悪魔と天使の暇潰し
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#281 [匿名]
家を出て、駅に向かう。
いつも二人で歩いた道程。
駅で別々の方向に向かう電車に乗る。いつも私が乗る方の電車が早くつくから、電車に乗りながらホームに立つ守に手をふる。そうすると守は、いつも照れ臭そうに手を少しだけ上げて私に合図をしてくれる。
その姿を遠目で見ると、なんだか旦那だとは思えなくて、恋人同士だった時に戻った気持ちになった。
なんでだろう?
今でも電車に乗り、ドアが閉まると守の姿を探してしまう。もうここに守はいないのに。
守がいない事を確認すると泣きそうになる。
今日もまだ心が晴れない。
守、どこに行ってしまったの?
:11/08/23 21:01 :F06B :6ehtGtFM
#282 [匿名]
三十分程電車に乗ると、会社の最寄り駅につく。
ここからは、守の事をほんの少しだけ忘れられる。
二十八歳になった私はこの会社で働いて、もう五年になる。やりがいのある仕事だから、働いている時は他に何も考えられない。だからほんの少し、守を忘れられる。
別に、忘れたい訳じゃないけど、考えてしまうと辛くなるから、今は出来るだけ忘れたい。
溜め息が出る。
:11/08/23 21:06 :F06B :6ehtGtFM
#283 [匿名]
「溜め息なんかついちゃって、何か嫌な事でもあったのか?」
下を向いていて、そう声をかけられるまで前に誰かがいる事に気が付かなかった。
顔を上げると若い男が立っていた。私を見て、微笑んでいる。
微笑んでいると言っても、その笑みに優しい雰囲気は一切感じない。黒い陰のような居心地の悪い雰囲気をまとっている。
それなのに私はその男に見とれてしまった。
:11/08/24 17:10 :F06B :CHd7z7Rw
#284 [匿名]
二十代前半に見える男は、スラッとした長身で黒いスーツを着ていた。
どこにでもいる若い男性だと思ったが、全然違う。
作られた物みたいに綺麗な顔立ちで、どこにも隙がない。
そう、人間じゃない、生きてはいないものみたい。
「なんだよ!俺の顔そんなに変か?」
見とれている私にその男は近付いてきた。不覚にも、胸が高鳴る。
「い、いえ!」
近ければ近い程、その男は綺麗だった。灰色の瞳が、真っ黒な髪の毛の間から覗いている。
:11/08/24 17:16 :F06B :CHd7z7Rw
#285 [匿名]
彼と目が合うと、なんだか闇に吸い込まれて行く様な気がして、咄嗟にそらしてしまった。
「まぁいいや。あんたさ、何か悩んでんだろ?」
「えっ」
いきなり赤の他人にそんな質問をぶつける人に初めて会った。
悩みと言えば悩みに分類されるのかもしれない。でも悩みという甘いものじゃない。
「…死にたいだろ?」
目の前の彼の表情が悪魔に見えた。本当に私を殺してくれそうな、そんな圧迫感がある。
:11/08/24 17:21 :F06B :CHd7z7Rw
#286 [匿名]
「もし死にたいなら、協力してやってもいいけど?」
死にたいか?
そんなの、死にたいに決まってる。
守は死んだ。
突然過ぎる事故で死んだ。
何の前触れも無く、突然私の前から居なくなり、もう二度と会えないと宣告された。
守の側に居たいんだから、死にたいに決まってる。
:11/08/24 17:22 :F06B :CHd7z7Rw
#287 [匿名]
「泣くなよ」
「え?」
私、泣いていたんだ。
目の前の男が不気味に笑うのを見て、余計に辛くなる。
どうして私は生きているのだろう。守が居なくては、生きて生けないはずなのに。もしかして私は、守が死んだあの日から、死んだも同然なのかもしれない。
「無意識に泣ける程追い込まれてんなら、死んだ方が楽だぜ?」
この人は何者?
「あなた誰?」
:11/08/24 17:24 :F06B :CHd7z7Rw
#288 [匿名]
「俺?うーん、なんつったら分かりやすいかな?」
目の前の男が首を捻りながら考えている。
「簡単に言ったら、悪魔かな」
そう言った男の瞳が真っ黒に変わった。私は吸い込まれそうになり光を求めて空を見た。
光の加減で変わる瞳の色ですら、不気味に感じる。
「悪魔…」
悪魔みたいな最低な人物。そう言いたいのかな?
でも何故か、そういう意味ではないような気がした。本物の悪魔が私の前に現れた。
私は、本当に死にたくて、無意識に呼んでしまったのだろうか。
:11/08/24 17:30 :F06B :CHd7z7Rw
#289 [匿名]
二日目
電話が鳴る。
ジャガイモを切る手を止めて、電話に向かった。
「はい、富永です」
私は普段より少し高い声で電話に出た。
「富永幸子さんですね?」
受話器から出る聞き覚えのない声に、私は警戒をした。
そうですが、と答えつつ、この緊張感のある声の主が誰なのか必死に記憶を辿るも、すぐにその必要は無くなる。
「富永守さんが――」
:11/08/25 18:06 :F06B :4gXk0VdA
#290 [匿名]
警察だと名乗る男の話は信じがたく、一瞬にして耳が遠くなり、目の前が真っ暗になった。
富永守さんが車に跳ねられて亡くなられました。
「…オレオレ詐欺ですか?」
やっと絞り出した声がこんな陳腐な言葉になり、自分自身の緊張を少しだけ和らげてくれた。
「いえ、すぐに病院へ来ていただいてよろしいですか?」
それから警察だと名乗る男の話す内容を聞いて、これは詐欺なんかじゃないと思い知らされた。
脚に力が入らない。
空気を上手く吸えない。
目の前がぐるぐる回る。
:11/08/25 18:08 :F06B :4gXk0VdA
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