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#185 [変わらぬ気持ち(1/3)◆vzApYZDoz6]
昭和の時代を生きてきた俺にとって、文明の進化には驚かされる。
まさかテレビがあんなに薄くなるとは思っていなかったし、インターネットで世界中の人々と交流できるようになるなんて想像もしていなかった。
今だってそうだ。

「なぁ、これはメールはどうやるんだ?」
「またー?本当にアナログな人間なんだから」
「へいへい。悪かったな、昭和時代の人間で」
「そんな事言って。いい?メールはね……」

最近娘にプレゼントされた、嫁とペアルックの携帯電話に悪戦苦闘している。
老眼には小さな文字は耐えられないし、記憶力の衰えも著しいせいでどのボタンを押せばいいのかもすぐには覚えられない。

(電話も随分変わったな…)

俺が学生時代の頃は、まだ黒電話が主流だった。
数字に合わせてダイヤルをジコジコ回し、掛かってきたらリンリンうるさく鳴る、真っ黒な電話。今では見掛けることは無くなったが。

あの頃は待ち合わせして遅刻しそうになっても、相手にそれを伝える手段がまったく無かった。
今では携帯電話1つあれば問題ない。
文明が進化する、ということは、人間にとっとよい事なのだろうか。

⏰:08/03/13 21:50 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


#186 [変わらぬ気持ち(2/3)◆vzApYZDoz6]
「あっ、ちょっと友達に電話しないと。じゃあお父さん、あとは1人で頑張ってね」
「分かったよ」

娘は白い手に小さな携帯電話を握りしめて、足早に自室へ向かった。
なーにが、『友達』だ。あんなに頬を赤く染めやがって、嘘がバレバレだ。

(まぁでも…俺も若い頃は、好きな人に電話を掛けるのは緊張したなぁ)

学生服に学生帽、坊主頭が主流の時代に、1人文学少年を気取って髪を伸ばしていた。
いつも1人で図書館に篭って、本を読む日々を送っていた。彼女に初めて出会ったのはその頃だ。
いつしか互いに惹かれあい、恋仲になっていった。
相手の父親がなかなかの頑固者で、デートなど大っぴらにできなかった。

(電話を掛けるのにも苦労したなぁ)

いつも父親がいない時間を見計らって電話をしていた。
間違って父親がいる時間にでも掛けようものなら、怒鳴られて切られる事間違いなし。

『あの…山下ですけど』

初めて電話を掛けたとき、唇を震わせながらそう言ったのを、今でもはっきりと憶えている。
黒電話のダイヤルに手を掛けるときは、いつも心臓が強く脈をうってどきどきしていた。
父親が恐いからではなく、好きな人と話せて嬉しくて恥ずかしかったんだろう。

⏰:08/03/13 21:50 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


#187 [変わらぬ気持ち(3/3)◆vzApYZDoz6]
(あ…そうか)

文明の進歩や利便性。そんなものは、多分関係ない。
携帯電話だろうが黒電話だろうが、好きな人に電話を掛けるときは、心臓が大きく跳ねて気分が高揚するもの。
かつて、俺が好きな人に電話する時にそうだったように。
そして今は、俺の娘が同じように頬を染めて電話をしている。
文明がどんなに進化しようと、時代がどんなに移り変わろうと、人の心がそれに左右されることはきっとないんだろう。

「よし。使い方もなんとなく分かったし、初電話でもしてみるか」

あの頃のようなダイヤルではなく、大きくなプッシュホン。
俺は1つずつ、ゆっくりと番号を押していく。電話相手は、俺が学生時代に何度も電話したあの彼女。
受話口の向こうで着信音が鳴り始める。やがて、相手が電話に出た。

「あの…山下ですけど」

「掛けてくるのが遅いわよ。ずっと待ってたんだから」

電話に出たのは、俺の嫁だ。

俺達は歳月や年齢など気にせず、互いに見つめあって頬を染めながら話した。


あの頃の会話を、あの頃の気持ちを、ゆっくりと思い出しながら。

⏰:08/03/13 21:52 📱:P903i 🆔:O1YrPz6M


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