WHITE★CANDY
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#770 [ぎぶそん]
水曜日。リビングでテレビを観ていると、父のケータイが鳴る。
いつもみたいに会社からかなと思い、そのまま気にせずテレビを観続ける。
「はい、そうです。えっ……本当ですか!」
父の嬉しそうな声が聞こえ、思わずそちらに目をやる。
「真希、例の『パリの祝日』のイベントに当選したって!」
父が通話中のケータイを離し、私に声を掛ける。
「えっ!?本当に?」
あまりの驚きで一瞬、自分の中の時が止まる。
きっと、宝くじに当たった時ってこんな気持ちになるのだろうと思った。
父はそれから相手の話を従順に聞くと、深々と頭を下げながら丁寧に電話を切った。
「今週の土曜日、とりあえず衣装の寸法計りたいからスタジオに来てって」
相手に言われたことを私に説明する。
日曜日じゃなくて良かった、と一先ず安心した。
それからずっと、毎週欠かさず観てるテレビ番組の内容も全然頭に入らないくらい混乱していた。
:12/05/05 03:40
:Android
:PQ0W3.s6
#771 [ぎぶそん]
土曜日の昼前。衛星放送の会社の本拠地となるビルを目指して、父の運転で車を飛ばす。
あまり行きなれない土地だからか、父はカーナビの指示にも四苦八苦していた。
一時間ほどでビルに到着すると、エレベーターで七階まで上がる。
七階に着き、私たちはどこに行けばいいのか分からずにいた。
「あの、『パリの祝日』のイベントで来たんですけど…」
父がその辺にいた関係者らしき男性に尋ねると、その男性が快く説明をしてくれた。
そこから数十メートル先にある「第三会議室」という部屋に入ると、目の前に長机が広がり、既に来ていた他の参加者らが鉄パイプの椅子に座っていた。
私たち親子も空いてる席に腰掛けた。
机の上には人数分のペットボトルのお茶が置かれており、喉もひどく渇いていたのでさっそく開けて飲んだ。
そのまま手持ちぶさたで過ごすと、参加者となる残り二組の親子らも入ってくる。
:12/05/06 05:47
:Android
:VESz4iG2
#772 [ぎぶそん]
約束の一時を過ぎた頃、IDカードをぶら下げた三十代後半くらいの男性が入って来た。
窓際の席に座ると、手に持っていたプリントを私たち参加者に回す。
「参加者の皆さん、まず、当選おめでとうございます。そして、この度はわざわざ遠い所からお越しいただき有難うございました。私、この企画のプロデューサーを務める森部と言います」
その男性が、参加者に向かってはきはきと話し始める。
左手の結婚指輪はくすみがかっていて、着ているチェックのシャツもよれている。
まさしく“仕事人間”だと思った。
森部さんがこれからの説明をする為に、プリントに書かれてある内容を音読する。
今日は身体のサイズを計るだけで、イベントはまた一週後に行われる。
この場所に来るのにかかった交通費も全額支給するので、父親の皆さんには別の用紙に住所と近くの駅名を書いて欲しいとのこと。
:12/05/06 06:14
:Android
:VESz4iG2
#773 [ぎぶそん]
森部さんの説明がだいたい終わると、今度は名字のアイウエオ順で寸法をとることになった。
一番最初は、「雨宮」の私たち親子。
隣の部屋に行かされ、そこにいた若い女性らに誘導されるがまま、まずは身長を計った。
次に、少しぽっちゃりとした女性が慣れた手つきで胸囲を計る。
お腹回りにメジャーが巻きつかれた時思わず凹ませたくなったが、衣装がきつくなると大変なので我慢した。
無言だったその女性が「お父さん、若いね。お兄さんみたい」とぽつりと口にした。
社交辞令かも知れないが、父の自慢はたまに二十代に思われることだ。
でも本人も気にするほどの薄毛だし、そのうち頭部全体が光沢を増すだろうなと思っている。
:12/05/06 06:39
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:VESz4iG2
#774 [ぎぶそん]
作業は瞬く間に終わった。
「お疲れ様でした。では、出来上がった衣装を楽しみにしていて下さい」
スタッフの女性に扉を開けられ、その部屋を出る。
隣の部屋に戻り父が書類を書いた後、呆気ない気持ちを残したままビルを後にした。
「どんな衣装が出来るのか楽しみだなあ。しかし、今日は色んな親子がいたな。五歳くらいの娘さんもいたし、七十代くらいのお父さんもいた」
帰りの車内で、運転席の父がうきうきと会話を弾ませる。
その後近くの駅に車を止めると、駅の中の定食屋で昼食を取った。
東吾兄が来てから親子二人で外食する機会はなかったので、何だか懐かしくも感じた。
注文が来るまで、父と話し込んだ。
「城だけに、ジョージ国王だな」
「何のこと?」
「『パリの祝日』の父親の名前。父さんの名前と似てる」
父が誇らしげに語る。そう言えば、と今になって気づいた。
「父さんがもしあの映画のジョージ国王だとしても、娘の為なら職務ほっぽり出してでもパリの街を見せるだろうな」
「どうして?」
「娘のわがままには弱いからさ。あの映画、よく悲しい物語と言われるけど父さんはそうは思わない。あの親子にとっては国王としての地位より月並みな自由の方が幸せだろうから」
月並みな自由。私たちは当たり前のように色んな場所に行ったり遊んだり出来る。
そんな当たり前と思っていること、もっと幸せに感じたい。
:12/05/06 07:19
:Android
:VESz4iG2
#775 [ぎぶそん]
次の日の午後。以前、東吾兄と来たショッピングモールに来ていた。
今日は優平と横山と三人で映画を観る日。昨日横山からメールで指定された集合場所の広場で、二人が来るのを待つ。
「おーっす。雨宮」
約束の時刻の五分前に、横山が現れた。
初めて見る彼の私服は、シャツにジーンズとラフな格好だった。
日本人離れした体格には、高校生ながらもサングラスが良く似合っていた。
「ごめん、待った?」
そのすぐ後に優平がやって来た。
カーキ色のジャケットに黒いズボンと、すっきりとした身のこなしをしていた。
何気なく思える衣服も、きっと全部ブランド物なんだろうなと思った。
「ほんなら、行きましょか」
横山の先導で、モール内の二階にある映画館を目指す。
:12/05/06 07:44
:Android
:VESz4iG2
#776 [ぎぶそん]
映画館に入り、窓口で前売り券を渡す。
横山がトイレに行ってる間、優平が売店でコーラを買ってくれた。
「一番右の席は雨宮で、その隣桜井君な」
三人で上映前の劇場内に入り、横山の支持どおりに席に座る。
きっと、彼なりに気を利かせてくれたのだろう。
優平が隣に座った時、彼の服の匂いがふわっと香った。
「これ、どんな映画?続編らしいけど、全然観たことなくても理解出来るかな?」
隣にいる優平が話しかけてきた。
このくらいの距離で彼と話したことは沢山あるのに、場内が暗いせいかいつにも増して緊張する。
「あ、多分大丈夫。『サンシャイン』って言う謎の組織があって、世界各地で次々とテロを起こすの。それをミーナ扮する特殊隊員のジェシカが食い止めるって話」
「へえ、面白そう」
「敵はたいてい合成獣とかゾンビとかだから、ちょっとおぞましいかも」
「え、そうなんだ……」
一瞬にして彼の顔の血の気が引く。
映画が始まるまで、私と優平は横山そっちのけでお喋りしていた。
:12/05/06 08:24
:Android
:VESz4iG2
#777 [ぎぶそん]
そして、映画が上映された。
シリーズ六作目となるこの映画は、前情報で日本が舞台と聞いていたがそれは最初の二十分だけだった。
スクリーンに映るミーナが、様々な武器や武術を駆使して敵に挑む。
優平がどんな様子で観ているのか気になったので、時々隣をちらちらと確認していた。
上映前は不安そうにしていたけど、真面目な顔で鑑賞していた。
二時間ほどで映画を観終えた後、三人でモール内のファストフード店に入った。
さっき飲んだコーラでお腹が膨れていたので、横山の分のフライドポテトをつまむ。
「桜井君面白かったと?」
「面白かった。前のシリーズも観てみようかな」
「だってよ、雨宮。一緒に観てやれ」
「え?」
横山の言葉に驚いて、私はポテトを喉に詰まらせそうになった。
「あ……、お願いします」
優平もまんざらではない様子で、私に頼んできた。
「うん。じゃあ今度ね……」
恥ずかしさで、私の話す声の大きさが徐々に小さくなる。
:12/05/06 08:51
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:VESz4iG2
#778 [ぎぶそん]
映画を観るということは、どちらかの部屋でってことだよね!?
優平と二人きりで密室の部屋で過ごすなんて……。
嬉しいけど、絶対緊張する。
キスシーンの時はどうやり場を過ごそうか……。
「雨宮、もしかして今エッチなこと考えたと!?『桜井君と二人きりになれる、嬉しい』って」
私の心の声が聞こえたのか、横山が疑うような目で聞いてきた。
「へっ!?そんな訳ないでしょ!じゃあ、優平ん家で祥華さんと三人で観よう」
「ショウカさん?」
横山がきょとんとする。
「優平ん家にいる使用人だよ。凄く美人なの」
祥華さん、元気してるかな。また会いたいな。
「美人がいると!?それなら俺も行くたい。……って違う違う、俺はあくまで二人のサポート係やけん。桜井君、最近雨宮はF組の女子に僻まれとるらしいったい」
横山が、私が優平に隠していたかったことを漏らした。
それを聞いた優平が、少し穏やかさを失う。
「そうなの?俺からあいつらに言ってやろうか?」
「そんなことしなくていいよ」
私は激しく首を振った。
優平を味方にして彼女たちを責めたりしたら、自分が卑怯な感じがする。
:12/05/06 09:18
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:VESz4iG2
#779 [ぎぶそん]
ファストフード店を出て、その後の予定もなく立ち止まったままでいると横山が口を開いた。
「二人共、もし良かったら俺ん家来ん?」
彼の唐突な提案に、私と優平は「どうする?」といった様子で顔を見合わせた。
「俺ん家、ここのすぐ近くにあるとよ。部屋でゲームでもしようや」
横山が半ば強引に誘ってくるので、私と優平はその言葉に甘えることにした。
その場所から歩いて横山の家を目指す。
歩いてる最中に、私は二人に「パリの祝日」のイベントに当選したことを話した。
「写真が出来たら見せて」と、優平が期待した様子で言ってきた。
横山には「馬子にも衣装になるたい」と嫌味っぽく言われた。
十分ほどモールの裏にある住宅街を歩くと、横山が住むという小さなアパートに到着した。
二階に上がり「二○三号室」の前で立ち止まると、彼がポケットから鍵を開ける。
ドアを開け、玄関で靴を脱ぎながら横山が大声で「母さん、友達連れてきたけん」と口にした。
廊下を突き当たって右にある襖が開くと、横山のお母さんらしき人が出てきた。
お母さんは私と優平に向かってお辞儀し、「息子と仲良くしてくれて有難うございます。遠慮せずゆっくりしていって下さい」と物腰低く挨拶してきた。
お母さんは大柄な横山と対照的で、とても小さかった。
私と優平も彼女に会釈をした。
:12/05/07 23:00
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:/I6qBmag
#780 [ぎぶそん]
靴を脱ぎ、居間を横切って横山の部屋に入った。
部屋の壁にはいたるところに映画スターのポスターが貼られていて、棚にはどの段にも映画のDVDがぎっしりと入っていた。
「俺、映画がばり好きなんよ。半年で二百近くは観るけんね」
つまり年間でおよそ四百、私以上に映画を鑑賞する人と初めて出会ったと思った。
「これ、今日の映画に出てた人のフィギュア?」
優平が棚の上に置いてあるものを指差す。
ニタ・クルス演じるサラ・モナハンのフィギュアが飾られていた。
「サラ」というキャラクターは日本でも人気が高く、グッズも良く売れると聞いたことがある。
長くて黒い髪をいつもポニーテールにしていて、その姿が男性を魅了するだとか。
「そうで。俺、ばりサラが好きやけん。それ、ばり高かったけどお小遣い貯めて買ったたい」
私は横山の購買欲に共感出来ると思った。好きになったものは不思議とグッズを収集したくなってしまうからだ。
でも、優平にはこういう”オタク心“が理解出来るのだろうかと少し心配になった。
そんな彼は「へえ」とだけぼやき、きょとんとした顔でいた。
それから横山の映画に関するうんちくを聞いていると、「ジュースとお菓子をどうぞ」と言って横山のお母さんが部屋に入って来た。
三人分のオレンジジュースとクッキーがテーブルに置かれた。
私と優平はお母さんに礼を言い、さっそくジュースに口をつけた。
:12/05/07 23:32
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:/I6qBmag
#781 [ぎぶそん]
テーブルの上にあった写真立てに目をやると、横山と一緒に恰幅のいい外国人が映っていた。
「この人、向こうの俳優か何か?」
私は横山に聞いてみた。
「ああ、それ俺のじいちゃん。アメリカ人。やけん俺、クォーターなんよ」
横山の言葉に、優平が声を出して驚く。
私は彼の体格が日本人離れしていることに納得を覚えた。
彼の特徴的な天然パーマも、彼と全く同じ髪型をしているお祖父さんゆずりなのかも知れない。
それから私たち三人は、日が暮れるまで話をしていた。
最初は口数が少なかった優平も横山に打ち解けてきたのか、彼にどんどん質問をするようになっていた。
夕方になると私の提案で、保おじさんが経営しているラーメン屋に三人で行くことになった。
前から優平を連れて行きたいと思ってたし、丁度いい機会だと思った。
:12/05/10 21:35
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:QBswtVdI
#782 [ぎぶそん]
二十分ほど街を歩いてラーメン屋に着き、小さな赤い暖簾をくぐる。
「おう真希ちゃん!あれ、彼氏が二人も出来たんかい!?」
店内に入ると、保おじさんがお得意の冗談で早速声を掛けてきた。
「おっちゃん、違うったい。雨宮の彼氏はこっち」
横山が優平を指し示す。
私は大慌てで否定したけど、保おじさんは「そう恥ずかしがりなさんな」と言い、へらへらと笑っていた。
そのまま三人で横並びにカウンターに座り、それぞれ食べたいラーメンを注文する。
ラーメンが出来るのを待つ間、文化祭での出来事や今日三人で映画を観てきたことを保おじさんに話した。
十分ほどして、三人分のラーメンが運ばれてきた。
湯気が濃霧みたいに私の顔面を立ち込めてくる。私はまずスープを一口飲んだ。濃厚な味噌の味が喉に広がる。
「ばりうまかー!九州の田舎を思い出すたい」
とんこつラーメンを頼んだ横山が、私の右隣で勢いよく麺を啜る。
スープをごくごく飲む音もはっきりとこちらまで聞こえてきた。
「おっ、兄ちゃん。生まれは福岡なのかい?」
保おじさんが横山の言動に反応した。
横山が頷くと、そこから保おじさんが福岡でラーメンの修業をしていた時のことを話し始め、二人は完全に意気投合していた。
二人の会話が店内中に聞こえている中、左隣にいる優平は黙々と自分のラーメンを食べていた。
私も両隣にいる異性を意識してか、一部始終行儀よく食べた。
:12/05/10 22:12
:Android
:QBswtVdI
#783 [ぎぶそん]
二人より遅く私が食べ終えたところで、ラーメン屋を出た。
「じゃあ八時から観たいテレビもあるし、俺は今日はこの辺で帰るたい。お二人さん、後はごゆっくり」
横山が疾風の如く帰っていった。
優平も付き人の祥華さんに迎えに来てもらおうと携帯電話を取り出し、彼女に電話を掛けた。
祥華さんが車で来る間、そこで二人で立ち話をした。
「横山君って面白い人だよな。真希が仲良くなってなかったら、今日みたいに遊ぶこともなかったのかも」
「友達になれて良かったよね」
そこで会話が途切れ、彼が何か物言いたげな顔をする。
「後……俺のクラスの女子に何かされた時は迷わず言えよ?」
昼横山から聞いていたことが、気になっていたようだ。
私はF組の女子を思い出す憂鬱さを感じながらも、静かに首を縦に振った。
二十分後、古びた街並みに不似合いの高級感漂う赤いスポーツカーが現れた。
優平が私に「それじゃあ」と別れを告げながら、助手席ドアに手を伸ばす。
「そうだ、祥華さんにDVD一緒に観ようって誘っておいてね」
私は彼に念を押し、手を振った。
:12/05/10 22:42
:Android
:QBswtVdI
#784 [ぎぶそん]
そして、翌週の土曜日。「パリの祝日」のイベント当日となった。
父と二人朝六時には目が覚め、九時前にビルに到着した。
第三会議室に入り、他の参加者と共にプロデューサーの森部さんの指示を受ける。
森部さんは昨夜徹夜をしたのか目の下にはクマが出来ていて、今日も相変わらずシャツがよれていた。
今日もアイウエオ順で準備をすることになっていて、「雨宮」の私と「遠藤」の名字である三十代くらいの主婦の方が衣装に着替える為隣の部屋に移動させられた。
父と遠藤さんのお父さんが、私たちのまた隣の部屋に移動する。
「真希、また後でな」と、父が別れ際声を掛けてきた。
部屋に入ると、真新しいドレスが飾られてあるのが目に入った。
水色の生地で腰回りに大きな白いリボンがあるのが特徴的な、とても可愛らしいドレスだ。
それは「パリの祝日」で、エマ王女が最初パリの城にいるシーンで着ていたドレスと全く同じデザインだった。
私は再現率の高さに驚いた。
:12/05/15 22:38
:Android
:TQsedy8c
#785 [ぎぶそん]
先週寸法を計ってもらった女性の指示で服を脱ぎ、スタッフの女性の二人がかりでゆっくりとそのドレスを着させてもらう。
一人の女性に背中にあるファスナーを閉めてもらい、難なくドレスが着れた。
ドレスはオーダーメイドにあたるので、腕回りや腰回り、身体じゅうのすべてに心地よいフィット感を覚えた。
「次はメイクをしますので、こちらにどうぞ」
細身の女性スタッフに、部屋の左端にある鏡の前の椅子に座るよう誘導される。
ドレスに気を遣いながら椅子に座ると、鏡に華やかなドレスに不相応な素顔のままのみすぼらしい自分の顔が映る。
私は思わず自分の姿を直視するのを止めた。
「はーい、では、最初にファンデーションを塗っていきますねー」
”今時“な身なりをした若い女性が語尾を伸ばした喋りをしつつ、手の甲でファンデーションを延ばす。
:12/05/15 23:02
:Android
:TQsedy8c
#786 [ぎぶそん]
その若い女性スタッフが、私の顔に指先で優しくファンデーションを塗り広げてくる。
それからファンデーションだけでも三種類は着けていて、ファンデーションを塗るだけで十五分は費やしたように思える。
私はファンデーションをパタパタとただ粉をはたくだけの作業だとずっと思っていて、メイクの基盤だけに凄く重要な役割だと知り、女性としてその考えを改めることにした。
次に女性がペンシルで眉毛を丁寧に塗り、左右対称になるよう何度も確認しながら仕上げる。
いつもより濃い眉に可笑しさを感じながらも、顔がはっきり見えることに気がついた。
眉が終わるとビューラーで睫毛を上げ、マスカラを淡々と塗ってくる。
マスカラが乾くと、つけまつげとなるものを睫毛のやや上につけられた。
瞼の上に、違和感のある重みをひたすら感じる。
つけまつげをすることによってより目が大きく見えるのは間違いないが、それに伴う窮屈さに私は慣れそうもなくて、自発的にはつけないだろうなと思えた。
:12/05/15 23:24
:Android
:TQsedy8c
#787 [ぎぶそん]
つけまつげが瞼に馴染むと、今度は女性がアイシャドウを塗る作業にかかる。
ドレスの色に合った水色をベースとしたシャドウを、女性が薄い色から順番に黙々と塗っていく。
完成して女性に「どうですかあ?」と聞かれ、鏡に目をやる。
淡いグラデーションに光沢する瞼を見て自信が持てるようになったのか、次第に鏡の中の自分に笑みがこぼれる。
そして頬に軽くチークを塗り、口紅を丁寧に塗ってメイクが完成した。
こんなに大々的に化粧をしたのは生まれて初めてだったので、かなり大人びた気持ちになった。
「じゃあ次は、髪をセットしていきますね!」
メイクをしてもらった女性とは対照的な、今度ははきはきとした喋りの女性がやって来た。
女性が後ろで私の髪をいじり始めたが、どんな仕上がりになるのかも知らぬままただ彼女に身を委ねる。
:12/05/16 23:45
:Android
:UM2q/uW6
#788 [我輩は匿名である]
:12/05/18 14:40
:SH02A
:bNnV1E4Q
#789 [ぎぶそん]
その間、私は台の上に置いてある化粧道具に目をやった。
色とりどりにあるアイシャドウの種類を見て、まるで美術の授業の時に使う絵の具みたいだと思った。
こんなに化粧道具が充実していたら、女性として毎日が楽しくなるに違いないだろう。
じっくりと化粧道具を眺めていると、後ろにいる女性が私の髪を一つにまとめ始めた。
その力の強さに思わず頭部ごと後ろに引き寄せられ、「うおっ」と小さく妙な言葉が口から漏れた。
「ごめんね!」と女性が咄嗟に詫びてきたが、また何事もなかったかのように髪をいじり出した。
その後お互い何も口にすることなく、ただ時間が過ぎていった。
「はい、お疲れ様です!」
「パリの祝日」の内容を思い出している途中、女性が終わりを告げてきた。
その言葉に反応して正面の鏡を見るが、全ての髪を後ろでまとめているためいまいちどう完成したのかよく分からない。
女性が後頭部に鏡を当てて、私に後ろの状態を確認させる。
“お団子”になっている、という表現でいいのだろうか。
その団子の中央に三つ編みが出来ていて、一本も髪の毛が乱れることなく芸術的にまとまっていた。
自分一人ではこんな髪型はまず出来ないだろう。
「有難うございます」と、思わず女性に対して感激の言葉が漏れた。
「いえいえ、凄く似合ってますよ」と女性は私に返し、きっと本心から表れたであろう笑顔を見せてくれた。
:12/05/30 05:17
:Android
:0M7uB2zA
#790 [ぎぶそん]
「雨宮様、最後にこちらのヒールをどうぞ」
スタッフの女性の一人が低い体勢で私の元にやって来て、箱から白いハイヒールを取り出した。
そう言えば、この間足のサイズも教えていたっけ。
右足から慎重に入れる。
生まれて初めて履くハイヒールは、少し窮屈に感じた。
左足も履くと、女性スタッフがドアを開けて誘導してきた。
そこまで行こうと立ち上がり一歩進もうとした時、右足のヒールが傾き足がよろけた。
スタッフの女性たちが慌てて私の身体を支える。
「大丈夫ですか?」
女性たちは顔が笑っていた。
何て無様な”王女様“なのだろうと思った。
ふと、部屋の隅に移動させられた遠藤さんの様子が気になって後ろに目をやった。
遠藤さんは丁度今髪のセットが終わっていたところで、満足そうな表情で鏡を見ていた。
「お先に失礼します」と、心の中で彼女に一言告げた。
:12/05/30 05:39
:Android
:0M7uB2zA
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