クソガキジジイと少年」
最新 最初 🆕
#977 [○○&◆.x/9qDRof2]
そう言いながら、白衣の男が顎先で部屋の中央を指す。そこにはベッドが二つ。即(すなわ)ち自分がいまいるベッドと、その隣。自分が着ている物と同じような、簡素(かんそ)な白い患者衣を着た男が、先刻までの自分と同じように眠っている。その横顔を眺めながら、わたしは無意識のうちに冷たい手を伸ばした。男の頬に指先が触れる.......と、同時に男の眉間に皺(しわ)が寄り、頬に僅かな力が入る。驚いて反射的に手を引いたわたしと、その様子を無表情に眺めていた白衣の男の見守る中、もうひとりの屍(しかばね)が目を覚まそうとしていた。

⏰:22/10/07 19:04 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#978 [○○&◆.x/9qDRof2]
 愛しのイザベラ。

 白骨死体になっても美しいきみに魅入られたぼくは二度とここから出られないだろう。


永遠にわたしの傍にいて。

青年の耳に美しいイザベラの声が響いた。

⏰:22/10/07 19:07 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#979 [○○&◆.x/9qDRof2]
『雨、恋、盆栽』

 細く単調な雨音が、薄い窓一枚を通して伝わって来る。雨は昨晩からずっと降り続いていた。

 夏の盛りも僅かに陰りを見せ始めた折、まるでそれまで夏の王者として居座っていた太陽の休息を狙うかの如く、雨雲はごく自然に日本全土へと入り込んで、憂鬱な雨を降らしている。
 だが、盆帰省に際して大多数の人間から疎ましがられるであろうそんな天気も、佐々木麻衣には愛おしい時間の一つであった。

⏰:22/10/07 19:07 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#980 [○○&◆.x/9qDRof2]
 麻衣は雨が嫌いではない。むしろ、雨が降るとどうにも心が踊るのだ。そして、そういう時は馴染みのカフェでひたすら読書に耽るというのが麻衣の密やかな楽しみだった。

 高級品ではないにしろ、旧き良き時代を感じさせる上品な木製のテーブルセットと煉瓦造りを基調とした落ち着いた雰囲気の店内には、静謐とした空気が流れ、そこにいると時が歩みを緩めたように、ゆっくりと感じられる。

⏰:22/10/07 19:08 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#981 [○○&◆.x/9qDRof2]
 客は、麻衣一人きりだった。適度にボリュームの押さえられた音楽は、古い洋楽だろうか。
 懐かしいような気分にさせてくれるが、そのどれもが麻衣は知らない曲ばかりで、辛うじて分かったのは、今掛かっているプラターズの「煙が目にしみる」くらい。しっとりと情感に富んだそのメロディは妙に店の雰囲気と合っている。

⏰:22/10/07 19:08 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#982 [○○&◆.x/9qDRof2]
ふと、麻衣は人の気配を感じた。と、同時にコトッと小さな音が耳に届き、目の前の木製のテーブルに覚えのないグラスが置かれた。

「――集中するのはいいけどね」

 そんな言葉とともにテーブルの上に現れたもう一つのグラスと文庫本。誘われるように、麻衣は顔を上げていた。

「温くなってしまって、もったいないよ、佐々木」

⏰:22/10/07 19:08 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#983 [○○&◆.x/9qDRof2]
ここのアイスコーヒーは美味しいんだから――耳に心地好く響く低音に乗せて、彼は微かに笑った。

「……英輔」

 麻衣の呟きに返事を返して、彼――木戸英輔は麻衣の対面に腰を下ろした。

「コーヒー、ありがとう」
「ああ」

⏰:22/10/07 19:09 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#984 [○○&◆.x/9qDRof2]
 早速ストローの封を切って、新しく渡されたグラスに差し込む。
 黒色の中に仄かな褐色を残した液体は、掻き混ぜるごとに小さく渦を巻いていた。口に含めば、先程までの水に薄まったそれとは比べものにならない刺激が、冷たく舌を刺す。

 新鮮なブラック特有の苦味と酸味に、麻衣は満足した溜息を零していた。
 そんな麻衣を一通り見遣ってから、英輔もグラスを傾ける。麻衣のようにストローは使わなかった。

⏰:22/10/07 19:09 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#985 [○○&◆.x/9qDRof2]
「……さっきから何度も呼んでたんだけど」
「そうなの? ……ごめん。気が付かなかった」
「だろうね。どうせ、それを読んで別の世界にでも行ってたんだろう」

 英輔が麻衣の手元を指差す。閉じられた本の背表紙が見えた。

⏰:22/10/07 19:09 📱:Android 🆔:GR1soPvw


#986 [○○&◆.x/9qDRof2]
「それ、面白いの?」

 「それ」と英輔に称されたのは、麻衣も初めて知ったような無名の作家が書いた「365日盆栽白書」。

「盆栽のことが書かれた小説ねぇ……」

 声に小さな笑いが混じっていたことに、麻衣はむっとした。

「……別にいいじゃない」
「まぁね。けど、相変わらず、オッサンだね」

⏰:22/10/07 19:09 📱:Android 🆔:GR1soPvw


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194