よすが
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#300 [蜜月◆oycAM.aIfI]
男は正気を取り戻す。我に返ってあたしを抱きしめた。
その時にはもう、男にとってあたしやハナは娘ではなく、衝動的に掠ってしまった見知らぬ女の子なのだ。
自分がした恐ろしい行いを詫び、コンクリートの箱に連れ帰って傷を手当てされた。
包帯を巻いたり消毒液を塗ったりしながら、男は自分に起きた不幸や誘拐の理由を語る。
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:08/05/05 00:12
:SH903i
:Nqg5T9kk
#301 [蜜月◆oycAM.aIfI]
親子を装った会話・暴行・謝罪と手当て。
この一連の波が、日によってあたしかハナのどちらかに必ず訪れる。
あたしもハナも同じように怯えていた。真っ暗な闇の中で時間もわからないけれど、毎日昼が来るのを恨めしく思っていた。
けれど必ずどちらか一人はひどい目に合うのだと理解してから、ハナはあたしを庇い、食事の後自らドアの前に立ち男を待つようになった。
あたしはそれを止められなかった。
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:08/05/05 00:13
:SH903i
:Nqg5T9kk
#302 [蜜月◆oycAM.aIfI]
違う。
止めなかった。
あたしは自分が大事だったんだ。
ハナがどんな思いでそこに立っているかなんて考えもせず、あたしはただ彼女の背中を罪悪感のこもった瞳で見つめるだけだった。
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:08/05/05 00:13
:SH903i
:Nqg5T9kk
#303 [蜜月◆oycAM.aIfI]
正気を取り戻した時の男が言うには、あたしとハナは彼の娘に似ているらしかった。年齢も同じくらいで、髪もちょうど同じ長さだった。
特にハナは、雰囲気や仕草がとてもよく似ていると男は悲しげに笑っていた。
ハナはそれを知った上で、毎回、自ら狂った男の手を握りドアを閉めた。あたしに笑いかけながら。
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:08/05/05 23:27
:SH903i
:Nqg5T9kk
#304 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしは心のどこかでそれを喜んでいたのだ。ハナがあたしの身代わりになって暴行を受けることを、ラッキーだと思っていたのだ。
――あの時ハナを止めていれば……こんな結果にならなかったのかな……?
そしてこの事件はあたしとハナにとって最悪の終わりを迎える。
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:08/05/05 23:28
:SH903i
:Nqg5T9kk
#305 [蜜月◆oycAM.aIfI]
男の狂った行動に何度も何度も付き合わされ、あたしたちは憔悴し切っていた。
コンクリートの中の闇と寒さ、男の加減を知らない暴力、そして終わりの見えない不安は、あたしを絶望させるのには充分過ぎるほどだった。
四、五日目までは、いつか解放されるだろうと思っていた。
男が正気を取り戻した時の優しさは、あたしたち二人を両親の元に返してくれるかもしれないと思わせた。
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:08/05/05 23:28
:SH903i
:Nqg5T9kk
#306 [蜜月◆oycAM.aIfI]
しかし一週間を過ぎた頃から、男は「もう戻れない」、「死ぬしかない」、そんな言葉をぼそっと独り言のように呟くことが多くなっていた。
男は正気と狂気の間を行ったり来たりしているかに見えていたけれど、その頃にはもう完全に、狂気に飲み込まれていたのだろう。
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:08/05/06 22:29
:SH903i
:1bdF9NU6
#307 [蜜月◆oycAM.aIfI]
だんだんおかしくなっていく男の様子に、あたしはさらに絶望を感じ始める。
男の独り言がじわりじわりと洗脳のようにあたしの意識に染み込んで、「もう戻れない」、「死ぬしかない」、いつの間にかあたしもそればかり呟くようになっていた。
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:08/05/06 22:30
:SH903i
:1bdF9NU6
#308 [蜜月◆oycAM.aIfI]
ハナはその頃、あたしや男のように絶望するでもなく常に何か考え事をしているようだった。
あたしは自分のことしか考えられない状態でそんなハナの様子など気にも留めていなかったが、ある雨の日、彼女が日々何を考えていたのかが明らかになる。
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:08/05/06 22:30
:SH903i
:1bdF9NU6
#309 [蜜月◆oycAM.aIfI]
その日はあたしたちが誘拐されてから初めて雨が降った。雨足は強く、コンクリートに打ち付けられる雨粒の音がうるさかった。
箱の中はジメジメとして、寒さと合わさりあたしたちを一層凍えさせた。
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:08/05/08 00:18
:SH903i
:hl2laBBQ
#310 [蜜月◆oycAM.aIfI]
ハナは懐中電灯を床に立てて天井を照らしたまま、体育座りした体に毛布を巻き付けて黙り込んでいる。
その頃にはあたしたちの体は傷と痣で埋め尽くされていた。ハナは痛みを口に出さないので解らないけれど、あたしは二日前から右脇腹に激しい痛みを感じていた。
あたしはハナの顔の痣をぼーっと見ながら、毛布に包まって寝転んでいた。
どうしようもないこの状況のせいで、あたしの頭は空っぽだった。何かを考える気力さえ失っていたのだ。
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:08/05/08 00:19
:SH903i
:hl2laBBQ
#311 [蜜月◆oycAM.aIfI]
時間は多分朝九時か十時ぐらいだったと思う。
雨音が室内に響く中、ハナが意を決したように口を開いた。
「家に帰りたい?」
こちらを見ることもなく彼女は突然問い掛けた。
あたしは彼女の顔を見つめたまま答えた。
「帰りたいよ」
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:08/05/08 00:19
:SH903i
:hl2laBBQ
#312 [蜜月◆oycAM.aIfI]
そう言ったものの、それは絶対に不可能なことだと思い込んでいた。
あたしにはもう希望のかけらも無かったのだから。
「ユキ、お母さんとお父さんを安心させてあげてね。あたしは帰れないけど、ユキ一人なら逃げられるから」
――逃げられる? まさか。無理に決まってる。
あたしはユキの言葉を胸中で否定してから耳を疑った。
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:08/05/08 00:20
:SH903i
:hl2laBBQ
#313 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「あたし一人……? それどういう意味? ハナは帰れないってどういう意味!?」
ハナの腕を掴んで問い質(ただ)す。自分の体に巻きつけていた毛布が滑り落ちたのにも気付かなかった。
ハナが自分の腕を掴むあたしの手を優しく外し、毛布をかけてくれる。
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:08/05/08 20:45
:SH903i
:hl2laBBQ
#314 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「あたしが逃げようとしたらあの人多分追いかけて来ると思う。でもユキだけなら大丈夫。あたしが何とかするから」
「何とかって……何とかってなによ!? ハナだけ置いていける訳ないじゃない! っつう……」
大声を出すと右脇腹に刺されたような痛みを感じて床に倒れ込んだ。
「ユキ、わかってるでしょ? あたしよりユキの方が怪我酷いの。あの人、あたしには本気で殴れないんだよ。
……このままだとユキが死んじゃう」
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:08/05/08 20:46
:SH903i
:hl2laBBQ
#315 [蜜月◆oycAM.aIfI]
ハナの表情に悲しみと戸惑いが見えた。
薄々は気付いていた。ハナの傷があまり多くないこと。
やっぱりハナの方が亡くなった娘に似ているから……。
あたしは手をついて体を起こした。
「でも……やっぱりハナを置いていけないよ。あたしが逃げたってわかったら、ハナ……何されるかわからないじゃない」
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:08/05/08 20:47
:SH903i
:hl2laBBQ
#316 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「お母さんとお父さんが心配なんだよ。ユキが帰れば二人も少しは安心すると思う」
ハナは頑として譲らなかった。
でも、でも、とあたしは反論したけれどハナの意志は強かった。
結局、あたしだけが逃げると二人で決めた。
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:08/05/08 20:47
:SH903i
:hl2laBBQ
#317 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――あの時どうにかしてハナを説得出来ていれば……あたしが逃げないと言い張れば……
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:08/05/08 20:48
:SH903i
:hl2laBBQ
#318 [蜜月◆oycAM.aIfI]
どうやってあたしを逃がすつもりなのかハナに問うと、ハナはゆっくりと説明を始めた。
懐中電灯を二つ点し、あたしたちは慎重に作戦を練る。
成功するかどうかは賭けだ。男の反応に全てがかかっていた。
ハナは必ず成功すると信じていたから、あたしもハナを信じることにした。
――今日、男が来た時が勝負だ。
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:08/05/10 01:36
:SH903i
:c20X8gQs
#319 [蜜月◆oycAM.aIfI]
鉄製のドアにガチャガチャと鎖のぶつかる音がして、それが聞こえなくなると暗闇の中に一筋光が射した。
――来た。
ドアに繋がれていた鎖とスーパーの袋を手に持って、男が部屋に入ってくる。いつもの光景だ。
無表情な男は惣菜やパンが詰められた袋を床にドサッと置いてその隣に鎖を投げた。
金属とコンクリートがぶつかり合う嫌な音が響いて、あたしは体を強張らせた。ひどく緊張している。
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:08/05/10 01:37
:SH903i
:c20X8gQs
#320 [蜜月◆oycAM.aIfI]
男が部屋を出てドアを閉めたのを確認してハナがこちらを向いた。大丈夫か、とその目が問い掛けていた。
あたしはハナの目を見つめたまま頷く。
――大丈夫。
袋の中から昼に食べる分だけを取り出し、残りは夜に取っておく。今日の夜にはあたしはいないけれど。
そう思うとまた少し不安になった。
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:08/05/10 01:37
:SH903i
:c20X8gQs
#321 [蜜月◆oycAM.aIfI]
食事を終え、あたしはドアの前に立つ。ハナは部屋の隅で毛布に包まっていた。
緊張と不安が増してきて、心臓の音が聞こえる。自分の息遣いが荒いのがわかる。
目線は丸いドアノブに集中していた。
銀色のノブがゆっくりと回った。あたしは瞬時に振り向いてハナを見たけれど、彼女の顔は毛布に埋(うず)められていた。
それだけ確認するとすぐにドアに目線を戻す。向こう側のノブにかけられた男の腕が見えた。
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:08/05/10 23:39
:SH903i
:c20X8gQs
#322 [蜜月◆oycAM.aIfI]
――上手くいきますように……。
そう願いながら、光のある外へと足を踏み出す。雨は止んでいた。
男が優しく微笑んであたしを見下ろしていた。自然とその大きな手を握る。
繋いだ手から緊張が伝わらないだろうか、そう心配になったけれど男はいつも通りだった。
あたしたちはいつものコースに向けて歩き出した。
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:08/05/10 23:40
:SH903i
:c20X8gQs
#323 [蜜月◆oycAM.aIfI]
はずだった。
けれど何時間か歩いた後、男はあたしの手を放した。いつもなら絶対に逃がさないあたしの手を、その日は何故か自由にさせた。
「パパちょっと疲れたから、向こうで遊んでおいで」
男は体を屈め目線をあたしに合わせてそう言った。その顔は本当に疲れているように見えた。
やつれているし、目の下のクマが濃い。
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:08/05/10 23:41
:SH903i
:c20X8gQs
#324 [蜜月◆oycAM.aIfI]
あたしとハナの企みがバレているのだろうかと不安になったけれど、男の目に怒りや憎しみは見えなかった。
むしろ寂しそうな、悲しそうな感じがして、あたしは男が可哀相に思えて言葉をかけた。
「パパ? ……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。行っておいで……」
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:08/05/10 23:41
:SH903i
:c20X8gQs
#325 [蜜月◆oycAM.aIfI]
男はとうとう木の根に腰をおろして、頭を抱えてしまった。
あたしはこのまま逃げてしまおうか、そう考えたけれど、ハナに何も言わずここから去るのは嫌だった。
――戻ってこよう。
うずくまる男から視線を外して、あたしは自由になった体で歩き出した。
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:08/05/11 22:15
:SH903i
:1rttUfes
#326 [蜜月◆oycAM.aIfI]
一人で森を歩けるのが嬉しくて、あたしは随分遠くまで来てしまっていたらしい。
男が来てあたしに声をかけた。
『ユウコ、もう暗くなるよ』
――あぁ、あの夢はこの時だ。最後の日だったんだ。
指輪が光る手をとり、あたしたちはコンクリートの箱に帰ろうと山道を歩く。
木の向こうにコンクリートが見えてもう少しで着く、というところで男が豹変した。
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:08/05/11 22:15
:SH903i
:1rttUfes
#327 [蜜月◆oycAM.aIfI]
頬を平手打ち――痛い――また頬を――耳がちぎれそう――引っ張らないで!――押し倒され――頭を地面に打った――割れそう――背中に激痛――目に液体が――血!――お腹――肩――腿――頭――痛――止まらない――脇腹――嫌な音――もうやめて!
――意識を失いそうだった。
あたしはやはり謝り続けていたけれど男の手はいつまでたっても止まることなく、あたしは、死を覚悟した。
その時。
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:08/05/11 22:16
:SH903i
:1rttUfes
#328 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「パパ!」
ハナの……声だ。
「パパ、やめて!」
あたしの体に降り注いでいた痛みが止み、男が振り向いた気配を感じた。血が目に膜を張ってよく見えない。
:08/05/12 22:14
:SH903i
:58D7rq3M
#329 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「ユウコ……」
「パパ、やめて。あたしの大事な友達なの」
ハナの声が少し震えている。でもその言葉ははっきりとあたしの耳に届いた。
――やっと……きた。
これがあたしたちの考えた方法だった。
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:08/05/12 22:16
:SH903i
:58D7rq3M
#330 [蜜月◆oycAM.aIfI]
「友達?」
「そう、あたしの、……ユウコの友達。だからやめて」
地面に倒されたまま、あたしは目だけを動かしてハナの姿を探した。
世界が赤い。流れてくる血が眼球にまとわりついて視界が赤くぼやけている。
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:08/05/12 22:17
:SH903i
:58D7rq3M
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