【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#342 [◆8HAMY6FOAU]
 
実際、彼女は俺の浮気を見抜いていた。
一度二度バレてからはそれを隠そうともしなくなっていた俺に、彼女は訊く。

「遅かったね。また女の子と一緒だったの?」

そう言われるともう、開き直るしかなかった。
自分が間違っているなんてことは俺の中でも果てしなく明白で。
ただ、彼女の前では何故か自分の非を認めることが出来なかった。

「どうしてそういうことしちゃうの? 他に好きな人が出来たんなら、正直に言うべきだよ」

⏰:08/09/14 22:22 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#343 [◆8HAMY6FOAU]
 
違う、好きなんかじゃない。
俺が好きなのはコイツだけなんだ、信じてはもらえないだろうけど。
言い訳をすると、役者仲間が女癖の悪いやつばかりなのがいけなかった、俺は流されていた。

「自分を持たなきゃダメよ。あなたには才能があるんだから」

彼女は役者としての俺の才能を、絶対的に認めてくれていた。
どんなに小さな役しか貰えなくても今まで続けて来られたのは、その事実があったからだ。
彼女の支えが無かったら、俺は諦めていただろう。
しかしそんな恩を感じながらもどうしてか素直に甘えることは出来なくて、俺はその後も数えきれないほどの禁忌を繰り返す。

⏰:08/09/14 22:24 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#344 [◆8HAMY6FOAU]
滑稽な男の、滑稽なプライドだった。

それなのに、彼女は俺を責めない。
何故そうなるのか、と控え目に訊いてくる以外は、俺の裏切り行為について一切触れなかった。
俺はその理由を、彼女が優しいからだと、俺のことが好きで仕方ないからだと思っていたけれど。
今思えば俺は、彼女のことをマリア様みたいに、或いはロボットみたいに崇めてしまっていたのかもしれない。
宇宙より広い心を持ち、何をしても傷つくことはなく、永遠に俺を好いていてくれる存在だと。
けどそんなはずないんだ。
彼女だって人間であり女性であり、同時に俺の彼女でもある。

⏰:08/09/14 22:25 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#345 [◆8HAMY6FOAU]
俺の行為に嫉妬もすれば嫌になることだってあるだろう、いや、あって当然だ。
俺はなんて馬鹿なことをしていたんだろう。

つまり、答えが出た。
俺が抱えていた一番大きな問題をたった今解き終えた。
だからだろうか、胃につっかえていた汚物を全て吐き出せたような肩の荷が降りたような不思議な安堵感を得て、俺はその時初めて雨が降り出していたことを知る。
薄い壁を隔てて耳に伝わる静かな雨音が、俺に決断させた。


俺は彼女と付き合ってちゃいけない人間だ。

⏰:08/09/14 22:26 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#346 [◆8HAMY6FOAU]
 

彼女は完璧な女性だ。
俺なんかが汚しちゃいけない、もっとお似合いのヤツがいるんだ。
そうだ、好きな人が出来たって言ってたじゃないか、そいつと幸せになってくれたら、それでいい。

⏰:08/09/14 22:27 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#347 [◆8HAMY6FOAU]
 
思い立ったらすぐに立ち上がった。
まだ顔は溢れ続ける涙でグシャグシャだが、この雨なら気にすることもない。
溜まっている洗濯物の中に混ざり込んでいた黒い上着を引っ掴んで腕を通すが、生地が絡まってなかなか通らないことにイライラする。
腕をグイグイねじ込みつつ、俺の眼は鞄を探していた。
やっと袖に腕が通るとすぐ、ちゃぶ台の下に発見した鞄を肩にかけ、ちゃぶ台の上のタバコとライターと原付の鍵を床にボトボト落としながらジーンズのポケットに突っ込む。
部屋のドアを勢いよく開けるのと同時にサンダルをつっかけてそのまま走り出す。

⏰:08/09/14 22:27 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#348 [◆8HAMY6FOAU]
 
屋根の外に出た瞬間、大粒の雨が体を打つ。空は灰色の絵の具を塗りたくったようにべったりしていて、その透明感のない雲は凄まじいほどに水滴を落とし続けていた。
雨の日は危ないからバイクに乗らないで、と彼女に言われていたが今はそれどころじゃない。
一旦ポケットに入れた鍵を再び引っ張り出しながらバイク置き場に向かって駆け抜ける。
駐輪場の粗末な屋根が見えて、俺はそのままUターンした。
やっぱり彼女との約束は守りたい。
今更だけど、俺はやっぱり彼女が好きだったんだ。裏切りたくなんか、なかったんだ。

⏰:08/09/14 22:28 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#349 [◆8HAMY6FOAU]
 

普段なら原付を飛ばして一瞬で走りぬける道を、惨めに濡れながら息を切らしてメロスの如く走る。
俺は、ひとつのことだけを考えていた。
横を走るでかいトラックが撥ねた水を被ろうと、濡れたコンクリートに滑って転ぼうと、信号無視した車に轢かれそうになろうと、俺は彼女のことだけを脳内に浮かばせていた。

――どう言えば、うまく伝わるだろう。
俺の歪んだ本音を、どんな言葉にすれば理解してもらえるだろう。

赤い光が俺を立ち止まらせる。
降り続ける雨は、だんだんと強さを増していた。
もう俺の耳には、コンクリートと水滴のぶつかる音しか聞こえない。

⏰:08/09/14 22:31 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#350 [◆8HAMY6FOAU]
 
――いや、理解してもらおうなんて俺は……。
彼女はずっと理解してくれていたのに。それを無下にしたのは俺自身なのに。

着てきた上着も、破れたジーンズもその中の下着も伸びた髪も濡れてグチョグチョだ。体に纏わりついて余計に不快感を与える。
それでも、信号が青になるとまた走り出した。

――彼女のところに行っても、会ってくれるかどうかわからない。
今までどんなひどい行為をしても、彼女は俺を突き放さなかった。待っていてくれた。
俺はそんな彼女に甘えて、欺いて、期待して、……振られたんだ。

⏰:08/09/14 22:31 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#351 [◆8HAMY6FOAU]
 
何台もの自動車が水溜りを蹴散らしながら車道を走り抜けていく。
その横を俺はバチャバチャ音を立ててピエロみたいに走った。
完全に濡れ切った髪からいくつも水の筋が垂れて、目を開けていられない。
でも顔面に流れるのは薄汚れた空から降ってきた水分だけじゃなくて――俺はまだ、泣いていた。
前から歩いてきた相合い傘のカップルがそんな俺を見て嗤う。

――頭のおかしい奴とでも思われてるんだろうな。
構わないさ、実際俺は狂ってた。
あんなひどい仕打ちを受ける罪なんて彼女には一つもなかったのに。
罰を与えられるべきなのは俺だ。
だから嗤えよ。気が済むまで嗤ってくれよ。

⏰:08/09/14 22:33 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


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