-Castaway-
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#201 [◆vzApYZDoz6]
日が西に傾いた頃。
バニッシは家の炊事場の竈に火を着け、湯を湧かしていた。
文明の利器が存在しないパンデモでは、食品調理は火を起こすところから始まる。
程好い熱さになったところで鍋を竈から離す。急須のような物に熱湯を灌ぎ、それと壁に干してある短い草のような物、土で出来た深めのコップを持ち、部屋へ戻った。
三角座りで寝息を立てるアリサを余所に、急須のような物に干し草を入れてコップへ灌ぐ。その姿はまるで日本人が茶を淹れているようだ。
ゆっくりと飲み物を啜る横で、アリサが目を覚ました。

⏰:08/01/04 18:25 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#202 [◆vzApYZDoz6]
バニッシが欠伸をしているアリサに話し掛ける。

バニッシ「やっと起きたか」
アリサ「……ん……あっ、おはよー…」

眠そうに目を擦るアリサに、呆れたように言った。

バニッシ「何がおはよーだ。起こせって言ったろ」
アリサ「へっ?………あー!!」

アリサが跳ね起き、慌て外を見る。
川の近く、普段なら集会場となっているところが、提灯の灯りでぼんやりとオレンジに光っている。姿は見えないが、太鼓を叩く音や笛の音が鳴り、時たま拍手や歓声が沸き起こる。恐らく今は、踊り子が舞を踊っているのだろう。

⏰:08/01/04 18:35 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#203 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「もう始まって結構経ってるじゃん!!」
バニッシ「そうだな」

外を眺めていたアリサが部屋に視線を戻し、素っ気なく飲み物を啜るバニッシを睨んだ。

アリサ「いつ起きたのよ?」
バニッシ「さぁ…祭が始まる10分前ぐらい?」
アリサ「何で起こしてくれなかったのよー…」

項垂れながらその場にへたり込むアリサを見て、バニッシが楽しそうに鼻で笑った。

バニッシ「起こしてくれとは言われてないし」

バニッシが飲み物をすべて飲み終え、急須と土製のコップを持って部屋を出る。アリサはそれを眺めながら溜め息をついた。

⏰:08/01/04 18:44 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#204 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「もー、自分が行きたくなかったから起こさなかったんだわ絶対…今から行っても遅いし…」

アリサが膝の中に顔を埋める。そんなに背が高くないアリサのその姿はかなり小さい。

アリサ(…今年こそ一緒に行きたかったのに…)

アリサは、一緒に行きたかったのに、寝てしまった自分に呆れ、溜め息混じりの笑みを溢した。

バニッシ「溜め息吐くと幸せが逃げますよー」

器具を片付けてバニッシが部屋に戻ってきた。

⏰:08/01/04 18:54 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#205 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「それは嫌!」

アリサは少し慌てて、吐いた息を吸う素振りを見せる。

バニッシ「はははっ、ベタな事してんなよ」
アリサ「何よー、自分が振ってきたんじゃない」

からかうように笑うバニッシの態度に、少しふて腐れたように頬を膨らませる。別にバニッシに会えなくなる訳じゃない。また来年、一緒に行ければいい。
そんな事を考えていたアリサの顔は、既にいつもの表情に戻っていた。

アリサ「はーっ、それじゃあたしはそろそろ帰ろっかな」

⏰:08/01/04 19:04 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#206 [◆vzApYZDoz6]
アリサが立ち上がり、少し伸びをする。

バニッシ「あ、送ってくわ」

そう言うとバニッシも立ち上がって玄関へ向かう。
バニッシの気持ちは嬉しかったが、アリサは今日これ以上バニッシと一緒にいると泣きそうな気分がした。

アリサ「あー…いいよ、うん。まだそんなに暗くないし。大丈夫!」
バニッシ「…そうか?」

頑張って作った笑顔が不自然に見えたのか、バニッシが怪しむようにアリサの顔を覗き込む。
アリサは自分の顔が赤くなっていくのがはっきり分かった。

⏰:08/01/04 19:12 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#207 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「大丈夫だって!あたしだって一応パンデモの人間なんだよ?」
バニッシ「いやそれ、ここら辺の人間全員そうだと思うけど」
アリサ「とにかくいいから!大丈夫!」

恥ずかしがってか視線を合わせないアリサ。
そんなアリサから何かを感じ取ったのか、バニッシが不意に言った。

バニッシ「…じゃあ俺、今から散歩行くわ」

そう言って、座って靴を履いているアリサの横に座る。
アリサには、無言で靴を履くバニッシの行動の意図がよく分からなかった。

アリサ「へっ?何で?どこに行くの?」
バニッシ「適当に行く。別に理由はない」

⏰:08/01/04 19:24 📱:P903i 🆔:ba3mTFuU


#208 [◆vzApYZDoz6]
アリサは自分の家に向かって歩いていく。バニッシは何も言わずに、アリサと肩を並べて歩いていた。

アリサ「…ねぇ、どこ行くの?」
バニッシ「気の向くままに」

一応聞いてみたが、態度は少し素っ気ない。もしかして、と思ってはいたが、やはり家まで送る気だろう。
自分の右を歩くバニッシとの距離は、少し腕を伸ばせば手を繋げられそうなくらい近い。そのせいか、背が高いバニッシが余計に高く見えた。
アリサは少し俯いて、嬉しそうに笑った。

⏰:08/01/05 03:20 📱:P903i 🆔:0gAfYohg


#209 [◆vzApYZDoz6]
軈てアリサの家が見えてきた。
パンデモの中でも五指に入るバニッシの家系程ではないが、アリサも上流家系の人間で、家は大きめ。
アリサは家の鳥居のような門の前で止まって振り返った。

アリサ「えっと…どうするの?」

訊かれたバニッシは無言で俯いている。アリサも暫く黙っていると、突然バニッシがアリサの手を引き歩き出した。

アリサ「えっ?ちょっと、どうしたの?」
バニッシ「いいからついてきて」

バニッシが少し早足で何処かへ歩いていく。アリサは小走りになりながら肩を並べてついていった。

⏰:08/01/05 03:30 📱:P903i 🆔:0gAfYohg


#210 [◆vzApYZDoz6]
向かった先は修練場だった。崖に囲まれた空間を横切り、真っ直ぐに撃ち込み用の丸太のある場所まで歩いていく。

アリサ「ちょっと、もしかして今から修行でもする気?」
バニッシ「違うよ」

そう言うと、アリサの脇の下に腕を回し、抱き上げた。
突然抱かれたアリサは、少し顔を赤くして狼狽えた。

アリサ「えっ、何?」
バニッシ「捕まってろよ」
アリサ「へっ?…きゃっ!」

バニッシがアリサを抱えて、4mはあろうかという崖を一足で乗り越えた。
突然感じた浮遊感に、アリサが反射的に瞼を閉じる。どうなったのかとゆっくり目を開けると、眼下に修練場が見えていた。

⏰:08/01/05 03:42 📱:P903i 🆔:0gAfYohg


#211 [◆vzApYZDoz6]
バニッシが抱えていたアリサを地に下ろす。
崖の上には、雑木林が広がっていた。日は殆ど沈んでいるため真っ暗で、奥の方は殆ど見えない。
修練場の方を振り返ると、集落のほぼ全景が見渡せた。パンデモの集落は谷の合間にあるため、緩やかな階段状になっている。修練場は集落の外れ、一番上に存在した。
パンデモの集落となるのは、その修練場の崖まで。そこを越えてどこへ行くのだろうか。
アリサがまた振り返ると、バニッシは既に雑木林を歩いている。

アリサ「ちょっと、先々行かないでよ!」

慌ててバニッシの後を追い掛け、雑木林に入っていた。

⏰:08/01/05 04:00 📱:P903i 🆔:0gAfYohg


#212 [◆vzApYZDoz6]
雑木林の中は、外から見るよりもさらに暗い。目の前を歩くバニッシの姿もよく見えないぐらいだ。
灯りとなるものも持っていなかったので、地面に転がっている石に躓きそうになる。
それを見ていたバニッシが手を差し出してきたので、恥ずかしそうに手を繋いだ。
バニッシが躓きもせずに歩けるのは何でだろう、とアリサが少し感心していた時、バニッシが不意に止まった。アリサはすぐ後ろを歩いていたので、バニッシの背中に鼻をぶつけた。

アリサ「いたっ!…ちょっと急に止まらないでよ!」
バニッシ「見てみな」

バニッシが、背中に埋まるアリサに顔を向けながら、前方を指差した。

⏰:08/01/05 13:04 📱:P903i 🆔:0gAfYohg


#213 [◆vzApYZDoz6]
アリサがバニッシの背中から顔を覗かせ、指の先を辿る。
そこは今まで歩いてきた場所と違い明るい。数m先に小川が流れているのがはっきり分かった。
明るみの正体は、小さなエメラルドグリーンの光。点々と幾つもの光が舞うその様は、まるで動く星郡のようだ。

アリサ「すごい綺麗…」
バニッシ「ここ座れよ」

バニッシが小川の側の木の下へ、アリサを宛がう。
アリサは言われるままに、ちょこんと三角座りをして、動く光を眺めた。

バニッシ「あれ、実は『ホタル』っていう虫だったり」
アリサ「そうなの?でも綺麗ねー…」
バニッシ「今日お前を起こすの忘れてたお詫び、かな」

⏰:08/01/05 23:08 📱:P903i 🆔:0gAfYohg


#214 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「へっ?」
バニッシ「何でもない」

驚いたアリサが目を丸くして、左隣に座るバニッシの方を向く。バニッシは木に凭れ掛かって左を向いていて、顔は見えない。
そんなバニッシの様子を見ていると、恥ずかしさと嬉しさが同時に込み上げてくる。膝の間に顔を埋めたが、軈て嬉しそうな笑みを浮かべながら、再びホタルを眺めた。

少しの恥ずかしさからか、バニッシの反対側を向いてホタルを眺める。
バニッシもホタルを眺めているのか、小川のせせらぎ以外の音は聞こえない。

⏰:08/01/06 00:36 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#215 [◆vzApYZDoz6]
沈黙が続く中、アリサは俯いた。
自分の気持ちを、今なら言えるかも知れない。

バニッシの親とアリサの親は仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしている。物心ついた時には既に、少し年上のバニッシがいつも側にいた。
幼い頃は、本当の兄だと思っていた。遊ぶ時も、ご飯の時も、寝る時も一緒だった気がする。
バニッシを意識し始めたのはいつ頃からだろう。年齢よりも大人っぽく感じるバニッシの言動に、年齢よりも子供っぽいアリサは、いつもどきどきしていた。

⏰:08/01/06 00:57 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#216 [◆vzApYZDoz6]
大人っぽくてもどこか面倒臭がりでひねくれているバニッシと喧嘩して、距離を置く事もよくあった。
喧嘩している時に、こっそり修練場に行く。バニッシは、アリサと居る時以外は大抵は修練場にいた。修行に打ち込んでいるバニッシの真面目な表情を見ると、素直になれない自分が少し恥ずかしくなる。
どんなに静かに見ていても、撃ち込みを終えたバニッシは必ずアリサに気付く。汗を袖で拭きながら無言でやってくるバニッシに、喧嘩していたのも忘れて袖で拭くと汚いと注意する。その後はいつも一緒に帰って、いつの間にか仲直りしていた。

⏰:08/01/06 01:07 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#217 [◆vzApYZDoz6]
アリサが俯いたまま、ゆっくりと瞼を閉じる。
バニッシとの思い出を振り返り、頭の天辺から足の先までバニッシの事を考えてみる。
再び目を開けた時には、心にほっこりと暖かい感情が芽生えた。
アリサは心の中で、今、自分の気持ちを伝えよう、と思った。
気持ちを伝えた結果がどうなっても、今ならすっきりできる気がした。

アリサ「……ねぇ、バニッシちゃん」

意を決して、隣に座るバニッシの方を向く。
だが、そこにバニッシはいなかった。

アリサ「……あれ?バニッシちゃん…どこ?」

⏰:08/01/06 01:14 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#218 [◆vzApYZDoz6]
――…
バニッシ「お前を起こすの忘れてたお詫び、かな」
アリサ「えっ?」
バニッシ「何でもない」

何でもない、そう言って少し恥ずかしさが込み上げてきた。
こんな顔は見られたくない、と思ったバニッシは顔を背けた。
暫くして静かに振り向くと、アリサが嬉しそうな笑顔を綻ばせながら、ホタルを眺めている。
その表情を見たバニッシは嬉しくなったが、少し複雑な気分になった。
アリサの、自分に対する気持ちは分かっている。でもそれに応える事はできない。だが、アリサを嫌いな訳ではなかった。

バニッシは、いつかパンデモを出ようと考えていた。

⏰:08/01/06 01:27 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#219 [◆vzApYZDoz6]
理由は分からない。でも、何故か自分はパンデモを出なければいけない気がした。幼い頃から、自分は何かを為し遂げなければならない、と誰かに言われてる気さえした。
なぜそんな気がしたのかは全く分からない。だが、その分からぬ答を探すためにも、バニッシはパンデモを出る事を決意した。修行に明け暮れるのも、パンデモを出る事が理由だった。
そして、これは自分1人の問題。何があるか分からないのにアリサを巻き込む訳にもいかない。
どうせ叶わない想いなら、忘れた方がいい。
だが、いつからだろうか。そんな自分の気持ちとは裏腹に、日に日にアリサとの距離は縮まっていった。

⏰:08/01/06 01:37 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#220 [◆vzApYZDoz6]
アリサは、俺の胸中を知ればどうするだろうか。
いや、答えは分かってる。好奇心の強いアリサの事、危険を知ってでも必ずついてくるだろう。
…こうなったら、俺の気持ちを話してみようか。
必ず戻る自信も無いのに、待ってろとは言えない。だが、ついてくるなら、全力をかけて守ればいいだけだ。

バニッシが溜め息混じりの笑みを溢した。
今日の自分はどこかおかしい。こんな事を考える自体、今まで無かっただろう。
こんな気分になれるのも、今日が最後かも知れない。

⏰:08/01/06 01:44 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#221 [◆vzApYZDoz6]
どちらにしたって、アリサはいつか自分に気持ちを伝える。
だが、俺の気持ちをアリサが知らない限りは、黙って断るしかないだろう。
それは絶対に嫌だ。

バニッシは、今まで黙っていた自分の気持ちを、自分の目的を話そうと、アリサの方を向く。
アリサは少し俯いて、何か考えているようだ。

バニッシが口を開きかけたその時、背後で一瞬だけ何かを感じた。
不安を駆り立てるような、形容しがたい何かの気配。
驚いて気配の方向に視線を向けるが、そこには何もないし誰もいない。

⏰:08/01/06 01:51 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#222 [◆vzApYZDoz6]
アリサは俯いたままで、恐らく気配には気付いていない。
バニッシは神経を研ぎ澄ませ、ゆっくりと音をたてずに立ち上がる。小川を背にして、雑木林の暗がりを静かに見つめた。ホタルの光に照らされて、ぼんやりと見えるその場所には何も見えない。
だが、確実に『何か』がいる。
隠れているのかどうかは分からないが、底知れぬ不安感がバニッシを包んだ。
こちらには気付いているのだろうか。もし来るようであれば、アリサだけでも逃がさないといけない。
バニッシが静かに拳を握り、ゆっくりと腰を落とす。

アリサ「何やってんのそんなところで?」

⏰:08/01/06 02:03 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#223 [◆vzApYZDoz6]
不意にアリサの声がした。振り返ると、アリサが首を傾げて立っている。バニッシがいない事に気付き、探していたようだ。
バニッシが我に帰ったように辺りを見回した。
謎の気配は、既に消え失せている。一応確認してみるが、勿論そこには誰もいないし何もない。気のせいだろうか。
だが、底知れぬ不安感はまだ残っている。なにか、悪い事が起きる。そんな気がしてならなかった。

アリサ「ちょっと、どうしたのよ?」

アリサが後ろで焦れったそうにしている。
アリサは何も分かっていないようだし、わざわざ話す必要も無いだろう。

⏰:08/01/06 12:33 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#224 [◆vzApYZDoz6]
バニッシ「何でもない」

バニッシが元の場所に座る。アリサもそれに倣って隣に座った。

アリサ「本当にー?さっきから『何でもない』って言ってばっかりじゃない」
バニッシ「本当に何でもないって」
アリサ「また言った」
バニッシ「いやいや、今のは違うし。つうか別に…」
アリサ「『もういいって』でしょ?」
バニッシ「いや、まぁ…」

言葉を遮られて、困ったように後頭部を掻きながら俯くバニッシを見ながら、アリサが小さく呟いた。

アリサ「…まだあたしは話してないのに、よくないよ」

⏰:08/01/06 15:29 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#225 [◆vzApYZDoz6]
バニッシ「えっ、何て?」

頭を上げて聞き直すバニッシに、意地悪に微笑んだ。

アリサ「何でもない」
バニッシ「お前も言ってるじゃん」
アリサ「さっきのお返し」

そう言うと、アリサはそっぽを向いたように再びホタルを眺めた。アリサの表情を見たバニッシは、はにかむように笑みを溢し宙を見上げる。
さっきよりも数が増えたホタルの光がより一層辺りを目映く照らし、静かに響く小川のせせらぎは耳に心地好い。
バニッシは、ずっとこのまま時が止まればいいのに、と思った。

⏰:08/01/06 15:36 📱:P903i 🆔:PrtJ6fdI


#226 [◆vzApYZDoz6]
ホタルを眺めるバニッシは、さっきの気配の事は頭から離れていた。
気のせい等ではなく、気配を感じた場所には本当は人が居たというのに。

?A「…なかなか勘の鋭い若造だな」
?B「こんなところに人が居るとは思ってはいませんでしたが…まぁ問題はないでしょう」

謎の2人が話をするのは、気配を感じた場所の上。2人は密集する木の枝の上で、今度は完全に気配を殺して、バニッシとアリサを見下ろしていた。

(グラシア。今はまだ組織にはなっていないウォルサーの、総司令官です)
(クルサ。地球に『扉』を出現させ、京介と藍をディフェレスに移動させた張本人です)

⏰:08/01/07 04:18 📱:P903i 🆔:lqpkon9E


#227 [◆vzApYZDoz6]
グラシア「まぁ気付いてないようだしな。早いとこ移動するぞ」
クルサ「分かりました」

クルサは返事をすると背を向け、枝から枝へ次々と縫うように素早く、しかし静かに飛び移っていく。残像だけが残り、あっという間に姿が見えなくなった。
グラシアは踵を返して顔だけ振り向き、眼下のバニッシとアリサを一瞥する。
楽しそうにホタルを指差すアリサを、バニッシが優しい表情で見ている。

グラシア(…そうだな。間接的に、あの娘を少し利用してやるか。…若造が嘆き叫ぶ顔を見るのが、今から楽しみだ)

グラシアが唇を歪め歯を見せ、声を出さずに含み笑いをする。
そのまま振り向いて枝を飛び移っていき、闇夜の雑木林に中に消えていった。

⏰:08/01/07 04:37 📱:P903i 🆔:lqpkon9E


#228 [◆vzApYZDoz6]
グラシアは枝を飛び移って、どんどんとパンデモに近付いていく。軈て雑木林を抜け、拓けた崖の上に出た。
グラシアが出たのは修練場。中央には、既にクルサが立っていた。グラシアも崖を飛び降り、クルサに近付く。
歩いてくるグラシアにクルサが話し掛けた。

クルサ「誰でもいいのですか?」
グラシア「いや…さっきの若造の隣にいた娘の母親だ。知ってるか?」
クルサ「あの男はバニッシ、娘はアリサ、アリサの母親はイルリナです」

クルサが無表情に答える。
グラシアは嘸機嫌がいい、といった感じに含み笑いをした。

グラシア「お前を連れてきたのは正解だ」

⏰:08/01/07 17:38 📱:P903i 🆔:lqpkon9E


#229 [◆vzApYZDoz6]
グラシアのスキルは『アナザーコンプリート』。人、又はスキルを支配する事ができる。
人の場合は本人の意思に関係なく、グラシアの意思に沿って動かす事ができる、洗脳のようなもの。ただし、これは悪意のない人間を支配する事はできない。
スキルの場合は、レンサーの持つスキルを支配し、使用する事ができる。元々の所持者は、支配されている間はスキルを使えなくなる。これはスキルの『使用権』がグラシアに移るだけで、スキルを所持するレンサーが死ぬ・気絶するなどしてスキル発動不能状態になると、グラシアもスキルを使えなくなる。
支配できる人間やスキルに制限は無いが、2つの支配を同時に1人に使うことはできない。

⏰:08/01/07 18:03 📱:P903i 🆔:lqpkon9E


#230 [◆vzApYZDoz6]
グラシアは、このスキルを使い戦力を増やしていた。
人体支配が及ぶ人間は支配し、支配は出来ないが有能な者は人質を使い、配下にした。

そして、クルサは人体支配を受けた、パンデモ一族の人間だった。
クルサは1人パンデモを出て旅をしている最中、グラシアに支配を受けた。

クルサのスキルを知ったグラシアは、ライフアンドデスを支配しようと試みた。
しかし、クルサは既に人体支配されているので、スキル支配を使うことはできなかった。
そこで、パンデモ一族の人間を捕え、スキルを支配しようと、パンデモを知るクルサを連れてパンデモに出向いたのだった。

⏰:08/01/07 18:12 📱:P903i 🆔:lqpkon9E


#231 [◆vzApYZDoz6]
クルサ「始めてもよろしいですか」

会話の時も、クルサは表情1つ変えない。
最早、パンデモの事は知識以外、両親や仲の良かったバニッシ・アリサとの思い出や感情も、全て忘れてしまったようだった。
支配されたのは、1人旅で訪れた先々の影響で、ほんの僅かな悪い心ができたからだろうか。

グラシア「ああ。始めろ」
クルサ「では…」

クルサが膝をつき、両手を重ねて前に突きだす。
手が翳された空間が歪み、黒くなっていく。

⏰:08/01/07 18:34 📱:P903i 🆔:lqpkon9E


#232 [◆vzApYZDoz6]
クルサのライフアンドデスで所持しているスキルの1つだろうか。
軈て地面も同様に一部分が黒くなる。黒くなった部分は円を形成していき、地面の黒と繋がり円柱のような形になった。

クルサ「ドリフターポート、ターゲット、イルリナ―――」

クルサが呟くと、黒い円柱がその場で高速回転しだした。回転速度で土埃が舞い上がる。

クルサ「―――ポートアボート!」

瞬間、黒い円柱が煙を巻いて消え去る。
消え去った跡には、女性が立っていた。

⏰:08/01/08 00:41 📱:P903i 🆔:DkUPgSHo


#233 [◆vzApYZDoz6]
祭りがあったからだろうか、少し豪華な格好をするその女性は、驚いた様子で辺りを見回す。
整った顔立ちに、長い黒髪を複雑に束ね、金の簪と金の櫛で止めている。茶色い胴着のような服に赤い単を纏うその姿は、とても綺麗だ。

(イルリナ。アリサの母親です)

グラシア「初めまして、イルリナさん」
イルリナ「ここは…修練場?なぜ急にこんなところに…それに貴方達は…」

イルリナは言いかけて、知ってる人物がそこに居ることに気が付いた。

⏰:08/01/08 00:55 📱:P903i 🆔:DkUPgSHo


#234 [◆vzApYZDoz6]
イルリナ「あなたっ…何でクルサちゃんがここに居るの?つい1か月くらい前にスキル収得の旅に出たはずじゃない!」

イルリナが口調を強めてクルサに迫る。
クルサは俯いたまま表情を変えず、視線も合わせず、口も開かない。イルリナはそれを見て不信に思ったのか、後ろでほくそ笑むグラシアを睨んだ。

イルリナ「あなたが…何かしたのね?私をここに喚び出したのは何のためかしら」

イルリナが半歩下がり、構えようとする。
だが、それを遮ったのはクルサだった。

⏰:08/01/08 01:07 📱:P903i 🆔:DkUPgSHo


#235 [◆vzApYZDoz6]
クルサは下がろうとするイルリナに素早く足を掛け、後ろに回り、握られる拳をイルリナの背中で抑えた。
その力は強く、イルリナが振りほどこうとするも、後ろのクルサは全く微動だにしない。

イルリナ「ちょっとっ…どうしたのよクルサちゃんっ…!」
グラシア「彼は俺が『支配』したのさ」

イルリナはゆっくりと近付いてくるグラシアを、敵意を込めて睨み付けた。

イルリナ「なんてことを…!」
グラシア「おっと、動くなよ。女性相手に悪いが、失礼する」

グラシアはそう言うと、イルリナの胸元に手を置いた。

⏰:08/01/08 01:19 📱:P903i 🆔:DkUPgSHo


#236 [◆vzApYZDoz6]
グラシアの手が一瞬青く光った。

グラシア「失礼した。…もういいぞクルサ」

クルサが押さえ付けていた手を離す。急に離されたためイルリナが躓くようによろめいた。
イルリナが1歩下がり、自分の胸元に手を当てる。体は、特に何もおかしな所はない。意識もはっきりしているから、支配されたという訳でもなさそうだ。

イルリナ「…今私に何をしたの?」
グラシア「その質問は後で答えよう。とりあえず、俺達と一緒に帰ってもらおう」

クルサが今度は立ったまま手を重ね、イルリナに向ける。

グラシア「別に抵抗してもらっても構わない。どうせ無駄だがな」

⏰:08/01/08 20:57 📱:P903i 🆔:DkUPgSHo


#237 [◆vzApYZDoz6]
イルリナ「…ふざけてるの?ここから逃げるぐらいなら……っ?」

イルリナが何かしようとして動きを止めた。
ライフアンドデスによって所持しているスキルが、使えない。使えば逃げる事ができるスキルが、発動しない。
それならば、と攻撃用のスキルを試みるが、やはり発動しない。
イルリナは驚愕と憔悴の入り交じった表情で、視線を落として困惑した。

イルリナ「スキルが…なんで…」
クルサ「ドリフターポート、パーティネガション」

気が付くと、イルリナ・グラシア・クルサが立つ地面と頭上に、黒い円ができている。

⏰:08/01/09 01:17 📱:P903i 🆔:BlcCJlsg


#238 [◆vzApYZDoz6]
イルリナがバックステップで黒い円から逃れようとする。
が、今度は体が動かない。視線だけを上げると、グラシアが嘸可笑しいといったように顔を歪めて歯を見せていた。

グラシア「やはり無駄だったな」

イルリナは何かを喋ろうとしたが、もう声も出せなかった。
地面と頭上の黒円が繋がり、3人を黒い円柱が包む。

グラシア「なーに、殺しはしないさ。今はな…」
クルサ「―――ポートアボート!」

グラシアの笑いを残し、円柱が3人と共に煙を上げて消え失せた。

⏰:08/01/09 01:26 📱:P903i 🆔:BlcCJlsg


#239 [◆vzApYZDoz6]
飽きることなく、楽しそうにホタルを眺めるアリサ。
そんなアリサを見て、バニッシはアリサを連れてきて良かったと思っていた。
パンデモを出る事は、今はいい。また今度にしよう。
そんな事を考えていた、その時。

バニッシ「―――!」

バニッシがまた、謎の気配を感じて立ち上がる。今度はさっきよりもはっきりとした気配が、さっきよりも遠い所にある。
その気配は自分らに気付いてる風ではない。だが、忘れかけていた不安感が再び、克明に蘇ってくる。

⏰:08/01/09 01:41 📱:P903i 🆔:BlcCJlsg


#240 [◆vzApYZDoz6]
アリサが立ち上がってるバニッシに気付き、少し呆れたような顔をした。

アリサ「また?さっきからちょっと変…」

アリサの言葉を待たずに、バニッシが駆け出した。

アリサ「あっ、ちょっと!…もー!」

アリサが追い掛ける。
だがバニッシの駆ける速度は速く、どんどん差が離れる。
周囲の暗さも相まって、バニッシを見失ってしまった。

アリサ「…見失っちゃった」

アリサが項垂れながら辺りを見回す。
戻ろうにも、自分が今何処にいるか分からない。
仕方なく立ち止まり、その場でバニッシを待つことにした。

その後ろに、黒い円柱が現れた。

⏰:08/01/09 22:38 📱:P903i 🆔:BlcCJlsg


#241 [◆vzApYZDoz6]
バニッシは雑木林を抜け、修練場に辿り着いた。中央に歩いていき、辺りを見回すが、例によって誰も居ない。
気配は確かに修練場から感じた筈だったが、また逃げたか若しくは隠れたか。
バニッシが眉間に皺を寄せ、深刻な表情で頭を掻く。
今日はもう帰った方がいいな、と思った時に、大事な事に気が付いた。

バニッシ「しまった…アリサ連れてくるの忘れてた!」

バニッシが慌てて崖に走っていき、一足で飛び越える。
飛び越えた崖の上には、雑木林から出てきたアリサが立っていた。

⏰:08/01/10 23:26 📱:P903i 🆔:a4m5MZjc


#242 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「もー、1人でどっか行かないでよ!」

アリサが怒ったように口を尖らせる。

バニッシ「…お前、1人でここに来れたのか?」
アリサ「誰かさんのせいで迷っちゃったけど、適当に走ってたらね」
バニッシ「ああ、悪い」

あの小川への道は結構複雑だ。途中に深い谷があったりして、知らない者がそこへ行くのは難しい。本当にアリサは1人で来たのだろうか。
バニッシはそう思ったが、一応アリサは無事だったので、黙って帰ることにした。

⏰:08/01/11 09:25 📱:P903i 🆔:frq1vZoY


#243 [◆vzApYZDoz6]
2人で肩を並べ、アリサの家に向かう。バニッシは、横を歩くアリサの肩が震えているのに気付かなかった。
修練場を出て、細い道を歩く。家が増えるにつれ、ざわめきが目立った。
バニッシは不安が募った。やはり何かあったのだろうか。そう思った時、後ろから声がした。

「兄ちゃん!」

2人が後ろを振り返る。バニッシはその声を知っていたので、同時に返事をした。

バニッシ「どうしたんだバン?」
バン「あっ、アリサ姉ちゃんもいるや。ちょうどよかった」

⏰:08/01/12 00:09 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#244 [◆vzApYZDoz6]
そこに居たのは少年だった。
背は150センチ前後ぐらい、半袖のシャツに7分丈のズボンを履いている。一見すると小学生くらいに見えるその少年は、少し息を切らしながら後ろから走ってきていた。

(バン。バニッシの歳の離れた弟です)

バニッシ「何かあったのか?」
バン「うん。お祭り終わった頃からイルリナおばちゃんがどっか行っちゃって、まだ帰ってきてないんだ」

バニッシは心臓が大きく鳴った。イルリナが消えたのは、あの気配の主の仕業に違いないだろう。

バン「2人ともどこ行ってたの?イルリナおばちゃん見てない?」

バニッシは驚いているであろうアリサに顔を向ける。
だがアリサは別段驚いている様子はなく、素っ気ない顔をしていた。

アリサ「さあ…あたし達は見なかったよね?」
バニッシ「え?…あ、ああ。まぁ見てない」
アリサ「大丈夫よバンちゃん、そんな心配しなくても。前にもこんなことあったし、そのうち帰ってくるわよ」

⏰:08/01/12 01:05 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#245 [◆vzApYZDoz6]
また『続き』って出てしまったorz

読んでくださってる方、亀更新すみませんm(__)m
最近忙しいために、平日は1〜2レスぐらいしか更新できません;;;
今日はこれで終わりになります。明日は少し余裕があるので、多少更新できると思います。

ちなみにアリサと内藤の過去話はもうちょっと続きます。

⏰:08/01/12 01:10 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#246 [◆vzApYZDoz6]
アリサは再び歩き出した。
バンとバニッシは共に訳が分からない、といったように顔を見合わせた。

バン「どうしたのかなアリサ姉ちゃん?心配しなくても、って言われても」
バニッシ「……もう夜も遅いし、とりあえずお前は家に戻ってな。イルリナさんはアリサを家に送ってから俺が探してみる」
バン「分かった。じゃ先帰ってるね!」

手を振って走っていくバンを見送ってから、小走りでアリサを追いかけた。
アリサに追い付いた頃には既にアリサの家が見えていた。
アリサが門の前で振り返る。

⏰:08/01/12 21:59 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#247 [◆vzApYZDoz6]
アリサ「じゃ、ありがとね」
バニッシ「ん。…お前の母さんは…」
アリサ「だから大丈夫だって!探したりしちゃ駄目よ?」
バニッシ「……あの小川でお前を置いてきた時に、何かあったか?」

バニッシが溜め息をするように呟いた。アリサは俯き、バニッシと視線を合わせない。

アリサ「……ねぇ、あたしが明日パンデモを出る事になったらどうする?」

アリサが唐突に言った。バニッシは驚いたように顔を上げる。

バニッシ「え?」
アリサ「…なんてね、冗談。じゃあね!」
バニッシ「っておい…」

バニッシが何か言う前に、アリサは家に入っていった。

⏰:08/01/12 22:10 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#248 [◆vzApYZDoz6]
バニッシは考えながら自分の家に向かった。
修練場で感じた気配、イルリナの足取り、アリサの異変。バニッシはこれらが全て関係がある気がしてならなかった。
考えてるうちに、家についた。バニッシは上着を着て、行灯のようなものを持ち、再び外に出る。

バニッシ(…とにかく、イルリナさんを探さないと)

バニッシはそのままイルリナを探しに行った。
もう月も高く昇っていた。辺りは暗く、明かりが無ければ歩けなかっただろう。
集落の中はバンや他の人が探しただろうと考え、集落の外、雑木林や近くにある深い渓谷など、一晩で出来る限りの範囲を探した。

イルリナは見付からなかった。

⏰:08/01/12 22:21 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#249 [◆vzApYZDoz6]
次の日からも、バンやバニッシ、その他の人もイルリナを探すが、依然見付からないままだった。

アリサは毎日少し変わった行動をとっていた。
朝に家を出て、夜に帰ってくる。何をしているのかは分からないが、バニッシとは一度も会おうとしなかった。


そして、イルリナが行方不明になってから1か月が経ったある日。
修練場に、腕を組んで立つバニッシの姿があった。
バニッシは、アリサに修練場に呼び出されていた。

⏰:08/01/12 22:28 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


#250 [◆vzApYZDoz6]
軈て、アリサが歩いてきた。
アリサとは、イルリナが行方不明になった日から一度も会っていない。バニッシは少し懐かしい感じがした。

バニッシ「どうしたんだ?」
アリサ「ごめんね、呼び出したりしちゃって♪」

バニッシはアリサの話し方に驚いた。以前のような幼さの残る話し方ではない。声は前より甲高く、イントネーションは上がり気味。
バニッシは眉間に皺を寄せた。

バニッシ「…その話し方は何だ?ふざけているのか?」
アリサ「楽しいからかな♪この1か月でいっぱいスキルも手に入ったし♪」
バニッシ「スキル…?」

⏰:08/01/12 22:39 📱:P903i 🆔:QPQfzk3U


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