WHITE★CANDY
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#150 [Gibson]
それは6月の、梅雨の時期真っ只中のことでだった。
「…38度4分。
完全に熱だな。」
「…。」
朝起きると、すさまじいほどの体の怠さを感じた。
「今日は学校、休みだな。」
寝ている私の額に、手を当てる父。
:09/01/23 13:03
:SH705i
:xMFSml2U
#151 [Gibson]
「…はあ、心配だな。
こりゃ、一人にさせられないわー。」
「何言ってるの。
仕事に穴開けるなんてダメだよ!?
私なら大丈夫だから、今日は薬飲んでずっと家で寝ておく。」
私は出来る限り、平気な風に振る舞った。
「ごめんな、真希…。」
:09/01/23 13:07
:SH705i
:xMFSml2U
#152 [Gibson]
カチカチカチ…―
壁掛け時計の、規則正しく刻む音だけが室内で聞こえる。
私は瞼を閉じて、ひたすら眠り込む体制になっている。
先程、エリから欠席を心配するようなメールが届いていた。
:09/01/23 13:21
:SH705i
:xMFSml2U
#153 [Gibson]
熱を出したのは、記憶では中学一年が最後だった。
小学校低学年の時は、体調が悪くなったら、父が仕事を休んで病院に連れていってくれたり、看病してくれたりしていた。
父の実家は、遠く離れた県外にある。
だから私は、祖父や祖母に会ったことは、二・三度くらいしかない。
頼りになるべき肉親がそばにいなくても、父は近所の人も全く当てにしなかった。
なるべく、親としての役割を果たしたかったのだろう。
:09/01/23 13:34
:SH705i
:xMFSml2U
#154 [Gibson]
小さい時は病気の時に付き添ってくれる有り難みに気がつかなかったが、
大きくなるにつれて、次第に申し訳なく感じた。
会社の人に、悪いように思われたりしていないかとか、会社を首になったりしたらどうしようとか。
それからは意識して、健康管理には心を配ってるつもりであった。
しかし、今回はちょっとした自分の不注意で、高熱を発生させてしまった。
でも大丈夫だ。
私も一人でいても特に不自由ない年齢になったから。
:09/01/23 13:47
:SH705i
:xMFSml2U
#155 [Gibson]
「…お母さん、今自分を悪く思ってる?…」
窓の外に目をやり、梅雨の最中の、灰色のじめじめとした景色に向かって問い掛ける。
―そばにいてあげられなくて、ごめんなさい―
病気になる度に、そんな言葉を何度も叫ばれているような気持ちになる。
「…お父さんもお母さんも、全然悪くないよ…。」
:09/01/23 14:02
:SH705i
:xMFSml2U
#156 [Gibson]
ピンポーン、ピンポーン―
「…ん…。」
ずっと寝ていたが、夕方近く家の呼び鈴の音で目を覚ました。
ベッドから起き上がり、Tシャツにジャージと部屋着の格好のままで、玄関のドアを開けてみた。
:09/01/23 14:09
:SH705i
:xMFSml2U
#157 [Gibson]
「…えっ…!」
そこにいたのは、男友達の優平だった。
「エリから休んでるって聞いて。
皆で押しかけるのも迷惑だろうからって、俺が代表して見舞いに来た。」
いつも学校で見ている優平が、そっくりそのまま家の前にいる。
突然の訪問に、私は驚きを隠せなかった。
とりあえず、彼を家に入れた。
:09/01/23 14:16
:SH705i
:xMFSml2U
#158 [Gibson]
初めて上がった私の家に、若干キョロキョロと辺りを見渡す優平。
「真希が熱なんて珍しいな。
はい、これ今日配られたプリント類。」
「ありがと。」
彼に差し出されたものを、受け取る私。
「今日ちゃんと食べた?」
「んー…ううん。」
:09/01/23 14:27
:SH705i
:xMFSml2U
#159 [Gibson]
「じゃあ、今からこれ剥いてあげるから。台所借りていい?」
彼が右手に握りしめている、スーパーの袋を掲げる。
いくつかの赤く丸々とした球体が、かわいらしく透けて見えていた。
そして、彼は袋を一旦キッチンの上に置くと、「とりあえずゆっくり寝てて」と言いながら、後ろから私の背中を押す。
:09/01/24 00:57
:SH705i
:rMw4yosg
#160 [Gibson]
私は誘導されるがまま、リビングのソファーに横になることにした。
我が家はダイニングキッチンの造りになっているので、彼からも自分からも、目の届きやすい位置にいることになる。
「優平、今日の部活は?」
「早くに上がって来た。」
壮快に切れるりんごの音を挟みながら、彼と会話をする。
:09/01/24 01:18
:SH705i
:rMw4yosg
#161 [Gibson]
サッカー部の練習は、いつも暗くなるまでやっていると聞いている。
きっと彼は、今日は私の見舞いの為に途中で切り上げてきたのだろう。
申し訳ないという思いに駆られようとした時、
「エリは料理出来ないし、元基の元気さは病人にとっちゃ、かえって煩わしいだけだし。
だから俺が来た。」
と、彼が私の気持ちを察したかのように、細かい訳を冗談混じりに話してくれた。
玄関の前で言っていた"代表"の意味を、そこで理解した。
:09/01/24 02:01
:SH705i
:rMw4yosg
#162 [Gibson]
細かく切ったりんごを乗せた皿を持ち、彼が寝てる私の目の前に、しゃがみ込んできた。
「はい、どうぞ。」
上体を起こし、彼に差し出されたフォークで一つずつ口に入れる。
痛くて渇いた喉に、りんごの水分が程よく吸収される。
:09/01/24 04:06
:SH705i
:rMw4yosg
#163 [Gibson]
「…今みたいに、病気になった時は大変そうだな。」
ついさっきまで看病なしで過ごしていた私を、彼が気の毒そうな眼差しで見つめる。
その綺麗な瞳が、ほんの微かに湿り気を帯びる。
「別に何ともないよ。」
無表情のまま、次のりんごを口に運んだ。
何故、自分が人に冷めた印象をよく持たれるか、一番理解できる瞬間だ。
:09/01/24 04:34
:SH705i
:rMw4yosg
#164 [Gibson]
「…さっきの言葉、気に障ったのならごめん。
でも俺、真希の家庭環境を不幸せだとか思ったことは一度もないよ。
家のことはいつも、生き生きとした表情で話してくれるし。」
彼が軽やかな手先で、りんごの欠片を一つ摘んだ。
父のことはいつも、「うざい」「恥ずかしい」などの表現で紹介しているつもりだったが、
それが愛情と信頼の裏返しだということを、
今ここにいる彼は読み取っていてくれていたらしい。
:09/01/24 05:26
:SH705i
:rMw4yosg
#165 [Gibson]
その次に彼は皿をテーブルの上に置き、腰を上げた。
リビングの隅に向かい、棚の上に飾ってある、白い写真立てを手に取る。
幼稚園の頃、父とラベンダー畑に行った時の瞬間が収められている。
一面紫の花に囲まれて嬉しそうな私を、満面の笑みで抱き抱えている父。
:09/01/24 06:48
:SH705i
:rMw4yosg
#166 [Gibson]
「…真希は本当に、大事に育てられてきたんだなぁ。」
写真の中の二人に向かって、彼が微笑む。
「俺ん家って無駄に広くてさ、形式や建前気にして、何か全体的によそよそしいんだよね。
親や兄弟より、使用人と多く接してきた気がする。」
ハハハ、と目を細めて笑う優平であったが、寂しさを押し隠すような、そんな表情にしか見えなかった。
:09/01/24 13:25
:SH705i
:rMw4yosg
#167 [Gibson]
優平の父は、歴代が設立した会社の社長を務めており、桜井家は由緒正しい家柄だという噂を、ちょくちょく耳にしたことがある。
彼が私やエリらを家に一度も招かないのは、そんな部分に対して、自分と距離を感じて欲しくないからであろう。
繊細さ故、彼も何か思う部分があったということを、今日ここで初めて知った。
:09/01/24 13:45
:SH705i
:rMw4yosg
#168 [Gibson]
「あっ、俺さっきから病人の前で喋り過ぎだよな。
これじゃ元基のこと、悪く言えないわ。」
写真立てを元の位置に戻し、再びこちらに来て屈む。
「早く良くなれよ。」
優平が、私の左手を両手で取る。
その手のひんやりとした感触が、熱を冷ましてくれるようで心地よかった。
:09/01/24 13:58
:SH705i
:rMw4yosg
#169 [Gibson]
「俺、お前の母さんの分まで、ずっとそばにいてやるから。」
「え…?うん…。」
「俺、いなくなったりしないから。」
「うん、うん…。」
彼の真摯な姿勢と眼差しが、私の心一点を射る。
その雄々しい態度に、彼もまた一人の男の子だということを、改めて認識する。
:09/01/24 14:18
:SH705i
:rMw4yosg
#170 [Gibson]
安心感から、目を閉じもう一度眠ろうとする私。
優平はその名の通り、心優しい少年である。
クラスの委員長には、真っ先に選ばれるタイプで、
周りの世話を焼いたり、統率をするのが上手な人間だ。
でも、今私に注いでくれてる温かさが、義理な人情とは別物であってほしいと、独占欲に似た感情で願った。
:09/01/24 14:32
:SH705i
:rMw4yosg
#171 [Gibson]
次に目を覚ましたのは、夜の8時前だった。
「…。」
直ぐさま視界に映った優平は、右手は私の手を握ったまま、ソファーにもたれ掛かって寝ていた。
寝息一つも聞こえないほど、静かに眠っている。
:09/01/24 16:08
:SH705i
:rMw4yosg
#172 [Gibson]
髪は耳に掛けられるほどの長さで、艶がいい。
睫毛も長くて、女の子みたいだ。
彼のファンだと総称している子たちは、陰で彼を「王子」と呼んでいるとか。
今こんなに至近距離で、私が彼の眠りを見届けていると知ったら、彼女たち、どう思うかな。
:09/01/24 16:19
:SH705i
:rMw4yosg
#173 [Gibson]
トクン、トクン、トクン―
自分の心臓が、熱を増して徐にリズムを奏でる。
全身の怠さなら、二度ほどの睡眠で十分なくなっている。
何だろう、この感じ―
優平、今日はわざわざ私の為に来てくれて、ありがとう。
目を閉じた彼に、微笑みを返した。
:09/01/24 16:36
:SH705i
:rMw4yosg
#174 [Gibson]
ピクリとも動かない彼を、まじまじと目を動かして観察する私。
ドサッ。
その途中、大きな物音がしたので、不意を突かれたと同時に、音のする方向に目を向けた。
そこには、慌ただしく血相を変えた父の姿が。
彼の真下には、スーパーの袋が落ちている。
「高校生での男女不純交際禁止ー!!」
:09/01/24 16:50
:SH705i
:rMw4yosg
#175 [Gibson]
父の大声で、優平も何事かと飛び起きた。
その後、二人で事の経緯を説明する。
「ごめんごめん。君が桜井くんか。話なら真希からよく聞いているよ。」
彼の存在が分かると、すぐに落ち着きを取り戻した父。
この楽観的な性格が、少し羨ましい。
「すみません、見舞いのつもりが、いつの間にか寝てしまって…。」
:09/01/24 17:51
:SH705i
:rMw4yosg
#176 [Gibson]
「お父さん、真希のお母さんに挨拶してもいいですか?」
「ん!?おう。」
父が彼を、母の仏壇がある、和室へと案内する。
私も、二人の後ろを着いて歩く。
和室に入ると、仏壇の前で正座をし、深々と一礼をする優平。
お母さん、私にはこの人がいるから大丈夫だよ―
成長しきった男の子の背中を、ずっと見ていた。
:09/01/24 18:24
:SH705i
:rMw4yosg
#177 [Gibson]
次の日になると体温も平熱を取り戻し、通常どおり学校に通う。
「…日本史の教科書忘れた…。」
休み時間に次の授業の準備をしていると、忘れ物をしていることに気づいた。
元基に借りるか、と思ったが、確か彼のクラスは地歴科目は世界史コースだ。
優平の所は日本史コースだったことを思い出し、少しクラスが離れているが、彼から借りることにした。
:09/01/24 18:42
:SH705i
:rMw4yosg
#178 [Gibson]
違うクラスを訪ねる時は、いつも入りづらい空気が漂ってる気がする。
開いているドアから、教室内を覗いてみる。
席に座っている優平が、彼の元に来た女の子に、勉強を教えていた。
「…。」
「あ、真希!
もう熱下がったか?」
私の気配に気づくと、彼がいつもの笑顔で声をかけてきた。
:09/01/24 18:54
:SH705i
:rMw4yosg
#179 [Gibson]
「あっ、竹下さん!
日本史の教科書持ってる?」
優平を無視し、たまたま近くを通りがかった竹下さんの元に行った。
何やってるんだろう、私…―
予定とは異なり、教科書は竹下さんから借りることになった。
:09/01/24 21:30
:SH705i
:rMw4yosg
#180 [Gibson]
次の授業が始まり、教壇に立つ先生が、頭の血管が切れそうな位、熱く生徒たちに教える。
その言葉も上の空で、先程の自分の行動を思い返す。
優平に悪いことをしてしまった、という気持ちの他に、言葉に表せない何かがある。
昨日から、彼の安心しきった寝顔が焼きついたままだ。
昨日の彼の訪問は、少なくとも私にとって、特別な時間と呼べていた。
:09/01/24 22:23
:SH705i
:rMw4yosg
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