WHITE★CANDY
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#1 [ぎぶそん]
皆さん初めまして。

シングルファーザーの父親と娘を取り巻く、様々な日常を描いた(つもりの)ストーリー。

上手く書けないかも知れませんが、よろしくお願い致しますm(__)m

⏰:09/01/13 09:43 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#2 [ぎぶそん]
Chapter01
「私の父親」

⏰:09/01/13 09:46 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#3 [我輩は匿名である]
頑張ってね

⏰:09/01/13 09:49 📱:F703i 🆔:4HUE4Uhc


#4 [ぎぶそん]
「ねぇ、お父さん?」

「どうした?真希。」

「どうして、私の家にはお母さんがいないの?」

「そんなことはないぞ。
母さんはな、いつもお空の上から、真希のこと見守ってくれているんだぞ。」

「本当に?」

「ああ、本当に。」

⏰:09/01/13 09:54 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#5 [ぎぶそん]


遠い昔の記憶。
確かあれは、私が幼稚園の時だったっけ。

あれから十年以上が経ち、私も現在は高校二年生となった。

朝、家を出て学校を行くまでの間、晴れの日は欠かさず空を見る。

快晴よりは、幾つもの雲がゆったりと泳いでいる方が、私は好きだ。

「行ってきます、お母さん。」

空に、手をかざした。

⏰:09/01/13 10:03 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#6 [ぎぶそん]
我輩は匿名であるさん

さっそくの閲覧、有り難うございます!(^^)
これから更新に頑張りたいと思いますm(__)m

⏰:09/01/13 10:07 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#7 [ぎぶそん]
雨宮真希、17歳。

私には物心ついた時から、母親という存在がいない。

私を産んですぐ、お母さんは交通事故で亡くなったらしい。

幼い頃は母親がいないのを寂しく感じていたが、今ではもうそれも慣れてきた。

父親が男手一つで、私を育ててくれている。
だから、全然不幸せとかは感じない。

⏰:09/01/13 10:19 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#8 [ぎぶそん]
「真希、おはよ!」

「…はよ。」

教室に入って、席に座るや否や、クラスメートの女子が、私の元に近寄ってくる。

彼女の名前は、長谷部エリ。
一年の時も同じクラスで、いつも行動を共にしていた。

私が学校で、一番親しくしている人物。

⏰:09/01/13 10:30 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#9 [ぎぶそん]


「雨宮真希ってさー、愛想悪いよね。」

「うん、何か冷たい。」

私の第一印象は、良く思われないことの方が多い。

口数が少なく、あまり笑わないことが原因だろう。

長身に細身のこの"モデル体型"の見た目が、さらに同性から『気取っている』と、反感を呼ぶ。

⏰:09/01/13 10:41 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#10 [ぎぶそん]
そんな中、今目の前にいるエリだけは、初めて会った時から、私にちょっかいを出してきた。

私とは身長差が10センチ以上あり、全体的に小柄なのが特徴。

ショートヘアに外ハネの髪型が、彼女の陽気な性格を際立たせる。

制服のスカートは、規定の長さよりいつも短く、進路指導の先生にしょっちゅう叱られている。

⏰:09/01/13 10:48 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#11 [ぎぶそん]
「ねぇ、商店街の中に、新しくクレープ屋さんがオープンしたんだって。
今日の放課後行かない?」

「うん。」

「やっりぃ〜!
じゃあ、元基と優平も誘っておくね!」

チャイムが鳴り、エリが自分の席に戻る。

こんな風に、いつも彼女の提案から、私たちの行動内容が決まる。

⏰:09/01/13 10:55 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#12 [ぎぶそん]
少し静かになった教室で、朝のホームルームが始まるのを待つ。
担任は、いつも数分遅れてやって来る。

その間、私は窓の外の景色を見るのが日課だ。

ガラッ―

教室のドアを勢いよく開ける音に、目をやった。

そこにいるのは、中年で小太りな担任とは対象的な、30代位の背の高い男だった。

⏰:09/01/13 11:22 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#13 [ぎぶそん]
教室の中にいる全員がその男に目を向け、一斉に辺りがシーンとなる。

「真希、弁当。」

沈黙を破ったのは、男のその一言だった。

男はクマの絵柄のついた黄色い弁当袋を、目の前に差し出す。

雨宮城、37歳。
私の父親であり、この世にいる唯一の家族。

⏰:09/01/13 11:30 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#14 [ぎぶそん]
窓側の席から離れ、ゆっくりとドア前の父の所まで歩く。

朝、カバンに入れたと思っていた弁当を受け取る。

二人の間に会話はないまま、父は去っていった。

恥ずかしい…―

教室の皆の無言の視線が、見えない針となって、私の体中に刺してくる。

⏰:09/01/13 11:39 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#15 [ぎぶそん]
「いいなー、私もあんなカッコイイお父さんが良かったー。」

「俺も真希の親父、見たかったなー。」

放課後。
エリと男子二人の四人になって、下校している。

一人は、羽田元基。
隣のクラスにいる、エリの彼氏。

⏰:09/01/13 11:46 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#16 [ぎぶそん]
「…ああいう非常識な所があって、時々まいるよ。」

「真希のこと、まだまだ可愛いんだって!
大事にされてる証拠!」

「そうそう、俺なんて三人兄弟の末っ子だから、どうでもいいように扱われてるし!」

元基が、げらげらと笑う。
明るいエリに相当する、おちゃらけた人物。

⏰:09/01/13 11:55 📱:SH705i 🆔:zU0rc2Fg


#17 [ぎぶそん]
「優平も、俺ん家の母ちゃん見たことあるよな?」

「ああ。」

もう一人は、桜井優平。
私たち三人とは、クラスがだいぶ離れている。

成績は常に学年トップであり、落ち着きがあり、物静かな少年である。

⏰:09/01/14 18:23 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#18 [ぎぶそん]
私たち四人は、一年の時は皆同じクラスにいた。

元基と優平は、同じサッカー部に所属していることからつるみ始め、
エリと元基が交際するようになってから、四人で遊びに出かけたり、よく一緒にいるようになった。

二年になって、クラスがバラバラになっても、こうして変わらず集まっている。

⏰:09/01/14 18:31 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#19 [ぎぶそん]
「んー!美味しー!」

「うん、うめぇ!」

クレープ屋さんでイスに座り、それぞれ注文したメニューを頬張る。

「真希、ほら私のも食べてみて?」

「うん。」

エリが選んだ種類のクレープを、少し食べる。
苺の甘酸っぱさが、クリームとチョコレートと混ざり合い、口の中に広がる。

⏰:09/01/14 18:40 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#20 [ぎぶそん]
「たまにはいいよなぁ、こういうのも。」

「うん、ちょっと割高だけど。」

クレープを食べ終え店を出ると、エリと元基が商店街の中をはしゃぐ。

それを後ろから、私と優平が黙ってついて行く。

私たちは、いつもこんな感じだ。
賑やかな男女と、大人しい男女の組み合わせ。

⏰:09/01/14 18:56 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#21 [ぎぶそん]
それから私たちは、商店街を抜けてすぐ近所にある、小さな公園へと足を運んだ。

キリンの形をした滑り台があることから、子供たちの間では"キリン公園"と呼ばれている。

私たち四人も、幼少時代に戻ったかのように、商店街を通った時は、ついでにここへとやって来る。

⏰:09/01/14 19:11 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#22 [ぎぶそん]
「ねぇ、靴飛ばししようよ!」

「一番遠くまで飛ばせた奴の言うことを、皆が聞くこと!」

エリと元基の提案で、四人がそれぞれブランコに立った。

私も勢いをつける為、皆に倣(なら)って力強く漕ぐ。
夕日に向かって、右足のローファーを蹴り投げた。

⏰:09/01/14 19:17 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#23 [ぎぶそん]
「元基と優平がいい勝負じゃない!?」

「エリ下手くそだな!全然靴飛んでないじゃん!」

私たちは、片足のまま自分の靴がある向かった。

エリのはすぐ近くにあり、私のはそれより少し遠くだった。

男性陣が、僅差のようで、元基が急いで片足で歩み寄り、勝敗を判定する。

「優平のが一番飛んでる!この勝負、優平の勝ち!」

⏰:09/01/14 19:24 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#24 [ぎぶそん]
「さあ優平!何でも願いをどうぞ!」

元基が優平の分の靴まで拾い、彼の元まで駆け寄る。

「えぇ!?何だろうな…。」

優平は一番になったことをあまり喜ばず、遠慮がちであった。

控えめな彼が、私たちにどんな用件を告げるのだろう。
私は少し、ワクワクしてきた。

⏰:09/01/14 19:31 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#25 [ぎぶそん]
「そうだなー…。」

優平が、ひたすら考えている仕草をする。

「もう少し口数減らしてとかは、無理だから!」

「それは私も!」

元基とエリが、自虐で笑う。

⏰:09/01/14 19:38 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#26 [ぎぶそん]
「じゃあ…皆これから、卒業して離れ離れになっても、社会人になって何十年経っても、変ったりするなよ?!」

優平が、口を開いた。

その要求は意外でもあり、私たちをいつも少し離れた距離から見守ってくれている、彼らしくもあった。

「そんなんでいいのかよ!俺、頭悪いまま大人になったら、ちょっと危ないと思う!」

「うん分かった!
私、今のままのエレガントな女性になるね!(笑)」

「えっ…。」

「ちょっと何よ、その顔はー!」

エリと元基の夫婦漫才を、私と優平は笑った。

⏰:09/01/14 19:51 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#27 [ぎぶそん]
「私たち、それぞれどんな大人になってるんだろうね?」

「あー俺、まだ進路とか全然決めてねー。」

「優平は、大学に進学だよね?」

「うん、とりあえず。」

公園を後にし、住宅街を歩く。

四人分の縦に伸びた陰が、横一列に並んでいる。

⏰:09/01/14 19:59 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#28 [ぎぶそん]
「真希はー?」

エリが、今度は私に問い掛ける。

「まだ考え中…。」

「急には決められないよねー。
でも、卒業してバラバラになっても、皆こうして時々集まったりしようね!」

エリの言葉に、皆が頷いた。
今日の夕焼けは、一段と綺麗に見えた。

⏰:09/01/14 20:04 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#29 [ぎぶそん]
「ただいま。」

夜―
居間でテレビを観ていると、会社員の父が帰宅した。

「お父さん、今日の朝、何あれ。」

「何って、お前が弁当忘れて行くから、届けに行ったんだろ。」

父がカバンをテーブルに置き、ネクタイを緩める。

「皆、絶対笑ってる。
せめて職員室に行って、担任に渡してよ。」

⏰:09/01/14 20:15 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#30 [ぎぶそん]
「いいじゃないか別に。
娘が学校でどんな風にしてるかは、親は気になる所なんだぞ。」

父がイスに座り、私が家に帰ってから作ったチャーハンをぱくつく。

「恥ずかしい…。」

私も同様にイスに座り、夕飯を始める。

⏰:09/01/14 20:22 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#31 [ぎぶそん]
小学校の時もそうだった。
運動会の徒競走で、私の出番になるとグラウンドに乱入して応援したり、放課後はよく車で迎えに来ていたりしていた。

中学の時は、文化祭で私が劇の主役に抜擢されると、ご近所にそれをわざわざ報告したりしていた。

一人娘が大事なのは分かるが、過保護な部分が見受けられる。

高校生にもなると、さすがにそれも少々煩わしくなる。

⏰:09/01/14 20:34 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#32 [ぎぶそん]
翌日―

昼休み、私は学校の屋上に一人で上がり、中央に寝転んだ。

春のぽかぽか陽気が全身に降り注いで、実に気持ち良い。

自分の視界に広がる無数の雲が、スムーズに移動する。

物事もこれ位、楽にいけばいいのに。

⏰:09/01/14 20:44 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#33 [ぎぶそん]
「よっ。」

途中で空と雲だけの視野に、優平の顔が映った。

「びっくりした。」

私は体を起こした。

「さっき、真希の姿が見えたから、後つけてきた。」

彼は私の隣に、同じように寝転んだ。

⏰:09/01/14 20:50 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#34 [ぎぶそん]
「あー、このまま寝ちゃいそー。」

「うん。」

「次の授業、何?」

「化学。そっちは?」

「国語。」

お互い、上を向いたまま会話をする。

⏰:09/01/14 20:53 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#35 [ぎぶそん]
「ねぇ、天国ってあると思う?」

「んー…、まあ、あるんじゃないの?」

「私のお母さんは、今頃この空の中で、何をしてるんだろうって思うんだ。」

「そっか。」

⏰:09/01/14 20:59 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#36 [ぎぶそん]
「お母さんは今の私と変わらない年齢の時に、お父さんと出会ってる訳だけど、
私もいずれ、誰かに恋をしたりするのかな。」

「んー、それが人間の永遠のテーマだからなー。」

空に、様々な疑問を放つ。

⏰:09/01/14 21:04 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#37 [ぎぶそん]
中学の時、見知らぬ同級生や先輩に、告白を受けたことがあった。

私には恋愛の「好き」という感情が、まだよく理解できない。

そのうち、一人の男性に対して、恋焦がれる時が来るのだろうか?

お母さんは、お父さんを好きになって、良かったと思ってる?―

⏰:09/01/14 21:08 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#38 [ぎぶそん]
「旅行!?」

「そう!夏休み皆で行こうよ!」

放課後―
エリが机の上に、旅行のパンフレットを広げている。

「優平ん家、熱海に別荘持ってるんだってー。」

優平は、この辺では有名な資産家の息子だった。

⏰:09/01/14 21:30 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#39 [ぎぶそん]
「お父さん、許してくれるかな…。」

一番のネックが、頭に浮かぶ。
これまで父の元を離れた遠出は、した経験がない。

「大丈夫って!
優平ん家が雇ってる運転手さんが、車出してくれるって!

あれだったら、私からも説得するし!」

「うん。」

⏰:09/01/14 21:36 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#40 [ぎぶそん]
「ダーメ。ダメダメ。ダ・メ。」

「…。」

夜、帰宅した父にさっそく旅行の話を持ち出すと、
予想通りの反応が返ってきた。

「付き添いの大人の人もいるし、全然危なくないって。
それに、私ももう17だよ?」

「父さんも一緒ならOKだ。」

「…そんな恥ずかしい真似、出来ないよ。」

⏰:09/01/14 22:39 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#41 [ぎぶそん]
「もういい。お父さんが何と言おうと、旅行には行くからね。

薄毛を気にしてるお父さんなんか、知らないっ。」

私はそう言い残すと、自分の部屋に篭った。

「ちょ、真希、洗面台の棚に隠してあった育毛剤見たなぁ!?」

うるさい、うるさい。
お父さんは、私を束縛し過ぎる―

⏰:09/01/14 22:52 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#42 [ぎぶそん]
エリ、元基、優平は、私が初めて心から気を許している友達。

口にはしなくとも、私は三人のことを大切に思っている。

そんな三人との、初めての旅行。
行きたくない理由なんて、これ一つもない。

⏰:09/01/14 22:59 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#43 [ぎぶそん]


「雨宮さん、一緒にお弁当食べよー。」

「…うん。」

高校に入学して数日後、昼食の時間に、エリが私に声を掛けてきた。

これが私たちの、最初のやり取り。

「雨宮さんのお弁当、美味しそー!」

「お父さんが作ってるんだ。」

「へぇ、自慢のお父さんだね。」

⏰:09/01/14 23:05 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#44 [ぎぶそん]
エリは、人懐っこく、よく笑う。
そんな女の子であった。

今までずっと、特別親しい友人がいなかった私も、エリと一緒に過ごすことで、友達がいるとう楽しさを覚えた。

それから、一年の二学期。
エリからの告白で、彼女と元基は付き合うようになった。

⏰:09/01/14 23:14 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#45 [ぎぶそん]
元基と親しい間柄の優平も一緒になって、四人で沢山の思い出を作った。

それは、ある日の放課後だった。

「元基、部活は?」

「ん、課題の再提出が終わんねー。」

教室に忘れ物を取りに戻ると、一人元基が一枚のプリントにせっせと取り組んでいた。

⏰:09/01/14 23:23 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#46 [ぎぶそん]
「…優平の分を、写せば良かったじゃん。」

彼の前の席に座り、私は思ったことを口にした。

「…友達を利用するなんて、そんなこと出来るかよ。」

彼が、歯を出してニカッと笑う。

決して賢くはないが、いい奴に違いないと確信した。
エリの彼氏であり、自分の男友達が、元基で良かったと思った。

⏰:09/01/14 23:28 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#47 [ぎぶそん]
そして、優平。

「真希、何してるの?」

今日の昼休みの時みたいに、私が一人で過ごしていると、ひょっこり現れてくれる。

殻に閉じこもりやすい私。
そんな私を、何かと気にかけてくれているのだろう。

あまり喋らない者同士、彼とは、同じ波長が漂っているのを感じる。

⏰:09/01/14 23:37 📱:SH705i 🆔:E1ThpYqg


#48 [ぎぶそん]
*感想板を作成しました
m(__)m

良かったら遊びに来て下さい!(^O^)/

bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4172/

おやすみなさい(v_v)

⏰:09/01/15 00:20 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#49 [ぎぶそん]
「真希、そろそろ帰らなくていいのー?」

「うん、いい。」

放課後、エリと繁華街にあるゲームセンターに何時間も入り浸る。
この頃、毎日のように来ている。

「門限守らなくて大丈夫なの?
お父さん、心配してるかもよ?」

「いい。」

ひたすら、画面のゲームに夢中になる。

⏰:09/01/15 13:16 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#50 [ぎぶそん]
夜9時過ぎ―

「おい真希、こんな時間まで、最近どこをほっつき回ってるんだ。
ケータイも電源切ってて繋がらないし。」

「…。」

家に戻り、既に帰宅している父に咎められても、無言のまま部屋まで駆けていく。

旅行の件以来、口を聞いていない。

⏰:09/01/15 13:22 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#51 [ぎぶそん]
「雨宮さんっ。」

数日後の休み時間、移動教室で廊下を歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

振り返ると、女子の三人組がそこにいた。
確か、優平と同じクラスの子たちだ。

声を掛けた一人の子は、走ったことによって、まだ息を切らしている。

「今週の日曜日、暇?」

「え!?まあ予定ないけど…。」

⏰:09/01/15 17:11 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#52 [ぎぶそん]
「良かったら、私たちと遊ばない!?」

「へっ!?」

行くか行かないか考える前に、何故?と思った。
彼女たちとは、まともに口を聞いたことがない。

「私たちね、雨宮さんみたいな綺麗な人と、いつも仲良くなりたいなって思ってて。
皆、雨宮さんに憧れてるんだよ?」

「は、はぁ…。」

悪い気はしなかったが、少し照れた。

⏰:09/01/15 17:17 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#53 [ぎぶそん]
特に用事もないのに断るのも失礼と思ったので、私は彼女たちと遊ぶことにした。

普段、エリ以外の女の子と休日にどこか出かけるということがないから、日曜日は接し方に戸惑うだろう。

次の授業を受けている間、新しい友達が出来るかもしれないという嬉しさに駆られた。

⏰:09/01/15 17:26 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#54 [ぎぶそん]
その日の夜。

「真希。真ー希ー。真希ちゃーん。」

「…。」

部屋のドア越しに、父が何度も声を掛ける。

「おーい。そろそろ口を聞いてくれー。」

⏰:09/01/15 17:57 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#55 [ぎぶそん]
「…旅行。」

「え?」

「旅行、行ってもいいよね?」

「…。」

父が、急に静かになる。
反対という気持ちは、変わっていないようだ。

「お父さんの分からず屋っ。」

⏰:09/01/15 18:52 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#56 [ぎぶそん]
「嫌い、お父さんなんか。」

「待ってくれ真希〜。
母さんを失った父さんは、お前まで失いたくないんだよー。」

父が、執拗にドアをノックする。

「…うるさい…。」

私は、簡単にいなくなったりしない。
私って、そんなに信用できない?―

⏰:09/01/15 20:41 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#57 [ぎぶそん]
これまで父には、極力、迷惑を掛けないように生きてきたつもりだ。

父は母さんを失くした悲しみを堪え、私を養ってきてくれたのだから。

でも…―
私だって、皆と同じように気兼ねなく遊んだり、楽しい思い出を沢山作りたい。

それなりに、青春を謳歌したい。

⏰:09/01/15 20:59 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#58 [ぎぶそん]
日曜日―

街中に立ってある銅像の前で、三人組を待つ。
張り切って、約束の時間より20分も早く着いてしまった。

「うわぁ!雨宮さん、私服も可愛いー!」

予定時刻を数分過ぎた後、三人組が揃ってやって来るのが、数メートル先から見えた。

竹下さんという、三人の中のリーダー的存在の子が、私を見つけると、急いで走ってきた。

⏰:09/01/15 21:31 📱:SH705i 🆔:w6Z68F9w


#59 [ぎぶそん]
私たちはまず、映画館に行った。

三人が私の好みに合わせてくれると言ったので、ゾンビを取り扱った内容の映画を観た。

「雨宮さんの趣味って、個性的だね、アハハ…。」

「で、でも!なかなか楽しかったね!」

館内を出た後、三人が様々な感想を述べる。

⏰:09/01/16 17:15 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#60 [ぎぶそん]
その後は、街をぷらぷらして目についた雑貨屋さんやブティック店を見て回り、気に入ったものがあれば購入したりした。

「んー。甘い。」

「雨宮さん、私のも食べてみて!」

一通り買い物を終えると、アイスクリーム屋さんに入った。

吉田さんという子が、私に自分のものを勧める。
以前、エリも同じようなことをしてくれたな、と思い出した。

同性同士ではしゃぐ楽しさが、だんだんと分かってきた。

⏰:09/01/16 17:31 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#61 [ぎぶそん]
「すっかり暗くなっちゃったねー!
雨宮さん、まだ帰らなくていい?」

時計の針は、8時を過ぎた所である。
家の門限は、とっくに過ぎていた。

「うん、大丈夫。」

私は今日も、父に無断で遅く帰ることを決めた。

「そう!じゃあ最後に、とっておきの場所に連れていってあげる!」

⏰:09/01/16 18:16 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#62 [ぎぶそん]
三人に誘導されるがまま、歩き続ける。

「…ここは?」

数十分後、町外れにある、廃墟されたビルに到着した。
薄暗く、薄気味悪い。

「ここはねー、私たちの秘密の!
誰も来ることはないから、ここで包み隠さず、色んな話をするの!
ガールズトークって奴ね!」

⏰:09/01/16 19:24 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#63 [ぎぶそん]
「ねぇ、雨宮さん?」

竹下さんが、じりじりと近づく。
その表情は、さっきまでの明るさを失っている。

「桜井くんとは、付き合ってる訳じゃないよね…?」

「…え…!?」

⏰:09/01/16 19:59 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#64 [ぎぶそん]
「優平とは、ただの友達だけど…。」

「…。」

私の返答に、竹下さんは何も反応しない。
シーンとその場が静まる。

ドンッ―

数分して、竹下さんが突然私の体を突き飛ばす。

「痛っ…。」

私は、その衝撃で尻餅をついてしまった。

⏰:09/01/16 20:57 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#65 [ぎぶそん]
「…あんたさえいなければ…あんたさえいなくなれば、桜井くんは振り向いてくれるかも知れないのに。」

取り乱す竹下さん。
残りの二人は、宥める気配もなく、黙ってそれを見ている。

「あんたは邪魔な存在なのよ!」

彼女らが今日、私を誘った理由を理解した。
私のことを、ずっと恨んでいたのだ。

⏰:09/01/16 21:04 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#66 [ぎぶそん]
「皆、出て来て。」

竹下さんの合図で、今まで隠れていたと思われる、ガラの悪そうな男たちがぞろぞろと登場する。

「雨宮さん、彼氏いないんでしょ?
私が紹介してあげるね。
ここにいる中から、好きなの選んでいいよ。」

竹下さんが、不気味な笑みを浮かべる。

⏰:09/01/16 22:24 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#67 [ぎぶそん]
「へぇ、なかなか可愛いじゃん。」

「ねぇ、俺らといいことしようよ?」

図体のデカい男と、金髪の男が近づく。

金髪の男が、私の左手首を掴む。

「離して…っ!」

私はその手を振り払い、パーカーのポケットから、携帯電話を取り出した。

⏰:09/01/16 22:29 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#68 [ぎぶそん]
「もしもし、エリ?…あっ!」

エリに助けを呼ぼうとするが、金髪の男に携帯電話をすぐに取り上げられた。

「なーにしてんの?
さあ、俺らと遊ぶよ?」

ニヤニヤと笑う金髪の男。

怖い…―

⏰:09/01/16 22:33 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#69 [ぎぶそん]
「あっ!あれ何だろう?」

私は建物の中の、遠くを指差した。

私のそのしぐさで、男たちが一斉に指差さす方を確認する。

私はその隙に、その場を勢いよく走り出した。

古典的なやり方が、結構容易に通用した。

⏰:09/01/16 22:38 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#70 [ぎぶそん]
廃墟ビルから出て、ひたすら一直線に走り続ける私。
徒競走には少し、自信があった。

「待てー!」

後ろから、男たちが追ってくる。

とりあえず、人気の多い所に―

⏰:09/01/16 22:43 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#71 [ぎぶそん]
「あっ…!」

足がそろそろ疲れ切ってしまいそうな時に、私はつまづいてしまった。

遂に、追っていた男たちとの距離はなくなってしまった。

「雨宮さん、逃げるなんてひどいわね。
せっかく私たち、今日誘ってあげたのに。」

私を取り囲む男たちの中心に、竹下さんが腕組みをして仁王立ちをする。

⏰:09/01/16 22:49 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#72 [ぎぶそん]
「…私が消えたとしても、優平はあなたを好きになったりなんかしない!」

私は地面に倒れたまま、竹下さんの目を見て言った。

「何ですって!
皆、好きにやっちゃっていいよ!」

私のその一言は、彼女の怒りの導火線に触れてしまった。

もうダメだ…―

⏰:09/01/16 22:54 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#73 [ぎぶそん]
全力で走った後で、立ち上がる気力は残っていなかった。

そして、恐怖に立ち向かう勇気もなかった。

お父さん、ごめんなさい。
きちんと門限を守っておけば、こんなことにならなくて済んだのに―

だんだんと、意識が遠退いていく。

帰りたい、お父さんが待ってる家に―

⏰:09/01/16 23:00 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#74 [ぎぶそん]
「ちょーっと待ったー!」

頭の奥の方で、聞き慣れた声がする。

「ああ?何だテメーは!?」

一人の男が、その人に向かって威圧する。

「俺は、今そこで倒れている子の父親だ。」

お、お父さん…!?―

私は、うっすらと目を開けてみた。
ラフな格好をした父の姿が、そこにはあった。

⏰:09/01/16 23:08 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#75 [ぎぶそん]
「げっ、親父かよ…。」

「おい、警察沙汰になる前にズラかろーぜ。」

男たちはこぞって、その場を走り去っていった。

「真希っ。大丈夫!?」

エリが私の元に駆け寄り、私の体を抱える。

「…エリ?どうしてここが分かったの…?」

「最近、この辺の廃墟ビルで、不良軍団が何やらしてるって聞いたから、もしかしたらって…。」

⏰:09/01/16 23:18 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#76 [ぎぶそん]
「ちょっと!真希に何てことすんのよ!
この責任は、みっちり取ってもらうからね!」

エリが、竹下さんたち三人に向かって怒鳴る。

三人は、オロオロとし始め、今にも泣きそうだった。

「ま、待ってエリ…。
そんなに三人を責めないで…。」

⏰:09/01/16 23:22 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#77 [ぎぶそん]
「例え私を陥れる為の芝居だったとしても、今日一日、凄く楽しかったよ…。」

「真希…。」

嘘ではなかった。

交友関係が少ない私としては、エリ以外の女の子と遊ぶのが、
非常に新鮮で、新しい自分とまた出会えた気持ちになった。

⏰:09/01/16 23:29 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#78 [ぎぶそん]
「ごめんなさい…雨宮さん…。」

三人が私に謝りながら、声を上げて泣き出す。

「今度真希を誘う時は、私の許可が必要だからね!」
エリが、きつく三人に言う。

「うん、うん…。」

ふう、これで一件落着…―

長い休日が、終わろうとしていた。

⏰:09/01/16 23:35 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#79 [ぎぶそん]


「膝、派手に擦りむいちゃったなー。
帰ったら消毒だな。」

父が私をおんぶをしながら、家まで帰宅する。


「お父さん、心配かけてごめんなさい…。」

「おっ、今日はやけに素直だな!」

「お父さんこそ、全然怒らないね。」

⏰:09/01/16 23:40 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#80 [ぎぶそん]
「母さんもなー、学生の時、今日みたいに女子から恨みを買われてたなー。」

「へぇ、どうして?」

「そりゃ、父さん絡みだろー。」

「…自分で言わないでよ…。」

「ハハハ。
まあ、母さんは同性から妬まれやすかったな。
男子の注目の的だったし。」

⏰:09/01/16 23:45 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#81 [ぎぶそん]
「…竹下さんたちのこと、学校に言ったりしたらダメだよ?」

「はいはい、お嬢様。
やっぱ、そういうところが母さんに似てるな!

母さんも、いつも『あの人たちを責めたりしないで』って、最後に言ってたわー。」

「…。」

⏰:09/01/16 23:50 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#82 [ぎぶそん]
「…お父さん。」

「何だ?」

「…今日こんなことがあったし、旅行はもう行っちゃだよね。」

本当は一人だけ行けないのは寂しいが、父をこれ以上不安にさせたくないので、諦めることにした。

⏰:09/01/16 23:55 📱:SH705i 🆔:enD1izvA


#83 [ぎぶそん]
「…エリちゃんって、お前と比べて随分ちっちゃいのに、パワフルな子だよな。」

「え?うん。」

「彼女、『お父さん、真希が危ないかもです』って、真っ先に俺んとこに連絡してくれたんだぞ?

その後はー、めぼしい所を駆けずり回って。」

「うん…。」

私の為に必死になってくれたエリを思うと、胸がキュッと締め付けられる。

⏰:09/01/17 00:00 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#84 [ぎぶそん]
「…向こうに行ったら、一日一回は連絡すること!」

「えっ?」

「友達との旅行、楽しんで行ってこい!」

「お父さん…。ありがとう…。」

背中越しに、遂に父の承諾を得た。

⏰:09/01/17 00:04 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#85 [ぎぶそん]
「お父さん!」

「何だ?まだ何か不満があるのか?」

「さっき、私のピンチに駆け付けてきた時の姿…かっこよかったよ。」

父の首に回してる両腕を、ギュッと更に力を入れる。
目をつむり、父の背中に顔をうずめる。

お父さんの匂い、安心するな―

⏰:09/01/17 00:09 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#86 [ぎぶそん]
真希、真希ってうるさくて、
いつまでも幼い子供みたいに私を扱う所が、時々"ウザい"と感じる。

でも、いざという時は私の気持ちを一番に解ってくれるんだ。

男手一つで、ここまで育てるの、大変だったよね…?

いつもありがとう、お父さん。

―Chapter01 END.―

⏰:09/01/17 00:19 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#87 [ぎぶそん]
Chapter02
「恋という感情」

⏰:09/01/17 11:57 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#88 [ぎぶそん]
「真希、どっか転んだのかそれ。珍しいな。」

「え、うん。」

数日後の学校―

優平には、竹下さんたちとの出来事を言っていない。
もし私が告げたりすれば、彼は彼女らを、これから軽蔑の眼差しで見ることになるだろう。

⏰:09/01/17 12:03 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#89 [ぎぶそん]
「雨宮さーん!
一緒に購買行こう!」

教室のドアの前で、数人の女子が私を呼ぶ。

「お前、竹下たちと仲良いんだ?」

「うん。じゃあ、またね優平。」

あの日以来、竹下さんたちとは、穏和な関係を築けている。

⏰:09/01/17 16:42 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#90 [かほ]
おもしろいです
更新たのしみです!!

⏰:09/01/17 16:44 📱:D903iTV 🆔:86aXJrCk


#91 [ぎぶそん]
かほさん☆

ありがとうございます(^o^)
毎日は更新するつもりです(>_<)/!!

⏰:09/01/17 16:50 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#92 [ぎぶそん]
「雨宮さん、私桜井くんのことは諦めるから!」

「えっ。うん。」

「自分でも分かってたの、桜井くんは遠い存在だって。」

購買でお菓子を選んでいる時、竹下さんにこんなことを言われた。

⏰:09/01/17 16:55 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#93 [ぎぶそん]
優平は、成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗ということもあって、女子からそこそこの人気があるそうな。

中には抑えられない気持ちを、告白という形で告げた者もいるという。

恋か―

私にはまだ、よく分からない感情だ。

私もいつかこないだの竹下さんみたいに、
一人の人を思う余りに、
自分自身を狂わしてしまうほどの心に、出会ってしまうのだろうか。

⏰:09/01/17 17:06 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#94 [ぎぶそん]
放課後―

「ねぇ、エリ。」

「ん?」

「人を好きになるって、どんな感じ?」

「何々ー!?真希、気になる人でも出来たのー!?」

教室の前のベランダに出て、私はエリに質問をしてみた。

⏰:09/01/17 18:47 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#95 [ぎぶそん]
「そうじゃないんだけど、どうして男の人がたくさんいる中で、エリは元基を好きになったのかなーって。」

グラウンドを眺めると、元基と優平が、サッカー部の練習に明け暮れていた。

「んー!
例えば、真希はメロンパンが好きでしょ?
人を好きになるなんて、それと一緒よ!」

「へ!?それだったら私、お父さんやエリにも恋してることになるよ?」

⏰:09/01/17 18:54 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#96 [ぎぶそん]
「んーっとね、メロンパンを食べてる時、すっごく幸せでしょ?

これが異性の間で言うと、『会話してるだけで楽しい』って気持ちかな?

でも、二日三日経って『そろそろ食べたいなー』って思ったんだけど、メロンパンは売り切れてて…
『ああ、早く食べたい、早く食べたい』って。
あんパンやカレーパンには目もくれず!

これが異性の間で言う、『会いたい』って気持ち!これが恋よ!」

⏰:09/01/17 19:04 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#97 [ぎぶそん]
「よく分かんないけど…好きな人とメロンパンは似てるんだね?」

「ん、んー…?
まあ、真希にもその内、理解する時が来るって!」

「うん。」

恋ってきっと、楽しいんだろうな…―

得意げなエリの顔を見て、何となくそう思った。

⏰:09/01/17 20:00 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#98 [ぎぶそん]
数日後。
放課後、私は学校のすぐ近くにある本屋に来ていた。

「…雨宮!?」

「…秀先輩!」

参考書を物色していると、中学の時の一つ上の先輩に偶然会った。

⏰:09/01/17 20:14 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#99 [ぎぶそん]
寺岡秀一郎先輩。
現在、私の学校で生徒会長を務めている。

180センチの高身長に、爽やかな見た目。
掛けている眼鏡が、知的な印象を与える。

中学の時、委員会で一緒になったことがきっかけで、学校ですれ違えば、話す程度の仲になっていた。

⏰:09/01/17 20:23 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#100 [ぎぶそん]
「秀先輩、それT大の試験問題じゃあ…!」

先輩が手にしている本を指差して、私は言った。

「ん?ああ、とりあえず今年受験してみようかなって。」

「とりあえず、って言えるレベルじゃないですよ!」

知り合いの先輩は、日本一の大学に挑もうとしていた。

⏰:09/01/17 23:47 📱:SH705i 🆔:6QbR1UbY


#101 [ぎぶそん]
「雨宮、これ解けるか?」
先輩が、違う参考書の四沢問題のページを開いて、私に示してきた。

「えっとー…答えはAかな?」

「うん、正解!
大変よくできました!」

笑顔で私の頭を撫でる先輩。

⏰:09/01/18 17:54 📱:SH705i 🆔:ta6MnWi2


#102 [ぎぶそん]
「…。」

先輩のそのしぐさに、一瞬言葉を失った。

「先輩、やっぱり受験って大変ですか?!」

「んー、まあそれなりに!」

先輩が、動かしていた手を離す。

⏰:09/01/18 18:01 📱:SH705i 🆔:ta6MnWi2


#103 [ぎぶそん]
「そうだ!今度一緒に図書室で、勉強会をやらないか?」

「私はいいですけど…、
私、先輩の邪魔になりません?」

「可愛い後輩が隣にいる方が、俺もやる気出るし!」

先輩が、和らげに微笑む。

⏰:09/01/19 14:30 📱:SH705i 🆔:i.Bivc7o


#104 [ぎぶそん]
その日の夜―

「お父さんは、お母さんのどこに惹かれたの!?」

夕飯の準備をしながら、父に質問をする。
父とこういった話をするのは、普段全くない。

「母さんはなー、何と言うか、たんぽぽみたいな人だったなあ。」

「…どういう意味?」

⏰:09/01/20 20:46 📱:SH705i 🆔:3P45rEZ2


#105 [ぎぶそん]
「薔薇やガーベラのような華麗さはないけれど、
雑草と共存しながら、慎ましく道幅にひっそりと咲くような…
よく見てみると、綺麗な花をつけていて、確かな魅力を持っているんだ。」

「ふぅん。」

それがお父さんなりの、愛した人の見方なんだ―

⏰:09/01/20 20:53 📱:SH705i 🆔:3P45rEZ2


#106 [ぎぶそん]
数日後、私は約束どおり秀先輩と、放課後図書室で一緒に勉強することになった。

静まり返った室内で、黙々と明日提出の課題に取り組む。

隣の先輩は、何やら数学を解いていた。

⏰:09/01/21 05:25 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#107 [ぎぶそん]
(秀ちゃん秀ちゃん、ここの問題教えて!)

途中で、室内にいた女の先輩が秀先輩に小声で近付き、分からない所を聞きにくる場面があった。

ひそひそとやり取りをする二人。

優しく問題を解説する先輩を見て、生徒会長に選ばれるだけあって、人望が熱い人だと思った。

⏰:09/01/21 18:26 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#108 [ぎぶそん]
外の景色が暗くなった所で勉強会を終了し、帰り道を先輩と二人で歩く。

「雨宮は、進路は決まったか?」

「いえ、まだ全然…。」

「まあ俺も、二年の終わり頃に決めたから、そんなに焦らなくて大丈夫!」

先輩が私の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれた。

⏰:09/01/21 18:33 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#109 [ぎぶそん]
「あ、そうだ…。」

一本道の途中にあった自販機の前で、先輩が立ち止まった。

カバンから財布を取り出し、飲み物を買う先輩。

「はいっ。今日付き添ってくれたお礼。」

「え?」

先輩が、たった今買ったばかりのオレンジジュースを私に差し出した。

⏰:09/01/21 19:02 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#110 [ぎぶそん]
「じゃあ、俺ん家すぐそこだから…気をつけて帰れよ!」

「あ、はい!」

先輩が笑顔で、"バイバイ"と手を振る。

先輩の大きな背中を、私は見えなくなるまで見ていた。

⏰:09/01/21 19:11 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#111 [ぎぶそん]
次の日―

「…さん!雨宮さん!」

朝のホームルームが終わって、席に着いたままポーッとしていると、誰かに呼ばれているのに気がついた。

「あ、ごめんなさい…ってますちゃん!何?何か用?」

そこには、クラスメートの男子がいた。

⏰:09/01/21 19:20 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#112 [ぎぶそん]
増山光太。
通称 ますちゃん。

野球部に所属している、イガ栗頭の小柄な少年。

一年の時も同じクラスで、当時は元基がよくからかっていた。

天然ボケな性格なので、やられキャラかつ愛されキャラな人物である。

⏰:09/01/21 19:31 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#113 [ぎぶそん]
「何か用?じゃなくて、英語係の仕事。」

私とますちゃんは、クラスで同じ係を担当している。

ますちゃんの机の上には、今日提出となっている、クラスの人数分のノートが重なっていた。

「あっ、ごめん。
一人でさせちゃって。」

「まあ、とりあえず雨宮さん半分持って。
職員室まで運ぶよ。」

⏰:09/01/21 20:05 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#114 [ぎぶそん]
「二人ともご苦労様。」

職員室に入り、英語を担当する女の先生に、二人でクラス分の課題を渡した。

教室まで再び戻ろうと職員室を出る途中で、誰かに肩を叩かれた。

「雨宮、おはよう!」

「秀先輩…!」

秀先輩と私は、ちょうど職員室を入れ違いになったようだ。

⏰:09/01/21 20:32 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#115 [ぎぶそん]
昼休み―

「雨宮さん、最近物思いに耽ってるねー。」

教室前のベランダに一人出て空を眺めていると、ますちゃんが近くに寄って声を掛けてきた。

「…ますちゃんは、今恋してるの?」

私は彼の目を見て言った。

「えぇ!唐突な質問だね!
あいにく、僕にはそういうのに縁がないよ…。」

⏰:09/01/21 20:41 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#116 [ぎぶそん]
「…私、今まで恋愛とかよく分からなかったんだけど、もう高二にもなるし、危機感感じた方がいいのかなって。」

エリと元基の仲睦まじい姿や、女子たちが集まってする恋愛についてのトーク、
そして、現に自分の母親は、今の私と変わらない年齢の時に、お父さんと恋に落ちてた。

私たちの年代は、恋愛に興味津々であって、恋愛というものを学び取る頃。

特に感心も持たない私って、変なのかな?―

⏰:09/01/21 20:50 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#117 [ぎぶそん]
「んーっ、俺は恋ってしようと思って出来るものじゃないと思うな!
雨宮さんも、実際そうじゃない!?」

「うん、うんっ。」

へたれキャラなますちゃんの言葉に、思わず頷く。

「恋する機会ってね、誰の前でも現れてくれると思う。
でも、それは本当に突然の出来事なんだ。
だから雨宮さんも、焦らなくていいと思うよ!」

⏰:09/01/21 20:58 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#118 [ぎぶそん]
放課後―

屋上に来て大の字にねっころがり、ゆっくりと考え事を始める。
私の好きな時間。

空はだんだんと、夕焼け色に差し掛かる所だ。

今日は昼休みのますちゃんの台詞が、心地よく響いている。

無理に恋愛を求める必要は、今の私にはないと感じた。

⏰:09/01/21 21:11 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#119 [ぎぶそん]
「お母さんは、お父さんのどこが良かったの…?」

空にいるであろう母に問い掛ける。

無言の返事が空に反映するだけだが、こんな風に語りかけるのは、私の幼い頃からの習慣だ。

私は父親としての雨宮城はよく知っているが、男としての雨宮城は全く分からない。

きっと、お母さんにとって、父には何かグッとくる所があったのだろう。
だから、こうして私が生まれた。

⏰:09/01/21 21:20 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#120 [ぎぶそん]
「お父さんね、お母さんのこと、たんぽぽみたいな人って言ってたよ。」

そして、質問だけじゃなく、報告をするのも欠かさない。

最近お父さんがこんなことをしたとか、今こんなことを私は思っているとか。

天国という所はどんな場所であるのか、若しくは天国という所が存在してるのかすら不明だけれど、
母は私の話をどこかで聞いてくれていると信じている。

⏰:09/01/21 21:30 📱:SH705i 🆔:NQBrsBvY


#121 [ぎぶそん]
「私も、愛されるならお父さんみたいな人がいいなあ…。」

母が亡くなってもう十年以上が経つのに、今でも同じ愛情を母に抱く父。

一人の人を思い続けるのって、簡単に出来そうで、以外と難しいのではないだろうか。

その善し悪しは人それぞれだけど、真実の愛というものは、ランダムに歩いて見つかるものとは思えない。

⏰:09/01/22 00:27 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#122 [ぎぶそん]
運命の人―
もしいるとするならば、もう既に出会っているのかな?

「えっとー、私の知り合いの男の子と言ったら、ますちゃんに、福内くんに箕輪くん…
うーん、皆そんな風に思えない…。」

17歳でそんな決断に至るのは、到底早いか―

⏰:09/01/22 00:42 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#123 [ぎぶそん]
「…あっ!」

私は一人の存在を思い出した。

寺岡秀一郎先輩。

彼は私から見ても、素敵な人だと思う。
誰に対しても優しくて、頼りがいがあって、勉強熱心で。

恋人にするなら、文句なしの人だろう。

⏰:09/01/22 00:48 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#124 [ぎぶそん]
「もし秀先輩を好きになったら、これから先どんな風になるんだろう…?」

未知なる世界のことを考えると、トクトクと胸が高鳴る。

その時だった。

「真ー希っ。」

仰向けに寝ていた私の前に、誰かがニョキッと顔を出してきた。

⏰:09/01/22 01:00 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#125 [ぎぶそん]
「わっ!…って優平!?」

いつかの昼休みの時と同様、その相手は優平だった。

私は思わず、体を起こした。
ここまでのシチュエーションは、この間と全く一緒。

「アハハ、これで二回目だね、びっくりさせたの!
真希のこと探してたんだ。
…はいこれ、借りてた本。」

彼が私に、二週間位前に貸した小説を差し出す。

「これを届ける為にわざわざ屋上まで来たの?
別にいつでも良かったのに。」

⏰:09/01/22 01:16 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#126 [ぎぶそん]
「んー…真希って何か気になるんだよな!」

「え?」

「何かあったら、一人でしょい込んでないで、俺やエリらに言うこと!
全然頼ってくれて構わないから!」

「うん。」

私っていつも、そんな風に見えてた?
妙な心配をかけさせていたのなら、ごめんなさい―

⏰:09/01/22 01:31 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#127 [ぎぶそん]
「じゃあ俺、今から部活だから。」

「うん。本、ありがとね。」

ここに来て数分も経たない内に、彼は去っていった。

そういえば、優平も一応、今までに出会った男の子の内の一人に違いない。

それでも、彼もますちゃんたち同様、"運命の人"からは除外か。

私たちは、異性ということを忘れるくらい、ずっと友達として付き合ってきたのだから―

⏰:09/01/22 01:41 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#128 [ぎぶそん]
その後、私も教室に戻り、エリと下校することになった。

「あっ、そうだ!
一つ言い忘れてた。」

「何?」

「恋はねー、甘いばかりじゃないの!
メロンパンをかじった時、苦いと思う時もある。」

「そんなことってあるの?」

ベーカリー屋が見えてきた所で、エリがいつかの例え話の続きをしてきた。

甘くないメロンパンなんて、聞いたことがないよ―

⏰:09/01/22 12:30 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#129 [ぎぶそん]
「楽しいことばかりじゃないってこと!
嫌なことや辛いこともそれなりにあるのよ。」

「へぇ、そうなんだ。
じゃあ、エリは何が楽しいと思えなかった?」

「付き合う前、元基が他の女の子と喋ってる時、いい気はしなかったかなぁ。
ま、ヤキモチって奴よ。」

「ふぅん。」

ヤキモチか。
恋をしてる特徴の一つかな―

⏰:09/01/22 12:38 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#130 [ぎぶそん]
数日後―

「昨日のお笑い番組観た!?」

「うん、面白かったねー。」

朝のホームルームが終わって、私はますちゃんと、職員室までクラス分の英語のノートを持って行っていた。

彼と思いついた話題を提供しあいながら、廊下を歩く。

⏰:09/01/22 14:50 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#131 [ぎぶそん]
職員室がある一階まで、階段を降りている時だった。

「あっ…。」

ある光景が目に入ったので、ふと立ち止まった。

「どうかした、雨宮さん?」

秀先輩と女の先輩が、こちらとは反対に、階段を上ってきていた。

⏰:09/01/22 15:27 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#132 [ぎぶそん]
数秒して、秀先輩もこちらに気づいた。

「おう、雨宮!
最近よく会うな!」

先輩が手の平で礼のポーズをしながら、いつもと変わらない笑顔を見せる。

隣の女の人は、さっきまで楽しそうな顔をしていたが、先輩がこちらに挨拶を始めた途端、無表情になった。

この女の先輩、見たことがある。
確か、副生徒会長の人―

⏰:09/01/22 15:38 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#133 [ぎぶそん]
「…あの二人、デキてるって噂、本当かなー。
生徒会カップルって奴かぁ!」

二人とすれ違った所で、ますちゃんが隣でひそひそと話す。

「女の人の名前、何だっけ?」

「本条まどか先輩!
優等生っぽいよね。」

本条先輩。
一瞬、私を睨んだのは気のせいではない気がする。

二人の関係は知らないけれど、彼女は秀先輩のこと、好きなんだろうな―

⏰:09/01/22 15:53 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#134 [ぎぶそん]
「…雨宮さんが最近、恋愛についてやたら知ろうとしてるのは、もしかしてあの生徒会長さんが気になるとか?」

「へっ?」

私より身長が低いますちゃんが、訝しい目つきでこっちを見上げながら、私に問いただす。

「…あの人のこと、好きなの?」

⏰:09/01/22 16:03 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#135 [ぎぶそん]
「…違うよ、ますちゃん。」

私はその場で、ピタリと立ち止まった。

「え?」

彼のくりくりとした丸い目が、更に大きく丸みを帯びる。

「私、さっきヤキモチを妬かなかった。」

いつもそう。

秀先輩が、他の女の人と一緒にいても話してても、私は特に何も感情を抱かない。

⏰:09/01/22 16:11 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#136 [ぎぶそん]
秀先輩は、素敵な人だと思う。

笑顔は似合うし、体全体からいつも誠実さが滲み出てていて、悪い噂は一つも聞かない。

恋人にするなら、文句なしの相手だと思う。

でも…、だからと言って、それが「恋」に対する「好き」と繋がるとは限らないんだね―

⏰:09/01/22 17:18 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#137 [ぎぶそん]
夜になって、家でテレビを観ながら、父の帰りを待っていた。

今日の夕飯は私の担当だけど、父からメールで「何もしなくていい」という指示を受けた。

8時過ぎ頃、ドアの開く音が聞こえた。

「よーし、今日はラーメンでも食べに行くかー。」

ネクタイを緩めながら、父が言う。

「うん。」

月に二度は、こうして外食をすることがある。

⏰:09/01/22 17:58 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#138 [ぎぶそん]
父と歩いて、近所にある小さなラーメン屋さんに向かう。

「おっ!城くんに真希ちゃん、久しいね!」

店に入ると、顔なじみである店長の保(たもつ)おじさんが、暖かく私たちを迎える。

店自体はこじんまりとしているが、ラーメンの味や店内のアットホームな感じが、会社員や中高年の人たちに好評で、常連客が後を絶えない。

私も、小さい時からよく父にここに連れて来てもらっていた。

⏰:09/01/22 18:09 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#139 [ぎぶそん]
「真希ちゃん、大きくなる度に、べっぴんさんになっていくねぇ!
うちのせがれの、嫁さんにならんかい!?」

カウンター越しに、ラーメンを作る保おじさんと冗談混じりの話をする。

「真希は父さんと結婚するんだよな!?」

横から割り込む父。

「…気持ち悪い…。」

「…!!ちっちゃい頃はよく言ってくれてたのに…。」

⏰:09/01/22 20:07 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#140 [ぎぶそん]
「ハハハ。城くんの親バカぶりには敵いませんなぁ!」

ゲラゲラと笑いながら、保おじさんが私たちの前に、二人分のラーメンを出す。

「でも真希ちゃん、俺は城くんは、立派な父親だと思うぞぉ!?

仕事と家庭を両立させて、真希ちゃんをここまで大きく育て上げたんだから!」

「うん…。」

保おじさんの言葉に何も返さず、父はただひたすら麺を啜っていた。

⏰:09/01/22 21:17 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#141 [ぎぶそん]
「有難うございましたー!」

ラーメンを食べ終え勘定を済ませると、店員さんの威勢のいい声に包まれながら、店を後にする。

「はー、食った食ったー。
よーし、今から公園行こう!」

「は!?」

「いいからいいから!
昔みたいに遊ぶぞ!」

店の前で、子供のようにはしゃぐ父。
―お酒は飲んではいないはず…。

⏰:09/01/22 22:03 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#142 [ぎぶそん]
父の無邪気さに根負けし、家から数十メートル先にある公園にやって来た。

住宅街の中にひっそりとある、小さな公園である。

二人で、息が合わさったかのように、ブランコに乗った。

「ついこの間まで、真希も砂遊びに夢中になってたと思うのになぁ!
時間が経つのは早いもんだな!」

「うん。」

キーコ、キーコとブランコの揺れる音だけが、夜の閑静な住宅街に響き渡る。

⏰:09/01/22 22:23 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#143 [ぎぶそん]
「…真希は将来、どんなお婿さんを連れて来るんだろうなぁ?」

「その前に、恋愛が出来るのかどうかが問題だよね。」

「今、学校で気になる人とかいないのか?」

「んー…、うん。」

⏰:09/01/22 22:32 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#144 [ぎぶそん]
「あっ、お父さんと正反対な人ならいるよ。」

「んん!?それはかっこよくなくて、運動オンチで、勉強が出来ない男か!?」
「ううん。落ち着きがあって、賢くて、大人な人ー。」

クスクスと笑う私。

こうして父をからかうのが、私たちの間では時々交わされるやり取りになっている。

⏰:09/01/22 22:42 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#145 [ぎぶそん]
「真希。」

「…何?」

「父さんはな、いつまでも真希には自分だけの娘でいてほしいが、父親こそ娘の幸せを願わなくちゃな。

現に父さんと母さんも、若い内に籍を入れたし。」

「…うん?」

⏰:09/01/22 22:48 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#146 [ぎぶそん]
「父さんは、真希が『この人!』って決めたのなら、文句は言わないから!」

「うん。」

「真希、母さんがいなくて、寂しい思いばかりさせてごめんな。

でも、決して母さんは責めないでやってくれ。
そのかわり、父さんは思う存分責めていいから。

真希、絶対に幸せになれよ!って、まだ高校生にこんな話は早いか。」

「お父さん…。」

⏰:09/01/22 22:55 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#147 [ぎぶそん]
「よーし、そろそろ帰るか。
ドラマが始まる。」

腕時計で時間を確認した父が、ブランコから降りる。
「今日はお月様が真ん丸だなぁ。」

夜空にある、黄金の物体を指を指す父。

「うんっ。」

今日はいい夢が見れそうだ―

⏰:09/01/22 23:32 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#148 [ぎぶそん]
それから家までの道のりを、父の一歩後ろから歩く私。

父の広い背中に、これまでの苦労と努力と、たくましさを感じた。

「…結婚するなら、お父さんみたいな人かな…。」

「ん?何か言ったかー!?」

「なーんでもない。」

お父さん、私、絶対幸せになる―

⏰:09/01/22 23:34 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#149 [Gibson]
*名前を気分でローマ字にさせて頂きますm(__)m

今日は寝ます☆
もしよろしければ、こちらに遊びに来て下さい\^ヮ^/
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4172/

また明日更新します(^^)q

⏰:09/01/22 23:47 📱:SH705i 🆔:NxZoRz9Q


#150 [Gibson]
それは6月の、梅雨の時期真っ只中のことでだった。

「…38度4分。
完全に熱だな。」

「…。」

朝起きると、すさまじいほどの体の怠さを感じた。

「今日は学校、休みだな。」

寝ている私の額に、手を当てる父。

⏰:09/01/23 13:03 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#151 [Gibson]
「…はあ、心配だな。
こりゃ、一人にさせられないわー。」

「何言ってるの。
仕事に穴開けるなんてダメだよ!?
私なら大丈夫だから、今日は薬飲んでずっと家で寝ておく。」

私は出来る限り、平気な風に振る舞った。

「ごめんな、真希…。」

⏰:09/01/23 13:07 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#152 [Gibson]
カチカチカチ…―

壁掛け時計の、規則正しく刻む音だけが室内で聞こえる。

私は瞼を閉じて、ひたすら眠り込む体制になっている。

先程、エリから欠席を心配するようなメールが届いていた。

⏰:09/01/23 13:21 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#153 [Gibson]
熱を出したのは、記憶では中学一年が最後だった。

小学校低学年の時は、体調が悪くなったら、父が仕事を休んで病院に連れていってくれたり、看病してくれたりしていた。

父の実家は、遠く離れた県外にある。
だから私は、祖父や祖母に会ったことは、二・三度くらいしかない。

頼りになるべき肉親がそばにいなくても、父は近所の人も全く当てにしなかった。

なるべく、親としての役割を果たしたかったのだろう。

⏰:09/01/23 13:34 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#154 [Gibson]
小さい時は病気の時に付き添ってくれる有り難みに気がつかなかったが、
大きくなるにつれて、次第に申し訳なく感じた。

会社の人に、悪いように思われたりしていないかとか、会社を首になったりしたらどうしようとか。

それからは意識して、健康管理には心を配ってるつもりであった。

しかし、今回はちょっとした自分の不注意で、高熱を発生させてしまった。

でも大丈夫だ。
私も一人でいても特に不自由ない年齢になったから。

⏰:09/01/23 13:47 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#155 [Gibson]
「…お母さん、今自分を悪く思ってる?…」

窓の外に目をやり、梅雨の最中の、灰色のじめじめとした景色に向かって問い掛ける。

―そばにいてあげられなくて、ごめんなさい―

病気になる度に、そんな言葉を何度も叫ばれているような気持ちになる。

「…お父さんもお母さんも、全然悪くないよ…。」

⏰:09/01/23 14:02 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#156 [Gibson]
ピンポーン、ピンポーン―

「…ん…。」

ずっと寝ていたが、夕方近く家の呼び鈴の音で目を覚ました。

ベッドから起き上がり、Tシャツにジャージと部屋着の格好のままで、玄関のドアを開けてみた。

⏰:09/01/23 14:09 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#157 [Gibson]
「…えっ…!」

そこにいたのは、男友達の優平だった。

「エリから休んでるって聞いて。
皆で押しかけるのも迷惑だろうからって、俺が代表して見舞いに来た。」

いつも学校で見ている優平が、そっくりそのまま家の前にいる。

突然の訪問に、私は驚きを隠せなかった。

とりあえず、彼を家に入れた。

⏰:09/01/23 14:16 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#158 [Gibson]
初めて上がった私の家に、若干キョロキョロと辺りを見渡す優平。

「真希が熱なんて珍しいな。
はい、これ今日配られたプリント類。」

「ありがと。」

彼に差し出されたものを、受け取る私。

「今日ちゃんと食べた?」

「んー…ううん。」

⏰:09/01/23 14:27 📱:SH705i 🆔:xMFSml2U


#159 [Gibson]
「じゃあ、今からこれ剥いてあげるから。台所借りていい?」

彼が右手に握りしめている、スーパーの袋を掲げる。

いくつかの赤く丸々とした球体が、かわいらしく透けて見えていた。

そして、彼は袋を一旦キッチンの上に置くと、「とりあえずゆっくり寝てて」と言いながら、後ろから私の背中を押す。

⏰:09/01/24 00:57 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#160 [Gibson]
私は誘導されるがまま、リビングのソファーに横になることにした。

我が家はダイニングキッチンの造りになっているので、彼からも自分からも、目の届きやすい位置にいることになる。

「優平、今日の部活は?」

「早くに上がって来た。」

壮快に切れるりんごの音を挟みながら、彼と会話をする。

⏰:09/01/24 01:18 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#161 [Gibson]
サッカー部の練習は、いつも暗くなるまでやっていると聞いている。

きっと彼は、今日は私の見舞いの為に途中で切り上げてきたのだろう。

申し訳ないという思いに駆られようとした時、

「エリは料理出来ないし、元基の元気さは病人にとっちゃ、かえって煩わしいだけだし。
だから俺が来た。」

と、彼が私の気持ちを察したかのように、細かい訳を冗談混じりに話してくれた。

玄関の前で言っていた"代表"の意味を、そこで理解した。

⏰:09/01/24 02:01 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#162 [Gibson]
細かく切ったりんごを乗せた皿を持ち、彼が寝てる私の目の前に、しゃがみ込んできた。

「はい、どうぞ。」

上体を起こし、彼に差し出されたフォークで一つずつ口に入れる。

痛くて渇いた喉に、りんごの水分が程よく吸収される。

⏰:09/01/24 04:06 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#163 [Gibson]
「…今みたいに、病気になった時は大変そうだな。」

ついさっきまで看病なしで過ごしていた私を、彼が気の毒そうな眼差しで見つめる。

その綺麗な瞳が、ほんの微かに湿り気を帯びる。

「別に何ともないよ。」

無表情のまま、次のりんごを口に運んだ。

何故、自分が人に冷めた印象をよく持たれるか、一番理解できる瞬間だ。

⏰:09/01/24 04:34 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#164 [Gibson]
「…さっきの言葉、気に障ったのならごめん。

でも俺、真希の家庭環境を不幸せだとか思ったことは一度もないよ。

家のことはいつも、生き生きとした表情で話してくれるし。」

彼が軽やかな手先で、りんごの欠片を一つ摘んだ。

父のことはいつも、「うざい」「恥ずかしい」などの表現で紹介しているつもりだったが、
それが愛情と信頼の裏返しだということを、
今ここにいる彼は読み取っていてくれていたらしい。

⏰:09/01/24 05:26 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#165 [Gibson]
その次に彼は皿をテーブルの上に置き、腰を上げた。

リビングの隅に向かい、棚の上に飾ってある、白い写真立てを手に取る。

幼稚園の頃、父とラベンダー畑に行った時の瞬間が収められている。

一面紫の花に囲まれて嬉しそうな私を、満面の笑みで抱き抱えている父。

⏰:09/01/24 06:48 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#166 [Gibson]
「…真希は本当に、大事に育てられてきたんだなぁ。」

写真の中の二人に向かって、彼が微笑む。

「俺ん家って無駄に広くてさ、形式や建前気にして、何か全体的によそよそしいんだよね。

親や兄弟より、使用人と多く接してきた気がする。」

ハハハ、と目を細めて笑う優平であったが、寂しさを押し隠すような、そんな表情にしか見えなかった。

⏰:09/01/24 13:25 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#167 [Gibson]
優平の父は、歴代が設立した会社の社長を務めており、桜井家は由緒正しい家柄だという噂を、ちょくちょく耳にしたことがある。

彼が私やエリらを家に一度も招かないのは、そんな部分に対して、自分と距離を感じて欲しくないからであろう。

繊細さ故、彼も何か思う部分があったということを、今日ここで初めて知った。

⏰:09/01/24 13:45 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#168 [Gibson]
「あっ、俺さっきから病人の前で喋り過ぎだよな。
これじゃ元基のこと、悪く言えないわ。」

写真立てを元の位置に戻し、再びこちらに来て屈む。

「早く良くなれよ。」

優平が、私の左手を両手で取る。
その手のひんやりとした感触が、熱を冷ましてくれるようで心地よかった。

⏰:09/01/24 13:58 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#169 [Gibson]
「俺、お前の母さんの分まで、ずっとそばにいてやるから。」

「え…?うん…。」

「俺、いなくなったりしないから。」

「うん、うん…。」

彼の真摯な姿勢と眼差しが、私の心一点を射る。

その雄々しい態度に、彼もまた一人の男の子だということを、改めて認識する。

⏰:09/01/24 14:18 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#170 [Gibson]
安心感から、目を閉じもう一度眠ろうとする私。

優平はその名の通り、心優しい少年である。

クラスの委員長には、真っ先に選ばれるタイプで、
周りの世話を焼いたり、統率をするのが上手な人間だ。

でも、今私に注いでくれてる温かさが、義理な人情とは別物であってほしいと、独占欲に似た感情で願った。

⏰:09/01/24 14:32 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#171 [Gibson]
次に目を覚ましたのは、夜の8時前だった。

「…。」

直ぐさま視界に映った優平は、右手は私の手を握ったまま、ソファーにもたれ掛かって寝ていた。

寝息一つも聞こえないほど、静かに眠っている。

⏰:09/01/24 16:08 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#172 [Gibson]
髪は耳に掛けられるほどの長さで、艶がいい。
睫毛も長くて、女の子みたいだ。

彼のファンだと総称している子たちは、陰で彼を「王子」と呼んでいるとか。

今こんなに至近距離で、私が彼の眠りを見届けていると知ったら、彼女たち、どう思うかな。

⏰:09/01/24 16:19 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#173 [Gibson]
トクン、トクン、トクン―

自分の心臓が、熱を増して徐にリズムを奏でる。

全身の怠さなら、二度ほどの睡眠で十分なくなっている。

何だろう、この感じ―

優平、今日はわざわざ私の為に来てくれて、ありがとう。
目を閉じた彼に、微笑みを返した。

⏰:09/01/24 16:36 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#174 [Gibson]
ピクリとも動かない彼を、まじまじと目を動かして観察する私。

ドサッ。

その途中、大きな物音がしたので、不意を突かれたと同時に、音のする方向に目を向けた。

そこには、慌ただしく血相を変えた父の姿が。

彼の真下には、スーパーの袋が落ちている。

「高校生での男女不純交際禁止ー!!」

⏰:09/01/24 16:50 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#175 [Gibson]
父の大声で、優平も何事かと飛び起きた。
その後、二人で事の経緯を説明する。

「ごめんごめん。君が桜井くんか。話なら真希からよく聞いているよ。」

彼の存在が分かると、すぐに落ち着きを取り戻した父。
この楽観的な性格が、少し羨ましい。

「すみません、見舞いのつもりが、いつの間にか寝てしまって…。」

⏰:09/01/24 17:51 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#176 [Gibson]
「お父さん、真希のお母さんに挨拶してもいいですか?」

「ん!?おう。」

父が彼を、母の仏壇がある、和室へと案内する。
私も、二人の後ろを着いて歩く。

和室に入ると、仏壇の前で正座をし、深々と一礼をする優平。

お母さん、私にはこの人がいるから大丈夫だよ―

成長しきった男の子の背中を、ずっと見ていた。

⏰:09/01/24 18:24 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#177 [Gibson]
次の日になると体温も平熱を取り戻し、通常どおり学校に通う。

「…日本史の教科書忘れた…。」

休み時間に次の授業の準備をしていると、忘れ物をしていることに気づいた。

元基に借りるか、と思ったが、確か彼のクラスは地歴科目は世界史コースだ。

優平の所は日本史コースだったことを思い出し、少しクラスが離れているが、彼から借りることにした。

⏰:09/01/24 18:42 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#178 [Gibson]
違うクラスを訪ねる時は、いつも入りづらい空気が漂ってる気がする。

開いているドアから、教室内を覗いてみる。
席に座っている優平が、彼の元に来た女の子に、勉強を教えていた。

「…。」

「あ、真希!
もう熱下がったか?」

私の気配に気づくと、彼がいつもの笑顔で声をかけてきた。

⏰:09/01/24 18:54 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#179 [Gibson]
「あっ、竹下さん!
日本史の教科書持ってる?」

優平を無視し、たまたま近くを通りがかった竹下さんの元に行った。

何やってるんだろう、私…―

予定とは異なり、教科書は竹下さんから借りることになった。

⏰:09/01/24 21:30 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#180 [Gibson]
次の授業が始まり、教壇に立つ先生が、頭の血管が切れそうな位、熱く生徒たちに教える。

その言葉も上の空で、先程の自分の行動を思い返す。

優平に悪いことをしてしまった、という気持ちの他に、言葉に表せない何かがある。

昨日から、彼の安心しきった寝顔が焼きついたままだ。

昨日の彼の訪問は、少なくとも私にとって、特別な時間と呼べていた。

⏰:09/01/24 22:23 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#181 [Gibson]
昼食時間、弁当を食べながら、エリにこの胸のわだかまりを打ち明けてみることにした。

「ま、真希…!それって…!」

目を大きく見開き、あんぐりとした口で固まったままのエリ。

「何!?何なの?」と、私は話の続きを催促した。

「ううん、何でもない!
まあ、答えはいつも自分の中にあるから!」

私の気持ちとは裏腹に、彼女は言葉を濁した。

⏰:09/01/24 22:49 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#182 [Gibson]
「でも、真希のお父さんと優平って似てるよねー!
いつも子供の世話するみたいに、『真希、真希』ってさー!
真希ももうちっちゃくないのに。」

ケラケラと笑うエリ。

「…。」

言われてみればそうかも―

⏰:09/01/24 22:58 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#183 [Gibson]
掃除時間も、午後の授業の時も、エリが言った台詞の続きを考えていた。

そして放課後。
パンクしそうな頭を一旦冷やす為、ジュースを買うことにした。

自販機に向かい廊下を歩いていると、後ろから誰かに腕をぐいと引っ張られた。

「あ…、もしかして怒ってる?
昨日は結局、中途半端な見舞いしちゃったから。」

優平だった。

⏰:09/01/24 23:07 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#184 [Gibson]
「…今日、一緒に帰ろ。」
彼の言葉をまたもや無視し、私はこんなことを言った。
私から何かを誘うのは、今までなかった。

「ん!?いいけど、俺部活で遅くなるよ?」

「平気、待ってる。」

⏰:09/01/24 23:18 📱:SH705i 🆔:rMw4yosg


#185 [Gibson]
今日は図書館で勉強するから、門限より少し遅くなると父に連絡を入れておいた。

校門の前で、ひたすら優平を待つ。
次第に辺りがどんどんと暗くなる。

「答え、答え…。」

彼が来るまでに、見つけようと頑張ってみる。

「うーん…。やっぱりわかんないや…。」

⏰:09/01/25 02:33 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#186 [Gibson]
「お待たせ。」

8時過ぎ、息を切らしながら、部活を終えた優平が現れた。

彼はいつもは、同じ部活仲間の元基と帰宅しているとのことだが、今日は二人で帰りたいと私が要求した。

親しい間柄ではあるが、慣れないシチュエーションに、新鮮味を覚える。

⏰:09/01/25 02:39 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#187 [Gibson]
同じ帰り道の、小洒落た大通りを歩く。
ぽつぽつと立つ街灯のオレンジが、淡く街を照らす。

沈黙の雰囲気の中、私たちの目の前を、小さな女の子を母親が手を引いて歩いていた。

通り過ぎる瞬間、「お兄ちゃん、ばいばい。」と、女の子が優平に手を振った。
「おう。」と、手を振って返す優平。
ちらりと見た横顔は、混じり気のない笑顔をしていた。

⏰:09/01/25 02:51 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#188 [Gibson]
トクン、トクン、トクン―

昨日、彼の寝顔を見た後と、同じ鼓動が押し寄せる。

『恋する機会ってね、誰の前でも現れてくれると思う。
でも、それは本当に突然の出来事なんだ。』

以前、ますちゃんがこんなことを言っていたのを、突然思い出した。

…―

⏰:09/01/25 03:04 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#189 [Gibson]
「そういえば、今日誘ったのって何か用事あったからとか?
もしかして、嫌な事でもあった!?」

優平が、不思議そうな心配そうな顔をして言う。

「えっ…。えっと…。」

私、何であの時、一緒に帰ろうって言ったんだろう。
何か、気がついたら言葉が出てた―

⏰:09/01/25 03:13 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#190 [Gibson]
『「会いたい」って気持ち!これが恋よ!』

エリが前に言ってた台詞が、脳裏に反響する。

私は、優平と話がしたかった。
私は、優平の笑顔が見たかった。
私は、優平に会いたかった。

口には出さずとも、頭の中では、色んな欲望が交錯しているのを隠せなかった。

トクン、トクン、トクン…―

⏰:09/01/25 03:23 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#191 [Gibson]
ふと歩く先に、ベーカリー屋が見えた。

店の前で立ち止まり、店内を見渡す私。
閉店間際とあってか、ほとんどの種類のパンが売り切れてた。

2・3個まで残っている、好物のメロンパンを眺める。

「どうした?」と、優平が尋ねてきた。

⏰:09/01/25 03:33 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#192 [Gibson]
「…優平って、メロンパンに似てるよね。」

「へ!?」

「時々苦いの。」

「何だそれ?」

私はキョトンとしている彼の目を見て、この上なく微笑んだ。
父にも見せたことがない、とびきりの笑顔を見せたと思う。

⏰:09/01/25 03:37 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#193 [Gibson]
恋という感情。
それは、一言でも四百字の原稿でも、上手く表現しきれないもの。

…そうなんじゃないかな?

そして、その答えや結論は人それぞれ。

雨宮真希、17歳。
これから私なりの恋愛論というものを、ゆっくりと見つけていきます。

…少し前の自分よりは、見つかりそうな気がします。

Chapter02 END.―

⏰:09/01/25 03:49 📱:SH705i 🆔:arpSz.qI


#194 [Gibson]
Chapter03
「居候」

⏰:09/01/26 00:05 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#195 [Gibson]
青葉が生い茂り、カラッと晴れた天候が続く。

帰路の坂道を上りながら、滴り落ちる汗をハンカチで拭う。
夏の日射しが、容赦なく全身をうだらせる。

7月初旬。
後一ヶ月も経たない内に、夏休みが始まる。

今年は一体、どんな思い出が作れるかな―

⏰:09/01/26 00:15 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#196 [Gibson]
学校から帰宅すると、玄関先にダンボールが2・3箱積まれてるのに気づく。

父が珍しく通販でも頼んだのかなと、特に気に止めなかった。

次に廊下を歩くと、今度はドアの隙間から、リビングの明かりが漏れていた。

父がつけっぱなしのまま、会社に行ったのだろうか。
無用心だ。

⏰:09/01/26 00:32 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#197 [Gibson]
リビングに近づいてみると、明かりだけではなく何か音も聞こえる。
おかしさと不自然さが、今日の家には漂う。

慎重にドアを開けて、恐る恐る室内に入ってみる。

そこには見たことのない20代位の若い男が、TVゲームをしていた。

この辺は住宅地が密集している。
新手の空き巣だろうか!?

恐怖で頭の中が混乱する。

⏰:09/01/26 00:45 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#198 [Gibson]
その時、空の空き缶が入った袋に、無意識に当たって軽く蹴ってしまった。

その音で、男が私の気配に気づく。
しまった、と思った。

「あ、おかえり!」

自分の家であるかのように、馴れ馴れしく挨拶する男。
その上、屈託のない表情をしている。

「…どっ、泥棒!!」

何をされるか分からない、ぶるぶると震える全身。

⏰:09/01/26 01:02 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#199 [Gibson]
「ただいまー!
おっ真希、今日は早いな。」

スーパーの袋を両手いっぱいに掲げた父が、そこでタイミング良く帰宅してきた。

そういえば今日の朝、有給休暇が取れたって言っていたのを、寝ぼけたままの頭で聞いたような。

「お父さん、変な男が家に…!」

我が家でくつろぐ男を指差す。

⏰:09/01/26 01:16 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#200 [Gibson]


「…と言うことで、しばらくウチで預かることになった、古沢東吾くんだ!

ハハハ、驚かせてすまん。
知らせるのは、真希が帰ってからにしようと思って。」

「よろしく、真希ちゃん!
何も盗ったりしないから!」

さっきの私の取り戻し様が可笑しかったのか、二人がげらげらと笑う。

父と二人暮らしだった家に、突然降ったように現れた居候。
これからどうなるのやら…―

⏰:09/01/26 01:32 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#201 [Gibson]
父の話によると、同じ会社に、海外で生計を立てるのを長年夢としていた人がいて、そして今日、夫妻で異国の地に旅立った。

非常にお世話になった先輩らしいので、率先して一人息子さんの面倒を、自分が引き受けたらしい。

そんなことで、今日から一緒に住むことになった東吾さんは、私立大学の一年生。

薄い顔に、茶髪の短い髪。
へらへらとした表情が、きっと賑やかな人だと想像させる。

⏰:09/01/26 01:50 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#202 [Gibson]
「よーし、今日は東吾くんの歓迎を祝って焼き肉だ!
奮発していい肉買ってきたぞー!」

鼻歌まじりにエプロンを身につけ、キッチンに立つ父。
居候がやって来たという環境に、子供のようにワクワクしているみたいだ。

その居候はというと、テーブルの上の袋菓子をつまみながら、ゲームの続きに熱中する。

初めてこの家に来たにしては、少々くつろぎ過ぎではないかと心の中でツッコミを入れた。

⏰:09/01/26 02:07 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#203 [Gibson]
三人で囲む夕飯の席。
居候一人の存在で、取り留めのないことも大きく違ってみえる。

「お父さん、おかわりお願いします!」

元気よく東吾さんが、空にした茶碗を父に差し出す。

私は、焦げ付かないように、プレートの上の肉を数枚ひっくり返している。

「何だか、真希にお兄ちゃんが出来たみたいだなぁ!」

ご飯を入れた茶碗を東吾さんに渡すと、父が私に明るい声で話し掛ける。

⏰:09/01/26 02:24 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#204 [Gibson]
お兄ちゃん、か。

父は今まで極力、私に寂しい思いをさせないように務めていた。

今回東吾さんを迎え入れたのも、きっとそういう意図も含めてのことだろう。

しばらくは家族同然の付き合いをするのだから、敬語は遣わなくていいよ、と続けて東吾さんに言われた。

その言葉に甘え、これから"東吾兄"と呼ぶことにした。

⏰:09/01/26 15:45 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#205 [Gibson]
一階にある空き部屋が、東吾兄の部屋となった。

晩御飯を食べ終えてから、その部屋を覗いてみると、引っ越しの荷物がまだ無造作に置かれていた。

和室に不似合いの、インテリアなテーブルや棚が部屋を飾っている。

たった一日だけで、人気がするようになったこの部屋を、不思議な気持ちで見ていた。

⏰:09/01/26 18:37 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#206 [Gibson]
次の日の朝、いつもの様に制服に着替えてから、リビングで朝食を取る。

トーストをかじりながら、TVのニュースに目をやる。
人の命に関わらない出来事を見ない日はないな、と感じる。

CMに入った時、タタタッと素足でフローリングを駆ける音が聞こえた。

「マキロン、トイレどこだっけ!?」

⏰:09/01/26 18:44 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#207 [Gibson]
東吾兄か、と軽い気持ちで声のする方に姿勢を向ける。
"マキロン"とは、彼が私につけたあだ名だ。

しかし、振り向き様に思わず、「きゃあっ!」と叫んでしまった。

目に映ったのは、トランクス一枚で下半身を押さえながら立っている、東吾兄の姿だった。

「あ、ごめんごめん!
昨日の夜、暑くてさー。」

⏰:09/01/26 18:54 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#208 [Gibson]
「…トイレは廊下を出たすぐ目の前。」

彼を見ず、場所の方向を指差した。

「サンキュー!」

再び素足で駆ける東吾兄。

何と言うか、家だというのに気を許せないな―

苦笑しながら、コップの牛乳を飲む。

⏰:09/01/26 19:07 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#209 [Gibson]
その後学校の休み時間の間に、早速エリたちに居候と暮らすことになったことを報告する。

ベランダの柵を掴みながら、私・エリ・元基・優平の順で並ぶ。

「真希のお父さんも、思い切ったことするよねー。」
紙パックのジュースを飲みながら言うエリ。

「それは楽しくなりそうだな!」と、脳天気な感想を述べる優平。
その紳士的な笑みが、今日は少し憎い。

⏰:09/01/26 21:08 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#210 [Gibson]
優平も、家では下着姿でうろついたりするのだろうか、と一瞬妙なことを想像してしまった。

彼を異性として意識しだしてからの自分は、どうも変だ。

一つだけ言えるのは、恋をすると、人は平常心を保てなくなる。

恋って不思議。

⏰:09/01/26 22:17 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#211 [Gibson]
放課後、私は東吾兄を学校近くの商店街に呼び出した。
スーパーの買い物に付き合ってほしいという用件だ。
今日は月に数回ある、大安売りの日。
店内は、いつもより多い買い物客で賑わう。

「お一人様一個でーす!」

特売の卵のパックを得る為、列に並ぶ私と東吾兄。

⏰:09/01/26 22:28 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#212 [Gibson]
「マキロン、あの苺なんかどう?」

カートを動かしながら、東吾兄が私に値段の品定めを求める。

「あー、ダメダメ。
隣町の八百屋さんで、200円で売ってる。」

「ハハハ、何か主婦みてぇ!」

誰かと話しながら、買い物をするのも悪くないな、と少し思った。

⏰:09/01/26 22:37 📱:SH705i 🆔:keS1jVx2


#213 [Gibson]
「荷物、ありがと。」

「いーえ!」

スーパーで購入したものを、東吾兄が一人で持ってくれた。
キャベツなどの野菜が入って重量感のある袋と、卵やドレッシングなど慎重に扱わねばならぬ袋をそれぞれ片方ずつ。

「今日の夕飯カレーっけ?
一緒に手伝う!」

「うんっ。」

⏰:09/01/27 12:40 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#214 [Gibson]
「なぁ、知ってる?
現世で出会ってる人間は、前世でも出会ってたっていう話。」

「へぇ、初耳。」

「俺はその話、ホントだと思ってる!
それで、前世では俺とマキロンは本当の兄妹だったんだ!」

彼があまりに真面目に話すので、思わずアハハ、と声に出して笑ってしまった。

前世か。
全く見当もつかないけど、前世でもお父さんや優平たちに会っていて欲しいな―

⏰:09/01/27 12:53 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#215 [Gibson]
帰宅してから早速、二人で台所に立つ。

自炊をする機会がほとんどなかったからか、腕まくりをし、張り切る東吾兄。

私が野菜を洗って、それを皮を剥いて切るのを彼に任せた。

包丁を持つ手がおっかなくて、横目で視線をちらつかせながら少しハラハラした。

⏰:09/01/27 17:12 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#216 [Gibson]
これまで特に、一人っ子で不満や不自由をした覚えではないけれど、兄弟がいれば、またそれはそれで違うのだろうな、と認識した。

東吾兄は、父や優平たちとはまた別の、喜びや楽しみを、私に与えてくれる。

まだ出会って間もない私たちだけれど、距離はぐんぐんと縮まってる。

彼はどこかせわしない人だけれど、いなくなる時のことはあまり考えたくない。

⏰:09/01/27 17:27 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#217 [Gibson]
「へぇ!二人で作ったのか!」

いつもの時間帯に帰ってきた父に、東吾兄がカレーをよそった皿を差し出し、サラダを手際よく小皿に取り分ける。

東吾兄が主に切った、不揃いな具たちを、あどけない表情でパクパクと食べる父。

実の娘からしても、父は他人にひどくは嫌われない性格だろうなと感じた。

⏰:09/01/27 17:39 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#218 [Gibson]
夕飯を済ませた後、リビングのソファーの上で本を読み、ゆっくりと時間を過ごしていると、
風呂上がりの東吾兄が濡れた髪をワシャワシャとタオルで乾かしながら、私の隣に座った。

「マキロン、今度の日曜ヒマ?」

「別に、何も用ないけど。」

背表紙を上にして本を腿に置き、考える間もなく返答した。

⏰:09/01/27 20:14 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#219 [Gibson]
「良かったら、俺の大学に遊びに来ない?
サークルに連れて行ってやるよ!」

幼さも残る目の前の彼は、一応自分より二歳年上。

高校卒業後の進路はまだ暗中模索の段階だが、とりあえず大学進学も配慮している。

未知で無知である大学という所の知識を得る、いい機会になるかも知れない。

「行く。」と、熱気も覇気もない一言を告げた。

⏰:09/01/27 20:20 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#220 [Gibson]
そして日曜日。
目覚まし時計の軽快なリズムと共に、目を覚ます。

勢いよく、スイッチを止める。
そういえばこの青紫色のシンプルな時計も、かれこれ小学校六年頃から使用している。

物持ちがいいのか、はたまた普通であるのか。
とりあえず、愛着はほのかに感じている。

⏰:09/01/27 21:16 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#221 [Gibson]
東吾兄は、昼の2時過ぎに大学に行くと言っていた。

今の時刻は、朝の9時。
家を出るまで、約5時間はある。

しかし私は、休日で丸一日予定がなくとも、朝までに起きないと気の済まない性分であるのだ。

一日が24時間というのは、実に少ないように思える。
勉強をして、テレビを観て、本を読んで、メールのやり取りをすれば、たちまち明日に備えて就寝しなければならない。

僅かな時間を、いかに無駄なく有効に遣うか。
若い内は財産だと、白髪頭の保おじさんが豪語していた。

時は金なり。
まあ、誰もが実感することだよね。

⏰:09/01/27 21:27 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#222 [Gibson]
昨夜取り出しておいた、クローゼットの奥に眠っていた洋服を手に取る。

丁度一年前買い物に出掛けた時、エリが私に似合いそうと言って、選んでくれた花柄のワンピース。

シャツにジーンズというラフな格好に慣れているから、なかなか手をつけずにいた。

意を決して、今日の服装はこれにする。

⏰:09/01/27 23:06 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#223 [Gibson]
小学校の時、高校生という身分は随分大人に見えていた。
そして高校生になった今、数歳年上の大学生らが、すごく大人に見える。

今日は大学に行く。
今日はちょっと大人な世界を覗きに行くのだ。

その意識から、少し背伸びをしたくなった。

そして、東吾兄の面目を潰さないためにも、おかしな格好は出来ない。

「一つ屋根の下で、あんな子と一緒で可哀相」なんて噂されたら、それこそ可哀相だ。

⏰:09/01/27 23:17 📱:SH705i 🆔:F1cdQ2Rw


#224 [Gibson]
ワンピースを着た自分を、鏡で見てみる。
自分が女として生まれてきたことを、再確認する。

次に、日頃あまりしない化粧をしようか迷う。

パスしようと思った時、優平の異性のタイプというものが、ふと気になった。

化粧はきちんとする子の方が好みなのだろうか。

彼を取り巻く女の子たちは、学校でも抜かりなく化粧をして来ている。

部屋にある数少ない化粧道具を見て、美意識の低さを見直したくなった。

⏰:09/01/28 18:58 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#225 [Gibson]
午後2時、東吾兄と共に家を出る。
出る際に、「今日の夕飯はざるそば」と、リビングにいる父が私たちに告げた。

東吾兄に「今日は女っぽいね」と、第一声に誉め言葉を貰った。

私の顔は、久しぶりに化粧で装飾されている。

睫毛をカールして、マスカラを塗って、眉毛を描いて、リップクリームを塗って完成。
今日の帰りに、ファッション雑誌を買って練習しようと思った。

⏰:09/01/28 19:15 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#226 [Gibson]
「よし、行くぞ!」

東吾兄が私を自転車の後ろに乗せ、若干左右のバランスを崩しながら漕ぎ出す。

私たちの住む家から大学まで、自転車でおよそ15分くらいの距離らしい。
彼は、それを毎日と往復している。

家からすぐした距離にある下り坂を、彼がブレーキを掛けながら、程よいスピードで走る。
自転車が生み出す向かい風が、実に爽快だった。

⏰:09/01/28 19:24 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#227 [Gibson]
大通りに出て、そのまま一直線に漕ぎ続ける。

自動車が元気よく吐き出す排気ガスに、今日はむせ返る暇もない。

早送りしたかのように過ぎ去る景色の中に、新店舗のコンビニや老舗の饅頭屋さんを見つけた。

今日も地球は回り続けている。

⏰:09/01/28 20:55 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#228 [Gibson]
十字路信号を渡り、途中で道を右に曲がった。
「ほら、あそこ。」と東吾兄が言う先に、門に囲まれている建物が見えてきた。

これが東吾兄の通う大学か、が率直な意見だった。
高校に比べて、遥かに広い。

今の学校がこれくらいの規模だったら、エリたちと親しくなれた自信はない。

⏰:09/01/28 21:05 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#229 [Gibson]
東吾兄が現在在籍しているここは、宗教大学であるらしい。
一番に目につく大きな建物は、西洋を意識したレンガ作りの外観で、洒落た感じであった。

駐輪場に着き自転車を降りると、そこで改めて大学に着地する。

休日だというのに、学生の姿が結構見える。
私たちと同じように、きっとサークル通いなのだろう。

高校生でいう所の部活か。
中身はさほど変わりないのに、大学に制服がない部分が、より自由な感じを強調させる。

⏰:09/01/28 21:23 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#230 [Gibson]
東吾兄を一歩前に、彼の歩くまま歩き続ける。
慣れた雰囲気で大学を歩く彼が、少しだけたくましく見える。

私たちが向かった先は、大学内の主な建物からは離れた、二階建てのこじんまりとした建物だった。

白い壁にはこの大学の印象にそぐわない、汚れやひびが無数にあった。

階段を上がり、東吾兄がドアを開けっ放しにしている部屋を覗き込む。

「お疲れーッス!」

⏰:09/01/28 21:36 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#231 [Gibson]
「うぃーす、東吾ちん。」

中から、男の人の低い声が聞こえた。
丁度、東吾兄の背中で四角になっていて、何も見えない。

「あ、この子、俺が今居候させてもらってるとこの娘さん!
大学見学兼ねて連れてきた!」

室内の人と一先ず挨拶を交わし終えた所で、東吾兄が私の両肩を抱き、部屋の前に立たせた。

⏰:09/01/28 21:43 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#232 [Gibson]
「初めまして…。雨宮真希です…。」

室内にいたのは三人の男の人だった。
彼らの視線が、一気に東吾兄から私に注がれる。

緊張と恥ずかしさから下を向き、ぼそぼそと自分の名を名乗った。

「えっ、高校なの!?
大人っぽいね!」

「こんな子と暮らしてるなんて、古沢が羨ましい!」

⏰:09/01/28 21:51 📱:SH705i 🆔:94PVBjGA


#233 [Gibson]
中にいた男の人たちが、こぞってドアの前に集まる。

「おい古沢!
彼女に変なことはしてねーだろうな?」

「あ、大丈夫!
それは親父の信用問題に関わるから!」

ずっと俯き加減の私。
男性たちが、私を見ている気配はしている。

⏰:09/01/29 14:30 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#234 [Gibson]
「よし、皆揃った所で練習しますか!」

雑談を少々交わした所で、一番背の高い男の人が穏やかにまとめる。

その人の言葉と共に、男性陣がぞろぞろと移動し始めた。
活動場所は、今いた部屋ではないようだ。

気がつけば、東吾兄が何のサークルに入ってるか聞いてなかった。

まあとりあえず、着いていけばすぐに判明することだ。

⏰:09/01/29 17:52 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#235 [Gibson]
男性陣が、一番隅の部屋に入る。

部屋の風景が視界いっぱいに広がった時、ドラムセットがどっしりと構えていた。

床には黒いコードが何本も敷かれており、機材のようなものが幾つも置かれている。

音楽サークル…―
一目見て分かるこの雰囲気。

東吾兄がバンドか。
しっくりくると言えば、そうとも言える。

彼のイメージは、いつも頭の中でメロディーが流れてる感じだったから。

⏰:09/01/29 18:13 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#236 [Gibson]
東吾兄が、ドラムセットの椅子に悠長に座った。
彼の担当はドラムか。

続いて、一番背の高い藤野さんという人が、部屋にケースからベースを取り出す。

帽子の被っている坂田さんと、明るい茶髪の佐々木さんという人は、それぞれギターを肩にかけた。

各パートが、取り留めのないが如く形をつくる。

⏰:09/01/29 18:21 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#237 [Gibson]
「ああ、俺ら練習し始めたばっかで、全然上手くないからね!」

佐々木さんが顔をクシャッとさせて、謙遜の言葉を述べる。

その言葉の後、4人が息を揃えるように静まる。
アイコンタクトだけで、それぞれ会話をする。

「…行くよ!ワン・ツー・1・2・3!」

東吾兄が、ドラムスティックを叩いて拍子を取った。

その合図と同時に、彼らの演奏が始まった。

⏰:09/01/29 18:33 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#238 [Gibson]
街中やテレビで、よく耳にするイントロが流れる。
中高生を中心に人気の火が着いた、若手ロックバンドの曲だ。

佐々木さんがギターを弾きながら、ボーカルを同時にこなす。

本来のボーカリストと、声の質が似てる気がした。

部屋の奥の東吾兄が、軽快にドラムを叩き続ける。
いつもより、3割増しでかっこよく見える。

⏰:09/01/29 18:46 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#239 [Gibson]
藤野さんが落ち着いた様子でベースを弾き、坂田さんが全身でリズムを取りながらギターを弾く。

佐々木さんが歌う歌詞の意味を理解しながら、彼らの演奏を聴く。

演奏が下手だとか幼稚だとかは、微塵にも感じなかった。

彼らはまだ全員一年生。
バンドを組んで間もないだろう。

しかし、チームワークの良さと熱い気迫が、奏でる旋律と共に、こちらにも伝わってくる。

⏰:09/01/29 18:55 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#240 [Gibson]
一曲目が終わると、音を立てずに拍手をする私。

「ワリー、最後のサビの所、ちょいリズムがズレてた。」

「はーっ、ムズイな!」

落ち着く暇もなく、メンバーがそれぞれ、自分たちの反省点や課題となる部分をこぼす。

自由気ままなサークルとはいえ、皆技術の向上を目指している。

途中で、東吾兄と目が合った。

「…なぁ、ちょっとマキロンにボーカルやらせてみないか!?」

彼が名案を思いついたかのような顔をして、突然こんなことを口にした。

⏰:09/01/29 22:19 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#241 [Gibson]
「えっ…。」

私は焦った。
カラオケには全く行ったことがないし、人前で歌った経験もない。

「おっ、いいね!やってみる?」

「曲何にする?有名所が無難よね?」

「雨宮ちゃん、スパイラルの『カタツムリ』分かる?」

私の気持ちとは反対に、どんどんと話が進められていく。
さっき、東吾兄が少しでもかっこよく見えたこと、直ちに撤回。

⏰:09/01/29 22:33 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#242 [Gibson]
「2番が少し曖昧…。」

皆の勢いに釣られて、正直に答える私。
全然分からないと、嘘をつけば良かったと思った所で遅かった。

「はい、これ見ながら歌ってみて!」

佐々木さんが、私に歌詞カードのコピーを渡す。

その次に、彼の代わりにスタンドマイクの前に立たされ、彼が室内にある脚立イスに座った。

もう歌うしかないのか…―

トホホと嘆く気持ちと、一曲約5分、300秒を取りあえず耐えればいいだけかと、軽い気持ちで取り組むことにした。

⏰:09/01/29 22:43 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#243 [Gibson]
東吾兄の激しく叩くドラムの音と共に、演奏が始まった。

『与えられた仕事は、大小問わずに真剣に取り掛かる』のが、父の教訓。

投げやりな態度は見せずに、出来る限り一生懸命やってみよう。

今の私は、遊びであろうとも、バンドのボーカルを担当している。

感情を込めて歌うとか、歌い方強弱をつけるとか、専門的なことは全く分からない。

とにかく、無我夢中で歌った。

⏰:09/01/29 22:54 📱:SH705i 🆔:ejtZkG3Y


#244 [Gibson]
「…雨宮ちゃん、なかなか上手だね!」

「うん、声がしっかりしてる感じが良かった!」

一曲歌い終えてみると、メンバーからは誉め言葉を貰った。

父は歌には自信があると言っていた。
その遺伝を少しは、娘の私も受け継いでいたようだ。

⏰:09/01/30 01:55 📱:SH705i 🆔:K6vCV/uk


#245 [Gibson]
「…そうだ!今度のライブ、特別ゲストでマキロンに一曲ボーカルをやらせてみないか!?」

「えぇ!!?」

次から次に思いついたことを口に出す東吾兄。

この発言には流石に、人前で感情をあまり表に出さない私も驚いた。

彼にはもう少し、考えてから物事を言うという思考がないのだろうか。

「それはいいかもね。聴く側も可愛い女の子がいる方が喜ぶだろうし。」

ギターの坂田さんが、東吾兄の提案に被せるように言う。

⏰:09/01/30 02:04 📱:SH705i 🆔:K6vCV/uk


#246 [Gibson]
「うちの大学には音楽サークルが3種類あるんだけど、多分うちの部がその中で毎年入って来る人数が少ないだろうね。

原因は宣伝活動を特にしていないのと、野郎だらけのもさ苦しさが、女子の入部を遠ざけてるからかな。」

続けて説明をする坂田さん。

「でも私、部員じゃないのに参加とか、悪いですよ…。」

「大丈夫大丈夫!
部長には、『部の活性化目指しての為です』って言っとく!」

相変わらず適当で無鉄砲な東吾兄。

⏰:09/01/30 12:59 📱:SH705i 🆔:K6vCV/uk


#247 [Gibson]
「雨宮ちゃんも来年受験生でしょ?
これもいい思い出作りだと思って、やってみたらどうかな?」

積極的に参加を勧める坂田さん。

「うーん…。」

迷う。悩む。渋る。

でも、先程一曲をとにかく歌ってみたら、意外と気持ちが良かった。
歌うのは嫌いではないし、寧ろ好きだということに気がついた。

⏰:09/01/30 20:27 📱:SH705i 🆔:K6vCV/uk


#248 [Gibson]
「…分かりました。
私でよければ、よろしくお願いします。」

考え抜いた後、4人に向かって頭を下げた。
ライブに出るという結論を出した。

「やっりぃ〜!
今日から猛練習だな!」

「こちらこそよろしくね。」

本番は二週間後らしい。
佐々木さんが数曲歌い終わった後、私が一曲歌って締めを飾る形にするという。

⏰:09/01/30 20:43 📱:SH705i 🆔:K6vCV/uk


#249 [Gibson]
練習日は、毎週二日となっている。

翌週、水曜日の放課後は急ぎ足で大学に向かってバスを乗り継ぎ、日曜日は東吾兄と一緒に自転車で向かう。

そんな生活を一週間続けた日、昼休み、優平と一緒に屋上へ上る機会があった。

「真希、今度大学のライブに出るんだって!?」

多分、エリから聞いたのだろう。
彼が興味津々な感じで、目を見開いてこちらを伺っている。

⏰:09/01/31 14:26 📱:SH705i 🆔:34jzxaw6


#250 [Gibson]
「うん、一応…。」

「へぇ、凄いな!
俺、本番は見に行くから!
楽しみにしてる!」

「えっ…。」

真っすぐな瞳で私を見つける優平。
本番当日、これでますます下手なものは見せられなくなった。

⏰:09/01/31 14:32 📱:SH705i 🆔:34jzxaw6


#251 [Gibson]
その時、前気になっていた化粧の好みを尋ねようと思った。
しかし、唐突に聞くのは不自然だし、彼に気持ちを悟られるかも知れない。

「…優平は、薄口醤油と濃口醤油、どちらが好き?」
考えた末の、苦肉の策だった。

「へ!?あまり考えたこともないけど…さっぱりした薄口かなぁ…。」

薄い方が好きか。
それじゃあ、化粧もそんなに派手にやらなくていいか―

⏰:09/01/31 14:43 📱:SH705i 🆔:34jzxaw6


#252 [Gibson]
家に帰ってからも、CDを繰り返し聴き、歌詞を覚えながら歌の練習をする。

「『ハニー 君に伝えたい』かぁ…。
私も優平に、もっと素直な気持ちを言えたらなぁ…。」

歌詞カードを握りしめ、ため息をついた。
不器用な自分の性格に悩むことは、しょっちゅうである。

ライブ本番は、その優平も自分の歌を聴きにくる。
まずは、間接的に自分の思いを伝えることに励もう。

⏰:09/02/01 03:35 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#253 [Gibson]
そして一週間後、ライブ当日の日となった。
大学近くの、小さなライブハウスを借りて行われる。

スタート時間は、夕方の4時から。
私を含む東吾兄たちの出番は、4時半頃の予定である。

今日の服装は、シャツの上にパーカーを羽織り、ジーンズという格好だ。
ステージ衣装といっても、普段着とあまり変わらない。

⏰:09/02/01 03:49 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#254 [Gibson]
「よし!皆全力を出し切ろうな!」

私たちの前の組が終わった時、控え室で藤野さんの一声と共に、皆で円陣になって手を揃えた。

そして、音を立てずに歩きながらステージ上へと向かう。

やるだけのことはやった。
後は、その成果を発揮するだけだ―

⏰:09/02/01 13:45 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#255 [Gibson]
私以外の4人が暗がりの中ステージ上に立ち、それぞれ軽く音の調整を確認し終えた後、パッと明るく照明が点いた。

「皆さんこんにちは!」

佐々木さんが、客席側に挨拶をする。

4人の勇姿を、ステージの隅で見守る私。
成功を祈るように、両手を握った。

⏰:09/02/01 14:02 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#256 [Gibson]
一曲目の演奏が始まった。
練習やCDで、何度も聴いた歌。


ギターボーカルの佐々木さんは、誰からも好かれるタイプの人間だと思う。
笑顔が似合っていて、包容力のあるオーラをしている。

太くてどっしりした声は、歌詞の良さに一層重みがかかる。

その上、歌いながらギターもしっかり弾ける。
中学一年の頃から練習をし始めたらしい。

⏰:09/02/01 14:11 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#257 [Gibson]
同じくギターの坂田さんは、後ろに束ねられるほど髪が伸びきっていて、どこか脱力感のある人。

でも、練習となると一転して真面目な雰囲気に変わる。
空いてる時間は、ほとんど個人練習に当てていたとか。

ベースの藤野さんは、メンバーのリーダー的存在で、皆にまとまりがあるのは、彼の存在が大きいからだと他のメンバーは言う。

知的さは外見上だけでなく、学部もトップで入学したらしい。

大学に入って始めたベースも、すぐにコツを掴んだらしく、何をやっても出来るタイプの人間。

⏰:09/02/01 14:26 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#258 [Gibson]
最後に、ドラムの東吾兄。
突発的に物事の判断を決めることが多いので、危なっかしくてハラハラさせる。

初めて会った時から、友達の元基と似ていると思った。

深く考えることを知らないで、いつもヘラヘラ笑っていて、真面目な印象がない。

でも、自分が一度でも仲間だと感じた人には、全力で大切にする。
そうやって私も、彼にたくさんの素直な所に引き連れてもらった。

肝心のドラムの腕は…そこそこかな。

⏰:09/02/01 14:39 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#259 [Gibson]
3曲目が終了した時、佐々木さんが舞台袖の私を見た。

次の曲で最後となる。
いよいよ私の出番だ。

「…これから、特別ゲストを紹介します!」

佐々木さんが私に、「OK」のアイコンタクトをする。

ステージ上へとゆっくり歩き出す私。
ここまでは、予め5人で決めた手順通りだ。

⏰:09/02/01 14:50 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#260 [Gibson]
「彼女は、ドラムの古沢くんの知り合いの高校生。
今回、一曲だけボーカルを務めてくれることになりました。」

ステージの中央まで行った所で、佐々木さんが私のことを説明をする。

"高校生"の部分で、少し客席側がざわついた。

「皆さん初めまして、雨宮真希って言います…。
下手ですが一生懸命歌います…。」

想像していたよりお客さんの人数が多くて、心の中で驚く。
そのことで、喋る声が小さくなってしまった。

⏰:09/02/01 15:02 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#261 [Gibson]
「真希ー!がんばれー!」

薄暗い客席の中、私に声援を送ったのはエリだった。
その隣には元基、そして優平。

その近くにはますちゃん含むクラスメート数人に、竹下さんたちもいる。

優平が眩しい笑顔で、ずっとこちらを見ている。
彼の頭上にだけ、明かりが灯されているように感じた。

⏰:09/02/01 15:11 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#262 [Gibson]
練習と同じように、イントロで東吾兄がドラムを激しく叩き上げる。

それから、坂田さんのギター、藤野さんのベースが溶け込むように絡み合う。

速くなる胸の鼓動は、彼らの奏でるロックな音が掻き消してくれた。

スタンドマイクを強く握りしめ、真正面の壁だけを一点に目の焦点を合わせる私。

⏰:09/02/01 15:21 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#263 [Gibson]
歌を歌う時は、案外無心で挑む方が、最善を尽くしきれると聞いた。

何も考えずに、Aメロ、Bメロと腹の底から声を出し続ける。

そして、サビに入る。

『ハニー 君に伝えたい』
私がこの曲の歌詞で、一番好きな部分である。

元々男性バンドの歌ではあるが、女性が歌うのもまたいい味が出ると、坂田さんが言ってくれた。

⏰:09/02/01 15:30 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#264 [Gibson]
「…ありがとうございました。」

歌い終わると、その場で深く礼をする。

演奏が終わった。
特に大きな失敗もなく、練習以上の成果を出し切ったので、満足のいくものとなった。

客席が大きく拍手をしてくれた。
鳴り止まない歓声。
拍手の音には、癒しの効果があると思う。

こうして、私のライブ体験は何なりと終了した。
後悔はない。充実した気持ちでいっぱいだ。

⏰:09/02/01 19:52 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#265 [Gibson]
「真希ー!かっこよかったよー!」

次の組の出番になって客席側に向かうと、エリが大きく抱きついてきた。

「CD化希望!」

歯を出して笑う元基。

「本当、上手かったよ!また聴きたいな。」

優しく微笑む優平。

ますちゃんや竹下さんたちも、それぞれ一声掛けてきてくれた。

⏰:09/02/01 20:03 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#266 [Gibson]
夜7時。
全てのライブが出番を終えた。

皆で手際よく片付けをし、ライブハウスのスタッフさんに礼を告げた。

この後は、近くの居酒屋で打ち上げが行われるらしい。

一人でたくさんの大学生に囲まれる勇気がない為、優平を連れて行くことにした。

⏰:09/02/01 20:13 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#267 [Gibson]
皆で歩いて居酒屋まで向かい、予約しておいた和室でそれぞれ適当に腰を下ろす。

「では皆さん、今日はライブお疲れ様でしたー!」

全員分の飲み物が運び終えた所で、サークルの部長がその場を立ち上がって、代表して乾杯の言葉を述べる。

サークルには、約60名が在席しているとか。
室内はぎゅうぎゅう詰めといった様子であった。

大学には成人した人も裕にいるわけで、ジョッキを片手に、ぐびぐびと飲む人もいる。
私と優平は、コーラと烏龍茶を頼んだ。

⏰:09/02/01 20:30 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#268 [Gibson]
「真希ちゃんだっけ!?
歌上手かったよー。うちの大学に進学した時は、是非このサークルに入部してね。」

コーラを一口飲んだ所で、隣に座っていた男の人に声をかけられた。

「ねーねー。隣の男の子は彼氏?」

続いて、斜め前にいる金髪の女の人が、質問をしてくる。

私と優平が、付き合っているように見えたようだ。

⏰:09/02/01 20:38 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#269 [Gibson]
「え、えっと…。」

"違います、ただの友達です"
そう否定しようとした。

周りに妙な誤解をされてしまったら、優平に申し訳ない。
彼をここに連れて来たのは、やはり間違いであったか。

詳しく説明せねば、と思ったその時だった。
テーブルの下で、優平が私の手を軽く握ってきた。

⏰:09/02/01 20:43 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#270 [Gibson]
「…!」

咄嗟に彼の方に目を向ける。
彼は私の方を見ていない。

「あー!否定しないってことは、そうなんだねー!」

女の人が、声高らかに言う。

「残念!後でアドレス聞こうと思ってたのに。」

隣にいる男の人が、冗談でくやしがるポーズをした。

⏰:09/02/01 20:49 📱:SH705i 🆔:sK5ROudg


#271 [Gibson]
周りが別の話になった所で、彼が手を離す。

優平…?―

結局、周りからは私たちは交際しているということになった。

これで良かったのだろうか?
彼は嫌に思わないのだろうか?

その後、そのことを気に止めながらも、料理に手をつけた。
美味と無味が混ざったものとなった。

⏰:09/02/02 14:18 📱:SH705i 🆔:n9zyNbiU


#272 [Gibson]
数日後、私は再び東吾兄と買い物をする為、スーパーへと出かけた。

「…苺が100円!
食べたかったら買うよ。」

「よっしゃ!いる!」

喜んで苺のパックを手に取り、素早くカゴの中に入れる東吾兄。
それを見て、クスクスと笑う私。

⏰:09/02/02 14:29 📱:SH705i 🆔:n9zyNbiU


#273 [Gibson]
買い物を済ませて、この間と同じ道を歩きながら、家まで戻る。

「マキロン、見てみて!
空の色が二色がある!」

「…本当だ。」

彼の言うとおり空を見上げてみると、水色と橙色が半分ずつ、空で仲良く分け合っていた。

昼から夕方へと変化する時に見える、不思議で綺麗な現象。

⏰:09/02/02 14:37 📱:SH705i 🆔:n9zyNbiU


#274 [Gibson]
「…東吾兄は私に、たくさんの新しい発見を与えてくれるね。」

「へ!?そうなの!?自覚ないけど…。
うっとうしい奴でごめんな!」
私は彼の目を見て、静かに首を横に振った。

この空も、一日限りのライブの参加も、そして東吾兄と暮らす毎日の生活も、
生きる為に必要な、喜びと幸せで溢れているよ―

⏰:09/02/02 14:44 📱:SH705i 🆔:n9zyNbiU


#275 [Gibson]
彼の言うように、私たちは前世でも深い関わりがあったのかも知れない。

ねぇ、お母さん。
今度また生まれてくる時も、私はお母さんの子供がいいと思っているよ。

その時もし、私と東吾兄を本当の兄妹として生んでくれたら…心が歓迎するかも知れない。

こんなこと、恥ずかしくて、隣の彼には言えないや。

相対する二色が織り交ざる空に、願いを込める。

二人で帰るべき場所へと、ゆっくりと歩き続けた。

Chapter03 END.―

⏰:09/02/02 14:56 📱:SH705i 🆔:n9zyNbiU


#276 [Gibson]
 
*本当はまだまだ話が続くのですが、ここで一旦ストップとさせて頂きますm(__)m

続きは必ずまた書きます!(^_^)

お付き合いして下さった全ての方、本当に有り難うございました(T_T)

⏰:09/02/02 15:00 📱:SH705i 🆔:n9zyNbiU


#277 [ぎぶそん]
Chapter04
「近づきたい」

⏰:09/02/15 01:28 📱:SH705i 🆔:Rs2aN72w


#278 [ぎぶそん]
東吾兄が我が家に居候するようになってから約一ヶ月後、いよいよ学校は夏休みに突入した。

毎日の授業が一旦終了してからも、私は二日に一日は図書室を利用していた。

理由は、単純に本を読むのが好きだから。
毎日が休日になってから、一冊を読破するペースも速くなっていた。

外から聞こえる、せわしい蝉の鳴き声を心で遮断し、新刊コーナーをじっくりと物色する。

⏰:09/02/15 01:43 📱:SH705i 🆔:Rs2aN72w


#279 [ぎぶそん]
本を読むことに魅力を感じるようになったのは、小学二年生の頃から。

「おさかなの冒険」という、海に住む魚たちの壮大な旅を描いた子供向きの本に、夢中で子供心をくすぐられたのが発端だ。

それから、学校の図書室にちょくちょく通っては、何か面白い本はないかと漁るのが習慣になった。

同世代の子たちは、活字ばかりの本よりイラストと吹き出し付きの漫画の方が熟読しているという。

⏰:09/02/15 04:39 📱:SH705i 🆔:Rs2aN72w


#280 [ぎぶそん]
真っ白い表紙の、「クローバーな彼」という題名の本を手に取る。

後ろの説明文に目を通してみる。
主人公の女性が、とある男性と出会ってからの人生を綴った内容だと書いてある。

恋愛小説か…。
正直一番苦手な分野で、これまでこの手のジャンル物は避けてきた。
というか、読んでみてもさっぱり理解できなかった。

でも、今となっては少し、共感し得る部分があるかも知れない。
唯一異性だと意識する、優平の顔が浮かんできた。

⏰:09/02/15 07:24 📱:SH705i 🆔:Rs2aN72w


#281 [ぎぶそん]
貸出カードに書籍の名を書き込み、図書室を出ようとした時だった。

「真ー希っ!やっぱりここにいた。」

開いたドアの前で、エリがひょっこりと顔を出してきた。

「エリ!?どうしたの、エリが休みに学校来るなんて珍しい。」

「んー、そろそろ進路について真面目に考えようかと思って。」

規定のサイズよりスカートの長さがぐんと短い彼女は、こう見えて堅実に生きるタイプである。

⏰:09/02/15 09:36 📱:SH705i 🆔:Rs2aN72w


#282 [ぎぶそん]
「トリマー?」

「そう。犬や猫の毛を、チョキチョキと切ってあげるの。」

学校近くのファーストフード店に二人で入ると、エリが希望の進路を話してくれた。

彼女の自宅は、犬や猫を数百飼っている。
そして彼女自身にも、動物が好きだという印象がある。

今の所は、動物の身なりに関する専門学校に進学したいという。

⏰:09/02/16 02:03 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#283 [ぎぶそん]
「それで、真希は進路どうすんの?」

「うーん…、高校を出てすぐ就職するより、とりあえずまたどこかに進学しようかなーって、少し思った。」

東吾兄と出会い、大学というものに少し触れてみて、進学に魅力を感じた部分はある。

「それがいいよ。
真希は私や元基とは違って、そこそこ成績いいんだし。
それに…。」

「それに?」

エリがソーダを口に含む。

⏰:09/02/16 02:12 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#284 [ぎぶそん]
「頑張って優平と同じ大学に受かれば、また四年間一緒になれるよ。」

エリの顔の表情がニヤつく。

「へ、変なこと言わないでよ…。」

「ま、桜井家のお坊ちゃんが目指してんのは、目下T大なんだろうねー。
仲良い友達でも、彼は次元が違いすぎるわぁ。」

エリが窓の外の景色を見ながら言う。

「うん。」

掠れるような声で返事をし、アイスコーヒーを飲んだ。

⏰:09/02/16 02:20 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#285 [ぎぶそん]
「あ、そうそう。
例の旅行の件なんだけど、この夏優平のおじ様が仕事で別荘に滞在しててさ、中止になりそうって。」

旅行とは一学期に四人で計画し、この夏休みに実行するはずだったもの。

「え?そうなんだ…。」

せっかく過保護の父に了承を得たのに、仕方ないとはいえ気持ちは浮かなかった。

「大丈夫。残念がることはないって。そのかわり、優平が自分の家を招待してくれるってよ!」

⏰:09/02/16 02:29 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#286 [ぎぶそん]
「来週の月曜日、美原駅に着いたら迎えに来てくれるって。」

そこは優平の住む街だ。

「分かった。」

「フフ、彼ん家はきっと、別荘以上に豪勢だと思うよ。」

自分の家を見せることに抵抗していた優平が、初めて私たちを招いてくれた時だった。

⏰:09/02/16 16:31 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#287 [ぎぶそん]
その日の夜、夕飯を済ませた後、一人部屋で宿泊に備えて、かばんに荷物を詰める。
まだ一週間も先だというのに、張り切り過ぎかな。

父にはそのまま、皆で別荘に泊まりに行くということにしておいた。
また一々訂正して、うるさく言われるのが目に見えていた。

旅行じゃないなら、わざわざ男子高校生の自宅に泊まりがけする理由はない、ってね。

⏰:09/02/16 21:30 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#288 [ぎぶそん]
「マキロン、旅行なんだって?また楽しそうだな〜!」

東吾兄が、アイスキャンディー片手に私の部屋を訪ねて来た。

「東吾兄だって、大学で生き生きしてたじゃん。」

「俺さー、高校ん時はその魅力に気づかなかったけど、やっぱ制服の特権ってスゲーよなー。
それ纏ってるだけで、青春さが増すの。
うん、光陰矢の如し。」

東吾兄が、オレンジ色のアイスキャンディーをかじる。
彼の発言は、時々意味深なようで意味不明だ。

⏰:09/02/16 21:42 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#289 [ぎぶそん]
「桜田くんだっけ?
こないだ打ち上げに付き添ってくれた子も一緒なんだろ?」

「桜井だよ。」

「ああ、そうそう。
彼かっこいいよなぁ!俺にはない爽やかだわ。」

彼の話に耳を傾けながら、畳んだ衣服をかばんに詰め込む。

「なあ、マキロンさぁ…。」

東吾兄が、私の近くにしゃがみ込む。

⏰:09/02/16 21:59 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#290 [ぎぶそん]
「何?」

「もしかして、彼のこと好き?」

「えっ…。」

彼のその一言で動揺し、そこでせっかく畳んだ洋服を崩してしまった。

「やっぱり!俺の目は節穴じゃなかったか!
うんうん、彼、素敵だもんなぁ。」

子供をなだめるように、私の頭を撫でる東吾兄。

⏰:09/02/16 22:05 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#291 [ぎぶそん]
「夏は季節で一番、男女間の気持ちが高揚しちゃうから、マキロン注意しろよな〜!」

「東吾兄ってば…!」

一発叩こうとした所、東吾兄が部屋の中を暴れ回る。

二人で家中を駆けずり回り追いかけっこを続けていると、途中父に注意を受けた。

東吾兄の奴。
優平はそんな対象じゃないよ―

⏰:09/02/16 22:38 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#292 [ぎぶそん]
そして、月曜日。
エリから回ってきたメールによると、昼の13時に駅に集合となっている。

今日の服装は、お気に入りの白いシャツに、下はピンク色のプリーツスカートを履いたといった所だ。

これから数日間、意中の男性の家に上がり込むとになる。

先日雑貨屋さんで購入した、ハート形のネックレスも身につけた。

⏰:09/02/16 23:55 📱:SH705i 🆔:FVyvlF8s


#293 [ぎぶそん]
昼食を取ってから家を出て、午後12時半、電車で優平の住む街の駅まで向かう。

優平はいつも、電車通学で学校に通っている。
資産家の彼の家なら使用人が車を出してくれそうだが、彼はそれを断ったらしい。

走る電車の中、彼はいつもどんな気持ちで自宅と学校を行き来しているのだろう。
優しさに溢れる笑顔の中、時々哀しい目をする理由を知りたい。

⏰:09/02/17 00:07 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#294 [ぎぶそん]
「エリと元基、まだかな…。」

駅の正門の前で、何度も腕時計で時間を確認する。
集合時間から5分経っても、二人は一向に現れなかった。

「真希!」

それからまた5分経った頃、優平が手を振りながらやって来た。

水色のシャツに少しダボついた灰色のズボン。
夏休みに入ってから初めて見る、彼の姿。

⏰:09/02/17 00:14 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#295 [ぎぶそん]
「二人がまだみたい…。」

「本当に!?あっ、メールが着たみたい。」

優平がポケットから携帯を取り出す。

「えぇ!ハメられた…。」

そこに書いてある内容に目を通すと、彼が大声を出す。
そして、その携帯の画面を私に向ける。

⏰:09/02/17 00:24 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#296 [ぎぶそん]
『私と元基は別の所で一泊してきま〜す!
後はお二人さんで仲良くやってね! エリより』

「何、コレ!?」

自分の携帯も確認してみると、同じ内容のメールがついさっき届いていた。

"エリより"の後に、ハートマークが可愛く3つ並んでいた。

エリと元基は、最初からこうするつもりでいたのか。
じゃあ、今日優平ん家に泊まるのは、私一人ってこと…!?―

⏰:09/02/17 00:31 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#297 [ぎぶそん]
「しょうがないなー、あの二人は。真希、どうする?」

「そうだなぁ、優平ん家行くの楽しみにしてたけど、私一人ってのも…。」

帰らざるを得ないかな、と言いかけた時、

「全然迷惑じゃないって!せっかくここまで来てくれたんだし、俺の家なんかで良かったら上がってってよ!」

優平がこの後のことを提案してくれた。

「うん。お言葉に甘えます。」

⏰:09/02/17 00:39 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#298 [ぎぶそん]
そこから、二人で近くの駐車場まで歩く。
優平が、赤いスポーツカーの前で足を止める。

「あっ、こちら使用人の清水祥華(しょうか)さん。
今日ここまで車を出してくれたんだ。」

彼の差し出した手の前に、スタイル抜群のグラマーな女性が、腕組みをして立っていた。

「初めまして。
優くんのかわいい恋人(スウィート・ハニー)さん。」

彼女が掛けていたサングラスを外し、私に握手を求めてきた。

「えっ…。」

その素顔の美しさと誤解を生む発言から、私の顔はやんわりと紅潮していった。

⏰:09/02/17 01:14 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#299 [ぎぶそん]
「祥華さんはね、長い間アメリカに住んでから英語がペラペラなんだ。」

走る車の中で、優平が祥華さんについて詳しい所載を教えてくれた。
言われてみれば、彼女には日本人離れしている部分が所々見受けられる。

独特のフェロモン、というか、放つ色気が外国人っぽい。

そして、彼女はまだ若いが、優平が中学の頃から使用人を務めていて、その付き合いも4年近くになるという。

⏰:09/02/17 01:30 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#300 [ぎぶそん]
「今日の夕飯、何が食べたい?」

「えっ?何でもいいよ。」

「そうだ、何処かドライブ行きたい所ある?
旅行中止になっちゃったし、祥華さんは色んな観光地知ってるよ。」

「優平ん家行けるだけで、充分だよ。」

二人で後部席でやり取りしていると、運転中の祥華さんが、その会話の途中で笑った。

「ウフフ。何でも出来る優くんも、こっち(恋愛)方面じゃウブのようねぇ。
まだまだ女の子の喜ばせ方を知らないみたいね。」

⏰:09/02/17 01:46 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#301 [ぎぶそん]
「…。」

彼女の一言で、二人の会話が一気に静まり返った。

妙な空気の流れの恥ずかしさから、お互いの顔を見れずにいる。

私たち、端から見たら恋人同士に見えるのかな…―

その状況について、隣に座る優平が困惑していないことを祈った。

⏰:09/02/17 01:51 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#302 [ぎぶそん]
「お二人さん、着いたわよ。」

祥華さんに言われて、顔を上げる。
車が走ってる間は、ずっと俯き加減のままでいた。

彼女がエンジンを止めた後、三人で車を降りる。

「…。」

ただっ広い車庫には、高級外車がずらりと並んでいた。
その中に、テレビや写真でしか見たことのないベンツの姿もあった。

⏰:09/02/17 05:38 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#303 [ぎぶそん]
祥華さんを先頭にして、校庭以上に広い庭を歩く。

歩く地面は、レンガが敷き詰められている。

庭はガーデニングの装飾が隅々まで行き届いていて、見事に美しい。
まるで中世のヨーロッパ時代にタイムスリップしたみたいだ。

歩く途中、丸い形をした噴水の横を通った。
大理石で造られたそれは、西洋風の庭にふさわしく洒落たものであった。

⏰:09/02/17 05:50 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#304 [ぎぶそん]
噴水のせせらぎに気を取られていると、紳士服を着た初老の男性が、前方からせわしなくやって来た。

そして休む間もなく、優平に向かって深くお辞儀をした。

「優平坊ちゃま、お帰りなさいませ。」

「ジィ。紹介するよ、友達の雨宮真希さん。」

「初めまして。」

会話の流れで、初老の男性に一礼をした。

⏰:09/02/17 06:00 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#305 [ぎぶそん]
「おぉ!貴女様が雨宮様でございますか。
坊ちゃまから、話はいつも聞いております。
想像以上にお美しい方で、誠に光栄でございまする。」

「ジィ!余計なこと言わなくていいから!」

優平に喋った内容を指摘され、焦る初老の男性。

その会話を聞いた祥華さんが、フフフッと口に手を当てながら笑う。

「あ、彼は使用人の沼木豊彦。
俺が小さい頃からここにいて、俺はずっとジィって呼んでるんだ。」

沼木さんが、もう一度私に頭を下げる。

大きく言えば、沼木さんも祥華さんと同じ役割の人間か。
桜井家に仕えてる使用人は、沢山いそうだ。

⏰:09/02/17 06:15 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#306 [ぎぶそん]
「ささっ。お二人共、早く家に上がって、ゆっくりとくつろいで下さい。」

沼木さんが私の荷物を代わりに持つと、先導するように私たちの前を歩く。

「ごめんね。こんな格好で。
もう少しいい格好してくれば良かった。」

今日の服装は自分でも頑張った方だが、優雅な桜井家の前では、からっきしシンプル過ぎる。

東吾兄の大学を初めて訪れた時に着た、花柄のワンピースが浮かんだ。
あいにく、あれは今回我が家に置いてきた。

「そんなことないよ!
充分、か、可愛いよ。」

優平が、首元をポリポリと掻く。

⏰:09/02/17 06:29 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#307 [ぎぶそん]
私たちは、本館と呼ばれる建物に入った。
ここは主に優平や、彼の家族が生活空間を営む場所らしい。

本館以外には使用人が寝泊まりする別館、優平のお父さんが趣味の絵画を描く為のアトリエなどが設けられているとか。

本館は庭以上にまた、その広さと豪勢さに呆気に取られることとなった。

2階優平の祖父が描かれた大きな肖像画が飾っており、その階へと螺旋階段が続いていた。

「お帰りなさいませ、優平坊ちゃま。」

「ただいま。」

優平が、数人と使用人と挨拶を交わす。

⏰:09/02/17 06:57 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#308 [ぎぶそん]
「あ、田辺さん。
シェフの宮島さんに、今日の夕飯はうんとご馳走を振る舞うように言っておいて。」

「分かりました。」

田辺さんと言う人が、そそくさとその場を離れる。

使用人、本館、別館、シェフ。

昔で言う所の貴族な生活を、同級生の優平はずっと送っていたのだ。

『優平は私たちと次元が違う』
一週間前の、エリの言葉を思い出した。

⏰:09/02/17 07:03 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#309 [ぎぶそん]
「今日はこの部屋で寝ていいから。」

優平に、3階の"空き部屋"と呼ばれる所に案内された。
そうは言っても、私の部屋より広くて、立派な造りをしていた。

「あら。優くんの部屋で、一緒におねんねすればいいじゃない。」

「…祥華さん!!」

学校ではクールな優平が、今日は珍しく何度も取り乱す。

祥華さんの言う冗談にもだんだんと慣れてきた私は、二人のやり取りを笑いながら見ていた。

⏰:09/02/17 07:18 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#310 [ぎぶそん]
「あっ、部屋に荷物置いたら、とりあえず噴水近くの庭で待ってて。」

それだけ言い残すと、優平は同じ階の自分の部屋へと駆けて行った。

「…真希ちゃん、だっけ?」

「はい。」

二人きりになった所で、祥華さんが私に話し掛けてきた。

⏰:09/02/17 07:25 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#311 [ぎぶそん]
「優くんのこと、頼んだわ。」

「え?」

「彼ね、中学時代は外での出来事なんか一言も話してくれなかったのに、
高校であなたたちと出会ってから、とても生き生きしてるの。
今日もあんな風に張り切っちゃって。」

「…はい。」

初めて知った、物静かな優平の気持ち。
それはきっと、私たち3人と同じ気持ちだ。

⏰:09/02/17 16:39 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#312 [ぎぶそん]
優平に言われたとおり、部屋に荷物を置いてから、庭の噴水近くに出向いた。

そのそばにテーブルとイスがあるのに気がついて、イスに腰掛けた。

「雨宮様、紅茶をどうぞ。」

使用人の男性が、気を利かせて飲み物を持って来てくれた。
白いティーカップに、熱い紅茶が注がれる。

「ありがとうございます。」

入れたばかりの紅茶は、高級感の漂う香りがした。

⏰:09/02/17 22:12 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#313 [ぎぶそん]
「お待たせ。」

紅茶を一口飲んでみた所で、優平が現れた。
何やら黒いケースを抱えている。

「練習し始めたのは中学の時からだけど、同級生に披露するのは初めてかな。」

腰を下ろした彼がケースから取り出したのは、バイオリンだった。

⏰:09/02/17 22:24 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#314 [ぎぶそん]
その場を立ち上がると、少し呼吸を整え、バイオリンを弾き始める優平。

彼が演奏した曲は、モーツァルトの「フィガロの結婚」だった。

巧みに弓を動かしながら、繊細なメロディーを奏でる。

学校では決して見せてはくれない、御曹司としての姿。
私はただ、彼の悠然な姿に見とれていた。

⏰:09/02/17 22:37 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#315 [ぎぶそん]
5分くらい経った後、演奏が終わった。

「…最後ちょっと間違えちゃった。」

彼が照れ隠しのような笑みを浮かべる。

私はイスに座ったまま、大きな拍手をした。

「かっこよかったよ。」

彼が陰で"王子"と呼ばれる理由が、今は理解できるかも知れない。

⏰:09/02/17 22:44 📱:SH705i 🆔:cEdrtdZ6


#316 [ぎぶそん]
「優平はいつも、家で何をして時間を過ごしてるの?」

「えっ?課題済ませて、予習して、テレビ観て、風呂入って…普通だよ、普通。」

「そう。今日は家での優平の様子が知りたいな。」

「えぇっ!?何かそう言われると、無駄に緊張するなー。」

イスから垂らした両足をプラプラさせながら、彼のはにかんだ笑顔を眺めていた。

⏰:09/02/18 00:37 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#317 [ぎぶそん]
また本館に戻ると、2階の洋室に案内された。

優平がリモコンで操作すると、ソファーの前に映画館で見るようなスクリーンが降りてきた。

「好きなの選んでいいよ!
ごめん、俺ん家、恋愛物はないんだ。」

優平が、棚からDVDボックスを取り出してきた。
色んなジャンルのDVDが入ってる。

「これがいい。」

その中から、1枚を抜き取った。

「『バトル・シアター』?また過激なのにしたな!」

⏰:09/02/18 00:51 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#318 [ぎぶそん]
「坊ちゃま、雨宮様、お菓子をここに置いておきます。」

またもや使用人の男性が、ハーブティーと焼きたてのクッキーを持って来てくれた。
ソファーの前のテーブルに、2人分にして並べる。

そして退室する前に、部屋の電気を暗くしてくれた。

「これ、コーラとポップコーンの代わりだね。」

「アハハ。面白いこと言うなぁ。」

無料の映画鑑賞は、いたせりつくせりであった。

⏰:09/02/18 01:04 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#319 [ぎぶそん]
「…。」

目を開けた時、エンドロールが流れていた。

確か、主人公が生き残りの戦士として目覚めて…。
その後はすっかり、眠りに就いてしまったようだ。

部屋が暗かったことと、桜井家に着いてからやっと緊張感から少し解放されたことから、安心しきって一眠りしてしまった。

⏰:09/02/18 09:13 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#320 [ぎぶそん]
「あ、起きた?」

隣に座る優平が、顔をこちら側に向けた。

「ごめん。途中ですっかり寝ちゃったみたい。」

「アハハ。気持ち良さそうに寝てたから、無理に起こさなかった。
続きが気になるんだったら、またいつでも同じDVD観ていいから。」

⏰:09/02/18 09:19 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#321 [ぎぶそん]
夕方―

「優平坊ちゃま、食事のご用意が出来ました。」

「お、もうそんな時間?」

新人の使用人の男性を交えてTVゲームをしていると、沼木さんが報告しに来た。

「よーし、続きはまた今度。」

熱中していたゲームを中断する。

⏰:09/02/18 09:26 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#322 [ぎぶそん]
それまでいた洋室を出て、1階の食堂に足を運んだ。

白いテーブルクロスが掛けられた長机に、豪勢な食事が無数に並んでいる。

「遠慮せず好きなの食べていいよ。」

二十人は同席できる食事の席に着いてるのは、私と優平だけであった。

高級レストランに出向いたようなパスタ、伊勢海老の姿焼き、ローストチキン。

何から手をつけていいのだろうと、頭を悩ます私。

⏰:09/02/18 09:42 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#323 [ぎぶそん]
「雨宮様、お口に合わなかったら何なりと申して下さい。」

料理を作ったシェフの宮島さんという人が、私に一言話し掛けてきた。

「全然そんなことないです。どれも美味し過ぎるほど美味しいです。」

一先ず、普段食べられそうにないものから積極的に食べた。
一気に舌が肥えそうだ。

隣では、慣れた手つきでナイフとフォークを扱う優平。
テーブルマナーは、自然に完璧にこなしている。

⏰:09/02/18 09:50 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#324 [ぎぶそん]
「…優平って、カップ麺とか食べたことある?」

ご馳走に囲まれた食卓の中で、こんな質問をしてみた。

「元基ん家に泊まった次の日に出されたから、その時初めて食べたよ。」

「あはは。あいつももっと、気の利いたものを出せばいいのに。」

まあ、らしいと言えばそうであるかな。

「ううん。なかなか美味しかった。また食べたいと思ってる。」

⏰:09/02/18 09:56 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#325 [ぎぶそん]
「だったら今度、うちの近所にある『保ラーメン』に連れて行ってあげるよ。
美味しいって凄く評判なんだ。」

「本当に?楽しみ。」

「うん。今日招待してくれたお礼。」

"真希ちゃん、遂にボーイフレンドが出来たのかい?"と屈託のない保おじさんの笑顔が浮かぶ。

⏰:09/02/18 10:03 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#326 [ぎぶそん]
最後に口直しにデザートの特製杏仁豆腐を食べ、片付けられた席の前で、二人でゆっくりと雑談を始めた。

「今日はこんな豪華なフルコースを振る舞ってくれて有り難うね。
お父さんや東吾兄にも食べさせたら、喜んだだろうな。」

今日来るはずだったエリと元基も、今頃一緒にいればきっと舌が唸っていただろうな。

「宮島さんが心を込めてくれて作ってるから、その分美味しいんだろうね。」

「うん、そうだね。
…優平は、お母さんの手料理は食べたことないの?」

⏰:09/02/18 10:15 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#327 [ぎぶそん]
「うーん、数え切れるほどしかないかなぁ。
運動会の時に、お昼に弁当を作ってくれたのが最後かな?」

「…そうなんだ。」

「なかなか忙しいみたいだから。親父の右腕としてさ。」

「…。」

そう晴れやかに笑う優平の姿を、直視できなかった。

⏰:09/02/18 10:22 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#328 [ぎぶそん]
夜、敷地内に設置された露天風呂を、祥華さんと一緒に入ることになった。

祥華さんが全身を包み隠さずさらけ出すので、その抜群プロポーションに、同性ながら少しドキドキする。

「どうかしら?初めて訪れた桜井家は。」

「お陰さまで、楽しいです。」

「優くんのような人と一緒にいたら、毎日がお姫様気分ね。」

⏰:09/02/18 10:47 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#329 [ぎぶそん]
「…優平がどう思ってるかは分からないけど、私は少なくとも彼を一人の男性として見ています。」

「それで?」

祥華さんがにこやかに、理解しているような目つきを私に送る。

「でも、今日ここに来て、正直少し距離を感じてしまいました…。
住んでる世界があまりにも違いすぎて…。」

今日の私は優平のファンの子たちから見れば、この上ない幸せの中にいるのだろうか。

⏰:09/02/18 10:57 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#330 [ぎぶそん]
「ウフフ。それでいいと思うわよ。心から優平のことを見ているからこそ、そうやって悩むと思うわ。」

「え?」

「でも、これからも見る目を変えてあげないでいてね。
彼、こんな必要以上の贅沢に囲まれた環境の中、あんなに健気に真っすぐと育ったのよ。」

「はい。」

優平は大切な友達であり、一人の大切な人に変わりはない。

祥華さんに打ち明けてみて、改めて気づかされた大事なこと。

「ありがとうございます、祥華さん。」

⏰:09/02/18 11:07 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#331 [ぎぶそん]
風呂上がり、優平の部屋を訪ねてみた。

30畳の広々した洋室に、堂々と置いてあるピアノ。

ダブルベッドより大きなベッドは、どんなに寝返っても落ちたりしなさそうだ。

ワックスで綺麗にコーティングされた、ピカピカの白い床を歩く。

⏰:09/02/18 17:31 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#332 [ぎぶそん]
二人でベランダに出て、少し欠けた月を眺める。
夏の夜風が、風呂上がりのポカポカとした体に気持ちよく当たる。

「…真希はさ、どういう時自分の幸せを感じる?」

「え?うーん…。
色々あるよ。推理小説のトリックが何となく解った時。東吾兄にTVゲームで勝った時。数学の難しい問題が解けた時。」

「あはは。真希らしいな。」

⏰:09/02/18 17:41 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#333 [ぎぶそん]
「俺ね、正直毎日の生活の中で、何かに困ったり不自由したことはない。」

「うん。」

そうだろうな、と思う。

「でも、いつも何かがしっくり来ないんだ。
俺って、相当な我が儘だよな。
皆こんなに良くしてくれるのに。」

「…。」

⏰:09/02/18 17:49 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#334 [ぎぶそん]
「俺、幼稚園から中学まで、私立のエスカレーター式の学校に行ってたんだ。

でも、どこか周りと馴染めなくてさ、高校は親父に無理言って、公立の学校に通わせてもらうことにしてもらった。」

「少しだけエリから聞いたことある。」

「元基と初めて話した時のこと、今でも覚えてる。

高校入りたての時、部活見学で隣にあいつがいてさ。
"美味しい棒の味を知らないなんて、お前人生損してるぞ!"って豪語されて、俺そんな時代遅れの中にいたのかー、って。」

「元基ってば、そんなこと言ったの?本当ウケるね。」

⏰:09/02/18 18:04 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#335 [ぎぶそん]
「それでその後、コンビニに行って、2人で美味しい棒を買ったんだ。
1本10円なんて思えないほどうまかった。」

「"美味しい棒"、だしね。」

「それから、元基といると楽しいなって思うようになって、あいつの後に着いていくようになったかな。

あいつは俺が知らない沢山の面白いことを、まるで手品の種を明かすかのようにもったいぶらず教えてくれるんだ。」

「ちっちゃい頃はがき大将だったみたいだしね。」

⏰:09/02/18 18:11 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#336 [ぎぶそん]
「それである日、あいつ数人の女子に、"桜井くんはお金持ちのお坊ちゃんなんだから、下品なこと吹き込んだらダメよ"って言われたことがあって。

そしたらあいつ、"家柄とか関係なく付き合うのが男同士の付き合いだー"って言い返してさ。
ああ、友達ってこういうもんなんだ、ってその時思った。」

「うん、うん。」

"少し馬鹿な所があるけど、絶対にいい奴です"

元基のことを誰かに説明するならば、私はきっとこう言うだろう。

⏰:09/02/18 18:20 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#337 [ぎぶそん]
「次第にあいつがエリと付き合うようになって、"また自分に似た、活発な子を好きになったなぁ"って、あの時は思ったなぁ。」

「本当、あの二人は似た者同士だ。」

今頃、仲良くやってるのかな。

「それで、エリが真希を連れてきて…、正直、初めて接した時の第一印象は"何かすげーバリアはってそう"だった気がする。」

「よく言われるから平気。」

自分では、あまり意識はないのだけど。

⏰:09/02/18 18:30 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#338 [ぎぶそん]
「…真希さ、確か従姉妹の幼稚園生がいるよな?」

「うん。お母さんの妹さんの子供のこと?」

「俺、いつかの夕方、真希がその子と手を繋いで歩いてるのをたまたま見たんだ。」

「そうだね、叔母さんが急用になった時なんかは、代わりに幼稚園まで迎えに行ってたりしたことがあるよ。」

⏰:09/02/18 18:46 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#339 [ぎぶそん]
「歩く道の途中で、真希がその子にアイスを買ってやっててさ。
その時ちらっと見えた横顔が…どう表現していいのかは分からないけど、凄く綺麗だった。」

「えぇっ!?錯覚かなんかじゃないの?」

彼があんまり真面目な顔でそんなことをいうので、私は笑ってみせた。

「…その数日後、今度は放課後事務員さんと花壇の手入れしてるのを目撃したんだ。
"何だ、普通にいい子じゃん"って。
さすが元基が好きになった子の友達ではあるなって。」

「…。」

そんな所まで見られてたんだ。

⏰:09/02/18 19:08 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#340 [ぎぶそん]
「真希のお母さんが、真希が物心つく前に亡くなったって聞いた時、俺が何かその分の心の溝を埋められたら…って思った。」

「優平…。」

「何だろう。元基やエリの笑った顔も大好きだけど、その中で真希が笑ってくれた時が、俺にとって何よりも嬉しい瞬間なんだ。」

「…ありがとう。」

少しばかり、涙ぐみそうになった。

⏰:09/02/18 19:18 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#341 [ぎぶそん]
「…私ね、この間初めて恋愛小説を借りたの。」

今度は、私から話を持ち掛けた。

「その中にね、主人公の女の人が、好きになった男性と初めて出会った時のことを、まるで四つ葉のクローバーを見つけた時と同じような気持ちだ、って表現してた部分があった。」

「うん。」

⏰:09/02/18 19:23 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#342 [ぎぶそん]
「私にとって、優平がそう。最近じゃ、ただこうして一緒に過ごしてるだけで、私にとって幸福な時間が流れてる。

お父さんや東吾兄、エリや元基たちといる時とはまた違う温かい感情を、優平は私に与えてくれるんだ。」

ねぇ、お母さん…。
お母さんは私を目の前のこの人と出会わせる為に、私を産んでくれたの?―

少なくとも今は、そう思うよ。

⏰:09/02/18 19:39 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#343 [ぎぶそん]
数日後、私は桜井家から帰って来た。

祥華さんや沼木さんを始めとした使用人の方たちに、何度も感謝の気持ちを述べた。

夢のような時間をありがとうと、優平をここまで立派に世話してくれてありがとうと。

数日の間、普段の日常では到底成し得ないような、セレブリティな生活を送った。
でも、優平とただ二人で佇んでた時が、一番心が満たされていた。

⏰:09/02/18 19:47 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#344 [ぎぶそん]
日曜日の昼下がり、エリとファミリーレストランで一緒に食事を取ることになった。

「どうだったー、初めての桜井家は?二人きりの方がいいと思って、私たち敢えて行かないことににしたの。
まあ、結果騙す形になっちゃったのは謝るね。」

エリが、"申し訳ない"のポーズを取る。

「ううん。そのお陰で、何か優平に近づけた感じ。」

二人の優しさを、私は汲み取った。

⏰:09/02/18 19:56 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#345 [ぎぶそん]
「ねぇ、エリはさ、どういう時自分の幸せを感じる?」

優平に尋ねられたことを、今度はエリに聞いてみた。

「えぇー?
そうねぇ、元基が珍しく何か奢ってくれた時とか、頭髪検査を上手くくぐり抜けられた時とか、新しく買ったマスカラが、思った以上にボリュームがあった時とか。」

「あはは。エリらしいね。」

⏰:09/02/18 20:03 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#346 [ぎぶそん]
「じゃあ、真希は?」

「…私はね、幸せを感じる瞬間って生きてる内で数え切れないほどあるけど、最近特に一番それを感じたのは…。」

そう。
自分が好きである人に、自分の気持ちが届いた時。

その上、相手も自分と全く同じ気持ちであった時。

私と優平はあの晩、あれから手を繋いだままずっと、一晩中語り明かしてたんだ。

エリも元基と付き合うようになった時、こんな気持ちだったのかな?

あの日、私たちの心の距離は、限りなくゼロに近づいていた。

Chapter04 END.―

⏰:09/02/18 20:12 📱:SH705i 🆔:fL1Gvzv6


#347 [ぎぶそん]
Chapter05
「生きるということ」

⏰:09/02/25 22:37 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#348 [ぎぶそん]
蝉たちの鳴き声が消えかかる頃、夏休みも終了し、二学期が始まった。

久しぶりに対面するクラスの皆。
少し日焼けした肌の色以外は、皆の様子はあまり変わっていない。

「それ本当?松田。」

「ああ間違いない!てっしーが見たこともない生徒と一緒に居たんだ。きっと転校生だよ!」

夏休みボケも覚めてきた数週間後、朝教室に入るや否や、何やらエリたちが集まって騒いでいるのが見えた。

⏰:09/02/25 22:46 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#349 [ぎぶそん]
「どうしたの?何かあった?」

自分の席にカバンを置くより先に、まずエリたちに声を掛けてみた。

「ああ、真希。
もしかしたら今日、うちのクラスに転校生がやって来るかも知れないって。」

「え?」

エリの話によると、担任の手島先生が、うちのクラスにいない子と職員室から出て来るのを、クラスメートの男子が目撃したらしい。
その子は女子生徒だったという。

⏰:09/02/25 22:53 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#350 [ぎぶそん]
「おい松田、その子どんな感じだった?」

「さあ、俺が見たのは後ろ姿だったから、よく分かんなかった…。」

「俺、どうせだったら可愛い子がいいなぁ。」

「やめとけやめとけ。昔から転校生ってもんは、期待ハズレが関目の山さ。」

「ま、それもそうだよなぁ。」

色々と言葉を交わす男子たち。

⏰:09/02/25 22:59 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#351 [ぎぶそん]
チャイムが鳴り、朝自習の時間が始まっても、転校生かも知れないという子のことを考えていた。

一学期も終わり、クラス内では既に各々のグループが固定化されている。

男子も女子も分け隔てなく仲が良いのがうちのクラスの特色だけど、新しくどこかのグループに入るというのは、そうすぐにはいかないだろう。

本当に転校生が現れた時は、積極的に声を掛けてみよう。
誰だって、独りは寂しい。

⏰:09/02/25 23:07 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#352 [ぎぶそん]
朝自習が済んでから十分後、手島先生がドアを開け、教室へとやって来た。

同時に、クラス内のざわつきがピタリとなくなる。

先生が教壇へと歩く度、小さくパタパタと鳴るスリッパの音。

「あー、今日は朝のホームルームを始める前に、皆に是非とも紹介したい人がいる。
君、入って来てくれたまえ。」

先生の指示と共に、ドアの付近に立っていた女子生徒が教室に入って来た。

⏰:09/02/25 23:17 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#353 [ぎぶそん]
「今日から皆と同じクラスになった、村上弥生さんだ。
皆、仲良くするんだぞ。」

「初めまして、村上といいます。皆さんよろしくお願いします。」

女の子らしい高い声で挨拶をしてから、頭を下げる転校生。

彼女の登場によって、教室内が小さくどよめく。

身長や体格はエリに似ていて小柄ではあるが、どこか落ち着いている。

見た目は愛嬌もなく無愛想でもない、クールな感じであった。

⏰:09/02/25 23:27 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#354 [ぎぶそん]
「山崎、ブスがやって来たどころか、普通に美少女じゃん!」

「ハハハ、ごめんごめん。」

「転校する前はどこに住んでたのー?」

「ねぇ、村上さん。お昼は私たちと一緒に食べましょう?」

休み時間になった途端、村上さんの周りを皆が取り囲む。
クラス内が、いつも以上に賑やかになる。

⏰:09/02/25 23:32 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#355 [ぎぶそん]
「あーあ。男子ってば、可愛い子が来たからってデレデレしちゃってー。」

「自分のクラスに転校生がやって来るっていうのは、生まれて初めてかな。」

皆の転校生が訪れた喜びようを、窓側でエリと二人で傍観する。

それにしても転校生の村上さん、どこか陰があるように思えるのは、気のせいかな…―

⏰:09/02/25 23:38 📱:SH705i 🆔:r/GN9WtE


#356 [ぎぶそん]
放課後、エリと職員室を利用し、教室に戻ってみると、村上さんが教科書をカバンに詰めていた。

「村上さん、一人?
良かったら、私たちと一緒に帰らない?」

彼女の元に行き、積極的に話し掛けるエリ。

「えっと…。」

「私は長谷部エリ。エリでいいよ!
こっちは雨宮真希。同じクラスだし、何かあった時は言ってね。」

そこで初めて自己紹介をした。

⏰:09/03/23 22:09 📱:SH705i 🆔:akN.NqpQ


#357 [ぎぶそん]
「ねえねえ、コンビニでアイス買わない?」

雑談をしながら、三人で教室を後にする。
主にエリが話題を出す。

「…あ!」

階段を下りようとした所で、部活へと向かおうとする優平と遭遇した。
彼のショルダーバッグに着けてあるキーホルダーが、小さく揺れる。

「今帰り?」

「うん。」

彼と視線を合わせるだけで、不用意に胸の心拍数が上がる。

⏰:09/03/23 22:18 📱:SH705i 🆔:akN.NqpQ


#358 [ぎぶそん]
「えっと…。」

優平が、初見の村上さんを不思議そうに見つめる。

「あ!彼女は今日うちの学校に転校してきた、村上弥生さん!」

彼の態度を察知すると、エリが説明をする。

「へえ、そうなんだ。初めまして。」

「優平、真希から村上さんに乗り換えたら承知しないんだからねっ!」

「えっ!!」

エリの台詞に、私と優平は二人して照れた。
私たちの関係って、一体どんなものなのかな…―

⏰:09/03/23 22:25 📱:SH705i 🆔:akN.NqpQ


#359 [さや]
待ってました

⏰:09/03/26 15:07 📱:F905i 🆔:GreNRE2o


#360 [ぎぶそん]
>さやさん

返事遅くなりました。
コメント有り難うございます!

最後まで書き上げるので、良ろしければお付き合いよろしくお願いします(^-^)

⏰:09/04/02 08:44 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#361 [ぎぶそん]
三人で学校近くのコンビニでアイスを買い、店の前にあるベンチに座ってさっそく食べた。

「あっ、いっけなーい、おつかい頼まれてるんだった。」

エリがクレープのアイスを食べ終えてすぐ、たった今用事を思い出したように慌てた声を出した。

「じゃあ二人とも、また明日ね。」

ケラケラとした表情で私と村上さんにさよならを告げ、自宅の方向へと駆けて行く。

エリはいつもこうだ。
こちらが飽きることがない位、コロコロと行動パターンが変わる。
まあ、彼女のそんな所が好きなのだけど。

青いベンチに、一人分だけスペースが空く。
私と村上さんの、二人きりになった。

⏰:09/04/02 09:03 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#362 [ぎぶそん]
エリが去った後は、その場が一気に沈黙となった。
お互い、話題を積極的に出す性格ではなさそうだし。

こんな時、どうしたらいいのだろう。
こんな時は、エリや元基の性格が羨ましくなる。

「…さっき廊下で会った人、真希ちゃんのボーイフレンド?」

場のやり方について戸惑っていると、村上さんが口を開いた。

⏰:09/04/02 12:34 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#363 [ぎぶそん]
「えっ…違うよ。」

彼女の思わぬ質問に、とっさに否定をした。
それと同時に、さっそく"真希ちゃん"と呼んでくれたことが、くすぐったかった。

「そうなんだ。アタシにはお似合いに見えたのにな。」

「…正直言うと、私は彼のことが好きだよ。
でも、向こうはどうだか。」

私と優平の関係って、いうなれば友達以上恋人未満って奴かな?

手持ち無沙汰かのように、ぶら下がってる両足をパタパタさせた。

⏰:09/04/02 13:03 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#364 [ぎぶそん]
「…アタシ、この歳でまだ誰かに恋したことがないんだぁ。」

彼女がボソッと呟く。
俯いて両手でアイスの袋をいじっている。

「私も、人を好きになったのは優平が初めてだよ。
それも、つい最近。」

「…でもね、今まで結構な男の人と寝てきたの。
ふふふ、変な話でしょう?」

「えっ…。」

話を始めてまだ数分、彼女が唐突に"そういう話"を持ち掛けた。
口元は緩んでいたが、目は笑っていなかった。

清楚な見た目とは裏腹に、中身は大胆な子なのかも知れない。

⏰:09/04/02 13:30 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#365 [ぎぶそん]
「アタシ、望まれて生まれて来た訳じゃないらしいの。
ううん、どちらかと言うと、生まれて来て欲しくなかったみたい。

両親はすぐに離婚。
今はパパ一人でアタシを養ってる。

そんなアタシを男たちが求めてくるのが、滑稽に見えて仕方がないんだぁ。」

「…。」

突然の彼女の話に、言葉が出なかった。
余計なことを言って、傷つけるのも避けたかった。

「あ、こういう話、もしかして苦手だったかな?
大人しいフリしてんのが窮屈でさ、つい話しちゃった。」

先程の帰り際のエリのように、ケラケラと笑う彼女。
でもそれは明らかに、ダークな雰囲気に包まれていた。

⏰:09/04/02 13:56 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#366 [ぎぶそん]
「真希ちゃんには幸せになって欲しいなー。
真希ちゃんみたいに落ち着いてる子、アタシ好きなの。」

そう言い終えると、彼女はサッと足を組んだ。
その仕草だけで、不思議と一気に大人びた感じになった。

「そんな、私たち同い年じゃない。村…弥生ちゃんもまだまだこれからだよ。」

「アタシ、もう汚れてるし。」

ハァとため息をつきながら、頬杖をつく彼女。
その切なそうな表情を、夕焼けがオレンジに染める。

⏰:09/04/02 18:11 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#367 [ぎぶそん]
「…私のお母さん、小さい頃に死んじゃってさ、それからずっと父親と二人暮らししてた。

そんな環境を不幸とは思わないけど、生前のお母さんに会いたいと思うことは何度もあるよ。

うん、やっぱり寂しいよ。お母さんがいないのは。」
普段、誰にも告げない思い。
自然と拳に力が入る。

「ふふふ。別にいいよ、アタシのこと慰めなくても。」

「弥生ちゃんのお母さん、きっとどこかで毎日弥生ちゃんのこと想ってるよ。

どんな母親だって、腹を痛めて産んだ子はかけがえのない存在だよ。

私のお母さんも、空から毎日私のことを想ってくれている。」

お母さんの居る、空を仰いだ。

⏰:09/04/02 18:23 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#368 [ぎぶそん]
「それと今はね、大学生の居候がいるんだ。
賑やかでせわしない人だけど、本当のお兄ちゃんのように思ってる。」

東吾兄のくしゃっとした笑顔が浮かんだ。
今頃、家でTVゲームに熱中してるかな。
帰ったらまた、付き合わされるんだろうな。

『生きてると、楽しいことが沢山あるよ。』

現実に対して、少し悲観的な彼女に伝えたいこと。

でも、喉の辺りまで出てきた所で、飲み込んでしまった。
同級生に対してこんな台詞を言うのは、偉そうだと判断したから。

⏰:09/04/02 18:36 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#369 [ぎぶそん]
「マキロン、おかえり!
あっ、丁度良かった。レベル上げ付き合って〜。」

家に帰ると、想定内の光景が広がり、想定内の台詞を告げられた。
ソファーに寝転がりながら、TVゲームを堪能している東吾兄。

「もー、ちょっとは夕飯の準備手伝ってよ。
居候の分際で遠慮なさ過ぎ、くつろぎ過ぎ。」

スーパーの袋を、テーブルの上に音を立てて置く。

「アハハ。だって俺、不器用だし役不足だし。」

⏰:09/04/02 18:49 📱:SH705i 🆔:K79dghiA


#370 [我輩は匿名である]
>>1-50
>>51-100
>>101-150
>>151-200
>>201-250
>>251-300
>>301-350

⏰:09/04/02 22:57 📱:W61SA 🆔:5zPWjPPg


#371 [ぎぶそん]
>匿名さん

アンカー有り難うございます!(^^)

⏰:09/04/03 13:09 📱:SH705i 🆔:ByU6c7HI


#372 [ぎぶそん]
今日の夕飯は、カルボナーラを作ることにした。
東吾兄にも、パスタを茹でるという作業をしてもらった。

今日の夕飯は2人分だけ。
放課後父から、会社の人と飲んでくるという連絡があったから。

「今日うちのクラスに、転校生がやって来た。」

「へえー。そりゃ、大学にはない楽しみだなぁ。」

出来上がってすぐ、2人で夕飯の席を囲んだ。
湯気の立つパスタをフォークに巻き付ける。

⏰:09/04/03 13:19 📱:SH705i 🆔:ByU6c7HI


#373 [ぎぶそん]
「何か、陰のある子だった。悩みを抱えてるみたい。」

弥生の、切なさそうな横顔を思い出す。

「そりゃ人間誰だって、生きていれば困難にぶつかるだろうな。
今がその時期なんだろ。」

パスタを流すように、オレンジジュースをがぶがぶ飲む。
東吾兄は、水やお茶が苦手らしい。

「…ねぇ、東吾兄は両親が海外に住むって決めた時、寂しくなかったの?」

前から気になっていたことを聞いてみた。

⏰:09/04/03 13:29 📱:SH705i 🆔:ByU6c7HI


#374 [ぎぶそん]
「俺、もう大学生だしなぁ。最初はびっくりしたけど、今は寂しさを感じることはあまりないね!
大学もこの家で暮らすのもおもしれーからさ。」

「そっか。」

「親父もおふくろも、俺が大きくなって、やっとやりたいことがやれると思ったんだろ。
俺はそれを反対はしないよ。養ってもらった分、親の幸福を願うのが子供の務めさ。」


即答の中にも、しっかりとした自分の考えがあった。
東吾兄、もっとこういう面を出せば女の子にモテるだろうに。
そう言ったら、怒られるかな。

⏰:09/04/03 13:43 📱:SH705i 🆔:ByU6c7HI


#375 [ぎぶそん]
次の日の朝、下駄箱の所でエリと鉢合わせた。

「昨日はごめーん。
昨日は村上さんとどうだった!?」

両手を合わせ、詫びるエリ。

「うん、普通にいい子だったよ。」

脱いだ靴をしまいながら、昨日の弥生の言動を思い出す。

エリには彼女から訳ありな話をされたことは、告げないことにした。

多分、私だからこそ言えるものがあったのだろう。
自惚れかも知れないけれど、そんな気がする。

たった数時間の会話だけで、彼女の心の深い奥の底が見えた気がする。

⏰:09/04/04 22:37 📱:SH705i 🆔:zDcHJT92


#376 [我輩は匿名である]
>>273-400

⏰:09/04/04 23:14 📱:D705i 🆔:2MY1v5ZY


#377 [ぎぶそん]
朝自習が済んだ後、ますちゃんと英語係の役割をする。

本日クラスから収集したのはぺらぺらのプリント用紙だったが、ますちゃんと話すのが楽しいので、手ぶらで職員質まで付き添う。
こんなパターンは少なくない。

「…雨宮さん、最近桜井くんとはどう?」

階段を下りる途中、ますちゃんがさりげなく問い掛けてくる。

「うーん、今までどおりの友達のような、そうでないような…。」

ますちゃんには以前、優平のことが好きだということを話しておいた。

⏰:09/04/04 23:18 📱:SH705i 🆔:zDcHJT92


#378 [ぎぶそん]
「そろそろ告白しちゃえばいいのに。
あんまりのんびりし過ぎて、桜井くんが誰かに取られても知らないよー!?」

責め立てるように、ますちゃんが私の方に寄ってくる。
小さい身体ながら、彼は物事をきっぱりと言う所がある。

それも私を思ってのことだから、悪い気はしない。
クラスで人気者なのも、誰にでも思いやりを持って接しているから。

「う…。優平がいいって思う人であれば、その時は祝福するよ…。

それに私、決めたんだ。
本当に相手の存在が大切に思えた時、気持ちを伝えようって。」

そう、お父さんとお母さんが大恋愛をしたみたいに、私もこの恋を温めていきたいんだ―

⏰:09/04/04 23:31 📱:SH705i 🆔:zDcHJT92


#379 [ぎぶそん]
休み時間の間にトイレに向かうと、弥生が鏡の前で身なりを整えていた。

「おはよう。」

同じクラスだけど、今日初めて顔を合わせる。

正直、昨日の件もあり、自分からどう接すればいいのか分からなかった。
でも、不自然のないようにそこで挨拶をする。

「…真希ちゃん、昨日アタシが話したこと、エリちゃんには言わなかったんだね。」

「え?」

顔は鏡に向けたまま、話を持ち出す弥生。

⏰:09/04/04 23:40 📱:SH705i 🆔:zDcHJT92


#380 [ぎぶそん]
「…弥生ちゃんこそ、どうして私なんかに話してくれたの?」

ドクドクと鳴る心臓の音。
たった一言の台詞にも、彼女を傷つける要素がありそうで怖い。

「アタシね、トイレも一人で行けないような子、嫌いなの。
真希ちゃんって、自分をしっかり持ってそうで好感が持てるわ。」

そう一人でトイレに来た私に言うと、すれ違い様に"じゃあね"と囁き、彼女は立ち去った。

私はきっと、彼女にとって悪い印象は持たれていないようだ―

⏰:09/04/04 23:52 📱:SH705i 🆔:zDcHJT92


#381 [ぎぶそん]
次の授業の時、弥生が先生に当てられる場面があった。

難しい問題に対して、迷うことなくスラスラと答える彼女。
見事に正解すると、クラス内が少しざわめいた。

『大人しいフリしてんのが窮屈でさ』

思い出す、昨日の彼女の台詞。

彼女の周りの席の子たちが、"すごいねー"などと話し掛けている。
"そんなことないよ"と、謙虚に小さく照れる弥生。

今の姿は彼女にとって、仮の姿だと言うのだろうか?

私からして見れば、彼女は一人の小柄で愛らしい女子高生だ。

⏰:09/04/05 00:04 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#382 [ぎぶそん]
その晩、風呂上がりに和室を通り過ぎると、父が母の仏壇を磨き上げていた。

「…お父さんってさ、お母さんが悪い過去を持ってたとしても、お母さんのことを好きになってた?」

タオルで濡れた髪を乾かしながら、父の横に座り込む。

「ああ、もちろん!」

「どうして?マイナスに思ったりしない?」

にこやかに答える父に聞き返した。

⏰:09/04/05 12:23 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#383 [ぎぶそん]
「父さんは、今この瞬間の母さんを好きになったんだから。
おしとやかで、可憐で、あったかくて。

昔のことを聞いた位じゃ、その心は揺るがないさ。」

隅々まで行き渡るように、父はひたすら雑巾を持つ手を動かし続ける。

「お母さんって、それほどお父さんにとって素敵な人だったんだね。」

遺影に映る母の顔を見る。

まるでこの世にある全ての悪行を許すかのように、こちらに優しく微笑んでいた。

⏰:09/04/05 12:26 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#384 [ぎぶそん]
その後部屋にこもり、早めに読書を終えると、ランプを消す。

暗い部屋で、布団に潜り目をつむったまま考え込む。

自分の周りには、エリや元基のように、あっけらかんとしたタイプの人間が多かった。

その分弥生のようなタイプの人間が、気にかかってしまう。
彼女は自分から、少女としてのあどけなさややんわりとした雰囲気を、廃除しているように思える。

『生まれて来て欲しくなかった』とは、どういう意味なのだろうか?

そんな親、本当にいるのだろうか。
少なくとも、今の私には分からない。

⏰:09/04/05 12:37 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#385 [ぎぶそん]
弥生が私たちの学校に転校して来て、二週間が経った。
彼女もだいぶクラスに溶け込んできて、クラスの皆が彼女を特別視する回数も減ってきた。

「あれ、弥生ちゃんとD組の町田じゃない?」

昼休み、エリと外にある自販機に向かう途中、校庭で弥生と他のクラスの男子が話し込んでる姿が見えた。

町田は先生に盾突いたり、放課後はケンカ三昧の日々で、素行があまり良くないことで有名だ。

ガラの悪い男子と物静かな女子の組み合わせ。
その違和感から、遠くにいても目立つ。

⏰:09/04/05 12:44 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#386 [ぎぶそん]
「町田ったら、今度は弥生ちゃんに手出そうとしてんのかねー。
あいつが前付き合ってた子、清楚な感じだったし。」

「何か嫌な予感がする…。」

「そう?弥生ちゃんみたいな優等生は、あんな奴に引っ掛かったりしないでしょ。」

二人の姿を見続けていると、町田が一方的に言い寄ってる様子ではなさそうだ。

弥生の方も、相手の話に対して静かに頷いている。

この時心が覚えた小さな胸騒ぎを、私は逃さなかった。

⏰:09/04/05 12:52 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#387 [ぎぶそん]
放課後、元基から優平が図書室にいると聞き、さっそく行ってみることにした。

今日一日彼の姿を見ていない。
特別用事がある訳ではないが、無償に会わずにはいられなかった。

「優平…?」

図書室に入ると、勉強道具が散らばる机に、顔を伏せたまま優平が眠っていた。

彼の黒くて艶のある髪を、夕日が窓越しに照らす。

⏰:09/04/05 17:59 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#388 [ぎぶそん]
彼の近くの椅子に、腰を下ろしてみる。

死んだように眠る、優平の寝相にぴったりの表現だ。
その寝顔を、じっくりと観察する。
長い睫毛や筋の通った鼻に、思わず見入ってしまう。

疲れてるのかな?
きっと毎日、たくさん勉強してるんだろうな。

彼が起きないように、そっと頭を撫でてみた。

⏰:09/04/05 18:01 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#389 [ぎぶそん]
トクン、トクンと心臓の音が体内でこだまする。

その髪を繰り返し触ってみる。
彼に近付けば近付くほど、今度はその体に触れたいという気持ちになる。

今、どんな夢を見ているのだろう。
その中に、私は映っているのかな!?

優平がどんな過去を持っていたとしても、今この瞬間のときめきは色褪せないだろう。

⏰:09/04/05 18:11 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#390 [ぎぶそん]
「ん…。わ、真希っ!」

一時間後、眠りの王子が目を覚ました。
私の存在に気づくと、その場であわてふためく。

「あ、起きた?」

彼が寝ている間、読んでいた本を閉じる。

「ずっと居たの?起こしてくれて良かったのに。」

「気持ち良さそうに寝てたから。」

今日初めての、彼との会話。

彼と些細なやり取りが出来るだけで、今日一日があでやかなものになるよ。
それは、雨上がりの虹のように。

⏰:09/04/05 18:15 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#391 [ぎぶそん]
「今日、部活休みだったの?」

放課後、優平が学校に残ってることが珍しい。

「ああ、俺足痛めちゃったみたいでさ、明日も病院通い。」

情けないよな、と歯を見せて笑う。

「え…、それは心配。」

「大丈夫だって。たいしたことないから。」

⏰:09/04/05 21:00 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#392 [ぎぶそん]
「何か私に出来ることがあったら言ってね。」

「そうだなあ、じゃあ今日一緒に帰ろう。」

彼は立ち上がり、勉強道具をカバンにまとめ始めた。

「うん。」

彼からの意外な要求。
すぐに頷いたのは、嬉しさからくるものがあったから。

久しぶりの一緒の下校。
それだけなのに、胸がドキドキするよ。

⏰:09/04/05 21:08 📱:SH705i 🆔:vgyn5LVM


#393 [ぎぶそん]
私も教室に戻って、荷物をまとめる。
電車通学の彼に合わせて、帰り道のコースは駅まで一緒ということになった。

優平って、結構背が高いんだ。
真横に並ぶ彼を見て、改めて感じた。
異性だと意識し始めてから、様々な視点が変わる。

二人とも、歩幅が自然とゆっくりになる。
いつもの景色が、もっと好きになる。

⏰:09/04/06 17:43 📱:SH705i 🆔:bVwBHG7I


#394 [ぎぶそん]
「今度、サッカーの試合観に行きたいな。」

街中でこんな台詞を、さりげなく呟いてみた。

「マジ!?じゃあ、練習頑張らないといけないなぁ!」

「足、早く治るといいね。」

写真を撮られたかのように、最大限の笑顔をしてみる。
彼の制服の袖を、小さくつまむ。

こんな仕草や表情、きっとお父さんにも見せたことないだろう。
ううん、恥ずかしくて見せられないや。

⏰:09/04/06 17:46 📱:SH705i 🆔:bVwBHG7I


#395 [ぎぶそん]
次の週末が明けた月曜日、朝普段どうりに教室に入ってみると、またもやエリや男子たちが一つに集まっていた。

「真希…。」

エリが深刻そうにこちらを見てくる。

「どうしたの?」

いつもと違う雰囲気に、一目散に駆け寄る。

「転校生の村上が、D組の町田とホテルに行く所を、目撃した奴がいるんだよ。」

「えっ…。」

エリの代わりに、一人の男子が説明してくれた。

⏰:09/04/06 17:53 📱:SH705i 🆔:bVwBHG7I


#396 [ぎぶそん]
「まあ、悪いとは言わないけどさ、村上さんってああいうのがタイプなんだなーって。」

一人の男子が、投げやりな感じで話す。

「まだ転校して間もないのに。意外と遊んでるんだ。」

「俺、いいかもって思ってたのになー。清純そうに見えたのに。」

クラスの皆の弥生に対する印象が、一気に違うものとなった。

⏰:09/04/06 18:02 📱:SH705i 🆔:bVwBHG7I


#397 [ぎぶそん]
昼休み、一人屋上へと上がる。
ドアを開けてみると、弥生が一人で屋上からの景色を見下ろしていた。

こちらの気配に気がつき、瞬時に振り向く。

「噂、もう広まってるみたいね。」

クラスメートの私だと解った瞬間、やんわりと微笑む。
彼女の赤みがかかった髪と制服のスカートが、秋風になびく。

「町田くんね、評判は悪いみたいだけど、あれでも優しいトコあるのよ。」

現在周りが自分の交友関係のことで話題になっていることを、だいたい把握しているようである。

⏰:09/04/09 23:46 📱:SH705i 🆔:zwtBDWqQ


#398 [ぎぶそん]
「私は弥生ちゃんが好きになった人なら否定したりはしないよ。
でも、悪いことには巻き込まれないで欲しい。」

町田は日常茶飯事に人に暴力を振るう。
それによって彼女の身に何か降りかかることが、何よりの心配。

彼女は余裕の表情で「そう。」と言うと、それ以上は何も言わずその場を立ち去った。

⏰:09/04/09 23:48 📱:SH705i 🆔:zwtBDWqQ


#399 [ぎぶそん]
その日の晩、夕飯の席で父が珍しく深刻そうに口を開いた。

「今朝南区の商店街で、自殺があったらしい。
父さんの会社の同僚の人が第一発見者だったみたいでな、警察の人から色々事情聴取を受けて出勤時刻に遅れたそうだ。」

「あそこ、自殺の名所ですもんねぇ。」

東吾兄が理解できるような面持ちでいる。

「日本は年間で約3万人の自殺者がいるらしいぞ。」
持っている箸で、私たちを指す父。

「そんなに…?!」

あまりのその数の多さに、私は驚愕した。

⏰:09/04/10 13:09 📱:SH705i 🆔:j.4ME3cQ


#400 [ぎぶそん]
「人間はな、どんなに苦しいことがあっても、たった一つの希望さえあれば、生き続けたいと願うもんなんだ。

でも、自ら命を絶とうという人には、全くそれがない状況ということになる。

生きるというそのものが100パーセント絶望にしか感じられなくなった時、人は死ぬんだろうなぁ。」

父は今日あった出来事を通して、何か感じるものがあったようだ。

今日の食卓の空気は、いつものおふざけモードとは一変した。
社会に通じる問題も、こうして家族間でも日々話し合っていきたい。

⏰:09/04/10 13:21 📱:SH705i 🆔:j.4ME3cQ


#401 [ぎぶそん]
風呂上がりに、パジャマ姿のままでリビングのベランダに出てみた。
見上げて見るお月様は、満月に近い形をしていた。

瞬く満天の星に、人はそれぞれどんなことを思うのだろう。

私は明日も明後日も夜を迎える度、こうして星たちを眺めていたいよ。

辛い時も、楽しい時も。
何事もなく終えた日でも。

自分の命が瞬き続ける限り、目の前にあるものを受け止めていく。

私はそう、生き続けたいんだ。

⏰:09/04/10 13:34 📱:SH705i 🆔:j.4ME3cQ


#402 [ぎぶそん]
弥生と町田の噂はたちまち他のクラスにも広まり、それ以降彼女に親しく声を掛ける者は少なくなっていった。

以前、町田と付き合っていた子に言い寄ってしまった男子が、その後町田に一発殴られたという。

その一件もあって、下手に彼女を近づいたり傷つけたりして、町田に因縁をつけられることを、皆は恐れているのだ。

そんな中、エリは変わらず転校してきた頃のように、積極的に彼女に話し掛けたりしていた。

町田との交際が噂された当初は驚いていたようだったが、少し経つとそのことにも気にも止めなくなったみたいだ。

移動教室の時は彼女も誘ったり、休み時間に勉強を教えてもらったりするエリは、楽しそうだった。

⏰:09/04/12 17:23 📱:SH705i 🆔:UwxDzFUk


#403 [ぎぶそん]
数日後の昼休み、私は優平と屋上に来ていた。

弥生が何か訳がありそうな雰囲気あり、それを私に伝えようとしていることを、優平に話してみることにした。

「きっと、村上さんは誰かに自分のことを理解して欲しいんじゃないかな。」

「理解?」

「うん。ずっと、寂しかったんだと思うよ。」

ああ、そうか。
彼女を初めて見た時、その瞳は孤独で淋しそうに見えたんだ。

⏰:09/04/12 17:31 📱:SH705i 🆔:UwxDzFUk


#404 [ぎぶそん]
放課後、トイレを済ませ教室に戻ろうとした時だった。

「真ー希ちゃんっ。」

弥生に後ろから肩を軽く叩かれた。

「F組の桜井くんだっけ?彼、奥手そうだね。
そういう男と付き合うと、後々じれったくて面倒になるわよ。
他の男に乗り換えたら?」

腕組みをしながら、私の隣を歩く。
身長はクラス内で低い方だが、どこか威圧感がある。

私と二人きりになると、彼女は少々毒舌になるようだ。
彼女自身が言う、『本性』といった所か。

⏰:09/04/12 17:46 📱:SH705i 🆔:UwxDzFUk


#405 [ぎぶそん]
「…弥生ちゃんは、町田くんのどんな所が良かったの!?」

「え?」

「私、知りたいな。弥生ちゃんのこと、色々と。」

嘘じゃない、全くの本心。

彼女が意表をつかれたという顔をしていると、教室から出て来たエリが「真希ー、遅い!帰るよー!」といいながらこっちに来たので、会話は中断した。

⏰:09/04/12 17:53 📱:SH705i 🆔:UwxDzFUk


#406 [ぎぶそん]
その後、いつものようにエリと一緒に帰る。

「ねえ真希、弥生ちゃんってどう思う?」

西洋を意識した通りに差し掛かった所で、エリが口を開いた。

「んー、正直、どこか陰のある子だなって。」

「私も思った!だからその分、色々と気になっちゃうんだよね。」

その後、無言で下を向くエリ。

⏰:09/04/12 18:04 📱:SH705i 🆔:UwxDzFUk


#407 [ぎぶそん]
「…真希たちには言ってなかったけどね、私中学の時にハブられてた時期があってね。
ほら私、気がついたらついついうるさくなるでしょ?
それで一部の子たちから、『調子乗ってる』って言われだして。」

突然、エリが辛かった過去を告げてきた。
私が黙ったままでいると、彼女は話を続ける。

「やっぱり、その時は全然楽しくなかったよ。学校に行きたくないって思った時もなかったし。
だから、一人ぼっちにしてる子とか、気になっちゃうんだよね。
『独りは寂しいでしょ?』って。」

⏰:09/04/12 18:14 📱:SH705i 🆔:UwxDzFUk


#408 [我輩は匿名である]
>>1-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500

⏰:09/04/15 07:49 📱:SH903i 🆔:geEztBOA


#409 [ぎぶそん]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>匿名さん

アンカーありがとうございます!(*^-^*)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

⏰:09/04/16 08:15 📱:SH705i 🆔:KQHVNB.U


#410 [ぎぶそん]
「エリには言ってなかったけどね、前元基が言ってたの。
"エリは優しくて可愛い子だ"って。
私もそう思う。エリの気持ちは、皆に届いてるよ。」

私はずっと、人付き合いとやらが苦手だった。

父親以外の人と接するのが億劫で、こんなことが一生続くのかと思ってた。

だからずっと、友達と呼べる人がいなかったんだ。

⏰:09/04/16 08:21 📱:SH705i 🆔:KQHVNB.U


#411 [ぎぶそん]
中2の時の担任の先生が、クラス初めてホームルームで、こんな言葉を贈ってくれたっけ。

『親と先生は裏切っても、友達は絶対に裏切るなよ。
孤独で寂しい人生になるから。』

正直、その時はイマイチ意味が分からなかったんだ。
トモダチという価値を見いだせなかった。

どんなに仲が良い者同士でも、女子は平気で相手の陰口を叩くし。

"友情は一生物"だなんて話を耳にすると、迷信を聞いた時の感覚に陥ってた。

⏰:09/04/16 08:32 📱:SH705i 🆔:KQHVNB.U


#412 [ぎぶそん]
でも、エリと出会って、自分の中で何かが変わったんだ。

私には分かる。
彼女はどんな時も、決して友達を見放したりはしないだろう。

彼女から話し掛けてくれた時、本当は嬉しかったんだ。
心の中ではずっと、孤独を感じていたのかも知れない。
"一人の方が好き"なんて、無意識に意地を張っていたんだ。

もし自分が将来学校の教員になり、教壇に立ったその時は、あの時の先生の言葉をそっくりそのまま引用させてもらうだろう。

⏰:09/04/16 08:41 📱:SH705i 🆔:KQHVNB.U


#413 [ぎぶそん]
そして、エリと出会っていなければ、私は優平のことをその存在も知らぬまま、高校生活が終わっていただろう。

そんなことをふと考えると、ぞっとしてしまう自分がいるんだ。

エリも、元基も、優平も、自分にとって、父親と同じ位なくてはならない存在。

そう、友達がいるだけで、友達を大切に思うだけで、こんなにも日常は幸せで溢れているんだ。

⏰:09/04/16 08:48 📱:SH705i 🆔:KQHVNB.U


#414 [ぎぶそん]
数日後の日曜日、父の提案で我が家で焼肉パーティーが開かれることになった。

転校生も是非連れて来なさいと言うことで、エリたちに加え、弥生も予め誘った。

彼女は嫌がる様子もなく、すんなりと承諾してくれた。

夕方の4時頃、エリたち参加メンバーが我が家にやって来た。

東吾兄もこの日はどこにも出掛けず、転校生見たさにパーティーの手伝いを積極的にやっていた。

⏰:09/04/20 12:31 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#415 [ぎぶそん]
子供たちで、リビングのテーブルに囲む。
父が台所で準備をしている間、皆で団欒をしていた。

「へぇ、エリちゃんと元基くんは付き合ってるんだ!
となると残りは…。」

東吾兄が私と優平の顔を、ニヤニヤとした表情で交互に見回す。

「真希ー、いつもの特製のタレも出来たぞー。」

反論をしようとしたら、大皿などを持った父が、ニヤニヤとした表情でこちらにやって来た。

⏰:09/04/20 12:46 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#416 [ぎぶそん]
「おじ様、特製のタレって?」

エリが興味津々に尋ねる。

「真希は辛口7:甘口3の配合で作るタレが好きなんだ。
でも自分で作ろうとすると失敗するから、おじさんがいつも作ってやってるんだ。」

「アハハ。雨宮さんもまだまだ子供だね。」

キャップを被ったままのますちゃんが笑う。

「うー、ますちゃんには言われたくない。」

私はそのキャップを取ってやった。

⏰:09/04/20 13:06 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#417 [ぎぶそん]
ホットプレートの上で焼かれる肉が、じゅうじゅうと香ばしい音を出す。

「さあ皆、遠慮せずどんどん焼いて食べて!
桜井くんもしっかり食べて栄養をつけて!」

父が優平の皿に、ピーマンばかりを次々放り込む。
優平は緑一色になった皿を見て、少し困っていた。

「ちょっとお父さん、こんなにピーマンばっかり食べられないでしょ?」

私は優平に変わって注意した。

「ああすまん、桜井くんが『緑マントのピーマンマン』に似てたもんで、つい。」

「意味不明!」

⏰:09/04/20 13:18 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#418 [ぎぶそん]
「城さん、桜田くんを『要注意人物』として見ているらしい。」

隣に座ってた東吾兄が、小声で話し掛けてきた。

「何それ?因みに桜井だから。早く覚えて。」

「マキロンに近づく男どもは、一刀両断だって。」

「何それ、呆れた…。」

それでこんな嫌がらせを?
『幸せになれ』って言ったのは、一体何処のどいつよ…―

⏰:09/04/20 13:24 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#419 [ぎぶそん]
「お父さん、お父さんにタレ作ってあげたよ。」

顔に笑みを浮かばせながら、父に新しく皿を渡す。

「おお!ありがたやありがたや。
真希が作ってくれたのなら、ご飯が何杯でも食えそうだ。」

父は早速焼いた肉を取り、そのタレに浸けて食べた。

「って、辛〜っ!!」

そのリアクションに、私は笑った。
父に渡したのは、辛口のタレに唐辛子を沢山投入したものだった。

優平のこといじめたら許さないんだから。

⏰:09/04/20 13:33 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#420 [ぎぶそん]
「弥生さん、新しい学校にはもう慣れたかな?」

コップの水を飲み干した後で、父が隣の弥生に質問をしてきた。
今日集まったのは、彼女との親睦をより深める為でもある。

「はい、おかげさまで。」
弥生が気品漂う感じで返事をする。

「そうかぁ、そりゃ良かった。何かあったら、皆を頼っていいからね。」

「はい。ありがとうございます。」

弥生がニッコリと微笑む。
彼女は食事にほとんど口をつけていなかった。

⏰:09/04/20 13:41 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#421 [ぎぶそん]
肉や野菜がほとんどなくなった頃、私はトイレへと向かった。

洗面所で手を洗い、リビングに戻ろうと振り返った所、弥生が腕組みをして立っていた。

「真希ちゃんは幸せ者だね。
かっこよくて優しくて、何よりも真希ちゃん思いのパパがいて。

今日アタシを誘ったのって、嫌味のつもりなのかしら?」

先程リビングで皆に見せていた時とは、似ても似つかないような顔をしていた。

⏰:09/04/20 13:51 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#422 [麗]
>>01-240
>>241-500

⏰:09/04/20 18:42 📱:SO905i 🆔:mUTX4e12


#423 [ぎぶそん]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>麗さん

アンカーありがとうございます!(o^-^o)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

⏰:09/04/20 19:39 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#424 [ぎぶそん]
「そんなつもりはないよ。
それに、弥生ちゃんにもお父さんがいるじゃない?」

「…アタシが少6の時だったわ。
つい魔が差してね、ある日本屋で万引きをしちゃったの。
でも、あっけなく店の人に補導されてね。

保護者として迎えに来た父は、必死こいて店員に謝ってた。

でも、帰り際に私に放った言葉は『何てことをしてくれたんだ。これが会社の人にバレたら大事だ』だったわ。
娘のことより、世間体の方が気になるみたいよ。」

⏰:09/04/20 19:50 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#425 [ぎぶそん]
「…若気の至りで、避妊もせずに快楽に走るから、私なんかが産まれたんでしょ!」

誰に言う訳でもなく怒鳴ると、弥生は再びリビングへと戻った。

初めて見た、彼女のヒステリックな表情。
彼女は実の父親を憎んでいるようだ。

私と弥生は家族構成は似ているが、家族環境はどうやら正反対のようだ。

幼い頃にぞんざいに扱われた経験が、彼女の心にひたすら闇と空虚さを生んだのかも知れない。

⏰:09/04/20 20:00 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#426 [ぎぶそん]
その日の夜、これまでの弥生とのやり取りを父に相談してみることにした。

「…今日彼女を呼んだのって、かえって逆効果だったのかなあ。」

クッションを抱き抱え、ソファーに座った。

「そんなに落ち込むことはないぞ。
逆に、皆に見せない顔を見せるってことは、それほど真希に心を開いてるってことじゃないか?」

父は私の前にしゃがみ込み、ポンッと軽く私の頭を叩いた。

⏰:09/04/20 20:47 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#427 [ぎぶそん]
「ありがとうお父さん。
私、弥生ちゃんの心に潜む影を取り除いてあげたい。」

「それでこそ我が娘だ。」
そう、この時はまだ、私は彼女の心の暗雲を知る由もなかったんだ。

私自身、生きるということが希望に満ち溢れていたから。

それと全く正反対の人がいるということを、理解していたようで出来ていなかったんだ。

この時から彼女は、生きるという希望を失っていたのかも知れない。

Chapter05 END.―

⏰:09/04/20 21:00 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#428 [ぎぶそん]
Chapter06
「真希のアタックNo.1」

⏰:09/04/20 21:06 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#429 [ぎぶそん]
私の通う学校では、年に一度、体育祭とはまた違う大きなスポーツイベントがある。

『クラス対抗スポーツ大会』
それぞれのクラスが一丸となり、様々なスポーツを用いて勝敗を競い合う。

優勝したクラスには、学校から長野のスキー旅行がプレゼントされる。
したがって、この業者を煙たがったりサボろうと思う者はほとんどいない。

そして、その季節が今年もやって来た。

⏰:09/04/20 21:16 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#430 [ぎぶそん]
スポーツ大会の日にちが決まった放課後、級長を中心に話し合いが行われた。

級長が、黒板に数種類の球技名を書く。

そして、これから友達と話し合う時間を設けるから、10分後のチーム決めの際、一番やりたいものに挙手をするようにと指示した。

「真希ー!一緒にバレーやろー!」

級長の話が終わると、エリが私の席に近づいてきた。

⏰:09/04/20 21:27 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#431 [ぎぶそん]
「エリって、卓球やバドミントンが好きじゃなかった?」

「最近全日本バレーで賑わってるじゃん。その影響。」

エリはバレーのトスの振り付けをしながら、ウキウキとしていた。

彼女は流行やその時の話題に敏感な子だった。
好きな芸能人も今注目を浴びている人だし、ケータイの着信音も今話題の曲だ。

彼女の胸ポケットからはみ出していたケータイのストラップも、今人気のキャラクターの物だった。

⏰:09/04/20 21:37 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#432 [ぎぶそん]
バレーか。体育の授業でしかやったことないけど、たまにはいいかも。
中学の時、バレー部に入ろうかと考えたこともあったしね。

「それに…D組の鈴川姉妹覚えてる?」

「去年、うちらがバドミントンの決勝で対戦した双子の姉妹?」

「そう!奴らは今年、再び姉妹揃って今度はバレーをやるって噂よ!」

⏰:09/04/20 21:45 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#433 [ぎぶそん]
「奴らのお陰で、去年はバドミントン女子一位を逃したのよ〜!
このまま黙って寝過ごすエリ様じゃないわ!真希、リベンジするよ!」

「え?私は何とも思ってないよ。
彼女たち強かった…」

「とにかーく!今年は真希と私の黄金コンビで、クラスを優勝に導くわよー!」

私が言い終わる前に、闘志に満ちたエリが私の肩を抱く。
半ば強制的に、私はエリの私情に飲み込まれた。

私には、彼女の額に"闘魂"の二文字が浮かび上がったように見えた。

⏰:09/04/20 21:57 📱:SH705i 🆔:L/GbGVZM


#434 [ぎぶそん]
「元基も優平もバスケにしたの?
へぇ、じゃあもしかしたら2人の対戦が見れるってことね。」

翌日の昼休み、いつもの4人でベランダに集まった。
話はスポーツ大会のことで盛り上がる。

「俺、サッカー以外のスポーツには自信がないよ。
公平さを求める為とかで、所属してる部活の種目には参加できないのが、この大会の決まりだからなぁ。」

優平が困ったように、髪の毛をワシャワシャと掻く。

⏰:09/04/21 13:12 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#435 [ぎぶそん]
「またまたそんなこと言ってー、去年ハンドボールで大活躍して、女子から黄色い声援を貰ってたくせに〜!」

「そうそう。元基のアホの失点を、上手くカバーしてくれたのよね〜。」

「ムッ…。そういうエリこそ、今年は真希の足手まといになるなよ!
去年の決勝、後半のミスが目立ったぞ。」

「ハァ…、そうなのよ。
でも、2人には悪いけど、今年は私と真希率いるB組が優勝なんだからね〜!」

エリが左手を腰に当て、右手でガッツポーズをする。
多分、彼女がクラスで一番張り切っているに違いない。

⏰:09/04/21 13:14 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#436 [ぎぶそん]
その週の日曜日、私とエリはとある小学校の体育館へと足を運んだ。

それは、ほんの数日前のことだった。

『元基のお母さんが、最近ママさんバレーにハマッてるんだって。
私たちも参加させてもらってさ、クラスマッチに向けて猛特訓しようよ!』

教室に入ると、朝一番にエリがこんなことを伝えに来た。

そして今、体育館シューズや体操着を持って、ママさんバレーとやらが行われている場所に向かっていった訳である。

⏰:09/04/21 13:22 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#437 [ぎぶそん]
体育館に入ると、沢山のお母さんたちで賑わっていた。

数人で座って談笑していたり、ウォーミングアップを始めていたり、試合前の自由な時間を過ごしていた。

『ママさんバレー』というネーミングだけれど、中年男性もちらほらいるのが見えた。

「私たちも、あっちでジャージに着替えよっかー。」

玄関先で体育館シューズに履き換えると、エリがステージ近くにある着替え室を指を差す。

⏰:09/04/21 13:30 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#438 [ぎぶそん]
体育館の左隅を一直線に、着替え室まで歩く。

「きゃあっ!」

その途中で、履いていたスカートをめくられる感触があった。

「こら栄基、ダメでしょう!」

エリが、走り回る小学生位の男の子の腕を掴んでいた。
どうやらこの子の仕業らしい。

「エリ、この子と知り合い?」

男の子を掴んで離さないエリに尋ねてみた。

⏰:09/04/21 13:40 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#439 [ぎぶそん]
「羽田栄基。元基の弟よ。」

「えっ、そうなの!?」

元基は3人兄弟の長男だったけ。
そう言われてみればこの子、元基に目元が似ている気がする。

「エリのブ〜ス。ペチャパイ。」

「何ですってー!!」

エリの腕を払いのけ、栄基は子供たちに人気の『ブレイブマン』の立ち去るポーズをしながら、私たちの元を走り去っていった。

⏰:09/04/21 13:47 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#440 [ぎぶそん]
「もー!相変わらず生意気なガキなんだから!」

「お母さんについて来たのかな!?」

「そっちでやってる、ちびっこバレーってのに参加してんのよ。
マセたガキのくせに、あれでもなかなか上手いらしいわよ。」

丁度私たちのいる真横では、子供たちがソフトバレーを楽しんでいた。
ネットの高さは大人たちの半分以下だった。

体育館を横半分に区切り、ステージ側のコートは子供たちの、後ろの玄関側のコートはお母さんたちのスペースとなっているそうな。

⏰:09/04/21 19:38 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#441 [ぎぶそん]
着替え室で、エリは水色のTシャツに紺色の短パン、私はピンク色のTシャツに黒色の長ズボンジャージに着替えた。

そして着替え室を出てから、お母さんたちの元へ駆け寄る。

「あなたが羽田さんの知り合いの娘さん?
うーん!やっぱ若い子がいると活気が溢れるわね〜!」

「いえいえ、おば様も十分若いですってー!」

「まー、お世辞が上手な子ねー!」

愛嬌のあるエリは、すぐにお母さんたちと打ち解けていた。

⏰:09/04/21 19:46 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#442 [ぎぶそん]
午前10時、ようやく最初の試合が始められることとなった。

チーム分けのじゃんけんの結果、私とエリは偶然にも同じチームになった。

試合は本格的なスタイルにこだわらず、前衛に3人、後衛に3人の形でローテーションをする。

最初の礼を済ませ、私は前衛のレフトに移動した。
エリはその隣のセンターに位置している。

試合開始は、私たちのチームからのサービスとなった。
試合の人が、笛を鳴らす。

⏰:09/04/21 19:56 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#443 [ぎぶそん]
「真希ー、いくよっ!」

「はいっ!真希っ!」

エリは試合中、回ってきたボールを必ず私の方に渡す。
どうやら彼女は、私にアタックを決めさせたいらしい(全日本バレーの影響をされすぎだ)。

身長はそこそこ高いが、バレーについては素人なので高度なプレーは無理だ。

それでも相手チームの穴となっている所にひょいと投げ込んで、次々と点数を入れていった。

⏰:09/04/21 20:03 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#444 [ぎぶそん]
「お嬢ちゃんたち、若いだけあってなかなかやるねぇ!」

相手チームに5点差をつけた所で、私の同じチームの中年男性が、私たち2人に声を掛けてきた。

「そうなんです!特にこの雨宮真希は、クラスの女子一足が速いんですよ!」

エリが私を名指し、自分のことのように得意げな顔をして話し始める。
それは関係あるのかと思いながら、私はバレーボールの楽しさを味わっていった。

⏰:09/04/21 20:11 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#445 [ぎぶそん]
審判の人が、ピーッ!と笛を長く吹いた。
24対16で、私のエリのママさんバレー初試合は、勝利を収めた。

10分後に他のチームたちが試合を始めたので、自販機でジュースを買って休もうとした。

そう思った時、エリがバレーボールを片手に、私の行く手を封鎖する。

「さあ真希、試合がない間は、2人でパスの練習をしましょう!」

「…。」

彼女に抜かりはなかった。

⏰:09/04/21 20:23 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#446 [ぎぶそん]
その後も試合を重ね、3勝1敗と、まずまずの試合成績を残した。
午後2時、ママさんバレーは終了した。

皆でコートの片付けを済ませ、お母さんたちに来週もまた来ることを約束した。
それから、再び着替え室へと向かっていった時だった。

「おい。そこのペチャパイ星人と白パンツ星人。」

元基の弟・栄基が私たちを指差してきた。
私は勝手に"白パンツ星人"とやらに命名されていた。

⏰:09/04/21 20:40 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#447 [ぎぶそん]
「何よ、何か用?このハナタレ小僧。」

バストアップの為、毎朝牛乳を飲んでいるエリは、胸のことを言われ、明らかに勘に触っているようだった。

「お前ら、俺たちと勝負しろ!俺たちに負けたら、皆にジュースを奢ること。」
栄基の周りを、5人の子供たちが囲っていた。

彼らも栄基に続くように、"勝負しろー!""勝負しろー!"と金切り声で叫ぶ。

⏰:09/04/21 20:47 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#448 [ぎぶそん]
「ハハーン。クソガキの分際で、このエリ様に盾突く訳ェ!?
いいわよ、その代わりあんたらが負けたら、すんなりとエリ様の配下になること!分かったわね!?」

エリが栄基たちの要求を飲み込む。
エリは半分キレ切み、半分ノリノリだった。

「ちょっとエリ、大丈夫なの?負けたら奢りだよ?」

「なーに弱気になってんのよ。私と真希の黄金コンビなら、こんなクソガキ共コテンパンにやっつけられるわよ。」

こうして、あっさりと子供たちと2対6の試合をすることとなった。

⏰:09/04/21 20:55 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#449 [ぎぶそん]
「ブレイブアタッーク!」

「うわっ!」

エリの放ったアタックを、栄基は受け止めることが出来ずに、ボールは次々遠くに飛んでいく。

「あらあら、最初の意気込みはどうしたのかしら、羽田栄基くん。」

「…くそっ…。」

本気と化したエリは、強くたくましくなっていた。
小学生相手と言えども、容赦しなかった。

⏰:09/04/21 21:03 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#450 [ぎぶそん]
「白パンツ星人、今度はお前だっ!」

「真希、ボール来たよっ!」

栄基はエリばかり狙うと油断していた時、栄基がボールをこちらに飛ばしてきた。

咄嗟に、エリにパスを出さず力強くアタックしてみた。
ソフトボールなので、通常のボールより威力を増す。

⏰:09/04/21 21:12 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#451 [ぎぶそん]
相手側のコートにボールが入ると、ボンッ!と激しい音がした。
栄基を狙ったつもりはなかったが、結果ボールは彼の顔面に直撃していた。

ぶつかった衝撃で、栄基は後ろへと倒れ込んでしまった。

「大丈夫!?」

硬いボールじゃなくて幸いだと思いつつ、私は倒れた栄基の元へと駆け寄った。

⏰:09/04/21 21:18 📱:SH705i 🆔:aLafzO6E


#452 [ぎぶそん]
「栄基、大丈夫かぁ!?」

栄基と同じチームの子供たちも、心配して近くまで寄る。

「痛ぇ〜…。」

栄基は表情を歪ませながら、頬に手を当てていた。

「ごめんね。立てる?」

私は彼の両手を掴み、上体を起こそうとした。

⏰:09/04/22 20:07 📱:SH705i 🆔:xn.vq7J.


#453 [ぎぶそん]
栄基は身体を立たすと、私にこんなことを問いただしてきた。

「…お前、強いな!もしかしてオーランド組織の者か!?」

「え!?」

「なーに訳のわかんないこと言ってんのよ。
真希は普通の高校に通う、普通の女子高生です〜!」
向こう側のコートにいるエリが、栄基の話に指摘を入れる。

⏰:09/04/22 20:11 📱:SH705i 🆔:xn.vq7J.


#454 [ぎぶそん]
「マキ…!?やっぱりお前…いや、貴方様はブレイブマンがこの世で最も尊敬する、マキロン隊長だな!?」

何を思ったのか、栄基が更に私を見る目を輝かせた。

偶然にもそれは、東吾兄が普段私を呼ぶ時の愛称と同じだった。
(もしかしたら、そこからあやかったのか?)

栄基の話に便乗して、子供たちが次々に"隊長""隊長"と、私の周りに集まってきた。

私は子供たちに、心身共に押し潰されそうになった。

⏰:09/04/22 20:15 📱:SH705i 🆔:xn.vq7J.


#455 [ぎぶそん]
「皆、この試合は中止だ!マキロン隊長、部下どものご無礼をお許し下さいませ〜!」

「申し訳ございませんでしたー!」

子供たち全員が、私に向かって敬礼する。
彼らは皆、アニメと現実の世界が交互に入り交じっているようだ。

私もこれくらいの頃は、机の引き出しから未来型ロボットがやって来るのを待ちわびていたものだ。

⏰:09/04/22 20:45 📱:SH705i 🆔:xn.vq7J.


#456 [ぎぶそん]
「因みに私は、ブレイブマンの恋人エリリン姫よ〜。」

「そんな人物登場しないぞ。」

栄基が怪訝そうな顔で、エリを見つめる。

「うるさーい!クソガキ共そこにひざまつけ。」

エリは半分キレ切み、半分ノリノリだった。

子供たちの注目は一気に私へと向けられ、試合は途中までて中止となった。

それでも私とエリの圧勝だった。

⏰:09/04/22 20:56 📱:SH705i 🆔:xn.vq7J.


#457 [ぎぶそん]
皆様お久しぶりです。
暫く入院して続きを書けずにいました。
読んでくれてる人はいないと思いますが、最後まで責任を持って書き上げていこうと思います。。

⏰:09/08/14 23:27 📱:SH705i 🆔:IFuzHb0U


#458 [ぎぶそん]
次の日、ベランダでいつもの4人で集まった。

「昨日、ママさんバレーに行ったら栄基にさんざんな目に遭わされたよ。
真希はスカートめくられるし。」

「な、何だってー!!」

優平がスカートの下りで過剰反応を示した。

「おーワリィワリィ。家できつく言っておくよ。」

アハハとへらついた表情で、あっけらかんとしている元基。
この兄にしてあの弟アリ…か。

⏰:09/08/14 23:31 📱:SH705i 🆔:IFuzHb0U


#459 [ぎぶそん]
「ん…。」

数日後、夢の中にいると誰かからのメールで起こされた。
時刻は朝の5時。

メールの相手はエリだった。

『体力作りの為、今日から早朝ジョギングするわよーん。』

もはや口にする言葉もなかった。

⏰:09/08/14 23:35 📱:SH705i 🆔:IFuzHb0U


#460 [ぎぶそん]
私たちはエリの家の近所にある小さな神社で鉢合った。
軽くストレッチをしてから、同じペースでジョグをすることにした。

コースは住宅地を大まかに一周するようにと決めた。

「…真希って、中学の時も帰宅部だったんだっけ!?」
「うん。家のことが気になるから。」

走り込みながら話をする。

⏰:09/08/14 23:44 📱:SH705i 🆔:IFuzHb0U


#461 [ぎぶそん]
「私もソフトテニス部だったけど、一年で辞めちゃった。」

私たちの走る音だけが、早朝の静けさ漂う街の中で響いている。

「私と真希ってさ、一緒の部活に入ってたとしても、きっといいコンビだったと思うなー!
インターハイも夢じゃなかったかもね!」

エリが夏に輝く太陽のように笑う。
何となく、元基が彼女を離さない気持ちが分かる気がした。

⏰:09/08/14 23:49 📱:SH705i 🆔:IFuzHb0U


#462 [ぎぶそん]
「ところでさ、エリってどうしてこの大会に毎年熱入れてるの?
体育の授業での試合なんかは、別に勝ち負けにこだわったりしてないじゃん。」
少々疑問に思っていたことを、彼女に伝えた。

「去年真希・元基・優平と同じクラスになって、絶対優勝してさ、皆でスキー旅行の思い出を作りたいと思ったの。
でも、叶わなかったでしょ?
だから今年こそは優勝して、真希と女だけの旅行に行ってやるんだって、固く決めてるの!」

⏰:09/08/14 23:56 📱:SH705i 🆔:IFuzHb0U


#463 [ぎぶそん]
初めて知ったエリの小さな想いに、胸に込み上げるものがあった。
私たちのグループの中で、私たちのことを一番考えてくれるのは間違いなく彼女。

「ほら、ペース上げるよ!
ちんたら走ってても体力はつかないよ!」

私は走る歩幅を上げ、彼女より少し前をリードしてみせた。

私も、この大会に賭けてみようと思った。
小さなことかも知れないけど、何か一つでも熱くなれるものがあるのって素敵なことだから。

そして何より、エリの気持ちに応えたい。

⏰:09/08/15 00:04 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#464 [ぎぶそん]
「ブレイブアターック!」

「痛っ。いきなり何?」

その晩、家にあったソフトボールを、
夢中になってTV番組を観ている東吾兄の頭部目掛けて打った。

「ひどくない?
あだ名の由来がアニメの登場人物だなんて。」

AB型の私は妙な所で根に持ったりするタイプだ。

⏰:09/08/15 20:50 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#465 [ぎぶそん]
「あ、気付いた?
でもマキロン隊長は神様みたいな存在なんだぞー。」
「はいはい。」

私はTVの近くに落ちたソフトボールを拾った。

「おっ真希、今度の大会のバレーに向けて練習かい?」

父が人数分のオレンジジュースを持ってやって来た。

⏰:09/08/15 20:55 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#466 [ぎぶそん]
「…お父さんって高校の時何か部活やってたっけ?」

「3年間ずっとバスケをやってて、3年の時にはキャプテンを勤めてたぞ!
エッヘン!」

得意げそうに、大きく胸を張る父。

父のその姿に目も暮れずに、東吾兄がジュースをごくごく飲む。

⏰:09/08/15 20:59 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#467 [ぎぶそん]
「元基と優平も、今度の大会でバスケするらしいよ。」

「んー、あの2人じゃ父さんの持つボールすら奪えないだろうな。
ハハハハハハ。」

「ブレイブアターック!」

「痛っ。」

私は父の顔面を的にソフトボールを撃った。
調子に乗るその口を塞いだ。

⏰:09/08/15 21:05 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#468 [ぎぶそん]
次の日の昼休み、大会のバレーのチーム全員で話し合いが行われることとなった。

事の発端は今朝のジョギング中、エリがふと口にしたことがきっかけだった。

『私たち2人が腕を上げてもさ、他の人が弱かったりチームワークが悪かったりしたらなーんにもならないじゃない。』

一理あるその発言に私たちは他のメンバーに呼びかけをし、こうして今使われていない空き教室に集まったのである。

⏰:09/08/15 21:17 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#469 [ぎぶそん]
「これから毎日、昼休みの時間を利用してバレーの練習をします。
帰宅部の人は、放課後出来るだけ屋上でやる練習に来て下さい。

日曜日は、私と真希が通っているママさんバレーに、皆も参加してもらいます。
何か意見のある人はいますか?」

皆の代表となってエリが話を進める。
その問い掛けに、「ないです」「ありません」の声が飛び交うと少しホッとした。

聞く所によると、大会の日程が決まってから、大半の人がやる気に満ち溢れ毎日の運動量を上げていたらしい。

このクラス、というかこの学校、勝負事になると本気で燃えるみたいだ。

⏰:09/08/15 21:27 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#470 [ぎぶそん]
放課後、さっそく屋上で練習が行われた。
集まったのは私とエリを含む4人。
他は部活生らしい。

私たちは2人組のペアを作り、パス練習をひたすら続けた。

「夕日をバックにバレー練習に打ち込む私…。
全ては勝利の為…。
うーん!これぞ正に青春って感じ〜!」

2人でパスを続けながら、何やら自分に酔いしれるエリ。

私たちの腕はみるみると破れた毛細血管によって、赤い斑点模様が浮かんでくる。
固いボールで打ち付けられることによる腕の痛みも、回数をこなす毎に慣れていたった。

⏰:09/08/15 21:39 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#471 [ぎぶそん]
同じ週の日曜日、バレーチームの皆でママさんバレーが行われている体育館へと向かった。

予めママさんバレーの代表の人にこれからこのチームで参加することを伝えると、快く歓迎してくれた。

毎週必ず都合が悪い人が出て来て、集まるメンバーが不揃いらしかったからだ。

そして若い子たちの活気で溢れる方が、試合をする意欲がもっと湧くと言ってくれた。

⏰:09/08/15 21:54 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#472 [ぎぶそん]
体育館に入ると、いつもと違う光景が視界に入った。

「真希、遅かったじゃないか!
父さん待ちくたびれてかれこれ30分はパス練習をしてたぞ!」

「お、お父さん!?それに東吾兄まで!」

私の視線の先に、見慣れた2人がパスをしていた。
その後ろにはいつかの東吾兄のバンドメンバーの人達もいるではないか。

朝2人共出掛けてると思ったら、先回りしてここに来てたという訳か。

⏰:09/08/15 22:02 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#473 [ぎぶそん]
「マキロン、今日は俺たちが試合相手になってあげるからな!」

私の知らない所で、2人は着々と今日の準備をしていたらしい。
わざわざバンドメンバーの皆さんまで巻き込んで。

「昨日、バレーサークルに乱入した甲斐があるかな〜。」

バンドメンバーのリーダーの、藤野さんがぽつりと言った。
意外と皆はママさんバレーの参加を楽しみにしていた。

⏰:09/08/15 22:07 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#474 [ぎぶそん]
「ふふふ。強い相手との勝負の方が燃えるってことよ。
じゃーん!昨日コレ買っちゃったー。」

男性陣との試合予定に、気持ちが高揚するエリ。
彼女の指差す両膝には、サポーターが当てられていた。

「ほら私、この中で一番身長が低いでしょ?
だから、率先してレシーバーに回ろうかと思って。
一番おいしいトコ(アタック)は真希の役目ね!」

⏰:09/08/15 22:14 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#475 [ぎぶそん]
10分後、私たちのチームと父と東吾兄率いるチームで試合が行われることとなった。

「俺たちは人数が1人少ないけど、男だらけというハンデってことでいいよ。」

最初に東吾が私たちにこんな説明をしてくれた。

そして、私と東吾兄でサービス権を決めるじゃんけんをした。
私が勝った。

⏰:09/08/15 22:20 📱:SH705i 🆔:BIENbVyI


#476 [ぎぶそん]
バシッ。バシッ。
ボールの叩きつけられる音が何度も床に鳴り響く。
敵チームのアタックが次々と決まる。

11対2。
試合が開始して間もないというのに、たちまち点を入れられ大きく差をつけられてしまった。

「ハハハ。父さんは可愛い愛娘にでも容赦しないぞ!」

向こうのコートで父が高らかに笑う。

⏰:09/08/17 23:09 📱:SH705i 🆔:Mg/GY9K.


#477 [ぎぶそん]
「皆、相手のペースにのまれちゃ駄目だよ!
声を出そう、声を!」

チーム内にどんよりとしたムードが差し迫った時、エリがチーム全体に大声で呼びかけた。
その前向きな指示に「うん!」と皆が意思表示をする。

自分達の未熟さと、体育館の蒸し暑さに気負いそうになる。
でも、一度やり始めたことを途中で投げ出したりしたくない。
私は額から落ちる汗を拳で拭った。

⏰:09/08/17 23:15 📱:SH705i 🆔:Mg/GY9K.


#478 [ぎぶそん]
24対11。

いよいよ相手チームのマッチポイントとなった。

佐々木さんの緩やかなサービスがこちらのコートに入る。
それを後衛のライトにいた林さんがレシーブをした。

次に、エリがそのボールの下に回って高くジャンプトスをする。

初日の頃はトスをすることすらままならなかったのに、見違えるほどにそれは上達していた。

⏰:09/08/17 23:21 📱:SH705i 🆔:Mg/GY9K.


#479 [ぎぶそん]
「真希!!」

私の名を呼ぶと同時に、後ろに数歩下がるエリ。
私が"打ち"やすいようにと、スペースを作ってくれたのだろう。

私は1歩、2歩と前衛の中央に上げられたボールに近づく。

そして3歩目と同時に勢いよくジャンプした。

―エリ、私にアタックを打たせる為に沢山練習したんだね。
この1球は外させない。

空中で右腕を後ろにやり、標的のボールに向かって回す。
手首を返す感じに振り、手の平にボールを当てた。

⏰:09/08/17 23:31 📱:SH705i 🆔:Mg/GY9K.


#480 [ぎぶそん]
―バシッ。
気持ちのよい音が私の頭上で生まれた。

両足が床に着くと、上手くバランスを取れず後ろに倒れ込む。
相手コートに向かったボールがどうなったのかは見えなかった。

その数秒後、ピッというホイッスルの甲高い音が鼓膜を一瞬刺激した。

「アウトっ!試合終了!」
次に、審判係のおじさんの太い声が聞こえる。

私が初めてやってみせたスパイクは、大きくラインを越えてしまっていたようだ。
試合が終了した。

⏰:09/08/17 23:45 📱:SH705i 🆔:Mg/GY9K.


#481 [ぎぶそん]
「皆、ごめんね。私のせいで負けちゃった。」

試合終了後の挨拶が終わってすぐ、私は皆に詫びを告げた。

「何言ってんのよ真希!
この試合は大きな収穫よ!

スパイクにおけるフォームは完成しつつあるみたい。
本番では正確なアタックが打てるようになるって!」

エリが興奮ぎみに、私の肩を叩きながら話す。

他の皆も「惜しかったね」とか「形が綺麗だったよ」などといった言葉を掛けてくれた。

⏰:09/08/17 23:52 📱:SH705i 🆔:Mg/GY9K.


#482 [我輩は匿名である]
>>200-300
>>301-400
>>401-500

⏰:09/08/18 00:24 📱:F01A 🆔:☆☆☆


#483 [ぎぶそん]
昼の12時を過ぎた所で、元基と優平がバスケの練習がてらに体育館にやって来た。

優平は黒のノースリーブに白いジャージズボン、灰色のヘアバンドを身につけていた。
腕についた程よい筋肉が、スポーツマンを感じさせた。

元基は白のノースリーブに白の短パンと、頭に白いタオルを巻いて、全身白で統一していた。

⏰:09/08/18 22:54 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#484 [ぎぶそん]
「ねえ2人共、今から1対1で勝負してみなさいよ!
先に相手ゴールにボールを入れた方が勝ちね。
私は優平が勝つに1票〜。」

エリが思いつきで2人にゲームを進める。

「ちょっと、俺の強さを見くびってるなぁ?
確かに優平はサッカー部のエースだけど。」

元基が持っていたバスケットボールを回し、人差し指だけで支える。

エリの一言で、ちょっとしたミニゲームが行われることとなった。

⏰:09/08/18 23:00 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#485 [ぎぶそん]
エリが審判係となり、ボールを高く上げる。
最初にボールを取ったのは優平だった。

その後、奪い奪われの接戦が続く。
元基がシュートを決めようとすると優平が上手く阻止し、優平がドリブルをしている途中で元基が素早くボールを取る。

日頃部活で身体を鍛えている2人だ。
少しやってみせただけで、バスケのコツを掴んだのだろう。
2人の動きの機敏さに、時々目が追い付かなかった。

私は男同士のバトルにくぎづけとなった。

⏰:09/08/18 23:10 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#486 [ぎぶそん]
優平がゴール目掛けてシュートを入れようとした時、

「ブレイブマン参上〜!!」

元基の弟・栄基率いる子供たちが優平のプレーの邪魔をしにやって来た。
優平は「うわっ。」と小さく叫ぶと、子供たちの波にのまれる。
ボールがコロコロと転がる。

その隙に元基がボールを取りに行き、急いで優平側のゴールにボールを入れた。

―パシュ。
ボールと網が擦れる音がした。

「イエーイ。俺の勝ち〜!」

⏰:09/08/18 23:19 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#487 [ぎぶそん]
「ちょっとぉ、今のは反則じゃない?
コラ栄基!お兄ちゃんたちのゲームの邪魔しない!」
栄基にげんこつをするエリ。
怒られた彼は膨れっ面をしている。

「いや、俺の負けでいいよ。
ハァ、疲れた。もう動けない。」

優平が床に倒れ込む。
息が荒く、全身汗だくだ。
元基も優平に続くように、息を切らしたままその場に座り込んだ。

私は自分たちの試合と同じくらい、男子バスケの本番がどうなるか楽しみになって来た。

⏰:09/08/18 23:26 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#488 [ぎぶそん]
月日は重なり、いよいよ大会前夜となったその日。
私は大会の日程が決まってからの、これまでの出来事を振り返ってみた。

全日本バレーの試合は欠かさずチェックした。

「アタック革命」というコミックも全巻読み上げた。

バレーの歴史についてもインターネットで調べてみた。

部活並の練習量も、ほぼ毎日こなしてきた。

とにかく毎日バレーのことばかりを考えた。

⏰:09/08/18 23:32 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#489 [ぎぶそん]
この日々を通して、私も部活をやっていたらまた違う人生だったのかなと思った。

夏の全国高校野球を毎年TVで観る度、勝利をひたすら追いかけ、
一試合一試合にチーム一丸となって真剣勝負を挑むことの素晴らしさを感じる。

青春で流す汗は一生ものだ。
少なくとも今だけは、帰宅部の私も彼らと同じ気持ちになれているかも知れない。

明日の勝敗は明日になってみないと分からないけど、きっと後悔はないだろう。
それほど毎日を駆け抜けたのだから。

⏰:09/08/18 23:41 📱:SH705i 🆔:OGl/Xc/o


#490 [ぎぶそん]
次の日。
天候に恵まれ、涼しい秋風に包まれながら大会は開催された。

最初に体育館で開会式が開かれ、準備体操や校長先生の挨拶などが淡々と順番どおりに行われた。

そして式の終わりに、体育の細野先生がステージ場に立つ。

ラグビー部の監督も務めている人で、真っ黒に焼かれた肌とプロテインでムキムキに鍛え上げた全身の筋肉が特徴的だ。
冬でもノースリーブ1枚で過ごす為、よく生徒からボディビルダーの真似をしてくれとせがまれる。

先生はステージの中央に立つと、スタンドマイクの高さを合わせる。

⏰:09/08/19 00:00 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#491 [ぎぶそん]
「皆、優勝したいかぁ〜!」

「オーッ!」

「長野のスキー旅行に行きたいかぁ〜!」

「オーッ!」


毎年お馴染みの、宗教じみた掛け合いが体育館の熱気を上げる。
私も抑揚のない表情で、周りと同じタイミングで拳を挙げる。

このやり取りをする度、昔こんなクイズ番組があったことを思い出す。

⏰:09/08/19 00:02 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#492 [ぎぶそん]
私たち女子バレーは、生徒会の説明により第2体育館で試合が設けられることとなった。

まず、A・B・E・F組が第1ブロックでそれぞれ他の3クラスと対戦をし、
C・D・G・H組が第2ブロックで同じように試合をする。

そして、各ブロックからそれぞれ白星の多かった2組が準決勝進出となる。

⏰:09/08/19 00:09 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#493 [ぎぶそん]
私たちB組の第1試合の対戦相手は、隣のA組であった。

相手チームは小柄な子が多く、おどおどと動く球を怖がる子ばかりだった。

多分、運動に自信のある子は他の種目に回って、余った子たちがバレーに寄せ集めといった感じになったのだろう。

勝敗が決まるのにそんなに時間は掛からず、私たちは25対10という圧倒的な形で最初の勝利を収めた。

⏰:09/08/19 00:15 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#494 [ぎぶそん]
続いて、優平のクラスのF組との試合。

最初の号令で1列になった時、相手のチームに竹下さんの姿があることが分かった。
私と目が合うと、彼女が"負けないわよ"と口を動かした。

そして、相手チームのサービスから試合が始まる。

4対6。
押しつ押されつつの試合が、初めは繰り広げられた。

⏰:09/08/19 00:24 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#495 [ぎぶそん]
22対25。
約30分後、試合が終わった。

ラストを決めたのは、F組のチームで1番背が高い子の後衛のライトに向かったレシーブだった。

F組の子たちは後ろのコートのラインぎりぎりにボールを落とすのが上手かった。
私たちがボールカットに間に合わないことで、敵チームに点を入れる結果に繋がってしまった。

私たちに最初の黒星がついた。
第2試合とまだまだ試合は始まったばかりだ。
皆の顔に不安が過ぎった。

⏰:09/08/19 00:34 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#496 [ぎぶそん]
「皆、暗い顔しない!
次の試合で勝てば準決勝に進めるんだし。

過ぎた試合のことなんか忘れましょ!」

試合終了後、エリが明るく皆に声を掛ける。

周りにじめじめとした空気が漂うと、彼女は率先してその空気を取り払う役に回る。

本心なのか頑張ってそうしているのかは分からないが、彼女はどんな時も落ち込んだりはしなかった。

彼女のあっけらかんとした性格が、これまで何度もチームの危機を救ってきた。

⏰:09/08/19 00:48 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#497 [ぎぶそん]
その後1試合空いて行われた、E組との第3試合。

25対13で私たちは第1ブロックで2勝1敗という成績を残した。

E組はA組同様、運動に自信のなさそうな子が多かったので、
相手チームのグタグタなプレーがそのまま彼女らの自滅を呼んだ。

A組が0勝3敗、E組は1勝2敗、F組は3勝0敗。

準決勝進出は、私たちB組と全勝したF組に決まった。

⏰:09/08/19 00:53 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#498 [ぎぶそん]
「皆、とりあえず準決勝進出おめでとう〜!」

昼休み、私たちのチームは教室の机を固め、皆で輪になって昼食を取ることにした。

「長谷部さんと雨宮さんの仲良し2人が息ピッタリで、こっちまでびっくりしちゃった!」

「正にあ・うんの呼吸だね!」

皆がこれまでの試合の内容を振り返りながら、弁当に手をつける。

⏰:09/08/19 01:01 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#499 [ぎぶそん]
「本当、雨宮さんって凄く頼りになる!
部活動やってないのに運動神経抜群だし。

午後からの試合でも活躍を期待してます。」

私の隣に座る高山さんが、私に向かって小さく微笑んだ。

彼女も同じ帰宅部で、放課後下駄箱で一緒になった時は、笑顔で挨拶してくれる印象がある。

ママさんバレーでの試合の時も、「雨宮さん凄いね!」などといった台詞を何度も言ってくれていた。

他人の良いと思う部分があれば、正直にそれを口にするタイプの人間なのだろう。

⏰:09/08/19 01:08 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#500 [ぎぶそん]
「準決勝までまだ時間があるわね。
真希、男子バスケの方観に行ってみようよ!」

昼休みが終わり、チーム皆で少し談笑した後、
私とエリは男子バスケの試合が行われている第1体育館へと足を運んだ。

ちょうど体育館はB組対C組の試合がやっていた。

私たちが2階の見やすい席に移動したと同時に、
ますちゃんが元基にボールを奪われ、そのままゴールを決められてしまっていた。

⏰:09/08/19 01:15 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#501 [ぎぶそん]
「ちょっと増山ぁ〜!何やってんのよ!」

エリが下に落ちそうな位柵から身を乗り出し、
下で試合をしているますちゃんに野次を飛ばす。

「ゴメン長谷部さん。羽田君すばしっこくて。」

「こりゃあ男子バスケの優勝は期待出来ないわね。

真希!私たち女子バレーがB組に最初の勝利を持って帰りましょうね!」

他の種目は当てに出来ないと、ますますエリの闘争心が湧いた。

⏰:09/08/19 01:21 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#502 [ぎぶそん]
それから30分後、女子バレー準決勝が始まった。

第1ブロックから勝ち進んだB組とF組、
第2ブロックから勝ち上がったD組とH組の4チームが激突する。

準決勝の仕組みは、別のブロックの1チームと1試合し、それぞれ勝った2チームがそのまま決勝に進出する。

つまり、負ければそこでベスト4止まりとなる。
たった1つの勝負が全ての鍵を握るのだ。

⏰:09/08/19 01:32 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#503 [ぎぶそん]
私たちの準決勝の相手は、くじの結果H組となった。

エリと私の宿敵(?)鈴川姉妹率いるD組とは、23対25と接戦だったらしい。
決して油断は出来ない相手だ。

注目すべきはバスケ部エースの中原由利。
ベリーショートの髪型に男盛りな性格の、ボーイッシュなクール美人だ。

身長177cmと運動選手としては恵まれた体格を持つ。
バスケ以外の運動も、すぐにコツを掴んで何なりとプレー出来るらしい。

⏰:09/08/19 01:39 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#504 [ぎぶそん]
相手チームのサービスから試合は始まった。

向こうのコートにレシーブでボールを返す。
前衛レフトにいた中原由利が、3回目でスパイクを決めにかかった。

前衛ライトにいる私は、身長を生かしブロックに回る。

しかし私の読みを外すように、中原はボールを強く打たなかった。
私がさっきまでいた空いたスペースに、ひょいとフェイントボールを入れた。

ピッ。
まずは相手チームに1点が入る。

⏰:09/08/19 01:50 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#505 [ぎぶそん]
6対0からやっとのことで1点得た所で、
私のサービスが回って来た。

トスもレシーブもスパイクも、数え切れない程練習したけれど、
一番練習したのはこのサービスかも知れない。

サーブミスが一番もったいないと思ったからだ。

ピッと笛が鳴った後、ボールを少しばかり上に上げ、
一瞬押し出すように手の平に当てる。

勢いを増したボールは、私から見て相手コートの後ろ左のラインに瞬時に落ちた。

よし、まずは1点。

⏰:09/08/19 02:00 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#506 [ぎぶそん]
相手チームは私のサーブが上手くカット出来ずに、立て続けにミスが続く。

私のサービスだけでチームは5点入手し、いよいよ同点になった。

「真希ー!その調子!」

「雨宮さん頑張れー!」

私がサーブコートに立つ度、味方の声援が色濃くなる。

⏰:09/08/19 02:08 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#507 [ぎぶそん]
そろそろ危機感を感じたのか、中原由利が後ろに下がり、私のサービスをそつなくカットする。

そして、2回目に上げられたボールをジャンプアタックした。

後衛ライトにいる林さんがレシーブをしようとしたが、間に合わなかった。

一瞬の出来事だった。


6対7。
結局、大きく差を開けずに相手チームにサービス権が渡った。

⏰:09/08/19 02:14 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#508 [ぎぶそん]
「ドンマイドンマイ!
真希、ナイスサーブだったよ!」

「雨宮さん差を縮めてくれて有り難うね。」

相手チームに点が入る度、私たちは声を出し合う。

それは先程の昼食の時に皆で決めたことだった。

弱った時こそ皆で声を掛け合ってその場を乗り切ろう、と。

その後、16対15と接戦が続く。

点差がそんなに開かなかったのは、中原由利以外の子がサーブが上手くなく、サーブミスが目立ったからだ。

サーブ練習に力を入れて正解だと思った。

⏰:09/08/19 02:20 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#509 [ぎぶそん]
19対17になった時、珍しくラリーが何度も続いた。

「真希っ!」

2回目でレシーブをしたエリが、私にパスを渡す。
スパイクが打ちやすい、綺麗なボールの上げ方だ。

相手コートの中原がブロックに回る。

私は強く打つと見せかけて、フェイントボールを投げ入れた。
最初に中原がやってみせたのを、見よう見真似でやってみた。

⏰:09/08/19 02:31 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#510 [ぎぶそん]
19対18。
フェイントボールは見事に決まった。

私に2回目のサービスが回って来た。

前衛にいた中原が下がる。
他の子たちも、どこからボールが飛んで来てもいいように構えをしている。

私のボールに注意することが、相手チームの暗黙のルールになったようだ。

⏰:09/08/19 02:35 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#511 [ぎぶそん]
しかし、私の放ったサービスは、ボールが味方コートのネットに引っ掛かり、
明らかなアウトになってしまった。

私は点差が開けるチャンスを、自ら逃してしまった。

そしてその後、3点連続で相手チームに点を入れられてしまう。

22対18。

「やっば〜い。どんどん点差が開いてる。」

流石のエリも、ネガティブな台詞をこぼすようになった。

⏰:09/08/19 02:40 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#512 [ぎぶそん]
―このままではマズイ。
何か相手チームの弱点となる部分はないか…。

私はこの試合の1つ1つを思い出してみた。
ふと、気にかかることが1つだけあった。

「エリ。ちょっと来て。」

私はエリを呼ぶと、ひそひそと耳元で私なりの作戦を彼女に打ち明けてみた。

⏰:09/08/19 14:10 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#513 [ぎぶそん]
「分かった。出来るだけそうなるようにやってみるよ。」

次のプレーが始まり、相手チームのサーブがやってくる。

私たちのチームは、1回目がエリと私以外の子、2回目がエリ、3回目が私という具合に、予めパスを渡す手順を決めている。
(場合によっては変わることもあるが。)

しかし今回エリは私にパスを渡さず、2回目で相手のコートに返した。

⏰:09/08/19 14:17 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#514 [ぎぶそん]
ボールは中原の右隣の子目掛けて落ちようとしていた。

その子がレシーブをしようと構える。
しかし中原も同時にレシーブしようと右隣に移動する。

2人は息が合わず、中原とその子はぶつかってしまった。

ボールがコートから弾かれたように出る。

22対19。
私は敵のウィークポイントに気づいた。

⏰:09/08/19 14:24 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#515 [ぎぶそん]
23対23。
相手のペースが乱れ、同点まで追い付いた。

デュースになったら面倒だ。
後2点で決着をつけたい、つける。

エリがサーブコートに立つ。
「行っきま〜す。」

エリのサービスは、ネットの上部に当たり、勢いを崩したボールは相手コートの真下に落ちる。
誰もそれを取ることは出来なかった。

23対24。
ほんの偶然が幸いを呼んだ。

⏰:09/08/19 14:35 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#516 [ぎぶそん]
「行っきま〜す。」

エリの放ったサービスは、又してもネット上部に引っ掛かった。
他の子では取れないと思ったのか、後衛にいた中原が援護に回る。

しかし、そのタイミングは約1秒程ズレていたようだった。

ボールは中原の手をかすめることなく、真下に落ちていった。

⏰:09/08/19 14:46 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#517 [ぎぶそん]
この試合におけるラッキーガールは、エリだったようだ

「勝ったぁ〜!!これで決勝進出よ〜!!」

試合終了のホイッスルが鳴ると、エリがはしゃぐ。

普段物静かな林さんや高山さんも、嬉しさのあまりその場で何度も跳びはねる。

23対25。
長く感じられた試合が終わった。

⏰:09/08/19 14:50 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#518 [ぎぶそん]
中原由利率いるH組は決して弱い相手ではなく、むしろ苦戦したのだが、
中原の周りに対する信頼のなさが敗因だったと思う。

団体戦においてお互い声を掛け合うことは、特別意味のないように見えて、本当は1番大切なことだと思う。

独りよがりのプレーは、本当の壁にぶち当たった時、大きく自分を見失ってしまう。

困難を乗り越えることが出来るのは、一緒に力を合わせて戦う友の声があるから。

⏰:09/08/19 14:58 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#519 [ぎぶそん]
試合が終わった後、私とエリは男子バスケの様子を見に行った。
第1体育館では、C組対F組の決勝戦が既に始まっていた。

「優平〜!!
元基のアホなんかけちょんけちょんにやっつけなさいよー!!」

「ちょっと、彼氏のこと応援しなくていいの?」

「元基の奴、『俺が優勝したらGSソフトを貸してくれ』ですって。
アイツの言いなりなんかになりたくないわ。
真希の方こそ、そこら中にライバルが散らばって大変そうね。」

⏰:09/08/19 15:04 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#520 [ぎぶそん]
「キャ〜!!
桜井くんカッコイイ〜!!」

エリの言うように、女子たちの黄色い声援が体育館を染めていた。

優平が、相手チームのゴールに向かって激しくドリブルをする。
そのボールを元基が瞬時にして奪う。

昨日のタイマンの続きを見ているようだった。

⏰:09/08/19 15:09 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#521 [ぎぶそん]
「優平、頑張れ!」

私は思わず声に出して言ってしまった。

その声が届いたのか、優平が再び元基からボールを奪い取る。
そして誰も追いつけないくらい相手コートまで走ると、ロングシュートを放った。

―パシュ。
そのシュートは見事に決まる。

ボールが入ったと同時に、笛が長くなる。
試合が終わったようだ。

⏰:09/08/19 15:15 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#522 [ぎぶそん]
試合終了のホイッスルが鳴り終わった後、優平がこちらに向かって手を振ってくれた。

女子たちの冷たい視線が気になったが、自分の存在に気づいてくれていたことが嬉しかった。

次は私たちの番だ。
全力を尽くさなきゃ。

⏰:09/08/19 15:19 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#523 [ぎぶそん]
女子バレー決勝戦。

対戦相手のD組は、私たちが負けたF組に、
先程の準決勝で25対19で勝利したらしい。

最後の砦となるのは、最強と謡われる双子の鈴川姉妹だろう。

陸上部所属の姉の美鈴(みれい)は、砲丸投げで大会に出る毎に記録を塗り替え、
水泳部所属の妹の可憐もまた、試合に出る度に新記録を更新している。

⏰:09/08/19 15:25 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#524 [ぎぶそん]
そして2人は華やかなネーミングとは対照的に、
女子とは思えないほど筋肉質な体格をしていて、全体的にごつごつしている。

肌も一年中こんがりと焼けていて、いうなれば開会式で最後にステージに立った細野先生ような感じなのだ。

中には陰で2人のことを「ゴリラ姉妹」や「細野先生の子供」などと呼ぶ男子もいる。

⏰:09/08/19 15:32 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#525 [ぎぶそん]
決勝戦は私たちのチームのサービスから始まった。

相手コートは2回目で可憐が小さくトスをする。

ピッ。
その後、何故か1点先取の笛が即座に鳴る。
状況は笛が鳴り終わってから把握した。

1対0。

可憐がボールを上げた瞬間に、姉の美鈴がスパイクを打った。
鈴川姉妹はいわゆる速攻という技を使ったのだ。

あまりの連携プレーの素早さに、私は恐ろしさを感じた。

⏰:09/08/19 15:42 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#526 [ぎぶそん]
「ちょっと〜!
あの2人どこであんな技覚えたのよ〜!?」

驚いた表情を見せるエリ。
確かに、先程のは素人の試合でなかなか見れる光景ではない。

ピッ。
サービス権があちらに回る。

可憐がボールを高く上げる。
空中でボールがくるくると回転する。
可憐がタイミングを計らって空中に浮く。

―まさか…。

⏰:09/08/19 15:48 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#527 [ぎぶそん]
―バシッ!

ボールがこちらに向かって来た。
それは、海中でサメに襲われ掛かっているほどの恐怖があった。

「きゃっ。」

その餌食になったのはエリだった。
レシーブには自信があった彼女も、流石にその強烈なサービスは受け止められなかったようだ。

可憐はジャンプサーブを決めてみせたのだ。
バランスを崩したエリは、そのまま床に倒れ込んだ。

⏰:09/08/19 15:54 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#528 [ぎぶそん]
「エリ、大丈夫!?」

彼女の元に駆け寄る私。

「私たちの努力もあの2人の前にすれば、塵みたいなものなのかしら…。
何だか悔しい。」

寝そべったまま、涙ぐむエリ。
練習や大会を通して初めて見た、彼女の弱気な姿。

「そんなことないよ。
努力は私たちを裏切らない。」

私は彼女の上体を起こした。
今度は私が彼女を支える番だ。

⏰:09/08/19 15:58 📱:SH705i 🆔:pzdb7g66


#529 [みき]
>>275-500

⏰:09/08/19 17:58 📱:N905i 🆔:T.gEztvQ


#530 [ぎぶそん]
5対1。

相手のちょっとしたミスで、ようやく最初の1点を得た。
ローテーションで私にサービス権が回る。

サーブコートに立つ私。
試合前から標的は決めていた。

後衛ライト目掛けてボールを打つ。
威力とスピードを増したボールは、可憐の右肩に激突した。

⏰:09/08/21 00:35 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#531 [ぎぶそん]
5対2。

決勝戦を見に集まった観客のどよめき声が響く。

大抵は出来るだけ鈴川姉妹のような人間にはボールを回さないようにするが、
私は敢えて逆の発想を取ることを選んだ。

少し動揺をしたのか、相手チームの空気が変わった。

私の読みが当たった。

⏰:09/08/21 00:39 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#532 [ぎぶそん]
将棋は王手を取るまで終わることの出来ないゲーム。

私は怪物・鈴川姉妹に積極的に勝負を挑んだ。

ここまで来るまでに、積み上げてきた努力がある。
姑息な手段で勝利しても、何にも嬉しくはない。

私には今、王将以外の駒は見えない。

⏰:09/08/21 00:49 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#533 [ぎぶそん]
その後、両チーム激動のプレーは続く。

鈴川姉妹のアタックも、目が慣れれば受け止め切れるようになった。
それが私たちの自信に繋がり、相手のペースにのまれることはなかった。

バレーはとにかく、どんなに不様な格好だろうがボールを地面に落とさなければいいのだ。

23対20。

必死になって食らいついた結果、点差はそこまで開かれずに済んでいた。

⏰:09/08/21 00:59 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#534 [ぎぶそん]
「真希、次ボールが来たら思い切り打ってみて!」

相手のサーブが向かってくる前、エリにこんなことを言われた。

「でも、失敗したら…。」
私はこの大会中、ずっとアタックを打つことを躊躇っていた。
1点のミスが大きな命取りに成り兼ねないと思っていたからだ。

したがって、まだ本格的なアタックを1度も打ったことはない。

⏰:09/08/21 01:07 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#535 [ぎぶそん]
「私たち、この日の為に毎日猛特訓したじゃない!?
今こそその成果を見せる時よ!」

「そうだよ、雨宮さんならきっと出来るって!
ここまでずっと引っ張ってくれたんだし、私たちは雨宮さんの判断に任せるよ。」

エリに続くように、皆が私の後を押す。

「逆転の可能性を秘めてるのは、もう真希のアタックしかないよ。」

エリの真っ直ぐな瞳が、私の全てを射止める。

⏰:09/08/21 01:11 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#536 [ぎぶそん]
相手チームの軽く投げられたサーブが来る。

「長谷部さんっ!」

後衛センターの伊東さんが、落ち着いてそれを上げる。

「真希っ!」

それを、セッター係のエリがもう1度上げた。

高く、美しいトスだ。

⏰:09/08/21 01:16 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#537 [ぎぶそん]
助走をつけ、宙に浮く私。

―迷いはない、"打つ"。

鈴川姉妹が2人がかりでブロックに回る。

私は空中で、叩くようにボールに衝撃を与えた。

姉妹のごつごつした手の平が、ネット上から顔を出す。

⏰:09/08/21 01:23 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#538 [ぎぶそん]
ボールが美鈴の右手に触れる。

角度を変えられたボールは、私たち側のコートに木葉のようにひらひらと落ちる。

24対20。
遂に相手チームのマッチポイントとなった。

一瞬にして私の視界は暗くなり、表情も青ざめてきた。

⏰:09/08/21 01:31 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#539 [ぎぶそん]
「ごめん、皆…。」

もう皆の顔すら見れなかった。
後悔でいっぱいだ。

「今のはたまたま奴らのブロックが決まっただけよ。
真希!もう1回やるよ!」
私の意表をつくように、エリがこんなことを言い出す。

「でも、また失敗したら…試合はそれで終わりだよ?」

体育館は"D組!""D組!"という声援が湧いている。
その盛り上がったムードだけで、気持ちが押されそうになる。

⏰:09/08/21 19:40 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#540 [ぎぶそん]
「たった1度の失敗で、何弱気になってるのよ。
次は決めればいいだけのことじゃない。」

「でも…。もう無理だよ…。」

―エリ、私たちは今相手に4点も差がつけられてるんだよ!?
しかも向こうはマッチポイント。

アタックを打とうとしても、最強姉妹の2枚ブロックがついてくる。
私たちに勝ち目なんてない。

私たちの秋はここまでだったんだよ…。

⏰:09/08/21 19:49 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#541 [ぎぶそん]
私に諦めモードが差し掛かった時だった。

「真希!試合はまだ終わってない。
ここからが本当の始まりだ!」

たくさんの観客の中、誰かがコートにいる私に向かって声を張り上げて言った。
優平だった。

気づかなかっただけで、ずっと試合を見てくれていたらしい。

優平のその一声に驚いたのか、体育館が一気に静まり返る。

⏰:09/08/21 19:56 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#542 [ぎぶそん]
暗がりの中から、一筋の光が差し込んできた。
強気な気持ちを、もう1度取り戻す。


野球は9回ウラからが本当の試合だと言われている。

そうだよね。
何をメソメソすることがあるんだろう。
―まだ全てが終わった訳じゃない。

⏰:09/08/21 20:04 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#543 [ぎぶそん]
―ピッ。

エリが2回目で私にパスを渡す。
ここまではさっきのシチュエーションと全く同じだ。

鈴川姉妹の2枚ブロックがつく。

―こんな壁、怖くも何ともない。
ただ越えればいいだけなのだから。

「ブレイブ…アターック!」

今日の朝はカツ丼が食べたいと言っていたのに、
親子丼を作っていた憎き父の顔を私は浮かべた。

⏰:09/08/21 20:09 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#544 [ぎぶそん]
がむしゃらに打ったボールは、姉妹の間をすり抜ける。

姉妹の壁を越えたスパイクは、誰にも邪魔されることなく45度下に落ちていく。

24対21。

生まれて初めてアタックが決まった瞬間だった。
こんなに気持ちがいいものとは。

わああ!と観客の声が湧く。

⏰:09/08/21 23:52 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#545 [ぎぶそん]
次の回。

「真希!…と見せかけて、エイッ。」

ボールが返ってきた時、エリが2回目で、ネットぎりぎりにフェイントボールを入れた。
相手チームは意表をつかれたように立ち尽くしていた。

24対22。

「エリ、いつの間にそんな技を覚えたの?」

「準決勝での真希の受け売りよ。
私だって試合をする度に強くなってるんだから!」

いつものエリの笑顔がそこにはあった。

⏰:09/08/21 23:57 📱:SH705i 🆔:PkYNnKgo


#546 [ぎぶそん]
体育館はいつからか、"B組!"B組!"という観客の声が大きくなった。
さっきまでD組一色だった空気が、がらりと変わる。

そのムードに押されたのか、相手チームのサーブカットのミスが2回も続いた。

24対24。
連続4得点の末、同点にまで追い付いた。

「キャー!デュースに持ち越しよ〜!」

振り出しに戻った得点に、はしゃぐエリ。

⏰:09/08/22 00:15 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#547 [ぎぶそん]
その後、24対25、25対25と、
お互い1歩も譲らないまま試合が長引く。

そして、30対31。

私たちがまた、何度目かの1点リードを迎えた。

「皆、後1点で決めるよー!」

「オー!!」

気持ちが再び1つになる。
次で決着をつける、私は頑なに決意した。

⏰:09/08/22 00:23 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#548 [ぎぶそん]
「真希!」

プレーが再び始まり、機械的にトスを上げるエリ。

私はいつも東吾兄とゲームで対戦しても、後もう少しの所で負けてしまう。
その時の東吾兄の余裕の笑みを思い出す。

「ブレイブアターック!」

あの時の怒りを、今このスパイクにぶちまける。

鈴川姉妹の2枚ブロックがつく。
「うおりゃあ!」と雄叫びを上げ、可憐が右手で弾く。

⏰:09/08/22 19:16 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#549 [ぎぶそん]
しまった、と思った時だった。
予期していたかのように、高山さんが跳ね返されたボールの元へ素早く駆け寄り、それを拾う。

「ずっと雨宮さんたちに任せっぱなしでごめんね。
この球は絶対に落とさせない!」

2回目、エリがもう1度トスを上げる。

皆で必死になって繋いだボール。

今までのやり取りや日々が、走馬灯のように駆け巡る。
エリの大会に対する想い、毎日へとへとになるまで行われた練習。

⏰:09/08/22 19:21 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#550 [ぎぶそん]
ここまで来たんだ。
鈴川姉妹は、決して打ち負かすことが不可能な相手じゃない。

この試合、絶対に負けたくない。

「うおおぉぉおお〜!!」

全身を奮い立たせるように、再び飛び上がる。
右手に渾身の力を込めて、もう1度打つ。

この1球に全てを賭ける。
―これが、私の最後のアタックだ。

⏰:09/08/22 19:28 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#551 [ぎぶそん]
鈴川姉妹も負けじと再びブロックとなる。

しかし伸ばした手が数センチ届かず、ボールはそのまま後ろへ向かった。

相手チームのコート内で、ボールが勢いよくバウンドする。

そしてそのまま、息を静めたようにコート外へと転がった。

―ピッ。

30対32。

「キャアアアア〜!!」

私たちは我を忘れてコート内で叫んだ。
遂に、私たちは女子バレーで勝利を得たのだ。

⏰:09/08/22 19:37 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#552 [ぎぶそん]
「…ハァ。
総合1位は結局D組。私たちは3位。
コォラ増山に森川〜!!男子は何やってたのよー!」

放課後、怒りに暮れたエリが男子に罵声を浴びせる

「ちょっと、俺らだけのせいにしないでよ〜!
長谷部さんたちの努力を無駄にしたことは謝るけど。」

終わりの閉会式で告げられた結果発表の結果、私たちは総合優勝の座を手に入れることが出来なかった。

1位を獲得したのは女子バドミントンと女子バレーだけで、それ以外の種目はパッとしない成績だったそうな。

⏰:09/08/22 19:43 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#553 [ぎぶそん]
「まあまあ、そんなにムキにならないでよエリ。
私、大会までの間ずっと楽しかった。
それだけで満足だよ。」

毎日バレーばかりしてたから、体重も2キロ減った。エリ以外の女子とも親しくなれた。
また1つ、一生忘れることのない思い出が出来た。


それだけで十分だ。

⏰:09/08/22 19:47 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#554 [ぎぶそん]
その週の日曜日。
私は、優平とママさんバレーが行われている小学校の体育館に来ていた。

2人っきりの体育館で、バスケットボールを使って遊んでいた。

「それにしても…『ブレイブアターック』はないよなぁ〜。」

「ちょっと、馬鹿にしないでよ。
あの時は必死だったんだから。」

「でも、アタックしてる姿、本当にかっこよかったよ。
まるで全日本の試合を観てるようだった。」

⏰:09/08/22 19:55 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#555 [ぎぶそん]
「優平があの時、声援を送ってくれたおかげだよ。
あの声があったから、あの試合を諦めずに済んだんだよ。」

私が優平にそう伝え終えた時、バタバタと複数の駆け足の音が聞こえてきた。

「マキロン隊長〜!
いかがお過ごしでしょうか〜!」

栄基を中心とした子供たちが、私の元き走り寄って来た。
(本当にどこから沸いて来るのだろうか。)

「きゃあっ!」

栄基に背中を押された私は、躓くように前に倒れそうになった。

⏰:09/08/22 20:02 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#556 [ぎぶそん]
バランスを崩した私は、
そのまま目の前の優平の元へ飛び込んでしまった。

「うわっ。」

2人共、床へ倒れ込む。
私が、優平を押し倒した形になってしまった。
時間が止まる。

「…真希、よく頑張ったな。」

優平が、その両腕を私の腰に回し、きつく抱き寄せる。
体育館に、夕日の光が差し込む。

こうして、私の長かった秋が終わった。

Chapter06 END.―

⏰:09/08/22 20:09 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#557 [ぎぶそん]
Chapter07
「いざ、バイオハザードの世界へ!」

⏰:09/08/22 20:11 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#558 [ぎぶそん]
スポーツ大会の余韻がまだ残っている頃。

ある日、私・エリ・元基・優平の4人は高級ホテルの一室を借りて行われたパーティー会場に来ていた。

この度、優平の両親の会社と某有名ゲーム会社が提携して、近未来型ゲームとなるものを創ったそうな。

そして、優平と優平と親しい私たちは、本日行われるそのゲームの試供の第一人者として選ばれたのであった。

⏰:09/08/22 20:19 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#559 [ぎぶそん]
「真希、嬉しそうね。」

会場内でエリにそう言われた私は、食事も手につける余裕がない位、落ち着きがなくそわそわしている。

これから私たちが行うゲームは、バイオハザードに関する内容らしい。
かくいう私は、バイオハザード系の映画やゲームが大好きなのだ。

それの最新型が今から出来ると思うだけで、ワクワクする。

⏰:09/08/22 20:23 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#560 [ぎぶそん]
ゲーム会社の社長の講談などが終わり、いよいよゲームの試供の時となる。

ステージの幕が上げられた。
ステージには、マッサージチェアのようなイスが、人数分用意してあった。

「皆様、お好きな席に自由にお座り下さい。」

係の人の誘導で、私たちはそれぞれイスに座った。

次に、私たちは頭に機械のようなものを装置させられた。

⏰:09/08/22 20:33 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#561 [ぎぶそん]
「このゲームには、コントローラーなどの器具はありません。
皆さんには、脳でゲームを行ってもらいます。

これからあるスイッチを入れると、皆さんは昏睡状態に入ります。
皆さんはその昏睡状態の間、実際にゲームの世界に進出したような感覚を起こします。

すなわち、ゲームの世界そのものをリアリティに体感することができるのです。」

「へぇー!
何かよく分からないけど画期的ね〜!」

説明を受けたエリが、ますます楽しげにする。

つまり、次に目を覚ました時、現実世界のような仮想世界が待っているということかな。

⏰:09/08/22 20:49 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#562 [ぎぶそん]
「準備はよろしいですか?
それでは、スイッチを入れます。
1・2・3…!」

「…っ!」

係の人の合図と同時に、ビリビリと全身に電気が流れる。

身体に痛みは軽いが、脳味噌へ何か強い刺激が一気に送られる感じだ。

だんだんと意識が遠退く。

⏰:09/08/22 20:54 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#563 [ぎぶそん]
「…ここは、何処…!?」

再び目を開けた時、何もない、暗がりな世界にいた。

エリたちの名を呼んでみる。
返事がない。
どうやら私1人だけのようだ。

「初めまして。
ミス・マキ・アマミヤ。」

突然、モニター画面が映り、1人の少女が現れた。

⏰:09/08/22 21:02 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#564 [ぎぶそん]
「わたくし、このゲームの案内人役を務めさせて頂きます、アイリーンと申します。

ミス・エリたちも同様に、今それぞれ説明を受けていることでしょう。

先程説明を受けたことでしょうが、今あなた方は、ゲームの世界にいる夢を見ているのです。

しかしゲームの世界とはいっても、痛覚はありますし、物や人に直接触れることは出来ます。

つまり、あなた方にとっては、現実世界とは何ら変わりのない世界なのです。」

⏰:09/08/22 21:13 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#565 [ぎぶそん]
アイリーンは説明を続けた。

「さて、肝心のゲームの内容ですが…。

西暦20××年。
ダイヤモンドシティという街に、隕石が墜落しました。

隕石自体はそれほど大きなものではなかったのですが、
隕石が持ち込んだバイオウイルスによって空気感染が発生し、世界に混乱が巻き起こったのです。」

⏰:09/08/22 21:18 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#566 [ぎぶそん]
「隕石墜落から約2時間後、一度死んだかと思われた人間が再び目を覚まし、
突如近くにいた人々に襲い掛かりました。

そして、噛まれた者は死に、再び目を開けた時、最初に襲ってきた人間と同じように、生きている人間に噛みつく…。

そうして、新鮮な人肉だけを求めさ迷い歩くアンデッドが、地球上に大量発生したのです。」

⏰:09/08/22 21:31 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#567 [ぎぶそん]
「あなた方は政府によって急遽結成された、バイオハンターなる組織の一員です。

世界救出の鍵を握る3つのアイテムを手に入れ、オレンジハウスという施設にいる、
クレア博士と呼ばれる人の元へ無事に届けることが出来れば、ゲームクリアとなります。」

「条件はそれだけ?
他に注意する点は?」

アイリーンの説明が一くくり終わった時、私は彼女に質問した。

⏰:09/08/22 21:36 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#568 [ぎぶそん]
「流石はミス・マキ。
鋭いですね。

アンデッドに少しでも切り傷を負わされたり、噛まれた時点で感染者とみなし、ゲームオーバーとなります。

そして、全員がゲームオーバーとなり任務を遂行出来なかった場合は、それなりの代償を受けさせてもらいます。」

「代償…?」

私は聞き返した。

⏰:09/08/22 21:38 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#569 [ぎぶそん]
「それは後ほど説明しましょう、ふふふ。

何の目的もなくやるようではやる気を損ねそうなので、このようなシステムを設けさせて頂きました。

たかがゲーム、されどゲームですよ。

さあ、あちらに見えるゲートが実際のゲームの世界に繋がっています。
既に他の3人はくぐり抜けたようですよ。

では、わたくしはここであなた様の無事をお祈りしておきます、ミス・マキ。」

⏰:09/08/22 21:43 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#570 [ぎぶそん]
アイリーンの指す左方向に、ドアの形状をした白い光が差し込んでいた。

私は躊躇うことなく、その光の中へ入っていった。
あまりの光の強さに、両目を腕で覆い隠しながら突き進む。

「…うっ!」

途中で、私の動きが止まり、記憶も吹き飛ぶ。

⏰:09/08/22 21:51 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#571 [ぎぶそん]
「…。」

私は長い眠りから覚めたように、その場所で目を覚ました。

上体を起こした時、身体にはずっしりと重量感があった。
胴体や肘、膝の箇所に防具が装備されていた。

この世界では私はバイオハンターという役目なんだったっけ。

⏰:09/08/22 21:55 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#572 [ぎぶそん]
「真希、遅かったな。」

耳元で優平の声がした。
よく見ると、エリや元基たちも同じく薄暗いこの部屋にいた。

そして、皆も私と同じように防具や拳銃を装備されている。

「ここは…何処?」

「さっき、ポケットに入っていたマップで現在地を調べてみた。
…どうやら、港近くの廃墟ビルの一室みたいだ。」

優平が私の問いに答える。

⏰:09/08/22 22:00 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#573 [ぎぶそん]
「案内人役の少女は、3つのアイテムを手に入れろって言ってたよな。
もしかして、マップ上で星のように点滅してる奴かな?

ここから一番近いホワイト教会という所に、『聖なる反射鏡』というアイテムがあるみたいだ。
よし、まずはここを目指して進んでみよう。」

優平が頼もしく中心となり、皆を誘導する。

「ハァ…。ちょっとちょっと〜…代償って何なのよー?
ほんのお遊びのつもりが、とんでもないことになったみたいね。」

ゲームが始まって既に涙ぐむエリ。

⏰:09/08/22 22:09 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#574 [ぎぶそん]
私たちは廃墟ビルを出て、拳銃を構え街を警戒しながら歩いた。

街全体には靄がかかっていて、この世界の混沌とした様子が漂っていた。

「おい、あそこに誰かがいるみたいだぞ。
生存者かな?」

ビルを出てすぐ、元基が人の気配に気づいた。
建物にもたれ座り込んでるその人の近くに、彼が歩み寄る。

⏰:09/08/22 22:15 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#575 [ぎぶそん]
「おーい。大丈夫ですかぁ〜!?」

その人の肩を叩こうとする元基。

―ぎゃあおおうっ!

「うわあー!!」

元基の気配に気づき、その人が起き上がった。
それは生存者ではなく、見るからにアンデッドだった。

「危ないっ!」

―パンッ!

私はそのアンデッドの頭目掛けて、銃弾を一発放った。
見事命中し、アンデッドはそのまま地面に倒れ伏せた。

⏰:09/08/22 22:21 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#576 [ぎぶそん]
「真希、ありがとう。助かったよ。」

元基が冷や汗をかきながらこっちに戻ってくる。

「元基のアホ〜!!
この世界はもはやアンデッドがうじゃうじゃ生息してるの!
そうむやみやたらに人間に近づくんでない!!」

元基の胸倉を掴むエリ。

「皆、アンデッドは胴体を撃っただけじゃ死なないからね
狙うなら頭。覚えておいて。」

「…。」

冷静な私の台詞に、誰も口にする言葉がなかった。

⏰:09/08/22 22:27 📱:SH705i 🆔:.m377TEo


#577 [ぎぶそん]
パンッ、パンッ!―

霞んだ街に銃声が響き渡る。
ゾンビを見つければ撃ち、見つければは撃ちの繰り返しだ。

エリが弾を外せば、私が100%カバーする。

「それにしても、幾ら空想の世界の化け物とは言え、流石に撃ち殺すのは気が引けるわね。
真希はどうしてそんなに扱い慣れてるの?」

拳銃を持ち替えながら、エリが尋ねた。

⏰:09/08/24 21:01 📱:SH705i 🆔:jyetulw.


#578 [ぎぶそん]
「私は毎年父とハワイの実弾射撃ツアーに行ってるから。
保護者の許可と同伴があれば、子供でも撃たせてもらえるんだ。」

そう、私は幼い頃から拳銃マニアだったのだ。
収集したモデルガンは、部屋の棚に綺麗に並べている。

従って、一目見ただけで拳銃の種類が分かる。
因みに今所持してるのは、ベレッタM8000の9ミリ口径。
装弾数は15発。

⏰:09/08/24 21:06 📱:SH705i 🆔:jyetulw.


#579 [ぎぶそん]
それから1kmほど歩き、街の外れにあるホワイト教会という場所に辿り着いた。

優平が先頭になって、慎重に扉を開ける。
中はお化け屋敷のように、不気味な雰囲気が漂っていた。
怪しげな薄暗さと、霧がかかったような空気が、恐怖感を煽る。

「よし、手分けしてアイテムを探そう!
元基とエリは一先ずこの一室を見てくれないか。
俺と真希は奥の通路の様子を見てくる。」

優平の指示で、私たちは二手に別れることとなった。

⏰:09/08/24 21:23 📱:SH705i 🆔:jyetulw.


#580 [ぎぶそん]
優平と奥の通路へとゆっくりと進むと、左右1つずつ部屋があった。

「まずは左の部屋から見てみよう…。」

ドアを開け、2人掛かりで机の引き出し、棚の中、ソファーの下などを手分けして見る。
鏡らしきものはなかった。

続いて、その隣の部屋。
脚立やロープなど、何かの作業道具が乱雑に置かれていた。

「…ここもないわね。エリたちの方なのかしら?」

私たちは引き返すことにした。

⏰:09/08/26 23:09 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#581 [ぎぶそん]
「椅子の下とか、隅々まで見たけどこっちもなかったぜ。」

2人の所へ戻ると、第一声に元基がこう言った。

私たちが立ち尽くした感じでいると、エリが何かに気づいたように、後ろ歩きでドアの方へ近寄る。

「ねえっ!もしかして鏡ってあれじゃない?
絵の女の人が手に持ってる奴。」

目の前に飾られている、大きな絵画を指差すエリ。
彼女が言うように、シスターと思われる女性が鏡を両手で抱えていた。

一見絵に見えるその鏡は、光に反射して光っている。

⏰:09/08/26 23:17 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#582 [ぎぶそん]
「いやあぁぁああっ!!」

鏡に見とれていると、エリの大きな叫び声が後ろからした。
振り返ると、ドアから入って来たアンデッドがエリの腕を噛み付いていた。

パンパンパンッ!―

私は急いで銃を撃った。
血飛沫を浴びながら吹き飛ぶアンデッドの頭。

右腕を押さえながら、しゃがみ込むエリ。
彼女に近付くと、既に右腕を負傷していた。

―遅かったか…。

⏰:09/08/26 23:23 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#583 [ぎぶそん]
「私が鏡を取って来る。
元基と優平はエリを擁護して!」

私たちの匂いを嗅ぎ付け、ドアから次々と入って来るアンデッド。

私はさっき入った部屋で目にしたロープを取って来た。
そして先端に小さな輪を作り、絵画より数10センチ上にある突起に向かって投げる。
3回ほど投げた所で成功した。

引っ掛けたロープをしっかり持ち、壁をつたうようにしてよじ登る。

⏰:09/08/26 23:28 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#584 [ぎぶそん]
パンッ!―
パンパンッ―

男2人が放つ銃声の音を耳にしながら、一定のペースを保ちながらロープをつたう。
2メートルほど登った所で、私は絵画に取り付けられていた鏡を手にした。

「くそっ!撃っても撃ってもキリがねぇ!
真希!もうドアからは出られないぜ!」

元基が愚痴るように言う。

「任せて。」

私は左手をロープから離し、ゲーム開始当初から背負っていた(背負わされていた)ショットガンをその手に持った。
そして、左壁にある三色ガラスの窓を何発かで撃ち抜いた。

出口がないのなら、作ればいい。

⏰:09/08/26 23:38 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#585 [ぎぶそん]
そして力みをつけ、ターザンのように窓に向かってロープで地上を移動した。

外に身体が出ると、タイミングを計ってロープを持っていた手を放す。

身体が勢いよく地面に転がる。
痛い。流石に無傷では済まなかった。

「皆、私に続いて!」

私は教会の中にいる3人に聞こえるように叫んだ。

⏰:09/08/26 23:45 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#586 [ぎぶそん]
エリを背負っている元基、優平の順で窓から出て来た。

「これでも喰らいやがれっ!」

元基が予めポケットに入っていた手榴弾を窓に向かって投げた。
その数秒後、中から小さな爆発音がした。

「エリ、大丈夫?」

私はエリの元に寄る。
彼女の右腕からは、痛々しいほどの血が出ていた。

⏰:09/08/26 23:52 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#587 [ぎぶそん]
「うん。思ったほど痛みはないみたい…。
でっかい蚊にチクっと刺された感じ。」

「きっと痛みは軽減してくれてるのね。」

『0時間47分42秒。
ミス・エリ・ハセベ。
ゲームオーバーです。』

私たちが一先ず安心していると、アナウンスのように、何処からかアイリーンの声が聞こえてきた。

「皆、足手まといになってごめんなさい。
真希!後はよろしくね。」
今までの姿が幻かのように、エリが消えていった。

⏰:09/08/26 23:57 📱:SH705i 🆔:Dm0BucS.


#588 [ぎぶそん]
「くそっ!俺がもう少ししっかりしていれば…。
エリを守れなかった…。」
悔しがるように、座っていた元基が地面を一発叩く。

「気持ちは分かるが、ここでそううかうかしてられない。
急がないと、奴らが迫って来るぞ。」

元基の身体を起こす優平。

「これからどうすればいいの?のんびり街を歩いてても、あいつらの餌食になるわよ。」

「よし、あれに乗ろう。」

優平が道路にある、何かを指差した。

⏰:09/08/27 00:02 📱:SH705i 🆔:G7Sq6gHg


#589 [ぎぶそん]
「人生初めてのドライブが、まさか無免許運転になるとは思わなかったな。」

初めてとは思えないほど、優平が手慣れたようにハンドルを操作する。
私たちはあれから、優平が目にしたトラックに乗り込んでいた。

彼のドライブテクを見守るように、助手席に座る私。

「最近のお坊ちゃんは、見よう見真似で車の運転も出来るらしい。」

後部席に座っていた元基が、優平を茶化す。

私たちは2つめのアイテム・『古びたアルバム』があるクレア博士の自宅に向かっていた。

⏰:09/08/27 00:13 📱:SH705i 🆔:G7Sq6gHg


#590 [ぎぶそん]
『皆さん、まずは1つめのアイテムを手に入れたようですね。
おめでとうございます。』

車内の中で、再びアイリーンの声がした。

『さて…最初にお話した"代償"のことですが…。
まず、私たちは皆さん方の性格・記憶・嗜好・癖など、脳内にインプットされた情報を全て牛耳っています。』

⏰:09/08/30 17:29 📱:SH705i 🆔:ebOPHEFo


#591 [ぎぶそん]
『従って、誰一人としてゲームがクリア出来なかった場合は、
脳内でプログラミングされてる中で"一番大切なもの"を奪わせてもらいます。』

「一番大切なもの?」

私は彼女の言葉を復唱した。

『そうですね…、優れた身体能力の一部とか、忘れたくない思い出とか、好きな趣味とか、そんな所です。』

私の疑問に冷静に説明する彼女。

⏰:09/08/30 17:39 📱:SH705i 🆔:ebOPHEFo


#592 [ぎぶそん]
「じゃあ、例えば俺や優平とかだったら、サッカー出来る能力を失っちゃう訳?」

元基が身震いする。

『しかし、このままでは皆さん方にとってはあまりに不条理…。
わたくしたちもそこまで鬼ではありません。
見事ゲームクリア出来た方には、逆に脳にまつわる事なら何でも仰せのままに致しましょう。』

「どういう意味!?」

私は再び聞き返した。

⏰:09/08/30 17:46 📱:SH705i 🆔:ebOPHEFo


#593 [ぎぶそん]
『身体能力をもっと上げたいとか、嫌な癖を直したいとか…、プロレベルの芸術的才能を見につけることだって可能です。

そう、例えばミス・マキ…、あなたの場合は記憶の底にある、生前の母上との思い出を呼び起こすことも可能ですよ。』

「…お母さんの!?」

その一言で、私の心が揺らいだ。

『ふふふ。この条件、悪くないとは思いませんか?
では、わたくしからの説明は以上です。
既に脱落したミス・エリのためにも、しっかり頑張って下さいね…。』

アイリーンの声は消えていった。

⏰:09/08/30 17:55 📱:SH705i 🆔:ebOPHEFo


#594 [我輩は匿名である]
>>1-200
>>201-400
>>401-600
>>601-800
>>801-100

⏰:09/09/01 04:34 📱:N904i 🆔:AnS9cKHk


#595 [ぎぶそん]
「畜生ー!
なめくさった真似しやがってー!
見てろよ!俺はこのゲームをクリアして、天才サッカー少年になってやるからな!」

後ろからする元基の金切り声が、耳をキンキンさせる。

「やったなぁ、真希。
お母さんのことを思い出せるチャンスだな。」

「うん…。」

私は気が落ち着かなくて、俯き加減で手の平を触ったりしていた。

⏰:09/09/03 14:53 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#596 [ぎぶそん]
「地図によると、ここのようだ。」

優平がトラックを止める。
クレア博士の自宅らしき場所に到着した。

研究者として稼いでいるのか、いかにも物語に出て来そうな、お屋敷みたいな家だった。

3人で塀をよじ登って、家の門をくぐる。

アンデッドと化した使用人みたいな人たちが、のろのろと私たちの方に向かってくる。

⏰:09/09/03 15:01 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#597 [ぎぶそん]
銃声と同時に、無数に転がる死体。
洋風の綺麗な庭に、アンデッドの血がどんどんと染められていく。

この世界にも慣れてきたのか、元基や優平も躊躇いなく奴らを撃っていた。

命中率もぐんと上がり、リロードにかかる時間もムダがなくなっていた。

家の中に入る。
目の前には螺旋階段が上の方に続いていた。

⏰:09/09/03 15:12 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#598 [ぎぶそん]
「こんなに広い家だと、どこから手をつけていいのか迷うわね。」

「アルバム、ってくらいだから書斎か何かの棚にあるのだと思う。
…よし、最上階の部屋の奥だ。」

「場所が分かるの?」

はっきりと断言する優平に尋ねた。

「多分、この家は実際の俺ん家を参考にして造られた建物だと思う。
庭とか外壁とかがそっくりだったから。」

そういえば、ここに来た時から既視感がするなとは感じていた。

「ヒェー!軽く自慢かよ!」

⏰:09/09/03 15:23 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#599 [ぎぶそん]
螺旋階段を駆け上がり、確かに優平が言うように、5階の左奥に書斎らしき部屋があった。

一面に本棚が置かれていて、その中にはびっしりと本が詰まっていた。
クリア博士が研究者として、常に努力を怠らなかったのが伺える。

「…あったぞ!」

元基が机の下に置かれていた段ボールの中から、アルバムを見つけた。

1つめのアイテムよりすんなりと手に入れることが出来た。

⏰:09/09/03 15:38 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#600 [ぎぶそん]
「よし、アイテムも残すところ後1つだ。
次の場所はストロベリーマンション。ここから約300メートル先にある。

アイテムは『記憶と感情を失った少年クリス』か。
アイテムって言うより子供みたいだ。」

優平が地図を見ながらぼやく。

「なあ、俺全部の銃が弾切れだ。」

元基がトリガーを引き、カチッ、カチッと頼りない音をさせる。

「私も。もう予備の弾も残り少ないわ。」

へばるように、その場に座り込む私。

逆に2種類の銃だけでここまで来れたことに感心する。

⏰:09/09/03 15:48 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#601 [ぎぶそん]
「…武器がないのは流石に不安だ。
一旦この『マシュー銃器店』で補充しよう。
次のマンションからはかなり遠ざかることになるけどな。」

優平が地図上で指す銃器店は地図の北、フージーマウンテンのふもとにあった。
ここから約5キロは離れている。

優平の意見に、私と元基は迷うことなく賛同した。
ここに来て、初めての賭けかも知れない。

吉と出るか凶と出るかは分からないが…―

⏰:09/09/03 15:56 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#602 [ぎぶそん]
「なあ、ゲーム開始に比べて、明らかに奴らうようよいねーか?」

再び乗り込んだトラックの中で、元基が思ったことを口にする。

彼のいうように、窓に目を向ければ嫌でも彼らが視界に入って来る。

「きっと紫外線に弱くて、夜になるほど活動的になるのよ。」

「ヒュー。
何かコレ、まさしく真希の為に作られたゲームって感じだな。」

⏰:09/09/03 16:10 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#603 [ぎぶそん]
「いや、あながちその考えは間違っちゃいないぜ。」
私たちの会話に、優平が割り込む。

「どういうことだ!?」

「親父がゲーム会社と協定を組むって聞いた時、
真希がアクションゲーム好きなの知ってたから、それの最新型とか出来たら喜ぶだろうなって…。

そしたら俺の意見がそのまま通った訳。
まさかここまでリアリティなものになるとは思わなかったけど。

代償とか報酬とかさ、コレ作った奴頭イカれてるよな、ははは。」

⏰:09/09/03 16:21 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#604 [ぎぶそん]
「おかげさまで、私は充分この世界を楽しんでるよ。」

優平がハンドルを持つ手に自分の手をやる。
素直に嬉しかった。

今いる世界は実に残酷なものだけれど、優平の私に対する思いを感じられる。

それだけに何としてもこのゲームを制覇したい。
結末がどのようなものか知りたい。

このゲームを通して、一つの成長を遂げたらいいなと思う。

⏰:09/09/03 17:21 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#605 [ぎぶそん]
トラックを発車させて数十分、山のふもとまで来ることが出来た。

トラックから降りると、こじんまりとした店が一軒佇んでいる。
看板には「マシュー ガンズ ショップ」と書かれていた。

街の外れからか、アンデッドのいる気配はなかった。

「こりゃひでぇ…。」

店の付近には、女性と少女の全身血まみれの死体が無残にも転がっていた。

ここに来て深く、空想の世界とは、他人事とは思えない悲しさを感じた。

⏰:09/09/03 18:10 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#606 [ぎぶそん]
「スゲー!ここは武器の宝庫だなぁ!
よーし、皆ありったけ持って行こうぜー!」

銃器店の中には銃だけでなく、ボーガンやナイフ、弓矢もあった。

弾や拳銃、必要なものは持てるだけ持って行く。

「…驚いた。この世界でまさかこの銃と出会えるなんて。」

私はその中から見つけたとある拳銃を、ズボンの後ろに挟んだ。

⏰:09/09/03 18:20 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#607 [ぎぶそん]
私たちが武器をかき集めていると、店の隅にある部屋の方から、ガタガタッと木片か何かの落ちる音がした。

アンデッドかも知れないと、素早く銃を構える私たち。

「お前たち、ここで何をしている…。」

そこから出て来たのは生身の人間だった。
あまり食事にありつけていないのか、ひどく痩せている。

どうやら彼はこの家の主、マシュー氏のようだ。

⏰:09/09/03 18:26 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#608 [ぎぶそん]
「あ…俺たち、政府に雇われ、アンデッドと戦うことを命じられた者です。
途中で武器が必要になったので、ここならあるだろうと思いやって来ました。

誰もいないと想像していたので…。
しかしながら勝手にここを荒らしたこと、無礼をお詫びします。」

優平が両手を上げる。
私と元基も銃を構えた手を下ろす。

「…そうか。
いや、構わないよ。
ここにあるものは好きなだけ持って行くといい。」

私たちの言い分を聞くと、マシューさんはレジがある机に寄り掛かる。

「可能性はなくはないとは思ってたけど、この街に生存者っていたんだな。」

元基が喋る。

⏰:09/09/03 18:36 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#609 [ぎぶそん]
「噂によると生きてる者は束になって、安息の地を求めて東へ向かったらしい。」

「あなたは一緒に行かなかったんですか?」

私はマシューに質問した。

「店の前に死体があっただろう?
あれは私の妻とその娘だ。
2人はここへ帰る途中であいつらに噛まれたらしく、感染していることが分かった。

そして、私はこの手で自ら愛する者を葬り去った。
それからは2人を埋葬する余裕がないくらい、ここで閉じ込もっていた。

私には、この街を去った所で、この戦争が終わった所で、生きる希望なんて全くない。ないんだよ…。」

⏰:09/09/03 18:50 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#610 [ぎぶそん]
私はマシューの元へと足を踏んだ。

「いいえマシューさん。
それでもあなたは生き続けなきゃいけない。

私みたいな小娘に言われるのは腹立たしいと思いますが…。
二人は最期にあなたの生きてる姿を見たかったから、ここまで歩いて来た。
そしてあなたは生きたかったから二人を殺した。そうじゃありませんか?」


「…君、名前は?」

長い沈黙の後、マシューが口を開いた。

「真希って言います。」

「マキか…。その名前、死ぬまで覚えておくよ。
マキ…君はこの街で見た中で、一番綺麗な瞳をしている。」

⏰:09/09/08 01:27 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#611 [ぎぶそん]
「さあ、マシューさん、あなたも早くここから出ましょう!
奴らがここを責めてくる前に…!」

元基と優平が、両脇を支えるようにしてマシューの身体を担ぐ。

そして私が先導するように、ドアの前に立つ。
しかし扉を開けると、目の前にさっきまでいなかったアンデッドが立っていた…。

驚きと恐怖で、その場から動けない。

「マキ、危ないっ!」

⏰:09/09/08 13:19 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#612 [ぎぶそん]
「あああああっ!」

私を庇うようにして間に入ったマシューが、アンデッドに右肩を噛まれる。

「…クソッ!」

元基が怒り狂うように、その怪物に弾丸を三発撃ち込む。
最後に当てた弾で、奴の頭部が腐ったトマトのように潰れた。

「ああっ…。マシューさん…。ごめんなさい、私のせいで…。」

私は彼の身体を抱く。

「いや、いいんだ。
最期に君を助けることが出来たんだから。
もう私は動けない…。
さあ君たち、私を追いて早く行くんだ。」

⏰:09/09/08 13:38 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#613 [ぎぶそん]
マシューを残し外に少し出てみると、大量のアンデッドがわらわらと銃器店の方に迫って来ていた。

「クソッ!もうこんなにいやがる…。撃っても撃ってもキリがない数だぜこりゃ。」

「私たちの臭いを嗅ぎ付けて来たんだわ…!」

「いくら何でも早過ぎだろ!」

「どうする?このままじゃ皆ゲームオーバーよ。」

「…俺が囮になる。」

そう口にしたのは、元基だった。

⏰:09/09/08 13:45 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#614 [ぎぶそん]
「このゲームのルールは、たった一人でもクリアすればいいんだろ?
だったらここで俺一人が犠牲になっても構わんってことだ。

それに、いつまでもエリを一人にしてられねーしな。
お前ら、二人っきりになったからって、イチャついたりするんじゃねーぞ!」

元基らしく、危機感もなくへらへらと笑う。

「何か策はあるの?」

「ああ。といっても、映画の受け売りだけどな。」

それだけ言うと、元基はもう一度銃器店に入った。

⏰:09/09/08 13:51 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#615 [ぎぶそん]
数秒して、再び元基が重たそうに段ボールを抱えてやって来た。

「…さっきこれを見つけたんだ。」

見ると、箱一杯に手榴弾が中に入っていた。

「すまん。ちょいとこのトラックは借りるぜ。
新しい車は、きっとあの車庫の中にあるだろ。」

手榴弾入りの段ボール箱と共に、元基が一人でトラックに乗り込む。

「元基、あなたまさか…!?」

「おっ、真希。気づいたか。お察しの通りだぜ。
これから死のドライブの始まりだ。」

⏰:09/09/08 14:00 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#616 [幸]
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>>51-100
>>101-150
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>>600-650

⏰:09/09/10 21:00 📱:W53T 🆔:6DYa4H6I


#617 [ぎぶそん]
そして、元基はそのままアンデッドの束に向かって進み出した。

元基の作戦はこうだ。
トラックごと突っ込んで奴らを十分引き付けた後、手榴弾を使ってそのままトラックごと爆発を起こす。
大量の手榴弾とガソリンという組み合わせなら、彼の思惑通り上手くいくかも知れない。

数分後、遠くの林の方で大規模の炎上が起こった。

『2時間6分39秒。
ミスター・モトキ・ハネダ。
爆死によりゲームオーバーです。』

そしてそれから間もなく、元基の成功を知らせるアナウンスが聞こえる。

⏰:09/09/10 22:55 📱:SH705i 🆔:5CU6JsAA


#618 [ぎぶそん]
私と優平は元基の死(ゲームオーバー)を嘆くことなく、すぐさま車庫の中から見つけた大型バイクに乗り込んだ。

優平が運転し、私が後ろ向きになって座り、奴らが近寄ればショットガンで狙撃する。
元基が道連れしてくれたお陰で、二・三人しかいなかった。
林の中は、まだ火の粉がそこらじゅうにぽつぽつと残っていた。

20分後、目的地のストロベリーマンションに到着した。
20階立てで縦に長く、薄桃色の外壁をしている。

⏰:09/09/10 23:12 📱:SH705i 🆔:5CU6JsAA


#619 [ぎぶそん]
私たちは上から下にかけて虱潰しに一つ一つの部屋を調べていく。

途方に暮れそうな作業の中、14階の1405号室のクローゼットの中にいたクリスを見つけた。

少し伸びた金髪のサラサラヘアに、綺麗な青い瞳をしている。

3人でエレベーターで下まで降りていく。
初対面の私に抱き抱えられても、彼は顔色一つ変えない。

記憶と感情を失った少年か…。
こんな幼い子供がこのゲームとどう関係していくんだろう。

⏰:09/09/25 19:09 📱:SH705i 🆔:t8prEB2s


#620 [ぎぶそん]
『さあ。これで全てのアイテムが手に揃いましたね。
さあ、そのまま急いでクレア博士の所に行って下さい。
あまり時間を掛けていると、大変なことになりますよ。ふふふ…。』

マンションから出ると、不吉な声色でアイリーンが意味深な言葉を発した。

私と優平は、クレア博士のいるというオレンジハウスに向かってオートバイを走らせる。
地図によると現在地から東に5キロ、駅の近くにある大学の付近にある。

いつの間に時間が経っていたのか、外はすっかり暗くなっていた。
アンデッドの量も明らかに増している。

⏰:09/09/25 19:22 📱:SH705i 🆔:t8prEB2s


#621 [ぎぶそん]
大学が目前としてきた所で、学生がアンデッド化したのか、他の場所より目に見えて彼らがうようよしていた。

目的地のオレンジハウスの敷地内にも、何かの集まりかのように密集していた。

「…どうする?」

「…やるしかないわね。」
ここを通り抜けなければ、先へは行けない。
私は銃器店から入手していた、2本のアーミーナイフをそれぞれの手に持った。

⏰:09/09/26 00:19 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#622 [ぎぶそん]
「俺はこれでいくぜ。」

優平が敷地内に落ちてあったたスコップを手に取った。
とある映画でも、少年がゾンビ化した隣人をこれで何度も叩いて殺していた。
武器としては十分使える代物だ。

「…行くわよっ!」

左右にそれぞれ散らばり、目にした奴らを片っ端から頭部、胴体を主にして切り裂いていく。

優平もスコップで頭部を激しく叩いて一撃していた。
奴らの血飛沫が顔や衣服にかかる。
しかし何も考えずに、何も思わずに、ただただ彼らを機械のように狩っていった。

⏰:09/09/26 00:30 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#623 [ぎぶそん]
今の私は無双というゲームの中にいる気分だ。

攻撃性が強く、足の速いタイプのアンデッドであれば勝ち目はなかったと思う。
動きが鈍いので、数が多くてもそんなに闘うのに苦労はしなかった。

しかし動き回るにつれ体力はどんどん奪われていき、私のあらゆる感覚も次第にリズムを崩す。

敷地内にいた7割近くを攻撃し終えた頃、私は息を整えるべく一旦膝を抱えた。

「…真希、危ないっ!」

⏰:09/09/26 00:40 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#624 [ぎぶそん]
声のする方に反応して見た時、優平が自分の身を投げて私を抱き、芝生の上にそのまま2人の体が転がった。

どうやら私は、死角となっていた奴らの気配に気がつかなかったらしい。
それに気づいた彼が助けてくれたのだ。

「…ありがとう、優平。」

「後もう少しだ。頑張ろう。」

彼も見るからに大分体力を消耗していた。ぼんやりとはしていられない。

⏰:09/09/26 00:48 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#625 [ぎぶそん]
私は玄関前にいた大柄のアンデッドに、額にナイフを渾身の力を込めて突き刺した。
これで最後。敷地内にいた奴らは一応全員仕留めたことになる。

敷地内一面に転がる奴らの無残な姿を見ると、残酷な世界で生き延びることの残酷さを痛感した。

「…やったわ。
さあ、中に入りましょう!」

息を切らし、拳で汗を拭いながら優平の方を見る。

「…俺は行けない。」

彼は私にとって予想外の言葉を口にし、微笑んだ。

⏰:09/09/26 00:57 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#626 [ぎぶそん]
彼が私に左腕を見せる。
捲った袖のちょっと下に、小さな切り傷があった。

「さっき真希を庇った時に…さりげなく奴らにつけられたみたいだ。」

私を一切責めずに、カッコ悪いよな、と彼は自分自身を嘲笑する。

『4時間36分52秒。
ミスター・ユウヘイ・サクライ。
ゲームオーバーです。』

3度目の死を知らせるアナウンスが流れる。
どんどん薄れていく優平の体。

そんな…。ほんの少しのかすり傷なのに…。

⏰:09/09/26 01:07 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#627 [ぎぶそん]
「ああ…優平…。」

ごめんなさい、ごめんなさい、と泣き崩れるように何度も彼に言う。

「大丈夫、真希なら生き残れるさ。
これは俺からのおまじないだ。」

優平の体が完全に消えてなくなる寸前、彼が私の額にキスをしてくれた。
支えるように顔を持たれても全く感触がなかったのに、そのキスだけはしっかりと感触が残っていた。

⏰:09/09/26 01:15 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#628 [ぎぶそん]
うっ、ううっ…。
玄関前の白い大理石の床に、私の涙が何粒も落ちる。

優平が一緒にいたからここまで頑張れたのに、ここに来て一人なんて嫌だよ。

私が泣き崩れたままでいると、感情を持ち合わせていない筈のクリスが座り込む私の頭を小さな手で撫でる。

「…一緒に博士の元に行きましょう。」

私は彼の手を握り、玄関へと歩き始めた。

⏰:09/09/26 01:25 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#629 [ぎぶそん]
ドアの目の前に立った所で、シュー、シューと小さく機械の操作の音がした。

『確認ノ為、指紋認証ヲ行イマス。
右ニアル画面ニ、人差シ指ヲカザシテ下サイ。』

機械が声に出して指示をする。
私は言われた通りの動作をやってみた。
念のため、クリスの人差し指も私の次にかざす。
機械は順調に我々の確認をしていく。

『認証ガ終ワリマシタ。
マキ・アマミヤ、クリス・クインテット、ドウゾ中ヘオ入リ下サイ。』

機械が言い終わったと同時に、扉が開いた。
この作業だけで、クリスがこの建物の中の関係者の一員であることが読み取れた。

⏰:09/09/26 01:43 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#630 [ぎぶそん]
建物内は照明がついておらず、一面真っ白な壁も暗闇の中に包まれている。

銃を持ち、クリスを自分の後ろに歩かせ、辺りを警戒しながら慎重に歩く。

後は博士にアイテムを渡すことが私の任務。
でも何故かこの建物の中は不吉な予感がする。

奥へと進む中で、「C−19」と書かれた部屋に人のいる気配がした。
呼吸を整え、顔を覗かせてみる。

⏰:09/09/27 15:01 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#631 [ぎぶそん]
誰かがこちらに背を向けている。
暗がりで良く見えない。

この人がクレア博士なのか?
私は彼の名を呼んでみた。

「待ってたぜ、マキ・アマミヤ…!」
その人が振り返り、こちらに近づく。
その人の赤い瞳と目が合った瞬間、私の体は凍りついてしまった。

不気味な笑みに、異様な外見。
これまで見たアンデッドとは全然違う、ある種の怪物。
頭部には角のようなものがあり、全員黒色の身体に鞭のようにひょろひょろっとした手。
もはや人間の原型を留めていなかった。

⏰:09/09/27 15:15 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#632 [ぎぶそん]
「ヒャーアーハッハッー!」

怪物の鞭のような手が、勢いよくこちらに向かって伸びる。
一歩手前の所で私は交わした。
私の後ろにあった壁が、あっという間に粉々に破壊された。

「逃げて…っ!」
私はクリスをその場から追いやった。

一体何なのよこれは…。

『このゲームもいよいよ大詰めです。
しかし、夜の8時以内にこのハウスに来れなかったので、今は正にタイプBのストーリーが進行しています。』

アイリーンが状況を説明するように放送を流す。
だからあの時、急げって言ってたんだ…。

⏰:09/09/27 15:30 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#633 [ぎぶそん]
『その男の人間の時の名はドット。
連続殺人の容疑で死刑執行を待つ身分であったのですが、裏の取り引きで人体実験の為にこの場所に引き渡された人物です。

しかし、実験の途中何らかのミスがあり、彼は人間に牙を向ける怪物へと化しました。
そして彼はクレア博士や他の研究者を殺し、この世の支配を企むようになったのです。』

更に詳しく説明するアイリーン。

⏰:09/09/27 15:47 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#634 [ぎぶそん]
「バイオ何とかって雇われ身の分際で、よくぞここまで来たな。
街の至る所に設置してある監視カメラで、お前の勇姿は拝見させてもらっていたよ。

お前がお偉い博士の為にせっせと集めたアイテムはぁ、残念ながら俺の人間支配の為に使われるんだよぉ!
さあ、とっととアイテムをよこすんだ!」

ギャハハハと不気味に笑うドット。

「そんなことはさせない…っ!」
私は銃を構えた。

⏰:09/09/27 15:55 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#635 [ぎぶそん]
一発、ニ発と奴の胴体に撃ち込む。
しかし、相手はピクリとも反応しないまま、私に近づいてくる。

「『そんなことはさせない!』じゃねーんだよなぁ。
そんなチンケな小道具で俺を殺せるとでも思ったのか?ナメてもらっちゃあ困るぜ。」

そして、私の首に巻き付けるように手をかける。
ゆっくりと持ち上がる私の身体。
苦しさのあまり、必死にもがく私。

「一度だけチャンスをやる。正直、お前みたいな美人を殺すのは惜しいんだよ。
どうだ?俺の仲間になってこの世の頂点に立ってみるってのは?」

腐敗しきった歯をむきだしにして笑うドット。

⏰:09/09/27 16:09 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#636 [ぎぶそん]
「誰があんたみたいな奴なんかとっ…!」

右手を上げ、中指を立てる私。

「このクソアマがぁ、自分の状況が分かっていってんのかぁ!?
善人ぶったそのムカつく面、死への恐怖に歪める苦痛の表情へと変えてやるぜ…っ!」

怒り狂うドット。
私の首にかけていた彼の力が更に強くなる。

「ギャアアアア〜!!」

建物内に響き渡る悲鳴。

⏰:09/09/27 16:17 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#637 [ぎぶそん]
それは、私がポケットに入れてあったバタフライナイフで、奴の腕をぶった切ったことによる激痛の叫びであった。
腕の部分はツルのように柔らかかったので、少しの力で切れた。

解放された後、瞬時にその場から逃げるように立ち去る。
私があの男に殺されてしまえば、この世界もろともゲームオーバーになってしまう。

何か策を考えなければ…。
しかし、体力・スピードどれをとっても圧倒的にこちらが不利である。
普通に闘っていては勝てない。

⏰:09/09/27 16:29 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#638 [ぎぶそん]
直感で見つかりにくそうだと判断した室内に入り、隠れるようにテーブルの下に座る。
ハァ、ハァッと乱れた呼吸がすぐには直らない。

こんな時、優平が側に居てくれたら…。
一人は怖いよ…。
私の目から自然と涙が生まれる。

そういえば、クリスを探さなきゃ。
想像上の人物に過ぎないかも知れないけど、あの子の冷めた瞳を見ると子供の頃の自分を見ているようで放ってはおけなくなる。

孤独で、寂しくて、他人を必要としなかった昔の私みたいに。

⏰:09/09/27 16:39 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#639 [るーちゃん]
>>500
>>600

⏰:09/09/30 07:13 📱:SH904i 🆔:1YBKLq2s


#640 [ぎぶそん]
「…クリスッ!クリスッ!」
再び建物の中を走り回り、少年の行方を追う。

東南の角の通路を曲がろうとした所で、のうのうと歩いているクリスと出くわした。

私は無言のまま、彼を我が子のように抱きしめた。

「マーキー。どこだー?」
ちょっとした再会を喜んでいるのも束の間。遠くからドットの不協和音な声が聞こえてくる。

⏰:09/10/10 16:28 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#641 [ぎぶそん]
「クリス…何でもいいから、とりあえず火の着くものを探して来て。分かる?」

クリスの肩を抱き、その青色の瞳を一点に見続けながら、彼に指示をする。
全く意思表示をしない彼に、独自のジェスチャーでライターやマッチ等の小道具を連想させるよう努めてみた。

「見ーつけたぞー」
私たちの姿を発見したドットが、ゆっくりとこちらにやって来る。

「行って」
私はクリスの背中を押した。
彼の行動がこれからの運命を大きく左右する。
今はただ、信じて待つしかない。

⏰:09/10/10 16:35 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#642 [ぎぶそん]
「なぁマキ。お前は俺のことを随分外道で残忍な奴だと思ってるが、
ここの研究者の奴らもなかなかの非道だぜ?

俺が凶悪犯の身分だからって、死刑の身分だからって、毎日毎日苦痛に耐え難い電流を浴びさせ、妙な薬を大量に打ち付け、同じ人間を実験台動物のモルモットのように扱ったんだ。

おかげさまで、俺はこーんなナイスガイな姿へと変わっちまったんだからよぅ!」

一歩、二歩と私の方へ歩み寄るドット。

⏰:09/10/10 16:46 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#643 [ぎぶそん]
「…確かに、ここの研究者らのしたことは人として間違ってる。
でも、だからと言ってその同じ人間を殺したり、人間支配を企むという理屈はお門違いなんじゃない?

あなたはあなたとして、あなたと同じように悩み苦しむべき人間に優しく手を差し延べてあげるべきなんじゃないの、ドット?」

私は後退りしながら、ポケットに手を入れる。

「しゃらくせぇ、蛆虫がぁぁぁ!」
ドットが、鞭のような手を挙げた。

⏰:09/10/10 16:51 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#644 [ぎぶそん]
「ぎぃやぁぁああ〜!」
私は彼が自分に攻撃をしかけてくる前に、ポケットから出したバタフライナイフを彼の足に突き刺した。

ドットが叫び声を上げ、その顔を歪ませている隙に、退散する。

真っ直ぐに伸びた廊下を、反対方向からクリスが小走りでやって来た。

彼の小さな手には、ジッポーライターが握られていた。
でかしたぞ、クリス。
心の中でそう呟いた。

⏰:09/10/10 17:49 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#645 [ぎぶそん]
「クソアマめぇ〜この俺をコケにしやがってえ!出て来やがれ!」

薄暗く物音一つない静かな建物内で、ドットの怒り狂う声だけが響く。

私はクリスを背負ったまま天井に設置してあった鉄棒を掴み、宙に浮いていた。

「どこだ!マキ!」

ドットが自分たちの真下へとやって来た。
今だ、と思い、天井の中央にある白く円形状の部分に、ジッポーライターの火を近づける。

⏰:09/10/10 17:59 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#646 [ぎぶそん]
一時その火を近づけたままでいると、人工的なスコールが振り始めた。
スプリンクラーが正常に作動したのだ。

「ヒャアッハー!そんな小雨程度のシャワーで、俺がヒビるとでも思ったかぁ!」

ドットが絶え間無く降り続ける水を浴びながら顔を上げ、天井に張り付いていた私たちに気づき声をかける。

私は、今までずっと後ろズボンに挟んでままでいた、あるものを取り出した。

⏰:09/10/10 18:04 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#647 [ぎぶそん]
コルト・ガバメント。
私がこの世で最も愛する拳銃。
マシュー銃器店から拝借したのを、最後の切り札にと今まで隠したままでいた。

一発目、ドットの脇腹をかすめ、壁に着けてあった配電装置のカバーに当たる。
二発目、カバーの外れたその装置へと撃ち込む。

「どこ撃ってんだよ、下手くそ!」
余裕の笑みを見せるドット。

⏰:09/10/10 18:13 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#648 [ぎぶそん]
無数の剥き出しになった電気コードが、ドットの身体に接触する。
十分に滴っている彼の身体に、大量の電気が流れ、彼の身体を蝕む。

「ぎぃやあああー!マキ…貴様ぁっ…」
多大な電流地獄に逃れることが出来ず、その場で踊り狂うようにもがき苦しむドット。

一分ほどして、彼は完全に倒れ果てた。

⏰:09/10/10 18:18 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#649 [ぎぶそん]
騒ぎが静まり返った後、放電に気を使いながら下へと下りる。

終わった…。
…本当に?

終了を知らせるアイリーンの声が聞こえない。
何も起きない。
何もない。

――まだ、終わってない。
エンディングの手掛かりとなるものを探さなきゃ。

⏰:09/10/10 18:23 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#650 [ぎぶそん]
おそらく、この場所に持ってくるようにと命じられた三つのアイテムを使用しなければならないのではないかと推測する。

私はクリスを連れて歩きながら、「クレア研究室」という小さな部屋に入ってみる。
机の上に置いてあった、一冊の黒い日記帳のようなものを見つけた。
それをパラパラとめくってみる。

『5月21日。
隣人が、友人が、仲間が、次々と醜い姿へと化す。
この地球全体が、暗黒なバイオハザードの世界へと化した瞬間であった。
私ら科学者は、早急にこの混乱の謎の解明に迫らなければならなくなった』

⏰:09/10/10 18:32 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#651 [ぎぶそん]
『8月16日。
奴らアンデッドの研究は一向として難航し続けている。
しかし、神は我を見放してはいなかった。
我が孫・クリスは交通事故による脳外科手術の後、IQ200の超天才児として生まれ変わったのだ。
大至急、クリスも私のいる研究チームに参加することとなった。
彼は言う。自分ならこの未知なるゾンビ病の蔓延に歯止めを刺すことが出来ると』

クリスって、今私の目の前にいるこの少年のこと?
クレア博士と血縁関係に当たってたんだ…―

⏰:09/10/10 18:38 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#652 [ぎぶそん]
『8月22日。
なんということだ。
目の前で母親を失ったショックからクリスは記憶を失い、言葉を失い、感情を全く表さず、まるで覇気のない人形へと変貌を遂げた。
クリスよ、どうか自分の考えた研究内容を思い出してくれ…。
忘れた記憶を、取り戻してくれ…』

クリスが今の状態になった原因が、克明に記されていた。
クレア博士は、クリス自身に記憶を取り戻して欲しかったんだ。

⏰:09/10/10 18:55 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#653 [ぎぶそん]
記憶…思い出す…感情…思い出…。
もしかして…。

私は、二番目に手に入れたアイテム・『古びたアルバム』をクリスの目の前に広げた。

お願い。これで合っていて…―

広げたアルバムが、クリスを前にして眩しく光り始める。

⏰:09/10/10 19:02 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#654 [ぎぶそん]
「…マキ、僕を命懸けでここまで連れてきてくれてこと、今一度感謝するよ」

先程まで口を聞いてくれなかった少年が、幼子と思えないくらいほどはきはき喋る。
クリスが失っていた記憶や感情を取り戻し、本来の姿に戻ったようだ。

「僕の名前はクリス・クインテット。この研究施設の第一責任者クレア・クインテットは僕の祖父に当たる。
僕はゾンビ病を防ぐワクチン開発研究チームの一任者として任されていた」

⏰:09/10/10 19:07 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#655 [ぎぶそん]
「そのゾンビ病を防ぐことは出来そう?」
私は自分より遥かに賢そうな彼に尋ねてみた。

彼が、ズボンのポケットから何かを取り出す。
小石のように見える。

「…これは、この街に落下した隕石の破片。これからDNA細胞を採取してワクチンを作る。僕はこれを拾っていた矢先に車に轢かれたんだ」

淡々と科学的な説明をする少年に、思わず怖じけづきそうになる。

「私が現実世界に戻るにはどうすればいいの?」
今一番気になってることを今度は尋ねた。

⏰:09/10/10 19:24 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#656 [ぎぶそん]
僕について来て、と彼が言いながら足を進めた。

二人で階段を上り続け、建物の屋上へとやって来た。
街にはすっかり、朝日の光が射し込んでいた。
朝ぼらけに、辺り一面の景色が見える。

「外に出たけど、一体ここに何かあるの?」

「マキ。君たちバイオハンターの使命は、アンデッドたちを安らかに冥土へと送ってあげること。
奴らは光に弱い。
意味は分かるだろ?」

「…あっ!!」

⏰:09/10/10 19:37 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#657 [ぎぶそん]
私は東の空に映る太陽に向かって一つ目のアイテム、「聖なる反射鏡」をかざした。
その瞬間、四方八方、ありとあらゆる方角にすさまじい勢いで太陽光が反射する。

町中からアンデッドたちのうごめくような唸り声が聞こえる。
皆、安らかに眠って…―

そして、エンディングテーマと思われる曲が、この街全体に流れ始めた。
隣にいたクリスが「お疲れ様、マキ」といいながら穏やかに微笑む。

⏰:09/10/10 19:45 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#658 [ぎぶそん]
「僕はこれから、この世界の未来を切り開いていく為に自分の力を最大限に活用し、世界の修復の為に自分の力を全力で注ぐ。

君にも、自分の生きている世界で自分の道を切り開いていって欲しい。
どんなに非情な世を渡ることになろうとも、くじけず闘い続けて欲しい。
そして、君ならそれが出来る、マキ」

「分かった。約束するわ…」

私たちは力強く握手をした。

「マキ、本当に有難う。君のことは、ずっと忘れない」

そこから、私の意識が遠退いていく。

⏰:09/10/10 19:52 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#659 [ぎぶそん]
「ん…」
目を開け、仰向けになっていた身体を起こす。
辺り一面、音も光もない真っ暗闇な世界。
その中で、ただ一人だけいる私。

『ミス・マキ。
ゲームクリア、おめでとうございます。
あなたはこの世界を救った、たった一人の戦士です。
さあ、あなたの願いを聞かせて下さい。
仰せのままに致しましょう』

目の前の特大モニターに映る、アイリーンの姿。
どうやら、私はゲーム当初にいた場所に戻って来たようだ。

⏰:09/10/10 20:03 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#660 [ぎぶそん]
「…遠慮するわ」

「…と、申しますと?」

「お母さんとの思い出も、思い出したくなったらその時思い出す。欲しいと思う才能や能力も、自分の力で努力して手に入れる」

これは建前なんかじゃなく、れっきとした自分の本音である。
クリスと約束したんだ。
自分の道は、自分で切り開くって。

「アハハ。そうくると思いましたよ」
アイリーンがおどけた様子で笑う。

⏰:09/10/10 20:10 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#661 [ぎぶそん]
どういう意味?、と彼女の笑みに私は聞き返す。

「あなたに関する情報やデータは、私の電子頭脳の中で全てインプットされているんですよ。
ですから、あなたがこの質問にどう切り返してくるのかも、既に予想出来ていたのです」

私は彼女の思いのままに動いた自分を想像して笑ってしまった。

「因みに、全員がゲームオーバーになった時の個々の優れた能力を奪うっていうのは、あなた方のやる気を損ねないようにと作られた真っ赤な嘘です。
結果、あなた方を試すような形になってしまいました。申し訳ありません」

⏰:09/10/10 20:20 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#662 [ぎぶそん]
アイリーンが指を鳴らす。
すると、右方向からドア状の形をしたまばゆい光が射し込んできた。

「さあ、ミス・マキ。
あちらに見えるゲートを潜ると、現実世界へと続く道が続いています。
最後に、このゲームは如何でしたか?楽しめました?」

「そうね…現実世界があの世界だったら嫌だけれど、人生と同じようにリセットが許されないから、凄くやり甲斐があったわ。
有意義な時間をありがとう」

「…。」
そこから、アイリーンは何も言わずただこっちを見ていた。

⏰:09/10/10 20:29 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#663 [ぎぶそん]
光に向かって、ゆっくりと歩き出す。
様々な思い巡らせながら、一歩、二歩と吸い込まれるようにして光の中に入っていく。

この扉を越えれば、エリ、元基、優平が私の一報を待っている。

現実世界に戻れば、自宅で父や東吾兄が私の帰りを待っている。

ねぇ、人生という名の世界一危険なゲーム。
皆となら、生きていける気がするよ。

Chapter07 END.―

⏰:09/10/10 20:37 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#664 [ぎぶそん]
Chapter08 「文化祭とアイドル」

⏰:10/10/31 03:56 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#665 [ぎぶそん]
秋の肌寒い風が冬が目前だということを知らせる頃。
私は商店街にある本屋に入り、しばらく立ち読みをしていた。

「あの…すみません」

店から出て間もなく、見知らぬ小太りの中年男性に声を掛けられる。
ワイシャツにジャージズボンといった、一風変わった風貌だ。

「もしかして、『戦場ガールズ』の梅原春佳さんじゃないですか?」

男性が首からぶら下げてある一眼レフカメラをちらつかせる。

⏰:10/10/31 04:03 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#666 [ぎぶそん]
―またこの質問か。

「いえ、違います」

私が顔色一つ変えずに否定すると、男性は早々と立ち去った。

中高生を筆頭に、絶大な人気を誇る女性アイドルグループ「戦場ガールズ」。
テレビで彼女らを観ない日はないといっても過言ではない。

音楽業界にも不況が漂う中、先月彼女たちのリリース曲がミリオンを達成した。
今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

⏰:10/10/31 04:10 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#667 [ぎぶそん]
その影響からか、私自身も梅原春佳という一人のメンバーに見間違わられることが多くなった。

さっきのような出来事は、今月に入ってからも3回目である。
学校でも噂を嗅ぎ付けた他のクラスの男子が、わざわざ私を見に来たこともあった。

エリ曰く、長身でロングヘアな外見と、年の割に妙に落ち着いた雰囲気が酷似しているらしい。

因みに、梅原春佳はグループ内ではナンバー3の人気とか。
バラエティー番組でも大人しくて静かに笑う所が、男性からの支持を集めているらしい(エリ談)。

⏰:10/10/31 04:22 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#668 [ぎぶそん]
かく言う私も、「戦場ガールズ」のことは好きで応援している部分がある。

アイドルと言えばかわいらしい衣装を纏い、かわいらしい歌を歌うのがデフォルメだが、この「戦場ガールズ」は少し違う。

軍服をモチーフにした衣装に、クールな歌とダンス。
今までのアイドルのイメージを真っ向から変えたのが、逆に受けた。

長い下積み時代を乗り越え、ようやく花が咲いた彼女たち。
目には見えぬ努力もあってか、今の彼女たちはとても輝いている。

⏰:10/10/31 04:34 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#669 [ぎぶそん]
「先週のミュージックサブウェイ観たぁ?
戦ガー超かっこよかったねぇ!」

週の初めの昼休みに、いつもの4人でベランダに集まる。

ファンの間では、戦場ガールズは「戦ガー」の愛称で親しまれている。

「真希に似た春佳ちゃんもいいけど、エリはのセンターの優奈ちゃんが一番好きかな!」

「えー俺は、15歳の麻由子ちゃんかなぁ。
エリと違っておしとやかそうだし」

「なんですってぇー!」と憤慨したエリが、元基を何度も叩く。

⏰:10/10/31 04:47 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#670 [ぎぶそん]
「優平は?メンバーの中で誰がいい?」
今度は優平に話を向けるエリ。

―…ドキ。

一瞬凍り付く、私の身体。
意中の彼の好みが聞きたいような、聞きたくないような…。

「ごめん、俺普段テレビあんまり観ないから分からないわ」
優平が詫びるようにして言う。

「ああでも、真希に似てる梅原っていう子は、可愛いと…思う…よ」
と、彼は鼻を掻きながら話を付け加えた。

⏰:10/10/31 04:56 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#671 [ぎぶそん]
―…ドキドキ。

自分が可愛いって言われた訳じゃないのに嬉しいと思うなんて、変だ私。

「あーはいはい。しれっと惚気ですかぁ。おー熱いこと」
エリが茶化すから、一気に照れ臭い空気が漂ってきた。

「でもさぁ、俺も一度でいいから見てみてぇなぁ。
クールな真希がアイドルになって歌ってるとこ。
男はそういうギャップに萌えるんだぜー」

元基がケラケラと笑う。
この発言が元で、エリが終始何か考えるそぶりを見せていたのは気のせいだろうか。

⏰:10/10/31 05:07 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#672 [ぎぶそん]
放課後の時間を使って、この秋に行われる文化祭の出し物についての話し合いが始まった。

うちの学校では、毎年2年生がステージ発表をするということが決まっている。

「えー、出し物について何かいい案はありませんか?」
教壇に立っている委員長の篠崎君が、クラスの皆に問い掛ける。

一年生だった去年は、エリと一緒に露店の手伝いをしたのを私は思い出していた。
はっぴを着て、フランクフルトを売っていた気がする。

「はいっ!」

ふとぼんやりとしていると、女子生徒の勢いある声が聞こえた。

⏰:10/10/31 05:18 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#673 [ぎぶそん]
エリだった。

「えっと、女子は今話題の『戦場ガールズ』をモチーフにした歌とダンスをやればいいと思います!」

エリの真面目な意見に、ハハハと小さな笑いが起きる。

「皆さんご存知の通り、うちのクラスの雨宮真希さんは、戦ガーの一人のメンバーに非常に似ています。
そこを上手く利用すれば、下級生や上級生も盛り上がる、最高のパフォーマンスが仕上がるんじゃないかと思うんです!」

今度はおー、と感心の声が上がる。

って、昼休みに元基が言ってたこと、そのまま鵜呑みにしちゃってるし…。

⏰:10/10/31 05:27 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#674 [ぎぶそん]
「…と、長谷部さんの意見が出ましたが、皆さんはどう思われますか。
特に、雨宮さん」

篠崎君が掛けている眼鏡の位置を整える。

「えっと…」
私は戸惑っていた。
全国生徒の前で自分が何ちゃってアイドルとして振る舞うことには、少なからず抵抗がある。

『男はそういうギャップに萌えるんだぜー』

ふと、昼休みの元基の台詞が頭を過ぎった。
もしかしたらこれは、優平にいつもと違う自分をアピール出来るいいチャンスかも知れない。

「…私もエリ…長谷部さんの意見に賛成です」

私の言葉に、クラス中が騒然となる。

⏰:10/10/31 05:38 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#675 [ぎぶそん]
「何ぃぃぃぃ!?
マキロンが『戦場ガールズ』の曲を演るってぇ!?」

その日の夕飯の席で、放課後の話し合いのことを話した。
東吾兄が、慌てて飲んでいたオレンジジュースをこぼしそうになる。

「そ。男子が前半ダンスユニットの『ターミナル』の曲を踊って、女子が後半彼女たちの真似をするの」

彼に渇いたふきんを渡す。

あの後の話し合いでエリの意見はすんなり通り、男子と女子で別れて半々に時間を使うことになった。

⏰:10/10/31 05:56 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#676 [ぎぶそん]
「真希がアイドル…もうそりゃあさぞかし可愛いに違いない!
うーん。でも、見たいけど思春期真っ盛りの男共には見せたくないなぁ…」

自分の頭をわしゃわしゃとかきあげる父。

「そういえばマキロンって、どことなく梅原って子に似てるよなぁ」

「うん。だから私が梅原春佳のパートを担当なんだって」

エリはセンターの島田優奈のパートがしたいと懇願していたが、皆の後押しで7・8番目に人気の佐田さつきという子のパートで決まった。

佐田という子とエリ、小さい身体で負けん気なキャラという所が似ているかな。

⏰:10/10/31 06:06 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#677 [ぎぶそん]
部屋に上がって、早速机のパソコンでインターネットを開いてみた。
そして、「梅原春佳」で検索をかけた。

現在20歳の彼女。
「戦場ガールズ」に入ったきっかけは、彼女の姉が無断で事務所に履歴書を送りつけたから。

握手会の時は一人ひとりに丁寧で長く、ファンを大事にすることで有名。

色んな花を育てるのが趣味と可憐な部分があるが、
「寝る時は学生時代の体操服」「カップ麺が大好物で、頻繁に食べる」との部分を受け入れられない男性ファンもいるという。

⏰:10/10/31 06:22 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#678 [ぎぶそん]
―私に似てるのかなぁ…。

画像サイトで彼女の外見を確認する。
ピンク色のチークが、ほんのりと彼女の頬を染めている。

夢に現れた芸能人や自分が似てると言われた芸能人は、少なからず気になってしまう。
きっと誰にでもそういう気持ちはあるはず。

ま、トップアイドルのメンバーに似てると言われて悪い気はしないかな。

―そういえば…。

私はあることを思い出した。

⏰:10/10/31 06:33 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#679 [ぎぶそん]
―先週のMサブに出演していたバンドのボーカルが、優平に似てたなぁ…。

私は「フェアオブフェアリー」で画像を検索して、四人いる内の右から二番目の人に注目してみた。

少し長めの黒髪に、きめ細やかな色白の肌。
清涼感漂う雰囲気が何よりも私の大好きな人に似ている。

好きな人が似ている芸能人は、少なからず気になってしまう。
きっと誰にでもそういう気持ちはあるはず。

⏰:11/05/18 16:05 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#680 [ぎぶそん]
翌日からエリを中心に、文化祭のステージ発表に向けての練習が本格的に行われた。

戦ガーのライブDVDを全員で観ながら、一つ一つのダンスの振り付けを覚えていく。

15分の中で、三曲演ることになっている。

梅原春佳役の私には「恋はライフル」という曲の二番のAメロで、実際に彼女と同じ様にソロパートをこなすという役割が与えられた。

センターまで移動して、左手で髪をまくし立てながら歌う。終始流し目だが、最後に甘く切ない感じで正面に視線を送る。
女性としての色気を全面に出している。

⏰:11/05/18 16:17 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#681 [ぎぶそん]
練習を開始してから三日目。
放課後、ダンス練習を行う前に最初に話し合いが行われた。
内容は本番の衣装とその予算という、現実的な問題についてだった。

「衣装や小道具の件ですが、正規の値段で全部買い揃えようとするなら、高校生のお小遣じゃとても買えません。
かといって体操服姿だとせっかくの舞台も地味な感じになると思います…。
何かいいアイデアはありませんか?」

女子しかいない教室内で、教壇の上に立つエリが皆に問い掛ける。

⏰:11/05/18 16:31 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#682 [ぎぶそん]
「あの…」

高田さんという、普段は物静かな子が手を挙げた。

「上は黒のノースリーブシャツだけなら、皆何とかなるんじゃないかな?
下は体操服の長ズボンで。
ほら、戦ガーがそんな衣装してたじゃない?」

「高田さん、ナイスアイデア!」

エリが思わず目を見開く。
皆で彼女に歓声の拍手を送る。

こうして、ネット通販に詳しい古文の先生からの協力を元に、ノースリーブシャツを人数分だけ業者に発注してもらうことになった。一人ひとりの予算を千円以内に抑えられた。

⏰:11/05/18 16:47 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#683 [ぎぶそん]
「はあ…」

お風呂上がりに、部屋にある三面鏡の前でため息をつく。
額に吹き出物が幾つか出来ていた。
それらを人差し指で小さくなぞる。

高校に入学してから、おでこのニキビは出来たり治ったりを繰り返していた。

―思春期だし、これくらい仕方ないよね。

全く気にならない訳ではないが、自然に出来るものだし気にしてもしょうがない。
自分で自分を納得させ、三面鏡の扉を閉める。

⏰:11/05/18 16:55 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#684 [ぎぶそん]
麦茶を飲もうと一階まで下りた。

「あ、ドラマに梅原春佳が出てるぞ!」
リビングのソファーに腰掛けていた東吾兄が、私に注意を促すように伝える。

彼の言うとおり、彼女がドラマの中で女子高生役として出演していた。
髪型も制服もシワ一つない。高画質のテレビで観ても吹き出物一つない美しく白い肌。

これがアイドル。プロの世界なんだ。
私はおでこに出来たニキビたちを改めて触った。不快な感触だった。

―明日、薬局で薬用クリームを買おう…。

⏰:11/05/18 17:05 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#685 [ぎぶそん]
翌朝。

「おはよう!練習はどうだ?」

誰かが後ろから優しく肩を叩く。優平だった。
珍しく彼と玄関先で一緒になった。

「まあ、ぼちぼちかな。
優平たちのクラスの出し物は決まったの?」

「俺らは漫画『星くずロック』の劇やることになったよ。
知ってる?留年した高校生が一念発起にクラスメートとバンド始めるみたいな内容なんだけど。
それで俺が主人公、つまりギターボーカルやることになって…
今頑張って歌とギターの練習やってるんだ」

そう説明する彼の肩にはエレキギターが掛けられていた。

⏰:11/05/18 17:16 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#686 [ぎぶそん]
「へぇ、凄いじゃん!」

溢れ返る人だかりの中で思わずはしゃいだ。
しかし私は咄嗟に額全体を手の平で隠した。

―おでこのニキビ、優平に見られたかな!?

「どうした?熱でもあるのか?」
彼の手がこちらに伸びてくる。

「何でもない!じゃあ私、先行くね!」
私はその手から逃げるようにして立ち去った。

―もっと話したかったのに…。
でも優平のギターボーカル楽しみだなあ。
それこそ正に「フェアオブフェアリー」じゃん。
ううん、優平の方がきっとかっこいい。
ファンの人には言えないけど。

⏰:11/05/18 17:28 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#687 [匿名ちゃん]
>>001-200
>>201-400
>>401-600
>>601-800
>>801-1000

⏰:12/03/13 18:15 📱:SH02A 🆔:v9x.paY2


#688 [ぎぶそん]
 
>匿名ちゃんさん
アンカー有難うございます!

携帯が変わりました。
更新がぼちぼちになると思いますが、続きを書いていこうと思います。

⏰:12/04/08 20:44 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#689 [ぎぶそん]
それから三日後。ニキビ用クリームの効き目もさほど実感出来ない中、文化祭に向けての準備は着々と進んでいた。

夜、部屋に入ると新品のノースリーブを机の上にそっと置く。
副委員長の寺川さんがネット通販で人数分を注文してくれた奴だ。

それから戦ガーのライヴDVDをひたすら鑑賞し続ける。
梅田春佳の存在を自然と目で追いかける。
汗で少し湿った身体が色っぽい。

彼女には今、恋人や好きな人はいるのかな。
普段はどんな生活をしているんだろう。
芸能界に入って、辛かったことはあるのかな。

彼女のことを考えるうちに、私は気がつけば彼女の人生を想っていた。

⏰:12/04/08 20:45 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#690 [ぎぶそん]
文化祭まで後三日と迫った頃。
校門を入ってすぐにある大きな看板、校舎内にあちこち貼られてあるポスター、
練習や準備で校舎内を駆け回る生徒たち、学校全体にお祭りムードが漂っていた。

私自身も、ダンスの振り付けは何も見ないで踊れるくらいにはなった。
放課後の練習も皆手慣れた感じでこなす。

「真希、手を出して」
休憩中、エリが駆け寄ってきた。

「え?」
「いいから」

半ば強引に彼女は私の手首に何かを身につけてきた。

⏰:12/04/08 21:02 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#691 [ぎぶそん]
それはミサンガだった。
赤と白と黒の三色が、互いを尊重するように艶(あで)やかなコントラストをなす。

「私が寺川さんに提案してみたの。
皆で同じもの着けてた方が、団結力が増すって」
エリがVサインをする。

皆の手首にも、私と同じようにミサンガが着けられていた。
彼女たちの顔は、自然と笑顔がほころんでいた。

ミサンガという古典的な装飾品は、地味な存在だけどどこか温かみがある。
紐が切れると願いが叶うというジンクスがあるが、長い間切れないで欲しいと願った。

⏰:12/04/08 21:22 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#692 [ぎぶそん]
―そして、文化祭本番。
一日目は主に一年生が行う出店や展示品を楽しむ日である。

昨夜、エリからこんなメールが送られてきていた。
「明日のことだけど、いつものように四人で行動するのも悪くないんだけど、せっかくの文化祭だしここはそれぞれ男女一組ずつにしない?
真希もいい加減優平との距離縮めなさいよ!
それじゃあ、明日二人がうまくいくよう元基と祈ってるから♪」

つまり、私は優平と一日行動を共にすることになったのだ。
嬉しい反面、周りの視線が怖い…。
F組の教師の前で、彼を待つ。

⏰:12/04/08 21:44 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#693 [ぎぶそん]
「お待たせ」
心臓の動悸もなりやまぬうちに、彼が現れた。
数日会わない間に、彼は少し髪にパーマを掛けたみたいだった。

二人で廊下に立っているだけで、女子からの視線をいくつも感じる。
皆、私たちが付き合っていると思うのだろうか?
もう前みたいに、女子からの非難に遭うのはごめんだ。
かといって、ただの友達ですよ、と言いふらす訳にもいかないし…。

「あれ?桜井君、一緒に行く人いないの?」
「だったら私たちと一緒にいかない?」

私の存在には目もくれず、F組の女子たちが彼を囲うように集まってきた。
彼女たちの身につけてる香水が、ツンと鼻を刺激する。

⏰:12/04/08 22:00 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#694 [ぎぶそん]
「いや、俺この子と回るから…」
彼が私の肩を強い力で引き寄せた。

「あぁ、確かB組の…」
「えー、つまんない」
不服そうな顔で彼に不満を述べる彼女たち。
一瞬私を見る目が嫌悪感そのものだった。

「ちょっと皆、桜井君の相手はこの子って決まってるんだから、二人に迷惑掛けないでよね」
教室から出て私たちの存在に気がついた竹下さんが、間に割って入ってくれた。

「いいから、早く行って」というような彼女にアイコンタクトを送られたので、私と彼は逃げるようにしてその場を去った。

⏰:12/04/11 22:02 📱:Android 🆔:mYqUAtI6


#695 [ぎぶそん]
「さっきは嫌な思いさせてごめんな。あの人たち、普段はそんな悪い人じゃないんだけど…」
息も落ち着いた頃、階段を下りながら彼が申し訳なさそうにいう。

「ううん全然。そういえば、パーマ掛けたんだね」
彼の髪の毛を指差す。

「ああ、『星くずロック』の主人公がパーマヘアでさ。でもパーマは校則違反だから、毎日先生たちにおっかない眼で睨まれてる気がするよ…ハハハ。
文化祭終わったら即効で落とさなきゃなー」
彼が髪を弄りながらため息をつく。

こんな髪型の彼はかなり新鮮だ。
普段のさらさらヘアーの方が好きだけど、こんな彼も悪くはないかな。

⏰:12/04/11 22:14 📱:Android 🆔:mYqUAtI6


#696 [ぎぶそん]
二人で玄関を出て校庭に行くと大勢の生徒でごった返しになっていて、たくさんの出店でどこもかしこも賑わっていた。

「いらっしゃいませー、いかがでしょうかー」
「今フライドポテトが大変お安くなっておりまーす」
はっぴを着た出店の店員の活気のいい声が、絶え間なく聞こえてくる。
それだけでこちらも陽気な気分になる。

焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、フランクフルト、かき氷など。
いかにも『屋台』という感じのメニューの匂いが、こちらの食欲をそそる。

「何か食べたいものあったら言って。俺、奢るから」
彼がポケットから財布を手に取る。
「そんな、悪いよ。私もお金持ってるし」
私も鞄から財布を取り出した。
「いいからいいから。」
「う…それじゃあ、お好み焼き」
左斜め前の店を指差した。
「がっつり行くねー(笑)」
二人でその店の列に並ぶ。

⏰:12/04/11 22:36 📱:Android 🆔:mYqUAtI6


#697 [ぎぶそん]
「んー、美味しいー」
外の至るところに設置されてある休憩所に二人で腰掛け、購入したお好み焼きを食べる。
濃い目のソース味が食欲を増させ、どんどん箸が進む。

「はい、お茶。食べ物ばっかじゃ喉が渇くだろ?」
彼が自販機で買ったペットボトルのお茶を私に渡してくれた。
「有難う」
早速蓋を開け、イッキ飲みする私。

「優平はお好み焼き食べたことあるの?」
彼に質問をしてみた。お坊ちゃん育ちの彼があの豪華な家でお好み焼きを食べる姿が想像出来ない。

「あるよ。中学の修学旅行の時大阪で食べたし、たまにサッカーの練習試合の帰りに皆でお好み焼き屋に寄ることもあるから」
へえ、そうなんだ、と私は相槌をした。

⏰:12/04/14 22:43 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#698 [ぎぶそん]
「よかったら、今度二人でそのお好み焼き屋に行かない?安くて美味いって評判いいしさ」
「うん」
お好み焼きを食べながら、私たちはお好み焼きを食べる約束をした。
以前ならエリと元基合わせて四人で行くだろうけど、段々二人だけで行動することが増えてきた。

「あ、でもやっぱり四人で行くか。
ほら真希、この前サッカーの試合観たいって言ってただろ?
ちょうど一ヶ月後にあるからさ。エリも元基の試合姿見たいだろうし、その帰りに四人で行こう」
「う、うん…」
と思ったが、やっぱりまたいつもの四人で行動することになった。
彼は天然か鈍感か、あるいはどちらともなのか…。
まあ、皆で和気あいあいと食べる方が美味しいか。

⏰:12/04/14 22:58 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#699 [ぎぶそん]
この日、私たちは時間を忘れて学校の隅々まで回った。

射的屋ではハワイの実弾射撃訓練の成果が出たのか、次々と色んな商品をゲット出来た。

おばけ屋敷は私は終始怖がりもせず、彼の方がおどおどしていて私に抱きつく始末だった。

メイド喫茶では店員さんと同じ仕草や掛け声をやらされて、耳たぶが真っ赤になるほど二人で緊張した。

美術部や書道部の展示作品に、心を魅了された。

気がつけば夕方となり、ホームルームの時間となった。

「それじゃあまた」
彼が私のクラスまで送ってくれた。
「うん、今日は有難う」
特に今日一日進展した出来事もなく、私たちは解散した。

⏰:12/04/14 23:16 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#700 [ぎぶそん]
いつもの形式的なホームルームが終わると、エリが私の席に一目散に駆け寄ってきた。
椅子に座る私の前に、私を威圧的に見下ろすエリの小柄な上半身が、大きく視界に映る。

「で、どうだった!?優平と今日一日回って。変わったことはあった?」
「へ!?特に何もなかったけど…」
彼女の話に注意を傾けながら、鞄に教科書を坦々と詰める。

「もー!せっかくのチャンスを無駄にしちゃったの!?」
興奮状態の彼女に両方の肩を掴まれた。
「別に楽しかったからいいよ」
その手を払わぬまま、鞄に教科書を詰め続ける私。

「あ、一ヶ月後にサッカーの練習試合があるから観に来ないかって。その後、美味しいお好み焼き屋さんに食べに行こうって」
「本当!?行く行くー!」
彼女がやっと手を離してくれた。

⏰:12/04/14 23:31 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#701 [ぎぶそん]
「とにかく、もう明日に賭けるしかないわね。
明日のステージで梅原春佳を見事に演じきって、彼の心をズキュンと射止めるのよ!」

エリが手のひらで私の机を思い切り叩く。
その大きな物音に反応して、ますちゃん含むクラスの皆の視線が私たちに向く。

「スポーツ大会は優勝逃しちゃったから、明日こそ優勝旗を持って帰りたいわねー」
彼女が腕を組んで溜め息をつく。
「私は思い出作りが出来ればそれでいいかな」
荷物を入れ終えた鞄のファスナーを閉める。
「もうっ!真希はもっと向上心を持ちなさいよー!ほらっ、最後の練習に行くよ」
彼女に腕を引っ張られるまま、教室を飛び出した。

⏰:12/04/14 23:47 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#702 [ぎぶそん]
文化祭の練習からの帰り、エリと談笑しながら歩いていると本屋が目に止まった。
「あ、ちょっと寄っていい?」
会話を中断して本屋を指差し、彼女に尋ねる。

本屋に入り漫画コーナーに入って、明日優平のクラスが演劇をするという「星くずロック」を探す。
ちょうど最近新巻が出たみたいで、最新巻のコーナーにいくつも詰まれていた。

表紙を手に取り、中央にいる主人公らしき人物の顔を眺める。
「本当だ。パーマ掛けてる」
思わず独り言を呟いてしまった。

「真希が漫画読むなんて珍しいね」
エリがひょいと身を乗り出す。
「ううん、もういい。帰ろうか」
私は手にした漫画を元あった場所に置いた。 
漫画を購入して内容が知りたいところだけど、それは明日の優平の劇を観た後にしよう。何も情報が無くて観た方がワクワクするだろうし。

⏰:12/04/15 00:09 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#703 [ぎぶそん]
翌日。
ステージ発表は学校と同じ区域にある市民会館を借りて行われる為、朝のホームルームが終わった後全校生徒が速やかにそちらに移動させられた。

前日に各クラスの委員長を集めて行われた公平なくじ引きの結果、私たちのクラスの発表は三番目となっていた。
元基のいるC組は五番目、優平のいるF組は最後から二番目なので、好都合にも発表による移動時間などを気にせずじっくりと観ることが出来る。

市民会館に入り予めクラス毎に決められてある席に着くと、私は忘れ物がないか鞄の中を確認した。
学校に行く前やここに来る前も見たので、今日だけで五回は鞄の中身を確かめている。

ステージ発表に使う新品のノースリーブ、体操服のズボン、サブバッグの中には部屋に飾っておいたモデルガンのライフル、全てある。
何度見ても物があるのに何度も見てしまうのは、緊張状態で思わずじってしていられないから。

⏰:12/04/15 00:28 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#704 [ぎぶそん]
近くの席の子たちと今日についての話で盛り上がっていると、会場内の全ての照明がゆっくりと消えた。
場内全体でガヤガヤと聞こえていた生徒の話し声が徐々に静かになる。全校生徒の視線が正面のステージに向けられた。

そして、ブーッという開演の合図の音と共にステージの幕が上がった。
今学期新生徒会長に就任したばかりのD組の白川君が上座から現れ、手にマイクを持ってステージ中央に立つ。

「えー、これより文化祭二日目の始まりです」
白川君の少し緊張した様子の声が、会場内の音響を通して耳にする。

ステージ発表中は私語厳禁で、ステージ発表の審査は一年生と三年生による投票制など、大まかな彼の説明の後に十五分ほど各自休憩が入った。
その間にステージ発表一番目のD組の皆が、それぞれの荷物を持ちながら舞台裏へとぞろぞろと向かう。
観客席はクラス内でなら自由な席でいいとのことなので、エリが私の隣にやって来た。

⏰:12/04/15 02:48 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#705 [ぎぶそん]
再びブーッという効果音と共に、ステージの幕が上がる。
少しずつ幕が上がる途中で、大きな和太鼓が目に入った。
幕が全部上がると、D組のクラス全員が白いハチマキに黒いはっぴを着て両手にバチを持っているのが見えた。
彼らの出し物は和太鼓による演奏のようだ。

最前列の中央にいる生徒会長の白川君が「ハッ!」と右手を突き上げると同時に他の生徒も右手を上げ、和太鼓を軽快に叩き始めた。
白川君の両隣にそれぞれいる鈴川姉妹が後ろ向きで太鼓を叩いたりバチの数を増やしてお手玉みたいなパフォーマンスをしたり、一部始終プロ並の動きをする(この姉妹、一体何者なんだ)。
場内からは思わずオーっという歓声が上がったり、称賛の拍手も鳴ったりしていた。

素人目から見てもエンターテイメント性に長けていて、クラス全体の統率が上手くとれている感じだった。
スポーツ大会に引き続きこのステージ発表の優勝もD組で決まりなのかもと、私は少々怖じ気づいてしまった。

⏰:12/04/15 03:19 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#706 [ぎぶそん]
ドドンっ!と最前列の人たちが激しく太鼓を叩いた後、D組の全員が無言で一礼をする。
ステージの幕が下りるまで、会場内からの大きな拍手は湧いていた。

「皆さん、今から一列になって静かに舞台裏に回って下さい」
十分の休憩時間に入ると委員長の篠崎君が立ち上がり、私たちクラス全員に呼び掛ける。
文化祭は時間どおりに行われなければいけないので、次のE組のステージ発表の間にその次の私たちB組は舞台裏で着替えなどの準備をしなければならないのだ。

私は必要な荷物を持って、自然に作られた列の中に並んだ。
「くー、いよいよだね」と、後ろにいたエリが小声で叫ぶ。

⏰:12/04/15 04:19 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#707 [ぎぶそん]
舞台裏にある準備室でまず男子が着替えることになり、その間女子は準備室の前で待つこととなった。
数分で男子が出てくると、ほとんどの女子が思わず彼らの着ている衣装を見て騒然となる。

「何この衣装ー!本格的じゃん!」
エリがますちゃんの衣装を指差す。
上下共にまばゆい銀色の光沢が張り巡らされていて、胸元には「2−B」と刺繍が施してあった。

「ああ、聞いてなかった?高田さんたちが作ってくれたんだ」
ますちゃんが答える。

私とエリはすかさず高田さんにどうやって男子の衣装を作ったのか尋ねてみた。
「私…、実はコスプレが趣味なんだ。衣装も手作りの方が安上がりだからよく作ってて、ターミナルの衣装を参考にして男子から集めた材料費で作ってみたの」

物静かな高田さんの意外な一面を知れた。
女子の衣装の時も真っ先に提案していたのは、こういった事実があったからなのか。

⏰:12/04/15 04:45 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#708 [ぎぶそん]
次に女子が準備室に入り、舞台衣装に着替える。
舞台衣装といってもノースリーブにズボンと、実にシンプルな格好だ。

「あ…、男子みたいに女子の分も作ったから、良かったら着ませんか…?」
全員がだいたい着替え終えた後高田さんが十畳ある畳の中央に立ち、皆に声を掛けた。
彼女が手にしていた紙袋から、ネイビー色の迷彩柄のパーカーを取り出す。

「高田さんそれも手作り!?すごいじゃん!」
興味津々に彼女の元へ寄るエリ。

「ううん、全然そんなことないよ。道子や絵美たちに手伝ってもらったお陰だよ…。
それに、迷彩柄の生地が大量に余ってて使い道に困ってたし」

女子皆が感激しながら、高田さんたちが作ったパーカーを羽織る。
袖のないパーカーのようで、戦ガーの代表曲「フルメタル・ラブ」の衣装に似ていた。

⏰:12/04/15 05:01 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#709 [ぎぶそん]
着替え終わった後も女子は準備室に居るまま、それぞれダンスや歌の練習に励んでいた。
私は自分のパートの振り付けを何度も確認した。

一時してドアをノックする音が聞こえたので、皆で声を合わせて「はい」と返事をした。
「B組の皆さん、そろそろ本番です。スタンバイして下さい」
一年生の生徒会役員の女の子が、準備室を開け一声掛けてきた。

私たち女子は最後にもう一度集まり、一つの大きな円になった。
副委員長の寺川さんの指示に従い皆でミサンガを着けた方の手をそれぞれ前に出し、合わせる。
「それじゃあ、皆の健闘を祈って。エイ、エイ、オー!」
寺川さんの元気のいい掛け声に続いて、私たちも掛け声を唱えた。

⏰:12/04/15 05:22 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#710 [ぎぶそん]
私たちは舞台袖に移動すると、先にパフォーマンスをする男子たちにそれぞれ声援を送った。
暗がりの中、彼らがステージ上でスタンバイを始める。

「頼むよー、男子たち」
エリが祈るように両手を合わせる。
私も心の中で「頑張れ!」ともう一度彼らにエールを送る。

幕が全て上がったとそろで、ターミナルの「サマータイムウェーブ」という歌が流れ始めた。
イントロ部分でメンバー全員が横一列になって波打つようにウェーブをするが特徴で、ターミナルといえばこのパフォーマンスと連想する人も多い。

他二曲の「バーニングファイヤー」、「ドゥユーアンダースタンド?」も息の合ったダンスが繰り広げられて、あっという間に三曲が終わった。
彼らが踊り終わるとステージの照明が落ち、観客席から拍手が聞こえた。

遂に、私たち女子の出番になった。

⏰:12/04/15 05:43 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#711 [ぎぶそん]
男子と入れ替わりになるように、暗闇の中足音を立てずに足早にステージ上に移動する。
私が最初にいるべき場所は、前から二番目の列の左から二番目に位置するところだ。
体勢を低くし、息を呑んで待機する。

そして、真上にあるどきつい明かりが再びついた。
場内に聴き慣れた「フルメタル・ラブ」の曲が流れる。

最前列中央にいる村山弥生ちゃんが手に持ったマイクで歌い始める。
彼女は戦ガーで一番人気を誇り常にセンターを務める島田優奈の役だ。
弥生ちゃんは背丈や髪の長さ、何より顔のパーツのバランスが島田優奈と似ているということが決め手で役に抜擢された。
歌やダンスの飲み込みも他の人より早くて、練習でもいつも完璧に演じきっていた。
そんな彼女がいるから、私たち後ろ組も後に続きやすい。

⏰:12/04/15 22:52 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#712 [ぎぶそん]
この曲では私のパートは皆で一緒に歌うサビくらいしかない。
「フルメタル・ラブ」がリリースした頃梅原春佳はまだ新しく加入したばかりで、露出も特になくあまり目立っていなかった。
観客席からも今の私の存在はほとんど見えていないと思う。
それでも今までの練習の成果を発揮しようと必死に踊った。
もしかしたら…優平が私のことを見てくれているかも知れないし。

弥生ちゃんがラストのフレーズを歌い上げ、終わりのイントロが流れ、音に合わせて軽やかに踊る。
曲の終わりと同時に瞬時に全員が立ったまま手を広げ後ろを向く。
一曲目が終わった。少し息が切れそうだ。

⏰:12/04/15 23:07 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#713 [ぎぶそん]
次の「セミオートキス」が流れる。
この曲はクールな戦ガーには珍しく全体的にポップで可愛らしい曲となっている。
この曲のテーマはタイトルどおり「キス」で、歌詞の内容は言わずもがな、まずイントロ部分で一列に並び、左端の子から順番にリレー式で隣の子の頬にキスをする。
私は練習と同じく弥生ちゃんにキスをされ寺川さんにキスをした。

それから、この曲には終わりのサビで皆にそれぞれワンフレーズをソロパートで歌う役割がある。
まずは弥生ちゃん。「早く見つけて」と歌い右手で投げキスをする。
次に真鍋さん。「追いかけて」と歌い両手で投げキス。
その次に私。前列中央まで移動し「捕まえて!」と歌った後、身体を乗り出して目を閉じ、正面に向かってキスするポーズをする。
照れ臭さを隠せず、途中で顔が笑ってしまった。
客席に変な風に思われてないといいけど…。

⏰:12/04/15 23:43 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#714 [ぎぶそん]
最後に皆でエリを中心に囲って二曲目が終わった。
本来なら弥生ちゃんがエリのいる位置にいるはずなのだが、センター役をしたがってたエリに気をきかせ彼女が譲ってくれたのだった。

真っ暗な観客席から、女子生徒の「可愛いー」という声援がはっきりと聞こえた。
その声に続いてか男子生徒の勇ましい声で「頑張れー!」という声援も聞こえた。

最後の曲「恋はライフル」が流れ始める。
この曲は人気ナンバー3の三人にあたる、弥生ちゃんと真鍋さん、そして私がメインとなる。
ステージ上の邪魔にならないところに置いておいたライフルのモデルガンを手に取る。
弥生ちゃんと真鍋さんも同じものを手にしている。
それは私の部屋に飾っておいたもので、私が二人に貸したのだ。
まさかこんなところで役に立つとは。

この曲はイントロ部分が長い。
その間にモデルガンを使ったダンスパフォーマンスを行う。
それは練習で一番苦戦した箇所でもある。何かを持ちながら踊り続けるのは大変だ。その大変さを微塵も感じさせないプロの凄さを思い知らされた。

⏰:12/04/16 00:06 📱:Android 🆔:luIItkuA


#715 [ぎぶそん]
この曲のメインは三人といっても、梅原春佳メインの歌唱パートはほんの一部だけである。
彼女は歌唱力に乏しいことで有名で、それは彼女自身も自覚はしているみたいらしい。
今ほど有名になる前に、地方の公演でお客さんに「下手くそ!」とヤジを飛ばされた以来落ち込み、歌うことを極力避けているのではないかという噂があるのだ。
その出来事とは関係なくとも、彼女もよく歌うことより踊ることが好きと公言している。
まあ、今はファンからの熱い要望で彼女が歌う機会も少しずつ増えてるみたいだけど。

従って、この曲は弥生ちゃんと真鍋さんの二人で主に成り立ってると言ってもいい。
真鍋さんは二番人気の越谷まりもの役で、見た目が似てる部分はないけど、放課後ダンスレッスンに通ってるようでダンスが出来るという理由で役に選ばれた。
確か一年の頃から付き合ってる、今三年生の彼氏がいるんじゃなかったかな。

真鍋さんは全身汗だくになっていて、ステージ上で彼女の光る汗が飛ぶ。

⏰:12/04/16 00:32 📱:Android 🆔:luIItkuA


#716 [ぎぶそん]
一番が終わり、二番に入る。
二番のAメロは私の最後の出番であり一番の出番だ。
三歩で一番前の中央まで歩く。

正面から右の方へ視線を逸らし、左手で髪をかきあげる。
「どうかお願い あなたの銃で私を撃ち抜いて」と歌った後左手を下ろし、「色っぽさ」を意識しながらもう一度観客席を見つめた。
そして、次に正面で歌う弥生ちゃんと変わりばんこで三歩後ろに下がる。

曲の終わりと合わせて身体をしゃがませ、三曲目が終了した。
パフォーマンスを全て終え、最後に女子皆で一列になって観客席に一礼をした。
客席のあたたかい拍手と共にゆっくりと幕が下りる。
終わった…やる前は少し抵抗があったけど、大勢の人に見られながら舞台で踊るのは気持ちのいいものだった。

⏰:12/04/16 21:20 📱:Android 🆔:luIItkuA


#717 [ぎぶそん]
「雨宮さん!なかなか良かったよ!」
ステージ隅まで戻ると、その場で女子の踊りを見ていたらしきますちゃんに労いの言葉をもらう。

「有難う。男子こそ凄いパフォーマンスだったじゃん」
ますちゃんと一緒にそのまま準備室まで歩く。
「いや、僕は後ろの方だったし。
…さっきの踊りで、思わず桜井君もドキッとしたかもね!」
「えっ…!?」
そう言い残して、ますちゃんは着替えの為に準備室に入ってしまった。

男子が着替え終わった後女子が準備室に入り、皆でさきほどの感想を言い合いながら制服に着替えた。
再び観客席に戻ると、既に四番目に発表のH組の出し物が行われていた。
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の演劇で、ジュリエット役に美人で評判の香山さんという女子が熱演していた。

⏰:12/04/16 21:59 📱:Android 🆔:luIItkuA


#718 [ぎぶそん]
H組の演劇が終わって少しの休憩を挟んだ後、次は元基のいるC組の発表となった。
C組はアメリカのホームコメディドラマをモチーフとした演劇で、ステージのセットも洋風のリビングみたいに施されていた。
父親役らしき元基が、コミカルな言動で客席の笑いを誘う。
私も隣に座るエリも、人目も気にせず大声で笑う。

最後にクラス全員でミュージカル風味のダンスを踊り、最初から最後までにぎやかなままC組の発表は終了した。
舞台で笑いを取ることは涙を誘うことより難しいと聞いたことがある。
それをこんな大人数の中いとも簡単にやってのけた元基に一つの才能を感じた。
将来はお笑い芸人っていうのも良さそう。

⏰:12/04/18 22:56 📱:Android 🆔:cCLZ7M/U


#719 [ぎぶそん]
六番目に発表のA組の時代劇も真面目に鑑賞し、いよいよ優平のいるF組の発表となった。
私が密かにこの日で一番楽しみにしていたもの。

「優平たち何やるの?」
休憩の間、エリが鞄から取り出した飴を舐めながら私に尋ねる。
「『星くずロック』っていう漫画の劇だって」
「あ!だから昨日本屋で表紙を見てたのねー!」
エリが瞬時ににやつく。続けて、
「私その漫画ちょっと読んだことあるけど、主人公って不良っぽいし優平とは正反対の性格だよ。あのお坊っちゃんがどんな演技するか見物ね。」
と言い足した。

そうなんだ、と彼女に返したところで観客席の明かりが消され、幕が上がり始める。

⏰:12/04/18 23:22 📱:Android 🆔:cCLZ7M/U


#720 [ぎぶそん]
教室をシチュエーションとしたセットの中央で一人、主人公役の優平が頬杖をついて気だるそうに席に座っている。
この学校の制服ではない学ランを着ていて、いくつかボタンが空いていた。
右手に持つ鉛筆を小刻みなリズムで動かしながら、机の上を小突く。

「星井!補習のプリントは全部やったのか!?」
教師役と思われる男子が上手から颯爽と現れた。
丸い眼鏡に少しだぼついた黄土色のスーツが、F組のクラスの吉川先生を彷彿とさせる。

「……まだっす。もう帰っていいっすか?観たいテレビあるんで」
優平が鞄を持って席を立ち上がった。

「ダメだ!全部終わるまで学校はおろか一歩も教室から出ちゃいかんからな!」
教師役の男子が怒り狂う様子で彼を取り押さえる。
舌打ちをし、観念した感じで彼が再び座った。

まだ数分しか経っていないのに優平のいつもと全然違う雰囲気、態度、言葉遣いに演技と分かりつつ私は混乱する。

⏰:12/04/18 23:51 📱:Android 🆔:cCLZ7M/U


#721 [ぎぶそん]
教師役が去り舞台の照明が落ちると、優平だけにスポットライトが照らされた。

―「俺の名前は星井龍河、高校二年生。本来なら春から三年に上がるはずだったのだが、間抜けな俺はあろうことか留年してしまった。
やりたくもない補習をやらされたり、うだつの上がらない日々を過ごしている」
予め録音していたのか、彼のやや棒読みの語りが会場に流れ始めた。
その間、彼は舞台の上で時間が止まっているよう頬杖をついたまま硬直していた。

再び照明が点くと、今度はセーラー服を着た女子が上手からやって来た。昨日F組の前で優平といた時に彼を囲んでいた女子の一人だった子だ。
スカートが普段の時と同じでやけに短く、雰囲気もいつもと変わらず派手だ。
歩く振動で、彼女の巻き髪が小さく揺れる。

「星井、それ手伝ってあげよっか」
彼女が彼の席の前に立つ。
「桜子」と、彼が呼ぶ。

⏰:12/04/19 00:16 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#722 [ぎぶそん]
彼が彼女に机の上のプリントを渡し、彼女が彼の隣の席に座る。彼女が机の上に携帯電話を置いた。
「……このクラス、皆あんたのことを怖がってるよ」
彼女がペンを動かしながら彼に話しかける。
「別に気にしねぇ」
不機嫌そうに答える彼。

その直後、彼女の携帯から着信音が流れる。
ぎこちない少年の声とあまり上手くない演奏が混じるロックテイストなナンバーだった。

「聴き慣れない歌だな、それ」
「アタシが中学の時付き合ってた彼氏の曲。中学三年の時交通事故で死んじゃってもういないけどね。この曲を聴くと隣で歌ってくれてる気がして、いまだに着信音にしてる」
彼女が携帯を胸元で抱きしめる。

彼女の演技力もあいまって、フィクションと思いつつも少し胸が切なくなった。

⏰:12/04/19 00:39 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#723 [ぎぶそん]
「……アタシが何であんたによく話し掛けたりしてると思う?」
ペンを動かすのを止め、彼女が彼の顔を見ながら尋ねる。

「そうだなあ……、かっこいいから?」
冗談半分で答える彼。

「……馬鹿。あんたって、その死んだ彼に少し似てるの。だからあんたを彼と重ねて見てしまう自分がいて……でももうそんなことしない。あ、この話は全部忘れて。じゃあね」
彼女がプリントを渡し、立ち上がるや否や駆け足で教室を出た。
舞台から消えるまでその様子を彼が見つめる。

「彼と似てる、か……」
顔を仰ぎ、彼が溜め息混じりに呟く。
おそらくこの物語のヒロインはさっきの彼女で、主人公は彼女に恋を寄せてるのだろうと私は推測した。

そして二度目の舞台の暗転となった。

⏰:12/04/19 22:38 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#724 [ぎぶそん]
数分も経たぬうちに照明が点く。
教室にはたくさんの生徒役の人たちがいて、席に座っていたり立っていたりしている。
下手側にあるダンボールで作ったと思われる簡易な背景のセットが、先程の夕方から朝の景色に変わっていた。細部までの細かい演出に粋を感じた。

上手から星井役の優平が教室に入ると、突然机の上に立つ。
「ジャジャーン!」
黄色いエレキギターを掲げて、陽気に踊り始めた。
生徒役の子たちが唖然とする。
観客席では少し嘲笑気味の笑いが聞こえ、
私も同じように可笑しさを感じて笑ってしまった。

さきほどの女子生徒役の子が再び現れる。
「星井、どうしたのそのギター!?」
仰天した様子で彼の元に寄る。

「桜子。俺、今日から音楽やることにした」
物語が中枢部に突入しだした。

⏰:12/04/19 23:05 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#725 [ぎぶそん]
「音楽やるって言っても……うちの学校に軽音楽部はないわよ」
彼女が不安そうな表情で彼を見つめる。

「そんなもんなくてもどうにかなるさ。って言うか、俺が作る」
そして、彼は机から飛び降りた。

「なあっ!誰か俺と一緒にバンド組まねえか?」
教室中の生徒にこう呼び掛ける彼。
しかしその声に耳を傾ける者は一人もおらず、嫌そうな目つきで彼を見る。
実年齢が彼より一つ年下に当たるクラスの子らは、彼の存在を煙たく感じているようだ。

「星井!学校にギターなんか持ってくるんじゃない!」
そこで登場した教師役の男子が彼を怒鳴りつけ、持っていた名簿表で彼の頭を叩いた。
痛々しい音が聞こえると同時に、彼が苦痛そうに顔を歪める。本気で叩かれたのだろうか。
この教師役の男子、F組一の熱演かも知れない。

⏰:12/04/20 23:46 📱:Android 🆔:SolPToBg


#726 [ぎぶそん]
三度目の場面転換。
背景が夕方に変わっていて、教室では優平の他に素行の悪そうな男子生徒が二人席に座っていた。
一人はガムをクチャクチャさせながら退屈そうに、もう一人は携帯電話に夢中になっている。
 
背が高くて白衣を着た教師役の男子が入ってきた。
プリントを配ると、彼らの席の周りを徘徊しながら話はじめる。
「今年は例年になく留年した生徒が三人、か……。本当にお前らはクズだなあ。あまり先生らに無駄な手を掛けさせないでくれよ」
冷酷

「ああっ!何だと!?」
ガムを食べていた男子が立ち上がり、教師の近くに寄ると彼の胸ぐらを掴む。

「どうした?殴るのか?私を殴れば君は停学処分のみでは済まないぞ。クズは所詮、何をしてもクズのままなのさ」
教師役の男子が冷酷な笑みを浮かべる。
生徒役の男子が、悔しそうな顔を浮かべながら掴んでいた両手を離す。

ドラマではたまにいたりするけど、こんな非道な先生って実際にいるのかなあ、いたら怖いなと私は恐ろしさを感じた。

⏰:12/04/21 00:13 📱:Android 🆔:z8kxVQLg


#727 [ぎぶそん]
白衣の教師が立ち去ると、優平がエレキギターを手にした。
教室でジャカジャカと渇いた音が小さく響く。

その姿をさっき教師に突っかかっていた生徒が哀愁漂う瞳で眺める。
「ギター、か……中学の時女にモテたくて手ェ出したけど三日坊主だったな。本当、クソみたいな俺の人生……」
生徒役の男子がやりきれないと言わんばかりの表情をする。

「だったら俺とバンド組まん?」
声高らかに優平が彼に問いかける。

「えー……。今さら面倒くせえ……」
生徒役が渋る。

「あんた、今のままでいいのか?このままクソみたいな毎日で高校生活が終わっても」
「……」
優平のまっすぐな問いに、黙りこくる生徒役。

そして数秒ほどして、「分かった。やるよ」とぶっきらぼうに応えた。

⏰:12/04/23 21:34 📱:Android 🆔:7x9WV.0o


#728 [ぎぶそん]
「そっちの人は?」
優平がもう一人いた生徒に投げかけた。
その彼が携帯を動かす手を止める。

「あんたも、俺らと一緒にバンドやらん?」
優平がもう一度彼に問いかける。

「……」
おどおどして黙りこくる生徒。気弱で物静かな性格のようだ。
「んじゃ、やるってことで決まり。じゃあバンド名決めようぜ」
優平が半ば強引に物事を進める。

その後、優平を中心とした話し合いが始まる。
三人共に落ちこぼれということからバンド名は「ハイスクールダスト」に決定した。
教師に生徒の役名は、荻野篤弘。短気を起こしやすい性格の半面、不正は許さない正義感の持ち主。留年経験は二度目で、今年19歳になる。
もう一人の生徒は、川島洋一郎。内気で友達がおらず、携帯のアプリゲームが趣味。病気がちで入退院を繰り返し、出席日数が足らず今年三度目の留年となった。今年20歳とこの中では最年長となる。

⏰:12/04/23 22:01 📱:Android 🆔:7x9WV.0o


#729 [ぎぶそん]
舞台が暗転し、二度目の優平の語りが流れる。
―「こうして俺と篤弘と洋一郎の三人は放課後速やかに補習を済ませ、人が来る気配がほとんどない空き教室で毎日練習に明け暮れた」

再び舞台が明るくなると、薄汚れた教室で三人が楽器を手にしていた。
優平と篤弘役の男子がジャ、ジャと不慣れな感じでギターの音を出す。
洋一郎役の男子は経験者なのか器用な性格なのか、可もなく不可もなくベースの音を出していた。

「……後はドラムだけか。龍河、広報活動はばっちりなんだろうな!?」
篤弘役の男子が野太い声で優平に尋ねる。

「大丈夫。学校のいたるところにドラマー募集のポスター貼ってきたから」
優平が能天気そうな顔をして笑う。

「それ、先公に見つかったらまずいんじゃあねーのか!?この学校に軽音楽部があったら今頃のびのび出来たのになあ……」
落胆する篤弘役。

⏰:12/04/24 21:18 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#730 [ぎぶそん]
「あの……」
その時、教室に一人の男子生徒が入ってきた。
小柄で眼鏡を掛けていて、身体は前屈み気味で小心者そうなタイプだ。

「僕、『ハイスクールダスト』のドラムやりたいんですけど、まだ募集してますか?」
その生徒が低姿勢で尋ねてくる。

三人が慌ててその生徒の元に駆け寄ってきた。
「うんしてるしてる!え、君ドラムやってくれんの?」
優平が落ちつきない態度で尋ね返す。

「僕、小学生の頃からドラムやってるから。この学校でバンド組めるなんて本当に嬉しい。あ、名前は工藤匠って言います。学年は一年です」
物腰の柔らかい匠役が、三人に握手を求めた。
このバンドに最年少のメンバーが加入した。

⏰:12/04/24 21:32 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#731 [ぎぶそん]
―「うわっ、すげー!」
場面転換の後教室にドラムが登場すると、匠役が軟弱そうな見た目と打って変わって豪快な手つきでドラムを叩き始めた。
他の三人がその腕さばきに見とれ続ける。
観客席も感心を寄せる声でざわめいていた。

「お前ら、こんな所で何をしている!」
突然、補習の時にいた白衣を着た教師役が立ち入ってきた。
辺りを目配りして、気づいたように匠役に目にやる。

「君は、一年の工藤匠じゃないか。君みたいな成績優秀な生徒がどうしてこんな奴らとつるんでいるんだ!」
呆れた様子で匠役を怒鳴りつける教師役。

「隠れて練習をしていたのは謝ります。でも先生、僕たちの活動を認めて下さい!」
匠役がイスから立ち上がり、強気な声で哀願をする。

「そ、そうだよ!別に俺ら何も悪いことしてねーじゃん!補習だって最近真面目にやってるだろ?認めろよ!」
篤弘役も反論に出た。

「先生よお……俺、知ってるんだぜ?あんたが五組の田辺と恋仲だってこと。他の先生方が知ったらどう思うかなあ」
優平が教師役の周辺を回り、冷たい声と表情で物申す。

「わ、私をゆする気か!?」
動揺を隠しきれない教師役。

「安心しなよ、黙ってやるから。ただし、二度と俺らのやることに文句をつけるな。それから正式な部を作ることを許可しろ」
優平が教師役を指差しながら、力強い声で喋りあげる。

⏰:12/04/24 22:09 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#732 [ぎぶそん]
「優平、かっこいい!……教師の方は性格悪い上にロリコンだなんて最悪ね」
隣で見ていたエリが耳元で囁いてきた。演劇の内容に専念しているようだ。
私自身も始めは感情移入出来ずにいたものの、舞台上の優平の役柄にすっかり虜になってしまった。

「……分かった、二度と君たちの活動にケチはつけない。でも、正式な部として公認は出来ない。」
変わり果てた姿の教師役が弱々しい声で話しはじめる。

「何でだよ?」
戸惑う篤弘役。

「この学校の決まりなんだ。新しい部活を作るとなると、まず全校生徒と先生方の審査を受けなければならない。そこで過半数の指示を得れば、正式に部として認められる。だから僕に権限はない。許してくれ」
教師役が頭を下げる。

「どうする?龍河」
篤弘役がその場で慌てふためく。

「……分かった。その審査を受ける」
優平が納得した顔で頷いた。

⏰:12/04/24 22:34 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#733 [ぎぶそん]
優平のその台詞の後、舞台が暗黒に染まった。
―「その後、俺たちの審査を受ける日時が決まった。約一ヶ月後、体育館で行われる全校集会の後ステージ上でバンド演奏をする。足りない時間の中、俺たちは必死で練習を繰り返した」

優平の語りが聞こえた後舞台が明るくなると、四人がそれぞれ自分の楽器を練習をしていた。
「星井、聞いたよ。今度審査受けるんだって」
桜子役の子がやって来た。彼女はヒロインに相応しい華やかさがある。同性の私でも思わず釘付けになるほどだ。

彼女が優平の近くにある机の上に身を乗せた。
「あまりにも下手っぴな演奏だったら、アタシ投票してやんないよ。じゃ、練習頑張って」
彼女がすぐに机から下り、教室から出ようとする。

背を向ける彼女に、優平が重々しい声で「桜子」と呼び止めた。
その声に振り返る彼女。

「俺、審査の時はお前の為に歌うから」
何か言いたげそうな顔を見せつつも、彼女は無言のまま立ち去った。

⏰:12/04/24 23:05 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#734 [ぎぶそん]
「お前がバンドやろうって言い出したのは、あの子の為?」
桜子役がいなくなって、篤弘役が優平に問いかけた。

「ああ。中学の時に死んだバンドマンの彼氏が忘れられんのだと。だから俺がその記憶塗り替えてやろうと思って」
優平が哀しげに自分のギターを見つめる。

「俺、このメンバーでバンド出来たこと誇りに思うよ。最近身体の調子もいいんだ」
これまで目立った出番がほとんどなかった洋一郎役が口を開いた。

「洋一郎は見た目ワルそうなのに超いい奴だよな」
篤弘役がそう言うと、三人が洋一郎の姿をまじまじと見つめる。
茶色がかった髪の色に、開けられた学ランのボタン。その学ランも、喧嘩でもしたかのようにひどく古びている。

「あ、この髪の色は生まれつきなんだ。ボタンを開けてるのは息が苦しいから。学ラン!?四年も着てればボロボロになるよ!」
洋一郎役のひょうきんな声と仕草で説明をするので、三人に大きな笑いが起こった。
笑いを取ったのが嬉しいのか洋一郎役も続けて笑う。

⏰:12/04/24 23:25 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#735 [ぎぶそん]
匠役も学業ばかりの毎日から抜け出し、自分の好きなことをのびのびとやれる今が楽しいと感想を述べた。
四人が改めて友情を確かめあったところで、舞台の照明が落ちた。

―「そして、審査の日がやって来た」
間もなくして優平の語りが入り、舞台が光に照らされる。
舞台の真ん中には教卓たけがぽつんとあり、そこには朱色のスーツを着た男子生徒が立っていた。
頭に白髪のかつらを被り、口には長い白髭を装飾しており、おそらく校長先生の役かなと思った。

「……えー、私からの話は以上になります。この後皆さんには審査による新部活動発足の是非を決めてもらいます。審査が終わった後、教室に戻ってから所定の用紙に賛成か反対かを記入してください。結果は後日、各ホームルームでお知らせします」
その先生役はしゃがれた声で説明をし終えると、ゆっくりと上手まで立ち退く。

代わる代わるで今度は優平たちがマイクや楽器、音響道具などを持って登場した。
それぞれバンド形式となるように用具をセットし始める。
その間、会場全体に長い沈黙が走る。

⏰:12/04/25 23:57 📱:Android 🆔:HUwdFZW2


#736 [ぎぶそん]
四人が各々自分の楽器の調子を一通り確認した後、ステージ中央に立つ優平がスタンドマイク越しに口を開いた。

「えっと、俺らは新しく軽音楽部設立を希望する者たちです。俺の名前は星井龍河、今年進級出来ず二度目の二年生をやっています。ギターの荻野篤弘も二度、ベースの川島洋一郎も三度この学校を留年しています。
俺らは皆さんから見たらひどい落ちこぼれだと思います。でも、そんな俺らも音楽を通して自分の生き甲斐を感じることが出来ました。ドラムの工藤匠は俺ら三人と違って真面目だけど、音楽やってる今がすごく楽しいと言っています。
この中でも音楽やりたくても部がないからって断念してる人、いると思うんです。この学校には音楽が必要だと思います。
最後に先生方、今まで様々な迷惑を掛けてすみませんでした。俺ら三人、真面目に心を入れかえてこの学校をきちんと卒業します」

今までで一番長い台詞を、感情込めて丁寧に述べる。
皆の心に何か訴えかけてくるようで、彼の思いがこちらにしんみりと伝わってくる。
今またに、優平と役である星井龍河の気持ちが一つになったのだと感じた。

⏰:12/04/26 00:19 📱:Android 🆔:ku3uq8vw


#737 [ぎぶそん]
「それでは聴いて下さい。ハイスクールダストで『サクラプソディー』」
紹介を全て言い終えた後、優平がギターを手に取る。
ドラムの匠役がスティックを叩きながら、「ワン、ツー、」とカウントを取り出した。
「スリー」の声に合わせて、四人が演奏を始める。

「君の好きな季節が 今年もやって来たのに
うかない顔して 涙ぐんで
今でも アイツのことを忘れられないの?

今という現実が美しく淡く燃えている
だからもう 振り返らないで前を見て
君の涙が渇く理由を 僕が見つける だから

この世界が桜色に染まる頃には 僕のところへおいでよ
僕のところへおいでよ」

優平がギターの押さえる指を時々確認しながら、観客席に向かって歌う。
きっと、四人で数えきれない位練習したんだろうなと痛感した。
彼の中性的でまっすぐな歌声が、会場全体を柔らかく包み込む。

前の席に座っている人の中でこの曲を知っているのか自然とそうなっているのか、身体でリズムを取っている人が何人かいた。
隣で見ているエリも、わくわくした表情で曲に合わせて口ずさんでいた。
私も彼らの歌を身体全体で感じる。

⏰:12/04/27 00:02 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#738 [ぎぶそん]
四人の演奏が終わると、観客席で大きな拍手が起こった。
私も賞賛の意を込めて彼らに手を叩いた。

優平が「有難うございました」と一言添え、四人が小さく頭を下げたところで舞台が暗くなる。

朱色をした照明が舞台を照らすと、夕方の背景をした教室の真ん中に優平と桜子役の子の二人だけがいた。
「星井、良かったね。部活認めてもらえて」
机にもたれかかった桜子役が、足をばたつかせて彼に話しかける。
話の流れではどうやら審査に無事受かったようだ。

「これからはもっと部員集めないとなあ。……で、俺の歌どうだった?」
姿勢を正し、彼が緊張の面持ちで彼女に問いかける。
「うーん、普通?」
あっさりと答え、けらけらと笑う彼女に彼が落胆する。
「嘘だよ、ウ・ソ。すごく良かった。携帯の着信音にしたいから、今度生演奏録音させて?」
彼女がポケットから携帯電話を取りだし、彼に見せる。

そして、二人が至近距離で見つめあう。
彼が切ない声で「桜子……」と呼び、彼女を抱き締めた。
その気持ちに応えるように彼女も「星井……」と呼び、細い腕を強く回した。

⏰:12/04/27 00:40 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#739 [ぎぶそん]
二人が現実に戻ったかのように身体を離すと、F組の生徒全員がステージにやって来た。
一列になり皆で「有難うございました!」と張り上げた声で言い深く頭を下げると、観客席でもう一度彼らに割れんばかりの拍手が沸き起こった。

私も目一杯の力で拍手をしつつも、心の中では複雑な感情を消しきれないでいた。
役の為とは言えども、最後に優平と抱き合った桜子役の女子に嫉妬心が芽生えてしまったのだ。

小学校低学年の時、よく一緒に遊んでいた同じクラスの女の子がいた。その子を家に連れてきたら父がいつも「かわいいかわいい」と褒めていて、私はそこで生まれて初めて焼きもちを妬いたのを覚えている。
あの時依頼だ。こんな気持ちになるなんて。
自分を恥ずかしく思う。たけど、私は本当に彼が好きなんだなと実感する。

⏰:12/04/27 01:02 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#740 [ぎぶそん]
最後のG組のステージ発表の内容もあまり印象に残らないまま終わり、全てのクラスの発表及び今年の文化祭が終わった。

翌日、朝のホームルームでステージ発表の結果が言い渡された。
優勝は優平のいるF組。圧勝と言ってもいいほど票が入っていたという。
二位は、何と私たちB組。準優勝の表彰状が担任の手から委員長の篠崎君に渡された。
元基のいるC組は六位と、箸にも棒にも掛からない結果で終わった。

一限目の体育に合わせて、エリと一緒に体育館まで話しながら移動をする。
「二位になれたのは嬉しいけど、やっぱり優勝じゃないなんて悔しいー!
きっと優平目当ての女子共がF組に票を入れたに違いないわ!」
ステージ発表の結果を悔しがるエリ。
「ううん、私もF組のステージ発表が一番素晴らしかったと思うよ。皆熱演だったしセットも演出も細かく作ってあったし。
何より、主人公とヒロインが物語を通して『成長』していたのが良かった。」
主人公は不真面目な自分を、ヒロインは過去を忘れられない自分を変えたのが後味の良さを覚えた。

⏰:12/04/27 01:30 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#741 [ぎぶそん]
「そんな悠長なこと言って、七瀬玲央奈に優平を取られても知らないよ」
「ナナセレオナ?」
聞き覚えのない名前を、私はエリに聞き返した。
「桜子を演じてた子よ。あの子、グループの子たちと一緒になってよく優平にまとわりついてるから」

七瀬玲央奈。あの子、そんな名前だったんだ。
文化祭一日目も私の存在を無視して優平を誘ってたし、そう考えると彼のことが好きなのかな。
悔しいけど、演劇を見ると彼女は彼の隣が似合ってたな。
細身で顔も整っているし、ライバルになるには避けたい人物である。

その日の放課後、職員室で数学の先生に今日の授業の質問を終えると後ろから誰かに肩を叩かれた。
「文化祭、お疲れ」
優平だった。

⏰:12/04/27 01:54 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#742 [ぎぶそん]
昨日までパーマだった彼の髪が、普段の真っ直ぐなヘアスタイルに戻っていた。
「良かったら今から屋上で話さない?」
珍しく彼が私を誘ってきた。
「いいよ」
考える間もなく私は即答した。

「俺、先にちょっと吉川先生に用事あるから。悪いけど先に屋上行って待ってて」
プリントを片手に、彼がせわしそうな顔をする。
私は「分かった」と言って頷いた。

数学のノートを持ったまま最上階まで上がり、古びた屋上のドアを開けた。
顔を見上げると、一面どんよりとした曇り空が視界を覆った。
一昨日の文化祭一日目は晴天に恵まれて良かったなと、ほっとした思いが巡る。

二日間の文化祭をぼんやりと思い返していると、途中で「お待たせ」と一声掛けて優平がやって来た。
「ステージ発表優勝おめでとう」
第一声に私は昨日の彼の雄姿を褒めた。

⏰:12/04/27 02:14 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#743 [ぎぶそん]
彼が照れ臭そうにする。
「ギターは難しかった?」
一番気になっていることを彼に質問してみた。
「なかなか苦戦した。家に帰ってからも毎日ずっと練習してたし。まあ、バイオリニンに比べたら上達は早かったかな」
夏休み彼の家に遊びに行った時、彼が私の前でバイオリニンを弾いてくれたことを思い出した。
ギターもバイオリニンも、私だったらすぐ挫折してるだろうな。

「七瀬玲央奈さんだっけ。桜子役の子。すごく可愛かったね」
私は本心でありつつも彼に賛同を求めたくない言葉を言ってしまった。

「そうかな?俺、そんなこと一度も思ったことない。
……真希が桜子役だったら良かったのにな―」
「え……?」
惜しむ表情を見せる彼に、どうしていいか戸惑う私。
だけど心の中で彼の言葉の全てが嬉しいと思ってしまう自分は、嫌な人間なのかな。

⏰:12/04/27 02:38 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#744 [ぎぶそん]
【※743 正しくはバイオリンです。大変失礼致しました】

彼が手に持っていた漫画をぱらぱらと捲り始めた。
「ほら見てみて。雰囲気とか性格とか、真希と似てるんだよな」
桜子が載っているページを探し、私の前に差し出した。
真っ直ぐで長い黒い髪に、切れ長の目。原作の桜子は七瀬玲央奈が演じて感じたイメージと違い、飾り気のない落ち着きのある女の子として描かれていた。

「ま、まあ桜子より真希の方が、か、可愛い……けどな!」
彼が急にしどろもどろしだした。そして少し息を落ち着けて、
「昨日の梅原春佳の役、凄く良かったよ。何だっけ?『捕まえて!』って奴、やってみてよ」
と意味ありげな薄笑いを浮かべて指図してきた。
「嫌だ!恥ずかしい!」
私は大きく首を横に振った。
目の前の彼に目を瞑って唇を強調するなんて、顔から火が出る勢いだ。

「残念だなあ。じゃあ俺、そろそろ部活の練習に行くわ」
彼がその場を立ち去りながら手を振る。
私も手を振り返して彼を見送った。

⏰:12/04/27 22:49 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#745 [ぎぶそん]
その日の晩。優平に「可愛い」と言われた喜ばしさを心の中で何度も噛み締めながらも、夕食の席で気丈に振る舞っていた。

「準優勝おめでとう!」
父は生ビール、私と東吾兄はオレンジジュースで乾杯をする。
父が駅前で買ってきてくれた唐揚げを皆で頂く。

「父さんも真希の踊り観たかったなあ」
酔いが回ったのか、顔を真っ赤にした父がいつも以上に饒舌になる。

「東吾兄は『星くずロック』読んだことある?」
呂律の回らない父の話を無視し、テレビ番組を観ている東吾兄に話し掛けた。
「あるよ。部室に全巻あるし」
テレビに視線を向けたまま、私の質問に答える東吾兄。
「何だっけ。サクラ……サクラ……」
私は演劇中に優平が歌っていた曲のタイトルを失念した。
「サクラプソディーのこと?実写化でCDリリースされた時、音楽ランキングで初登場三位だったな。俺は原作のイメージと違うと思ったからあんまり好きじゃないけど」
東吾兄がご飯を口に含みながらもごもごと喋る。

サクラプソディー。私にとってはいい曲だったな。

⏰:12/04/27 23:19 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#746 [ぎぶそん]
夕飯を食べ終え部屋に上がると、私はすかさず机に座りノートパソコンを立ち上げた。
「サクラプソディー」で検索をかけるとトップに公式サイトがあり視聴再生可能の文字が見えたのでアクセスして聴いてみた。

プロモーションビデオの映像の中で、テレビでよく見る若手俳優がギターボーカルの役で歌い上げていた。
意中の彼への贔屓目か、優平の歌声の方が好きだなと感じた。

この歌を聴いてると、もう一度文化祭二日目の情景が甦ってきた。
結果的には二番であっても、エリ以外のクラスメートの女子たちと親しくなれたし私には何にも変えがたい最高の思い出となった。
そして、一度も聴いたことのない優平の歌声も聴くことが出来た。

「この世界が桜色に染まる頃には 僕のところへおいでよ
僕のところへおいでよ」
私は大切な皆のことを思い浮かべながら、文化祭の思い出の曲となるサクラプソディーのサビを口ずさんだ。

Chapter08 END.―

⏰:12/04/27 23:54 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#747 [ぎぶそん]
Chapter09
「映画オタク」

⏰:12/04/28 00:21 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#748 [ぎぶそん]
文化祭の余韻もまだ残る頃。朝、枯れ葉が舞落ち少し乾燥した秋の風を受けながら学校へ通う。

「まただ……」
玄関に着き下駄箱を空けると、その中に手紙や手作りお菓子などがいくつも入っていた。
ここ数日、毎日のように目にする光景である。
しかもその差出人は、どれもこれも下級生の女の子たちからなのである。

手紙にある内容は大体、「先輩の文化祭での梅原春佳役、素敵でした!」「梅原春佳に似ている先輩が好きです!」などである。
後輩に好かれて嬉しい気持ちはあるのだが、文化祭では出番もそんなになかったのに何故こんなに評判になっているのか疑問を抱く。

昼休み、一人購買でお菓子を選んでいる時だった。
「あ、あまき様だ!」
数人でいる女の子の内の一人が、私の方を指差した。

⏰:12/04/28 00:41 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#749 [ぎぶそん]
「あ、あまき……?」
私は彼女の言葉にきょとんとした。
「雨宮真希。略してあまき、ですわ。一年の間ではそう呼ばれているんです!」
清楚で気品漂う彼女が、両手を握り目を輝かせて私を見つめる。

あまき、密かにそんな名称までつけられていたんだ……。
芸能人じゃないんだし、あまり騒ぎが大きくならないようにと私は祈った。

「あまき様って、やっぱり桜井優平先輩とお付き合いをしているのですか?」
小柄な彼女が私の顔を見上げて尋ねてきた。周りの女の子たちも興味津々そうな顔をしてこちらを見てくる。優平の存在も下級生の間で知れ渡っているようだ。
「違うよ。ただの友達」
私は両手を振って否定した。
「そうなんですか。すごくお似合いなのにあ」
彼女が残念そうな顔をする。その言葉と表情に悪い気はしなかった。

その後彼女たちが私に「失礼します」と一言告げ、購買を後にした。
私も適当にお菓子を選び会計を済ませ、教室に戻ることにした。

⏰:12/04/28 01:05 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#750 [ぎぶそん]
のんびりと教室までの廊下を歩いていると、廊下で集まって話をしている女子たちからの冷たい視線を強く感じた。

「B組の雨宮真希ってさ、文化祭以来調子乗ってるよね」
「ブスのくせに梅原春佳なんて演じちゃってさ、勘違いも甚だしいわよ」
目の前を通りすぎる私に聞こえるようにはっきりと、私への批難の言葉を彼女たちが言ってくる。
その心ない言葉に胸が痛む。

「ちょっとあなた、もう桜井君に近づかないでくれる?」
その中にいた一人が私の目の前に飛び出して来て、私の行く手を阻んた。
それは、文化祭でF組の演劇のヒロインを演じた七瀬玲央奈だった。

⏰:12/04/28 01:26 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#751 [ぎぶそん]
「大体、あんたと桜井君じゃ釣り合わないのよ!」
演劇での役柄とは全然違い、彼女がきつい言葉を放ってくる。
私は戦慄を覚え思わず首をすくめた。

「……あら、劇でたかだか桜井君と両思いを演じたからって現実でも彼女気取りなあなたの方が、アタシにはよっぽど調子に乗ってるように見えるけど?」
私の窮地を気付いたのか、弥生ちゃんが間に入ってくれた。
「何ですって!B組ってうざったいのばっか!皆、行こう!」
彼女が捨て台詞を吐くと、その女子たちは向こうに去っていった。 

「助けてくれて有難う」
私は一先ず弥生ちゃんに感謝をした。
「別に、馬鹿馬鹿しくて見ていられなかったから一言言ってやっただけ。あんなくだらないの、気にしなくていいから」
つっけんどんに返されたけど、私は彼女の優しさを感じた。

⏰:12/04/28 01:49 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#752 [ぎぶそん]
文化祭によって注目を浴びたり逆に批判されたりで、暫くは落ち着かない日々が続きそうである。

しかし、そんなことも気にしていられない位私には待ちわびているある出来事がある。
アメリカの映画女優、ミーナ・ハレルソンが新作映画の宣伝の為近々日本に来日するというのだ。

私は無類の映画好きであり、映画を観る数は年間で三百作は優に越える。
最新作から昔の白黒映画や無声映画も観るし、内容のジャンルも問わず同級生の女子たちが毛嫌いするホラーやスプラッターも大好物である。

私はその中でも、この十年間変わらず第一線で女優業を活躍するミーナ・ハレルソンの大ファンなのだ。
彼女は現在三十四歳。男性にも劣らない華麗なアクションが彼女の持ち味であり、スタント無しで危険な役に挑む彼女の意欲に私は中学の時惹かれた。

⏰:12/04/28 02:20 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#753 [ぎぶそん]
それから、もう一つ気になっている出来事がある。
主に洋画を取り扱っている衛星放送の企画で、五十年代の不朽の名作映画「パリの祝日」になぞらえた衣装を着て写真撮影をするというものだ。

その映画の内容は、某国のエマ王女と父親のジョージ国王がこっそり職務を抜け出して滞在先のパリを観光するというものだ。
ラストは二人が罪に問われ国から追放されるという哀しい内容なのだが、親子間の純粋なやり取り、エマ王女を演じたジュリア・ドレイファスの世界でも類を見ない圧倒的な美しさを含めて、六十年以上経った今も尚数多くの人々に愛されている。

その企画に応募したが抽選で親子二組十名のみの為、まず当たりはしないだろうとあまり期待をしないで待っている。
父と二人、貴重な体験が出来るいい機会なんだけどな、と私は瞑想した。

⏰:12/04/28 02:54 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#754 [ぎぶそん]
その週の日曜日。家で昼食を済ませた後、私は東吾兄と一緒に街のショッピングモールの中にある映画館に足を運んだ。
目的は「午後二時の名作劇場」という、その映画館が毎日決まった時間に昔の映画作品を上映する機会を設けているからだ。
学生は五百円で鑑賞出来るというのもあり、これは映画ファンにとってはたまらないサービスなのである。

薄暗い館内に入り、販売で東吾兄から買ってもらったコーラを片手に座席に座る。
新作映画と比べると客数は少なく、私たちの他に中年の男性客がぽつぽつといるだけだった。

この日は一九七五年のアメリカ映画、「カーターvsウェイン」を上映していた。
主人公のジョセフ・カーターが男手一つで幼い娘を育てていた矢先に、「その娘の本当の父親は私だ!」とマイケル・ウェインという男が現れる。やがて裁判となり、二人が法廷で争うといった内容だ。
裁判はマイケルが勝ち娘を引き取ることになるのだが、娘の頑なな拒絶で結局ジョセフの元に返すという結果で終わる。

片親の私は娘の気持ちになってずっと映画を観ていた。もしこの映画のように実の父と名乗る人物が現れたとしても、私も娘のように絶対に今の父の元から離れないと思う。
まあ、私たちは正真正銘本当の親子なんだけどね。

⏰:12/04/29 22:56 📱:Android 🆔:gV/bURdI


#755 [ぎぶそん]
「昔の映画も悪くないな」
館内を出て、東吾兄が第一声にこう述べた。
「真の名作は時代を越えても愛されるからね」
私は最善と思った言葉を返した。

今も面白い映画はあるけれど、私は昔の映画の方が好きだ。近年の映画の画面は人物のアップが多いし、場面が頻繁に変わるから観ていて少し疲れるのが本音である。

「因みに、さっきの映画で主人公やってた人、すごく有名な俳優だよ。知ってる?デイビット・ホックマン」
私は彼に尋ねてみた。
「うーん、知らないなあ」
私の質問に無関心そうな顔をして欠伸をする彼。
「彼の出演する名作が多いの。サヴァン症候群を演じた『スノーマン』も良かったし、それから『入学』の時は……」
彼が聞いているかはお構い無しに、私は延々と映画に関する話を続けた。

⏰:12/04/29 23:24 📱:Android 🆔:gV/bURdI


#756 [ぎぶそん]
二人でショッピングモールを出て、そこから歩いて五分のところにあるレンタルビデオ店に入った。
学校からも近く他のビデオ店より安い値段でレンタル出来るので、私は週に三回はこの場所を訪れる。

「何かおすすめの映画ある?お色気シーン満載のでお願い」
東吾兄がへらへら笑って聞いてきた。
私はそれを軽蔑の眼差しで見た。
「そうだなあ、私が好きなのは……」
店内をうろうろとし、ヒューマンのコーナーにあった「イアン・ウィリアムズ」という題名のパッケージを手に取る。

英国に実在したと言われる伝説の義賊、イアン・ウィリアムズの人生をフィクションを交えて映画化した内容のもの。
イアンを演じたライアン・ウッドの独特の重圧的な存在感が、暑苦しくて男臭いこの映画に非常にマッチしているのだ。
イアンを題材とした映画は多いけど、私は十年前に公開されたこの作品が一番好きである。
余談だがこの映画に女性はほとんど登場せず、東吾兄の求めるお色気シーンとやらは皆無である。

「あっ、この女の人今度来日するんでしょ?」
彼が新作コーナーに陳列してあったミーナ・ハレルソンが大きく載ってあるパッケージを指差す。
「うーん、美人っちゃ美人だけど貧乳で色気がないなあ」
パッケージを手に取り、彼がミーナに対して難癖を付ける。
その言葉に苛立った私は彼の頬をつねった。

⏰:12/04/30 00:05 📱:Android 🆔:KtkA0HNM


#757 [ぎぶそん]
翌日。昼休み、私は一人図書館に来ていた。

カウンターにいる図書委員と数人の生徒しかいない静かな一室で、前から読みたかった日本映画界の巨匠、故・白木清三郎監督の伝記を立ち読みする。

白木監督は昭和を代表する映画界の立役者の一人で、没するまで様々な名作を世に生み出してきた。
その本の中には、監督の映画に対するこだわりや思い、苦悩などが作家の手によって淡々と書かれていた。
監督に影響を受けた映画監督は世界中にいて、その数の多さは監督の偉大さを顕著としてると言えよう。
私も白木監督の作品はいくつか鑑賞したことがあるが、あれほど人の心に強く訴える作品を作れる人は他にいないだろうと思っている。

監督の映画は白黒画面が多くて若者は避けたがるかも知れないが、若者こそすすんで観るべきだと思う。日本人として忘れてはならない誇り、武士道とは何かと描かれているからだ。

⏰:12/05/01 22:31 📱:Android 🆔:swH1Ej9U


#758 [ぎぶそん]
毎日同じような日々が過ぎるとやがて金曜日になり、ミーナが日本にやって来る日が翌日に迫った。
明日、遂に憧れのミーナを間近で見れるのだ。

夜、居ても立っても居られず明日に備えてリビングで準備をし始めた。
「もしかしたらサインしてもらえるかも知れないから、明日はペンとノートでも持っていったらどうだ?」
リュックサックにカメラを入れていると、風呂上がりの父が髪をタオルで拭きながら提案してきた。
名案と判断した私は、サインペンとミーナ主演映画のDVDを持っていくことにした。

寝る前、目覚まし時計をセットし普段より早い時間に布団の中に入る。
明日はどれ位の距離と時間、ミーナが見れるのだろうか。サインをしてもらえたらすごくラッキーだなあ。そのサインはどう頼めばいいのか。ペンを差し出せば分かるか……――

私は頭の中で明日のシミュレーションを何度も行った。

⏰:12/05/01 22:57 📱:Android 🆔:swH1Ej9U


#759 [ぎぶそん]
次の日。昼前、私・父・東吾兄の三人は父の車でミーナが現れるという空港まで高速道路で向かった。

空港に着き中に入って、ロビーにいた女性にどこでミーナが見れるのかを訊いてみた。
女性の詳しい説明を受けゲート前へと移動すると、青い紐で出来た仕切りの前で数十人の人が待っていた。
待っている人は主に若い女性が多く、携帯電話を片手に一緒に来た知人と話し込んでいた。
私たち三人はその集団の後ろとなる三列目に並んだ。
列の一番左端で、私はリュックサックからカメラを取り出し、レンズ越しからミーナが良く映る絶好の位置を探す。

「真希、サインは父さんに任せろ」
隣の隣にいた父に声を掛けられ、すかさず私はペンとDVDを父に渡した。
三人の中で一際背の高い父なら、前の方に少し手を伸ばせばこの不便な場所からでもサインをしてもらえる可能性はあるかも知れない。

そのまま同じ体勢のまま一時間ほど、真横にいる東吾とお喋りをしながら過ごした。
「ねえ、来たんじゃない?」
東吾兄との会話が盛り上がっているところで、前にいた女性が隣の女性に呟いたのを耳にした。
会話を止め、私は視線をゲートへと移した。

一時間、

⏰:12/05/01 23:57 📱:Android 🆔:swH1Ej9U


#760 [ぎぶそん]
関係者に囲われ、大きめの黒いサングラスを掛けたミーナがやって来た。
口元を緩ませ、こちら側に手を振る。
彼女と一緒に新作映画に出演するニタ・クルスとウェリントン・スミスもサングラス姿で現れた。

私たちのいる方は携帯で彼女らを撮ったり、二枚目俳優ウェリントンに対する黄色い声援が飛び交う。
彼女たちが現れたせいか後ろの人たちがどっと押し寄せて来て、私は列の中で圧迫しそうになった。

その中で根気強く体勢を保ち、私も彼女に向かって「ミーナ!」と叫んだ。
つま先立ちをしレンズを除き、ミーナが中心に映ったところでカメラのシャッターを押した。

終始ミーナたちはこちら側に近寄ることもなく、たちまち出口へと行ってしまった。
しばらくの間、私は彼女を生で見れた興奮が覚めないでいた。

⏰:12/05/02 00:23 📱:Android 🆔:kEs1dhPg


#761 [ぎぶそん]
夜、リビングでくつろぎながら三人で今日一日を振り返る。
「サイン貰えなくて残念だったな。しかも見れたのもちょっとだけだったし」
父が私を元気づける。
「ううん、見れただけで十分」
私はその気持ちを受け取った。

「あ、今日のことニュースで言ってるぞ!」
私たち親子に東吾兄がテレビに注意を向けさせる。
芸能ニュースの話題で、今日ミーナたちが来日したことが報道されていた。
今日リアルタイムで見たサングラス越しのミーナの微笑みが、画面に大きく映る。

その後その番組で「ミーナ・ハレルソンさんに単独インタビュー」という特集が流れた。
新作映画の看板を背景に、「日本ノ皆サン、コンニチハ」とミーナが最初に片言な日本語で挨拶をした。
彼女の女優としての来歴の説明の後、彼女が新作映画の見所や撮影でのエピソードなどをインタビュアーに語る。
最後に彼女がもう一度たどたどしい日本語で「皆サン、ゼヒ観ニ来テ下サイ」と喋り、映像は終わった。

この映画、出来れば優平と観に行きたいな。

⏰:12/05/02 00:47 📱:Android 🆔:kEs1dhPg


#762 [ぎぶそん]
二日後の月曜日。朝教室に着くと、私は一昨日撮ったミーナの写真をエリに見せた。

「よく撮れてるじゃん。優平にも見せてあげたら?」
エリの提案を受け、私は映画の誘いも兼ねて優平に会いに行くことにした。

昼休み昼食を済ませた後、写真と映画の前売り券を片手に優平がいるF組を訪ねてみる。
廊下から教室の中をちらりと覗くと、目の前に七瀬玲央奈たちのグループが賑やかに話し込んでいるのが見えた。

――また、彼女たちに何か言われたらどうしよう……。
一抹の不安が胸に過る。

結局彼に会わずその場を離れ、私は一呼吸落ち着けようと屋上に上がることにした。

⏰:12/05/03 20:13 📱:Android 🆔:wGpfMb4g


#763 [ぎぶそん]
残念な気持ちを後退りながらも、一秒も休むことなく階段を上った。
屋上の扉を開けると同時に、新鮮な空気が受動的に身体に入ってくる。
いつもに増して風が強いせいなのか、今日は雲の流れを早く感じた。

フェンスを背もたれにして、ため息をつく。
「……映画、誘いたかったなあ」
両手で持った前売り券をまじまじと見つめる。

その時、屋上全体に強い風が吹く。
一瞬目を閉じた隙に、手にしていた券が飛んで行ってしまった。

「あ!」
私は慌てて空中に舞う券を追いかける。

すると、いつからいたのか給水塔で座っていた男子生徒が飛び降り、地面に落ちた券を拾い上げる。

「ほら」
「有難うございます」
私はその男子から券を受け取った。

「あんた、B組の雨宮真希やろ?」
割り箸をくわえたまま、その男子は話し掛けてくる。

⏰:12/05/03 20:47 📱:Android 🆔:wGpfMb4g


#764 [ぎぶそん]
「どうして私の名前を……?」
私は見覚えのない彼に訝しげに尋ねた。
「だって、あんたいつもここに来とうやろ。そん時俺も大抵あの場所にいたんやて」
彼が割り箸を口から離し、給水塔を指差す。
そうだったのか。今まで全く気がつかなかった、と思った。

「あ、俺、G組の横山って言うもんたい。横山礼司。よろしくなあ」
横山と名乗るその男子が、軽々しい態度で握手を求めてきた。
私も仕方なく右手を差し出す。

「因みに、こないだも俺ここにおったんやで。放課後、F組の桜井とか言う奴と話し込んでた時…」
「もう!詮索しないでよ!」
私は感情的になり咄嗟に握手していた手を離した。
不覚にもあのやり取りを他人に全部見られていたなんて、気恥ずかしい。

「詮索もなにも、事実を言ったまでやん。」
横山が離された手を撫でながら言い返してくる。

⏰:12/05/03 21:29 📱:Android 🆔:wGpfMb4g


#765 [ぎぶそん]
「ははーん。さては、その映画も桜井君と観に行くつもりなんやな」
彼が全てを悟ったかのような顔をする。
もしかしたら彼は、芸能ワイドショーとか人の噂話が好きな性質なのかも知れない。

「そうだよ。でもさっき誘おうとしたけど、F組の女子が怖くて逃げてきた」
気がつけば私は彼に事情を話していた。
今ある胸の内を、ただ誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
でも何となく、この彼には気の許せる雰囲気が漂っていると感じた。

「俺、代わりに桜井君に渡してやってもよかとよ」
「本当?」
親切な彼の言葉に私の心が晴れる。
「ただし、条件がある」
条件、という言葉に息を呑んだ。
「俺も一緒に映画に行くこと」
彼がポケットから私と同じ前売り券を取り出した。

⏰:12/05/03 22:50 📱:Android 🆔:dIN0YH7U


#766 [ぎぶそん]
「俺もこの映画好きでな。
でも俺、こっちに引っ越してからあんま友達おらんし。一人で観に行くんも寂しいと思っとるし」
彼が侘しい表情で券を見つめる。
「友達がいない」「寂しい」という言葉に同情の念が生まれる私。

「分かった。じゃあ、頼んだから」
私は彼に前売り券を渡した。
「任しとき。あ、それから……」
給水塔に登った彼が振り返る。

「水色のパンツ、なかなか可愛かったで」
素早く弁当を片付けると、彼はそそくさと屋上から出ていった。

パンツって……さっき風が吹いた時見られてたんだ。
抜け目のない男、と私はあっけにとられた。

⏰:12/05/03 23:11 📱:Android 🆔:dIN0YH7U


#767 [ぎぶそん]
放課後、私はエリと机を真向かいにして一緒に勉強をしていた。
「ねえ、エリ。G組の横山礼司って知ってる?」
私は情報通のエリに昼休み出会った彼のことを尋ねてみた。
「あの天然パーマの人?生まれは九州らしいけど、家が転勤族でしょっちゅう引っ越してるとか。この学校に来たのも去年の二学期からだったと思う」
彼女がまるで辞書を引いたかのように、的確な情報だけを私に伝えてくる。

「横山君がどうかしたの?」
彼女が不思議そうに尋ねてくる。
「実は……、今度その彼と優平と三人で映画観に行くことになりそうなんだ」
私は昼休みあった出来事を彼女に話した。

「ぷっ!あはは!横山君って、見た目どおり変わった人なんだね。
優平と二人きりで映画を観れないのは残念だけど、横山君って悪い人じゃなさそうし楽しんできなよ」
私の話に、彼女がくすくすと笑う。
彼女の言うように、私も新しい友達が一人出来たと思うことにした。

「雨宮ーっ!」
教室の前で、けたたましい声で誰かが私を呼ぶ。その音量に耳がきんきんと鳴る。

⏰:12/05/03 23:39 📱:Android 🆔:dIN0YH7U


#768 [ぎぶそん]
横山だった。
教室にいる皆の視線が彼に向けられる。
私は慌てて彼の元に行った。

「ちょっと、そんな大きな声で呼ばないでよ。皆の迷惑でしょ」
「例のあれ、桜井君にばっちり渡したけん」
横山が大きな目を細めてにんまりと笑う。

「桜井君、今週の日曜なら予定空いとうって。俺、彼のメールアドレスもゲットしちゃった」
彼が満面の笑みで自分のケータイをちらつかせる。
「何でそんなに嬉しそうなのよ」
私は彼を疑問視した。
「だって、俺ゲイやもん」
「え?そうなの?」
彼の意外な告白に、私は目を丸くした。
「嘘に決まっとうやろ、ヘテロや。でも、雨宮みたいな背の高い女はあんま好みやないっちゃけどな」
そう言い残すと、彼は大笑いをしながら教室を去っていった。

なかなか癖のある人物だけど、いい友達にはなれそうだ。

⏰:12/05/05 02:47 📱:Android 🆔:PQ0W3.s6


#769 [ぎぶそん]
その日の夜、部屋で本を読んでいるとケータイの着信音が鳴った。
相手が「もしもし?」と遠慮がちに話す。
優平だった。

「今日、横山って人から突然映画のチケット渡されたんだけど…」
彼が戸惑った声を出す。
私は咄嗟にところどころ嘘を交えながら彼に経緯を話した。
横山と親しくなり、偶然同じ映画の前売り券を持っていたのでそのまま意気投合したと。
七瀬玲央奈たちを避けたかったという話は、かえって彼に気を遣わせることになりそうなので言わなかった。

「直接渡してくれたら良かったのに」
「ああ。えーっと、今日は何か忙しくて……」
彼の純粋な問い掛けに、やや冷や汗が出る。
「分かった。じゃあ、また日曜日な」
その後お互い「おやすみ」と言い合った後、私たちは電話を切った。

久しぶりに優平と電話出来て嬉しかったな。
でもF組の女子を敵に回したくないし、しばらくは学校で会えそうにないな。

⏰:12/05/05 03:15 📱:Android 🆔:PQ0W3.s6


#770 [ぎぶそん]
水曜日。リビングでテレビを観ていると、父のケータイが鳴る。
いつもみたいに会社からかなと思い、そのまま気にせずテレビを観続ける。

「はい、そうです。えっ……本当ですか!」
父の嬉しそうな声が聞こえ、思わずそちらに目をやる。

「真希、例の『パリの祝日』のイベントに当選したって!」
父が通話中のケータイを離し、私に声を掛ける。
「えっ!?本当に?」
あまりの驚きで一瞬、自分の中の時が止まる。
きっと、宝くじに当たった時ってこんな気持ちになるのだろうと思った。

父はそれから相手の話を従順に聞くと、深々と頭を下げながら丁寧に電話を切った。
「今週の土曜日、とりあえず衣装の寸法計りたいからスタジオに来てって」
相手に言われたことを私に説明する。

日曜日じゃなくて良かった、と一先ず安心した。
それからずっと、毎週欠かさず観てるテレビ番組の内容も全然頭に入らないくらい混乱していた。

⏰:12/05/05 03:40 📱:Android 🆔:PQ0W3.s6


#771 [ぎぶそん]
土曜日の昼前。衛星放送の会社の本拠地となるビルを目指して、父の運転で車を飛ばす。
あまり行きなれない土地だからか、父はカーナビの指示にも四苦八苦していた。
一時間ほどでビルに到着すると、エレベーターで七階まで上がる。

七階に着き、私たちはどこに行けばいいのか分からずにいた。
「あの、『パリの祝日』のイベントで来たんですけど…」
父がその辺にいた関係者らしき男性に尋ねると、その男性が快く説明をしてくれた。

そこから数十メートル先にある「第三会議室」という部屋に入ると、目の前に長机が広がり、既に来ていた他の参加者らが鉄パイプの椅子に座っていた。
私たち親子も空いてる席に腰掛けた。
机の上には人数分のペットボトルのお茶が置かれており、喉もひどく渇いていたのでさっそく開けて飲んだ。

そのまま手持ちぶさたで過ごすと、参加者となる残り二組の親子らも入ってくる。

⏰:12/05/06 05:47 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#772 [ぎぶそん]
約束の一時を過ぎた頃、IDカードをぶら下げた三十代後半くらいの男性が入って来た。
窓際の席に座ると、手に持っていたプリントを私たち参加者に回す。

「参加者の皆さん、まず、当選おめでとうございます。そして、この度はわざわざ遠い所からお越しいただき有難うございました。私、この企画のプロデューサーを務める森部と言います」
その男性が、参加者に向かってはきはきと話し始める。
左手の結婚指輪はくすみがかっていて、着ているチェックのシャツもよれている。
まさしく“仕事人間”だと思った。

森部さんがこれからの説明をする為に、プリントに書かれてある内容を音読する。
今日は身体のサイズを計るだけで、イベントはまた一週後に行われる。
この場所に来るのにかかった交通費も全額支給するので、父親の皆さんには別の用紙に住所と近くの駅名を書いて欲しいとのこと。

⏰:12/05/06 06:14 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#773 [ぎぶそん]
森部さんの説明がだいたい終わると、今度は名字のアイウエオ順で寸法をとることになった。
一番最初は、「雨宮」の私たち親子。
隣の部屋に行かされ、そこにいた若い女性らに誘導されるがまま、まずは身長を計った。

次に、少しぽっちゃりとした女性が慣れた手つきで胸囲を計る。
お腹回りにメジャーが巻きつかれた時思わず凹ませたくなったが、衣装がきつくなると大変なので我慢した。

無言だったその女性が「お父さん、若いね。お兄さんみたい」とぽつりと口にした。
社交辞令かも知れないが、父の自慢はたまに二十代に思われることだ。
でも本人も気にするほどの薄毛だし、そのうち頭部全体が光沢を増すだろうなと思っている。

⏰:12/05/06 06:39 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#774 [ぎぶそん]
作業は瞬く間に終わった。
「お疲れ様でした。では、出来上がった衣装を楽しみにしていて下さい」
スタッフの女性に扉を開けられ、その部屋を出る。
隣の部屋に戻り父が書類を書いた後、呆気ない気持ちを残したままビルを後にした。

「どんな衣装が出来るのか楽しみだなあ。しかし、今日は色んな親子がいたな。五歳くらいの娘さんもいたし、七十代くらいのお父さんもいた」
帰りの車内で、運転席の父がうきうきと会話を弾ませる。

その後近くの駅に車を止めると、駅の中の定食屋で昼食を取った。
東吾兄が来てから親子二人で外食する機会はなかったので、何だか懐かしくも感じた。

注文が来るまで、父と話し込んだ。
「城だけに、ジョージ国王だな」
「何のこと?」
「『パリの祝日』の父親の名前。父さんの名前と似てる」
父が誇らしげに語る。そう言えば、と今になって気づいた。

「父さんがもしあの映画のジョージ国王だとしても、娘の為なら職務ほっぽり出してでもパリの街を見せるだろうな」
「どうして?」
「娘のわがままには弱いからさ。あの映画、よく悲しい物語と言われるけど父さんはそうは思わない。あの親子にとっては国王としての地位より月並みな自由の方が幸せだろうから」

月並みな自由。私たちは当たり前のように色んな場所に行ったり遊んだり出来る。
そんな当たり前と思っていること、もっと幸せに感じたい。

⏰:12/05/06 07:19 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#775 [ぎぶそん]
次の日の午後。以前、東吾兄と来たショッピングモールに来ていた。
今日は優平と横山と三人で映画を観る日。昨日横山からメールで指定された集合場所の広場で、二人が来るのを待つ。

「おーっす。雨宮」
約束の時刻の五分前に、横山が現れた。
初めて見る彼の私服は、シャツにジーンズとラフな格好だった。
日本人離れした体格には、高校生ながらもサングラスが良く似合っていた。

「ごめん、待った?」
そのすぐ後に優平がやって来た。
カーキ色のジャケットに黒いズボンと、すっきりとした身のこなしをしていた。
何気なく思える衣服も、きっと全部ブランド物なんだろうなと思った。

「ほんなら、行きましょか」
横山の先導で、モール内の二階にある映画館を目指す。

⏰:12/05/06 07:44 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#776 [ぎぶそん]
映画館に入り、窓口で前売り券を渡す。
横山がトイレに行ってる間、優平が売店でコーラを買ってくれた。

「一番右の席は雨宮で、その隣桜井君な」
三人で上映前の劇場内に入り、横山の支持どおりに席に座る。
きっと、彼なりに気を利かせてくれたのだろう。
優平が隣に座った時、彼の服の匂いがふわっと香った。

「これ、どんな映画?続編らしいけど、全然観たことなくても理解出来るかな?」
隣にいる優平が話しかけてきた。
このくらいの距離で彼と話したことは沢山あるのに、場内が暗いせいかいつにも増して緊張する。
「あ、多分大丈夫。『サンシャイン』って言う謎の組織があって、世界各地で次々とテロを起こすの。それをミーナ扮する特殊隊員のジェシカが食い止めるって話」
「へえ、面白そう」
「敵はたいてい合成獣とかゾンビとかだから、ちょっとおぞましいかも」
「え、そうなんだ……」
一瞬にして彼の顔の血の気が引く。

映画が始まるまで、私と優平は横山そっちのけでお喋りしていた。

⏰:12/05/06 08:24 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#777 [ぎぶそん]
そして、映画が上映された。
シリーズ六作目となるこの映画は、前情報で日本が舞台と聞いていたがそれは最初の二十分だけだった。
スクリーンに映るミーナが、様々な武器や武術を駆使して敵に挑む。

優平がどんな様子で観ているのか気になったので、時々隣をちらちらと確認していた。
上映前は不安そうにしていたけど、真面目な顔で鑑賞していた。

二時間ほどで映画を観終えた後、三人でモール内のファストフード店に入った。
さっき飲んだコーラでお腹が膨れていたので、横山の分のフライドポテトをつまむ。

「桜井君面白かったと?」
「面白かった。前のシリーズも観てみようかな」
「だってよ、雨宮。一緒に観てやれ」
「え?」
横山の言葉に驚いて、私はポテトを喉に詰まらせそうになった。

「あ……、お願いします」
優平もまんざらではない様子で、私に頼んできた。
「うん。じゃあ今度ね……」
恥ずかしさで、私の話す声の大きさが徐々に小さくなる。

⏰:12/05/06 08:51 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#778 [ぎぶそん]
映画を観るということは、どちらかの部屋でってことだよね!?
優平と二人きりで密室の部屋で過ごすなんて……。
嬉しいけど、絶対緊張する。
キスシーンの時はどうやり場を過ごそうか……。

「雨宮、もしかして今エッチなこと考えたと!?『桜井君と二人きりになれる、嬉しい』って」
私の心の声が聞こえたのか、横山が疑うような目で聞いてきた。
「へっ!?そんな訳ないでしょ!じゃあ、優平ん家で祥華さんと三人で観よう」
「ショウカさん?」
横山がきょとんとする。
「優平ん家にいる使用人だよ。凄く美人なの」
祥華さん、元気してるかな。また会いたいな。

「美人がいると!?それなら俺も行くたい。……って違う違う、俺はあくまで二人のサポート係やけん。桜井君、最近雨宮はF組の女子に僻まれとるらしいったい」
横山が、私が優平に隠していたかったことを漏らした。
それを聞いた優平が、少し穏やかさを失う。
「そうなの?俺からあいつらに言ってやろうか?」
「そんなことしなくていいよ」
私は激しく首を振った。
優平を味方にして彼女たちを責めたりしたら、自分が卑怯な感じがする。

⏰:12/05/06 09:18 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#779 [ぎぶそん]
ファストフード店を出て、その後の予定もなく立ち止まったままでいると横山が口を開いた。
「二人共、もし良かったら俺ん家来ん?」

彼の唐突な提案に、私と優平は「どうする?」といった様子で顔を見合わせた。
「俺ん家、ここのすぐ近くにあるとよ。部屋でゲームでもしようや」
横山が半ば強引に誘ってくるので、私と優平はその言葉に甘えることにした。

その場所から歩いて横山の家を目指す。
歩いてる最中に、私は二人に「パリの祝日」のイベントに当選したことを話した。
「写真が出来たら見せて」と、優平が期待した様子で言ってきた。
横山には「馬子にも衣装になるたい」と嫌味っぽく言われた。

十分ほどモールの裏にある住宅街を歩くと、横山が住むという小さなアパートに到着した。
二階に上がり「二○三号室」の前で立ち止まると、彼がポケットから鍵を開ける。

ドアを開け、玄関で靴を脱ぎながら横山が大声で「母さん、友達連れてきたけん」と口にした。
廊下を突き当たって右にある襖が開くと、横山のお母さんらしき人が出てきた。
お母さんは私と優平に向かってお辞儀し、「息子と仲良くしてくれて有難うございます。遠慮せずゆっくりしていって下さい」と物腰低く挨拶してきた。
お母さんは大柄な横山と対照的で、とても小さかった。
私と優平も彼女に会釈をした。

⏰:12/05/07 23:00 📱:Android 🆔:/I6qBmag


#780 [ぎぶそん]
靴を脱ぎ、居間を横切って横山の部屋に入った。
部屋の壁にはいたるところに映画スターのポスターが貼られていて、棚にはどの段にも映画のDVDがぎっしりと入っていた。

「俺、映画がばり好きなんよ。半年で二百近くは観るけんね」
つまり年間でおよそ四百、私以上に映画を鑑賞する人と初めて出会ったと思った。

「これ、今日の映画に出てた人のフィギュア?」
優平が棚の上に置いてあるものを指差す。
ニタ・クルス演じるサラ・モナハンのフィギュアが飾られていた。
「サラ」というキャラクターは日本でも人気が高く、グッズも良く売れると聞いたことがある。
長くて黒い髪をいつもポニーテールにしていて、その姿が男性を魅了するだとか。

「そうで。俺、ばりサラが好きやけん。それ、ばり高かったけどお小遣い貯めて買ったたい」
私は横山の購買欲に共感出来ると思った。好きになったものは不思議とグッズを収集したくなってしまうからだ。
でも、優平にはこういう”オタク心“が理解出来るのだろうかと少し心配になった。
そんな彼は「へえ」とだけぼやき、きょとんとした顔でいた。

それから横山の映画に関するうんちくを聞いていると、「ジュースとお菓子をどうぞ」と言って横山のお母さんが部屋に入って来た。
三人分のオレンジジュースとクッキーがテーブルに置かれた。
私と優平はお母さんに礼を言い、さっそくジュースに口をつけた。

⏰:12/05/07 23:32 📱:Android 🆔:/I6qBmag


#781 [ぎぶそん]
テーブルの上にあった写真立てに目をやると、横山と一緒に恰幅のいい外国人が映っていた。
「この人、向こうの俳優か何か?」
私は横山に聞いてみた。
「ああ、それ俺のじいちゃん。アメリカ人。やけん俺、クォーターなんよ」
横山の言葉に、優平が声を出して驚く。
私は彼の体格が日本人離れしていることに納得を覚えた。
彼の特徴的な天然パーマも、彼と全く同じ髪型をしているお祖父さんゆずりなのかも知れない。

それから私たち三人は、日が暮れるまで話をしていた。
最初は口数が少なかった優平も横山に打ち解けてきたのか、彼にどんどん質問をするようになっていた。

夕方になると私の提案で、保おじさんが経営しているラーメン屋に三人で行くことになった。
前から優平を連れて行きたいと思ってたし、丁度いい機会だと思った。

⏰:12/05/10 21:35 📱:Android 🆔:QBswtVdI


#782 [ぎぶそん]
二十分ほど街を歩いてラーメン屋に着き、小さな赤い暖簾をくぐる。

「おう真希ちゃん!あれ、彼氏が二人も出来たんかい!?」
店内に入ると、保おじさんがお得意の冗談で早速声を掛けてきた。
「おっちゃん、違うったい。雨宮の彼氏はこっち」
横山が優平を指し示す。
私は大慌てで否定したけど、保おじさんは「そう恥ずかしがりなさんな」と言い、へらへらと笑っていた。

そのまま三人で横並びにカウンターに座り、それぞれ食べたいラーメンを注文する。
ラーメンが出来るのを待つ間、文化祭での出来事や今日三人で映画を観てきたことを保おじさんに話した。

十分ほどして、三人分のラーメンが運ばれてきた。
湯気が濃霧みたいに私の顔面を立ち込めてくる。私はまずスープを一口飲んだ。濃厚な味噌の味が喉に広がる。

「ばりうまかー!九州の田舎を思い出すたい」
とんこつラーメンを頼んだ横山が、私の右隣で勢いよく麺を啜る。
スープをごくごく飲む音もはっきりとこちらまで聞こえてきた。
「おっ、兄ちゃん。生まれは福岡なのかい?」
保おじさんが横山の言動に反応した。
横山が頷くと、そこから保おじさんが福岡でラーメンの修業をしていた時のことを話し始め、二人は完全に意気投合していた。

二人の会話が店内中に聞こえている中、左隣にいる優平は黙々と自分のラーメンを食べていた。
私も両隣にいる異性を意識してか、一部始終行儀よく食べた。

⏰:12/05/10 22:12 📱:Android 🆔:QBswtVdI


#783 [ぎぶそん]
二人より遅く私が食べ終えたところで、ラーメン屋を出た。
「じゃあ八時から観たいテレビもあるし、俺は今日はこの辺で帰るたい。お二人さん、後はごゆっくり」
横山が疾風の如く帰っていった。

優平も付き人の祥華さんに迎えに来てもらおうと携帯電話を取り出し、彼女に電話を掛けた。
祥華さんが車で来る間、そこで二人で立ち話をした。

「横山君って面白い人だよな。真希が仲良くなってなかったら、今日みたいに遊ぶこともなかったのかも」
「友達になれて良かったよね」
そこで会話が途切れ、彼が何か物言いたげな顔をする。
「後……俺のクラスの女子に何かされた時は迷わず言えよ?」
昼横山から聞いていたことが、気になっていたようだ。
私はF組の女子を思い出す憂鬱さを感じながらも、静かに首を縦に振った。

二十分後、古びた街並みに不似合いの高級感漂う赤いスポーツカーが現れた。
優平が私に「それじゃあ」と別れを告げながら、助手席ドアに手を伸ばす。
「そうだ、祥華さんにDVD一緒に観ようって誘っておいてね」
私は彼に念を押し、手を振った。

⏰:12/05/10 22:42 📱:Android 🆔:QBswtVdI


#784 [ぎぶそん]
そして、翌週の土曜日。「パリの祝日」のイベント当日となった。
父と二人朝六時には目が覚め、九時前にビルに到着した。

第三会議室に入り、他の参加者と共にプロデューサーの森部さんの指示を受ける。
森部さんは昨夜徹夜をしたのか目の下にはクマが出来ていて、今日も相変わらずシャツがよれていた。
今日もアイウエオ順で準備をすることになっていて、「雨宮」の私と「遠藤」の名字である三十代くらいの主婦の方が衣装に着替える為隣の部屋に移動させられた。
父と遠藤さんのお父さんが、私たちのまた隣の部屋に移動する。
「真希、また後でな」と、父が別れ際声を掛けてきた。

部屋に入ると、真新しいドレスが飾られてあるのが目に入った。
水色の生地で腰回りに大きな白いリボンがあるのが特徴的な、とても可愛らしいドレスだ。
それは「パリの祝日」で、エマ王女が最初パリの城にいるシーンで着ていたドレスと全く同じデザインだった。
私は再現率の高さに驚いた。

⏰:12/05/15 22:38 📱:Android 🆔:TQsedy8c


#785 [ぎぶそん]
先週寸法を計ってもらった女性の指示で服を脱ぎ、スタッフの女性の二人がかりでゆっくりとそのドレスを着させてもらう。
一人の女性に背中にあるファスナーを閉めてもらい、難なくドレスが着れた。
ドレスはオーダーメイドにあたるので、腕回りや腰回り、身体じゅうのすべてに心地よいフィット感を覚えた。

「次はメイクをしますので、こちらにどうぞ」
細身の女性スタッフに、部屋の左端にある鏡の前の椅子に座るよう誘導される。
ドレスに気を遣いながら椅子に座ると、鏡に華やかなドレスに不相応な素顔のままのみすぼらしい自分の顔が映る。
私は思わず自分の姿を直視するのを止めた。

「はーい、では、最初にファンデーションを塗っていきますねー」
”今時“な身なりをした若い女性が語尾を伸ばした喋りをしつつ、手の甲でファンデーションを延ばす。

⏰:12/05/15 23:02 📱:Android 🆔:TQsedy8c


#786 [ぎぶそん]
その若い女性スタッフが、私の顔に指先で優しくファンデーションを塗り広げてくる。
それからファンデーションだけでも三種類は着けていて、ファンデーションを塗るだけで十五分は費やしたように思える。
私はファンデーションをパタパタとただ粉をはたくだけの作業だとずっと思っていて、メイクの基盤だけに凄く重要な役割だと知り、女性としてその考えを改めることにした。

次に女性がペンシルで眉毛を丁寧に塗り、左右対称になるよう何度も確認しながら仕上げる。
いつもより濃い眉に可笑しさを感じながらも、顔がはっきり見えることに気がついた。
眉が終わるとビューラーで睫毛を上げ、マスカラを淡々と塗ってくる。
マスカラが乾くと、つけまつげとなるものを睫毛のやや上につけられた。
瞼の上に、違和感のある重みをひたすら感じる。
つけまつげをすることによってより目が大きく見えるのは間違いないが、それに伴う窮屈さに私は慣れそうもなくて、自発的にはつけないだろうなと思えた。

⏰:12/05/15 23:24 📱:Android 🆔:TQsedy8c


#787 [ぎぶそん]
つけまつげが瞼に馴染むと、今度は女性がアイシャドウを塗る作業にかかる。
ドレスの色に合った水色をベースとしたシャドウを、女性が薄い色から順番に黙々と塗っていく。
完成して女性に「どうですかあ?」と聞かれ、鏡に目をやる。
淡いグラデーションに光沢する瞼を見て自信が持てるようになったのか、次第に鏡の中の自分に笑みがこぼれる。

そして頬に軽くチークを塗り、口紅を丁寧に塗ってメイクが完成した。
こんなに大々的に化粧をしたのは生まれて初めてだったので、かなり大人びた気持ちになった。

「じゃあ次は、髪をセットしていきますね!」
メイクをしてもらった女性とは対照的な、今度ははきはきとした喋りの女性がやって来た。
女性が後ろで私の髪をいじり始めたが、どんな仕上がりになるのかも知らぬままただ彼女に身を委ねる。

⏰:12/05/16 23:45 📱:Android 🆔:UM2q/uW6


#788 [我輩は匿名である]
>>1-200
>>201-400
>>401-600
>>601-800

⏰:12/05/18 14:40 📱:SH02A 🆔:bNnV1E4Q


#789 [ぎぶそん]
その間、私は台の上に置いてある化粧道具に目をやった。
色とりどりにあるアイシャドウの種類を見て、まるで美術の授業の時に使う絵の具みたいだと思った。
こんなに化粧道具が充実していたら、女性として毎日が楽しくなるに違いないだろう。

じっくりと化粧道具を眺めていると、後ろにいる女性が私の髪を一つにまとめ始めた。
その力の強さに思わず頭部ごと後ろに引き寄せられ、「うおっ」と小さく妙な言葉が口から漏れた。
「ごめんね!」と女性が咄嗟に詫びてきたが、また何事もなかったかのように髪をいじり出した。

その後お互い何も口にすることなく、ただ時間が過ぎていった。
「はい、お疲れ様です!」
「パリの祝日」の内容を思い出している途中、女性が終わりを告げてきた。
その言葉に反応して正面の鏡を見るが、全ての髪を後ろでまとめているためいまいちどう完成したのかよく分からない。
女性が後頭部に鏡を当てて、私に後ろの状態を確認させる。

“お団子”になっている、という表現でいいのだろうか。
その団子の中央に三つ編みが出来ていて、一本も髪の毛が乱れることなく芸術的にまとまっていた。
自分一人ではこんな髪型はまず出来ないだろう。
「有難うございます」と、思わず女性に対して感激の言葉が漏れた。
「いえいえ、凄く似合ってますよ」と女性は私に返し、きっと本心から表れたであろう笑顔を見せてくれた。

⏰:12/05/30 05:17 📱:Android 🆔:0M7uB2zA


#790 [ぎぶそん]
「雨宮様、最後にこちらのヒールをどうぞ」
スタッフの女性の一人が低い体勢で私の元にやって来て、箱から白いハイヒールを取り出した。
そう言えば、この間足のサイズも教えていたっけ。

右足から慎重に入れる。
生まれて初めて履くハイヒールは、少し窮屈に感じた。
左足も履くと、女性スタッフがドアを開けて誘導してきた。
そこまで行こうと立ち上がり一歩進もうとした時、右足のヒールが傾き足がよろけた。
スタッフの女性たちが慌てて私の身体を支える。
「大丈夫ですか?」
女性たちは顔が笑っていた。
何て無様な”王女様“なのだろうと思った。

ふと、部屋の隅に移動させられた遠藤さんの様子が気になって後ろに目をやった。
遠藤さんは丁度今髪のセットが終わっていたところで、満足そうな表情で鏡を見ていた。
「お先に失礼します」と、心の中で彼女に一言告げた。

⏰:12/05/30 05:39 📱:Android 🆔:0M7uB2zA


#791 [ぎぶそん]
部屋を出て、二人の女性スタッフにひたすらついていく。
不慣れなハイヒールを履いているお陰で、歩くといういつもなら何でもない動作が、ひどく困難に感じる。
「パリの祝日」の映画の中で、エマ王女がハイヒールで足を痛める場面があったことを思い出した。
今ならその時の彼女の気持ちが痛いほど理解出来る。とにかく足が痛い。

スタジオらしき場所に到着すると、父と遠藤さんの父親が長椅子に座っているのが見えた。
二人は缶コーヒー片手に楽しそうに話し込んでいた。
「遅かったなあ!」
父が私の存在に気づき、立ち上がった。
父は白いタキシードスーツを着て、青い蝶ネクタイをしていた。
その姿をパッと見て、いつもより若く見えると思った。
二十代と言われても違和感ないだろう。

「真希、凄く綺麗じゃないか!あ、これがさっき言ってたうちの娘です」
父が遠藤さんに私を紹介した。
一体私の何の話したんだろうと、一瞬父に睨みをきかせたが、一先ず遠藤さんに会釈した。
「いやあ、べっぴんさんじゃ。若くて羨ましいのう」
六十代くらいの遠藤さんが目尻に沢山の皺を寄せて微笑んでくれた。

⏰:12/05/30 06:24 📱:Android 🆔:0M7uB2zA


#792 [ぎぶそん]
「雨宮城様・雨宮真希様、今から写真撮影を行うのでこちらに来て下さい」
スタッフの男性に呼ばれ、父とスタジオ奥へと移動した。
一番に写真撮影の背景になる特大パネルが目につき、それは映画で最初に国王と王女がいた城を手描きで再現したものだった。
このイベント、かなりの経費が掛かっていそうだ。

青いシートの上に立つと一人の女性スタッフが駆け寄り、私たちのポーズや位置を整える。
カメラマンの男性や照明係の人、その他大勢の人が私たち親子を凝視する。
気分はまるで雑誌のモデルだ。

「はーい、今から撮りますんで、リラックスしてください」
女性が立ち去ると、カメラマンの男性がレンズを覗き、私たちに話しかけた。
そして、カシャカシャ!と、慌ただしいシャッター音が静かなスタジオ内に響いた。
数分の間、シャッター音は何度も連続して鳴った。

⏰:12/05/31 05:01 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#793 [ぎぶそん]
「はーい、オッケーでーす。最後に当選者の皆さんで写真を撮りますんで、申し訳ないですがそれまで適当に時間を潰してて下さい」

シャッター音が鳴り終わり、カメラマンの男性の指示でその場を離れた。
今度は入れ替わりで遠藤さん親子が呼ばれた。
色んな機材に囲まれた場所にいる若い男性スタッフの方に呼ばれ、パソコンに送られた写真を見せてもらった。
どれも同じ体勢なので全て同じ写真に見えたが、親子ともに目を瞑っているのが何枚かあった。

自分たちの写真を見終わると他の親子の撮影風景を見たり、スタジオ内をうろうろして時間を過ごした。
昼十二時を過ぎると、昼食として幕の内弁当が差し出された。
スタジオ隅にあるテーブルで、口紅が落ちないように気をつけながら食べ物を口に運んだ。
ペットボトルのお茶を飲む時も、飲み口に口をつけず仰向けになり口を開けて飲んだ。

⏰:12/05/31 05:31 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#794 [ぎぶそん]
それから一時間・二時間と過ぎたがなかなか個人個人の撮影は終わらず、退屈そうに待つ人や、椅子に座ったまま仮眠を取る人も現れていた。
私は当選者の中にいた六歳の竹田愛ちゃんという女の子が話し掛けてきてくれたので、ひたすら彼女とおしゃべりをしていた。
愛ちゃんは今同じ幼稚園に好きな男の子がいて、今日のドレスアップした姿を彼に見せたかったと話していた。

三時過ぎになり、五組目の山口さん親子の撮影が終わり、ようやく全ての親子での撮が終わった。
カメラマンの男性に、当選者全員がカメラ前に来るよう指示を受けた。
一番背の低い愛ちゃんが中央、四番目に背の高い私は右端に位置付けられた。
男性陣はそれぞれの娘の後ろにいるよう台の上に立たされた。

ポーズと位置が整うと、カメラマンの男性がレンズを覗き込む。
「はーい。では撮りまーす」
静まり返ったスタジオ内にシャッター音が何度も轟く。
こうして、全ての撮影が終了した。

⏰:12/05/31 06:01 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#795 [ぎぶそん]
再び着替え室に戻り、名残惜しくも着ていたドレスを脱いだ。
ハイヒールを脱ぎ、履いてきた運動靴に履き替えると、その慣れた心地よさに幸せを覚えた。

着替え終わり最初にいた第三会議室に入ると、森部さんから印刷した写真が入っている封筒を渡された。
早速、封筒を開け写真を取り出してみた。
専門の方々から施された自分は、普段鏡で見るのとは全然違うような気がした。
隣の父も、高校生の娘がいるのが驚くくらい若々しく映っていた。
当選者全員で撮った写真は、一期一会の集まりとは思えないくらい和やかな雰囲気が漂っていた。

会議室を出て、最後に親子二人で関係者の方々にお礼を言ってビルを後にした。
衣装や靴は希望があればプレゼントすると言うので、親子ともに持って帰ることにした。
それらを車のトランクに積んだ時、父がこうぼやいた。
「いつか、真希の結婚式の時にまた着ような。……って、真希が結婚することなんかまだ考えたくもないけど」
私は愛情のこもった父のその願望を、いつか叶えてあげたいと思った。

⏰:12/05/31 06:30 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#796 [ぎぶそん]
二日後の月曜日。昼休み、横山から今からイベントで撮った写真を持って屋上に来いという内容のメールが届いた。
彼が私の写真に興味を持つなんて不思議だ、と思いながら屋上まで上がると、そこには横山の他に優平も一緒にいた。

「じゃあお二人さん。後はごゆっくり」
私がやって来ると横山はそれだけ言い残し、すぐに屋上から出た。
残された優平と目が合った時、私と優平が二人きりになる機会を彼が設けてくれたんだと察した。

「これ、こないだ言ってたイベントの写真……」
私は彼に写真を差し出した。
「綺麗だよ。お父さんも、本当の王様みたい」
彼が感激といった表情をする。
「その衣装、家に持って帰ったの。いつか、優平の前で着れたらいいな……」
「うん、見せて。見たい」
私の言葉が持つ本当の意味も分からぬまま、優平は素直に笑っていた。

――このままずっと優平を好きでいて、そのまま結婚相手も彼だったらいいのにな。
高校時代に恋をした、父と母のように。

⏰:12/05/31 06:50 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#797 [ぎぶそん]
後日。お風呂から出ると、リビングでノートパソコンを操作している父が私を手招きした。
パソコンの画面を覗いてみると、衛星放送の公式ホームページにこの前のイベントの内容が掲載されていた。
当選者全員で撮った写真がアップされていて、左端に私たち親子もしっかりと映っていた。

「最年少の竹田愛さんは、『今度のお遊戯会でこのドレスを着て、エマ王女を演じてみたい』と述べている。――だって」と、父が記事を読み上げる。
一緒に見ていた東吾兄は、「城さんもマキロンも芸能人みたい。すげー!」とはしゃぎ、羨ましそうにしていた。

部屋に上がり、ベッドに横になって自分に起こった最近の出来事を振り返ってみる。
まず、横山という同じ映画鑑賞が趣味の友達も出来た。
そして一番印象的なのは、父と親子二人で「パリの祝日」の世界を疑似体験できたことだ。

映画。それは私にとってどんなものだろうかとよく考える。
他人の人生を約二時間覗くことで自分の人生を考えさせられたり改めさせられたりする、不思議なショーだ。

きっと私は生涯映画を愛し、観続けるだろう。
映画は誠意を誓った友のようにいつも私のそばにいる。
これからもそんな映画と、そして隣で観る人たちと共に寄り添って生きていきたい。

Chapter09 END.―

⏰:12/05/31 07:35 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#798 [匿名]
あげる

⏰:12/12/28 15:11 📱:KYL21 🆔:☆☆☆


#799 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑

⏰:22/10/02 01:11 📱:Android 🆔:Ltpo.xA.


#800 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age↑

⏰:22/10/04 18:32 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#801 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>1-30
>>30-60
>>60-90
>>90-120
>>120-150

⏰:22/10/04 21:10 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#802 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>150-180
>>180-210
>>210-240
>>240-270
>>270-300

⏰:22/10/04 21:27 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#803 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>300-330
>>330-360
>>360-390
>>390-420
>>420-450

⏰:22/10/04 21:28 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#804 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>420-450
>>450-480
>>480-510
>>510-540
>>540-560

⏰:22/10/04 21:29 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#805 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>560-590
>>590-620
>>620-650
>>650-680
>>680-710

⏰:22/10/04 21:30 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#806 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>710-740
>>740-770
>>770-790

⏰:22/10/04 21:31 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


#807 [わをん◇◇]
「行きましょう」

亮は私の返事も聞かずにそう言って飛び出した。
私も慌てて後を追う。

「誰だ!?」

部屋の周りを取り囲む奴らを次々と切り捨てていく。
早くしないとあっと言う間に屋敷中の人間が集まってしまう。

⏰:22/11/03 18:59 📱:Android 🆔:DPKzmpdw


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