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#162 [お題を全部使って(1/3)◆vzApYZDoz6]
都心部の駅から降りてすぐのところにある、スクランブル交差点。
人でごった返す横断歩道を渡った先に、私の勤めるオフィスがある。
今日も私は電車に揺られた後、その横断歩道を渡って仕事へ行く。
でも、あまり仕事に乗り気がしないのは、私が疲れてるからだろうか。
降り頻る雨。信号待ちの人混みの中で佇む私の体は連日の残業が祟ってひたすら重く、気分はあまり弾まない。
傘を差しながら憂鬱に青信号を待つ私の視線は、自然と地面を向く。
その時に初めて、足下に1匹の猫が居たことに気が付いた。
茶色と黒の駁模様が、コンクリートで固められた地面によく映える。
都会のど真ん中にも野良猫がいるのか、等と薄く考えていると、猫の首輪に目が止まった。
白い首輪。それが首輪ではなく首輪に結ばれた手紙である事に気付くのに、たいした時間は要らなかった。
ちょうど神社の木にくくりつけられてるおみくじのように、両端が結ばれている。
私の視線に気付いたのか、猫は私を一瞥して横断歩道へ踏み出した。
「あっ、まだ赤…」
私の不明瞭な呟きを掻き消すように、周りの人も歩き出す。
どうやら、たった今信号が青に変わったらしい。
人混みを掻き分けて歩く私は、気が付くと視線が数メートル先の猫を向いて、足は歩く猫を追っていた。
:08/03/10 15:36 :P903i :tHds.fh2
#163 [お題を全部使って(2/3)◆vzApYZDoz6]
どれくらい歩いただろうか。
同僚に会社を休む旨を伝えて、ずっと猫の後を追い続けている。
そこまでして私の体を動かすものは、好奇心に他ならない。
あの猫は一体どこへ行くのか。あの手紙を一体誰へ届けるのか。
そんな事を考えながら、時には狭い路地裏を通り抜け、時には電車にただ乗りしようとする猫を追って切符を買い、いつの間にか見知らぬ町に来ていた。
雨は、いつの間にかあがっていた。
周りを田圃や畑に囲まれた、舗装されてないために雨でぬかるんだ田舎道を、猫の後を追い続けて歩いていく。
やがて猫は道なき道へ。雑木林に入り、私の腰あたりまでの高さがある草むらを掻き分け、尚も進んでいく。
疲れは不思議と感じないが、そろそろ陽が傾きかけている。
早くしてくれないと終電に間に合わない、と現実的な事を考えている最中に、とうとう終着点に辿り着いた。
高い草むらを抜け出た先に広がるのは、綺麗な砂浜。丸まって座る駁猫が、地平線まで続く海を眺めている。
時刻はちょうど夕暮れ時。夕日が半分顔を出して、小さく揺れる水面にオレンジの光の道を作っていた。
「ここって…」
その静観な光景は過去に幾度か見たことがある。
遠距離恋愛中だった彼氏とは、お互いの家の中間に位置するこの海岸で会っていた。
肩を並べて静かに夕日を見ているだけで、堪らなく幸せだった。
彼氏は外国に留学して、今では殆んど連絡も取れていない。
たまに電話したりするけれど、どちらかが夜中になったりして手早く会話が途絶えてしまったり。
:08/03/10 15:36 :P903i :tHds.fh2
#164 [お題を全部使って(3/3)◆vzApYZDoz6]
あの頃の懐かしい思い出に浸っていると、いつの間にか隣にいた猫が喉を鳴らした。
そう言えば、首輪にくくりつけられた手紙は一体誰へ宛てたものなのか。
そう思い、私が手紙を読もうと首輪に手を伸ばしてみても猫が嫌がらないあたり、私宛の手紙らしい。
それをこの海岸に連れてきて読ませる人なんて、数少ない。
高揚する気分を抑えて、手紙を首輪から外した。
『元気にしてますか?俺はこっちで元気にやってます。
最近こっちで、その海岸とそっくりな場所を見つけたんだ。たまに足を運んで君を思い出すのが、ささやかな幸せだった。でもそうしてると会いたくなってきちゃったから、1か月後の卒業式の後に、君が今居るであろうその海岸へ行きます。待っててね』
細い綺麗な字で書かれた文。
数年前に外国へ行った彼が、もうすぐ帰ってくる。私は自然と顔を綻ばせていた。
「…追伸?」
『P.S.その駁猫はこっちの海岸に住んでいた野良猫なんだ。すごく頭が良いから、きっと行って帰ってこれるはず。』
「へー、この猫が…ってあれ?」
隣には既に猫はいない。辺りを見回してみても、やっぱりいなかった。
役目を果たし、彼の居る海岸へ帰っていったのだろうか。
もしかして飛行機にもただ乗りしてたのかな、と考えながら、手紙をしまう。
いつの間にか陽は完全に暮れていたので、私は終電を気にして帰った。
それからはあの猫は見ていない。
でも、毎日カレンダーの日付に×印をつけるのが、私のささやかな幸せになっていた。
:08/03/10 15:38 :P903i :tHds.fh2
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