access 〜フロッピーディスクに消えた少女〜
最新 最初 全 
#1 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
access[アクセス]
・利用できること、利用する権利、インターネットやデータなどへのアクセス、アクセス権。
・入る方法、近づく方法。
チャレンジ英和辞典ー第四版ー
>>2
:08/10/05 07:51
:L704i
:aPPbfvN6
#2 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
:08/10/05 07:55
:L704i
:aPPbfvN6
#3 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
あれは僕が小学生で、姉が中学生のときの出来事だった。
明日は結婚記念日だから、海外旅行に行ってくる。
両親はそう言い残して、僕達姉弟を親戚の家に預けたまま行方を眩ました。
僕達は捨てられたのである。
:08/10/15 23:03
:L704i
:zB1r9SEQ
#4 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
しばらくして、そう親戚の口から告げられた。
あのとき、僕は親戚の言っている意味が分からず、ただ大声をあげ、泣きじゃくる姉のアイロンがきいた真新しい制服の裾を強く掴んでいたのを覚えている。
それから僕達姉弟は一度も顔も見たことのなかったような血縁の薄い親戚の家をたらい回しになりながら暮らしていた。
酷いときには、食事さえも満足に与えてもらえなかった。
:08/10/15 23:05
:L704i
:zB1r9SEQ
#5 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
姉をなんとか地元の公立高校に入学させてもらえたのが唯一の救いだった。
姉が地道にアルバイトで貯めた貯金で僕達は小さなアパートを借りて親戚の手を離れた。
今では姉は正社員として会社に勤め、僕は高校三年生となった。
:08/10/15 23:07
:L704i
:zB1r9SEQ
#6 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
姉には婚約者ができた。
小さかったアパートと比べたらかなり広くて快適なマンションへ越した。
上っ面だけだが、友人も増えた。
しかし僕の中に刻み込まれた醜く深い傷は、いまだに瘡蓋をつくらずに黒ずんだ血を垂れ流していた。
:08/10/15 23:08
:L704i
:zB1r9SEQ
#7 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
僕が人間を信用しなくなったのは、一体、いつからのことだろう。
気がつけば、人間を避けずみ邪見にして、家族には笑顔すら見せず友人には信頼を求めなくなっていた。
光を避け、幸福を憎み、愛情を罵り、とくに信頼というものの存在を否定し続けていた。
信頼している、なんて他人から言われると、全身に身の毛がよだつ。
:08/10/16 07:32
:L704i
:jJZfe6pM
#8 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
今までに一度だけ、姉に信頼という言葉を投げ掛けられたことがある。
そのときは姉の正気を疑った。
あんなに信頼していた両親に裏切られた痛手を共有した姉が、信頼なんて下らないものをまだ信じているのが許せなく信じられなかったのである。
とにかく、信頼という言葉ひとつで僕は首を絞めてしまいたくなるくらいに苦しんだ。
:08/10/16 07:34
:L704i
:jJZfe6pM
#9 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
そんなことを考えて生きているうちに、僕は死について考えるようになった。
いくら考えても、生きる意味を見い出せずにいた。
目が覚めたら、世界がどうしようもない暗闇に覆われていたらいい。
毎日、そう願いながら眠りについた。
そんな僕の前に彼女が現れたのは、季節が冬に変わり、街に雪が降り始めたときのことだった。
:08/10/16 07:36
:L704i
:jJZfe6pM
#10 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
*
センター試験を間近に控え、クラスメイト達の会話には英単語や効率の良い勉強方法の話題が飛び交い始めた。
僕も太宰治の小説から参考書を持ち歩くことが多くなり、深夜までの受験勉強による寝不足の日々が続いた。
そろそろ何かしら息抜きをしないと精神的に参ってしまう。
:08/10/19 20:46
:L704i
:he7Mo6ZI
#11 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
そう考え、その日、僕は学校帰りにお気に入りのCDショップへと足を運んだ。
しばらく見ないうちに、店内の内装が暗く陰鬱なものから女子高生が好みそうな明るく楽しげなものへと変わっていた。
僕は失望に打ちのめられながら店内を歩き回っていた。
しばらくして、唐突に僕の肩に手が置かれた。
振り返る。
:08/10/19 20:47
:L704i
:he7Mo6ZI
#12 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
そこには、優しく微笑み、マフラーや制服を覆うコートにいくつもの雪をくっつけた女性がいた。
彼女の瞳が僕を映している。
僕の顔を見るなり、彼女は唇を細めて白い八重歯を覗かせ、陶磁器のように滑らかな頬にえくぼをつくった。
「やっぱり、彰くんだったんだね。中学の時にクラスメイトだった竹内芽衣子だよ。覚える?」
:08/10/19 20:55
:L704i
:he7Mo6ZI
#13 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
名を名乗られてやっと、僕の脳で埃を被っていた古い回線が繋がった。
竹内芽衣子。
中学三年生の頃に学級委員をしていたクラスメイトである。
「覚えてる。大人びたね。何だかイメージが変わったよ」
竹内芽衣子は頬を紅く染めて笑った。
:08/10/19 20:56
:L704i
:he7Mo6ZI
#14 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「そうかな?」
そう言って、彼女は恥ずかしそうにしながらマフラーに顔を埋めた。
大人びた。
お世話などではなく、ごく自然にでた本心からの発言だった。
変わったものは何か、と、僕は真剣に考えた。
:08/10/19 20:58
:L704i
:he7Mo6ZI
#15 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
たんに髪が伸びたとか、顔が変わったとか、そういうものではない。
彼女を覆う雰囲気が、大人と何ら変わりないそれなのである。
どんな経験が彼女を変えたのだろう。
少なくとも、僕よりは明るくまっとうな道を歩んできたのだなと思った。
そう思った瞬間から、羞恥心と劣等感が凄まじい勢いで胸に込み上げ、今すぐにでも彼女の前から走って逃げたい衝動にかられた。
:08/10/19 20:59
:L704i
:he7Mo6ZI
#16 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
早く家に帰って布団をひっかぶりたい。
思い切り悲鳴をあげて突き付けられた現実を忘れたい。
気がついたら、僕はいつの間にか彼女とアドレス交換をしていて、手にしていたCDの支払いを済ませ、帰宅していた。
:08/10/19 21:01
:L704i
:he7Mo6ZI
#17 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
*
その日の夜。
受験勉強も一段落つき、肩を揉んでいると携帯電話からサン=サーンスの「死の舞踏」が流れてきた。
竹内芽衣子からのメールだった。
それからしばらく、他愛ない内容のメールのやり取りを繰り返していると、彼女は電話をかけてもいいかと訊いてきた。
:08/10/19 21:08
:L704i
:he7Mo6ZI
#18 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
断る理由もなかったので、了解のメールを送る。
すると間髪あけずに再び携帯電話からサン=サーンスの「死の舞踏」が流れた。
彼女からの着信。
通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てると、彼女の吐息が混じった柔らかい声がきこえてきた。
:08/10/19 21:09
:L704i
:he7Mo6ZI
#19 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「……もしもし? 夜遅くにいきなり電話なんてして、迷惑だったかな。今日は久しぶりに彰くんに会って、もっと話したくなっちゃたんだ」
竹内芽衣子は申し訳なさそうに言った。
「そう。全然構わないよ。ちょうど受験勉強も一段落ついたところだったし」
それから彼女といろいろなことを話した。
:08/10/19 21:10
:L704i
:he7Mo6ZI
#20 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
中学時代の思い出話や、志望校のこと、最近捨て猫を飼い始めたこと。
時間はあっという間に過ぎて、時計を見ると深夜一時をまわっていた。
「今日は話に付き合ってくれてありがとう。久しぶりに彰くんとたくさん話せて、すごく楽しかったよ」
「僕も。また気軽に電話かけてきてよ」
「うん。ありがとう。おやすみなさい、彰くん」
:08/10/19 21:10
:L704i
:he7Mo6ZI
#21 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
この出来事をきっかけに、僕と竹内芽衣子は頻繁に連絡を取り合うようになった。
携帯電話の着信履歴はほとんど彼女の名前で埋まっていた。
いつの間にか僕の読む小説のレパートリーに彼女の薦めた作家がいくつも追加されていた。
僕は無意識のうちに、彼女にかなり影響を受けていた。
:08/10/19 21:11
:L704i
:he7Mo6ZI
#22 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「わたしと彰くん、だんだん趣味が似てきたね」
竹内芽衣子にこう言われる度に、僕は部屋の隅で縮こまり頭を抱えて自己嫌悪に陥る。
彼女の無垢な瞳に見つめられる程に、幸せそうに家族の話をされる程に、自分の汚さを浮き彫りにされるようだった。
そんなとき、彼女ならもしかすると、という馬鹿げた期待を抱く自分に、かろうじて理性を保っている自分が教え込むのだ。
:08/10/19 21:12
:L704i
:he7Mo6ZI
#23 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
これは恋愛感情というものではない、信頼なんてもっとない、と。
好意があっての信頼、つまり好意というものが育って信頼になる。
信頼はいけない、何より危ない、そんなもの、人間を弱くするだけの存在である。
この廃退しつつある世の中で傷つかずに生きていくためには、好意よりも悪意をもつことである。
女なんて、どうせ最後には母のように手のひらを反して裏切るに違いない。
:08/10/19 21:13
:L704i
:he7Mo6ZI
#24 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
彼女は他人を信頼する、僕は他人を信頼しない。
本人曰く、彼女は他人を信頼するがゆえに何度も手酷い裏切りを受けてきたらしかった。
なかには聞いていて気分の悪くなるような酷いものもあった。
僕は嫌悪感を露にして抗議した。
:08/10/19 21:14
:L704i
:he7Mo6ZI
#25 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
信頼なんてこの世で最も愚かな行為だと。
彼女は言った。
信頼は交換しあうものではない、ましてや見返りを求めるものではない。
その夜、僕は震えて寝た。
そして夢をみた。
:08/10/19 21:15
:L704i
:he7Mo6ZI
#26 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
僕の前に父と母が土下座して、すまなかった許してくれ、と謝った。
そこで夢の中の僕はふざけるなと二人を足蹴にするわけでもなく、罵るわけでもなく、ただ二人の手を取り憎んでなどいないと言った。
二人は泣いて喜んだ。
目が覚めると、僕は部屋に息を潜める暗闇に向かって、吼えた。
:08/10/19 21:20
:L704i
:he7Mo6ZI
#27 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
*
「あんた、あたしが顔を見に来なかったら餓死してたところだったわね」
姉はそう言って、あっけらかんと笑った。
僕の虚ろな目が彼女をとらえる。
彼女は長い髪を後ろに束ねて、おたまを片手にワイドニュースを観ていた。
:08/10/26 12:37
:L704i
:5rC7WrjE
#28 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
化粧っけのないナチュラルな顔、真っ赤な唇、口元にあるほくろ。
僕は眉をしかめた。
歳を重ねる程に容姿はおろか仕草まで母に似てくるのが悔しくも悲しかった。
姉には悪いが、僕達はあの二人の遺伝子を受け継いでいると、目の前に突き付けられているようで気分が悪い。
:08/10/26 12:40
:L704i
:5rC7WrjE
#29 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「……また殺人事件が起きたのね。全く、物騒な世の中になったわ。あら、たくさん目撃情報まであるの? 黒い革ジャンパーに革の手袋をしてる……。やだ、私の上司かしら? もしそうだとして、捕まっちゃったらどうしよう」
彼女は後半部分だけやけに楽しそうに言った。
昨夜、あんな夢を見てうなされたおかげで衣服に汗が染み込み寝冷えし、結果、もともと体の強くない僕は簡単に風邪をひいてしまった。
:08/10/26 12:41
:L704i
:5rC7WrjE
#30 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
仕事が急遽休日になった姉が運よく僕のマンションに立ち寄ってきてくれたので、何とか昼食を摂取することができた。
僕の目の前におぼんに乗ったお粥が差し出される。
その手の薬指には、銀色の指輪がはめられていた。
僕は毛布を体に巻き付けたままレンゲを手にとり、栄養を拒否する胃に無理矢理お粥を詰め込んだ。
懐かしい味。
:08/10/26 12:42
:L704i
:5rC7WrjE
#31 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
お粥を食べながら、僕は昔、風邪をひいて姉に看病されていたことを思い出していた。
小さい頃、高熱を出した僕に、姉は深夜になってから親戚の目を盗み、試行錯誤しながら一生懸命お粥を作ってくれた。
それが出来上がった時、彼女の手には火傷の後がいくつもできていた。
とても美味しいとは言えない出来ではあったが、僕は姉の心遣いが嬉しかった。
:08/10/26 13:31
:L704i
:5rC7WrjE
#32 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「彰、あんた、優しくなったね。それに、顔つきも違ってきた」
談話しているうちに、姉にそう言われた。
そうだろうか。
そう思って窓硝子に映る自分の姿をみてみたが、やはり変わらず、死人のような濁った目、生気の感じられない蒼白い顔をしていたので少し落ち込んだ。
:08/10/26 13:32
:L704i
:5rC7WrjE
#33 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「彼女でもできた?」
姉は期待を孕んだ目で僕をみて訊いてきた。
残念ながら不正解だということを彼女に伝えた。
僕がどうせ女なんて母のように裏切るに決まってる、だから彼女なんてつくらない、と心境を伝えると姉は悲しい顔をした。
:08/10/26 18:10
:L704i
:5rC7WrjE
#34 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
あまりにも苦しそうな顔をするものだから、僕まで胸が傷んだ。
長い沈黙の後、姉が口を開いた。
「……今更、なんだけどね。私来月に光哉さんと結婚することになったの」
姉は薬指にはめられた指輪を撫でながら言った。
光哉(みつや)とは、姉の婚約者のことである。
:08/10/26 18:11
:L704i
:5rC7WrjE
#35 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
姉は窓の外に広がる世界の遠くをぼんやりと見つめていた。
「光哉さんはね、小さい頃にご両親を亡くしてから、血縁関係の薄い親戚をたらい回しにされて育ったの」
まるで私達みたいに。
姉は静かに呟いた。
:08/10/26 18:12
:L704i
:5rC7WrjE
#36 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「けどね、彼は、誰一人として恨んでなんかいなかった。自分を一人残して亡くなったご両親のことも、酷い仕打ちをしてきた親戚のことも、白い目で自分を見てきた世間のことも。それを知らされた時ね、お姉ちゃん、なんだか馬鹿らしくなっちゃった。私達を捨てた、あの二人を恨んでたこと」
そう言って姉は立ち上がり、この後、光哉さんと会う約束があることを告げた。
電話で彼と話す姉は、笑顔が輝いていた。
:08/10/26 18:12
:L704i
:5rC7WrjE
#37 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
部屋に一人残された僕は何を考えたのか、セーターやらジャンパーやらをしこたま着込み、街を散歩することにした。
部屋の扉を開けると、雪と共に身の千切れそうな冷たい風が僕に吹き付けた。
マフラーに顔を埋める。
熱はまださがっていない。
けれど、だからこそ外の澄んだ空気を吸わなければいけない気がした。
:08/10/26 18:14
:L704i
:5rC7WrjE
#38 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
熱がさがれば、きっと僕はまた暗い世界へと身を傾けるに違いないから。
*
街を散歩している道中、普段目に止めないようなものが次々と目に入った。
手を繋いで歩く恋人。
両親に抱かれて幸せそうに笑う子供。
街の鮮やかな色彩。
雪のきらめき。
:08/10/26 18:15
:L704i
:5rC7WrjE
#39 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
姉や光哉さん、竹内芽衣子はこれらをどんな風に感じ、受け止め、記憶しているのだろうかと気になった。
《いつもの僕》なら、これらをまるで悪の手先か何かのように扱っていた。
今の僕は、涙が出そうになるくらい綺麗で尊いものだと感じている。
全く今の僕はおかしい。
いや、きっと風邪のせいなのだろう、風邪とは怖いものだ。
:08/10/26 18:16
:L704i
:5rC7WrjE
#40 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「こんにちは、彰くん」
竹内芽衣子がドラッグストアのビニール袋を持って現れた。
やあ、竹内さん、と僕は右手を上げて、情けない鼻声と微睡んだ目で挨拶を返した。
「竹内さん、どうしてここに?」
:08/10/26 18:17
:L704i
:5rC7WrjE
#41 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「彰くんのお姉さんに頼まれたの。彰くんを捜してきてって。
彰くんがメールで風邪だって言うからお見舞いに行ったんだけど、部屋には誰もいなくて、困ってたらお姉さんがそう言ったの。
当てずっぽうに捜してたら、着ぶくれした彰くんが歩いてたんだもん。びっくりしちゃった」
彼女が手にしていたビニール袋には、僕の為にと風邪薬や熱冷ましグッズやらがしこたま買い込んであった。
:08/10/26 18:18
:L704i
:5rC7WrjE
#42 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
僕は不思議な感情に包まれながら、はんば強引に部屋に連れ戻された。
改めて熱を計ると、熱があがっていた。
竹内芽衣子は夜遅くまで僕を看病してくれた。
「どうしてここまで良くしてくれるの?」
何の気なしに訊いた。
:08/10/26 18:19
:L704i
:5rC7WrjE
#43 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
彼女は頬を紅に染めて、わたしにもよく分からないの、と言った。
分からなくていい。
僕みたいなやつに好意を持つと、不幸になる。
僕は微睡みの中でそう言った。
しかしその忠告も無駄に終わった。
何故なら、彼女は帰り際に眠る僕の頬にキスを落としていったからである。
:08/10/26 18:20
:L704i
:5rC7WrjE
#44 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
*
それから暫くして、僕ははれて大学生となった。
いちいちアパートを借りるのも手続きやらなんやらがあるし面倒だったので、寮に入ることにした。
たびたびむせかえるほどの湿気を含んだ濃霧が立ち込める、地味で陰気臭い良い所である。
:08/10/30 18:51
:L704i
:gsMrl8Wk
#45 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
強いて欠点をいうなら、寮全体が酷く傷んでいて、隣の住人の出すテレビの音や音楽の音が筒抜けだということくらいだ。
初め、寮生の一人に顔合わせパーティーとやらに誘われたが断った。
僕の賑やかで明るいものを本能的に避けてしまう習性は相変わらずだった。
しかし何故か友人はたくさんできた。
何故か教授にも気に入られた。
:08/10/30 18:52
:L704i
:gsMrl8Wk
#46 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
理由は恐らく、僕がつねに彼らの前で気持ち悪く笑っていて、うんうんと聞いてもいないのに耳を傾けているフリをしているからだと思われる。
服装はファッション誌のモデルが着ているものを直接注文して揃えた。
慣れない笑いを無理矢理つくるために、毎日、肩こりならぬ頬こりに悩まされた。
僕の笑顔をつくりだす筋肉は、頻繁に使用するよう出来ていないのである。
:08/10/30 18:53
:L704i
:gsMrl8Wk
#47 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
面白くも何ともないのに笑顔をつくり、服装や話題を流行に合わせ、どこにでもいる普通の学生を装う。
つまり、キャンパスライフもやはり今までの延長でしかなかったということだった。
自分は死ぬまで心から楽しいと感じることができないのだろうか。
夜、眠れない時にそう考えると身悶えするほど恐ろしくなる。
獣のように爪をシーツに突き立てて、ガリガリと掻きむしる。
:08/10/30 19:00
:L704i
:gsMrl8Wk
#48 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
そんなとき、いつも思い出すのは竹内芽衣子の笑顔だった。
彼女とはセンター試験以来、連絡もつかずにいた。
なぜ彼女のことが脳裏によぎるのか、分からない。
けれど、少しでも気を抜けば、時を選ばず僕の脳裏に彼女の笑顔と柔らかい声が繰り返された。
:08/10/30 19:01
:L704i
:gsMrl8Wk
#49 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
まるで、死神に引かれた僕の右手に逆らうように、彼女の存在は僕の左手を強く引っ張り現実へと引き戻してくれるのである。
彼女に会いたかった。
しかし僕には彼女に連絡する勇気すらなく、それは到底無理だと感じていた。
彼女は幸せな人生を送っているはずだった。
:08/10/30 21:51
:L704i
:gsMrl8Wk
#50 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
そこに僕という人間が入り込むことで、きっと彼女は不幸になるに違いない。
そう思うことでしか、僕は竹内芽衣子に会えない虚しさを正当化することができなかった。
:08/10/30 21:52
:L704i
:gsMrl8Wk
#51 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
その日の夜は、やけに星が明るく輝いていた。
部屋の中で小説を読みふけっていても日頃溜まった鬱憤は晴れそうもなかったので、久しぶりに夜空を眺めてみることにした。
ベランダに出ると、きんと冷えた空気が気管から肺へ、そして僕の肺胞を犯した。
身を震わせる。
:08/11/02 14:00
:L704i
:y1yuMBeI
#52 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
目を閉じると、木々の音さえも聴こえてこない闇に閉じ込められた。
郊外なだけのことはある。
夜空を見上げると、星が今にも落ちてきそうなほど近づいていた。
息を飲むほど綺麗だが、あの星々はもう宇宙の塵になってしまっている気がする。
僕が視ているのは、気の遠くなるほど昔に滅んだ星が放っていた光を確認しているに過ぎないのだから。
:08/11/02 14:01
:L704i
:y1yuMBeI
#53 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
もしもそうだとしたら、この星々はなんて儚くて、虚しくて、悲しいのだろう。
不意に、隣部屋のベランダから物音がした。
僕は何気なくそちらを見て、目を丸くした。
そこにはカーディガンを羽織って白い息を吐く、懐かしい顔をした女性。
竹内芽衣子がいた。
:08/11/03 20:20
:L704i
:RxopXXTA
#54 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「竹内さん?」
僕は恐る恐る声をかける。
竹内芽衣子がこちらを向いた。
彼女も驚いたように目を丸くした。
「……彰くん?」
いつも脳内で再生されていた懐かしい声。
:08/11/03 20:21
:L704i
:RxopXXTA
#55 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
間違いなく竹内芽衣子のそれだった。
「やっぱり竹内さんだった。もしかしたらって思って、声がけてみたんだ」
心なしか声が震えた。
竹内芽衣子は口に手をあて、形のよい目を細めて笑顔をほころばせた。
それは彼女にとっての驚愕の意を表す仕草だと理解した。
:08/11/03 21:07
:L704i
:RxopXXTA
#56 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「信じられない。大学が同じで、ううん、……それよりも半年近く部屋が隣り合わせだったなんて驚いた! ……びっくりしちゃって、なんて言えばいいのか分からないよ。とりあえず、久しぶり! 彰くん!」
僕達は、部屋別にベランダを遮る低く薄いフェンス越しに握手を交わした。
彼女の温もりが手のひらに網をはる神経から脳へ伝わる。
そして、柔らかくて優しい彼女のベールが僕を包み込み、例えようのない安心感を与えた。
:08/11/05 16:54
:L704i
:qUyBkm1k
#57 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
僕はこの時を、一年近く待っていたにちがいない。
「私ね、センター試験が終わってからずっと、母の看病をしていたの」
竹内芽衣子はベランダの柵にもたれ掛かるようにしてこちらを見ながら言った。
僕もだいたい同じような格好をとっていた。
:08/11/06 21:01
:L704i
:12S986y.
#58 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「母がいきなり癌だって言われちゃってさ。しかも末期。
悲しくて、どうしようもないくらいに悲しくて、何もしてあげられない自分が悔しくて。
母は気丈に振る舞ってはいるけれど、私、どうしてあげたらいいのか、何してあげたらいいのか分からなくて……。
毎日泣いてばかりいたよ。
母の方がよっぽど辛くて苦しいのに、私、本当な駄目な娘だよね」
僕は黙って話を聞いていた。
:08/11/06 21:02
:L704i
:12S986y.
#59 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
彼女は、竹内芽衣子は、幸せな人生を送っていると信じていた。
自分だけが不幸だと信じていた。
そんな自分が恥ずかしくてたまらなくなり、彼女の顔を直視できずにいた。
彼女は濡れた目をこちらに向けて微笑んだ。
:08/11/07 15:39
:L704i
:5YPUsECA
#60 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
「実は、私も高校時代に子宮癌になっちゃって、子宮をまるごと摘出したの。
術後は痛くてずっとうめいていたし、リハビリも大変だった。
そんなときにね、私、ずっと人間の死について考えてた。
どうして人間は死んじゃうんだろう。死んだらどうなっちゃうんだろう、って。
そしたらね、だんだん死ぬことが怖くなってきたの。
死は逃れることのできない、暗くて深い無なんだって、気づき始めたからだと思う……」
:08/11/23 19:46
:L704i
:3p1ALRO2
#61 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
無。
この世に生を受けた人間は大抵がそれを忌み嫌い恐れている。
しかし僕には死を恐れる者の気持ちが分からない。
死とは生と表裏一体。
エンドでありスタートでもある。
:08/11/23 19:47
:L704i
:3p1ALRO2
#62 [神崎もえ子◆Hi9o8eIXuA]
人間の生まれる前の意識、そして死んだ後の意識、それが無である。
君は生まれてくる前のことを恐ろしく思うのか?
君は死んだ後のことを恐ろしく思うのか?
これは違うようで同じ質問である。
:08/11/23 20:23
:L704i
:3p1ALRO2
★コメント★
←次 | 前→
トピック
C-BoX E194.194