よすが
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#222 [蜜月◆oycAM.aIfI]
―X―
「ユキ? ……ユキ! ユキ!」
目の前でユキが倒れ、サトルは慌てて彼女の体を抱き上げた。
泥がつくのも気にせず、彼女の軽い体を自分の両手と胸で支える。
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:08/04/20 23:05
:SH903i
:bC7weAIo
#223 [蜜月◆oycAM.aIfI]
何度名前を呼んでも、反応がない。
ユキの頬は紅潮し、息遣いもかなり荒くなっていた。
はっとした表情で、サトルはユキの額に手を当てた。
「ユキ……」
彼女の額は、熱を帯びていた。
冷たい雨に打たれて、熱を出してしまったようだ。
サトルは慌てて自分が着ていた上着やマフラーを外し、ユキの体に巻きつけていく。
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:08/04/20 23:06
:SH903i
:bC7weAIo
#224 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――こんな山の中で……どうしよう! 早く乾かさないと! ていうか着替えさせないと!
サトルは焦っていた。
まだ雨は降り続いている。
早くどうにかしないと、ユキが死んでしまうんじゃないかと思っていた。
その時。
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:08/04/20 23:06
:SH903i
:bC7weAIo
#225 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「大丈夫!? どうしたの!?」
コンクリートの箱がある方から、雨の音に紛れて女性の声がサトルの耳に届いた。
「倒れてるじゃない! しっかりして!」
彼は自分の耳を疑った。
――さっきまで人の気配なんてしなかったのに、ていうかなんでこんな山奥に女性が?
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:08/04/20 23:10
:SH903i
:bC7weAIo
#226 [蜜月◆oycAM.aIfI]
けれど、サトルが振り返ると、そこには確かに女性の姿があった。
大粒の雨が空から降り注いでいるというのに、女性は全く気にしていない様子で、水を浴びながらこちらに向かって足早に近づいてくる。
「あ……いや……」
サトルは言葉を失った。
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:08/04/20 23:11
:SH903i
:bC7weAIo
#227 [蜜月◆oycAM.aIfI]
その理由は、女性の容姿に目を奪われてしまったからだ。
女性がこちらに近づいてきたせいではっきりと全身を確認することが出来る。
その女性は、サトルと同じくらいの年齢に見えたが、しかし彼の身の回りにいる女性たちとは全く違っていた。
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:08/04/20 23:11
:SH903i
:bC7weAIo
#228 [蜜月◆oycAM.aIfI]
伸びきってボサボサに絡まりあった汚らしい髪。
爪はボロボロ、両手は小さく赤い切り傷がいくつもあり、何かの模様のようだ。
こちらに近づく前に彼女を女性だと認識させたロングスカートは、ところどころに土や泥がついている。裾もすっかり破れてボロボロだ。
上半身にはニットのセーターを着ているが、毛糸はほつれ、いくつもの穴があいていて、腕や腹の皮膚を剥き出しにしている。
全てにおいてみすぼらしい。
しかしそんな服装や髪型に反して、彼女の顔はとても美しかった。
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:08/04/21 21:45
:SH903i
:BUaVqwCg
#229 [蜜月◆oycAM.aIfI]
手と同様いくつかの切り傷は見られるものの、日光を知らないかのような肌の白さによって、赤く鋭い傷はまるで美しさを際立たせる飾りのようにも見えた。
目は切れ長で大きく、意思の強さを感じさせる。
スッと筋の通った鼻からは、隠された品の良さが見受けられた。
唇は薄く、しかし存在感があり、笑顔はさらに美しいだろうということを簡単に想像させる。
眉は整えられていないが、それに気付かないほど、彼女の顔は麗しい。
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:08/04/21 21:46
:SH903i
:BUaVqwCg
#230 [蜜月◆oycAM.aIfI]
しかし、サトルが言葉を失ったのはその美しさのせいではなかったし、もちろん、服装の汚らしさとのギャップのせいでもなかった。
彼女の顔は、サトルの幼なじみに瓜二つだったのだ。
「まさか……君は――」
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:08/04/21 21:47
:SH903i
:BUaVqwCg
#231 [蜜月◆oycAM.aIfI]
***
綺麗なオレンジ色の夕焼け空の下。
あたしの目の前には、大きな木がある。
大きな、大きな大きな木。
見上げても、てっぺんが見えない。
枝や葉が、今にも襲い掛かってきそうな程繁っているのが見えるだけ。
こんな立派な木は見たことない。
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:08/04/21 21:50
:SH903i
:BUaVqwCg
#232 [蜜月◆oycAM.aIfI]
足元に目をやると、地面がすぐ近くにあった。
落ちている葉のひとつひとつがとても大きい。
――この靴……懐かしい。
あたしが好きだった子供向けのキャラクター。
リボンをつけたうさぎが体ほどもある人参を抱えている絵がプリントされた、あたしのお気に入りの靴。
それを、どうして今、あたしは履いているんだろう。
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:08/04/21 21:50
:SH903i
:BUaVqwCg
#233 [蜜月◆oycAM.aIfI]
ふと自分の手や体を見て気付く。
――今、あたし……小さい頃の姿に戻ってる?
一瞬、タイムスリップしたのかと驚いたけど……。
多分、夢を見ているんだろう。
このぼんやりした感覚は、きっとそうだ。
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:08/04/22 23:09
:SH903i
:.2zmGT5A
#234 [蜜月◆oycAM.aIfI]
身につけているものをひとつひとつよく見てみると、昔着ていたものばかりだった。
首に巻かれた毛糸の赤いマフラーも、ラインの入った白いセーターも、赤と緑のチェック模様のスカートも、白い水玉が編み込まれた黒いタイツも。
好きで毎日着たがったものもあれば、母に無理矢理着せられていたものもある。
懐かしさに浸っていると、誰かの長い影があたしの影に重なった。
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:08/04/22 23:09
:SH903i
:.2zmGT5A
#235 [蜜月◆oycAM.aIfI]
『ユウコ、もう暗くなるよ』
振り返ると、見知らぬ大柄の男が立っていた。
今のは、あたしに向けられた言葉のようだ。
――ユウコ?
あたしはユウコじゃない、ユキだよ。
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:08/04/22 23:10
:SH903i
:.2zmGT5A
#236 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そう思いながらもなぜか逆らうことが出来ず、あたしは自分を“ユウコ”と呼んだ男が差し出した手を取った。
夕日を背に立っている男の顔は、逆光のせいでよく見えない。
表情もわからないけれど、なんとなく微笑んでいるような雰囲気が感じられた。
そのかわり、差し出した左手の薬指に光る指輪に、あたしの視線は捕らえられた。
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:08/04/22 23:10
:SH903i
:.2zmGT5A
#237 [蜜月◆oycAM.aIfI]
夕日を反射してキラキラ輝くそれは、今まで見たことが無いほど美しい。
男のゴツゴツとした手にはとても似合わない。
けれど、何の石も背負わないそのシルバーの細い輪っかは、男の指にしっかりとはまっていた。
男は、あたしの手をギュッと握りしめて歩き出した。
何も言わず男の行動に従うあたし。
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:08/04/22 23:11
:SH903i
:.2zmGT5A
#238 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――今は大丈夫だ。
え?
……今は?
あたしは確かに今、そう思った。
けれど、全く意味が解らない。今のはあたしの意識ではない。
でもあたしじゃないなら一体誰の?
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:08/04/22 23:12
:SH903i
:.2zmGT5A
#239 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そう思ったけど、あたしは考えるのをやめた。
これは夢だ。夢というのは有り得ないことが起きても良い世界なんだ。
そして夢というものは、しばしば現実とリンクする。現(げん)に今、あたしは過去のあたしを夢に見ている。
このまま夢に飲み込まれてしまえば、この世界で全ては明らかになるんじゃないか。
あたしはそれを期待し、夢の世界に潜っていく。
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:08/04/23 13:04
:SH903i
:n.zKpr4g
#240 [蜜月◆oycAM.aIfI]
小さな体のあたしは、男の大きな手に引かれながら坂道を歩いている。
あたしの小さな影と男の大きな影が、足元から進む先に向かって長く延びていた。
あたしは自分の影の頭を踏もうと、出来る限り歩幅を広げてみたけれど爪先さえ届かない。
そうこうしている内に、ただの遊びにいつの間にか真剣になってしまっていた。
躍起になって、飛んだり走ったりして影を追う。
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:08/04/23 13:05
:SH903i
:n.zKpr4g
#241 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしが自分だけの影踏みに熱中していると、いつの間にか辺りが暗くなっていた。
いや、暗くなったと言うよりも、この世からあたし以外のものが全て無くなったようだ。
どこを見ても闇、闇、闇。
さっきまで手を繋いで隣を歩いていたはずの男も、空をオレンジに染めていた太陽も、あたしが踏み締めていたはずの地面さえも、今はどこにも見当たらない。
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:08/04/23 13:05
:SH903i
:n.zKpr4g
#242 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そう。これは夢なんだ。
夢だから、何が起きてもおかしくない。どんなことも起こり得る。
光が無いように見えるのに、あたしの手ははっきり見えた。
そこで、あたしは自分の体をもう一度見下ろしてみる。
やはり、小さいままだった。
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:08/04/23 13:06
:SH903i
:n.zKpr4g
#243 [蜜月◆oycAM.aIfI]
周りを見回しても、やはり永遠に続く闇しかない。
しかし夢だと解っているからなのか、恐れは無かった。
自分がどこに立っているのかも解らないまま、あたしは歩き始めた。
一歩、また一歩、さらに一歩。
右足と左足を交互に前に出す。
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:08/04/23 13:07
:SH903i
:n.zKpr4g
#244 [蜜月◆oycAM.aIfI]
地面を踏む感覚はあるのに、あたしの足の下は深い闇。何も、無い。
前に進んでいるつもりだけれど、実は後ろに進んでいたとしてもあたしは気付かないだろう。
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:08/04/25 00:30
:SH903i
:ZORuxzbU
#245 [蜜月◆oycAM.aIfI]
どれだけ歩いても、あたしの瞳に映るのは黒過ぎるほどの黒だけだった。
景色が変わらないため、十キロ歩いたのか、十メートルしか進んでいないのか、全く解らない。
「はぁ……」
あたしは思わずため息をついてしまった。
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:08/04/25 00:30
:SH903i
:ZORuxzbU
#246 [蜜月◆oycAM.aIfI]
何だか疲れた。
頭も体も、疲労という重りを付けられたような鈍さを感じる。
あたしは音もなく、見えない地面に静かに寝転んだ。
このまま、泥のように何も考えず、何も感じずに眠ってしまいたい。
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:08/04/25 00:31
:SH903i
:ZORuxzbU
#247 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは目を閉じ、夢の中で眠りにつこうとした。
……。
…………。
………………?
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:08/04/25 00:32
:SH903i
:ZORuxzbU
#248 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――眩しい……。
目を閉じているのに、まぶたを透かして差し込んでくる痛いほどの光。
さっきまでの闇が嘘だったかのような明るさ。
あたしは思い切って、ゆっくりとまぶたを上げてみた。
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:08/04/25 22:07
:SH903i
:ZORuxzbU
#249 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「!?」
目の前にあったのは、真っ白な世界と、
……“あたし”?
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:08/04/25 22:07
:SH903i
:ZORuxzbU
#250 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは開いた目を直ぐさま閉じた。今のは“あたし”だよね、と自分に問いかける。
確かに“あたし”だった。
夢というのは、本当に不思議なものだ。
次に目を開けたら、“あたし”は消えていて憧れのスターが目の前にいるかも。
あたしはそんな馬鹿なことを考えながら、再びゆっくりと目を開ける。
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:08/04/25 22:08
:SH903i
:ZORuxzbU
#251 [蜜月◆oycAM.aIfI]
しかし眼に映る光景は、さっきと変わらなかった。
真っ白な世界の真ん中で、小さなあたしは“あたし”を見上げていた。
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:08/04/25 22:09
:SH903i
:ZORuxzbU
#252 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは何も言わず、向かい合っている“あたし”の黒い瞳を見つめる。向こうもただ黙って、あたしの瞳を見つめ返す。
彼女の瞳は幸せに満ちていて、とても優しい笑顔であたしを包み込んだ。
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:08/04/25 22:09
:SH903i
:ZORuxzbU
#253 [蜜月◆oycAM.aIfI]
光以外に何も無い沈黙の空間で、あたしと“あたし”はただ見つめ合う。
お互いの瞳を見つめるのに、どのくらいの時間を費やしただろうか。
“あたし”がまず口を開いた。
「あたし、幸せだよ」
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:08/04/25 22:10
:SH903i
:ZORuxzbU
#254 [蜜月◆oycAM.aIfI]
“あたし”は本当に幸せそうに小さく呟く。優しい笑顔。
その顔を見ればわかる、とあたしは思った。でも口をついたのは別の言葉だった。
「どうしてこんな夢を見せるの?」
夢に出てくるってことは伝えたいことがあるからに違いない。
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:08/04/25 22:11
:SH903i
:ZORuxzbU
#255 [蜜月◆oycAM.aIfI]
……いや、それは死者にだけ許された行為かもしれない。もしくは生き霊?
しかし、もはやあたしは死んでいるのだ。
幼いあたし。記憶として十八歳のあたしの中で生きているはずのあたしは、そこにいないのだから。
「そう、あたしはあなたを殺してしまった。そしてあなたの復活を望んだ」
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:08/04/26 22:26
:SH903i
:PBcoUI3k
#256 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしが口に出さなかった言葉に、“あたし”は答える。
「あたし、幸せなんだよ」
再びそう言う“あたし”は、さっきと違い悲痛な表情を見せる。
「あたしだけ、幸せなの。記憶から、幼いあたしを消して。妹も消して。
どうして消してしまったの? あたしは……あなたと妹を犠牲にしたの?」
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:08/04/26 22:27
:SH903i
:PBcoUI3k
#257 [蜜月◆oycAM.aIfI]
逆に問い返す“あたし”は顔を歪め、今にも泣き出しそうだった。
“あたし”の疑問と悲しみを消すように、あたしは答える。
「それでいいんだよ。あたしたちはそれを望んだの。あなたに殺されることを望んだ。
あなたの幸せの為なら、あたしたちは消えてしまうことさえ喜んだよ」
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:08/04/26 22:28
:SH903i
:PBcoUI3k
#258 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしの満足気な言葉を聞いて、“あたし”はより一層顔を歪め、泣いた。息を吸い、吐き、しゃくり上げた。
人の犠牲の上に生かされた“あたし”。
その犠牲さえも忘れ去った“あたし”。
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:08/04/26 22:29
:SH903i
:PBcoUI3k
#259 [蜜月◆oycAM.aIfI]
その罪の意識と感謝の念が、幼いあたしに伝わる。
「泣かないで、ユキ? こうしてここで会えたんだから。あなたはあたしを甦らせてくれた。あたしはそれがすごく嬉しい。
……ありがとう」
朗らかな笑顔でそう言うと、幼いあたしは“あたし”の前まで来て、“あたし”の両手を握った。
“あたし”の涙はもう止まっていて、眩しい白さが目に痛い。
手と手を繋いで、幼いあたしを見下ろす。
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:08/04/26 22:30
:SH903i
:PBcoUI3k
#260 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「もう、全部、思い出したでしょ?」
――うん。思い出した。
“あたし”は幼いあたしの言葉通り、八年間の全てを取り戻した。
まるでこの繋いだ両手を伝わって、幼いあたしが大切に守っていた記憶が“あたし”に流れ込んでくるようだ。激しい勢いをもって、一気に。
頭の中に、鮮明に蘇る過去の記憶。流れるように八年分の断片が通り過ぎてゆく。
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:08/04/27 23:23
:SH903i
:0Tdrl5r6
#261 [蜜月◆oycAM.aIfI]
でも本当は“あたし”はその全てを知っていたんだ。
涙がやんで渇いた目を閉じると、さらにはっきりくっきりと思い出せる。
ひとつひとつ、全て大切な思い出。長い間忘れてしまっていた宝物。
再び涙が溢れる。閉じた瞼の隙間からとめどなく流れてゆく。
“あたし”はそれを拭うこともせず、ひたすら記憶を巡らせる。
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:08/04/27 23:23
:SH903i
:0Tdrl5r6
#262 [蜜月◆oycAM.aIfI]
産まれたてのあたしを抱く母の手……父の背中……母の優しい笑顔……父の腕の温もり……
あの町の景色……いつもの散歩道……懐かしいあたしたちの家……家族が集まるリビング……母の手伝いをしたキッチン……あたしたちの子供部屋……
その頃の幸せな気持ちも一緒に蘇る。涙が止まらない。
記憶に浸っている“あたし”の手を握りしめたまま、幼いあたしが語りかける。
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:08/04/27 23:24
:SH903i
:0Tdrl5r6
#263 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「サトルとハナが待ってる。もう目を覚まさなきゃ」
その言葉がきっかけだったかのように、さらに記憶と涙が溢れ出てくる。
幼いサトル……大好きな幼馴染み……幼いハナ……あたしのかわいい妹……
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:08/04/27 23:24
:SH903i
:0Tdrl5r6
#264 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――そうだ。ハナ。ハナ。あたしのかわいい妹。ハナ。まだ歩けないのにいつもはいはいであたしの後をついてきたハナ。
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:08/04/27 23:25
:SH903i
:0Tdrl5r6
#265 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――それに、サトル。知ってたんだ。引っ越した街で出会ったんじゃない。サトル。大好きな幼馴染み。産まれた時から知ってた。サトル。
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:08/04/27 23:25
:SH903i
:0Tdrl5r6
#266 [蜜月◆oycAM.aIfI]
閉じ込めていた記憶の中の二人の姿を頭に映し、“あたし”は夢の世界を終わらせて二人の元へ還ろうとする。
目を閉じたまま、ハナとサトルのことを強く想う。
“あたし”の両手に感じていた幼いあたしの小さな手の平の感触が消えてゆく。
――ありがとう、あたし。
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:08/04/27 23:26
:SH903i
:0Tdrl5r6
#267 [蜜月◆oycAM.aIfI]
やっと巡り逢えた過去のあたしとの時間は、今終わりを迎えた。
でも寂しくはない。あたしの体の中で記憶として彼女は生き続けるから。
目を閉じていても眩しかった白い光も、だんだんと薄れてゆく。
小さな点になった光がやがて消え去ると、再びあたしのまぶたの裏は闇に支配された。
――ハナ……サトル……
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:08/04/27 23:27
:SH903i
:0Tdrl5r6
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