11/04/07 14:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#433 [スピーディ]
「だったら、どんなふうにわたしの命を助けてくれるのか訊きたいわね」

「答えられないよ。 いまはまだよくわからないんだ。

ママ、ぼくはいまのところ学校に行ってないんだから…だから、いいでしょう?

1週間かそこらだと思うよ」

⏰:11/04/07 14:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#434 [スピーディ]
またも母の眉が上がった。

「もうすこし長いかもしれないけど」

と、ユ―タは認めた。

⏰:11/04/07 14:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#435 [スピーディ]
「あなた、頭がおかしくなってるんだわ、きっと」

そうは言ったものの、そこには彼を信じたいという気持の動きがあらわれていた。

⏰:11/04/07 14:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#436 [スピーディ]
そしてつぎの言葉がそのことを証明した。

「もしも ―もしも、わたしまで頭がおかしくなってあなたを行かせる気になったとしても、危険なことはぜったいにないという保証がなければだめよ」

⏰:11/04/07 14:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#437 [スピーディ]
「パパはいつも帰ってきたじゃないか」

「あなたを危険な目に遭わせるくらいなら、わたしが死んだほうがましだわ」

その言葉には真実がこめられていた。

⏰:11/04/07 14:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#438 [スピーディ]
「できるだけ連絡するよ。
でも、しばらく連絡がなくても心配しないで。

パパと同じようにかならず帰ってくるんだから」

「まるで正気じゃないわね」

と、母は言った。

⏰:11/04/07 14:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#439 [スピーディ]
「このわたしも含めてね。
そこへいったいどうやって行くの?

それはどこにあるの?

あなた、お金は充分持ってるの?」

「必要なものは何でも持ってるよ」

⏰:11/04/07 14:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#440 [スピーディ]
「ほとんど歩いて行くことになると思うんだ。

いまはまだあまり話せないんだよ、ママ」

「風来ユ―タ」

と、母は言った。

⏰:11/04/07 14:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#441 [スピーディ]
「なんだかわたしまでが本気みたいにさせられて…」

「そうだよ、それでいいんだ」

ユ―タはうなずいた。

⏰:11/04/07 14:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#442 [スピーディ]
(きっとむこうの女王が知ってることが、いきらかママにも伝わるんだ。

だからこんなに簡単に、承知する気持になれたんだよ)

「ぼくだってそうなんだよ。
それでいいんだ」

⏰:11/04/07 14:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#443 [スピーディ]
「だって…わたしが何を言っても、あなたは行くというんだから…」

「そうだよ」

「…だったら、何を言ってもしかたがないわね」

⏰:11/04/07 14:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#444 [スピーディ]
母はきっとユ―タの顔を見据えた。

「でも、できるだけ早く帰ってきてね。

いますぐ出かけるわけじゃないんでしょう?」

⏰:11/04/07 14:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#445 [スピーディ]
「いや」

ユ―タは深く息を吸いこんだ。

「いますぐ行くんだよ。 できるかぎり早く」

⏰:11/04/07 14:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#446 [スピーディ]
「しかたがないわね、あなたは 海堂ジュンノスケの息子なんだから。

べつに女の子ができたわけじゃないわね…?」

と、つくづくユ―タの顔を見て、

⏰:11/04/07 14:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#447 [スピーディ]
「女の子じゃないわ。 そうよね。

わたしの命を救ってくれるのよね。

じゃあ行きなさい」

かぶりを振った。

その目にキラリと光るものがあった。

⏰:11/04/07 14:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#448 [スピーディ]
「行くのなら、行っていいわ。

明日、連絡ちょうだい」

「できたらね」

ユ―タは立ちあがった。

⏰:11/04/07 14:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#449 [スピーディ]
「できたら。

そう、もちろんだわ。ごめんなさいね」

母は目を伏せたが、その目は焦点がさだまらず、何も見ていなかった。

⏰:11/04/07 14:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#450 [スピーディ]
ユ―タは母の肩をそっと抱き寄せた。

母のほうはそれにたいして、できるだけ明るい表情をつくってみせた。

⏰:11/04/07 14:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#451 [スピーディ]
そっと離れ、母の目がユ―タの顔にもどって焦点を結んだ。

「気をつけてね」

「だいすきだよ」

「そんなセリフはなしよ」
ちょっと顔をほころばせた。

⏰:11/04/07 14:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#452 [スピーディ]
「行きなさい、ユ―タ、わたしの気が変わらないうちに」

「それじゃ」

くるりと背を向け、玄関の取っ手に手をかけた。
頭をきゅっと締め付けられているような気がした。

⏰:11/04/07 14:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#453 [スピーディ]
ユ―タはふと荷物を忘れるところだと思いだし、自分の部屋に戻りナップサックを肩にかけた。

「忘れもの?」

リビングから母のあきれた笑い声が聞こえた。

「うん」

ユ―タはそう言いながら、メモ用紙に、ホテル備えつけのエンピツで、母に言いたい言葉を3つ書きつけた。

⏰:11/04/07 14:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#454 [スピーディ]
<Font Color=Pink>ありがとう 愛してるよ かならず帰るからね </Font>

⏰:11/04/07 14:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#455 [スピーディ]
ユ―タはウォーク通りを歩いて行きながら、どこで "フリップ(跳躍)" したらいいのだろうかと考えていた。

"フリップ(跳躍)" という言葉がぴったりだという気がした。

⏰:11/04/07 14:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#456 [スピーディ]
いずれにしろテリトリーにフリップする前に、もういちどトニ―に会いたいと思った。

もういっぺんトニ―と話してみなければ、いったいどこへ行って、だれと会って、何を探すのか、まるで漠然としすぎているのだ。

⏰:11/04/07 14:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#457 [スピーディ]
『…水晶体のようなもの』

と、トニ―は言ったが、トワイライト・ゾーンについてのヒントはたったそれだけなのだろうか。

⏰:11/04/07 15:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#458 [スピーディ]
ゾーンというくらいだから何か空間のようなものだと思ったが、どうやら物のようだった。

それと 『取り落としたらオジャンだ』

ということも言っていたが。

⏰:11/04/07 15:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#459 [スピーディ]
あまりにわからないことだらけで、ユ―タは不安でしかたがない心境だった。

それと同時に、この場ですぐにでも 魔法のジュースでフリップできるのだと思うと、やりたくてしかたがなかった。

⏰:11/04/07 15:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#460 [スピーディ]
もういちどあのテリトリーを見たい、というやむにやまれぬ憧れのようなものが衝きあげてくる。

あの澄んだ空気をもういちど呼吸したい、と思った。

⏰:11/04/07 15:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#461 [スピーディ]
そしてポケットから壜を取りだし、おぞましい魔法のジュースを飲みそうになったとき、すぐそばの木の根方に、トニ―が座っているのに気がついた。

その横には、茶色の紙袋が置いてあり、紙袋の上にレバーソ―セ―ジとサンドイッチがのっていた。

⏰:11/04/07 15:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#462 [スピーディ]
「いよいよ行くんだな」

トニ―はユ―タを見上げて、にっこりした。

「支度もできてるようだな。 お別れはいってきたかい?

おまえさんが当分帰ってこないことを、お袋さんは知ってるんだな?」

⏰:11/04/07 15:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#463 [スピーディ]
ユ―タがうなずくと、トニ―はサンドイッチを差し出した。

「お腹はすいてないかい? わしには多すぎるんでね」

なにも食べずに出てきたユ―タはありがたくほおばった。

⏰:11/04/07 15:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#464 [スピーディ]
「あなたに会って、さよならをいいたかったんです」

「ユ―タが出かける、旅に出る」

トニ―は長い顔を傾けて、歌うように言った。

⏰:11/04/07 15:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#465 [スピーディ]
「さあ、少年の旅立ちだ」

「トニ―?」

「おまえさんに渡すものを持ってきたんだよ。

この紙袋に入ってるけど、見てみるかい?」

「トニ―?」

⏰:11/04/07 15:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#466 [スピーディ]
トニ―はユ―タを見あげた。

「父がぼくのことを "風来ユ―タ" と呼んでいたことを、知ったんですか?」

⏰:11/04/07 15:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#467 [スピーディ]
「たぶん、どこかで聞いたかな」

トニ―はニヤリとした。
「さあ、わしが持ってきたものを見てみな。

それから、まずどこへ行ったらいいのか、それも話しておかんとな」

⏰:11/04/07 15:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#468 [スピーディ]
ユ―タはほっとして、トニ―が座っている木のそばへ近寄っていった。

老黒人は、紙袋をそばに引き寄せた。

「そら、クリスマスのプレゼントだ」

⏰:11/04/07 15:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#469 [スピーディ]
そう言って、なかから古くて擦りきれたペーパーバックの本を取りだした。

それは昔の道路地図だった。

「ありがとう」

ユ―タはトニ―の手から本かを受けとった。

⏰:11/04/07 15:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#470 [スピーディ]
「むこうには地図というやつがないからな。 こいつでできるかぎり確かめながら行くといい」

「オ―ケイ」

ユ―タはナップサックを肩からおろして、大判のペーパーバック本をつっこんだ。

⏰:11/04/07 15:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#471 [スピーディ]
「それからこいつは、この荷物袋んなかに入れちゃいかんぜ」

せう言うと、作業シャツの左ポケットに指をつっこんで、三角形の白い物をつまみだした。

⏰:11/04/07 16:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#472 [スピーディ]
「こいつはポケットに入れとくんだ」

ユ―タは差しだされた物がギター・ピックだということに、気づいた。

⏰:11/04/07 16:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#473 [スピーディ]
「こいつを大事にしろよ。 こいつをある男に見せれば、そいつがおまえさんを助けてくれる」

ユ―タはギター・ピックを指でつまんで引っくり返してみた。

こんなギター・ピックを見たのははじめてだった。

⏰:11/04/07 16:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#474 [スピーディ]
それは象牙で作られていて、精巧な模様が彫り込まれ、そのまわりには地球上のものではないような不思議な文字が刻まれている。

通常のギター・ピックにしては重すぎるようだった。

⏰:11/04/07 16:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#475 [スピーディ]
「その男って?」

ユ―タはそれをズボンのポケットにしまいながら訊いた。

「顔に大きな傷がある―」

⏰:11/04/07 16:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#476 [スピーディ]
テリトリーに行ったらすぐに会えるさ。

そいつは親衛隊の隊長で、おまえさんが会わなければならん女の人のところへ連れてってくれる」

⏰:11/04/07 16:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#477 [スピーディ]
「その女の人に会えば、おまえさんがこれをやらなければならん理由もわかるはずだ。

むこうのわしの友だちは、おまえさんが何をしようとしているのか、すぐに察して、その女の人に会えるように手筈してくれるのさ」

⏰:11/04/07 16:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#478 [スピーディ]
「その女の人が…」

「そう」

と、トニ―。

「もうわかってるだろ」

「女王なんですね」

⏰:11/04/07 16:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#479 [スピーディ]
「その人をよく見るんだぞ、ユ―タ。 彼女をしっかりと見るんだ、わかったか?」

それから最後に、

「トワイライト・ゾーンを取ってくるんだぞ」

と、言った。

⏰:11/04/07 16:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#480 [スピーディ]
「大切にして運んでくるんだ。 生易しい仕事じゃないけど、やり遂げなくちゃならん」

ユ―タはトニ―のシワだらけの顔に見入りながら、彼が言ったことを懸命に反芻していた。

⏰:11/04/07 16:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#481 [スピーディ]
顔に傷がある男。 親衛隊の隊長。 女王。 生易しい仕事じゃない。

「わかりました」

そう言ったものの、ユ―タは急に母のそばへ逃げて帰りたくなった。

⏰:11/04/07 16:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#482 [スピーディ]
トニ―が温か味のある微笑をうかべた。

「ようし。 風ユ―タの用意ができた。

さあて、あのスペシャルジュースを飲む時がきたようだぜ」

「そうですね」

⏰:11/04/07 16:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#483 [スピーディ]
ユ―タは尻のポケットからダ―クグリーンの壜を出して、キャップを取った。

じっとこちらを見ているトニ―の色の薄い目を見返した。

⏰:11/04/07 16:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#484 [スピーディ]
「できるときにはトニ―が助けに行くからな」

ユ―タはうなずくと、目をつむって、壜を口にもっていった。

⏰:11/04/07 16:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#485 [スピーディ]
甘ったるい腐ったような匂いが鼻をついて、ほとんど反射的に喉が閉塞してしまいそうになった。

壜の尻をぐいと持ちあげる。

⏰:11/04/07 16:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#486 [スピーディ]
腐臭が口の中に流れこんでくる。

胃がきゅっと引きつった。

思いきって、ぐっと呑みこんだ。

焼けつくような感覚が喉を降っていった。

⏰:11/04/07 23:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#487 [スピーディ]
ユ―タはまだ目を開けないうちに、あたりに漂う豊潤で強烈な匂いを感じて、すでにテリトリーにフリップしたことを知った。

それは、馬や、草や、生肉の匂いであり、澄んだ大気そのものの匂いだった。

⏰:11/04/07 23:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#488 [スピーディ]
第2部 試煉の道

⏰:11/04/07 23:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#489 [スピーディ]
ユ―タのすぐ目の前の草の葉は、丈が高く、硬そうで、サ―ベルのようだった。

風を切りはしても、なびきはしない。

⏰:11/04/07 23:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#490 [スピーディ]
ユ―タはうめきながら頭を上げた。

胃には液体がよどんでいるような不快感があり、額と目がひりひりした。

⏰:11/04/07 23:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#491 [スピーディ]
どうにか膝をつき、やっとの思いで立ち上がる。

荷馬車が一台、ガラガラと音を立てながら、ほこりっぽい道をこちらに向ってやってきた。

⏰:11/04/07 23:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#492 [スピーディ]
その御者がじろじろと彼のほうを見ている。

顎ひげを生やし、体形も大きな男だった。

ユ―タはかるく会釈しながら、相手をできるだけよく観察しようとした。

⏰:11/04/07 23:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#493 [スピーディ]
まっすぐ体を伸ばすと、もう気分は悪くなかった。

それどころか、東京を離れて以来、こんなにいい気分になったのははじめてだった。

⏰:11/04/07 23:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#494 [スピーディ]
心も不思議なくらい体と調和して、バランスがとれている感じがした。

テリトリーの暖かいそよ風が、やさしく頬をなでる。

⏰:11/04/07 23:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#495 [スピーディ]
ユ―タは両手で顔をおおって、初めて目にするテリトリーの住人を指の間からのぞいて見た。

御者が話しかけてきたら、なんと答えればよいのだろう。

⏰:11/04/07 23:39 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#496 [スピーディ]
御者はユ―タから目を離し、馬に鞭をいれ、ユ―タの目の前を通りすぎていった。

荷台には生の肉塊やチ―ズの山が積まれていた。
それらが混じった強烈な臭気がユ―タの鼻を襲った。

⏰:11/04/07 23:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#497 [スピーディ]
そして、荷馬車が通り過ぎていった道のまんなかに立って、ユ―タは荷馬車が坂を登ってゆくのを見送った。

それからそのあとを追って、北へと歩きだした。

⏰:11/04/07 23:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#498 [スピーディ]
坂道を途中まで行ったころ、大きなテントのてっぺんがそびえているのが見えてきた。

あれがめざす場所なのだろう、と思った。

⏰:11/04/07 23:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#499 [スピーディ]
この前の時に足を止めたクロイチゴの茂みを通すぎた。

さらに先へ進むと、テントの全体が見えてきた。

⏰:11/04/07 23:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#500 [スピーディ]
それは四方に広がった、まさに巨大な天幕で、左右に長い翼が伸び、門と中庭まであった。

まるでちょっとした小さな宮殿だと思った。

⏰:11/04/07 23:55 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#501 [スピーディ]
その巨大な天幕の宮殿のあたりを行き来する人びとは、なかには金持らし、きらびやかな服装をしている者もいるが、多くはユ―タと似たり寄ったりの身なりだった。

⏰:11/04/08 00:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#502 [スピーディ]
門の外には、ずっと小さなテントがいくつも集まっていて、見るからに即製という感じの木材の小屋も見える。

こちらのほうでは、人びとがもっと気楽そうに、食べたり買い物をしたりお喋りをしたりしている。

⏰:11/04/08 00:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#503 [スピーディ]
あのせわしなく動きまわる人群れの中に、顔に傷のある男がいるのにちがいない。

村はお祭り会場になっていた。

⏰:11/04/08 00:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#504 [スピーディ]
このお祭り会場のどこかに、トニ―・パーカ―がいて、革ひもや馬具に異常がないか、点検しているのだろうか。

そうだといいな、とユ―タは思った。

⏰:11/04/08 00:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#505 [スピーディ]
大天幕周辺にいる人びとが、すぐに自分たちとの違いに気づいてこちらをじろじろ見るのではないか、とユ―タは心配した。

しかし宮殿の前にいる大人たちは一人としてユ―タに注意もしてないことが、しだいにわかってきた。

⏰:11/04/08 00:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#506 [スピーディ]
あるものはせかせか、あるものはぶらぶら歩き回り、小さなテントの店先に並べられた、敷物や壺や腕輪などを吟味したり、

木製のカップで飲物をのんだり、門の前に立っている番兵と議論したり、という具合。

⏰:11/04/08 00:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#507 [スピーディ]
みんながそれぞれ自分のことだけに気をとられていた。

ユ―タのお芝居など、てんから不必要だったのだ。

⏰:11/04/08 00:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#508 [スピーディ]
彼はしゃんと身を立てなおすと、ぐるりと迂回して、門のほうへ進んでいった。

だがすぐに、そう簡単にはなかに入れそうにないことがわかった。

⏰:11/04/08 00:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#509 [スピーディ]
番兵が宮殿に入ろうとする人びとを呼び止めては、なにやら問い質しているのだ。

呼び止められたほうは身分証明書を見せるか、出入り許可証のバッジなりを見せなければならないらしい。

⏰:11/04/08 00:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#510 [スピーディ]
傷痕のある隊長を見つけないかぎり、宮殿内には入れそうにない。

すると、番兵のもとは微妙にちがう軍服を着た、背の高い男が、姿をあらわした。

⏰:11/04/08 00:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#511 [スピーディ]
この男の軍服にはひだえりが付いていない。

また帽子も三角帽ではなかった。

どうやら将校か何からしい。

⏰:11/04/08 00:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#512 [スピーディ]
将校らしい男が番兵になにごとか言っている。

そのとき、彼の右目の下から顎の線のすぐ上にかけて、長く青い稲妻のような傷痕が、ジグザグに走っているのを、ユ―タは見た。

⏰:11/04/08 00:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#513 [スピーディ]
将校らしい男は番兵たちにうなずくと、きびきびした足取りで遠ざかっていった。

右も左も見ず、群衆の間を縫うようにして進んでいく。

⏰:11/04/08 00:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#514 [スピーディ]
ユ―タはそのあとを追って走り出した。

「あの…」

と声を掛けてみたが、相手はゆっくり動く人の波を縫ってずんずん先へ歩いてく。

ユ―タはようやく手を伸ばして彼のひじに触れた。

⏰:11/04/08 00:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#515 [スピーディ]
「隊長さん」

隊長がいきなりこちらに向き直ったので、ユ―タは思わずその場に凍りついたようになった。

⏰:11/04/08 00:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#516 [スピーディ]
近くで見ると、傷痕は太く切れ切れになっていて、たとえ傷がなかったとしてめ、その顔はおそろしく短気そうに見えただろう。

「なんだ?」

と、隊長は訊いた。

⏰:11/04/08 00:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#517 [スピーディ]
「隊長さん、ぼくはあなたに会わなければならないことになっていたんです
―女の人に会うんだけど、宮殿には入れそうにもないから。

ああそうだ、これを見てください」

⏰:11/04/08 00:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#518 [スピーディ]
ズボンのポケットに手を突っ込んで、三角形の物をひっぱり出した。

掌をひらいてみて、あまりのショックに茫然となった。

⏰:11/04/08 00:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#519 [スピーディ]
手に持っていたのは、ギター・ピックではなく、長い歯だったのだ。

たぶんサメの歯か何かで、そこに金筋の複雑な模様がきざまれている。

⏰:11/04/08 00:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#520 [スピーディ]
トニ―からもらったギター・ピックは、こちらの世界では姿形が変わっていた。

⏰:11/04/08 06:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#521 [スピーディ]
ぶん殴られることを予想して、隊長の顔を見上げ、そこにも同じようなショックの色が浮かんでいるのを、ユ―タら見た。

これまでの短気そうな苛立ちの表情がすっかり影をひそめている。

⏰:11/04/08 21:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#522 [スピーディ]
一瞬、不安と恐怖に近い色が、たくましい顔をゆがめさせた。

隊長が手を出してユ―タの手に触れた。

⏰:11/04/08 21:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#523 [スピーディ]
少年は彼が装飾のあるその歯を取ろうとしたのだと思った。

そうなら渡すつもりだったが、隊長は掌の上の歯を隠すように、指を折り曲げさせただけだった。

⏰:11/04/08 21:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#524 [スピーディ]
「ついてきなさい」

と、彼は言った。

二人は巨大な天幕の横手へ回っていった。

⏰:11/04/08 21:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#525 [スピーディ]
そして、大きな帆の形をした、青白い色の硬い布地の垂れ幕の裏側へ入っていった。

「その品をどこで手に入れたんだ?」

と、彼は落ち着きはらった声で訊いた。

⏰:11/04/08 21:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#526 [スピーディ]
「トニ―・パ―カ―から渡されたんです。

あなたを見つけて、これを見せるようにと言って」

相手はかぶりを振った。

⏰:11/04/08 21:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#527 [スピーディ]
「私の知らない名前だ。

その品をこっちによこしなさい。さあ」

そしてユ―タの手首をぎゅっとつかんだ。

⏰:11/04/08 21:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#528 [スピーディ]
「よこすんだ。 そしてどこで盗んだのか言え」

「本当です」

ユ―タは言った。

「トニ―・パ―カ―にもらったんです。

でも彼から渡されたときは、歯じゃなかった。

ギター・ピックでした」

⏰:11/04/08 21:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#529 [スピーディ]
「私に逆らったら、どういう目に遭うか、わかっていないようだな」

「あなたは彼を知ってるはずだ」

ユ―タは必死だった。

⏰:11/04/09 00:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#530 [スピーディ]
「彼があなたのことを話してくれたんだ、親衛隊の隊長だって。

トニ―があなたを探すように言ったんですよ」


隊長は、ユ―タの手首をつかんだ手にいっそう力を入れた。

⏰:11/04/09 00:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#531 [スピーディ]
「それはどんな男か話してみろ。

それでおまえが嘘をついているかどうかはっきりする。

私がおまえなら、いまのうちに正直にいうがね」

⏰:11/04/09 00:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#532 [スピーディ]
「トニ―は老人です。 昔はミュージシャンだったんです」

隊長の目に、なにか思い当たることがあるらしい。

⏰:11/04/09 00:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#533 [スピーディ]
「彼は黒人なんです。

髪は白く、顔に深いしわがあって、それにすごく痩せているけど、見かけよりはずっと強いんです」

「黒人? 」

⏰:11/04/09 00:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#534 [スピーディ]
「パ―カ―という黒人か」

隊長はユ―タの手首をそっと放した。

「ここではパ―カスと呼ばれている。

するとおまえはあっちから…」

⏰:11/04/09 00:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#535 [スピーディ]
「そうです」

「それではパ―カス…いや、パ―カ―…が、おまえを女王に会わせるためによこしたのだな」


「ぼくにその女の人に会えといいました。 あなたが合わせてくれるだろうって」

⏰:11/04/09 00:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#536 [スピーディ]
「急がなければ」

と、隊長は言った。

「なんとかできると思うが、時間を無駄にするわけにはいかんのだ」

軍人らしく、頭の切り替えも迅速だった。

⏰:11/04/09 00:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#537 [スピーディ]
「いいか、よく聞け。 ここには敵が大勢いる。

だからおまえは出来の悪い私の息子だということにする。

私の言い付けに従わなかったので、そのことで私がおまえに腹を立てているというわけだ。」

⏰:11/04/09 00:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#538 [スピーディ]
「うまくやれば、だれにも見咎められなくてすむだろう。

少なくともおまえを中に入れてやることはできる。

しかし、中に入ったら、もうちょっと芸当が必要になるかもしれん。

できるか? いかにも私の息子らしく振舞うんだぞ」

⏰:11/04/09 00:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#539 [スピーディ]
「ぼくの母は女優です」

ユ―タは誇りをもって言った。

「そうか、なら行くぞ」

と言うなり、垂れ幕の外に出ていき、なかば引きずられる格好でユ―タがそのあとに続いた。

⏰:11/04/09 00:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#540 [スピーディ]
「台所の裏の敷石を洗えと言ったら、言われたとおりにしろ」

隊長がユ―タのほうは見ないで怒鳴った。

⏰:11/04/09 00:19 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#541 [スピーディ]
「わかったか? 自分の仕事をちゃんとやれ。

やらなければお仕置きだぞ」

「だけど、何枚か洗ったよ…」

と、ユ―タも負けじと演技をする。

⏰:11/04/09 00:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#542 [スピーディ]
「何枚か、と言ったんじゃないぞ!」

隊長は後ろ手にユ―タを引きずりながら、さらに怒鳴った。

あたりの人びとは左右に道をあけた。

⏰:11/04/09 00:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#543 [スピーディ]
隊長は番兵のほうはちらりとも見ずに、ユ―タを門のほうへ引っ張っていき、中へ引きずり込んだ。

「やめてよ、父さん!」

と、ユ―タがわめく。

⏰:11/04/09 00:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#544 [スピーディ]
「痛いよ!」

「この程度で痛いとは、なんだ!」

隊長は広い中庭を、ぐいぐい引っぱりながら横切ってゆく。

⏰:11/04/09 00:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#545 [スピーディ]
中庭の反対端まで来ると、木の階段を登って、宮殿の中へと入った。

「ここからが演技の見せどころだぞ」

そうささやくなり、ユ―タの腕をあざが残るくらいきつくつかんで、長い廊下を進みだした。

⏰:11/04/09 00:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#546 [スピーディ]
「いい子になるって約束するよ!」

と、ユ―タが叫ぶ。

宮殿の内部は、とてもテントの内部とは思えないほどだった。

⏰:11/04/09 00:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#547 [スピーディ]
通路や小部屋が迷路のように入り組んでいて、煙と獣脂のにおいが充ちている。

「約束しろ!」

隊長がどなりつけた。

「約束する! するったら!」

⏰:11/04/09 00:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#548 [スピーディ]
「おまえの体から悪い虫をたたき出してやる」

と、隊長が大声で言った。

2、3人が笑い声をたてた。

⏰:11/04/09 00:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#549 [スピーディ]
かれらは柔らかそうなつば広の帽子をかぶり、長靴を履いていた。

欲深そうで、見るからに頭がからっぽという顔つきをしている。

⏰:11/04/09 00:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#550 [スピーディ]
かれらは、急いで通りすぎようとする少年と隊長の姿を、食い入るようにみつめていた。

「やめて!」

ユ―タが泣きわめく。

「お願い!」

⏰:11/04/09 00:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#551 [スピーディ]
「お願いと言うたびに、むちの回数がふえるぞ」

隊長がどなると、男たちがまた笑った。

⏰:11/04/09 00:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#552 [スピーディ]
隊長はほこりをかぶった木造家具が置いてある無人の部屋に、少年を引き入れた。

そこでやっと、ユ―タの腕を放した。

⏰:11/04/09 00:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#553 [スピーディ]
「あいつらは 奴の部下だ」
とささやく。

「あいつらには柔和さのかけらもない。

ただ奪い取ることしか知らない。

あいつらが欲しているのは富と、それに―」

⏰:11/04/09 00:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#554 [スピーディ]
その先を言う気がしないのか、それとも言えないのか、目をつり上げて宙を睨んだ。

それからまた、少年に目をもどす。

⏰:11/04/09 00:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#555 [スピーディ]
「ゆっくり説明しているひまはないが、宮殿内には奴の部下たちがまだ気づいていない秘密が2、3あるんだ」

そう言って、色あせた板壁のほうに顎をしゃくって見せた。

⏰:11/04/09 00:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#556 [スピーディ]
隊長が、ほこりっぽい板の端にむき出しのままになっている茶色い鋲の頭のうちの2つを押したとき、ユ―タには彼の言った意味がわかった。

壁が内側に動き、せいぜい棺桶を立てたていどの高さの、狭く暗い通路が現れたのだ。

⏰:11/04/09 00:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#557 [スピーディ]
「女王のお姿はちらりとしか見ることができないだろうが、それでも充分だろう。

どっちみちそれが精いっぱいだ」

⏰:11/04/09 00:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#558 [スピーディ]
ユ―タは無言で促されて、通路内に足を踏み入れた。

「よしと言うまでまっすぐ進め」

隊長はささやいた。

⏰:11/04/09 00:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#559 [スピーディ]
通路は右へ左へ曲りくねり、ところどころで、隠し扉のすきまとか、頭上につけられている窓から漏れる、かすかな光に照らされていた。

「よし」

隊長が言った。

⏰:11/04/09 00:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#560 [スピーディ]
「ここでおまえを抱き上げてやる。

腕を上げろ」

「ほんとに見えるんですか?」

「やってみるばわかる」

⏰:11/04/09 01:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#561 [スピーディ]
隊長は、手をユ―タの両わきの下にさし入れて、彼の体を床から持ち上げた。

「目の前に羽目板があるだろう。

それを左に動かしてみろ」

⏰:11/04/09 01:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#562 [スピーディ]
暗闇で前方へ手を伸ばすと、板はたやすく横にすべり、さっと光が通路内にさし込んできた。

ユ―タの目はホテルのロビーくらいの広さの部屋を見おろしていた。

⏰:11/04/09 01:04 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#563 [スピーディ]
白衣の女が大勢いて、家具にはやたらと装飾が施されていた。

部屋の中央には、おそろしく大きなベッドがあった。

⏰:11/04/09 01:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#564 [スピーディ]
その上に、眠っているのか意識不明なのか、1人の女が頭と肩だけを出して横たわっていた。

ユ―タは驚愕とショックであやうく叫びそうになった。

⏰:11/04/09 01:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#565 [スピーディ]
ベッドに寝ているのは彼の母だったのだ。

まちがいなく母だ。

それも死にかけている…。

⏰:11/04/09 01:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#566 [スピーディ]
「見えたか」

隊長がささやき、ユ―タを支えている腕にさらに力を入れた。

⏰:11/04/09 01:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#567 [スピーディ]
ユ―タは茫然として母をみつめていた。

彼女が死にかけていることは、一見してわかった。

⏰:11/04/09 01:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#568 [スピーディ]
看護にあたっている女たちは、シ―ツのしわをのばしたり、卓上の書物をそろえ直したりして動きまわっているが、

そのじつ病人を助ける方法の見当がつかなくて、ただ忙しげにふるまっているにすぎない。

⏰:11/04/09 01:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#569 [スピーディ]
死をせめて1週間でも、先に延ばすことができれば、それで精いっぱい、と思っているようだった。

少ししてユ―タは、ベッドに寝ている女が、どこか母とは違っていることに気づいた。

⏰:11/04/09 01:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#570 [スピーディ]
母よりは顎の形がいくらか丸みを帯び、鼻の形もわずかに古典的な感じがする。

死にかけているあの女は、母のツイナ―(分身者)、ローラ・デラシアンにちがいない。

⏰:11/04/09 01:17 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#571 [スピーディ]
「もういいです」

小声でささやいて、羽目板をもとにもどすと、隊長は下におろしてくれた。

⏰:11/04/09 13:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#572 [スピーディ]
暗闇でユ―タは訊いてみた。

「どこがお悪いんですか?」

「だれにもわからんのだ」

⏰:11/04/09 15:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#573 [スピーディ]
「女王は見ることも、しゃべることも、動くことすらできない…」

一瞬の沈黙があってから、隊長がユ―タの手を取った。

「もうもどらなければ」

⏰:11/04/09 15:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#574 [スピーディ]
二人は闇を抜けて、ほこりっぽい無人の部屋に出た。

隊長はじっと、ユ―タを見た。

「さて、こんどは私の質問に答えてもらおうか」

⏰:11/04/09 15:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#575 [スピーディ]
「はい」

「おまえはあのお方を救うためによこされたのか?

女王を救うために?」

ユ―タはうなずいた。

⏰:11/04/09 15:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#576 [スピーディ]
「たぶん―それも目的のひとつだと思います。

ひとつだけ教えてください」

ちょっと言い淀んだ。

⏰:11/04/09 15:10 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#577 [スピーディ]
「あの連中は、どうしてここを乗っ取ってしまわないんですか?

だって、攻め込まれても、女王にはあの連中を押しとどめる力はないでしょう」

⏰:11/04/09 15:11 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#578 [スピーディ]
隊長は微笑した。

ユ―モアのかけらもない、凄みのある笑いだった。

「私がいるからだ」

と言う。

⏰:11/04/09 15:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#579 [スピーディ]
「私の部下が、連中を押しとどめる。

ここではわれわれが女王を守っている」

両の拳をきつく合わせている。

⏰:11/04/09 15:13 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#580 [スピーディ]
「それで、おまえの行き先、おまえの受けた命令は、いったい…

あ、そうか、西へ行くこと、そうだな?」

「そうです」

と、ユ―タは答えた。

⏰:11/04/09 15:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#581 [スピーディ]
「西へ行くこと。 そうじゃないんですか?

間違いなんですか? ぼくはアルハンブラという街に行くのじゃないんですか?」

⏰:11/04/09 15:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#582 [スピーディ]
「私にはなんとも言えん」

隊長は一歩後退った。

「とにかくおまえは、今すぐここから出なければ。
おまえが何をすべきか、私の口から言うわけにはいかんのだ」

⏰:11/04/09 15:18 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#583 [スピーディ]
彼はユ―タの顔から目をそらしていた。

「これ以上ぐずぐずしてはいかん― ナオトがやって来る前に、おまえをここから出してやらなくては」

⏰:11/04/09 15:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#584 [スピーディ]
「ナオト?」

ユ―タは聞き違いかと思った。

「井上ナオト? 彼がここに来るんですか?」

⏰:11/04/09 15:20 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#585 [スピーディ]
「それはどんな人ですか?」
彼は急きこんで訪ねた。

「ナオトが?」

隊長は聞き返した。

⏰:11/04/09 15:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#586 [スピーディ]
「ふとっていますか?

ずんぐりふとって、禿げかけて?」

「いいや」

と隊長は答えた。

⏰:11/04/09 15:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#587 [スピーディ]
「ナオト卿は長身だ。

髪は長くのばしている、それに片方の足が悪い。

かかとを高くした長靴をはいているが―」

肩をすぼめた。

⏰:11/04/09 15:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#588 [スピーディ]
「でも、あなたは一瞬わかったような目をしましたよ!

きっとあなたは―」

「し―っ! 大きな声を出すんじゃない!」

⏰:11/04/09 15:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#589 [スピーディ]
ユ―タは声を落とした。

「彼を知ってるんでしょう」

と言ってはじめて、ユ―タは事の重大さを悟って、急に恐ろしくなった…

⏰:11/04/09 15:30 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#590 [スピーディ]
まだこの世界のことはよくわからないながらも、何かがわかりかけてきた。

(ナオト叔父さんがここにくる!)

⏰:11/04/09 15:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#591 [スピーディ]
「さあ、早くここから出るんだ」

隊長の手がまたユ―タの上腕をぎゅっと掴んだ。

ユ―タは痛さにひるんだが、我慢した。

⏰:11/04/09 15:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#592 [スピーディ]
(パ―カ―がこっちではパ―カスなのに、ナオト叔父さんは…そうするとやっぱり!)

「ちょっと待って」

と、彼は言った。

⏰:11/04/09 15:34 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#593 [スピーディ]
別の疑問がわいてきたのだ。

「あの方には男の子がいましたか?」

「女王のことか?」

「ええ」

⏰:11/04/09 15:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#594 [スピーディ]
「1人いた」

隊長がしぶしぶ答える。

「その子のことを話してください!」

「話すことなど何もない」
隊長は答える。

⏰:11/04/09 15:42 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#595 [スピーディ]
「子供は赤児のときに死んだ。

生後6週間たらずでだ。

ナオト卿の部下 ―たぶんオズモンドだろう―

が赤児を窒息死させたのだという噂があった。

それで…おい、どうした?」

⏰:11/04/09 15:45 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#596 [スピーディ]
ユ―タはあたりがすべて灰色一色になったような気がした。

めまいがして、隊長に支えられた。

⏰:11/04/09 15:46 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#597 [スピーディ]
ユ―タは赤ん坊のとき、死にかけたことがあったのだ。

母が話してくれたのだが、ユ―タは赤ん坊のとき、ベビーベッドで、見るからに生気を失って動かなくなっているのを発見されたことがあったという。

⏰:11/04/09 15:47 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#598 [スピーディ]
母はユ―タを抱き上げると、泣き叫びながら居間に駆け込んでいった。

居間では父とナオト叔父さんが床に座り込み、ワインの酔いでいいご機嫌で、テレビの野球の試合を観ていた。

⏰:11/04/16 11:23 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#599 [スピーディ]
その数分前のこと…

ワインをたくさん飲むと、トイレが近くなる。

居間からトイレに行くには、赤ん坊の寝ている部屋を通り抜けることになるのだ。

⏰:11/04/16 11:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#600 [スピーディ]
いま、ユ―タにはその光景が見えている。

ナオト叔父さんが、笑顔を見せて、『ちょっと失礼するよ』とか何とか言いながら立ち上がる。

⏰:11/04/16 11:27 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#601 [スピーディ]
テレビの画面では、ちょうど終盤にさしかかったところで、父はろくにナオト叔父さんのほうを見もしない。

ナオト叔父さんはテレビが光を投げかけている居間を出て、ほの暗い子供部屋に入ってゆく。

⏰:11/04/16 11:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#602 [スピーディ]
赤ん坊のユ―タは、くまのプ―さんの絵がついた足まで包むパジャマを着て眠っている。

乾いたおむつにくるまって、ぬくぬくと安らいでいる小さなユ―タ。

⏰:11/04/16 11:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#603 [スピーディ]
ナオト叔父さんが、禿げあがった額にはしごのようなシワを寄せ、明るい居間のほうにちらりと密かな視線を投げる。

そしてそばの椅子からクッションを取り、それを眠っている赤ん坊の顔の上にそっと、おおうように乗せる。

⏰:11/04/16 11:33 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#604 [スピーディ]
それを片手で押え、もう一方の手は赤ん坊の背中にぴったり当てる。

そして赤ん坊のもがきがやむとクッションを椅子にもどして、トイレへ用を足しにゆく。

⏰:11/04/16 11:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#605 [スピーディ]
もしも母が、その直後に赤ん坊の様子を見にこなかったら……

ユ―タは体じゅうに冷や汗が吹き出てくるのを感じた。

⏰:11/04/16 11:36 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#606 [スピーディ]
それが真相だったのだろうか?

そうかもしれない。

彼の心の声が、そうだったのだと告げていた。
話があまりにもぴたりと一致しているのだ。

⏰:11/04/16 11:38 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#607 [スピーディ]
テリトリーの女王ロ―ラ・デラシアンの息子は、生後6週間で、寝台で眠っているときに死んだ。

ジュンノスケとナオコの息子も、生後6週間で、ベビーベッドで死にかけた………そしてナオト叔父さんがそこにいたのだ。

⏰:11/04/16 11:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#608 [スピーディ]
母はいつもこの話の最後を笑ってしめくくった。

父がすごい勢いで、病院にすっ飛ばしたのは、ユ―タが息を吹きかえしたあとになってからだったのだ、と。

まるで笑い話みたいに…

⏰:11/04/16 11:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#609 [スピーディ]
「さあ行くぞ」

隊長が言った。

「はい」

と、ユ―タ。まだ頭がぼ―っとしていた。

⏰:11/04/16 11:51 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#610 [スピーディ]
「さあ、行きま…」

「し―っ!」

近づいてくる人声に気付いて隊長が、あたりに目を配った。

⏰:11/04/16 11:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#611 [スピーディ]
二人は物陰に身を潜めた。

その隙間から長靴をはいた足が歩いてくるのが見えた。

5足。兵隊用の長靴だ。

⏰:11/04/16 11:54 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#612 [スピーディ]
話の中で、1人の声がはっきり聞きとれた。

「…奴に息子がいたとは知らなかったな」

「蛙の子はしょせん蛙さ ―よ―く覚えとけよ、サイモン」

⏰:11/04/16 11:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#613 [スピーディ]
下品な笑い声がどっと起った。

学校で上級生たちが時たまあげるのと似た笑いだった。

⏰:11/04/16 11:57 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#614 [スピーディ]
内容は聞きとれないが、嘲るような声音があって、またもやどっと笑いながら、通り過ぎていった。

見ると、隊長は歯ぐきのあたりまで剥き出しにし、睨みつけていた。

⏰:11/04/16 12:00 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#615 [スピーディ]
「いまのを聞いただろう?」
隊長が言った。

「―急がなければ」

彼はユ―タをつかんで揺さぶりかねない気配を見せた。

⏰:11/04/16 12:01 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#616 [スピーディ]
「さあ早く。ジェイスンのために―」

「だれですって?」

ユ―タがぽかんとして聞き返したが、隊長はすでにユ―タを外に押し出して、荒々しく左のほうへ引っ張った。

⏰:11/04/16 12:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#617 [スピーディ]
「さっきとは違う通り道ですね」

「さっきの奴らのそばを通りたくないんでな」

隊長がささやき返す。

⏰:11/04/16 12:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#618 [スピーディ]
「あいつらはナオト卿の部下なのだ。 背の高い男を見たか?

向こうが透けて見えるくらい痩せ細っている奴だ」

「ええ」

笑みを浮かべながらも、目が笑っていなかった男のことを、ユ―タは思い出した。

⏰:11/04/16 12:06 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#619 [スピーディ]
ほかの連中とは違って、あの痩せた男には険しさがあった。

狂気じみた顔、それに―どこか見覚えのある顔だった。

⏰:11/04/16 12:21 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#620 [スピーディ]
「あれがオズモンドだ」

隊長がユ―タを右方向へ引っぱりながら、言った。

と、曲がりかどを曲がろうとした瞬間、

「隊長」

背後から声がした。

⏰:11/04/16 12:22 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#621 [スピーディ]
低いけれども、よく通る声。

隊長はぎくりと足を止めた。

声の主は、引き返して追ってきたのだ。

⏰:11/04/16 12:24 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#622 [スピーディ]
「紹介してもらえるだろうな、おまえの…その…息子に」

隊長は振り向きながら、ユ―タにもいっしょに向きを変えさせた。

⏰:11/04/16 12:25 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#623 [スピーディ]
目の前には、ガイコツのような男が立っていた。

隊長がさっきあれほど恐れていた男―オズモンドだった。

⏰:11/04/16 12:26 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#624 [スピーディ]
陰気な濃い灰色の目でこちらをじっと見ている。

その目の奥深くに、人を不安にさせるものが沈んでいるのを、ユ―タは感じとった。

⏰:11/04/16 12:28 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#625 [スピーディ]
そして突如、鋭く突き刺さってくるような恐怖をおぼえた。

(この男は狂っている)

⏰:11/04/16 12:29 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#626 [スピーディ]
―それはユ―タの念頭にごく自然にわき起った直感だった。

(こいつは完全に狂ってるんだ)

オズモンドは二人のほうへ2歩だけ近づいた。

⏰:11/04/16 12:31 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#627 [スピーディ]
左手に、牛追い鞭の生皮でくるんだ柄を握っている。

柄の先はわずかに細まって、黒いしなやかな腱へとつづき、それが男の肩に三重に巻きついている。

⏰:11/04/16 12:32 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#628 [スピーディ]
鞭の中軸はガラガラヘビくらいの太さがある。

その先端は十数本のさらに細い枝に分れていて、その枝の一本一本が生皮で編んだ細い鞭であり、

しかもその先端には、光る金属の爪がついていた。

⏰:11/04/16 12:35 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#629 [スピーディ]
オズモンドが柄を引っぱると、肩に巻きついていた鞭がシュッと音をたててはずれた。

彼が柄を振ると、金属の爪のついた生皮の鞭が、もだえるように動く。

⏰:11/04/16 12:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#630 [スピーディ]
「おまえの息子か?」

と、くり返して、オズモンドはさらに一歩二人に近づいた。

⏰:11/04/16 12:37 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#631 [スピーディ]
そのとき突然、この男になぜ見覚えがあったかを、ユ―タは理解した。

誘拐されそうになったあの日―あのときのベンツに乗った二人のうちの白いス―ツの男は、オズモンドだったのではないか。

たぶんそうだったのに違いない、とユ―タは思った。

⏰:11/04/16 12:40 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#632 [スピーディ]
隊長は片手でこぶしを作って額に当てると、体を前にかがめた。

一瞬ためらってから、ユ―タもそれに倣った。

⏰:11/04/16 12:41 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#633 [スピーディ]
「倅のルイスです」

こわばった声で隊長が演技をはじめた。

ユ―タが横目で見ると、彼はまだ頭を下げたままだ。

⏰:11/04/16 12:43 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#634 [スピーディ]
「うん、隊長。 それから、ルイス。

おまえたちに女王の御恵みを」

オズモンドの牛追い鞭の柄で触れられて、ユ―タは叫び声をあげそうになった。

⏰:11/04/16 12:44 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#635 [スピーディ]
それをぐっとこらえ、体をまっすぐに伸ばす。

オズモンドは狂気じみた陰気な目つきでユ―タを見据えている。

⏰:11/04/16 12:48 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#636 [スピーディ]
やっぱり、そうだ。

彼はあの日、ユ―タをさらっていこうとした男の1人だ。

胃袋がよじれ、煮えくり返るような気がした。

⏰:11/04/16 12:49 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#637 [スピーディ]
「おまえに息子がいたとは知らなかったよ、ファ―レン隊長」

オズモンドが言った。

⏰:11/04/16 12:50 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#638 [スピーディ]
隊長に話しかけながらも、目はユ―タに向けたままだ。

(ルイスだぞ)

と、ユ―タは自分に言い聞かせた。

(ぼくはルイスだぞ、忘れるな―)

⏰:11/04/16 12:52 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#639 [スピーディ]
「よせばよかったのですが」

と、隊長はユ―タを見ながら応じた。

「勿体なくも、宮殿に連れてきてやったのに、こいつめは犬みたいにこそこそ逃げ出しおって、遊んでおるところを―」

⏰:11/04/16 12:53 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#640 [スピーディ]
「そうか、そうか」

オズモンドはよそよそしい笑みを浮べた。

(彼は信じてないんだ)

そう思うと、ユ―タはまたも理性を失いそうになった。

⏰:11/04/16 12:55 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#641 [スピーディ]
(ただの一言も信じていないんだ!)

「男のガキは性悪なのだ。
みんな性悪だ。 自明のことだよ」

牛追い鞭の柄で軽くユ―タの手首をたたいた。

⏰:11/04/16 12:56 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#642 [スピーディ]
ぎりぎりまで神経を張りつめていたユ―タは、思わず悲鳴をあげてしまって、すぐに、恥ずかしさで顔を熱くほてらせた。

オズモンドが忍び笑いをもらした。

⏰:11/04/16 12:58 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#643 [スピーディ]
「性悪なのは、自明のことだ。

ガキはみんな悪い。

このおれもワルだった。おまえもワルだったんだろう、ファ―レン隊長、え? え? そうだろ?」

「そうです、オズモンドさま」

⏰:11/04/16 12:59 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#644 [スピーディ]
オズモンドは華奢ともいえる体つきだったが、この男にホモの感じはない。

たとえ言葉遣いにそれらしいものがあったとしても、それがうわべだけのものだということは明らかだった。

⏰:11/04/16 13:02 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#645 [スピーディ]
それより、はっきりと現れているのは、この男のはげしい敵意と…それと狂気だった。

「相当悪かったんだろう? どうしようもないワルだったんだろう?」

⏰:11/04/16 13:03 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#646 [スピーディ]
「その通りです、オズモンドさま」

ファ―レン隊長がこわばった声音で答えた。

顔の傷痕が午後の光に映えて、ピンクというより赤に近い色に輝いている。

⏰:11/04/16 13:05 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#647 [スピーディ]
そしてオズモンドは冷たく目で隊長を見た。

「おまえに倅がいたとは、だれも知らなかった」

「白痴なのです。おまけに怠け者だということもわかりました」

⏰:11/04/16 13:07 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#648 [スピーディ]
突然くるりと向き直って、ユ―タの横っ面を殴った。

たいして力はこもっていなかったが、隊長の手は、れんがのように硬かった。

⏰:11/04/16 13:08 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#649 [スピーディ]
「ふん、ワルだな。どうしようもないワルだ」

と、オズモンドは言ったが、その顔はうつろで、つかみどころがなかった。

⏰:11/04/16 13:09 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#650 [スピーディ]
「こら、性悪息子、立て。
親の言うことをきかない悪ガキは、罰を受けなければいかん。 悪ガキは尋問を受けなければいかん」

彼は鞭をふるってパシッと鳴らした。

⏰:11/04/16 13:12 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#651 [スピーディ]
するとオズモンドが手を伸ばしてきて、その蜘蛛のような手で、泥だらけのユ―タの腕をつかんだ。

そして、ぐいと引き寄せた。

⏰:11/04/16 13:14 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#652 [スピーディ]
気味の悪い灰色の目が、ユ―タの目をのぞき込んだ。

ユ―タはぼうこうが重くなるのを感じ、ズボンを濡らすまいと必死に我慢した。

⏰:11/04/16 13:15 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#653 [スピーディ]
「おまえはだれだ?」

と、オズモンドが訊いた。

その言葉はまるで、いつまでも宙に漂っているように思われた。

⏰:11/04/16 13:16 📱:SH07B 🆔:☆☆☆


#654 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age

⏰:22/10/04 08:33 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#655 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>1-40

⏰:22/10/04 21:23 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#656 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age↑

⏰:22/10/18 13:58 📱:Android 🆔:h3l12Mig


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