存在しないオカルト部
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#1 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
ジャンル:オカルトホラー
長さ:短編〜中編
形式:一話完結
更新:不定期ですので急かさずにお願いします
追記:文章力を失った私の文章力を取り戻すための小説ですのでつまらなくても荒らしは勘弁して下さい
:08/11/17 20:03
:SH905i
:☆☆☆
#2 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺には師匠がいる。
師匠と言っても、心霊とか幽霊とかのオカルト的な方面で俺が勝手に師匠と呼んでいるだけだ。
理由は簡単、俺より霊能力やら何やらが強いし、その手の経験も豊富だからだ。
師匠は同じ大学の先輩で、俺は一年生、師匠は一個上の二年生だ。
歳は19と変わらないが、実に不思議な感覚になる。
:08/11/17 20:05
:SH905i
:☆☆☆
#3 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
何故なら師匠の誕生日は三月末、俺は四月初旬。
数日の違いだけなのに、学年が一つ違う。
同じ歳なのに数日違いで先輩になる。当たり前なことなのだが、実に不思議だ。
:08/11/17 20:05
:SH905i
:☆☆☆
#4 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
そして、師匠は小さい。
大学二年生なのに身長は160ほどしかない。
体も細いし小柄だから、高校生に見える。
いや、それに加えて童顔だから、中学生でも通りそうだ。
時には女の子にも間違えられることもあるらしい。
中性的な顔に髪の毛が長いことと女子のように小柄で華奢な体がその原因だろう。
まぁ容姿はどうあれ、この先輩こそ俺の師匠その人なのである。
:08/11/17 20:06
:SH905i
:☆☆☆
#5 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「先輩。首、怪我でもしたんですか?」
ワンルームの師匠の部屋で、夏の暑さに扇風機のみで戦いを挑んでいた頃、ふと仰向けに寝転がり漫画を読み耽る師匠の首元に絆創膏が貼ってあることに気付いた。
師匠は漫画を中断して面倒臭そうに起き上がると、首元の大きめの絆創膏をぽりぽりと掻きながらいつもの無表情を俺に向けた。
:08/11/17 20:07
:SH905i
:☆☆☆
#6 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「あぁこれね。知りたい?」
一旦言葉を切ると、じぃっと俺の目を見つめた。
俺が頷くと、師匠は再び口を開いた。
「侍に斬られた」
意味のわからないことを言う。
「は?」と思わず口に出した俺は、理解の及ばない表情をしていたに違いない。
:08/11/17 20:08
:SH905i
:☆☆☆
#7 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠は口の端を少しだけ吊り上げた。
「人はその人以外には成り得ない」
続けて、また訳のわからないことを言い出す。
「誰の言葉ですか?」
「僕だ」
何が言いたいのかわからない。
ますます頭の中が混乱している俺の前で、師匠は胡座に座り直した。
:08/11/17 20:09
:SH905i
:☆☆☆
#8 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「どんなに他人の真似をしようとも、それは他人の真似をしているその人であって、結局はその人自身であることに変わりはない」
「訳がわからないです」
「人は他人には成り得ないってこと」
何だか少しだけ理解出来た気がした。
「つまり、俺がどんなに師匠の真似をしても師匠になることは出来なくて、俺は俺以外の何者でもないってことですか?」
「そういうこと」
「そんなの当たり前じゃないですか」
何が言いたいんですか?という副音声を込めた口調で言った。
:08/11/17 20:10
:SH905i
:☆☆☆
#9 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「でも、ただ一つだけ、人が完全に他人に成り得る場合がある」
「あるんですか?そんな方法が」
「ある」
「どうやってです?」
「…人間の力ではどうにもならない方法だ」
オカルト系の匂いを察した俺は久しぶりの喜びを感じると共に、師匠の言う方法とやらを考えてみた。
しかしヒントがあまりにも少ない。
俺はあっさりと思考を停止させ、不敵に笑う師匠を見遣った。
:08/11/17 20:11
:SH905i
:☆☆☆
#10 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ヒントをください」
師匠は首を横に振ると、そのまま立ち上がった。
車のキーを片手に取ると、俺の横を抜けて玄関に向かう。
「出ようか。面白い体験をさせてあげる」
ヒントをくれなかったにも関わらず、俺は喜んで立ち上がった。
久々のオカルトな雰囲気に、俺の頭の中ではすでにヒントのことなど消え失せていた。
:08/11/17 20:12
:SH905i
:☆☆☆
#11 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
後に尾いていって車に乗り込むと、師匠はすぐにアクセルを踏んだ。
「どこに行くんです?」
「そのうち君と行こうと思っていた場所があったから、ちょうどいいからそこに行く」
何が調度良いのかはわからなかったが、訊いても答えてくれなそうな気がしたので訊かないことにした。
「何があるんです?」
「侍に会える」
俺は師匠を見た。
師匠と目があったが、特に変化はなく、いつもの無表情のまま師匠は顔を正面に戻した。
:08/11/17 20:13
:SH905i
:☆☆☆
#12 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「『気』って、本当にあると思う?」
唐突に師匠が口を開く。
「『気』って、気功とかの気ですか?」
「いや、目に見えない、不可視の念動力などを全て引っくるめたものを気だとした場合、本当にそんなものがあると思うか?」
運転を続けながら師匠が言う間に、俺の中での答えは決まっていた。
「あると信じたいですね、オカルト好きとしては」
俺がそう答えると師匠はしばらく黙って、静かに「そう…」と呟いた。
車内は沈黙に包まれて、森林の中を突き進んだ。
:08/11/17 20:15
:SH905i
:☆☆☆
#13 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「これ」
しばらくすると師匠が再び言葉を発し、助手席に座る俺は視線を正面から右に視線を移した。
相変わらず正面を向いたまま運転を続ける師匠の左手の人差し指は、首元の絆創膏を指していた。
「絆創膏がどうしたんですか?」
「この傷がどうやって付いたか知りたい?」
「侍に斬られたって言ってたじゃないですか」
「もっと詳しく教えてやろうか?」
俺は頷いたが、前を向いたままの師匠は確認出来ずにいるのか、しばらくの沈黙が続いた。
:08/11/17 20:16
:SH905i
:☆☆☆
#14 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
しかし師匠はあっさりと沈黙を破って話し出した。
「昨日、僕の叔父さんの所に行ったんだ。叔父さんが霊媒師なのは知ってるよね?まぁ僕の家系もその血を引いてるんだけど。とにかく、その叔父さんから『浄霊するから来るか?』って誘われてね。あの堅い叔父さんが僕を浄霊に誘うなんて珍しいこともあるもんだと思ったけど、下手に文句を言って機嫌を損ねたらチャンスを逃すからね。これはもうオカルト好きとして行くしかないって思った訳だよ」
「それで、行ったんですか?」
:08/11/17 20:17
:SH905i
:☆☆☆
#15 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠は頷く。
「助手って形でね、結局見てるだけだったけど。で、今回の依頼者ってのが女性でさ、男の武士が憑かれてたんだよ。浄霊が始まってから気付いた。憑いてるのが侍だって。経文を唱えるとすぐ、刀を抜くみたいに左手を腰に添えて、右手で柄を握る真似をするんだ。ゆっくりと引き抜いて、そして構えた。その時、僕は呑気に『すげー』とか思ってたんだよね。浄霊なんてあんまり見る機会ないしさ、珍しくてね」
:08/11/17 20:19
:SH905i
:☆☆☆
#16 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「…それで?」
「油断してた。いきなり動き出して、振り向き様に後ろに座っていた僕に斬り掛かってきたんだ。見えない刀を握った手を、こう、真横に振り切ってさ」
師匠は右手をハンドルから離して斬る真似をする。
「それからどうしたんですか?」
「その時、女性の手はまるで俺の首をはねるように真横に振り切ったんだよな。…どうなったと思う?」
意地悪く笑う師匠の話す内容に、何故か鳥肌を覚えながら俺は大して考えもせずにあっさりと降参した。
「わかりませんが…まさかそれで切れたって訳じゃないですよね?」
「そのまさかだよ。首元に切っ先が掠めたような感覚があったと思ったら、僕の首が薄く切れていた」
:08/11/17 20:20
:SH905i
:☆☆☆
#17 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
唖然とする俺に「これがその時の傷」と言い、絆創膏を指差した。
「実際は刀を持ってなかったんですよね!?」
「当たり前だ。浄霊中の人間が真剣を持ってたら何をするかわからないだろ。確かに何も持ってなかった」
「じゃあ何で…」と訊く俺に、師匠は短く「気じゃない?」と、どうでもいいと言わんばかりの無関心な口調で返した。
:08/11/17 20:22
:SH905i
:☆☆☆
#18 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「気で作られた見えない刀、存在してるかもね。その女性はね、僕を斬った後、もう一度振り切ったんだ。今度はそこにあった花の首を見事落とした」
嫌な感じが背中を伝い、車が目的地に着くまで、俺も師匠も口を開く事はなかった。
:08/11/17 20:22
:SH905i
:☆☆☆
#19 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「着いた」
車が停まる。
辺りを見渡すと、左右には深い森林が生い茂っていて、車道だけが道らしい道として存在していた。
「こっちだ」
車を降りると突然師匠がけもの道に入って行った。
慌ててその後を追うが、足場が悪く思うように進まない。
小柄な師匠は俺を置いて一人だけずんずんと突き進んで行った。
しばらく草木を掻き分けて歩くと、開けた場所に出た。
:08/11/17 20:23
:SH905i
:☆☆☆
#20 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「遅い」
不機嫌そうに眉を寄せる師匠に文句を言いたくなったが、気分を損ねて帰られても困るので、大人しく謝っておいた。
「破れ寺、ですか?」
「中に入ろう」
頷くこともせず師匠は中に入る。
床は腐食していて今にも底が抜けそうだ。
屋根にも穴が空いているらしく、薄暗い寺の内部に細い光が指していた。
:08/11/17 20:24
:SH905i
:☆☆☆
#21 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ここに立っていろ」
師匠は俺の手を取り寺の中央付近に誘導すると「動くなよ」と念を押した。
師匠は少し離れた入り口付近に立ち、柱に背を預けた。
「何があるんです?」
「そこに立っていれば、侍が出るらしい。『辻斬り侍』って呼ばれててな、サイトで知ったんだ」
にわかに信じられないが、師匠が言うからには何かがあるのかも知れない。
:08/11/17 20:25
:SH905i
:☆☆☆
#22 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
しかし五分が経過したが、何も起きる気配はない。
「師匠?」
「あと十分」
強い口調で言い切られ、俺は黙り込んだ。
:08/11/17 20:26
:SH905i
:☆☆☆
#23 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
暇なので、師匠には劣るが精神を集中させて気配を探ってみた。
目を閉じれば薄暗い内部は真の闇に変わる。
静けさが辺りを包み込んだ。
五分が経過した。
何かがおかしい。
俺は原因不明の違和感に少し恐怖しながらも、目を開けるか悩みながら違和感の原因を考えた。
そうだ。
師匠の気配がないんだ。
気付くとすぐに俺は目を開けた。
視界に再び光りが戻る。
だが、目を閉じる前と違うことがただ一つ。
やはり師匠がいなかった。
:08/11/17 20:27
:SH905i
:☆☆☆
#24 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺は左右を目配せして師匠の姿を探した。
…いない。
トイレか?いや悪戯か?
師匠は見た目通り子供っぽい一面もしっかり持っており、前にも心霊スポットで洒落にならないくらい手の込んだ悪戯をされて驚かされたことがある。
外に出ようかと悩んだが、俺は踏み止まった。
:08/11/17 20:28
:SH905i
:☆☆☆
#25 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
まだ約束の10分まで時間がある。
今、外に出て師匠がトイレから帰ってきたら?
悪戯で入り口の外に隠れていたら?
一体どうなる。
ビビりだと笑うか、何故動いたのかと怒るか。
どちらにせよ良いことではない。
ならせめて残りの5分はここにいるべきだろう。
確かにここは薄気味悪いが、幸い何かの気配は感じないし、その後で出れば良い。
俺は静けさの中、残り時間だけ過ごすことにした。
:08/11/17 20:29
:SH905i
:☆☆☆
#26 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
実際に待つとなると、気味悪さが増したような気がする。
相変わらず師匠は帰って来る気配がないし、薄ら寒い風が内部を撫でる。
何も出ないと思っていても、さすがに不安になってくる。
時間の進みが遅くなったような錯覚さえした。
俺は肌寒さを覚えた。
そういえばさっきから寒い。いや、風が吹いているのか。
夏の暑さはすでに忘れ、秋のような冷たさが肌を撫でた。
寺の奥からひゅうひゅうと風の吹き抜ける音がする。
:08/11/17 20:30
:SH905i
:☆☆☆
#27 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
初めから風を取り込むという意図があってあえてこういう作りにしたのか、または腐って穴が空いているせいなのか、冷たい風は容赦なく内部を掻き交ぜた。
薄暗い空間の中には冷気の渦が巻いており、音らしい音は奥から聞こえる不気味な風の音だけ。
気味悪さが背筋に広がってきた頃、携帯を開くと10分が経過していることに気付いた。
:08/11/17 20:31
:SH905i
:☆☆☆
#28 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
外に出ようと足を動かした時、何かが足の表面を撫でた気がした。
途端に、背中に悪寒が走った。
『侍が出るらしい』
『辻斬り侍って呼ばれててな』
師匠の言葉が脳裏に浮かぶ。
足を撫でた感触は、刀の切っ先を当てられたかのように冷たかった。
俺は居ても立ってもいられなくなり、足を確認することもせずに外に駆け出した。
暑い太陽の陽射しを受けて、土を踏む。
じわりと額に汗が浮かんだ。
:08/11/17 20:32
:SH905i
:☆☆☆
#29 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
寺を振り向くと、外側の入り口に師匠がいた。
にやにやと笑いながら、近付いてきては白々しくも「そんなに慌ててどうした?」などと聞いてくる。
「師匠、冗談はやめてくださいよ」
と俺が言うと、師匠は人差し指を俺の足に向けた。
「足、切れてるぞ」
俺の表情が一瞬で強張った。
恐る恐る見てみるが、なるほど、確かに切れていた。
出血は少ないが、刃物でうっすら斬られたように一筋の血の線が付いている。
真っ青になっている俺の横で、師匠はさらに小さな体を屈めながら笑いを堪えていた。
:08/11/17 20:33
:SH905i
:☆☆☆
#30 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「すまんすまん。おまえのことだから、あれだろ。侍に斬られたとか思ってんだろ」
喉を鳴らしながら笑いを堪える師匠がそう言うと、俺はきょとんとした表情に変わった。
「え?違うんですか?」
「鎌鼬(かまいたち)だよ」
ネタばらしの内容は実に単純だった。
俺は師匠の話を聞きながら車に向かったが、終始楽しそうに笑う師匠の無邪気な笑顔に、小さな殺意のようなものが芽生えた気がした。
:08/11/17 20:34
:SH905i
:☆☆☆
#31 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「あの寺は空気を取り込む構造になっていて、内部で風の渦が巻くんだ。真空の小さな竜巻が出来やすいんだよ」
「意図的に鎌鼬を起こすようになっていたと?」
「そういうこと。鎌鼬だから切れても痛くないが、あんな話をした後じゃあ、ただの鎌鼬も恐怖に変わる」
悪戯っぽく言う師匠に、俺は尋ねた。
「じゃあ師匠も前にここに来たんじゃないですか?首の傷はその時付いたんじゃ…」
:08/11/17 20:35
:SH905i
:☆☆☆
#32 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「いいや、僕のは本当に叔父さんの実家で付いた傷だよ。まぁ原理は同じかもしれないけどね」
女の人が見えない刀を振り切ったのと、鎌鼬が運よく同時に起きたってことか。
「叔父さんの仕事場は吹き抜けだからね」
俺はなるほど、と頷く同時にある事が閃いた。
「あ、わかりました」
手を打つ俺を見て不思議そうに首を傾げる師匠に俺は言う。
:08/11/17 20:36
:SH905i
:☆☆☆
#33 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「人が完全に他人になる唯一の方法」
俺が言うと師匠は目を細めた。
「憑依、ですね?」
間を開けて、師匠は頷いた。
「ご名答」と呟いて、つまらなそうに車に乗り込む。
そのままアクセルを踏み込み、車を走らせた。
:08/11/17 20:38
:SH905i
:☆☆☆
#34 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
安心したのか、車に乗ると急に疲れが押し寄せてきて、眠気を誘った。
睡魔に襲われながら、俺の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
武士に取り憑かれた女性が斬ったのは、師匠と、花。
運よく二つも偶然が重なって鎌鼬が起きるなんてことが有り得るのだろうか。
いや、有り得ない。
そもそもタイミング良く女性が斬る動きをしたのと同時に鎌鼬が師匠の首元を斬っただけでも奇跡なのだ。
鎌鼬はそう簡単に起きるものじゃない。
:08/11/17 20:40
:SH905i
:☆☆☆
#35 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
そんな事を考えていたら、沈黙が続く車内で、師匠が恐ろしい一言を呟いた。
「ただ、仕事場の窓や扉は完全に締め切ってたんだよ」
背中に氷を押し当てられたような寒気が襲った。
師匠は独り言を呟いたのかもしれない。
それでも俺はただただ、ひたすらに寝たふりをしていた。
:08/11/17 20:42
:SH905i
:☆☆☆
#36 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:08/11/17 20:44
:SH905i
:☆☆☆
#37 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:08/11/18 17:35
:SH905i
:☆☆☆
#38 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ちょっと来い」
電話でそう言った師匠に呼び出された俺は、今師匠のアパートの前にいる。
白で塗装された小綺麗なアパート。
インターホンを鳴らすと、中から「開いてるよ」という返事が返ってきた。
俺はノブを回して中に入った。
「何してるんですか?」
「見てわからないか」
師匠はワンルームの部屋の中央で床に腰を降ろし、何やら真剣な様子で理科の実験機材のようなものを広げていた。
:08/11/28 20:35
:SH905i
:pCfOPbo.
#39 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠の前に置いてあるアルコールランプのようなものから吹き出る炎に、鉄の棒を押し付けている。
師匠の手にはペンチが握られており、そのペンチが掴んでいる鉄棒は炎に熱せられて赤々と発熱していた。
「鉄の棒を熱しているのはわかるんですけど、その意図がわからないんです」
「実験だ」
何の実験だろうと疑問を投げかける前に、師匠が「こっちに来い」と空いてる方の手で手招きをした。
立ち呆けていた俺は素直に指示に従い、師匠の横に腰を降ろす。
:08/11/28 20:36
:SH905i
:pCfOPbo.
#40 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「後ろを向け」
と言われたので、俺は師匠に背中を向けた。
「何ですか?まさかその鉄棒を俺の背中に押し付けたりはしないですよね」
「そのまさかだ」
「は!?ちょっ…!」
慌てふためく俺に、師匠の意地悪く笑う声が聞こえた。
「冗談だ」
「当たり前です!それでなん…わっ」
突然俺の視界が奪われる。
真っ暗になった。
:08/11/28 20:37
:SH905i
:pCfOPbo.
#41 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「目隠し、ですか?」
「ほら動くな。早くしないと鉄が冷える」
「すごく心配なんですが、その鉄と目隠しされた俺で何をするんです?」
「…この鉄は、熱い」
師匠と話が食い違う。
俺が何かを言う前に師匠は続けた。
「真っ赤になって、焼け切るような温度に達している」
「それはさっき見たからわかってます」
「これを握ったらどうなると思う?」
師匠は、何が言いたいのだ。
:08/11/28 20:38
:SH905i
:pCfOPbo.
#42 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「えー…皮膚が焼け爛れると思います。それに、熱いかどうかわからないくらい熱そうです」
「手を出せ」
俺は言われた通り手を前に出す。
師匠の手が俺の右手に触れられ、手を正面に突き出すような形にされる。
「動かすなよ」
カチャカチャと何かの音が聞こえたかと思うと、開かれた手から何か違う温度が伝わってきた。
「握れ」
「は?」
「いいから手を握れ」
そんなことを言われても、あんな話を聞いた後では握る気は起きない。
何かはわからないが、俺の手の前には何かがあるのだ。
:08/11/28 20:39
:SH905i
:pCfOPbo.
#43 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「俺の手の前に、何かがありますよね?これ、何ですか?まさか鉄の棒じゃないですよね?」
「今君が考えるのは、握るか、握らないかだ」
行動の選択権が師匠から俺に変わった。
途端に、嫌な予感が背筋を走った。
さっきまでは師匠が「握れ」と言った。
いつも訳のわからないことをする師匠だが、さすがに俺が大火傷するような真似はしなかっただろう。
だが今は違う。
握るか握らないかは自分次第。
師匠は一切関係ない。
故に、火傷も俺の責任に成り兼ねない。
原因は師匠にあったとしても、握ったのは俺だ。
強制された訳ではない。
どうする?
やめるか?
俺は全身から汗を吹き出しながら戸惑っていた。
:08/11/28 20:41
:SH905i
:pCfOPbo.
#44 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「おい、後三十秒以内に決めろ。いい加減僕の手も疲れてきたし、棒も機能を失い掛けてる。そうなれば、実験は失敗だ」
師匠が溜め息混じりに言うと、俺はさらに焦った。
機能を失い掛けてる棒とは、なんのことだ。
鉄の棒が熱を失って冷めかけてるってことか?
やはりハッタリじゃなく、本気か?
目隠しされていることと、異様な緊張で俺の感覚は歪んでいた。
平衡感覚すら曖昧になり、気付けば危うく手を握ろうとさえしていた。
:08/11/28 20:42
:SH905i
:pCfOPbo.
#45 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
汗が滝のようにながれて肌を伝った。
部屋を訪れた時、師匠が鉄棒を熱していた姿が頭に浮かぶ。
極度の緊張と恐怖が押し寄せ、時間も迫ってくる。
俺は、つまらない意地のためだけに…
手を、握りしめた。
:08/11/28 20:43
:SH905i
:pCfOPbo.
#46 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ぎゃあっ!」
途端に、手の中に熱が走る。
焼け切るような熱さに、熱いのかどうかすらわからない。
もはや熱いと言うより痛いに近い。
これは火傷どころでは済まされないかもしれない。
俺は頭の中が真っ白になり、悲鳴を上げながら手を開いた。
:08/11/28 20:43
:SH905i
:pCfOPbo.
#47 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「落ち着け!」
目隠しを取って動揺する俺の視界に師匠の顔が飛び込んできた。
息を荒くする俺は無我夢中で師匠を押しやり、自分の手を見た。
「火傷…して、ない?」
肌は相変わらず肌のままで、焼け爛れた様子はない。
手が微かに濡れており、冷静さを取り戻した俺はようやく師匠を見た。
「おまえが握ったのは、氷だよ」
師匠が指差す先を見ると、投げ出された氷の棒が二つに割れて床に転がっていた。
:08/11/28 20:44
:SH905i
:pCfOPbo.
#48 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
実験成功とばかりに笑う師匠は説明を続けた。
「暗示さ」
「暗示?あれが?確かに熱かったのに…」
「氷の棒を握ったのに熱かった。それが暗示だ」
「自己暗示ですか?」
「暗示は思い込みが現実に反映することだから自己暗示でも間違いじゃないけど、今回は僕の手が加わっていたからな。自己暗示というよりただの暗示だ」
俺は不思議そうに自分の手を眺める。
:08/11/28 20:45
:SH905i
:pCfOPbo.
#49 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「どう?鉄を熱してる姿を見せられた後、目隠しをされて温度の違う棒を握った感想は。熱気じゃなく冷気の棒だけど、脳は熱気の棒だと勘違いした。その結果が、今のだ。昔の暗示の実験では、目隠しをした人間に『今から真っ赤に熱した鉄の棒を握ってもらう』って何度も繰り返した後で鉛筆を握らせたら、本当に手が火傷したそうだよ」
唖然とする俺。
師匠はにこやかに笑って、風呂に続く扉を開けた。
「ま、汗かいてるみたいだし、シャワー浴びてきなよ」
俺はぼんやりと働かない頭のまま、風呂に案内されていった。
:08/11/28 20:46
:SH905i
:pCfOPbo.
#50 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「…何してるんです?」
風呂を出ると、師匠がピクニック用のブルーシートを広げていた。
がしがしとタオルで頭を拭く俺に気付いた師匠はいつもの無表情で立ち上がった。
「実験その2」
床に広がるブルーシートを一瞥して「こんなもんか」と頷く師匠を見て、俺はがっくりと落胆する。
「といっても、今度のは実験というよりは君を虐めるようなものだけど」
「いやいやいや、もう勘弁してくださいよ」
「いやだ。せっかく用意したのが無駄になってしまうじゃないか」
:08/11/28 20:50
:SH905i
:pCfOPbo.
#51 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
言いながら、師匠はビニール製のブルーシートの中心に椅子のような小さな台を置く。
「後ろ向いて」
指示に従う俺の視界が塞がれる。
「また目隠しですか…」
もはや異を唱える気力もなく、俺はされるがままになる。
身長差からか目隠しを結ぶのに手間取っている師匠のために膝を折った。
:08/11/28 20:51
:SH905i
:pCfOPbo.
#52 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「よし、じゃあこっちだ」
師匠に手を引かれ、台の上に誘導される。
ジャラジャラと何かの音がすると、手の平の上に小さなものが落とされた。
「触ってみて。あ、尖ってるから怪我しないようにな」
「何ですか…痛っ」
「ほら、気をつけろって言ったろ」
「これは…画鋲、ですか?」
「正解。ガビョウです」
師匠が俺の手から画鋲を取り上げると、ブルーシートに何かが大量に落とされる音がした。
:08/11/28 20:52
:SH905i
:pCfOPbo.
#53 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
ボボボボボと耳障りな音を立てて、小さな何かがブルーシートに散らばることがわかる。
「今の音…」
「足を踏み外すなよ。画鋲を落とした音だ」
冗談じゃない。
風呂上がりの俺は師匠から借りた下着と、サイズが大きいから君でも大丈夫だろうと渡されたジャージのズボンしか身に纏っていない。
もちろん足は裸足だ。
地面に散らばる画鋲を意識すると、膝が震えた。
:08/11/28 20:53
:SH905i
:pCfOPbo.
#54 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「怖いです」
「情けないなぁ、ほら」
師匠が棒のようなもので俺の背中を突いた。
「師匠!あ、危ないです!」
「目隠し取ったら突き落とすからな」
「ドSですか」
師匠は容赦なく俺を突いた。
危ういバランスを保ちつつ師匠の攻撃に堪えていた俺が慣れてきた頃、師匠が呟いた。
「飽きた」
:08/11/28 20:54
:SH905i
:pCfOPbo.
#55 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
そう聞こえた直後、背中を押された。
あまりにも突然のことで、悲鳴一つ上げられないまま、台から離された俺の体は重量に引っ張られた。
背中がぞくりと寒くなった。
いくつもの針が全身に突き刺さり、痛みに悶える自分の姿が頭に浮かぶ。
「うわぁぁ!!」
悲鳴と同時に俺の体は地面に落ちた。
:08/11/28 20:55
:SH905i
:pCfOPbo.
#56 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
衝撃はあったが、痛みはなかった。
慌てて目隠しを外すと、何もないブルーシートの上で俺が情けなくも腰を抜かしているだけだった。
「あ、あれ?」
師匠を見れば無表情のままだが、かすかに口元が微笑んでいるようにも見えた。
「あ、暗示ですか?」
冷や汗を流す俺に師匠は首を横に振った。
:08/11/28 20:57
:SH905i
:pCfOPbo.
#57 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ただの子供騙しさ」
師匠は端っこの別のブルーシートを指差した。
「二枚目のブルーシートの上に画鋲を落としただけだ」
「は?」
「ブルーシートを広げる僕を見た後で、そのブルーシートの上に乗り、さらにブルーシート特有の落下音を聞けば、自分の乗っているブルーシートの上に画鋲があると勘違いもするさ。どうだ?リアルだっただろう?何もないブルーシートの上で目隠しをされてビビる君の姿は実に滑稽だったけどね」
:08/11/28 20:57
:SH905i
:pCfOPbo.
#58 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
意地悪く笑う師匠に俺は腹が立った。
「あれ、怒った?ごめんごめん。お詫びと言っては何だけど、今日のデザートにオカルトはどう?」
俺は不服そうに眉を寄せながらも、興味を拭いきれずに頷いた。
そんな俺を見てクスクスと笑う師匠は「実は初めからそのつもりで呼んだんだ」などと、可愛く笑いながら吐かすものだから怒る気も失せる。
着替えた俺と師匠はそのまま車に乗り込んだ。
:08/11/28 20:58
:SH905i
:pCfOPbo.
#59 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「オカルトサイトの『奈落』って奴いたろ」
車を走らせながら、師匠が言った。
「あぁ、前のオフ会で師匠と話してた女の人ですね」
「よくそんなこと覚えてるな」
「だって俺、ずっと師匠の隣に居ましたもん」
「そうだったか」と相槌を打って師匠は続けた。
「それでだな、その奈落って奴がオフ会の時に相談してきた。何でも、男の霊が出るんだと、彼女のアパートに」
「行くんですか?」
師匠は頷くと、その無表情を僅かに歪めた。
片手をハンドルから離してシャツのポケットから一枚の紙を出すと、俺の前に突き出した。
:08/11/28 21:00
:SH905i
:pCfOPbo.
#60 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「地図を貰ってきてるんだけど、その…僕は苦手だから道案内頼んだ」
「あー師匠、方向音痴な所ありま…」
師匠に睨み付けられて、俺は肩を竦ませた。
「ありませんよねー」と苦笑いをしてから、地図を片手に悪戦苦闘した。
狭い路地を突き進んで、悩みに悩んだ揚げ句、ようやく一件のアパートに辿り着いた。
「降りろ」
そう言い残し師匠はさっさと降りてしまう。
俺も追い掛けるが、アパートの階段を前に立ち止まってしまった。
不可視のプレッシャー。
俺が動けないでいると、階段の上から師匠の声が降ってきた。
:08/11/28 21:02
:SH905i
:pCfOPbo.
#61 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「おい、どうし…」
そこでぴたりと止まった。
口に手を当て熟考する姿勢を取ると「なるほどな」と呟いて階段を下りてきた。
師匠が右手を肩に乗せた途端、師匠の手からじわりとした熱を感じた。
数分後、不意に師匠が手を離すと、肩がすっと楽になっていた。
「強気でいろ、飲まれるぞ」
「奈落さん…よくこんな所に住んでられますね…」
師匠は小さく微笑んで、踵を返した。
:08/11/28 21:03
:SH905i
:pCfOPbo.
#62 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
後に続いて、ある部屋の前に着くと、インターホンを鳴らした。
「いらっしゃい」
鍵が開く気配のあとで、開いたドアから覗かせたのは笑顔の奈落さんだった。
女子大生だという艶のある黒髪が似合う奈落さんは、師匠と似たり寄ったりの背丈だった。
師匠を見た途端、ぱあっと明るくなった。
「来てくれたんですね、師匠さん!」
師匠のハンドルネームは『師匠』だ。
きゃあきゃあとテンションが上がっている彼女に俺は唖然としていた。
師匠もいつの間にか無表情ではなく笑顔モードで返している。
:08/11/28 21:04
:SH905i
:pCfOPbo.
#63 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺は完全に蚊帳の外だった。
「まぁ上がって」と促されて入った部屋は女の子らしい部屋で、ぬいぐるみが多かった。
案内されるがままに腰を降ろすと、彼女はぽつりぽつりと話し出した。
昼や夜に関係なく、何者かの気配を感じること。
足音がしたり、誰かが背後にいる気配を感じること。
振り向いても何もいないこと。
オフ会の前日にとうとう男を見てしまい、恐ろしい思いをしたこと。
話を聞いていた俺は、背中がぞくりとした。
:08/11/28 21:06
:SH905i
:pCfOPbo.
#64 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「今もその気配は?」
「します」
「どこからかわかる?」
「…わかりません」
問答を続ける師匠は相変わらず笑顔を絶やさない。
お陰で場の空気だけは重くならずに済みそうだった。
「知りたい?」
と言う師匠に奈落さんは驚いた顔をした。
「わかるんですか?」
「うん、見えるもん」
師匠は奈落さんから視線を外し、一点を見つめた。
夕暮れの空が切り取られている窓に視線を送っていた。
「随分気に入られてるみたいだね」
「実は私、霊媒体質なんです」
:08/11/28 21:07
:SH905i
:pCfOPbo.
#65 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
霊媒体質。
俺は危うく出されたコップの中身を零しそうになった。
霊に憑かれやすい体質。
そんな体質なのに、よくこんなやばそうなアパートに住んだものだ。
その行為が霊感がないことを裏付けている。
ここは明らかにおかしい。
重い空気。張り詰めた空間。
光さえも色褪せて見えた。
「師匠」
「なに?」
「このアパート…いや、この部屋って…」
:08/11/28 21:08
:SH905i
:pCfOPbo.
#66 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠が頷いた。
「霊道になっている」
「霊道ってなんですか?」
首を傾げる奈落さんに俺が説明をした。
「霊の通り道ですよ。この部屋は霊道の中にあります」
「えぇ!?」
「奈落さん。この辺にお寺とかありますか?」
奈落さんはしばらく悩んでからポンと手を打った。
「そういえば、少し離れた所にあります」
「恐らく、そのお寺から伸びている霊道でしょう。霊の中にはお寺にお経を聞きに行ったり来たりする者もいます。その男性の霊もそういう者だと思います」
:08/11/28 21:09
:SH905i
:pCfOPbo.
#67 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
説明を終えた俺は得意げに師匠を見遣る。
師匠は不敵な笑みを浮かべると口を開いた。
「じゃあ、どんな対処をすればいいのかな?」
俺は言葉を無くした。
困った。
原因がわかったとしても、対応策がわからない。
これでは何の意味もない。
口を閉ざした俺を見てオロオロとする奈落さん。
しばらくの沈黙の後、溜め息が聞こえたと思ったら師匠は立ち上がった。
:08/11/28 21:11
:SH905i
:pCfOPbo.
#68 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「僕が何とかするから、君は奈落さんとここにいて。もしかしたら何か起きるかもしれないから、やばそうだったら盛り塩でもするか簡単な結界でも作るかして自力で何とかしてね」
笑顔でそう言い残し、師匠は足早に部屋を出て行ってしまった。
:08/11/28 21:11
:SH905i
:pCfOPbo.
#69 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
取り残された二人の間に気まずい沈黙の時間が続く。
「師匠さん、大丈夫ですかね?」
「大丈夫ですよ、あの人はすごいですから。お寺をぶっ壊してでも霊道を変えるかもしれません」
俺が言うと、奈落さんがくすくすと微笑んだ。
場の空気が和らぎ、会話が弾む。
「師匠さんて、可愛いですよね」
「まぁ、そうですね。あ、それ、師匠は好きじゃないみたいなんで本人の前では言わない方が良いですよ。オフ会で言われた時も見た目は笑顔でしたけど、帰りの車の中で愚痴るわ愚痴るわ、すごかったですもん」
:08/11/28 21:13
:SH905i
:pCfOPbo.
#70 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「え?私、普通に言っちゃいましたよ!」
「あーそれはそれは。師匠の苦手リストに入ってるかもしれませんね」
「そんな…」
「冗談ですよ。それにしても師匠は遅いですね」
直後、俺の表情が凍り付いた。
理由は、空気が一瞬で変わったからだ。
腹の底にずっしりと響く重い空気。
俺は慌てて立ち上がった。
「奈落さん、塩を持って来て下さい!天然の粗塩か、お寺や神社などの浄めの塩がいいです。無ければ普通ので構いません」
:08/11/28 21:15
:SH905i
:pCfOPbo.
#71 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
慌てて用意を始める奈落を見てから、俺は結界の準備に入った。
結界も師匠ほど上手くは出来ないし、詳しくもない。
それどころか本当に張れているのかすらわからない。
だが、師匠から教わったやり方を真似するしか今の俺には出来ない。
九字切りや早九字と呼ばれる簡単な結界術。
素人がやると返って危ないと聞いたことがあるが、今はこのプレッシャーの方がやばい。
俺は短い呪文を呟きながら右手で九字を切った。
:08/11/28 21:16
:SH905i
:pCfOPbo.
#72 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
助けてください、蘆屋道満さん。
ドーマン式で有名なこの結界術。
作ったのは平安時代に陰陽師として安倍晴明と張り合うほどの実力の持ち主、蘆屋道満(あしやどうまん)。
効果抜群であって欲しいが、張れているかどうかすらもわからない俺には無意味に等しい。
奈落さんの持って来た天然の粗塩を半紙の上に盛り、部屋の中心、そして四隅へと作っていく。
:08/11/28 21:17
:SH905i
:pCfOPbo.
#73 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「他には何をします?」
「俺が出来るのはこれだけです…師匠を待ちましょう」
こんなことになるなんて知らなかった俺は、魔よけの道具を持って来なかったことを悔やんだ。
多少柔らかくなったが、相変わらず空気は重く、心なしか玄関や窓の外に黒い影がちらちらと見えた。
「何がどうなってるんですか?」
霊感がないために状況を理解出来ない彼女に、俺は説明をしてやった。
:08/11/28 21:18
:SH905i
:pCfOPbo.
#74 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
話している間にも、ぱきん、ぱちん、と部屋が泣きだした。
ポルターガイスト現象の中の、ラップ音というやつだ。
正直、怯える奈落さんの前で強がってみたものの、精神的にはかなり参っていた。
結界があるにも関わらず音は大きくなる。
ティッシュ箱が勝手に床に落ちたりなど、俺はもうお手上げ状態だった。
背中がぞくぞくとし、腰の辺りがいたい。
確かに怖いが、俺は腹立たしい気持ちが膨らんでいく一方だった。
腰に痛みが走ればイライラが増す。
ゆらゆらと揺らめく影に俺はキレた。
:08/11/28 21:19
:SH905i
:pCfOPbo.
#75 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「消えろ馬鹿野郎共!ゆらゆらゆらゆらうぜーんだよ!」
「何でこの部屋囲んでんだ殺すぞ!」
「退けくそがっ!おら、邪魔だ邪魔!しっしっ!」
「何見てんだよ!霊道なんかすぐ見付かるから散れ!」
最初以外は俺じゃない。
この声は、師匠?
「遅いじゃないですか!」
泣きそうな俺を無視して、師匠は玄関から普通に入って来た。
:08/11/28 21:21
:SH905i
:pCfOPbo.
#76 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「盛り塩してたのか…」
複雑そうな顔で言うものだから、俺は黙り込んでしまった。
「霊道を変えてきたから、たぶんもう出ないよ」
師匠は笑顔で奈落さんに言うと、俺の手を取り「帰るぞ」と言った。
半ば強制的に引っ張れて俺は部屋を後にする。
奈落さんが何か言っていたが、師匠は「あと三日か四日は盛り塩をそのままにしておけ」と言い放ち、俺を車に押し込んだ。
:08/11/28 21:22
:SH905i
:pCfOPbo.
#77 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「どうしたんですか?急に帰るだなんて…」
アクセスを踏む師匠に、不機嫌な口調で俺は訊いた。
「…焦った」
「何がです?」
「僕は、霊道を変えてきた。方法は聞かないでくれ、ちょっと荒っぽいから。それで、アパートに帰ったら焦った。アパート中を埋め尽くしてるんだよ、すごい数の霊が。僕は完全にやられたと思ったけど、盛り塩をしてあったからみたいだから安心した」
:08/11/28 21:23
:SH905i
:pCfOPbo.
#78 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「なんでまたアパートに霊が集まったんですかね?」
「霊道は、霊的磁場が強いところから発生する。あのアパートはね、戦国時代の処刑場の跡なんだ。土地が血を吸ってる。霊が集まりやすいんだよ。僕が霊道を無理矢理変えたから、行き場を失った霊たちが一時的に霊的磁場の強い場所に集まった。僕らが雨宿りするのと同じ理論だ」
「なるほど…」
「だけど、君キレてたよね」
「はい、まぁ、イライラしちゃいまして…」
「今回の場合はいいけど、樹海やお墓、無縁仏とか、霊が寝てる時には大声を出さない方がいい。寝てる霊を起こしてしまうことになる」
:08/11/28 21:25
:SH905i
:pCfOPbo.
#79 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺は了解、と呟く。
「強気は良いことだけどね。怒鳴る時は考えないとね」
頷く俺の脳裏に、ある疑問が生じた。
『アパートを囲んでいたすごい数の霊って、どのくらいの数なんですか?』
しかし、俺は恐ろしくて訊けなかった。
薄々わかっていたんだ。
師匠は絶対に三桁の数字を出してくる。
百か、二百かはわからない。
後日、師匠に訊いたら、「百五十体くらいかなぁ」と呑気に答えた。
:08/11/28 21:27
:SH905i
:pCfOPbo.
#80 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:08/11/28 21:28
:SH905i
:pCfOPbo.
#81 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:08/11/28 21:30
:SH905i
:pCfOPbo.
#82 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺はオカルト部に所属している。
名前の通り、オカルト好きが集まる部活だ。
だが、俺の大学の部活やサークルには『オカルト部』の五文字は存在しない。
いや、存在出来ない。
何故なら、部員が俺と師匠しかいないからだ。
だから俺と師匠は二人だけで、顧問も部員も部室も道具すらもないが、ひっそりと活動している。
非公式の部活。
存在してるけど、
存在しないオカルト部。
もはや存在自体がオカルトチック。
そんなオカルト部の主な活動内容は心霊スポット巡りなどだ。
写真を撮ったり実験をしたり、いわくつきの噂を聞いたらその次の日には二人で突撃することもある。
:08/11/28 21:32
:SH905i
:pCfOPbo.
#83 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
そしてたまに催されるオカルトサイトのオフ会。
師匠はよく「嫌いな奴が一人と、苦手な奴が一人いる」と言って参加を渋るが、情報交換の場でもあるので半ば強制的に参加させている。
でも師匠が行けば高確率で場は盛り上がるから結果オーライだ。
理由は、師匠の霊能力は他も認めるほど強いからだ。
オカルト好きには羨ましい体質らしい。
それと、師匠の容姿が皆に好かれやすいというのもある。
:08/11/28 21:32
:SH905i
:pCfOPbo.
#84 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠は特定の人にはいつものポーカーフェイスだが、それ以外の人には笑顔を振り撒いているからだ。
俺は以前、師匠にこう訊いたことがある。
「何で大学だとにこにこしてるのに、俺と二人きりの時はいつも無表情なんですか?」と。
そう、師匠は大学だと笑顔を絶やさない人間で、人懐っこい笑顔からか友人は男女関係なくかなり多いのだ。
故に、俺は自分といるのが実はとてもつまらないんじゃないかと不安になって思わず聞いた。
:08/11/28 21:33
:SH905i
:pCfOPbo.
#85 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
すると師匠は言った。
「別にキャラを作ってる訳じゃない。大学の僕も、今の僕も、どっちも本当の僕だ。ただ君が相手の場合、今の僕が気楽でやりやすいだけだ」
そして師匠は一つ提案してきた。
「なんなら、今日一日だけ、大学の僕で接してあげよう。僕からしたらどっちも本当の僕だから別に疲れる訳じゃないし」
それを聞いた俺は、面白そうだと思い二つ返事で了承した。
:08/11/28 21:34
:SH905i
:pCfOPbo.
#86 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
さて、困った。
目の前にいるのは本当に師匠なのだろうかと不安になった。
常ににこにこと人懐っこい笑顔を浮かべており、話し方も優しい。
スキンシップもノリも良く、これは友人が多くておかしくはない。
だが、俺からしたら何かが違う。
一見して可愛い笑顔は、慣れ親しんでない俺にはどう接していいかわからなくなるだけだった。
優しい喋り方も、女の子と始めて話した時のように返事に困ってしまう。
:08/11/28 21:35
:SH905i
:pCfOPbo.
#87 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
結局俺は一日堪えることが出来ず、自ら謝罪してキャラ変更を申し出たが、師匠は「無表情の方が良い?」と可愛く笑ってキャラを変えてくれなかった。
遊んでいるのだ。
困る俺を見て悪戯心に火が着いたのか、その日が終わるまで元の無表情を拝めることはなかった。
それ以来、俺は師匠は無表情で良いと心に誓った。
多くの人間に受けが良い師匠の笑顔も、万能ではないらしい。
俺のように突然キャラを変えられると困ってしまう人間もいるのだ。
:08/11/28 21:36
:SH905i
:pCfOPbo.
#88 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
話は戻るが、今日は前のオフ会で数人のオカルトマニアから聞いたある心霊スポットに行くことになった。
今、俺と師匠の前に暗い口を開けて待ち構えている某トンネルは、有名な心霊スポットらしい。
車を止めて正面にトンネルと対峙したとき、師匠が言った。
「歩いて行こう」
俺は耳を疑った。
思わず「車で行きましょうよ」と反論を唱えた。
「怖いか?」
幼い顔を嬉しそうに歪められては、男が廃る。
「こ、怖くはないです」
:08/11/28 21:37
:SH905i
:pCfOPbo.
#89 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
正直、びびっている。
160しかない師匠が平然としていて、180近い俺がびびっているとなれば、本来は笑いものかも知れない。
でもそれでもいい。
この世界は見た目なんて関係ないのだ。
本音を言えば、車で行きたい。
車依存症と言われてもいいから車で行きたい。
だが、見た目を気にしている俺がいた。
「安心しろ。懐中電灯は二つ持って来た」
用意がいい師匠は懐中電灯をぽいっと俺に放り投げると、さっさと車を出て行ってしまった。
俺も慌てて後を追った。
:08/11/28 21:38
:SH905i
:pCfOPbo.
#90 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
夏の夜。
街灯も少ない道の先に、大きな口を開けて旧某トンネルが待ち構えていた。
風は生暖かいのに、時にはひやりと冷たく、嫌な雰囲気を辺りに放っていた。
精神を集中させなくてもわかる。
いる、絶対いる。
第六感が危険の二文字を掲げるが、俺は師匠についていくしかない。
小さな背中を追い掛けて、俺はトンネル内に入って行った。
「出迎えご苦労。でも、歓迎はされてないみたいだね」
数メートル進んだ辺りで、師匠がぽつりと言った。
俺は気配をびしびし感じながら不可視のプレッシャーに泣きそうにすらなっていた。
隣の師匠は涼しい顔でけろっとしている。
:08/11/28 21:39
:SH905i
:pCfOPbo.
#91 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
前にも言ったが、師匠の霊感は強い。
見える、見えないの強さでも俺の知っている限りでは最強の部類だが、師匠の本当の凄さは防衛体質にある。
絶対的防衛体質。
つまり、憑かれないのだ。
憑かれることもあるが、よっぽどやばい霊でない限り師匠に取り憑ける奴はいないらしい。
しかも師匠に取り憑ける霊ですらも、有名な霊媒師である師匠の叔父に払われるため、ほぼ向かうところ敵無しな状態なのだ。
これが師匠が心霊スポットで平然としていられる原因だ。
:08/11/28 21:40
:SH905i
:pCfOPbo.
#92 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ほら、やっぱり噂は本当みたいだね。工事中に死んだ人だろう。皆作業着を着てる」
楽しそうに笑う師匠の隣で、それどころではないと俺は涙目で挙動不振になっていた。
「し、師匠。やばいですよ、ここ。洒落にならないです」
視界の端で黒い影がちらちら見える。
時には白くぼやけたりもした。
不気味な影たちの正体はもちろん、現世ならぬ者たちだ。
:08/11/28 21:41
:SH905i
:pCfOPbo.
#93 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「うぅ、いっぱいいる」
「見える?」
「見えます、見えますから戻りましょう。師匠ほどはっきりとは見えないですけど、さっきから白い影や黒い影があちこちでゆらゆらしてます。やばいです。泣きそうです」
「ほら、怖がるな。不安や怯えは向こうの思う壷だぞ?オカルト好きがなんて情けない」
「そんなこと言われましても…」
そこまで言って、師匠が止まった。
そして一言。
「やばいな。怒ってる」
:08/11/28 21:42
:SH905i
:pCfOPbo.
#94 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺は思わず聞き返したが、次の瞬間には背中に鈍い痛みが走っていた。
後ろから臓器を鷲掴みにされたようなじわりじわりとくる腰痛のような痛みだ。
心霊スポットでは大して珍しくもない痛みを感じていた時には、すでに師匠に手を取られ走り出していた。
「ほらみろ。君が無駄に怖がるからだ。群れてきた。僕はとにかく、君は逃げろ。わかってると思うが、僕は足が速くないし、君とは歩幅も違う。…だから、手を離せ。痛いじゃないか。ほら先に行け、車の中は安全だ。そういう結界の一種が張ってあるから」
:08/11/28 21:43
:SH905i
:pCfOPbo.
#95 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺はぼろぼろ涙を流しながら師匠の手を握りしめて走っていた。
本来ならば俺の方が足が速いはずだが、今は師匠が前を走っている。
段々強くなる腰の痛みのせいでうまく走れないのだ。
お陰で恐怖だけが募っていく。
走りが遅い俺を見てか、師匠が舌打ちをした。
「ちっ…肩に乗られてるぞ」
ぼそりと呟くように何か言うと、真っ暗の中を何も言わずに手を引いてくれた。
懐中電灯が入り口の方向に向かってゆらゆら揺れている。
:08/11/28 21:44
:SH905i
:pCfOPbo.
#96 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺の意識が少しずつ薄くなりつつあることに気付いた。
気絶する訳にはいかない。
今ここで気を失ったら、師匠の体じゃ俺を車まで運ぶのは無理だ。
俺は歯を食いしばって足を前に動かした。
「近寄んじゃねーぞコラ!!」
突然師匠が怒声を上げる。
前から「弱気は駄目だ。強気でいけ」と聞かされ続けたが、師匠が一喝すると周りを取り巻く重い空気が引いたような気がした。
「触んな馬鹿野郎!セクハラで訴えるぞ!!」
足を進ませながら前を走る師匠は辺りにぎゃーぎゃーと喚き散らしている。
:08/11/28 21:46
:SH905i
:pCfOPbo.
#97 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
トンネルをどうにか抜け、車まで辿り着いた時には、走っているつもりが歩き程度の遅さになっていた。
「トンネルん中で大人しくしてろ!棺桶にぶち込むぞ!」
暴言を吐きながら師匠は俺を車の助手席に押し込めた。
反対側に周り、車に乗り込むと急発進させた。
「おい、生きてるか?」
「だ、大丈夫ではないですけど、一応まだ生きてます…」
体力を失い気を失い掛けている俺を横目に見て、運転をしている師匠は舌打ちをした。
「二人も連れ込んでんじゃねーよ」
:08/11/28 21:47
:SH905i
:pCfOPbo.
#98 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺はその時、トンネルの中で師匠が言った言葉を思い出した。
「肩に乗られてる…ですか?」
師匠は頷く。
「待ってろ。すぐ楽にしてやる」
「結界があるんじゃなかったんですか…?」
「結界は中にいれば外からの侵入を防げるが、連れてきたら意味がない」
「そう、ですか…」
今にも意識が飛びそうになる。
師匠は突然ブレーキを掛けて車を止めた。
:08/11/28 21:48
:SH905i
:pCfOPbo.
#99 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「気、失うなよ」
師匠はそう言うと、運転席から俺のいる助手席側へと身を乗り出した。
ぼーっとした意識を保ちながら荒い息を整えてる俺に、師匠がゆっくりと近付き、そして抱き着いた。
途端に体温が伝わってくる。
俺の首に師匠の手が回って、ぎゅっと腕に少しだけ力が篭った。
師匠の花のような甘い香りが、俺の鼻をくすぐった。
「ちょっと…何してるんですか」
「黙って」
十五秒ほど、密着状態が続いたあと、師匠の体が離れていった。
:08/11/28 21:49
:SH905i
:pCfOPbo.
#100 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何なんです?」
不審な目を向ける俺に、「体、軽くなったろ」と師匠が言った。
そこでようやく気付く。
体が軽い。腰も痛くないし、意識もはっきりしてる。
気持ちまですっきりとしたようだった。
「何をしたんですか?さっきのやつ、お祓いですか?」
うーん、と唸ってしてから師匠は言った。
「まぁそんなもんかな。手を当てても出来るんだけど、時間が掛かり過ぎる。たぶん五分は掛かるな」
「抱き着けば二、三十秒ですか」
師匠は頷いてから笑った。
:08/11/28 21:50
:SH905i
:pCfOPbo.
#101 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「手の方が良かったか?男に抱き着かれても嬉しくないだろう」
「そんなこと言ってる場合じゃなかったですよ。意識飛びかけてましたもん。早い方が良かったです。それに、師匠はぱっと見、女みたいなもんじゃ…」
そこまで言うと師匠に睨み付けられた。
肩を竦ませた俺は「ないですよねー」と苦笑いを浮かべ、どうにかその場をやり過ごした。
:08/11/28 21:52
:SH905i
:pCfOPbo.
#102 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「師匠、シャンプー何使ってます?」
「君も僕の部屋の風呂に入ったことあるなら知っているだろう」
「あぁ、あれですか。じゃあ違うな…。あ、香水は何使ってます?」
「女物だけど、さっきから何なんだ?」
「良い匂いですね」
「…嗅いだのか」
師匠は眉を歪めると急ブレーキを踏んだ。
「降りろ。変態を乗せる席はない」
「香水の話をしただけじゃないですか!あれだけ近ければ不可抗力ですよ!」
師匠は今にも殴り掛かってきそうなくらい睨んできたが、小さく舌打ちをすると再び車を走らせた。
:08/11/28 21:53
:SH905i
:pCfOPbo.
#103 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「師匠」
「……」
「師匠」
「……」
かれこれ十回は呼び続けているが、機嫌を損ねたのか反応がない。
「師しょ…」
「五月蝿い」
「師匠には怖いものってないんですか?」
反応を示したので無視して本題に入ると師匠は不機嫌そうな声で「…ある」と短く返した。
俺は驚いて、ここぞとばかりに質問を続けた。
「あるんですか?だってさっきとか全然怖がってなかったじゃないですか。それに師匠が怖がってるところなんて見たことないです」
:08/11/28 21:53
:SH905i
:pCfOPbo.
#104 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「僕も人間だ。怖いものもあれば、恐怖もする。霊の類いは憑かれない絶対的な自信があるから怖くないだけだ」
「じゃあ師匠の怖いものって何です?」
「…色々だ」
俺は肩を落とした。
「答えになってないですよ」
「怖いものは色々ある。これは皆そうだ。虫が怖かったり、幽霊が怖かったり、怖いものとは一つじゃない」
「虫が怖いんですか?」
俺が言うと、隣から拳が飛んできた。
:08/11/28 21:55
:SH905i
:pCfOPbo.
#105 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「僕の怖いものは、例えばそうだなぁ…」
師匠は運転しながら前方を凝視すると、何を見付けたのかにやりと微笑んだ。
ゆっくりと減速し、停車する。
「あれが怖い」
俺が前方を見ると、車から数十メートル先の路上に、柄の悪い男達が十人ほど群れていた。
十数台のバイクのライトを付けたまま、滅多に車の通らない道路の上に堂々と座って喋り込んでいる。
このままでは通り抜けられそうにない。
:08/11/28 21:56
:SH905i
:pCfOPbo.
#106 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「注意してこい」
師匠がハンドルに上半身を預けながらいきなり言った。
俺は耳を疑う。
「無茶言わないでくださいよ!無理ですよ無理!」
両手をぶんぶん振って拒否する俺に師匠が笑顔を向けた。
「僕はあれが怖い、だから君が行ってくれ」
「俺だって怖いですよ!」
「助けてあげたでしょ?君なら大丈夫、背も高いし、握力も強いことが今日わかった。だから安心して死んでこい」
「僕をからかった罰だ」という副音声が聞こえてくるようだ。
師匠は例の大学スマイルを浮かべている。
:08/11/28 21:57
:SH905i
:pCfOPbo.
#107 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
冷や汗を垂らす俺を無視して、師匠は車を前進させた。
「な、何するんです?」
「いや、君を降ろしに…」
淡々という師匠に危うく涙目になりかけた俺は必死に謝罪の言葉を並べた。
冗談じゃない。
明らかに八人はいる。
あんな人達に文句を言ったら何されるかわかったもんじゃない。
俺はとにかく頭を下げた。
師匠は「情けないな」と呟くと、車を止めた。
だが、前を見れば男達はすでにこっちを見ていた。
:08/11/28 21:58
:SH905i
:pCfOPbo.
#108 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「すみませーん。ちょっと良いですかー?」
窓から顔を乗り出し、人懐っこい笑顔で師匠が言った。
対初対面用スマイルだ。
基本的に万人受けが良いが、今回は相手が悪すぎる。
俺は勇者を見るような視線を師匠に送った。
この人には怖いものがないらしいと、本気で思った。
「何だおまえ?」
やはり案の定、返ってきたのは反感だった。
男達はどこか疲れた表情で、苛立ちを隠せない様子だ。
:08/11/28 21:59
:SH905i
:pCfOPbo.
#109 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
誰かが「ちび」と言うのが聞こえると、師匠の笑顔が凍り付いた。
途端に無表情に変わる。
「いいから退けよ。迷惑極まりないんだよ、おまえら」
しまった、と思った。
俺は慌てて師匠の口を塞いだ。
だが、時すでに遅し。
しっかり耳に入ったらしい相手の方々は半ギレの状態で立ち上がりだした。
俺は一瞬で全身に汗が滲んだ。
暴れる師匠を運転席から引きずり降ろして自分の膝の上に置くと、俺は入れ代わりに運転席に座ってハンドルを握った。
すぐにバックに入れてアクセルを踏む。
距離を開けて方向を定めると、一気にアクセルを踏み込んだ。
バイクと男達の間を上手くすり抜け、出来るだけ遠ざかるように加速した。
:08/11/28 22:00
:SH905i
:pCfOPbo.
#110 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ふざけやがって」
舌打ちをして怒りを口にする師匠に、運転しながら俺は溜め息を落とした。
「喧嘩売るのは相手を見てからにしましょうよ」
不機嫌そうに黙り込んだ師匠は、いつもより口調が荒っぽくなっていた。
「…おまえ、運転出来たのか?」
「はい、まぁ…」
「免許は?」
「ないです」
「へぇ。運転に自信は?」
「少しはあります」
師匠は座席を倒すと両手を頭の後ろに回し、「じゃ、家まで頼む」と言い、目を閉じた。
:08/11/28 22:01
:SH905i
:pCfOPbo.
#111 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「さっきの奴ら、トンネルに行ったな」
「何でそんなことわかるんですか?」
「…気付かなかったのか?あいつら、肩に何人か乗ってたぞ」
俺はハンドルを握ったまま凍り付き、無言になる。
ふと師匠の行動を思い返した。
第一声は「退いてくれますか?」じゃなく、「ちょっと良いですか?」だった。
その後も変な所で急に黙り込んだりもした。
まさか気付いていたからなのか?
:08/11/28 22:02
:SH905i
:pCfOPbo.
#112 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺はようやく口を開いた。
「…俺は、気付きませんでした。何が見えました?」
「血だらけの作業着の男」
しばらくの沈黙が車内を包んだ。
「教えてあげれば良かったじゃないですか」
「だから『ちょっと良いですか?』って訊いたのに、奴らは僕をちび扱いしやがった。そんな人を助ける気にはならない」
俺は黙り込んでしまった。
:08/11/28 22:04
:SH905i
:pCfOPbo.
#113 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠は適当にMDを探るとデッキに突っ込み、ボリュームを心地良いくらいにまで上げた。
「たまには運転しないで、こうしてくつろぐのも悪くはない」
機嫌が良くなってきたのか、無表情のままだがどこか柔らかい口調で師匠が言った。
一方、俺はさっきの会話と男たちの顔が頭から離れなかった。
運転中も、師匠の家に着いた後も、俺の頭の中をぐるぐると回り続けていた。
:08/11/28 22:04
:SH905i
:pCfOPbo.
#114 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
翌日、大規模な交通事故が新聞の一面を飾った。
居眠りをした大型トラックの運転手が、前方で停止していた車に衝突して、乗用車二台を巻き込む大事故になったらしい。
突っ込まれた二台の乗用車は勢い余ってガードレールを突き破り、崖から転落。
その乗用車に乗っていた運転手を含む若い男たち、計八人が亡くなった。
新聞を見ながら呆然とする俺の横から、師匠がひょいと顔を覗かせた。
:08/11/28 22:05
:SH905i
:pCfOPbo.
#115 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ふーん、悲惨な事故だね」
興味なさげに呟いた後、師匠は新聞から視線を離した。
パジャマ姿のまま、小さく呻きながら呑気に伸びや欠伸などをしている。
「その事故の被害者が昨日のあいつらかどうかはわからないけど、どっちにしろこれだけは言える」
師匠は寝癖でぴょんぴょん跳ねている長い黒髪をぽりぽりと掻いて、言葉を続けた。
「運がなかったね」
俺は、まだ呆然としていた。
:08/11/28 22:08
:SH905i
:pCfOPbo.
#116 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:08/11/28 22:09
:SH905i
:pCfOPbo.
#117 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:08/11/28 22:12
:SH905i
:pCfOPbo.
#118 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
二作品同時投下予定
あげます
:09/01/30 00:51
:SH905i
:☆☆☆
#119 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「師匠、この廃病院は有名な心霊スポットなんですよ」
「……」
「あれ?何か師匠…テンション低くないですか?」
車を無言で走らせる師匠の隣の助手席に座る俺は、久しぶりのオカルト部の活動に心なしかテンションが上がっていた。
いつもの無表情ではなく、険しい表情をした師匠をちらりと見遣り、再び正面を向いた。
:09/02/22 00:38
:SH905i
:☆☆☆
#120 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「珍しく俺から誘ったのに、何が不満なんですか?」
「不満…?そうだな。まずは僕の車の後部座席に乗っている雑魚をどうにかしろ」
いつになく口が悪い師匠に思わず苦笑を浮かべると、後部座席から声が返ってきた。
「おいおい、その雑魚ってのは俺のことか?」
嬉しそうに笑う男の声を聞くと、師匠はより一層眉を歪め、不機嫌になったようだ。
:09/02/22 00:39
:SH905i
:☆☆☆
#121 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「喋るな。君が座ることで座席が汚れるだけでも我慢ならないのに、喋ると空気も汚れるだろう」
師匠が吐き捨てるように言うと、後部座席に座っていた男性が前屈みに上半身を助手席に預けてきた。
二十五歳の男性で、名前は覇者さん。
名前からもわかるが、オフ会のメンバーで、師匠が『嫌ってる』人だ。
:09/02/22 00:40
:SH905i
:☆☆☆
#122 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「かっちーん。今のはさすがの俺も頭にきちゃったよ。たいした霊感もないくせに雑魚呼ばわりするのもやっぱ許せないな」
「雑魚は雑魚だろ。雑魚に雑魚と言って何がおかしい」
「雑魚はおまえだ。防衛能力のみが優れているだけで浮かれるとはね。霊力自体はたいしたことないくせに」
「僕の方が君より強い」
「いや、俺の方が強い」
明らかに不機嫌そうな雰囲気を周りに放ちつつ、師匠は黙り込んだ。
:09/02/22 00:41
:SH905i
:☆☆☆
#123 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「…僕はやっぱり君が嫌いだ」
「奇遇だね。俺も自身を過信する奴は嫌いさ」
にやにやと白い歯を見せて爽やかな印象を持つ覇者さんは、師匠に負けず劣らずの筋金入りの負けず嫌いのようだ。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。そもそも、僕はオフ会で君と会った時から嫌いだった」
「そりゃどーも。女に間違えたこと、まだ根に持ってんの?餓鬼だねー」
突然、車に小さな衝撃があった。
師匠が急ブレーキを踏んだらしい。車が突然停車した。
:09/02/22 00:42
:SH905i
:☆☆☆
#124 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「降りろ。ここで終点だ」
「おいおい、冗談きついな。笑えないぜ?」
「冗談に聞こえるなら、耳鼻科に行くんだな」
しばしの沈黙に、睨み合う二人。
今にも殴り合いに発展しそうな険悪な雰囲気が完全に車内を包み込んだのを察し、今まで黙っていた俺もさすがに口を開いた。
「ま、まぁまぁ、師匠。人数が多い方が楽しいじゃないですか!」
:09/02/22 00:43
:SH905i
:☆☆☆
#125 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「元はと言えば、君がこんな奴を誘ったからだろう。弟子としてはあるまじきことだよ」
ぐさり、と音を立てて言葉の矢印が俺の心を貫く。
「俺の好意を…ひどいじゃないですか」
「何が好意だ。悪意の間違いじゃないか?何でよりにもよって、嫌いな人を選ぶ必要があるんだ?僕がこいつを嫌いなこと、知ってただろう。明らかに人選ミスだよ」
「黙って聞いてれば嫌い嫌いってぴーぴー五月蝿い子供だな。駄々っ子か」
「黙って」
:09/02/22 00:43
:SH905i
:☆☆☆
#126 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「あ、師匠、ほら着きましたよ」
「無視する気か馬鹿弟子め。さてはおまえらグルか」
そんな滅相もない。
あと、グルじゃないです。
本当に覇者さんを誘ったのは偶然だ。
例のサイトで呼び掛けたが、いつもの賑わいは微塵もなく、誰の書き込みもないまま時間だけが過ぎていった。
そして待つこと数時間、ようやくあった書き込みが覇者さんのみなのだ。
仕方ない、仕方なかったんだと、俺は言い訳を心の中で呟いた。
:09/02/22 00:44
:SH905i
:☆☆☆
#127 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「着いたんだからさっさと降りようぜ」
「降りたければ降りろ」
「嫌だね。置き去りにされるのは御免だ」
冷静に悪口を言い合う二人を無視し、俺は外に出た。
静かな空間に車のドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
持参した懐中電灯で正面を照らせば、巨大な化け物が獲物を待っているかのように寂れた病院があった。
:09/02/22 00:44
:SH905i
:☆☆☆
#128 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「なかなか雰囲気あるねぇ」
「所詮感じられるのは雰囲気だけか。僕には霊が見えている」
いつの間に車を降りたのか、師匠と覇者さんは懐中電灯片手に口喧嘩を続行していた。
:09/02/22 00:46
:SH905i
:☆☆☆
#129 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「馬鹿言うな、俺にも見えてるぞ。正面の二階の窓に一人、右隣りにも一人だ」
「三階の左から四つ目の部屋に二人、屋上に一人、二階の一番右の部屋とその隣を合わせて三人だ」
「真っ正面のフロントロビーに子供が一人、右上に行って二階の窓に女の人が一人だ」
「馬鹿。その女の人は君がさっき言った霊だろう」
「何を言ってる。さっきの二階の正面右隣りの部屋とは違うぞ。あそこは白い服を着た女の人だろ。俺が言ってるのはカーディガンみたいなのを羽織った女性だ」
「それを先に言え」
「おまえが勝手に勘違いしただけだろ。いい加減突っ掛かってくるなよ」
「先に言い始めたのはそっちだ」
:09/02/22 00:46
:SH905i
:☆☆☆
#130 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
今まで黙って聞いていたが、流石に我慢の限界が近付いてきた。
一般人の俺からしたら、こんな会話ほど怖いものはない。
「ちょっと、師匠も覇者さんも、お願いですから口喧嘩で怖いこと連呼するのやめてもらえます?俺、霊感強くないんではっきりと見えないんですから」
「たいしたことない弟子だな。さすがは君の弟子だ」
あれ?
何で覇者さんが俺の悪口言ってるんだ?
俺、何かおかしいこと言ったのかな。
小首を傾げ、脳内で記憶を辿ってみたが、やはり俺の反応はおかしくないはずだ。
俺は正しいはずなのに……何故なのだろう。
この二人の近くにいると俺がおかしいみたいに感じてならない。
:09/02/22 00:47
:SH905i
:☆☆☆
#131 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「馬鹿言うな。弟子はたいしたことなくても僕の力は強い」
おや?
これは勘だが、良くないことが起こりそうな気がする。
師匠はとても機嫌が悪く、その矛先が覇者さんから俺に向いたような……そんな気がする。
「ちょ…それ、微妙に傷付きますね」
「そもそも心霊スポットに来ておきながら、怖いこと言うなとはどういうことだ?怖い体験をするために来てるんだろ?」
「僕に聞くな」
:09/02/22 00:48
:SH905i
:☆☆☆
#132 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何かイライラしてきたんでさっさと行きましょう」
主旨が俺の悪口になりかけているように感じるのは俺だけだろうか?
無性にその場を離れたくなった。
むしろ帰宅衝動にすら駆られた俺は、二人を無視して病院に近付いていった。
:09/02/22 00:48
:SH905i
:☆☆☆
#133 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「おまえ先に逝けよ」
俺の言葉に促されてか、師匠が覇者さんに指示を出す。
「びびってんの?かわいー」
「死ぬ、の意味の逝くだよ」
茶化した様子だった覇者さんの表情が変わっていく。
「死ねっ」
「怒ってんの?かわいー」
冷たく吐き捨てる覇者さんに対して、今度は師匠が茶化す番だった。
うんざりしながらも二人は俺の後ろについて来た。
:09/02/22 00:49
:SH905i
:☆☆☆
#134 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
建物に近付くにつれて、その不気味な巨体は姿を現した。
ゆらゆらとさ迷う懐中電灯に薄暗く照らし出された不動の怪物。
まさに心霊スポットと呼ぶには相応しく、漂う雰囲気も充分すぎるものだった。
ひび割れの目立つコンクリートの壁は至る所に落書きが確認でき、割れた窓ガラスの向こう側は暗黒の世界だった。
深夜の廃病院とはこれほどまでに恐ろしいものなのだろうか。
思わず入り口の前で立ち止まってしまう。
正面入口であろう場所も、粉々に割れたガラスの向こう側に大きな口が開けられていた。
:09/02/22 00:50
:SH905i
:☆☆☆
#135 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
自ら事前調査をしたため、心霊スポットとしての信憑性は充分理解している。
だからこそ、恐ろしいのだ。
『この病院は出ます』と保障されているようなものだ。
今の俺にはただの暗がりでさえ、恐怖心を煽られる。
足が地面に張り付いたまま動かない。
ひやりと冷たい空気が辺りに漂い、背筋にも冷たいものが走った。
:09/02/22 00:50
:SH905i
:☆☆☆
#136 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
…やはり来た。
いるんだ、奴らが。
俺たちの近くに。
間違えようのない、心霊スポット特有の感覚。
恐らく穴の開くほど見ているのだろう。
鋭く冷たいものが俺の身体を貫いた。
『視線』というやつだ。
それにしても、幽霊の視線は何故これほどまでに解りやすいのだろう。
普通の生きている人間にはこうも解りやすい視線を送ることは出来ない。
見られている、とすぐに感じられた。
:09/02/22 00:50
:SH905i
:☆☆☆
#137 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「すげーな。荒らされすぎ」
「ガラスも飛び散ってる…薄着で転んだら必ずと言っていいほど怪我するだろうね」
硬直している俺を余所に、師匠たちは呑気に病院の感想を述べ出した。
それどころじゃない俺は、弱々しい声で師匠を呼ぶと、気付いた師匠が嫌な笑みを浮かべて近付いてきた。
「またか。君は本当に弱いね。この道、向いてないんじゃない?」
ぽん、と肩に手が置かれると次の瞬間にはすうっと体が軽くなっていた。
:09/02/22 00:51
:SH905i
:☆☆☆
#138 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「…すみません」
「とりあえず、中入ろうか」
パキパキとガラス片を踏み締めて、師匠は病院内に侵入していった。
「へぇ」
「うわ! 何時からそこにいたんですか!?」
突然隣から聞こえた声に敏感に反応した俺は、驚きのあまり半歩ほど飛びのいた。
黒目をすうっと細めて、声の主、覇者さんは師匠を見つめていた。
「変わったことをするじゃないか、あいつは」
「師匠、ですか?」
:09/02/22 00:51
:SH905i
:☆☆☆
#139 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「あんなお祓いは初めて見た」
「あぁ…アレですか。触るだけで祓えるってやつ」
「肩を叩いただけで霊が飛ばされた。あんなもの、見たことがない。言葉一つ使わず、触るだけ。しかも、一瞬でだ」
「珍しいですね。師匠に興味出ました?」
「俺は男には興味を持たない主義だ。…だが、有り得ない。あんなお祓い、有り得るはずがない」
ぶつぶつと独り言のように呟く覇者さんを横目に、俺は小首を傾げた。
ちらりと覇者さんの視線を辿れば、その先には師匠が懐中電灯の光を色々な方向に向けている姿があった。
「何が有り得ないんです?」
:09/02/22 00:52
:SH905i
:☆☆☆
#140 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何がだと? 君はっ……いや、そうか、君は違うんだったな。気付かなかったのなら、仕方がない」
「え? いや…だから、結局何がどう有り得ないんですか。覇者さんは何に気付いたというんです?」
「いや、わからないのなら、知らない方が良い。その方が賢明だ」
「……納得できないです」
「納得しろとは言わないさ。だが、これは君のために言っているんだ。触らぬ神に祟り無しと言うだろう? これ以上は聞くな、そして知ろうとするな」
「……」
「ついでに言うなら…」
一拍置いて、懐中電灯の明かりを地面に向けながら覇者さんは俺の顔を一瞥した。
「あいつには近付くな」
:09/02/22 00:53
:SH905i
:☆☆☆
#141 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「それは嫌いだからですか?」
「違う。あいつは……いや、普通の人間には、あんなお祓いが出来るはずがないんだ。
だが、あいつはやった。平然としたまま、霊を飛ばしたんだ。あんな方法で」
「あんな…方法?」
「掟破りだ。というか、自然の掟を無視した技というのか…ルール違反と言っても良い。
上手い言葉が見付からないが、そうだな、あえて言うなら『気合い』だ。あいつは気合いで霊を飛ばしたようなもんだ。でも、有り得ないんだ。確かに幽霊に対して強気と弱気では天と地ほども差がある。気は大切だ。
だが、いくらなんでも気だけで祓うなんて無理がある。しかも三人も一辺になんて尚更だ」
:09/02/22 00:53
:SH905i
:☆☆☆
#142 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「さっき三人も俺に憑いてたんですか? …でも、師匠が実際にやったなら可能なのでは?」
「正確にはまだ憑いてなかったな。三人は君に近付いていただけだ。だが、どちらにしろあいつが祓ったことには変わりはない。
…可能じゃないんだよ。それに、あいつは違うんだ。さっきは気合いと言ったが、その…気は気でも、あいつのは強いて言うならば、『殺気』だ」
「殺気? というと、師匠は殺してやるぞ、みたいな気で霊を祓ったんですか?」
「まぁ、そんなとこだ。圧倒的な力で無理矢理ふっ飛ばした、ってのが良い表現だな」
:09/02/22 00:54
:SH905i
:☆☆☆
#143 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺が怪訝そうに眉を寄せると、隣の男は思い出すように眉間を歪めた。
「正直、ビビったよ。アレを見た瞬間は。オーラって言うのか、あいつを取り巻く空気がガラリと変わった。殺伐として、氷のように冷たく、ピリピリと肌が危険信号を感じ、背筋に悪寒が走ったよ。あれは殺気と呼ぶに相応しい代物だ」
「……そんな気配、全く感じませんでした」
:09/02/22 00:55
:SH905i
:☆☆☆
#144 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「だろうね。君が感じない人間だってのは、君の反応を見ればすぐにわかったよ。俺みたいな感じる人間がアレをされれば、あまりの衝撃に心臓が跳ね上がるだろうし、下手すれば失神してもおかしくない。
例え霊を祓ってくれるとしても、俺はアレをされるのだけは勘弁だね。あんな殺気を直に受けるくらいなら、霊に憑かれた方がまだマシだ」
「そんなにやばいんですか?」
「やばいかやばくないかと訊かれれば、非常にやばい。そこらの悪霊より数倍はタチが悪い」
:09/02/22 00:56
:SH905i
:☆☆☆
#145 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
すぱっと言い切ってから、覇者さんは病院内に足を踏み入れていった。
懐中電灯の光を頼りに、俺も慌ててその背中を追う。
砂利のような、ガラス片を踏み締める音だけが静かに内部に響いた。
「まぁ、悪意がないことと、殺気の矛先が俺達に向けられていないだけ安心だ。一歩間違えればとんでもないことになることには間違いないがな」
「……はぁ、なるほど」
生返事を返す俺の様子を見て何かを思ったのか、覇者さんは口許に笑みを浮かべてこちらを見た。
横顔が微弱な光に照らし出される。
:09/02/22 00:56
:SH905i
:☆☆☆
#146 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「半信半疑、といった感じだな。君は…俺が近付くなと忠告したところで、あいつから離れる気はないんだろうな」
「いやそんな、一応信じてはいますよ? 確かに師匠と疎遠になる気はないですけど」
「おまえら、長い付き合いじゃなさそうなのに意外と友情が深いんだな」
「まぁ、師匠と出会ってまだ五ヶ月ですしね」
「それはまた意外…と、そういや君の師匠はどこに行ったんだ? さっきから見掛けないんだが」
立ち止まり、覇者さんは左右へと光を巡らせた。
:09/02/22 00:58
:SH905i
:☆☆☆
#147 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「師匠が?」
その疑問を出されてから、ようやく俺は辺りを見渡した。
真っ暗な空間には二つの光だけが揺らめいていた。
俺と覇者さんの懐中電灯だ。
どこを見渡しても、三つ目の光は確認出来なかった。
「さっきまでそこら辺を散策してたのに……これは、もしややばい状態なのでしょうか。まさか師匠の身に何かがあったとは考えられませんが…」
「同感だ。あいつが霊にどうこうされるとは思えん」
「じゃあ一体どこに…?」
さぁ、と首を傾げる覇者さん。
大して心配してないようだ。
その証拠に口笛などを吹いて、室内を観察するように懐中電灯の光を移していた。
:09/02/22 00:58
:SH905i
:☆☆☆
#148 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
そんな気楽な男と一緒に、俺は一階のフロアを歩き出す。
受付らしき空間にも人の気配はなく、荒れ果てた待合室に限っては人以外の気配しかなかった。
待合室で突然背中が痛くなった俺に気付いてか、覇者さんはポケットから小さな袋を取り出した。
「持ってろ」
短く言い放ち、有無を言わさずそれを俺の手に握らせる。
乾いた茶色い袋の感触を伝って、中にごつごつとした固い物を感じた。
:09/02/22 00:59
:SH905i
:☆☆☆
#149 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何ですかこれ」
「退魔とか魔除けのアミュレットだ。俺の保証付きだからな、効果は期待してくれて構わんよ」
本当に効果あるのかよ、と思ったのも束の間、気付いた時にはすでに背中の痛みがなくなっていた。
俺が驚いた空気を悟ったのか、覇者さんは満足げに頷いて待合室を抜けた。
:09/02/22 01:00
:SH905i
:☆☆☆
#150 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「待て」
鉄屑が散乱している階段から二階に上がり、師匠を捜すべく病室が連なる廊下を歩いていたら突然覇者さんが足を止めた。
どうしたのかと聞かずとも、俺にはその理由が理解出来た。
様子が変わったからだ。
辺りの空気や雰囲気、この空間を取り巻く全てが一変したと言った方がわかりやすいだろうか。
霊の視線のような冷たく鋭いモノでもなければ、昔からよく耳にする生暖かい風でもない。
湿っぽくカビ臭い空気に、どろどろとどす黒い雰囲気が周囲に満ちていた。
:09/02/22 01:01
:SH905i
:☆☆☆
#151 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
闇が侵食してきているような、懐中電灯を当てても薄暗く色褪せているような、そんな雰囲気だ。
ここに居るだけで気分が落ち込んでしまいそうになる。
もちろん、俺はこんな雰囲気を感じたのは初めてで、顔を見る限りでは恐らく覇者さんも初めてなのだろう。見るからに困惑した表情で、わずかに不安の色がちらつきながらも、原因を探るように左右に目配せをしていた。
:09/02/22 01:01
:SH905i
:☆☆☆
#152 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何ですか、これ」
「わからん。……だが、たぶんあの部屋からだ」
そう言って、人差し指を病室の一つに向けた。
「……やばいと思いますか?」
「わからん。俺もこんな現象に直面したのは初めてなんでな」
「では、行きますか? 自分の予想では恐らく…」
「あの病室にあいつがいるかも、だろ?」
「……正解です。よくわかりましたね」
:09/02/22 01:02
:SH905i
:☆☆☆
#153 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「自分が一番強いと思っていて好奇心が旺盛、それに加えて絶対防衛体質なあいつがこの空気を感じたら、間違いなく病室に突っ込むだろうからね。しかも迷う事なく一直線にだ」
「全く同じ考えです。師匠なら間違いなく病室に行きますよ。それも迷う事なく一直線に」
覇者さんと目が合い、口の端が微妙に釣り上がった。
:09/02/22 01:03
:SH905i
:☆☆☆
#154 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
思わずふっ、と笑い声が漏れたかと思ったら、いきなり後方から声が掛かった。
「誰が迷う事なく一直線に病室に向かうって?」
「うおっ!?」
二人してびくっと体を硬直させ、同時に勢い良く振り向いた。
俊敏な動きで戦闘体勢と言わんばかりに身を固める。
ばくばくと暴れ回る心臓を何とか押さえ込もうとする俺とは反対に、懐中電灯に照らされた声の主は、落ち着いた様子で腕組みをしながら片手に懐中電灯を下げ、口許に不敵な笑みを浮かべていた。
:09/02/22 01:04
:SH905i
:☆☆☆
#155 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ざざざ、座敷わらしかおまえはっ! どっから湧いて来やがった!」
「師匠っ、音もなく後ろから近寄らないでくださいよ! 心臓に悪いじゃないですか!」
二人揃って驚かされたことに文句を並べ、同時に師匠であったことに胸を撫で下ろした。
師匠は目を細めて楽しそうに、
「それは悪かったね。でも、面白いモノを見付けた」
そう言って腕組みを解いた。
:09/02/22 01:04
:SH905i
:☆☆☆
#156 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「お、面白いモノ?」
無言で頷いて、師匠はゆっくりと人差し指を突き出す。
俺と覇者さんの間を抜けて、指の示す先を見ると、案の定、やはりあの病室があった。
「もう、入ったんですか?」
「うん、五分くらい前に。そりゃあもう迷う事なく一直線にね」
「それで、その面白いもんってのはあの部屋にあるのか?」
「話の流れからしてそうだろう。そのくらい察しろ」
師匠はあくまでも覇者さんと敵対するつもりであるようだ。
暗がりで見る師匠のポーカーフェイスはいつにも増して冷たく見えた。
まぁ、たぶん実際に冷たいのだろうが。
:09/02/22 01:05
:SH905i
:☆☆☆
#157 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「……この野郎」
険悪な雰囲気をいち早く感知した俺はすかさず二人の間に割って入る。
「あの病室に何があるんです?」
そう訊くと、師匠は「見ればわかる」と言って病室まで促した。
病室に近付き、どんなに異様な怪物や見たこともない悪霊がいても良いようにと心の準備を行う。
師匠が言う『面白いモノ』とは、つまりはそういうことだ。
覇者さんですら初体験だと認めたこの特有の雰囲気を醸し出しているヤツというのは、一体どんな者なのだろうか。
俺は覚悟を決めて、開け広げられた病室に突入し、光で室内を照らした。
:09/02/22 01:05
:SH905i
:☆☆☆
#158 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「……あれ?」
室内を見渡して、思わず動きが止まる。
懐中電灯を巡らせ、もう一度確認してみたが、やはり同じ反応しか出来なかった。
呆然とする俺の左隣で、覇者さんも揃って同じような行動と反応を取っている。
「どうだ?」
師匠が右隣に踊り出て、正面を見据える。
「いや師匠、どうだじゃなくって…どれが面白いモノなんですか?」
「面白いじゃないか。少なくとも僕は初めて見た」
部屋の中央付近を眺めながら、師匠は口許に微かな笑みを作った。
:09/02/22 01:07
:SH905i
:☆☆☆
#159 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
そこでようやく覇者さんが口を開く。
「……おい。初めて見たっておまえ、見るも何も、何にもいないじゃねーか」
こくこくと何度も頷き、覇者さんの言葉に激しく同意の意を示した。
「俺の目に間違いがなければ、何も居ません。それとも俺には見えてないとかですか?」
「それは君の目に間違いがあるんだ。よく見ろ、部屋の中央だ」
きっぱりと言い切り、師匠は再び視線を中央に送った。
俺も視線を辿ってみる。
:09/02/22 01:08
:SH905i
:☆☆☆
#160 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠を真似て、よくわからないガラクタが散らばっている病室の中心を凝視する。
覇者さんも口許に手を添えて散策するように辺りを見渡していた。
三人の男が真っ暗な病室の中央をただひたすらじーっと眺めている光景はなかなか滑稽じゃないだろうか。
相変わらず何の変化も得られない俺が半ば諦めかけていたら、隣から小さな声が漏れた。
「見えた…」
俺は思い切り覇者さんの方を振り向き、部屋の中央を見詰めるその横顔を眺めた。
「いや、しかしこれは……一体何なんだ?」
今度はぶつぶつと呟き始める始末だ。
右隣で師匠が「やっとか」と囁いたが、いまだ見ることが出来ない俺は悔しいので流すことにした。
:09/02/22 01:08
:SH905i
:☆☆☆
#161 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「仕方ない。見せてあげるよ。覇者もまだわかりきってないみたいだし」
師匠はそう言って病室の入り口から部屋の中央右側へと移動した。
「そっちよりこっちの方が見やすい」
師匠が嘘をつくとは思えないが、半信半疑ながらも俺は師匠の隣に移動した。
覇者さんも続き、再び中央に視線を送る。
目に飛び込んできた光景に、俺は思わず目を見開き、驚きのあまり声を上げそうになった。
:09/02/22 01:09
:SH905i
:☆☆☆
#162 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「見えただろう」
「……驚きました。見えるなんてもんじゃないですよ。普通に"居る"じゃないですか。さっき、何故見えなかったのか不思議でなりません」
中央から目が離せなくなってしまう。
目が釘付けになるとはまさにこのことだ。
俺はひたすらに部屋の中心に佇むソレを睨み付けていた。
黒い、人影。
まるでシルエットのように輪郭がはっきりしており、いつもの幽霊みたいにぼやけたりはしない。
あまりにもはっきりとしすぎていて、逆に怖い。
黒い影はピクリとも動く気配はなく、時折風に揺られるように揺らめいた。
何故俺は気付かなかった?
こんなにはっきりと存在してるのに。
:09/02/22 01:10
:SH905i
:☆☆☆
#163 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
少しばかり熟考していると、覇者さんも口を開いた。
「こいつは驚いた。だが、どうなってるんだ?さっき見た時は確かに…」
凝視したまま、言葉を切る。
「…線だった」
俺の頭上にハテナマークが浮かぶ。
「せん?」
こちらをちらりと見遣り、覇者さんは言葉を続ける。
「そう、線だ。縦に一本だけ、空中に黒い線があった。細すぎて初めは見えなかったが、よく見れば線だった」
「その線が…」
:09/02/22 01:10
:SH905i
:☆☆☆
#164 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「今はこの人影だ」
「えぇ!? 線がですか?」
人影に視線を送ったまま、覇者さんは小さく頷いた。
「あぁ。確かに初めは線だった。……だが、ここに移動してもう一度見たら、線は人影になっていた」
信じきれない様子の俺は、人影と覇者さんを交互に眺めた。
「そして、この嫌な空気を放っていたのも線……つまり、この人影だ」
「えぇ!? 線がですか?」
話の内容がいまいち掴めず、俺は頭の中を整理させる。
「えっと、つまり…覇者さんが見た『線』はこの人影で…嫌な空気もこの人影が原因ということですか?」
:09/02/22 01:11
:SH905i
:☆☆☆
#165 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
俺の言葉に加えるように覇者さんが口を開く。
「それにどういう訳かコイツ……悪意どころか、意思すらも感じない。人の形をしているが、霊とは思えない。確かに存在してるのに、中身が無さすぎて存在してると思えなくなってくる」
その意思とやらを感じることが出来ない俺には、その感覚は理解不能のようだ。
独り言のように覇者さんが囁くと、隣にいる師匠がその疑問に答えた。
「そりゃあ、霊ではないだろうね。霊は立体だし、何か想いを持ってるけど、コイツは平面だし、想いどころか意思も感じられない。霊でないことは確かだ」
:09/02/22 01:11
:SH905i
:☆☆☆
#166 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「じゃあ何なんですか?」
当然の疑問を投げ掛ける。
師匠は無表情から微笑へと表情を変え、言った。
「僕が思うに、コイツは『思念』だ。色褪せてほとんど中身が無くなった残留思念のようなモノが、具象化した姿じゃないかと思う」
「つまり、残留思念の残りカスか」
「でもまぁ、残留思念が具現化するなんて聞いたことがないし、もし出来るとすれば相当強い力の持ち主が相当強い念を想ったんだろうね」
:09/02/22 01:12
:SH905i
:☆☆☆
#167 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「その人は何を想って、コイツはここに居るんでしょうか」
さぁ、と興味なさげに呟いて、師匠は片手で髪をかき上げた。
「殺された怨みとかじゃない?念が弱すぎて、今ではもう知ることは出来ないけど」
冷たくそう言い放ち、まるで用済みになったように無関心な様子で室内を見渡した。
:09/02/22 01:13
:SH905i
:☆☆☆
#168 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「これほど微弱なら、あと数ヶ月も保たないで消えるだろうな」
覇者さんの言葉に同意を示すように師匠も頷き、
「僕達は運が良い」
そして横目に俺を見た。
「よく見といた方が良いよ。たぶん、もう二度とお目にかかることはないだろうから」
そう言われると、貴重な機会を逃す訳にはいかないと思ってしまう。
俺はシルエットに視線を移す。
嫌な空気は依然としてあるが、不思議ともう怖くはない。
恐らく、悪意を感じないからだろう。
空気こそ悪いが、憎悪も、殺意も、意思さえも失われている人影は危害を加えることはない。
:09/02/22 01:14
:SH905i
:☆☆☆
#169 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
この嫌な空気は、本来この人影が持っていた念の面影なのだろう。
それを知って俺は安心したに違いない。
この機を逃さないよう、俺は人影の周りを回ってみた。
「すごい……どんどん細くなっていく」
壁際に沿って北側へ回るにつれて、人型はみるみるうちに細くなっていった。
くるりと90度程回り、完全に北側へと移動した時にはそれは真っ平らな線へと変わっていた。
なるほど。こんなに細くては気付くはずもない。
ニミリ……いや一ミリあるかないかだ。
よく覇者さんは気付いたものだと、改めて感心した。
:09/02/22 01:15
:SH905i
:☆☆☆
#170 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
続いて、師匠達とは正反対の西側へと足を進める。
今度は徐々に太くなり、人影は存在を誇張しだした。
真西に差し掛かった辺りで足を止める。
再び線から人型へと変じたそれを眺めながら、ふと疑問が過ぎった。
「何で北と南からは線で、西と東からは人型なんでしょう?」
「知るか。たまたまだろ」
どうでもいい、という副音声が聞こえてきそうなほど無関心そうに覇者さんが答えた。
:09/02/22 01:16
:SH905i
:☆☆☆
#171 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「そうでしょうか。俺は方角が関係あると思うんですが……」
「確かに……偶然にしては見える位置が正確過ぎる。方角が関係してるかも知れないけど、今は僕にもわからない」
師匠からも大して良い答えを得られないようだ。
これではどうしようもない。
俺はあっさりと疑問を切り捨てた。
:09/02/22 01:16
:SH905i
:☆☆☆
#172 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「さて、そろそろ帰るか」
師匠が不意にそう言うと、俺は携帯電話を開いて時間を確認した。
二時四十分。
随分遅くまでいたものだ。
オカルト的にはまだまだ活動時間内だが。
「眠いし、帰るか」
部屋を出た覇者さんの後に続いて、俺達も歩きだした。
懐中電灯の光だけを頼りに、足元を照らす。
:09/02/22 01:16
:SH905i
:☆☆☆
#173 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「覇者、おまえ運転しろ」
「嫌だね。何でだよ」
唐突な命令にも動揺することなく、覇者さんは爽やかに返しながら手を振った。
「僕は疲れた。それに行きは僕が運転したからだ」
「俺も疲れた。運転なら、そこの弟子くんにさせれば良いじゃないか」
俺は苦笑しながら肩を落とした。
「俺に拒否権は無しですか」
:09/02/22 01:18
:SH905i
:☆☆☆
#174 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
とりあえず言ってみたが、二人は俺に視線すら合わせずに会話を続けた。
「駄目だ。こいつは免許を取ってない」
「ちょっと、無視ですか?」
「ちっ……無免かよ」
……どうやら、あくまで無視を決め込む気らしい。
何故かこの二人……こういう時だけは不思議に息が合っていると思うのは、俺だけだろうか。
仲が悪いんだか、良いんだか、わからなくなる。
:09/02/22 01:19
:SH905i
:☆☆☆
#175 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「そう、無免許だ。だからおまえが運転しろ。嫌なら置いていく」
「拒否権は無しかよ」
「無しだ」
大きなため息が一つ。
うんざりした表情のまま、覇者さんは俺の肩に手を回し、耳打ちするように呟いてきた。
「おまえが日頃どんな気持ちで過ごしてるのか、少しわかった気がするよ。よくもまぁ、こんなに俺様なヤツについていけるよなぁ。ある意味尊敬するよ」
「はは……大変なことばかりじゃないですから。可愛いとこだってありますよ」
:09/02/22 01:19
:SH905i
:☆☆☆
#176 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「へぇ、なるほどな。ツンデレなのか」
「いや、デレの部分はほぼ皆無ですけど……」
「仲よさ気なところ悪いんだけど……」
そこへ師匠が割って入ってきた。
師匠の方へ頭だけを少し動かして、
「あん? 今は俺ら二人の共通の友人Sがツンデレか否かを決める重要なところなんだ。邪魔すんなチビ」
どこまで仲が悪いんだ、あんたたちは。
しかし師匠は悪態をつく覇者さんなど眼中に無いかのように話を進めた。
:09/02/22 01:22
:SH905i
:☆☆☆
#177 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「いや、だからさ。ちょっと忘れ物したから、取ってくる。先に行ってて」
「おま……一人でか?」
「一人で。……何? 心配してくれてんの?」
にやにやと白い歯を見せる師匠。
覇者さんは不機嫌そうに眉を歪めながら追い払うように手を振った。
「はっ……さっさと逝け」
:09/02/22 01:23
:SH905i
:☆☆☆
#178 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「師匠、何なら俺もついて行きましょうか?」
「いや、大丈夫」
即答で返されて、俺が反応を示した時には踵を返して闇の中に突っ込んで行ってしまった。
「あいつには恐怖感ってもんがねぇのか」
消えた後ろ姿を眺めながら、隣の男が呟く。
「有るはずがないですよ。だって、師匠ですもん」
納得したように二人で笑い声を零し、車に向かった。
:09/02/22 01:23
:SH905i
:☆☆☆
#179 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「あいつは、幽霊みたいだな」
車が前方に見えた時、いきなり覇者さんがそう言った。
「師匠のことですか?」
頷いて、続ける。
「アレは殺気だと、さっき言っただろう?」
「ええ」
「でもよく考えろ。普通の人間が、あれほどまでに凄まじく、そしてわかりやすい殺気を放てると思うか?」
「……」
:09/02/22 01:25
:SH905i
:☆☆☆
#180 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
……たぶん、そんな人間は滅多にいない。
例えば、覇者さんが俺を睨んだとしよう。
しかし、それが殺意なのか、それとも敵意なのか、俺は知ることが出来ない。
睨んでいるという行為だけでは、敵対しているということはわかっても、その心の内までは理解することは出来ないのだ。
睨むという外見的な行為でさえ殺意かどうかを区別することが出来ないというのに、オーラだけで殺意を感じさせるなんて不可能に近い。
俺は少し考えて、口を開く。
「俺は感じませんでしたけど……確かに普通の人間では無理ですよね」
覇者さんは口許に手を当て、しばらく黙り込んだ。
:09/02/22 01:25
:SH905i
:☆☆☆
#181 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
車に到着すると同時に口を開いた。
「君も、霊の視線を感じたことがあるだろう?」
「ありますよ。冷たくって、鋭くって、突き刺さるようなヤツですよね」
「似てると思わないか?」
「はい?」
「だから、似てると思わないか?」
上手く理解出来ない。
似てる……というのは、
「師匠の殺気と、霊の視線がですか?」
「そうだ。両方とも非常にわかりやすく、なのに普通の人間には出来ない技だ」
「……そういえば、そうですね」
:09/02/22 01:26
:SH905i
:☆☆☆
#182 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「普通の人間はあれほどわかりやすい殺気は放てない。普通の人間はあれほどわかりやすい視線は送れない。
だから俺はさっき『あいつは幽霊みたいだな』と言ったんだ」
「……」
「もう一度だけ言っておく、あいつは君の味方だが、危険だ。もし俺の言葉を聞き入れる気があるなら、悪いことは言わない、近付くな」
俺は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
師匠は良い人だ。
悪戯好きや自分勝手なところはあるが、少なくとも友人関係的な意味でも俺を一員として見てくれていると思う。
:09/02/22 01:27
:SH905i
:☆☆☆
#183 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「……あと、アミュレット絶対失くすなよ」
ばつが悪そうな表情をした俺を見てか、そう言って覇者さんは運転席に乗り込んだ。
無言で俺も続き、助手席で師匠を待った。
五分もしないで師匠は帰ってきた。
心霊スポットから一人で帰ってきたとは思えないほどすっきりとした表情をして。
後部席のドアを開け、そのまま乗り込むと何も無かったかのように「じゃあ行こうか」と発進を促した。
さっきの会話もあって、しばらくの無言が車内を取り巻いた。
:09/02/22 01:28
:SH905i
:☆☆☆
#184 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何を忘れたんですか?」
ようやく沈黙を破ったのは俺の声。ふと思い出した疑問だった。
「え? あぁ、うん」
生返事の後に、師匠が答える。
「アイツを殺してきた」
一瞬で車内の空気が変わった。
再び沈黙に包まれ、覇者さんも車を走らせながら何かを考え込んでいるように重々しい表情をしていた。
「……」
「……」
数十秒の間を起き、会話の続行を試みる。
「……あの人影、ですか」
「うん」
あっけらかんとした様子で答える師匠。
:09/02/22 01:28
:SH905i
:☆☆☆
#185 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「何故です?」
そんな必要、どこにもないじゃないか。
俺はそう思った。
しかし師匠は、
「別に、気にくわなかったから」
冷たくそう言った。
無関心にすら聞こえる口調。
人が蟻を踏み潰しても大して気にしないように、師匠からしたらその程度のことなのだろうか。
:09/02/22 01:29
:SH905i
:☆☆☆
#186 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
それから数十分。
多少の会話はあったものの、「着いたぞ。ここまでだ」と覇者さんが車を降りるまで、車内は重苦しい空気が流れていた。
駅に着いたところで覇者さんとは別れ、代わりに師匠が運転席に座った。
車を走らせてアパートに向かいながら、俺はある異変に気付いた。
あれほどすっきりとしていた師匠の表情が曇っているような……。
:09/02/22 01:30
:SH905i
:☆☆☆
#187 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「師匠? どうかしましたか?」
「いや……何か息苦しい」
「具合でも悪いんですか?」
師匠は首を振る。
「……君、あの病院から何か拾って来たりしてない?」
「してませんけど……」
頼むから恐ろしいことを言わないでほしい。
嫌な感じしかしないじゃないか。
俺が答えても師匠の表情は変わることなく曇ったままだ。
:09/02/22 01:31
:SH905i
:☆☆☆
#188 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「……覇者」
「覇者さん?」
突然呟いた意外な人名。
先程別れたばかりの男の名だ。
「あいつと、同じだ」
「何がです?」
俺が訊くといきなり師匠はブレーキを踏んで道路脇に停車した。
師匠の瞳がちらりと俺を捉え、拘束した。
「君、覇者から何か貰っただろう。そうでなきゃ、借りたはずだ」
:09/02/22 01:31
:SH905i
:☆☆☆
#189 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
その言葉に記憶が蘇る。
まさか、アミュレットのことだろうか。
覇者さんから渡された物といえば、それくらいしか思い付かない。
いやしかし、あの場に師匠はいなかったはずだ。
何故、何かを渡されたと知っているのだろう。
ちらりと横に視線を移す。
ぞくりと、寒気が立った。
女の子みたいに中性的で、幼く見える童顔。恐ろしい要素などどこにもない。
だが、両の眼だけは鋭く、黒目が俺を捉えて離さない。
師匠に敵視されているような視線。
嘘をつく必要はないが、嘘をついてはいけない。
そんな感じだった。
:09/02/22 01:32
:SH905i
:☆☆☆
#190 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「あ、あります。このアミュレットを……」
小さな小袋をポケットから取り出すと、手の平の上に乗せて師匠に見せた。
視線がそちらに移ると同時に、師匠は僅かに目を開いた。
「アミュレット……」
小さく呟くと、視線を外しエンジンを掛けた。
「捨てろ」
「え?」
その単語が理解出来ずに、思考が停止し、思わず聞き返した。
:09/02/22 01:33
:SH905i
:☆☆☆
#191 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「聞こえなかったのか? 捨てろと言ったんだ」
アクセルをゆっくりと上げながら、冷淡な口調で言い放つ。
「な、何故ですか?」
狼狽しながらも理由を聞くと、師匠はこう答えた。
「別に……気にくわないだけだ」
硬直。
人影を消した時と同じ言葉。
それはつまり、俺の推測だと恐らく『目障り』なのだろう。
俺はアミュレットを握り締めた。
『絶対に失くすなよ』
覇者さんの言葉が脳裏に過ぎる。
近付くなと言う覇者さん。
信頼出来る先輩である師匠。
俺は、何を信じれば良いのだろう。
:09/02/22 01:33
:SH905i
:☆☆☆
#192 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「駄目ですよ……これは借り物ですから、次に会う時に返さないといけないんです」
「……なら、僕のところには二度と持ってこないでくれ」
「……はい」
帰りの空気は、重かった。
:09/02/22 01:34
:SH905i
:☆☆☆
#193 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠は何故アミュレットを捨てろと指示したのだろうか。
実は悪い物だとか?
呪いの道具みたいな…。
いや、だとしたら師匠は俺の手から奪い取ってでも捨てるだろう。
ならば、本当に気にくわなかっただけということなのか。
しかし気にくわないというのにも、何か理由があるはずだ。
理由無くして人は何かを嫌いにはならない。
では、その理由とは何だろう。
嫉妬……は有り得ないだろうし。
覇者さんが嫌いだから?
……二人のやり取りを見た限りでは、その可能性は否めない。
:09/02/22 01:34
:SH905i
:☆☆☆
#194 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠はその場に居なかったにも関わらず、俺が覇者さんから何かを受け取ったと言い当てたあのエスパー的な発言も気になる。
考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
未知だ。師匠自体がオカルトめいている。
俺はアミュレットを握り、隣の師匠はハンドルを握って無言で車を走らせる。
沈黙。葛藤。
それらの中で俺はひたすら考えていた。
しかし答えが出ることもなければ、考えがまとまることもない。
あぁ、今日は色々なことがありすぎたんだ。
でも、これだけは言える。
車内の空気はあの病室の空気よりも、重かった。
:09/02/22 01:39
:SH905i
:☆☆☆
#195 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:09/02/22 01:41
:SH905i
:☆☆☆
#196 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:09/02/22 01:44
:SH905i
:☆☆☆
#197 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「サイコゴースト」
一週間ぶりの師匠の部屋でいつものようにくつろいでいたら、本を片手に無表情だった師匠が突然口を開いた。
「は?最古の幽霊ですか?」
「いや、カタカナでサイコゴーストだ」
「何ですか、それ」
「知らないのか」
「知りません」
師匠は自ら持ち出した話題にも関わらず面倒臭そうに表情を歪めた。
「超能力を持った幽霊だよ」
「それがサイコゴーストですか?」
「そう。生前強い霊能力や超能力を持っていた者が死んで、さらに成仏出来なかった場合、稀にそう呼ばれるモノになるらしい」
:09/02/22 01:45
:SH905i
:☆☆☆
#198 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「そのサイコゴーストがどうかしたんですか?」
「自らが強い力を秘めているサイコゴーストは、浄霊不可能なんだとさ」
「師匠のアレでもですか?」
心霊トンネルに訪れた時の車内での一件が頭を過ぎった。
「僕のアレでも払えないだろうし、そうなれば僕自身の防衛能力を上回ってる可能性もあるから僕も憑かれるかもしれないね。もちろん浄霊不可能なら叔父さんも当てに出来ない」
:09/02/22 01:45
:SH905i
:☆☆☆
#199 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「最強じゃないですか」
「そうだね」
あっけらかんとした口調で短く答えた師匠に、冷やかすように俺が言う。
「珍しく師匠が謙虚ですね。てっきり常に自分が一番だと思ってるものかと」
「無知の知」
「鞭の血?」
「『知らない』ということを『知っている』ということだ。誰かは忘れたけど、昔の哲学者が言った言葉だ。孔子も同じようなことを言っている」
「はぁ…」
:09/02/22 01:46
:SH905i
:☆☆☆
#200 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「つまり、僕も己を過信し過ぎないようにする頭はあるってことさ」
よく言うよ。
なんて本音を言ったら殴られるだろう。
師匠の拳は小さい分、かなり痛い。
それだけは勘弁だった。
「じゃあ、師匠も危ないんですね」
「まぁね。特殊能力を使えるようなサイコゴーストだけは相手にしたくない」
「それもありますが、師匠自身も危ないんじゃ?」
:09/02/22 01:46
:SH905i
:☆☆☆
#201 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「どういう意味だ」
「師匠、死んだらどうします?」
「…そうだな。とりあえず、成仏はしない。というか悪霊になるかな、たぶん」
「ほら、やっぱり危ない」
「何がだ」
「霊能力者が幽霊になったらサイコゴーストになるなら、もしかしたら師匠もサイコゴーストの仲間入りじゃないですか」
「……」
俺が言うと、師匠は突然黙り込んでしまった。
なんとなく気まずい空気が漂い、師匠が無表情から微笑を浮かべるとようやく空気が和んだ気がした。
:09/02/22 01:47
:SH905i
:☆☆☆
#202 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「そうだね。浄霊出来ないことを良いことに、悪霊になって人を騙すかもしれない」
「師匠に憑かれたら大変ですね」
あはは、と笑う俺に合わせて、師匠も笑顔を浮かべた。
でも、その笑顔はどこか寂しげで、肌寒い秋の夕暮れのような孤独の切なさに似ていた。
俺は、確かな違和感を覚えた。
:09/02/22 01:48
:SH905i
:☆☆☆
#203 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「…師匠、どうかしました?」
「どうかしてるように見える?」
「はい」
「へぇ、どんな風に見える?」
「師匠、泣きそうです」
俺がそう言うと、師匠は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかい笑顔になった。
「参ったな…」
ばつが悪そうに頭を掻き上げた師匠は、何でもないよと付け加えた。
:09/02/22 01:48
:SH905i
:☆☆☆
#204 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ほら、その笑顔ですよ。いつも師匠はそんな風に笑わないじゃないですか」
「たまには黄昏れてみたくもなるのさ」
「答えになってません」
「それは困ったな。これ以上の言葉が見付からない」
「それは何かを隠そうとするための、作り笑いに見えます」
「参ったな…」
苦笑する師匠。
どこかやりきれない感じを胸に秘めた俺。
しばらくの沈黙が続いた。
:09/02/22 01:49
:SH905i
:☆☆☆
#205 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「相談なら、乗りますよ」
俺が半身を乗り出すと師匠はちらりと俺の顔を伺い、何かを考えるように口に手を当てた。
少しばかり思考したあと、師匠が口を開いた。
「彼女とね、別れたんだ」
俺は目を見張る。
「師匠、彼女いたんですか?」
「え?あぁ、うん。いた」
返ってきたのは生返事。
今日の師匠はやはりおかしい。
「それで…」
俺が続きを促そうとした時、師匠がすっと立ち上がった。
「やっぱり、やめにしよう。そういうことで、僕は痛く傷付いている。だから今日のところは帰ってくれないか?」
:09/02/22 01:50
:SH905i
:☆☆☆
#206 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
師匠を見れば、すでにいつもの無表情だった。
突然の変化と、淡々と述べるそっけない口調に俺は困惑する。
先程とのギャップ。
どう考えても、明らかに様子がおかしかった。
「ちょっと、師匠?」
「何だ」
「まだ話の途中…」
「だから、また今度な」
無理矢理立たされて俺は玄関に向かわされる。
:09/02/22 01:51
:SH905i
:☆☆☆
#207 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「いや、気になりますし、やっぱ何か隠してるでしょう」
「いいから」
「よくないですよ。隠し事なんて水臭いじゃないですか。ちょ…押さないでくださいよ」
俺は背中を押され、気付けば玄関まで追いやられてしまった。
話を聞こうとしない師匠に微かな苛立ちが募る。
:09/02/22 01:51
:SH905i
:☆☆☆
#208 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「ほら、さっさと靴を履いて…わっ」
俺は振り向き様に師匠の肩を掴んで壁に押し付けた。
油断していたのか、予想よりも師匠があっさりと動いたので、強めに壁に打ち付けてしまった。
痛みに表情を歪ませる師匠に即座に謝りを入れるが、肩を掴んだまま俺は話した。
「さっきから勝手に話を進めて、全然理解出来ないです。せめて俺が納得出来るように話してくださいよ。今日の師匠は明らかに変です」
いつもならば決して反抗など出来ない師匠相手に、俺は肩を掴んで壁に押し付けている。
さっきも、壁に押し付けた際に怪我をさせたかもしれないのに、俺は平謝りしかしなかった。
:09/02/22 01:52
:SH905i
:☆☆☆
#209 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
内心、俺が一番驚き、そしてびびっていた。
殺されるかもしれない。
だが、半ギレの人間は後先考えずに突っ走ることを知った。
「…五月蝿い」
意外なことに師匠はキレることはなかったが、代わりに俯いてしまった。
俺は殺されないことに安心するどころか、むしろ焦る。
何故か泣いているように見えたからだ。
挙動不審になりながらも、俺はどうにか口調を和らげて言った。
「し、師匠?泣いてるんですか?」
:09/02/22 01:53
:SH905i
:☆☆☆
#210 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
「泣いてない。…だけど、泣きそうではある」
俺は動揺を隠せない。
師匠が弱音を吐くなんで、有り得ないことだったからだ。
見た目とは違って師匠は絶対に弱い部分を人に見せない。
俺の知っている師匠という人間は、そういう性格だ。
「そ、そんなにさっきの痛かったですか?」
師匠は俯いたまま首を横に振った。
「今日は、帰ってくれ…」
小さくそういう師匠に、俺はもう何も言えなかった。
:09/02/22 01:54
:SH905i
:☆☆☆
#211 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
どんな心霊スポットよりも驚愕を隠せない。
驚きの連続があったからか、正常に思考回路が働かなくなり、何も考えられない。
師匠にどんな言葉を掛けていいのかすら一向に浮かんで来ない俺は、大人しく従うしかなかった。
「じゃあ、俺、帰りますね」
靴を履いて、気まずい空気の中、玄関をくぐる。
扉を閉める前に、俺は深々と頭を下げた。
「その…すみませんでした。師匠にも言いたくないことだってありますよね! 俺、餓鬼みたいなことして…師匠、また来ますね」
:09/02/22 01:55
:SH905i
:☆☆☆
#212 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
訊くのを諦めたといえば間違いになるかもしれない。
本音を言うと、やはり気になるし、知りたいと思う。
でも、この件には触れないのが良策だと、第六感が言っている。
この話には何かがある。
それは師匠をおかしくさせ、俺を惑わす。
それは師匠が黙り込んだり、隠したりするほどのモノだ。
冷静に考えれば、知らない方が良いのかもしれない。
覇者さんも前にそんなことを言っていた気がする。
:09/02/22 01:57
:SH905i
:☆☆☆
#213 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
サイコゴースト。
これが事の発端だっただろうか。
師匠が出してきた話題なのに、その師匠が黙り込んでしまうような内容が何処にあったのだろう。
どこで歯車は噛み合わなくなって、どこからおかしくなったのだろう。
俺の言葉か?
『霊能力者が幽霊になったらサイコゴーストになるなら、もしかしたら師匠もサイコゴーストの仲間入りじゃないですか』
あれの何処に師匠が黙り込む事実があるというのだ。
あの師匠があそこまで隠したい事とは一体何なのか。
そこで俺は思考をシャットダウンした。
障らぬ神に祟り無し。
今日は、良い天気だ。
:09/02/22 01:57
:SH905i
:☆☆☆
#214 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:09/02/22 01:58
:SH905i
:☆☆☆
#215 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
:09/02/22 01:59
:SH905i
:☆☆☆
#216 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
あげます!
:09/02/27 20:26
:SH905i
:☆☆☆
#217 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
定期あげ
:09/03/06 17:00
:SH905i
:☆☆☆
#218 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
定期あげ
次話執筆中ですが、最近忙しい日が続いており亀更新となりそうです…
:09/03/11 14:42
:SH905i
:☆☆☆
#219 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
多忙な日々が続いており更新日はかなり先になりそうですが…保守あげ
:09/04/10 20:32
:SH905i
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