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#443 [[夏の教室(1/3)]紫陽花]
むせかえるような生ぬるい風。半袖のシャツから伸びる腕に容赦なく熱を浴びせる太陽。

そんな灼熱の外の世界とは裏腹に窓一枚隔てたこの部屋は心地良い一定の寒を保っていた。

まさに科学の進歩。この世界にとってクーラーはなくてはならない生活の必需品だろう。

「あの……さ」

そんな外とは別世界のこの部屋には一人の男と一人の女2、3個の机を隔ててが立っていた。さながら、その数メートルが彼らの心の距離と言ったところだろうか。

女の左手には教科書、右手には鞄のファスナーを開けようとしたのか小さな金具が握られている。

「……なに?」

女は男の顔も見ず淡々と帰り支度を進める。この男の話に、さほど関心がないようだ。

「葛城、これから帰る…よね?」

彼女の名前は葛城と言うらしい。男は下を向き、まるで親の様子をうかがう小さな子供のように怯えた表情で声を震わせながら彼女に問う。

⏰:08/07/09 00:40 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#444 [[夏の教室(2/3)]紫陽花]
「……えぇ、帰るわよ。授業、終わったもの」

彼女は手元の教科書から目を離さず数メートル先に立ち尽くす男に素っ気なく答える。

生徒もおらず、窓も閉め切ってある放課後のこの部屋には彼女の声だけが静かにそして微かに響く。


その言葉を聞いた瞬間、男は意を決したように両手の拳を握りしめ勢いよく頭を上げた。先ほどとは違い、彼の表情に怯えはない。
この男の決意が空気を伝い彼女にも届いたのだろうか、帰り支度をやめ彼女も顔を上げた。

そして二人の視線がぶつかる。

「あのさ、葛城。……俺一緒に帰っていい?」

彼女の瞳が一瞬動く。窓から差し込んでいる光は机と机、向かい合っている二人の間を静かに照らす。男の視線は真っ直ぐに彼女をとらえ、彼女も彼の視線に答えるように瞳を合わせる。

⏰:08/07/09 00:41 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#445 [[夏の教室(3/3)]紫陽花]
少しの沈黙。校庭で力の限り声を張り上げる野球部の声が聞こえるほど静寂は続いた。

「……別に、いいけど」

静寂を破ったのは彼女の方だった。

「本当に!?」

男の瞳は驚きと歓喜の輝きを放ち、きつく握られていた拳はいつの間にか解かれていた。

「私、教室の鍵を返してくるから先に昇降口で待ってて」

彼女はまたも視線を鞄に戻し帰り支度を始めた。

「分かった!!待ってるから」

そう言って男は顔を赤らめながら鞄を背負い、照れくさそうに彼女を見つめながら教室を後にした。

男がいなくなった直後、彼女は帰り支度をする手を止めた。そして、その手はゆっくりと上に伸び彼女の顔を覆った。

「……緊張した」

顔を覆った細く今にも折れてしまいそうな指の間から見える彼女の顔は照りつける太陽よりも熱を帯び、紅く紅く火照っていた。

彼女一人残された教室には既に電源の切られたクーラーからの残された冷気が漂っていたが、それほどの少量の冷気では彼女の火照った心を鎮めることは出来なかった。

---end---

⏰:08/07/09 00:41 📱:F905i 🆔:☆☆☆


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