微妙な10センチ。〜最終〜
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#1 [あき]
じゃぁね。と笑顔で、手を振ったのは

もうすぐ春の匂いがする暖かい昼下がり。


さよなら。
と冷たく言ったのは

もうすぐ、梅雨が明けようとした寒い雨の夜。

あきとなおちゃんが終わった日。

⏰:09/07/08 00:55 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#2 [あき]
―――――――

『じゃっ。』
―ピッ♪プーッ…プーッ…


雨が滴り落ちる、寒い夜。
オレンジ色のライトが、忙しそうに、行き交っている。
雨の日の夜の運転は見えないから嫌いだと、嘆く私に、笑ってくれてた優しい彼を思い出す。

前が見えない。
雨に光るフロントガラスに滲むライト。
私の世界が滲むのは。
古くなったワイパーが役に立たなくなったから?それとも…

⏰:09/07/08 01:03 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#3 [あき]
『呆気ないなぁ…』

そう、ふっと笑う。
握りしめた携帯電話を、ぽんと助手席に放り投げた。
両手でハンドルを握って、アクセルを踏み込む。
愛車は、ウウンッうねって、前へぐんっと伸びる。
先には青白く光る高速道の入り口看板。
彼が住む街までの道標。このまま突き進み、あれに乗って、彼の元まで行けば、何か変わる?また戻れる?あの冷たい声は嘘だと言ってくれる?

道標の下。
一瞬躊躇した。
だけど、結局、私はハンドル右に回し、道標を背中に向けて、闇を走り抜けた。

⏰:09/07/08 01:14 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#4 [あき]
何が私達をこうしたのか、わからない。
本当にわからない。

分かる事は。

私が、わからないから。
彼が、離れていった事。


そして。気付いていても、わからないから、どうもできなくて。いや…逃げてきて。まさかなんて言い聞かせて。

だけど、たった今。
それは、やっぱり現実で。

離れていった事が

わかった。

それだけだった。

⏰:09/07/08 01:21 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#5 [あき]
なおちゃんがいなくなった街は、とてもつまらない街だった。

毎日、毎日、仕事と自宅の往復。
朝から夜中まで、働いて、疲れて眠るだけの日々。

なおちゃんも、また、懐かしい街で、両親の支えになりながら。夏には着工する予定の新しい城に向けて、たった一人で、忙しい日々を過ごしている。

会えない日々も。
離れて暮らす私達にとっては、なんてない事。
今までにだって。

そんなの、私達には壁にすらならなかった。
そう思っていた。

⏰:09/07/08 01:28 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#6 [あき]
ちょうど、その頃。

私は、会社で、仕事で、抱えきれない程のストレス、不満、不信を抱えていた。

勤めて数年。
憧れから始まった仕事は、無我夢中で駆け抜けた年を終えて、現実として必死になった年も越えて。
見たくもない闇を突きつけられる年に到達。

人間の裏側。
組織の裏側。
いろんなものが見えてくる年。

それに、とてつもなく疲れていた。

⏰:09/07/08 01:35 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#7 [あき]
だけど、それを口には出さなかった。
それは、なんて事ない。

強くなった私

それを見せたかった。
ただそれだけ。

すぐに弱音を吐き捨てて。逃げ言葉を吐き捨てて。
泣きつく私から…

大丈夫だよ。
何とかなるよ。

そう笑って日々を生活する強くなった私。

それを見せたかっただけ。
強くなったな。
そう笑って言って欲しかった。
ただそれだけだった。

⏰:09/07/08 01:42 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#8 [あき]
ちょうどその頃。
彼もまた、抱えきれない程の、不安、不信、ストレスを抱えていたんだろう。

介護疲れしている母のフォローに。
彼自身の慣れない介護。
いちからやり直す、彼の城。それに基づく、桁違いの資金。

頭では彼の不安やストレスを理解していても。
昔のように気持ちが、彼に添えなかった。

私自身が、押し潰されそうな不安やストレスに、彼を支える力なんて残っていなかった。
また彼も私の思いに頭では理解していてくれても、自分自身が押し潰されそうで私を支えられる力を残してはいなかった。

結局、私達は昔のように優しく寄り添えなかったんだ。

⏰:09/07/08 01:51 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#9 [あき]
結局、互いに出てくる言葉は

大丈夫だよ。
元気にやってるよ。

なんて、笑いながら、精一杯の強がりを言うだけだった。

互いに、弱さに気付いているのに、その上辺だけの強さに、甘えて。逃げて。

私達は、いつしか、何も言わなくなっていった―…

⏰:09/07/08 01:54 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#10 [あき]
《…飯くった?》

『…まだ。』

《俺も。…腹減った?》

『うーん。とくに?今日も疲れた。』

《あっそ…。じゃ。寝るわ》

『うん。じゃっ。』


こんな会話を、冷たく交わす夜。
電話を切って思う。

苦しいよって泣けば。
逢いたいよって泣けば。

今すぐに会えるのかなって。

⏰:09/07/08 02:04 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#11 [あき]
電話を切った後。

彼も、私に会いたいと思ってくれてたのかなって。
そう気付く。

もう遥か遥か昔。
今よりも、もっともっと遠く離れた距離にいた頃。
彼の助けてが
《腹へった。飯行く?》
だった。

今もそう。
前なら簡単に言えた言葉で、簡単に成し遂げられたそれも。
離れた街に暮らす今は、それが、彼の唯一の表現だったのかもしれない。
それを《疲れた》と自然に漏らす私の言葉で、彼は全てを飲み込んだ。
そう気付くのは、いつも遅かった。

⏰:09/07/08 02:13 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#12 [あき]
そうやって私達は。
日々を重ねるだけ重ねて、時間は全くさっぱり重ねなくなっていた。


だけど。
妙な自信と
妙な安定。

会わなくても、話さなくても。何年も繋ぎ合わた時間だもの。

たった数ヶ月で。

大切なものを
失いかけているなんて。
考えてもいなかった。

⏰:09/07/08 02:28 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#13 [あき]
―――――――

『じゃぁ。そろそろ帰るねっ。』

よいしょと立ち上がり、バックを肩にかけた。
ガチャガチャと、テーブルに散らばった、携帯、煙草をバックにしまって、くるっとお尻に持っていく。

『おうっ。気をつけろよ』

『うんっ。』

適当に返事をして、肩に食い込んだ紐を直した。


久しぶりに重ねた時間は、あっという間で。
特にたいした会話もしないで、特にたいした事もしないで。
タイムリミットだ。

⏰:09/07/08 13:15 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#14 [あき]
『体気をつけてね?』

『ぉおっ。…そっちも、無理すんなよ。』

『…うん。』

本当は、もっともっと話をしたかった。

もっともっと、話を聞いて欲しかったし。
もっともっと、話を聞いてあげたかった。
だけど。
そう思っていても、私達は、互いに、話出すきっかけがなくて。
結局、何も言えず、帰り際に、たった、二言、三言、そう交わすのが精一杯。

薄々、気づいていても、それ以上、お互いがお互いに、踏み込めなかった。

⏰:09/07/08 13:27 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#15 [あき]
昔の私達なら。
時間も忘れて、何もかもを忘れて、夢中で話た。
悩みや愚痴、怒りや、悲しさ、くだらなさすぎる言から、些細な出来事まで。
共に、怒って、共に泣いて、共に悩んで。共に笑った。少しでも様子が違えば
何があっただの
どうしただの
掘り返し掘り返して、結局、勢いに飲まれ、気付けば、一から百まで胸の中をぶちまけたのに。
いつしか、何も言わなくなったし。聞かなくなった。重ねすぎた、月日が、そうさせたのかもしれない。

何かあれば。
どうしようもなければ、言ってくる…

そんな妙な自信が。
私達の間に見えない壁を作ってしまったのだ。

⏰:09/07/08 13:37 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#16 [あき]
おもむろに立ち上がった、なおちゃんが、私の後ろに立つ。
背中から、ふわりとなおちゃんの匂いがした。

『んっ?なんか悪戯したでしょっ!』

くだらなさすぎる悪戯が大好きな、なおちゃん。
隙を見せると、かっこうの餌食にされるのだ。

『するかっ!』

『怪しいっ!』

私は、バックをポンポンと触ってみたり、背中に手を回してみたりと、悪戯の痕跡を探す。

『信用ねぇなぁ〃』

『ないねっ〃』

⏰:09/07/08 13:40 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#17 [あき]
『じゃぁね』

『おう』

パタンと扉を閉じた。
懐かしい廊下を渡り、懐かしい階段を静かに降りると、廊下に漏れる光に、おばさんの背中が見えた。

『遅くまで、お邪魔しました〃』

襖越しに、丸いおばさんの背中に声をかける。

『あら、帰るの?』

おばさんは、振り返ると、私に微笑みかけてくれた。うんと、微笑み、頭を下げる。

⏰:09/07/08 14:19 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#18 [あき]
『おじさん…どう?』

病に伏せて、最近は、おばさんの手がないと、何も出来なくなってきた、あの、私の記憶に残る、優しくて、大きなおじさん。

『ん?寝てるわよ〃』

『そっかっ〃』

『あきちゃん、こっち来て座る?』

おばさんは、疲れた体を、ゆりお越し、私を隣に呼び寄せた。

『いいよっ〃おばさんも疲れてるんだからっ!早く寝ないとっ〃』

⏰:09/07/08 14:25 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#19 [あき]
『大丈夫よっ。』

ふふふと笑う、おばさんの顔には、深く刻まれた溝。私は、笑うと、首を振った。

『今日は、なおちゃんがいるんだから。なおちゃんに任せてたらいいんだよっ。また来るからっ〃その時は、お茶ご馳走なるねっ。』

そう?と静かに微笑んだ、パジャマに薄い羽織りを着たおばさんに、おやすみなさいと笑って言った。

⏰:09/07/08 14:34 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#20 [あき]
静かに廊下を進む。
ギシギシと鳴る廊下は、昔から比べると、大きくなり、それが胸に響く。
広くて長い廊下の先に玄関。サンダルに足を入れた時。また後ろで、おばさんの声がした。

『あきちゃん?なおとの事、頼むわね…』

後ろを振り返ると、小さな体のおばさんが、私に笑いかけていた。

『あははっ〃』

私は、うん。とも、ううん。とも言えずに笑ってしまう。

⏰:09/07/08 14:40 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#21 [あき]
『あの子、あきちゃんに沢山迷惑かけてるかけてると思うけど、これからも、あの子の事、助けてやってね』

『そんな事ないよ〃』

それには、強く首を振った。私の方こそ、沢山、彼に助けてもらったんだ。

『おばさんも、無理しないでね。』

『ありがとうね』

外まで見送ろうとしてくれた、おばさんの優しさを断って、私は車に乗った。

キラキラとした星空が、ここがどんな田舎町なのかを教えてくれる。
私には何がしてあげられるんだろう。
そう、星空に問い掛けてみた。

⏰:09/07/08 14:49 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#22 [あき]
真夜中、流れる景色を、駆け抜けて、私が暮らすこの街に辿り着いたのは、なおちゃんの町を出発してから、かれこれ数時間。
暗闇の冷たい玄関を開けて、パチンと電気をつけると、ベッドにバックを放り投げた。
寝室に置いてある小さなソファーに腰を下ろすと、煙草に火を付ける。
今回もまた

結局、何も言えなかった。
結局、何も聞けなかった。

その虚しさだけが、胸中を締め付ける。
ジリジリと燃える筒が、煙たかった。

⏰:09/07/08 14:57 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#23 [あき]
しばらくして、ごそごそとバックのポケットを探る。

【今、着いたよっ。おやすみなさい!】

可愛い絵文字も、ハイテクデコメも、何もない。
シンプルな文面を、作って送信しておいた。

返事が返って来ないのは、千も承知なので、ぽいっとテーブルに置くと、私は、ごそごそと、バックの中身を、明日の通勤用バックに入れ替える。
今度はいつ会えるんだろう。
そんな事を考えながら、バックのポケットをまさぐっていた。

⏰:09/07/08 15:02 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#24 [あき]
『…なんだこりゃ?』

バックのポケットの奥底から、身に覚えのない紐がはらりと落ちてきた。
色気もへったくれもない、麻が組まれた、それを手に取り、しばらく睨めっこ。
自然と記憶が蘇る。

この紐…
見た事がある…
あれだ…

昔、昔、手先が器用な彼が、作っていた。
いつしか、私達の間で、流行った。

【一本いっとく?ミサンガ】

だ…。

⏰:09/07/08 15:08 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#25 [あき]
もしかして。
あの時、私の後ろに立ったのは…
バックにこれを
入れたんだ…


なーんだよっ!!
可愛くないったりゃありゃしない!〃
素直に、渡してくれたらいいのにっ!〃

それは、昔に比べたら、色も何もない。
飾りもなにもない。
ただの麻の紐った。


『手…抜きすぎだし…〃』

小さな小さな、その紐に、ぷぷぷっと笑って…

ジワリと胸が、暖かくなった。

⏰:09/07/08 15:13 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#26 [あき]
このまま、何も言わなかったら、彼は何か言ってくるかな?

《ポケット見ろ》
《なんで?》
《いーから見ろ!!》
《やだよ。理由は?》
《うざっ!!〃》

なんて言うのかな?
想像したら、笑える。
そんな、なおちゃんも見てみたいけれど、そんな事をしたら、間違いなく、次回、会った時にコテンパンに抹殺される。

私は、携帯を握りしめて、短縮番号ゼロを押した。

⏰:09/07/08 15:20 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#27 [あき]
そうすると、珍しく、数回のコールで、繋がる。

―ピッ♪
《おうっ》

『なに?これっ〃素直じゃないなぁ〃』

《くれくれうるさいから、わざわざ、忙しーい合間をぬって、作ってやったんだろ?》

『にしても、手抜きすぎじゃない?』

《あほぅ。シンプルが一番。てか…その形が一番難しいんだぞっ!》

『……ありがと…〃本当、嬉しい。』

《おお。じゃな。寝るぞ!》

呆気ない会話。
だけど、何時間も会話した気分になる。
暖かい気持ちになった。
この夜は、久しぶりに寂しくも悲しくも辛くもない夜だった。

⏰:09/07/08 15:29 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#28 [あき]
そのミサンガは、携帯ストラップとして、私の携帯に今でも、ぶら下がっている…。

仕事柄、アクセサリーは厳禁だった私は、不器用ながらに、必死に、携帯ストラップにアレンジしたのだ。

《また無くしたなんて、ウジウジ泣かれたら、たまんねえから、二度と無くすなよな》

言われた通り、私は、今度は切れないように、携帯に繋げた部分を、布用ボンドでガチガチに固めてしまったのだ。
切れないように…
宝物を無くさないように。
結果、頑丈に固められた、ストラップは、ハサミを使わないと取れない状態になった。

ハサミなんて…
ぶちっと切ってしまうなんて。
まだ、私には出来ない。

⏰:09/07/08 15:38 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#29 [あき]
そうやって、少しづつ、心の距離に負けそうになりながら、だけど、必死に繋ぎ合わせようと、もがいていた私達。

だからこそ。

歯車が狂い出すのは。

本当に些細なきっかけだった。

そこからは、ガタガタと不快な音を鳴らしながら、バラバラになっていった私達の歯車。
そして、リズムを崩し、バラバラになった歯車は、呆気なく止まってしまった。

まさか。
私達の間に、終演があるなんて

知りもしなかった―…

⏰:09/07/08 15:51 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#30 [あき]
―――――――――

『ねぇ……バイト辞めれば?』

《……あきも、仕事辞めれば?》

『そんな簡単に出来るわけないじゃん。』

《俺だってバイトそう簡単に辞めれるわけねーだろ?》

『……』
《……》

虚しい沈黙。
最近、なおちゃんは、イライラしている。
順調かと思っていた、新しい城の着工が遅れに遅れていたからだった。
最悪、計画自体が無くなるまでの瀬戸際に立たされていた。

⏰:09/07/08 16:12 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#31 [あき]
原因は、業者との間で折り合わない資金問題。

何も言わないけれど。
私はわかっていた。
おまけに、この、強情っ張りに、この意地っ張りだ。

一度、城を築いてしまった人間は、また、誰かの城で奉公するなんて、考えられない。
一度、大きな城を夢見てしまった城主は、規模を小さくするなんて我慢ならない。
そうゆうもんなんだろう。

結局、なおちゃんは、城を持たず、看板だけの仕事をしながら、夜は資金調達の為に、バイトまで初めていた。

その日々の疲労や睡眠不足。
自宅に戻れば、慣れない介護。

全てが、計りしれないストレスとして、彼にのし掛かっていた。

⏰:09/07/08 16:18 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#32 [あき]
私もまた、大好きだった、仕事だったけれど。
見えてきた、会社への不信。不満、それが、計りしれないストレスになっていた。私達はお互い、口を開けば

【疲れた】【眠い】
【ダルい】

不平不満しか言わなくなっていた。
結局は、そんな、つまらない、無言に近い電話で終わってしまっていた。
それが今日。爆発寸前だった。互いに、相手にぶつけても仕方ないとわかっていても、なぜか、この夜、ぶつけ合ってしまったのだった。

⏰:09/07/08 16:25 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#33 [あき]
『なんかおかしいよっ!!なおちゃんの本業は何!?最近、夜の、訳のわかんないバイトばっかりで、朝に帰ってきて、昼まで寝て?仕事きちんと出来てないじゃんっ!!本業はどっちなワケッ!?一攫千金狙ってないで、コツコツ働いてよっ!!』

私が、好きだったなおちゃんは、毎日、毎日、キラキラした目で仕事をしていた。
私が尊敬していななおちゃんは、クタクタになりがらも、小さな城で、誰かの為に一生懸命に仕事をしていた。

それが、今は、夜な夜な、得意?のパソコンで、一攫千金を狙うようなバイトをして、本業の仕事が疎かになっている始末。

⏰:09/07/08 16:34 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#34 [あき]
『したくても、仕事がねーんだろ!?それにな、世の中、金なんだよ!!金が無けりゃ、何もできん!何の為にバイトしてるのか、わかるだろうがっ。』

『そんな、昼まで寝てるような、締め日に間に合わないような、ダレた人に誰が任せられるのよっ!!お客さん無くしたのは自分でしょっ!!今や、本業よりも、安定した収入のあるバイトが楽しくて仕方ないんじゃないのっ!?私にはそう見えるけどっ!!』


ただでさえ、小さな城で、顔見知りが顔見知りを紹介する繋がりで増えていった固定客。
場所が変われば、また一からやり直しな事はわかっていたはず。
それなのに、なおちゃんは、何もしなかった。
いや、しなかった訳じゃないんだろうけれど。
実を結ばなかったんだ。
結局、焦ったなおちゃんは、バイトの収入に頼るしかなかった。
その気持ちはわかる。
けど…何かが違う。

⏰:09/07/08 16:41 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#35 [あき]
『そんな、昼まで寝てるような、締め日に間に合わないような、ダレた人に誰が任せられるのよっ!!お客さん無くしたのは自分でしょっ!!今や、本業よりも、安定した収入のあるバイトが楽しくて仕方ないんじゃないのっ!?私にはそう見えるけどっ!!』


ただでさえ、小さな城で、顔見知りが顔見知りを紹介する繋がりで増えていった固定客。
場所が変われば、また一からやり直しな事はわかっていたはず。
それなのに、なおちゃんは、何もしなかった。
いや、しなかった訳じゃないんだろうけれど。
実を結ばなかったんだ。
結局、焦ったなおちゃんは、バイトの収入に頼るしかなかった。
その気持ちはわかる。
けど…何かが違う。

⏰:09/07/08 16:42 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#36 [あき]
『あきに、俺の苦労がわかるかよっ!!』


この台詞には、グサリときた。
だけど、負けられなかった。

『わかんないね!!全くわかんないっ!!』

『お前は、何だかんだ言っても、保証されてる仕事だ。安定もしてるだろうよ!!グダグダ文句言ってるけど、俺にしたら、甘っちょろいわっ!!』

『保証されてた仕事を辞めたのは誰よっ!!自分でするんだって意気込んだのは誰!?それが、今は何よっ!!負け犬になってんじゃないわよっ!!!今のなおちゃん、全然っっ!!かっこよくないんだからっ!!!』

⏰:09/07/08 16:47 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#37 [あき]
『はぁっ!!?負け犬?』

『負け犬じゃんっ!!こっちで、ちょっと、うまく行ったからって、調子乗って!結局、今がこれじゃんかっ!!店も持たずに、フラフラして、バイトして。』

もう、止まらない。
酷い言葉を投げつけているのは頭では理解しても、心が止まらない。

『だから、それは新しい店の資金だって言ってんだろっ!!』

『そもそも、店キャパを広げる意味あるのかって言ってんの!いーじゃんかっ!!今までみたいに、小さくても、目立たなくても、しっかりと構えてたら良かったじゃないっ!!結局、欲でしょ!!土地があるから広くしたいからだけでしょっ!!』

⏰:09/07/08 16:55 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#38 [あき]
『…あきはどうなんだよ…俺の事、偉そうに言えんのかっ!!毎日毎日、駒みたいに、言いように使われてよっ!!利用されてるだけなの気づけよなっ。嫌なら嫌って言えばいいだろ!!それを後で、グチグチ言いやがって。そんなに嫌なら辞めちまえよっ!!』


『簡単に言わないでよっ!!不満はあっても、好きだから辞められないんでしょ!!それは、なおちゃんが一番知ってるじゃんっ!!』

私が、この仕事が好きな事は、知ってるはずなのに。
辞めろと簡単に言う、なおちゃんが信じられなかった。許せなかった。

『本当に好きなのか?今のあきの仕事が、本当にやりたい仕事だったのかっ!?俺にはそう見えないけどねっ!!』

⏰:09/07/08 17:01 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#39 [あき]
またまたグサリと刺さった。

確かに。あれから、数年。
気付けば、私は、叩き上げられるように、部署を移動していた。
入社した時は、憧れた職種につけた事で夢中だった日々も。
年数を重ねる事により、もうワンランク、もうワンランク上への試験を受けさせられ、
今や、ほとんど、書類と格闘するだけの、会社を飛び出せば、どこか違う地方の支部へと向かわされ、会議室に閉じ込められる。
増える資格と共に、立つ場所が変わってしまったのだ。
私が本当にやりたい、憧れた仕事とは、どこか、違う日々を送っていた。

⏰:09/07/08 17:10 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#40 [あき]
何も言い返せなくなった。
悲しくなった。
お疲れ様って言いたかっただけの電話は。
バイト、頑張ってねって言いたかっただけの電話は。どうして、こんな事になってしまったんだろう。

『……もうやめよう。楽しくないもん。なおちゃん、そろそろ行かないと、いけないんでしょ?』

《ほらな。都合が悪くなりよ、逃げる。相変わらず、変わんねーよな!!》

『…そだね。ごめんね。言い過ぎた。ぢゃっ。切るね。』

この日の夜を境に
私達は、しばらく連絡を断った。
何度もあった、連絡を取らない日々とは違う。
言いようのない闇が、私達を包んでいたからだった。

⏰:09/07/08 17:17 📱:W65T 🆔:Uanw3whY


#41 [ゆか]
ずっと読んでました。
頑張って下さい(´;ω;`)

⏰:09/07/08 18:21 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#42 [あき]
ゆかさん。有難うございます。
―――”

あの言い争いの夜から、連絡を断つ日々。
だけど、私にとっては、会えない日々も、話せない日々も、いまや何の違和感でもなかった。
私達の関係に置いて、そんな事は特別でもなんでもなかったから。
私は、ただただ日々に追われていた。

⏰:09/07/09 21:37 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#43 [あき]
出張に出張を重ね。
月の半分以上を仕事に費やし、休日は一人で過ごす。私の生活スタイル。

ただ、隙間を埋めるように重ねていた時間が無くなっただけ。

もう何年も、変わる事のないその着信音が
その日
その週
鳴らなくても…

私には。
代わり映えのない日々だった。

⏰:09/07/09 21:42 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#44 [あき]
そんな時。
思いもよらない転機が私に訪れた。

突然、割り当てられた一週間の出張。

《明日から一週間。○○地方に飛んで。はいっ。これ》

有無も言わさず、ニコリと微笑む、おっかない上司に手渡された、大量の資料に、往復チケット。

《えぇっ!!や…》

だとは言わせてはもらえない。
悲しい、ただの平社員で雇われの身。

⏰:09/07/09 21:50 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#45 [あき]
重い資料を両肩に抱え、背中にのしかかる重圧。
私は、全てを抱えて、帰路についた。
ソファーに身を投げ出し、ため息が漏れた。

さすがに、一週間はキツい。ヒドい。長い。いや…長すぎる。

手渡された二枚のチケットを確認。
印字された文字は
明日の始発に始まり
一週間後の最終便。

どんだけ働かすんだよ…

やっとの思いで出た言葉は、虚しく消えた。

⏰:09/07/09 21:56 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#46 [あき]
ふと携帯電話が目に入った。
あれからしばらくの時間が経ってる。
すっかり着信履歴からも、発信履歴からも、名前が消えていた。
おもむろに握り、短縮番号ゼロを押す。


声を聞きたくなった。
バカでもアホでもいい。
なんでもいいから、なおちゃんの声が聞きたくなった。

⏰:09/07/09 21:59 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#47 [あき]
私が求めていた声は、なかなか繋がらない。
ふと時間を見ると、21時を過ぎた頃。
ああそうか。
もう繋がらないか。
私は、電話を切った。
なおちゃんは、バイトに行ったんだ。
そう自覚した時、何だか、言いようのない疲労感が襲ってきた。
嫌な事があると、彼の声が聞きたくなる。
悲しい事があると、彼の声が聞きたくなる。
いつまで、彼に頼るんだろう。
私は、彼がいないと、何も出来ないのかな。
そう思えた。

⏰:09/07/09 22:05 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#48 [あき]
結局、なおちゃんからのコールバックも無かったおかげで、私は、彼の声を聞くどころか、彼に一週間の留守を伝える事もなく出発をした。

ここから、少しづつ、私達の歯車がきしみ出して行く。

本当に、じわりじわりと、きしみだす歯車だった。

⏰:09/07/09 23:51 📱:W65T 🆔:XNcN9gtw


#49 [あき]
―――――――

渡されたチケットを駆使して、早朝に出発したはずの私は、目的地に舞い降りた時は、もうジワリと汗ばむ程の気温だった。
移動中の夢心地さが、まだまだ残るけれど、一週間分の荷物をガラガラと引きずり、食い込む程の重いバックを肩にかけて、私は、教えられた場所へと向かう。
ロータリーへと入ると、数台もの車が、停まっている。その間をすり抜けて、周囲を見渡し、らしき車を探す。

⏰:09/07/10 00:00 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#50 [あき]
一台のワンボックスカーが目に止まった。

私は、ふざけんなと怒りたくなるくらいの持参した重い荷物を引きずりながら、よたよたと歩み寄る。車の社名を確認すると、間違いなく、聞いてた社名だ。
だけど、それと同時に
後ろのトランクドアを上げて、それを日除け変わりに座り。
サングラスをかけて、くわえ煙草。
手足のスラリと伸びた、なんとも胡散臭い男性が、私の視界に入る。

『あの…西条さんですかね…?』

⏰:09/07/10 00:08 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#51 [あき]
渡された資料と同時に、迎えの人として聞いていた名前を、とりあえず言ってみる。
胡散臭い男は、すっくと立ち上がり、ちび助の私には迫力満点の威圧感を出しながら、私の名前を確認した。今度は私が返事をして頷く。

『遠いところ、お疲れ様でした。宜しくお願いします〃』


胡散臭い…いや西条さんは、くわえていた煙草を、携帯灰皿にくしゃりと押し込むと、サングラスを取って微笑んだ。

その衝撃はEXI○Eのあ○しばりだった。

⏰:09/07/10 00:21 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#52 [あき]
『お待たせしてすみません。』

あまりの衝撃に吹き出しそうになるのを、ぐっとこらえて、私はそつない挨拶をする。
そんな私に、西条さんは、笑顔を向けて

『いえいえ。時間通りですよ』


と…言ったはず。

いや。私も標準語とは言いませんが、さすがに、仕事中は、なるだけイントネーションには気をつけて話ますよ。
それをこのお方は、爽やかな笑顔で、一瞬躊躇する程の方言。
あまりのダブルパンチに腰が砕けるかと思った程だった。

⏰:09/07/10 00:29 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#53 [あき]
まあ、そんな事は、彼自身、もちろん気付いてない訳で。

立ち尽くす私の手に握りしめられた、一週間分の荷物を、乗せますよと言うように、手を差し出してくれた。
私は、放心に近い状態で、バックを渡す。
細い体が、重い荷物を軽々とトランクに詰め込んでくれた。

『とりあえず、今日は、エリアを経由してホテルまでお送りします。それでよろしいですか?』
(※何度も言うが、おそらく、彼はそう言ってると解釈した。)

『はい。今日の予定は、特に急ぎではなかったはずなので、お任せします。』

会話が成り立ってるか不安だったが、そう答えてみた。

⏰:09/07/10 00:36 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#54 [あき]
なんとか、成り立ったみたいだった。

西条さんは、一世風靡したヨ○様ばりの微笑で、運転席に回る。

チンピラかと思ったら
ゴルフの、り○う君?スマイルで。
美しい日本語を使うかと思ったら、なまり万歳で。
もやしかと思ったら、大根で。
挙げ句にヨ○様ですか…

私は、あまりの衝撃に、運生まれたての仔羊のような足腰で(※実際は違うけど、そんな気分)なんとかヘナヘナと車に乗り込んだ。

⏰:09/07/10 00:45 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#55 [あき]
この衝撃的な彼。西条さんが、後に、私と、なおちゃんの別れ道のキーマンになってくる。

まだまだ、この時は、そんな事は、蚊の脳みそサイズ程思ってもいない。


私の未来は…

あの懐かしい田舎街で。
口が悪くて、偉そうで。
へんこつ野郎で、ついてけないけど、本当は寂しがり屋で優しい…

あいつの隣にあると、まだまだ思っていた。

⏰:09/07/10 00:54 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#56 [あき]
―――――――

暖かい日差しの中で、車は進んで行く。
簡単な打ち合わせを済ませた後、目的地までしばらく移動になる事を知った私は、流れる景色を見ていた。
西条さんは、真っ直ぐに前を向いて、ゆっくりと前に車を進ませる。

ラジオから、楽しそうな話題が流れ、DJが楽しそうに笑っている。
時折、世間の流行りらしい音楽が車内を華やかにする。
遠い世界のようだった。

膝に置いたバックの中。
マナーモードにしたままの携帯電話は、いっこうに震えない。
そのくせ、スーツのポケットに入れた携帯電話が、望んでもいない着信音で、時折、私を呼ぶだけだった。

⏰:09/07/10 01:43 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#57 [あき]
『お疲れですか?』

市をまたぎに、またいで、目的地まで、あと少しといった所で、西条さんが、そう声をかけてきた。
駅で会って以来の声だった。

『いえっ…〃あまりにもいい天気で〃』

無難な答えを咄嗟に放つ。そんな私に、西条さんは、昨日までは雨だったんですよと教えてくれた。
そうですか。と笑って見せて、私は、どうりで暑いと思った。なんて話をつなげる。
西条さんは、そろそろ、本格的な梅雨ですねと笑って言った。
嫌な季節になりますね。と私も笑った。

⏰:09/07/10 01:55 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#58 [あき]
天気なんてどうでもいい。

早く、一人になりたい。
一人になって、震えない携帯電話を確認したい。
もしかしたら、震えてた事に気付いてないだけかもしれない。それなら早く返事しなきゃ。

何してた?
ごめんね。気付かなかったよ。
元気?
私ね、今出張で、○○に来てるよ。
一週間くらいかかるかな。お土産何がいい?


言わなきゃ。

全ての思いを、また押し込んで、私は西条さんに笑いかけた。

⏰:09/07/10 01:59 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#59 [あき]
出張一日目は、一週間中の担当エリアの下見をして、現地責任者と軽い打ち合わせもどきをして、そのままホテルへと向かった。

ホテルへ向かう間も、相変わらず、西条さんは黙々とハンドルを握って、ゆっくりと前へ進めるのみ。

これから一週間。
私は、この謎の西条さんと、行動を共にする。
いわゆる、彼は私の現地パートナーであり、私の補佐だったのだ。

名刺には

西条 祐介。

ご丁寧に、携帯番号に携帯メールアドレスまでが記載されていた。

⏰:09/07/10 02:06 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#60 [あき]
ロータリーで交わした名刺を、今更ながら、眺めていると、彼は、今ですか?とクスクスと笑った。
すいません。と照れ笑いをしながら、私は、手帳に挟む。そうしていると、ホテルの駐車場へと滑り込んだ。
我ながら、やりすぎたと思える程の馬鹿でかい荷物を、車からひょいとおろすと、彼はまた運転席に戻った。

『じゃ。明日、9時に迎えに来ますから。』

『はいっ。有難うございました。お疲れ様でした〃』

『何か不都合があれば、連絡下さい。その名刺にねっ〃』

悪戯な笑顔で、さらりと言う。見かけによらず、嫌みなやつだ。

⏰:09/07/10 02:15 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#61 [あき]
早々にチェックインを済ませると、会社から与えられた小さなシングル部屋に、私は荷物を置いた。

『一週間か…』

ここまで来て、まだ納得が出来ず、壁に挟まれ、圧迫感で立ち眩みがしそうな小さな部屋の中、ため息が漏れた。
ポケットから、携帯電話を取り出す。

『電波悪っっ!』

必死に、最後の短い一本がピコピコとついたり消えたりしている。

『致命的じゃない?』

何だか、とんでもない場所に一週間も閉じ込められた気分になった。

⏰:09/07/10 02:22 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#62 [あき]
バックから、大切な携帯電話を取り出す。
やっぱり、こっちも、最後の短い一本が、せわしなくついたり消えたりしていた。

『ゃっぱりね…』

妙な諦めと
妙な納得。
思わず声が漏れた。
勿論、それは、この不安定な携帯電話の電波状況じゃない。
この不安定な私達自身の関係にだった…

⏰:09/07/10 02:27 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#63 [あき]
―――――――

2日目の朝。
けだるさで目が覚める。
ビジネスホテルの朝食は、今の私には、食欲すらそそらない。
西条さんが迎えに来ると言った時刻の一時間前に無理やり目を開けた。

長い髪をガシガシと散りばめて、ドライヤーで引き伸ばす。

それを、手首にはめたゴムで一本に縛り付けて、くしゅくしゅっと丸めた。

手早く、後れ毛をまとめて、伸びすぎた前髪を、狭すぎるデコッパチの上でくるりと留めた。

⏰:09/07/10 21:06 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#64 [あき]
そのまま、サブザブと顔を洗って、パシパシて化粧水を馴染ませる。
程よく浸透したら、今度は顔面ペインティングだ。
これは、たいした土台を持ち合わせていないので、20分もすれば、芸術作品は出来上がる。
昨夜、ハンガーにかけた衣類に再度、袖を通して、全身チェック。
最後に、スーツと髪のバランスを整えると。

……はい出来上がり。

叩き上げられて、押し付けられて、あれよあれよと、ここまで来てしまった。
三十路手前の女の姿。

⏰:09/07/10 22:03 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#65 [あき]
そのまま、本日の任務に着く。ロビーに向かうと、約束の9時になる、15分前に西条さんが入って来るのが見えた。
私は珈琲を置くと、歩み寄って、本日一回目の営業スマイルを作り上げた。

『おはようございます〃』

私に気付いた、西条さんは、にこりと微笑んだ。

『おはようございます。お疲れは取れました?』

そう言った彼は、昨日とは、何だか、雰囲気が違う。
爽やかなブルーのシャツに身を包み、サングラスは透明のただの眼鏡に変わっていた。

『まぁ。〃』

こっちの方が似合うじゃん…。そう思っても言わない、結局、曖昧な返事で、その場を取り繕って、行きましょうか。と笑ってみせた。

⏰:09/07/10 22:31 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#66 [あき]
詰め込みに詰め込まれた2日目スケジュール。
まさに時間に追われている感覚。
この現場が終われば、次の現場へと強制連行される。連行されるがままに、またひたすら営業スマイルを作り、ひたすら与えられた業務をこなす。

『もぉ無理ーっ!!』

休憩がてら立ち寄った緑の多い公園。
ベンチに、まさしく【大】の字になって、もたれかかって、ジリジリと上がる気温に叫ぶ。

『弁当食べる?』

そんな私に、いつの間にか用意してくれた、私の昼食。ただし弁当。
が手渡された。

⏰:09/07/10 23:10 📱:W65T 🆔:VckcM2.Y


#67 [あき]
『有難うございますっ〃』

食事イコール弁当。
この方程式が成り立つ場合。
だいたいが独り者。
この西条さんも例外ではないと、密かに確信した。

正直、私は惣菜弁当は苦手だけど、営業スマイルで、せっかくの好意を受け取った。

『隣、いいですか?』

顔に似合わず、妙な気遣いに、私は笑顔で、どうぞとベンチ脇に座り直す。
彼はガサガサと自分用の弁当を袋から取り出して、いただきますと、丁寧に、両手を合わせていた。

⏰:09/07/11 22:51 📱:W65T 🆔:mPQOWP3.


#68 [あき]
仕方なく、手渡された弁当を私も開けた。
見事な、ザッ幕の内。
取り揃えられた高カロリーかつ、カチカチのおかず達に、食欲を奪われる。
内心、げんなりしながら、パックの緑茶をちゅーちゅーと吸い込んだ。
吸い込みながら、チラリと隣を見ると、彼の口は、まるで、ブラックホールのように、次から次へと食べ物が吸い取られている。
よくもまぁ、この暑い中、この弁当を…
ちょっと笑える。

『食欲旺盛ですね…』

『ん?そうですか?』

『おいしい?』

『この弁当、なかなか美味いですよ〃』

『へーっ…』

⏰:09/07/11 23:01 📱:W65T 🆔:mPQOWP3.


#69 [あき]
初めててとも言える何気ない会話。隣の勢いに触発されて、一口、また一口とお弁当を食べる。たいして変わり映えのしない味だったけれど、なぜか美味しく感じた。

『ほんとですね〃』

『でしょ?〃』

突然、こんな所に飛ばされて、昨日会ったばかりのこの人と、なぜ、緑の豊かなこの公園で。木陰のベンチに座って、惣菜弁当を頬張っているのか。

なんだか、この滑稽さに笑いが込み上げた。

『ん?』

『いえ…〃』


気持ちいい風が、私達の間をすり抜ける。
ぐじぐじ悩んでる自分が馬鹿らしくなった。
西条 祐介。
彼の放つ風が、私を癒やしてくれた。

⏰:09/07/11 23:30 📱:W65T 🆔:mPQOWP3.


#70 [あき]
午後からの仕事もそつなくこなし…
というか、そもそも
まだまだ下っ端なのに、意に反して、現場を離れ知識だけを叩き込んでいる、しかも地方者の私より?
ベテランの粋に達するはずが、まだまだ現役で現場に立ち続けている、現地人の西条さんの方が
遥かに合理的かつ、スムーズかつ、何事にも詳しい訳で…
だけど、立場的には、私の方に権限がある訳で…

《…でいいですか?》
《…の方がいいと思いますが。どうしますか?》

私は結局、ただただ、言われる事に、うんうんと頷いているだけ。
彼に仕事をこなしてもらった。と言っても過言ではないのである。
そんな日中を過ごし、ホテルに戻ったのは、19時を回っていた。

⏰:09/07/12 19:47 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#71 [あき]
『今日もお疲れ様でした。有難うございました〃』

車を降りる時、そう言った私に、運転席に座る西条さんは、にこりと笑って言った。

『携帯聞いてていいですか?』

初日に交換した私の名刺には、携帯までは印刷されていない。
個人情報保護法なんちゃらというやつのおかげらしい。
確かに、あと4日も一緒に組むのだから、彼の判断は的確。いつかは必要になるだろう。
私は、ポケットから携帯を取り出して、じゃ、鳴らしますねと笑って言った。

⏰:09/07/12 19:55 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#72 [あき]
彼の携帯が短く鳴って、頂きました。と笑って言ったのを確認すると、私はまた、携帯をポケットにしまう。

『じゃ、明日も9時に迎えに来ます。』

『はい。宜しくお願いします〃』

走り去る車に、私は手を振って、フロントから鍵を受け取ると、また狭苦しい部屋に入った。

ポケットの携帯電話を、テーブルに置いて、重すぎる鞄を椅子に置いて。
ジャケットを脱いで…

バックから、もう一つの携帯を取り出した。
マナーモードを解除しつつ、そのまま、ベッドに転がって、しばらく睨めっこしてみた。念力すら込めてみる。
しばらくして、バカバカしくなって…
今夜も諦めた。
そして、あの夜からずっと。こうやって、心のどこかで、待ってる自分が、悲しくなった。

⏰:09/07/12 20:12 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#73 [あき]
走り去る車に、私は手を振って、フロントから鍵を受け取ると、また狭苦しい部屋に入る。

ポケットの携帯電話を、テーブルに置いて、マナーモードに設定する。

重すぎる鞄を椅子に置いて。堅苦しいスーツを脱いで。さっと持参した部屋着に着替える。
パチンとテレビを点けて、タバコを一本吸って。

今日もお疲れ様。

と自分を労ってあげる。

そして…

バックから、もう一つの携帯を取り出した。

⏰:09/07/12 20:16 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#74 [あき]
マナーモードを解除して、確認していく。
この時間が、一番至福の瞬間で、開放感に溢れる瞬間だった。
記された内容に、一件一件、返事をしながら、私自身の時間を楽しむ時間なのだ。

だけど最近は違う。

確認だけして、そのまま閉じる。返事する気分になれないのだ。
そして、ベッドに転がって携帯電話を見つめる。
なんなら少し念力まで送ってみる。

そして、諦める…

あの夜からずっと。
こんな事を繰り返す自分。心のどこかでは待ってる自分。
そんな自分に悲しくなる時間だった。

⏰:09/07/12 20:26 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#75 [あき]
すると、テーブルに置いたマナーモードの携帯が、ブルブル震えた。
テーブルの上で震えるもんだから、不愉快極まりない異音を奏でている。
時計を見ると、19時30分を過ぎた頃。
ほんの30分前に、今日1日を終えた所なのに。
肩の荷物を下ろした所なのに。
こんな時、仕事関係者しかしらないこの携帯が震えるのは、ほんとに嫌だ。
だけど、無視を出来ないのが、また、仕事用携帯電話の特性だった。
私は仕方なくベッドから起き上がり、手に取った。画面を確認してみる。

⏰:09/07/12 20:35 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#76 [あき]
―ピッ
『はい。○×です』(※名字)

11文字の数字が並ぶ相手に私は返事をする。

《お疲れ様です。西条です》

『ああっ!!お疲れ様でした〃』

しまった。
登録忘れてた〃
警戒むき出しで、出てしまったジャマイカ。
しかも、ああっ!とか言っちゃったし。
登録してない事、バレバレだし。
やる気あるのかって感じだしっ。


なんて、一人アタフタしてしまった。

⏰:09/07/12 20:48 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#77 [あき]
『どうされました?〃何か変更ですか?』

無礼を取り繕うように、務めて明るい声を出して仕事モードに切り替えてみた。

《いえ。今の所はありません。飯、食いました?》

この無礼がバレてないのか、彼は、さらりと、わけの分からない質問。

『へ?いや…まだですけど。』

突然の質問に、私は、思わず答えていた。


なんて素直なお馬鹿ちゃんなんだろう。

⏰:09/07/12 20:58 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#78 [あき]
《飯、ちゃんと食って下さいね!一応、業務連絡でした。》

『はぁ…わかりました。』

《あと、俺の番号は、せめて、この一週間位は登録しといて下さい〃》

『はっ…はい!〃ごめんなさいっ!』

《じゃ、お疲れ様でした。》
―プッ…プーップーッ…

ご飯を食べたか否かの確認業務?初めて経験する業務連絡電話は30秒で切れた。挙げ句にきっちり嫌み?だけを残されて?
西条 祐介。
恐るべし。

後々、この西条祐介は、もっと、驚くべきすご業を持ってくるが、それはもう少し後の話になる。

⏰:09/07/12 21:06 📱:W65T 🆔:6jrEfyzs


#79 [我輩は匿名である]
あげ(*^Д^)

⏰:09/07/17 07:36 📱:P904i 🆔:oIL4B.q.


#80 [あき]
匿名さん。ありがたいです!
―”

三日目の朝も、彼は同じ時間にロビーに現れた。
昨日とは違うシャツで、違う香水で。私を迎えに来た。挨拶を交わして、ホテルを出発。しばらく走ると彼は言った。

『晩飯はちゃんと食べましたか?』

昨日の業務連絡の結果報告か?

『はぁ〃一応。食事取りましたよっ。』

軽くかわす。
本当に一応だった。
ビジネスホテルは基本食事は自由。ホテルにあるレストランで食べてもいいけれど。
なんだか、そんな気分にもなれず。
私は近くのコンビニで、サンドイッチを買った。
それを、一人、狭苦しい部屋でもそもそと食べたのみだった。

⏰:09/07/18 20:19 📱:W65T 🆔:DTqTo6g6


#81 [あき]
『その反応は、まさかお菓子ですか?』

悪戯な笑みで、確認業務は続く。

『まさか〃』

若干、見抜かれたようなバツの悪さに私ははははと笑った。

『そうですか。飯はちゃんと食って下さいね。』

彼は前を見つめながら、そう言った。

『はぁ。〃』

私はそんなに、痩せてるのか?
いやいや、んな訳ない。
そんなに、やつれてるのか?いやいや…まさか。
相変わらずの中肉中背。
どちらかと言えば、小豚ちゃん体型寄り。
彼が私の食に、そんなに、こだわるのか、サッパリ掴めなかった。

⏰:09/07/18 20:27 📱:W65T 🆔:DTqTo6g6


#82 [あき]
三日目も、特に何かトラブルがある訳でもなく、何か特別な事があるわけでもなく。私達は、そつなく進めていく。
途中、定食屋さんで、昼食となった。
ワンコインシステムらしい、そこは、サラリーマンやOL達で溢れ返っていた。せわしなく、動き回る、おばさま達を全く気にしないで、相変わらず、焼き魚定食にご飯大盛を吸い込んでいくブラックホール。
その横で、ざるうどんを、すすった。

午後からは、会議を済ませて、打ち合わせの梯子をして。
いい加減、ウンザリ、グッタリだ!と言いたい頃に、私はやっと解放された。

⏰:09/07/18 20:34 📱:W65T 🆔:DTqTo6g6


#83 [あき]
『今日も、お疲れした。〃』

『お疲れ様した。』

『まだまだ長いですよねぇ。いい加減疲れてきたぁ!〃』

『確かにねぇ〃明日も、また同じ時間に来るから。ちゃんと起きてよ。』

『はいはい!!〃』

三日目にもなると、私と西条さんの間にも、妙な馴れ合い感が出てくる。
移動中は、かなり雑談も増えた。

初日は、ぺこりと頭を下げて、お疲れ様でした。と挨拶した事も、三日目にもなると、お疲れした。となり、笑顔で手をあげる。

はいと返事する事も、はいはいとなる。

西条さんに至っては、完全なるタメ口。
いや、立場的には私の方が強しでも、年齢は彼の方が年上なので、致し方ない現象だけどね。
彼は、手を振る私に、プッとクラクションを鳴らして、ホテルを後にした。

⏰:09/07/18 20:54 📱:W65T 🆔:DTqTo6g6


#84 [あき]
出張、三日目のこの夜。
私達の間に、事件が起きた。
私は相変わらず、電波が悪い部屋で、膨大な書類と挌闘していた。
今日、終えた仕事。
明日、やらなければいけない仕事。
それを、相変わらず、機械に弱い私は、ボールペンを握りしめながら作成していく。
押し付けられた、この一週間の仕事。
に、ほとほとウンザリしながら。

⏰:09/07/18 21:06 📱:W65T 🆔:DTqTo6g6


#85 [あき]
ふと考えるのは、やっぱり、なおちゃんの事。


時計を見ると、20時を過ぎた頃。今なら、21時からのバイトに向けて、車を走らせている時間。
鞄から携帯を取り出して。短縮番号ゼロー…


《んー?》


やる気も、愛想もない返事。

久しぶりの声。
私の大好きで
大切な声。

その声は、耳から伝わって、全身を駆け巡った。

⏰:09/07/19 00:15 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#86 [あき]
『わたしっ!〃』

思わず、声が上擦る。
そんな私に、彼はうんと返事をした。

『何してた?』

平然を装い、書類の散らばった小さなテーブルから、部屋の隅に置かれた小さな椅子に座る。

《とくに。何?》

『え…別に…』

昔は暇なら、何時間も電話した。
その相手から、こんな質問を投げかけられるとは思いもしなかった。

⏰:09/07/19 00:22 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#87 [あき]
《なら切るぞ。なんか電波悪いし。何言ってっかわかんねー。》

とっさに、画面を確認すると、電波記がたった一本、せわしなく、点いたり消えたりしていた。

『ちょ…待ってよ!!今ね、仕事で○○にいるの。一週間だって。本当に最悪。しかも、このホテル電波悪くて〃』

それでも必死に話を繋げようとした。
そうかって笑って欲しかった。
お疲れ様って言って欲しかった。
この、疲れきった、体も精神も。
なおちゃんの、たった短いその言葉だけで。
百倍も元気になれた。

⏰:09/07/19 00:33 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#88 [あき]
なのに、彼は思わぬ言葉を吐いて私のこの気持ちを、グシャリと握る。

《ふーん。まだ、利用されてんのかよ。いい加減辞めればいいのに》


あんなにも、応援してくれたのに。
試験に受かった時は、良かったなって言ってくれたのに。
毎日毎日奮闘する私に頑張ってるなって言ってくれたのに。


今は、利用…ですか。

二言目には辞めろ…ですか。

私が、こんなにも大切にしてきた仕事を。
踏ん張ってきた仕事を。
ここまで来た仕事を。

彼は
簡単に片付けた。

⏰:09/07/19 11:30 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#89 [あき]
『…利用…ね…〃ほんと、そうかもね〜。あたしも疲れちゃったし…』


返す言葉が無かった。
だけど、彼と繋がっていたかった。
どんな言葉でもいい。
彼の声を聞いていたかった。
少し弱音を吐いてみた。
それは、たった一言。
頑張れよって言って欲しかっただけ。


《…ん?何?電波悪いんだよっ!!また電波良くなったら、かけてきて。イライラするわ。》

⏰:09/07/19 11:36 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#90 [あき]
『…ん…。わかった。でも…』

《んだよっ。誰かに話聞いて欲しいなら、公衆電話から、かあちゃんにでもかけたら?》

そんなんじゃないの。
ただ。なおちゃんと話たいって思う、この気持ちは、ダメなんですか?
バカな話して、笑って、元気が欲しいって思っただけ。久しぶりの声を、体一杯に吸い込んで、明日からの残りの仕事の糧にしたかっただけ。
ただそれだけだったのに。

『そだね…。そうするわ…』

《じゃな。》
―ピッ…プープー…

呆気なく切られた電話は、私の思い全てを消し去った。

⏰:09/07/19 11:46 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#91 [あき]
切られた電話を握りしめながら、久しぶりに涙が溢れた。
言いようのない感情が胸をかきむしる。
こんなはずじゃなかったのに。
いつから、私達は、こんな冷たい言葉しか言えなくなったんだろう。
思いやれなくなったんだろう。
たった一言の優しさ
たった一言の言葉が
私達は言えなくなったんだろう。
二人で歩んできた思い出が楽しかった程。
今の私達の関係が
歪んで見えた。

⏰:09/07/19 12:01 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#92 [あき]
溢れだした涙は、止められなかった。
次から次へと締め付ける感情が、涙となって溢れ出てくる。

真っ白な壁紙に包まれた狭苦しい部屋が。
とてつもない闇へと変わる。
その闇で、大きな魔王が私の腕を取り、とても奥深くへ、引きずり込んでいく。苦しくて、怖くて、もがいて、なのに、魔王は、高笑いをしながら、ズルズルと闇へと私を引きずった。

『もうやだ…』

たった一人の部屋で、思わず、声が漏れた。

誰かに助けて欲しかった−…

⏰:09/07/19 12:22 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#93 [あき]
助けてともがきながら闇に落ちていくそんな私。

はたと景色が白い壁に戻る。あの異音。
魔王の手を振り払い、私は携帯電話を握った。

景色は、白い壁。
ここは、職場。
ここは、ホテル。

『はい。』

《あ。西条です。今いいですか?》

『ええ。〃』

今日は、食事の業務連絡ではないらしい。
明日の打ち合わせ変更の連絡だった。
メモを取りながら、私は、へらへらと明るい声を出した。

魔王は、私の後ろで、ニヤニヤと腕組みをしていた。

⏰:09/07/19 12:36 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#94 [あき]
《と。言う訳ですから、間違わないで下さいね。》

『はい。はいっ〃』

今は誰でもいい。
この魔王から、助けて欲しかった。

《で?飯。今日はちゃんと食いましたか?》

『うーん。今日はいいですっ〃』

《またそんな事言って。》

『…食欲ないから。』


そう呟いた。

⏰:09/07/19 12:46 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#95 [あき]
そんな私に、西条さんは、元気ないねと電話の向こうで笑っていた。

頬を流れるそれを拭き取りながら、そうかなと笑って答える。

《らしくないよっ。どうした?》

何気なく発されたこの言葉は、今の私には逆効果だった。
間違いなく体中の血流が頭に向かって。
そして突然にプチンと切れた。
相手が仕事パートナーである、西条さんだって事すら、忘れるくらい。
冷静さを失った。

らしくない
らしくない
らしくない…

⏰:09/07/19 19:45 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#96 [あき]
『らしくないって何!?
いい加減な事言わないでよっ!
私がどんな思いで、毎日いると思う!?

今のあなたは、私の何を知ってんのよっ!!

私は強くない!!
強くなりたかっただけなのっ!!
本当は、こんなの私じゃないっ!!
…ツラいんだから…
本当は…ツラいんだからね…もぉやだ…』



プチンと切れた糸は、頭に血を上らせて。
そして、全身の力を抜いていった。

何も知らない、西条さんに、なおちゃんをかぶらせて。
バカみたいに泣いていた。

⏰:09/07/19 19:50 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#97 [あき]
ひとしきりに泣くと、今度は急激に冷静さを取り戻していく。
頭に昇った血が、今度は足まで引いていく。

《………》

電話の向こうの人は、黙ったままだ。

あ…
しまった…
まずい…
うん。いや…やばい…
非常に…やばいぞ…

そして急に毛穴という毛穴が、かっぽ開いて、妙な汗が噴き出してきた。

⏰:09/07/19 19:56 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#98 [あき]
慌てて、言葉を探す。
本当に、あたふたと言葉を探した。

『あのっ!!ひどい事っ…』

そう言いかけた時、電話の向こうから、思いもよらない言葉が返ってきた。


《すみません。》


彼はポツリと、そう謝った。

⏰:09/07/19 20:01 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#99 [あき]
驚いて言葉を失う私に、電話の向こうの彼は、続けて言った。

《らしくないって言葉は失礼でしたよね。僕は、あなたの事、何も知らないから。》


『いえ!それは…』


《…それに、あなたが、何かに、こんなにも傷付いてるのに。僕は何もしてあげれません。僕は、あなたの仕事パートナーですから…すみません。》

⏰:09/07/19 20:06 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#100 [あき]
また涙が溢れて来た。


この西条 祐介たる人。
やっぱりいい奴じゃん…

女は弱ってる時に、妙な男心をかけられると、非常に弱い。
そう作られた生き物なのだ。


『ごめ…もうちょっと泣かせて…理由は聞かないで…』

そう言って。
また泣けてきた。

⏰:09/07/19 20:11 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#101 [あき]
ただただ、静かな時間が流れる。
電話口で、泣き出す私に、それを黙って受け止める彼。しばらく泣いて、本当に何だかスッキリ。
ありがとうと言う私に彼は最後に言った。
僕には、これしか言えないからと前置きを残し。

《…今日は、もう仕事しなくてよしっ!!
今から、すぐにシャワー浴びて、そのままぐっすり寝る。これは今からの業務だから守って下さい。

そして
また明日あなたを待ってますね。》

そう言って、電話口で笑った彼。
泣いていたのに。

つられて私も笑っていたー…

⏰:09/07/19 20:23 📱:W65T 🆔:uu9YQiaQ


#102 [あき]
その日から、西条さんはあの夜の事は何も聞かない。言わない。

ただ、淡々とハンドルを握り、時折くだらない冗談を言っては、それに答えるかのように、私もおどけてみせる。

そんな西条さんとの些細な事が全てを事を忘れさせてくれ。

そうして。
私の一週間は終わろうとしていた。
近付いてきた別れの日。

⏰:09/07/22 20:29 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#103 [あき]
一週間前、初めて会ったターミナル。
少し早めに出発した車は、予想を覆し、流れに流れ、出発の一時間前にターミナルへと滑り込んだ。

『じゃ…お疲れ様でした。いろいろと有難うございました〃』

ひょいとおろしてくれた大きな荷物を彼から受け取ると、私は笑顔を見せた。

『お疲れ様。こちらこそ。有難うございました。時間、余りましたね。』

『まっ。ギリギリになるよりかは、いいですよ〃最後に美味しいもの食べて時間潰しますっ。』

『そうっ。』

『うんっ。』

⏰:09/07/22 20:38 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#104 [あき]
『…じゃぁ』
『…じゃぁ』

そう言って私は背中を向けた。ガラガラとやりすぎたでか荷物が私の後ろをついてくる。
来る時よりも、重くなったのは、彼がくれたご当地土産が入っているから。

《こっちじゃ有名な食い物やから。うまいよ?》
《そうなんだ〃ありがとう。》

私は振り返らずに、真っ直ぐ歩いた。

ターミナルを抜けて、タクシーが行き交う中横断歩道を渡り、改札口へと抜けるエスカレーターに乗る。
後ろを見てはいけないような気がした…

⏰:09/07/22 20:45 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#105 [あき]
エスカレーターが私を上へと運ぶ。
右下になっていくターミナル。

エスカレーターが終わる。目の前には、忙しそうに行き交う人。
ここを降りれば。
私は、もうあれに紛れるんだ。

もう終わる…
終わっちゃう…
エスカレーター終点。

ちらりと右下。
ターミナルを見た。


彼が、車の前で、大きく手を振っていた。

⏰:09/07/22 20:50 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#106 [あき]
『ありがとう!!ばいばいっ!!』

思わずそう叫んだ。
笑顔で、一生懸命手を振った。
右下。小さくなった彼が何かを叫んでいる。
雑音に紛れて、彼の声は聞こえなかった。


私は、またバイバイと大きく手を振って、エスカレーターを降り、人混みの中に消えた。

そして
私の一週間が終わりを告げた…


はずだった。

⏰:09/07/22 20:56 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#107 [あき]
『…で?何してるんですかっ!?〃』

『いや…お互い様でしょ。』


私は人混みに紛れたものの。まだ改札を抜ける気分にもなれず。
周辺を少し見物した後、改札が見える駅ビルの広場で、ベンチに座った。
夜風と街のネオンがとても気持ち良くて。一人座っていた。

そんな時
さっき別れたはずの、西条さんの声がした。
振り返ると。

なぜか、彼が立っていた。

⏰:09/07/22 21:08 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#108 [あき]
『だって時間まだあるし。西条さんこそ、まだ帰ってなかったの?びっくりした〃』

『タバコ買いにね…〃そしたら、まだいるから。』

『そっか〃』

西条さんは、ついでに最後まで付き合いますよと言って、横に座った。
いいですか?とタバコをトントンと叩いた。
私が、微笑むと、どうもと言って、なおちゃんとは違う仕草でカチリと音がして。なおちゃんとは違う匂いの煙が私を包んだ。

⏰:09/07/22 21:17 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#109 [あき]
妙な沈黙。妙な間。
なんとなく、西条さんが言いたい事がわかる。
だけど私は、それを言われたからと言って、どう答えていいかわからなかった。出来る事なら、触れないで欲しい。このまま終わらせて欲しい。そう願った。
何気ない会話を繰り返し、そろそろ、改札を抜ける時間。

『じゃ…そろそろ行きますね。』

『…えぇ。…あの…あの日。何もしてあげられなくてごめんね。あの時、俺はそう言ってやるしかできなかった。』


彼は、私の予想とは違う言葉で、最後にそう言った。

⏰:09/07/22 21:25 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#110 [あき]
なんの事?なんてとぼけてみた私に、西条さんは、こらこらと笑った。
それでも、おどけてみせる私に、西条さんは、ケラケラと笑いながら、心配して損したと言った。
私は、すっくと立ち上がり、お尻の汚れをぱんぱんっと叩きながら言う。

『…偶然の西条さんの電話に救われた〃ありがとう。あとっ…酷い事言って、ごめんなさい。じゃぁ。これでっ!!気をつけて帰って下さいねっ。また来ますっ!!』

彼の返事を待たずに私は歩きだす。
その私の背中に向かって、今度はハッキリと聞こえる声で、こう言った。

⏰:09/07/22 21:35 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#111 [あき]
『また電話していいですかっ!?』

驚き振り返る私。

『…あなたの番号。残していいですか?』

一週間、毎日となりに居たんだ。彼が、サラリと言ったこの言葉に、どれだけの勇気が詰まっているか、目に見えてわかった。
彼の後ろに、なおちゃんの顔が浮かぶ。
大人の振りした少年の西条さんの後ろに
少年のくせに大人のふりしたなおちゃんの顔。
そのなおちゃんが、浮かんでは…消えた。

私は彼の言葉に微笑んで、頷いた。

⏰:09/07/22 21:49 📱:W65T 🆔:mmCe/RwQ


#112 [うる]
あげます! 待ってます☆

⏰:09/07/24 17:11 📱:911SH 🆔:h6.39XXU


#113 [あき]
うるさん、ありがとうです
ー”
また数時間かて帰路につく車内。猛スピードで流れる景色を眺めながら、どこか西条さんの笑顔がちらついた。一週間、となりにいた彼は、いろんな一面を私に見せた。
仕事に向かう姿勢。
休憩時間にふと見せる彼自身。
どちらも、私には居心地が良かった。
そしてあの夜の
思いもよらない言葉に。
駅での言葉。

私の中で、何かが変わりつつあったー…

⏰:09/07/25 19:40 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#114 [あき]
大きな駅まで数時間。
そこから電車を乗り継ぎ、自分の街まで戻って来た頃には、もう深夜だった。
本来ならば、バスを利用して、自宅近くまで戻れるはずが、もちろんバスは遥か前に終了している。
重すぎる荷物を引きずりながら、タクシーを探した。
けれど、こんな田舎町の小さな駅にタクシーなんて簡単には見つからない。
歩けない距離でもないが、今の私の体力、またこの時間。想像しただけで吐き気がする。

『参ったな…』

思わず声が漏れた。

⏰:09/07/25 19:47 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#115 [あき]
周囲を見渡す。
駅周囲に建つ、寂れたホテルが、弱々しい光を放っていた。しばらくホテルと睨めっこ。
このままあの寂れたホテルに泊まるか。
いや
出来る事なら、帰りたい。歩くか。
いや
おぞましい。

バックから携帯電話を取り出す。
ピコピコと画面と睨めっこ。
こんな時間に起きていて、尚且つ、迎えに来てくれそうな人…


いないね…。

⏰:09/07/25 19:52 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#116 [あき]
半ば、自宅に戻るのは諦める。私は目の前にある寂れたホテルらしき建物に向かって歩きだした。
握り締めた携帯電話。
それを見つめて、立ち止まる。迎えに来れるはずもないとそもそも、リストから外した名前。

【ひま?】

そうメールを送った。
口は悪くて、偉そうで。
喧嘩ばっかで、むかつくし、可愛げないし、優しくない。だけど、私がピンチの時は必ず助けてくれる。
やっぱり優しいあいつ。
私を元気百倍にしてくれるあいつに。

ただ、一言、言葉が欲しかっただけ。

期待はしてないけれど…やっぱりそれでも期待した。

⏰:09/07/25 20:32 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#117 [あき]
【なに?】

珍しくすぐに返事が戻ってくる。
これだけで、少しだけ気分が晴れてしまう自分が、本当に情けない。

【ひま?】

同じ文面を送り返す。
またすぐに返事が戻ってきた。

【だから何?】


【家に帰れないの…】

⏰:09/07/25 20:37 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#118 [あき]
【意味がわかんね】

今の状況をかくかくしかじかと文面に綴る。
送信して数分で、また戻ってきた。

【タクシー呼べば】

そんな事言われる前から、わかってるし。
ただなんとなく、期待しただけ。

わかってた。
だけど
嘘でも、冗談でも、何だって良かった。

仕方ないなぁ。待ってろ。

そのたった一言を…期待しただけだった。

⏰:09/07/25 21:33 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#119 [あき]
眠そうなフロントマンらしきおじさんに、鍵をもらうと、その古ぼけて寂れたホテルの部屋に荷物を置いた。
カビ臭い部屋には、一昔前の装飾品、そしてベッドが置いてあった。
ベッドに倒れ込む。

遥か昔。

夜の街、酔っ払いの私を何度も迎えに来てくれた。
恐怖の夜、遥か向こうにいた私を探し迎えに来てくれた。

もう迎えには来てくれない彼。

綺麗に整えられたホテルに佇む西条さん。
寂れたホテルに背を向けるなおちゃん。

いつから、どこで、何が変わったのか、わからなかった。

⏰:09/07/25 21:45 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#120 [あき]
脱ぐ気力も体力も失ったスーツのポケットで、携帯が震える。
画面を見ると、名前が表記されていた。


『はいっ』


《お疲れ様です。無事に家につきましたか?》


電話を通して聞く声は、今の私には、罪だ。
それでも、明るく笑いながら、今の状況を伝える私に、西条さんは、そうだったのと、苦笑いをしながら、自分も今帰ってきたよと、あの優しい、なまりのある声で、そう言った。

⏰:09/07/25 21:53 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#121 [あき]
お疲れ様から始まった電話は、この一週間の話になり、互いを労い、互いを認め合い、そして笑い合った。

《またこっちに来る時は教えて。飯でも奢るよ!》

『わかりましたっ〃ま…当分はないと思いますけどねっ〃』

《はははっ〃了解。じゃ、おやすみ》

『おやすみなさい』


そう言って電話を切った時、一時間が過ぎていた。既に時刻は、深夜を通り過ぎて、、深く深く街も人も眠りについている時間。
物音ひとつしない静寂。

私は、また一人になった…

⏰:09/07/25 22:02 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#122 [あき]
携帯電話をテーブルに置いて、カビ臭い小さな浴室でシャワーを浴びた。
濡れた髪もそのままに、またベッドに倒れ込む。
倒れ込んだ先に手に取った、もうひとつの携帯電話。お気に入り待ち受け画面が記されているままだ。その携帯をベッドに放り投げて何かを諦める。
こんな夜をもう何日繰り返したんだろうか。
なのに、人間は、どんなに闇に包まれいても、お腹も減るし眠くもなる。
生きている以上、仕方ないのだけれど。

もう疲れた。
このまま朝になんて、こなきゃいいのに…

私は、またそう思いながら、また明日を迎える為に、今日を終わらすのだ。
自然と重くなる目と、体をベッドに任せた。

⏰:09/07/25 22:31 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#123 [あき]
体が夢心地になり出した頃。頭の上で携帯電話が鳴った。手を伸ばし、眩しい画面を見つめる。

【どうにかなったのか?歩いてるとか言うなよな。馬鹿。】


愛想も何もない嫌みの文字に、もう遅いよなんて、思ったのに…

【馬鹿とはなんだ。どうにもならなかったから、近くのホテルに泊まったしっ。】


少し嬉しかった。

⏰:09/07/25 23:21 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#124 [あき]
《あの時、迎えに来てくれなかったじゃん!!》

《迎えに来て欲しいなら、そう言え。》

《タクシー呼べばって言ったのは誰?》

《あれは、アドバイスだ。》

《あれは、迎えに来てって言ってるもんでしょぉ?》

《めんどくせ。どうにかするって言ったろうが》

《そこは空気読んでよっ!まっ言ったからって来ないでしょうがねっ。》

《俺は、どうにもならんな、行ってやるつもりでしたけど?》

⏰:09/07/25 23:34 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#125 [あき]
あれから数日後。
ふとした電話でこう会話した。

なんだ‥
変わってないじゃん。
ただ私達には言葉が足りないだけなんだ。
私達、まだ、こんなにも楽しく話せるんじゃん。
普通に話せるんじゃん。
変わってないよね。
私達…
なのに、この寂しさはなんだろう。

そっか。
長く居すぎて。
私達、もっと必要な、大切な何かを失ってるんだ…
そう気付いた。

⏰:09/07/25 23:42 📱:W65T 🆔:tBOBuo2E


#126 [あき]
いつしか私達は、何も語らなくなったし、何も言わなくなった。

言葉を交わさなくても、何が言いたいのかを理解できるし、時間を重ねなくても、傍にいると思えていた。

それは、私達が、出会ったあの頃から。
再開したあの日から。
重ねた時間や、重ねた言葉が、歩いた道が、そうさせたに違いない。

あの頃みたいに、だらだらと電波を駆使して時間を重ねなくても
あの頃みたいに、長々と時間を重ねなくても。

私達は何かを共有していた。
それで満足していたんだ。

⏰:09/07/26 01:48 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#127 [あき]
だけど、本当は、それじゃダメなんだ。
きちんと言葉を交わさないと、自分の思いは伝わらないんだ。
相手の思いも伝わらないんだ。
きちんと時間を共有していないと、自分の気持ちは確かめられないんだ。
相手の気持ちもわからないんだ。
そっか。
私達。そういや
たった一言。
好きって言葉すら
言えてないね。

心だけじゃ…
不安だよ。

⏰:09/07/26 01:59 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#128 [あき]
あの出張から、時間が経った。
私は、毎日を仕事に追われ、早朝から深夜まで、仮面を付けた日々。
ただ、唯一違う事が起きた。
西条さん。

あの日から、彼が毎夜、私の携帯電話を鳴らす。
お疲れ様から始まって、1日の報告を費やし、おやすみなさいで締めくくる。
その時間が、毎夜毎夜続く。
いつしか
彼は、遠方にいる知人。
私の中で、そう位置付いていった。

⏰:09/07/26 02:07 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#129 [あき]
その夜、また彼からの電話。私は帰宅して、ソファーに体を投げ出したところ。

―ピッ
『はいはーいっ』

《おーっ。お疲れい》

『お疲れ様ですっ。』

また何気ない会話。
私は、ジャケットを脱ぐと、煙草に火をつけながら、彼の声を聞いた。

《なに?今帰ってきたの?》

『うん。疲れたしっ』

彼の方言にも、もう幾分か慣れた。(※文章では標準語ですが、彼は方言なまりで話ます。)

⏰:09/07/26 02:13 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#130 [あき]
『西条さんは?』

《俺は今から帰るんだよね。》

だいたい彼は、会社から帰宅道中に、私の携帯を鳴らす。それから約一時間の道のりを、私達は共有するのだ。そして、彼が無事に帰宅する頃、私の睡魔は限界に近づいて、じゃぁまたと終了する。

そんな毎日だった。

⏰:09/07/26 02:24 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#131 [あき]
彼の言葉を聞きながら、今夜も、そろそろ私の睡魔も、限界だと思った頃。
私の瞳孔がかっぽ開く言葉が、飛び込んできた。

《俺の事、どう思ってる?》

『どうって?何んですかっ〃きゅうにっ。』

笑って流す私に
彼は静かに、言った。


《…彼女になってくれる?》



それは突然の―告白―だった。

⏰:09/07/26 02:33 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#132 [あき]
『なっ…何言ってるんですかっ!〃』

突然の出来事に、私は笑った。
いや、正確に言うと、とっさに、私でいる為の防御策。笑う。しか出来ないでいたのだ。
本当は、バクンと音が鳴って、ぎゅっと胸が掴まれて。、毛穴という毛穴がかっぽ開いて、その穴から妙な汗が吹き出していた。


《俺、結構真剣なんだけどっ…。君の気持ちを聞かせて欲しいな。》


そう、彼は私にトドメを刺した。

⏰:09/07/26 02:57 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#133 [あき]
『はっ…鼻水出たっ!〃』

突然の告白に、なんとも色気のない返事をしてしまう。
仕方ない。
本当に、あまりの事に、鼻水が吹き出たのは事実で、冷静さを失った私は、ばか素直に、その現状を伝えてしまったのだ。

そんな私の答えに、彼は、きたねーと、笑っていた。

『何を突然言い出すかと思ったらっ〃もうっ!そりゃ吹き出ますよっ!!〃』

⏰:09/07/26 03:03 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#134 [あき]
《でも、俺、そうゆう飾らない君が好きなんだよね〃。彼女なる?》


『いやいや…〃話飛びすぎでしょ…』

《そう?》



もう。
勘弁して下さい。
西条 祐介。
新人種だ。
イケイケオラオラなんですね…

私、鼻水どころか
脇汗が止まりませぬ…

⏰:09/07/26 03:12 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#135 [あき]
やはり、女の涙は武器なのかもしれない。
ただ、私は見せる相手を間違った事も明確だった。

彼は、言った。

あの夜、泣いてる私に何もしてあげられなかった事が、悔しかった。
間違いなく男で泣いてるんであろう君を守ってやりたいと思った。
笑う昼の私と
泣いてる夜の私
頭から、離れなくなったと−…

そう言った。

⏰:09/07/26 03:30 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#136 [あき]
『そんな事言われても…』

《わかってる。だから最終日、駅に消えて行く君を見送りながら、忘れようと思った。一週間の思い出だと言い聞かせて君を見送った。 だけど、君はいた。とっくに帰ったと思ったハズの君が…いたんだよなぁ。なんか、そしたら、もう止められなくってさっ…そして、君は笑ってくれた。》


あの時、私は、彼の想いに微笑んだんだ。
彼のあの勇気に、私は微笑んだ…彼にとっては、それが全てだった。

⏰:09/07/26 03:48 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#137 [あき]
《君の気持ちを知りたい。俺は泣かさないよ。》

優しさ溢れる声で、そう言った西条さん。
嬉しかった。
素直に嬉しいと思えた。

『うん…。嬉しいです。ありがとう…でも…』


私、好きな人がいるんです。その、私を泣かせる男が好きなんです。
だから…貴方の事は…


《好きにはなれん?》


私の心を察したように、呟いた、彼のその言葉にはたと気付く。

⏰:09/07/26 04:28 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#138 [あき]
好きな人…
好きな…
好き………?
好きってなんだろ。



『…わかりません。』



私は彼の言葉に小さくそう答えた。

誰かが誰かを好きだと思うその気持ちが。
好きって気持ちが
好きって言葉が。
わからなかった。

⏰:09/07/26 04:42 📱:W65T 🆔:G/V7tpkE


#139 [あき]
わからないという言葉は、時に、とても便利だけど、使い方によっては、とても傷付ける言葉だった。

《わからない…か…〃》

私の言葉に、寂しそうに呟く西条さん。
それにさえ、私は何も返せなかった。

本当にわからない。


『好きって何ですか…?どんな気持ちが、好きって事なんですか…』


私がやっと出た言葉は、彼にとっては、意味のわからない返事だけだった。

⏰:09/07/27 19:58 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#140 [あき]
《それは、オレにもわかんないなぁ〃…好きって気持ちは、考えて出る言葉じゃないからさ。》

正論だと思う。
でも、私には、やっぱりわからない。
いや、だからこそ、わからなくなったのかもしれない。


『でも、西条さんは、私を好きって思ったんですよね?何を基準に判断したんですか?好きって気持ちは、どんな事ですか?何をもって、好きって事になるんですか?…私にはそれが、わからないんです…好きって何ですか…』


それでも言葉は止められなかった。

⏰:09/07/27 20:14 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#141 [あき]
《なぁ…どうしたんだよ?君を苦しめる、何があるの?》

食ってかかるように、言葉を吐き捨てる私に、彼はそう言った。

『…ごめんなさい…本当に、それすら、わからないんです…』

今にも泣き出しそうな私に、彼は、優しく言った。

《…好きって気持ちは、考えて出るようなものじゃない。自分に向き合えば、出てくる気持ちだよ。俺の気持ちは伝えたから。後は君次第。》

そして、おやすみと言って電話を切った。

⏰:09/07/27 20:31 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#142 [あき]
その夜は、梅雨がもうすぐ始まると知らせる程の、蒸し暑く、どんよりとした空だった。
チクチクする頭痛で薬を飲んだ。
窓を開けると、なまるぬるい風がふわりとカーテンを揺らす。
就寝前の煙草に火をつけて、外に向けて吹きかける。白い煙は、暗闇にふわりと馴染んですぐ消えた。
運悪く、ポツリポツリと雨が落ちてくる。
やはり、明日は頭痛が激しいな。そう考えた。

《自分に向き合えば…》
頭をガンガンと締め付けて、眠れそうになかった。

⏰:09/07/27 20:55 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#143 [あき]
翌朝、案の定外は雨だった。朝一番のニュースでアイドル化したお天気お姉さんが、今日1日雨模様だと、いかにも、用意されたピンクの傘をさしながら言った。チャンネルを変えると、今度は、タレント化したアナウンサーが、梅雨対策グッツをにこにこと紹介していた。
リモコンをテーブルに置くと、くだらない番組に、飽き飽きしながら、特殊メイクを施す。睡眠不足がリアルに肌に出てくる年頃だと痛感した。
天気が悪い日は、頭痛が激しい。カフェインは頭痛を刺激すると聞いた。
甘ったるいカフェオレをぐびりと飲み干した。

⏰:09/07/27 21:25 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#144 [あき]
自動扉を抜けて、カウンターに座る綺麗なお姉さんに、おはようと、挨拶をした。そのまま、カウンター横の、真新しいドアを開ける。おはようと声をかけると先に出社してる仲間が、朝の準備に忙しそうだ。まだまだ馴れない真新しい匂いに鼻先に残しながら、事務所奥、隠れ階段から二階へ上がる。
与えられた小さなロッカールームに入ると、誰かが消し忘れた早すぎる冷房が、雨に濡れた私をヒヤリとさせた。
自分の名前の前に立ち、扉を開くと、小さなスペースに、与えられた制服。与えられた名札がしまい込まれている。
私はさっと着替えて、名札を首からかけた。
朝からつきたくないものだけれど…
やっぱり溜め息が漏れた。

⏰:09/07/27 21:45 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#145 [あき]
私は、この場所は苦手だ。
ここは、せわしなく電話が鳴り、パソコンの機械的な音と、睨まれるように、いつも上司の視線を感じる。ただ、この箱の中で、自分に与えられた書類をミスのないように、淡々とこなしながら、淡々と時間だけが流れていくだけ。
小さな名札を自前のスーツに付けて、私を必要としてくれる人の元へ駆けつけて、私らしくサポートしてあげる。
私が小さな時に憧れ、そして掴んだ、大好きだった場所。そこに立つ事は、ほぼなかった。
大きな箱の中にある小さなスペースで、サポートする人達をサポートする。
今、これが私に与えられた仕事だった。

⏰:09/07/27 22:08 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#146 [あき]
もう、私が、現場に立ってた事すら知らない子達が、現場の書類を持って元気良く外に飛び出す姿を見送る事にも慣れた。
いつまでも現場主義を貫く先輩の背中を見つめる事もやめた。
そして、私は、与えられた名札に連なる、妙な資格と、妙な肩書き。
それをブラブラと首からひっかけて…
ただ、毎日を過ごしていた。
新人時代から、私を影で支えてくれた、上司ぬらりは、私が部署が変わっても、いつも気にかけてくれた。私にとっては、いつまでも上司だった彼は、この春、定年退職をした。
苦楽を共にした、同期のさえちゃんは、恋を貫き通し、数ヶ月前に、寿退社をした。
私はこの場所で一人ぽっちになった…

⏰:09/07/27 22:17 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#147 [あき]
一人ぽっち…
かつて笑い合った仲間は、半分は辞めて、半分は生き残った。
だけど、生き残った、かつての仲間とは、もう会話もしない。部署が違えど、同じ社内。もちろん、いくらでも会う訳で。
正確に言うと…
元気?最近どう?
なんて、上辺の笑顔で、当たり障りのない会話をそつなく話すだけ。
もう、昔のように、飲みに行く事もなくなった。
初めは、寂しかった。
悲しかった。
どうしてと悩んだ。
だけど、気付いた。
無理もない。
右も左もわからない下っ端ぺーぺー新人だった私が、あれよあれよ、上へ上へと登り、今では、冷暖房完備の箱でちょこんと座って、かつての仲間に、ああしろ、こおしろと、言ってるんだから。
女の世界。
みんなが、みんな、素直に受け入れる訳はない。

⏰:09/07/27 22:33 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#148 [あき]
正確に言うと…
元気?最近どう?
なんて、上辺の笑顔で、当たり障りのない会話をそつなく話すだけ。
もう、昔のように、飲みに行く事もなくなった。
初めは、寂しかった。
悲しかった。
どうしてと悩んだ。
だけど知った。
右も左もわからない下っ端ぺーぺー新人だった私が、あれよあれよ、上へ上へと登り、今では、冷暖房完備の箱でちょこんと座って、かつての仲間に、ああしろ、こおしろと、言ってるんだから。
女の世界。
みんなが、みんな、素直に受け入れる訳はない。

⏰:09/07/27 22:35 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#149 [あき]
《あきは上司に気にいられてるからね〜〃》

《うまく取り入ったよね〜〃》

《あきが言えば、上司もうんって言うんじゃない?〃》

そう言われた時に、初めて知った。

ああ。そっか…
そうゆう事か…。

私は、ただ毎日を仕事に夢中になっただけ。
促されるまま、試験を受けただけ。
似合う部署に移動を命じられ、似合う仕事を命じられただけ。
こんな立場が欲しいなら、すぐにくれてやるっ!!
私は現場に戻りたいっ!!

言われる度に、あはは、まさかと、笑いながら、血が止まるかと思った程に、拳を握り締めた。

⏰:09/07/27 22:48 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#150 [あき]
ただひとり、新人時代から、公私共に面倒見てくれる、先輩だけが、そんな噂や、声に、悔し涙を流す私を、優しく抱き締めて、期にしない。辞めんじゃないよ。と声をかけ続けてくれた。現場に戻りたいと泣いた夜も、彼女は、せっかくの期待を裏切るなと言った。

彼女は、いつまでも
出来損ないの可愛い教え子。
でいさせてくれた。
彼女がいるから、私は、続けられているもんな様だ。
まぁ、そんな話はさて置き、私は、寝不足に加えて、昨夜の衝撃、馴れない仕事に、その日、溜め息だらけだった。

⏰:09/07/27 22:58 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#151 [あき]
昨夜からの頭痛が、一向に良くなる気配はない。

『頭いたい…』

昼休み、小さなテーブルで、完全に失せた食欲。
備え付けの自動販売機で買った、野菜ジュースを飲みながら呟いた。

『大丈夫ぅ?』

昼休み、たまたま一緒になった、仲間から軽い言葉が返ってくる。

『天気悪いとねー…〃』
何もかもを投げ出して、逃げ出したら、どんなに楽なんだろうと考える。
そんな事が出来たら…
パックをくしゃりと握ると、お先にと笑顔で席を立った。
そんな時、ポケットで携帯が震える。

⏰:09/07/27 23:13 📱:W65T 🆔:LBoOeDds


#152 [あき]
画面を確認して、廊下に出た。

―ピッ♪
『はいっ?』

《うーっす。お疲れさんっ。今昼休みか?》

『そうですけどっ?どうされたんです?』

《ちゃんと飯食った?俺も昼休みで特に用事はないんだけど。》

『そうなんですか…。お昼に電話あるなんて、びっくりした。』

《んーっ。まぁなんとなく、声聞きたくなって。》

西条さんは、本当に私の食にこだわる人だ。
また聞かれた。
そして、案外、ストレート直球。そして、爆走イノシシタイプだと初めて気付いた。

⏰:09/07/28 01:13 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#153 [あき]
『ちょっと〃真っ昼間から、何言ってんですかっ〃恥ずかしくないんですか?』

ズドンとボールを胸に投げつけられ、飲んだばかりの野菜ジュースを吐き出しそうになった。

《ん?別に、聞かれてもいいよ。》

『私は恥ずかしいです〃』

《そう?あっ。呼ばれてるわ。じゃまた電話するよ。》

『…はぁ…』


まだまだ、これは、彼の一部で、徐々に本性を表していく。

彼の本性…
いや。彼の愛に、私は、負けた事になるのか、ならないのか、今でも、それは、わからない。

⏰:09/07/28 01:32 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#154 [あき]
答えが出ないまま、また夜になった。
携帯電話が鳴る。
今夜は出たくない。
もちろん相手が誰かはわかっている。
仕事用の携帯が、こんな時間に鳴るのは、最近では彼しかいない。
それでも、やはり、仕事用携帯が鳴るのはドキリとするので、最近では、彼だけの専用着信音に設定したのだ。一度、眺めるだけにした。しばらく鳴ると、それは切れた…と思ったらすぐ鳴った。


うん。諦めよう…


―ピッ♪
『はいっ…』

《お疲れさまっ。》

⏰:09/07/28 01:48 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#155 [あき]
『お疲れ様ですっ。』

また始まる今夜の電話。
本日ニ度目の声。
何気ない会話で、必死に話をそらす。
だけど、目論見は儚く散った。いや、首を絞めただけだった。

《そろそろ敬語やめないっ?》

『これはもう癖だから無理ですよぉ〃』

《敬語使われてると、距離感じるわ。俺。》

『…そうですね…』


しまった。
この微妙な沈黙。
頼む。言わないでっ。

《で?答えは決めてくれた?》


はい撃沈。
だから出たくなかったのに…なんて思った私はかなり卑怯です。

⏰:09/07/28 01:55 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#156 [あき]
『……あはは…』

《…まだ悩んでる?好きって事に。》

『…ごめんなさい…やっぱり、わかりません。』

私の答えに、西条さんは、細く溜め息を漏らす。

《どうして、そんなに考え込んでるのか、俺にはわかんねぇよ。自分の気持ちだろ?好きな奴がいるなら、俺を振ればいい話だろ?…悩む意味がわかんねぇよ。》


小さく呟いた彼の言葉に、胸が痛くなった。

⏰:09/07/28 02:03 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#157 [あき]
『そうですよね…なんで悩んでるんでしょぉね…私。苦しいよ…』


そうなんだ。わかってた。
なおちゃんが好きなら、西条さんの言葉に苦しむ必要も、悩む必要もない。
誠の時も、たっちゃんの時も、私は悩まなかった。
確かに、二人を傷付けてしまったけれど。
答えなんて、決まってた。

なのに、どうして
この彼には
悩むんだろう。


それが
わからない。
だから

…苦しいんだ。

⏰:09/07/28 02:11 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#158 [あき]
《君の本当の気持ち、教えて?俺、覚悟出来てるからさ。》

西条さんの優しい声に、私は、少しづつ、心の声を、ありのままを伝えた。
彼には言わなきゃいけないと、そう思えた。

『あのね…私にはね…』

なおちゃんの事。
いつも、二人でいた事。
ずっと友達だった事。
だけど、ずっと好きだった事。
一時は、未来が見えた事。だけど、今では未来が見えなくなった事。

寂しくて、不安で悲しくて…自分の気持ちがわからなくなった事。

そんな時、西条さんと出会ったんだと。
私は、最後にそう締めくくった。

⏰:09/07/28 02:29 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#159 [あき]
《あの夜、泣いてたのは、その彼との事?》

『うん…』

《そっか…》

『私はね、彼との時間は、好きって感情を押し殺した日々だった。
腐れ縁には、邪魔な感情だったから?
だからさ、もういいやっ!!って何度も思ったのっ〃
…だけど、出来ないまま、こんな歳になっちゃって。〃やんなっちゃうよ…〃
ただ未来が欲しいだけなの。

幸せになりたいだけ…』

そして、最後に、私はそう言って―…泣いた。

⏰:09/07/28 02:46 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#160 [あき]
西条さんは、それ以上、深く何も聞かなかった。
ただ、黙って、私の心の叫びを聞いてくれただけだった。
散々言って、散々泣いて、何だか、スッキリしたと笑う私に、俺って不利だよなぁって笑いながら。
それでも、やっぱり、気持ちは変わらないから。
と言ってくれた。
会いたいと言ってくれた。あの出張からひと月が過ぎた頃だった。

そして、後日。
私の自宅に、今度はプライベートで行く○○地方の三日間の往復チケットが、彼の名前で、送られて来たのだった。

⏰:09/07/28 02:58 📱:W65T 🆔:n0g0IsUg


#161 [あき]
――――――

一カ月振りに立つこの場所は、何も変わってはいない。忙しそうに行き交う人々。ロータリーをせわしなく出入りする車達。
あの駅ビル前、噴水のふちに座ると、数週間前、届いたチケットを眺める。
なにをしてんだろう…
そう思った。
先程届いた西条さんからのメールに、あと15分程で着くと書かれていた。
道が混んでいたらしい。
あと15分…
あと15分で
私達の何かが変わる。
頑なに守り続けた
仕事仲間
その枠から、あと15分で外れるのだ。

⏰:09/07/31 18:57 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#162 [あき]
噴水を見つめながら、行き交う人々を、ただ漠然と眺めていると、携帯が鳴った。

ーピッ
『はい?』

《どこにいるのっ?》

なんだか、相手は急いでいるようだった。

『え…噴水の前ですけど…?着きました?』

《ちょ…〃どうして、そんな所にいんだよっ。早くっ!こっち来てっ!!急げっ!ぢゃなっ!》

『へっ?はっ…はいっ〃』

⏰:09/07/31 19:01 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#163 [あき]
慌てて、ロータリーへと向かう。
ジメジメとした暑さの中、人の流れに逆らいながら、相変わらず重すぎる荷物と、高めのヒールが、私の体力を著しく消耗させた。
反対側、あのターミナルに出てみると、赤い大きな四駆車の前にウロウロと落ち着きのない人を確認した。

サラリと着流したポロシャツから伸びた長い手と、履き古したデニムをまとう長い足。

アイロンのきちんとかかったシャツに、ラインの伸びたズボン姿からは、やはり変わるけれど。
タバコを吸う姿は変わらなかった。

⏰:09/07/31 19:08 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#164 [あき]
『あのっ!お…お待たせしましたぁ〃』

著しく体力を消耗した私は、息も切れ切れでやっとの声を出し、汗ばんだ体で、久しぶりの対面を果たす。優雅に颯爽と現れるつもりだったのに、悲しいったりゃありゃしないよ。

『うすっ〃久しぶりっ!てか、早く乗ってっ!』

また軽々と荷物をトランクに詰め込むと、彼は運転席へと回った。慣れたように、ひょいと乗り込む。

『は…はいぃぃ…〃』

ちび助の私には、大きな四駆車を乗るのに、これまた一苦労だ。
最近お気に入りの高いヒールを履いてきた事すら、悲しくなってきた。

⏰:09/07/31 19:13 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#165 [あき]
『ちょ…〃本当に、届かないの?』

『ご…ごめんなさいっ〃こんなに大きな四駆なんて初めてで。慣れてないんですっ〃あはは…〃』


ちび助は、一生懸命手を伸ばし、ドアの上についた手すりに捕まる。必死に体を引き上げて、助手席に乗り込もうとした。
彼は、驚きそして笑いながら、持って。と手を伸ばした。
助手席にへばりつくように、なんとか体を乗せ込んだちび助が、その手に捕まると、ひょいと体を引き上げてくれた。

『あは〃ありがとうございました…〃』

もう最悪。

⏰:09/07/31 19:20 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#166 [あき]
『これっ。なんて車?』

『ん?○×って言うんだよ。』

車にさっぱりな私には、彼が教えてくれた名前なんて全く皆目覚えられなかった。
だけど、初めて聞いた名前には違いなかった。

『日本車?』

『右ハンドルだけど、一応外車になるかな〃』

『へぇ…〃』

外車って…
外車もベ○ツ、B○Wくらいしかわかんない。
結局、
あれっしょ?
高級車っしょ?
この人。
金持ちなの??
まさか…
ん???
んっ…???

⏰:09/07/31 19:29 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#167 [あき]
『この車、でかいから、あそこ停めると邪魔になるんだよね〃急がせて悪かったね。』

『いえ…』

確かにでかい。
デカすぎる。
なおちゃんなんて、車持ってないんだから…
なおちゃんの愛車だった箱型普通車君は、今は私の相棒。
あの愛車君を、手放したくないけど、手放さなきゃいけなくなったくらい貧乏なんだから。
だから情けをかけて、私が引き取ったの。
愛車を失った彼は仕事用にともらった軽四をぷいぷい言わせてるんだから。
私がいると、当たり前のように、過去の相棒、今や私の相棒君を愛おしそうに、乗り回すんだから。

貧乏なんだから…

⏰:09/07/31 19:37 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#168 [あき]
あの時とは、まるで違う。
爽快に流れる景色を高い視線から眺めてながら、ちらりと確認。

飾りも匂いも何もない、ラジオがBGMの小さな車に、小さく折りたたまれた長い足は、統一感溢れる備品で、いい匂いと、オシャレな音楽が流れる広々とした車にすらりと伸びていた。

『オシャレさんなんですねっ』

『そう?』

はにかんで笑う彼が、大人に見えた。

⏰:09/07/31 19:45 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#169 [あき]
『遠い所、お疲れ様でしたっ〃』

『またまたお迎えご苦労様ですっ。』

『では、今日はどこから行きますか?』

『お任せしますっ。』

『わかりました。じゃ、ルートは任せて下さいっ。ただ、最終判断は、あなたの仕事ですっ。』

『了解っ!』

『では、本日も1日宜しくお願いします〃』

『宜しくお願いしまーすっ。』


私達は、顔を見合わせて、プッと吹き出す。
そして、はははと声を出して笑った。

⏰:09/07/31 19:58 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#170 [あき]
その日。西条さんは、地方物の私に、沢山の感動と感激を与えてくれた。
一カ月前に来た時は、何にもない田舎だと思ったこの場所は。
本当は、とても海が綺麗で、人が暖かくて、美味しい食べ物で溢れる所だった。
『綺麗だねぇ〃』

そう笑う私の横に寄り添い、この景色の説明をしてくれた。

『これ美味しいっ!〃』

そうはしゃぐ私に、好きなだけ追加しな?と笑いながら言った。

車に乗れば、暑くない?寒くない?
階段になれば、手を差し出した。
大丈夫と、はにかみ笑う私に、彼はふっと微笑んで、黙って肩を差し出した。

⏰:09/07/31 20:10 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#171 [あき]
外を歩けば、車道側を歩き、どこに着いても、必ずドアを開けてくれる。
いつの間にか終わっている、お会計。
全てが大人だった。
こんなの、別に望んでもいない。
気が引ける。恐縮する。
だけど…だけど、女だもん。こんな扱い、悪い気はしない。

こんな気持ち…
私、いつから忘れてたんだろう…

そっか。
口も態度もピカイチ悪いけど、何気ない仕草や、何気ない事。それに優しさを感じれた。
だから、それで良かった。だって、私は、なおちゃんと居られるだけで、幸せだったから。

それだけで良かった日々だったんだ。

私、女だったんだ…

⏰:09/07/31 20:25 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#172 [あき]
今朝、始発に乗っても、この街に着いたのは、なんとか午前中。限りある時間を、ふんだんに満喫した。
周りはネオンがつき、人影もパラパラになりだした頃、そろそろ、私の住む場所へと向かう最終便がこの街から出て行く時間。
もちろん、そうなるのは覚悟の上で、駅まで愛車で出てきた。前回失敗したのをもとに、最終便で帰っても、自宅には戻れる準備万端なのだ。
彼が送ってきた、チケットは片道分。
少なくとも、そろそろ駅に行かないと、窓口が閉まる。

『…今日は楽しかったですっ。』

『うん。俺も。』

微妙な空気が車内に流れる。
駅に向かおうと言い出せない自分は、ほとほど弱いと痛感した。

⏰:09/07/31 20:35 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#173 [あき]
※※※※※
余談

送られてきたのは三日間の往復チケットでした。

>>160
参照。

だけど、さすがに、それはと、すぐさま返品。
日帰りならと伝えると後日、彼から、片道切符が送られてきたワケです。

※※※※※※※※※

⏰:09/07/31 20:43 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#174 [あき]
駅へと車が進む。
何故か無言の彼。
気まずい私。
彼は前を見据え、私は横の流れる景色を見ていた。

『…やっぱり送らないとけない?』

方言でポツリと言われた言葉に、ドキンとした。

『本当は、このまま連れて帰りたいくらい君を離したくない。もう会えなくなるのがわかるから。
だから、せめて、もう一日。一緒にいて欲しい…』

そう言って、ハンドルを握る手が私の手に触れた。
自然と彼の左手に、力が入り、握られた私の右手を包み込んだ。

⏰:09/07/31 20:54 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#175 [あき]
車は駅を通り過ぎ、街の中を走り抜けた。
何も言えなかった。
どんどん背中で小さくなっていく、駅。
だけど、小さくなったかと思えば、また突然現れる駅。彼は、それでも、ロータリーには入れず、また駅を通過した。
何度も何度も、駅を通過しては、また駅を目指す。
さすがの私も、道を覚えたぞと、苦笑いをしたくなる。もう何周したんだろうか。車内の時計を見ると、とうとう、つい一分前、最終便がこの街を出発してしまっていた。
その間、沈黙が流れる車内で、音楽だけが、聞こえる。

『……ごめん。』

そう言う彼に、私は、泊まる所探さないとね。と笑って言った。彼は、握っていた手を離すと、柔らそうな髪をくしゃりと掴んで、これじゃ拉致だと溜め息をついた。監禁かもねと笑う私に、俺は、笑えないと苦笑した。
そして、ありがとうと言った。

⏰:09/07/31 21:07 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#176 [あき]
『まさか、拉致られるとはっ〃明日、休み取ってて、良かったですよっ。ともかくだっ。こうなった以上、ド○キありますか?着替え買わなきゃっ。』

『こここら30分くらいかかるけど。』

『へーっ。あるんだっ〃』

『コラッっ〃あるさっ!バカにすんなよっ。』

『はいはいっ。』


車は、深夜も営業している大型ショップへと向かう。本当は、ドキドキしていた。バクバクしていた。
笑ってないと、潰されそうだった。
仕事は休みだった。
勿論、こうなるなんて予想していなかった。
ただ、こんな遠い街に来て、深夜に帰宅するんだ。
朝起きれる自信がなかった。だから、久しぶりに貯めてた有給を使ってただけ。念のためだ。念のため…

⏰:09/07/31 21:21 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#177 [あき]
念のため…
念のため…

何の?

帰ってた…

ってた…?

私、本当に、帰るつもりだった…?


答えが出せなかった。

だから、笑ってないと、押し潰されそうだった。

⏰:09/07/31 21:22 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#178 [あき]
―――

どうぞ、ごゆっくりと、着物を着たおばさんが笑顔を残し、襖が閉まる。
二人並んで、部屋を見渡す。すぐさま、暑いねと、西条さんが冷房のスイッチを探す。私は、何がやってるのかなとテレビのスイッチを押した。
何かしてないと、気まずさでおかしくなりそうだった。

数十分前。
せっかくだから、お勧め温泉ないの?の私の冗談に、彼はあるよと言って、この温泉街に車を走らせた。
まさか、飛び込みなんて無理でしょうと笑う私に、彼は任せとけと一件の宿に入って行った。
バカなと焦りながらも、彼の背中を見送る事数分。大きくまるサインをしながら、意気揚々と車に戻ってきたのだ。

こいつ…何ものなんだっ!!

⏰:09/07/31 21:30 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#179 [あき]
『ここの女将さんと、ちょっとした知り合いでさ。にしても、部屋あって良かった。』

『あっそうなんですか…〃』

お茶をすする私達。
熟年夫婦かよっ!!

『でも一部屋…』

『いや、そこまでは無理言えないだろ?』

何故、そんなに、当たり前のように、だけど、どこか満足げなんだっ!!

『で…ですよねーっ〃』

ああ。
私って、本当弱いな。

⏰:09/07/31 21:34 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#180 [あき]
『ここの温泉、かなりいいよ。お肌ツルツルになるからっ!!』

『うんっ…』

『とりあえず、風呂入ってきたら?』

『後でいいです〃先に行ってきたらどうですか?』

今夜。私は、どうされちまうんだろう。
彼がお風呂に行く間に
柔軟体操をしっかりして、いざという時の飛び蹴り、もしくは関節技、なんだったら、ボディーブローの練習をしておきたかった。

※いや、実際には、運動音痴なもんで、出来ませんけどね。

⏰:09/07/31 21:40 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#181 [あき]
彼が温泉に向かった間に、中居さんが、布団を敷きに来た。

手早く、二組の布団を敷くと、お休みなさいと、出て行く。
しばらく、それを見つめて、はたと気づき、私は、ずずずっと布団を離す。
二組の布団が、緊張を妙に強めた。
しばらくすると、戻ってきた音がする。
『君も入っておいでよっ』
そう言いながら、襖が開き、浴衣姿の彼が現れる。
やっぱりドキンと胸が鳴った。

⏰:09/07/31 21:51 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#182 [あき]
ただし、残念な報告です。確かに私は、彼の浴衣姿にドキンと胸が鳴りました。
だけど、その数秒後には、お腹を抱えて、涙を流して、震える事になるんです。
それは…

浴衣が、微妙に短い!!
手足の長い長身の彼には微妙に短い!!
そう、例えるならば、スレンダーな西郷どん。
私は、吹き出しそうになったのを、ぐっとこらえて、普通に振る舞う。
なのに、彼は、その姿で、そう、スレンダーな西郷どんは、ああうまいとお茶をすすったんですっ!!風呂上がりにビールじゃなくて熱い日本茶をっ!!
さっ…西郷どん…!!

その姿が、何故かツボにはまり、思わず、枕に顔をうずめて、窒息死覚悟で笑いをこらえたのでした。

⏰:09/07/31 21:58 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#183 [あき]
もう撃沈寸前でした。
湯呑み片手に、不思議がる彼に、もう、私の笑いのツボは大喜びなわけです。
必死に伝えました。
思わず西郷どんと言いそうになりました。

『さ…西条さん?浴衣、もうワンサイズ大きいの、持って来てもらいましょうか…?〃』

『そうだ。小さいかなと思ってたんだよね。なんか、動きつらいしっ…やっぱり、これ小さいよね?』

『で…ですかねぇ〃なんか、きつそうだったからっ。』

⏰:09/07/31 22:11 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#184 [あき]
えっ?気づいてたんですか?
気づいてて着ちゃったんですかっ?
あなた…

もう。
私息が出来ません。
ちぬ…ちんじゃう…

『何が、そんなに面白い?〃』(※方言でした)

こんな時、方言禁止ですっ!!か…可愛い過ぎるっ!!もう、ツボは崩壊です。
必死に平然を装い、フロントに申請。無事に一件落着です。届いた浴衣を、サラリと着こなす彼を見て、落ち着きを取り戻した私。
もう。衝撃的でした…

⏰:09/07/31 22:17 📱:W65T 🆔:ZWrhOOXQ


#185 [あき]
こんな所で、この人と私は何をしてるんだろう。
どうしたいんだろう。

考えても答えは出ない。

ブラウン管に移る光景に笑う彼の横で、私も画面を見つめる。
ブラウン管の中の人達は、何だかわあわあと騒いでいた。西条さんの笑い声の横で、私もはははと笑ってみる。
面白いねと私に笑顔を見せる彼に笑顔で頷いてみた。
だけど、私には何が面白いのか、やっぱりわからなかった。

ただ、わかるのは。
あの時
私がこの彼に
必要とされた事。
出会ってから一カ月。
いつも、いつも
彼が私を想う
その気持ち。
だけだった。

⏰:09/08/01 03:35 📱:W65T 🆔:bShKEOAI


#186 [あき]
静かな夜。何の音も聞こえない。あれから、もうどれくらいの時間が流れているのだろう。
お休みなさいと電気を消した。

長い長い静寂。
妙な緊張。

その静寂、緊張を破るように、隣の布団から、確かに聞こえた。《俺を選んでくれる?》の台詞に聞こえないふりをした。そんな私に彼は、もう寝たのかと笑ったように言って、まるで子供をあやすように、優しい声でお休みと、そう言った。そして、背中を向け続ける私に、ただポツリと確かめるように《俺についてこい。》そう呟いた。

彼が眠ったのか、眠れてないのかは背中越しにはわからない。

ただ、ただ、静かな夜だった。

⏰:09/08/03 23:43 📱:W65T 🆔:sjOOZQAY


#187 [あき]
ギリギリまで、温泉を楽しんだ私達は、中居さんに見送られ、昼前にそこを後にした。
昨夜の戯言。
彼は何も言わないし。
私は、聞かなかった事にする。
世間は梅雨入りだと騒いでいるが、蒸し暑さすら感じる。じりじりと紫外線を感じる太陽。
よく冷えたファーストフード店に私達は入った。
彼は、暑かったでしょと席に私を促した。
私は、席を探しておきますねと、笑って答える。

『で?何にするの?』

『私は、いつものでっ!』

『おいっ〃いつものって言われてもっ〃』

『あっ〃ごめんなさい〃えっとね…』


いつもの…
ついつい癖が出た。
この相手に伝わる訳ないっか。

⏰:09/08/06 04:40 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#188 [あき]
『ありがとうございますっ〃』

西条さんからトレイを受け取る。

『いつもこのセットなの?』

頼んだメニューを私に渡してくれる。
それを受け取りながら、笑顔で答えた。

『はいっ〃このメニューが一番好きっ!』

照り焼きセット。
ドリンクはアイスティーストレートで。

学生時代からの私のメニュー。たとえ、そこがマ○クだろうが、モ○スだろうが…私はこれだ。

『よしっ。覚えたぞっ。』

悪戯に笑う彼の前には
チーズバーガーにホットコーヒーだった。

⏰:09/08/06 04:56 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#189 [あき]
『あれ?それだけ?』

いや。セットを頼めば、ついてくるでしょ!?
高カロリーだけど?
天敵だけど?

かなり美味なっ。
まいうーなっ。
デリシャスなっ。
なくてはならないっ。
にくいアイツがっ!

『あっ、俺はいつもこれっ〃』

爽やかに笑顔を見せるけど。
いやいや。
足りないって!
あのお方がっ!

『ポテトは?』

あきちゃん、聞いちゃいましたっ!そう。この方の存在忘れてますよねっ!何てったって、こうゆう場所では尚更このお方は、忘れちゃいけないでしょっ!!(※私だけ?)

⏰:09/08/06 05:04 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#190 [あき]
『あっ…。俺、めったに食わないなぁ〃』

爽やかにサラリと否定した。

『へぇ。そうなんですかっ…〃』

内心、かなり取り乱しました。いやいや、始めて見ましたよ。ポテト様を拒否る人を。(※全国のポテト嫌いな方すいません。)
何気ない会話をしながら、全国、どこでも変わらない味を、頬張り、前に座る彼に微笑みかける。

(ポテト…足りないな…)

私の好物…

⏰:09/08/06 05:09 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#191 [あき]
フィレオフィッシュセット。ドリンクはコーラで。それと
チーズバーガーセット。セットドリンクは、アイスコーヒーだ。
おまけに
単品でチキンナゲットをひとつ。
大量のジャンクフードに呆れながらも、紙ナフキンを渡す。
それを受け取りながら、2つある、ポテトをひとつ、私の方へ渡してくれる。
そして、まずは、フィレオフィッシュをペロリと平らげて。コーラをグビグビいっちゃう。
次に、ポテト片手に、チーズバーガーを、これまたペロリと平らげて。
……そして、繰り広げられる、壮絶なるチキンナゲット争奪戦。
そして、戦いの後に、煙草片手に、アイスコーヒーを飲むんだ。

⏰:09/08/06 05:18 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#192 [あき]
私が知ってる慣れたメニュー。
どちらが会計をしても
どちらが買い出しに行っても。

《いつものね》

この言葉を言えば、必ず出てくるメニュー。

そして、ポテトを2つ、満足げに、平らげる私を
《あぁあ。またデブになるぞっ》
って笑いながら…
ハンバーガー2つ平らげる彼を
《このっメタボっ!》
って笑いながら…
必死に、チキンナゲットを取り合って。
マスタードソースを取り合って…
ぎゃーぎゃー喧嘩して…
私は、この場所を
そうやって過ごしてきた。

⏰:09/08/06 05:25 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#193 [あき]
(ポテトも、ナゲットも…ないなぁ…てか、食べづら…)

私に微笑みかける西条さんに答えながら、私はそう感じざるを得なかった。

照り焼きソースって、けっこう食べづらいもんなんだ…マヨネーズやら、ソースやらが、垂れるんだ。
そんなの気にしてなかった。

《おいっ!ソースっ!》
《ん…?あっ〃落とした〃》
《ガキっ!》


『ぼちぼち出ようかっ。時間だね』

彼の言葉に、現実へと戻る。うんと頷き、二人並んで、店を出た。

⏰:09/08/06 05:34 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#194 [あき]
二人並んで、駅を目指す。じりじりと差し込む日の中吹く、この生温い風は、雨が降る前兆。
おまけに昔、昔に怪我した右腕が、どくどくと脈打ちだす。
季節は梅雨入りだと、痛感させられた。
路地を抜けて、駅までの大通り。車がせわしなく行き交った。私の横をびゅんびゅんと先急ぐ車に、彼の長い手が、ふわりと伸びて、私の腰を掴む。引き寄せられるように、私は歩道側へと彼に並んだ。

『危なっかしいなぁ。〃』

『ごめんなさい〃ありがとっ。』

そして、伸ばされた彼の右手に、黙って左手を差し出した。

⏰:09/08/06 22:30 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#195 [あき]
彼はその差し出した左手をしっかりと握って、はにかんで笑う。そして、雨、持つかなっなんて、恥ずかしそうに、プラプラと揺らした。私も、笑って答える。

駅のロータリーが見えてきた。数ヶ月前、私達が出会った場所で。昨日、私達が再会した場所。何も変わらない景色。
ただ、変わるのは
この場所で
スーツ姿の、よそよそしい挨拶をした私達が。
数ヶ月後には
こうして、手を繋いで歩いている事だけ。

⏰:09/08/06 22:35 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#196 [あき]
チケットを買う私を、背中で待つ彼。
ビジネスマンや、親子連れ。ぱたぱたと手団扇で、蒸し暑さをしのぎながら、長蛇の列に、並んでいる。
ちらりと後ろを振り向くと、微笑む彼の隅に寂しさが伺えた。

見送る側の人って、こんな気持ちなんだ…

そう思ってみても、私の生活の場所はここではない。
帰る場所がある。
私の生きてきた全てが詰まったあの場所。
あの場所に帰らなきゃ。

私は、前を見据えて、列に並んだ。

⏰:09/08/06 22:42 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#197 [あき]
流れゆく景色の中、私の中でも、この二日間の全てが走馬灯のように流れては消えた。
改札前。ぎりぎりまで、私の手を握っていた彼の温もりが、まだ左手に残っている。

《じゃぁ。気をつけて。》
《西条さんもっ。》

改札を抜ける私に、いつまでも手を振り続けてくれた。ふと窓の外を見ると、流れる景色の窓に水滴がついては、後ろに流れていた。
梅雨の雨だ。
私は静かに目を閉じて、現実へと戻って行った。

⏰:09/08/06 22:49 📱:W65T 🆔:kvYeBl/U


#198 [あき]
また慌ただしい日々が戻ってくる。


だけど…

この出逢いが
少しづつ
だけども
確実に

私の平凡で、平和で、平穏で…
だけど大切だった日々。

何十年もかけて
何年もかけて
積み重ねてきた
全てのものを。

壊していった―…

気付いた時には、本当に遅くて。
私に選択肢なんて残ってはいなかった。

⏰:09/08/07 02:45 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#199 [あき]
―――――

『どうしてですかっ?これは、私の担当じゃ…もう準備だって…』

『とにかく、今回は外れてもらうから。後はそっちで話して。』

彼女は、私には目もくれず、書類をパンっと揃えると、席を立った。
高そうなスーツに身をまとい、高級腕時計をちらつかせて、釣りがねフレームの眼鏡をくいっと押し上げて、私の横をすり抜ける。この春から、私の直属上司になった。本社から来と言われる彼女は、いかにもやり手キャリアウーマンだった。

⏰:09/08/07 02:52 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#200 [あき]
彼女の背中を見送りながら、呆然と立ち尽くす私の後ろに、まだまだ青い、何年も下。いわゆる、後輩と呼ばれる彼女が突っ立っている。

『あのぉ…』

『…あっ…ごめん。じゃ。引き続きしようか…。』

私は、振り返り彼女に笑顔を見せると、自分のデスクに戻る。かき集めた書類、資料を説明しながら、一枚ずつ、彼女に手渡す。彼女は必死にメモを取りながら、私の言葉に頷いた。

こんな、まだまだ青い彼女にこの案件を上手くまとめられるのか。

そう思っても、何も言えなかった…

⏰:09/08/07 03:00 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#201 [あき]
この案件は、もう何年も私が担当してきた。
この地区だって、もう何回も足を運んだんだ。
勿論、ミスをした覚えはないし、トラブルだって起こした覚えはない。
なのに
突然に担当を外されたのは予想外の出来事だった。
今朝出社すると、なぜかそう決まっていた。
理由を聞いても他の仕事との兼ね合いだとしか言われなかった。
それ以上は、取り合ってはもらえなかった。
今更、そんな理由…

⏰:09/08/07 03:07 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#202 [あき]
『じゃ…何か、わからない事あったら聞いてね。』

そう締めくくって、全ての書類を、うろたえる彼女に手渡す。
バックからポーチを取り出して、部署をふらりと抜け出し、廊下の隅に追いやられた喫煙ルームのドアを開ける。

カチリと百円ライターで音を鳴らして、大きく吸い込んで、ふわりと煙りを吐き出した。
外は、今日も雨だった。

⏰:09/08/07 03:13 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#203 [あき]
仕方がない。
若手が入れば、誰かが追いやられる。私が、この部署に配属になった時だって、誰かの担当が私になったはず。

そう自分に言い聞かす。
社会ってのは、そうゆうもんだ。

と納得する。
クシャリと灰皿に押し付けると、私は、また自分に与えられた職務に戻る。

だけど。
これは、始まりに過ぎなかった―…

⏰:09/08/07 03:18 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#204 [あき]
『えっ…?』
まただ。
私なりに気合いの入っていた案件。かなり難しい案件で、何日もかけて下準備したのに。またまだまだ経験不足の後輩へ担当が変わっていた。


『私がっ!?』
もう何年も携わっていない、新人の頃に基本的な案件だからと、何度か担当させてもらった記憶がある。

『…休み…ですか?』
シーズンオフなのも、世間は大不況で仕事がないのも理解はしていた。だけど、私の職務には関係のなかった話。…のハズだった。

⏰:09/08/07 03:28 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#205 [あき]
何かがおかしい。
何年も担当してきた仕事が外され。
難しい案件が後輩に行き。簡単な案件が私に与えられる。
周囲は、忙しそうに、残業、休日出勤と慌ただしいのに、私には与えられた休日。
出社をしても、ごちゃごちゃと書かれている白板。
私の名前の欄は、つねに空白。いわゆるフリーという扱い。出張も、会議も、担当も。何も記されていない。
……まさか。
干されてる…?

そう気付いた時には
完全に、私は蚊帳の外になっていた。

⏰:09/08/07 03:34 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#206 [あき]
干される心当たりなんて到底無かった。
私は、問題児だったのかもしれない。
風雲児だったのかもしれない。
型破りだったのかもしれない。
だけど、与えられた仕事には一生懸命に取り組んできた。
勿論、ミスも沢山してきた。自覚はしている。
だけど…干される程のトラブルを起こした記憶なんてない。

どうして??
なんで??

⏰:09/08/07 03:39 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#207 [あき]
今日もまた、何もする事がなく、喫煙ルームに入っている。二本目の煙草に火をつけようとした時、懐かしい顔が覗かせた。

『…ご無沙汰してますっ〃』

『おーっ!あきぃ。元気っ!?』

彼女は、カチリと火をつけると、にこりと笑った。

『まあまあですかね〃』
目を合わせられず、私も二本目に火をつける。
新人の頃から、面倒かけっぱなしの、私が師匠と崇める大先輩。
彼女は、とうに違う部署へと移動して、なかなか顔を合わせなくなっていた。

⏰:09/08/07 03:44 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#208 [あき]
『相変わらずのハチャメチャかぁ?』

『何言ってんですかっ〃最近は、かなり真面目にやってますよっ。ミスもしてませんってばっ!』

そんな私に、あははと笑うと、彼女は、そっかそっかと頷いた。

『順調っ?』

くりっとした大きな目で、私の小さな目を見つめる。その目は、何もかもを知っている目だった。

『さすがですねっ〃耳に入ってますか?』

悪戯な笑顔で答えてみたけれど。その目に見つめられ、今にも泣き出しそうだった。

⏰:09/08/07 03:49 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#209 [あき]
『…なんだか、よくわかんないんですが、私、どうやら、只今、干されちゃってまぁすっ!!』

明るく声を出してみた。
片手を上げて、あははと笑ってみせる。
彼女は、そんな私に、バカだこいつと笑っていた。

『…何でなんですかね…?』

指に挟んだ二本目の煙草が、ジリリと音を立てて、灰皿に落ちた。
彼女は、ふうっと細く白い煙を吐き出すと、灰皿にくしゃりと押し込んだ。

⏰:09/08/07 03:54 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#210 [あき]
『あきぃ?あんたの今の上司厳しい人よ?あの人は、ハッキリしてっからね。』

『わかります。丸か罰の人ですよね。で。私は罰が下された。…でも、身に覚えないです。』

そう答えた私に、彼女は、思いがけない事を言った。

『今、彼氏いる?』

突然の質問に、驚きながら、まさかと、苦笑いをしながら手を横に振った。

『…なら、○○の△△さんに心当たりは?』

(※○○→地方名
 ※△△→職種 )

⏰:09/08/07 04:01 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#211 [あき]
○○地方の△△って言ったら、当てはまる人を知っている。

『…一人知ってます。』

でも、まさか、会社に知れてるはずはない。
勿論、うちの会社が、取引先の人との恋愛が御法度なのは、もう何年も前から熟知している事だ。
私は、会社絡みの誰一人にさえ、彼との事は話ていない。言えるはずがない。

…だから、知られてるはずはない。

『その人とは、どんな関係?』

『…確かに、プライベートで連絡取ってますけど…どうしてそれを?』

⏰:09/08/07 04:07 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#212 [あき]
『バカだねぇ〃遊ぶんならバレないようにしなきゃっ!!うちの意味のわかんないこだわり、あきも知ってるでしょっ!!』

『…はぃ…だけど、どうして?』

西条さんとの事は、この春に寿退社したさえちゃん、そして、かつての仕事仲間であり、今やさえちゃんの愛する旦那様である、彼しか知らないはずだ。
まさか…この二人から…?

『噂が、彼女の耳に入ったんだろうねぇ。』

『だから…どうして、りょうこさんもご存知なんですかっ?』(※りょうこさん→先輩の名前)

⏰:09/08/07 04:13 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#213 [あき]
『○○地方の人だからって、あきも気抜いたねっ…』

りょうこさんの話をまとめると。
私の後、別の部署の別の人が、彼の地方に同じく中期出張に出向いた。
同じ地方なだけに、パートナーになる会社も同じだ。そこで、聞いて来た。

《先月、おたくの会社から来た美人さんと、うちの会社の男前がいい雰囲気だ》《本人が、嬉しそうに話てた。》


思わぬ所からの漏洩だった…

⏰:09/08/07 04:21 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#214 [あき]
『そんなの、出世を狙えば、いい蹴落とし材料じゃん。…にしても、まさか本人から漏れるとはねぇ。』

りょうこさんはため息をつきながら、二本目の煙草に火をつけた。
三本目を持つ指が震えているのを必死に抑える。

『…そんな、やましい関係じゃないですよ…ただ電話したり、メールしたり…』

『私は、いいと思うよ?ただね。仕事先ってのがマズいかった。あくまでも出張中に、出張先の相手だからさ。意味わかるよね?』

頷くしか出来なかった。

⏰:09/08/07 04:28 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#215 [あき]
『とりあえず、相手とよく話しな?もちろん、相手は悪気があってした訳じゃないって事も、わかってあげんだよ?そもそも、うちの会社がさぁ〜…』

りょうこさんは、その後も、会社に対する不平不満を私に投げかけた。
私は、それに頷き、時折、相槌を打ったけれど、特に頭には残らなかった。
最後に

『その彼の事好きなら、挫けちゃだめ。仕事も恋愛も、挫けたら終わり!踏ん張るんだよっ!』

そう言って、私の背中をポンと二回叩いて、彼女は、またねと部屋を出て行った。私は、はいと小さく返事して、彼女の背中を追うように、部屋を後にして、地獄の部屋の扉を開けた。

⏰:09/08/07 04:40 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#216 [あき]
定時になり、私はロッカールームの扉を開ける。
朝からの小雨は、とうとう本降りになったようだった。
私はシャツを脱ぎ、くるっと紙バックに入れた。
Tシャツをずぼりと頭からかぶり、続けて、脱いだスカートをハンガーに引っ掛ける。
デニムにずずっと足を入れて、足元をスニーカーに履き替えた。
最後にジッパーをさらりと羽織って。
バックから携帯電話を取り出し、画面を確認する。新着メール一件。

【お疲れ。終わったら、また電話します。西条】

絵文字が、にこにこと私を見ていた。
私は、黙ってそれを見つめ、携帯を閉じた。

⏰:09/08/07 04:51 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#217 [我輩は匿名である]
頑張ってください(*´ω`*)

⏰:09/08/07 08:38 📱:P904i 🆔:QFrhfb9Y


#218 [あき]
匿名さん、ありがとうですっ。
―――

雑踏の中私は、いつものように、電車に乗り、いつもの駅へ降り立つ。
バス停で時間を見てみると、さっき出たばかりだった。駅前のコンビニにフラリと立ち寄って、コーヒーとサンドイッチを買った。コンビニの冷房は、濡れた体を一層冷やしてくれた。雨は一向に止む気配はなく、降り続いている。
仕方なく、雨宿りも兼ねて、バス停に戻る。
ベンチに座り、サンドイッチを頬張った。
行き交う人々、迎えの車、ぼうっと眺めていると、私の迎えが来る。
バスに乗り込んで、いつもの道のりを戻っていく。
ザーザーと雨がうるさかった。

⏰:09/08/07 20:33 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#219 [あき]
真っ暗な部屋に戻り、誰もいないのに、ただいまなんて言ってみたりして、パチンと電気をつける。
眩しさにくらくらした。
着替えもしないで、最近買い直した、まだ新しい匂いのするソファーに座ると……


何故か、涙が溢れてきた。

自分の甘さに。
悔しくて泣けてきた―…

⏰:09/08/07 20:37 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#220 [あき]
甘くて、大好きだった蜜の味に飽きた、小さな虫は、欲が出たんだろう。
その小さな虫は、違う味を求めて、フラフラと飛び立ってしまったのだ。
そこで、綺麗な模様の花に出会う。
バカな小さな虫は、あれは旨そうだと、吸い寄せられるように、その花にとまってみた。
とまったらもう最後。
その蜜は、ネバネバしていて、もがけば、もがく程に、体にまとわりついた。

永遠に逃げる事の出来ない。
大好きだった甘い蜜にも。
大切だったあのお花畑にも。
もう帰れない。

⏰:09/08/07 20:46 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#221 [あき]
《お疲れ様!》

『うん。お疲れさまでしたっ。』

《家?》

『そうですよっ。』

またいつもの電話。
今から小一時間は、この電話が続く。聞きたい事は、沢山あるのに、言い出せない自分に、腹立たしささえ覚える。
わかってる。
彼は悪くない。
悪くないけど…
どうしよう……

彼の声も遠い空の上だ。
そんな私に、彼はしばらくして気付いた。

⏰:09/08/07 20:51 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#222 [あき]
《何かあった?元気ないけどっ。》

『そうっ?疲れてるからかな…』

《ちゃんと寝ないとダメじゃん〃》

『……寝てるしっ!!最近は特にっ!!』

《……》

『あ…ごめんなさい…』

⏰:09/08/07 20:55 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#223 [あき]
これは、完全なる八つ当たり。
西条さんは、あのホテルの夜と同じだとすぐに気づいた。

《…イライラしてんねっ…。また男?》

また?
またって何?

『違いますよっ。ちょっと仕事でねっ…〃ごめんなさいっ。』

《…隠さなくてもいいじゃん。》

『そんなんじゃないってばっ!!』

⏰:09/08/07 20:59 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#224 [あき]
《………》

無言の電話口。

嫌な空気。
この流れ。
完全にアレじゃん。

『…あははは〃本当に、そんなんじゃなくて、仕事でトラブルあって、イライラしてましたぁ〃ごめんなさいっ。そっちはぁ?雨ですかっ??』


私は、明るく切り返した。この流れを断ち切ろうとしたんだ。

⏰:09/08/07 21:02 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#225 [あき]
なのに、彼は、小さく溜め息をついた。
その溜め息が、気分を変えようとした私の気持ちを、さらに苛立たせる。

《……今日、どうして何も連絡くれなかった?待ってたのに。》

連絡…
ああ。メールの返事か。

あれ以降、私達は、仕事中、合間を見てはメールのやり取りをしていた。
今日は、そういえば、一度も返信していなかった。

『仕事で…』

《なら終わってからでも返信くれりゃいいのに。》

これ以上、苛立たせないでっ!!
そう叫びそうになった。

⏰:09/08/07 21:07 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#226 [あき]
《男と会ってたの?》

『何言ってんですかっ!?〃仕事終わって、真っ直ぐ帰ってきましたよっ。』

《じゃ、どうして返信が無かった?》

『だからそれはっ…たまたま携帯を見なかっただけでっ。』

《何で見ないのっ?》

『だからっ……』

ああ。
ダメだっ。
イライラマックスだっ…

⏰:09/08/07 21:11 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#227 [あき]
『ねぇ。西条さん…?職場で、私の事何か話た?』

《何を?》

『だからっ。私とこうやってプライベートで連絡してるって事!』

《言ったよ?》

『言ったのっ!?』

《まぁね〃仲良い奴に話てたら、そこに、上司がいてね、良かったなって!うちの会社の専属になってくれんかなぁって言ってたよっ!あははは〃》


…あははは…〃
じゃねーだろっ!!

⏰:09/08/07 21:16 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#228 [あき]
『それっ…かなり困るんですけど…』

冷静さを保ちながら、やっと出た言葉だった。

《えっ?どうしてさ?》
脳天気な彼は、聞き返してくる。

『あのね…うちの会社は、そうゆうの、かなり厳しくてね。仕事関係者と、プライベートでうんぬんは、バレたら、かなりマズいのよ。だから言わないでっ。』


《…でもさ、こっちでは話広まったとしても、そっちまでは届かないっしょっ。》


こいつ。
どこまで素っ頓狂なんだっ!!

⏰:09/08/07 21:21 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#229 [あき]
『届いてるから、止めてって言ってんでしょっ!?』

思わず、叫んでいた。
そんな私に、彼は、一瞬たじろいだように見えたけれど、さすが大人だ。
冷静に切り返してくる。

《…そっか〃早いねぇ…〃》

『…笑い事じゃないんだけどっ。』

《でも、どうして、そっちに流れたんだろ?》

『あのさ、西条さんと私がペア組んだように、その他にも、うちからそっちに行く事、あるでしょ!?
そっち側の誰かが、こっち側の誰かに話たんでしょっ…名前は出さなくても、そんなの調べりゃ、すぐわかるって。』

こいつ…
事の重大さに気づいちゃいねぇ…

⏰:09/08/07 21:30 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#230 [あき]
《そっか…恐らくあいつが喋ったんだな…。》

『とにかくっ…田中さんか山田さんか、アナタが誰に話たかは、知らないけどさ、困るんだよっ。これからは、何も言わないでねっ。』

《どうして困るの?恋愛は自由なんじゃない?会社がダメだなんて、そんな話聞いた事ないけど。》

『もちろん恋愛は自由だけど、うち的には、仕事に支障がでるから駄目だって事なんじゃないっ?』

《君も、公表すりゃいいじゃんっ〃隠すよりかは良いと思うけどっ。》

『……そうゆう問題じゃなくってさ…。』

駄目だ。
話にならない…
この人…おばかさん?

⏰:09/08/07 21:40 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#231 [あき]
『そもそも、私は嫌なの。
私は、狭く深くの付き合いをしてきた人間だからさ。仕事仲間。知人。友人。友達。親友。そうやって分けて、それなりの付き合いをして、生きてきたの。だからね、仕事関係者に、プライベートな事を詮索されるのは嫌なの。
それにね、私にも、それなりの立場とか、作り上げたキャラとかがあって…
そゆうの、壊したくないのね?
とにかく、本当に困るんだっ…仕事もしづらくなるし…』

理解を得ようと、今まで言わなかった思いの全てを話ていた。
なのに、さすがに
だから干されました。
とは言えなかった弱い私。悲しい性である。

⏰:09/08/07 21:53 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#232 [あき]
だけど、話は終わらなかった。ただ、秘密にしたい。
そう理解を求めようと、必死に伝えた私の思いは、彼の何かに触れた。
それは突然だったー…

《さっきから、黙って聞いてりゃ、困る困るって……じゃ、俺って一体なんなわけ?迷惑なわけ?…なんなんだよっ!》

突然、彼が聞いた事もないような、激しい怒りを露わにして電話口で叫んでいた。突然の事に、体が萎縮する。

《君は、俺の事を一体どう思ってんだっ!!いい加減にしろよ!!俺が、どんなに我慢してんのか、君は気付いてくれてるのかっ!?》

怒りが頂点に達していたのか…
彼は、その後。

私を
私という人間を。

否定し続けたー…

⏰:09/08/07 22:02 📱:W65T 🆔:pu1DvuhY


#233 [あき]
『…ごめんなさい。』

やっと冷静さを取り戻してくれた西条さん。
無言の電話に向かって、それしか言葉が出てこない。

《…君は俺の気持ちをわかっちゃいない。》

『…ごめんなさい。』

《…ほらな、何を聞いても、何を言っても、わかりません。ごめんなさい。そればっかりだ…》

『…ごめんなさい…』

《…いつまで敬語?》

『………』

《…少しくらい、俺を見てくれよっ…》

最後に、そう言って、電話は切れた―…

⏰:09/08/08 00:03 📱:W65T 🆔:YYIFW1UU


#234 [あき]
切れた携帯電話を、テーブルに置く。ドクンドクンとこめかみが脈打つ。また、いつもの頭痛が始まった。そのままソファーに横になる。ぐったりとした体は、まるで鉛のように重く、自分の意志では自由が利かなかった。

《それはおかしい!》
《普通は…》
《違うっ!!》

《俺を見てくれよ》

何を言っても、どう言っても、否定的な答えしか言ってはくれなかった彼に。
最後に卑怯な言葉を残し、一方的に切られた話に。


この雨に。
私の頭痛は酷くなるばかりだった…

⏰:09/08/08 00:11 📱:W65T 🆔:YYIFW1UU


#235 [あき]
《昨日はごめんね。仕事で疲れててイライラしてたんだ。》

《いえ…》

《会社では何も言わないようにするねっ。》

《うん。お願いします。》

そう言って、また元通り。彼は優しい声で、暖かいなまりで、私に笑いかけた。
だけど。
突然の彼の噴火。
そして私への執着。
これはスタートに過ぎなかった。
少しづつ、私は彼に呑み込まれて行った。
気付かないうちに、じわりじわりと。

⏰:09/08/09 22:24 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#236 [あき]
相変わらず、私は職場では浮いた存在。

極端に減らされた仕事。
極端に増やされた休日。

もう誰しもが、私を好奇の目で見ているんじゃないかと、体が萎縮するばかり。上辺では、仲の良いふりをして、陰では何を言ってるのかわからない。
そんな毎日。

体力も神経もすり減らす毎日。

そんな毎日を知らない西条さんは、相変わらず、夜になると電話を寄越してきた。
昼も夜も
何事もないように、笑って話す、そんな自分に疲れていた。

⏰:09/08/09 22:31 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#237 [あき]
なおちゃん。
自然と彼からも遠退いた。
昔の私なら、一番に彼の元へと逃げて、泣いて、そして乗り越えてきた。
だけど、今回ばかりは、そうはいかないと、無意識の中でそう知っていたのだろう。恐らく。それは
自分が、彼を裏切ってしまったんじゃないかという、後ろめたさー…
彼を頼ってしまったら
私を想ってくれる西条さんを傷つけてしまうんじゃないかという。
後ろめたさ−…
結局、答えを出せない自分は、自分自身の首を絞め続けただけ。

⏰:09/08/09 22:55 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#238 [あき]
だけど、いつまでもそんな状況は続かなかった。
それは、突然に訪れた。

私の思わぬ所で、動き出したそれを、私には止める事は出来なかった。

またいつものように、夜の電話が鳴る。
いつもの…


―ピッ
『はいっ。お疲れ様ですっ〃』

《来週、そっち行くよっ!!今度は、俺が出張っ!会えるぞっ!〃》


突然の事だった。

⏰:09/08/09 23:01 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#239 [あき]
『出張っ!?西条さんも出張するんですかっ!!』

《あるさっ。〃俺だって、昔は何度もそっち行ってるよっ。》

『いつ!?』

《来週の木曜日から、日曜日までの4日間っ!!あき、嬉しいかっ!?》

『…う…うん…』



正直
困った……

⏰:09/08/09 23:12 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#240 [あき]
『でも会えるかなんて。』

《どおして?》

『…違うから。』

西条さんが、来る地方は、私の隣県。
同じ○○圏には変わらないから、地方の彼にすれば、一緒なのかもしれないが、隣県は隣県だ。

おまけに、私が住む街。
いや、せめて、私が生きてる街まで範囲を広げたとしても、彼が来る隣県からは、車で高速道を三時間。新幹線なら、二駅向こう。空港なら、大型国際空港と、しがない国内空港。
いくら隣県とは言えども、違うのだ。
彼はそう説明する私に、そうかと呟いた。

⏰:09/08/09 23:20 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#241 [あき]
《…あきは、俺に会いたいって思ってはくれんの?》

『いや…そうゆう事じゃなくって。』

またこの流れだ。
うんざりしてきた。

先ほど、彼、が【そうか】と呟いたのは、決して私の説明に納得したからの返事ではない。
私の説明を聞いて、私の気持ちを、勝手に納得しての【そうか】なのだ。
今回ならば、恐らく、彼の思考はこうなった。
せっかくの吉報。
自分は嬉しい。
あきは、喜ばない。
会いたくないのか。
好きじゃないから。
男にまだ未練があるから…
俺はこんなにも好きなのにーっ!!
どうして、お前は俺を見ないんだーっ!!

となっただろう。間違いないっ。

⏰:09/08/09 23:32 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#242 [あき]
《何が違う?》

ほらね。きた…

『だから、西条さんが来るのは同じ○○圏だけど、隣県であってさ…。違うじゃない?そりゃ、こっちに来るって言うなら話は違うけどさっ。隣県だし、お互い仕事あるし。会えるかなって思っただけで。』

ねえ。私の主張は、間違ってますか?
誰か教えて下さい。

《…俺は、そんな事を聞いてんじゃないよ、会いたいとは思ってくれんのって事を聞いてんの。》

だから、私はそうゆう問題じゃなくってさ。
私の言ってる意味が、伝わらないなぁ…

『私は、会いたい会いたくないの前に、会えるか会えないかの話をしてるんだよね…』

もう、こうなったら
西条 祐介。
止まりませんよ。

⏰:09/08/09 23:41 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#243 [あき]
『会えるかなって思っただけで。』

ねえ。私の主張は、間違ってますか?
誰か教えて下さい。

《…俺は、そんな事を聞いてんじゃないよ、会いたいとは思ってくれんのって事を聞いてんの。》

だから、私はそうゆう問題じゃなくってさ。
私の言ってる意味が、伝わらないなぁ…

『私は、会いたい会いたくないの前に、会えるか会えないかの話をしてるんだよね…』

もう、こうなったら
西条 祐介。
止まりませんよ。

⏰:09/08/09 23:41 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#244 [あき]
《…会いたくないんだね。》

ほらほらぁっ!
出ましたよ。
ミスター、マイナス思考!!

『だから、そうじゃなくって…』

《…俺ばっかりが浮かれてるのか。》

いよっ!!
キングオブ、マイナス思考っ!!

『…だからぁ…』

《どうせ、あきは、俺の事好きじゃないからなっ…》


……あんたが大将っ!!

⏰:09/08/09 23:46 📱:W65T 🆔:OLCk8BEI


#245 [あき]
『…会いたいとは思いますよ?』

《なら、それでいいだろ?…なぁ、俺の事好き?》

『…だからそれは…』

《まだわからない…か。》

『はい…。』

《……》
『……』

負けました。完敗です。
そして今夜も頭痛と乾杯です。
ともかく、気づけば、延々と私は、彼の独断会を受講して、来週、彼とまた再会をする事になっていた。

⏰:09/08/10 00:04 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#246 [あき]
わからない。
本当に、わからないんだ。いや、正確に言うと、わからなくなったんだ。
彼は、【好き】という言葉に理由付けはないという。理由なんていらないという。それは、そう。気持ちの問題だからと。
私は、だからこそわからない。と主張する。

どう言った感情が
どう言った行動が
好き。で。
何が
愛。
なのか…

わからないから。
彼の問う問題に、私は答えられないんだ。
私は誰が好きで。
誰を愛しているのか…
わからない。

⏰:09/08/10 00:11 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#247 [あき]
もちろん、私なりに答えを出そうと必死だった。
数少ない友人達に、必死にすがりついた。
だけど
誰に聞いても、答えは一緒だった。
新しい恋をしている友人Aに聞く。
《相手の事が気になる》《会いたいと思う》《声を聞きたいと思う》

どうやら、それが彼女の答えらしい。
確かに、共に過ごした一週間は。西条さんの事は気になる存在だった。朝、迎えに来る前は、鏡を見直したりした覚えもある。離れて時間を過ごす事になれば、不安な思いで、彼の背中を見送った。彼の声に、随分と癒やされた。
離れてからは
いつもの時間になると、そろそろ掛かってくるぞ、と携帯電話を気にする。
いつもの電話が遅いと、今日は遅いななんて思ってもみたりする。

これが恋なのか?
ならば、私は、彼に恋をしている……
そうなるんだ。

⏰:09/08/10 00:29 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#248 [あき]
《相手の事が気になる》《会いたいと思う》《声を聞きたいと思う》

どうやら、それが彼女の答えらしい。
確かに、共に過ごした一週間は。西条さんの事は気になる存在だった。朝、迎えに来る前は、鏡を見直したりした覚えもある。離れて時間を過ごす事になれば、不安な思いで、彼の背中を見送った。彼の声に、随分と癒やされた。
離れてからは
いつもの時間になると、そろそろ掛かってくるぞ、と携帯電話を気にする。
いつもの電話が遅いと、今日は遅いななんて思ってもみたりする。

これが恋なのか?
ならば、私は、彼に恋をしている……
そうなるんだ。

⏰:09/08/10 00:29 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#249 [あき]
なおちゃんに関しては、そんな感情は消えていた。

彼が、何をしているかなんて、もはや、大体の予想がつく。から気にもならない。特に彼が誰と何をしようが、それは、彼がどこで、何をしていようが、彼が私を裏切る訳がない、私を傷つける訳がないと、妙な安心感があるから?なのかもしれないが、とにかく、既に私は、彼には持ち合わせていなかった。
会いたいと思うかにしてもそうだ。少なくとも昔は持っていた感情だったけれど、今の私達のスタイルは、いつでも会えるという感情にすり変わっていた。唯一あるとするならば、声を気いたら、安心する。その事だけは、昔も今も変わらない。
結果私は、友人Aの話に、混乱しただけだった。

⏰:09/08/10 00:46 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#250 [あき]
そして、次に、恋愛真っ最中の友人Bに聞く。

《何気ない瞬間に、たまらなく愛おしいと思える》《ずっと傍にいたいと思える》

それが、どうやら恋愛真っ最中の答えらしい。

西条さんに関して言うならば、何気ない瞬間に、愛おしいと思えた事は…残念ながら、まだ無かった。
ただ、傍にいたら幸せになれるんだろうなと、そう思えた人には間違い無かった。

それが、傍にいたいと思える事に繋がるのならば、そうなのである。

⏰:09/08/10 00:58 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#251 [あき]
反対に、なおちゃんに関してならば。

たまらなく愛おしいと思えた瞬間…

あの沖縄旅行の夜だ。

私の横で眠る彼を見つめ、たまらなく胸が苦しくなり、衝動的に、抱きしめたくなった。
あれが、その感情なんだろう。
彼に関しては、私自身、傍にいたいと思うよりも。彼が、傍にいてくれる。という安心感。が何より強かった。


やっぱり友人Bの話にも、私は混乱を記した。

⏰:09/08/10 01:02 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#252 [あき]
そして、これが究極の形。結婚という恋愛のゴールテープを切って、夫婦という新しいスタートを切った友人Cに聞いた。

《全てを受け入れ、許せるる人。》
《自分が生きてくうえで必要な存在。》

この一言だった。

そこに、先に聞いた好きという感情。それはあるのかという、更なる私の疑問には

《…わかんないっ〃》

と笑われた。

⏰:09/08/10 01:13 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#253 [あき]
彼女の話は、深い話だった。
全てを受け入れて、許せる人か。

考えてみても
西条さんにも、勿論、知り合い月日を数ヶ月過ごした中で、彼の言動に、時折見える私自身と合わない所がある。

それが、これから先
私は、受け入れ、許せるんだろうか。と考える。

その点、なおちゃんに関しては、簡単に答えは見つかっていた。

おいっ!!この野郎と思う言動は多々あるが…
深く気にも止めないで来たのだ。
これが許せる事になるのならば、私は彼の全てを受け入れ、許せてる事になる。

⏰:09/08/10 01:23 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#254 [あき]
自分が生きてくうえで必死な存在。
西条さんがいなくなった時、なおちゃんがいなくなった時、どちらの状況も、私はイメージする。
なんなら妄想する。

そして……

西条さんが消える時。
寂しいと思えた。胸がキュッと縮んだ。
なおちゃんが消える時。
痛いと思った。胸がズキンと鳴った。
結局私は、どちらにも反応したのだ。
結果、友人Cの話は、深かったが。私の混乱に混乱を記した頭を爆発させて、さらにパニック状況に陥らせただけだった…

⏰:09/08/10 01:33 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#255 [あき]
友人達の話を照合しても。間違いなく、私は、なおちゃんには恋をしていた。
もうこれは、認めざる終えない。
だけど、私も、そろそろ本気で【結婚】というものを考えなければいけない歳になった。
いつまでも一人でいる訳にはいかない。
母親もいい歳だ。
子供達は、皆自立した。
それなのに、いつまでも、あくせく働いている。
孫の世話をしながら余生を暮らす。なんて選択だってあるだろうに。

友人の子供達は、どんどんと成長し、友人達もすっかり母親が板についてきた。

⏰:09/08/10 01:56 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#256 [あき]
暖かい日差しの中、黄色い通園帽子をかぶっていた私達。


《あきねーっ!!大人になったらなおちゃんと結婚するっ!!》

《ぼくも、大人になったらあきちゃんと結婚するぅ!!》

保育園の帰り道。
母親達の、あらまぁと言った笑い声の中、私達は手を繋いで田んぼ道を歩いた。そんな、子供の些細な約束。

あれから数十年の月日が流れて。
私達は再会をした。

⏰:09/08/10 02:01 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#257 [あき]
何もかもを失って、廃れて、泥のような生活をしていた頃に。何もかもを失った彼が現れた。
月日を重ねて出した答え。
《なおちゃんが好き。》

《ごめんな。答えてやれない…》

《友達でいようね〃》
《そうしような〃》


笑って言った十代最後の約束。

そして、彼は、私の前から消えた。

⏰:09/08/10 02:07 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#258 [あき]
新しい恋をしようとした。幾度となく到来したチャンスを、自ら潰してきた。彼がまた現れた頃には
若干お肌の曲がり角。
お手入れ大変です。
なのに
私はやっぱり彼だけが好きだった。

《嫁…くるか?》
《まだ行けない。》
《なら、いい女になれっ!〃》

あの、涙の約束。

あの時、私は間違いなく幸せだった。

⏰:09/08/10 02:14 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#259 [あき]
それが今になって。もはや、お肌も、ぐにゃぐにゃに曲がりきって。夜の蝶として飛び回っていたのが、嘘のよう。もう取り返しのつかない年齢…。
だからこそ?
気持ちが揺れ動いた。

なおちゃんをこのまま待っていいのか。

西条さんに託して新しい人生を歩くのか。

どちらも、一歩を踏み出す力を私には与えてくれない。こっちに来いよと、引っ張ってはくれないのだ。

どちらを選ぶかの選択肢は私に委ねられているように思えた。


それが、私なりの結論だった。

⏰:09/08/10 02:30 📱:W65T 🆔:AU/RUY7o


#260 [あき]
『…もしもしっ?』

《おうっ。生きてたのかっ。》

『生きてますっ!…今、いい?』

《んんっ?》

『最近どう?』

《特に変化なしっ。》

『私ね……』

⏰:09/08/11 01:23 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#261 [あき]
《んんっ?》

『…私ね…プロポーズされた……結婚を前提に付き合ってって言われてる人がいるの。……私、どうしたらいい??』



お願い。
少しでいい。
少しだけでいいから…



アナタの気持ちを見せて?

⏰:09/08/11 01:29 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#262 [あき]
卑怯だと思う。
本当に卑怯だと思う。

こんな事して…
試すような事して…。



だけど。
知りたかった。
アナタの気持ちを知りたかっただけ。

⏰:09/08/11 01:32 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#263 [あき]
何でもいいから。
アナタの気持ちを見せて欲しかった。

またいつものように
くだらない理由をつけて。

今すぐ来いって…

言って欲しかった。
そしたら、私は救われた。もう迷わなかったのに。

⏰:09/08/11 01:38 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#264 [あき]
《……良かったじゃんっ。〃》


アナタは笑って、そう言った。


そこには
動揺も、焦りも、怒りも。

何も見せてはくれなかった−…

⏰:09/08/11 01:43 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#265 [あき]
『…うん。そだねっ…』

《あきもいい歳だし、最後のチャンスだろ。》

『うんっ。…そだねっ…』

《良かったな。》

『うん…』

そうなんだ…。
良かったんだ…。
なのに
どうして胸が痛いんだろう。
どうして、涙が溢れてくるんだろう。
ねぇ。なおちゃん。
どうしてなのかな…。

⏰:09/08/11 01:50 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#266 [あき]
相変わらず、出勤しても、大した仕事は割り当てられず、唯一割り当てられた初歩的仕事、雑用、雑務を淡々とこなす。こんな日々にはもう慣れた。デスクの上、カレンダーを見る。西条さんが来るのは、二日後からの四日間。
小さくつけた丸印をなぞってみる。
あの後、新事実が発覚。
実質、彼の出張期間は二日間だった。
週末の二日間は、彼は、リフレッシュ公休としてそのまま、留まる予定となっていたのだ。
彼は初めから、この出張を利用して私の住む街に来るつもりだった。
だから、あの時あんなにも怒ったんだと、ようやく理解した。

⏰:09/08/11 02:12 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#267 [あき]
《仕事の都合つけれそうですからっ。迎えに行きますよ!》

《ほんと?会える?》

《はいっ。〃今度は、私が案内しますね。》

《…よしっ!〃》

こんな私に会いたいと言ってくれる。
無邪気に喜んでくれる。
全身で、ぶつかってきてくれる。
そんな西条さんの気持ちに…答えよう。

私は新しい道を歩く。

⏰:09/08/11 02:17 📱:W65T 🆔:Dy86vzVI


#268 [なすっこ]
この小説だいすき!アゲ

⏰:09/08/13 11:21 📱:SH905i 🆔:xFcgKDn2


#269 [あき]
なすっこさん、ありがとう!
―――――――

行き交う人々を眺めながら、やっとの思いで私はロータリーへと車を着けた。ここまで来るのに三時間以上かかってしまった。既にグッタリである。
もともと、極度の方向音痴なうえに、機械音痴な私には役に立つはずのない備え付けられたカーナビ。
勿論、自慢じゃないが、地図なんて読めるはずもなく。
結果、私は初めての遠出を標識看板と研ぎ澄まされた勘だけで来たのだ。
いや、無事に此処まで来れた事は奇跡に近かった。

⏰:09/08/13 21:50 📱:W65T 🆔:Jv9iWXkM


#270 [あき]
行き交う人々を眺めながら、その時を待つ。
時計を確認すると、彼が乗っているはずの電車はホームに着く頃だ。
慌ただしく人が南出口から出てくる。
おそらく、この中にいる。なんだか急にドキドキしてきた。
必死に、その影を探して。
いたー…

相変わらず、すらりと長身で、このくそ暑いのに、涼しさ漂う出で立ちで、爽やかな匂いを出しながら、その人は南出口から舞い降りてきた。

⏰:09/08/13 21:58 📱:W65T 🆔:Jv9iWXkM


#271 [あき]
南出口。出てすぐに立ち止まる。
少しキョロキョロして、私の車を見つけると、ぱっと顔がほころんだように見えた。
その姿に向かって、私は笑顔で手を振る。
私の姿を確認して、彼も軽く手を挙げると、あの優しい笑顔で、歩いてくる。

『うすっ!!お疲れ様〃』

『お疲れ様でしたっ。乗って下さい〃』

何だか、妙に照れくさい。男性らしい軽い小さなバックを、トランクに入れると、私達は、また久しぶりの。二回目の再会を果たした。

⏰:09/08/13 22:05 📱:W65T 🆔:Jv9iWXkM


#272 [あき]
『じゃっ。どこ行きましょうか?〃っても、私、こっちあまり知らないんですけどねっ。』

『…あきの住んでる街を見てみたい。だめ?』

さらりとそう言った彼に私は、ドキリとした。
私は、首を横に振ると、微笑んで冷静さを保ちつつ車を動かす。

久しぶりだとか、髪型変えたとか、そんな何気ない会話。
大通りを離れて、高速道を目指す。
道中、緊張と、慣れない道で四苦八苦しながら、車を進める私に、横で彼は若干引きつりながら笑っていた。

高速道に乗って西へ向かう事数キロで、彼のお願いを聞き入れ、途中、サービスエリアにて、運転席を変わった。(申し訳ない…)

⏰:09/08/13 23:33 📱:W65T 🆔:Jv9iWXkM


#273 [あき]
『にしても、あきが、この車とは、意外かも?』

『…そうっ…?』

ちらりと右側を見てみる。運転席に座る、西条さん。
すぐに目を逸らした。

箱型普通車。
もう何年も前に生産されて、当時の人気車も、時代の流れと共に、需要が減り今はもうない。
今、同じ車が走っているのは珍しいくらいだ。
それでも、私は大切に乗っている。

『…もう珍しいかもねっ…〃』

快調に流れる左側の景色を見た。
私の右側。この景色に、なおちゃん以外の誰かが座っている。
改めて、実感した。

⏰:09/08/13 23:44 📱:W65T 🆔:Jv9iWXkM


#274 [あき]
『昔、人気あったよね?あきもその時に?』

『私はこれは、自分の車潰しちゃって…友達から、そっくり、もらったのっ。だから、全部、友達の趣味ですよ。』

笑って、流す。
はるか昔、愛車を事故で失った。(※パート1参照)次に乗った愛車は、乗って数年で寿命で失った。(続編参照)続けて二台共に失った私には、新しい愛車を用意する資金なんて残っちゃいなかった。
困り果てた私と、愛車の維持がツラいが、手放したくはないと嘆く友人。
二人の意見が合致して。
そのまま私が譲り受けた。普段は私が愛用しているが、未だに、友人も乗り回している。
今や二人共有と言える代物だった。
ねえ。なおちゃん…

⏰:09/08/13 23:59 📱:W65T 🆔:Jv9iWXkM


#275 [あき]
微妙な空気が車内に流れる。彼自身、その友達が、なおちゃんである事に気づいている様子だ。
これ以上は聞きたくない。そう全身で言っていた。

『…お腹減りましたねっ。私、朝から何も食べてないしっ〃』

『…そだなっ〃何がうまいの?』

私は、身振り手振りで、次から次へと、名物の名前を挙げる。西条さんは、私の言葉に、笑いながら、旨そうだねと答えてくれた。

そう。私は、この人を選ぶんだ。
今、運転席に座るこの笑顔の爽やかな彼を。
私は自分の意志で、選んだんだから…

⏰:09/08/14 00:08 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#276 [あき]
車を走らせて、三時間。
私の住む街に入ってきた。ここからは、さすがに私の出番だろう。高速道を降りて、運転席を変わる。
愛車を駐車場に入れて、二人手を繋ぐ。
私が生きる街。
小さい田舎街だと思ってはいても、他県からすれば、ここは、実は観光地。国宝や世界遺産があったもする街。
私が、西条さんの生きる街に行った時のように。
私も、彼にくるりと街を紹介した。
そんな街に、西条さんは喜んでくれた。
初めて見ると言った国宝の建物にも、立ち寄る。
時間も忘れて、二人ではしゃいだ。
全てを忘れて。私は、はしゃいだ。

⏰:09/08/14 00:26 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#277 [あき]
『やっぱ、本場は違うねっ!〃美味いよ。』

『そう?私は食べ慣れてるけどっ。』

『なんだそれっ!〃』



『は〜…すごいねっ。』

『うん。…実は私も、初めて見た〃』

『おい地元人っ!!〃』

『地元人だから見ないんでしょ?〃』


繋いだ手。

これでいい。
これで、いいんだよっ。

⏰:09/08/14 00:33 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#278 [あき]
彼となら幸せになれる。
彼なら、忘れさせてくれる。彼なら…

この夜。
二度目の私達の夜。
淡い光の中で、初めて彼と向き合った。

私を見つめる目。
私に伸ばす腕。
私を包み込む胸。

全てを彼に託した。
私に触れる体が
とても優しくて、涙が溢れた。

⏰:09/08/14 00:40 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#279 [あき]
朝、目覚めると彼が気持ち良さそうに眠っていた。
起こさないように、腕を伸ばし洋服を探す。
きしむベッドで、彼が目覚めた。そのまま、フワリと腕が伸びて、私を包んだ。そのまま強く引きつけられた腕に、私は体ごと、彼に寄りかかる。その腕は、私をしっかりと抱き寄せ離さない。笑いながら、離してよと言うと、離さないと言った。

離したら、どこかに行ってしまう。

そう言った。行かないからと言うと、彼はフワリと微笑んで、また強く私を抱き寄せた。

⏰:09/08/14 00:55 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#280 [あき]
西条さん来郷二日目。
感動する私を横目に、彼は、ちょちょいとカーナビをセッティング。
暖かい日差しの中、リラックスムードで次の目的地へ移動中。私の携帯電話が鳴った。バックを弄り、着信音がはっきりと聞こえた時、私の手は止まる。携帯電話を見つめて、指が固まった。

『出ないの?』

西条さんは、そう言った。
『え…うん…いいかなって…』

わかるから。この着信音。咄嗟に都合のいい嘘すら出てこなかった。

⏰:09/08/14 01:12 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#281 [あき]
『出れば?…出れん相手?』

西条さんが冷たい空気に変わる。
ビクリと体が固まった。
怖い。
そう感じた。

『じゃ。ごめんなさい』

そう言って、受話ボタンを押した。


これが、私の始まりだった。

⏰:09/08/14 01:22 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#282 [あき]
―ピッ
『はいっ?』

《何してる?》


私が大好きだった声。

聞きたくて、聞きたくて、どうしようもなかった時、聞けなかったのに。
諦めると、こうやって聞かされる。
本当に卑怯だよ。

『出掛けてる。なにっ?』

右側。無言の西条さん。
体の左側がとても痛い。

無意識に冷たい声で返事した。

⏰:09/08/14 02:03 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#283 [あき]
《あっそ。ならいいや。》

なおちゃんは、また、相変わらず一方的に要件をまくし立てた。
私は、相槌を打って適当に返事する。

『わかったから。とにかく、また電話するよっ。』

《おぅ。帰ったら電話して。》

『わかった。』

そう言って、半ば強引に電話を切った。
細くため息をついて、反射的に顔中の筋肉を上に持ち上げる。
にっこり微笑んで、右側。西条さんを見た。

⏰:09/08/14 02:09 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#284 [あき]
『ごめんなさい〃友達が…』

時間にして、5分。
そう言って、西条さんの顔を見た瞬間に、私は、体が萎縮した。
前を見据える西条さんの顔が、怒りに満ちているのがわかり、ハンドルを握る腕に力が込められているのがわかる。

『…また男だろ?』

その声は、まるで地獄の底から響いてくるような。
とても低い声。

『…友達…です…』

体を硬直させながら、私はそう呟いた。

⏰:09/08/14 02:14 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#285 [あき]
『それは男?』

『…うん…』

『なんて?』

『…用事だよ。』

西条さんは、無言で私の言葉を受け入れる。
数秒黙って私の言葉を、噛み砕いた。

『彼氏いるならそう言えよ!!俺を騙してたのか!!』

『違うっ!!彼氏なんていないっ!!』

また彼は噴火した。
あの優しく微笑んでくれる彼はいなかった。

⏰:09/08/14 02:20 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#286 [あき]
荒々しく車は進む。
恐怖で体が固まり、言葉を失った。
それでも、その中で、必死に私は、西条さんの怒りを静めようと言葉を探した。

『友達にしたら、親密な間柄を感じれる会話だったけどねっ!!?』

『だからっ!!それは…仲良いからっ!』

『その彼だろっ?あきが好きな奴はっ!!』

『今は違うっ!ねぇ。怖いって。スピード緩めて…』

⏰:09/08/14 02:24 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#287 [あき]
高速道を、猛スピードで走り抜ける車。
怒りを露わにする西条さんを必死になだめながら、私は、怒りの右側と恐怖の前方を確かめる。

『この先っ!!カメラあるからっ…ねぇっ!!怖いってばっ!』

車は、急ハンドルで高速道、インターチェンジを抜けた。突然の事に、体を支えきれず、なんとかの原理ってやつだろう。いとも簡単に私の体は、ベンチシート横、運転席に座る西条さんにぶつかった。
とっさに起き上がろうとした私の肩を、西条さんは、力一杯に抱き寄せ、その肩に指が食い込んだ。
私は、国道を西に向かう間、力ずくのまま、その胸の中にすっぽりと収まっていた。

⏰:09/08/14 02:35 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#288 [あき]
遥か昔、痛めた腰が、無理な体制を強いられている私をズキズキと打っている。だけど、肩を掴む力が弱まる気配はなく、しばらくこのままで過ごしているしかなかった。
私の視界には肩を掴んだまま、無表情、無言で、車を走らせる西条さんしか見えない。
国道を西に進んで、しばらくすると車が、急に左に折れどこかに入って、止まった。

『降りるよ。』

『…はいっ…』

体を起こして、やっと窓の外を見渡す。
どこだかわからない。
薄暗い地下駐車場。
即座に助手席のドアが開けられ、私は彼に手を引っ張られた。

⏰:09/08/14 02:46 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#289 [あき]
引っ張られるように、車を降りて、その薄暗い場所に立って。ようやく、ここがどこだか理解できた。
理解出来たと同時に、更に西条さんに恐怖を覚える。

『ちょっと…なにっ…やめてよ…』

『いいからっ。』

握った手に強く引かれて私は、そのまま引きずられるように中へと入って行った。

⏰:09/08/14 02:52 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#290 [あき]
部屋に入り、無言のまま強く握られた手を投げ出される。投げ出された私の体は、今度は強く引き寄せられる。苦しくて、もがけばもがく程、彼の力は強くなり、離してと言えば言う程絡まりついた。

腰に回された腕は強く私を抑えつけ、顔を持たれた手は顎を抑える。

必死に顔を背けても、荒々しい彼の唇で抑えつけられた。昨夜のあの優しく包み込んでくれるような暖かさはなかった。
抵抗すればする程、力は強くなる。嫌だと叫ぶと腕をまた掴まれた。

⏰:09/08/14 03:03 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#291 [あき]
掴まれた腕は、そのまま力任せにベッドへと投げられた。自分の体が一瞬宙に舞ったような感覚。
そのままドサリと体がベッドに沈まると、西条さんの体がのしかかる。
荒々しい唇は逃げても逃げても私を捕らえる。
必死に許しをこい、両手足を、ばたつかせて抵抗しても、やはり適わなかった。そして腕を抑えつけられ、頭を抑えつけられた瞬間。

あの恐怖が蘇った。
あの夜。知らない海辺の。あの恐怖が…
蘇ってしまった。

⏰:09/08/14 03:10 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#292 [あき]
『やだ…やだっ…なおちゃん!!』

治まっていた症状。
フラッシュバック−…

パニックになって口走った私。だけど、その言葉に更なるパニックを起こしたのは紛れもなく彼自身だった。

『俺は祐介だっ!』

ドスンと私の真横で、大きな音が鳴った。
彼が怒りに合わせて、ベッドに拳を振り下ろしたのだ。その音と拳でまたビクリと体が固まった。

『…ごめんなさい。あきが悪いからっ…殴らないでっ…』

⏰:09/08/14 03:28 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#293 [あき]
フラッシュバック。
湧き出てくる記憶。

あの浜辺の地獄。
幼少期、父親に殴られ続けた日々。
目の前にいるのは、

怒りに満ちたお父さん?あの時の狂った彼奴?

怖い
怖い
怖い…

力が抜ける。
そんな私の体に、西条さんは荒々しく被さった。
昨日の夜は、優しく包み込むように暖かかく感じたその温もりを。今は、ただただ、人形のように、私は体を委ね続けた。

⏰:09/08/14 03:37 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#294 [あき]
全てが終わり人形だった私は抜け殻になった。
今、私は西条さんに抱きしめられているのか、捕らわれているのか。
それすら、わからなかった。
天井を見つめる。
優しい、なおちゃんの笑顔。暖かい雫が頬を静かに伝った。だけど、それを拭う力さえ残してはいなかった。

西条さんは、黙ったまま時折、私に口づけた。その唇は優しく柔らかいもので、私は微笑み返す。彼は、私を好きだと言って、また私の体を強く抱き締めた。

⏰:09/08/14 04:00 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#295 [あき]
世間は夕刻。
今日はこのまま、ここにいたいと言い出した彼に、私は頷く。
ベッドの上、いつまでも私を離そうとはしない西条さんに、苦笑いをしながら、どこにも行かないよと言った。
シャワーを浴びて、ルームサービスを取り、余り美味しくない夕食を取る。
テレビを付けて、たははと笑う。

『あきは、その…なおちゃんを忘れられる?』

テレビを見つめながら、そう囁く彼。

⏰:09/08/14 04:08 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#296 [あき]
『…西条さんは私の何がいいの…?』

そう、呟いた私に彼は、わからないと笑った。

『ただ…あきが居なくなると、本当に自信無くす。』

『そっか。』

私は微笑むと、彼が望むように、体を彼に傾ける。
肩に頭を乗せると、彼は優しく私を抱き寄せて、髪をポンポンと撫でた。

⏰:09/08/14 04:18 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#297 [あき]
『もう、ただの幼なじみだからっ。』

『好きだったんだろ?』

『昔はねっ…』

『過去に出来る?』

『過去だよ。』

『…本当に?』

『…私は、あなたを選んだの。もっと自信持って、私を信じて?』

『……わかった。』

⏰:09/08/14 04:23 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#298 [あき]
同じ夜、また彼に抱かれた。彼は優しく包み込むように私を抱いた。

なおちゃんを忘れたいが為に、重ねてきた体。
いつも寂しさなんて埋まらなかった。
利用しているようで、利用されている事はわかっていた。
どんなに好きだと囁かれても、肌が感じた。
今、私に回された彼の腕が、彼の背中に回した私の腕が、心地よいと感じるのは私が彼に想われて、私も彼を想う証拠。
そうに違いない。

⏰:09/08/14 04:40 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#299 [あき]
私は幸せになりたいだけなんだ。彼が私を望むのなら、こんなチャンスは二度とないかもしれない。
だったら私は彼の望む私でいればいい。
私は、この日、彼の胸に包まれながらそう誓った。

『なおちゃん以外に、俺に何か隠してる事ない…?』

『…ないよ?どうして?』

『…いやっ。いいっ…おやすみ。』

『おやすみなさい』

あの捨て去った幼少時代も。
あの忌まわしい過去も。
だから、アナタに恐怖を覚えた事も。
私は、一生言わない。
私は仮面を付けた。
未来を掴む為に―…

⏰:09/08/14 04:49 📱:W65T 🆔:0SdBI476


#300 [愛]
仮面をつけてしまったの?仮面を付ける事で、幸せになれるかな?(>_<)
これからも読んでいきます☆
あきさんには幸せになってもらいたい!

⏰:09/08/14 08:50 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#301 [あき]
愛さん。ありがとう。

そうですよねっ。
でも、この時の私は、そう思ったんですよ。
バカでしょ?笑

ありがとう。

⏰:09/08/15 01:46 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#302 [あき]
朝目覚めて、相変わらず伸ばされた腕が私に絡まりついている。
正直、かなり寝苦しかった。真夜中何度も試みたけれど、離れようと体を動かせば、寝ぼけながらも、彼の腕は私を強く引きつけた。強く引きつけて、絡まりつくのだ。
その絡まった腕を静かに離すと、彼は目覚める。

『…おはよぅ…』

『うん。おはよう。喉乾いたのっ。起きていい?』

『…ん…』

そう言って、彼はやっと私を離してくれる。
ベッドから降りて、冷蔵庫を開けて水を飲んだ。

⏰:09/08/15 01:54 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#303 [あき]
冷えたミネラルウォーターはとても美味しい。
一気に飲み干すと、私は剥ぎ取ったシーツをズルズルと引きずりながらソファーに座った。

パチンとテレビを付ける。朝のワイドショー、コメンテータ達が芸能人の私生活を、面白ろおかしく、はやし立てていた。

ちらりとベッドを見ると、スヤスヤと眠る彼。

シーツを失った布団が私の代わりに彼にまとわりついていた。

⏰:09/08/15 02:04 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#304 [あき]
しばらく一人の時間を過ごすと、彼がようやく目覚める。

『あき…おいで。』

横たわったまま、寝ぼけ眼で、両手を私に伸ばした。
私は微笑み、立ち上がる。
ベッドへと歩み寄り、彼の両手の中へと体を入れると空調で少し冷たい腕が、すぐに絡まり、少し冷たい唇が私の顔を覆った。
それを優しく受け入れると、彼の体がまた熱を帯び始めて、強く私を抱きしめた。

⏰:09/08/15 02:13 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#305 [あき]
『ずっとこうしていたい…』

彼は私を腕の中に入れてそう呟いた。
私は、頷く事も何もせず、ただ微笑み返す。

『…離したくないんだよ。』

まるで赤ん坊が母親の胸の中で無償の愛を欲しがるように。彼は私の胸に顔をうずめて、愛を求めた。私は、彼の髪を撫でながら、うんと囁く。

これでいい。
これでいいんだよね…
なおちゃん…

⏰:09/08/15 02:22 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#306 [あき]
ギリギリまで、そんな時間を過ごした後は、しぶる彼を急かすように、その場を後にして、また車を東に走らせる。

西条さんは、帰りが心配だからと、一番近い駅でいいよと笑って言った。
それひどい、なんて笑いながら、彼の言葉に逆らわず、私は一番違い大きな駅へと車を向かわせる。
一時間程で、車は駐車場へと入った。
彼がこの地を後にするまで残り、二時間。
また二人並んで、手を繋いで歩く。

『あっ…ちょっとここ見ない?』

西条さんが突然に、立ち止まり指を指した場所。
私は、笑顔で頷いた。

⏰:09/08/15 02:31 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#307 [あき]
そこは、女としては、煌びやかな場所で、心踊る場所。

『これ、可愛い…』

飾られた品々を見ながら若干浮かれぎみ。
手に取って、鏡にあててみたりする。

彼自身、私の話はそっちのけで、ショーケースを眺めながら、これがいいと、綺麗なお姉さんになにやら言っている。

『あき、はめてみて?』

振り返ると、西条さんの手には、キラキラと輝くー…指輪。

⏰:09/08/15 02:39 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#308 [あき]
『えっ…うんっ。』

指にはめてみると、それは尚一層輝いて見えた。シルバーのリングに小さな花がモチーフとなり、キラキラと宝石が光っている。
宝石に疎い私でも、それが、何の宝石かわかる。

『似合うじゃん〃』

西条さんが、満足げに頷く姿に、ショーケース越しのお姉さんも、微笑んで、ありきたりの褒め言葉を言った。

『そう〃?』

そう言って私は指から抜くと、お姉さんに渡す。
西条さんは、腕を組み、少し首を傾げて考え込んだ。

⏰:09/08/15 02:48 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#309 [あき]
『私、あっち見たいっ!』

咄嗟に指した方向には、これまた煌びやかなネックレス。

『あきはネックレス好き?』

『うんっ…どちらかと言うと…?〃私指輪なんて持ってないしっ〃』


逃げる様に、その場を動いた。いくら、私でも、今の流れはー…わかる。

咄嗟の言い訳。

⏰:09/08/15 02:59 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#310 [あき]
『そっかっ。〃』

二人並んで、その場所を離れ、ネックレスのケース前へと移動する。

『これなんて可愛いよね?〃』

『うーんっ。俺は、こっちかな?』

『あ…それも可愛いかもっ!』

二人で、品定め。
お姉さんは、ニコニコと私達の背中を眺めていた。

⏰:09/08/15 03:02 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#311 [あき]
《女って、こうゆうの好きだよな。俺、場違いじゃね?》
《これ可愛くないっ?》
《わかんねっ。》
《買ってっ〃》
《いやだっ。》

沖縄の地。私が気に入った、真っ青な石のペンダント。気難しい顔をして、ドカドカと店に入って、文句たらふく言ったそれは、小さな紙袋になって、あの日から私の宝物になった。

《つけとけよ》
《うん。》

街を出て行くその時、そう約束した。なのに、その約束を私は破った。西条さんと初めて会った時は、シャツの下、見えないように首につけていたその宝物は。二度目には、ポケットに忍ばせて。三度目の今は…部屋に置いてきた。
それが全て。

⏰:09/08/15 03:20 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#312 [あき]
真っ青ペンダント。
なおちゃんペンダント。


それ以来、私は数あるコレクションをつけなくなった。

私だって一応、女だし。
それなりに持ってはいるけれど。

つけられない事が寂しくて、悲しくて。
あのペンダントが大切過ぎて。

他の何も
何もつけられなくなった。
(※真っ青ペンダントの詳細は、続編にて。)

⏰:09/08/15 03:31 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#313 [あき]
『気に入ったものあれば買ってやるよっ。』

『いいよっ!そんなのっ。〃行こうっ〃』

スマートに店へと入って、綺麗なお姉さんと談笑しながら、アクセサリーを選び、勝手やると言う西条さん。

緊張しながらドカドカと入って、私が選んだペンダントを、さりげなく買ってくれた、なおちゃん。

両極端な二人に、私の心がついて来ない。
早くこの場から逃げたくなった。

⏰:09/08/15 03:45 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#314 [あき]
『…やっぱ俺が買ってやりたいからっ!よしっ。決まりっ〃』

西条さんは、私の返事を待たずに、最初に私が可愛いと微笑み、手に取った小さな石のついたネックレスを指さして、お姉さんを呼んだ。

慌てる私に、いいからと微笑むと、カードを差し出しだす。

『ちょっとっ!高いからっ!いいってばっ』

必死に止める私の頭をポンポンと撫でて…

あれよあれよと、小さな紙袋が私の手に乗ってしまった。

⏰:09/08/15 03:53 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#315 [あき]
右手には満足げな西条さん。
左手には小さな紙袋。
それを私は、何も言えずただ握るしか出来なかった。

『…ありがとう…〃』

『いいえっ。』

だけど、このお方の、破天荒振りはこれでは収まらなかった。

それは、せめてもの御礼とホームまで見送ると言った私。

…そのホームで起きた。

⏰:09/08/15 04:03 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#316 [あき]
改札を抜け、行き交う人々の中、新幹線ホームへと上がる。小さな街の新幹線ホーム。待合室に座り、二人並んで座る。残りの時間を、静かに過ごしている時に彼が言った。

『あーっ〃やっぱ我慢できないっ!それっ!開けてみて?』

指差すは、さっき買ってくれた、ネックレスが入っている小さな紙袋。
戸惑いながらも、私は、左手に握っていた紙袋を開けた。

ネックレスの箱の下には、見覚えのない箱がもうひとつ。

『なに?これっ…』

⏰:09/08/15 04:10 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#317 [あき]
その小さな四角い箱を開けると、心臓が止まるんじゃないかと思う程、私の胸はどくんと鳴った。

『これ…』

『…それも気に入ったからっ。』

『嘘だっ…』

思わず声を上げた。
そこには、小さな花をモチーフにした、煌びやかな指輪が私を見つめていたのだ。

⏰:09/08/15 04:15 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#318 [あき]
どうしてっ?
いらないって意志表示したのにっ?
いつの間にっ?

頭は混乱に混乱を招く。
彼は、そんな私に気づきもしないで、ネックレスを手に取ると、私の髪をかきあげる。
されるがまま、座っていると、彼の細く長い指が、私のうなじで細やかに動き、それは長い髪と一緒に、首元に舞い降りた。

『似合うよっ〃』

太陽の光にあたりより一層に輝き、それを見て彼はそう微笑んだ。

⏰:09/08/15 04:23 📱:W65T 🆔:MIdAGCFQ


#319 [あき]
『はいっ。次、手貸して』

私は右手を差し出した。

『…こっちなんだ。』

差し出した右手を見つめ、彼が呟いた。

『あ…ごめんなさい。入るかなぁっ〃』

ドキリとして、直ぐに左手を差し出す。そして咄嗟の言い訳で、その場を取り繕った。
二人が見つめる中、指輪は、スルスルと、呆気なく薬指に入る。

『おっ!入った〃うん。これも似合うね〃』

わかってた。
だから、出さなかったのに。
右手と左手。
薬指のサイズが同じな事をこれほど複雑な心境になった事はなかった。

⏰:09/08/17 00:10 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#320 [あき]
ショーウインドの中、ライトを浴びて光っていたそれは、太陽の光を浴びて、本来の輝きを取り戻したかのように、嬉しそうに光る。
私にはとても眩しくて見れなかった。

『…私には派手じゃないかな?〃』

『そっか?いいじゃんっ。』

『そう?…ありがとっ。』


キラキラと光るそれを私は照れ笑いと称した笑みでかえす。

『大切につけさせて頂きます〃』

『よしっ。』

そして微笑み差し出された西条さんの右手に、キラリと光る指輪がはめられた左手を差し出し微笑んだ。

⏰:09/08/17 00:21 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#321 [あき]
じっとりとした風が私達の間をすり抜けて、また厚い雲が、空を覆いだす頃、鉄の塊が駅へと入ってくる。いつの間にか増えた人が一斉に動き出したと同時に、別れを惜しむ人で、入り口付近が混雑した。スーツ姿のサラリーマンは迷惑そうな顔を向けながら、急ぎ足で次々に乗り込んでいく。私もまた、その迷惑そうな顔を向けられながら、ありきたりの言葉を交わし、いつまでも離れない手を握り、うんうんと返事しながら微笑む。
もう待てないぞと、最後の発車音がホームに鳴り響いて、私達の間に隔てられるドアがプシューと音を立て閉まった。
西条さんは、ドアの向こう側、手を挙げまたねと言って、私は大きく頷き、手を振る。
塊が動き出して、彼は遠く離れた向こう側へと帰って行った。
ある休日の昼下がり。
私達は、二度目の再会を終わらせて。
私は自分自身の何かを終わらせたー…

⏰:09/08/17 00:39 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#322 [あき]
スーツ姿のサラリーマンは迷惑そうな顔を向けながら、急ぎ足で次々に乗り込んでいく。私もまた、その迷惑そうな顔を向けられながら、ありきたりの言葉を交わし、いつまでも離れない手を握り、うんうんと返事しながら微笑む。
もう待てないぞと、最後の発車音がホームに鳴り響いて、私達の間に隔てられるドアがプシューと音を立て閉まった。
西条さんは、ドアの向こう側、手を挙げまたねと言って、私は大きく頷き、手を振る。
塊が動き出して、彼は遠く離れた向こう側へと帰って行った。
ある休日の昼下がり。
私達は、二度目の再会を終わらせて。
私は自分自身の何かを終わらせたー…

⏰:09/08/17 00:40 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#323 [あき]
愛車に乗り込み、ルームミラーで、ついさっき、つけてもらった首にかかったそれを見た。
自分が選んだ?だけあって、シンプルかつキラリと光るそれは可愛い代物。
だけど…正直気分は複雑。
(…今からの時期は苦手なんだよねっ…)
そう。私は突然の雨に降られる季節や、汗ばむ季節になると貴金属は一切しない。
雨に打たれたり、汗をかいた時に、あのアクセサリーがまとわりつく感が、とてもとてもとてもとても!!!気持ちがわるいのだ。(※かなり、しつこく声を大にして言わさせて頂きたい。)だけど、つけてもらった数分後に外すのは、やはりいくら何でも、申し訳ない。
それに…
やっぱり
なおちゃんネックレス。
小さなお土産屋に売っていた、真っ青な石のあのネックレス。
あのネックレスを外して、これをつけてしまった首には。
やっぱり多少の違和感と、言いようのない寂しさがあった。

⏰:09/08/17 01:00 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#324 [あき]
鍵をさし車が唸る。
ハンドルを握る手を見る。
また指輪がきらりと光った。

(…つけちゃった…)

指輪を持っていない。
これは嘘じゃない。
私は、思春期を迎えた頃から自分の手が大嫌いだった。
父親に似てしまったこの手は、女の子らしさのかけらもなく、指は太く短いし、指先なんて丸くて平べったい。爪なんて弱くもろい性質で伸ばせた試しがない。だから、指輪なんて手が強調されるようなものなんて恐れ多い。マニキュアすら塗った事がないのだ。
そりゃ、一応女だし?憧れたりはしたけれど。
過去にも、一度たりともねだった事はなかった。

⏰:09/08/17 01:14 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#325 [あき]
手、そして指は私の最大のコンプレックスだったのだ。
私が一生に一度だけ
唯一つけるとするならば。
それは。結婚指輪。その指輪しかしないと心に決めていた。
自分の左手薬指を見つめても、初めての指輪は、やっぱり女心をくすぐった。仲間入りをしたようで、嬉しかった。
だけど、やっぱり…

《あきが、俺を認めさせたら。よくやったって言わせたら…指輪買ってやるよっ!!》

はるか遥か、遠い昔。
酔っ払ったなおちゃんが
言ったあの言葉。(※一編参照)嬉しかった思い出。
果たせそうにない言葉。
それが胸に響いていた。

⏰:09/08/17 01:26 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#326 [あき]
この指輪は私の決意だ。

私が西条さんのものになったという証。

未来を掴むんだと決めた。
だから、なおちゃんを…諦める。あの日、そう決意した、その証なのだ。

そっと指輪に触れてみる。
そして、私は前を見据えて強くハンドルを握った。
車を静かに発進させて、ゆっくりと前へ動かす。
駐車場を出て、流れゆく景色の中、私はただ車を前へと動かせた。ただ、ただ前進させたのだ。

そう決めたんだ。
自分で決めた…

何度も、そう言い聞かせながら、愛車を前へと進めていた…

⏰:09/08/17 01:42 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#327 [あき]
―ピッ…プルル〜
《おうっ。》

相変わらずの愛想もない返事。
もっと違う言葉ないのかな。

『わたしっ。』

でも、私も私だ。
相変わらず可愛げのない言い方。いつからかな…こうなったの。

《んあ。てか、遅ぇよっ。昨日、かけ直すって言ったのはそっちだろ?俺、かなりご立腹なんだけど?》

怒られた。
なのに、これは昔から悪い気はしなかった。

『帰ったら電話するって言ったじゃんっ〃』

案の定小憎たらしい言い草。
自分でも笑っちゃう。

⏰:09/08/17 19:06 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#328 [あき]
《んだそれっ。はい言い訳っ!!〃》

ああっ。
今日は機嫌良いんだ。
…良かった。

『うっせ!〃だから、電話したのっ。』

可愛くないなぁ…私。
これが。最後なのにっ。
たぶん…最後なのに…

《はぁ?なにっ。帰ってない訳っ?ますますウゼー〃》

冗談じゃないよ?
本気だよ。
…本気なの。

『あの彼と一緒だったっ。さっき帰ったけどっ?〃』

ねぇ。どう思った?
どう感じてくれた?
なんて言う…?

⏰:09/08/17 22:28 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#329 [あき]
《…ふーん。そう。》

で…ですよねぇ〃
アナタは私に何の干渉もないものねっ。
私に幸せになって欲しいんだもんねっ。
そうだよねっ…
うん…やっぱりね…
そう言うと思った…

『………』

あれっ。
自分で言い出したのに。
解ってた答えなのに。
考えた小憎たらしい台詞。
出て来ないやっ…


《まっ、要件は昨日だったからっ、今日じゃ遅ぇしっ。と、いう事で。じゃっ!》

『うん…』

―プチッ。プー…プー…
私の返事を聞いたのか聞いてないのか。なおちゃんの電話は切れた。

⏰:09/08/17 22:51 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#330 [あき]
ハンドルを握りしめて、流れる景色の前を見据える。

これでなおちゃんは、もうかけてこない。
そう感じた。

私もかける事はない。
そう決めた。

これでいい。
そう思った。

私は西条さんを選んだ。
不器用だけど、真っ直ぐな愛を向けてくれる彼を選んだんでしょ?
未来が欲しいんでしょ?
そう言い聞かせた。

なのに涙が溢れた−…

⏰:09/08/17 23:08 📱:W65T 🆔:FF5wDsUw


#331 [あき]
ひとしきり高速道を突き進む。

遥か遠くまで続く直進道路。
流れる景色はとても早い。
そんなのお構いなしに、アクセルを踏み込んで、ハンドルを両手で握り目一杯の操作で突き進んだ。
高速道。何故こんなにも涙が出てくるのかは、わからないけれど、とにかくそのままにしておいた。
小一時間程走ると、一般道へ突入。ただ見慣れた景色が淡くぼやけて見える。
もう涙も出なかった。

そこからはただ、淡々と自宅を目指していた。

⏰:09/08/21 20:26 📱:W65T 🆔:LWywvFt.


#332 [あき]
幸せになりたい。
そう決意した、私の選択。
だからそこ、西条さんを選んだ。

だけど……

そもそも[幸せ]なんて私は知らなかった。
どんな事が[幸せ]かなんて、親も先生も教えてはくれなかった。

だから、幸せというものは、自分の理想や、描いたものでしか図れなかった。
だからこそ、その掴みかけた幸せに固執した。

(違う…)

現実の世界の幸せを知らない私が、そう知った時には、もう後戻りができないまでになっていた―…

⏰:09/08/21 20:56 📱:W65T 🆔:LWywvFt.


#333 [あき]
―――

『…うん』

《どうして、俺の気持ちがわからないんだっ!!》

『だからっ…私にも…』

《そうじゃないだろっ!!約束だろっ!?あきが悪いよなっ!》

『うん……』

彼の独占欲は日に日に増していった。出会った頃は優しかった彼は、あれ以降、よく感情を露わにする。怒鳴りつけられる事に恐怖を感じる私は、ただ頷き、謝り、彼の怒りの炎が消炎するのを待つしか出来なかった。

⏰:09/08/21 21:08 📱:W65T 🆔:LWywvFt.


#334 [あき]
露わにする彼の怒りの原因はいつも一緒だった。それは私が[約束]と言われるものを[破る]からだ。いつも、それが原因。彼は、会えないぶん、密なる連絡をして欲しいと言った。
私は、遠距離恋愛たるものそうゆうものなのかと、とまどいながらも、了承したのは事実。
だけど、いざ、やってみると自由奔放に生きてきた私には、過去の恋愛中も求めた事も、求められた事もない。彼が初めてだった。だから、ついつい忘れてしまう。
おまけに、世には携帯依存症という新たな現代病があるらしいが、私には無関係な話。
逆に、携帯電話に縛られた生活をしているのが仇となり、オフモードに入ると、ますます携帯電話というものを、意識から消し去るクセがある。
おかげで、彼からの連絡に気づかない事も多々あった。

連絡もない。
返事もない。

それが、いつも彼を苛立たせる原因だった。

⏰:09/08/21 21:32 📱:W65T 🆔:LWywvFt.


#335 [あき]
そして彼は言う。
《また男だろ!》
《また遊んでんだろ!》
《何か電話に出られない事してんだろ!》
苛立ちの二言目には、私に疑惑を押し付け、それを爆発させる。この言葉を投げつけられる度に、私は小さく溜め息をついて、またかと思うのだ。

『私、何も悪い事してないのに…少しは信用してよっ…』

そして小さく反論をしてみる。

《はぁ?そんな事わかんないだろっ?》

また同じ言葉を返されて、信用されてないんだと。痛感する。だけど、これは彼の愛情の現れなんだからと自分に言い聞かすんだ。

⏰:09/08/22 01:56 📱:W65T 🆔:ups8JnIw


#336 [あき]
これが、俗に言う[束縛]というものならば、私は仕方がないと諦めるしかなかった。

彼は、過去にとても大きな傷を追っている。
積み重なった小さな傷が、彼の心をボロボロに切り刻み。
臆病になっていた。
自分に自信を失っていた。
結果、もう何年も彼を恋愛から遠ざけていたらしい。
それが、数ヶ月前、彼の前に私が舞い降りた事で、彼は消し去った記憶を呼び覚まし、私と過ごす何気ない日々が、彼の心を目覚めさせた。
ただ、彼は、その経験から、異常なまでに何事にも過剰に反応し、不安になり…何よりも愛を確かめたがった。
その術が[束縛]につながってしまったのだ。
私の1日の行動を把握し、少しでも連絡が取れないと、苛立ち、怒りがこみ上げる。
だからこそ
また男か。
この台詞も、仕方のない事だった。

⏰:09/08/22 02:18 📱:W65T 🆔:ups8JnIw


#337 [あき]
『私は、前の彼女達とは違う…』

《あきの周りには男がうじゃうじゃいるだろっ!!違うかっ?》

彼の言い分は悲しいばかりだけれど。仕方がないのだ。
確かに私は、昔から男性に囲まれる事の方が多かった。
それは、決してモテるといった現象な訳でも、男好きだからと言った訳でもない。
自然とそうなっただけ。
昔からだ。学生の頃から
あの妙な一心同体的連帯感があるくせに、裏ではドロドロした女の世界より、バカバカしい一心同体的連帯感はあるけれど、一匹狼的なサッパリしている男の世界。こっちの世界の方が気持ちが楽だった。
あの特有の質が私には合っていたのだ。

⏰:09/08/22 03:02 📱:W65T 🆔:ups8JnIw


#338 [あき]
だから、自慢にもならないけれど?胸を張って言える。
私が心許し心底喜怒哀楽を共にした付き合いをしたのは…今までも、フタリだけ。
勿論、なおちゃん。
あとは、なおちゃんの街を離れ引っ越した先で、残りの幼少期、学生時代を過ごした第2の幼なじみになる彼女だけだ。
いや…最近は、ヒトリ増えた。
めでたく寿退社を果たした、元同期の、さえちゃん。
彼女も、私の中の友達メンバーに仲間入りだと思う。
めでたく三人になった。

友達なんて沢山いらない。
数人でいいんだ。
負け惜しみでも、ヤケクソでも、遠吠えでもない。
私は、心底そう思っている。

後は、大切な友人ではあるけれど。うん。…やっぱり友人だ。
それ以上でも、それ以外でもない。

⏰:09/08/22 03:33 📱:W65T 🆔:ups8JnIw


#339 [我輩は匿名である]
いつも見てます!
最近の展開は見てると苦しくなっちゃいます(;ω;)
あきさん幸せになってほしいです!

⏰:09/08/22 08:37 📱:P904i 🆔:gcGlCnow


#340 [あき]
匿名さん、ありがとう。
この頃の私も、私自身苦しかったですっ。苦笑
―――――――――
到底、私のそんなライフスタイルは周囲には理解し難いものなのかもしれない。
基本お一人様が全く持って平気な私。逆に集団行動は苦手かもしれない。
ただ、その場の空気を読むのが、ピカイチだっただけ。
今思えば、幼少期から泥めかしい人間関係の中で育ち、自然と身に着けた、生きる術がそうさせたのかもしれない。
求められたように、求められたあきでいるのだ。
本当の私という人間を知るのは三人だけだとしても?
その時、その場所、人種、年齢、性別。そんなもの全く関係なかった。私はその場、その場で順応してきたのだ。
お陰様で私は、幼き頃から、いつも人間には恵まれた。

⏰:09/08/23 00:16 📱:W65T 🆔:W0tlzhuo


#341 [あき]
逆に集団行動は苦手かもしれない。
ただ、その場の空気を読むのが、ピカイチだっただけ。
今思えば、幼少期から泥めかしい人間関係の中で育ち、自然と身に着けた、生きる術がそうさせたのかもしれない。
求められたように、求められたあきでいるのだ。
本当の私という人間を知るのは三人だけだとしても?
その時、その場所、人種、年齢、性別。そんなもの全く関係なかった。私はその場、その場で順応してきたのだ。
お陰様で私は、幼き頃から、いつも人間には恵まれた。

⏰:09/08/23 00:16 📱:W65T 🆔:W0tlzhuo


#342 [あき]
結局、そんな私のスタイルが、彼の中で[友人の多い社交的なあき]になっていた。
そんな私が、彼の不安要素なのだと言った。

私が社交的だって?
ちゃんちゃら可笑しい。

私は、そんな人間じゃない。
お家が大好きで。
一人が大好きで。
いつも、ヒトリでいるんだ。
過去も現在も…
いつでも私はヒトリなのにね。

⏰:09/08/23 00:22 📱:W65T 🆔:W0tlzhuo


#343 [あき]
彼は、毎夜毎夜、私という人間に、怒りに満ちていた。
何度話をしても、私を認めようとも理解しようともしてはくれなかった。
ただ、私が居なくなる恐怖に怯え、その反動が怒りとなって現れるのだ。

自分という人間を否定される。
そんな毎夜にウンザリしていた。だけど、手放す事が出来なかった。ただ、このチャンスを逃したら、私はもう駄目かもしれない。幸せになりたい。幸せになるんだ。そればかりが、先に頭をよぎり、ごめんなさいと言うこの言葉で、またその夜を乗り切るのだ。彼が求める私になればいい。彼が、私を必要とするならば。
私は、なれる。今までだってそうしてきたじゃない…

彼に何度も抱かれたあれ以降、彼が、帰ったあの日以降。
そう言い聞かせる日々が続いていたー…

⏰:09/08/23 00:49 📱:W65T 🆔:W0tlzhuo


#344 [あき]
自分という人間を否定される。
そんな毎夜にウンザリしていた。
だけど、手放す事が出来なかったのも事実。
彼が私を失う事に恐怖を覚えるように。
私もまた、彼を失う事に恐怖を覚えていた。


このチャンスを逃したら、私はもう駄目かもしれない。
幸せになりたい。
幸せになるんだ。
ごめんなさいと言うこの言葉で、この夜を乗り切れば、私は幸せを掴めるはず。
だから今、彼を失いたくない。


彼に何度も抱かれたあれ以降、彼が、帰ったあの日以降。
そんな日々が続いていたー…

⏰:09/08/23 00:52 📱:W65T 🆔:W0tlzhuo


#345 [あき]
どんより空ではあるけれど、そんなの私は気にしない。
ぴょんと飛び起きて、朝から、シャワーを浴びて、メイクもきっちり装備して、時計を確認。
待ち合わせ時間まで、あと一時間。気分が踊る。
今日は久しくぶりに、さえちゃんと会う。
彼女は、今春、長年密かに暖めた恋を実らせて、電撃結婚した。
もちろん電撃というのは表向きで、昨年秋頃より密かに準備を進めていた事を私は知っていた。ただ、今日急遽会う話になったのは、つい先日、彼女の体内に、小さな、まだまだ本当に小さな命が宿っている事がわかったのだ。さすがの私も、これは電撃だった。

⏰:09/08/25 19:46 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#346 [あき]
《ほんとーっ!!〃おめでとーっ!!〃》

《うんっ〃もうっ〃今、彼と病院帰りなんだよっ!!あきに一番に教えたくって!!》

《ほんと嬉しいってっ!!〃おめでとー!!〃》

そして、今日という日が急遽決まったのだ。
彼女達の苦労を間近に見てきた数年だった。
結婚が決まった時、そして今、
とても嬉しかった。


そしてまた、彼女は女の幸せという道を、順調に歩いている。
それが、とても羨ましかった。

⏰:09/08/25 19:52 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#347 [あき]
待ち合わせの時間より数十分早く、約束のカフェへと私は車を滑らせた。
ちらりと周囲を確認しても、まだ彼女は到着していないみたい。この時間はたまらない。
愛しい人に会える待ち時間。
ドキドキワクワクが止められない。
待つこと数分。
また、約束の時間より数十分早く彼女の愛車が駐車場へ入ってくるのが見えた。
ついついニンマリとしてしまう。彼女は私の愛車を直ぐに見つけ、幸せ一杯の笑顔で手を振りながら、すぐ傍に愛車を停めた。私は、その笑顔にニンマリしたまま手を振り、助手席に投げ置いたバックを掴み、車を降りる。

『久しぶりっ!!〃』
『久しぶり〃』

私達は、まるで恋人同士の様に少し照れ笑いをしながら、歩み寄った。

⏰:09/08/25 20:00 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#348 [あき]
カフェに入り、昔は庭に面したオープン席が私達の定位置だったけれど、今日は程よい空調の整った店内の隅に座った。
いつものランチをオーダーすると、一息。
スタッフが席を離れるやいなや、私はニヤニヤしたまま一言。

『…まずは、おめでとうっ!!〃』

『うんっ〃ありがとうっ〃』

照れ臭そうに微笑むさえちゃんは本当に綺麗だった。
妻になり、母になるさえちゃんは輝いていた。
久しぶりに彼女を綺麗だと心底思えた。

『こっちでいいのっ?』

『いいって〃』

⏰:09/08/25 20:07 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#349 [あき]
新人駆け出し時代、一緒にランチをしていた頃は、よくフタリで、いろんな店を発掘しては楽しんだ。
食の好みが似ていた私達は、よく雑誌を見てはめぼしい店をチェックしたもんだ。
だけど、唯一の問題がコレ。

《タバコ吸えないと、休憩した気分になれない〃》

私が、ことある毎に嘆いた愚痴。否喫煙者の彼女は、そんな私に笑っていた。
最終的に、私達が、数々の発掘した場所の中でも、好んでこのカフェに来るには理由があった。
勿論、雰囲気、味共にお気に召したのだけれど、ここは、いまの世間には珍しく、ランチタイムでも、庭に面したオープン席のみ喫煙が出来たのだ。

今日、こを選んだのは彼女だった。なのに、座った席がいつもと違う。
恐らく彼女はそれを言ってるんだろう。

⏰:09/08/25 20:20 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#350 [あき]
『この店、久しぶりだよねっ〃懐かしい!
なのに、なんか気使わせてごめんねっ。』

『なにそれっ。〃』

沢山いた同期の中、たった数年で私達だけが生き残った。
そのまま、数年であれよあれよと、互いに似合った部署へ移動を命じられた。
おまけに、互いに忙しくなり、社内でも顔を合わせる事も減った。
昔は、よく二人で日、時間を合わせてはこうやってランチに出かけたもんだ。

⏰:09/08/25 20:28 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#351 [あき]
『二人の子供は、私の子供同然なんだからっ!!私だって、赤ちゃん大切にしなきゃっ〃』

あははと笑う、私にさえちゃんは、ありがとう。と、また言って微笑んだ。

『おたく様の旦那は元気!!?〃最近、会わないんだけどっ〃』

『元気だよ。彼も会いたがってるよ?〃』

さえちゃんの旦那様は、うちの会社の提携会社の社員さん。
ただ、私が部署移動してしまった為に、なかなか彼とも会わなくなってしまったのだ。
昔は、夜、よく二人のデートに乱入しては、三人で朝まで飲んだくれたけれど、それすらここん所、ご無沙汰だった。

⏰:09/08/25 20:40 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#352 [あき]
お気に入りのパスタに、お気に入りのリゾット。
お気に入りのピッツア。
ちょっとしたサラダにちょっとしたスープ。
それらを久しぶりに堪能しながら、久しぶりの対面は、バカな話に盛り上がるだけ、盛り上がった。
さえちゃんの幸せ全開の話は、心底、私をニヤニヤさせた。
私の仕事の愚痴話は、彼女も一緒になって怒ってくれた。
久しぶりに彼女と食べる
チョコレートケーキは、本当に美味しかった。

私自身、本当に久しぶりに
心底楽しい時間だった―…

⏰:09/08/25 20:53 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#353 [あき]
『あきは?最近どうなのよっ?』

食後の珈琲の湯気に包まれながら、さえちゃんは言った。

『うーん…とくに?何もないっ〃』

なおちゃんの事。
西条さんとの事。
本当は沢山報告しなきゃいけないけれど、幸せ全開の彼女には、どうしても言い出せなかった。

『そう?なんか言いたげじゃんっ。なおちゃんとは、相変わらず?』

⏰:09/08/25 23:23 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#354 [あき]
『…相変わらず…ってか、最近は全くかなっ〃』

はははと視線を外し、またスプーンで、温かいカフェオレをくるりと回しす。

『んー?また喧嘩してんのっ?』

さえちゃんの天使の微笑みは、私の胸のダムを決壊させる。
だけど、この気持ちを、彼女にどう伝えればいいのか言葉が見つからないでいた。

『喧嘩…した方がラクだよっ。喧嘩すらしなくなった。』

『んっ?』

『…ううんっ〃』

出てしまった言葉を、私は、紅茶と一緒に喉に流し込んで、美味しいと微笑んだ。
さえちゃんは、少し不安げな顔で、珈琲を手に取り、そうだねと微笑んでくれた。

⏰:09/08/25 23:36 📱:W65T 🆔:1iFCvnmU


#355 [あき]
紅茶ー×
カフェオレー○
――――――――――

そんな時、バックで携帯電話が振るえた。相手は予想がつく。
この電話に出なかったら、大事になってしまう。
とっさに携帯電話を探した。
案の定、ブーンと不愉快な音を立ててる画面が記す名前に、私は、静かに小さくため息をついた。

『ごめんねっ〃ちょっとだけっ。いい?』

さえちゃんに声を掛けて、私は携帯電話を指す。
私が慌てて受話ボタンを押すと同時にさえちゃんは、気にしないでと微笑むと、御手洗を指差し席を立った。

ー西条さんー

画面にはそう記されていたのだった。

⏰:09/08/26 00:08 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#356 [あき]
『はいっ』

《何してる?》

突然に始まるこの言葉。

『今はカフェ!〃友達とランチに行くって昨日言ったじゃんっ〃』

それでも、私は彼の機嫌を損ねないように、細心の注意を払った言葉で答える。

《といいつつ男といるんだろ?あきは、ちょっと放っておくと、すぐに遊びに行くからなっ。》

もう、ウンザリ。
せっかくの楽しかった時間が、一瞬にして泣きたい気分になる。

『女の子だって。元同期で、結婚して辞めた子!〃話た事あるでしょぉ?〃』

⏰:09/08/26 00:16 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#357 [あき]
《どうして、そんな意地になる?まさか、本当に男といるのか?》

しまった…!!
彼は冗談のつもりだったのかっ!ミスった!!

『あははは〃なってないしっ〃』

不機嫌モードに入るっ!!
やばいやばいやばい…

《……ならいいけど。》

ああ。アウトだ…。
完全にスイッチオンだね。
ご不満モードだよね?
ご立腹モードになるんだよね?

でも、さすがに今はやめてよね?あとでまた、きっちり聞くから。
今だけは、私のこの楽しい時間を取り上げないでよね…

⏰:09/08/26 00:24 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#358 [あき]
《何時頃帰るんだ?》

『…わかんないっ。』

《んな訳ないだろっ?》

『だって、久しぶりに会うから。この後も、どこか行くかもっ…』

《で、朝帰りか?》

『そんな訳ないじゃんっ。』

小さく、こそこそと言い合いをしていると、さえちゃんが御手洗から戻ってきた。
私の前に座り、不思議そうな顔をした。

聞かれたくない!

とっさにそう感じた。

⏰:09/08/26 00:29 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#359 [あき]
『ともかくっ!帰ったら、また電話するからっ〃友達いるし、切るね?』

《おいっ。待て!どうして切りたがるんだよっ?何時に帰るのか聞いてないぞ?》

『だからっ…今、遊んでるからっ。また帰ったら電話するから〃』

《…そうかよ。そうやって男と遊んでろよっ!!》

『だからっ!!そんなんじゃないってばっ…』
ーピッ。プープー…

また切られた。
いつもこうなる。
いつも、いつも、いつも、いつも……イライラして、咄嗟に煙草に手を伸ばす。はたと、自分が居る場所、目の前の彼女に、気づいて、私は、またバックにそれをしまう。グビリとカフェオレを飲んで、気分を落ち着かせると、目の前の、彼女に笑いかけた。

⏰:09/08/26 00:38 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#360 [あき]
『何?どしたっ…?』

案の定、さえちゃんは、綺麗なハンカチをバックにしまうと、私の顔を覗き込む。

『何がっ?〃何でもないよっ〃』

私は、笑って答える。
だけど、自分自身、もう、指が、せわしなくトントンとテーブルを叩いている事にも、気分が煙草を吸いたくてソワソワしている事にも気づいていた。

『そろそろ、出ようかっ〃?』

さえちゃんが、そう言ってくれる。私は、何事もないように、そうだねと微笑み、席を立った。
次、どこ行こうかなんて話をしながら、さえちゃんと打ち合わせ。
その間も、ずっとバックの中で振るえ続ける携帯電話を無視し続けていた。

⏰:09/08/26 00:45 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#361 [あき]
互いの愛車に乗り込んで、さえちゃんの愛車が、カフェの駐車場をスルリと抜け出し、大通りに向かう。数台後ろを、私が追うように車を動した。大通りの信号、スルリとさえちゃんの車は直進して行った。私の前で、信号は赤に変わる。どんどんと前へ進む彼女の愛車を見送りながら、ハンドルを握り溜め息をついた。携帯電話をバックから取り出した。
−不在着信−
ピカピカとランプが点滅していた。見なくても相手が誰かわかる。片手で画面を操作してみて、着信履歴を確認する。今朝、掛かってきたさえちゃんからの着信履歴はすっかり消えていた。
仕方がないので、発信履歴から、さえちゃんの名前を探した。

⏰:09/08/26 14:01 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#362 [あき]
場所はわかるから、気にせず先に向かってと、さえちゃんに伝えると、すぐに電話を切った。
すると、待ってたかのようにまた携帯電話が震える。
しばらく見つめて、諦める様子のない着信に、私が諦める。
−ピッ。
『…はいっ。』

《…どうして電話出ない?》

不機嫌を露わにして彼は言った。

『…ごめんなさい。マナーモードにしてたから。気付かなかった。』

これは、ありきたりな理由で
最近、彼によく使う言い訳。
とっさについた嘘。

⏰:09/08/26 14:28 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#363 [あき]
《どうしてマナーにする必要がある?》

『…カフェだしっ。友達と会ってるから…』

《だったら、まずそう言えよ。こっちは心配するだろ?》

『…ごめんなさい…』

本当は、言いたい事は、山ほどある。だけど、自分の気持ちを押し殺した。彼が、こうなったら私は何も言わさせてもらえない。
ただ [ごめんなさい] この六文字しか受付けてはもらえないのだ。それが、わかるから、この場を終焉にする為には私は全てを飲み込むのだ。
運転中だからと電話を切った。

どんよりとした空から、ポツポツと雨が降り出した。

⏰:09/08/26 14:45 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#364 [あき]
目的地に着いた時には、しとしと降りしきる雨となっていて、私は、濡れないように、玄関へと走った。

『お邪魔しまーすっ。』

勝手知ったる他人の家。
二人が付き合いだした頃から、この家には、よく遊びに来た。
洋風な建物に真っ白な壁。
外観には似合わず、殺伐とした部屋は、彼女が出入りをするようになって、見る見る変わった。玄関を開けると、エプロン姿のさえちゃんが、降ってきたねぇ!と笑顔で出てきた。

『やだよねーっ。』

『食べてくでしょ?彼も、あきが来るって連絡したら喜んでたよーっ!!早く帰って来るって〃』

『うんっ。〃』

⏰:09/08/26 15:04 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#365 [あき]
エプロン姿のさえちゃんは、とても綺麗だった。
本当に幸せそうだった。
そんな彼女の横に立っていると、私まで幸せな気分になれる。
そしてまた
心底、羨ましいと思えた。

私も幸せになりたい。

より一層、強く思った。
強く強く。自分もこうなりたい。そう願った−…

今思えば、この頃から、私自身が壊れていって。
大切なものを失い始めていて。

もうどうしようもなくなった
未来(今)の私がいる。

⏰:09/08/26 15:36 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#366 [あき]
久しぶりの再会は、時間を忘れて真夜中まで盛り上がる。
時刻は日付も変わり、テーブルの上には、いくつもの缶ビールが転がり、いくつものお菓子の袋が開いて、ウーロン茶の雫がテーブルを濡らしていた。
一人はソファーで地響きを奏でながら、完全に伸びている。

『…寝ちゃたねっ〃』

『うんっ。まっ…楽しかったんでしょっ〃』

さえちゃんは、聖母のような微笑みで、淡い色の大きなブランケットを彼にフワリとかけた。彼の寝顔にクスリと笑うと、ポンポンとお腹を叩いた。

⏰:09/08/26 15:47 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#367 [あき]
二人でテーブルを片付け、静かな時間が流れる。
私は換気扇の下、カチリと火をつけた。フワリと煙が換気扇に吸い込まれていく。
ふと、リビングを見ると、さえちゃんは、彼に寄り添うように、ソファーにもたれて、テレビを見ながら温かい紅茶を飲んでいた。
『さえちゃん……』

『んー?』

彼女は、テレビから私に視線をくれる。

『……今幸せ…?』

私の全てを吸い込んでいく換気扇の下、煙草の火が、灰皿に落ちた。

⏰:09/08/26 15:56 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#368 [あき]
彼女は、照れた様に微笑んだ。

『そだね…〃』

とても静かな時間だった。
じわりと胸が熱くなった。

『そっか…〃いいな…』

そう呟いた私に、彼女は、すっくと立ち上がり、私の傍へと歩み寄る。
慌てて、煙草を消して、換気扇を強にする。
こっち来たらダメだよと笑う私に、じゃここからねと言って、キッチンの入り口に立った。
彼女の目は真剣で、私は、ドキンとした。

⏰:09/08/26 16:03 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#369 [あき]
『…あきは?幸せ?』

そう問う目を、私は直視できない。

『……ま…ね…』

ハハハと笑い、煙草をポケットにしまうと、彼女の横をすり抜けるように、キッチンを出た。
そんな私の背中に彼女は言った。

『ねぇ、その恋は、楽しい?』


どくんと胸が鳴った。
リビングに抜けようとした足が一瞬止まる。止まったけれど、後ろを振り返れなかったー…

⏰:09/08/26 16:09 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#370 [あき]
苦笑いで、彼女を振り返る。
彼女の眼差しは、とても熱かった。

『今日、お昼に電話あった人でしょ?』

『…うん』

『…なおちゃんじゃないね?』

『…うん』

さえちゃんは、そっかと呟くと、二人掛けの小さなダイニングテーブルに座った。
促されるように私も座る。
テレビの音がやけに大きく聞こえた。

⏰:09/08/26 16:21 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#371 [あき]
温かい紅茶を目の前に、私はポツリポツリと語り出しす。

なおちゃんと、いつしか、うまく行かなくなっていた事。
本当は凄く寂しかった事。
だけど素直に言えなかった事。
そんな時、出張先で、西条さんに出会った事。
とても楽しかった事。
とても救われた事。
心が傾いた事。
なおちゃんよりも、彼を選んだ事。
結果うまくいかなくなった仕事の事。
優しい彼の…強い一面。
戸惑いの日々。

言い出すと、何故かまた涙が出てきた。
彼を選んだあの日から、泣くまいと決めていた滴が、次から次へと溢れ出てきた。

⏰:09/08/26 16:33 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#372 [あき]
しばらくの静寂の中。
彼女の視線は、どこか悲しそうだった。

『…その西条さんの事好きなの?』

静かにそう聞かれる。
しばらくの沈黙。

『……好きだよ。』

私は、そう言った。
そんな私に、彼女は小さく細く溜め息をついて言った。

『…自分を抑えてまで一緒にいたい相手なんだ…』

それには答えられなかった。

⏰:09/08/26 16:54 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#373 [あき]
私はふっと笑って、席を立つ。
また換気扇の下、煙草に火をつけた。轟音の下、私の吐き出す煙がそれに吸い込まれていく。
彼女の言葉が胸をかきむしる。それを全て吸い込んで欲しかった。そんな私を彼女は、黙って見つめていた。
私達の間だけ、静かな時間が流れる。
ーブーン…ブーン…
そんな時、まさか、このタイミングでかと驚く程に、テーブルの上、置きっぱなしにしていた携帯電話が震える音が私達の間に響いた。時刻は日付も、もう数時間前に変わっていて、恐らく相手は…彼だ。あれ以降、何の連絡もしていない私への…怒りの電話だろう。煙草を消して、さえちゃんの横、置きっぱなしの携帯画面を見て彼女を見る。
彼女は、少し肩をすくめて頷いた。

⏰:09/08/26 17:12 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#374 [あき]
ーピッ
『はいっ…うん…うん…うん…ごめんなさい…うん…うんっ…わかった…うん…そんなんじゃ…ううん…うん…そだね…うん…ごめんなさい…じゃぁ。はいっ…』

電話が切れる。

私は、大きく溜め息をついて、かなりご立腹だわと苦笑いで答える。
さえちゃんは、怒る意味がわかんないと、苦笑いをしながら、肩をすくめた。

『彼は私の事心配してくれてるのっ…〃』

『それ、心配じゃなくて、信用されてないって事でしょっ?』

『…不安がりなんだよ〃』


そう答えるしか出来ない。
彼女は、小さく首を横に振って、違う。とたった一言呟いた。

⏰:09/08/26 17:22 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#375 [あき]
『さっきの電話で思えた。
あのね?好きな人からの電話って、もっと楽しいはずなのっ。嬉しいもんなの。
だからね、どうしても、表情に出ちゃうもんなのよ。
でも、あきは、お昼も、今も、ちっとも楽しそうじゃないっ。
その彼、あきの好い所、全部消してるじゃん。
電話してる、あきの顔。
怖いよ?鏡見てみ?
どう見ても、恋してる女の顔じゃない。
まだ、なおちゃんと電話してる時の方が喧嘩しながらも、楽しそうだったよ?
幸せそうだったよ?
幸せってそうゆうもんだよ?
作るもんじゃないの。
にじみ出るもんなの。
ねぇ…あき、このままじゃ、壊れちゃうよ?ねぇ?いいの?これでいいのっ?』

さえちゃんは涙ながらに、そう全身で伝えてくれた。
私は、何も言えなかったー…

⏰:09/08/26 17:48 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#376 [あき]
自宅に戻ると、時刻は真夜中。
あと数時間で夜が明ける。
部屋に入り、暗闇の中、携帯電話を握る。
さすがに寝てるだろうと思った。起こしてしまう事もわかった。だけど、今、しない事により事態は悪化する事もわかっている。一息ついて深呼吸をして、私は発信ボタンを押した。
真夜中のコール。耳から全身に緊張が駆け抜ける。
数回のコールで彼は出た。

《もしもし。》

『あ…起こした?今、帰ってきたからっ。』

《……ほら、結局、朝じゃん。お前は、本当に約束を守れない女なんだなっ。》

恐らく、起きていた。
彼は怒りで起きていたんだ。
そして、こう言った。

⏰:09/08/26 23:31 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#377 [あき]
『…ごめんなさい…。楽しくって…つい…』

《…朝帰りはしないって言ったろ?》

『…うん…でもっ…久しぶりに会った友達で…』

《待ってる俺の事考えた事ある?どんな気持ちだったのか、わかってんのかよっ!!》


泣きたくなった。
もう疲れた。
そう言いたくなった。

あなたは、私から何もかもを奪うの…?

⏰:09/08/26 23:36 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#378 [あき]
《なんも連絡してこないでっ!!何考えてんだよっ!!》


やってんじゃん…
毎日、毎日…
起きたよ。
今から仕事行くよ。
今昼休みだよ。
今休憩だよ。
今終わったよ。
今から帰るよ。
今着いたよ。

一生懸命やってんじゃんっ…。

前から言ってたじゃん。
久しぶりに会うんだって。
楽しみなんだって。
大好きなんだって。
そう言ってたじゃん…

どうして?
どうして、わかってくれないの…?

⏰:09/08/26 23:45 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#379 [あき]
『…もうヤだ…もういい…』

一気に涙が溢れた。
さえちゃんに言われた言葉が、胸を駆け巡る。

『もう、こんなのヤダよ…西条さん、毎日イライラしてるじゃん…』

《もういいって何だよっ!!イライラさせてんのは誰だっ!!》

彼は電話の向こうで怒鳴った。

『…大きな声出さないでよ…もうやだよ…もういい…』

嫌だ。
あんなに優しかった西条さん。そんな彼の、あの姿はもうない。私と一緒にいると、怒りに満ちる。それも悲しかった。

⏰:09/08/26 23:52 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#380 [あき]
電話口で泣き出す私に、彼は更に怒りを増した。

《もういいって何だよ!!何が言いたいっ!!はっきり言えよっ!!》

怖くて言えない。
ただ涙が溢れ出た。

『……もういいって…西条さん、怒るばっかりで私の話聞いてくれない…私を認めてはくれない…私を信じてはくれない…もう、そんなの嫌だ…』

泣きながら必死に伝えた私の意志は、彼には伝わらなかった。


《当たり前だろっ!!約束を破られて、何を信じろって言うんだよっ!!!》

⏰:09/08/26 23:59 📱:W65T 🆔:7GfJ8U0o


#381 [あき]
『……だから、西条さんと私は合わないと思う…こんなんじゃ、付き合えない…』

必死の思いでそう言った私の言葉に彼は怒りを爆発させた。
爆発と同時に思わぬ所へ矛先が向けられたのだ。
それが、毎夜毎夜傷付け合う原因だったのだ。
彼の言葉に私は初めて言葉を失った。


《結局、未練があんだろっ!!その男に!!!》

⏰:09/08/27 00:08 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#382 [あき]
『未練って…そんな事思ってたの…?』

《…あきは、俺には何も言ってくれないだろ…。俺が何を言おうが、何をしようが、何も言わない。》

『それは、あなたを信じてるからっ!!だから…』


《違うよっ。興味が無いんだよ。…だから、好きも、会いたいも…言ってくれないんだよ。一度も言ってくれてない…。そんな俺の気持ちわかるか?》


西条さんの、怒りの裏に言いようのない淋しさを感じた。
言葉が出なかった。

⏰:09/08/27 00:15 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#383 [あき]
『……』

《頭では、わかってんだよ。
その彼の事忘れられてないって事は。》

『……』

《だけど、あきが、俺を好きでいてくれてるって確信があれば、俺は何も言わない。
なのに、それすらないんだ。
不安になるだろ…
怒りたくもなるだろ…》

『……』

《いつもあきの傍にいるのは俺じゃない。その彼だ。
俺は、会いたい時にすぐには会えないんだ。こうやって声を聞くのが精一杯なんだよ。
それなのに、それすら、あきは、俺にくれない…。そんなんじゃ俺、勝てないじゃん…》

⏰:09/08/27 00:24 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#384 [あき]
『…ごめん…』

やっとの思いで出た言葉は、やっぱりこの三文字だった。

彼の怒りにばかり、不満を抱き、苦痛を覚えた日々。
彼と言い合いをする度に傷付き、怯えた。
だけど
私の数百倍も、彼は傷付き。
私の数百倍も、彼は怯えていたんだ。


『…もう会ってないし、連絡も取ってないから。』


彼には気休めの言葉に過ぎないけれど、それしか今の私には言えなかった。

⏰:09/08/27 00:32 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#385 [あき]
《…でも…今すぐには忘れられないのは仕方ないよ。

だってずっと好きだったんだよ…好きで、好きで、たまらない人だった。
だから、何年もずっと傍にいたし、彼も、いつも傍にいてくれた。
そんな関係だったから…
だから、すぐには忘れられないよ…
でも、私は、貴方を選んだの。
それだけはわかって欲しい…》

自分の想いを初めて口に出来たと思えた。彼に、伝わって欲しいと願いながら、必死に伝えた。
けれど、彼は言った。

《ほらな、俺には言ってくれない言葉を彼には言うんだ!!好きだって。俺に向かって、何度も何度もっ!!俺の気持ちなんて、これっぽっちも考えてない証拠だろっ!!そんなに好きなら、俺は身を引くよっ!!俺はそいつには勝てない!!!》

⏰:09/08/27 00:44 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#386 [あき]
『…勝とうとは思ってくれないんだ…』


悲しくなった。
私は強く引っ張って欲しいだけなのに。
その手を握って、離さないでいて欲しいだけなのに。


《…それを俺に求めるのは、間違ってるとは思わないのか?》

⏰:09/08/27 00:47 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#387 [あき]
《俺はいつでも、手を伸ばしてるよ。なのに、あきは、それに掴まってくれない。なのに、どう勝負しろって言うんだよ…。》

彼の淋しい声に私はまた涙が溢れた。

『届かないよ…。
私は一生懸命伸ばしてるのに、西条さんの手。遠いもん…
なのに、こっちに来いばっかりで…

彼が、背中を引っ張るんだから、西条さんの手に届かないんだよ…。もう少し伸ばしてよ…。
掴みたいの…。』

⏰:09/08/27 00:55 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#388 [あき]
《…俺には無理だ。
 これ以上は、伸ばせない。
 俺はあきが好きだったよ。》

この夜。
私達の付き合いに、終止符が打たれた。
あの二度目の再会から、たった数ヶ月だった。
彼の、最後の言葉だけが胸に響く。
私は、自分の意志の弱さから
なおちゃんも、西条さんも失った。
二兎追う者は一兎も得ず。
昔の人は巧いこと言うもんだ。

自分の馬鹿さ加減にほとほと吐き気がした夜だった。

⏰:09/08/27 01:03 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#389 [あき]
また、面白みのない生活が始まる。毎朝早朝に起きて、深夜まで働く。一時は干された仕事。私達の終演と共に、職場でも人の噂は七十五日。噂が消沈したのか、はたまた、やはり若手には難しかったのか、少しづつ私の手元に仕事が戻ってきた。私は、また言われるように、言われるがまま、夢中で働いた。あれ以来、彼からの連絡は無かった。私は、一時、淡い夢を見ただけだと、そう自分に言い聞かす。仕事をしていると、時々耳にする、彼がいる地方の出張話。ドキンと胸が鳴った。何食わぬ顔をして、資料を盗み見する。そこには、変わらず、提携先として彼の社名が記載されていた。けれど、そんな噂を立ててしまった私には関係のない出張話で。勿論、立候補する勇気も無かった。彼と出会う前の日常に戻っただけの話。

⏰:09/08/27 01:22 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#390 [あき]
さえちゃんには、終わったよ。とただ、それだけを告げた。
彼女は、それで良かったんだよと電話口で微笑んでくれた。

そんな日々が数週間経った。

もう、全てを忘れよう。

そう自分に言い聞かせ、日々の生活を取り戻したその日。

一本の連絡が、また私を荒波へと引きずり込んでいく−…

⏰:09/08/27 01:32 📱:W65T 🆔:4Iumt6lI


#391 [る]
失礼します

>>1-100
>>100-150
>>151-200
>>200-300
>>301-400


>>330

⏰:09/08/27 09:31 📱:911SH 🆔:GUni/6H2


#392 [あき]
色々とあって、
またまたまたまた?
機種変更をしました。
(※もう何台目だろ…(^へ^;)ゞ)
最終章完結に向けて、こつこつやります。

〜あき〜

⏰:09/09/03 18:32 📱:W64S 🆔:3fznAjFs


#393 [あき]
今朝の目覚めは最も悪いと書いて、最悪だった。気分の乗らないまま、荷物をまとめて駅に向かう。
今朝の早朝五時。
耳元で、つん裂く携帯電話の着信音で目覚めた。

《…はい》

《悪いっ!緊急っ!すぐ起きて飛ぶ準備して!》

あのインテリ眼鏡をかけた女上司のがなり声で目覚めるなんて。

《……はぁ……なんですか…》

寝ぼけた頭は、やっとの思いで言葉を発した。起きてしまったのが間違い。

⏰:09/09/03 23:45 📱:W64S 🆔:3fznAjFs


#394 [あき]
《田中が、今日からの三日間○×地方が飛べなくなった!変わり探してんのっ!あんた行けるよねっ!?》

飛ぶとは、私達の業界では出張の通称。
田中とは、私の直属、数年下の後輩。
○×地方とは、ここから新幹線で数時間の先で、過去に受け持った地方。

《……はぁ……そりゃ…なんとか……》

寝ぼけた頭は、事態を未だ把握せず、生半可な返事を繰り返す。

《起きろっ!!資料は今からファックス流すっ!いいねっ!!》

インテリ上司は切迫感溢れる声で、私を叩き起こした。そして、返事を待たずして、電話は切れた。

⏰:09/09/03 23:54 📱:W64S 🆔:3fznAjFs


#395 [あき]
そして、直ぐ様、今やファックス専用とも言うべき電話が部屋中に鳴り響き、ジージーと何枚にも及ぶ用紙が送られて来た。
無言で、起き上がり、フラフラと電話の前に立つ。
送られてきた資料を一枚一枚眺めながら、私の脳みそは動き出す。


『…はぁっ!?まじかっ…』

一通り目を通して、私は確実にそう言った。

⏰:09/09/03 23:59 📱:W64S 🆔:3fznAjFs


#396 [あき]
髪を縛り、顔面に特殊メイクを施しながら、エンドレスに流れてくる何枚にも及ぶ資料に目を通して、突然割り振られた仕事を確認する。
自惚れではないが、資料内容は容易に把握できた。
私には慣れた案件。
インテリ上司が、突然に私に割り振った意図がわかる。

ただひとつ。
引っ掛かる項目。
地方名。

(…西条さん……)

彼の会社名がその資料には記載されていた。

⏰:09/09/04 00:10 📱:W64S 🆔:tYpkgbEE


#397 [あき]
ホームに立ち、その時を待つ。

到着したそれに乗り込み、今からの数時間、私に与えられたその窓側の席に座った。

直ぐ様走り出した景色を、ぼんやりと眺めていると。
胸がざわついた。
思わず、胸を掴んで息を整える。

流れる景色を見つめ、今日もまた雨が降り出しそうな1日だなと、そう思った。

⏰:09/09/06 19:17 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#398 [あき]
数ヶ月ぶりに舞い降りた駅は、何も変わっていなくて。相変わらずの景色。あれから数ヶ月。それよりも前、この出で立ちでこの場所に立つのは半年振りの事。スーツの衿を正し、あの時と同じように重すぎる荷物を引きずりながら、私はあの場所へ向かう。
改札を抜けると、すぐに声をかけられた。

『〜〜社の方ですか?』

額の汗をふきながら、小太りの小さなおじさんが、ペコリと頭を下げる。

⏰:09/09/06 20:39 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#399 [あき]
『はい〃宜しくお願いします。この度は、急遽担当者が変わりまして、ご迷惑をおかけしました。』

私は、そのおじさんに頭を下げる。

『いえっ〃こちらこそ、宜しくお願いします。では、車まで案内しましょう。』

『ありがとうございます。』

今回のパートナーは西条さんじゃなかった。

ホッした反面……

少し寂しかった。

⏰:09/09/06 20:44 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#400 [あき]
また、ロータリーにあのボックスタイプの車が停まっていた。
トランクを日除け変わりに使い、タバコを吸っていた彼の姿を思い出す。

『この車ですっ。荷物入れましょう。』

『…はい〃ありがとうございます。』

彼と同じ。

彼と同じイントネーションと、彼と同じ方言で、新しいパートナーは言った。

⏰:09/09/06 20:52 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#401 [あき]
静かに動き出した車内で、急遽変更になった事を改めて詫びた。

詫びながら、この三日間の打ち合わせを兼ねようと、私は聞く。

勿論、こちらには、事前に今回の担当者である田中の名前は流れていたはずで、田中で、全ての段取りが組まれていたはずなのだ。
それを今朝、突然に私の名前が電話にて伝えられたはず。
突然の担当者変更は、てんやわんやになったに違いない。

『問題起きませんでした?』

『そんな事があったんですか。大変でしたね〃』

私は、疑問を隠しきれず、暑苦しいおじさんの顔を見返す。

⏰:09/09/06 21:09 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#402 [あき]
おじさんパートナーは、私の言葉を他所に、冷房のスイッチを強に合わせる。

『暑いですなぁ。もう少ししたら、冷えますから、待って下さい。』

西条さんよりも強い方言なまりは、年配独特さを感じた。

生ぬるい風を体一杯に感じたながら、私は気にしないで下さいと笑った。

『で…あの…打ち合わせは??』

冷えてきた冷房風に、私の髪がなびく。少し気持ち良かった。

『ああ、私にはいいですよ。私にされても、わからんです〃』

⏰:09/09/06 21:25 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#403 [あき]
そう言うと、おじさんは、また、前を向いて、暑い暑いと嘆いていた。おじさんは、ようやく私の顔を見て、不可解な顔をする私を理解したのか、ハハハと笑って言った。

『ああっ!私はね、今はただの運転手です〃私にはあんた達の仕事は専門外ですわ〃ちゃんと担当者がいますから、そこまでお送りしますからねえ。』

おじさんは、そう言って、笑った。
移動中も、何十年も勤め上げたこの会社を先月定年して、雑用係として会社に残った身の上だと、自分の過去を笑って話てくれた。

私は、笑ってそうでしたかと、当たり障りのない返事を繰り返す。
私が送り届けられる場所に向かう間
ざわついた胸が今にも爆発しそうだった。

⏰:09/09/06 21:55 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#404 [あき]
『あそこですよ』

おじさんが指差した先に、小さな建物が見えて来た。
私は、頷きバックから資料を取り出す。
資料を、再度読み直し、頭の中で整理する。
なにせ、今朝、早朝五時に突然割り振られた仕事なのだ。
下準備、事前打ち合わせは田中がしている。
私にはこのファックス用紙だけが頼りだった。

『ここで、担当者とも合流して戴きますから。うちの若手ホープですよ!あいつなら、任せても大丈夫ですわ』

おじさんは、笑っていた。バクンとした心臓が、おじさんに聞こえまいかと、私もまた笑ってみせた。

⏰:09/09/07 02:37 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#405 [あき]
車を降りて、おじさんは笑顔で走り去る。
若手ホープと呼ばれる担当者と合流すべく、私は建物前に立った。
こちらは、梅雨なんて関係ない位の眩しい日差し。時計を見ると、まだお昼前だというのに、気温は上がりきっているように思えた。
見つけた小さなベンチに腰掛けて、私は資料を読み直す。
到着して、五分。

『お待たせして申し訳ありません』

頭の上で聞こえた声に…。

外れて欲しかった胸騒ぎが的中した事を知るには、十分過ぎる程の声だった。

⏰:09/09/07 02:46 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#406 [あき]
『……』
『……』

少しの沈黙。
私は立ち上がり、顔を上げる。

『…また三日間、宜しくお願いします。』

『…こちらこそ。』

久しぶりに見た西条さんは、最後に見たあの時よりも、少し日焼けしていた。
ブルーの淡いシャツに、ネクタイを締めて、少し細めの眼鏡をかけ…

あの頃と同じ香水の香りがした。

⏰:09/09/07 02:52 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#407 [あき]
『じゃ、打ち合わせを…』

『いいよっ〃ここは、俺の得意先だもんで今更いらん〃よく知ってるからっ。それよりも、荷物、車に乗せようか?』

西条さんは、変わらない爽やかな笑顔で、歩き出すと私の荷物を掴み、乗ってきたんであろう小さな社用車のトランクに、また軽々と荷物を乗せた。
苦しい胸を隠しながら、二人並んで、責任者と顔合わせ、打ち合わせ、そして談笑へと進んでいく。
西条さんの得意先だけあって、また私は、彼の然り気無いアドバイス、サポートに乗っかる形で、話を進めればいいだけ。
何のトラブルもなく、丸く収める事が出来、二人で車に乗り込んだ時には、もうお昼を回っていた。

⏰:09/09/07 03:06 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#408 [あき]
『…暑いねぇ〃』
『…そうですね〃』
『……』
『……』

小さな車内。沈黙が続く。途中、コンビニに寄ってランチを買った。
初めて会った時、あの時も確か、昼食はお弁当だった。緑の多い公園のベンチに二人並んで食べたんだ。あのお昼から、私達の時間は始まった。その急速な時間の流れの中、傷付き傷付け合って…
私達は、あの時と同じ位置に立つ。
何もなかったように、ただ、仕事パートナーとして。
同じ場所に立った。

⏰:09/09/07 03:15 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#409 [あき]
あの公園は、何も変わってはいなかった。
時折吹く風に、緑がざわざわとなびいて、心地良い場所。
よく見ると、ここは、付近のOL達の憩いの場所なのか、他のベンチにもお弁当を広げる人が見受けられた。
日陰のベンチを探し、私達は並んで座る。
気まずさから、即座に買ったばかりの冷えた野菜ジュースを吸い込んで、サンドイッチを開ける。
失せた食欲だけど、もこもこと無言でほお張ってみた。
西条さんもまた、気まずいのか、何なのか…
即座にパンを被りつき、缶珈琲をぐびりと飲んだ。

⏰:09/09/07 03:22 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#410 [あき]
『…久しぶりだね…』
空に向かって煙が高々と登っていた。
飲み干した珈琲の空き缶にとんとんと煙草を叩いて西条さんは言った。
飲み干した野菜ジュースのパックを丁寧に折りたたみながら、そうだねと答える。
煙の匂いが、風に乗って私にかかる。
その後に、甘い香水の香り。
私は、サドイッチの袋を丁寧に折りたたみ、マヨネーズがついちゃったと、自分に笑ってみせた。
今思えば、それは
手先を見つめる事で、顔をあげないでいい方法を模索していたのかもしれない。

⏰:09/09/07 03:39 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#411 [あき]
『…元気だった?』

『まぁ…〃』

二本の煙草の煙が空に登る。眩しい太陽は、私達をジリジリと照りつけながら、時折、気持ちよい風がすり抜けた。

『まさかとは思ってたけどっ…〃』

『来ちゃ悪かった?』

私は、ハハハと笑ってこの場を誤魔化す。
西条さんは、ふっと笑って煙を空いた缶珈琲にポイッといれた。
差し出されたそれに、私もポイと入れる。
缶の中で、ジュッと音がして。
二本の火は呆気なく消えた。

⏰:09/09/07 11:18 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#412 [あき]
『そんな事ないよ〃』

在り来たりな言葉で、私は返す。

『朝、出社したら今日から来る担当者があきの名前に変わってて、驚いた。』

『…そりゃ、今朝急に変わったんだもん〃』

西条さんは、そんなのありなのかと、笑った。

『……だから、迷ったね。』

そして、そう呟いた。

⏰:09/09/08 00:49 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#413 [あき]
『あきは、俺に会いたくないんじゃないかって。だから、こっちも担当変わろうかって、考えたね。』

そう呟きながら、彼はまた胸ポケットから煙草を取り出し火を付けた。ふわりと煙の匂いがする。
私はその声に聞こえないふりをした。
視線を下に向け、パンツスーツの裾を直す。

『…いやなら、明日から変わるよ!〃』

開き直った彼の声に私は、視線を戻して、どちらとも言えない笑顔を向ける。

⏰:09/09/08 01:01 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#414 [あき]
『仕事でしょっ。〃仕方ないよねっ。』

そしてそう言った。
馬鹿な私は、そう言うしか出来なかった。

あの夜、喧嘩別れをしたままの数ヶ月間。この地方の出張話が出る度に、自分に当たるはずがないと頭で理解しながら、心のどこかでは、望んでいた。
仕事で来れば会えるんじゃないかって少し期待した。

もう一度、会って話がしたかった。

だけど、妙なプライドが邪魔をして、それは言えなかった―…

⏰:09/09/08 01:07 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#415 [あき]
『…仕方ない…かっ〃』

西条さんは、はははと笑って、ベンチを立った。私も後を追うようにベンチを立ち、彼の背中を見る。飄々と背の高い彼の背中は、とても大きかった。

『いつまでもサボってないで、午後からの仕事しますかっ!』

『はいっ〃しますかっ!』

助手席に乗り込み、彼の運転で私達は市内を走り抜ける。仕事パートナーとして会話を繰り返し、淡々と案件をこなしていく。
ただ、それ以降、二人でいても、彼は私を《あき》とは呼ばなくなった。彼は私を私の―役職―で呼ぶ。
最後まで。ホテルに着く最後まで、それを貫き通していた。
そして…

⏰:09/09/08 01:16 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#416 [あき]
『……わかりましたっ〃宜しくお願いしますっ。』


翌朝、私を迎えに来たのは―…

彼と似ても似つかない全くの別人だった。


『西条が、急用が出来まして、私が残りの二日間担当を引き継ぎましたので。』

ロビーに立つ、そのおじさんは、そう言って私に名刺を渡してきた―…

⏰:09/09/08 01:22 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#417 [あき]
呆然としたまま、新しいパートナーと仕事をこなす。
途中、何度も携帯電話を確認したけれど。
彼からのメッセージは何も残されていなかった。

最後の夜。

ホテルの部屋に戻り、荷造りを終えた時。
言い様のない感情が溢れ出し、止められなくなった。

携帯電話を握りしめる。

ふざけんなっ!
仕事放棄すんな!
逃げんじゃねー!

そう言ってやろうと、携帯電話を握った。

⏰:09/09/08 01:28 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#418 [あき]
―ピッ…プルル…

《はい。もしもしっ》


『わたしっ!!』

《うん。どうした?》

『どうしたじゃないでしょ!!!』


込み上げて来る怒りで、私は感情をぶつける。薄い壁。
隣の知らない誰かさんに聞こえるなんて気にやしない。
とにかく、腹立たしかった。

⏰:09/09/08 01:32 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#419 [あき]
西条さんは、妙に冷静で、私の怒りを受け入れた。

《何怒ってんの?》

それが、また無性に腹が立つ。

『何変わってんのっ!!』

支離滅裂だとはわかっても、主語述語なんて今更関係ない。

《…なにが。》

それでも冷静に返してくる彼に、私の怒りは頂点に達し、そして一気に冷めていった。

『…変わるなんて聞いてないよ?』

冷めると同じに、何故か、とても悲しくなった…

⏰:09/09/08 01:36 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#420 [あき]
《あきが嫌だって言ったんだろ?だから、変わってもらった。》


『言ってない…』


《仕方ないって言っただろ?》

『それは……』


《だろ?なのに何、責められなきゃならん…?》

『だから……』



何も言えなかった。

⏰:09/09/08 01:39 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#421 [あき]
『…せっかく来たのに…明日帰るよ?』


可愛げない言葉で、私は伝える。
本当は、また会えて嬉しかった。
本当は、また一緒にしたかった。
少なからず。
私はそう思った。
なのに。
あの時、言葉はその思いとは裏腹に、彼を撥ね付けた。
だから、彼は変わった。もう会わないつもりで、変わった。
悲しかった。
私なりの精一杯の言葉で、そう伝える。

⏰:09/09/08 03:46 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#422 [あき]
《…俺達は終わったんだよな?》

電話口、囁くように言った西条さんの声が、頭に響く。

そうだった。
私は彼に何を求めてたんだろう。
何を期待していたんだろう。
彼の愛に耐えられず。
別れを切り出したのは私なのに。
自分勝手な奴―…

『そだねっ…〃じゃぁ!』

⏰:09/09/15 02:04 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#423 [あき]
《…じゃぁ。気をつけて帰れよ。》

『うん。バイバイ!』

見えるはずもないのに微笑み通話終了ボタンを押す。
無機質な機械音が鼓膜を震わせた。
そのまま携帯電話をテーブルに置いて、散らかしたままの資料をガサガサと集めて、鞄に入れた。
何だか、何もする気分になれなかった。
小さなバスルームでシャワーを浴びて、整えられたベッドに潜り込む。
電気を消して、暗闇の中目を閉じた。
胸がキュッと痛かった。

⏰:09/09/15 02:11 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#424 [あき]

――

翌朝、まだ目覚めぬ朝に目が冷める。
今日あの、おじさんは、とんでもない時間に私を迎えに来ると言った。

《では、7時45分に迎えに来ます。》
《…早くないですかっ?》
《念のためですよ!》

どんなに自信が無いんだよ。と突っ込みたい所をグッと我慢した。

《じゃ、9時に迎えに来ますから》
《はーいっ。》

そんな会話をふと思い出す。
仕事のパートナーである彼は、本当に頼りになった。
遅くスタートしても、必ず時間通りに事が進み必ずの結果を出してくれた。
改めて頼りっぱなしだった自分に笑える。

⏰:09/09/15 02:25 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#425 [あき]
ベッドから起き上がると、頭がガンガンと脈打っていた。
また最悪の目覚め。

いつもの偏頭痛。

カーテンを開けると青白い空にどんよりとした厚い雲がかかっていた。

(…やっぱり天気悪いんだ…)

昔々の後遺症は、私をお天気お姉さんに変えた。
ガンガンと響くこめかみと、じんじん疼く右腕。
この季節は本当につらい。

本当に辛かった。

⏰:09/09/15 02:32 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#426 [あき]
ニコリと微笑み、おじさんパートナーと挨拶を交わして、淡々と時間だけが流れる。
昼前に本降りになった雨は、いっこうに上がる気配はなかった。
相変わらずの冷房車内は雨に濡れた体を、より冷たく感じ、益々、頭痛は酷くなった。
いっこうに効かない鎮痛剤。
途中何度も何度も飲んだ。

『昼飯どうしますか?』

『ああっ。食欲ないんで…〃』

『そうですかぁ。』

『気にせず、召し上がって下さい〃』

⏰:09/09/15 02:45 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#427 [あき]
『じゃ、遠慮なく…』

『どうぞ〃』

どこかの小さな駐車場に車は入った。
狭い車内で、おじさんは愛妻弁当を広げる。
その匂いが私の胸を焼き、冷えた体がブルッと震えた。
軽く言葉を交わして、車を離れ、目に入った自動販売機の元へ走り寄る。
この季節、自動販売機にホットと記された飲み物は見当たらない。
諦めてミネラルウォーターのボタンを押して、ガタンと音を立てて落ちてきたそれを手に取った。
雨が降りしきっていた。

『外の方が暖かい…』

⏰:09/09/15 02:55 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#428 [あき]
『そりゃ、出世しないわ…〃』

ミネラルウォーターを一口飲んで、一息つく。狭苦しい車内で、愛妻弁当をがっつくおじさんを遠巻きに見つめ、思わず呟いた。

決して、現場主義者とは思えない。
あの年代なら、勤続年数数十年だろうに。

くだらない会話は弾むくせに、肝心な所では、つまづいてしまう。
…上がり性。
降りしきる雨、車の停車位置さえ考えれば、濡れずに済んだ場所はいくらでもあった。
…視野と判断が甘い。

濡れた体に、いっこうに緩まない車内冷房温度。
…配慮に欠ける。

可哀想だが、出世出来ない原因、全てが、おじさんの一連の行動で物語っていた。

⏰:09/09/15 03:16 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#429 [あき]
(とまぁ、そんな事はさて置き…〃)

煙草を数本吸い終わる頃に、おじさんの、愛妻弁当を片付け始める姿が見えた。
煙草をじゅっと灰皿に入れて、また走って車内に戻る。
助手席に座ると、爪楊枝で歯の手入れをしながら、おじさんは言った。

『飯、食わんのですか?』

『はい〃体調が悪くて〃』

『そりゃいかんなぁ。風邪か?』

『どうでしょ〃』

あんたのせいだよっ!
と突っ込みたくなった…。

⏰:09/09/15 03:25 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#430 [あき]
結局、最後の一日は雨があがる事なく、もう、完全にスーツはダメになって、ベタついた髪からは酸性雨の嫌な臭いがしていた。
早々におじさんに挨拶を済ませ、改札を目指す。
時計を確認しても、まだ一時間も余裕がある。改札を抜けるには早すぎる時間だ。

(……)

噴水が目に入った。
一瞬立ち止まる。

噴水の傍に座る私。
それを見つめ、笑う西条さん。
立ち上がる私。
その背中に、叫ぶ西条さん。

まるで昨日の事のように残像が蘇る。
私は、残像を振り払って…改札を抜けた。

私達が始まったあの場所に別れを告げたのだった。

⏰:09/09/15 03:40 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#431 [あき]
改札を抜けて、ホームに立つ。ざわつく人達の中で、一人立っていると、何だか、三日間のざわついた心が、溶け込んで少しだけ晴れた気分になった。
もうここには来ないだろう。
西条さんが生きる街は、辛すぎる。
もう会わない方がいいんだ。
そんな事をふと感じる。
周囲を確認して、一番近い待合室に入り、腰を下ろした。
出張が多くなり、移動距離が長くなりだした頃、時間潰しの為と鞄に入れた小説を久しぶりに出して頁を開く。
久しぶりに読んだ話は数頁前に戻らないと、ちっとも理解できなかった。

⏰:09/09/15 03:59 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#432 [あき]
数頁前に戻り、そうだったと、さぁこれからだと、やっと本の世界に集中しだした頃、とんだ邪魔者が入る。
私は、活字を目で追いながらポケットに手を突っ込み、震える携帯電話を取り出した。

画面を見て
バクンと胸が鳴った。
まさかと思った。


―西条さん―

画面に記された活字に、心臓が縮む。
しばらく見つめて、そっと通話ボタンを押した。

⏰:09/09/15 04:04 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#433 [あき]
『…もしもしっ。お疲れ様ですっ。』

ついつい業界用語で挨拶をした。

《お疲れ様…。今、駅?》

『…はい。そーです。○×発ですから。』

《あー。そっか…》

ついつい敬語になる。
西条さんは、そんな私の言葉に、違和感なく話を進めていた。

⏰:09/09/15 04:09 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#434 [あき]
《今、大丈夫か?》

『はい。どうかされました?』

《………んだよそれ。》

私のよそよそしい返しに、西条さんは、そう呟くと、何も言わなくなった。
また私は彼を傷付けたんだ。そう痛感する。
なのに、私は言葉を発する事も、この無言の電話を切る事も出来ずに、ただ携帯電話を耳に当て続けた。
当て続けて数分。

《あきは…俺との事どう思ってんの?》

思いもよらない言葉が私の耳を抜ける。
意識で

自分が今、あの温かいなまりのある方言で、そう言われている。

そう理解するのに数秒かかった。

⏰:09/09/15 04:20 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#435 [あき]
『どうって……?』

一瞬にして、周囲の景色が白くなった。
誰の姿も目に入らない。ここが新幹線ホームの待合室だという事が、ウソのような感覚。


《……遊びだった?》

『……何を今更言ってんの?』


遊びか本気かなんてわからない。

ただ私は、あの時
西条さんとの未来を望んだだけだった。
終わりの来ない現実よりも、新しい未来を掴もうとしただけだった。

⏰:09/09/15 04:28 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#436 [あき]
《……俺の事、好きだと思ってくれてた?》

『………』


《…遊びだったのか?》

『………』


《……何も答えてはくれないんだな。》


溜め息まじりに聞こえる彼の声に、答えられないんじゃない。
どう答えていいかわからなかった。

⏰:09/09/15 04:33 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#437 [あき]
西条さんは、いつも答えを欲しがった。
いつも、いつも、私に愛を求めた。

だけど、私はそれに答えられなかった。

馬鹿な私は、彼が求める答えを出せなかったし、彼が求める愛の形がわからなかった。

どうしたら、彼が納得するのか。
どうしたら、彼が落ち着いてくれるのか。
どうしたら、彼が私を信じてくれるのか。

いつもわからなかった。
答えれば、答える程、彼を傷付けてしまった。
これ以上彼を傷付けたくなかった。
だから、彼が求める答えがわからず、私は何も言えなくなってしまったのだ。

⏰:09/09/15 04:39 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#438 [あき]
《…どうして黙る?……わかったよ…なら、その気がないのに、その気になるような事しといて、見事に、あきにハマってく俺を見て心の中で、笑ってたって事?》


また電話の向こうで、なんだか、声が聞こえる。さすがに、とても、酷い事を言われたような気がした。

自然と涙が溢れる。

溢れた涙が視界を現実に戻した。

突然泣き出したスーツ姿の若い女に周囲の人は驚いた顔で、私を見ている。
無邪気に母親にじゃれてた子供は、ピタリと固まり、私の顔を覗き込む。

そうだ。ここは新幹線ホームの待合室。

なのに涙が止まらなかった。

⏰:09/09/15 04:49 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#439 [あき]
『……馬鹿にしないでよっ。』


私が吐き出した言葉は、彼の心には届かなかった。

《ならどうだって言うんだ!?好きも嫌いも言えないんだろ!?馬鹿にしてんのは、どっちだっ!》

隣に座るサラリーマン風のおじさんは、電話口から漏れる彼の怒りの声に、少し顔をしかめた。
静かに新聞を折りたたみ、私の顔をちらりと横目で確認する。
公共の場所での
若い男女の痴話喧嘩。

いい迷惑な話だ。

サラリーマンはそう目で訴えてきた。

⏰:09/09/15 04:56 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#440 [あき]
『…とにかく、今は話できない。』

涙声が必死に彼を説得にかかる。

《…どうしてっ!》

『ホームにいるのっ…』

《だからっ!》

『…お願いだから、落ち着いてよ…』

周囲の人々は、やれやれと言った顔で、我関せずの体制に入った。

『…また帰ったら電話するから…』

⏰:09/09/15 04:59 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#441 [あき]
《待てない。今、聞きたい。……その新幹線乗る前に、はっきり決めてくれっ。》

彼は、そう言う。

『…何を決めろって言うの?』

落ちた涙も乾き、静かに私は聞いた。
まさかの彼の言葉。
にまた時間が止まる。




《あきと、やり直したい。……あきは?》

⏰:09/09/15 05:03 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#442 [あき]
『……ごめんなさい。』

そう言う事で、彼を傷付ける事はわかっていた。だけど、答えを出せない位なら、もうここで終わらせようと、そう思った。
私の気持ちは、そう判断した。

《…終わりって事なのか?》


『…それでいい…』

そう伝えた私に、彼は言葉を失っていた。

⏰:09/09/15 05:09 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#443 [あき]
『遊びで付き合ってたつもりはなかったけど…貴方がそう思うなら、そう思ってくれていいから…もういいよ…だから西条さんが決めてくれたらいい。』

そう言った。
言ったら、また涙が溢れて来た。
この台詞も、この涙も卑怯だと思った。
だけど、本気でそう思ったし、涙は自然と溢れてくる。

この姿と言葉が
今の偽りのない
―私自身―
だった。

⏰:09/09/15 05:21 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#444 [あき]
《俺に決めろって…どうゆう意味?》


『…散々酷い言葉言われて…やり直したいなんて言われて、はいわかりましたなんて言える訳ないよ。』

《……》

『酷い事言った事わかってるの?傷付いたんだよっ。私。』

《……》

『だから、それが私の答え。』

⏰:09/09/15 05:29 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#445 [あき]
《…ごめん。悪かった…》

この言葉を切っ掛けに、壊れていた私達の時計はまた動き出した。


彼が私に向ける愛が本物なのかどうなのかは、わからないし
私が彼に向ける気持ちが、本気なのかどうなのか、まだわからない。

だけど彼は私を必要として、力付くで私を求めていたし。
私もまた、見えない未来よりも、見える未来に執着していた。


それを幸せだと、また錯覚してしまう。


だけど……

⏰:09/09/15 05:51 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#446 [あき]
もう一つ。

止まっていた時計。

いや…
私が無理矢理に止めた、あの時計。

その時計が、この数日後に、動き出してしまう。

ただ、壊れた時計の修復に気を取られていた私は、動き出した、もう一つの時計に気付きもしなかった…

それがチクタクと、大きな音を立てて、西条さん以上に力強く動き出して。
私の時計を、人生を狂わせた…

⏰:09/09/15 05:58 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#447 [あき]
――――――

重い荷物を肩にかけ、フロアの扉を閉める。
薄暗い廊下を渡り、階段を降りると、淡い光の中に、既にロックの掛かった正面玄関が見える。
警備員のおじさんに、挨拶を済ませると、おじさんは、お疲れ様と労いをくれながら、ガチャリと自動ドアを開けてくれた。
外は、まだまだ蒸し暑い、湿気でどんよりとした空気の中、暗い道程を数百メートル裏手に回る。
朝から置いていた愛車に乗り込み、荷物を助手席にほおり投げるとほっと一息着いた。

⏰:09/09/16 00:58 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#448 [あき]
事務的に、携帯電話を開き、西条さんにメールを打つ。

[お疲れ様。今から帰りますっ!今日は車で出社したから、今から一時間くらいは電話に出れないよっ。]

ニコニコ絵文字も入れてみたりして、気分とは裏腹の文面を無機質に送信した。

仕事を終えた私には、この一時間と記した文面が重要な訳で
自由の身になれる自由でもあるのだ。

あれ以来、彼はより一層私を〈束縛〉した。
片時も携帯電話が離せない生活。
一時でも、彼の着信、受信に返事がないと、彼は狂ったように怒りだす。
私に課せられたのは、事細かい、密なる連絡だった。

⏰:09/09/16 01:12 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#449 [あき]
それは、入浴する時ですら、同じである。

一度、入浴中で電話を受けられなかった。
入浴中に鳴っていた数分間隔の不在着信履歴。彼には、入浴する時ですら報告を要するまでになっていた。

もう、すっかり言い返す気力すら奪われた私は、彼の言いなりでしかなかった。

だからこそ、私が編み出した技はこうして、時間を記す事により、私は自由を得ているのだ。

⏰:09/09/16 01:17 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#450 [あき]
[お疲れ。わかったよ。また帰ったら連絡して。]

西条さんからの受信を確認すると、携帯電話を鞄に入れる。
キーを挿し、セルを回すと、もう年代物の愛車は、ブルンと音を立てて動き出す。
ゆっくりと駐車場から頭を出して、大通りに滑り込ませた。
愛車で出社するのは久しぶりで、この大通りは、なかなかの手強い。しっかりと前を見据えて、車線変更のタイミングを見計らう。
上手く車線変更出来たなら、あとはこっちのもので。
お気に入りのBGMに鼻歌混じりで、ハンドルを握り、煙草に一本火をつけて、至福の時を過ごす。

⏰:09/09/16 01:24 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#451 [あき]
今日どうして、わざわざ許可を取ってまで、愛車で出社したかと言うと話は簡単。

明日からの一週間。
任せられたのは、大きな仕事だった。久しぶりに、大役を任せられたのだ。
数日前、メガネインテリ女上司に肩を叩かれた時には心が踊り、胸が弾んだ。
けれど、日時が近づくにつれ、のし掛かるプレッシャー…
そんなこんなで、結局、私はビビった。
必要以上に集めた資料は膨大な量になった。
結果、それらを持ち帰るには、愛車の出番となってしまったのだ。

⏰:09/09/16 01:46 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#452 [あき]
車を走らせて数十分。すっかり辺りは暗くなり、ライトが眩しさを覚える頃。
私は、ふと思い出す。

『…そういや…あれ、あったっけ?』

些細な日用品。
一人暮らしの身の上では、こんな事はしょっちゅうで、いつもなら、帰路に着く道中、最寄り駅付近のスーパーで購入する事が多かった。
今日もまた、切れかけている日用品をふと思い立つ。

⏰:09/09/16 01:53 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#453 [あき]
『…ま…あそこでいっか〃』

帰り道。
アパートまで、数分の場所に深夜まで開いている薬局を思い出す。
私は、この閃きと同時に、直ぐ様寄り道を決定した。
時折煙草に火をつけて、疲れた体を運転席に沈ませて、私はハンドルを握る。

堕落の底へ突き落とす悪魔が待ってるとも知らずに、私はお気に入りのBGMに合わせて、鼻歌を唄っていた。

⏰:09/09/16 02:00 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#454 [あき]
都会の街並みの渋滞をようやく抜けて、静かな田舎街まで戻って来る。帰路に着いてから四十分。思いの外、早く帰ってこられたようだった。私に残された時間は、あと二十分。
目の前の信号を右に折れると、もうそこは、小さなアパートがある。
その一部屋が、私の住処だ。

あと数分の距離。

私は、そのまま信号手前、薬局の駐車場へと車を滑らせた。

⏰:09/09/16 02:08 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#455 [あき]
なかなか大型薬局なだけあって、広々と作られた駐車場には、ぎっしりと車が停まっていた。俄然、ダルさマックスな私は、出入口付近にスペースを探してみるものの、全て埋まっている。私は仕方なく、建物横手になる、一角。見つけたスペース、やや大きめの両サイドの車に当てない様に、バックで愛車を滑らせた。停めて数秒。

(……ま…いっか…)


西条さんに連絡をしようと携帯電話を取り出してみたものの、これくらいなら大丈夫でしょうと、またバックにしまう。

⏰:09/09/16 02:18 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#456 [あき]
そして、そのバックを見つめて

(…重いし……〃)

そう思った。

私の商売道具とも言えるバックは、まるでドラ○もんのポケットばりに、何でも詰め込まれていた。
その上、今日は集めに集めまくった資料の束が入っている。
我ながら、今日の出来栄えは、腕の関節が外れるんじゃないかと思う程の重量になっていた。
勿論、この重量は、かなりの重要書類や、現金化すりゃ、大金に変わるような代物が詰め込まれている訳で、普段なら無意識に持ち歩いている。
だけど、今日は、たかが数分。
今、この状況で持ち出す程のもんでもないと思えた。

⏰:09/09/16 02:27 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#457 [あき]
私は、財布だけを、そのドラ○もんバックから抜き取り、念の為、バックを助手席の足元に置いた。
さらに、ぐぐぐいっと奥底に押し込む。

(少しだけだし…〃)

車を降りて、ロックをかける。
一応、窓から車内を確認してみると、日の暮れた駐車場で、助手席の足元奥底に押し込んだ黒いバックは、簡単に同化して、見えなくなっていた。

(完璧〃大丈夫だっ!)


私は、財布だけを握りしめて、些細な日用品を目指して、店内へと入って行った。

⏰:09/09/16 02:34 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#458 [あき]
店内に入り、目指す物は、直ぐに見つけられた。

それを手に取り、直ぐ様レジへと向かう。

そして、袋をぶさらげて、駐車場に戻って来た。
愛車の傍に寄り、ロックを外して車に乗り込んだ。



時間にすると…

約五分。

⏰:09/09/16 02:55 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#459 [あき]
鍵を挿し、セルを回して、デッキが淡く光り、BGMがまた流れ出す。

ついたデッキの光りで、車内が見える。

そして、ふと気付く。


車内に広がる
どことなく、何かが違う違和感。



私は、視線を助手席足元に移す。

⏰:09/09/16 03:00 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#460 [あき]
『……あれっ…?』


私は、体をベンチシートに横たえて、腕を伸ばしてみた。

私の手は、空を切る。


『…あれっ??』

体を潜り込ませ、助手席足元を再度覗き込んだ。そして、両手で、そこにあるべき物を探す。

やっぱり両手は空を切った…

⏰:09/09/16 03:03 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#461 [あき]
人間、思いもよらない事が起きると、現状を理解するのに数分時間がかかる。そして、バクンと鳴った心臓を抑えて必死に考える。

『あれ?助手席に置かなかったっけ…後ろだっけなぁ…?』

独り言を言いながら、私は、車を降りて、後部座席を覗き込んだ。
たかが五分前の事。
記憶に間違いはないはずだと思いながらも、もしかしたらと考える。バクバクした心臓を押さえながら、あるべきはずの物を必死に探す。

『…トランクに入れた??』

トランクまで開けてみる。

『一回、家に帰ったっけ…?』

まさかの飛んだ馬鹿発言までして自分に問うてみる。

⏰:09/09/16 03:10 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#462 [あき]
そして、隅々まで車内を探した後、やはり、あるべき物が、忽然と消えた事を理解し。

バクバクした心臓が破裂せんばかりに、早く脈打って、身体中が、ワナワナと震えだし、グルグルと思考が回転し始める。



(…やばいっ…盗られたっ!!!!)



この一件が、私の
逃げられない

―今―

の始まりだった。

⏰:09/09/16 03:15 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#463 [あき]
―――――――

『とにかく落ち着いて。珈琲飲んでみたら?』

珈琲の匂いが私の目の前で湯気立っている。
だけど、私は、震えたまま、訳の解らない言葉を繰り返し、話にならなかった。

『…会社に電話しなきゃ…番号…何番だっけ…やばい…どうしよう…』

さっきから、震える手で、お巡りさんに借りた電話を握りしめ
震える指で、番号を押してはみても、全く見ず知らずの場所へ繋がってしまう。

毎日毎日、嫌という程かけている番号がわからない。

⏰:09/09/16 03:25 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#464 [あき]
『携帯も盗られちゃったし…わかんないよ…』

いい歳こいて、半べそでお巡りさんに訴える。

携帯電話が普及した今、簡単に互いの番号を登録出来てしまう。
今は番号を覚える事をしなくなったのだ。

携帯電話。
現代は、これが全ての情報基準だった。

『会社ならタウンページは?載ってるんじゃないの?貸してあげるからっ』

『…今は時間外だから。その番号は繋がりません…』


私はせっかくのお巡りさんのアドバイスも、震える声で、否定した。

⏰:09/09/16 03:32 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#465 [あき]
だいたいの会社には、表番号と裏番号というのが存在する。

表番号というのは、タウンページに載るような、誰でも繋がる番号だ。ただし営業時間が過ぎると、たとえ、そこに人間がいようとも、だいたいが機械音に変わる。
だから、どこの会社にも、裏番号というのが存在していて、それは、勿論社員しかしらない番号であり、表番号がストップしても、直接繋がる番号なのだ。

『…わかんない…わかんないよ…どうしようっ…』

⏰:09/09/16 03:38 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#466 [あき]
パニックに陥っている私は、その裏番号の番号が、思い出せない。

私達の会社は、日中でも、社員は裏番号に掛けるよう暗黙のルールがあった。
もう何年も毎日毎日、何度も掛け続けた番号なのに、掛ける度に、目にしていた番号なのに、いざとなると、出てこないのだ。

『…とにかく…会社に知らせなきゃ…どうしよう…』

盗られたバックには明日からの仕事の全てが詰まっている。
あのバックが無ければ、私は何も出来ないのだ。そんな事になれば、明日の仕事が駄目になる。

震える指で、必死に番号を押す。
けれども、何度押しても違うどこかへと繋がった。

⏰:09/09/16 03:45 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#467 [あき]
『誰か会社関係の人とか…んー。もしくは友達とかは?わかる人いない?』

お巡りさんは、こんなパニックな人間を何百人と見て来たんだろう。優しい笑顔で、冷静にそう言った。

『会社の人なんて…全部携帯に入ってるし…友達も…番号わかんない…』

頭を抱えて、テーブルに伏せる。

とにかく、バックに入れたままの携帯電話まで盗られた事は、致命的だった。
あの小さな機械一つ無くすと、誰とも連絡を取れない事だったのかと痛感した。

⏰:09/09/16 03:51 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#468 [あき]
『名刺は?持ってないの??』

お巡りさんは言う。

『…あっ!!!名刺っ!!!あるっ!!!』

私は、お巡りさんの一言で微かなに見えた光を見つける。
がばりと起き上がり、震える指で財布を開けた。
だけど、震える指では上手く、探せない。

『もうっ!!』

財布をひっくり返し、バラバラと中身をテーブルの上に散りばめた。お巡りさんは、目をパチクリさせて、私を見ていた。

⏰:09/09/16 03:55 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#469 [あき]
『あったっ…もう一度電話貸して下さいっ…!』

もう、何年も前に貰って。古びてボロボロになって…

すごく大切だった。
私の―御守り―だった。
だけど、もう持ってる事をすっかり忘れてた。
数年前
初めての名刺を。
刷り卸したのその初めての一枚を。
照れ臭そうに渡されたその一枚を。
私は、ずっと持っていた。

…なおちゃんの名刺。

⏰:09/09/16 04:02 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#470 [あき]
たった一枚。
この一枚だけは、財布に入れていた。

西条さんの名刺ですらカードケースに入れてたのに(※盗られたバックと共に紛失)
何故か、なおちゃんの名刺だけは、財布に入れてあった。

震える指で、携帯番号を押す。
久しぶりだとか、何だとか、すっかり忘れてた。


とにかく、助けて欲しかった。

⏰:09/09/16 04:09 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#471 [あき]
―プッ…プルル〜…

《はいっ?もしもしっ》


震える体全身に響き渡る久しぶりの声。

知らない番号からの着信に、よそ行きの声で、様子を伺うように出た彼の声なのに。


すごく、すごく安心した。
そして、涙が出てきた。

『わ…わっ…わたしっ…!!』

⏰:09/09/16 04:12 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#472 [あき]
《…は?》

なおちゃんは、突然の泣いた女の私発言に、驚いた様だった。

『だからっ…わたしっ…どおしよう…ねぇっ…!!』

だけど、そんなの、私は関係ない。
安心して泣きじゃくりながら、必死に伝えようとする。

《…あきかよっ。なんだよ?どうした?》

あの声だ。
私が、大好きだった。
あの声…
安心する…
また涙が出てきた。


久しぶりの嬉し涙だった。

⏰:09/09/16 04:16 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#473 [あき]
久しぶりの電話なのに。何も聞かず、何も言わず、どうしたって聞いてくれた、なおちゃん。


『今、交番にいるのっ…
車上荒らしにあっちゃって…
仕事のカバン全部盗られちゃったのっ。
やばいよ…っ。
どおしよう…
会社の電話番号わかんないっ??
ねぇ…やばいよぉ…!』


《はぁ…?!んなの、俺が知るわけねーだろ。》

⏰:09/09/16 04:21 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#474 [あき]
『何で、知らないのよっ…!!使えねーっ…!とにかく、誰でもいいからっ、私繋がりの子の番号教えてっ!!』


泣きながら必死に訴える。
とにかく、一刻も早く何か打開策を見つけて、会社と連絡を取らなければならなかった。


《はぁ??…あ…ちょっと待ってろっ。》


そして、一件の携帯番号をメモした。

⏰:09/09/16 04:25 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#475 [あき]
メモを握りしめ、必死に冷静さを取り戻していく。

『携帯も盗られて…なおちゃんの名刺持ってたからっ…他の番号誰もわかんない…』

《俺の番号くらい、はいい加減覚えとけよっ。あほう》

優しいなおちゃんは、嫌味たっぷりに、そう言う。

『…とにかく、今は切るから。ありがとっ!』

そう言って一方的に私は電話を切った。

なおちゃんの嫌味は、やっぱり私の力の源なのかもしれない。
私は、この電話を切っ掛けに、冷静に電話を掛け続け、淡々と被害届けの手続きを進めていった。

⏰:09/09/16 04:38 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#476 [あき]
やっとの思いで繋がった、メガネインテリ女上司には、緊急事態に直ぐ様対応してくれた。上司に繋がった事で、また少しだけ冷静さを取り戻す。

この後、社内は、とんでもない大騒ぎになり、帰宅している社員には緊急招集が掛けられて、部署内がひっくり返る程の大惨事な事が簡単に想像できた。

そしてまた、この事態が終焉を迎えた時の私の行く末も見えた様な気がした。

盗られたバックには、一週間分の社の現金はもちろんの事。(※現地での必要経費の立替金)現金化すれば、いい値段で売れる代物。そして…なにより…
顧客データが数百件分の資料。
それら全てが入っていたのだ。

⏰:09/09/16 04:51 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#477 [あき]
もちろん、私の仕事担当柄、それらの事は全て上司も承知の上ではあるが。
一週間分を安易に持ち出した私の責任は大きかった。

更に、そんな莫大な物を持ち歩いている事に慣れてしまっていた私の少しの気の緩み。

たかが五分の気の緩み…

こんな事態を巻き起こしてしまったのだ。
今更ながら、会社に与える損害は計り知れない。

交番で、お巡りさんに質問されるがまま答えていく間。
淡々と被害届けの手続きが進む間。

頭の中は、後悔と絶望しか残らなかった…

⏰:09/09/16 04:56 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#478 [あき]
『で?後は?個人的な物もあるんじゃないかな?』

お巡りさんに聞かれて、はたと気付く。
そうだ。私自身の無くした物もある。

『…携帯と…化粧ポーチ…あともう一つ、薬とか入れてるポーチがあって…あとは……』

事細かく、どんなサイズだったのか、どんな色だったのか、何が入っていたのか、全て聞かれる。

あのバック一つの被害物品は、紙切れ四枚にも綴られた。

⏰:09/09/16 05:01 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#479 [あき]
薄っぺらい紙切れ四枚に、一つ一つサインをして、拇印を押す。

外の駐車場では、若いお巡りさんが二人掛かりで、まるでドラマで見たワンシーンのように、耳かきのような物で、私の壊された愛車の鍵穴と睨めっこしていた。

『バック…見つかりますか?』

『ん…どうだろうね。』

『犯人…捕まりますか?』

『…捕まえたいねっ。』

『そうですか…』


虚しい会話。

⏰:09/09/16 05:08 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#480 [あき]
結局、こんな事をしたって、盗られたバックを探してくれる訳でも、盗った犯人を捕まえてくれる訳でもない。
ただの形式で。
結局は泣き寝入りなのだ。
損害額は借金となり、どうせ、私はクビになる。
盗られたあのポーチだって。
あのポーチの中に入れてたあれだって…
私には、大切な思い出の品物ばかりだった。
私の宝物だった。
なおちゃんがくれたあの麻のストラップだって…無くなった。

『…犯人が憎い…』

ポツリと呟いて、今度は悔し涙が零れた。

⏰:09/09/16 05:13 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#481 [あき]
『…気持ちはわかるよ。酷い事をしたもんだよね。』

お巡りさんは、そう言って、私の目を見つめた。

『…見るからに、会社の物だってわかるじゃんっ!…盗られた者の人生狂わせると思わないのかなっ…』

お巡りさんに、当たっても仕方のない事だとは解ってはいても、このやり場のない怒りをどこに持って行けばいいのか、わからなかった。

『そんな良心がある奴は、こんな犯罪をそもそもしないよ…。』

お巡りさんの言葉に、私は何も言えなかった。

⏰:09/09/16 05:19 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#482 [あき]
結局、私はプロに狙われていたらしい。
あの日、私が隙間を埋める様に駐車したあの時から、私はカモだったのだ。
あのスペースは、防犯カメラの死角になっていた。横、数台と私の車だけが映らないのだ。両サイドを埋めて、カモが止まるのを口を開けて待っていたのだ。
そこに私がやって来た。
駐車し、バックを助手席にしまい込み、手ぶらで店内へと消える。
犯人達はニヤニヤとそれを見ていたんだ。
お巡りさんに、両サイドの車を覚えてはいないかと聞かれた時、あのスペースは、過去に何度も被害者が出ていた事を、後になって知らされた。
そう言われてみれば、あの時、私が、青ざめて薬局に飛び込んだ時、店長らしき人は淡々と電話機を差し出しただけだった。
店も解っていながら、何の対策も取っていなかった。
私にすれば、あの店もグルだ。

今となれば後の祭り―…

⏰:09/09/16 05:31 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#483 [あき]
両サイドを埋めて、カモが止まるのを口を開けて待っていたのだ。
そこに私がやって来た。
駐車し、バックを助手席にしまい込み、手ぶらで店内へと消える。
犯人達はニヤニヤとそれを見ていたんだ。
お巡りさんに、両サイドの車を覚えてはいないかと聞かれた時、あのスペースは、過去に何度も被害者が出ていた事を、後になって知らされた。
そう言われてみれば、あの時、私が、青ざめて薬局に飛び込んだ時、店長らしき人は淡々と電話機を差し出しただけだった。
店も解っていながら、何の対策も取っていなかった。
私にすれば、あの店もグルだ。

今となれば後の祭り―…

⏰:09/09/16 05:32 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#484 [あき]
もう二度と、車の中に荷物は置いては行かない。

あの事件がなければ、今も、私は仲間に囲まれて、笑い合いながら、大好きな仕事をしていた。

あの事件が無ければ、封印していた、なおちゃんへの想いが、溢れ出なかった。

あの事件がなければ、西条さんを、こんなに壊しはしなかった。

あの事件が無ければ。
私の、こんな―今―は無かった。

そう思う。

また一つ。
私は、人間の汚いエゴによる犯罪被害で。
一生涯消える事のない傷を追った。

⏰:09/09/16 05:41 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#485 [我輩は匿名である]
読んでてすごく悲しくなってしまいました…

これからの展開も楽しみにしてます

⏰:09/09/16 13:29 📱:P904i 🆔:GllBguhA


#486 [あき]
匿名さん、ありがとうございますI
―――――――

交番に来て、もうどれくらいの時間が経ったのかわからなかった。
冷静さを取り戻した私に与えられた形式的な手続きは、淡々と続いた。
壁にかかった時計が、時間の流れを教えてくれる。

―ガチャ

交番の出入口が開く。
お巡りさんが、突然の訪問者に視線を移す。釣られるように何気なく、私も背中を翻えし、出入口に顔を向けた。


『…ど…どうしたの?』

思いもよらない訪問者だった。

⏰:09/09/16 22:58 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#487 [あき]
『大丈夫なのか?』

『…だ…大丈夫な訳ないじゃんかっ……悲惨だよっ…』

その姿を見た瞬間
張りつめていた胸がパンと弾けた。
また涙が溢れる。

『まだ泣いてるのかよっ〃』

『……来てくれたんだっ…』

『仕方ないだろっ。』


憮然とした顔で、仁王立ちしたスエット姿の、なおちゃんが―…

そこにいた。

⏰:09/09/16 23:05 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#488 [あき]
そのまま、なおちゃんは、お巡りさんにペコリと頭を下げると、私の背中の後ろに立つ。

無意味に泣き出す私に、しっかりしろと、小さくパンチした。
その手は暖かくて、優しくて、私の全身を安堵させた。

お巡りさんの、どちら様?の質問に、私は友人ですと答えるのが、精一杯で。
お巡りさんは、ニコリと微笑み、では続きをしましょうと書類に目を移した。

なおちゃんがいる―…

私には、この耐え難い空間を、たったこれだけで。
乗り越えられた気がした。

⏰:09/09/16 23:11 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#489 [あき]
突然のなおちゃん登場から数十分で、全ての手続きが終了。

『では、また何かあれば連絡しますので。遅くまで引き留めましたね。』

『お世話になります…』

私は頭を下げて席を立った。
相変わらず、私の後ろで、仁王立ちをしていたなおちゃんに、視線を移すと、小さく息をして、外に出る。
振り返り、再度頭を下げて、私は彼の背中を追うように外へ出る。
空には、どんよりした厚い雲が覆っていて、無言で歩く私達の間を生ぬるい風がすり抜ける。
空の下月明かり。
目の前をぺたぺたと歩くなおちゃんの背中に…泣けてきた。

⏰:09/09/16 23:23 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#490 [みみ]
>>212-500

⏰:09/09/16 23:29 📱:P905i 🆔:☆☆☆


#491 [みみ]
>>430-500

⏰:09/09/16 23:51 📱:P905i 🆔:☆☆☆


#492 [あき]
『…わざわざ、ごめんね』

小さく呟いてみた。

わざわざ、数時間の道程を私の為だけに来てくれたスエット姿のその背中は、見ず知らずの誰かに無惨にも壊された痛々しい鍵穴。そしてその後、警察によって粉まみれになった。私の愛車…いや、かつての自分の愛車をじっと見つめ…どあほうと呟いた。
しばらくじいっと見つめて、何かを納得したのか、またぺたぺたと歩きだし、くるりと振り返ると、少し垂れ目の、なおちゃんの目が私を見つめる。

『ほらっ…お馬鹿ちゃん!帰るぞっ。!』

そして、そう言った。

⏰:09/09/17 03:38 📱:W64S 🆔:/KbGF3KQ


#493 [か]


…age…
この小説ダイスキです

⏰:09/09/22 20:06 📱:SH904i 🆔:☆☆☆


#494 [我輩は匿名である]
あきサン!
また読めるなんて感激です!

あなたの打つ文章に
一喜一憂し
1からファンな匿名です(笑

あきサンのペースで
頑張ってくださいね☆

⏰:09/09/23 13:03 📱:SH906iTV 🆔:VfwOywow


#495 [あき]
かxさん。
匿名さん。

いつも、ありがとう。

⏰:09/09/24 22:37 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#496 [あき]
『よくわかったね。』

月明かりの下、愛車を駐車場に入れると、壊れた鍵を見つめながら私は、力なく笑った。
アパートの前、先に着いた、なおちゃんは、私に歩み寄り、ふっと優しく笑う。

『勘??』

私は笑える力なんて残ってはいなかったけど、笑ったと思う。

『…そうっ〃』

車の前、二人並んで立ってみた。


久しぶりの、なおちゃんの横は。

心地良かった。

⏰:09/09/24 22:47 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#497 [あき]
『……せっかくだから…入る?』

私は玄関を指差し言った。

『……どちらでも。』

なおちゃんは、そう言いながら、愛車を眺めた。
本当は一人になんてなりたくない。
誰か傍にいて欲しい。
このままじゃ、またなおちゃんに甘えてしまう。
だけど…私の口からはそれが言えなかった。
たった一言のそれが。


『………』
『………』

無言のまま、生ぬるい風が私達の間をすり抜ける。
相変わらず、鍵穴を見つめ、ぶつぶつと、何かを呟いているなおちゃんの背中を見つめていると、突然へなへなと力が抜けた。
駐車場に座り込み、顔を両手で隠して。
また泣けてきた。

⏰:09/09/24 22:53 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#498 [あき]
『なんだよっ…。ったく。』

『だって……どうしよう……』

職場に与える損害額。
それに基づく、私の行く末。
余りにものショック。
胸中はかきむしられる位の不安で不安で。
私の小さな小さな肝っ玉は破裂する。
また泣けてきた。

『…うぜーっ!〃』

なおちゃんは、駐車場に座り込む私の背中をパチンと叩く。

⏰:09/09/24 22:59 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#499 [あき]
『仕方ないから、珈琲の一杯くらい付き合ってやるよ!ほら、立てっ!』

『……うんっ…』


なおちゃんは、慣れた手つきで、ポケットから合鍵を出した。
カチャンと鍵を開けると、慣れた手つきで電気をつける。
私は、呆然と、廊下を突き進みリビングの電気をつけた。
そんな私に、何も言わず、なおちゃんは、どかどかと部屋に上がると、キッチンに立った。
私はフラフラとソファーに座り込み、ただ、なおちゃんが立てる、インスタント珈琲の匂いに包まれていた。

⏰:09/09/24 23:04 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#500 [あき]
ソファーに二人並び、無言で座る。
ポロポロ流れ出す涙を抑えられない。
そんな私に、なおちゃんは、ただ無言で、隣に座っていた。
どうしようもない悲しさと、どうしようもない不安だけなのに。
何故か暖かい時間が流れた。

『いつまで泣いてんだよっ!』

『…だってぇ…』

『泣いたって何も変わらないだろっ。』

『わかってるけどぉ…』

⏰:09/09/24 23:32 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#501 [あき]
『あきが悪い!カバンなんて車に置くかぁ?相変わらず馬鹿なんだからっ。』

『…わかってるよぉ…』

『だーっ!!うぜーっ!〃』

口は悪い。
慰めたってくれたっていいじゃん。

大丈夫だよって、言ってくれてもいいじゃん。
優しい言葉なんて
何にも言わない。

言わないけど。

いつもいつも
私がピンチの時には、スーパーマンの様に現れて。

私が泣いてると
傍にいてくれる。

それが、なおちゃん。

⏰:09/09/24 23:37 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#502 [あき]
そんな、なおちゃんの優しさが好きだった。
そんな、なおちゃんの全てが好きだった。
そんな、なおちゃんだって、わかってたのに。
なのに私は、求めるものが強すぎて。
そんな自分に負けた。

『てか、他に電話する所ないのか?会社は?もう大丈夫なのか?』

なおちゃんの言葉で、はたと思い出す。

⏰:09/09/24 23:43 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#503 [あき]
『あ……やばい…』



西条さん。

最後に連絡をしたのは、もう何時間も前。
私は[一時間]という期限を切ったメールが最後だった。
あれから、私は、車上荒らしに合って、パニックになって、交番に連れてかれて、何時間も拘束されて……
そして、今、なおちゃんと二人で帰ってきた。


もう真夜中だ。

⏰:09/09/24 23:46 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#504 [あき]
ソファーから起き上がると、バタバタと寝室に駆け込む。
引き出しを、ひっくり返して、書類を引っ張りだした。

『電話番号…電話番号……!!』


もちろん、携帯電話がない今、西条さんの番号すらわからない。
確か、この引き出しに入れたはずだと思えたボックスを漁ると、乱雑に折り曲げられた、書類が出てきた。

『あった!!』

彼の会社の番号。

ドタバタとリビングに戻って、なおちゃんの胸ぐらを掴む。

⏰:09/09/24 23:50 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#505 [あき]
『ちょっ!!携帯!!貸してっ!!!』

私は、差し出された携帯に、彼の会社番号をプッシュする。
確か、前に聞いた事がある。夜勤の人がいるから、いつでも電話は繋がると。
祈るような思いで、私は携帯を握りしめた。

数回のコールで、夜勤の誰かに繋がる。

勿論、それは西条さんの声ではなかった。
名前を名乗り、西条さんの所在を尋ねる。
案の定、彼はとっくの前に帰社していた。

⏰:09/09/24 23:55 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#506 [あき]
『恐れ入りますが、急用なので、連絡先を教えて下さい。』

そう伝える私に、電話の向こうの誰かは、簡単に、西条さんの携帯番号を並べてくれた。
お礼を言って、慌てて電話を切る。

直ぐ様、また、その11桁の番号をプッシュした。

これが、彼の天敵(勝手にそう思っている)なおちゃんの番号だとか、なんだとか、考えちゃいない。
とにかく、焦っていた。

⏰:09/09/24 23:59 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#507 [あき]
呼び出し音が緊張を増す。
なかなか繋がらないコールは留守番電話に繋がった。

『お疲れ様ですっ。あきです。いろいろあって、連絡出来ませんでした。また連絡します』

そうメッセージを残す。
助かった…
正直、そう感じる。
苦笑いをしながら、なおちゃんに携帯を返した。
すると、直ぐ様、なおちゃんの携帯電話が鳴り響く。
画面を見つめ、私に手渡す。

『あきじゃねーの?』

画面を見ると、おそらく先程私がプッシュした、西条さんらしき番号。

『…ごめっ。借りる!』

私は、慌てて通話ボタンを押した。

⏰:09/09/25 02:50 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#508 [あき]
『もしもしっ…』

《ああっ?》

明らかに不機嫌な西条さんの声は、私の心臓をえぐり抜いた。

『…ごめんなさい。』

《…何回掛けたと思ってんだよっ。電源切って、何してんだよ!?何?この番号?》

私の話はさて置き、彼はまず怒りを私にぶつける。

『帰りにね、寄り道したら…車上荒らしに合って。携帯盗られた。これ、今、借りてるの。』


《はあ??》

『…だから…交番に行ってて……』

⏰:09/09/25 02:55 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#509 [あき]
《それならそうと、電話してこいよっ!!》

『だからっ…携帯も盗られちゃって…パニックなっちゃって…連絡忘れてた…。ごめんなさい…』


あの時。
なおちゃんの顔はすぐに思い出せても。
西条さんの事は、すぐに思い出せなかった。


《で?今どこにいるの?》

『家。で、さっき会社にかけたの。西条さんの番号教えて下さいって…』


なおちゃんに迎えに来てもらったなんて、死んでも言えなかった。

⏰:09/09/25 03:00 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#510 [あき]
それから、西条さんは、何やらごちゃごちゃと御託を並べた。

どれだけ、心配したか。
とか。

何をしてんだ。

とか。

警察にはきちんと出来たのか。

とか。

私は、ただ返事をするのみで

私のこれからの行く末なんて。
私の不安なんて。
私の涙なんて。

気付いちゃくれなかった―…

⏰:09/09/25 03:03 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#511 [あき]
『…じゃ。明日にでも、また携帯買うから。そしたら、また連絡します。』


《わかった。とにかく、今日は早く寝るんだぞ。》

『…はい。』


電話を切ると、溜め息が出た。
何かが違う。
その何かが、わからないけれど。

何かが違った。

なおちゃんに携帯電話を返すと、ボスリとソファーに座る。


もう、何もかもを壊してしまいたかった…

⏰:09/09/25 03:07 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#512 [あき]
『…なおちゃん…私、これからどうしたらいい…?私、どうなんだろうね…』

黙ってテレビを眺める彼に、そう呟く。
仕事の事。
西条さんの事。
見えない暗闇に
私は立たされたようだった。
今にもポキンと折れてしまいそうだ。
そんな私に、なおちゃんは

『さぁっ…』

視線をテレビに移したまま、そっけない返事。だけど、私の横に、しっかりと座っていて。
ただ、不安と恐怖に脅える私を、見えない手で、しっかりと支えてくれていた。
肌で感じるその空間。
そして感じてしまう。

私達の止まっていた時計が静かに動き出してしまった事に―…

⏰:09/09/25 03:16 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#513 [あき]
この小説大好きです!
続きが気になります♪
待ってまーす

⏰:09/09/25 19:18 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#514 [あき]
あきさん、いつも有り難うI
――――――

時計と、テレビの雑音だけが聞こえる部屋で、私はソファーに横たわった。

自然と瞼も重くなる。

自分でも知らないうちに、心も体も、すごく疲れていた。

自然と体中の力が抜けて、クッションを抱えてソファーに横たわった私に、おちゃんは、ありえない姿だと笑ってた。

本当に、本当に自然な時間だった。

⏰:09/09/27 15:35 📱:W64S 🆔:CejYoAqQ


#515 [あき]
『…ねーっ…明日から、私どうなんだろぉねぇ…』

『さぁ。』

『損害は大きいだろうし…間違いなく、クビだろうなぁ…』

『かもなー。』

『……あぁ〜あ。お先真っ暗!!!』

⏰:09/09/27 15:38 📱:W64S 🆔:CejYoAqQ


#516 [あき]
憧れたこの職業。
いざ就いてみると表側のイメージとは裏腹に、とにかく大変で。
沢山いた同期も次々と辞めていった。
それでも私は歯を食い縛って耐えてきた。
年数を重ねる事に、与えられる仕事は、大変さを増すばかりで、やりきれない思いも沢山した。会社、上司、仲間…不満は沢山あった。
だけど、この私が愚痴は一切溢さなかった。
それだけ楽しかったんだと思う。つい漏らす不満に〈疲れた〉とは言っても、〈辞めたい〉そうは言わなかった。思わなかった。

大好きな仕事だった。
だけど。もう終わりだろう。そう感じる。

⏰:09/09/28 18:37 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#517 [あき]
『……クビだろうなぁ……。』

自然と漏れたその言葉に涙が溢れてきた。

『そーかもな。』

おちゃんはたった一言そう言った。

『…クビになる前に、辞めっかな…』

また涙が溢れてくる。
自分の馬鹿さ加減に
悔しかった。
悲しかった。

『ふーん。』

なおちゃんは、また何も言わなかった。

妙な慰めも、妙な励ましも何もなかった。
だけど。私の言葉を全て飲み込んでくれ。
ただ、ただ傍にいてくれた。

⏰:09/09/28 18:44 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#518 [あき]
そのまま、何時間。
二人で過ごしたんだろう。ただ、私はソファーに横たわり、時折呟くように言葉を発して涙を流した。そしてそんな些細な呟きに、慰めも励ましもないただ単調な返事を繰り返すなおちゃん。そんな彼から久しぶりに言葉が発っせられる。

『てか、もう朝ですけど…?』

カーテンの隙間から、光が指してきて、蝉がミンミンと煩くなった。また今日も蒸し暑くなりそうだと予感させた。カーテンの隙間の外を眺めるように私は答えた。

『みたいだねー…』

私には、熱い釜にふつふつと沸き上がり、地獄への門番が、ニコニコしながら私を迎え入れているような…地獄への入口が開いた。そんな景色だった。

⏰:09/09/28 18:55 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#519 [あき]
なおちゃんは、んーと背伸びをして、ソファーから立ち上がった。

『俺帰るぞっ。』

なおちゃんが帰る。
無性に寂しくなった。
だけど、そこは言えないし、気分はそれどころじゃない。

私は立ち上がる所か、返事する気力すら失われて、片手を上げてピコピコと返事をした。


『ったく…シャキッとせんかいっ!!』

⏰:09/09/28 19:08 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#520 [あき]
突然そう言って、私の片腕を引っ張り上げる。引っ張り上げられた腕の拍子に私はくるりとソファーに座った。

『ちょっと!痛いしっ…!やめてよっ。』

私は、腕を振り払って、またソファーに横たわる。

『おいっ。ったく…でぶでぶしやがって…〃』

なおちゃんは、そんな私になにやら言葉を間違いながら笑っていた。

『…でぶでぶじゃなくて、ゴロゴロでしょ…間違ってますから…』

相変わらずの口の悪さに、言い返す気力すら奪われた。

⏰:09/09/28 19:15 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#521 [あき]
『でぶーっとして、本当見苦しいぞっ。』

『……うっせ。どうせ、デブですからっ…。』

そんな私に、なおちゃんは、よくわかってるじゃないかと、何やら勝手に満足をして、ふむふむと納得をした。

『ほれっ!いい加減に起きろ!仕事行けっ!』

そして、私の背中をパチンと叩く。
その力は、かなり本気なのか、叩かれた背中はヒリヒリした。

『痛いっ!!』

⏰:09/09/28 19:19 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#522 [あき]
『…いつまで、ぐじぐじ言ってんだよっ。』

今になってヒリヒリした背中が熱を帯びて暖かさを感じる。

『…わかってるよ…』

ソファーに座り、立ち上がったままの彼を見上げる。
泣きすぎて、化粧もぐちゃぐちゃで、目も顔もパンパンに腫れて、もう、見るも不様なぶさいくな顔。
鼻水ですらズルズルになった私の姿。
そんな私の目をまっすぐに見つめ言った。


それは、私が欲しかった。

全ての言葉が詰まっていた何よりの言葉。

⏰:09/09/28 19:35 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#523 [あき]
『まぁ、こんな事でクビになんて、ならんとは思うけど。もし、クビになったら…次の面倒くらい見てやっから。
だから…安心しろ。
行ってこいっ。』

そう言って、なおちゃんは、じゃあな。ブサイクちゃんと言ってリビングを後にした。
私は突然の言葉に、うんうんと返事をしながら、溢れる涙が止められなかった。
ガチャリと玄関が閉まる音がして。
その音に、私は言いそびれた言葉を言う。

『…ありがとうね…なおちゃん。助かった…』

⏰:09/09/28 19:50 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#524 [あき]
私は、顔をバシャバシャと洗って、真新しいスーツに袖を通し、玄関を飛び出す。

胸に響く彼の言葉。
『大丈夫だ』
『安心しろ』

この二言が流れ続けた私の涙をピタリと止め、彼の温もりが支えとなってくれていた。

⏰:09/09/28 19:58 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#525 [あき]
ただ、なおちゃんが傍にいてくれるだけで。
私は救われる。
他の誰でもない。
なおちゃんなんだ。
誰も変わりは出来ないんだ。

どんなに心細くても。
どんなに悲しくても。
どんなに不安でも。
彼が傍にいてくれるだけで。
私は、それだけで、安心した。

そして…彼の言葉ひとつで、私は強くなれる。

どうして。
私は、なおちゃんじゃなくて。
西条さんを選んだんだろう…。

⏰:09/09/28 20:06 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#526 [あき]
重い気分の中、私は会社の重い重い扉を開いた。昨夜の緊急招集の慌ただしさが、まだ残る社内に、数名の上司が残っていた。

社内の空気が、ピシリと走り、そして上司達の視線が私に突き刺さる。
真っ直ぐに所長のデスク前へと向かい、頭を下げた。

『…この度は申し訳ございませんでした。』

頭を下げ、泣いてはいけないと自分に言い聞かせ、ただひたすら頭を下げた。

⏰:09/09/28 20:10 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#527 [あき]
『うん。警察は、大丈夫なのかな?』

『…はい。被害届けは出して来ました。』

『そっか。とにかく、詳しい話はまた後にして、今日からの一週間の書類は、改めて集めなおしたから。とにかく、君の代わりがいないから、気持ち入れ替えて、今から行ってくれっ。新幹線。間に合うよな?』

上司は、精一杯の優しさを私に向ける。
私の運命は、この一週間の仕事を終えた時に決まるんだと感じる。

『…はい…。行ってきます。
申し訳ございませんでした。』

私は、上司に再び頭を下げて、次にインテリメガネ女上司のデスクの前に立った。

⏰:09/09/28 20:15 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#528 [あき]
『…申し訳ございませんでした。』

再び、同じ台詞を言いながら、精一杯頭を下げた。
いつも、ピシリとしていたインテリメガネ女上司の髪が乱れているのは、昨夜の大騒動の表し。

『とにかくっ、間に合って良かった。もう三十分報告が遅れてたら、コンピュータシステムが落ちちゃうから、もう手遅れだったんだから、もっと大変な事態になってたわよ!』

『…はいっ…。申し訳ございません…』

インテリ女上司は、そんな私に、苦笑いをしながら、肩をポンと叩いて

『後の事は任せなさい。大丈夫よ』

と小さく笑った。

⏰:09/09/28 20:21 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#529 [あき]
だけど、彼女の《大丈夫よ》は、全く効力を示さなかった。

いや。
彼女なりの大丈夫よ。は…
うん。
大丈夫だったんだ。

だけど。
それは

私にとっては、地獄の始まりにしか過ぎず。

益々、私の運命を狂わせた。

⏰:09/09/28 23:20 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#530 [我輩は匿名である]
あげ 

⏰:09/10/02 11:58 📱:PC 🆔:☆☆☆


#531 [あき]
匿名さん。ありがとう!
――――――――

『なんで辞めないの?』

今突然に、そう言われた言葉を、私はかみ砕き理解するのに、少しの時間を要した。

『…え…?』

『おかしいでしょ。』

『……』

あの事件の翌日から一週間。
予定通り任せられた大役を何とか果たして、出社。後処理的デスクワークに追われ、一息着いたお昼過ぎ。
偶然にも出くわした同部署先輩に…突然にそう言われた。

⏰:09/10/02 23:50 📱:W64S 🆔:oKiBhd.g


#532 [あき]
『聞いたけどっ。大変な事しでかしたみたいじゃん』

ついさっき、廊下でバッタリと出くわした彼女。すれ違い様、会釈をする私を呼び止めてそう言った。

『…はい。ご迷惑おかけしました…』

私は、頭を下げる。
もっぱら部署内、いや、社内で、あの事件の話は出回っていて。
私は、頭を下げる。
事情を聞かれる度に、同じ話を何度も繰り返し、頭を下げた。
そして、また彼女もそう声をかけてきたのだ。私は立ち止まり、頭を下げた。
そして、たった今の発言に繋がる。

⏰:09/10/02 23:56 📱:W64S 🆔:oKiBhd.g


#533 [あき]
『…けっこうな損害でしょ?』

『…まだ正式な金額は割り出されてないんですけど。恐らくは。』

盗まれたのは、現金はもちろん。
売れば、いい値がつく代物に。
顧客の個人データ。
その他諸々は、金額で換算すると、おそらくは、とんでもない金額になるだろう。
もちろん、そこには、紛失さた事により、再度、集め直した経費も含まれる。
単純計算しただけで、私の給料では追いつかない位の損害額、経費だった。

⏰:09/10/03 00:04 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#534 [あき]
『…ならさぁ。かなりの迷惑かけたのはわかるよね?』

『…はい。』

『なのに、どうしてまだいるの?』

『……』

『辞めないの?普通は、辞めるよね?』

『……すみません。』


彼女は、私を見つめる。その冷たい目に私は恐怖を覚え、ただ俯き、頭を垂れた。

⏰:09/10/03 00:07 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#535 [あき]
『…どうして、あの仕事行ってんの?どうして、まだ来てんの?どうして仕事が決まってんの?』

『…すみません…』


私は、何度も頭を下げた。

確かに、あの事件の翌日。
変わる事なく、私は大役の案件を任された。
外されるのは覚悟していたが、何故か私がそのまま担当したのだ。
それどころか、その案件が一段落ついた今も、他にも抱えていた担当、案件、一向に外されず気配もなく。
私は、相変わらず毎日出社しては、与えられた仕事を、何とかこなす日々だった。
私自身が戸惑いの日々だったのだから、この質問は致し方ない事だろう。

⏰:09/10/03 00:15 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#536 [あき]
『…正式な損害額が出るまでは処分は保留って事だと思うんです。私も、その覚悟はしてます。』

恐る恐る目を見つめ、相変わらずの冷たい目に、そう返事する事で、古の場をやり過ごそうとそう思った。

『ふーん…』

その覚悟とは、もちろん、責任問題による…依願退職と名のつく首切りだ。

『…それまでは任された仕事は最後までやり遂げるつもりです。』

⏰:09/10/03 00:23 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#537 [あき]
『あっそう…。でもさ、普通は!担当辞退するよね?今のこの状況ならさ。』

念を押すようにそう言う彼女に、私は、ようやく、彼女の本来の目的を理解をする。

『…そうですね…申し訳ないです。それも考えておきます…』

彼女は、当たり前でしょうと最後に言い残し、冷たい目のまま、去って言った。
その背中に、お疲れ様でしたと挨拶を投げ掛けた。
廊下を曲がり、部署内へと消えた彼女。
その途端に全身の力が抜けて、へなへなと廊下に座り込む。
だけど、廊下を歩く彼女のヒールの音がいつまでも耳にこびりついて、握り拳に力が入っていた。

⏰:09/10/03 00:32 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#538 [あき]
この大不況。
勿論、私達の業界にも、その煽りは的目で。
年々、私達の仕事は減り続けた。

この業界の私が就いた専門職種。
給与体形は、どこでも同じだろう。
基本給の上に、担当案件一本につき、それぞれ成功報酬。
その他諸々の手当が計算される。
一本単価は微々たる物でも、一ヶ月間積み重ねればなんとやら…。
月々の収入には、かなり影響する。
安月給の私達には、担当案件の数が命取りになるのだ。

それだ。
彼女はそれを言っている。

⏰:09/10/03 00:51 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#539 [あき]
世の中、弱肉強食だ。
これは、動物界だけの話ではなく。
人間の世界にも当てはまる。

強き者が生き残り
弱き者は食われて、散る。

私は、牙を向けられたのだ。

餌が豊富にあった草原は、日照り続きで食料は年々減っていった。
空腹に我慢が出来なくなった動物達は。
仲良く暮らしてきた仲間ですら、牙をむき出し…弱き仲間を食う。

⏰:09/10/03 17:42 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#540 [あき]
今、牙を向けられたのは私。
草原を取り仕切ってきた強者王者が。
次に餌を求めて目をつけたのは…

傷を追い、血を流しながら小さく丸まり洞穴で生死をさ迷う弱った仲間。

それに、ここぞとばかりに牙を向けたのだ。


……

今度は私が喰われるんだ。


そう直感した。

ある日突然、王者に食い付かれ。
逃げるヒマも反撃する間もなく…
喰われて散った仲間達。

皆の顔が浮かんだ…

⏰:09/10/03 17:54 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#541 [あき]
一息ついて、深呼吸して、扉の前に立つ。
窓ガラスの向こう。
皆が忙しそうにカチカチとパソコンと睨み合っていた。
ノブに手をかけて扉を開く。その扉はとても重かった。
静かに開いた扉。
一瞬、皆の視線が自分に向いた気がする。
びくりと体が強ばった。
それでも、私はデスクの間をすり抜けて、自分のデスクに座る。

カタカタカタカタ―…プルルプルルプルル―…

今まで何気なく聞いていた心地好い音。
それが今は
頭をガンガンと打ち付けていた。

⏰:09/10/03 21:22 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#542 [あき]
―――――

『それでね…今日…』

真新しい携帯に掛かってきた、日常的な夜の恒例西条さん電話。
私は、今日のあの出来事を伝えようとした。

いや、聞いて欲しかったのかもしれない。
何時間も前からタイミングを見計らっていた。
そして今。
一方的に話続ける彼の話の中で、やっと見つけ出したタイミング。
思い切って、切り出した。

⏰:09/10/03 21:36 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#543 [あき]
《んぁぁ?》

『今日、実はさ…』

《…あー!また明日俺、○×だしっ!》

『あ…そうなんだ!大変だねぇ〃』

西条さんは、私の声に返事をするや否や、被せるように、突然また自分の明日の仕事の話にすり替える。

いや、本人はすり替えたつもりはないんだろう。

いるよね?こうゆう人。基本、人の話聞かないってゆうか…。目に入ったもの。思い浮かんだもの。そのまま、突然に口に出す人。

彼もまたそのタイプだった。

⏰:09/10/03 21:39 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#544 [あき]
また私の話は腰を折られた形になり…
彼の話の聞き役に回る。

『そっか…大変だねっ…。』

《ったく!人使い荒いって思わないか?》

『あはは…そだね〃』

ねぇ。西条さん。
気付いてよ。
私のこの気持ち。

今、私ね。
大好きな仕事で
大失敗してさ。
すごく落ち込んでるの。すごく悲しいの。

聞いて欲しいんだ…
私の話を…

⏰:09/10/03 21:44 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#545 [あき]
《で?あきは?あれからどうなった?》

『あ…うん…。結構大変かもっ…。』


またこれも突然に、彼がそう言った言葉。
だけど、彼もまた、きちんと私の事を心配してくれている事が嬉しかった。

《話はついたの?》

『まだ…損害額が、まだ決まらないみたいでさ〃』

《そっか。》

⏰:09/10/03 21:47 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#546 [あき]
《まぁ、仕方ないよな。じゃ、俺、そろそろ寝るわっ!》

『え…あ…うんっ。』

《あきも早く寝ろよ!携帯は耳元に置いとけよっ!》

『うん。わかってるって…』

《あきは、ほっといたらすぐ、遊びに行くから!あはは〃じゃ、また朝電話するなっ!おやすみ〃》

『うん。おやすみ。』


そう言って、一瞬にして電話は切れた。
私の話題は、たった三十秒。―仕方ない―
の一言で片付けられて。終わった。

⏰:09/10/03 21:53 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#547 [あき]
切れた携帯電話を見つめて、深い溜め息をつく。

本当は、気付いていた。
彼と過ごす期間が長くなるにつれ。
彼が私に求める事と。
私が彼に求めるものは、大きく掛け離れていて…
だけど決して彼は私を離そうとはしなかったし。
私も一人になるのが怖かった。
未来が欲しかった。
だから。
私は私自身を圧し殺す事で、彼に愛され続ける事を選んだのに。

今更彼に何を求めたんだと。
そして、自分を恥じた。ふっと笑みすら零れる。

⏰:09/10/03 22:05 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#548 [あき]
西条さんは。
初めからそう。

あの日―…

不安で泣いていた私に、言葉をかけるのではなく。電話が繋がらなかった事に怒り狂っていた。
泣いている私には気付きはしなかった。

そして、事態を理解した後も―…

私の先を案ずる事よりも。
無くした携帯電話。
明日からどう連絡を取るんだと。
そう案じたんだ。

私自身ではなく…
私との連絡を。
心配した。

⏰:09/10/03 22:17 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#549 [あき]
いつしか彼にとって私は。

あきという[彼女]であり。
一人の人間[あき]ではなかった。

そう気付いていたのに。
私は。彼から離れられなかった。
愛情?
……
情?
……
違う。
孤独から。

私は彼を選んだ。

⏰:09/10/03 22:21 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#550 [あき]
――
――――

翌日から、本当の私の戦いは始まった。
この部署に配属になって一年。
それなりに上手く付き合ってきた人達。
休憩時間にはくだらない話や、冗談を交えながら、談笑したものだ。
それがあれを切っ掛けに。一斉に手の平を返したように、冷たい目を私に向ける。
牙を向けられた小動物は。猛獣にじわじわと喰われていくのだ。
ジワリジワリと息の根を止められる。

過去に突然消えていった仲間達。

これだったのか。

そう思う。

⏰:09/10/03 22:39 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#551 [あき]
勤めて数年、この担当職に就いて数年が経とうとも。

私はまだまだ新人。駆け出しだ。
重々理解していた。

だからこそ、私は必死に働いた。お陰で担当も増えた。担当エリア広がった。
いや…
だからこそなのか。

社内では、最高部署だと言われている。
この部署に異例のスピードで配属になった。私が気に入らなかった。
……
………
私は、ここぞとばかりに叩かれ続ける。
地獄の日々だった。

⏰:09/10/03 23:10 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#552 [あき]
『え?今更、何を言ってんの?』『何してんの?そんな事今までしてたの?』事ある事に、難癖をつけられた。
怒鳴りつけられる事も度々あった。

『ついでに、これもお願いね〃』
担当外までの押し付けられた雑務に雑用を、何度も休憩時間返上で、走り回った。そしてそれらを、珈琲ルームで談笑する人達に届けた。
だけど、こんなのは、気にもしなかった。いや、本当は、カッとなった。胸ぐらを掴んで怒鳴り返してやろうかとも思った。だけど、ガキ臭い奴等だと、相手にするなと、自分に言い聞かせ耐え続ける。

こんな事で、逃げ出したくない。
そう言い聞かせた。

この仕事が好きだった。

⏰:09/10/03 23:17 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#553 [あき]
一向に、上からの、人事的処分通達は来ない。
毎日増え続ける仕事。
益々気にくわない猛獣達。
緊張に緊張を張り巡らす日中に、心労、ストレスは、図りしれない程の、数値になったに違いない。

そんな日中を過ごすに辺り、唯一の安らぎである夜。
見計らった様に、じゃんじゃん鳴る携帯電話に苦悩した。
それでも一回、一回きちんと対応する。
一度でも、出ないもんなら、大変な事態になり、更にストレスが加わるのだ。

案の定。


徐々に、私の身体が悲鳴を上げ始める―…

⏰:09/10/03 23:46 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#554 [あき]
――――――

『いたっ…いたたた…』

朝目覚めると、いつもの偏頭痛。
私の病原であるストレスからくる偏頭痛は、最近痛みを増して頻度も増えた。
頭痛で目覚める程気分の悪いものはないが、最近ではもう慣れてしまった。
よろよろとベッドから立ち上がり、キッチンに立つ。
冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出しグラスに一杯入れて、引き出しから、薬を出した。

プチンプチン。

小さな錠剤を二錠。
私は一気に飲み干した。

⏰:09/10/03 23:52 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#555 [あき]
ずきずきする頭を首から上に乗せたまま。
洗面所に向かい、顔を洗って、顔面ペイントを施しスーツに身を通す。

ズキン…ズキン…

今日の頭痛はしつこいな。

そう思いながら、またキッチンに立った。
出勤前に、もう一杯、ミネラルウォーターを飲むのが、私の日課。
飲み干した途端に

『だめだっ…気持ち悪い……』

頭痛が酷い時は吐き気すら覚える。
咄嗟に、トイレに駆け込み、指を喉奥に突っ込む。

ミネラルウォーター二杯分を、トイレで吐き出した。

⏰:09/10/04 00:00 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#556 [あき]
吐いてしまった為に頭痛は益々痛みを強めてしまう。
ミネラルウォーター三杯目をぐびぐびと飲み干しながらふと目に入った錠剤。
寝起きに飲んだ白い錠剤の残りは、あと四錠。
私はポケットにそれを押し込み、ヒールに足を入れた。

外に出て携帯電話を取り出す。
恒例なので、【仕事行ってきます】と片手で鍵を閉めながら、片手で文章を打ち込んで、簡単に送信クリック。

鍵が閉まったのを確認して、地獄へとまた私は歩き出す。

今朝は、いい天気だった。

⏰:09/10/04 00:14 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#557 [あき]
アパートから駅までの道程。すこし歩いただけで、汗ばむこの季節は本当に嫌いだ。
その間も、ピロピロなり続ける携帯電話に慣れた手つきで返事をする。
【じゃ。電車乗るからっ!今日も頑張ってね。】

そして、まずは一段落。入ってきたいつもの電車に乗り込み、冷ややかな空調にホッと一息ついて、座席に座った。

⏰:09/10/04 13:52 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#558 [あき]
キリキリと痛む頭痛は、出社の意欲をますます失わされた。

数十分の乗車で、私はまた歩き出す。

途中、駅前コンビニで、ミネラルウォーターを一本買って、直ぐ様ポケットに入れた錠剤をまた二錠。ゴクリと飲み干した。

駅を南に抜けて左に折れる。大きな通り。
華々しいオフィス街。
その一画。
天にまでも届きそうなそびえ立ったビル。
それが、私の愛してきた会社だ。
すぅーっと蒸し暑い空気を胸一杯に吸い込んで。
重い重い自動扉を抜ける。

⏰:09/10/04 14:04 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#559 [あき]
自動扉を抜けて、警備員さんに声を掛ける。

夜勤明けのおじさんは、早くからご苦労様とくしゃりと笑顔を向けてくれた。

今の私には、このおじさんの笑顔だけが救い。
少し立ち止まり、おじさんと会話を楽しむ。

この後、私は誰とも会話をしない。
今から退社するまでの数十時間。
私は誰とも笑い合う事はないのだから。
いや…無くなったのだから。
そして帰宅すれば…
また携帯電話の向こう側に、作り笑顔を作るだけ。

今、笑える時に笑っておかないと。
私は本当の笑顔を忘れてしまう。

⏰:09/10/04 14:19 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#560 [あき]
カチャリとドアを開けて、誰もいないルームに足を踏み入れる。
シンと静まり帰った部屋は今の私には心地好い。
壁に掛かれたホワイトボードにサラサラとサインをしてペンを置いた。その文字をじっと見つめる。見つめながら、ガンガン響く頭痛。その上にチクリと胃痛がプラスされた。

【AM9時。本会議出席】

昨日、帰社する間際に呼び止められて伝えられた今日の予定。

今日は、スーツのままでいい。ロッカーからネームを取り出し首に掛けた。

⏰:09/10/04 15:32 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#561 [あき]
次々に出社する仲間に私は、ズキンズキンする頭痛とキリキリした胃痛で、そつなく挨拶をする。

『おはようございます』『お疲れ様です』

私らしく。今まで通り。
だけど、私の声は皆に届いているんだろうか。目も合わせないまま簡単な返事が返ってくるのみだった。
こんな日々も、今日で終わり。
私は、この後。
見た事も会った事もない社長に専務。苦手な所長に、煩い次長。インテリメガネ女主任…
一斉に集められた、本会議と呼ばれる、私の為だけの、ただの吊し上げ場に呼ばれ。
そして依願退職の手続きが踏まれるのだから。

⏰:09/10/04 17:32 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#562 [あき]
『じゃ、行こうかっ!』

出社したばかりのインテリメガネ女主任にそう呼ばれた。私は、今朝から、それなりに片付けた自分のデスクから立ち上がる。

『はいっ…』

フロア内、ぴんと空気が張りつめた。
大御所ベテラン連中の視線が突き刺さる。
私は、彼女の背中についてフロアを出た。
フロアを出て、エレベーターに乗り込む。
勤めて数年。押した事のないフロア階のボタンを押すと、静かに扉は閉まった…。

⏰:09/10/04 17:41 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#563 [あき]
たった数秒。
たった数秒で、扉は開いた。
シンとした空気の中、初めて降りたこの階の空気に圧倒される。
心の準備なんていらないよ。
そう言われた気分になる。

彼女に連れられ、大きな観音開きの扉を開ける。

ズラリと並べられたデスク。そこにズラリと座る上司。
最上階。
全面ガラス貼りのその室内に燦々と日光が降り注ぎ…
私は眩しくて目を反らした。

⏰:09/10/04 17:48 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#564 [あき]

――
―――
上司に深々と頭を下げる。私の行く末は、たった一時間で決まったみたいだった。いや、正確に言うと、決まっていたのが、一時間かけて通達されただけ。
再び観音開きのドアの前に立ち、もう一度、頭を下げると、張りつめていた糸が切れたように涙が落ちた。
咄嗟に指で涙を拭う。
そんな私の隣に立つ彼女は、私の背中を押す。

『失礼します。』

彼女に促されるように、扉の向こう廊下に立ち、そのまま二人、無言でエレベーターに向かう。

…全身が震えていた。

⏰:09/10/04 18:02 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#565 [あき]
フロアに戻りトイレに駆け込んだ。
もはや周囲の視線なんて気にならない。
今になって、心臓がばくばくと音を立て始めた。
鏡に映る私は、呆然唖然の姿だ。

(…なおちゃん…どうしよう…私……)

無意識に頭を抱えた。
いつの間にか、頭痛も胃痛も気にならなくなっていて。
ただただ、涙が溢れた。

⏰:09/10/04 18:12 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#566 [あき]
トイレの中、ポケットから携帯電話を取り出す。

震える体を必死に押さえ、両手でしっかりと小さな携帯電話を握りながら、画面を開いて、文字を綴る。

【人事的処分なし!
会社の判断は、損害額だけ返済すればいいって。クビは免れたみたい。】

そして即座に送信した。

送信しました。の文字が滲んでうまく見えなかったけど。
私は、なおちゃんに、そう送信した。
一番に知らせたかった。

⏰:09/10/05 00:00 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#567 [あき]
【ほーか。】

即座に返事が返ってくる。何の言葉もない。
たった一文字。
もう少し、何か言葉は無いものなのかと、少々落ち込むけれど。
なのになんだか、ほっとする。

【ほーよ。ただ、損害額は返済だって。】

直ぐ様、返事。

【いくら?】

珍しく、何度も返事が返ってくる。
しかもクエスチョンマークまでついて。

私は、さっき言われたばかりの損害額を画面に綴る。
私の給料では、到底払えない額。
結局、給料天引きの月賦払いにサインした、その金額を打ち込んで送信した。

⏰:09/10/05 00:08 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#568 [あき]
その金額に、彼もさすがに驚いたのか、少しの間があく。

冷やかしかよと諦めて、よいしょと立ち上がり、トイレの扉を開きかけたその時、また返事が返ってきた。

【払えるのか?】

まさかの言葉に再び、トイレに戻り私は画面に文字を打ち込んだ。

【払えるわけないじゃん。当分ただ働きだなっ。】


私らしく。
私らしい言葉で。
そう伝えた。

⏰:09/10/05 00:13 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#569 [あき]
そう返事を打ち込む事で、今度こそ返事は返ってこないと思った。

彼はいつも、一方的にメールを打ち切る。

彼いわく、返信の内容に自分が納得したら、返事するのが面倒らしい。なんとも自己中であるが、メールの相手が私であると、その自己中っぷりは、見事なまでに実行される。

彼との間で何通もメールをやり取りした覚えはこの数年。
いや、再会してから?一度たりとも無い。

パタンと携帯を閉じて私は、再びトイレの扉をあけた。

やっぱり返事は返ってこなかった。

⏰:09/10/05 00:18 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#570 [あき]
デスクに戻り、今日の仕事の書類に目を通す。お気に入りのボールペンを取り出して、ファイルを開いた。
ここには、私の苦労の結晶が集結している。
ふと感じる。
与えられた仕事。
任された担当。
責任あるエリア。
全て、私の手の中に戻ってきた。
もう、取り上げられるかもしれないという不安も。
失なうかもしれないという恐怖も。
…無くなった。
また込み上げる気持ちをぐっと押し込む。

保証されたのだ。
私は、続けられる。
この大好きで大切なこの仕事を。
続けていいのだ。

会社からは
そう保証された。

⏰:09/10/05 00:27 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#571 [あき]
ボールペンを握りしめ、書類に目を通す。
これから、私は誰よりも一本でも多く仕事をこなし、誰よりも長く働かなければならない。でないと、いつまでたってもただ働きだ。
決まってしまったものは仕方ない。
ただ、がむしゃらに働くのみなのだ。
気合いを入れて、デスクに向かった瞬間。
デスクの片隅でお気に入りのキャラクターが、大切そうに抱えてくれている携帯電話が震えた。

【無理するなよ。】


このタイミングで。
この言葉は卑怯過ぎだ。
いつも、なおちゃんはタイミングが悪すぎるんだから…
また泣けてくるじゃん。

⏰:09/10/05 00:34 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#572 [あき]
周りの目を盗み、画面に文字を綴った。
再び込み上げる感情を押し込みながら、画面に精一杯の強がりを打ち込む。

【だけど、働かないと借金返せないもんね。】

送信する事数秒でまた返事。
今日のなおちゃんはえらくマメだ。
気持ちが悪い。

【なら頑張りな。骨は拾ってやる。】

思わず笑った。
思わず笑って…
…泣けた。

【心配してくれてありがとう。】

その返事を最後に、なおちゃんの返事は、返って来なくなった。

⏰:09/10/05 00:50 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#573 [あき]
だけど、世の中は、そんなに巧くは出来ていない。

忘れてた訳じゃない。
処分保留になった時点で。
辞めないと決めた時点で。

覚悟は決めていた。
負けない。そう決めた。

だけど
思いの外…
敵は強く。
また陰湿だった。

じわじわと、私の精神を痛めつけ続けた…

⏰:09/10/05 03:43 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#574 [あき]
――――

(きたっ…いたたたたっ…)

最近は、もうどこが痛いのか、どうして痛いのかすら分からない。
ただ、痛みから逃げる為に愛飲しているその白く小さな錠剤。
最近では、役に立たないみたいで。
束の間痛みから解放してくれるけれど、たった数時間で、今度は痛みを倍増させて、また襲ってくる。
最近は唸るような激痛で、動けなる事もしばしば。
私は、まるで、サプリメントのように小さな白い錠剤を愛飲し続け、日々を過ごしている。

⏰:09/10/05 03:55 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#575 [あき]
『またっ。…いい加減に病院に行きなさい!』

あの悪夢の大手ドラッグストアのライバル店。家から数キロ離れた、ドラッグストアに、立ち寄り、いつもの鎮痛剤を手に取った。
慌てたように、私の横に、ここの薬剤師が飛んで来る。
余りにも通い詰めた為、最近では、めっきり仲良しだ。

『だって忙しくて行けないしっ。てか、これより強くて即効性のある鎮痛剤あります?これも、もうあまり効かなくなっちゃって…〃』

あっけらかんと答える私に、少し頭の薄い中年薬剤師は、首を横に振った。

⏰:09/10/05 04:02 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#576 [あき]
『あんたねぇ…もう中毒になってる!』

手に取ったいつもの鎮痛剤を、おじさん薬剤師は呆れた顔で言う。

『飲み方がおかしいと思うよ?買いに来る頻度が異常だ。いい加減にしないと、倒れるよ?売りたくない。』

奪いわれた、鎮痛剤をおじさん薬剤師は、しっかりと握りしめた。

『…わかったから。休みが出来たら病院に行く。でも…今は行けないのっ。だけど、痛くなったら仕事になんないから、持ってないと不安なんだって〃』

おじさんから強引に奪い返すと、私はレジへと向かう。アルバイトのお姉ちゃんが、薬剤師の顔を伺うように、機械に通した。その姿に気付かないふりをしながら、ここはもうダメだと。そう感じた。

⏰:09/10/05 04:14 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#577 [あき]
車に飛び乗り、逃げるように、駐車場を抜け出た。

(中毒…か…〃)

確かに、あの薬剤師の言う通りだった。

初めて、あのおじさんと会話した時に勧められた、薬局で扱う中で一番強いと言われたこの錠剤。なんだか成分が、普通の鎮痛剤とは違うらしい。
裏面には
【一回一錠。一日二回が目安。六時間以上あけて下さい】
と書かれたその錠剤をおじさんは、飲み方には気をつけてと、念を押して、渡してきたのだ。
飲んでみると確かに、効能は今まで出会ったどの鎮痛剤よりも抜群で、私とは相性ばっちりだった。

⏰:09/10/05 04:29 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#578 [あき]
その相性ばっちりの、麗しの鎮痛剤。
最近では、三日に一回。24錠入のそれを買いに来ている。
余りにも効能が良すぎて。

初めては守っていたそれも。

二錠、三錠…少しづつ量は増え。
六時間…五時間…少しづつ間隔は短くなった。

そして、今や私はまるでサプリメントのように飲み干しているのだ。
勿論、痛みを抑えたいからであって、決してサプリメントにしている訳ではないけれど、自分でも自覚していた。

⏰:09/10/05 04:30 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#579 [あき]
初めは頭痛だけだった。これは持病。
わかっていた。
頻度が増すにつれ、仕事を抜け出し、一度病院にも行った。
安全で、かつ的確な処方された頭痛薬。
いつもの様に常備薬と、いざという時の頓服。一週間分のそれらを手にしたけれど、この二種類は、あっと言う間に無くなった。
それでも、治まる気配のない頭痛に、仕方なく、また抜け出し病院に行く。
更に強い薬が処方された。
だけど、また処方された一週間を、あっという間に飲み干した。
もう、付き合いきれないと思った。
そう何度も何度も、抜け出せない。

⏰:09/10/06 18:38 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#580 [あき]
本来なら通院すべき事なのかもしれないが、たかが頭痛。
病院に行く事をやめた。
そして通勤路にある、小さな薬局へと入ったのが…今の始まり。

その時、薬剤師に勧められ手にした鎮痛剤は全く効力を示さず、簡単に飲み干した。
二度目…三度目…通い続け、これなら、これは、と飲み続けたが、全く効力を示さなかった。

四度目にして、そこの薬剤師は、私に薬を渡さなくなった。
同じ台詞。

《貴女の体は病院に行って根本から治さないと駄目だ。》

⏰:09/10/06 18:45 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#581 [あき]
仕方なく、私は場所を変えた。
そう。それが、さっきのドラッグストア。
初めて会った時。
あのおじさん薬剤師は、常備している薬が効かなくなったと説明すると、この運命的な錠剤を教えてくれる。
なにやら、他の錠剤とは成分が違うと言いながら、飲み方には注意してくれと。
そう一言添えて、私に差し出した。
いざ、飲んでみると他の錠剤より少し大粒で飲み辛かったそれは、面白いくらいに、即座に私から苦痛を取り除いてくれた。
よくテレビで聞く台詞。
スーッと痛みが引く。

まさしく、こんな感じ。

⏰:09/10/06 18:53 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#582 [あき]
やっと出会えたと思った。
しかし、さすがに私も成分が違うだの、少し大粒だの、少々お高めだので…始めは躊躇した。

けれど、時間が経つにつれ、痛みは増すばかりで、気付けばもう頭痛どころか、胃痛。胃痛どころか、あっち。あっちどころか、こっち。
とまぁ、その名の通り、あっちこっちに激痛を覚え始めた私の体。
その度に万能なこの錠剤ちゃんは、痛みを緩和し続けてくれた。
だけど、そうなってくると、たった一箱、24錠では追いつかない。

わかっていた…
飲み過ぎだって…

だけど、唸るような痛みには耐えられなかった。

⏰:09/10/06 19:09 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#583 [あき]
―――――――

『…ゲホッ…』

今日もまた、痛みに耐え兼ねて、トイレに走る。
そして、痛みに悲鳴を上げている私の体は、胃袋の中の全てを吐き出した。
吐き出したそれを涙眼で見て、思わず声が漏れた。

『…あちゃ…』

吐き出した液体が赤く染まっている。
それを見ない事にして、ふらふらと立ち上がり私はフロアに戻った。

⏰:09/10/06 19:14 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#584 [あき]
『どこ行ってたの!?早く済ませてよねっ!お昼行けないじゃないっ!』

『はいっ…。先にどうぞっ〃残りは、私がやっておきますからっ。』

『ったく…無理なら、担当外してもらえばっ!?』

『ははは…〃頑張りますっ。』

相変わらず、大御所達の愛の鞭は集中的に私に降り注ぐ。
そして、事ある毎に意味ありげな言葉を投げつけられる。
気付かないフリをしていても。
辞めろ、辞めろ、と目が私を睨み付続けていた。

⏰:09/10/06 19:21 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#585 [あき]
ふと、デスクの上、携帯電話がチカチカと光っている。
目を盗み、確認ボタンを押す。

【いい加減にしろよなっ!!昨日も今日も連絡取れないじゃないか!】

丁度、彼にしてみれば、朝の休憩時間。
怒りに満ちた文章に、私は指を動かす。

【ゴメンなさい。昨日は疲れて寝てしまってた。今朝は早かったから起こしたら悪いと思って。今日は会社にいるから、電話出来ないかも。】

⏰:09/10/06 19:25 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#586 [あき]
すると、直ぐ様携帯電話が震えた。

【何度もちゃんとしろって言ってるだろ!お前は約束も守れないのかっ!待つ身にもなれ!少しは俺の気持ちも考えろ!】

…まただ。

そう感じたけれど。
私はまた、周囲の目を盗み指を動かす。

【ごめんなさい。今、仕事中だから。また今夜電話します。】

パタンと携帯を閉じて、与えられた仕事に向かう。
きゅっと縮み、じんじんしくしくと胃が鳴っていた。

⏰:09/10/06 19:30 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#587 [あき]
昨夜、深夜に帰宅し泥の様に眠った。

今朝起きると、もう今や麻痺してしまったけれど、不在着信数は、数十件にも及び、私の所在を確かめる受信メールもまた数十件に及んでいた。
それらを無言で消去すると、言い返す気力すらないまま、また早朝の電車に揺られ、ここに来たのだ。

昨日から、彼の言葉に何の反応もしていないんだから、こうなる事は見えていた。

⏰:09/10/06 19:35 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#588 [あき]
(…だめだ…気持ち悪い…)

立ち上がり、フロアを抜ける。不思議に思われないよう。
自然に…自然に…。
廊下挟んだ向こう。
周囲を見渡し誰もいない事を確認してトイレに入る。
そしてまた苦痛を吐き出した。
もう吐き出す固形物なんてないけれど。
それでも、苦痛を吐き出し続けた。
吐き出した後は、そのまま隣の給湯室に入り、ポケットから錠剤を取り出しては、大量の水を飲み干す。

今朝は、いつもより増して頻度が高かった。

⏰:09/10/06 19:43 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#589 [あき]
そして、とうとう吐き出した苦痛が赤く染まる様になってしまったのだ。
だけど、私は、二度目もその赤い液体をじっと眺め、見なかった事にしようと、水と共に流した。
昔、聞いた事がある。
吐血には二種類あって、真っ赤なら大丈夫。どす黒かったら危険。
その時は、そうなんだと妙に納得して、良い事聞いたと得した気分になったもんだけど、どの基準で、真っ赤なのかどす黒いのかを聞くのを忘れていたのを今更ながらに気付く。
仕方がないので、今のは真っ赤だと自分に言い聞かせた。

⏰:09/10/06 19:52 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#590 [あき]
時刻は、淡々と過ぎて、今日もまた夕刻になる。それでも、私は相変わらずデスクに広がる書類達と睨めっこ。

『あきっ!こっも出来る?』

突然に、デスク横に立ちはだかる女上司。
手には、新たな書類。
その一枚を眺めて直ぐ様返事した。

『あっ…はいっ。これなら、なんとか…』

『よしっ〃じゃ、あきに任せた。あんたは、ガンガン働いてもらわないとねーっ』

女上司は満足そうな笑みで、また束になったファイルをどかりと置く。

『頑張りますっ〃』

そしてまた今日も残業が決定。

⏰:09/10/06 23:18 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#591 [あき]
あの時、彼女が言った《大丈夫よ》は、これも意味する。

首切りになんてさせない…大丈夫よ。
担当は続けてもらう…大丈夫よ。
これからも変わらず…大丈夫よ。

勿論、今の私があるのは、私の上司、フロア責任者である彼女が、あの夜、あの日、どれだけ守ってくれたのか。
そしてまた、莫大な負債を背負った私の生活を、どれだけ気にしてくれているのか。
わかっていた。
彼女には、感謝してもしきれない。

だけど
彼女のこの大丈夫よが。私はまた苦しめる原因でもある事に、彼女は気付いてはいなかった。

⏰:09/10/07 00:44 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#592 [あき]
もう、残業組が数名残るフロアで、新たに与えられた案件の書類に目を通す。
これなら、あと数時間もあれば、片付きそうだ。
私は、んーっと伸びをして、廊下に出た。
あの錠剤が効いているのか、今はとても気分が楽。
暗闇の中、廊下の片隅に置かれた淡い光に誘われて、ポケットからコインを入れた。
カタンと音がして、温かい珈琲が落ちてくる。取り出して、隣の扉を開け、隔離されたそのスペースで、煙草に火をつける。

⏰:09/10/07 00:49 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#593 [あき]
スイッチの入った機械に白い煙が吸い込まれていくのをぼうっと見つめる。甘い甘い珈琲をグビリと飲んで、ほっと息をつく。

(大丈夫…大丈夫…)

そう自分を励ましながら、くしゃりと煙草を押し消して窓から見える外のネオンを眺めてみる。キラキラ光るネオンは、何も変わってはいなかった。
もうしばらくしたら、この明かりも消えるだろう。そんな事を考えていると後ろで扉の開く音がした。

⏰:09/10/07 01:19 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#594 [あき]
『あ…お疲れ様です…』

『お疲れ。』

その人物を認識した途端、急激に体温が上がり、ばくばくと心臓が物凄い速さで打ち始め、胃がきゅっと音を鳴らした。

『…まだ残ってらしたんですね〃』

それでも、私は笑顔を作り、話かけた。

『まね。』

たった一言、そう返された事により、また更に胃がぎゅっと縮まる。そして目の前で、無言で煙草に火をつけた、彼女…
猛獣一号に。

怖い。やられる。

そう認識した。

⏰:09/10/07 01:26 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#595 [あき]
『……』
『……』

無言で気まずい空気。
じゃあと、私は会釈をしてノブに手をかけた。

『あのさ』

『はいっ…』


きた―…


『私が、あの時言った意味わかる?』

⏰:09/10/07 01:33 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#596 [あき]
『……はいっ。』

『なら、どうして、仕事受けてんの?』

彼女は、冷静に。
冷酷な事を言う。

『…すみません。』

『なに?借金背負ったから、仕事くれって言ってるわけ?』

『…いえ…。そんな事は…』

『だったら何?やっぱり媚び売ってるわけ?』


やっぱり…って何だよ…。

⏰:09/10/07 01:36 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#597 [あき]
『まさかっ。』

『あらそうなんだっ。若いのに、ここまで、スピードで来たしね。てっきりそうかと〃』


冷酷に微笑む彼女。

『……』

『なんだか、○×地方のイケメンとも付き合ってんだって?』

『……いえ…』

『もう社内中広まってるよ?』


そんな訳ない。
ただ、脅されているだけ。

⏰:09/10/07 01:39 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#598 [あき]
『…だから、どうして辞めないの?この仕事より、他の仕事の方が給料いいよね?』

『……』

『何にこだわってるわけ?』

『…この仕事が、ただ好きだから…ですかね。』

『…好きじゃ借金返せないよ?まっ。勝手にすれば、いいけど、ただ立場わきまえてもらわなきゃ困るわ。いい?二度と新しい担当受けんじゃないよ?』

そう言って、彼女は荒々しく煙草を押し消して、荒々しく部屋を出て行った。

⏰:09/10/07 01:44 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#599 [あき]
バタンと閉まる扉の音が、ガツンと頭に響き、内蔵をギューっと痛くした。

『…勝手な事言ってんじゃないよっ。
ふざけんなっ…
あんたには関係ない話じゃん…
そんな性格だから、仕事貰えないんだっつーの…』

と、そう呟いてみた。
本当は、正面切って言ってやりたい。
言われっぱなしは悔しい。
だけど、そんな事したら、私はますます、この場所にいられなくなる。必死に震える拳を握りしめる。
すると、ズキンズキン打ち響く頭痛に、ぎりぎり痛みだす胃。更には顔面がピクピクとつり始め、ずきずきと骨が軋みだし。

『いた…いたたたた……』

私は、その場にうずくまり、動けなくなった―…

⏰:09/10/07 01:53 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#600 [あき]
――
―――
――――

薬品の匂い。
ぼうっと目を開けた。
うっすらと見える天井に、細く長い管が繋がれている私の腕。
ポタリポタリとリズムを刻みながら、透明の液体が私の体に流れていた。

『……すみません。』

隣に立つ白衣の天使に声をかけた。
白衣の天使は、にっこり微笑むと、頷いた。

⏰:09/10/08 17:42 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#601 [あき]
寝かされたベッドに、この感覚は久しぶりだなと、妙に冷静に考える。
天使に呼ばれたのか、推定年齢三十代後半。この業界では、まだまだ若手と呼ばれるんであろう医師は、寝かされた私の顔色を伺うと、カチカチとペンを鳴らながら丸い椅子に座った。

『よくもまぁ、こんななるまで我慢したもんだ〃相当痛かったでしょ?〃』

それはどこの部位を聞いてるんだろうか?
疑問点はあるけれど、まぁと微笑み頷く。

⏰:09/10/08 18:08 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#602 [あき]
『まっ。しばらく安静にして、それから治していこう。とにかく、この点滴が終わったら、病室案内してあげて下さい。』

爽やか医師は、何やらサラサラとサインをすると、この世界ではベテランだろうと思える、熟年白衣の天使に言った。
天使は、わかりましたと微笑むと、私に言う。

『これは、栄養剤だからっ、あと三十分で終わるからねっ。』

『はぁ…あのぉ?』

『んー?』

『いや、いいですっ…』

私の返事を待たず、強制的に病室に連れてかれる。
だけど、もういいやとそう諦めた。
いや…助かった。
そう思ったのかもしれない。

⏰:09/10/08 18:15 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#603 [あき]
あの後、何とかデスクに戻り、ペンを握った。
一時間…
二時間…

途中、何度かあの大粒で即効性のある錠剤を飲んだ。
何度も飲んだ。
だけど、効力を示さず、それどころか、益々強くなる耐え難い激痛に加え、視界がくるくると回りだして、汗が吹き出てくる。

(だめだ…気持ち悪い……)

トイレに行こうと立ち上がったその時、数名残る残業組が、ざわめいた。
そして、気付けば私は救急車に乗せられていたのだった。

⏰:09/10/08 19:02 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#604 [あき]
苦痛を、うわごとのように訴える私にすぐさま担架が用意され、夜間入口から私はここへ連れてこられた。
移動中も、車の揺れに耐えられず、何度も何度も嘔吐した。

やっと到着した頃には、もう私自身、唸るような頭痛と、唸るような胃痛。顔面が痙攣し、手足が痺れて、動く事すら出来なかった。

そして、寝かされた担架の上、ただひたすら痛みを訴え続け、抱えたトレーに嘔吐し続けたのだ。

⏰:09/10/08 19:25 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#605 [あき]
そして、慌ただしく検査に検査を継ぎ、私は最終的に、点滴で落ち着いた。

少し前からここに寝かされていて。
痛みも気分も、今はなんて事はない。
なんなら、いつしか、ウトウトとしていた私は、疲れた体を心を無して眠りにつけて、なんだかすっきりしていたくらいだった。

⏰:09/10/08 20:10 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#606 [あき]
『あの…電話したいんで、病室には自分で行けますから。〃』

もう消灯時間はとっくに過ぎた暗闇の廊下。
車椅子に乗せられ、病室に向かう途中。
ふと目に入った公衆電話に、思い出す。
白衣の天使は微笑んで、四階だと教えてくれた。
ロビーに移動して膝に置いたバックから、携帯電話を取り出し、ボタンを押す。

…―緊張する。

だけど、伝えなければいけない相手に、私はボタンを押した。
静かなフロアに、ドキドキと心臓の音が響くんじゃないかと思った。

⏰:09/10/08 23:14 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#607 [あき]
数回のコールで相手に繋がった。

《…もしもし》

『あ…私ですっ。お疲れ様…』

明らかに不機嫌な声に、心臓がぎゅっと鳴る。それでも、平静さを装い言葉を続けた。

《今、何時!?何してたんだ?いい加減にしろ。バカにしてんのかっ!?》

『ごめん…えっと…』

怒りに満ちたその声に私は、言葉を探して、言葉を選んで、この現状を伝えた。

⏰:09/10/08 23:19 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#608 [あき]
――
―――

《だから、前からそんな仕事辞めろって言ってるだろ。》

『だから…そんな簡単には…』

《何!?》

『ううん…。考えとくっ…』

《またそれかよ!考えとくじゃないだろ?たまには、俺の言う事を聞けよ!!》

『…はい。』

《とにかく、また電話しろ?俺、明日早いからっ。》

『…はい。お休みなさい。』

――
―――――

⏰:09/10/08 23:25 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#609 [あき]
通話を終えると、また心臓がギューッと鳴った。だけど、また彼が眠ってくれた事により今夜は、もう電話がない事に安堵した。
西条さんは、今の私のこの状況をどう感じたのだろうか。
やり場のない感情。
確かに、入院したからと言ってすぐ来れる距離でもないし。
もし、彼と普通の距離で、その辺りにありふれたカップルだったとしても。この今、来られたからと言って私は、何も言えないだろう。
だけど、距離とかそんな事の前に、現状を知っても尚、言いたい事だけ言って最後に《寝るから》ってのはアリなのか?確かに、彼は仕事柄、ハンドルを握る。睡眠不足は大敵だ。だけど……

そう、ふと感じる。

⏰:09/10/08 23:35 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#610 [あき]
おまけに、またあの話。一方的に、かつ傲慢な彼の感情。

彼は、あの一件以来、私に強く退職を求めるようになった。

そんな思いをするくらいなら、退職して自分の住む街に来いと。
毎夜毎夜、そう言った。

住む場所はある。
もう仕事なんてしなくていい。
家にいればいい。


彼が私に求めたのは。
確実なる私という人間だった。

⏰:09/10/08 23:45 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#611 [あき]
確かに、あの頃。
彼は【結婚】という言葉を口にした。

《結婚したいと思える相手と付き合いたい。》

あの頃は、何気なく聞き流した彼の恋愛観の一つ。
勿論、この歳にもなると、だいたいの人間が、それを意識しながらの真剣交際になる。
私自身、彼を選んだには、ずるずるした見えない未来より。
見える未来が欲しかった。
そして、私達の交際はスタートした。

⏰:09/10/08 23:51 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#612 [あき]
それは間違いない。
事実、私は彼に愛されていると思える日々だった。

電話代がかかるからと、彼は、わざわざ私と同じ携帯会社に変えた。
そして、恒例の夜の電話は、必ず彼から掛けてきた。私が掛けても、電話代かかるからと、必ず掛け直してきた。


月に一度あるか無いかの、デートは、彼が私の仕事に合わせて調整してくれた。
私が食べたい物。
私が行きたい所。
私がしたい事。
全てに答えてくれようとした。

時折、小包を送ってきては、私にきらびやかな装飾品を与えてくれた。彼はいつも、似合いそうだからと。送ってきてくれた。

そんな愛情表現に、私は甘えていた。

⏰:09/10/09 00:20 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#613 [あき]
甘いルックスに長身のスタイル。そこそこの収入に、大きな車。なにより、全面的に押し出してくれる私だけへの愛情表現。誰かに話をすれば、最高の彼だと褒め称えられるだろう。

だけど愛情は、時に暴走し、本人も気づかぬ所で、嫉妬。束縛。執着。固執。不穏な言葉に言い換えられる…

でも、それ自身が愛情の裏返しとして片付けられ、愛しているが故に、起こる感情なのだと片付けられる。

はたして、それは正しいんだろうか―…

⏰:09/10/09 00:40 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#614 [あき]
そう感じ出したのは…
そう。あれからだ。
私が何を言わなくても何を望まなくても
ただ
全てを失なうかもしれないという絶望と不安の中、恐怖に震える私に、手を差し伸べてくれた。…あの温かさ。

逆風に必死に立ち向かう事に、何も言わずただ見守ってくれた。…あの強さ。

心が折れそうな夜は泣き出しそうな私に、バカ話をしながら、笑わせてくれる。…あの優しさ。

全てに置いて、彼とは違った愛情表現。
それを感じてからだ。

⏰:09/10/09 00:55 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#615 [あき]
勿論、西条さんが私にくれる愛情表現と。
彼が私にくれる愛情表現。言葉は同じでも、そこに生まれている感情は違うもので。

私が求めた物は、確実なる未来。

だからこそ、ストレートな表現を重ねる西条さんの愛を受け止めようと努力した。

だけど―…

西条さんと過ごしてく中で、どうしても、割り切れなかった部分。

時折、私自身が爆発しては言い合いになった。だけど、意見がぶつかるばかりで、何も解決はしなかった。
私達の一番の問題点が、この一連の流れで露呈したように思った。

⏰:09/10/09 01:28 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#616 [あき]
西条さんは、愛を与えてくれる。
このまま行けば確実な未来をも与えてくれるんだろう。

だけど私への

【信頼】も
【尊重】も

そこには存在していなかった。


この夜
電話を切って。

そう痛感した。

⏰:09/10/09 01:43 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#617 [あき]
電話を切って、次にボタンを押したのは。
やっぱり

なおちゃん―…

西条さんにバレたら、大惨事になる事は、目に見えていた。
あれ以降、自然とまた繋がってしまった私達を、彼は知らない。

異常なまでに、私の交友関係に敏感な彼。
なおちゃんと、また繋がっただなんて知ったら私は間違いなく重罪。
即座に逮捕で彼の住む街へと強制送還、そして終身刑に処させる。

※いや、私は至って本気の見解ですが。

⏰:09/10/09 02:02 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#618 [あき]
再びボタンを押して、数回の呼び出しコールを聞く。
なかなか繋がらない電話に、寝てしまったのかと諦めかけたその時

《んー?》

相変わらずのやる気のない返事で出た。

『寝てた?今いい?』

挨拶もしないで、私も相変わらずの答え。

《…いや。なんだよ?》

『…あ…ごめん。起こしちゃったね〃』

さすがに、長年の付き合いだ。否定はされても声でわかる。

⏰:09/10/09 02:12 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#619 [あき]
《どうせ、起きる時間だったし。》

『そっかっ。〃』

分かってるもん。
昔から、いつもいつも、ナイスタイミングだ。

私が落ち込んだり、泣いている時は…
何故かいつも、なおちゃんは暇な時で。

私が突然、思い立った様に深夜に掛ける電話の時は…
何故かいつも、彼が起きる時間。

もういい加減、違う言葉を使えばいいのにと…思ってるんだから。

バカだよねー…

⏰:09/10/09 02:24 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#620 [あき]
西条さんに話た事と同じ言葉で、今度はなおちゃんに伝える。

なおちゃんなら。
わかってくれるかもしれないと思った。

彼なら私の悲鳴を。

受け止めてくれるかもしれないと。


そう思った。


『あのね…』


私の二度目の

助けて―…

⏰:09/10/09 03:42 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#621 [あき]
本当は…

会社からも、意地汚い人間からも逃げ出したかった。
辛かった。悲しかった。
だけど、強くなりたかった。

大切だから負けたくなかった。

そんな日々の葛藤が、薬に逃げる事で、自分を奮い起こし、吐く事で、自分を叩き起こしていた。


『で…結局このザマ〃相変わらず弱いし。私〃』

⏰:09/10/09 03:44 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#622 [あき]
私の言葉を黙って聞いていた彼は、話を聞き終えると、呆れた口調で馬鹿だのアホだの散々言った。

『ヒドイ〃』

《当たり前だっ。
んな事、はじめからわかってただろう?
それでも、自分で、決めたんだろうが。》

『……ですよねー〃』

相変わらず、口は悪い。弱り切った私に
トドメを刺すような、めった刺しだ。
少しぐらいは、慰めてくれたっていいじゃんと思う。

⏰:09/10/09 03:54 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#623 [あき]
《覚悟もしてたんだろ?ダイエットだと思って頑張らんかいっ。》


なぜ今、遠回しのデブ発言っすか。
偉そうに…
ほら、泣きたくなるじゃん。


《ただし、今は、何も考えなくていい。きちんと治せ。これ命令な。》

命令っすか。
いつの間に、師弟関係になったんっすか。


ほら…
泣けてきたじゃん。

⏰:09/10/09 04:14 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#624 [あき]
《…まぁ、よく頑張ってるよ。
だから、応援はいくらでもしてやっから。

ただし、無理はするな。いいな?》




弱りきった心と体には

誰に言われる
どんな慰めよりも
どんな激励よりも
どんな言葉よりも


泣ける程に
嬉しかった―…

⏰:09/10/09 04:30 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#625 [我輩は匿名である]
あげて更新されたと思われたら申し訳ないので
sageさせてもらいます

すいません(・ω・`)

西条サン怖い((゚Д゚ll))
でも
与えてくれる愛にすがってしまう気持ちわかります。

続きが更に気になります。

⏰:09/10/16 14:58 📱:SH906iTV 🆔:6zF61YGo


#626 [あき]
匿名さん、ありがとう。


更新出来なくてすみませんでした。

⏰:09/10/17 23:09 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#627 [あき]
じゃあねと電話を切って、廊下を進み与えられた消毒薬の匂いがするシーツに体を沈める。
白衣の天使が点けた枕元で淡く光る豆電球。
真っ白な天井を赤く染めていた。
まるで、私の心。

私の心はだらだらといつまでも血を流していた。

⏰:09/10/17 23:17 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#628 [あき]
――――――

《こっち来るんだよな?》

『それはいずれ、話が決まればであって、今すぐには無理だってば!』

《じゃぁ、それはいつだよ!?
早くそんな仕事辞めろって言ってるだろ?》

『そんなに簡単に出来る訳ないよ。
大変な事なんだよ?
どうしてわかってくれないの?』

《わからないのは、あきだろっ!!
もういいよっ!!好きにしろっ!!》
―――

また切られた。
一方的に。

今夜もまた。


もうウンザリ―…

⏰:09/10/17 23:29 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#629 [あき]
西条さんは

私が大切に守ってきた。大切で大好きで…

日々奮闘しながらも、誇りとプライドを持って、プロ意識で、ここまで這い上がってきた私の仕事を
【そんな仕事】
と言うようになった。

【そんな仕事】と言われる度に私の心は血を流す。
彼が何か言葉を発する度に、私の心は真っ赤な血を流した。

⏰:09/10/17 23:35 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#630 [あき]
退院してすぐ、彼は更により一層強く私を求めた。

首から名札ぶら下げて、スーツで全国各地を飛び回り、ポケットに入れた携帯電話が、ひきりなしに鳴る。
そんな私よりも。

大きな社屋で、与えられたデスクから発信される大量の書類を握りフロアを駆け抜ける。
そんな私よりも。


彼の住む街で、彼の住む家で、彼の帰りを健気に待つ【あき】でいる事を求めた。

⏰:09/10/17 23:46 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#631 [あき]
『貴方が、そっちで生きてきて作り上げた生活があるように、私にも18歳から過ごしてきて作り上げた生活があるの!』

《そんな事はわかってる!!》

『わかってないっ!!来いって言うのは簡単じゃんよっ!!言われてる方は、はいそうですか。じゃ行きます。で済む話じゃないんだってば!』

《そんな事言ってたら、いつまでも来れんだろうがっ!!》

『だから、待ってって言ってるじゃんかっ!どうして、直ぐに答えを欲しがるのよっ!!』

⏰:09/10/17 23:56 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#632 [あき]
《お前が、フラフラしてるからだろう!?》

『またそれ?私が何をしたって言うのよっ?毎日会社と家の往復だけじゃん!!』

《そうゆう意味じゃねーわっ!!》

『いい加減下らない妄想やめてよ!!妄想されて、毎日毎日怒鳴られて…たまんない!!
私にだって、仕事があって、付き合いがあるの!』

《ほらなっ!結局それだ!!付き合い付き合いって、チャラチャラしてるだろーがっ!それが気にいらねーって言ってるんだろ!!》

⏰:09/10/18 00:03 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#633 [あき]
西条さんは、もう歯止めが利かなくなっていた。
私の周囲に存在する、全ての異性に、嫉妬し、怒りに満ちた。
異性の友人なんて持っての他で。
相手がたとえ、ただの仕事仲間であったとしても、それが、たとえ父親程のオジサンでも、お爺さん程の還暦を過ぎた人でも。
許さなかった。
いや、許せないみたいだった。

今夜もまた、発端はそこだった。

⏰:09/10/18 00:10 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#634 [あき]
今夜、私はまた彼の逆鱗に触れたのだ。
些細な事だった。
街で偶然に出会した、取引先の課長さん。
推定年齢45歳。勿論妻子持ち。
仕事上よく顔を会わす、慣れたおじ様だ。
出会したからには、無視する訳にも行かず、私から声を掛けた。
軽い挨拶が、話は盛り上がり、一杯どうだと社交事例。
相手は取引先の課長さん。自分から声を掛けておいて、断る訳にも行かず、私は付いていった。
二時間ばかり、私は席を共にして、帰路についた。

⏰:09/10/18 00:20 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#635 [あき]
勿論、私にとって、この席は【会社人の付き合い】であり【個人の付き合い】ではない。
今後付き合っていく上での、互いの利益を考えての席なのだ。
二時間ばかし、ビールを飲み、焼鳥と数本つまみながら、世間話の中に仕事話を挟みつつ、円滑な関係を作り上げ、それではまた、と別れたのだ。
恐らく、今後、この課長と顔を合わした際には、スムーズに事が運ぶだろう。
この前はどうもなんて言いながら、焼き鳥美味しかったですなんて言いながら…
仕事はスムーズに終えられる。

⏰:09/10/18 00:30 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#636 [あき]
そう、そこには私情的感情は一切、蟻の脳みそ…いや、ミジンコの脳みそサイズもない。

確かに?
年功序列?
男女差別?

ビール一杯と、焼き鳥数本。
ご馳走にはなったけれど。

強いて言うならば、接待である。

【付き合い】

の何物でもない。

⏰:09/10/18 00:34 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#637 [あき]
しかし、やはりと言うべきか、西条さんには、私のこのやり方は通用しない。

【そんな仕事】をしている私が許せないのだ。

【そんな仕事】をしていからこそ、出会った私達で、【そんな仕事】をしている私と一週間の時間を共にして、私達は始まった。

職種は違えど同業者。
互いの仕事を十二分に理解し合え、だからこそ支え合えるはずだと、彼には求めたけれど、それは通用しなかった。

⏰:09/10/18 17:18 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#638 [あき]
そして、彼が私に求めるものは一つ。

彼の住む街に一人、彼だけの為に生きるあき。

である事だった。

私が、命懸けながら守り抜こうとした【仕事】を【そんな仕事】と呼び。

この街に一人生きて、苦しい時、悲しい時、支えてくれた【友人達】を【そんなもの】と呼んだ―…

ただ、彼の独占欲だけに、私の歩いてきた人生を奪おうとした。

⏰:09/10/18 17:30 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#639 [あき]
【本当に別れて下さい。もう無理。】

一方的に切られた電話に、初めて自らの言葉で伝える。

今夜は私から文章を一方的に送りつけて、携帯電話の電源を落とした。

今度は―…
今度こそは―…

そう誓う。

⏰:09/10/18 18:22 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#640 [あき]
私達の間には、幾度となく、俗に言う別れ話というのが、持ち上がってきた。

過去の切っ掛けは全て、私が《約束》という名の拘束に私が背いたという彼の怒りからであり、その彼が突発的に言い出した事がある。

怒りに満ちた彼に
怒りに満ちられる私。

私は頷くだけで、一方的に切られる電話。

切れた電話に、これで解放されると感じてきたのだ。

しかし翌日には、怒りが溶けた彼の、何事もなかったと言わんばかりの恒例電話。
これからは気をつけてくれたらいいから。
と言う、また一方的な彼の許してやるという言葉で、やはりかと諦める。いつも彼が中心であり彼の言葉が全て。
それの繰り返し。

⏰:09/10/18 18:30 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#641 [あき]
だけど、今夜こそはと、電源を落とした携帯電話を眺めて、そう誓う。

初めての
私発信の《別離》

これで終われる。
そう思えた。

しかし…
この行為は、プライドと彼の想いを粉々に傷つけた。

怒りに満ちた彼が、予想を遥かにぶっ飛んだとんでもない行動に出る。それは、早かった。
翌日の事だった。

⏰:09/10/18 18:39 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#642 [あさか]
応援してます

⏰:09/10/18 21:18 📱:SH906i 🆔:rlIVzBVA


#643 [あき]
あさかさん、ありがとう!
――――――――

昨夜、深夜まで起きていたので、目覚めた時には、お昼を回っていた。しかし目覚めたからと言って、特に何があるわけでもない。

残業中とはいえ、社内で倒れたのはまずかった。おまけに、あの若手医師ったら、会社に提出する診断書に[過労とストレスによる…]なんて但し書きをつけたもんだから、上司は慌てふためいた。
詳しい事は、わからないけれど、このままでは、労働基準法なんちゃら…に引っ掛かるらしい。
入院を機に、貯まっていた有休を私に、ここぞとばかりに与えてきた。
お陰で、私は退院してからも、こうしてのんびりと暮らしている。

⏰:09/10/19 00:29 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#644 [あき]
かと言って与えられても、無趣味のしがない一人暮らしには、何もする事がない。
仕方なく、私は、休養と名のつくサボりに徹していた。
リビングに移動して、テレビを付けて、時折煙草をふかして、だらだらとするだけ。
入院生活からこっち、完全なる昼夜逆転生活だった。

今日もまた、そんな一日が始まると、そう思った時、一本の連絡が入る。

⏰:09/10/19 00:33 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#645 [あき]
出なきゃいいのに指が反応してしまう。
いつもいつも、私のこの弱さがまた同じ事を繰り返す切っ掛けになってしまうのは、解っているのに、どうしても反応をしてしまう。

――
『…はい』

《やっと電源入れたのか。もう昼だぞ。》

『……』

《昨日のメール何?》

『……』

《黙るんだ。》

『…もう無理だって…』

勇気を振り絞りそう言った。

⏰:09/10/19 00:40 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#646 [あき]
《俺は別れないぞ?》

『……』

携帯電話を耳から離そうとした。

《ふざけんなよっ!馬鹿にしてんのか!?別れ話はメールや電話でするもんじゃねーだろ!!》

『…じゃ、会いに来る?会って話したら、納得してくれる?』

無理な事はわかっていた。ただそう言っただけ。

もう怒鳴られる事にも慣れた。
そう感じながら、終話ボタンを押そうとした時―…

⏰:09/10/19 00:54 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#647 [あき]
《だから来てやったよっ!》

確かにそう聞こえた。
慌てて、また耳に当て直す。

『今なんて言った?』

なにか、とんでもない事を言われた様な気がして、聞き間違いかと、再度、聞き直す。

《だから、来たって言ってるだろ?》

『…どこに?』

《〇〇に。》
※私の住む地名


西条 祐介……
ぶっ飛びすぎ…

⏰:09/10/19 00:59 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#648 [あき]
―――――――

開けた玄関の前に見えるまだまだ信じがたい光景に、心臓がバクンと鳴った。

『どうぞ。散らかってるけど…』

『…俺の家よりか、いい部屋だな。』

『そう?これ履いて?』

この部屋に越した時、来客用にと用意したものの、そもそも来客なんて滅多にない為、使ったためしがないスリッパを彼に勧める。

棚の一番上。
私愛用スリッパと色違い…なおちゃん用スリッパを靴箱に隠したのがチラリと見える。
だけど、周囲をキョロキョロとしている西条さんは、それには気付かなかった。

⏰:09/10/19 01:32 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#649 [あき]
廊下を進み、リビングのドアを開き、彼を招き入れる。
ソファーに促して、彼がソファーに座るのを確認すると、私はキッチンに戻った。

『珈琲でいい?』

返事を聞きながら、ヤカンに火をかけて、100円均一で買った来客用客用のシンプルなマグカップを二つ準備した。

私が愛用しているカップは、また棚にそっと片付ける。
絵柄がとっても可愛くて、持ち手のデザインがちょっとお洒落で。
淡いピンクと、淡いブルーのペアマグカップ。これもまた、いつしか、片方は、なおちゃん専用となっていたマグカップ。

⏰:09/10/19 01:51 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#650 [あき]
西条さんに、後ろめたい気分になるけれど、やっぱり、あのスリッパも、このマグカップも、なおちゃん専用であり、たとえそれが[彼氏]である西条さんであっても、使いたくなかった。
マグカップを見つめ、この部屋には、所々に見え隠れするなおちゃんの香りがある事を改めて痛感する。
本来の[彼氏]の突然の訪問に、[友人]である、なおちゃん専用の隠しきれなかった代物はないかとビクリとしながら、リビングに座る見慣れない光景にただただ、戸惑っていた。

⏰:09/10/19 02:03 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#651 [あき]
ブラウン管の中では、お昼過ぎたワイドショーが流れていた。
無言で見つめる二人に、まず初めに口を開いたのは彼だった。

『驚いた?』

当たり前過ぎる質問に、私はやっぱり、そう答える。

『かなり。よく此処だってわかったね〃』

いわゆる、遠距離交際。しかも別れ話をしにきた相手に私は苦笑いで答える。

『駅からタクシーに乗った。』

『そっか。タクシー代かかったでしょ〃』

『以外に遠いんだよな〃』

『だって田舎だもん。』

⏰:09/10/19 03:11 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#652 [あき]
彼がくしゃくしゃに握りしめていたのは、アパートの住所メモだった。

交際がスタートした頃、送りたいものがあると聞かれた住所。

初めて届いたのは、あの出張で、土産に持たせてくれたあのご当地グルメ。
帰路に着き、食してみるととても美味しかった。それを無邪気に伝えると、彼は、真空パックになったそれを送ってくれた。

男女としての交際がスタートしてからは、何度となく、彼は装飾品を私に送り寄越した。

そのメモなんだろう。

⏰:09/10/19 03:21 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#653 [あき]
『この住所じゃさ、そんな事俺わかんないものなぁ〃』

『前に来た時は、此処来てないもんね。』

確かに、私が住む市には新幹線も止まる大きな駅がある。
国宝があったりする、ちょっとした観光地。
それだけ大きな市なのだ。
だけど、実は私が住む街は、その中心都市から、高速道路を車で四十分。その大きな心臓駅からローカル線に揺られて数駅分。
同じ市でも、都会と田舎。
そんな距離もあり、彼がこの地方に来た時も、私は此処には呼ばなかった。
夜はホテルに泊まったのだ。
そんなこんなで、実情を知らない彼は、市内にあると思ったんだろう。
怒りに任せて新幹線に飛び乗り、怒りに任せてタクシーに乗った。
タクシー運転手にしたら、有難いお客様だったに違いない。

⏰:09/10/19 03:36 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#654 [あき]
久しぶりに会わせた顔が隣に座る。

遠く離れた地に住む彼が、突然にこの街に現れ、部屋に現れた。それだけ、彼の中の[あき]という存在は強かった。けれど、彼が求める[あき]には、私はなれない。

怒りに満ちた彼は、今は冷静に、私の話を聞いている。
いや、聞こうとしている。の方が正しい表現なのかもしれない。

彼の指や背中が、小刻みに震えている事に、私は気付いていたし.
それが、怒りの現れだという事も。
この先に、待っている彼の怒号も。
わかっていた。
けれど、もう彼の愛の強さに私の心は悲鳴を上げていた。

⏰:09/10/20 01:57 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#655 [あき]
話を終えると、彼は一呼吸置いて、煙草に火をつけた。
私は静かに灰皿を差し出す。

『ようはあれだ。あきは俺の為に、その生活を変えようとはしたくないって事だな。だから別れたいと。』

またあの、低く地獄から聞こえるような声が、私の心臓を掴んだ。


『そうゆう事じゃない。ただ、もっと私を信じて欲しかたし、私を尊重して欲しかったっ…』

『ああっ!?ただ遊びたいだけだろ!?こっちで男とチャラチャラとよ!!!』

荒々しく、ガツンとテーブルを叩く。
ビクリと体が固まる。
怒号と大きな音が、また幼き頃の自分と重なり合って大人の自分をまた萎縮させた。

⏰:09/10/20 10:08 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#656 [あき]
『やめて…大きな声出さないでっ』

『ああっ!?聞こえないっ!!この部屋にも何人男を入れたんだよっ!!俺だけじゃねーだろ!!』

『そんな訳っ…』

返す言葉も聞かずに怒りに満ちた彼に腕を捕まれた。捕まれた腕を咄嗟に引っ込め本能的に、体を後ろに仰け反らせ、彼から逃れる。

『ごめんなさい!殴らないでっ!!あきが悪いからっ!』

幼き自身が、姿を表す。咄嗟に頭を隠し、ただ、目の前の大きな怪物に怯え許しをこい、だからと言って震える体で痛みに耐える準備。

⏰:09/10/20 10:17 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#657 [あき]
『馬鹿にするのもいい加減にしろよっ!!』

頭を隠した腕をまた捕み力付くで引き寄せる。よろけた体は、彼に簡単によりかかった。

『ごめんなさい!ごめんなさい!!』

幼きあきは、ただ必死にこれから我が身に降り掛かるんであろう痛みに耐える準備を初め、無駄だとわかりながらそれでも、許しを得ようと必死に訴える。

怒りに満ちた彼には、その姿は、ただ怒りを助長させるだけだった。

⏰:09/10/20 10:23 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#658 [あき]
遠く離れた場所から、電波を通しての怒号。

怖くない。
私は、怒りを克服したんだと。
そう感じていた。

だけど、本当は、ただ遠く離れた場所に守ってもらってただけ。

殴られる事はない。

そんな安心感が、彼の怒りにはあった。

私は、それをただ、強くなれたんだと勘違いしていた。

⏰:09/10/20 10:29 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#659 [あき]
『お前はいつもどうして俺の言う事が聞けないんだ!!』

『ごめんなさいごめんなさい…』

睨み付けるように顔を覗き込むその目の恐怖に私は、視線を合わせられなかった。

幼きあきは、ただ震えて小さくなるばかり。

ギロリと睨まれる目に、私はただ震えるばかりだった。

⏰:09/10/20 10:56 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#660 [あき]
そうか。この人。
私のお父さん…あの怪獣に似ているんだ。
幼き頃、彼が姿を表す度に私は体が萎縮して小さく震えた。
大きな音と、お母さんの泣き声。
それに耳をふさいで小さな妹弟と三人部屋の隅で丸くなった。
あの記憶に似ている。

大きな男が、大きな音を立てて私の前に来る。
本当のお父さんは優しいはずなのに、あきが悪い子だから。
あきのせいで、お母さんが殴られて。
あきのせいで、妹弟が殴られて。
あきが駄目な子供だから。
お父さんはあきを殴る。

あの記憶に似ている。

⏰:09/10/20 11:10 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#661 [あき]
『…ごめんなさいごめんなさい。あきが悪かったからっ…だから、怒らないで。』

自然に涙が溢れてきた。この涙を彼には、どんな涙に見えたのだろうか。
私は、あんな男なんて大嫌いだと強く強く誓った、恨んで憎んで…。
なのに、結局、あの時、私は父親に似た彼を選んでいた。
本当は、会いたくて抱きしめて欲しくて。
大好きな父親。

女の子は父親に似た人を選ぶ。

そんな昔からの言葉をふと思い出す。
目の前で怒る彼の姿をどこか遠くで眺める自分がいて。
自分の弱さ。
情けなさに涙が溢れてきた。

⏰:09/10/20 11:26 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#662 [あき]
女の涙は強い。
これもまた昔からの言葉であり、やはり正しいのかもしれない。
本当の涙の意味なんて知るよしもない彼は、ポロポロと涙を溢す姿に、怒りを急速に低下させ掴む腕の強さが弱めた。

『俺から離れてかないでよ。』

そして、精一杯の愛を私に向ける。
これも、父親に似ている。
怒りをぶちまけるだけぶちまけると、後は、何事も無かったように。
いや、恐らく冷静になったと同時に優しさを与える。
彼もまた翌日、私が目覚めると、リビングには、流行りのお人形が置いてあった。
時には、大きなエレクトーンが届けられたり、時にはまだ珍しい流行りのテレビゲーム。
そうやって、彼は私への愛を現した。

⏰:09/10/20 11:42 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#663 [あき]
『…もう仕事辞めてくれ。俺の傍にいて俺を安心させてさえくれたら、俺だってこんなに怒らないんだ。』

そう言って今度は強く抱きしめられる。

私は、一生ここから抜け出せない。そう感じた。

あの父親からも、どんな恐怖からも、どんな孤独からも、いつも守ってくれた。
心底愛したなおちゃんを、最後まで信じきれなかった私が。
たった数ヶ月の西条さんには信じて欲しいと訴え続けた。

そんな、自分勝手な私に下された結末。

力無くただ腕の中に収まる私に、彼は優しく頭を撫でて。
また唇を私に押しあてた―…

⏰:09/10/20 12:05 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#664 []
>>201-400

⏰:09/10/21 11:23 📱:SO903iTV 🆔:UXIJoV0E


#665 []
>>401-600

⏰:09/10/21 22:03 📱:SO903iTV 🆔:UXIJoV0E


#666 [あき]
―――――――

もう逃げられないと思った。

寝室で露になった胸板から目を反らし、剥ぎ取った薄いシーツに、また露になった自身をくるませる。
キッチンに立ち、換気扇の下、煙草に火をつけ、轟音の下で細く静かに白い煙を吐き出す。

そう
私はもう彼から逃げられない。

⏰:09/10/26 23:54 📱:W64S 🆔:OYfTDteY


#667 [あき]
突然だった。
そんなつもりはなかった。ただ、彼から逃れる為に私は寝室へと逃げた。着替えてくる。確かそんな理由をつけて私はあの場所を離れたのだ。彼は力を緩め、私を見送った。
リビングを抜け、隣のドアを開ける。
カチャリとドアを閉めて、ベッドに腰を下ろす。思い出してしまった自分の過去を打ち消そうと頭を抱えた。
頭を抱え、瞼の裏側に焼き付く父親の残像を消そうともがいた。

もう消えて。

そう強く願った。

⏰:09/10/27 00:02 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#668 [あき]
突然、扉が開く音がした。顔を上げると、そこには彼が立っていて、私に向かって歩み寄ってくる。私は、咄嗟に笑顔を作り上げ立ち上がる。入って来ないでよなんて、笑ってみせたと思う。

簡単だった。

長身の彼の体に
小さな私はすっぽりと収まるしかなく。

後は、どさりと二人でベッドに倒れ込んだ。

⏰:09/10/27 00:07 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#669 [あき]
そして、彼はまた私を強く求めた。

嫌だと懇願しても、涙を流しても、彼は私を強く抱きしめた。
抱きしめては、私を強く求め離そうとはしなかった。

そして、彼はとうとう私の中で全身で、私にその愛を注ぎ込んだのだ。

その愛を全身で受け入れてしまったという現実をただ、呆然と天井を見つめるしか出来なかった。

その時、私は涙も出なかった。

⏰:09/10/27 00:13 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#670 [あき]
《俺の子〃出来るかな?》

私のお腹を撫でて無邪気に笑う彼。
痛んだ心に更に刺し込む刃。

《……できないよ。》

薄い布団にくるまり、ぽつりと呟く。

《そんなのわかんないじゃん。俺のお子っ…〃》

《…私、子供産めない体だから。無理だよ。》

昔、本気で尽くした彼に捨てられて
本気で愛したなおちゃんに打ち明けた。

私の……傷。

⏰:09/10/27 00:22 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#671 [あき]
淡々と彼に話す私は強くなった?


違う。


どうでもよくなった…


ただそれだけ。

⏰:09/10/27 00:23 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#672 [あき]
涙を流す事なくただ淡々と話す私に彼は、しばらく黙り込み、そしてまた強く私を抱きしめて。

大丈夫。俺は、そんなの信じない。

そう言った。
彼は、一体何を信じないのだろうか。

私の体?
私の話?
それとも
私達の未来?

彼の胸の中で鼓膜を震わせる彼の言葉は何も胸には響いては来なかった。

ただ、突然に強引に
押し付けてられた愛の証。

その行為が。
私は信じられないでいた。

⏰:09/10/27 00:30 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#673 [あき]
彼はその後もまた、ただ脱け殻となった私を抱いては、愛を囁き、私の中で二度目の愛を注ぐ。私は、またかと、人生二度目のそれをただ天を見つめ、受け入れた。

本当はね。

こんな私でも
心の隅。奥底では奇跡を信じていた。
いつか―…
そんな儚い夢を持っていた。

だからこそ、こんな体の私でも、決して許さなかった。

その願いは。
今更気付いた。
奇跡を信じたい相手とは違う人

から与えられた―…

⏰:09/10/27 00:57 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#674 [あき]
私だって、もう小娘じゃない。
今更、慌ててシャワーを浴びたって、跳んだって跳ねたって、逆立ちしたって…
何の意味もない事くらい知識として知っている。
ただ、情けない事に

自分の体を熟知しているが故の強さと

もし、彼との間に
奇跡が生まれたら…
そんな弱さの間で

もう彼から
逃げられない。

そう覚悟するしかなかった。

やっぱり涙も出なかった―…

⏰:09/10/27 01:08 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#675 [あき]
そして、これが
あきと、なおちゃんの
最後の壁。



この壁は。

決定的に

私達を引き裂き

それは

別れを示していた。

⏰:09/10/27 01:45 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#676 [あき]
――――――――

『…ねー…眠いんだけど?』

『なら帰れば?』

『いや、呼び出したのは貴方ですが?』

『用件は済んだ。』


相変わらず、意味の解らない突然の呼び出しに、まんまとハメられ、ここまで車を出してきた私。

そんな苦労に労いひとつも無く、趣味のギターをポロリンポロリン奏でながら、私の存在を無視しやがるこいつ。

溜め息が出る。

⏰:09/10/27 01:50 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#677 [あき]
『…なおちゃんさ〜…ほんっっと!!オヤジになったよねぇ。』

元はと言えば幼なじみ。出会った頃の事は、さて置いて。再会したのは、十代最後の歳。
そして、今や二人共に、結婚適齢期。私の目の前にいるこの彼は、一体誰なんだと言いたいぐらいに様変わりしていた。

『うっせ。貴女もいい加減いい歳だろうが!』

『…ですよねー…あーあ…』

急激にテンションが下がる。
私は、この部屋での定位置。
お気に入りのクッションを抱え、お気に入りのソファーにボスリと横たわった。

⏰:09/10/27 02:00 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#678 [あき]
『…あーっ!!幸せになりたーいっ!!』

これは、ここでの私の口癖。
お気に入りの大きなクッションをボスボスと叩きながら、足をバタバタさせた。

『はいはい。ぶちゃいくさん、うるさいよ。』
なおちゃんは、そんな私の叫びを聞き流し、最近、新しく買ったギターの楽譜をテーブルに置き、ポロリンとまたメロディを奏でた。

『不細工言うなっ!』

⏰:09/10/27 02:06 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#679 [あき]
『はいはい。おでぶちゃん。』

『あのねぇ!!』

なおちゃんの部屋で、彼が奏でるアコースティックギターの音色を聞きながら、こうやって憎まれ口を叩き合う時間が、私には、とてつもなく、心地好い時間だったりするけど。
それは口が裂けても言えない言葉。

『なおちゃんが知らないだけで、こんな私を好きだという人は、いるんですぅ!!』


『ほぉ〜〃良かったじゃんっ!なら、その人に幸せにしてもらえ。』


なおちゃんは、またいつもの調子で、私の戯言を聞き流した。

⏰:09/10/27 02:13 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#680 [あき]
いつもそう。

なおちゃんは、いつも、私が何を言っても、顔色ひとつ変えないで。
笑って聞き流す。
私だけが、好きで好きで…たまらなく好きで。そんな月日だった。

それがツラかった。
だから私は…

『……本当だよ?』

そんな姿が、あまりにも哀しくて、ついポロリと漏らす。

『…知ってるよ。例の彼だろ?』

なおちゃんは、楽譜に目を落としたまま、静かに答える。

今夜。久しぶりに
私達の間に静かな時間が流れた。

⏰:09/10/27 02:19 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#681 [あき]
『…結婚…言われてる。こっちに来いって。』

『へぇ。』

『…それだけ?』

『世の中には物好きがいるもんだな。』

『…で…ですよねーっ?!〃』


なおちゃんの奏でるメロディが、胸に刺さる。
この、メロディ。

私達が毎日のように一緒にいた頃。
あの、なおちゃんの小さな城で、暇潰しに二人で見たあの古い映画。
さほど興味無かった映画だったのに。
エンディングには、二人で感動してて。
二人でちょっと泣いてて。
最近、熱心に練習しているメロディなんだよね。

⏰:09/10/27 02:33 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#682 [あき]
練習してる事には気付いていたけれど、空気を変えたくて、私は明るく言った。

『それ、あれじゃん?』

『そう、それ。』

そして、自分達の今の会話に違和感を感じ、数秒の沈黙の後、二人で目を合わせた。

『てかさ、私達今の会話成り立ったんだよね?〃』

『成り立ったのが、悔しいな〃』


二人で笑った。

⏰:09/10/27 02:46 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#683 [あき]
そんな空間がやっぱり心地好くて、なのに、こんなに心地好い空間を、私は掴めなかった…掴んでいられなかった。

自ら手放した。

なのに

止めて欲しくて。


まだ、微かに希望や期待なんかして。


どこまで、自分勝手な女なんだ―…

⏰:09/10/27 03:04 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#684 [あき]
なおちゃんの目を見ていられなかった。

上半身をゴロンと横たえたソファーの上。
下ろした足をプラプラさせながら、古ぼけたなおちゃんの部屋の空を見上げる。

『………』
『………』

妙な沈黙。

静かに流れる、新しいメロディ。

この曲も知っている。

なおちゃんの指から
完璧に弾きこなされる美しいメロディに、私は無言で耳を傾けた。

⏰:09/10/27 03:14 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#685 [あき]
よく弾いてくれるこのメロディ。
私が好きな曲としてなおちゃんは記憶している。

だけど…
本当は違う。

なおちゃんは知らない真実。


あれは再会した直後。

まだ、私が夜の世界に生きていた頃。
学力に弱い私はもっぱら邦楽派。
洋楽なんて、何言ってるのかサッパリわかりません!的ノリだったあの頃。

当時お気に入りだったアーティストがカヴァーをしていた洋楽アーティストのある一曲。

⏰:09/10/27 03:37 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#686 [あき]
その日、お店に顔を出してくれたなおちゃん。閉店までいたもんだから、ついでだと送った私の車内。
ドキドキの車内。
偶然にも、その一曲が流れた。

《おっ!いい曲聞いてる…って、カヴァーかよっ!原曲聞けよ〃俺、この曲好きなんだ。》

彼の好きな物は、何だって好きになりたかった。私は、その夜、原曲とやらを必死に調べた。それは、当時、名前も聞いた事のない知らない国のチンプンカンプンアーティスト。

⏰:09/10/27 03:47 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#687 [あき]
普段行かない洋楽アーティストコーナーで、全く知らない世界に呆然と立ち尽くし、めっぽう横文字に弱い私は、訳がわからなくなり、勢い余って、そのアーティストを、いっさいがっさい大人買いしてやった。

そして、携帯電話の着信音。当時、じわじわと流行りだした着信コール。全て設定を変える見事な馬鹿っぷり。

だけど、人間の記憶というのは、時に簡単にすり替えられる。
なおちゃんが好きだと言ったアーティストは。

いつしか、私も好きな曲として新たに、なおちゃんの記憶に埋め込まれてしまったのだ。

それが真実―…〃

⏰:09/10/27 04:09 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#688 [あき]
『久しぶりに、あれ聞きたいな!!』

『ああっ?あれ、コード難しいんだよ。』

『いいじゃん!練習〃練習!』

そんな想い出の詰まったメロディは、今の私には聞けない。
明るく、あっけらかんと、何事もないように,[あれ]と違う曲をリクエストしてみる。
なおちゃんもまた[あれ]は難しいんだと、ぶう垂れながら、ペラペラとページを捲った。
なおちゃんが鼻歌まじりに歌うこの曲。

私が、一番大好きな曲。

⏰:09/10/28 04:08 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#689 [あき]
昔も今も変わらず着信音に設定しているあの曲よりも、他のどんな曲よりも。

私には、この曲が一番大切で。
一番好きだなんて、なおちゃんは知らない。
騙されてやんのっ。

……
………
そりゃそうでしょ。


なおちゃんが、耳にする事はないんだから。

⏰:09/10/28 04:15 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#690 [あき]
初めてこの曲を聞いたのは、私達にとっては、大人になって二人きりで過ごす初めての夜だった。
切っ掛けは、何がどうなってそうなったのか、未だ思い出せない程、私の記憶は、ぶっ飛んでいるが。
なおちゃんと二人、カラオケ店にいた。
恐らく、店の後。
酔いに任せて、流行りの歌を唄いまくる私にしぶしぶ付き合って(いたと思われる)なおちゃん。
飽きた私は強引にマイクを渡した。
《俺、洋楽しか知らなぞ。》《いーから歌って!!》
確かそんな会話をした覚えがある。
これまたしぶしぶ(のはず)入力して流れ出したのは、優しいバラード。そして意味の解らない歌詞。
だけど、それに乗っかるように正しい音程で響くなおちゃんの歌声がそこにあった。
その声は
とっても綺麗で
とっても優しくて。
私の心を突き抜けた。

⏰:09/10/28 04:30 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#691 [あき]
咄嗟に歌手名を探す。
洋楽に無知な私にも、わかるようにの配慮なのか、優しさなのか。

それは米国で歌姫と呼ばれているアーティストだった。
唄い終えた彼に私は聞いた。

《この人は知ってるっ!!で?どうゆう意味なの??〃》

《んー…簡単に言えば、アナタなしでは生きてけない。って意味かな?いい曲だろ?》

《へ〜〃》

大好きな、なおちゃんが初めて唄った優しい声。綺麗なメロディ。
何より、言葉の意味を知った私は。
その夜から、この曲が一番好きになった。
なおちゃんへの想いが強くなればなる程、この曲が大好きになった。その夜から、なおちゃん専用の着信音に変わった。もう、何年も、何年も。なおちゃん専用の着信音―…

アナタなしでは生きてけない。

⏰:09/10/28 04:44 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#692 [あき]
なおちゃん専用の着信音なだけに、彼自身私の携帯電話から流れ出すこのメロディを知らない。私が好きだと言う音楽の中で

[なおちゃんが好きだから好きになった曲]
なのに

[俺も好きだけど、あきも好き]

に勝手にすり替えられたあの曲よりも
あの夜から、私が一番大切にしているこの曲の存在を、なおちゃんは知らない。

⏰:09/10/28 04:51 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#693 [あき]
『…んー微妙だね!〃もう少し練習が必要だな。こりゃ。』

『うっせ!』

なおちゃんは、ギターを横に置くと、煙草に一本火をつけた。
私は、その煙に誘われるように、起き上がり、煙草に火を点ける。
憎まれ口を叩きながら、二本の煙が、空間に立っていた。

『…で?どうすんの?』

『なにがぁ?〃』

『行くのか?その彼ん所。』

突然の質問に固まる私。そんな私をじっと見つめるなおちゃん。
ジリリと火が燃えて、灰がポトリと落ちた。

⏰:09/10/28 04:57 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#694 [あき]
―――――――

BGMを失った部屋は、とても静かだった。
先ほどの質問に、答えを求める彼と、答えに詰まる私。
二本の煙だけがふわりと登った。

『…さぁ。』

やっと言葉を発したのは私。
曖昧な返事を残して、私は煙草の火を揉み消した。
なおちゃんの先端、ぼぉっと火が灯り、細く白い煙がまた天に上り空気に消える。

『いいんじゃないの?』

少し目を細めて、くしゃりと火を揉み消した。なおちゃんのその指を、私は静かに見つめた。

⏰:09/10/31 00:31 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#695 [あき]
『…そう?』

なんとも適当にその答えをサラリと聞き流した。そのまま、買ってきた最近お気に入りの少し苦めのカフェオレを吸い込む。

『知らんが。』

また、なおちゃんも、なんとも適当な返事で、差し入れに買ってきたいつものブラック缶珈琲を喉に流す。

『……』

私達が出会って。
再会して。
互いに言葉を選び、言葉を探すこんな時間が流れるなんて、思いもしなかった。

⏰:09/10/31 00:54 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#696 [あき]
幼い頃は、無邪気に手を繋ぎ笑い会った。
《あきちゃん!》
《なぁに?なおちゃん!》《あのね、僕ねっ!》《あのね、あたしね!》
そんな淡い記憶。

時が過ぎて、様々な傷をおって、様々な問題を抱え再会した私達。

《あのさ》《なに?》《てかさ?》《いや、それはさ!》

その苦しみや傷を吐き出すように、二人で語り明かした。
くだらない事に何時間も笑い合った。

私達の間には、いつも互いを思う言葉が溢れていて。互いを必死とする時間が流れていた。

なのに、なんだこれ。
この微妙な空気。
何がいけなかったんだろう…

⏰:09/10/31 01:07 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#697 [あき]
『何度も無理だって断ってるのにさ〃えらく私がいいみたいよ?』

行きたくないけど。
行くかもしれない。

私は卑怯だ。
微妙なニュアンスを残しながら、クッションを抱え、またボスリとソファーに横たえた。
古びた天井を見つめ、はははと笑って見せた。

『ふーん。』

また、なおちゃんはギターを手に取り、ポロリンと奏でる。

『なおちゃんは?最近どうなのよ!』

何気無い質問。
その何気無い質問に、彼もまた何気無く答える。

⏰:09/10/31 01:17 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#698 [あき]
『ああ。そろそろ俺も考え時かなって思うよ。』

『ん?』

なおちゃんの話を、きちんと、聞き入れられているんだろうか。

わかってた。
ずっと知ってた。

なおちゃんは、女性を惹き付ける魅力のある人だって事は。

トラレタらどうしよう。

新しくライバルが出現する度に怯えたし、だけど、彼自身が興味を示さない事に、安心し、トラレない事を確信した(※勝手に)。
敗北を味わったのは、今も昔も、別れた彼女(実質は元奥さん)だけ。たった一度だけ。

⏰:09/10/31 01:40 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#699 [あき]
昔に一度だけ、突然に現れた真っ青携帯の女。後に事情を知り、飛び蹴りしてやりたくなったけれど。あの状況でもまだ、私は、彼を信じていたし、彼を想っていた。だからこそ、強くいられた。

『で、どうすんの?〃』

『いや、どうすっかなと思ってる。』

『…そんなの知らないし〃』

今聞かされている新しい存在。
なおちゃんの言葉に
彼自身の心が、揺れている事がわかる。
そしてまた、それを強く否定できないのは。
自分自身が、西条さんの存在に、負い目を感じている。
私達の間でそんな二つの感情がぶつかり合っていた。

⏰:09/10/31 02:06 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#700 [あき]
強く否定が出来ないまま、彼の話を聞き入れる。

男と女の出会いがあって。心の弱った女が、強さ、優しさ溢れる言葉に恋に堕ちる。
そして立ち直っていく。
本来ならば、見てて欠伸が出そうな定番ストーリー。
なのに、今こうして、話に吸い込まれてしまっているのかというと。
定番ストーリーだからこそ、痛い程わかるのだ。
私は彼女の想いが手にとるようにわかった。
そう。
もう何年も前。
私こそが、彼に繰り広げた定番ストーリーが、またその彼女の中でも、繰り広げられていたのだから。

⏰:09/10/31 02:52 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#701 [あき]
『で?だから?私に何を言って欲しいわけ?〃』

『思ったままをどうぞ。俺は、女の気持ちがわからん!!』

『なおちゃんは、その子の事、女としてどう思った?』

『…いや。特に…』

『なら、相手を傷つけるだけだよ。やめとけ、やめとけぇい〃』

明るく、私らしく
彼から除外させる。
昔から、この言葉で、私はライバルを蹴落としてきた。

卑怯だ。
本当に、私は卑怯だ…

自分は、寂しさから耐えられず、フラフラとしてたくせに。
なのに、誰にもなおちゃんには触れて欲しく無かった。
ただの嫉妬。

⏰:09/10/31 03:08 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#702 [あき]
なのに女心の解らないなおちゃんは言った。
私の言葉に、そうだよなと頷きながら。
だけど
私の目の前で。
いつもの調子で。
言った。

『いや、でも俺も一人は疲れるし。そろそろ、いいかなと思うんだよな。』


どうしてだろう。

私には、西条さんがいるのに。

なおちゃんの言葉に


ズキンときて。
グサリときて。


カッとなった―…

⏰:09/10/31 03:18 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#703 [あき]
『なら、付き合えばいいじゃん。その彼女、ボロボロに傷つけると思うけどね。』

『んだよ。その言い方。』

カチンときた悪いクセ。なおちゃんに向けて、思ってもない言葉が飛び出した。なおちゃんは、ギターを置くと、私の目を見る。その目は、深い所で光っていて、不愉快さを表していた。それは、瞬時にわかったけど、言い出したのは自分。やっぱり後には引けない。

『だって、今まで興味示さなかったくせに、今回のその彼女にはなおちゃんも何か、魅力を感じたから、付き合ってもいいって思えるんでしょう。
なら良いんじゃないって言ってるの!』

⏰:09/10/31 03:41 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#704 [あき]
『そうだな。そっちも、嫁の貰い手出来たみたいだし?』

『……』


『いいんじゃね?
想われる相手と一緒にいる方が幸せなんだよ。きっと。』


『そんな事ない!!
好きな人と一緒にいる方が幸せだよ!!』


『そうかな?好きにならなきゃ生まれない感情は沢山あって、それは、ほぼ苦痛でしかねーよ。会いたいに始まり、悲しい、寂しい、嫉妬に、怒り…な??疲れるだろ??』

⏰:09/10/31 04:02 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#705 [あき]
『それは間違ってる。好きになってもらえない相手といる方がツラいんだよ!!』

『あきはどうなんだよっ?なら、その彼の事傷つけてんじゃねーの?いい加減にハッキリしてやれよっ。』

『そんなのわかってるっ。だけど、私は幸せになりたいのっ!だから、彼の所に行く事も真剣に考えて…』

『あっそ。なら、好きにすれば?俺も、彼女の事考えてやるつもりだし。』

『…あっそ!するわよっ!!バカッ!!』

⏰:09/10/31 04:19 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#706 [あき]
バックを掴み、部屋を飛び出した。
バタバタと降りる階段に、なおちゃんのお母さんが不思議そうに居間から顔を覗かせる。

『あきちゃ…』
『おばちゃん!お邪魔しましたっ!!』

目を丸くした、お母さんに声を掛けられて、私は、顔を背けて挨拶をする。
そのまま、バタバタと玄関を飛び出した。
そんな私の背中を、呆然と見送る姿が目に浮かぶ。
だけど、その姿は溢れる涙ですぐに消えた。

暗闇の中。
流れる景色の中、夢中でアクセルを踏み続けた。

⏰:09/10/31 04:26 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#707 [あき]
なおちゃんが、誰と交際しようが、どこで何をしようが。私には怒る理由なんて、ない。
そんな事、この何年もわかっていた。だからこそ、耐えてきた。
なのに今夜は、この悔しさも、この悲しさも、とめどなく泪となって溢れ出てしまう。
この泪で消し去りたくなる。私の心の淡い灯火。

『なおとの馬鹿野郎!!』

ハンドルをガツンと殴ってみる。手の痛みの変わりに心が痛かった。

彼が放つ言葉の数々に一喜一憂して。
バカみたいに信じて。
それからずっと
心に灯され続けた消える事のない淡い光も。
その微かに光る灯火を信じて待ち続けた、私自身の存在も。
そんな私の時間も全てを否定されたように思えて。泪が止まらなかった。

⏰:09/10/31 04:48 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#708 [あき]
コメ失礼します。
いつも読んでいます!
お互い求め合ってる様に感じました。
最後まで読みます。頑張って

⏰:09/10/31 14:39 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#709 [あき]
あきさん、いつも有難う! あきより。笑

⏰:09/10/31 21:36 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#710 [あき]
――――――――

部屋は静かで、何もやる気が起きない。
ソファーに転がり、無音の中で、さっきの出来事を思い出す。
勢い余って飛び出したなおちゃんの部屋。
バタンと閉めた部屋の扉。バタバタと降りた階段の感触。
それらは、まだ手足に残っていた。
なおちゃんは、いつも、冷静沈着で。
いつも大人で。
私ばかりが子供扱いで。だけど、なおちゃんの隣は心地好くて。
わかっていたのに。
私は何を求めて何を間違って…
どうしてこんな事になってしまったんだろう。

⏰:09/10/31 21:43 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#711 [あき]
なおちゃんの手を離したのは私。

幸せを掴む友人達を目の前に。
羨みそして自分の現実に焦り戸惑った。

いつまでもいつまでも。曖昧な言葉の向こう、微かに見え隠れする不安定な未来に夢見る歳でもない。
そう思った.
その瞬間、私は何かを見失って。
未来より、目の前の確実なる現実に手を伸ばしたのだ。
全てを過去にし、現実を掴み、確かなる未来を―…
あの瞬間、私はそう選んだ。


その結果がこの有り様で…

⏰:09/10/31 22:09 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#712 [あき]
思い返しても。
あの時、あの瞬間…
いや、なおちゃんに恋した瞬間から。
私はただ、寂しかっただけ。
誰かに愛されているという[今]が欲しかっただけ。
掴んだ現実。
なのに、私の中は、いつも、なおちゃんで一杯だった。誰も入る余地なんてなかった。
すぐにわかったのに…引き返せば良かったのに。
弱虫の私は、引き返せなかった。
最悪最悪な女。

⏰:09/10/31 22:16 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#713 [あき]
なおちゃんの口から聞かされた[現実]に、ただ、後悔の波が押し寄せる。
仕方ない
仕方ないんだ。
私が、西条さんのモノになったように。
なおちゃんが、誰かのモノになっても。
仕方ない。

そう自分に言い聞かせ
ソファーの上。
膝を抱え
子供の様に
ただ、泣きじゃくった―…

⏰:09/10/31 22:20 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#714 [あき]
―――――――

あの夜から、なおちゃんとは、音信不通。
もしかしたら、なおちゃんは[彼女]といるのかもしれない。
そんな余念が、私を遠ざける。
あの真っ青携帯の女の時と同じ。
ただ、あの時と決定的に違う事。
それは―距離―あの頃すぐ傍で感じられたなおちゃんの生活が。
今の私達には、ここから北へ遥か数十キロの距離に憚られ、何も見えなかった。
意識は、北へと向かうものの、今夜もまた、反対側、遠く離れた南にいる、西条さんに縛られ身動きが取れないでいる。

⏰:09/10/31 22:29 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#715 [あき]
『うん。…もう寝るしっ…〃うんっ。出来れば言うからっ…じゃおやすみなさい。』

電話を切り、溜め息が漏れる。

あれ以降も、まるで何事もなかったかのように、彼は毎日の電話を欠かさなかったし、毎日のように、私に愛を求めた。

私はというと。
まるで彼の愛に逆らうように、冷めた感情で、彼の愛を受け入れ。
言葉を発した。

許せなかった。

⏰:09/10/31 22:49 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#716 [あき]
あの日、あれは彼は私を繋ぎ止める手段だったと。
百歩…いや一千歩…まだまだ…一億万歩…うーん…よし百億万歩譲ったとして、理解をしよう。

だけど、二度目のそれは許せなかった。

私の体を知ったうえでのそれは、やっぱり許せなかった。
これは、同じ苦しみや不安を背負う女性にしかわからないかもしれない。
体を知ったうえでの、それは、ただ単に快楽、もしくは支配感。その捌け口としか思えなかった。
勿論、そんなつもりはないと言われても。
私には屈辱―…
の何物でもない。
そして、やはり、そのものが、深く深く傷として残った。

⏰:09/11/01 01:24 📱:W64S 🆔:vcC6lnxA


#717 [あき]
彼の戦略にまんまとはまった私はただ、彼を受け入れるしかなかった。

99パーセント無理だと言われ続けた体でも。
まさかまさかの、このタイミングで、残りの1パーセントの奇跡が起きてしまっていたらと考えると震える。
私はもう、本当に彼から逃げられない。
選択は許されない。
一生、諦めるしかなかった。

滑稽だけど
普通の女の子のように。拭いきれない不安と、日々一人で戦っていた。

⏰:09/11/01 01:48 📱:W64S 🆔:vcC6lnxA


#718 [あき]
彼自身、あれが全てのように、より一層私を呼び寄せる意思を強めていた。

私の中の分身が

そりゃさ、我が侭で傲慢で自分とは合わない奴だけど。
もう二度と、こんなに愛される事はないのかもしれないよ。
いっそこのまま飛び込んでしまえ!
一緒に生活すりゃぁ、愛せる時が来るよ。


そう言う。
だけど、もう一人の私が

本当にいいの?彼でいいの?なおちゃんへの想いを忘れられるの?行ったら、二度となおちゃんに会えないよ?一生彼だよ?愛せるの?

そう言って腕を掴む。

⏰:09/11/01 02:02 📱:W64S 🆔:vcC6lnxA


#719 [あき]
仕事復帰を果たし、折り合いがつかなくなり、今や修復不可能の大御所連中に揉まれながらの日々の暮らしに加え。

遠く離れた西条さんとの戦いの日々。

そしてあれ以来避けてきた、なおちゃんへの心の葛藤。

そうした、目まぐるしい時間の中で。

月日はあっという間に流れた。

そして

私は、更なる体の異変に気がつく―…

⏰:09/11/01 02:10 📱:W64S 🆔:vcC6lnxA


#720 [あさか]
アゲ

⏰:09/11/08 22:42 📱:SH906i 🆔:FYfu5g7E


#721 [りん]
>>1-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700

⏰:09/11/09 18:18 📱:P905i 🆔:GiV21S1Y


#722 [ももか]
あきさん、この話しは
今リアルタイムの出来事ですか

⏰:09/11/11 17:04 📱:P03A 🆔:MRJ2oyes


#723 [なお]
体大丈夫ですか

初めから、ずっと読んでます。
なので、あきさんのこと、体のことすごく心配になったから、コメントしました
私には、あきさんが「なおちゃんがやっぱり好き」っと前みたいに素直に言って戻って来てくれるのを心底に願っているように思います。待ってると思います。
なおちゃんもあきさんと同じように助けを求めたい人はあきさんしかいない思います。
あきさんじゃないとダメだと思います。
勝手なことを言って本当にすみません。
でも思いは言葉にしないと伝わらないから、、だからあきさんには後悔だけは絶対にしてほしくないです。

⏰:09/11/12 00:31 📱:P03A 🆔:w5I/bXMY


#724 [れぃな]
私もこの小説ら、あきさんが大好きです!無理せず、頑張ってください☆☆

⏰:09/11/12 22:33 📱:N905i 🆔:JNHfaKMI


#725 [あき]
皆様、コメント有難うございます。
一つ一つ大切に見させて頂きました。
待って下さって有難うございました。

⏰:09/11/16 20:36 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#726 [あき]
――――――――

『また飲んじゃった…』

錠剤のカプセル。
飲み干したミネラルウォータ−。
たった今、自らが手を伸ばしたそれらを見つめ、私は呟く。

『ダメだよな…』

殻になったそれらを見つめながら、自分に溜め息をついて、頭を抱えた。
だけど、飲み干した私の体は直ぐに心臓がバクバクと音を立てて、息苦しくなって,クラクラと目眩がして。

その感覚が。
私の精神を落ち着かせてくれた。

⏰:09/11/16 20:49 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#727 [あき]
白い錠剤。

これは今の私には、無くてはならないものとなった。

ただの鎮痛剤―…

苦痛を和らげてくれるそれは、私には何事にも変えられないものとなった。
それが…
この白い錠剤を飲み干さないと落ち着かなくなった。

一錠…二錠…三錠…

無意識に飲んでしまう。
今は少しチクッとした事に反応し。
一度に四錠…飲み干した。

⏰:09/11/16 20:54 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#728 [あき]
依存―…

依存なんて言葉が当てはまるのかはわからない。ダークなイメージが強いこの言葉。
自分には関係のない世界だと思っていた。
なのに。
間違いなく、今の私は本来の目的すら見失い、用途を見失ったまま。目の前の白い錠剤を飲み続けている。

持ってないと落ち着かない。
飲まないと落ち着かない。

異常なまでの量を、一度に何度も…
飲み干した。

⏰:09/11/16 21:01 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#729 [あき]
一度に四錠飲み干した体はドクンドクンと脈動が激しくなり、それが全身に伝わる。

『きた…』

視界は、一瞬ぐにゃりと曲がるけれど、これは、すぐにハッキリと見える。

次に体温が急上昇し、胸がカッと暑くなる。


そして、私の精神は
それらを全身で受け止めて。

そして、何故か安らいだ。

⏰:09/11/16 21:09 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#730 [あき]
そんな裏の姿を見せず、笑顔で出社する。
隙を見つけては、錠剤を多量に飲み、また笑顔を作る。

『痩せたよねぇ!』

外に出て、交わす会話の中に自分自身の体の変化を知らされる。
勿論自覚はしてない。
なんなら、相変わらずの子豚体系だと思っているけれど、最近は、必ずそう声を掛けられた。
昔から体重の変動は激しい方。
忙しくなれば痩せるし、悩みがあれば痩せる。
だけど、直ぐに元通り。
いつもの事と、そんな言葉すら特に気にもしなかった。

⏰:09/11/16 21:27 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#731 [あき]
西条さんとは相変わらずの関係を続けていて。

なおちゃんとも、相変わらずで―…


だけど、考えたって何も解決しない事は明確で。
もはや私には、どちらも煩わしくて、どうでも良くなっていた。

ただ、日々
流されるがまま過ぎていて。

淡々と過ぎていた。

⏰:09/11/16 21:50 📱:W64S 🆔:u8G2/lLk


#732 [あき]
――――――――

何気無い昼下り。
簡単にコンビニおにぎりで昼食を済ませ、いつもと変わらず、与えられた書類に目を通し、与えられた仕事に取りかかる。
ふとデスクの横、コピー機の前に立つ後輩の蒼白い顔が気になった。

『大丈夫?顔色悪いよ?』

声をかけてみる。
後輩は、そんな私の声に昔からひどくて。と小さな声で苦笑いをした。

ああ。あれか。

『鎮痛剤あるよ?飲む?』

そう言ってデスクの引き出しからポーチに入れた錠剤を差し出した。後輩は、助かりますと苦笑いをして一錠受け取ると、給湯室に向かったのだろう。うねりをあげるコピー機をそのままに、私の前から立ち去った。

⏰:09/11/17 01:47 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#733 [あき]
(生理痛ねぇ…〃)

そんな後輩の背中を見送り、可哀想にと少し肩をすくめ、再びデスクに戻り、書類に向かう。ボールペンを握り、はたと手が止まった。

……
………

視線をデスクの隅。
毎年、出入り業者に貰い、強制的に配布される可愛げも何もない無機質な月めくりカレンダーに移す。

……
………

⏰:09/11/17 01:56 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#734 [あき]
引き出しを開け、スケジュール帳を開いた。

がさつな性格の私でも、何故か昔からこれだけは欠かさない。
日々のスケジュールは勿論の事、何らかしらの形で、日々の生活を記してきていた。
感想であったりメモであったり…
一冊のノートには、私の日々が記されている。
ペラペラとめくり、目的の文字を探す。
今月はまだ、目的のものを見つけられない。
ページをめくって、先月、先々月の自身のスケジュールを確認する。やはり先月、先々月もまた、目的のメモ書きは見つけられなかった。やっと見つけた目的の文字が最後に記されていたのは…

三ヶ月も前だった。

⏰:09/11/17 02:12 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#735 [あき]
(………)

三ヶ月前には、ハッキリと日付にはマル印、その数日後には、バツ印がついている。
これもまた私の昔からの癖で、私だけの決まった印。

その文字(印)が、三ヶ月前を最後に、今まで記されていない。
スケジュール帳をパタリと閉じて、静かに引き出しに収める。
再びカレンダーを見つめ、今月も、あともう少しで終わる頃だと改めて気付いた。

心臓がバクンと鳴り、ドキンドキンと脈を打った。

⏰:09/11/17 02:24 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#736 [あき]
―――――――

感じた事のない恐怖。
物音ひとつしない冷めた部屋のソファー、暗闇の中、ただ、ただ体を抱える。外はザーザーと本降りの音がしていた。

『…まさか…』

本能なのか、潜在意識の中にあった憧れなのか、自然と手がお腹に伸びる。

『…はは…まさかぁ〃無理だしっ!』

意識が拒絶し、伸ばした手をハラハラと振り払い、意識を多量に飲み干し続けた錠剤を見つめる。

『……いや、こっちでもマズイよね…』

⏰:09/11/17 22:41 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#737 [あき]
黒い闇に悪魔の声が聞こえる。その声に一瞬心が揺れた。揺れてそして。

『……最低…』

そう呟き、涙が溢れた。情けなくて悔しくて涙が止まらなかった。
この言葉は誰に向けられた言葉でもない。

(今までこんなに薬を飲んでんだから…飲み続ければ大丈夫…)

悪魔の…いや私自身の声が聞こえ、それに頷いたのも、また私自身。
おぞましい私自身
に向けた言葉だった。

⏰:09/11/17 22:53 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#738 [あき]
頭を抱え、溢れる涙をそのままに、ただひたすら言葉を吐き続けた。
今はただ、そうするしか出来なかった。

『ごめんなさい…
ごめんなさい…』

本当は
気付いてた―…


あの時あの瞬間から。
起きるかもしれない奇跡に、覚悟をした筈なのに。

私は…
私という人間は…

⏰:09/11/17 23:19 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#739 [あき]
湧き出る感情は。

歓び

でも

希望でも

なく―…


恐怖。

であるという事が。

どうゆう意味なのか。

⏰:09/11/17 23:20 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#740 [あき]
そして今、現実になるかもしれないと思えば思う程。私は恐怖に怯えた。

それは
間違いなく。
その小さな奇跡を起こそうとした彼の想いへの裏切りだという事に。

『ごめんなさい…
ごめんなさい…』

起きているのかもしれない0.1パーセントの奇跡を、瞬時に自分の保身の為だけに消そうとした事に。

『ごめんなさい…
ごめんなさい…』

⏰:09/11/17 23:30 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#741 [あき]
『ごめんなさい…
ごめんなさい…』


とっくの前から
わかってたのに…
彼を突き放せなかった。
一人になるのが怖かった。

彼の心を裏切った。



『ごめん…ごめんね…』

信じてくれてたのに。
私の全てを受け止めてくれてたのに。

その一番大切で一番大好きな温もりを

裏切った。

⏰:09/11/17 23:49 📱:W64S 🆔:hcsGFdM6


#742 [あき]
――――――――

―ピッ。

《んん?》


『あっ…あたしぃ〃』

《おうっ》

『あのね…あたしね疲れちゃって。でもね、すっごく苦しくて…』

《はぁ?》


『…助けて…なおちゃん…』


《おいっ。何言ってんの?あきっ!》

―――――――――

⏰:09/11/18 00:40 📱:W64S 🆔:6mvq7ihU


#743 [あき]
ただの鎮痛剤。

ペットボトルの空と
ありったけの白い錠剤の脱け殻。

それが、テーブルの上、乱雑に視界に広がっている。

バクバクする心臓とクラクラする頭に、ぼんやりと見つめていた。

見つめていたのに。


耳から伝わる、大好きななおちゃんの声で。


涙で滲んで
見えなくなった―…

⏰:09/11/18 00:50 📱:W64S 🆔:6mvq7ihU


#744 [我輩は匿名である]
あげ(^ω^)

⏰:09/11/19 12:50 📱:P904i 🆔:fI9Ge5BQ


#745 [我輩は匿名である]
(。・ω・。)

⏰:09/11/26 17:15 📱:P904i 🆔:fg2YixCw


#746 [あき]
――――――――

つんと鼻につく消毒液の部屋に、また私は寝かされてる。
数分前から白衣の天使が、私に繋がれた細い管の後片付けをしていた。

『体調はどう?起きれる?』

『…まぁ…』

『廊下で彼が待ってるわよ。もう心配かけちゃダメだからね。』

『…はぃ…』

硬いベッドから体を起こして、私は頭を下げた。
消毒液の臭いのする部屋を抜けて、しんと静まり返った廊下に出ると。
そこに、なおちゃんがいた。

⏰:09/11/28 03:14 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#747 [あき]
ベンチに座り、腕を組んで難しい顔をしているなおちゃんに、歩み寄る。

『…終わった…』

『…おう。』

『……』

『……』

静かに立ち上がり、廊下を歩き出した彼の後をついていく。

静まり返った廊下に、私達の足音だけが響いていた。

⏰:09/11/28 03:17 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#748 [あき]
懐かしい匂いの車内。
相変わらずのBGMが流れている。
窓の外、眠り返った街の光を、私は静かに見つめる。
どんよりして、じめじめした空気の空。

時折、なおちゃんの煙草の匂いが車内に香っていた。

涙が溢れてきた。

⏰:09/11/28 03:21 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#749 [あき]
『…ごめん…』

『……』

『……うざっ。本当うざいよ。』

『…ん…。ごめん…』


なおちゃんは、たった一言。そう言っただけで、何も言わなくなった。崩壊した涙腺は、ただ溢れるばかりで、私は何も言えなかった。

⏰:09/11/28 03:24 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#750 [あき]
途切れた記憶。

部屋で、いつものように、白い錠剤を飲み干す。苦痛から逃げる為に、いつものように飲み干して…なおちゃんに電話をかけた。何故か、たまらなく声が聞きたくなって電話をかけた。

《苦しいよ…》

泣きながらそう伝えた。
言い様のない恐怖と、それから逃れる為に飲み干した錠剤の副作用。私はなおちゃんに苦痛を吐き出したんだ。

⏰:09/11/28 03:42 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#751 [あき]
《苦しい》

やっと吐き出したこの言葉は、私の全てだった。あの時、心も体も-苦しい-と悲鳴を上げている私自身を、助けて欲しかったのかもしれない。(※今だからそう思う)

その言葉を最後に、私の記憶は途切れ始める。

深い深い眠り―…

私自身、いつ眠ったのかもわからない程、ただ深い眠りに落ちていた。

⏰:09/11/28 03:53 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#752 [あき]
プツンと途切れた記憶。

遠くで、誰か声を聞いた。体を揺さぶられる感覚。ソファーに顔を埋め、ダラリと伸ばした私の腕。

(ああ…寝ちゃったのかな…)

そう思った。

次の記憶は
誰かに抱えられる感覚に身を任せている。

《だれ……?》

そこで、始めて声を発した。その声に答えてもらったのか、もらえてないのかは、わからない程、やっぱり私の記憶は、そこでプツンと途切れている。

⏰:09/11/28 04:07 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#753 [あき]
私を締め付けている洋服を乱暴に剥ぎ取られ、そして、強く捕まれた手の感覚に再び目を覚ます。

《…何…やめて…だれ…》

露になったであろう肌に絡む手。私は、体をくねらせ、そう言った。
そんな私の戯言に、黒い影は力の入らない体を抱え込む。そして大きな手は、私の手をしっかりと強く握った。
そこで、再び記憶は途切れ―…
ハッキリと目を覚ました時。
私は、何故かきちんと洋服を着て、消毒液の臭いがする硬いベッドの上、細い管に繋がれて寝かされていた。

⏰:09/11/28 04:25 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#754 [あき]
さっきから横で気難しい顔で煙草をふかしながら座るなおちゃんに、何も聞けなかった。
途切れた記憶は、あまりにも曖昧過ぎて、私自身怖くて聞けなかった。
胃を洗ってもらい、栄養を管から貰って。
すっかり正気に戻った今。

(…パンツ…可愛いの履いてたっけ…)

この期に及んで、馬鹿な私は、子供時代以来、何十年ぶりに見せた…いや、見せてしまったんであろう露な姿を心配する。
無言の部屋。
ああ。逃げ出したい…

⏰:09/11/28 04:34 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#755 [あき]
『…あの…』

人生最大限の勇気を振り絞り、無言の圧力に割って入る。
そんな私の声に、なおちゃんは、言った。

『…んだこれっ?
死にたかったわけ?』

聞いた事もないような静かな声。

『………』

『…答えろ。』

秘めた感情は、身震いするほど、怒りに満ちている声だった。

⏰:09/11/28 04:41 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#756 [我輩は匿名である]
説明の仕方まわりくどくね?死ねばいいし

⏰:09/11/28 21:34 📱:N906imyu 🆔:☆☆☆


#757 [我輩は匿名である]
>>756
普通に考えて主さんの心情わかんないですか?ものには言い方があるし、コメントするにはマナーがありますよね?あなたみたいな人は幸せ来ないでほしいです。
長文失礼しました。

⏰:09/11/28 22:40 📱:F01A 🆔:nbnzHfDo


#758 [我輩は匿名である]
>>756

文句言うくらいなら見なければいいと思います。
それに,主の文章は分かりやすいです。
これからも、更新楽しみにしています。

⏰:09/11/28 22:46 📱:821P 🆔:P2holPts


#759 [あき]
皆様、コメントありがとうございます。

気にしないで下さい。反論すれば、荒れるだけなので。^-^;

⏰:09/11/28 23:26 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#760 [あき]
『わかんない…』

冷めた声に、私はそう答える。

本当に、わからなかった。

あの瞬間。
私はただ、痛みから逃れる為に、いつもより少し多く錠剤を飲み干しただけかもしれないし。

全ての苦痛から逃れたい為に、多く飲み干したのかもしれないし。

あの時、あの瞬間の感情を言葉に表せないでいた。

⏰:09/11/28 23:31 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#761 [あき]
『だって、記憶ないしさっ?〃』

『ふざけんな。』

『……ごめん…』


静かな部屋の重い沈黙は、私の胸をチクチクと突き刺した。


『いい加減にしろよな。』

『…はい…』

心底…[心の底]から響く彼の声。
今、やっと事の大きさに気付く。
うつ向き、小さくなる私。
ただ静かな時間が流れていた―…

⏰:09/11/28 23:39 📱:W64S 🆔:qt2ezAIU


#762 [我輩は匿名である]
ごめんなさい(泣)

⏰:09/11/29 08:12 📱:N906imyu 🆔:☆☆☆


#763 [あき]
翌日
梅雨時期にもかかわらず、久しぶりの晴れ渡る空の下、私は、静かに扉を閉めた。

厚い雲に覆われて、時々雷雨にみまわれた私の胸が今日。

曇の隙間から、目映い光が差し込んで。
この空のように、晴れ渡ろうとしている。

『…よかった……』

今にも、力が抜けて座り込みそうになる自身を奮い立たせ、私は心底、澄みきった空にそう呟いた。

⏰:09/12/01 19:37 📱:W64S 🆔:EwkRwe0A


#764 [あき]
昨夜、不安の全てを打ち明けた私に彼はたった一言。

《三ヶ月止まっただけだろ?》

彼はくだらないと言った。

《ストレスだ、何だってよくある話じゃねぇの?
あ!もしや、あまりにもの肥満体系に、あがったんじゃねー?〃》

そう言って、ふははと笑った。

⏰:09/12/01 19:47 📱:W64S 🆔:EwkRwe0A


#765 [あき]
《…こんな事今までなかったもん…》

彼の嫌味にすら、まともに言い返す私に彼は、眼差しを真っ直ぐに代える。

《…なら、とにかく調べてもらえ。で、もし、そうだったんなら彼と、しっかり話合うんだ。逃げてちゃ話にならんだろ?いいな?》


私は、小さく頷いた。

⏰:09/12/01 19:53 📱:W64S 🆔:EwkRwe0A


#766 [あき]
また私は、なおちゃんに勇気を貰う。

そして、今朝。

私はひとり、その扉を開き、そして今、晴れ渡ろうとしている気持ちと、新たな気持ちを固め、ここに立っていた。

全てを終わらせたい。


本気で。
そう強く思った。

⏰:09/12/01 19:58 📱:W64S 🆔:EwkRwe0A


#767 [我輩は匿名である]
あきさん嫌だー!なおちゃんとくっついて欲しい!!妊娠してても西条さんとの赤ちゃんなら失礼な話、喜べないよ
ハラハラドキドキ更新待ってます!
体調にはこれからも気をつけて下さいね

⏰:09/12/02 00:09 📱:SH906i 🆔:CDkbhDsg


#768 [あき]
匿名さん、有難う!
―――――――――

携帯電話を握り、画面を出した。

【今から行っていい?】

【おう】

直ぐに返事は返ってきた。
そっけない画面をパタリと閉じて、ハンドルを握る。

いつもそう。
昔から、彼はそう。
何も言わない。
何も聞かないで。
ただ、私の答えを待ってくれている。

そんな彼に私は会いに行く。

⏰:09/12/02 01:32 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#769 [あき]
いつもの玄関を勝手に開けて、懐かしい匂いが残る廊下に足を置く。
途中、居間を覗くと、ベッドの上、気持ち良さそうに眠っているおじさんがいて。
寄り添うように、おばさんが座って本を読んでいた。

『おばちゃん!〃おじゃましますっ』

『あら、あきちゃん。いらっしゃい!〃』

『うんっ。』

笑顔を向けて、居間の前を通り過ぎる。
古い廊下の向こう。
軋む階段を登ると、中からギターの音色が聞こえてきた。

⏰:09/12/02 01:39 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#770 [あき]
数回ドアをノックして、ガチャリと開けた。

『来たよー!!』

バックをいつもの場所に置いて。
いつものソファーにどかりと座った。
私の挨拶を無視する彼は、ベッドに座り、足をこれでもかってぐらい広げ、少し丸めた背中に、少し傾げた首。
加えた煙草の煙を少し煙そうに目を細め、アコースティックの心地良い音色を奏でていた。

そんな、なおちゃんを…私は黙って見つめた。

⏰:09/12/02 01:48 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#771 [あき]
耳から伝わるその音色は、私の胸を暖かくし、心癒していく。
煙草に一本、火を点けた。
フワリと舞い上がった煙が、空で消える。

『……』
『……』

ただ私達の間には、ギターの音色しか無かった。
静かな時間。
だけど、なおちゃんがギターを置いた。
同じく、再び煙草に火を点けて、フワリと煙を吐き出す。

『…で?』

私の目をしっかりと捉え、真っ直ぐな眼差しで、答えを聞いた。

⏰:09/12/02 01:54 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#772 [あき]
『…うんっ…今朝行ってきたの。』

『んなこた、知ってる。昨日、俺がああ言ったんだ。あきのする事なんざ、予想がつくわ。』

『……』

『…で?その結果を言いに来たんじゃないのかよ?』

『…うん…』

『で?どうだったんだ?』

『…うん…あのね…』

⏰:09/12/02 01:59 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#773 [あき]
『…大丈夫だった!!
やっぱり、なおちゃんの言う通り、ストレスやら、薬の影響やらで、ホルモンバランス崩れてるだけだったみたい…』

ふへへと笑う私に、なおちゃんは、だから言ったこっちゃないと、呆れたように言った。

『お騒がせしました…〃』

なおちゃんは、また、馬鹿だアホだと、私をたしなめる。
お小言を聞きながら、私は、自然に溢れる笑顔を隠しきれない。
今、目の前で、お小言をダラダラと言い続ける、この呆れた目。

だけど、あの一瞬
ほんの0.5秒だけ

その一瞬の目に、なおちゃんなりの安堵が見えた。
それが嬉しかった。

⏰:09/12/02 02:18 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#774 [あき]
『はいはいっ…すみませんでしたぁ!!』

『ったく!!本当にあほぅの塊みたいな女だよなっ!!だから、デブなんだよっ!!』

『てか、デブは関係なくないっ!?いや、逆に!?お陰様で、かなり痩せましたけどぉ〃ほれほれっ〃』

私は、ペタンコになったお腹をパンパンと叩いて見せる。

『ウエストなんてきゅーっとくびれちゃってますがぁ?〃』

調子に乗って、くねくねとポーズを決める。
そんな私に、なおちゃんは、ふんと鼻を鳴らして言った。

⏰:09/12/02 02:24 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#775 [あき]
『痩せたって自慢すんじゃねーよっ!知るかっ!!』

その言葉に、ズキンと胸の音が鳴った。

『…いっ…言い出したのそっちじゃんっ!』
『…ったく。
本当、ドアホだよな。
もう吐くな。
薬に頼るのもやめろ。
いいな?』

『…はい…』

ズキンと鳴った胸が、熱くなった。

⏰:09/12/02 02:38 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#776 [あき]
『そんな事繰り返してたら、本当に子供産めなくなるぞっ?いいのか?』

『…そんなの…私は、もともと…』

『まだそんな事言ってんのか。くだらねーっ!〃』

ねぇ。なおちゃん。
本当はね。本当は…私。この数日間。
不安と恐怖に怯えながらも、相反する心の隅に、私にも…なんて淡い期待してた。
矛盾してるよね。
だけど、結果は、やっぱりゼロで。
安心した。ほっとした。それと、同じくらい情けなかった。悲しかった。やっぱり、私はダメな女なんだって。
そう思い知らされた。

そんな思いすら、貴方は知っていたって言うの?

⏰:09/12/02 02:53 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#777 [あき]
『で?その彼とは、どうすんだよ?』

『終わらせたい。
彼の考えには、ついてけないよ。もう何度も言ってるけど、聞いてやくれないし、理解してくれないんだ…。』

苦笑いで伝える私に、変わり物には、変わり物が着くんだなと、昨夜話た、西条さんとの一連の出来事を一人フムフムと分析を始めた。

『話を聞く限りでは、あきの為ってよりかは、自分資本の男だもんな。』

『そうなんだよね…。』

『ガツンと言えば?』

『効果なし。てか、もう怖い…刺されるよ〃あたし。』

⏰:09/12/02 03:12 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#778 [あき]
『なら、諦めて結婚すれば?』

『いやだ。』

『なら、刺されちゃえば?』

『おいっコラッ!』

『ったく、贅沢言うなよなぁ〜〃』

『いやいや…その選択は贅沢じゃなくて、究極でしょ!!』

ある晴れた昼下り。
私の最大の悩みなんて、知ったこっちゃないと言わんばかりの、なおちゃんから、

『俺が話してやるか。それが一番手っ取り早いよな。ほれ、携帯貸せっ!』

それは突然の発言だった。

冗談は、よしこちゃんだよ!!なおと君!泣

⏰:09/12/02 03:22 📱:W64S 🆔:mHlVqlYw


#779 [みさ]
1週間ぐらい前から1作目を読み始めて今ここまで追いつきました!!!
この小説好きです!!
これからも応援してます!
あきさん!がんばってください(>_<)

⏰:09/12/05 19:57 📱:P905i 🆔:☆☆☆


#780 [我輩は匿名である]
 
あきサンお疲れ様です☆
やっぱあきサンにはなおチャンですよ!! これは何年前の話ですか?

自分が素の姿でいられる人と一緒になってくださいm(__)m

⏰:09/12/10 00:40 📱:SH906iTV 🆔:6wwQq7jY


#781 [あき]
みささん。
匿名さん。
有り難うございますっ。

初めは、好きすぎた、なおちゃんとの楽しかった日々だけを記すつもりが…
三編にまで長くなり(-ー-)ゞ
コツコツと書き始めた私の過去が、この本編で、現在に近づいてまいりました。
なので。
もうすぐ、最終章も結末を迎えますっ。
宜しくお願いします!

⏰:09/12/10 20:54 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#782 [あき]
『なっ…何言ってんのよっ!なおちゃんが出たら、まとまる話もまとまんないっつーのっ!!』

突然の突拍子もない発言にたじたじだ。
なおちゃんは、そんな私の剣幕にきょとんとしたまま、つぶらな瞳で首を傾げる。

『なんでだよ??』


こんにゃろ…
ふざけんのは顔だけにしてくれっ…
別れ話にあんさんが出てきたら、彼は間違いなく、発狂して、怒り狂って卒倒する。
遠く離れたあの場所に救急車出動だよ。
ピーポーパーポーだよ。何故にそれがわかんないかなぁ!!

⏰:09/12/10 21:00 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#783 [あき]
『じゃ、逃げないでちゃんと伝えろ。』

なおちゃんは、ほれっと言わんばかりに、私の携帯電話を差し出した。私は首を横に振る。

『何?ビビってんの?なら結婚しちゃえば?』

再びテーブルに置かれた私の携帯電話。
顔をちらりと見ると
真っ直ぐな眼差しで私を見つめ、小さく頷いた。


『わかった…ちゃんと見ててね。』


静かに深呼吸をして、携帯電話を握りしめた。

⏰:09/12/10 21:15 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#784 [あき]
―…

《もしもーし。》

『あ…私!…です。』

《おお。仕事終わった?》

『いえ…今日は休みで。』

《ん?聞いてなかったけど?》

『…あ…ごめんなさいっ…』

《じゃ、今何してるの?》

『…出掛けてます…』

《…またかよっ…》

⏰:09/12/10 21:19 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#785 [あき]
ビクリと体が萎縮する。
泣きそうになった。
なおちゃんの顔を見ると彼は黙って私を見つめていた。
ベッドに座り、大きく頷く。

私はソファーに座ったまま再び頷き、小さく深呼吸をした。


《…お前は、いつもいつも、どこをほっつき歩いてんだよっ!!》

そんなアイコンタクトの電話の向こう。
西条さんの声は怒りに変わっていた。

『あのっ……!!』

⏰:09/12/10 21:28 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#786 [あき]
《なにっ!?》

握り締めた手から汗が吹き出て、小刻みに体が震える。


『あのっ……私達……もうっ…終わりませんかっ…?』


なおちゃんが見つめる中。勇気を振り絞って出した言葉は。
自分でも驚く位に曖昧なものだった。

⏰:09/12/10 21:32 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#787 [あき]
なおちゃんを見ると、案の定、彼はそんな私の情けない姿に笑っていた。

どあほ。ハッキリ!

そう口で言っている。
私は、必死に首を横に振り、これでも精一杯の言葉で伝えたつもりだっと意思を伝える。

《ああっ?ふざけた事言ってんじゃないよ。》

こちらの状況を勿論知る由もない西条さんは、突然の私の発言に怒りを露にした。
私は、プルプルと首を横に振り、なおちゃんを見つめる。
再び泣きそうになり、心が折れそうになった。

⏰:09/12/10 21:44 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#788 [あき]
『…もう、無理なの。』
そう伝えながら、なおちゃんを見る。
なおちゃんは、大きく頷いていた。
その姿にまた安心する。

『何度も言ってるけど、私達合わないと思う。』

震える体を必死に押さえながら、電話の向こう側の彼に伝える。


《あきっ!!ふざけた事言うのもいい加減にしろよっ!!!》

怒鳴り声が、電話口から漏れる。
耳から伝わったその声がバクバクと心臓を早めた。

⏰:09/12/10 21:53 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#789 [あき]
『………』

《とにかく、また電話するっ!今日はもう寝るからっ!!お前も早く寝ろっ。》

『待ってっ!!切らないでっ!!』

《ああっ?》

『…話終わらせてから、切ろうよ。大切な話してんだよ?
いつもそう。
西条さんは、いつも、自分の言い分ばかりで、私の話なんて聞いてやくれないじゃないっ!!』

《はぁ?俺に寝るなって言うのかっ?明日、事故でもしたらどうすんだよっ!!!》

西条さんは、もう自身訳が分かっていないようだ。ハチャメチャな言い分を述べた。

⏰:09/12/10 21:59 📱:W64S 🆔:denBUdqw


#790 [あき]
再び、なおちゃんの顔を見る。
首を横に振り、ダメだと伝えた。
なおちゃんは、肩をすくめ、一枚のメモにカリカリとペンを走らせた。
私の横に立ち、紙をテーブルに置く。

【はっきりと言えよ。それじゃ、伝わらない。あほか。】

メモには、そう書かれていた。

【言ってるじゃんっ!泣きそう!】

筆談で、そう答える。
電話の向こうでは、西条さんさんの怒りは続いていて、散々と私は非難され続けていた。

⏰:09/12/14 00:56 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#791 [あき]
【話にならない。】

走り書きで、なおちゃんに渡す。
なおちゃんは、無言でそれを見つめ、またさらさらと何やら書き出した。

【ごちゃごちゃ言わずに、はっきり言え。】

なおちゃんの目は、強く強く私を見守ってくれている。

私は、頷き、電話の向こう。私を非難し続ける西条さんに再び向き合った。

『だから、私が許せないんでしょ?だったら別れてくれればいいじゃん…。もういいって…』

⏰:09/12/14 01:04 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#792 [あき]
《はぁ??悪いのはどっちだよ!?開き直るのかっ?!》

西条さんの怒号に再び小さく小さくなった体。震える手を必死に押さえ、なおちゃんを見る。なおちゃんの口が

〈大丈夫だ〉
静かに動いた。
そして
〈頑張れ〉
そう動いた。

私は頷き、また大きく深呼吸をする。
負けない。そう思った。惨敗続けたこの勝負も。今は、なおちゃんがいる。

それだけで強くなれた気がしていた。

⏰:09/12/14 01:21 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#793 [あき]
『お願いだから、私を解放して下さい。…わ…私はっ…!!貴方の物じゃないの!!ちゃんと意思があるのっ!!もう別れてよっ!!!うんざりだしっ!!!』

その言葉を発した時、興奮したのか、何故か涙が溢れてた。
すぐに、なおちゃんの気配を感じる。

【よく言った。あとは、もう電話を切ればいい。】

そう走り書きをした後、ソファーの前にしゃがみこみ、震えながら、泣き出す私のヘタレっぷりを覗き込んでは、指差し笑っていた。

⏰:09/12/14 01:38 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#794 [あき]
《おまっ…!!何だその言い種っ…》

『だから別れるっ!!ばいばいっ!!』

慌てて電話を切る。
恐怖をソファーに投げ、逃げるように目の前にしゃがみ込んだ体に震える体を埋めた。

『大馬鹿者。』

すっぽり収まった私の体をそう言って、頭をポンポンと叩くその手は、優しくて暖かくて。また涙が出てきた。

『うぇ……ごめん……怖かったよぉ…』

『知るか』

そう言いながら、なおちゃんは、黙って私の震えを受け取めてくれていた―…

⏰:09/12/14 01:53 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#795 [あき]
――――――――

『…まただ…しつこい…』

『まじもんだな。』

『……うん。』

『はぁ。俺が出る?』

『却下。余計ややこしい。』

あの別れ話から、数時間。ソファーの上では、分刻みで、携帯電話が震えていた。見なくても相手は誰かわかる。
震える携帯電話をちら見しながら

『私、刺されるかな。』

『刺されちまえ。』

『……はい…すみません…』

さっきから、なおちゃんとは、こんな会話ばかり。

⏰:09/12/14 01:59 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#796 [あき]
西条さんは、もう意地になっているしか思えなかった。私と別れたくないんじゃない。
ただ、意地になっているだけ。

『…どうしよ…』

一向に、鳴り止まない携帯電話。

『さぁ。でも、このまま無視してたからって、収まるとは思えないけどな。』

『…私も思います…』
二人でそれを見つめる。


どうしろってんだよ!!くそーっ!!!

⏰:09/12/14 02:03 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#797 [あき]
西条さんが、諦める事はひとつ。聞いてきた過去の恋愛経験。
《俺さ、浮気されたら、もう許せない。》
彼の性格。異常な束縛心。それらを総合すると、やはりこれしかない。どうせ怒ってるんだ。怒り狂って、私が捨てられた事にすりゃ、話は早い。
《俺、女運なくて…いつも浮気されちゃう。》
まさかまさかだけれど?過去の彼女達も、もしかしたら、これが最終的手段だったのかもしれない。私が、挑もうとしている事で、今はそう思えてならないけれど。
どうせ傷付けたんだ。
とことん傷付けて、恨まれなきゃ。
私は西条さんからの呪縛も解けないし。
震える携帯電話を見つめ、西条さん自身にも申し訳ないような気がしてきた。

⏰:09/12/14 02:27 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#798 [あき]
『あの…』

この決断をなおちゃんに言うか言おまいか悩みながら声を発した。なおちゃんは、私の顔を見るなり、呆れたように笑った。

『はぁ…だから、俺は初めから言ったろ?』

『……でも…やっぱり、傷付けるよね。トドメ刺しちゃうよね…』

もじもじと、ライターを鳴らす私に、なおちゃんは、言った。

『だろな。』

『…これしかないのかな…』

『知らん。』

『………』

⏰:09/12/14 02:34 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#799 [あき]
携帯電話を見つめる。
相変わらず、分刻みで震え続けるそれは、西条さんの怒りでもあり、叫びにも聞こえた。
このままじゃいけない事だけは、わかる。

『……やる。』

『ほーか。』

携帯電話を握りしめ。
次の電話を待つ。
握りしめて直ぐ様、それは鳴った。

『鳴ったぞ?出るか?』

『よしっ…出る。』

なおちゃんの部屋で、ジャッジが着かなかった勝負。これが、本当の最終ラウンド。
心の中で、ゴングが鳴り響いた。

⏰:09/12/14 02:42 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#800 [あき]
―――――――

『はいっ。』

《…どうして電話に出ないんだよっ!!》

『…出先だって言ったしっ。それに、もう別にいいでしょっ!!関係ない!!』

先ずは、強気作戦。
しかし、相変わらずのびびりヘタレっぷり満開の私の手は、しっかりと、なおちゃんの膝を掴んでいた。

《…はぁ?本気なのか?》

『まだ言ってんの?本気だってば!!』

膝を握る手に力が入る。なおちゃんは、いてぇわとジェスチャー。
そして、貸せと手を差し出した。

⏰:09/12/14 02:47 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#801 [あき]
私は、首をプルプルと横に振り、待ってとジェスチャー。
これは、最終手段。
いや。出来る事なら使いたくない。
本当は話し合いで、円満解決したいんだもの。

『私に、どうしろって言うの?』

《どうもしない。本気かって聞いてんだよ。あきは、これでいいのかって?このまま、さよならしていいのかって。》

突然の敵…いや、西条さんの優しい声。
哀しそうな声に
完全に強気発言で応戦体制に入っていた戦意は喪失しそうになる。

『そ…それでいいっ!』

それを慌てて奮い起こした。

⏰:09/12/14 02:55 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#802 [あき]
《そっか…。》

更に響く寂しそうな声。その声に心が折れそうになる。
なおちゃんの膝を強く握る。

『…考えたけど。
やっぱり、もう付き合えない。』

私のその言葉に、なおちゃんは細く息を吐いた。コンコンと膝を揺らし、私の顔を覗き込む。私は、小さく頷いて、目を反らした。

《自由がいいって事か?》

『そうじゃなくて』

《わかった。もういいよ。好きにすれば。》


諦めたのか、はたまた何かを感じ取ったのか、私の言葉に、西条さんはそう返事した。

⏰:09/12/14 03:08 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#803 [あき]
『…ごめんなさい。』

《俺も、あきの暮らしには、耐えられそうにないわ。》

『……』

《今の出先も、男といるんだろ?》

ここで、そうだと認めれば、話は早いのに、どうしても、言えなかった。なのに、西条さんは、電話の向こうで、笑って言った。

《否定しないんだな〃あ〜あ…やっぱり無理だったか…〃》

気付いてたんだ。
私と、なおちゃんの繋がり…

⏰:09/12/14 03:17 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#804 [あき]
『……』

《やっぱり駄目だったか!距離には勝てないのか〜っ。〃》

『…距離じゃないよ。私は、そんなの関係なかった。』

嘘じゃない。
あの時、私は間違いなく、近くのなおちゃんより、遠くの西条さんを選んだ。その気持ちは嘘じゃないのに。

《…どうだか〃》

ズキンと胸が鳴る。

最後の最後まで、西条さんは、私のそんな気持ちすら信じてくれていなかった。

やっぱり私達は、駄目なんだ。

そう改めて認識した。

⏰:09/12/14 03:24 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#805 [あき]
『それが駄目になった原因じゃん?
最後まで、西条さんは、私を信じてはくれないじゃない。
……私達は距離なんかじゃないよ。
気持ちが遠かったの。お互い歩み寄れなかったんだよね。〃』


《……その彼は、違うって?》

その質問に、私はちらりと、なおちゃんを見た。なおちゃんは、何か?と言わんばかりの顔で私達の話を聞いていた。その間抜けな顔に、私は、ぷっと吹き出してしまう。大丈夫だからと合図を送ると、納得したように、ソファーに座った。そして、私は、その部屋から出て行った。

⏰:09/12/14 03:40 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#806 [あき]
部屋を出て、静まり返った古びた階段に座り、西条さんに語る。

『…そだね。
その彼にも、いっつも怒られてるけどさ…
それでも、いつも私の言葉を聞いてくれたし、信じてくれてた。
でも、そうゆうのって言葉じゃないのね?
なんてゆうか…相手を認めてるか、認めてないかって事で。
それって、距離とか時間とか…関係ないんだよね。たぶん。〃』

私となおちゃんの間には、そんなもの関係なかった。時間も距離も…何も関係なかった。
ただ、相手を思いやるそれだけだった。
私と西条さんが築けなかったもの。

⏰:09/12/14 04:02 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#807 [あき]
《…その彼がやっぱり好き?》

『…好きかって聞かれたら、そうだけど、もう、私達の間には、そんなもの必要ないの。男とか女とか〃そんなんじゃなくなってるから。』

《…それが、理解できないんだよ。
男にしたら、そんな相手がいる彼女なんてたまんないよ?
これは、俺だけじゃないと思うよ?
たぶん、これからも、あきと、その彼の関係は、誰も理解できないんじゃないかな?》


『…そーだろうね〃
だから、これから先、私は、恋愛出来ないかもねっ〃つくづく思ったよ。』

⏰:09/12/14 04:09 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#808 [あき]
《それでもいいんだ?》

『…仕方ないと思ってる。私には、なおちゃん…彼の存在が大切なの。好きとか、そうゆうの抜きにして?私という人間に、彼という人間が必要なの。彼との関係は、壊されたくないし。壊したくない。』

《あきの、その気持ちは、やっぱりわかんないや〃》

『だろぉねーっ〃』


久しぶりに、西条さんの笑った声を聞いたような気がした。

暖かくて、優しくて。
初めて出会った頃の。
あの、じめじめした蒸し暑い空気の中で、フワリと靡いた優しい風のような声だった。

⏰:09/12/14 04:17 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#809 [あき]
《じゃぁ、そいつと結婚しちゃえよっ!なら、俺も諦めつくからっ!》

『あはは〃やめてよ〃もう無理だわっ!!〃』

そう笑った私に、西条さんは、最後の優しさを見せた。

《…したいんだろ?
他の誰でもなくて、その彼と。本当は、ずっと忘れてないんだろ?》

ドキンと胸が鳴った。
ズキンと胸が痛くなった。
電話を握る手が熱くなっていた。

⏰:09/12/14 04:21 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#810 [あき]
『それはもう、いいの〃』

諦めなんかじゃなくて。これが私の心の言葉だった。
一度は夢みたそれを、手放したのは自分。
もう、望まないし。
期待もしない。
そう決めた。

《へ−…いいんだ。》

そんな私の答えに、西条さんは、驚いたように言った。
私は、ふふふと笑うと、いいんだよと、答える。
そして誰にも言った事のない、密かな夢を言った。
西条さんへの、最後の言葉。

⏰:09/12/14 04:42 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#811 [あき]
『この先、彼が、誰とどんな人生歩くのかはわからないけど…
繋がってられたら、それでいいんだ。
もしね〃
もし!叶うなら!!
そうやって私か彼。
どっちかが人生を終える時に。それが、例えば一時間前でも三十分前でもいいから…一瞬でも、彼の奥さんなれたら…ラッキーって。
そうなればいいなって〃今は本気でそう思えてるの〃
もちろん、彼には言ってないけどね!』

私のこの言葉に、西条さんは、苦笑いをして、そうかと呟いた。

⏰:09/12/14 05:31 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#812 [あき]
そして、最後に、西条さんは言った。

《あきの気持ちは、よく分かった。でもな…
俺も、あきにそう思ってる。俺にとってのあきも、いつか一緒にいられたら、それでいいって思える相手になってるんだよな〃
だから、もう邪魔はしないけど、待ってるから。〃その彼…なおちゃん…だっけ?に振られた時は、いつでもこっちにおいで。》

その言葉に、また涙が込み上げてくる。

『もう、散々、コテンパン、めった刺しで振られまくってます〃』

明るく答えた私に、西条さんは、それも同じだと笑っていた。
じゃあと電話を切ったそれ以降。西条さんからの連絡は、プツリと途絶えた―…

⏰:09/12/14 05:45 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#813 [あき]
――――――――

懐かしい匂いのする静かな木段から立ち上がり、再びドアを開ける。彼はベッドに座り、愛用のギターを抱えていた。

『終わりっ!』

『あっそ。』

ポロリンと奏でられる音楽が、また懐かしさを呼び覚ます。
そのメロディに耳を傾けながら、私はソファーに腰を沈めた。

西条さんに告げた最後の告白。これから先、一生誰に話す事もない私の儚くて淡い夢は
目の前のギターを抱え、くわえ煙草でメロディを奏でる愛しい顔に重ねて。
消えた―…

⏰:09/12/14 21:00 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#814 [あき]
―――――

『私ね?』

『ん?』

『…好き。』

『は?』

『なおちゃんのギター…』

『…そう。』

『これからもずっと聞かせてね。』

『おぉ。』

―――――――――

⏰:09/12/14 21:12 📱:W64S 🆔:Xa3EAJMk


#815 [我輩は匿名である]
切なくて
歯痒くて

泣けるー(:_;)

⏰:09/12/16 15:12 📱:SH906iTV 🆔:2LqcTIZQ


#816 [あき]
――――――――

互いに、何も聞かなくなって。
互いに何も言わなくなって。
もうどのくらい経つのかな。

それでも
時間は流れて
月日は流れて
季節も変わる。
淡々と
なおちゃんの知らない私の時間が流れて。
私の知らないなおちゃんの時間が流れる。

時間も忘れて
月日も忘れて
季節も忘れて。
語り合った日々が懐かしい。

何が私達をこうしてしまったのだろう。

⏰:09/12/17 00:20 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#817 [あき]
まだ何も知らない純粋無垢なままサヨナラした私達は。
大人になって再び出会った。

あの時。
素直に言えたら。

あの時
素直に言ってくれたら。

私達の-今-は違っていた。

⏰:09/12/17 00:23 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#818 [あき]
そうわかっていても、もう後戻りは出来なくて。


ただひたすらに伸びていく平行線。

その道が、重なりあいそうになった

あの時
素直について行けば。

あの時
手を引っ張ってくれれば。

やっぱり違った-今-があったのかもしれない。

⏰:09/12/17 00:26 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#819 [あき]
二本の道は、一瞬交わって…重なる事なく伸びて行った。

この先、どんなに歩けど、もう二度と交わる事のない道だと知った時は、もうあの分岐点は遠く離れ過ぎていた。

何度も何度も立ち止まり、振り返り…

手を伸ばしたけれど、やっぱり届きはしなかった。

⏰:09/12/17 00:31 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#820 [あき]
いつかの夜。

私を理解する男は、なおちゃんしかいないと言った。

俺を理解する女は、あきしかいないと言った。

小さな部屋で、淡いオレンジのライトの中、私達は長過ぎる腐れ縁を笑い、互いを認め合った。

私達の間には
甘ったるい愛の言葉も。改めて交わす誓いの言葉も何もなかった。

ただ。何も言わず
朝を待った。

⏰:09/12/17 00:42 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#821 [あき]
《俺らには必要か?
彼女、彼氏の枠が。何が変わるんだ?下らない。》

あの時、彼はそう言った。
私は、変わらないねと微笑み、別にいらない。そう言った。

だけど。
月日が経つと。
やっぱり、甘ったるい愛の言葉も、交わす誓いも。そんな下らない-枠-も―…
必要なんだと思う。

まるで、ふわふわしたわた飴みたいに。
簡単に溶けて消えてしまう。

きちんと、袋に入れて、輪ゴムで絞めて…
大切に大切に持ってなきゃ…
溶けて消えちゃうんだよ…。

⏰:09/12/17 00:49 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#822 [あき]
もう私達の間には、何もない。
全部溶けて消えちゃった。


笑った日々も
怒った日々も
泣いた日々も。

私達の絆も
交わした約束も…


全て-思い出-という枠に納められて。
深く深く鍵がかけられた。

⏰:09/12/17 00:54 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#823 [あき]
《俺が頑張ってるって認めたら、指輪買ってやるよ!》

遠い昔の約束―…

逃げない事を教え込まれた私。

あれから
けっこう頑張ったのになぁ…

必死に勉強して。
試験受けて。
就職して。
人生やり直して。
どん底に落ちて。
また這い上がって―…今の地位まで登りつめた。
死にもの狂いで、自分の人生を掴んだんだよ?

ねぇ…けっこう頑張ってない?私。

⏰:09/12/17 00:59 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#824 [あき]
《何百年かかっても、俺に似合うような女になるこった!》

…なおちゃんに似合う女ってどんなの?

私、強くなったよ。
私、賢くなったよ。
私、痩せたよ。
なおちゃんみたいに
人を大切にして。
人を信じて。
一生懸命に
生きてきたよ。

でも、違うんだよね?

……ごめん。
わかんないや。
なおちゃんに似合う女って奴が。

⏰:09/12/17 01:06 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#825 [あき]
だからさ。
この際、なんだっていいや。

シワシワになって
くちゃくちゃになって。
私がこの世を去る時に、貴方が傍にいてくれたら…
貴方がこの世を去る時に傍にいられたら…

それで、シワシワの手握って、ばいばいって言えたら
それでいいかな〜って…〃

たとえ、貴方には家族が出来て、孫がいて…
明るい日差しの中の最後だったとしても。
私は一人、硬いベッドに寝かされてた冷たい最後だったとしても。

貴方一人が傍にいてくれたら…

私の人生、幸せに全うできたなって。
そう思うんだよね!

⏰:09/12/17 01:13 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#826 [あき]
考えたら気持ち悪い女だよね。〃
だけど。
これが、私の本心。


貴方を一人占めにしたいと願った日々。

貴方と、どんな形でもいいから繋がってたいと願った日々。

貴方の傍にいたいと思った日々。

その私の全てが
叶う。

⏰:09/12/17 01:17 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#827 [あき]
-あき-という女が、全身で貴方を愛した事は、忘れてもいいから。
過去にしていいから。


これだけは、忘れないで欲しい。


-あき-という存在。


私を過去にはしないで下さい。


それだけで充分だから。

⏰:09/12/17 01:21 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#828 [あき]
―――――――――

今年もこの季節がやって来た。

世間は、ジングルベルが鳴り響き、幸せムードが全開のその日。

小さな炬燵を奪い合いながら
毎年、私に送られてくる北海道産の蟹を鍋で取り合い。
鍋奉行化する彼と喧嘩し。
何故か彼に、毎年差し入れられる、生クリームのケーキの苺を取り合い。
チョコレートプレート争奪戦で闘志を燃やす。

そして、蟹とケーキで満腹になった二人溜め息をついて…嘆く。

⏰:09/12/17 01:32 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#829 [あき]
《ねーね…今日クリスマスだよ?》

《ああ…みたいだねー。》

《なんで?どうして毎年今日なのっ!?悲しくないっ?》

《知るか。蟹とケーキが送られてくるのが、毎年、今日だからだろ?》

《ですよね。にしてもクリスマス…》

《関係ないね。》

《……はぁ…》

《文句言うなら来年は、やんねぇ!》

《…その台詞毎年聞いてる。てか、そう言いながら、蟹食べに来るくせに。》

⏰:09/12/17 01:39 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#830 [あき]
そして、その一週間後に、また新たな一年が始まる。
あきと、なおちゃんの、何気ない日常が始まって…そして、二人の一年が始まる。


雨の夜。
《じゃぁな。》
たった一言で。
私達の-何か-が終わって。
私達の新しい-何か-が始まった。

二人で、それぞれの道を歩き出した。

⏰:09/12/17 01:44 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#831 [あき]
もうすぐ、私は、大好きで大切だった仕事を辞める。

18歳から過ごした、この街からもサヨナラだ。

楽しかった日々も
悲しかった日々も。
なおちゃんとの思い出も。
全てが詰まったこの街を出ていく。

私の青春が終えてしまう。
その先に、何があるかなんてわからないし。
それが、光なのかも、闇なのかも、まだ分からない。

けれど…

⏰:09/12/17 01:49 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#832 [あき]
けれど……?

だけど……?

やっぱり……

いや。

やっぱり。

なんて言わない。

もう二度と―…

⏰:09/12/17 01:51 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#833 [あき]
人生一度きり。
人は産まれてきてからが始まりで、そこから何十年と素晴らしい経験を重ねるんだよ。
でもね、その素晴らしいチャンスを与えられるのは、たった一度だけ。

だから一生って書くんだよね。

ねぇ。なおちゃん。
私ね、貴方を…

愛してます。
ずっと。
これからも。

一度でいいから
貴方に伝えたかったなぁ。

―――完――――

⏰:09/12/17 02:01 📱:W64S 🆔:HAXB1mOk


#834 [みさ]
全部、読みました!!
何てゆうか・・切ない結末(;_;)

でも私はあきさんのこと、生き方、考え方すべて尊敬しています!!本当に素晴らしいことを教えていただいた小説です。ありがとうございました!!!
これからも頑張ってください!そしてあきさんの幸せを願っています。

⏰:09/12/17 03:58 📱:P905i 🆔:☆☆☆


#835 [我輩は匿名である]
いつも見てました。

あきさん達、もう恋人通り越して家族のような関係ですね(*´ω`*)

あたしの勝手な希望としては、結婚しなかったとしてもずっと二人一緒に過ごしていてほしいです。

少し質問させてください。引っ越しはなおとさんの家から遠い所ですか??
あと、どうして仕事辞めるのですか(;ω;)

⏰:09/12/17 16:58 📱:P904i 🆔:0JPSSMe2


#836 [あき]
完結お疲れ様でした。
あきさんとなおとさんの関係は、これからもきる事が出来ない縁というか、運命なんでしょうね!
今こうなってしまっても
お互いに忘れる事のない、完全に愛し合っている関係だと信じてます。
でもこの関係が1番いいんじゃないんでしょうか?
ちょっと私にとって悲しい結末でしたが、もしも!今後何かあれば…と期待しちゃってます。
あきさんには幸せになって欲しいな!

⏰:09/12/17 19:22 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#837 [かな]
お疲れさまでした
の時からずっと読んでました読みやすいし、分かりやすいしよかったです
あきさんとなおちゃんの関係…切ないけれど、他の誰にもない絆があるんだなぁって思います。きっと離れて連絡が減ってもお互い、ふっとした瞬間に思い出す相手なんだろうなぁと!!それが辛くもあるだろうけど、それだけの関係だったと前向きに誇って新しいスタートを切ってください年末でもあり、寒さも一層厳しくなりますがお体を大切に…。

⏰:09/12/18 08:28 📱:P905iTV 🆔:ZtE9XPu.


#838 [あき]
皆様,コメント有難うございましたっ!
とても嬉しかったです。

1。続。最終章と…

読み返してみて。
懐かしさで、我ながら胸が一杯になりました。

私達の間には、いろんな事があり、その都度、沢山の言葉を交わしてきました。
だけど結局、肝心な言葉を交わさなかった。
というか…交わせなかったんですよね。
だから、私達の今があるんだと思います。

⏰:09/12/24 23:56 📱:W64S 🆔:hdl/s6qs


#839 [あき]
恋をしている皆様。
言葉を大切にして欲しいと思います。

今でも、彼は大切な人です。
恐らく一生…
変わらないです。

この気持ちを、伝えられなかった。
そして、もう二度と、伝えられないのが…
今更ながら、すごく後悔しています。

⏰:09/12/25 00:09 📱:W64S 🆔:cj1zNWYM


#840 [あき]
どうぞ。
大切な人には、思い切って、その言葉を素直に伝えて下さい。
そして、幸せになりましょうっ!!

長い間、有難うございました!!

Happy☆X'mas!!
〜あき〜

⏰:09/12/25 00:12 📱:W64S 🆔:cj1zNWYM


#841 [我輩は匿名である]
あきサン

ほんとーにお疲れさまでした

大事な想い出を小説にしてくれてありがとうございました☆

二人には一緒になってもらいたかったですが
それぞれの、愛・絆 があるんだな。と考えさせられました。


これからも色々と頑張ってくださいね(´・ω-`)☆

⏰:09/12/27 22:32 📱:SH906iTV 🆔:cSZTYd6E


#842 [我輩は匿名である]
(*´∀`*)

⏰:10/02/09 00:05 📱:N906imyu 🆔:zdnA5lU.


#843 [我輩は匿名である]
(´∀`)

⏰:10/02/17 23:31 📱:N906imyu 🆔:.klV7d6M


#844 [我輩は匿名である]
失礼します

>>1-200
>>201-400
>>401-600
>>601-800
>>801-1000

⏰:10/02/18 23:28 📱:SH904i 🆔:Own8/LbA


#845 [あき]
久しぶりに過去を振り返りたくて、来てみたら、思いもよらない、皆さんの暖かい言葉。
本当嬉しかったです。
ありがとう!!

⏰:10/02/23 23:42 📱:W64S 🆔:Ab5jKyYA


#846 [あき]
もう、なおちゃんと通じ合えなくなって、どれくらいの時間が経ったのか、わからないくらいです。

今でも、ふと…
本当に、失ったんだなぁと痛感する日々です。

一編の冒頭に記しましたが。
本当に、私は彼を好き過ぎる日々でした。
だけど。
やっと、この生活にも慣れてきました。

⏰:10/02/23 23:44 📱:W64S 🆔:Ab5jKyYA


#847 [あき]
振り返っても。

誠君。
山本さん
たっちゃんに
西条さん…

なおちゃんと繋がっていられな年月で。
私を必要としてくれた人はいたのに。
自分勝手に彼らを傷付けて…本当に情けない過去です。

⏰:10/02/23 23:48 📱:W64S 🆔:Ab5jKyYA


#848 [あき]
今も、本当に前に進めてるのか自問自答している日々です。
やっぱり、ふと考えるのは、ふと思い出すのは、なおちゃんの事です。
私の新しい生活の中で。
新しく見るもの。
新しく感じるもの。
そして、
懐かしく見るもの。
懐かしく感じるもの。
全て、なおちゃんに繋がってしまいます。

⏰:10/02/23 23:51 📱:W64S 🆔:Ab5jKyYA


#849 [あき]
なおちゃんが好きなもの。
なおちゃんが嫌いなもの。

なおちゃんと感じたもの。
なおちゃんと―…

なおちゃんの笑顔に。
なおちゃんの声に
なおちゃんの匂い。

何ヒトツ忘れられなくて。
寂しくて涙が出る夜があります。

⏰:10/02/23 23:56 📱:W64S 🆔:Ab5jKyYA


#850 [あき]
もし。
突然に、なおちゃんの元へと現れても。
彼は、なにひとつ変わる事なく私を迎え入れてくれると思います。
―友人―として。
もう、何も無かったかのように…

私は間違った?
この想いを貫いているべきだった?

なんて、少し弱気になる夜もありますが…
(今夜がそんな夜です)

とにかく、前進あるのみ!で。私なりの幸せを掴みたいと思います。

⏰:10/02/24 00:09 📱:W64S 🆔:n5eY8N/s


#851 [あき]
皆さんは、離したくない手を見つけたのなら。
どうしょうもない位の愛しい手を見つけたのなら。
絶対にその手を離さないで下さい。

苦しくても。
悲しくても。

やっぱり
触れられるその手の温もりは、最高に幸せな事なんだと思います。
自分の幸せは【ここ】にあるんだと。
そう強くなって下さい。

⏰:10/02/24 00:15 📱:W64S 🆔:n5eY8N/s


#852 [あき]
失恋…
失った恋は悲しい事です。
寂しい事です。

だけど。
それよりも悲しいのは、寂しいのは
自分に負けて。
自ら手放す事です。
そして
それより、もっともっと悲しいのは。
その大切な【恋】を
伝えられなかった事です。

寂しくて苦しくて。
悔しくて情けなくて…

…何も残りません。

⏰:10/02/24 00:21 📱:W64S 🆔:n5eY8N/s


#853 [あき]
どうか。
愛する人を
自ら手放さないように―…



長々と独り言を書いて申し訳ありませんでした。
恋愛下手な年増のヘタレ女の戯言だと、ご理解下さい。それでは。(^^)

〜あき〜

⏰:10/02/24 00:25 📱:W64S 🆔:n5eY8N/s


#854 [あき]
ひさびさに、思い出し、覗きました。
戯言からまた一年が過ぎたんだなぁ。という気分です。
ここを読み返しながら、なおちゃんは、元気かな?最後に見た笑顔と、最後に抱きしめられた温もりを、ふと思い出しました。

当時、私は仕事に挫折し、なおちゃんとの未来を諦め、何もかもを無くしたという絶望感のなか、出会った彼がいました。
何もかもに疲れた私は、全てを捨てて、単身で彼の住む街へと移り住み、何もかもを、承知した上で、そんな私を迎え入れてくれた人と、その後結婚し、今は暖かい優しさの旦那様に包まれて、穏やかな日々を幸せに暮らしています。

⏰:11/12/05 14:32 📱:Android 🆔:TyNoF2VE


#855 [あき]
『一番愛したとは結婚できない』

なんて言葉を耳にしたこともあります。

『女は愛するより愛されてる方が幸せになれる』

とも聞きます。
若かった私は、その言葉が理解できず、ただ、ひたすらに、自分が愛した男との未来を夢みて…
ただ、ひたすらに、自分が愛した男にすがっていました。

いまは、言葉の意味が理解できます。

決して、なおちゃんと過ごした自分のこの時間が無駄たったとは思いませんが、こんな道もあるんだと、また、こんな幸せもあるんだと、やっと知りました。

⏰:11/12/05 14:43 📱:Android 🆔:TyNoF2VE


#856 [あき]
私が、この街に旅立つ日。
空港には沢山の、友人が見送りに来てくれました。
周囲も気にせず、涙涙の別れです。
私を、この街に連れて行こうとする、後に旦那さんとなる彼は友人達の襲撃にあいました。(笑)

そこに、なおちゃんの姿はありませんでした。

なおちゃんとのお別れは、ここに旅立つ数日前。
最後のクリスマス。
最後のカニ鍋と、最後のイチゴケーキ。
それを二人でつついて…
サヨナラしました。

⏰:11/12/05 14:54 📱:Android 🆔:TyNoF2VE


#857 [あき]
『なおちゃんの事、ずーっとしぬほど好きだったよ?』

『なに言ってんだよ。幸せになれよ。』

『あたりまえ!』

そうやって笑いあった。
これが、私達の最後の会話です。


今、とても幸せです。
旦那さんは、とても大切な人です。

だからもう此処にはきません。
ありがとうございましたm(_ _*)m

⏰:11/12/05 15:15 📱:Android 🆔:TyNoF2VE


#858 [我輩は匿名である]
最初ずっと読んでました!
幸せそうで安心しました(^O^)

⏰:11/12/05 19:31 📱:P02A 🆔:1yYPsySM


#859 [我輩は匿名である]
失礼します。
>>1-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800
>>801-900

⏰:13/08/18 16:14 📱:SH-04E 🆔:bP4/xSQo


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