漆黒の夜に君と。V[BL]
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#351 [ちか]
笑い声に涙の音が混ざる。
儚くて弱々しく。

ふいに部屋は静かさを取り戻した。
それに溶け込むように優里は俺の名前を呼んだ。

「なぁ、神崎…」

「ん。」

「やっぱ俺、あんたのこと好き。」


急なソレに身体がピクリと反応した。
胸の奥が締め付けられる。
絞り出すような声は今にも消えそうなのに、その意思だけがどんどん直球で伝わってくる。

「この何ヵ月会ってなかったけど、ずっとあんたのことばっか考えてた…」

さらに胸の奥が痛む。

「神崎が、好き…ッ」

その気持ちに今、応えられれば

全てはハッピーエンドで終われるのに。

⏰:11/11/05 01:12 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#352 [ちか]
「優里…」


俺はまだ、


「お前の手術が終わったら、」


その気持ちには


「大事な話がある。」


応えられそうにない。
.

⏰:11/11/05 01:17 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#353 [ちか]
「大事な話…?」

掠れた声に俺は頷いた。

「ああ。…だから、絶対生きて帰ってこい。」

「俺はどっかの国に旅立つ勇者かよ。」

可笑しそうに呆れて笑う優里。
しかしその手は俺の腕をしっかりと握って離さない。


「こんな時くらい黙れねえのか、お前は。」

「うるさい。」


そうしていつの間にか互いの鼓動は同じ速さで時を刻んでいた。

⏰:11/11/05 01:23 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#354 [ちか]
'

「約束だ。お前は絶対生きろ。そしたら俺も本当の気持ちをお前に話す。」


「分かった…約束する。」



誓い合う俺達を月明かりが照らす。



そんな夜明けの時が迫る部屋の中で

俺達はお互いにそう誓って

キスをした。

.

⏰:11/11/05 06:03 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#355 [ちか]
静かに口づけたソレを離し、俺は言う。


「生憎朝から仕事で手術まで一緒には居れねえけど、朝までは居てやるから寝ろ。どうせ寝れなかったんだろ。」


向き合って久しぶりに見た優里の目は疲労の色を帯びていた。
きっと手術が不安で眠れない日が続いていたんだろう。

俺の促しに優里は小さく頷くと、起こしていた上体を再びベッドに沈めた。


優里に布団を深めにかけて俺自身もベッドの脇にある椅子に腰掛ける。

「あんま見られると寝れないんだけど…」


恥ずかしげに布団から顔を覗かせる優里にそう言われハッとした。

「…わ、悪い。」


とりあえず謝って目線を外しておくと、ゆっくり沈黙が流れた。

⏰:11/11/05 08:47 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#356 [ちか]
長い沈黙の中、ふいに小さな声が俺を呼ぶ。

「…神崎」

「ん?」

その声はもごもごとして聞こえづらく、なんとか拾おうと身を近づける。
するとさらにそのその顔は赤くなった。

「…………手、握って。」


言うだけ言って優里はパッと布団の中に籠ってしまう。
そんな優里が少し微笑ましくて、俺は笑った。

「はいはい。」

.

⏰:11/11/05 08:59 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#357 [ちか]
暫くして寝息が聞こえ、安心する。
長い睫毛には少年のあどけなさが残っていた。



もう外はいよいよ夜が明けはじめていた。

握っている手にそっと目を落とす。
そして力を込めた。



「気持ちに応える前に、俺もそれなりにケジメつけないとな。」

―――――――…………
―――――………
―――………

⏰:11/11/05 09:09 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#358 [ちか]
夜が明けて朝になり、
握っていた手をそっと離した。

こいつは手術頑張るんだから、俺も仕事を疎かにするわけにはいかない。

「よしっ」

気合いを入れるように声を出し、研究室に戻った。
―――――――――――――――
―――――――――――――――

「先生、さっきからずっと時計見てますけど何か用事でも?」

「あ、いや、まぁ…」

敢えて手術の時間は聞かなかった。
聞いてしまうときっとその時間には病院に戻ってしまうから。

「もう少しで終わるので間に合えばいいですね。」

「…はい」

もう少し、か。
カチカチと一定に時を刻む時計に神経が奪われていった。

⏰:11/11/05 09:22 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#359 [ちか]
俺も意志が弱いっつーかなんつーか…

疎かにはしてないが
集中出来てるわけでもない。

もう何度時計と睨み合っただろう。

知らぬ間に一日の3分の2が過ぎていた。


………―――「では、以上を以てちまして、研究経過発表を終わります。」

そんな言葉と共に締め括られた一日に俺は安堵の息を漏らす。

無事発表も済んだし、このまま病院に直帰だ。

そう思い乱雑な音をたてて席を立った瞬間、ポケットの中で鳴る機械音。

⏰:11/11/05 11:37 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#360 [ちか]
発信元が見知らぬ番号なことに怪訝な顔を浮かべながら、通話ボタンを押した。

「もしもし…」

「あ、先生?!わたしです!ナースステーションからかけているんですが、急ですいません!!」

聞き覚えのある声にいつもの看護婦の顔が浮かぶ。
一体、俺の番号を誰から聞いたのだろうか。


……こんなに焦り電話をかけてくるなんて。

嫌な予感がした。

「どうかしたんですか…?」

そしてこんな時の俺の勘は、

「優里がっ…――」


よく当たる。

⏰:11/11/05 11:46 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#361 [ちか]
病院に着くと真っ先に電話をくれた看護婦が俺を出迎えていた。


「優里に…ッ、優里に何かあったんですか?!」

「…………。」

黙り混む看護婦の肩を力任せに揺さぶった。
取り乱して力の加減も満足に出来ない。

看護婦は揺さぶられたことで我に返ったように口を開く。


「…しゅ、手術は上手くいったんですっ…、でも…」

「でも、なに?!」

もう限界だ。
焦らさず一気に言ってくれよ。
頼むからっ…――

「昏睡状態のまま目が覚めないんです…」


しかし
突きつけられた現実は
拒みたくなるほど冷たかった。

⏰:11/11/05 18:51 📱:Android 🆔:uD4Ooo.M


#362 [ちか]
看護婦に案内を受けて急いで優里の居る集中治療室に入る。

そこにはところ狭しと並ぶ精密機器に囲まれた優里の姿があった。

周りには数人の医者と看護婦。


「優里…―っ!!」

触れることも出来ないその名前を何度も呼ぶ。
届くはずもないのに。

「優里、起きろよ!!約束しただろ!?なぁ…優里…―ッ!!」

「先生、少し落ち着いて…っ」

「落ち着けるわけないだろ?!?!」


怒鳴ってどうにかなるわけでもないのに、それでも何かに当たらずにはいられなかった。

⏰:11/11/06 00:15 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#363 [ちか]
「こんなことになるなら…――っ」


こんなことになるならもっと早くに
動けばよかった。

後悔ばかりが押し寄せてくる。
悔しさで唇を噛むと、口内でじんわりと血の味がした。

「…なんで俺は…ッ、俺はッ…!!」

今さらこいつが好きだったなんて気づいてももう遅いのに。

「いつも…―――、」


なぜ俺はいつも、
大事なモノばかり
失くしてから気づくのだろうか。

⏰:11/11/06 00:58 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#364 [ちか]
取り乱す俺を見て周りの人間は何を思うのだろう。

いや、今はそんなことどうでもいい。

今はそう、
せめて今だけは、

「…俺も此処、居ていいですか…。」


コイツの傍に居たい。

もう一度、
アイツが目を覚ますことを祈って。

……………────────────
………──────────
……─────

⏰:11/11/06 01:02 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#365 [ちか]
― 優里side.―


夢を見た。



暗い暗い、

夜みたいな空間の中で


聞き覚えのある声に


何度も名前を呼ばれた。



そんな夢を。…───

.

⏰:11/11/06 01:05 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#366 [ちか]
まるで四次元みたいな其処は

光どころか物体なんて何一つなくて


ただ俺は一人、

必死に声のする方を探している。



でも、
どうしても分からない。

どこから聞こえて、


誰が呼んでいるのか。

⏰:11/11/06 01:07 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#367 [ちか]
座り込み目を閉じると、

もうそこが暗いのかどうかも分からなくなった。


ああ、
俺もう死ぬんだ。


直感的にそう感じ取って
諦めるような乾いた笑いさえ零れる。

約束、守れなかったなぁ

なんて思いながら。


────……あれ、
約束なんて、誰としたっけ…?

⏰:11/11/06 01:11 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#368 [ちか]
その瞬間、

また声が聞こえた。



─────……約束しただろ?!

どこから聞こえてくるのか全く分からないのに、耳はその声をしっかり捉える。


約束…───。


─────……優里っ…!!

この声…───。


そうだ、


俺、神崎と約束したんだ。

生きるって……───ッ

⏰:11/11/06 01:15 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#369 [ちか]
思い出した瞬間、
目の前に一筋、光が見えた。

自然と足がその方向に進んでいく。

どこまで続くのか分からないが、その光は暗い足元をしっかりと照らしてくれた。


…──まるで俺を導くように。


俺は走った。
ただひたすら、その先の何かを信じて走り続けた。

途中何度も諦めそうになったけど
その度にあの声が聞こえて。


そう、あれはきっと、
神崎の声。……──────


そしてその光の果てに着いた時、
光が俺を包み込んだんだ。

⏰:11/11/06 01:21 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#370 [ちか]
「ん…───、」


はじめに目に入ったのは
大きくて筋張った手だった。


意識が朦朧とする中、
それを辿るとその先には

クマだらけの目を見開く、
俺の大好きな人。


「か………ん…ざ…き………?」



気づけば名前を呼んでいた。

⏰:11/11/06 01:27 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#371 [ちか]
「ゆ……う、り……、」

ああ、そうだ。
この声だ。


神崎の取り乱したような声。
聞くのは初めて会ったあの時と、
夢の中でたしか二回目。


クマ、あの日より濃くなってんじゃん。


そう思うと、自然に笑いが零れた。

何故だか涙みたいな滴も一粒零れながら。

⏰:11/11/06 18:51 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#372 [ちか]
装着された酸素マスクが邪魔で声が籠り、話しにくい。


意識もしっかりとするまでもう暫くかかりそうだ。


少ししてたくさんの医者や看護婦が入ってきた。

医者達は驚いた顔で俺を見る。


俺の心拍数や容態を色々調べた後、
漸く酸素マスクが外され口が聞けるようになった。

⏰:11/11/06 21:11 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#373 [ちか]
その間もただ神崎は俺を見つめていた。

まるで俺が起きたのが夢を見てるんじゃないか、なんて疑っているような顔で。


とりあえず、今はもう落ち着いているから安静にと一声かけてまた医者達は部屋を出ていった。

再び、部屋の中は俺と神崎の二人。


「神…崎、俺、約束守ったよ。」


そう言って笑って見せると、
その顔はますます複雑になった。


そして、

「ふ……っざけんな!!!!!」

いきなり怒鳴られた。

⏰:11/11/06 21:17 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#374 [ちか]
なんで怒鳴られてるのか。

そんなにも泣きそうな顔で。


言葉の意図がさっぱり分からず、目を白黒させていると、神崎は吐き出すように言った。




「四日間…っ、四日間だ、お前が昏睡状態から目が覚めるまで……ッ」

.

⏰:11/11/06 21:25 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#375 [ちか]
「え…」

気づかないうちに俺はそんなに眠っていたのか。
信じられずにまだ何も言えない俺はただ神崎を見た。

神崎の表情が切なくなっていく。
この人はそういう人なんだ。
照れる時、悲しい時、すぐ怒って誤魔化す。
表情と裏腹な態度で。


神崎は力が抜けたようにベッドの脇にしゃがみこんだ。

「心配させやがって…。」

「…ごめん。」

なんだかその顔を見ていると、俺まで胸がぎゅっと苦しくなった。

⏰:11/11/06 21:31 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#376 [ちか]
口調からは考えられないほど優しく、神崎は俺の髪を撫でる。
そんな神崎を見上げる俺。
無意識に言葉が零れる。


「もしかしてずっと傍に居てくれてた…?だからそんなクマだらけで…」


そう言って神崎の顔にそっと触れると、すぐに顔が赤らんだ。

「うるせ…。」

照れる神崎が珍しくて、無償に愛しく思えた。

⏰:11/11/06 21:40 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#377 [ちか]
そのまま俺の口からは次々と言葉が溢れ、饒舌になる。


「でも約束守ったことには変わりないだろ?聞いてもいいよな、大事な話ってやつ。」


急かすような目付きで神崎を見つめると、神崎はぐっと眉根を潜めた。

ずっと気になっていた神崎の言う、“大事な話”。…───

はやく
はやく聞かせて。

そう促すように神崎の服の袖を掴む。
が、神崎は厳しい顔をした。

「……バカか。まだ完全に回復したわけじゃねえだろうが。話は完全に体力が回復してからだ。」

「はぁ?俺もう大丈…」

「黙って寝てろ。」

どうも、神崎はつくづく照れ屋らしい。
仕方ない、話を聞くためにもはやく回復してやろう。

俺はそう納得して笑った。
───────────………
────────………
──────……

⏰:11/11/06 21:54 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#378 [ちか]
― 陽平side.―


昏睡状態が続いたのは四日間。

諦めたくなくて研究なんて投げ出して常に優里の傍から離れなかった。
いや、離れたくなかった。


精密機器の中で音を刻み、
画面上で辛うじて動く心拍数に何度も祈りを込め続ける。


そして四日目の昼、
漸く優里が目を覚ました時には、奇跡が起きたと思った。
その拍子に全身の力が抜けて、なんとも言えない感情が込み上げてくる。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、
相変わらず少し生意気な優里は
俺の言う“大事な話”を催促した。


しかし俺は回復してからだと固く口を結ぶ。
そんな俺に少し不貞腐れた優里さえ、今は愛しく思えた。



どうであれ、優里は約束を守った。
今度は俺の番だ。
コイツが回復したらちゃんと言おう。


金色の髪を撫でながら、俺はそう決心した。


……の、だが。

⏰:11/11/06 23:23 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#379 [ちか]
「うそだろ?」

「ウソじゃねーよ。」

「まだ1週間も経ってないのに?」

「あー、そう言えば、なんか奇跡的な回復力だって言われた。」





正直、
この野生児の回復力を見くびっていた。

⏰:11/11/06 23:27 📱:Android 🆔:Onz7Ylgk


#380 [ちか]
優里が目を覚ましてから6日目。

優里はみるみる元気になっていった。
6日目の今日には、もうピンピンしてる。

これが本当にほんの何日前まで昏睡状態だったのかと思うと、不思議で仕方ない。


なんか拍子抜けと言うか、なんと言うか…



俺はため息をついてフラリとドアの方向に足を向けた。

するとそんな俺に向けられる噛みつくような声。

「ちょ、神崎っ!!どこ行くんだよ!!逃げんのか?!」


喧嘩でも吹っ掛けてきそうな台詞に思わず吹き出しそうになった。
それをグッと堪えて顔だけ振り返る。


「外出許可貰ってくるだけだ、バカ。」


そろそろ俺もはっきりしないと、な。

⏰:11/11/07 23:03 📱:Android 🆔:YQF1SW5s


#381 [ちか]
────────────────────────
────────────────…………
──────────………


「すっげー!!きれー!!」

「はしゃぎすぎんなよ。」

「わーかってるって!」


外出許可を半ば押しきる形でもらい、車を走らせること一時間とちょっと。


着いたのは、

「でも俺、海なんか見んの何年ぶりか分かんないからさ!なんか感動!」


2月ではまだ肌寒い冬の海。

⏰:11/11/07 23:57 📱:Android 🆔:YQF1SW5s


#382 [ちか]
「うわーまじ綺麗!」

そう言って目をキラキラさせながら海に近づいていく優里の背中を眺めながら、俺は一人考えていた。


本当のことを、本当の気持ちを話すなら海(ココ)がいい。
そう思って何日か前に来ることを決めた。

桜がまだ蕾のままなちょうど今と同じ季節、そして自分の過去、消せない約束と思い出。


すべてが最後には海に詰まっている気がして。

俺は結んでいた口を開いて優里に話しかける 。



「昨日、離婚届書いて日本(あっち)に送った。」

⏰:11/11/08 01:07 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#383 [ちか]
その瞬間、さっきまでキラキラと輝いていたその瞳に不安の影が宿る。

振り向いた優里に俺は宥めるような口調で言葉を繋いだ。


「安心しろ。別にお前のせいじゃない。」


そう、コイツのせいじゃなく
約束に依存してきた俺に対して
至って自業自得なことなのだ。

それでも少し眉をさげる優里に俺は苦笑いする。

「……ていうか、正直、はじめから好きだったのかどうかも分からない。」


こんなことを言うのは最低だと自分でも思う。
しかし、それが事実なのだから仕方ない。
コイツにはすべてを言うと決めたから。

⏰:11/11/08 08:13 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#384 [ちか]
優里はますます分からないと言った表情で小首を傾げた。

「じゃあ、なんで結婚したんだよ?」

なんで、か。

そこにはやっぱり、あの約束があるんだよな。

俺は静かに話始めた。

「好きだった人と約束したんだよ。…幸せになるって。」

あの頃のすべてを。

⏰:11/11/08 08:17 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#385 [ちか]
「まだ研修医だった頃なんだけどな。患者に惚れて、ちょうど今のお前みたいに、俺もそいつしか見えてなかった。」

自嘲気味にそう言って笑うと、優里も恥ずかしがるようなバツが悪いようなそんな顔をする。

その時、ゴォッと一瞬、突風が吹いて寒さが増す海の浜辺。
冷えすぎてはいけないと、海に近づきすぎな優里を手招きしながら話を続けた。


「でもそいつ癌の末期患者で。余命数ヵ月って宣告されてて。知り合って一年も経ってなかったけど、もうヤケクソで告白したよ。」

そう、
ちょうど今のお前みたいにな。

敢えて言わなくても分かるだろう、と思い口にはしないが。

「へ、返事は…?」

ちまちまと歩み寄ってくる優里に俺は笑いかけた。
穏やかに笑えているだろうか。
ここからは思い出しただけで胸が軋む。

⏰:11/11/08 18:26 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#386 [ちか]
「いや、あっさり振られた。ていうか相手にされなかったかな。先生は医者で自分は患者だ、って言い張って、はじめは取り合おうともしなかった。」

「はじめは?」

あれま、勘のいいヤツだ。
俺の言葉の意図をちゃんと掴んでいる。
敢えて聞き返されると、もう顔は笑えてなかった。

「何度も何度も懲りずに好きだって言ってるうちにとうとうそいつの余命も残り一ヶ月になってな、そしたらそいつがポロッと言ったんだ。
“もう長くない人間と一緒になったって先生が不幸なだけだ”って。
なんかもう悔しくて、俺があんたを治すって言い張って、でもそんな俺にあいつはただバカだな、無理だよって笑ってたよ。
今考えたら、酷な話だよな。
患者本人の口から、無理とか治らないとか言わせるなんて。」


頭の中では
ちょうどまだ蕾の桜の木の下で悲しげに笑うあいつの顔が浮かぶ。

⏰:11/11/08 18:40 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#387 [ちか]
しかし、“終わり”というのは不条理なもので。

どうしても“思い”より先に来てしまうんだ。
だから涙が止まらなかった。
気持ちだけ置いてけぼり喰らって、もうすぐ傍には別れだけが冷たく待っている。


それは医者を志す人間にとっては極当たり前のことでも、日常的なことでも、その時の俺にはとても堪えられることじゃなかった。


気づけばもう少しで綺麗な桜が見れそうな季節だった。
──────……あいつが、息を引き取ったのは。



「でも暫くして様態が急変した。
駆けつけた時には、すぐにでも消えてしまいそうな浅い呼吸でさ、ああ、これで終わりってやつなのかって思ったよ。
それで俺の顔が真っ青だったんだろな。うっすら目開けたそいつに、どっちが患者だか分かんないって、息も途切れ途切れなのに宥めるみたいに言われて、情けなくなった。俺、なんで今何も出来ないんだって。…───」

すっかり目の色を暗くした俺を、優里は心配そうに覗きこむ。

俺はそんな優里の頭をそっと撫でた。

⏰:11/11/08 19:00 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#388 [ちか]
精密機器の音も段々聞こえないくらい、俺は周りが見えなくなった。

名前を呼んで辛うじて反応が見える程度と言ったところだろうか。


「ただ泣きそうな顔で見つめる俺に、そいつは震える手から自分がいつもつけてたネックレスを出してきた。
そんで言ったんだ。
“先生はちゃんと、素敵な人と幸せになって”、“コレ持ってたらきっと幸せになれるから。約束だよ。”って。…───」


そして俺がその手から零れるようにそれを受け取った瞬間、何か火でも消えたように静かに終わった。

あいつの人生。あいつの命が。


鮮明に今でも覚えている。
最後に見せた、精一杯の笑顔が。

⏰:11/11/08 19:15 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#389 [ちか]
「うそ…」

優里の目の奥が揺れる。
敢えてその目をすぐにそらして話を繋げた。


「それから、もう人を好きになれなくなった。
失うのが怖くて消したんだよ、感情を。
でも律儀に“約束は守らないと”っていう自分が居て、そんな時今の妻を紹介された。
それで普通に付き合って、普通に結婚して。
だけど、好きだったかって言われると分かんねえ。おかしな話だよな。そんな暮らしが2年くらい続いたんだけど、カナダ(こっち)へ研究に来る前日に、離婚届突き出されたよ。好きな男が出来たから別れてって。」


ザブンザブンと波の音が聞こえる。
自嘲気味な俺の笑いは拐われるように消えた。

チラリと優里を見るとこれまた複雑そうな顔で。


聞かせる方が酷な気さえする。

⏰:11/11/08 19:32 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#390 [ちか]
「普通ならショック受けるんだろうけど、なんか俺納得出来ちゃってな。
やっぱ俺に人好きになることなんかもう無いんだろうなって思ってた。
でもやっぱりあの“約束”が気になって、こっちに来てからも離婚届にサイン出来ないでいた。
必死に“一般的な幸せ”を維持しようとしてたんだよ。
そんな時に、会ったのがお前。」

「……─────っ」


急に話の矛先が自分に向けられたことに驚いたのか、一瞬その体がピクリと跳ねる。


そして構えるような目線を俺に向けた。
そんな優里に俺は容赦なく言い放つ。


「正直、最初はお前のこと嫌いだった。」

⏰:11/11/08 19:42 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#391 [ちか]
その瞬間、優里はひっぱたかれたような顔で俺を見る。

「なんだよ、大事な話ってそれ?!嫌いなら嫌いって言えよ!!」

カッと熱くなる顔に苦笑いした。
やっぱり昔の自分に似てるな、なんて思いながら。

「話の途中だろうが。最後まで聞け。」

宥めるように言うと、大人しくなった優里にため息に近い白い息を吐きながら続ける。


「でも、何度も懲りずに言われるうちになんか胸の奥が揺さぶられるみたいな感覚になった。
最初はそれもただの苛立ちだろうって思ってたんだけど、お前があの金髪の友達と仲良くしてるのを見た時は正直妬いた。」


あの日ベランダから見た二人の影が重なる姿がフラッシュバックした。
あの時のどうしようもない苛立ちは、好きが故のことだったのだと今になって思う。



「妬いたって…、俺ケンとは別に…」

「お前がなんとも思ってなくても、相手がそうとは限らない。」

あの夜、襲われてる場面に遭遇した時がそれを示している。

優里は遮られた言葉を続けることもなく、俯いた。
襲われた夜のことを思い出したのだろう。

⏰:11/11/08 21:35 📱:Android 🆔:9R3No4Oc


#392 [ちか]
そんな優里の頭を乱雑に撫で回した。
まるで、忘れろとでもいうように。

自分も似たようなことをしておきながら。

俺自身も優里を弄んだあの夜に苦い顔をしながら、さらに言葉を紡ぐ。


「でも気づかないように気づかないようにしてた。障害が多すぎんだろって。
これじゃ、約束は果たせねえって。」


どこまでも約束に囚われて
約束に固執する俺。

あいつはそんな俺を望んでいたのだろうか。
そんな俺を繋ぎ止めるための約束だったのだろうか。


いや、

「なのに、手術前日の夜だよ。…どうしようもないくらいお前に惹かれてる自分に気づいたのは。」


きっと、違う。

⏰:11/11/09 01:43 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#393 [ちか]
気づけば細い肩を抱き締めていたあの夜。

泣き顔にさえ、ドキンとしたあの夜。

もう気づいてないフリは出来ないと悟った、あの夜。…───


「俺、お前に実は相当ハマってるみたいだわ。」


そして、ふぅ、と一息ため息をついた。
言い切った安堵とも言える。

いや、正確には、まだ言い終えてはいないのだけれど。

そんな俺とは裏腹に優里は不安げな顔で俺を見つめる。
なんでだよ。
もっと喜ばないか?普通。

そう思ったのも束の間、優里は重苦しい口を開いた。

「でも、…俺とじゃ“約束”は守れないんじゃねーの…?」

その表情がたまらなく愛しい。

⏰:11/11/09 12:44 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#394 [ちか]
「だから、ココに連れてきたんだよ。」

「え…?」

優里の目を真っ直ぐ見据え、そう呟く。
親指で海を指しながら。

「あいつ、この海のどっかで眠ってるから。」


この青くて綺麗な海のどこかに、

白い灰となって。


ますますよく分からないと言った顔をする優里に、俺は付け足した。

「散骨ってやつ。あいつの遺言にそう書いてあったんだよ。もちろん、撒いたのは日本でだけど。でも海はどっかで繋がってると思うから、たぶんあいつはここにも居る。」


だから

俺は最後の挨拶と礼をこめて

ここに来たんだ。

⏰:11/11/09 12:55 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#395 [ちか]
あんなにすがりついていた約束を
あんなに執着し続けていた約束を、

裏切っても言いかもしれないなんて思ってしまったことは奇跡かも知れない。

それなら、
その奇跡に“幸せ”を願ってみても悪くはないだろうか。

もちろんこいつが拒むならそれを優先する心の準備はある。
病気も治った未来ある少年をたぶらかして引きずるようなことはしない。


だけど、

「最後に言っとく。俺はもう30だ。冗談でした、とかなんとか言って逃げるなら今が最後のチャンスだぞ。」


この嵐みたいに何もかもを巻き込んで離さないようなこいつには、


「…っぐ、言わねえ…よッ、グスン、俺はあんたしか…あんたしか見え…てねえんだ…から…────っ」


そんな心配は意味を成さなくて。

俺はそんな優里にどんどん嵌まっていく。

⏰:11/11/09 13:07 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#396 [ちか]
なぁ、
海の中のお前は

そんな俺を許してくれるか?


「グスっ、…神崎こそ、本当に俺で良いのか…?」

いつの間にか涙の膜が決壊した優里が揺れる瞳で問いかける。

そんな優里に俺は微笑んだ。


「お前が良い。」


⏰:11/11/09 13:12 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#397 [ちか]
そして
きつく抱き締める。

離さないように。
離れないように。


「くる…し…、神崎っ」

「これくらいで?ああ、お前、華奢だもんな。」


頭の中に浮かぶ約束の言葉。

今さら、都合よく取ってしまいそうだ。

あいつの言う、“素敵な人”ってのは、こいつをさしてるんじゃないか、なんて。
素敵という言葉の不釣り合いさに少し笑いが込み上げる。


ザーッ…と音を立てて、
押しては引いてゆく波の中ににあいつの姿が浮かぶ。

まるで本当にそこに居るかのように、あいつの声が何故だか聞こえた。


“意地張ってないで、あたしの分まで幸せになってね”

⏰:11/11/09 13:20 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#398 [ちか]
そして、抱き締めた体勢から俺の顔が見えないように優里を胸にしまい込むと、自分にしか聞こえないくらいの声で小さく呟いた。


「………ありがとう。」



案の定、

優里は聞こえてないようだ。

その代わり、心臓の鼓動ばかり速くなっていく。

⏰:11/11/09 13:23 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#399 [ちか]
もう
“普通の幸せ”なんて望めないかも知れない。

でも、それでもいい。


「か、神崎…」


だって俺は


「ん?」


“嵐”にのまれることを望んだのだから。




「………大好き」

⏰:11/11/09 13:27 📱:Android 🆔:/zp5pGog


#400 [ちか]
これから先、どんな障害があるか分からない。


でも、コイツとなら

なんとかやっていける気がする。

いや、むしろ面白そうにさえ思えてくるから不思議なもので。


「………知ってる。」

夕陽でキラキラと水面を光らせる海を背に、顔を赤らめ今にも爆発しそうなそいつへ俺はそっと口づけする。
そして耳許で囁いた。



「俺も、好きだ。」

こんなことを言う俺はらしくない。
狂ってるかもしれない。

だけど、どうせもう引き返すことなんて出来ないんだ。

そらなら、いっそ、とことん飲み込まれてやろうじゃないか。



お前という嵐に。…────



   ― 第十二話 e n d ―

⏰:11/11/09 13:40 📱:Android 🆔:/zp5pGog


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