微妙な10センチ。〜最終〜
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#427 [あき]
『じゃ、遠慮なく…』
『どうぞ〃』
どこかの小さな駐車場に車は入った。
狭い車内で、おじさんは愛妻弁当を広げる。
その匂いが私の胸を焼き、冷えた体がブルッと震えた。
軽く言葉を交わして、車を離れ、目に入った自動販売機の元へ走り寄る。
この季節、自動販売機にホットと記された飲み物は見当たらない。
諦めてミネラルウォーターのボタンを押して、ガタンと音を立てて落ちてきたそれを手に取った。
雨が降りしきっていた。
『外の方が暖かい…』
:09/09/15 02:55
:W64S
:QiLm6EsI
#428 [あき]
『そりゃ、出世しないわ…〃』
ミネラルウォーターを一口飲んで、一息つく。狭苦しい車内で、愛妻弁当をがっつくおじさんを遠巻きに見つめ、思わず呟いた。
決して、現場主義者とは思えない。
あの年代なら、勤続年数数十年だろうに。
くだらない会話は弾むくせに、肝心な所では、つまづいてしまう。
…上がり性。
降りしきる雨、車の停車位置さえ考えれば、濡れずに済んだ場所はいくらでもあった。
…視野と判断が甘い。
濡れた体に、いっこうに緩まない車内冷房温度。
…配慮に欠ける。
可哀想だが、出世出来ない原因、全てが、おじさんの一連の行動で物語っていた。
:09/09/15 03:16
:W64S
:QiLm6EsI
#429 [あき]
(とまぁ、そんな事はさて置き…〃)
煙草を数本吸い終わる頃に、おじさんの、愛妻弁当を片付け始める姿が見えた。
煙草をじゅっと灰皿に入れて、また走って車内に戻る。
助手席に座ると、爪楊枝で歯の手入れをしながら、おじさんは言った。
『飯、食わんのですか?』
『はい〃体調が悪くて〃』
『そりゃいかんなぁ。風邪か?』
『どうでしょ〃』
あんたのせいだよっ!
と突っ込みたくなった…。
:09/09/15 03:25
:W64S
:QiLm6EsI
#430 [あき]
結局、最後の一日は雨があがる事なく、もう、完全にスーツはダメになって、ベタついた髪からは酸性雨の嫌な臭いがしていた。
早々におじさんに挨拶を済ませ、改札を目指す。
時計を確認しても、まだ一時間も余裕がある。改札を抜けるには早すぎる時間だ。
(……)
噴水が目に入った。
一瞬立ち止まる。
噴水の傍に座る私。
それを見つめ、笑う西条さん。
立ち上がる私。
その背中に、叫ぶ西条さん。
まるで昨日の事のように残像が蘇る。
私は、残像を振り払って…改札を抜けた。
私達が始まったあの場所に別れを告げたのだった。
:09/09/15 03:40
:W64S
:QiLm6EsI
#431 [あき]
改札を抜けて、ホームに立つ。ざわつく人達の中で、一人立っていると、何だか、三日間のざわついた心が、溶け込んで少しだけ晴れた気分になった。
もうここには来ないだろう。
西条さんが生きる街は、辛すぎる。
もう会わない方がいいんだ。
そんな事をふと感じる。
周囲を確認して、一番近い待合室に入り、腰を下ろした。
出張が多くなり、移動距離が長くなりだした頃、時間潰しの為と鞄に入れた小説を久しぶりに出して頁を開く。
久しぶりに読んだ話は数頁前に戻らないと、ちっとも理解できなかった。
:09/09/15 03:59
:W64S
:QiLm6EsI
#432 [あき]
数頁前に戻り、そうだったと、さぁこれからだと、やっと本の世界に集中しだした頃、とんだ邪魔者が入る。
私は、活字を目で追いながらポケットに手を突っ込み、震える携帯電話を取り出した。
画面を見て
バクンと胸が鳴った。
まさかと思った。
―西条さん―
画面に記された活字に、心臓が縮む。
しばらく見つめて、そっと通話ボタンを押した。
:09/09/15 04:04
:W64S
:QiLm6EsI
#433 [あき]
『…もしもしっ。お疲れ様ですっ。』
ついつい業界用語で挨拶をした。
《お疲れ様…。今、駅?》
『…はい。そーです。○×発ですから。』
《あー。そっか…》
ついつい敬語になる。
西条さんは、そんな私の言葉に、違和感なく話を進めていた。
:09/09/15 04:09
:W64S
:QiLm6EsI
#434 [あき]
《今、大丈夫か?》
『はい。どうかされました?』
《………んだよそれ。》
私のよそよそしい返しに、西条さんは、そう呟くと、何も言わなくなった。
また私は彼を傷付けたんだ。そう痛感する。
なのに、私は言葉を発する事も、この無言の電話を切る事も出来ずに、ただ携帯電話を耳に当て続けた。
当て続けて数分。
《あきは…俺との事どう思ってんの?》
思いもよらない言葉が私の耳を抜ける。
意識で
自分が今、あの温かいなまりのある方言で、そう言われている。
そう理解するのに数秒かかった。
:09/09/15 04:20
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#435 [あき]
『どうって……?』
一瞬にして、周囲の景色が白くなった。
誰の姿も目に入らない。ここが新幹線ホームの待合室だという事が、ウソのような感覚。
《……遊びだった?》
『……何を今更言ってんの?』
遊びか本気かなんてわからない。
ただ私は、あの時
西条さんとの未来を望んだだけだった。
終わりの来ない現実よりも、新しい未来を掴もうとしただけだった。
:09/09/15 04:28
:W64S
:QiLm6EsI
#436 [あき]
《……俺の事、好きだと思ってくれてた?》
『………』
《…遊びだったのか?》
『………』
《……何も答えてはくれないんだな。》
溜め息まじりに聞こえる彼の声に、答えられないんじゃない。
どう答えていいかわからなかった。
:09/09/15 04:33
:W64S
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