悪魔と天使の暇潰し
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#200 [匿名]
ターゲットが、ただのナンパ野郎だと思っていたスーツ男達は怯んだ。

そりゃそうだ。
ターゲットは普通の若者にしか見えない。ちょっと顔がいいからって女を弄ぶ男そのものだ。


それが蓋を開けてみたら、この有り様だ。

一般人を殺すと脅し、痛め付けるだけ痛め付けて、もう俺の女に近づくな!とでも言いたかったのだろう。


やっぱり同情してしまう。可哀想なスーツ男達。

⏰:11/07/21 15:52 📱:F06B 🆔:7xgv.6LI


#201 [匿名]
ターゲットの様子を見ていた俺を、スーツ男達が十人程囲んでいた。

「よそ見してていいのか?」

「こうなったら殺すしかない!」

などと口々に話している。やっぱり殺すつもりは元々なかったみたいだ。


ナイフを持っている者がたったの三人で、他は鉄パイプやバットを持っている。

先にその危ない三人を殺そう。ちょうどナイフを持った三人は俺の目の前に並んでいた。これは一気に殺すのに最適だ。

今ターゲットが一人目を殺したやり方をマネしてみた。

⏰:11/07/22 22:33 📱:F06B 🆔:f4Qhwrxk


#202 [匿名]
地面を蹴り、真ん中の男に突っ込む。ターゲットよりもスピードは早い自信があった。

その結果、男は抵抗する事も出来ない内に、俺に首を切られ倒れた。

血が少し顔にかかった。
最悪。

「この野郎!」

右の男が俺の腹を刺そうとナイフを下の方に構えた。左の男も同じ様にナイフを下の方で構え、俺にぶつかろうとしている。

そんな二人の間にいる俺は、右の男を殺そうと向きを変えていたので、前後を挟まれている形となった。

⏰:11/07/22 22:38 📱:F06B 🆔:f4Qhwrxk


#203 [匿名]
このままだと腹と背中を同時に刺されてしまう。

だが、タイミングを逃さなければ、楽に二人は死んでくれる。

前後にあるナイフが皮膚に当たるか当たらないかの際どい瞬間を、俺は狙っていた。

着ている洋服にナイフが触れた瞬間、俺は体を横にずらした。ギリギリだったため、転んだように手を地面についたが、その瞬間苦しそうな声が二つ聞こえた。

俺を刺そうとした男二人は、俺がいきなりいなくなるもんだから、勢いを抑えきれずお互いを刺してしまった。

⏰:11/07/22 22:47 📱:F06B 🆔:f4Qhwrxk


#204 [匿名]
「うっ…」

苦しそうに倒れる二人はまだ息をしている。

「ごめんなー。苦しい思いさせて。すぐ楽にしてやるから」

これは俺の本心だ。

膝をつき、ブスッと一発心臓を刺してやった。

また血が飛び散る。こんな経験は初めてだ。

立ち上がりながら、右の頬についた血を左手の甲で拭う。血が拭えるどころか、伸びているのが見なくても分かった。

⏰:11/07/22 22:52 📱:F06B 🆔:f4Qhwrxk


#205 [匿名]
俺が立ち上がるとすぐに、ナイフ男三人の穴はまた新たな円陣を組む事によって埋められた。

七人の輪の中に俺がいる。


「もう許さねーぞ!」

誰も許してなんて言ってない。

「本気出してやる!」

出した所で状況は変わらないのに。

「お前らは本気で俺達を怒らせたみたいだな!」

俺は自分の身を守っただけだ。

「なめられたもんだぜ!」

それはお前らが馬鹿すぎるのが悪い。

⏰:11/07/25 19:36 📱:F06B 🆔:MpkiitL6


#206 [匿名]
一通り心な中で受け答えをしてから、ターゲットの様子を見た。

無我夢中でスーツ男達を切りつけている姿があり、倒れて動いていないスーツ男が明らかに増えていた。

心配はないだろう。


「お友達の心配してる暇があんなら、自分の心配しろよな!」


叫び声が背後から聞こえ、振り返るとすぐ側にスーツ男が一人立っていた。

両手で持ったバットが高らかに上げられ、今まさに降り下ろした瞬間だった。

⏰:11/07/25 19:40 📱:F06B 🆔:MpkiitL6


#207 [匿名]
きっと普通の人間だったら、避けきれずに殴られ死ぬだろう。

だが、何度でも言うが、俺は悪魔だ。その降り下ろす速度も、遅くて遅くて待ちきれないくらいだ。

教えてやりたい。
俺は人間ではない。悪魔なんだよ、と。
だからそんなに頑張って殺そうとしても、無駄だ、と。


避けようかどうしようか悩み、避けるのはつまらないと結論が出た。

⏰:11/07/25 19:43 📱:F06B 🆔:MpkiitL6


#208 [匿名]
見上げると、バットが俺の頭を真っ直ぐに狙っている。
あと20センチでぶつかる。俺は右手を頭の上で構えて、バットが手に当たるのを待った。


音は鳴らなかった。
俺の掌にバットが当たり、それを握る。

「こんなんで俺が殺せるとでも思ったのか?」

俺がそう言うと、スーツ男の顔が青ざめていった。

笑みすら浮かんでいた表情が、パッと強張った。

「なめられたもんだぜ」

このセリフは俺にこそ相応しい。スーツ男達が言ったところで、ただの勘違いだ。

⏰:11/07/25 19:46 📱:F06B 🆔:MpkiitL6


#209 [匿名]
バットをスーツ男から奪った。驚くほど簡単に、バットを手放すものだから拍子抜けしてしまう。

武器が二つになった。
右手で奪ったバットを左手に持ち替え、ナイフを右手に持つ。

「どっからでもかかってこいよ!」

勇者にでもなった気分だ。


血の気の引いたスーツ男達が束になって攻撃をしてきた。

一人では勇気が出なくても、大勢になれば気が大きくなる人間そのもの。ださくてこっちが恥ずかしくなる。

⏰:11/07/25 20:00 📱:F06B 🆔:MpkiitL6


#210 [葵]
あげ(・∀・)

⏰:11/07/29 01:06 📱:SH06A3 🆔:☆☆☆


#211 [匿名]
>>210葵さん
どうもありがとうございます!

⏰:11/07/29 21:39 📱:F06B 🆔:VoEUyrqo


#212 [匿名]
全員無我夢中で俺を殴ろうとしてくる。不恰好で隙がありすぎる。

正面から頭を狙ってきた奴を軽くかわし、後ろに回り込む。そして後頭部をバットで殴った。

次に俺の後ろにいた男。振り返らずにナイフを後ろに向けて振った。俺の肩より上にナイフを振ったが、後ろにいたのは背の高い男で、ちょうど心臓に刺さった。

ナイフを抜くと血がドバッと出た。最悪。


そのままその男の右にいた男の首を切った。

血が飛び散る。

最悪。

⏰:11/07/29 23:00 📱:F06B 🆔:VoEUyrqo


#213 [匿名]
それからも隙だらけのスーツ男達を、呆れながらも刺していった。

刺す、抜くと血が出る。
切る、首から血が出る。
刺す、抜くと血が出る。
切る、抜くと血が出る。
の繰り返し。

そして何人も殺していくと徐々に血にも慣れた。
慣れたというよりは、もう諦めた。血を避け続けては誰も殺せない。


そして、驚くほど早く俺は全員を倒しきった。

⏰:11/07/29 23:09 📱:F06B 🆔:VoEUyrqo


#214 [匿名]
俺の周りは息をしていないスーツ男達が沢山倒れている。
そこらじゅうに血が流れて、壁にも飛び散っていた。



自分に言い聞かせる。
これは俺達のターゲットを守る為で、決して悪い事ではないと。

守っているのだから、天使のあいつも、俺を責めたりはしないだろう。

しないよな?
しないでくれ。

⏰:11/07/29 23:15 📱:F06B 🆔:VoEUyrqo


#215 [匿名]
俺はあいつの冷めた目が苦手だ。

優しい顔をしていて、人間の前ではいつも笑顔のくせに、上へ戻ると冷たい顔になる。

「あんなに人間を殺していいと思っているのか?」

と冷静にあいつが言うのが想像でき、憂鬱な気持ちになる。

ターゲットのため!と言い訳を何度も唱えてみた。

⏰:11/07/29 23:17 📱:F06B 🆔:VoEUyrqo


#216 [匿名]
ターゲットを見てみると、その周りには、あと三人敵が立っていた。

見事に三人ともナイフを持っていて、ターゲットを囲み、構えている。

ターゲットは三人を順番に睨みながら、肩で息をしていた。


「情けねーな!まだ終わらねーのかよ!」

首の骨を鳴らし、わざとらしく欠伸をしながらターゲットに声をかけた。


「うるせぇな!すぐ終わる」

ターゲットが怒鳴る。

⏰:11/08/02 12:56 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#217 [匿名]
よく見ると、ターゲットの顔や腕、脚などに傷がいくつもついていた。

いくら腕のいい殺し屋でも、一度に大勢と殺り合うのは簡単な事ではないみたいだ。

「手伝ってやろうか?」

「いらねぇよ!」

「3対2だったら楽勝だろ」

「いらねぇって!」

「強がりやがって」

「てめぇ黙ってろ!殺すぞ」

「おー怖い怖い」

⏰:11/08/02 12:57 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#218 [匿名]
殺し屋に殺すと言われると、リアルで鳥肌がたちそうだ。
まぁ俺は殺されても死なないんだけど。

ターゲットは舌打ちをし、俺から視線を外した。そしてもう一度スーツ男達を睨んだ。

「一気に行くぞ!」

スーツ男達がターゲットに駆け寄った。一気に攻撃すれば、避けられないと思ったのだろう。

俺も少し近寄った。

⏰:11/08/02 13:23 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#219 [匿名]
スーツ男達が、頭、胸、首をそれぞれ狙っている。
どこも急所なので、うっかり刺されましたーなんて許されない。


だがターゲットはそんな俺の心配はお構い無しで、綺麗にナイフを避けた。
そして順番にスーツ男達の首を切りつける。

まるで立ち回りが決められたドラマを見ている様だ。

「ほら、すぐ終わっただろう」

ナイフを放り投げ、ターゲットが俺を睨んだ。

「ふらふらじゃねーか」

「うるせぇ」

⏰:11/08/02 13:49 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#220 [匿名]
「そんな事より早くここから出た方がいいんじゃねーのか?」

誰かがここに来る気配はないが、死体の山の中にずっといるのは、居心地が悪い。

「でもやべーな。俺ら血だらけだぞ?」

「ああ。それならさっき見つけた」

そうさっき、辺りを見回していると紙袋が二つ置いてあるのを見つけた。

中身は作業着と、帽子、靴、タオル。以前働いていた人の忘れ物かもしれない。

「これに着替えようぜ」

⏰:11/08/02 14:05 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#221 [匿名]
「運がいいなー俺ら。何もねー古いビルにこんな新しい忘れ物があるなんて」

ターゲットは血を拭き、着替えだした。俺も急いで服を着替えた。


そして何もなかったように、俺達はビルを出た。
想像通り人は一人も居なく、辺りは静かな風の吹く音だけ聞こえてくる。


そういえば、時間を全く気にしていなかった。腕時計を見るとターゲットに会ってから一時間半が経っている。

車での移動距離などを抜くと、このビルでの殺し合いは約三十分ほどだった。

短いのか長いのか、判断がつかない。

⏰:11/08/02 14:07 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#222 [匿名]
残り三十分。

「つーかあんな虐殺現場をそのまんまにして帰っていいのか?いつかばれるだろうし、ばれたらお前の指紋や血液を調べられて捕まっちまうんじゃねーか?」

あれが一生ばれないなんて奇跡が起こるわけがない。

「大丈夫だ。警察じゃ、俺に辿り着けねーよ。それに…」

「ん?」

ターゲットが空を見上げた。

「その頃には、俺はもう星になってるかもしれねーしな」

「…全然かっこよくねーぞ?」

「かっこつけてねーから!」

⏰:11/08/02 14:44 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#223 [匿名]
ターゲットは誰かに殺されると思っているのか?それとも、俺の依頼を受ける気か?

「じゃあ、俺帰るからよ。お前は殺されねぇように帰れよ」

手をひらひらと振り、ターゲットの行く方向とは逆に歩き始めた。角を曲がってターゲットから俺が見えなくなったら上へ帰る。


俺は気が付かなかった。
ターゲットが俺の後ろ姿を見る、覚悟を決めた目に。

⏰:11/08/02 14:46 📱:F06B 🆔:G6A90LOs


#224 [匿名]
上へ上がるとすぐにあいつに会った。

「お、おう!ターゲットについて調べたか?」

何も言われていないのに、あいつの顔を見て居心地が悪くなり、目を反らした。

「何を焦っているんだ?」

あいつの冷たい口調が聞こえた。

「は?な、なにがだよ!」

「何故僕の顔を見ない?やましい事でもあったのか?」

「ね、ねーよ!んなもん!」

「そうか」

「おう」

危ない。ばれるところだった。

「てっきり人間を沢山殺しちゃった事が、後ろめたいと思っているのかと思ったよ」

「…てめぇ」

くそ、ばれてたのか。

⏰:11/08/03 08:49 📱:F06B 🆔:tsVl/s/o


#225 [匿名]
「まあ、君が殺していなかったら、ターゲットは殺されていたかもしれないから、今回は責めたりしないよ」

淡々と話すものだから、それが本心なのかすら分からない。

「ああ、そりゃどうも」

「その服も君に似合うよ」

あいつは俺の作業着を指差した。

「これか?たまたまあったんだよ。血まみれだったから助かったぜ」

「たまたま?それは僕が用意しておいたんだ。普通に考えてみて、あの場所にその服だけが置いてあるわけないだろ?」

腹立たしい。
そう言われればそうじゃないか。ターゲットも薄々、何かに感ずいていたのかもしれない。

⏰:11/08/03 08:50 📱:F06B 🆔:tsVl/s/o


#226 [匿名]
「別にこれがなくても俺は逃げられたけどな!」

ムキになり舌打ちをした。

「ああ、そうだね」

また馬鹿にされた。

「それより、ターゲットの事いろいろ調べたよ」

「おう。何が分かった?」

「殺し屋になった理由だよ。まぁまだ憶測にすぎないんだけど、確実ではあると思う。ターゲットは――」

あいつが調べた情報を聞いて、ターゲットの純粋な心が見えた気がした。
少年のような真っ直ぐな正義は、どうして歪んでしまったのだろう。

⏰:11/08/03 08:52 📱:F06B 🆔:tsVl/s/o


#227 [匿名]
四日目



あいつが、調べた事が正しいかターゲットに確認しに行くと言うから、俺も一緒に行く事にした。

俺がいない間にターゲットの犯罪を正当化されたら困るからな。


ターゲットの部屋に女が訪れたのは21時だった。

「依頼に来たわ」


部屋のドアの前で携帯電話を取りだし、女がそう電話をしだした。

すると少し経って、中からターゲットが出てきた。

「またあんたかよ」

眉間に皺を寄せ、明らかに機嫌の悪い顔をしながらも、ターゲットは女を中に入れた。

⏰:11/08/09 15:21 📱:F06B 🆔:GMHiLOkQ


#228 [匿名]
その様子を見て、すぐに下へ向かった俺に、あいつは呆れた顔でついて来た。

ターゲットの部屋のインターホンを鳴らす。すぐにターゲットは出てきた。さっき女に見せた顔よりも、明らかに嫌な顔をしている。


近くで顔を見ると昨日の生々しい傷が所々にあった。だが思ったより傷はひどくなく、あまりスーツ男達にやられていなかったんだなと思えた。


「入れろよ」

「嫌だね」

「美人がいるからか?」

「…見てたのか?」

「ああ。お前が女を連れ込む様子をな」

⏰:11/08/09 15:24 📱:F06B 🆔:GMHiLOkQ


#229 [匿名]
女はサングラスをかけ、つばの広い帽子を被っていたので顔は見えなかったが、ぴっちりとした黒いジャケットに、ぴっちりとした黒いミニスカート姿、高いヒールに真っ赤な口紅。

スーツのようだったが胸元がばっくり開いていた。こんな大胆な格好は自分に自信が無くては出来ないだろう。

と、さっきあいつが言っていた。


こんな暗い夜にサングラスをかけているのは、顔を見られたくないから。きっとターゲットと同じ、非合法的な仕事でもしているのだろう。

と、これもまたあいつが言っていた。

⏰:11/08/09 15:26 📱:F06B 🆔:GMHiLOkQ


#230 [匿名]
「…そう。一発ヤっちゃおうと思ってんだよ。同じ男なら分かんだろ?邪魔しねーで帰ってくれ」

ターゲットはシッシッと猫を追い払う様な仕草をした。

「嘘つけ」

ドアが閉まる前に、あいつが言った。

「その眉間の皺、僕達を見てからついたものではなくて、あの女性を見た時にはもうついていたものだ。今から楽しみのある人間が、眉間に皺なんて作らないよ」

お前は探偵か!

だがその探偵のような言葉にターゲットは促されたのか何なのか、何も言わずに中へ入って行った。鍵をかけずに。

⏰:11/08/09 15:37 📱:F06B 🆔:GMHiLOkQ


#231 [匿名]
部屋に入ると女はソファーに座っていた。

帽子を被り、サングラスもかけたままで姿勢良く座り、入って来た俺達を探るように見てくる。

「あら、可愛い子達ね。あなたのお仲間かしら?」

女は無駄に色っぽい。

「俺の客だ。仲間でも何でもねーよ」

「そうそう、こいつに依頼してんだ」

ターゲットが正直に答えるので、俺も嘘を付かずにターゲットに合わせた。

⏰:11/08/13 20:38 📱:F06B 🆔:Td4DB/mo


#232 [匿名]
「あら、彼らの依頼は受けて私の依頼は受けてくれないなんて、酷いじゃない」

女はわざとらしく腕を組む。


「いや、まだ受けてくれるか分からねぇんだ。明日にならねぇとなー」

腕を組みターゲットを見た。俺の視線に気が付き、ターゲットも俺を睨む。


「だから!面倒くせぇ仕事はしたくねぇんだよ!」

俺とあいつ、そして女を見ながらターゲットは怒鳴った。

それを見て、隣にいたあいつは笑っている。

⏰:11/08/13 20:43 📱:F06B 🆔:Td4DB/mo


#233 [匿名]
「君もあなたも、もう諦めた方がいい」

あいつが俺と女に向けて言った。

「彼には最初から二人の依頼を受けるつもりはないんだよ?他にも殺し屋は沢山いる。彼に執着する意味はないんじゃないかな?」

それは遠回しに、暇潰しのゲームで自分が勝つと俺に言っているのか?


「残念だわ。確実で腕の良い殺し屋だと聞いたから、熱心にお願いしたのだけど、思い過ごしだったのかしら」

女が立ち上がる。

「人を殺す事に躊躇してるなら、もうこの仕事は辞めた方がいいんじゃない?まぁ辞めても、平穏な人生は送れないだろうけど」

嫌な女。

⏰:11/08/13 20:47 📱:F06B 🆔:Td4DB/mo


#234 [匿名]
「俺の生き方に、あんたがつべこべ口出すな!」

「あら、怖いわ」

女はわざとらしく体を震わせ、玄関へと向かった。意外と簡単に諦めたらしい。

「もし、私の会社が潰れたら依頼を受けなかったあなたのせいって事になるから、その時は逃げないでくださる?一緒に遊びましょう?」

そう言い残し女は出て行った。
きっとその遊びで楽しめるのはターゲットではなく女側だけだろう。

全く、怖いのはどっちだよ。

⏰:11/08/13 20:53 📱:F06B 🆔:Td4DB/mo


#235 [匿名]
「何で依頼受けねぇんだ?」

三人きりになった部屋で、俺はさっそく話題を切り出した。

「…別に」

ターゲットは素っ気なく応え、先程まで女が座っていたソファーに座った。

「単刀直入に言うけど、昨日一日中君の事を調べさせてもらったよ」

あいつが語りだした。昨日聞いた内容をもう一度黙って聞いた。

⏰:11/08/13 20:56 📱:F06B 🆔:Td4DB/mo


#236 [匿名]
ターゲットに依頼をして来た人数は104人。
依頼を遂行した数は54件。

半数は断っている。まず最初にあいつが疑問に思った事、なぜ断るのか?

この断った半数の依頼人に、共通点は何もなかった。


そして殺す方法もまちまち。刺す、押す、締める、自殺に見せかける、毒、溺死。ターゲットは何でも器用にこなしてしまう。

誰かにばれた事は一度もなく、警察の調査の対象になった事もない。

殺す相手を冷静に観察し、最高のタイミングを見計らう。勢いや感情に任せて行動する事はまず無い。

⏰:11/08/14 17:55 📱:F06B 🆔:slI3DMwQ


#237 [匿名]
そして、ターゲットが依頼を受ける人と受けない人の区別をする物が何なのか。

この間、ターゲットは悪い事をした奴を殺すと言っていたが、あれは多分嘘だ。

お金の為というのも嘘。
殺しを成功させたら一千万という大仕事を、ターゲットは蹴っていた。

でもその理由は、依頼を受けた人を調べる事で、すぐに分かった。

それは依頼人の殺して欲しい理由にあるからだ。

⏰:11/08/14 18:05 📱:F06B 🆔:slI3DMwQ


#238 [匿名]
依頼を受けた人に共通している事は、恨みがある事。

ただの恨みではない。動物、子供が傷付けられた事による恨み限定だ。

会社を倒産させられた。恋人を奪われた。母親を殺された。騙された。大金を奪われた。情報を盗まれた。

そういう理由の場合は、どんなに金回りが良くても断っている。

普通の殺し屋なら断るはずがないのに。

⏰:11/08/14 18:11 📱:F06B 🆔:slI3DMwQ


#239 [匿名]
しかし、ペットや子供、動物などが傷つけられたり、殺されたりした場合は依頼を受けている。

今思い返すと、あのチンピラ野郎を殺した理由も、動物関連だった。

その時のターゲットの態度を考えると、殺された動物の為に!という思いが強かったんだなと理解出来る。

まるで弱い者を守るヒーローの様だ。



「僕の勝手な解釈だけど、合っているよね?」

全てを話した後、天使のあいつはそう問い掛けた。

⏰:11/08/14 18:18 📱:F06B 🆔:slI3DMwQ


#240 [匿名]
あいつが話している間、ずっと黙って聞いていたターゲットは、最後の自分に対する問いを聞いて、自傷ぎみに笑った。

「殺った本人すら覚えていない依頼人数も調べられたなんて、あんた何者?」

「え?うん、まあね」

あいつが言葉を濁す。
なんだかわざとらしい。

「確信を得る為に、全ての依頼人を調べたから時間がかかったけどね。でも君が根っからの悪者ではないと知れたから」

あいつの見透かすような笑顔を、ターゲットは苦々しい顔で見た。

⏰:11/08/15 15:52 📱:F06B 🆔:HH5XgpYM


#241 [匿名]
「…俺は」

ターゲットは下を向いた。

「…ただ」

下を向きながらターゲットは呟いている。

「ヒーローにでもなりたかったのか?」

ターゲットが俺を見上げるので気が付いた。いつの間にか俺は、ターゲットの目の前に立ち、見下ろしながらそう言っていた。

その後も勢い。

「この世にな、人殺して金稼いでるヒーローなんかいねーんだよ!それはな、どんな理由があろうとただの犯罪者だ!」

⏰:11/08/15 15:56 📱:F06B 🆔:HH5XgpYM


#242 [匿名]
ターゲットは何も応えない。ただ下から真っ直ぐ俺を睨んでいる。

「お前じゃ誰も救えない。何も変えられねーよ!間違ってんだよ。お前が今までやってきた事は全部!何を夢見てんだか知らねーが、正当化はされねぇぞ!」


勢いのまま怒鳴った。俺はこんな事を考えていたのかと、言葉に出して初めて知った。

「そんなんじゃねぇ」

ターゲットが言う。

「そんなガキみたいに、ヒーローになりたいなんて、思ってねーよ!」

ターゲットも怒鳴った。

立ち上がり、奥の部屋に行ってしまった。

行動が幼稚で、言葉とのギャップのせいで妙な気持ちになる。

⏰:11/08/15 16:00 📱:F06B 🆔:HH5XgpYM


#243 [匿名]
バタン!と大きな音をたてて閉まったドアの向こう側には歯を食い縛るターゲットがいた。

必死に涙を我慢しているのだろう。

俺に全てを否定されたターゲットは、母親に裏切られた子供同然。

あの態度を見ると、俺の言った事を真に受けている。誰かの言葉に左右され、嘘だ!と思いたいが思えない子供だ。

全てが悪い方へと向かっていく様な不安にかられて、死にたくなる。はず。

⏰:11/08/15 16:02 📱:F06B 🆔:HH5XgpYM


#244 [匿名]
この状況に俺は満足して、上の世界に帰る事にした。


あいつはまだ残り、ターゲットに優しい言葉をかけるみたいだ。

もやもやと雲がかかった様な自分の心を、わざと見ない様にした。雲がかかっちゃ見えねーから諦めよう!そう思い込んだ。

だけど本当は雲なんて薄くしかかかっていなくて、自分の動揺している心が丸見えだった。


「お前は悪くない!」
悪魔の俺には似合わない言葉が、頭から離れない。

⏰:11/08/15 16:04 📱:F06B 🆔:HH5XgpYM


#245 [匿名]
五日目



19時半を過ぎ、辺りが暗くなった。ターゲットに動きはない。

待ちきれない。何かが起こってから行動するのは性に合わない。

そんな事を言うと、あいつに馬鹿にされるから俺は一人で下の世界に行こうとした。

行こうとしたのだが、気が付いたら隣にはあいつがいた。

「昨日の状況で、君に一人で行かせるわけないだろう?」

まただ。何でもお見通しだって顔で俺を見ている。

⏰:11/08/17 16:44 📱:F06B 🆔:vUQ050R2


#246 [匿名]
「うっぜぇなー」

「君だって僕が一人でターゲットへ助言しに行ったら怒るだろう?」

「そりゃそうだろ!」

「なら僕も一緒だ」

くそ!
返す言葉が見付からず、さらに苛立ちが増す。
こいつと一緒に居たら俺はストレスで早死にするんじゃないかと不安になる。

死なないけど。

⏰:11/08/17 16:46 📱:F06B 🆔:vUQ050R2


#247 [匿名]
そんなどうでもいい事を考えていると、ターゲットの家のドアが開いた。

「うるせぇんだよ!」

中から、スーツを着たターゲットが出てきたかと思うと、またすぐに中へと入ってしまった。

声なんて聞こえるはずないのに。

「今日は仕事なのか?」

ターゲットが黒いスーツを着ているので、疑問に思ったのだろう。中に入りながらあいつが聞いた

⏰:11/08/17 16:52 📱:F06B 🆔:vUQ050R2


#248 [匿名]
「あぁ」

あぁ、だと?

「俺の依頼はどうなったんだよ?今日はその為に来たんだ」

ソファーに座る。

「今日は俺の最後の仕事だ」

なんだと?

「俺の依頼は受けねぇで辞める気かよ!」

これからは真面目に生きていきます。とでも言うつもりか?

ターゲットは応えない。黙ってどっかを見つめている。

⏰:11/08/17 16:58 📱:F06B 🆔:vUQ050R2


#249 [匿名]
「死ぬ気なの?」

俺の言葉に反応しないターゲットを見て、あいつがため息混じりに問い掛けた。

死ぬ気?

「俺もいろいろ考えた」

ターゲットの表情は相変わらず無表情で、何を考えたのか、それは辛かったのか楽だったのか、何も伝わって来ない。

ただ真っ直ぐに何かを決心し、貫こうとしているのは分かる。

⏰:11/08/17 17:04 📱:F06B 🆔:vUQ050R2


#250 [匿名]
「考えたんだよ。今まで俺がしてきた事を、最初から最後まで」

最後?

「話、詳しく聞きたいんだけど」

あいつが言う。

ターゲットが自害しようとしていると、あいつは多分そう思っている。

「お前が調べた内容、図星すぎてびっくりしたよ」

ターゲットがあいつに言った。

⏰:11/08/17 17:09 📱:F06B 🆔:vUQ050R2


#251 [匿名]
「俺は、自分の力じゃ何も出来ない奴の代わりに、やっつけたかったんだ。自分勝手に弱者を傷付ける糞野郎共を!」

ターゲットの顔は無表情から怒りに満ちた顔に変わった。

「許せなかったんだよ!動物は喋れねぇし、子供は力が無い。それなのに自分勝手に傷付けたり、殺したり!…黙ってらんなかった」

ターゲットは悔しそうに拳を握る。


「そう思った事が、この仕事を始める切っ掛けになったのか?」

あいつが聞いた。

「そうだ」

ターゲットが頷く。

⏰:11/08/18 17:58 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#252 [匿名]
ターゲットの怒りに満ちた顔が、涙目に変わる。

「俺が殺すと、依頼人は泣いて喜ぶんだよ。仇をうってくれてありがとう、って泣くんだよ…」


俺とあいつは、ターゲットの言葉にただ耳を傾ける事にした。


「それが嬉しくてさ。誰かに、ありがとう、って言われる事がこんなに嬉しい事なんだって、人を殺して初めて知った」

ターゲットの目から涙が流れた。

「それで決めたんだ。俺は心に傷を負った人を助けようって。癒してあげようって。それが、殺す事に繋がった」

⏰:11/08/18 18:00 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#253 [匿名]
ターゲットは本当にヒーローになりたかったんだ。大切なものを亡くし、傷付いた人を放っては置けなかったんだ。

不器用なターゲットは、こういう形で人を救う事しか出来なかった。


「人を殺せば、救われる人が居る。俺に出来る事は、それしかなかった。それで良いと思った!…いや、思い込もうとしてただけなのかもしれない」

右手で両目を隠し、涙が見えない様にしている。だけど歯を食いしばって震えているからすぐに分かる。

⏰:11/08/18 18:02 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#254 [匿名]
「だけど俺は間違ってたんだよな?人を殺すヒーローなんていない。…本当その通りだ」

涙を拭い真っ赤になった目と、目が合う。さっきよりもさらに真っ直ぐで純粋な目だった。

「今まで気が付かなかった自分が恥ずかしいよ。もっと早くお前らみたいな奴に出会ってたら、まともな人生歩めてたかな?」

ターゲットが窓のある方へと歩いた。咄嗟に俺は立ち上がり、あいつは一歩ターゲットに近付いた。

ガラッと窓が開かれた。
冷たい風が一気に部屋へと入り、俺達に触れながら通り抜ける。

⏰:11/08/18 18:04 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#255 [匿名]
「俺は、ただ…」

ターゲットの上半身が窓の外に出る。

「…ヒーローに、なりたかった」

汚れの無い笑顔を見せ、ターゲットの重心は、完全に外へと向かった。

頭が見えなくなる。
肩が、背中が、ゆっくりと外の世界へと消えて行く。


俺に何も言わせないで、俺の目の前で死ぬ気か?

⏰:11/08/18 18:06 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#256 [匿名]
「糞野郎!」

俺は悪魔で、あいつは天使で、今飛び降りたのは人間。

ターゲットの足が宙に浮いた瞬間、俺とあいつはターゲットに駆け寄った。

死なせてたまるか!と心の中で叫んで。

二人でターゲットを掴む。脚とか腰とかを、二人共無茶苦茶な格好で掴み、無茶苦茶な力で引き上げた。

「悪りぃ。俺の依頼受けてくれんのは嬉しいんだけどよ、払う金がねぇんだわ!だから、キャンセルで!」

顔の前で手を合わせ、謝るように頭だけ下げた。

⏰:11/08/18 18:09 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#257 [匿名]
部屋の床に投げ付けられ、倒れたままのターゲットはポカーンとした顔で俺達を見ている。

「え?」

動揺するのも無理はない。死を覚悟し、自ら体を外へ放り投げ、後は体が地面に叩きつけられるのを待つだけだったはず。

それなのに叩きつけられたのは、自分の部屋。

ターゲットは今自分に起きた摩訶不思議な現象を必死に把握しようとしている。

「本当に君は素直じゃないね」

あいつが俺に言う。

⏰:11/08/18 18:10 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#258 [匿名]
「うるせぇ!」

あいつに言い返す。

だけどあいつはニヤッと笑っただけで、俺との言い合いを終わらせ、ターゲットに声をかけた。
むかつく。

「君は、死ぬ必要なんてない。正しい事に気付けたんだ。これからどれだけでも挽回出来るよ」

「俺は、生きてていいのか?」

その問いにあいつが深く頷いた。

ターゲットは顔をくしゃくしゃにして泣いた。歯を食い縛る事も、涙を手で隠す事もしない。隠さず泣いている。今まで溜まっていたものが、全て流れ出ている。

⏰:11/08/18 18:13 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#259 [匿名]
「泣いてんじゃねーよ!俺が助けたんだぞ!死んだら殺すからな!」

また訳の分からない言葉が出てきた。本当は、お前は悪くない、と言ってやりたかったが、やっぱりそんな事言えない。


暇潰しで、自分から負けを選ぶという悪魔失格な事をしておいて、変な所で意地を張ってしまう。

俺は馬鹿だ。
あいつが馬鹿にするのも無理はない。悔しいが。

⏰:11/08/18 18:16 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#260 [匿名]
「僕の勝ちだね。また君が悪魔である事を、放棄してくれたお陰だけど」

あいつが玄関へと向かいながら、俺に言った。

俺の負け。
だけど負けに対しては悔しくない。

「次は勝つ!」

「ああ。頑張ってくれ」

むかつく。

舌打ちをし、あいつが俺とターゲットから離れるのを見届けてからターゲットを見下ろした。

⏰:11/08/18 18:17 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#261 [匿名]
「お前は生きなきゃ駄目だ!自分の気持ちに正直に生きれば、それは絶対正しい」

そう、ターゲットにだけ聞こえる様に言った。あいつにはばれていない。だろう。


「何様だよ」


ターゲットが、泣きながら笑う。

⏰:11/08/18 18:20 📱:F06B 🆔:OoxCdEe2


#262 [匿名]
...四年前




あれは冬の寒い夜だった。

高校二年生の彼は、居酒屋のアルバイトを終え、家に帰る途中。

雪こそ降っていなかったが、吐いた息が白い。マフラーを口まで隠し、凍えそうな手は制服のズボンのポケットに突っ込んだ。

誰も居ない公園を、足早に通り抜ける。近道だ。

だがその日、誰も居ないはずの公園に一つの人影が見えた。

⏰:11/08/20 21:45 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#263 [匿名]
その人影は右手に何かを掴み、それを思いっきり地面に叩き付けた。

それと同時に、ギャッともギュッともとれる変な音がした。

怪しい雰囲気に吸い込まれ、彼はそれを覗き込んでしまった。そしてその音が、動物の発する呻き声だと分かった。

猫が倒れている。

ピクピクとまだ動く猫を、その怪しい人影は、ヒッヒッと不気味に笑いながら見下ろしている。

⏰:11/08/20 21:48 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#264 [匿名]
この人間から、早く離れなくてはならない。彼はそう思った。


「てめぇ何やってんだ!」

だが、自分の意志とは裏腹に、彼はそう怒鳴り、怪しい人間に体当たりをした。


猫を助けなければならない。
自分の中に居る誰かがそう言っている様な不思議な感覚を、彼は感じた。

⏰:11/08/20 21:50 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#265 [匿名]
猫を助けろ!
この人間を懲らしめろ!

何度も誰かがそう言っている。自分の中に居る誰かが。彼はその声の通り、その人物を何度も殴った。

そして我に返ると、目の前に居た不気味な人間が死んでいた。


自分の拳に痛みが走る。
ああ、俺は人を殴り殺してしまったんだ。

彼は気が付いた。

⏰:11/08/20 21:53 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#266 [匿名]
だけど罪悪感はない。猫を助ける事が出来たからだ。


次の日、あれはまだ朝の6時頃、彼の部屋に老婆が訪れた。

玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると小柄な老婆がぽつんと立ち、彼に言った。

「全て見ておりました」


ドキリと胸が苦しくなった。老婆の言う「全て」が、昨日の殴り殺した一件だと、彼はすぐに理解したからだ。

⏰:11/08/20 21:58 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#267 [匿名]
殺すしかない。彼はそう思った。

だが、次に聞こえた言葉に、彼は言葉を失った。

「ありがとうございます」

震える様な声だった。

彼が老婆を改めて見ると、目には涙を浮かべ、それでも笑顔で自分を見ていた。


「私の大切なミケを助けてくれて、本当に本当にありがとうございます」

ミケとは昨日助けた猫の名だろう。

⏰:11/08/20 22:03 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#268 [匿名]
何度も頭を下げ、何度もありがとうと言う老婆を、彼はただ黙って見ていた。

どうしたらいいのか分からなかったのだ。

目の前で、人が喜んでいる。ありがとう、と言われている。

彼は産まれて初めて感じる感情に、胸が高鳴った。


嬉しい。
ただ、嬉しかった。

誰かに感謝される事で、こんなにも自分自身が暖まっていくとは思わなかった。

⏰:11/08/20 22:05 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#269 [匿名]
真っ暗で、何処に向かって歩いているのかすら分からなかったのに、今、たった今、光の射し込む場所が見えた。

やっと見つけた。
自分の歩むべき道がようやく見えた。

彼は迷う事なく、ただ一点の光目掛けて歩き出した。


ありがとうと言われたい。綺麗な涙を見ていたい。
笑った顔を増やしたい。

誰かの為に生きていたい。傷付いた人を救いたい。

自分だけが出来る事で、人の心を救うんだ。

⏰:11/08/20 22:08 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#270 [匿名]
彼は強く思った。


弱い者を救うべく、ヒーローになろうと。

ヒーローにならなくてはいけないと。




そして、この日から四年後、彼は二人の青年と出会う。
その出会いの経て、正しいヒーローへの道を、彼はやっと見つける。

⏰:11/08/20 22:11 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#271 [匿名]
二つ目の暇潰し、終わり

⏰:11/08/20 22:12 📱:F06B 🆔:S7DQT51E


#272 [葵]
おもしろかったです(^ω^)

⏰:11/08/21 02:12 📱:SH06A3 🆔:☆☆☆


#273 [匿名]
>>272葵さん
ありがとうございます!いつも読んでくださって、凄く嬉しいです(*´д`*)

⏰:11/08/21 09:46 📱:F06B 🆔:iZMoJc/w


#274 [葵]
また書いてくださいね。楽しみにしてます

⏰:11/08/21 10:04 📱:SH06A3 🆔:☆☆☆


#275 [隆平]
かいてください!!

⏰:11/08/23 12:38 📱:F09C 🆔:RqlSIqKc


#276 [匿名]
葵さん、隆平さん
ありがとうございます!
次の暇潰しを、試しに視点を変えて書いてみたいと思います。

⏰:11/08/23 19:50 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#277 [匿名]

一日目



今日も目覚ましの音で目が覚める。少し開いたカーテンの隙間から光が漏れている。眩しい。

隣に寝ている守を起こさなくちゃ。私が朝起きてから、まずする事。


「朝だよ。おは…―」
隣を見て、気が付く。

そうだ、守はいないんだ。

一体いつになったら慣れるのだろうか。

⏰:11/08/23 20:52 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#278 [匿名]
悲しい気持ちが消えないまま、顔を洗いに行く。

ついこの間まで、隣には守がいた。顔を洗うのと歯を磨くタイミングは毎日一緒で、いつも蛇口の取り合いになる。

待たされる事がほとんどだったのに、二人で並んで歯を磨くあの時間が私は好きだった。

鏡越しに目が合うと、何だか嬉しくて、目が合うまでずっと守を見ていた事もあった。


楽しかったな。そう感じると同時に、言い様のない孤独感に包み込まれた。

⏰:11/08/23 20:54 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#279 [匿名]
もう戻らない過去を振り返っても、何にもならない。そう言い聞かせながら、簡単な朝食を作り、一人で食べた。

「旨いじゃん!」

手の込んでいない料理でも守は旨いって言ってくれた。

守の声が聞こえた気がして、ふと正面を見上げてしまう。

何日同じ事を繰り返せば、私は学習するのだろう。

⏰:11/08/23 20:56 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#280 [匿名]
洗い物をし、化粧と着替えを急いでする。

「忘れ物ないかー?」

家を出る五分前に、いつも守は私にそう言ってくれる。

だから今まで忘れ物なんてした事なかった。もう守は言ってくれないけど、今でも忘れ物はしない。守がいつも言ってくれた言葉や行動は、忘れた事などないから。

⏰:11/08/23 20:58 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#281 [匿名]
家を出て、駅に向かう。
いつも二人で歩いた道程。

駅で別々の方向に向かう電車に乗る。いつも私が乗る方の電車が早くつくから、電車に乗りながらホームに立つ守に手をふる。そうすると守は、いつも照れ臭そうに手を少しだけ上げて私に合図をしてくれる。

その姿を遠目で見ると、なんだか旦那だとは思えなくて、恋人同士だった時に戻った気持ちになった。

なんでだろう?

今でも電車に乗り、ドアが閉まると守の姿を探してしまう。もうここに守はいないのに。

守がいない事を確認すると泣きそうになる。

今日もまだ心が晴れない。
守、どこに行ってしまったの?

⏰:11/08/23 21:01 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#282 [匿名]
三十分程電車に乗ると、会社の最寄り駅につく。

ここからは、守の事をほんの少しだけ忘れられる。

二十八歳になった私はこの会社で働いて、もう五年になる。やりがいのある仕事だから、働いている時は他に何も考えられない。だからほんの少し、守を忘れられる。

別に、忘れたい訳じゃないけど、考えてしまうと辛くなるから、今は出来るだけ忘れたい。

溜め息が出る。

⏰:11/08/23 21:06 📱:F06B 🆔:6ehtGtFM


#283 [匿名]
「溜め息なんかついちゃって、何か嫌な事でもあったのか?」

下を向いていて、そう声をかけられるまで前に誰かがいる事に気が付かなかった。

顔を上げると若い男が立っていた。私を見て、微笑んでいる。

微笑んでいると言っても、その笑みに優しい雰囲気は一切感じない。黒い陰のような居心地の悪い雰囲気をまとっている。

それなのに私はその男に見とれてしまった。

⏰:11/08/24 17:10 📱:F06B 🆔:CHd7z7Rw


#284 [匿名]
二十代前半に見える男は、スラッとした長身で黒いスーツを着ていた。
どこにでもいる若い男性だと思ったが、全然違う。

作られた物みたいに綺麗な顔立ちで、どこにも隙がない。
そう、人間じゃない、生きてはいないものみたい。

「なんだよ!俺の顔そんなに変か?」

見とれている私にその男は近付いてきた。不覚にも、胸が高鳴る。

「い、いえ!」

近ければ近い程、その男は綺麗だった。灰色の瞳が、真っ黒な髪の毛の間から覗いている。

⏰:11/08/24 17:16 📱:F06B 🆔:CHd7z7Rw


#285 [匿名]
彼と目が合うと、なんだか闇に吸い込まれて行く様な気がして、咄嗟にそらしてしまった。

「まぁいいや。あんたさ、何か悩んでんだろ?」

「えっ」

いきなり赤の他人にそんな質問をぶつける人に初めて会った。

悩みと言えば悩みに分類されるのかもしれない。でも悩みという甘いものじゃない。

「…死にたいだろ?」

目の前の彼の表情が悪魔に見えた。本当に私を殺してくれそうな、そんな圧迫感がある。

⏰:11/08/24 17:21 📱:F06B 🆔:CHd7z7Rw


#286 [匿名]
「もし死にたいなら、協力してやってもいいけど?」

死にたいか?
そんなの、死にたいに決まってる。

守は死んだ。
突然過ぎる事故で死んだ。

何の前触れも無く、突然私の前から居なくなり、もう二度と会えないと宣告された。

守の側に居たいんだから、死にたいに決まってる。

⏰:11/08/24 17:22 📱:F06B 🆔:CHd7z7Rw


#287 [匿名]
「泣くなよ」

「え?」

私、泣いていたんだ。

目の前の男が不気味に笑うのを見て、余計に辛くなる。
どうして私は生きているのだろう。守が居なくては、生きて生けないはずなのに。もしかして私は、守が死んだあの日から、死んだも同然なのかもしれない。


「無意識に泣ける程追い込まれてんなら、死んだ方が楽だぜ?」

この人は何者?

「あなた誰?」

⏰:11/08/24 17:24 📱:F06B 🆔:CHd7z7Rw


#288 [匿名]
「俺?うーん、なんつったら分かりやすいかな?」

目の前の男が首を捻りながら考えている。

「簡単に言ったら、悪魔かな」

そう言った男の瞳が真っ黒に変わった。私は吸い込まれそうになり光を求めて空を見た。

光の加減で変わる瞳の色ですら、不気味に感じる。

「悪魔…」

悪魔みたいな最低な人物。そう言いたいのかな?

でも何故か、そういう意味ではないような気がした。本物の悪魔が私の前に現れた。
私は、本当に死にたくて、無意識に呼んでしまったのだろうか。

⏰:11/08/24 17:30 📱:F06B 🆔:CHd7z7Rw


#289 [匿名]
二日目



電話が鳴る。
ジャガイモを切る手を止めて、電話に向かった。

「はい、富永です」

私は普段より少し高い声で電話に出た。

「富永幸子さんですね?」

受話器から出る聞き覚えのない声に、私は警戒をした。
そうですが、と答えつつ、この緊張感のある声の主が誰なのか必死に記憶を辿るも、すぐにその必要は無くなる。

「富永守さんが――」

⏰:11/08/25 18:06 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#290 [匿名]
警察だと名乗る男の話は信じがたく、一瞬にして耳が遠くなり、目の前が真っ暗になった。

富永守さんが車に跳ねられて亡くなられました。


「…オレオレ詐欺ですか?」

やっと絞り出した声がこんな陳腐な言葉になり、自分自身の緊張を少しだけ和らげてくれた。

「いえ、すぐに病院へ来ていただいてよろしいですか?」

それから警察だと名乗る男の話す内容を聞いて、これは詐欺なんかじゃないと思い知らされた。

脚に力が入らない。
空気を上手く吸えない。
目の前がぐるぐる回る。

⏰:11/08/25 18:08 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#291 [匿名]
ピリリリリピリリリリ

ハッとした。

今日も目覚ましの音で目が覚める。

嫌な夢を見てしまった。あの日、仕事を定時で終わらせ急いで家に帰り、夕食の肉じゃがを作ろうとした時の夢だ。

守が死んだ。
私は警察の電話で初めて知ったのだ。今でも鮮明に覚えている。

私の人生が終わった日。

⏰:11/08/25 18:09 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#292 [匿名]
上の空で支度をし、家を出た。駅までの道を一人で歩く。隣を見ても守はいない。

慣れる訳がないんだ。守が居て私が居た。今の毎日は、過ごす意味のない日々。


「あの、ハンカチ落としましたよ」

肩をポンと叩かれ、条件反射で肩がビクッと上がる。

振り返ると、二十代前半の若い男が私のハンカチを持ち、差し出してくれていた。

⏰:11/08/25 19:45 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#293 [匿名]
また私は見とれていた。
柔らかそうな茶色の髪の毛に茶色い瞳。大きな目が印象的な可愛らしい男。

昨日会った悪魔さんの様に、整いすぎた顔のせいで、本物の人間には見えなかった。

だけど悪魔さんとは全く違う柔らかい雰囲気。

「あ、ありがとうございます」

もう少しで、お礼を言うのを忘れる所だった。

でも変だな。ハンカチはバッグの中にあるポーチに入れたと思ったんだけど、何で落ちたんだろう。

⏰:11/08/25 19:50 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#294 [匿名]
「落ちてすぐだったので、そんなに汚れてないと思いますよ」

またその男は優しい笑顔で微笑んでくれた。何もかも包み込んで癒してくれる、天使みたいな人だと思った。

「すみません。助かりました」

お礼を言い頭を下げて、立ち去ろうとした時、私は彼にまた呼び止められた。

「あの、こんな事いきなり言うのは自分でもどうかと思うんですが…」

深刻そうな顔になるので、私は一気に不安になる。

⏰:11/08/25 19:51 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#295 [匿名]
「…大切な何かを、なくされた様ですね」

天使さんは少し黙ったあと、私の目を真っ直ぐ見てそう言った。

何故分かったんですか?
そう思ったのに、言葉が出ない。

「まもる、さん?」

何で、何で名前まで知っているの?

「泣かないでください」

「えっ」

また私泣いていたんだ。

⏰:11/08/25 19:54 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#296 [匿名]
「僕にはそういう能力があって。あなたの辛さも、苦しみも分かります。…死にたいって思っている事も」

何だろう、この感情。
涙が止まらない。

「大丈夫です。あなたは大丈夫だから」

大丈夫という言葉が、とても力強く感じた。

「あなたは?」

「僕?えっと、人を救う仕事をしているんです」

私の勘は鋭かった。やっぱり彼は天使みたいに心の綺麗な人だ。

⏰:11/08/25 19:57 📱:F06B 🆔:4gXk0VdA


#297 [匿名]
そして私の涙が止まる頃、天使のような彼と別れ、私は会社に向かった。そしていつもと同じように仕事をする。


今日はいつも以上に忙しく、気が付くと夜の19時を過ぎていた。

もう帰ろう。
そう考えると、帰りたくない気持ちが出てくる。

このまま何も考えず、ただ目の前に山積みにされた仕事を、手際よくこなしているだけの日々だったら、楽なのに。

どうして現実は、こうも複雑なんだろう。

⏰:11/08/26 18:45 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#298 [匿名]
もっと単純で、人生がゲームと同じだったら、私は間違いなくリセットボタンを押す。

そうしたら、やり直せる。守が死なない様に調節出来る。
簡単に想像出来るのに、どうして戻れないんだろう。



暗闇の様な気持ちで歩いた帰り道、私は悪魔さんに会った。

「よぉ!」

馴れ馴れしい。
昨日ほんの少し話しただけなのに、旧友に会った様な態度に、私は臆する。

⏰:11/08/26 18:49 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#299 [匿名]
「やっぱお前元気ねぇな」

「…出ませんよ」

「何で?」

「何でもです」

言葉に出したら、私はきっと崩れ落ちる。立つ事が出来なくなって、目の前も見えなくなる。

「死んだんだろ?だーい好きだった男が」

言葉を失う。
どうして知っているの?朝の天使さんもそうだった。

この人達は何者なの?

⏰:11/08/26 18:51 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#300 [匿名]
「何で知ってるの?やめてよ!死んだって簡単に言葉にしないで!…って顔してんな?」

悪魔さんはふざけた態度で、私の心をえぐった。

私ってこんなに涙脆かったんだ。ポタポタと涙が垂れて、私の服を濡らす。


そういえば、今まで感動する映画やテレビを見て泣きそうになる時、いつも隣で私より先に守が泣いていたんだっけ。

その様子を見て、私は可笑しくなって笑っちゃうんだ。

⏰:11/08/26 18:52 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


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