ギンリョウソウ
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#501 [向日葵]
うなされないか注意深く椿を見た要は、するりと彼女の手を離し部屋を出ていく。
階段を降りた所で、お風呂上がりの美嘉に会った。
「あれ、看病は?」
「用事があるからちょっと外へ出かけてくるよ」
「ちょっと待って。椿なんか元気なさそうだった。……なんで?」
要は眉を寄せる。
言ってしまえば、自分に対する美嘉の信用がまた薄れる。
あんな目に合わせたから、もう2度と椿に近づくなと言われてもおかしくはないだろう。
しかし彼女は椿の友達。
知る権利はある。
:08/10/13 00:36
:SO906i
:☆☆☆
#502 [向日葵]
「僕の一方的な嫉妬で彼女を傷つけた。それに椿は秘密にしていた事も気づきだしてる。詰め寄られて焦って、気持ちが少しすれ違った……」
怒られる。
そう思いながらも美嘉の顔を見ていたが、彼女は表情1つ変えず話を聞いて頷いていた。
あまりに普通すぎて、要は何か裏でもあるのかと勘ぐってしまう。
「分かった。教えてくれてありがとう」
行こうとするから、思わず要は美嘉を呼び止める。
「ぼ、僕を、怒らないのか……?」
「は?怒られたいの?アンタマゾ?」
:08/10/13 00:42
:SO906i
:☆☆☆
#503 [向日葵]
「や、あの……えぇ……?」
美嘉は要をじっと見る。
まるでこちらが間違ってるいるように感じるから、要は困ったように頭をかく。
「椿を傷つけて、怒るかと……」
「あのね……美嘉は本来そんなに怒りっぽくないの。怒らせるのはアンタが椿にヒドイ事するから」
それ以外にも怒ってる気がした要だが、今は黙っておこうと口をキュッと結ぶ。
「椿と要は婚約を交わした、言わば夫婦みたいなものなの。相手に嫉妬して喧嘩するなんてきっと当たり前よ。それを美嘉がとやかく言っても仕方のない事じゃない」
:08/10/13 00:50
:SO906i
:☆☆☆
#504 [向日葵]
:08/10/13 10:24
:SO906i
:☆☆☆
#505 [向日葵]
それだけあっさりと言うと、美嘉はリビングへと消えていった。
美嘉のそんな気持ちに感謝し、要は外へと出た。
数時間前の雨もなんのその。
雲間からは三日月が冴えざえと辺りを照らし、雨が降ったあとの冷たい空気は気持ち良く感じる。
穏やかな風に身を任せていれば、揺れる草がしゃらしゃらと音を奏でているのが聞こえる。
そんな空気をしばらく楽しんだ要は歩き出す。
彼が向かうのは湖だ。
そこへ、椿が落としたと言う指輪を探しにいく。
あれじゃないと、彼女は納得しないように思った。
だから探し出す。
もしかしたら湖のほとりにでも落ちているかもしれないからだ。
:08/10/15 00:56
:SO906i
:☆☆☆
#506 [向日葵]
湖につけば、水面に映し出された月が綺麗でぼんやりと眺めたくなるが、それが目的ではないと、持っていた携帯のライトで足元を探してみる。
こんな風に、光をあてれば光って見つかりそうなのだが……。
「やっぱり無いか……?」
呟いた次の瞬間、少し強めの風が吹いた。
寒さとその強さに目を瞑った要は、再び目を開けた時驚く。
数メートル離れた所に、誰かがいる。
青白い肌、闇にも似た黒く長い髪。
口元には微笑みをたたえている。それは、要がよく知る人物だ。
「椿……?」
:08/10/15 01:01
:SO906i
:☆☆☆
#507 [向日葵]
呟きは再び吹いた風にかき消される。
ゆっくりと立ち上がった彼は、彼女をじっと見つめる。
「何をやっているんだ君は!熱があるのに、ちゃんと寝てなきゃ……っ」
最後まで言う前に言葉を切る。
それは月が雲から完全に出て、彼女を鮮やかに照らしたからだ。
改めて彼女を見た要はまた驚く。
椿……じゃない……。
とてもよく似ている。
髪や顔、その肌の白さまで。
しかし、椿はもっとおっとりした空気をまとっている。
今、彼の目線の先にいる人物は、どちらかと言えば凛としていた。
じゃあ彼女は一体誰なんだ?
:08/10/15 01:07
:SO906i
:☆☆☆
#508 [向日葵]
眉を寄せ、彼女をじっと見ていると、彼女はゆっくりと指を要の方へ差す。
自分を差された要はうろたえるが、彼女は一層微笑みを浮かべると、口を開く。
「あっちよ……」
あっち?
更に要はいぶかしむ。
すると、背後が急に光った気がした。
急いで振り返るも、さっき感じた光はもう無かった。
が、ある1点がほのかに光っている気がする。
月のせい?
そう思いながらも近づく。
そこには、銀色の小さな輪があった。
それこそが、椿に贈った婚約指輪だった。
「……!あった……っ」
:08/10/15 01:14
:SO906i
:☆☆☆
#509 [向日葵]
軽くついてる泥を丁寧に払い、大切にポケットにしまう。
そして振り返る。
まだ、彼女はいた。
さっきよりは近づいている。
普通の音量で話してもなんとか届くくらいの距離。
相変わらず彼女は微笑んでいる。
2人の間を、柔らかく冷たい風がすり抜ける。
この人を、自分は知っている。
さっきは驚いていたせいもあって思い出せなかったが、よくよく考えれば、1度、写真で見た事があった。
吹き終わると、要は口を開いた。
「椿の……お母様ですね……」
:08/10/15 01:18
:SO906i
:☆☆☆
#510 [向日葵]
彼女はにこりと笑ってから頷いた。
(初めまして、要さん)
椿の母はもういない。
そこにいるのは魂。
つまりは幽霊。
それなのに動揺する事もなく話しているのは、怖く感じないからだろう。
だから要は普通に会話する。
「こちらこそ、初めまして。改めまして、葵 要と申します」
(椿がとてもお世話になっています。今も……)
椿の母は別荘がある方へ目をやる。
(あんな、臆病な子になってしまったのは、私のせいです。私がもっと、体が丈夫でしたら、あんな心配や重荷を背負わずのびのびと生きれたでしょうに……)
:08/10/15 01:24
:SO906i
:☆☆☆
#511 [向日葵]
「あなたのせいでは……。それに椿は、あなたの事を本当に尊敬しています」
(要さんは優しいのね……。あの子が好きになる筈だわ……)
要は少し照れてから、まっすぐ彼女を見つめる。
どうしても、確かめたい事があったのだ。
「僕が、椿と結婚する事を許して頂けますか?」
椿は自分は要と結婚してもいいのかと問うてきた。
要は構わなかった。
椿がそばにいてくれるのならと。
ならば自分は?
最初は不純な動機で交わした約束。
そのまま気持ちを重ねて婚約したが、自分こそ、椿と結婚してもいいのかと思い始めた。
:08/10/15 01:30
:SO906i
:☆☆☆
#512 [向日葵]
あまりに、自分は勝手すぎたかもしれなかった。
椿の母は、微笑んでいるが真剣な顔つきになる。
そしてゆっくり口を開く。
(駄目よ)
要はズキンと胸を痛める。
しかしここで引き下がる訳にはいかない。
どう考えても自分は椿とは離れたくないからだ。
「認めて頂けないなら……認めて頂けるよう成長します」
その答えを聞いた彼女は微笑みを深くして要に近づいてくる。
近づけば更に彼女の姿が分かった。
幽霊の筈なのに、触れられそうだ。
:08/10/16 21:39
:SO906i
:☆☆☆
#513 [向日葵]
(冗談よ)
彼女は片目を瞑ってみせる。
要は何が何だか分からなくて間抜けな顔になってしまった。
そんな彼の表情を面白そうに笑ってから椿の母は更にもう1歩要に近づく。
(椿が求めている相手を私が否定する訳ないじゃないですか。……いいえ、椿には要が必要です。だからそばにいてあげて下さい)
微笑んでいても、母が椿を思う気持ちはひしひしと伝わってくる。
要は神妙に頷き、頭を深々と下げる。
「大切にします」
少し間をおき、楽しそうに「フフ」と笑う声が聞こえた。
要が頭を上げた時には、そこには椿の母の姿はなく、彼ただ1人になっていた。
:08/10/16 21:45
:SO906i
:☆☆☆
#514 [向日葵]
――――――――…………
別荘に帰れば、リビングに美嘉と大久保がテレビを見ていた。
それを一目見てから要は階段を上がる。
ゆっくりと椿の部屋に入れば、ベッドの上で椿は体を起こしていた。
「椿っ」
「あ……要さま……」
「まだ寝てなきゃ駄目だろ」
肩を掴んで寝かせようとする要の手に自分の手を重ねて椿は拒否する。
「あの、それが……熱は下がったみたいで……」
:08/10/16 21:50
:SO906i
:☆☆☆
#515 [向日葵]
強がりを言ってるのかと疑った要は椿の額に手を当てる。
本当に熱が下がっている。
その理由はさっき会った椿の母のおかげなのでは?と思ってしまう。
そう思えばさっきは貴重な体験をしたなと思った。
「椿、君のお母様は綺麗だね……」
ベッドに腰かけた要は呟くように言った。
椿は少し首を傾げるも、不思議そうな顔はしなかった。
「さっき、会ったんだ……」
そこで椿は驚いた顔をする。
「わ、私も……っ」
:08/10/16 21:54
:SO906i
:☆☆☆
#516 [向日葵]
「え?」
「夢かどうかわからなかったんですが、ひんやりした母の手が私のおでこに触れたら熱がひいていったのです」
すると椿の目から、涙が溢れはじめる。
ポロポロと落ちる涙を気にする事なく、椿は柔らかく微笑む。
その顔が、彼女の母にそっくりだと愛おしいそうに要は目を細める。
「お母様……」
要は椿の肩を抱き寄せる。
「僕も、お会い出来て嬉しかった。僕達を認めて下さるとおっしゃってくれたよ」
「そうですか……」
:08/10/16 22:01
:SO906i
:☆☆☆
#517 [向日葵]
要に身を任せる椿に愛おしさが増す。
気がつけば、彼の手は椿の濡れた頬に触れていた。
導かれるように椿は顔を上げる。
静まりかえって聞こえる音は、どちらの鼓動だろう。
そんな事をぼんやり考えながら、ゆっくりと顔を近づけ、唇を寄せる。
柔らかく触れれば、椿は少し体を硬直させるも抵抗はしなかった。
離れて間近で見る彼女の顔はみるみる赤くなっていく。
そんな椿に、つい自分までもが赤くなった要は、顔を隠す為に椿をギュッと抱き締めた。
彼女の髪から香る匂いが、またドキドキさせる。
:08/10/24 00:12
:SO906i
:☆☆☆
#518 [向日葵]
「……もう怖くなくなった?」
「え……」
「あの人の1件があったからさ……」
聖史の事だ。
椿には辛い記憶。
嫌がる彼女の唇を2度も無理矢理に奪い、要自身も椿に酷い事をした。
そう思えば、照れ隠しに自分から言ったものの、歯をぐっとくいしばる。
「恐くは……ないです。でも……恥ずかしいです……。だから……」
椿は離れると要の少し苦しそうな顔を見てフワリと笑う。
:08/10/24 00:17
:SO906i
:☆☆☆
#519 [向日葵]
「そんな顔しないで下さい。私分かった事があるのです。恥ずかしいのは、きっと、要さまへの気持ちを触れられる度再確認して、くすぐったくなるからですわ」
まっすぐに見つめて、優しげな目が凛とするから、要はハッとして、そして微笑む。
母親と、同じ顔をする。
「ならね、もう1度、くすぐったい思いしてくれるかな……?」
両手で椿の頬を包んだ要は、また彼女の唇に触れる。
自分も、椿への気持ちを再確認するように……。
:08/10/24 00:22
:SO906i
:☆☆☆
#520 [向日葵]
[第12話]
今日は見事な晴天だと思いながら、美嘉はバルコニーへ出て背伸びをする。
寒い空気は寝起きの体には丁度良い。
体の中からリフレッシュするようだ。
「おはようございます」
背伸びの格好のまま後ろを振り返れば、もう完璧に着替えた要の従者がいた。
名前はなんだったか……。
目元のほくろが少しいやらしいなと思うが、本人はとてもいい人なのであまり気にしない。
「おはようございまっす。いい天気っすねぇ!」
:08/10/24 00:29
:SO906i
:☆☆☆
#521 [向日葵]
従者はニコニコして頷く。
「お体を冷やしますから、そろそろ入ってはいかがですか?」
美嘉は一瞬キョトンとするとアハハハと笑い出した。
すると今度は従者の方がキョトンとした。
「美嘉を気遣うなんて無駄ですよ。美嘉この17年間風邪引いた数なんて片手で足りちゃうんですから」
それにそうやって気遣うのは椿や越、家族の他にはいた事がない。自分がボーイッシュな性格と外見をもちあわせているのは理解してるし、女扱いされたいだなんて願望さえ持った事はなかった。
だから従者の一言はとても珍しいものだった。
:08/10/24 00:34
:SO906i
:☆☆☆
#522 [向日葵]
「でも朝ごはんの用意しなくちゃですし、中に入りますよっ」
軽い足どりで中に入れば、外よりかは幾分暖かい。
しかし寒いのは嫌いではないので後で散歩にでも出掛けようかと考える。
するて肩に暖かさが宿る。
フワリとした感触は毛糸で編まれた美嘉のカーディガンだった。
さっき外へ出るまではおっていたが、朝早くの空気を楽しみたくてソファーにかけておいたのだ。
それを従者がかぶせてくれた。
「私もお手伝いさせて頂きます」
にこりと笑うその顔は、大人の男性を感じさせるものだった。
:08/10/24 00:40
:SO906i
:☆☆☆
#523 [向日葵]
―――――――――…………
「クリスマスを一緒に過ごせない?」
起きてしばらくしてから要が椿に話をした。
どうやら彼が隠したかったのはこの事らしかった。
恋人(婚約者)となって初めて過ごすクリスマスなのに、要は仕事で年始まで海外へまた行かなければならなかった。
その事実を知れば、椿が悲しんでしまうのではないかと思った要はもう少ししてから話すつもりだったらしい。
「それをどうして美嘉ちゃんにまで口止めなさってたのですか?」
美嘉が知る必要もないだろうに。
:08/10/24 00:45
:SO906i
:☆☆☆
#524 [向日葵]
:08/10/24 00:46
:SO906i
:☆☆☆
#525 [向日葵]
:08/10/24 00:47
:SO906i
:☆☆☆
#526 [向日葵]
「彼女にクリスマスはどうするのか言われて、ありのまま話したんだ。話し終わってからもし君の耳に届いたら駄目だと思ってね」
なるほど、と椿は相づちをうつ。
と同時に、そこまで自分を想ってくれる要が嬉しかった。
そろそろ自分も下へ降りて、朝食の準備をと、椿はドアに歩み寄る。
しかし、それは要によって遮られる。
「待って」
椿の前に立ち、ドアを背にして通せんぼする。
危うく要にぶつかりそうになった椿は慌てて距離をとる。
要を見上げれば、意地悪くニヤリと笑っている。
:08/10/30 15:48
:SO906i
:☆☆☆
#527 [向日葵]
少し不安になり、困ったように眉根を寄せる。
「僕の隠し事は話した。さて、君の隠し事は、一体何なのかな?」
あ、と椿は目を見開く。
指を組み合わせて落ち着きなく少し体を揺らす。
「そ、その、えと……昨日言ったような話だったんです」
「昨日?何を話したっけ?」
「えと、要さまが好きと再確認してしまうと、こそばゆくなるとか」
「あぁ、それが大久保とどう……?」
まったく結びつく気配がないので要は宙を見て考える。
:08/10/30 15:54
:SO906i
:☆☆☆
#528 [向日葵]
椿はその時の会話を話す。
やがて要は「あぁ」と言い、おかしそうに笑う。
「君の恥ずかしがる度合いが分からないよ」
椿が赤くなってうつむけば、要は彼女の腕を引き腕の中に閉じ込める。
「そんなだから、君を手放す事が出来ないんだろうけどね」
穏やかな口調に椿は胸が高鳴る。要を見上げれば、口調と同じくらい穏やかな笑みを向けていた。
自然に顔が近づいてくる……。
「ラブラブ中にごめんねーっと」
要がおさえていた筈のドアをいとも簡単に美嘉が開く。
:08/10/30 16:00
:SO906i
:☆☆☆
#529 [向日葵]
おさえていた要は弾かれ椿と共に転ぶ。
幸い椿は要が咄嗟に庇ったので体が痛くなる事は無かった。
「君はノックも出来ないのか……」
「ノックしただけじゃ無視しそうな雰囲気だったから。当たってるんじゃない?万年発情男くん」
にっこり笑う美嘉をムスリとしながら睨みつける。
彼女が言ってる事をあながち否定出来ないからだ。
美嘉は椿だけに手を貸して立たせてやる。
「ご飯出来たよ。降りてらっしゃいな」
―――――――――…………
運動部的な見た目や性格だから料理ももっとすごいものだと勝手な想像をしていた要や大久保は朝食を見て驚く。
:08/10/30 16:07
:SO906i
:☆☆☆
#530 [向日葵]
トーストにスクランブルエッグ、控えめにあるベーコン、ちぎったレタスのサラダには綺麗に三日月型に切ったトマトがそえられ、寒い体を温める野菜スープまでもがある。極めつけはフルーツが入ったゼリー。
これは昨日夜に作ったのだとか。
「僕、黒こげになった料理しか出てこないか、もっと雑なものが出てくると思った」
美嘉をじっと見ながら言う。
昨日の夕食は大久保が作ったもので、美嘉は手伝いしかしていなく、その実力を見る事は無かった。
「あのね、美嘉はこう見えて料理が好きなの。学校のお弁当だって毎日自分で作ってるんだから」
:08/10/30 16:14
:SO906i
:☆☆☆
#531 [向日葵]
この時、要や大久保が購買で勇ましくもパンを勝ち取る姿しかイメージ出来なかったのは言うまでもない。
要は飛び級なのでそんなシーンは滅多に見ないが、たまにどこかの学校の前を通り過ぎる時、パン屋らしい車の前で生徒が争うように血眼でパンを買っていたのを見た事がある。
なので美嘉にはそのイメージしかなかった。
「君にも女の子らしいとこがあったんだね」
「アンタ美嘉をなんだと思ってたの」
「野生児」
「野菜スープぶっかけられたい?」
:08/10/30 16:21
:SO906i
:☆☆☆
#532 [向日葵]
本当にぶっかけるつもりなのか、おたまと野菜スープが入った小さな鍋を持ってじりじり寄ってくるものだから、椿と大久保は慌てて止めなくてはならなかった。
そんな事がありながらも、4人で楽しく朝食を食べ、一息ついた。
―――――――――…………
1時間程すると、要と椿が散歩へ出ていった。
幸せそうな2人の背中を見送りながら美嘉はホッとする。
「美嘉さま」
振り返れば、要の従者が立っていた。
「美嘉さまも散歩はしなくてよろしいのですか?」
:08/10/30 16:26
:SO906i
:☆☆☆
#533 [向日葵]
「美嘉は掃除でもしてますよ」
「なら、それは私がいたします」
「あなたこそ、ちょっとは休めばどうですか?働き詰めはよくないと思いますけど」
「いえそんな。私はいいのです」
「じゃあ美嘉もいいです」
そんな言い合いをして数分。
ラチがあかないと美嘉は黙る。
同じ事を思ったのか、従者も黙った。
しばらくして、美嘉が両手をパンと合わせる。
「じゃあ2人で散歩しましょう」
「えぇっ!?」
:08/10/30 16:30
:SO906i
:☆☆☆
#534 [向日葵]
うろたえる大久保をよそに、美嘉はさっさと用意を始めていく。
「たまにはアイツの事なんか忘れて、のんびり過ごす事も大切だと思いますよ。ホラッ!」
美嘉は強引に大久保の手を引く。
大久保は抵抗する間もなく、外へと連れていかれてしまった。
――――――――…………
どこへ行くかなどは決めず、のんびりと林の中を歩く。
暖かく柔らかな日差しが心地よく感じる。
美嘉は落ち葉を踏み、パキパキと鳴るその感触を楽しんでいた。
「美嘉さまは、いつから椿さまとお友達で?」
:08/11/16 01:37
:SO906i
:☆☆☆
#535 [向日葵]
「ずーっと昔からです。たまたまいた近所の公園にいて、それから。あんな大きな家に住んでるのにわざわざ外へ出るなんて、変わってる子ですよね」
大久保は静かに微笑む。
大久保より数歩先を歩いていた美嘉は、片足を軸にくるりと回って大久保の方を向く。
「大久保さんは?いつからアイツのとこへ?」
「父が要さまのお父様の従者をしてまして、私も父に連れられて、要さまとは幼い頃から交流がありましたので」
「従者って言うよりは、親しげですよね、あなた」
「それは……大変光栄にございます」
:08/11/16 01:43
:SO906i
:☆☆☆
#536 [向日葵]
本当に嬉しそうに笑うものだから、美嘉もつられて笑顔になる。
そして再び歩き出す。
「そういえば、アイツの両親って……」
「お2人共、海外で暮らしてらっしゃいます。ご多忙な為、要さまとお会いするのは3年に1度ほどなのです」
「それは、小さい頃から?」
「はい」
じゃあ、要の自己中心的な所は、小さい頃つもりつもった両親に対する寂しさからくるものなのだろうか。
と美嘉は首を傾げる。
そして思う。
そういう人だから、椿の事を理解してくれたのかもしれない、と。
:08/11/16 01:49
:SO906i
:☆☆☆
#537 [向日葵]
しかし過度な愛情表現は如何なものか……。
それも仕方のないこと?
どちらにしても第三者である美嘉はなんとも言えなかった。
いや、椿が困っていたらそれなりに止める事も出来るが、最近の椿はまんざらでもない様子なので、美嘉も言うに言えなかったりする。
だから子供っぽくも、2人の邪魔をしてみたり。
「そういえば美嘉さま、ギンリョウソウと言うのをご存知ですか?」
「ギンリョウソウ?」
どこかで聞いた事があると思えば、まだ椿の婚約が決まりたての頃、椿から訊かれたものだった。
:08/11/16 01:54
:SO906i
:☆☆☆
#538 [向日葵]
分からないから一瞬で忘れた美嘉は特に気にした事もなかった。
「それが、何か?」
「要さまが、椿さまをそのように表現してらしたので」
「で、何かは分かりましたか?」
「植物である事は分かりました。……ただ」
大久保の表情が少しくもる。
美嘉はじっと彼の顔を見つめる。
「……あまり、いい印象を受けないものでして……」
美嘉は明らかに苛立った顔をした。
:08/11/16 01:59
:SO906i
:☆☆☆
#539 [向日葵]
どういう事だ。
仮にも要は婚約者だ。
その婚約者が、どうして椿をそんな風に称すのか。
「あ、でも、要さまにも何かお考えがあるのかも……。今のは聞かなかった事にして下さい」
椿は“ギンリョウソウ”を知っているのだろうか……。
「……椿は不幸にはなりませんか?それを、保証出来なければ、美嘉は納得しません」
大久保は一瞬驚いた顔をした後、いつもの彼らしく優しく笑う。
「主人だからという贔屓目を抜いたとしても、要さまは椿さまを大切になさって下さると思います」
大久保は美嘉に並ぶ。
美嘉はまだ不安げな顔で大久保を見ていた。
:08/11/16 02:05
:SO906i
:☆☆☆
#540 [向日葵]
「私は今まで、あんなに穏やかに笑う要さまを1人を除いては見た事がありません」
「1人?」
「ご兄妹であります唯子さまでございます」
美嘉は頷く。
「要さまは、いつも孤独に戦ってらしたように思います。ご存知かとは思いますが、要さまは有名ブランドのデザイナーであります。そして、要さまのお父上であります旦那さまも、デザイナーなのです」
美嘉はまた頷く。
大久保のいつもの柔らかな表情は消え、固く厳しいものになっていた。
:08/11/16 02:10
:SO906i
:☆☆☆
#541 [向日葵]
「有名ブランドを背負うデザイナーの息子……。それがどれだけ要さまの背中にのしかかった事でしょう……」
父の地位へ上り詰める事は容易くなく、評価が重なり、それはまた彼を押し潰してしまいそうだった。
そんな要を近くで見守り続けたのは、従者である大久保だった。
しかし、自分の無力さを、大久保は呪っていた。
見守るのは、いつも要の寂しげな後ろ姿だった。
「あの方に、何が出来るか考えました。考えた末に見つけた答えは、見守る事だけだったのです」
あぁ……自分は何も出来ないのかと、ただただ失望した。
:08/11/16 02:16
:SO906i
:☆☆☆
#542 [向日葵]
そんなある日、要は言った。
強い眼差しは今でも鮮明に覚えている。
[大久保、お前だけは僕と対等な関係でいろ。なんでも言い合える、友のような存在でいろ]
黙って見守り続けていた事は無駄ではなかったのだ。
ビジネスを続ける上で、自分に寄り添い、支えてくれた大久保は、要にとって唯一、心を許せる相手だったのだ。
「それからは、主従関係は抜けませんが、心の中では対等なお付き合いをさせて頂いてます」
そんな彼が、変わり始めた。
それは1人の少女との出会いだった。
:08/11/16 02:22
:SO906i
:☆☆☆
#543 [向日葵]
「びっくりしたのは大雨の日ですよ。急に野々垣邸へ車を飛ばせと言うのですから」
美嘉はそういえばと思い出す。
いつだったか、椿が要のお見舞いへ行くと言っていた。
もしやそれが何か関係あるのか?
「着いて早々、傘もささずに遠い玄関まで走っていくものですから、私も思わず唖然としてしまい、要さまを追いかける事も忘れてしまってました」
苦笑しながら話す彼の目元に柔らかさが戻りだす。
「しばらくして、戻ってきた要さまのお顔が変わっていました。どこか、決意をなさったお顔をされてましたので」
:08/11/16 02:27
:SO906i
:☆☆☆
#544 [向日葵]
そこでかっ!と美嘉はパチンとパズルがはまった感覚になった。
要がようやく椿になけなしの誠意を見せたのは!
少々失礼な事を思うが、彼女にとって今そんな事はどうでも良かった。
「でも、アイツなんで椿を好きになったんだろう」
そんな事つきとめても仕方ない事は分かる。
理由は分からないけれど何故か惹かれ合うものがあるのだろうと、ぼんやりだか理解しているからだ。
それでも、椿をビジネスの道具としてしか考えていなかった要が何故と疑問だった。
:08/11/16 02:33
:SO906i
:☆☆☆
#545 [向日葵]
自分が知らない内に二人は絆を深めていってた事に驚いた。
あの椿が、要に襲われかけた後、本心からの願いを言った時、美嘉は椿の気持ちに気づいてしまったし、その後要を訪ねれば、彼の気持ちにも気づいてしまった。
そして二人は相思相愛と悟った。
「美嘉は……嫌な奴かもしれない……」
ボソリと美嘉が呟くと同時に、風が吹き、木々が揺れる。
「美嘉さま……?」
「椿が幸せなら嬉しい。だってあんな子だもの、誰よりも幸せになってほしい……」
それなのに……。
:08/11/26 23:01
:SO906i
:☆☆☆
#546 [向日葵]
胸の中に、気持ち悪く残るこの感情は、何……。
いつも、椿の近くにいるのは自分だった。
それが、いつの間にか彼女の隣には、彼女をいとおしそうに見つめ、大切に思っている人が現れた。
いづれはそうなるだろうと思っていたし、要が前ほど嫌いだから拒絶している訳でもない。
あの二人が、楽しそうに笑ってくれていれば、ほっとするし、顔がほころぶ。
「寂しい……」
「美嘉さま……?」
それでいい筈なのに、どこかおいてきぼりされた気分なのはどうしてなんだろう……。
:08/11/26 23:07
:SO906i
:☆☆☆
#547 [向日葵]
「美嘉は、だめだめですね。友達の幸せ一杯な姿を見て、寂しく感じるだなんて……」
美嘉の顔が歪む。
嫌悪感でいっぱいになる。
そんな美嘉を、大久保は変わらない微笑みで見つめる。
近づいていき、美嘉の手をそっと取る。
温かい大久保の手に、少し安心した気分になる。
「寂しく感じるくらい、椿さまを大切になさっている美嘉さまは、とても素敵な方だと思います」
伏せていた目を、ゆっくりあげる。
自分は背が高いが、大久保は自分より更に高い。
目線を上にしなければならないのが、少し新鮮に感じる
:08/11/26 23:13
:SO906i
:☆☆☆
#548 [向日葵]
要ですら、美嘉より背が低い。
椿はもっと低い。
だから、自分より背が高い人から見下ろされ、こんな風に微笑まれれば、自分を守ってくれる気がすると、美嘉は思った。
「あと、要さまが椿さまを好きな理由ですが……」
我に返った美嘉は、どこかぼんやりした頭を必死に起こす。
さっきのふんわりした気分は一体なんなんだと思いながら、要の椿に対する気持ちを聞く方に興味がいってしまったので、疑問は彼方へ消えてしまう。
「椿さまを、どうしても放っておけない自分がいたらしいです。あまりに痛々しくいじらしい椿さまのお姿は、要さまの胸を締めつけ、頭では仕事の為だと思っていても、本当の心の声には負けてしまったみたいですね」
:08/11/26 23:20
:SO906i
:☆☆☆
#549 [向日葵]
美嘉にはそんな経験はない。
何せ幼い頃からボーイッシュな性格は自覚していたし、見た目も椿のような儚さや、女の子らしい柔らかさのようなものは持ち合わせていないと思っていた。
だから恋する事は諦めていた。
いくら偉そうに恋愛話をしたって、所詮は一般論である事は分かっていた。
自分もそんな風に、心の素直な声に抗えず、従ってしまう程の運命の相手に出会う事が出来るのだろうか。
と思いながら、ちらりと大久保を見る。
大久保は、美嘉を女の子扱いした。
:08/11/26 23:25
:SO906i
:☆☆☆
#550 [向日葵]
それが珍しい。
大抵は、そんな扱いしてもらえない。
だからか、不思議な気持ちになってしまう。
名前、なんだっけ……。
未だに思い出せない。
彼は自分を名前で呼んでくれるのに。
「あなたは、そんな相手がいた事がありますか?」
何気なく訊いてみる。
深い意味はない……つもりだと、美嘉は自分でもわからなくなっていた。
大久保は人差し指を唇にあてる。
「内緒です」
:08/11/26 23:29
:SO906i
:☆☆☆
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