WHITE★CANDY
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#601 [ぎぶそん]
「…武器がないのは流石に不安だ。
一旦この『マシュー銃器店』で補充しよう。
次のマンションからはかなり遠ざかることになるけどな。」

優平が地図上で指す銃器店は地図の北、フージーマウンテンのふもとにあった。
ここから約5キロは離れている。

優平の意見に、私と元基は迷うことなく賛同した。
ここに来て、初めての賭けかも知れない。

吉と出るか凶と出るかは分からないが…―

⏰:09/09/03 15:56 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#602 [ぎぶそん]
「なあ、ゲーム開始に比べて、明らかに奴らうようよいねーか?」

再び乗り込んだトラックの中で、元基が思ったことを口にする。

彼のいうように、窓に目を向ければ嫌でも彼らが視界に入って来る。

「きっと紫外線に弱くて、夜になるほど活動的になるのよ。」

「ヒュー。
何かコレ、まさしく真希の為に作られたゲームって感じだな。」

⏰:09/09/03 16:10 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#603 [ぎぶそん]
「いや、あながちその考えは間違っちゃいないぜ。」
私たちの会話に、優平が割り込む。

「どういうことだ!?」

「親父がゲーム会社と協定を組むって聞いた時、
真希がアクションゲーム好きなの知ってたから、それの最新型とか出来たら喜ぶだろうなって…。

そしたら俺の意見がそのまま通った訳。
まさかここまでリアリティなものになるとは思わなかったけど。

代償とか報酬とかさ、コレ作った奴頭イカれてるよな、ははは。」

⏰:09/09/03 16:21 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#604 [ぎぶそん]
「おかげさまで、私は充分この世界を楽しんでるよ。」

優平がハンドルを持つ手に自分の手をやる。
素直に嬉しかった。

今いる世界は実に残酷なものだけれど、優平の私に対する思いを感じられる。

それだけに何としてもこのゲームを制覇したい。
結末がどのようなものか知りたい。

このゲームを通して、一つの成長を遂げたらいいなと思う。

⏰:09/09/03 17:21 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#605 [ぎぶそん]
トラックを発車させて数十分、山のふもとまで来ることが出来た。

トラックから降りると、こじんまりとした店が一軒佇んでいる。
看板には「マシュー ガンズ ショップ」と書かれていた。

街の外れからか、アンデッドのいる気配はなかった。

「こりゃひでぇ…。」

店の付近には、女性と少女の全身血まみれの死体が無残にも転がっていた。

ここに来て深く、空想の世界とは、他人事とは思えない悲しさを感じた。

⏰:09/09/03 18:10 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#606 [ぎぶそん]
「スゲー!ここは武器の宝庫だなぁ!
よーし、皆ありったけ持って行こうぜー!」

銃器店の中には銃だけでなく、ボーガンやナイフ、弓矢もあった。

弾や拳銃、必要なものは持てるだけ持って行く。

「…驚いた。この世界でまさかこの銃と出会えるなんて。」

私はその中から見つけたとある拳銃を、ズボンの後ろに挟んだ。

⏰:09/09/03 18:20 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#607 [ぎぶそん]
私たちが武器をかき集めていると、店の隅にある部屋の方から、ガタガタッと木片か何かの落ちる音がした。

アンデッドかも知れないと、素早く銃を構える私たち。

「お前たち、ここで何をしている…。」

そこから出て来たのは生身の人間だった。
あまり食事にありつけていないのか、ひどく痩せている。

どうやら彼はこの家の主、マシュー氏のようだ。

⏰:09/09/03 18:26 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#608 [ぎぶそん]
「あ…俺たち、政府に雇われ、アンデッドと戦うことを命じられた者です。
途中で武器が必要になったので、ここならあるだろうと思いやって来ました。

誰もいないと想像していたので…。
しかしながら勝手にここを荒らしたこと、無礼をお詫びします。」

優平が両手を上げる。
私と元基も銃を構えた手を下ろす。

「…そうか。
いや、構わないよ。
ここにあるものは好きなだけ持って行くといい。」

私たちの言い分を聞くと、マシューさんはレジがある机に寄り掛かる。

「可能性はなくはないとは思ってたけど、この街に生存者っていたんだな。」

元基が喋る。

⏰:09/09/03 18:36 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#609 [ぎぶそん]
「噂によると生きてる者は束になって、安息の地を求めて東へ向かったらしい。」

「あなたは一緒に行かなかったんですか?」

私はマシューに質問した。

「店の前に死体があっただろう?
あれは私の妻とその娘だ。
2人はここへ帰る途中であいつらに噛まれたらしく、感染していることが分かった。

そして、私はこの手で自ら愛する者を葬り去った。
それからは2人を埋葬する余裕がないくらい、ここで閉じ込もっていた。

私には、この街を去った所で、この戦争が終わった所で、生きる希望なんて全くない。ないんだよ…。」

⏰:09/09/03 18:50 📱:SH705i 🆔:XaOOTU7E


#610 [ぎぶそん]
私はマシューの元へと足を踏んだ。

「いいえマシューさん。
それでもあなたは生き続けなきゃいけない。

私みたいな小娘に言われるのは腹立たしいと思いますが…。
二人は最期にあなたの生きてる姿を見たかったから、ここまで歩いて来た。
そしてあなたは生きたかったから二人を殺した。そうじゃありませんか?」


「…君、名前は?」

長い沈黙の後、マシューが口を開いた。

「真希って言います。」

「マキか…。その名前、死ぬまで覚えておくよ。
マキ…君はこの街で見た中で、一番綺麗な瞳をしている。」

⏰:09/09/08 01:27 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#611 [ぎぶそん]
「さあ、マシューさん、あなたも早くここから出ましょう!
奴らがここを責めてくる前に…!」

元基と優平が、両脇を支えるようにしてマシューの身体を担ぐ。

そして私が先導するように、ドアの前に立つ。
しかし扉を開けると、目の前にさっきまでいなかったアンデッドが立っていた…。

驚きと恐怖で、その場から動けない。

「マキ、危ないっ!」

⏰:09/09/08 13:19 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#612 [ぎぶそん]
「あああああっ!」

私を庇うようにして間に入ったマシューが、アンデッドに右肩を噛まれる。

「…クソッ!」

元基が怒り狂うように、その怪物に弾丸を三発撃ち込む。
最後に当てた弾で、奴の頭部が腐ったトマトのように潰れた。

「ああっ…。マシューさん…。ごめんなさい、私のせいで…。」

私は彼の身体を抱く。

「いや、いいんだ。
最期に君を助けることが出来たんだから。
もう私は動けない…。
さあ君たち、私を追いて早く行くんだ。」

⏰:09/09/08 13:38 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#613 [ぎぶそん]
マシューを残し外に少し出てみると、大量のアンデッドがわらわらと銃器店の方に迫って来ていた。

「クソッ!もうこんなにいやがる…。撃っても撃ってもキリがない数だぜこりゃ。」

「私たちの臭いを嗅ぎ付けて来たんだわ…!」

「いくら何でも早過ぎだろ!」

「どうする?このままじゃ皆ゲームオーバーよ。」

「…俺が囮になる。」

そう口にしたのは、元基だった。

⏰:09/09/08 13:45 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#614 [ぎぶそん]
「このゲームのルールは、たった一人でもクリアすればいいんだろ?
だったらここで俺一人が犠牲になっても構わんってことだ。

それに、いつまでもエリを一人にしてられねーしな。
お前ら、二人っきりになったからって、イチャついたりするんじゃねーぞ!」

元基らしく、危機感もなくへらへらと笑う。

「何か策はあるの?」

「ああ。といっても、映画の受け売りだけどな。」

それだけ言うと、元基はもう一度銃器店に入った。

⏰:09/09/08 13:51 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#615 [ぎぶそん]
数秒して、再び元基が重たそうに段ボールを抱えてやって来た。

「…さっきこれを見つけたんだ。」

見ると、箱一杯に手榴弾が中に入っていた。

「すまん。ちょいとこのトラックは借りるぜ。
新しい車は、きっとあの車庫の中にあるだろ。」

手榴弾入りの段ボール箱と共に、元基が一人でトラックに乗り込む。

「元基、あなたまさか…!?」

「おっ、真希。気づいたか。お察しの通りだぜ。
これから死のドライブの始まりだ。」

⏰:09/09/08 14:00 📱:SH705i 🆔:0WCPcnl.


#616 [幸]
>>1-50
>>51-100
>>101-150
>>151-200
>>201-250
>>251-300
>>301-350
>>351-400
>>401-450
>>451-500
>>501-550
>>551-600
>>600-650

⏰:09/09/10 21:00 📱:W53T 🆔:6DYa4H6I


#617 [ぎぶそん]
そして、元基はそのままアンデッドの束に向かって進み出した。

元基の作戦はこうだ。
トラックごと突っ込んで奴らを十分引き付けた後、手榴弾を使ってそのままトラックごと爆発を起こす。
大量の手榴弾とガソリンという組み合わせなら、彼の思惑通り上手くいくかも知れない。

数分後、遠くの林の方で大規模の炎上が起こった。

『2時間6分39秒。
ミスター・モトキ・ハネダ。
爆死によりゲームオーバーです。』

そしてそれから間もなく、元基の成功を知らせるアナウンスが聞こえる。

⏰:09/09/10 22:55 📱:SH705i 🆔:5CU6JsAA


#618 [ぎぶそん]
私と優平は元基の死(ゲームオーバー)を嘆くことなく、すぐさま車庫の中から見つけた大型バイクに乗り込んだ。

優平が運転し、私が後ろ向きになって座り、奴らが近寄ればショットガンで狙撃する。
元基が道連れしてくれたお陰で、二・三人しかいなかった。
林の中は、まだ火の粉がそこらじゅうにぽつぽつと残っていた。

20分後、目的地のストロベリーマンションに到着した。
20階立てで縦に長く、薄桃色の外壁をしている。

⏰:09/09/10 23:12 📱:SH705i 🆔:5CU6JsAA


#619 [ぎぶそん]
私たちは上から下にかけて虱潰しに一つ一つの部屋を調べていく。

途方に暮れそうな作業の中、14階の1405号室のクローゼットの中にいたクリスを見つけた。

少し伸びた金髪のサラサラヘアに、綺麗な青い瞳をしている。

3人でエレベーターで下まで降りていく。
初対面の私に抱き抱えられても、彼は顔色一つ変えない。

記憶と感情を失った少年か…。
こんな幼い子供がこのゲームとどう関係していくんだろう。

⏰:09/09/25 19:09 📱:SH705i 🆔:t8prEB2s


#620 [ぎぶそん]
『さあ。これで全てのアイテムが手に揃いましたね。
さあ、そのまま急いでクレア博士の所に行って下さい。
あまり時間を掛けていると、大変なことになりますよ。ふふふ…。』

マンションから出ると、不吉な声色でアイリーンが意味深な言葉を発した。

私と優平は、クレア博士のいるというオレンジハウスに向かってオートバイを走らせる。
地図によると現在地から東に5キロ、駅の近くにある大学の付近にある。

いつの間に時間が経っていたのか、外はすっかり暗くなっていた。
アンデッドの量も明らかに増している。

⏰:09/09/25 19:22 📱:SH705i 🆔:t8prEB2s


#621 [ぎぶそん]
大学が目前としてきた所で、学生がアンデッド化したのか、他の場所より目に見えて彼らがうようよしていた。

目的地のオレンジハウスの敷地内にも、何かの集まりかのように密集していた。

「…どうする?」

「…やるしかないわね。」
ここを通り抜けなければ、先へは行けない。
私は銃器店から入手していた、2本のアーミーナイフをそれぞれの手に持った。

⏰:09/09/26 00:19 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#622 [ぎぶそん]
「俺はこれでいくぜ。」

優平が敷地内に落ちてあったたスコップを手に取った。
とある映画でも、少年がゾンビ化した隣人をこれで何度も叩いて殺していた。
武器としては十分使える代物だ。

「…行くわよっ!」

左右にそれぞれ散らばり、目にした奴らを片っ端から頭部、胴体を主にして切り裂いていく。

優平もスコップで頭部を激しく叩いて一撃していた。
奴らの血飛沫が顔や衣服にかかる。
しかし何も考えずに、何も思わずに、ただただ彼らを機械のように狩っていった。

⏰:09/09/26 00:30 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#623 [ぎぶそん]
今の私は無双というゲームの中にいる気分だ。

攻撃性が強く、足の速いタイプのアンデッドであれば勝ち目はなかったと思う。
動きが鈍いので、数が多くてもそんなに闘うのに苦労はしなかった。

しかし動き回るにつれ体力はどんどん奪われていき、私のあらゆる感覚も次第にリズムを崩す。

敷地内にいた7割近くを攻撃し終えた頃、私は息を整えるべく一旦膝を抱えた。

「…真希、危ないっ!」

⏰:09/09/26 00:40 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#624 [ぎぶそん]
声のする方に反応して見た時、優平が自分の身を投げて私を抱き、芝生の上にそのまま2人の体が転がった。

どうやら私は、死角となっていた奴らの気配に気がつかなかったらしい。
それに気づいた彼が助けてくれたのだ。

「…ありがとう、優平。」

「後もう少しだ。頑張ろう。」

彼も見るからに大分体力を消耗していた。ぼんやりとはしていられない。

⏰:09/09/26 00:48 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#625 [ぎぶそん]
私は玄関前にいた大柄のアンデッドに、額にナイフを渾身の力を込めて突き刺した。
これで最後。敷地内にいた奴らは一応全員仕留めたことになる。

敷地内一面に転がる奴らの無残な姿を見ると、残酷な世界で生き延びることの残酷さを痛感した。

「…やったわ。
さあ、中に入りましょう!」

息を切らし、拳で汗を拭いながら優平の方を見る。

「…俺は行けない。」

彼は私にとって予想外の言葉を口にし、微笑んだ。

⏰:09/09/26 00:57 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#626 [ぎぶそん]
彼が私に左腕を見せる。
捲った袖のちょっと下に、小さな切り傷があった。

「さっき真希を庇った時に…さりげなく奴らにつけられたみたいだ。」

私を一切責めずに、カッコ悪いよな、と彼は自分自身を嘲笑する。

『4時間36分52秒。
ミスター・ユウヘイ・サクライ。
ゲームオーバーです。』

3度目の死を知らせるアナウンスが流れる。
どんどん薄れていく優平の体。

そんな…。ほんの少しのかすり傷なのに…。

⏰:09/09/26 01:07 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#627 [ぎぶそん]
「ああ…優平…。」

ごめんなさい、ごめんなさい、と泣き崩れるように何度も彼に言う。

「大丈夫、真希なら生き残れるさ。
これは俺からのおまじないだ。」

優平の体が完全に消えてなくなる寸前、彼が私の額にキスをしてくれた。
支えるように顔を持たれても全く感触がなかったのに、そのキスだけはしっかりと感触が残っていた。

⏰:09/09/26 01:15 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#628 [ぎぶそん]
うっ、ううっ…。
玄関前の白い大理石の床に、私の涙が何粒も落ちる。

優平が一緒にいたからここまで頑張れたのに、ここに来て一人なんて嫌だよ。

私が泣き崩れたままでいると、感情を持ち合わせていない筈のクリスが座り込む私の頭を小さな手で撫でる。

「…一緒に博士の元に行きましょう。」

私は彼の手を握り、玄関へと歩き始めた。

⏰:09/09/26 01:25 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#629 [ぎぶそん]
ドアの目の前に立った所で、シュー、シューと小さく機械の操作の音がした。

『確認ノ為、指紋認証ヲ行イマス。
右ニアル画面ニ、人差シ指ヲカザシテ下サイ。』

機械が声に出して指示をする。
私は言われた通りの動作をやってみた。
念のため、クリスの人差し指も私の次にかざす。
機械は順調に我々の確認をしていく。

『認証ガ終ワリマシタ。
マキ・アマミヤ、クリス・クインテット、ドウゾ中ヘオ入リ下サイ。』

機械が言い終わったと同時に、扉が開いた。
この作業だけで、クリスがこの建物の中の関係者の一員であることが読み取れた。

⏰:09/09/26 01:43 📱:SH705i 🆔:IB.t.aT.


#630 [ぎぶそん]
建物内は照明がついておらず、一面真っ白な壁も暗闇の中に包まれている。

銃を持ち、クリスを自分の後ろに歩かせ、辺りを警戒しながら慎重に歩く。

後は博士にアイテムを渡すことが私の任務。
でも何故かこの建物の中は不吉な予感がする。

奥へと進む中で、「C−19」と書かれた部屋に人のいる気配がした。
呼吸を整え、顔を覗かせてみる。

⏰:09/09/27 15:01 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#631 [ぎぶそん]
誰かがこちらに背を向けている。
暗がりで良く見えない。

この人がクレア博士なのか?
私は彼の名を呼んでみた。

「待ってたぜ、マキ・アマミヤ…!」
その人が振り返り、こちらに近づく。
その人の赤い瞳と目が合った瞬間、私の体は凍りついてしまった。

不気味な笑みに、異様な外見。
これまで見たアンデッドとは全然違う、ある種の怪物。
頭部には角のようなものがあり、全員黒色の身体に鞭のようにひょろひょろっとした手。
もはや人間の原型を留めていなかった。

⏰:09/09/27 15:15 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#632 [ぎぶそん]
「ヒャーアーハッハッー!」

怪物の鞭のような手が、勢いよくこちらに向かって伸びる。
一歩手前の所で私は交わした。
私の後ろにあった壁が、あっという間に粉々に破壊された。

「逃げて…っ!」
私はクリスをその場から追いやった。

一体何なのよこれは…。

『このゲームもいよいよ大詰めです。
しかし、夜の8時以内にこのハウスに来れなかったので、今は正にタイプBのストーリーが進行しています。』

アイリーンが状況を説明するように放送を流す。
だからあの時、急げって言ってたんだ…。

⏰:09/09/27 15:30 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#633 [ぎぶそん]
『その男の人間の時の名はドット。
連続殺人の容疑で死刑執行を待つ身分であったのですが、裏の取り引きで人体実験の為にこの場所に引き渡された人物です。

しかし、実験の途中何らかのミスがあり、彼は人間に牙を向ける怪物へと化しました。
そして彼はクレア博士や他の研究者を殺し、この世の支配を企むようになったのです。』

更に詳しく説明するアイリーン。

⏰:09/09/27 15:47 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#634 [ぎぶそん]
「バイオ何とかって雇われ身の分際で、よくぞここまで来たな。
街の至る所に設置してある監視カメラで、お前の勇姿は拝見させてもらっていたよ。

お前がお偉い博士の為にせっせと集めたアイテムはぁ、残念ながら俺の人間支配の為に使われるんだよぉ!
さあ、とっととアイテムをよこすんだ!」

ギャハハハと不気味に笑うドット。

「そんなことはさせない…っ!」
私は銃を構えた。

⏰:09/09/27 15:55 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#635 [ぎぶそん]
一発、ニ発と奴の胴体に撃ち込む。
しかし、相手はピクリとも反応しないまま、私に近づいてくる。

「『そんなことはさせない!』じゃねーんだよなぁ。
そんなチンケな小道具で俺を殺せるとでも思ったのか?ナメてもらっちゃあ困るぜ。」

そして、私の首に巻き付けるように手をかける。
ゆっくりと持ち上がる私の身体。
苦しさのあまり、必死にもがく私。

「一度だけチャンスをやる。正直、お前みたいな美人を殺すのは惜しいんだよ。
どうだ?俺の仲間になってこの世の頂点に立ってみるってのは?」

腐敗しきった歯をむきだしにして笑うドット。

⏰:09/09/27 16:09 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#636 [ぎぶそん]
「誰があんたみたいな奴なんかとっ…!」

右手を上げ、中指を立てる私。

「このクソアマがぁ、自分の状況が分かっていってんのかぁ!?
善人ぶったそのムカつく面、死への恐怖に歪める苦痛の表情へと変えてやるぜ…っ!」

怒り狂うドット。
私の首にかけていた彼の力が更に強くなる。

「ギャアアアア〜!!」

建物内に響き渡る悲鳴。

⏰:09/09/27 16:17 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#637 [ぎぶそん]
それは、私がポケットに入れてあったバタフライナイフで、奴の腕をぶった切ったことによる激痛の叫びであった。
腕の部分はツルのように柔らかかったので、少しの力で切れた。

解放された後、瞬時にその場から逃げるように立ち去る。
私があの男に殺されてしまえば、この世界もろともゲームオーバーになってしまう。

何か策を考えなければ…。
しかし、体力・スピードどれをとっても圧倒的にこちらが不利である。
普通に闘っていては勝てない。

⏰:09/09/27 16:29 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#638 [ぎぶそん]
直感で見つかりにくそうだと判断した室内に入り、隠れるようにテーブルの下に座る。
ハァ、ハァッと乱れた呼吸がすぐには直らない。

こんな時、優平が側に居てくれたら…。
一人は怖いよ…。
私の目から自然と涙が生まれる。

そういえば、クリスを探さなきゃ。
想像上の人物に過ぎないかも知れないけど、あの子の冷めた瞳を見ると子供の頃の自分を見ているようで放ってはおけなくなる。

孤独で、寂しくて、他人を必要としなかった昔の私みたいに。

⏰:09/09/27 16:39 📱:SH705i 🆔:feRkJGIk


#639 [るーちゃん]
>>500
>>600

⏰:09/09/30 07:13 📱:SH904i 🆔:1YBKLq2s


#640 [ぎぶそん]
「…クリスッ!クリスッ!」
再び建物の中を走り回り、少年の行方を追う。

東南の角の通路を曲がろうとした所で、のうのうと歩いているクリスと出くわした。

私は無言のまま、彼を我が子のように抱きしめた。

「マーキー。どこだー?」
ちょっとした再会を喜んでいるのも束の間。遠くからドットの不協和音な声が聞こえてくる。

⏰:09/10/10 16:28 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#641 [ぎぶそん]
「クリス…何でもいいから、とりあえず火の着くものを探して来て。分かる?」

クリスの肩を抱き、その青色の瞳を一点に見続けながら、彼に指示をする。
全く意思表示をしない彼に、独自のジェスチャーでライターやマッチ等の小道具を連想させるよう努めてみた。

「見ーつけたぞー」
私たちの姿を発見したドットが、ゆっくりとこちらにやって来る。

「行って」
私はクリスの背中を押した。
彼の行動がこれからの運命を大きく左右する。
今はただ、信じて待つしかない。

⏰:09/10/10 16:35 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#642 [ぎぶそん]
「なぁマキ。お前は俺のことを随分外道で残忍な奴だと思ってるが、
ここの研究者の奴らもなかなかの非道だぜ?

俺が凶悪犯の身分だからって、死刑の身分だからって、毎日毎日苦痛に耐え難い電流を浴びさせ、妙な薬を大量に打ち付け、同じ人間を実験台動物のモルモットのように扱ったんだ。

おかげさまで、俺はこーんなナイスガイな姿へと変わっちまったんだからよぅ!」

一歩、二歩と私の方へ歩み寄るドット。

⏰:09/10/10 16:46 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#643 [ぎぶそん]
「…確かに、ここの研究者らのしたことは人として間違ってる。
でも、だからと言ってその同じ人間を殺したり、人間支配を企むという理屈はお門違いなんじゃない?

あなたはあなたとして、あなたと同じように悩み苦しむべき人間に優しく手を差し延べてあげるべきなんじゃないの、ドット?」

私は後退りしながら、ポケットに手を入れる。

「しゃらくせぇ、蛆虫がぁぁぁ!」
ドットが、鞭のような手を挙げた。

⏰:09/10/10 16:51 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#644 [ぎぶそん]
「ぎぃやぁぁああ〜!」
私は彼が自分に攻撃をしかけてくる前に、ポケットから出したバタフライナイフを彼の足に突き刺した。

ドットが叫び声を上げ、その顔を歪ませている隙に、退散する。

真っ直ぐに伸びた廊下を、反対方向からクリスが小走りでやって来た。

彼の小さな手には、ジッポーライターが握られていた。
でかしたぞ、クリス。
心の中でそう呟いた。

⏰:09/10/10 17:49 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#645 [ぎぶそん]
「クソアマめぇ〜この俺をコケにしやがってえ!出て来やがれ!」

薄暗く物音一つない静かな建物内で、ドットの怒り狂う声だけが響く。

私はクリスを背負ったまま天井に設置してあった鉄棒を掴み、宙に浮いていた。

「どこだ!マキ!」

ドットが自分たちの真下へとやって来た。
今だ、と思い、天井の中央にある白く円形状の部分に、ジッポーライターの火を近づける。

⏰:09/10/10 17:59 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#646 [ぎぶそん]
一時その火を近づけたままでいると、人工的なスコールが振り始めた。
スプリンクラーが正常に作動したのだ。

「ヒャアッハー!そんな小雨程度のシャワーで、俺がヒビるとでも思ったかぁ!」

ドットが絶え間無く降り続ける水を浴びながら顔を上げ、天井に張り付いていた私たちに気づき声をかける。

私は、今までずっと後ろズボンに挟んでままでいた、あるものを取り出した。

⏰:09/10/10 18:04 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#647 [ぎぶそん]
コルト・ガバメント。
私がこの世で最も愛する拳銃。
マシュー銃器店から拝借したのを、最後の切り札にと今まで隠したままでいた。

一発目、ドットの脇腹をかすめ、壁に着けてあった配電装置のカバーに当たる。
二発目、カバーの外れたその装置へと撃ち込む。

「どこ撃ってんだよ、下手くそ!」
余裕の笑みを見せるドット。

⏰:09/10/10 18:13 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#648 [ぎぶそん]
無数の剥き出しになった電気コードが、ドットの身体に接触する。
十分に滴っている彼の身体に、大量の電気が流れ、彼の身体を蝕む。

「ぎぃやあああー!マキ…貴様ぁっ…」
多大な電流地獄に逃れることが出来ず、その場で踊り狂うようにもがき苦しむドット。

一分ほどして、彼は完全に倒れ果てた。

⏰:09/10/10 18:18 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#649 [ぎぶそん]
騒ぎが静まり返った後、放電に気を使いながら下へと下りる。

終わった…。
…本当に?

終了を知らせるアイリーンの声が聞こえない。
何も起きない。
何もない。

――まだ、終わってない。
エンディングの手掛かりとなるものを探さなきゃ。

⏰:09/10/10 18:23 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#650 [ぎぶそん]
おそらく、この場所に持ってくるようにと命じられた三つのアイテムを使用しなければならないのではないかと推測する。

私はクリスを連れて歩きながら、「クレア研究室」という小さな部屋に入ってみる。
机の上に置いてあった、一冊の黒い日記帳のようなものを見つけた。
それをパラパラとめくってみる。

『5月21日。
隣人が、友人が、仲間が、次々と醜い姿へと化す。
この地球全体が、暗黒なバイオハザードの世界へと化した瞬間であった。
私ら科学者は、早急にこの混乱の謎の解明に迫らなければならなくなった』

⏰:09/10/10 18:32 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#651 [ぎぶそん]
『8月16日。
奴らアンデッドの研究は一向として難航し続けている。
しかし、神は我を見放してはいなかった。
我が孫・クリスは交通事故による脳外科手術の後、IQ200の超天才児として生まれ変わったのだ。
大至急、クリスも私のいる研究チームに参加することとなった。
彼は言う。自分ならこの未知なるゾンビ病の蔓延に歯止めを刺すことが出来ると』

クリスって、今私の目の前にいるこの少年のこと?
クレア博士と血縁関係に当たってたんだ…―

⏰:09/10/10 18:38 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#652 [ぎぶそん]
『8月22日。
なんということだ。
目の前で母親を失ったショックからクリスは記憶を失い、言葉を失い、感情を全く表さず、まるで覇気のない人形へと変貌を遂げた。
クリスよ、どうか自分の考えた研究内容を思い出してくれ…。
忘れた記憶を、取り戻してくれ…』

クリスが今の状態になった原因が、克明に記されていた。
クレア博士は、クリス自身に記憶を取り戻して欲しかったんだ。

⏰:09/10/10 18:55 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#653 [ぎぶそん]
記憶…思い出す…感情…思い出…。
もしかして…。

私は、二番目に手に入れたアイテム・『古びたアルバム』をクリスの目の前に広げた。

お願い。これで合っていて…―

広げたアルバムが、クリスを前にして眩しく光り始める。

⏰:09/10/10 19:02 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#654 [ぎぶそん]
「…マキ、僕を命懸けでここまで連れてきてくれてこと、今一度感謝するよ」

先程まで口を聞いてくれなかった少年が、幼子と思えないくらいほどはきはき喋る。
クリスが失っていた記憶や感情を取り戻し、本来の姿に戻ったようだ。

「僕の名前はクリス・クインテット。この研究施設の第一責任者クレア・クインテットは僕の祖父に当たる。
僕はゾンビ病を防ぐワクチン開発研究チームの一任者として任されていた」

⏰:09/10/10 19:07 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#655 [ぎぶそん]
「そのゾンビ病を防ぐことは出来そう?」
私は自分より遥かに賢そうな彼に尋ねてみた。

彼が、ズボンのポケットから何かを取り出す。
小石のように見える。

「…これは、この街に落下した隕石の破片。これからDNA細胞を採取してワクチンを作る。僕はこれを拾っていた矢先に車に轢かれたんだ」

淡々と科学的な説明をする少年に、思わず怖じけづきそうになる。

「私が現実世界に戻るにはどうすればいいの?」
今一番気になってることを今度は尋ねた。

⏰:09/10/10 19:24 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#656 [ぎぶそん]
僕について来て、と彼が言いながら足を進めた。

二人で階段を上り続け、建物の屋上へとやって来た。
街にはすっかり、朝日の光が射し込んでいた。
朝ぼらけに、辺り一面の景色が見える。

「外に出たけど、一体ここに何かあるの?」

「マキ。君たちバイオハンターの使命は、アンデッドたちを安らかに冥土へと送ってあげること。
奴らは光に弱い。
意味は分かるだろ?」

「…あっ!!」

⏰:09/10/10 19:37 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#657 [ぎぶそん]
私は東の空に映る太陽に向かって一つ目のアイテム、「聖なる反射鏡」をかざした。
その瞬間、四方八方、ありとあらゆる方角にすさまじい勢いで太陽光が反射する。

町中からアンデッドたちのうごめくような唸り声が聞こえる。
皆、安らかに眠って…―

そして、エンディングテーマと思われる曲が、この街全体に流れ始めた。
隣にいたクリスが「お疲れ様、マキ」といいながら穏やかに微笑む。

⏰:09/10/10 19:45 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#658 [ぎぶそん]
「僕はこれから、この世界の未来を切り開いていく為に自分の力を最大限に活用し、世界の修復の為に自分の力を全力で注ぐ。

君にも、自分の生きている世界で自分の道を切り開いていって欲しい。
どんなに非情な世を渡ることになろうとも、くじけず闘い続けて欲しい。
そして、君ならそれが出来る、マキ」

「分かった。約束するわ…」

私たちは力強く握手をした。

「マキ、本当に有難う。君のことは、ずっと忘れない」

そこから、私の意識が遠退いていく。

⏰:09/10/10 19:52 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#659 [ぎぶそん]
「ん…」
目を開け、仰向けになっていた身体を起こす。
辺り一面、音も光もない真っ暗闇な世界。
その中で、ただ一人だけいる私。

『ミス・マキ。
ゲームクリア、おめでとうございます。
あなたはこの世界を救った、たった一人の戦士です。
さあ、あなたの願いを聞かせて下さい。
仰せのままに致しましょう』

目の前の特大モニターに映る、アイリーンの姿。
どうやら、私はゲーム当初にいた場所に戻って来たようだ。

⏰:09/10/10 20:03 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#660 [ぎぶそん]
「…遠慮するわ」

「…と、申しますと?」

「お母さんとの思い出も、思い出したくなったらその時思い出す。欲しいと思う才能や能力も、自分の力で努力して手に入れる」

これは建前なんかじゃなく、れっきとした自分の本音である。
クリスと約束したんだ。
自分の道は、自分で切り開くって。

「アハハ。そうくると思いましたよ」
アイリーンがおどけた様子で笑う。

⏰:09/10/10 20:10 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#661 [ぎぶそん]
どういう意味?、と彼女の笑みに私は聞き返す。

「あなたに関する情報やデータは、私の電子頭脳の中で全てインプットされているんですよ。
ですから、あなたがこの質問にどう切り返してくるのかも、既に予想出来ていたのです」

私は彼女の思いのままに動いた自分を想像して笑ってしまった。

「因みに、全員がゲームオーバーになった時の個々の優れた能力を奪うっていうのは、あなた方のやる気を損ねないようにと作られた真っ赤な嘘です。
結果、あなた方を試すような形になってしまいました。申し訳ありません」

⏰:09/10/10 20:20 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#662 [ぎぶそん]
アイリーンが指を鳴らす。
すると、右方向からドア状の形をしたまばゆい光が射し込んできた。

「さあ、ミス・マキ。
あちらに見えるゲートを潜ると、現実世界へと続く道が続いています。
最後に、このゲームは如何でしたか?楽しめました?」

「そうね…現実世界があの世界だったら嫌だけれど、人生と同じようにリセットが許されないから、凄くやり甲斐があったわ。
有意義な時間をありがとう」

「…。」
そこから、アイリーンは何も言わずただこっちを見ていた。

⏰:09/10/10 20:29 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#663 [ぎぶそん]
光に向かって、ゆっくりと歩き出す。
様々な思い巡らせながら、一歩、二歩と吸い込まれるようにして光の中に入っていく。

この扉を越えれば、エリ、元基、優平が私の一報を待っている。

現実世界に戻れば、自宅で父や東吾兄が私の帰りを待っている。

ねぇ、人生という名の世界一危険なゲーム。
皆となら、生きていける気がするよ。

Chapter07 END.―

⏰:09/10/10 20:37 📱:SH705i 🆔:ZzNcONIA


#664 [ぎぶそん]
Chapter08 「文化祭とアイドル」

⏰:10/10/31 03:56 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#665 [ぎぶそん]
秋の肌寒い風が冬が目前だということを知らせる頃。
私は商店街にある本屋に入り、しばらく立ち読みをしていた。

「あの…すみません」

店から出て間もなく、見知らぬ小太りの中年男性に声を掛けられる。
ワイシャツにジャージズボンといった、一風変わった風貌だ。

「もしかして、『戦場ガールズ』の梅原春佳さんじゃないですか?」

男性が首からぶら下げてある一眼レフカメラをちらつかせる。

⏰:10/10/31 04:03 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#666 [ぎぶそん]
―またこの質問か。

「いえ、違います」

私が顔色一つ変えずに否定すると、男性は早々と立ち去った。

中高生を筆頭に、絶大な人気を誇る女性アイドルグループ「戦場ガールズ」。
テレビで彼女らを観ない日はないといっても過言ではない。

音楽業界にも不況が漂う中、先月彼女たちのリリース曲がミリオンを達成した。
今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

⏰:10/10/31 04:10 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#667 [ぎぶそん]
その影響からか、私自身も梅原春佳という一人のメンバーに見間違わられることが多くなった。

さっきのような出来事は、今月に入ってからも3回目である。
学校でも噂を嗅ぎ付けた他のクラスの男子が、わざわざ私を見に来たこともあった。

エリ曰く、長身でロングヘアな外見と、年の割に妙に落ち着いた雰囲気が酷似しているらしい。

因みに、梅原春佳はグループ内ではナンバー3の人気とか。
バラエティー番組でも大人しくて静かに笑う所が、男性からの支持を集めているらしい(エリ談)。

⏰:10/10/31 04:22 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#668 [ぎぶそん]
かく言う私も、「戦場ガールズ」のことは好きで応援している部分がある。

アイドルと言えばかわいらしい衣装を纏い、かわいらしい歌を歌うのがデフォルメだが、この「戦場ガールズ」は少し違う。

軍服をモチーフにした衣装に、クールな歌とダンス。
今までのアイドルのイメージを真っ向から変えたのが、逆に受けた。

長い下積み時代を乗り越え、ようやく花が咲いた彼女たち。
目には見えぬ努力もあってか、今の彼女たちはとても輝いている。

⏰:10/10/31 04:34 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#669 [ぎぶそん]
「先週のミュージックサブウェイ観たぁ?
戦ガー超かっこよかったねぇ!」

週の初めの昼休みに、いつもの4人でベランダに集まる。

ファンの間では、戦場ガールズは「戦ガー」の愛称で親しまれている。

「真希に似た春佳ちゃんもいいけど、エリはのセンターの優奈ちゃんが一番好きかな!」

「えー俺は、15歳の麻由子ちゃんかなぁ。
エリと違っておしとやかそうだし」

「なんですってぇー!」と憤慨したエリが、元基を何度も叩く。

⏰:10/10/31 04:47 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#670 [ぎぶそん]
「優平は?メンバーの中で誰がいい?」
今度は優平に話を向けるエリ。

―…ドキ。

一瞬凍り付く、私の身体。
意中の彼の好みが聞きたいような、聞きたくないような…。

「ごめん、俺普段テレビあんまり観ないから分からないわ」
優平が詫びるようにして言う。

「ああでも、真希に似てる梅原っていう子は、可愛いと…思う…よ」
と、彼は鼻を掻きながら話を付け加えた。

⏰:10/10/31 04:56 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#671 [ぎぶそん]
―…ドキドキ。

自分が可愛いって言われた訳じゃないのに嬉しいと思うなんて、変だ私。

「あーはいはい。しれっと惚気ですかぁ。おー熱いこと」
エリが茶化すから、一気に照れ臭い空気が漂ってきた。

「でもさぁ、俺も一度でいいから見てみてぇなぁ。
クールな真希がアイドルになって歌ってるとこ。
男はそういうギャップに萌えるんだぜー」

元基がケラケラと笑う。
この発言が元で、エリが終始何か考えるそぶりを見せていたのは気のせいだろうか。

⏰:10/10/31 05:07 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#672 [ぎぶそん]
放課後の時間を使って、この秋に行われる文化祭の出し物についての話し合いが始まった。

うちの学校では、毎年2年生がステージ発表をするということが決まっている。

「えー、出し物について何かいい案はありませんか?」
教壇に立っている委員長の篠崎君が、クラスの皆に問い掛ける。

一年生だった去年は、エリと一緒に露店の手伝いをしたのを私は思い出していた。
はっぴを着て、フランクフルトを売っていた気がする。

「はいっ!」

ふとぼんやりとしていると、女子生徒の勢いある声が聞こえた。

⏰:10/10/31 05:18 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#673 [ぎぶそん]
エリだった。

「えっと、女子は今話題の『戦場ガールズ』をモチーフにした歌とダンスをやればいいと思います!」

エリの真面目な意見に、ハハハと小さな笑いが起きる。

「皆さんご存知の通り、うちのクラスの雨宮真希さんは、戦ガーの一人のメンバーに非常に似ています。
そこを上手く利用すれば、下級生や上級生も盛り上がる、最高のパフォーマンスが仕上がるんじゃないかと思うんです!」

今度はおー、と感心の声が上がる。

って、昼休みに元基が言ってたこと、そのまま鵜呑みにしちゃってるし…。

⏰:10/10/31 05:27 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#674 [ぎぶそん]
「…と、長谷部さんの意見が出ましたが、皆さんはどう思われますか。
特に、雨宮さん」

篠崎君が掛けている眼鏡の位置を整える。

「えっと…」
私は戸惑っていた。
全国生徒の前で自分が何ちゃってアイドルとして振る舞うことには、少なからず抵抗がある。

『男はそういうギャップに萌えるんだぜー』

ふと、昼休みの元基の台詞が頭を過ぎった。
もしかしたらこれは、優平にいつもと違う自分をアピール出来るいいチャンスかも知れない。

「…私もエリ…長谷部さんの意見に賛成です」

私の言葉に、クラス中が騒然となる。

⏰:10/10/31 05:38 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#675 [ぎぶそん]
「何ぃぃぃぃ!?
マキロンが『戦場ガールズ』の曲を演るってぇ!?」

その日の夕飯の席で、放課後の話し合いのことを話した。
東吾兄が、慌てて飲んでいたオレンジジュースをこぼしそうになる。

「そ。男子が前半ダンスユニットの『ターミナル』の曲を踊って、女子が後半彼女たちの真似をするの」

彼に渇いたふきんを渡す。

あの後の話し合いでエリの意見はすんなり通り、男子と女子で別れて半々に時間を使うことになった。

⏰:10/10/31 05:56 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#676 [ぎぶそん]
「真希がアイドル…もうそりゃあさぞかし可愛いに違いない!
うーん。でも、見たいけど思春期真っ盛りの男共には見せたくないなぁ…」

自分の頭をわしゃわしゃとかきあげる父。

「そういえばマキロンって、どことなく梅原って子に似てるよなぁ」

「うん。だから私が梅原春佳のパートを担当なんだって」

エリはセンターの島田優奈のパートがしたいと懇願していたが、皆の後押しで7・8番目に人気の佐田さつきという子のパートで決まった。

佐田という子とエリ、小さい身体で負けん気なキャラという所が似ているかな。

⏰:10/10/31 06:06 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#677 [ぎぶそん]
部屋に上がって、早速机のパソコンでインターネットを開いてみた。
そして、「梅原春佳」で検索をかけた。

現在20歳の彼女。
「戦場ガールズ」に入ったきっかけは、彼女の姉が無断で事務所に履歴書を送りつけたから。

握手会の時は一人ひとりに丁寧で長く、ファンを大事にすることで有名。

色んな花を育てるのが趣味と可憐な部分があるが、
「寝る時は学生時代の体操服」「カップ麺が大好物で、頻繁に食べる」との部分を受け入れられない男性ファンもいるという。

⏰:10/10/31 06:22 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#678 [ぎぶそん]
―私に似てるのかなぁ…。

画像サイトで彼女の外見を確認する。
ピンク色のチークが、ほんのりと彼女の頬を染めている。

夢に現れた芸能人や自分が似てると言われた芸能人は、少なからず気になってしまう。
きっと誰にでもそういう気持ちはあるはず。

ま、トップアイドルのメンバーに似てると言われて悪い気はしないかな。

―そういえば…。

私はあることを思い出した。

⏰:10/10/31 06:33 📱:SH705i 🆔:mIn5D1WA


#679 [ぎぶそん]
―先週のMサブに出演していたバンドのボーカルが、優平に似てたなぁ…。

私は「フェアオブフェアリー」で画像を検索して、四人いる内の右から二番目の人に注目してみた。

少し長めの黒髪に、きめ細やかな色白の肌。
清涼感漂う雰囲気が何よりも私の大好きな人に似ている。

好きな人が似ている芸能人は、少なからず気になってしまう。
きっと誰にでもそういう気持ちはあるはず。

⏰:11/05/18 16:05 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#680 [ぎぶそん]
翌日からエリを中心に、文化祭のステージ発表に向けての練習が本格的に行われた。

戦ガーのライブDVDを全員で観ながら、一つ一つのダンスの振り付けを覚えていく。

15分の中で、三曲演ることになっている。

梅原春佳役の私には「恋はライフル」という曲の二番のAメロで、実際に彼女と同じ様にソロパートをこなすという役割が与えられた。

センターまで移動して、左手で髪をまくし立てながら歌う。終始流し目だが、最後に甘く切ない感じで正面に視線を送る。
女性としての色気を全面に出している。

⏰:11/05/18 16:17 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#681 [ぎぶそん]
練習を開始してから三日目。
放課後、ダンス練習を行う前に最初に話し合いが行われた。
内容は本番の衣装とその予算という、現実的な問題についてだった。

「衣装や小道具の件ですが、正規の値段で全部買い揃えようとするなら、高校生のお小遣じゃとても買えません。
かといって体操服姿だとせっかくの舞台も地味な感じになると思います…。
何かいいアイデアはありませんか?」

女子しかいない教室内で、教壇の上に立つエリが皆に問い掛ける。

⏰:11/05/18 16:31 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#682 [ぎぶそん]
「あの…」

高田さんという、普段は物静かな子が手を挙げた。

「上は黒のノースリーブシャツだけなら、皆何とかなるんじゃないかな?
下は体操服の長ズボンで。
ほら、戦ガーがそんな衣装してたじゃない?」

「高田さん、ナイスアイデア!」

エリが思わず目を見開く。
皆で彼女に歓声の拍手を送る。

こうして、ネット通販に詳しい古文の先生からの協力を元に、ノースリーブシャツを人数分だけ業者に発注してもらうことになった。一人ひとりの予算を千円以内に抑えられた。

⏰:11/05/18 16:47 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#683 [ぎぶそん]
「はあ…」

お風呂上がりに、部屋にある三面鏡の前でため息をつく。
額に吹き出物が幾つか出来ていた。
それらを人差し指で小さくなぞる。

高校に入学してから、おでこのニキビは出来たり治ったりを繰り返していた。

―思春期だし、これくらい仕方ないよね。

全く気にならない訳ではないが、自然に出来るものだし気にしてもしょうがない。
自分で自分を納得させ、三面鏡の扉を閉める。

⏰:11/05/18 16:55 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#684 [ぎぶそん]
麦茶を飲もうと一階まで下りた。

「あ、ドラマに梅原春佳が出てるぞ!」
リビングのソファーに腰掛けていた東吾兄が、私に注意を促すように伝える。

彼の言うとおり、彼女がドラマの中で女子高生役として出演していた。
髪型も制服もシワ一つない。高画質のテレビで観ても吹き出物一つない美しく白い肌。

これがアイドル。プロの世界なんだ。
私はおでこに出来たニキビたちを改めて触った。不快な感触だった。

―明日、薬局で薬用クリームを買おう…。

⏰:11/05/18 17:05 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#685 [ぎぶそん]
翌朝。

「おはよう!練習はどうだ?」

誰かが後ろから優しく肩を叩く。優平だった。
珍しく彼と玄関先で一緒になった。

「まあ、ぼちぼちかな。
優平たちのクラスの出し物は決まったの?」

「俺らは漫画『星くずロック』の劇やることになったよ。
知ってる?留年した高校生が一念発起にクラスメートとバンド始めるみたいな内容なんだけど。
それで俺が主人公、つまりギターボーカルやることになって…
今頑張って歌とギターの練習やってるんだ」

そう説明する彼の肩にはエレキギターが掛けられていた。

⏰:11/05/18 17:16 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#686 [ぎぶそん]
「へぇ、凄いじゃん!」

溢れ返る人だかりの中で思わずはしゃいだ。
しかし私は咄嗟に額全体を手の平で隠した。

―おでこのニキビ、優平に見られたかな!?

「どうした?熱でもあるのか?」
彼の手がこちらに伸びてくる。

「何でもない!じゃあ私、先行くね!」
私はその手から逃げるようにして立ち去った。

―もっと話したかったのに…。
でも優平のギターボーカル楽しみだなあ。
それこそ正に「フェアオブフェアリー」じゃん。
ううん、優平の方がきっとかっこいい。
ファンの人には言えないけど。

⏰:11/05/18 17:28 📱:SH705i 🆔:nnGcJuEI


#687 [匿名ちゃん]
>>001-200
>>201-400
>>401-600
>>601-800
>>801-1000

⏰:12/03/13 18:15 📱:SH02A 🆔:v9x.paY2


#688 [ぎぶそん]
 
>匿名ちゃんさん
アンカー有難うございます!

携帯が変わりました。
更新がぼちぼちになると思いますが、続きを書いていこうと思います。

⏰:12/04/08 20:44 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#689 [ぎぶそん]
それから三日後。ニキビ用クリームの効き目もさほど実感出来ない中、文化祭に向けての準備は着々と進んでいた。

夜、部屋に入ると新品のノースリーブを机の上にそっと置く。
副委員長の寺川さんがネット通販で人数分を注文してくれた奴だ。

それから戦ガーのライヴDVDをひたすら鑑賞し続ける。
梅田春佳の存在を自然と目で追いかける。
汗で少し湿った身体が色っぽい。

彼女には今、恋人や好きな人はいるのかな。
普段はどんな生活をしているんだろう。
芸能界に入って、辛かったことはあるのかな。

彼女のことを考えるうちに、私は気がつけば彼女の人生を想っていた。

⏰:12/04/08 20:45 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#690 [ぎぶそん]
文化祭まで後三日と迫った頃。
校門を入ってすぐにある大きな看板、校舎内にあちこち貼られてあるポスター、
練習や準備で校舎内を駆け回る生徒たち、学校全体にお祭りムードが漂っていた。

私自身も、ダンスの振り付けは何も見ないで踊れるくらいにはなった。
放課後の練習も皆手慣れた感じでこなす。

「真希、手を出して」
休憩中、エリが駆け寄ってきた。

「え?」
「いいから」

半ば強引に彼女は私の手首に何かを身につけてきた。

⏰:12/04/08 21:02 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#691 [ぎぶそん]
それはミサンガだった。
赤と白と黒の三色が、互いを尊重するように艶(あで)やかなコントラストをなす。

「私が寺川さんに提案してみたの。
皆で同じもの着けてた方が、団結力が増すって」
エリがVサインをする。

皆の手首にも、私と同じようにミサンガが着けられていた。
彼女たちの顔は、自然と笑顔がほころんでいた。

ミサンガという古典的な装飾品は、地味な存在だけどどこか温かみがある。
紐が切れると願いが叶うというジンクスがあるが、長い間切れないで欲しいと願った。

⏰:12/04/08 21:22 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#692 [ぎぶそん]
―そして、文化祭本番。
一日目は主に一年生が行う出店や展示品を楽しむ日である。

昨夜、エリからこんなメールが送られてきていた。
「明日のことだけど、いつものように四人で行動するのも悪くないんだけど、せっかくの文化祭だしここはそれぞれ男女一組ずつにしない?
真希もいい加減優平との距離縮めなさいよ!
それじゃあ、明日二人がうまくいくよう元基と祈ってるから♪」

つまり、私は優平と一日行動を共にすることになったのだ。
嬉しい反面、周りの視線が怖い…。
F組の教師の前で、彼を待つ。

⏰:12/04/08 21:44 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#693 [ぎぶそん]
「お待たせ」
心臓の動悸もなりやまぬうちに、彼が現れた。
数日会わない間に、彼は少し髪にパーマを掛けたみたいだった。

二人で廊下に立っているだけで、女子からの視線をいくつも感じる。
皆、私たちが付き合っていると思うのだろうか?
もう前みたいに、女子からの非難に遭うのはごめんだ。
かといって、ただの友達ですよ、と言いふらす訳にもいかないし…。

「あれ?桜井君、一緒に行く人いないの?」
「だったら私たちと一緒にいかない?」

私の存在には目もくれず、F組の女子たちが彼を囲うように集まってきた。
彼女たちの身につけてる香水が、ツンと鼻を刺激する。

⏰:12/04/08 22:00 📱:Android 🆔:TuwR5MCY


#694 [ぎぶそん]
「いや、俺この子と回るから…」
彼が私の肩を強い力で引き寄せた。

「あぁ、確かB組の…」
「えー、つまんない」
不服そうな顔で彼に不満を述べる彼女たち。
一瞬私を見る目が嫌悪感そのものだった。

「ちょっと皆、桜井君の相手はこの子って決まってるんだから、二人に迷惑掛けないでよね」
教室から出て私たちの存在に気がついた竹下さんが、間に割って入ってくれた。

「いいから、早く行って」というような彼女にアイコンタクトを送られたので、私と彼は逃げるようにしてその場を去った。

⏰:12/04/11 22:02 📱:Android 🆔:mYqUAtI6


#695 [ぎぶそん]
「さっきは嫌な思いさせてごめんな。あの人たち、普段はそんな悪い人じゃないんだけど…」
息も落ち着いた頃、階段を下りながら彼が申し訳なさそうにいう。

「ううん全然。そういえば、パーマ掛けたんだね」
彼の髪の毛を指差す。

「ああ、『星くずロック』の主人公がパーマヘアでさ。でもパーマは校則違反だから、毎日先生たちにおっかない眼で睨まれてる気がするよ…ハハハ。
文化祭終わったら即効で落とさなきゃなー」
彼が髪を弄りながらため息をつく。

こんな髪型の彼はかなり新鮮だ。
普段のさらさらヘアーの方が好きだけど、こんな彼も悪くはないかな。

⏰:12/04/11 22:14 📱:Android 🆔:mYqUAtI6


#696 [ぎぶそん]
二人で玄関を出て校庭に行くと大勢の生徒でごった返しになっていて、たくさんの出店でどこもかしこも賑わっていた。

「いらっしゃいませー、いかがでしょうかー」
「今フライドポテトが大変お安くなっておりまーす」
はっぴを着た出店の店員の活気のいい声が、絶え間なく聞こえてくる。
それだけでこちらも陽気な気分になる。

焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、フランクフルト、かき氷など。
いかにも『屋台』という感じのメニューの匂いが、こちらの食欲をそそる。

「何か食べたいものあったら言って。俺、奢るから」
彼がポケットから財布を手に取る。
「そんな、悪いよ。私もお金持ってるし」
私も鞄から財布を取り出した。
「いいからいいから。」
「う…それじゃあ、お好み焼き」
左斜め前の店を指差した。
「がっつり行くねー(笑)」
二人でその店の列に並ぶ。

⏰:12/04/11 22:36 📱:Android 🆔:mYqUAtI6


#697 [ぎぶそん]
「んー、美味しいー」
外の至るところに設置されてある休憩所に二人で腰掛け、購入したお好み焼きを食べる。
濃い目のソース味が食欲を増させ、どんどん箸が進む。

「はい、お茶。食べ物ばっかじゃ喉が渇くだろ?」
彼が自販機で買ったペットボトルのお茶を私に渡してくれた。
「有難う」
早速蓋を開け、イッキ飲みする私。

「優平はお好み焼き食べたことあるの?」
彼に質問をしてみた。お坊ちゃん育ちの彼があの豪華な家でお好み焼きを食べる姿が想像出来ない。

「あるよ。中学の修学旅行の時大阪で食べたし、たまにサッカーの練習試合の帰りに皆でお好み焼き屋に寄ることもあるから」
へえ、そうなんだ、と私は相槌をした。

⏰:12/04/14 22:43 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#698 [ぎぶそん]
「よかったら、今度二人でそのお好み焼き屋に行かない?安くて美味いって評判いいしさ」
「うん」
お好み焼きを食べながら、私たちはお好み焼きを食べる約束をした。
以前ならエリと元基合わせて四人で行くだろうけど、段々二人だけで行動することが増えてきた。

「あ、でもやっぱり四人で行くか。
ほら真希、この前サッカーの試合観たいって言ってただろ?
ちょうど一ヶ月後にあるからさ。エリも元基の試合姿見たいだろうし、その帰りに四人で行こう」
「う、うん…」
と思ったが、やっぱりまたいつもの四人で行動することになった。
彼は天然か鈍感か、あるいはどちらともなのか…。
まあ、皆で和気あいあいと食べる方が美味しいか。

⏰:12/04/14 22:58 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#699 [ぎぶそん]
この日、私たちは時間を忘れて学校の隅々まで回った。

射的屋ではハワイの実弾射撃訓練の成果が出たのか、次々と色んな商品をゲット出来た。

おばけ屋敷は私は終始怖がりもせず、彼の方がおどおどしていて私に抱きつく始末だった。

メイド喫茶では店員さんと同じ仕草や掛け声をやらされて、耳たぶが真っ赤になるほど二人で緊張した。

美術部や書道部の展示作品に、心を魅了された。

気がつけば夕方となり、ホームルームの時間となった。

「それじゃあまた」
彼が私のクラスまで送ってくれた。
「うん、今日は有難う」
特に今日一日進展した出来事もなく、私たちは解散した。

⏰:12/04/14 23:16 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#700 [ぎぶそん]
いつもの形式的なホームルームが終わると、エリが私の席に一目散に駆け寄ってきた。
椅子に座る私の前に、私を威圧的に見下ろすエリの小柄な上半身が、大きく視界に映る。

「で、どうだった!?優平と今日一日回って。変わったことはあった?」
「へ!?特に何もなかったけど…」
彼女の話に注意を傾けながら、鞄に教科書を坦々と詰める。

「もー!せっかくのチャンスを無駄にしちゃったの!?」
興奮状態の彼女に両方の肩を掴まれた。
「別に楽しかったからいいよ」
その手を払わぬまま、鞄に教科書を詰め続ける私。

「あ、一ヶ月後にサッカーの練習試合があるから観に来ないかって。その後、美味しいお好み焼き屋さんに食べに行こうって」
「本当!?行く行くー!」
彼女がやっと手を離してくれた。

⏰:12/04/14 23:31 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#701 [ぎぶそん]
「とにかく、もう明日に賭けるしかないわね。
明日のステージで梅原春佳を見事に演じきって、彼の心をズキュンと射止めるのよ!」

エリが手のひらで私の机を思い切り叩く。
その大きな物音に反応して、ますちゃん含むクラスの皆の視線が私たちに向く。

「スポーツ大会は優勝逃しちゃったから、明日こそ優勝旗を持って帰りたいわねー」
彼女が腕を組んで溜め息をつく。
「私は思い出作りが出来ればそれでいいかな」
荷物を入れ終えた鞄のファスナーを閉める。
「もうっ!真希はもっと向上心を持ちなさいよー!ほらっ、最後の練習に行くよ」
彼女に腕を引っ張られるまま、教室を飛び出した。

⏰:12/04/14 23:47 📱:Android 🆔:SZG3Mcoo


#702 [ぎぶそん]
文化祭の練習からの帰り、エリと談笑しながら歩いていると本屋が目に止まった。
「あ、ちょっと寄っていい?」
会話を中断して本屋を指差し、彼女に尋ねる。

本屋に入り漫画コーナーに入って、明日優平のクラスが演劇をするという「星くずロック」を探す。
ちょうど最近新巻が出たみたいで、最新巻のコーナーにいくつも詰まれていた。

表紙を手に取り、中央にいる主人公らしき人物の顔を眺める。
「本当だ。パーマ掛けてる」
思わず独り言を呟いてしまった。

「真希が漫画読むなんて珍しいね」
エリがひょいと身を乗り出す。
「ううん、もういい。帰ろうか」
私は手にした漫画を元あった場所に置いた。 
漫画を購入して内容が知りたいところだけど、それは明日の優平の劇を観た後にしよう。何も情報が無くて観た方がワクワクするだろうし。

⏰:12/04/15 00:09 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#703 [ぎぶそん]
翌日。
ステージ発表は学校と同じ区域にある市民会館を借りて行われる為、朝のホームルームが終わった後全校生徒が速やかにそちらに移動させられた。

前日に各クラスの委員長を集めて行われた公平なくじ引きの結果、私たちのクラスの発表は三番目となっていた。
元基のいるC組は五番目、優平のいるF組は最後から二番目なので、好都合にも発表による移動時間などを気にせずじっくりと観ることが出来る。

市民会館に入り予めクラス毎に決められてある席に着くと、私は忘れ物がないか鞄の中を確認した。
学校に行く前やここに来る前も見たので、今日だけで五回は鞄の中身を確かめている。

ステージ発表に使う新品のノースリーブ、体操服のズボン、サブバッグの中には部屋に飾っておいたモデルガンのライフル、全てある。
何度見ても物があるのに何度も見てしまうのは、緊張状態で思わずじってしていられないから。

⏰:12/04/15 00:28 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#704 [ぎぶそん]
近くの席の子たちと今日についての話で盛り上がっていると、会場内の全ての照明がゆっくりと消えた。
場内全体でガヤガヤと聞こえていた生徒の話し声が徐々に静かになる。全校生徒の視線が正面のステージに向けられた。

そして、ブーッという開演の合図の音と共にステージの幕が上がった。
今学期新生徒会長に就任したばかりのD組の白川君が上座から現れ、手にマイクを持ってステージ中央に立つ。

「えー、これより文化祭二日目の始まりです」
白川君の少し緊張した様子の声が、会場内の音響を通して耳にする。

ステージ発表中は私語厳禁で、ステージ発表の審査は一年生と三年生による投票制など、大まかな彼の説明の後に十五分ほど各自休憩が入った。
その間にステージ発表一番目のD組の皆が、それぞれの荷物を持ちながら舞台裏へとぞろぞろと向かう。
観客席はクラス内でなら自由な席でいいとのことなので、エリが私の隣にやって来た。

⏰:12/04/15 02:48 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#705 [ぎぶそん]
再びブーッという効果音と共に、ステージの幕が上がる。
少しずつ幕が上がる途中で、大きな和太鼓が目に入った。
幕が全部上がると、D組のクラス全員が白いハチマキに黒いはっぴを着て両手にバチを持っているのが見えた。
彼らの出し物は和太鼓による演奏のようだ。

最前列の中央にいる生徒会長の白川君が「ハッ!」と右手を突き上げると同時に他の生徒も右手を上げ、和太鼓を軽快に叩き始めた。
白川君の両隣にそれぞれいる鈴川姉妹が後ろ向きで太鼓を叩いたりバチの数を増やしてお手玉みたいなパフォーマンスをしたり、一部始終プロ並の動きをする(この姉妹、一体何者なんだ)。
場内からは思わずオーっという歓声が上がったり、称賛の拍手も鳴ったりしていた。

素人目から見てもエンターテイメント性に長けていて、クラス全体の統率が上手くとれている感じだった。
スポーツ大会に引き続きこのステージ発表の優勝もD組で決まりなのかもと、私は少々怖じ気づいてしまった。

⏰:12/04/15 03:19 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#706 [ぎぶそん]
ドドンっ!と最前列の人たちが激しく太鼓を叩いた後、D組の全員が無言で一礼をする。
ステージの幕が下りるまで、会場内からの大きな拍手は湧いていた。

「皆さん、今から一列になって静かに舞台裏に回って下さい」
十分の休憩時間に入ると委員長の篠崎君が立ち上がり、私たちクラス全員に呼び掛ける。
文化祭は時間どおりに行われなければいけないので、次のE組のステージ発表の間にその次の私たちB組は舞台裏で着替えなどの準備をしなければならないのだ。

私は必要な荷物を持って、自然に作られた列の中に並んだ。
「くー、いよいよだね」と、後ろにいたエリが小声で叫ぶ。

⏰:12/04/15 04:19 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#707 [ぎぶそん]
舞台裏にある準備室でまず男子が着替えることになり、その間女子は準備室の前で待つこととなった。
数分で男子が出てくると、ほとんどの女子が思わず彼らの着ている衣装を見て騒然となる。

「何この衣装ー!本格的じゃん!」
エリがますちゃんの衣装を指差す。
上下共にまばゆい銀色の光沢が張り巡らされていて、胸元には「2−B」と刺繍が施してあった。

「ああ、聞いてなかった?高田さんたちが作ってくれたんだ」
ますちゃんが答える。

私とエリはすかさず高田さんにどうやって男子の衣装を作ったのか尋ねてみた。
「私…、実はコスプレが趣味なんだ。衣装も手作りの方が安上がりだからよく作ってて、ターミナルの衣装を参考にして男子から集めた材料費で作ってみたの」

物静かな高田さんの意外な一面を知れた。
女子の衣装の時も真っ先に提案していたのは、こういった事実があったからなのか。

⏰:12/04/15 04:45 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#708 [ぎぶそん]
次に女子が準備室に入り、舞台衣装に着替える。
舞台衣装といってもノースリーブにズボンと、実にシンプルな格好だ。

「あ…、男子みたいに女子の分も作ったから、良かったら着ませんか…?」
全員がだいたい着替え終えた後高田さんが十畳ある畳の中央に立ち、皆に声を掛けた。
彼女が手にしていた紙袋から、ネイビー色の迷彩柄のパーカーを取り出す。

「高田さんそれも手作り!?すごいじゃん!」
興味津々に彼女の元へ寄るエリ。

「ううん、全然そんなことないよ。道子や絵美たちに手伝ってもらったお陰だよ…。
それに、迷彩柄の生地が大量に余ってて使い道に困ってたし」

女子皆が感激しながら、高田さんたちが作ったパーカーを羽織る。
袖のないパーカーのようで、戦ガーの代表曲「フルメタル・ラブ」の衣装に似ていた。

⏰:12/04/15 05:01 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#709 [ぎぶそん]
着替え終わった後も女子は準備室に居るまま、それぞれダンスや歌の練習に励んでいた。
私は自分のパートの振り付けを何度も確認した。

一時してドアをノックする音が聞こえたので、皆で声を合わせて「はい」と返事をした。
「B組の皆さん、そろそろ本番です。スタンバイして下さい」
一年生の生徒会役員の女の子が、準備室を開け一声掛けてきた。

私たち女子は最後にもう一度集まり、一つの大きな円になった。
副委員長の寺川さんの指示に従い皆でミサンガを着けた方の手をそれぞれ前に出し、合わせる。
「それじゃあ、皆の健闘を祈って。エイ、エイ、オー!」
寺川さんの元気のいい掛け声に続いて、私たちも掛け声を唱えた。

⏰:12/04/15 05:22 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#710 [ぎぶそん]
私たちは舞台袖に移動すると、先にパフォーマンスをする男子たちにそれぞれ声援を送った。
暗がりの中、彼らがステージ上でスタンバイを始める。

「頼むよー、男子たち」
エリが祈るように両手を合わせる。
私も心の中で「頑張れ!」ともう一度彼らにエールを送る。

幕が全て上がったとそろで、ターミナルの「サマータイムウェーブ」という歌が流れ始めた。
イントロ部分でメンバー全員が横一列になって波打つようにウェーブをするが特徴で、ターミナルといえばこのパフォーマンスと連想する人も多い。

他二曲の「バーニングファイヤー」、「ドゥユーアンダースタンド?」も息の合ったダンスが繰り広げられて、あっという間に三曲が終わった。
彼らが踊り終わるとステージの照明が落ち、観客席から拍手が聞こえた。

遂に、私たち女子の出番になった。

⏰:12/04/15 05:43 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#711 [ぎぶそん]
男子と入れ替わりになるように、暗闇の中足音を立てずに足早にステージ上に移動する。
私が最初にいるべき場所は、前から二番目の列の左から二番目に位置するところだ。
体勢を低くし、息を呑んで待機する。

そして、真上にあるどきつい明かりが再びついた。
場内に聴き慣れた「フルメタル・ラブ」の曲が流れる。

最前列中央にいる村山弥生ちゃんが手に持ったマイクで歌い始める。
彼女は戦ガーで一番人気を誇り常にセンターを務める島田優奈の役だ。
弥生ちゃんは背丈や髪の長さ、何より顔のパーツのバランスが島田優奈と似ているということが決め手で役に抜擢された。
歌やダンスの飲み込みも他の人より早くて、練習でもいつも完璧に演じきっていた。
そんな彼女がいるから、私たち後ろ組も後に続きやすい。

⏰:12/04/15 22:52 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#712 [ぎぶそん]
この曲では私のパートは皆で一緒に歌うサビくらいしかない。
「フルメタル・ラブ」がリリースした頃梅原春佳はまだ新しく加入したばかりで、露出も特になくあまり目立っていなかった。
観客席からも今の私の存在はほとんど見えていないと思う。
それでも今までの練習の成果を発揮しようと必死に踊った。
もしかしたら…優平が私のことを見てくれているかも知れないし。

弥生ちゃんがラストのフレーズを歌い上げ、終わりのイントロが流れ、音に合わせて軽やかに踊る。
曲の終わりと同時に瞬時に全員が立ったまま手を広げ後ろを向く。
一曲目が終わった。少し息が切れそうだ。

⏰:12/04/15 23:07 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#713 [ぎぶそん]
次の「セミオートキス」が流れる。
この曲はクールな戦ガーには珍しく全体的にポップで可愛らしい曲となっている。
この曲のテーマはタイトルどおり「キス」で、歌詞の内容は言わずもがな、まずイントロ部分で一列に並び、左端の子から順番にリレー式で隣の子の頬にキスをする。
私は練習と同じく弥生ちゃんにキスをされ寺川さんにキスをした。

それから、この曲には終わりのサビで皆にそれぞれワンフレーズをソロパートで歌う役割がある。
まずは弥生ちゃん。「早く見つけて」と歌い右手で投げキスをする。
次に真鍋さん。「追いかけて」と歌い両手で投げキス。
その次に私。前列中央まで移動し「捕まえて!」と歌った後、身体を乗り出して目を閉じ、正面に向かってキスするポーズをする。
照れ臭さを隠せず、途中で顔が笑ってしまった。
客席に変な風に思われてないといいけど…。

⏰:12/04/15 23:43 📱:Android 🆔:qfyaBuEI


#714 [ぎぶそん]
最後に皆でエリを中心に囲って二曲目が終わった。
本来なら弥生ちゃんがエリのいる位置にいるはずなのだが、センター役をしたがってたエリに気をきかせ彼女が譲ってくれたのだった。

真っ暗な観客席から、女子生徒の「可愛いー」という声援がはっきりと聞こえた。
その声に続いてか男子生徒の勇ましい声で「頑張れー!」という声援も聞こえた。

最後の曲「恋はライフル」が流れ始める。
この曲は人気ナンバー3の三人にあたる、弥生ちゃんと真鍋さん、そして私がメインとなる。
ステージ上の邪魔にならないところに置いておいたライフルのモデルガンを手に取る。
弥生ちゃんと真鍋さんも同じものを手にしている。
それは私の部屋に飾っておいたもので、私が二人に貸したのだ。
まさかこんなところで役に立つとは。

この曲はイントロ部分が長い。
その間にモデルガンを使ったダンスパフォーマンスを行う。
それは練習で一番苦戦した箇所でもある。何かを持ちながら踊り続けるのは大変だ。その大変さを微塵も感じさせないプロの凄さを思い知らされた。

⏰:12/04/16 00:06 📱:Android 🆔:luIItkuA


#715 [ぎぶそん]
この曲のメインは三人といっても、梅原春佳メインの歌唱パートはほんの一部だけである。
彼女は歌唱力に乏しいことで有名で、それは彼女自身も自覚はしているみたいらしい。
今ほど有名になる前に、地方の公演でお客さんに「下手くそ!」とヤジを飛ばされた以来落ち込み、歌うことを極力避けているのではないかという噂があるのだ。
その出来事とは関係なくとも、彼女もよく歌うことより踊ることが好きと公言している。
まあ、今はファンからの熱い要望で彼女が歌う機会も少しずつ増えてるみたいだけど。

従って、この曲は弥生ちゃんと真鍋さんの二人で主に成り立ってると言ってもいい。
真鍋さんは二番人気の越谷まりもの役で、見た目が似てる部分はないけど、放課後ダンスレッスンに通ってるようでダンスが出来るという理由で役に選ばれた。
確か一年の頃から付き合ってる、今三年生の彼氏がいるんじゃなかったかな。

真鍋さんは全身汗だくになっていて、ステージ上で彼女の光る汗が飛ぶ。

⏰:12/04/16 00:32 📱:Android 🆔:luIItkuA


#716 [ぎぶそん]
一番が終わり、二番に入る。
二番のAメロは私の最後の出番であり一番の出番だ。
三歩で一番前の中央まで歩く。

正面から右の方へ視線を逸らし、左手で髪をかきあげる。
「どうかお願い あなたの銃で私を撃ち抜いて」と歌った後左手を下ろし、「色っぽさ」を意識しながらもう一度観客席を見つめた。
そして、次に正面で歌う弥生ちゃんと変わりばんこで三歩後ろに下がる。

曲の終わりと合わせて身体をしゃがませ、三曲目が終了した。
パフォーマンスを全て終え、最後に女子皆で一列になって観客席に一礼をした。
客席のあたたかい拍手と共にゆっくりと幕が下りる。
終わった…やる前は少し抵抗があったけど、大勢の人に見られながら舞台で踊るのは気持ちのいいものだった。

⏰:12/04/16 21:20 📱:Android 🆔:luIItkuA


#717 [ぎぶそん]
「雨宮さん!なかなか良かったよ!」
ステージ隅まで戻ると、その場で女子の踊りを見ていたらしきますちゃんに労いの言葉をもらう。

「有難う。男子こそ凄いパフォーマンスだったじゃん」
ますちゃんと一緒にそのまま準備室まで歩く。
「いや、僕は後ろの方だったし。
…さっきの踊りで、思わず桜井君もドキッとしたかもね!」
「えっ…!?」
そう言い残して、ますちゃんは着替えの為に準備室に入ってしまった。

男子が着替え終わった後女子が準備室に入り、皆でさきほどの感想を言い合いながら制服に着替えた。
再び観客席に戻ると、既に四番目に発表のH組の出し物が行われていた。
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の演劇で、ジュリエット役に美人で評判の香山さんという女子が熱演していた。

⏰:12/04/16 21:59 📱:Android 🆔:luIItkuA


#718 [ぎぶそん]
H組の演劇が終わって少しの休憩を挟んだ後、次は元基のいるC組の発表となった。
C組はアメリカのホームコメディドラマをモチーフとした演劇で、ステージのセットも洋風のリビングみたいに施されていた。
父親役らしき元基が、コミカルな言動で客席の笑いを誘う。
私も隣に座るエリも、人目も気にせず大声で笑う。

最後にクラス全員でミュージカル風味のダンスを踊り、最初から最後までにぎやかなままC組の発表は終了した。
舞台で笑いを取ることは涙を誘うことより難しいと聞いたことがある。
それをこんな大人数の中いとも簡単にやってのけた元基に一つの才能を感じた。
将来はお笑い芸人っていうのも良さそう。

⏰:12/04/18 22:56 📱:Android 🆔:cCLZ7M/U


#719 [ぎぶそん]
六番目に発表のA組の時代劇も真面目に鑑賞し、いよいよ優平のいるF組の発表となった。
私が密かにこの日で一番楽しみにしていたもの。

「優平たち何やるの?」
休憩の間、エリが鞄から取り出した飴を舐めながら私に尋ねる。
「『星くずロック』っていう漫画の劇だって」
「あ!だから昨日本屋で表紙を見てたのねー!」
エリが瞬時ににやつく。続けて、
「私その漫画ちょっと読んだことあるけど、主人公って不良っぽいし優平とは正反対の性格だよ。あのお坊っちゃんがどんな演技するか見物ね。」
と言い足した。

そうなんだ、と彼女に返したところで観客席の明かりが消され、幕が上がり始める。

⏰:12/04/18 23:22 📱:Android 🆔:cCLZ7M/U


#720 [ぎぶそん]
教室をシチュエーションとしたセットの中央で一人、主人公役の優平が頬杖をついて気だるそうに席に座っている。
この学校の制服ではない学ランを着ていて、いくつかボタンが空いていた。
右手に持つ鉛筆を小刻みなリズムで動かしながら、机の上を小突く。

「星井!補習のプリントは全部やったのか!?」
教師役と思われる男子が上手から颯爽と現れた。
丸い眼鏡に少しだぼついた黄土色のスーツが、F組のクラスの吉川先生を彷彿とさせる。

「……まだっす。もう帰っていいっすか?観たいテレビあるんで」
優平が鞄を持って席を立ち上がった。

「ダメだ!全部終わるまで学校はおろか一歩も教室から出ちゃいかんからな!」
教師役の男子が怒り狂う様子で彼を取り押さえる。
舌打ちをし、観念した感じで彼が再び座った。

まだ数分しか経っていないのに優平のいつもと全然違う雰囲気、態度、言葉遣いに演技と分かりつつ私は混乱する。

⏰:12/04/18 23:51 📱:Android 🆔:cCLZ7M/U


#721 [ぎぶそん]
教師役が去り舞台の照明が落ちると、優平だけにスポットライトが照らされた。

―「俺の名前は星井龍河、高校二年生。本来なら春から三年に上がるはずだったのだが、間抜けな俺はあろうことか留年してしまった。
やりたくもない補習をやらされたり、うだつの上がらない日々を過ごしている」
予め録音していたのか、彼のやや棒読みの語りが会場に流れ始めた。
その間、彼は舞台の上で時間が止まっているよう頬杖をついたまま硬直していた。

再び照明が点くと、今度はセーラー服を着た女子が上手からやって来た。昨日F組の前で優平といた時に彼を囲んでいた女子の一人だった子だ。
スカートが普段の時と同じでやけに短く、雰囲気もいつもと変わらず派手だ。
歩く振動で、彼女の巻き髪が小さく揺れる。

「星井、それ手伝ってあげよっか」
彼女が彼の席の前に立つ。
「桜子」と、彼が呼ぶ。

⏰:12/04/19 00:16 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#722 [ぎぶそん]
彼が彼女に机の上のプリントを渡し、彼女が彼の隣の席に座る。彼女が机の上に携帯電話を置いた。
「……このクラス、皆あんたのことを怖がってるよ」
彼女がペンを動かしながら彼に話しかける。
「別に気にしねぇ」
不機嫌そうに答える彼。

その直後、彼女の携帯から着信音が流れる。
ぎこちない少年の声とあまり上手くない演奏が混じるロックテイストなナンバーだった。

「聴き慣れない歌だな、それ」
「アタシが中学の時付き合ってた彼氏の曲。中学三年の時交通事故で死んじゃってもういないけどね。この曲を聴くと隣で歌ってくれてる気がして、いまだに着信音にしてる」
彼女が携帯を胸元で抱きしめる。

彼女の演技力もあいまって、フィクションと思いつつも少し胸が切なくなった。

⏰:12/04/19 00:39 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#723 [ぎぶそん]
「……アタシが何であんたによく話し掛けたりしてると思う?」
ペンを動かすのを止め、彼女が彼の顔を見ながら尋ねる。

「そうだなあ……、かっこいいから?」
冗談半分で答える彼。

「……馬鹿。あんたって、その死んだ彼に少し似てるの。だからあんたを彼と重ねて見てしまう自分がいて……でももうそんなことしない。あ、この話は全部忘れて。じゃあね」
彼女がプリントを渡し、立ち上がるや否や駆け足で教室を出た。
舞台から消えるまでその様子を彼が見つめる。

「彼と似てる、か……」
顔を仰ぎ、彼が溜め息混じりに呟く。
おそらくこの物語のヒロインはさっきの彼女で、主人公は彼女に恋を寄せてるのだろうと私は推測した。

そして二度目の舞台の暗転となった。

⏰:12/04/19 22:38 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#724 [ぎぶそん]
数分も経たぬうちに照明が点く。
教室にはたくさんの生徒役の人たちがいて、席に座っていたり立っていたりしている。
下手側にあるダンボールで作ったと思われる簡易な背景のセットが、先程の夕方から朝の景色に変わっていた。細部までの細かい演出に粋を感じた。

上手から星井役の優平が教室に入ると、突然机の上に立つ。
「ジャジャーン!」
黄色いエレキギターを掲げて、陽気に踊り始めた。
生徒役の子たちが唖然とする。
観客席では少し嘲笑気味の笑いが聞こえ、
私も同じように可笑しさを感じて笑ってしまった。

さきほどの女子生徒役の子が再び現れる。
「星井、どうしたのそのギター!?」
仰天した様子で彼の元に寄る。

「桜子。俺、今日から音楽やることにした」
物語が中枢部に突入しだした。

⏰:12/04/19 23:05 📱:Android 🆔:ivn.nX26


#725 [ぎぶそん]
「音楽やるって言っても……うちの学校に軽音楽部はないわよ」
彼女が不安そうな表情で彼を見つめる。

「そんなもんなくてもどうにかなるさ。って言うか、俺が作る」
そして、彼は机から飛び降りた。

「なあっ!誰か俺と一緒にバンド組まねえか?」
教室中の生徒にこう呼び掛ける彼。
しかしその声に耳を傾ける者は一人もおらず、嫌そうな目つきで彼を見る。
実年齢が彼より一つ年下に当たるクラスの子らは、彼の存在を煙たく感じているようだ。

「星井!学校にギターなんか持ってくるんじゃない!」
そこで登場した教師役の男子が彼を怒鳴りつけ、持っていた名簿表で彼の頭を叩いた。
痛々しい音が聞こえると同時に、彼が苦痛そうに顔を歪める。本気で叩かれたのだろうか。
この教師役の男子、F組一の熱演かも知れない。

⏰:12/04/20 23:46 📱:Android 🆔:SolPToBg


#726 [ぎぶそん]
三度目の場面転換。
背景が夕方に変わっていて、教室では優平の他に素行の悪そうな男子生徒が二人席に座っていた。
一人はガムをクチャクチャさせながら退屈そうに、もう一人は携帯電話に夢中になっている。
 
背が高くて白衣を着た教師役の男子が入ってきた。
プリントを配ると、彼らの席の周りを徘徊しながら話はじめる。
「今年は例年になく留年した生徒が三人、か……。本当にお前らはクズだなあ。あまり先生らに無駄な手を掛けさせないでくれよ」
冷酷

「ああっ!何だと!?」
ガムを食べていた男子が立ち上がり、教師の近くに寄ると彼の胸ぐらを掴む。

「どうした?殴るのか?私を殴れば君は停学処分のみでは済まないぞ。クズは所詮、何をしてもクズのままなのさ」
教師役の男子が冷酷な笑みを浮かべる。
生徒役の男子が、悔しそうな顔を浮かべながら掴んでいた両手を離す。

ドラマではたまにいたりするけど、こんな非道な先生って実際にいるのかなあ、いたら怖いなと私は恐ろしさを感じた。

⏰:12/04/21 00:13 📱:Android 🆔:z8kxVQLg


#727 [ぎぶそん]
白衣の教師が立ち去ると、優平がエレキギターを手にした。
教室でジャカジャカと渇いた音が小さく響く。

その姿をさっき教師に突っかかっていた生徒が哀愁漂う瞳で眺める。
「ギター、か……中学の時女にモテたくて手ェ出したけど三日坊主だったな。本当、クソみたいな俺の人生……」
生徒役の男子がやりきれないと言わんばかりの表情をする。

「だったら俺とバンド組まん?」
声高らかに優平が彼に問いかける。

「えー……。今さら面倒くせえ……」
生徒役が渋る。

「あんた、今のままでいいのか?このままクソみたいな毎日で高校生活が終わっても」
「……」
優平のまっすぐな問いに、黙りこくる生徒役。

そして数秒ほどして、「分かった。やるよ」とぶっきらぼうに応えた。

⏰:12/04/23 21:34 📱:Android 🆔:7x9WV.0o


#728 [ぎぶそん]
「そっちの人は?」
優平がもう一人いた生徒に投げかけた。
その彼が携帯を動かす手を止める。

「あんたも、俺らと一緒にバンドやらん?」
優平がもう一度彼に問いかける。

「……」
おどおどして黙りこくる生徒。気弱で物静かな性格のようだ。
「んじゃ、やるってことで決まり。じゃあバンド名決めようぜ」
優平が半ば強引に物事を進める。

その後、優平を中心とした話し合いが始まる。
三人共に落ちこぼれということからバンド名は「ハイスクールダスト」に決定した。
教師に生徒の役名は、荻野篤弘。短気を起こしやすい性格の半面、不正は許さない正義感の持ち主。留年経験は二度目で、今年19歳になる。
もう一人の生徒は、川島洋一郎。内気で友達がおらず、携帯のアプリゲームが趣味。病気がちで入退院を繰り返し、出席日数が足らず今年三度目の留年となった。今年20歳とこの中では最年長となる。

⏰:12/04/23 22:01 📱:Android 🆔:7x9WV.0o


#729 [ぎぶそん]
舞台が暗転し、二度目の優平の語りが流れる。
―「こうして俺と篤弘と洋一郎の三人は放課後速やかに補習を済ませ、人が来る気配がほとんどない空き教室で毎日練習に明け暮れた」

再び舞台が明るくなると、薄汚れた教室で三人が楽器を手にしていた。
優平と篤弘役の男子がジャ、ジャと不慣れな感じでギターの音を出す。
洋一郎役の男子は経験者なのか器用な性格なのか、可もなく不可もなくベースの音を出していた。

「……後はドラムだけか。龍河、広報活動はばっちりなんだろうな!?」
篤弘役の男子が野太い声で優平に尋ねる。

「大丈夫。学校のいたるところにドラマー募集のポスター貼ってきたから」
優平が能天気そうな顔をして笑う。

「それ、先公に見つかったらまずいんじゃあねーのか!?この学校に軽音楽部があったら今頃のびのび出来たのになあ……」
落胆する篤弘役。

⏰:12/04/24 21:18 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#730 [ぎぶそん]
「あの……」
その時、教室に一人の男子生徒が入ってきた。
小柄で眼鏡を掛けていて、身体は前屈み気味で小心者そうなタイプだ。

「僕、『ハイスクールダスト』のドラムやりたいんですけど、まだ募集してますか?」
その生徒が低姿勢で尋ねてくる。

三人が慌ててその生徒の元に駆け寄ってきた。
「うんしてるしてる!え、君ドラムやってくれんの?」
優平が落ちつきない態度で尋ね返す。

「僕、小学生の頃からドラムやってるから。この学校でバンド組めるなんて本当に嬉しい。あ、名前は工藤匠って言います。学年は一年です」
物腰の柔らかい匠役が、三人に握手を求めた。
このバンドに最年少のメンバーが加入した。

⏰:12/04/24 21:32 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#731 [ぎぶそん]
―「うわっ、すげー!」
場面転換の後教室にドラムが登場すると、匠役が軟弱そうな見た目と打って変わって豪快な手つきでドラムを叩き始めた。
他の三人がその腕さばきに見とれ続ける。
観客席も感心を寄せる声でざわめいていた。

「お前ら、こんな所で何をしている!」
突然、補習の時にいた白衣を着た教師役が立ち入ってきた。
辺りを目配りして、気づいたように匠役に目にやる。

「君は、一年の工藤匠じゃないか。君みたいな成績優秀な生徒がどうしてこんな奴らとつるんでいるんだ!」
呆れた様子で匠役を怒鳴りつける教師役。

「隠れて練習をしていたのは謝ります。でも先生、僕たちの活動を認めて下さい!」
匠役がイスから立ち上がり、強気な声で哀願をする。

「そ、そうだよ!別に俺ら何も悪いことしてねーじゃん!補習だって最近真面目にやってるだろ?認めろよ!」
篤弘役も反論に出た。

「先生よお……俺、知ってるんだぜ?あんたが五組の田辺と恋仲だってこと。他の先生方が知ったらどう思うかなあ」
優平が教師役の周辺を回り、冷たい声と表情で物申す。

「わ、私をゆする気か!?」
動揺を隠しきれない教師役。

「安心しなよ、黙ってやるから。ただし、二度と俺らのやることに文句をつけるな。それから正式な部を作ることを許可しろ」
優平が教師役を指差しながら、力強い声で喋りあげる。

⏰:12/04/24 22:09 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#732 [ぎぶそん]
「優平、かっこいい!……教師の方は性格悪い上にロリコンだなんて最悪ね」
隣で見ていたエリが耳元で囁いてきた。演劇の内容に専念しているようだ。
私自身も始めは感情移入出来ずにいたものの、舞台上の優平の役柄にすっかり虜になってしまった。

「……分かった、二度と君たちの活動にケチはつけない。でも、正式な部として公認は出来ない。」
変わり果てた姿の教師役が弱々しい声で話しはじめる。

「何でだよ?」
戸惑う篤弘役。

「この学校の決まりなんだ。新しい部活を作るとなると、まず全校生徒と先生方の審査を受けなければならない。そこで過半数の指示を得れば、正式に部として認められる。だから僕に権限はない。許してくれ」
教師役が頭を下げる。

「どうする?龍河」
篤弘役がその場で慌てふためく。

「……分かった。その審査を受ける」
優平が納得した顔で頷いた。

⏰:12/04/24 22:34 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#733 [ぎぶそん]
優平のその台詞の後、舞台が暗黒に染まった。
―「その後、俺たちの審査を受ける日時が決まった。約一ヶ月後、体育館で行われる全校集会の後ステージ上でバンド演奏をする。足りない時間の中、俺たちは必死で練習を繰り返した」

優平の語りが聞こえた後舞台が明るくなると、四人がそれぞれ自分の楽器を練習をしていた。
「星井、聞いたよ。今度審査受けるんだって」
桜子役の子がやって来た。彼女はヒロインに相応しい華やかさがある。同性の私でも思わず釘付けになるほどだ。

彼女が優平の近くにある机の上に身を乗せた。
「あまりにも下手っぴな演奏だったら、アタシ投票してやんないよ。じゃ、練習頑張って」
彼女がすぐに机から下り、教室から出ようとする。

背を向ける彼女に、優平が重々しい声で「桜子」と呼び止めた。
その声に振り返る彼女。

「俺、審査の時はお前の為に歌うから」
何か言いたげそうな顔を見せつつも、彼女は無言のまま立ち去った。

⏰:12/04/24 23:05 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#734 [ぎぶそん]
「お前がバンドやろうって言い出したのは、あの子の為?」
桜子役がいなくなって、篤弘役が優平に問いかけた。

「ああ。中学の時に死んだバンドマンの彼氏が忘れられんのだと。だから俺がその記憶塗り替えてやろうと思って」
優平が哀しげに自分のギターを見つめる。

「俺、このメンバーでバンド出来たこと誇りに思うよ。最近身体の調子もいいんだ」
これまで目立った出番がほとんどなかった洋一郎役が口を開いた。

「洋一郎は見た目ワルそうなのに超いい奴だよな」
篤弘役がそう言うと、三人が洋一郎の姿をまじまじと見つめる。
茶色がかった髪の色に、開けられた学ランのボタン。その学ランも、喧嘩でもしたかのようにひどく古びている。

「あ、この髪の色は生まれつきなんだ。ボタンを開けてるのは息が苦しいから。学ラン!?四年も着てればボロボロになるよ!」
洋一郎役のひょうきんな声と仕草で説明をするので、三人に大きな笑いが起こった。
笑いを取ったのが嬉しいのか洋一郎役も続けて笑う。

⏰:12/04/24 23:25 📱:Android 🆔:of5PljLQ


#735 [ぎぶそん]
匠役も学業ばかりの毎日から抜け出し、自分の好きなことをのびのびとやれる今が楽しいと感想を述べた。
四人が改めて友情を確かめあったところで、舞台の照明が落ちた。

―「そして、審査の日がやって来た」
間もなくして優平の語りが入り、舞台が光に照らされる。
舞台の真ん中には教卓たけがぽつんとあり、そこには朱色のスーツを着た男子生徒が立っていた。
頭に白髪のかつらを被り、口には長い白髭を装飾しており、おそらく校長先生の役かなと思った。

「……えー、私からの話は以上になります。この後皆さんには審査による新部活動発足の是非を決めてもらいます。審査が終わった後、教室に戻ってから所定の用紙に賛成か反対かを記入してください。結果は後日、各ホームルームでお知らせします」
その先生役はしゃがれた声で説明をし終えると、ゆっくりと上手まで立ち退く。

代わる代わるで今度は優平たちがマイクや楽器、音響道具などを持って登場した。
それぞれバンド形式となるように用具をセットし始める。
その間、会場全体に長い沈黙が走る。

⏰:12/04/25 23:57 📱:Android 🆔:HUwdFZW2


#736 [ぎぶそん]
四人が各々自分の楽器の調子を一通り確認した後、ステージ中央に立つ優平がスタンドマイク越しに口を開いた。

「えっと、俺らは新しく軽音楽部設立を希望する者たちです。俺の名前は星井龍河、今年進級出来ず二度目の二年生をやっています。ギターの荻野篤弘も二度、ベースの川島洋一郎も三度この学校を留年しています。
俺らは皆さんから見たらひどい落ちこぼれだと思います。でも、そんな俺らも音楽を通して自分の生き甲斐を感じることが出来ました。ドラムの工藤匠は俺ら三人と違って真面目だけど、音楽やってる今がすごく楽しいと言っています。
この中でも音楽やりたくても部がないからって断念してる人、いると思うんです。この学校には音楽が必要だと思います。
最後に先生方、今まで様々な迷惑を掛けてすみませんでした。俺ら三人、真面目に心を入れかえてこの学校をきちんと卒業します」

今までで一番長い台詞を、感情込めて丁寧に述べる。
皆の心に何か訴えかけてくるようで、彼の思いがこちらにしんみりと伝わってくる。
今またに、優平と役である星井龍河の気持ちが一つになったのだと感じた。

⏰:12/04/26 00:19 📱:Android 🆔:ku3uq8vw


#737 [ぎぶそん]
「それでは聴いて下さい。ハイスクールダストで『サクラプソディー』」
紹介を全て言い終えた後、優平がギターを手に取る。
ドラムの匠役がスティックを叩きながら、「ワン、ツー、」とカウントを取り出した。
「スリー」の声に合わせて、四人が演奏を始める。

「君の好きな季節が 今年もやって来たのに
うかない顔して 涙ぐんで
今でも アイツのことを忘れられないの?

今という現実が美しく淡く燃えている
だからもう 振り返らないで前を見て
君の涙が渇く理由を 僕が見つける だから

この世界が桜色に染まる頃には 僕のところへおいでよ
僕のところへおいでよ」

優平がギターの押さえる指を時々確認しながら、観客席に向かって歌う。
きっと、四人で数えきれない位練習したんだろうなと痛感した。
彼の中性的でまっすぐな歌声が、会場全体を柔らかく包み込む。

前の席に座っている人の中でこの曲を知っているのか自然とそうなっているのか、身体でリズムを取っている人が何人かいた。
隣で見ているエリも、わくわくした表情で曲に合わせて口ずさんでいた。
私も彼らの歌を身体全体で感じる。

⏰:12/04/27 00:02 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#738 [ぎぶそん]
四人の演奏が終わると、観客席で大きな拍手が起こった。
私も賞賛の意を込めて彼らに手を叩いた。

優平が「有難うございました」と一言添え、四人が小さく頭を下げたところで舞台が暗くなる。

朱色をした照明が舞台を照らすと、夕方の背景をした教室の真ん中に優平と桜子役の子の二人だけがいた。
「星井、良かったね。部活認めてもらえて」
机にもたれかかった桜子役が、足をばたつかせて彼に話しかける。
話の流れではどうやら審査に無事受かったようだ。

「これからはもっと部員集めないとなあ。……で、俺の歌どうだった?」
姿勢を正し、彼が緊張の面持ちで彼女に問いかける。
「うーん、普通?」
あっさりと答え、けらけらと笑う彼女に彼が落胆する。
「嘘だよ、ウ・ソ。すごく良かった。携帯の着信音にしたいから、今度生演奏録音させて?」
彼女がポケットから携帯電話を取りだし、彼に見せる。

そして、二人が至近距離で見つめあう。
彼が切ない声で「桜子……」と呼び、彼女を抱き締めた。
その気持ちに応えるように彼女も「星井……」と呼び、細い腕を強く回した。

⏰:12/04/27 00:40 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#739 [ぎぶそん]
二人が現実に戻ったかのように身体を離すと、F組の生徒全員がステージにやって来た。
一列になり皆で「有難うございました!」と張り上げた声で言い深く頭を下げると、観客席でもう一度彼らに割れんばかりの拍手が沸き起こった。

私も目一杯の力で拍手をしつつも、心の中では複雑な感情を消しきれないでいた。
役の為とは言えども、最後に優平と抱き合った桜子役の女子に嫉妬心が芽生えてしまったのだ。

小学校低学年の時、よく一緒に遊んでいた同じクラスの女の子がいた。その子を家に連れてきたら父がいつも「かわいいかわいい」と褒めていて、私はそこで生まれて初めて焼きもちを妬いたのを覚えている。
あの時依頼だ。こんな気持ちになるなんて。
自分を恥ずかしく思う。たけど、私は本当に彼が好きなんだなと実感する。

⏰:12/04/27 01:02 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#740 [ぎぶそん]
最後のG組のステージ発表の内容もあまり印象に残らないまま終わり、全てのクラスの発表及び今年の文化祭が終わった。

翌日、朝のホームルームでステージ発表の結果が言い渡された。
優勝は優平のいるF組。圧勝と言ってもいいほど票が入っていたという。
二位は、何と私たちB組。準優勝の表彰状が担任の手から委員長の篠崎君に渡された。
元基のいるC組は六位と、箸にも棒にも掛からない結果で終わった。

一限目の体育に合わせて、エリと一緒に体育館まで話しながら移動をする。
「二位になれたのは嬉しいけど、やっぱり優勝じゃないなんて悔しいー!
きっと優平目当ての女子共がF組に票を入れたに違いないわ!」
ステージ発表の結果を悔しがるエリ。
「ううん、私もF組のステージ発表が一番素晴らしかったと思うよ。皆熱演だったしセットも演出も細かく作ってあったし。
何より、主人公とヒロインが物語を通して『成長』していたのが良かった。」
主人公は不真面目な自分を、ヒロインは過去を忘れられない自分を変えたのが後味の良さを覚えた。

⏰:12/04/27 01:30 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#741 [ぎぶそん]
「そんな悠長なこと言って、七瀬玲央奈に優平を取られても知らないよ」
「ナナセレオナ?」
聞き覚えのない名前を、私はエリに聞き返した。
「桜子を演じてた子よ。あの子、グループの子たちと一緒になってよく優平にまとわりついてるから」

七瀬玲央奈。あの子、そんな名前だったんだ。
文化祭一日目も私の存在を無視して優平を誘ってたし、そう考えると彼のことが好きなのかな。
悔しいけど、演劇を見ると彼女は彼の隣が似合ってたな。
細身で顔も整っているし、ライバルになるには避けたい人物である。

その日の放課後、職員室で数学の先生に今日の授業の質問を終えると後ろから誰かに肩を叩かれた。
「文化祭、お疲れ」
優平だった。

⏰:12/04/27 01:54 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#742 [ぎぶそん]
昨日までパーマだった彼の髪が、普段の真っ直ぐなヘアスタイルに戻っていた。
「良かったら今から屋上で話さない?」
珍しく彼が私を誘ってきた。
「いいよ」
考える間もなく私は即答した。

「俺、先にちょっと吉川先生に用事あるから。悪いけど先に屋上行って待ってて」
プリントを片手に、彼がせわしそうな顔をする。
私は「分かった」と言って頷いた。

数学のノートを持ったまま最上階まで上がり、古びた屋上のドアを開けた。
顔を見上げると、一面どんよりとした曇り空が視界を覆った。
一昨日の文化祭一日目は晴天に恵まれて良かったなと、ほっとした思いが巡る。

二日間の文化祭をぼんやりと思い返していると、途中で「お待たせ」と一声掛けて優平がやって来た。
「ステージ発表優勝おめでとう」
第一声に私は昨日の彼の雄姿を褒めた。

⏰:12/04/27 02:14 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#743 [ぎぶそん]
彼が照れ臭そうにする。
「ギターは難しかった?」
一番気になっていることを彼に質問してみた。
「なかなか苦戦した。家に帰ってからも毎日ずっと練習してたし。まあ、バイオリニンに比べたら上達は早かったかな」
夏休み彼の家に遊びに行った時、彼が私の前でバイオリニンを弾いてくれたことを思い出した。
ギターもバイオリニンも、私だったらすぐ挫折してるだろうな。

「七瀬玲央奈さんだっけ。桜子役の子。すごく可愛かったね」
私は本心でありつつも彼に賛同を求めたくない言葉を言ってしまった。

「そうかな?俺、そんなこと一度も思ったことない。
……真希が桜子役だったら良かったのにな―」
「え……?」
惜しむ表情を見せる彼に、どうしていいか戸惑う私。
だけど心の中で彼の言葉の全てが嬉しいと思ってしまう自分は、嫌な人間なのかな。

⏰:12/04/27 02:38 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#744 [ぎぶそん]
【※743 正しくはバイオリンです。大変失礼致しました】

彼が手に持っていた漫画をぱらぱらと捲り始めた。
「ほら見てみて。雰囲気とか性格とか、真希と似てるんだよな」
桜子が載っているページを探し、私の前に差し出した。
真っ直ぐで長い黒い髪に、切れ長の目。原作の桜子は七瀬玲央奈が演じて感じたイメージと違い、飾り気のない落ち着きのある女の子として描かれていた。

「ま、まあ桜子より真希の方が、か、可愛い……けどな!」
彼が急にしどろもどろしだした。そして少し息を落ち着けて、
「昨日の梅原春佳の役、凄く良かったよ。何だっけ?『捕まえて!』って奴、やってみてよ」
と意味ありげな薄笑いを浮かべて指図してきた。
「嫌だ!恥ずかしい!」
私は大きく首を横に振った。
目の前の彼に目を瞑って唇を強調するなんて、顔から火が出る勢いだ。

「残念だなあ。じゃあ俺、そろそろ部活の練習に行くわ」
彼がその場を立ち去りながら手を振る。
私も手を振り返して彼を見送った。

⏰:12/04/27 22:49 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#745 [ぎぶそん]
その日の晩。優平に「可愛い」と言われた喜ばしさを心の中で何度も噛み締めながらも、夕食の席で気丈に振る舞っていた。

「準優勝おめでとう!」
父は生ビール、私と東吾兄はオレンジジュースで乾杯をする。
父が駅前で買ってきてくれた唐揚げを皆で頂く。

「父さんも真希の踊り観たかったなあ」
酔いが回ったのか、顔を真っ赤にした父がいつも以上に饒舌になる。

「東吾兄は『星くずロック』読んだことある?」
呂律の回らない父の話を無視し、テレビ番組を観ている東吾兄に話し掛けた。
「あるよ。部室に全巻あるし」
テレビに視線を向けたまま、私の質問に答える東吾兄。
「何だっけ。サクラ……サクラ……」
私は演劇中に優平が歌っていた曲のタイトルを失念した。
「サクラプソディーのこと?実写化でCDリリースされた時、音楽ランキングで初登場三位だったな。俺は原作のイメージと違うと思ったからあんまり好きじゃないけど」
東吾兄がご飯を口に含みながらもごもごと喋る。

サクラプソディー。私にとってはいい曲だったな。

⏰:12/04/27 23:19 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#746 [ぎぶそん]
夕飯を食べ終え部屋に上がると、私はすかさず机に座りノートパソコンを立ち上げた。
「サクラプソディー」で検索をかけるとトップに公式サイトがあり視聴再生可能の文字が見えたのでアクセスして聴いてみた。

プロモーションビデオの映像の中で、テレビでよく見る若手俳優がギターボーカルの役で歌い上げていた。
意中の彼への贔屓目か、優平の歌声の方が好きだなと感じた。

この歌を聴いてると、もう一度文化祭二日目の情景が甦ってきた。
結果的には二番であっても、エリ以外のクラスメートの女子たちと親しくなれたし私には何にも変えがたい最高の思い出となった。
そして、一度も聴いたことのない優平の歌声も聴くことが出来た。

「この世界が桜色に染まる頃には 僕のところへおいでよ
僕のところへおいでよ」
私は大切な皆のことを思い浮かべながら、文化祭の思い出の曲となるサクラプソディーのサビを口ずさんだ。

Chapter08 END.―

⏰:12/04/27 23:54 📱:Android 🆔:Mg0JTWgc


#747 [ぎぶそん]
Chapter09
「映画オタク」

⏰:12/04/28 00:21 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#748 [ぎぶそん]
文化祭の余韻もまだ残る頃。朝、枯れ葉が舞落ち少し乾燥した秋の風を受けながら学校へ通う。

「まただ……」
玄関に着き下駄箱を空けると、その中に手紙や手作りお菓子などがいくつも入っていた。
ここ数日、毎日のように目にする光景である。
しかもその差出人は、どれもこれも下級生の女の子たちからなのである。

手紙にある内容は大体、「先輩の文化祭での梅原春佳役、素敵でした!」「梅原春佳に似ている先輩が好きです!」などである。
後輩に好かれて嬉しい気持ちはあるのだが、文化祭では出番もそんなになかったのに何故こんなに評判になっているのか疑問を抱く。

昼休み、一人購買でお菓子を選んでいる時だった。
「あ、あまき様だ!」
数人でいる女の子の内の一人が、私の方を指差した。

⏰:12/04/28 00:41 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#749 [ぎぶそん]
「あ、あまき……?」
私は彼女の言葉にきょとんとした。
「雨宮真希。略してあまき、ですわ。一年の間ではそう呼ばれているんです!」
清楚で気品漂う彼女が、両手を握り目を輝かせて私を見つめる。

あまき、密かにそんな名称までつけられていたんだ……。
芸能人じゃないんだし、あまり騒ぎが大きくならないようにと私は祈った。

「あまき様って、やっぱり桜井優平先輩とお付き合いをしているのですか?」
小柄な彼女が私の顔を見上げて尋ねてきた。周りの女の子たちも興味津々そうな顔をしてこちらを見てくる。優平の存在も下級生の間で知れ渡っているようだ。
「違うよ。ただの友達」
私は両手を振って否定した。
「そうなんですか。すごくお似合いなのにあ」
彼女が残念そうな顔をする。その言葉と表情に悪い気はしなかった。

その後彼女たちが私に「失礼します」と一言告げ、購買を後にした。
私も適当にお菓子を選び会計を済ませ、教室に戻ることにした。

⏰:12/04/28 01:05 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#750 [ぎぶそん]
のんびりと教室までの廊下を歩いていると、廊下で集まって話をしている女子たちからの冷たい視線を強く感じた。

「B組の雨宮真希ってさ、文化祭以来調子乗ってるよね」
「ブスのくせに梅原春佳なんて演じちゃってさ、勘違いも甚だしいわよ」
目の前を通りすぎる私に聞こえるようにはっきりと、私への批難の言葉を彼女たちが言ってくる。
その心ない言葉に胸が痛む。

「ちょっとあなた、もう桜井君に近づかないでくれる?」
その中にいた一人が私の目の前に飛び出して来て、私の行く手を阻んた。
それは、文化祭でF組の演劇のヒロインを演じた七瀬玲央奈だった。

⏰:12/04/28 01:26 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#751 [ぎぶそん]
「大体、あんたと桜井君じゃ釣り合わないのよ!」
演劇での役柄とは全然違い、彼女がきつい言葉を放ってくる。
私は戦慄を覚え思わず首をすくめた。

「……あら、劇でたかだか桜井君と両思いを演じたからって現実でも彼女気取りなあなたの方が、アタシにはよっぽど調子に乗ってるように見えるけど?」
私の窮地を気付いたのか、弥生ちゃんが間に入ってくれた。
「何ですって!B組ってうざったいのばっか!皆、行こう!」
彼女が捨て台詞を吐くと、その女子たちは向こうに去っていった。 

「助けてくれて有難う」
私は一先ず弥生ちゃんに感謝をした。
「別に、馬鹿馬鹿しくて見ていられなかったから一言言ってやっただけ。あんなくだらないの、気にしなくていいから」
つっけんどんに返されたけど、私は彼女の優しさを感じた。

⏰:12/04/28 01:49 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#752 [ぎぶそん]
文化祭によって注目を浴びたり逆に批判されたりで、暫くは落ち着かない日々が続きそうである。

しかし、そんなことも気にしていられない位私には待ちわびているある出来事がある。
アメリカの映画女優、ミーナ・ハレルソンが新作映画の宣伝の為近々日本に来日するというのだ。

私は無類の映画好きであり、映画を観る数は年間で三百作は優に越える。
最新作から昔の白黒映画や無声映画も観るし、内容のジャンルも問わず同級生の女子たちが毛嫌いするホラーやスプラッターも大好物である。

私はその中でも、この十年間変わらず第一線で女優業を活躍するミーナ・ハレルソンの大ファンなのだ。
彼女は現在三十四歳。男性にも劣らない華麗なアクションが彼女の持ち味であり、スタント無しで危険な役に挑む彼女の意欲に私は中学の時惹かれた。

⏰:12/04/28 02:20 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#753 [ぎぶそん]
それから、もう一つ気になっている出来事がある。
主に洋画を取り扱っている衛星放送の企画で、五十年代の不朽の名作映画「パリの祝日」になぞらえた衣装を着て写真撮影をするというものだ。

その映画の内容は、某国のエマ王女と父親のジョージ国王がこっそり職務を抜け出して滞在先のパリを観光するというものだ。
ラストは二人が罪に問われ国から追放されるという哀しい内容なのだが、親子間の純粋なやり取り、エマ王女を演じたジュリア・ドレイファスの世界でも類を見ない圧倒的な美しさを含めて、六十年以上経った今も尚数多くの人々に愛されている。

その企画に応募したが抽選で親子二組十名のみの為、まず当たりはしないだろうとあまり期待をしないで待っている。
父と二人、貴重な体験が出来るいい機会なんだけどな、と私は瞑想した。

⏰:12/04/28 02:54 📱:Android 🆔:t4h2WC2g


#754 [ぎぶそん]
その週の日曜日。家で昼食を済ませた後、私は東吾兄と一緒に街のショッピングモールの中にある映画館に足を運んだ。
目的は「午後二時の名作劇場」という、その映画館が毎日決まった時間に昔の映画作品を上映する機会を設けているからだ。
学生は五百円で鑑賞出来るというのもあり、これは映画ファンにとってはたまらないサービスなのである。

薄暗い館内に入り、販売で東吾兄から買ってもらったコーラを片手に座席に座る。
新作映画と比べると客数は少なく、私たちの他に中年の男性客がぽつぽつといるだけだった。

この日は一九七五年のアメリカ映画、「カーターvsウェイン」を上映していた。
主人公のジョセフ・カーターが男手一つで幼い娘を育てていた矢先に、「その娘の本当の父親は私だ!」とマイケル・ウェインという男が現れる。やがて裁判となり、二人が法廷で争うといった内容だ。
裁判はマイケルが勝ち娘を引き取ることになるのだが、娘の頑なな拒絶で結局ジョセフの元に返すという結果で終わる。

片親の私は娘の気持ちになってずっと映画を観ていた。もしこの映画のように実の父と名乗る人物が現れたとしても、私も娘のように絶対に今の父の元から離れないと思う。
まあ、私たちは正真正銘本当の親子なんだけどね。

⏰:12/04/29 22:56 📱:Android 🆔:gV/bURdI


#755 [ぎぶそん]
「昔の映画も悪くないな」
館内を出て、東吾兄が第一声にこう述べた。
「真の名作は時代を越えても愛されるからね」
私は最善と思った言葉を返した。

今も面白い映画はあるけれど、私は昔の映画の方が好きだ。近年の映画の画面は人物のアップが多いし、場面が頻繁に変わるから観ていて少し疲れるのが本音である。

「因みに、さっきの映画で主人公やってた人、すごく有名な俳優だよ。知ってる?デイビット・ホックマン」
私は彼に尋ねてみた。
「うーん、知らないなあ」
私の質問に無関心そうな顔をして欠伸をする彼。
「彼の出演する名作が多いの。サヴァン症候群を演じた『スノーマン』も良かったし、それから『入学』の時は……」
彼が聞いているかはお構い無しに、私は延々と映画に関する話を続けた。

⏰:12/04/29 23:24 📱:Android 🆔:gV/bURdI


#756 [ぎぶそん]
二人でショッピングモールを出て、そこから歩いて五分のところにあるレンタルビデオ店に入った。
学校からも近く他のビデオ店より安い値段でレンタル出来るので、私は週に三回はこの場所を訪れる。

「何かおすすめの映画ある?お色気シーン満載のでお願い」
東吾兄がへらへら笑って聞いてきた。
私はそれを軽蔑の眼差しで見た。
「そうだなあ、私が好きなのは……」
店内をうろうろとし、ヒューマンのコーナーにあった「イアン・ウィリアムズ」という題名のパッケージを手に取る。

英国に実在したと言われる伝説の義賊、イアン・ウィリアムズの人生をフィクションを交えて映画化した内容のもの。
イアンを演じたライアン・ウッドの独特の重圧的な存在感が、暑苦しくて男臭いこの映画に非常にマッチしているのだ。
イアンを題材とした映画は多いけど、私は十年前に公開されたこの作品が一番好きである。
余談だがこの映画に女性はほとんど登場せず、東吾兄の求めるお色気シーンとやらは皆無である。

「あっ、この女の人今度来日するんでしょ?」
彼が新作コーナーに陳列してあったミーナ・ハレルソンが大きく載ってあるパッケージを指差す。
「うーん、美人っちゃ美人だけど貧乳で色気がないなあ」
パッケージを手に取り、彼がミーナに対して難癖を付ける。
その言葉に苛立った私は彼の頬をつねった。

⏰:12/04/30 00:05 📱:Android 🆔:KtkA0HNM


#757 [ぎぶそん]
翌日。昼休み、私は一人図書館に来ていた。

カウンターにいる図書委員と数人の生徒しかいない静かな一室で、前から読みたかった日本映画界の巨匠、故・白木清三郎監督の伝記を立ち読みする。

白木監督は昭和を代表する映画界の立役者の一人で、没するまで様々な名作を世に生み出してきた。
その本の中には、監督の映画に対するこだわりや思い、苦悩などが作家の手によって淡々と書かれていた。
監督に影響を受けた映画監督は世界中にいて、その数の多さは監督の偉大さを顕著としてると言えよう。
私も白木監督の作品はいくつか鑑賞したことがあるが、あれほど人の心に強く訴える作品を作れる人は他にいないだろうと思っている。

監督の映画は白黒画面が多くて若者は避けたがるかも知れないが、若者こそすすんで観るべきだと思う。日本人として忘れてはならない誇り、武士道とは何かと描かれているからだ。

⏰:12/05/01 22:31 📱:Android 🆔:swH1Ej9U


#758 [ぎぶそん]
毎日同じような日々が過ぎるとやがて金曜日になり、ミーナが日本にやって来る日が翌日に迫った。
明日、遂に憧れのミーナを間近で見れるのだ。

夜、居ても立っても居られず明日に備えてリビングで準備をし始めた。
「もしかしたらサインしてもらえるかも知れないから、明日はペンとノートでも持っていったらどうだ?」
リュックサックにカメラを入れていると、風呂上がりの父が髪をタオルで拭きながら提案してきた。
名案と判断した私は、サインペンとミーナ主演映画のDVDを持っていくことにした。

寝る前、目覚まし時計をセットし普段より早い時間に布団の中に入る。
明日はどれ位の距離と時間、ミーナが見れるのだろうか。サインをしてもらえたらすごくラッキーだなあ。そのサインはどう頼めばいいのか。ペンを差し出せば分かるか……――

私は頭の中で明日のシミュレーションを何度も行った。

⏰:12/05/01 22:57 📱:Android 🆔:swH1Ej9U


#759 [ぎぶそん]
次の日。昼前、私・父・東吾兄の三人は父の車でミーナが現れるという空港まで高速道路で向かった。

空港に着き中に入って、ロビーにいた女性にどこでミーナが見れるのかを訊いてみた。
女性の詳しい説明を受けゲート前へと移動すると、青い紐で出来た仕切りの前で数十人の人が待っていた。
待っている人は主に若い女性が多く、携帯電話を片手に一緒に来た知人と話し込んでいた。
私たち三人はその集団の後ろとなる三列目に並んだ。
列の一番左端で、私はリュックサックからカメラを取り出し、レンズ越しからミーナが良く映る絶好の位置を探す。

「真希、サインは父さんに任せろ」
隣の隣にいた父に声を掛けられ、すかさず私はペンとDVDを父に渡した。
三人の中で一際背の高い父なら、前の方に少し手を伸ばせばこの不便な場所からでもサインをしてもらえる可能性はあるかも知れない。

そのまま同じ体勢のまま一時間ほど、真横にいる東吾とお喋りをしながら過ごした。
「ねえ、来たんじゃない?」
東吾兄との会話が盛り上がっているところで、前にいた女性が隣の女性に呟いたのを耳にした。
会話を止め、私は視線をゲートへと移した。

一時間、

⏰:12/05/01 23:57 📱:Android 🆔:swH1Ej9U


#760 [ぎぶそん]
関係者に囲われ、大きめの黒いサングラスを掛けたミーナがやって来た。
口元を緩ませ、こちら側に手を振る。
彼女と一緒に新作映画に出演するニタ・クルスとウェリントン・スミスもサングラス姿で現れた。

私たちのいる方は携帯で彼女らを撮ったり、二枚目俳優ウェリントンに対する黄色い声援が飛び交う。
彼女たちが現れたせいか後ろの人たちがどっと押し寄せて来て、私は列の中で圧迫しそうになった。

その中で根気強く体勢を保ち、私も彼女に向かって「ミーナ!」と叫んだ。
つま先立ちをしレンズを除き、ミーナが中心に映ったところでカメラのシャッターを押した。

終始ミーナたちはこちら側に近寄ることもなく、たちまち出口へと行ってしまった。
しばらくの間、私は彼女を生で見れた興奮が覚めないでいた。

⏰:12/05/02 00:23 📱:Android 🆔:kEs1dhPg


#761 [ぎぶそん]
夜、リビングでくつろぎながら三人で今日一日を振り返る。
「サイン貰えなくて残念だったな。しかも見れたのもちょっとだけだったし」
父が私を元気づける。
「ううん、見れただけで十分」
私はその気持ちを受け取った。

「あ、今日のことニュースで言ってるぞ!」
私たち親子に東吾兄がテレビに注意を向けさせる。
芸能ニュースの話題で、今日ミーナたちが来日したことが報道されていた。
今日リアルタイムで見たサングラス越しのミーナの微笑みが、画面に大きく映る。

その後その番組で「ミーナ・ハレルソンさんに単独インタビュー」という特集が流れた。
新作映画の看板を背景に、「日本ノ皆サン、コンニチハ」とミーナが最初に片言な日本語で挨拶をした。
彼女の女優としての来歴の説明の後、彼女が新作映画の見所や撮影でのエピソードなどをインタビュアーに語る。
最後に彼女がもう一度たどたどしい日本語で「皆サン、ゼヒ観ニ来テ下サイ」と喋り、映像は終わった。

この映画、出来れば優平と観に行きたいな。

⏰:12/05/02 00:47 📱:Android 🆔:kEs1dhPg


#762 [ぎぶそん]
二日後の月曜日。朝教室に着くと、私は一昨日撮ったミーナの写真をエリに見せた。

「よく撮れてるじゃん。優平にも見せてあげたら?」
エリの提案を受け、私は映画の誘いも兼ねて優平に会いに行くことにした。

昼休み昼食を済ませた後、写真と映画の前売り券を片手に優平がいるF組を訪ねてみる。
廊下から教室の中をちらりと覗くと、目の前に七瀬玲央奈たちのグループが賑やかに話し込んでいるのが見えた。

――また、彼女たちに何か言われたらどうしよう……。
一抹の不安が胸に過る。

結局彼に会わずその場を離れ、私は一呼吸落ち着けようと屋上に上がることにした。

⏰:12/05/03 20:13 📱:Android 🆔:wGpfMb4g


#763 [ぎぶそん]
残念な気持ちを後退りながらも、一秒も休むことなく階段を上った。
屋上の扉を開けると同時に、新鮮な空気が受動的に身体に入ってくる。
いつもに増して風が強いせいなのか、今日は雲の流れを早く感じた。

フェンスを背もたれにして、ため息をつく。
「……映画、誘いたかったなあ」
両手で持った前売り券をまじまじと見つめる。

その時、屋上全体に強い風が吹く。
一瞬目を閉じた隙に、手にしていた券が飛んで行ってしまった。

「あ!」
私は慌てて空中に舞う券を追いかける。

すると、いつからいたのか給水塔で座っていた男子生徒が飛び降り、地面に落ちた券を拾い上げる。

「ほら」
「有難うございます」
私はその男子から券を受け取った。

「あんた、B組の雨宮真希やろ?」
割り箸をくわえたまま、その男子は話し掛けてくる。

⏰:12/05/03 20:47 📱:Android 🆔:wGpfMb4g


#764 [ぎぶそん]
「どうして私の名前を……?」
私は見覚えのない彼に訝しげに尋ねた。
「だって、あんたいつもここに来とうやろ。そん時俺も大抵あの場所にいたんやて」
彼が割り箸を口から離し、給水塔を指差す。
そうだったのか。今まで全く気がつかなかった、と思った。

「あ、俺、G組の横山って言うもんたい。横山礼司。よろしくなあ」
横山と名乗るその男子が、軽々しい態度で握手を求めてきた。
私も仕方なく右手を差し出す。

「因みに、こないだも俺ここにおったんやで。放課後、F組の桜井とか言う奴と話し込んでた時…」
「もう!詮索しないでよ!」
私は感情的になり咄嗟に握手していた手を離した。
不覚にもあのやり取りを他人に全部見られていたなんて、気恥ずかしい。

「詮索もなにも、事実を言ったまでやん。」
横山が離された手を撫でながら言い返してくる。

⏰:12/05/03 21:29 📱:Android 🆔:wGpfMb4g


#765 [ぎぶそん]
「ははーん。さては、その映画も桜井君と観に行くつもりなんやな」
彼が全てを悟ったかのような顔をする。
もしかしたら彼は、芸能ワイドショーとか人の噂話が好きな性質なのかも知れない。

「そうだよ。でもさっき誘おうとしたけど、F組の女子が怖くて逃げてきた」
気がつけば私は彼に事情を話していた。
今ある胸の内を、ただ誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
でも何となく、この彼には気の許せる雰囲気が漂っていると感じた。

「俺、代わりに桜井君に渡してやってもよかとよ」
「本当?」
親切な彼の言葉に私の心が晴れる。
「ただし、条件がある」
条件、という言葉に息を呑んだ。
「俺も一緒に映画に行くこと」
彼がポケットから私と同じ前売り券を取り出した。

⏰:12/05/03 22:50 📱:Android 🆔:dIN0YH7U


#766 [ぎぶそん]
「俺もこの映画好きでな。
でも俺、こっちに引っ越してからあんま友達おらんし。一人で観に行くんも寂しいと思っとるし」
彼が侘しい表情で券を見つめる。
「友達がいない」「寂しい」という言葉に同情の念が生まれる私。

「分かった。じゃあ、頼んだから」
私は彼に前売り券を渡した。
「任しとき。あ、それから……」
給水塔に登った彼が振り返る。

「水色のパンツ、なかなか可愛かったで」
素早く弁当を片付けると、彼はそそくさと屋上から出ていった。

パンツって……さっき風が吹いた時見られてたんだ。
抜け目のない男、と私はあっけにとられた。

⏰:12/05/03 23:11 📱:Android 🆔:dIN0YH7U


#767 [ぎぶそん]
放課後、私はエリと机を真向かいにして一緒に勉強をしていた。
「ねえ、エリ。G組の横山礼司って知ってる?」
私は情報通のエリに昼休み出会った彼のことを尋ねてみた。
「あの天然パーマの人?生まれは九州らしいけど、家が転勤族でしょっちゅう引っ越してるとか。この学校に来たのも去年の二学期からだったと思う」
彼女がまるで辞書を引いたかのように、的確な情報だけを私に伝えてくる。

「横山君がどうかしたの?」
彼女が不思議そうに尋ねてくる。
「実は……、今度その彼と優平と三人で映画観に行くことになりそうなんだ」
私は昼休みあった出来事を彼女に話した。

「ぷっ!あはは!横山君って、見た目どおり変わった人なんだね。
優平と二人きりで映画を観れないのは残念だけど、横山君って悪い人じゃなさそうし楽しんできなよ」
私の話に、彼女がくすくすと笑う。
彼女の言うように、私も新しい友達が一人出来たと思うことにした。

「雨宮ーっ!」
教室の前で、けたたましい声で誰かが私を呼ぶ。その音量に耳がきんきんと鳴る。

⏰:12/05/03 23:39 📱:Android 🆔:dIN0YH7U


#768 [ぎぶそん]
横山だった。
教室にいる皆の視線が彼に向けられる。
私は慌てて彼の元に行った。

「ちょっと、そんな大きな声で呼ばないでよ。皆の迷惑でしょ」
「例のあれ、桜井君にばっちり渡したけん」
横山が大きな目を細めてにんまりと笑う。

「桜井君、今週の日曜なら予定空いとうって。俺、彼のメールアドレスもゲットしちゃった」
彼が満面の笑みで自分のケータイをちらつかせる。
「何でそんなに嬉しそうなのよ」
私は彼を疑問視した。
「だって、俺ゲイやもん」
「え?そうなの?」
彼の意外な告白に、私は目を丸くした。
「嘘に決まっとうやろ、ヘテロや。でも、雨宮みたいな背の高い女はあんま好みやないっちゃけどな」
そう言い残すと、彼は大笑いをしながら教室を去っていった。

なかなか癖のある人物だけど、いい友達にはなれそうだ。

⏰:12/05/05 02:47 📱:Android 🆔:PQ0W3.s6


#769 [ぎぶそん]
その日の夜、部屋で本を読んでいるとケータイの着信音が鳴った。
相手が「もしもし?」と遠慮がちに話す。
優平だった。

「今日、横山って人から突然映画のチケット渡されたんだけど…」
彼が戸惑った声を出す。
私は咄嗟にところどころ嘘を交えながら彼に経緯を話した。
横山と親しくなり、偶然同じ映画の前売り券を持っていたのでそのまま意気投合したと。
七瀬玲央奈たちを避けたかったという話は、かえって彼に気を遣わせることになりそうなので言わなかった。

「直接渡してくれたら良かったのに」
「ああ。えーっと、今日は何か忙しくて……」
彼の純粋な問い掛けに、やや冷や汗が出る。
「分かった。じゃあ、また日曜日な」
その後お互い「おやすみ」と言い合った後、私たちは電話を切った。

久しぶりに優平と電話出来て嬉しかったな。
でもF組の女子を敵に回したくないし、しばらくは学校で会えそうにないな。

⏰:12/05/05 03:15 📱:Android 🆔:PQ0W3.s6


#770 [ぎぶそん]
水曜日。リビングでテレビを観ていると、父のケータイが鳴る。
いつもみたいに会社からかなと思い、そのまま気にせずテレビを観続ける。

「はい、そうです。えっ……本当ですか!」
父の嬉しそうな声が聞こえ、思わずそちらに目をやる。

「真希、例の『パリの祝日』のイベントに当選したって!」
父が通話中のケータイを離し、私に声を掛ける。
「えっ!?本当に?」
あまりの驚きで一瞬、自分の中の時が止まる。
きっと、宝くじに当たった時ってこんな気持ちになるのだろうと思った。

父はそれから相手の話を従順に聞くと、深々と頭を下げながら丁寧に電話を切った。
「今週の土曜日、とりあえず衣装の寸法計りたいからスタジオに来てって」
相手に言われたことを私に説明する。

日曜日じゃなくて良かった、と一先ず安心した。
それからずっと、毎週欠かさず観てるテレビ番組の内容も全然頭に入らないくらい混乱していた。

⏰:12/05/05 03:40 📱:Android 🆔:PQ0W3.s6


#771 [ぎぶそん]
土曜日の昼前。衛星放送の会社の本拠地となるビルを目指して、父の運転で車を飛ばす。
あまり行きなれない土地だからか、父はカーナビの指示にも四苦八苦していた。
一時間ほどでビルに到着すると、エレベーターで七階まで上がる。

七階に着き、私たちはどこに行けばいいのか分からずにいた。
「あの、『パリの祝日』のイベントで来たんですけど…」
父がその辺にいた関係者らしき男性に尋ねると、その男性が快く説明をしてくれた。

そこから数十メートル先にある「第三会議室」という部屋に入ると、目の前に長机が広がり、既に来ていた他の参加者らが鉄パイプの椅子に座っていた。
私たち親子も空いてる席に腰掛けた。
机の上には人数分のペットボトルのお茶が置かれており、喉もひどく渇いていたのでさっそく開けて飲んだ。

そのまま手持ちぶさたで過ごすと、参加者となる残り二組の親子らも入ってくる。

⏰:12/05/06 05:47 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#772 [ぎぶそん]
約束の一時を過ぎた頃、IDカードをぶら下げた三十代後半くらいの男性が入って来た。
窓際の席に座ると、手に持っていたプリントを私たち参加者に回す。

「参加者の皆さん、まず、当選おめでとうございます。そして、この度はわざわざ遠い所からお越しいただき有難うございました。私、この企画のプロデューサーを務める森部と言います」
その男性が、参加者に向かってはきはきと話し始める。
左手の結婚指輪はくすみがかっていて、着ているチェックのシャツもよれている。
まさしく“仕事人間”だと思った。

森部さんがこれからの説明をする為に、プリントに書かれてある内容を音読する。
今日は身体のサイズを計るだけで、イベントはまた一週後に行われる。
この場所に来るのにかかった交通費も全額支給するので、父親の皆さんには別の用紙に住所と近くの駅名を書いて欲しいとのこと。

⏰:12/05/06 06:14 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#773 [ぎぶそん]
森部さんの説明がだいたい終わると、今度は名字のアイウエオ順で寸法をとることになった。
一番最初は、「雨宮」の私たち親子。
隣の部屋に行かされ、そこにいた若い女性らに誘導されるがまま、まずは身長を計った。

次に、少しぽっちゃりとした女性が慣れた手つきで胸囲を計る。
お腹回りにメジャーが巻きつかれた時思わず凹ませたくなったが、衣装がきつくなると大変なので我慢した。

無言だったその女性が「お父さん、若いね。お兄さんみたい」とぽつりと口にした。
社交辞令かも知れないが、父の自慢はたまに二十代に思われることだ。
でも本人も気にするほどの薄毛だし、そのうち頭部全体が光沢を増すだろうなと思っている。

⏰:12/05/06 06:39 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#774 [ぎぶそん]
作業は瞬く間に終わった。
「お疲れ様でした。では、出来上がった衣装を楽しみにしていて下さい」
スタッフの女性に扉を開けられ、その部屋を出る。
隣の部屋に戻り父が書類を書いた後、呆気ない気持ちを残したままビルを後にした。

「どんな衣装が出来るのか楽しみだなあ。しかし、今日は色んな親子がいたな。五歳くらいの娘さんもいたし、七十代くらいのお父さんもいた」
帰りの車内で、運転席の父がうきうきと会話を弾ませる。

その後近くの駅に車を止めると、駅の中の定食屋で昼食を取った。
東吾兄が来てから親子二人で外食する機会はなかったので、何だか懐かしくも感じた。

注文が来るまで、父と話し込んだ。
「城だけに、ジョージ国王だな」
「何のこと?」
「『パリの祝日』の父親の名前。父さんの名前と似てる」
父が誇らしげに語る。そう言えば、と今になって気づいた。

「父さんがもしあの映画のジョージ国王だとしても、娘の為なら職務ほっぽり出してでもパリの街を見せるだろうな」
「どうして?」
「娘のわがままには弱いからさ。あの映画、よく悲しい物語と言われるけど父さんはそうは思わない。あの親子にとっては国王としての地位より月並みな自由の方が幸せだろうから」

月並みな自由。私たちは当たり前のように色んな場所に行ったり遊んだり出来る。
そんな当たり前と思っていること、もっと幸せに感じたい。

⏰:12/05/06 07:19 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#775 [ぎぶそん]
次の日の午後。以前、東吾兄と来たショッピングモールに来ていた。
今日は優平と横山と三人で映画を観る日。昨日横山からメールで指定された集合場所の広場で、二人が来るのを待つ。

「おーっす。雨宮」
約束の時刻の五分前に、横山が現れた。
初めて見る彼の私服は、シャツにジーンズとラフな格好だった。
日本人離れした体格には、高校生ながらもサングラスが良く似合っていた。

「ごめん、待った?」
そのすぐ後に優平がやって来た。
カーキ色のジャケットに黒いズボンと、すっきりとした身のこなしをしていた。
何気なく思える衣服も、きっと全部ブランド物なんだろうなと思った。

「ほんなら、行きましょか」
横山の先導で、モール内の二階にある映画館を目指す。

⏰:12/05/06 07:44 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#776 [ぎぶそん]
映画館に入り、窓口で前売り券を渡す。
横山がトイレに行ってる間、優平が売店でコーラを買ってくれた。

「一番右の席は雨宮で、その隣桜井君な」
三人で上映前の劇場内に入り、横山の支持どおりに席に座る。
きっと、彼なりに気を利かせてくれたのだろう。
優平が隣に座った時、彼の服の匂いがふわっと香った。

「これ、どんな映画?続編らしいけど、全然観たことなくても理解出来るかな?」
隣にいる優平が話しかけてきた。
このくらいの距離で彼と話したことは沢山あるのに、場内が暗いせいかいつにも増して緊張する。
「あ、多分大丈夫。『サンシャイン』って言う謎の組織があって、世界各地で次々とテロを起こすの。それをミーナ扮する特殊隊員のジェシカが食い止めるって話」
「へえ、面白そう」
「敵はたいてい合成獣とかゾンビとかだから、ちょっとおぞましいかも」
「え、そうなんだ……」
一瞬にして彼の顔の血の気が引く。

映画が始まるまで、私と優平は横山そっちのけでお喋りしていた。

⏰:12/05/06 08:24 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#777 [ぎぶそん]
そして、映画が上映された。
シリーズ六作目となるこの映画は、前情報で日本が舞台と聞いていたがそれは最初の二十分だけだった。
スクリーンに映るミーナが、様々な武器や武術を駆使して敵に挑む。

優平がどんな様子で観ているのか気になったので、時々隣をちらちらと確認していた。
上映前は不安そうにしていたけど、真面目な顔で鑑賞していた。

二時間ほどで映画を観終えた後、三人でモール内のファストフード店に入った。
さっき飲んだコーラでお腹が膨れていたので、横山の分のフライドポテトをつまむ。

「桜井君面白かったと?」
「面白かった。前のシリーズも観てみようかな」
「だってよ、雨宮。一緒に観てやれ」
「え?」
横山の言葉に驚いて、私はポテトを喉に詰まらせそうになった。

「あ……、お願いします」
優平もまんざらではない様子で、私に頼んできた。
「うん。じゃあ今度ね……」
恥ずかしさで、私の話す声の大きさが徐々に小さくなる。

⏰:12/05/06 08:51 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#778 [ぎぶそん]
映画を観るということは、どちらかの部屋でってことだよね!?
優平と二人きりで密室の部屋で過ごすなんて……。
嬉しいけど、絶対緊張する。
キスシーンの時はどうやり場を過ごそうか……。

「雨宮、もしかして今エッチなこと考えたと!?『桜井君と二人きりになれる、嬉しい』って」
私の心の声が聞こえたのか、横山が疑うような目で聞いてきた。
「へっ!?そんな訳ないでしょ!じゃあ、優平ん家で祥華さんと三人で観よう」
「ショウカさん?」
横山がきょとんとする。
「優平ん家にいる使用人だよ。凄く美人なの」
祥華さん、元気してるかな。また会いたいな。

「美人がいると!?それなら俺も行くたい。……って違う違う、俺はあくまで二人のサポート係やけん。桜井君、最近雨宮はF組の女子に僻まれとるらしいったい」
横山が、私が優平に隠していたかったことを漏らした。
それを聞いた優平が、少し穏やかさを失う。
「そうなの?俺からあいつらに言ってやろうか?」
「そんなことしなくていいよ」
私は激しく首を振った。
優平を味方にして彼女たちを責めたりしたら、自分が卑怯な感じがする。

⏰:12/05/06 09:18 📱:Android 🆔:VESz4iG2


#779 [ぎぶそん]
ファストフード店を出て、その後の予定もなく立ち止まったままでいると横山が口を開いた。
「二人共、もし良かったら俺ん家来ん?」

彼の唐突な提案に、私と優平は「どうする?」といった様子で顔を見合わせた。
「俺ん家、ここのすぐ近くにあるとよ。部屋でゲームでもしようや」
横山が半ば強引に誘ってくるので、私と優平はその言葉に甘えることにした。

その場所から歩いて横山の家を目指す。
歩いてる最中に、私は二人に「パリの祝日」のイベントに当選したことを話した。
「写真が出来たら見せて」と、優平が期待した様子で言ってきた。
横山には「馬子にも衣装になるたい」と嫌味っぽく言われた。

十分ほどモールの裏にある住宅街を歩くと、横山が住むという小さなアパートに到着した。
二階に上がり「二○三号室」の前で立ち止まると、彼がポケットから鍵を開ける。

ドアを開け、玄関で靴を脱ぎながら横山が大声で「母さん、友達連れてきたけん」と口にした。
廊下を突き当たって右にある襖が開くと、横山のお母さんらしき人が出てきた。
お母さんは私と優平に向かってお辞儀し、「息子と仲良くしてくれて有難うございます。遠慮せずゆっくりしていって下さい」と物腰低く挨拶してきた。
お母さんは大柄な横山と対照的で、とても小さかった。
私と優平も彼女に会釈をした。

⏰:12/05/07 23:00 📱:Android 🆔:/I6qBmag


#780 [ぎぶそん]
靴を脱ぎ、居間を横切って横山の部屋に入った。
部屋の壁にはいたるところに映画スターのポスターが貼られていて、棚にはどの段にも映画のDVDがぎっしりと入っていた。

「俺、映画がばり好きなんよ。半年で二百近くは観るけんね」
つまり年間でおよそ四百、私以上に映画を鑑賞する人と初めて出会ったと思った。

「これ、今日の映画に出てた人のフィギュア?」
優平が棚の上に置いてあるものを指差す。
ニタ・クルス演じるサラ・モナハンのフィギュアが飾られていた。
「サラ」というキャラクターは日本でも人気が高く、グッズも良く売れると聞いたことがある。
長くて黒い髪をいつもポニーテールにしていて、その姿が男性を魅了するだとか。

「そうで。俺、ばりサラが好きやけん。それ、ばり高かったけどお小遣い貯めて買ったたい」
私は横山の購買欲に共感出来ると思った。好きになったものは不思議とグッズを収集したくなってしまうからだ。
でも、優平にはこういう”オタク心“が理解出来るのだろうかと少し心配になった。
そんな彼は「へえ」とだけぼやき、きょとんとした顔でいた。

それから横山の映画に関するうんちくを聞いていると、「ジュースとお菓子をどうぞ」と言って横山のお母さんが部屋に入って来た。
三人分のオレンジジュースとクッキーがテーブルに置かれた。
私と優平はお母さんに礼を言い、さっそくジュースに口をつけた。

⏰:12/05/07 23:32 📱:Android 🆔:/I6qBmag


#781 [ぎぶそん]
テーブルの上にあった写真立てに目をやると、横山と一緒に恰幅のいい外国人が映っていた。
「この人、向こうの俳優か何か?」
私は横山に聞いてみた。
「ああ、それ俺のじいちゃん。アメリカ人。やけん俺、クォーターなんよ」
横山の言葉に、優平が声を出して驚く。
私は彼の体格が日本人離れしていることに納得を覚えた。
彼の特徴的な天然パーマも、彼と全く同じ髪型をしているお祖父さんゆずりなのかも知れない。

それから私たち三人は、日が暮れるまで話をしていた。
最初は口数が少なかった優平も横山に打ち解けてきたのか、彼にどんどん質問をするようになっていた。

夕方になると私の提案で、保おじさんが経営しているラーメン屋に三人で行くことになった。
前から優平を連れて行きたいと思ってたし、丁度いい機会だと思った。

⏰:12/05/10 21:35 📱:Android 🆔:QBswtVdI


#782 [ぎぶそん]
二十分ほど街を歩いてラーメン屋に着き、小さな赤い暖簾をくぐる。

「おう真希ちゃん!あれ、彼氏が二人も出来たんかい!?」
店内に入ると、保おじさんがお得意の冗談で早速声を掛けてきた。
「おっちゃん、違うったい。雨宮の彼氏はこっち」
横山が優平を指し示す。
私は大慌てで否定したけど、保おじさんは「そう恥ずかしがりなさんな」と言い、へらへらと笑っていた。

そのまま三人で横並びにカウンターに座り、それぞれ食べたいラーメンを注文する。
ラーメンが出来るのを待つ間、文化祭での出来事や今日三人で映画を観てきたことを保おじさんに話した。

十分ほどして、三人分のラーメンが運ばれてきた。
湯気が濃霧みたいに私の顔面を立ち込めてくる。私はまずスープを一口飲んだ。濃厚な味噌の味が喉に広がる。

「ばりうまかー!九州の田舎を思い出すたい」
とんこつラーメンを頼んだ横山が、私の右隣で勢いよく麺を啜る。
スープをごくごく飲む音もはっきりとこちらまで聞こえてきた。
「おっ、兄ちゃん。生まれは福岡なのかい?」
保おじさんが横山の言動に反応した。
横山が頷くと、そこから保おじさんが福岡でラーメンの修業をしていた時のことを話し始め、二人は完全に意気投合していた。

二人の会話が店内中に聞こえている中、左隣にいる優平は黙々と自分のラーメンを食べていた。
私も両隣にいる異性を意識してか、一部始終行儀よく食べた。

⏰:12/05/10 22:12 📱:Android 🆔:QBswtVdI


#783 [ぎぶそん]
二人より遅く私が食べ終えたところで、ラーメン屋を出た。
「じゃあ八時から観たいテレビもあるし、俺は今日はこの辺で帰るたい。お二人さん、後はごゆっくり」
横山が疾風の如く帰っていった。

優平も付き人の祥華さんに迎えに来てもらおうと携帯電話を取り出し、彼女に電話を掛けた。
祥華さんが車で来る間、そこで二人で立ち話をした。

「横山君って面白い人だよな。真希が仲良くなってなかったら、今日みたいに遊ぶこともなかったのかも」
「友達になれて良かったよね」
そこで会話が途切れ、彼が何か物言いたげな顔をする。
「後……俺のクラスの女子に何かされた時は迷わず言えよ?」
昼横山から聞いていたことが、気になっていたようだ。
私はF組の女子を思い出す憂鬱さを感じながらも、静かに首を縦に振った。

二十分後、古びた街並みに不似合いの高級感漂う赤いスポーツカーが現れた。
優平が私に「それじゃあ」と別れを告げながら、助手席ドアに手を伸ばす。
「そうだ、祥華さんにDVD一緒に観ようって誘っておいてね」
私は彼に念を押し、手を振った。

⏰:12/05/10 22:42 📱:Android 🆔:QBswtVdI


#784 [ぎぶそん]
そして、翌週の土曜日。「パリの祝日」のイベント当日となった。
父と二人朝六時には目が覚め、九時前にビルに到着した。

第三会議室に入り、他の参加者と共にプロデューサーの森部さんの指示を受ける。
森部さんは昨夜徹夜をしたのか目の下にはクマが出来ていて、今日も相変わらずシャツがよれていた。
今日もアイウエオ順で準備をすることになっていて、「雨宮」の私と「遠藤」の名字である三十代くらいの主婦の方が衣装に着替える為隣の部屋に移動させられた。
父と遠藤さんのお父さんが、私たちのまた隣の部屋に移動する。
「真希、また後でな」と、父が別れ際声を掛けてきた。

部屋に入ると、真新しいドレスが飾られてあるのが目に入った。
水色の生地で腰回りに大きな白いリボンがあるのが特徴的な、とても可愛らしいドレスだ。
それは「パリの祝日」で、エマ王女が最初パリの城にいるシーンで着ていたドレスと全く同じデザインだった。
私は再現率の高さに驚いた。

⏰:12/05/15 22:38 📱:Android 🆔:TQsedy8c


#785 [ぎぶそん]
先週寸法を計ってもらった女性の指示で服を脱ぎ、スタッフの女性の二人がかりでゆっくりとそのドレスを着させてもらう。
一人の女性に背中にあるファスナーを閉めてもらい、難なくドレスが着れた。
ドレスはオーダーメイドにあたるので、腕回りや腰回り、身体じゅうのすべてに心地よいフィット感を覚えた。

「次はメイクをしますので、こちらにどうぞ」
細身の女性スタッフに、部屋の左端にある鏡の前の椅子に座るよう誘導される。
ドレスに気を遣いながら椅子に座ると、鏡に華やかなドレスに不相応な素顔のままのみすぼらしい自分の顔が映る。
私は思わず自分の姿を直視するのを止めた。

「はーい、では、最初にファンデーションを塗っていきますねー」
”今時“な身なりをした若い女性が語尾を伸ばした喋りをしつつ、手の甲でファンデーションを延ばす。

⏰:12/05/15 23:02 📱:Android 🆔:TQsedy8c


#786 [ぎぶそん]
その若い女性スタッフが、私の顔に指先で優しくファンデーションを塗り広げてくる。
それからファンデーションだけでも三種類は着けていて、ファンデーションを塗るだけで十五分は費やしたように思える。
私はファンデーションをパタパタとただ粉をはたくだけの作業だとずっと思っていて、メイクの基盤だけに凄く重要な役割だと知り、女性としてその考えを改めることにした。

次に女性がペンシルで眉毛を丁寧に塗り、左右対称になるよう何度も確認しながら仕上げる。
いつもより濃い眉に可笑しさを感じながらも、顔がはっきり見えることに気がついた。
眉が終わるとビューラーで睫毛を上げ、マスカラを淡々と塗ってくる。
マスカラが乾くと、つけまつげとなるものを睫毛のやや上につけられた。
瞼の上に、違和感のある重みをひたすら感じる。
つけまつげをすることによってより目が大きく見えるのは間違いないが、それに伴う窮屈さに私は慣れそうもなくて、自発的にはつけないだろうなと思えた。

⏰:12/05/15 23:24 📱:Android 🆔:TQsedy8c


#787 [ぎぶそん]
つけまつげが瞼に馴染むと、今度は女性がアイシャドウを塗る作業にかかる。
ドレスの色に合った水色をベースとしたシャドウを、女性が薄い色から順番に黙々と塗っていく。
完成して女性に「どうですかあ?」と聞かれ、鏡に目をやる。
淡いグラデーションに光沢する瞼を見て自信が持てるようになったのか、次第に鏡の中の自分に笑みがこぼれる。

そして頬に軽くチークを塗り、口紅を丁寧に塗ってメイクが完成した。
こんなに大々的に化粧をしたのは生まれて初めてだったので、かなり大人びた気持ちになった。

「じゃあ次は、髪をセットしていきますね!」
メイクをしてもらった女性とは対照的な、今度ははきはきとした喋りの女性がやって来た。
女性が後ろで私の髪をいじり始めたが、どんな仕上がりになるのかも知らぬままただ彼女に身を委ねる。

⏰:12/05/16 23:45 📱:Android 🆔:UM2q/uW6


#788 [我輩は匿名である]
>>1-200
>>201-400
>>401-600
>>601-800

⏰:12/05/18 14:40 📱:SH02A 🆔:bNnV1E4Q


#789 [ぎぶそん]
その間、私は台の上に置いてある化粧道具に目をやった。
色とりどりにあるアイシャドウの種類を見て、まるで美術の授業の時に使う絵の具みたいだと思った。
こんなに化粧道具が充実していたら、女性として毎日が楽しくなるに違いないだろう。

じっくりと化粧道具を眺めていると、後ろにいる女性が私の髪を一つにまとめ始めた。
その力の強さに思わず頭部ごと後ろに引き寄せられ、「うおっ」と小さく妙な言葉が口から漏れた。
「ごめんね!」と女性が咄嗟に詫びてきたが、また何事もなかったかのように髪をいじり出した。

その後お互い何も口にすることなく、ただ時間が過ぎていった。
「はい、お疲れ様です!」
「パリの祝日」の内容を思い出している途中、女性が終わりを告げてきた。
その言葉に反応して正面の鏡を見るが、全ての髪を後ろでまとめているためいまいちどう完成したのかよく分からない。
女性が後頭部に鏡を当てて、私に後ろの状態を確認させる。

“お団子”になっている、という表現でいいのだろうか。
その団子の中央に三つ編みが出来ていて、一本も髪の毛が乱れることなく芸術的にまとまっていた。
自分一人ではこんな髪型はまず出来ないだろう。
「有難うございます」と、思わず女性に対して感激の言葉が漏れた。
「いえいえ、凄く似合ってますよ」と女性は私に返し、きっと本心から表れたであろう笑顔を見せてくれた。

⏰:12/05/30 05:17 📱:Android 🆔:0M7uB2zA


#790 [ぎぶそん]
「雨宮様、最後にこちらのヒールをどうぞ」
スタッフの女性の一人が低い体勢で私の元にやって来て、箱から白いハイヒールを取り出した。
そう言えば、この間足のサイズも教えていたっけ。

右足から慎重に入れる。
生まれて初めて履くハイヒールは、少し窮屈に感じた。
左足も履くと、女性スタッフがドアを開けて誘導してきた。
そこまで行こうと立ち上がり一歩進もうとした時、右足のヒールが傾き足がよろけた。
スタッフの女性たちが慌てて私の身体を支える。
「大丈夫ですか?」
女性たちは顔が笑っていた。
何て無様な”王女様“なのだろうと思った。

ふと、部屋の隅に移動させられた遠藤さんの様子が気になって後ろに目をやった。
遠藤さんは丁度今髪のセットが終わっていたところで、満足そうな表情で鏡を見ていた。
「お先に失礼します」と、心の中で彼女に一言告げた。

⏰:12/05/30 05:39 📱:Android 🆔:0M7uB2zA


#791 [ぎぶそん]
部屋を出て、二人の女性スタッフにひたすらついていく。
不慣れなハイヒールを履いているお陰で、歩くといういつもなら何でもない動作が、ひどく困難に感じる。
「パリの祝日」の映画の中で、エマ王女がハイヒールで足を痛める場面があったことを思い出した。
今ならその時の彼女の気持ちが痛いほど理解出来る。とにかく足が痛い。

スタジオらしき場所に到着すると、父と遠藤さんの父親が長椅子に座っているのが見えた。
二人は缶コーヒー片手に楽しそうに話し込んでいた。
「遅かったなあ!」
父が私の存在に気づき、立ち上がった。
父は白いタキシードスーツを着て、青い蝶ネクタイをしていた。
その姿をパッと見て、いつもより若く見えると思った。
二十代と言われても違和感ないだろう。

「真希、凄く綺麗じゃないか!あ、これがさっき言ってたうちの娘です」
父が遠藤さんに私を紹介した。
一体私の何の話したんだろうと、一瞬父に睨みをきかせたが、一先ず遠藤さんに会釈した。
「いやあ、べっぴんさんじゃ。若くて羨ましいのう」
六十代くらいの遠藤さんが目尻に沢山の皺を寄せて微笑んでくれた。

⏰:12/05/30 06:24 📱:Android 🆔:0M7uB2zA


#792 [ぎぶそん]
「雨宮城様・雨宮真希様、今から写真撮影を行うのでこちらに来て下さい」
スタッフの男性に呼ばれ、父とスタジオ奥へと移動した。
一番に写真撮影の背景になる特大パネルが目につき、それは映画で最初に国王と王女がいた城を手描きで再現したものだった。
このイベント、かなりの経費が掛かっていそうだ。

青いシートの上に立つと一人の女性スタッフが駆け寄り、私たちのポーズや位置を整える。
カメラマンの男性や照明係の人、その他大勢の人が私たち親子を凝視する。
気分はまるで雑誌のモデルだ。

「はーい、今から撮りますんで、リラックスしてください」
女性が立ち去ると、カメラマンの男性がレンズを覗き、私たちに話しかけた。
そして、カシャカシャ!と、慌ただしいシャッター音が静かなスタジオ内に響いた。
数分の間、シャッター音は何度も連続して鳴った。

⏰:12/05/31 05:01 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#793 [ぎぶそん]
「はーい、オッケーでーす。最後に当選者の皆さんで写真を撮りますんで、申し訳ないですがそれまで適当に時間を潰してて下さい」

シャッター音が鳴り終わり、カメラマンの男性の指示でその場を離れた。
今度は入れ替わりで遠藤さん親子が呼ばれた。
色んな機材に囲まれた場所にいる若い男性スタッフの方に呼ばれ、パソコンに送られた写真を見せてもらった。
どれも同じ体勢なので全て同じ写真に見えたが、親子ともに目を瞑っているのが何枚かあった。

自分たちの写真を見終わると他の親子の撮影風景を見たり、スタジオ内をうろうろして時間を過ごした。
昼十二時を過ぎると、昼食として幕の内弁当が差し出された。
スタジオ隅にあるテーブルで、口紅が落ちないように気をつけながら食べ物を口に運んだ。
ペットボトルのお茶を飲む時も、飲み口に口をつけず仰向けになり口を開けて飲んだ。

⏰:12/05/31 05:31 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#794 [ぎぶそん]
それから一時間・二時間と過ぎたがなかなか個人個人の撮影は終わらず、退屈そうに待つ人や、椅子に座ったまま仮眠を取る人も現れていた。
私は当選者の中にいた六歳の竹田愛ちゃんという女の子が話し掛けてきてくれたので、ひたすら彼女とおしゃべりをしていた。
愛ちゃんは今同じ幼稚園に好きな男の子がいて、今日のドレスアップした姿を彼に見せたかったと話していた。

三時過ぎになり、五組目の山口さん親子の撮影が終わり、ようやく全ての親子での撮が終わった。
カメラマンの男性に、当選者全員がカメラ前に来るよう指示を受けた。
一番背の低い愛ちゃんが中央、四番目に背の高い私は右端に位置付けられた。
男性陣はそれぞれの娘の後ろにいるよう台の上に立たされた。

ポーズと位置が整うと、カメラマンの男性がレンズを覗き込む。
「はーい。では撮りまーす」
静まり返ったスタジオ内にシャッター音が何度も轟く。
こうして、全ての撮影が終了した。

⏰:12/05/31 06:01 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#795 [ぎぶそん]
再び着替え室に戻り、名残惜しくも着ていたドレスを脱いだ。
ハイヒールを脱ぎ、履いてきた運動靴に履き替えると、その慣れた心地よさに幸せを覚えた。

着替え終わり最初にいた第三会議室に入ると、森部さんから印刷した写真が入っている封筒を渡された。
早速、封筒を開け写真を取り出してみた。
専門の方々から施された自分は、普段鏡で見るのとは全然違うような気がした。
隣の父も、高校生の娘がいるのが驚くくらい若々しく映っていた。
当選者全員で撮った写真は、一期一会の集まりとは思えないくらい和やかな雰囲気が漂っていた。

会議室を出て、最後に親子二人で関係者の方々にお礼を言ってビルを後にした。
衣装や靴は希望があればプレゼントすると言うので、親子ともに持って帰ることにした。
それらを車のトランクに積んだ時、父がこうぼやいた。
「いつか、真希の結婚式の時にまた着ような。……って、真希が結婚することなんかまだ考えたくもないけど」
私は愛情のこもった父のその願望を、いつか叶えてあげたいと思った。

⏰:12/05/31 06:30 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#796 [ぎぶそん]
二日後の月曜日。昼休み、横山から今からイベントで撮った写真を持って屋上に来いという内容のメールが届いた。
彼が私の写真に興味を持つなんて不思議だ、と思いながら屋上まで上がると、そこには横山の他に優平も一緒にいた。

「じゃあお二人さん。後はごゆっくり」
私がやって来ると横山はそれだけ言い残し、すぐに屋上から出た。
残された優平と目が合った時、私と優平が二人きりになる機会を彼が設けてくれたんだと察した。

「これ、こないだ言ってたイベントの写真……」
私は彼に写真を差し出した。
「綺麗だよ。お父さんも、本当の王様みたい」
彼が感激といった表情をする。
「その衣装、家に持って帰ったの。いつか、優平の前で着れたらいいな……」
「うん、見せて。見たい」
私の言葉が持つ本当の意味も分からぬまま、優平は素直に笑っていた。

――このままずっと優平を好きでいて、そのまま結婚相手も彼だったらいいのにな。
高校時代に恋をした、父と母のように。

⏰:12/05/31 06:50 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#797 [ぎぶそん]
後日。お風呂から出ると、リビングでノートパソコンを操作している父が私を手招きした。
パソコンの画面を覗いてみると、衛星放送の公式ホームページにこの前のイベントの内容が掲載されていた。
当選者全員で撮った写真がアップされていて、左端に私たち親子もしっかりと映っていた。

「最年少の竹田愛さんは、『今度のお遊戯会でこのドレスを着て、エマ王女を演じてみたい』と述べている。――だって」と、父が記事を読み上げる。
一緒に見ていた東吾兄は、「城さんもマキロンも芸能人みたい。すげー!」とはしゃぎ、羨ましそうにしていた。

部屋に上がり、ベッドに横になって自分に起こった最近の出来事を振り返ってみる。
まず、横山という同じ映画鑑賞が趣味の友達も出来た。
そして一番印象的なのは、父と親子二人で「パリの祝日」の世界を疑似体験できたことだ。

映画。それは私にとってどんなものだろうかとよく考える。
他人の人生を約二時間覗くことで自分の人生を考えさせられたり改めさせられたりする、不思議なショーだ。

きっと私は生涯映画を愛し、観続けるだろう。
映画は誠意を誓った友のようにいつも私のそばにいる。
これからもそんな映画と、そして隣で観る人たちと共に寄り添って生きていきたい。

Chapter09 END.―

⏰:12/05/31 07:35 📱:Android 🆔:Cc8rMnGc


#798 [匿名]
あげる

⏰:12/12/28 15:11 📱:KYL21 🆔:☆☆☆


#799 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑

⏰:22/10/02 01:11 📱:Android 🆔:Ltpo.xA.


#800 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age↑

⏰:22/10/04 18:32 📱:Android 🆔:nH.OoPsQ


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