微妙な10センチ。〜最終〜
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#601 [あき]
寝かされたベッドに、この感覚は久しぶりだなと、妙に冷静に考える。
天使に呼ばれたのか、推定年齢三十代後半。この業界では、まだまだ若手と呼ばれるんであろう医師は、寝かされた私の顔色を伺うと、カチカチとペンを鳴らながら丸い椅子に座った。

『よくもまぁ、こんななるまで我慢したもんだ〃相当痛かったでしょ?〃』

それはどこの部位を聞いてるんだろうか?
疑問点はあるけれど、まぁと微笑み頷く。

⏰:09/10/08 18:08 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#602 [あき]
『まっ。しばらく安静にして、それから治していこう。とにかく、この点滴が終わったら、病室案内してあげて下さい。』

爽やか医師は、何やらサラサラとサインをすると、この世界ではベテランだろうと思える、熟年白衣の天使に言った。
天使は、わかりましたと微笑むと、私に言う。

『これは、栄養剤だからっ、あと三十分で終わるからねっ。』

『はぁ…あのぉ?』

『んー?』

『いや、いいですっ…』

私の返事を待たず、強制的に病室に連れてかれる。
だけど、もういいやとそう諦めた。
いや…助かった。
そう思ったのかもしれない。

⏰:09/10/08 18:15 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#603 [あき]
あの後、何とかデスクに戻り、ペンを握った。
一時間…
二時間…

途中、何度かあの大粒で即効性のある錠剤を飲んだ。
何度も飲んだ。
だけど、効力を示さず、それどころか、益々強くなる耐え難い激痛に加え、視界がくるくると回りだして、汗が吹き出てくる。

(だめだ…気持ち悪い……)

トイレに行こうと立ち上がったその時、数名残る残業組が、ざわめいた。
そして、気付けば私は救急車に乗せられていたのだった。

⏰:09/10/08 19:02 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#604 [あき]
苦痛を、うわごとのように訴える私にすぐさま担架が用意され、夜間入口から私はここへ連れてこられた。
移動中も、車の揺れに耐えられず、何度も何度も嘔吐した。

やっと到着した頃には、もう私自身、唸るような頭痛と、唸るような胃痛。顔面が痙攣し、手足が痺れて、動く事すら出来なかった。

そして、寝かされた担架の上、ただひたすら痛みを訴え続け、抱えたトレーに嘔吐し続けたのだ。

⏰:09/10/08 19:25 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#605 [あき]
そして、慌ただしく検査に検査を継ぎ、私は最終的に、点滴で落ち着いた。

少し前からここに寝かされていて。
痛みも気分も、今はなんて事はない。
なんなら、いつしか、ウトウトとしていた私は、疲れた体を心を無して眠りにつけて、なんだかすっきりしていたくらいだった。

⏰:09/10/08 20:10 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#606 [あき]
『あの…電話したいんで、病室には自分で行けますから。〃』

もう消灯時間はとっくに過ぎた暗闇の廊下。
車椅子に乗せられ、病室に向かう途中。
ふと目に入った公衆電話に、思い出す。
白衣の天使は微笑んで、四階だと教えてくれた。
ロビーに移動して膝に置いたバックから、携帯電話を取り出し、ボタンを押す。

…―緊張する。

だけど、伝えなければいけない相手に、私はボタンを押した。
静かなフロアに、ドキドキと心臓の音が響くんじゃないかと思った。

⏰:09/10/08 23:14 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#607 [あき]
数回のコールで相手に繋がった。

《…もしもし》

『あ…私ですっ。お疲れ様…』

明らかに不機嫌な声に、心臓がぎゅっと鳴る。それでも、平静さを装い言葉を続けた。

《今、何時!?何してたんだ?いい加減にしろ。バカにしてんのかっ!?》

『ごめん…えっと…』

怒りに満ちたその声に私は、言葉を探して、言葉を選んで、この現状を伝えた。

⏰:09/10/08 23:19 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#608 [あき]
――
―――

《だから、前からそんな仕事辞めろって言ってるだろ。》

『だから…そんな簡単には…』

《何!?》

『ううん…。考えとくっ…』

《またそれかよ!考えとくじゃないだろ?たまには、俺の言う事を聞けよ!!》

『…はい。』

《とにかく、また電話しろ?俺、明日早いからっ。》

『…はい。お休みなさい。』

――
―――――

⏰:09/10/08 23:25 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#609 [あき]
通話を終えると、また心臓がギューッと鳴った。だけど、また彼が眠ってくれた事により今夜は、もう電話がない事に安堵した。
西条さんは、今の私のこの状況をどう感じたのだろうか。
やり場のない感情。
確かに、入院したからと言ってすぐ来れる距離でもないし。
もし、彼と普通の距離で、その辺りにありふれたカップルだったとしても。この今、来られたからと言って私は、何も言えないだろう。
だけど、距離とかそんな事の前に、現状を知っても尚、言いたい事だけ言って最後に《寝るから》ってのはアリなのか?確かに、彼は仕事柄、ハンドルを握る。睡眠不足は大敵だ。だけど……

そう、ふと感じる。

⏰:09/10/08 23:35 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#610 [あき]
おまけに、またあの話。一方的に、かつ傲慢な彼の感情。

彼は、あの一件以来、私に強く退職を求めるようになった。

そんな思いをするくらいなら、退職して自分の住む街に来いと。
毎夜毎夜、そう言った。

住む場所はある。
もう仕事なんてしなくていい。
家にいればいい。


彼が私に求めたのは。
確実なる私という人間だった。

⏰:09/10/08 23:45 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#611 [あき]
確かに、あの頃。
彼は【結婚】という言葉を口にした。

《結婚したいと思える相手と付き合いたい。》

あの頃は、何気なく聞き流した彼の恋愛観の一つ。
勿論、この歳にもなると、だいたいの人間が、それを意識しながらの真剣交際になる。
私自身、彼を選んだには、ずるずるした見えない未来より。
見える未来が欲しかった。
そして、私達の交際はスタートした。

⏰:09/10/08 23:51 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


#612 [あき]
それは間違いない。
事実、私は彼に愛されていると思える日々だった。

電話代がかかるからと、彼は、わざわざ私と同じ携帯会社に変えた。
そして、恒例の夜の電話は、必ず彼から掛けてきた。私が掛けても、電話代かかるからと、必ず掛け直してきた。


月に一度あるか無いかの、デートは、彼が私の仕事に合わせて調整してくれた。
私が食べたい物。
私が行きたい所。
私がしたい事。
全てに答えてくれようとした。

時折、小包を送ってきては、私にきらびやかな装飾品を与えてくれた。彼はいつも、似合いそうだからと。送ってきてくれた。

そんな愛情表現に、私は甘えていた。

⏰:09/10/09 00:20 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#613 [あき]
甘いルックスに長身のスタイル。そこそこの収入に、大きな車。なにより、全面的に押し出してくれる私だけへの愛情表現。誰かに話をすれば、最高の彼だと褒め称えられるだろう。

だけど愛情は、時に暴走し、本人も気づかぬ所で、嫉妬。束縛。執着。固執。不穏な言葉に言い換えられる…

でも、それ自身が愛情の裏返しとして片付けられ、愛しているが故に、起こる感情なのだと片付けられる。

はたして、それは正しいんだろうか―…

⏰:09/10/09 00:40 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#614 [あき]
そう感じ出したのは…
そう。あれからだ。
私が何を言わなくても何を望まなくても
ただ
全てを失なうかもしれないという絶望と不安の中、恐怖に震える私に、手を差し伸べてくれた。…あの温かさ。

逆風に必死に立ち向かう事に、何も言わずただ見守ってくれた。…あの強さ。

心が折れそうな夜は泣き出しそうな私に、バカ話をしながら、笑わせてくれる。…あの優しさ。

全てに置いて、彼とは違った愛情表現。
それを感じてからだ。

⏰:09/10/09 00:55 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#615 [あき]
勿論、西条さんが私にくれる愛情表現と。
彼が私にくれる愛情表現。言葉は同じでも、そこに生まれている感情は違うもので。

私が求めた物は、確実なる未来。

だからこそ、ストレートな表現を重ねる西条さんの愛を受け止めようと努力した。

だけど―…

西条さんと過ごしてく中で、どうしても、割り切れなかった部分。

時折、私自身が爆発しては言い合いになった。だけど、意見がぶつかるばかりで、何も解決はしなかった。
私達の一番の問題点が、この一連の流れで露呈したように思った。

⏰:09/10/09 01:28 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#616 [あき]
西条さんは、愛を与えてくれる。
このまま行けば確実な未来をも与えてくれるんだろう。

だけど私への

【信頼】も
【尊重】も

そこには存在していなかった。


この夜
電話を切って。

そう痛感した。

⏰:09/10/09 01:43 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#617 [あき]
電話を切って、次にボタンを押したのは。
やっぱり

なおちゃん―…

西条さんにバレたら、大惨事になる事は、目に見えていた。
あれ以降、自然とまた繋がってしまった私達を、彼は知らない。

異常なまでに、私の交友関係に敏感な彼。
なおちゃんと、また繋がっただなんて知ったら私は間違いなく重罪。
即座に逮捕で彼の住む街へと強制送還、そして終身刑に処させる。

※いや、私は至って本気の見解ですが。

⏰:09/10/09 02:02 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#618 [あき]
再びボタンを押して、数回の呼び出しコールを聞く。
なかなか繋がらない電話に、寝てしまったのかと諦めかけたその時

《んー?》

相変わらずのやる気のない返事で出た。

『寝てた?今いい?』

挨拶もしないで、私も相変わらずの答え。

《…いや。なんだよ?》

『…あ…ごめん。起こしちゃったね〃』

さすがに、長年の付き合いだ。否定はされても声でわかる。

⏰:09/10/09 02:12 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#619 [あき]
《どうせ、起きる時間だったし。》

『そっかっ。〃』

分かってるもん。
昔から、いつもいつも、ナイスタイミングだ。

私が落ち込んだり、泣いている時は…
何故かいつも、なおちゃんは暇な時で。

私が突然、思い立った様に深夜に掛ける電話の時は…
何故かいつも、彼が起きる時間。

もういい加減、違う言葉を使えばいいのにと…思ってるんだから。

バカだよねー…

⏰:09/10/09 02:24 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#620 [あき]
西条さんに話た事と同じ言葉で、今度はなおちゃんに伝える。

なおちゃんなら。
わかってくれるかもしれないと思った。

彼なら私の悲鳴を。

受け止めてくれるかもしれないと。


そう思った。


『あのね…』


私の二度目の

助けて―…

⏰:09/10/09 03:42 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#621 [あき]
本当は…

会社からも、意地汚い人間からも逃げ出したかった。
辛かった。悲しかった。
だけど、強くなりたかった。

大切だから負けたくなかった。

そんな日々の葛藤が、薬に逃げる事で、自分を奮い起こし、吐く事で、自分を叩き起こしていた。


『で…結局このザマ〃相変わらず弱いし。私〃』

⏰:09/10/09 03:44 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#622 [あき]
私の言葉を黙って聞いていた彼は、話を聞き終えると、呆れた口調で馬鹿だのアホだの散々言った。

『ヒドイ〃』

《当たり前だっ。
んな事、はじめからわかってただろう?
それでも、自分で、決めたんだろうが。》

『……ですよねー〃』

相変わらず、口は悪い。弱り切った私に
トドメを刺すような、めった刺しだ。
少しぐらいは、慰めてくれたっていいじゃんと思う。

⏰:09/10/09 03:54 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#623 [あき]
《覚悟もしてたんだろ?ダイエットだと思って頑張らんかいっ。》


なぜ今、遠回しのデブ発言っすか。
偉そうに…
ほら、泣きたくなるじゃん。


《ただし、今は、何も考えなくていい。きちんと治せ。これ命令な。》

命令っすか。
いつの間に、師弟関係になったんっすか。


ほら…
泣けてきたじゃん。

⏰:09/10/09 04:14 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#624 [あき]
《…まぁ、よく頑張ってるよ。
だから、応援はいくらでもしてやっから。

ただし、無理はするな。いいな?》




弱りきった心と体には

誰に言われる
どんな慰めよりも
どんな激励よりも
どんな言葉よりも


泣ける程に
嬉しかった―…

⏰:09/10/09 04:30 📱:W64S 🆔:tD9H2/lM


#625 [我輩は匿名である]
あげて更新されたと思われたら申し訳ないので
sageさせてもらいます

すいません(・ω・`)

西条サン怖い((゚Д゚ll))
でも
与えてくれる愛にすがってしまう気持ちわかります。

続きが更に気になります。

⏰:09/10/16 14:58 📱:SH906iTV 🆔:6zF61YGo


#626 [あき]
匿名さん、ありがとう。


更新出来なくてすみませんでした。

⏰:09/10/17 23:09 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#627 [あき]
じゃあねと電話を切って、廊下を進み与えられた消毒薬の匂いがするシーツに体を沈める。
白衣の天使が点けた枕元で淡く光る豆電球。
真っ白な天井を赤く染めていた。
まるで、私の心。

私の心はだらだらといつまでも血を流していた。

⏰:09/10/17 23:17 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#628 [あき]
――――――

《こっち来るんだよな?》

『それはいずれ、話が決まればであって、今すぐには無理だってば!』

《じゃぁ、それはいつだよ!?
早くそんな仕事辞めろって言ってるだろ?》

『そんなに簡単に出来る訳ないよ。
大変な事なんだよ?
どうしてわかってくれないの?』

《わからないのは、あきだろっ!!
もういいよっ!!好きにしろっ!!》
―――

また切られた。
一方的に。

今夜もまた。


もうウンザリ―…

⏰:09/10/17 23:29 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#629 [あき]
西条さんは

私が大切に守ってきた。大切で大好きで…

日々奮闘しながらも、誇りとプライドを持って、プロ意識で、ここまで這い上がってきた私の仕事を
【そんな仕事】
と言うようになった。

【そんな仕事】と言われる度に私の心は血を流す。
彼が何か言葉を発する度に、私の心は真っ赤な血を流した。

⏰:09/10/17 23:35 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#630 [あき]
退院してすぐ、彼は更により一層強く私を求めた。

首から名札ぶら下げて、スーツで全国各地を飛び回り、ポケットに入れた携帯電話が、ひきりなしに鳴る。
そんな私よりも。

大きな社屋で、与えられたデスクから発信される大量の書類を握りフロアを駆け抜ける。
そんな私よりも。


彼の住む街で、彼の住む家で、彼の帰りを健気に待つ【あき】でいる事を求めた。

⏰:09/10/17 23:46 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#631 [あき]
『貴方が、そっちで生きてきて作り上げた生活があるように、私にも18歳から過ごしてきて作り上げた生活があるの!』

《そんな事はわかってる!!》

『わかってないっ!!来いって言うのは簡単じゃんよっ!!言われてる方は、はいそうですか。じゃ行きます。で済む話じゃないんだってば!』

《そんな事言ってたら、いつまでも来れんだろうがっ!!》

『だから、待ってって言ってるじゃんかっ!どうして、直ぐに答えを欲しがるのよっ!!』

⏰:09/10/17 23:56 📱:W64S 🆔:e8FuzoDQ


#632 [あき]
《お前が、フラフラしてるからだろう!?》

『またそれ?私が何をしたって言うのよっ?毎日会社と家の往復だけじゃん!!』

《そうゆう意味じゃねーわっ!!》

『いい加減下らない妄想やめてよ!!妄想されて、毎日毎日怒鳴られて…たまんない!!
私にだって、仕事があって、付き合いがあるの!』

《ほらなっ!結局それだ!!付き合い付き合いって、チャラチャラしてるだろーがっ!それが気にいらねーって言ってるんだろ!!》

⏰:09/10/18 00:03 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#633 [あき]
西条さんは、もう歯止めが利かなくなっていた。
私の周囲に存在する、全ての異性に、嫉妬し、怒りに満ちた。
異性の友人なんて持っての他で。
相手がたとえ、ただの仕事仲間であったとしても、それが、たとえ父親程のオジサンでも、お爺さん程の還暦を過ぎた人でも。
許さなかった。
いや、許せないみたいだった。

今夜もまた、発端はそこだった。

⏰:09/10/18 00:10 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#634 [あき]
今夜、私はまた彼の逆鱗に触れたのだ。
些細な事だった。
街で偶然に出会した、取引先の課長さん。
推定年齢45歳。勿論妻子持ち。
仕事上よく顔を会わす、慣れたおじ様だ。
出会したからには、無視する訳にも行かず、私から声を掛けた。
軽い挨拶が、話は盛り上がり、一杯どうだと社交事例。
相手は取引先の課長さん。自分から声を掛けておいて、断る訳にも行かず、私は付いていった。
二時間ばかり、私は席を共にして、帰路についた。

⏰:09/10/18 00:20 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#635 [あき]
勿論、私にとって、この席は【会社人の付き合い】であり【個人の付き合い】ではない。
今後付き合っていく上での、互いの利益を考えての席なのだ。
二時間ばかし、ビールを飲み、焼鳥と数本つまみながら、世間話の中に仕事話を挟みつつ、円滑な関係を作り上げ、それではまた、と別れたのだ。
恐らく、今後、この課長と顔を合わした際には、スムーズに事が運ぶだろう。
この前はどうもなんて言いながら、焼き鳥美味しかったですなんて言いながら…
仕事はスムーズに終えられる。

⏰:09/10/18 00:30 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#636 [あき]
そう、そこには私情的感情は一切、蟻の脳みそ…いや、ミジンコの脳みそサイズもない。

確かに?
年功序列?
男女差別?

ビール一杯と、焼き鳥数本。
ご馳走にはなったけれど。

強いて言うならば、接待である。

【付き合い】

の何物でもない。

⏰:09/10/18 00:34 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#637 [あき]
しかし、やはりと言うべきか、西条さんには、私のこのやり方は通用しない。

【そんな仕事】をしている私が許せないのだ。

【そんな仕事】をしていからこそ、出会った私達で、【そんな仕事】をしている私と一週間の時間を共にして、私達は始まった。

職種は違えど同業者。
互いの仕事を十二分に理解し合え、だからこそ支え合えるはずだと、彼には求めたけれど、それは通用しなかった。

⏰:09/10/18 17:18 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#638 [あき]
そして、彼が私に求めるものは一つ。

彼の住む街に一人、彼だけの為に生きるあき。

である事だった。

私が、命懸けながら守り抜こうとした【仕事】を【そんな仕事】と呼び。

この街に一人生きて、苦しい時、悲しい時、支えてくれた【友人達】を【そんなもの】と呼んだ―…

ただ、彼の独占欲だけに、私の歩いてきた人生を奪おうとした。

⏰:09/10/18 17:30 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#639 [あき]
【本当に別れて下さい。もう無理。】

一方的に切られた電話に、初めて自らの言葉で伝える。

今夜は私から文章を一方的に送りつけて、携帯電話の電源を落とした。

今度は―…
今度こそは―…

そう誓う。

⏰:09/10/18 18:22 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#640 [あき]
私達の間には、幾度となく、俗に言う別れ話というのが、持ち上がってきた。

過去の切っ掛けは全て、私が《約束》という名の拘束に私が背いたという彼の怒りからであり、その彼が突発的に言い出した事がある。

怒りに満ちた彼に
怒りに満ちられる私。

私は頷くだけで、一方的に切られる電話。

切れた電話に、これで解放されると感じてきたのだ。

しかし翌日には、怒りが溶けた彼の、何事もなかったと言わんばかりの恒例電話。
これからは気をつけてくれたらいいから。
と言う、また一方的な彼の許してやるという言葉で、やはりかと諦める。いつも彼が中心であり彼の言葉が全て。
それの繰り返し。

⏰:09/10/18 18:30 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#641 [あき]
だけど、今夜こそはと、電源を落とした携帯電話を眺めて、そう誓う。

初めての
私発信の《別離》

これで終われる。
そう思えた。

しかし…
この行為は、プライドと彼の想いを粉々に傷つけた。

怒りに満ちた彼が、予想を遥かにぶっ飛んだとんでもない行動に出る。それは、早かった。
翌日の事だった。

⏰:09/10/18 18:39 📱:W64S 🆔:.KfgSycM


#642 [あさか]
応援してます

⏰:09/10/18 21:18 📱:SH906i 🆔:rlIVzBVA


#643 [あき]
あさかさん、ありがとう!
――――――――

昨夜、深夜まで起きていたので、目覚めた時には、お昼を回っていた。しかし目覚めたからと言って、特に何があるわけでもない。

残業中とはいえ、社内で倒れたのはまずかった。おまけに、あの若手医師ったら、会社に提出する診断書に[過労とストレスによる…]なんて但し書きをつけたもんだから、上司は慌てふためいた。
詳しい事は、わからないけれど、このままでは、労働基準法なんちゃら…に引っ掛かるらしい。
入院を機に、貯まっていた有休を私に、ここぞとばかりに与えてきた。
お陰で、私は退院してからも、こうしてのんびりと暮らしている。

⏰:09/10/19 00:29 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#644 [あき]
かと言って与えられても、無趣味のしがない一人暮らしには、何もする事がない。
仕方なく、私は、休養と名のつくサボりに徹していた。
リビングに移動して、テレビを付けて、時折煙草をふかして、だらだらとするだけ。
入院生活からこっち、完全なる昼夜逆転生活だった。

今日もまた、そんな一日が始まると、そう思った時、一本の連絡が入る。

⏰:09/10/19 00:33 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#645 [あき]
出なきゃいいのに指が反応してしまう。
いつもいつも、私のこの弱さがまた同じ事を繰り返す切っ掛けになってしまうのは、解っているのに、どうしても反応をしてしまう。

――
『…はい』

《やっと電源入れたのか。もう昼だぞ。》

『……』

《昨日のメール何?》

『……』

《黙るんだ。》

『…もう無理だって…』

勇気を振り絞りそう言った。

⏰:09/10/19 00:40 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#646 [あき]
《俺は別れないぞ?》

『……』

携帯電話を耳から離そうとした。

《ふざけんなよっ!馬鹿にしてんのか!?別れ話はメールや電話でするもんじゃねーだろ!!》

『…じゃ、会いに来る?会って話したら、納得してくれる?』

無理な事はわかっていた。ただそう言っただけ。

もう怒鳴られる事にも慣れた。
そう感じながら、終話ボタンを押そうとした時―…

⏰:09/10/19 00:54 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#647 [あき]
《だから来てやったよっ!》

確かにそう聞こえた。
慌てて、また耳に当て直す。

『今なんて言った?』

なにか、とんでもない事を言われた様な気がして、聞き間違いかと、再度、聞き直す。

《だから、来たって言ってるだろ?》

『…どこに?』

《〇〇に。》
※私の住む地名


西条 祐介……
ぶっ飛びすぎ…

⏰:09/10/19 00:59 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#648 [あき]
―――――――

開けた玄関の前に見えるまだまだ信じがたい光景に、心臓がバクンと鳴った。

『どうぞ。散らかってるけど…』

『…俺の家よりか、いい部屋だな。』

『そう?これ履いて?』

この部屋に越した時、来客用にと用意したものの、そもそも来客なんて滅多にない為、使ったためしがないスリッパを彼に勧める。

棚の一番上。
私愛用スリッパと色違い…なおちゃん用スリッパを靴箱に隠したのがチラリと見える。
だけど、周囲をキョロキョロとしている西条さんは、それには気付かなかった。

⏰:09/10/19 01:32 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#649 [あき]
廊下を進み、リビングのドアを開き、彼を招き入れる。
ソファーに促して、彼がソファーに座るのを確認すると、私はキッチンに戻った。

『珈琲でいい?』

返事を聞きながら、ヤカンに火をかけて、100円均一で買った来客用客用のシンプルなマグカップを二つ準備した。

私が愛用しているカップは、また棚にそっと片付ける。
絵柄がとっても可愛くて、持ち手のデザインがちょっとお洒落で。
淡いピンクと、淡いブルーのペアマグカップ。これもまた、いつしか、片方は、なおちゃん専用となっていたマグカップ。

⏰:09/10/19 01:51 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#650 [あき]
西条さんに、後ろめたい気分になるけれど、やっぱり、あのスリッパも、このマグカップも、なおちゃん専用であり、たとえそれが[彼氏]である西条さんであっても、使いたくなかった。
マグカップを見つめ、この部屋には、所々に見え隠れするなおちゃんの香りがある事を改めて痛感する。
本来の[彼氏]の突然の訪問に、[友人]である、なおちゃん専用の隠しきれなかった代物はないかとビクリとしながら、リビングに座る見慣れない光景にただただ、戸惑っていた。

⏰:09/10/19 02:03 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#651 [あき]
ブラウン管の中では、お昼過ぎたワイドショーが流れていた。
無言で見つめる二人に、まず初めに口を開いたのは彼だった。

『驚いた?』

当たり前過ぎる質問に、私はやっぱり、そう答える。

『かなり。よく此処だってわかったね〃』

いわゆる、遠距離交際。しかも別れ話をしにきた相手に私は苦笑いで答える。

『駅からタクシーに乗った。』

『そっか。タクシー代かかったでしょ〃』

『以外に遠いんだよな〃』

『だって田舎だもん。』

⏰:09/10/19 03:11 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#652 [あき]
彼がくしゃくしゃに握りしめていたのは、アパートの住所メモだった。

交際がスタートした頃、送りたいものがあると聞かれた住所。

初めて届いたのは、あの出張で、土産に持たせてくれたあのご当地グルメ。
帰路に着き、食してみるととても美味しかった。それを無邪気に伝えると、彼は、真空パックになったそれを送ってくれた。

男女としての交際がスタートしてからは、何度となく、彼は装飾品を私に送り寄越した。

そのメモなんだろう。

⏰:09/10/19 03:21 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#653 [あき]
『この住所じゃさ、そんな事俺わかんないものなぁ〃』

『前に来た時は、此処来てないもんね。』

確かに、私が住む市には新幹線も止まる大きな駅がある。
国宝があったりする、ちょっとした観光地。
それだけ大きな市なのだ。
だけど、実は私が住む街は、その中心都市から、高速道路を車で四十分。その大きな心臓駅からローカル線に揺られて数駅分。
同じ市でも、都会と田舎。
そんな距離もあり、彼がこの地方に来た時も、私は此処には呼ばなかった。
夜はホテルに泊まったのだ。
そんなこんなで、実情を知らない彼は、市内にあると思ったんだろう。
怒りに任せて新幹線に飛び乗り、怒りに任せてタクシーに乗った。
タクシー運転手にしたら、有難いお客様だったに違いない。

⏰:09/10/19 03:36 📱:W64S 🆔:UVKG06YQ


#654 [あき]
久しぶりに会わせた顔が隣に座る。

遠く離れた地に住む彼が、突然にこの街に現れ、部屋に現れた。それだけ、彼の中の[あき]という存在は強かった。けれど、彼が求める[あき]には、私はなれない。

怒りに満ちた彼は、今は冷静に、私の話を聞いている。
いや、聞こうとしている。の方が正しい表現なのかもしれない。

彼の指や背中が、小刻みに震えている事に、私は気付いていたし.
それが、怒りの現れだという事も。
この先に、待っている彼の怒号も。
わかっていた。
けれど、もう彼の愛の強さに私の心は悲鳴を上げていた。

⏰:09/10/20 01:57 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#655 [あき]
話を終えると、彼は一呼吸置いて、煙草に火をつけた。
私は静かに灰皿を差し出す。

『ようはあれだ。あきは俺の為に、その生活を変えようとはしたくないって事だな。だから別れたいと。』

またあの、低く地獄から聞こえるような声が、私の心臓を掴んだ。


『そうゆう事じゃない。ただ、もっと私を信じて欲しかたし、私を尊重して欲しかったっ…』

『ああっ!?ただ遊びたいだけだろ!?こっちで男とチャラチャラとよ!!!』

荒々しく、ガツンとテーブルを叩く。
ビクリと体が固まる。
怒号と大きな音が、また幼き頃の自分と重なり合って大人の自分をまた萎縮させた。

⏰:09/10/20 10:08 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#656 [あき]
『やめて…大きな声出さないでっ』

『ああっ!?聞こえないっ!!この部屋にも何人男を入れたんだよっ!!俺だけじゃねーだろ!!』

『そんな訳っ…』

返す言葉も聞かずに怒りに満ちた彼に腕を捕まれた。捕まれた腕を咄嗟に引っ込め本能的に、体を後ろに仰け反らせ、彼から逃れる。

『ごめんなさい!殴らないでっ!!あきが悪いからっ!』

幼き自身が、姿を表す。咄嗟に頭を隠し、ただ、目の前の大きな怪物に怯え許しをこい、だからと言って震える体で痛みに耐える準備。

⏰:09/10/20 10:17 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#657 [あき]
『馬鹿にするのもいい加減にしろよっ!!』

頭を隠した腕をまた捕み力付くで引き寄せる。よろけた体は、彼に簡単によりかかった。

『ごめんなさい!ごめんなさい!!』

幼きあきは、ただ必死にこれから我が身に降り掛かるんであろう痛みに耐える準備を初め、無駄だとわかりながらそれでも、許しを得ようと必死に訴える。

怒りに満ちた彼には、その姿は、ただ怒りを助長させるだけだった。

⏰:09/10/20 10:23 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#658 [あき]
遠く離れた場所から、電波を通しての怒号。

怖くない。
私は、怒りを克服したんだと。
そう感じていた。

だけど、本当は、ただ遠く離れた場所に守ってもらってただけ。

殴られる事はない。

そんな安心感が、彼の怒りにはあった。

私は、それをただ、強くなれたんだと勘違いしていた。

⏰:09/10/20 10:29 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#659 [あき]
『お前はいつもどうして俺の言う事が聞けないんだ!!』

『ごめんなさいごめんなさい…』

睨み付けるように顔を覗き込むその目の恐怖に私は、視線を合わせられなかった。

幼きあきは、ただ震えて小さくなるばかり。

ギロリと睨まれる目に、私はただ震えるばかりだった。

⏰:09/10/20 10:56 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#660 [あき]
そうか。この人。
私のお父さん…あの怪獣に似ているんだ。
幼き頃、彼が姿を表す度に私は体が萎縮して小さく震えた。
大きな音と、お母さんの泣き声。
それに耳をふさいで小さな妹弟と三人部屋の隅で丸くなった。
あの記憶に似ている。

大きな男が、大きな音を立てて私の前に来る。
本当のお父さんは優しいはずなのに、あきが悪い子だから。
あきのせいで、お母さんが殴られて。
あきのせいで、妹弟が殴られて。
あきが駄目な子供だから。
お父さんはあきを殴る。

あの記憶に似ている。

⏰:09/10/20 11:10 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#661 [あき]
『…ごめんなさいごめんなさい。あきが悪かったからっ…だから、怒らないで。』

自然に涙が溢れてきた。この涙を彼には、どんな涙に見えたのだろうか。
私は、あんな男なんて大嫌いだと強く強く誓った、恨んで憎んで…。
なのに、結局、あの時、私は父親に似た彼を選んでいた。
本当は、会いたくて抱きしめて欲しくて。
大好きな父親。

女の子は父親に似た人を選ぶ。

そんな昔からの言葉をふと思い出す。
目の前で怒る彼の姿をどこか遠くで眺める自分がいて。
自分の弱さ。
情けなさに涙が溢れてきた。

⏰:09/10/20 11:26 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#662 [あき]
女の涙は強い。
これもまた昔からの言葉であり、やはり正しいのかもしれない。
本当の涙の意味なんて知るよしもない彼は、ポロポロと涙を溢す姿に、怒りを急速に低下させ掴む腕の強さが弱めた。

『俺から離れてかないでよ。』

そして、精一杯の愛を私に向ける。
これも、父親に似ている。
怒りをぶちまけるだけぶちまけると、後は、何事も無かったように。
いや、恐らく冷静になったと同時に優しさを与える。
彼もまた翌日、私が目覚めると、リビングには、流行りのお人形が置いてあった。
時には、大きなエレクトーンが届けられたり、時にはまだ珍しい流行りのテレビゲーム。
そうやって、彼は私への愛を現した。

⏰:09/10/20 11:42 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#663 [あき]
『…もう仕事辞めてくれ。俺の傍にいて俺を安心させてさえくれたら、俺だってこんなに怒らないんだ。』

そう言って今度は強く抱きしめられる。

私は、一生ここから抜け出せない。そう感じた。

あの父親からも、どんな恐怖からも、どんな孤独からも、いつも守ってくれた。
心底愛したなおちゃんを、最後まで信じきれなかった私が。
たった数ヶ月の西条さんには信じて欲しいと訴え続けた。

そんな、自分勝手な私に下された結末。

力無くただ腕の中に収まる私に、彼は優しく頭を撫でて。
また唇を私に押しあてた―…

⏰:09/10/20 12:05 📱:W64S 🆔:fRxoxp1Q


#664 []
>>201-400

⏰:09/10/21 11:23 📱:SO903iTV 🆔:UXIJoV0E


#665 []
>>401-600

⏰:09/10/21 22:03 📱:SO903iTV 🆔:UXIJoV0E


#666 [あき]
―――――――

もう逃げられないと思った。

寝室で露になった胸板から目を反らし、剥ぎ取った薄いシーツに、また露になった自身をくるませる。
キッチンに立ち、換気扇の下、煙草に火をつけ、轟音の下で細く静かに白い煙を吐き出す。

そう
私はもう彼から逃げられない。

⏰:09/10/26 23:54 📱:W64S 🆔:OYfTDteY


#667 [あき]
突然だった。
そんなつもりはなかった。ただ、彼から逃れる為に私は寝室へと逃げた。着替えてくる。確かそんな理由をつけて私はあの場所を離れたのだ。彼は力を緩め、私を見送った。
リビングを抜け、隣のドアを開ける。
カチャリとドアを閉めて、ベッドに腰を下ろす。思い出してしまった自分の過去を打ち消そうと頭を抱えた。
頭を抱え、瞼の裏側に焼き付く父親の残像を消そうともがいた。

もう消えて。

そう強く願った。

⏰:09/10/27 00:02 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#668 [あき]
突然、扉が開く音がした。顔を上げると、そこには彼が立っていて、私に向かって歩み寄ってくる。私は、咄嗟に笑顔を作り上げ立ち上がる。入って来ないでよなんて、笑ってみせたと思う。

簡単だった。

長身の彼の体に
小さな私はすっぽりと収まるしかなく。

後は、どさりと二人でベッドに倒れ込んだ。

⏰:09/10/27 00:07 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#669 [あき]
そして、彼はまた私を強く求めた。

嫌だと懇願しても、涙を流しても、彼は私を強く抱きしめた。
抱きしめては、私を強く求め離そうとはしなかった。

そして、彼はとうとう私の中で全身で、私にその愛を注ぎ込んだのだ。

その愛を全身で受け入れてしまったという現実をただ、呆然と天井を見つめるしか出来なかった。

その時、私は涙も出なかった。

⏰:09/10/27 00:13 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#670 [あき]
《俺の子〃出来るかな?》

私のお腹を撫でて無邪気に笑う彼。
痛んだ心に更に刺し込む刃。

《……できないよ。》

薄い布団にくるまり、ぽつりと呟く。

《そんなのわかんないじゃん。俺のお子っ…〃》

《…私、子供産めない体だから。無理だよ。》

昔、本気で尽くした彼に捨てられて
本気で愛したなおちゃんに打ち明けた。

私の……傷。

⏰:09/10/27 00:22 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#671 [あき]
淡々と彼に話す私は強くなった?


違う。


どうでもよくなった…


ただそれだけ。

⏰:09/10/27 00:23 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#672 [あき]
涙を流す事なくただ淡々と話す私に彼は、しばらく黙り込み、そしてまた強く私を抱きしめて。

大丈夫。俺は、そんなの信じない。

そう言った。
彼は、一体何を信じないのだろうか。

私の体?
私の話?
それとも
私達の未来?

彼の胸の中で鼓膜を震わせる彼の言葉は何も胸には響いては来なかった。

ただ、突然に強引に
押し付けてられた愛の証。

その行為が。
私は信じられないでいた。

⏰:09/10/27 00:30 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#673 [あき]
彼はその後もまた、ただ脱け殻となった私を抱いては、愛を囁き、私の中で二度目の愛を注ぐ。私は、またかと、人生二度目のそれをただ天を見つめ、受け入れた。

本当はね。

こんな私でも
心の隅。奥底では奇跡を信じていた。
いつか―…
そんな儚い夢を持っていた。

だからこそ、こんな体の私でも、決して許さなかった。

その願いは。
今更気付いた。
奇跡を信じたい相手とは違う人

から与えられた―…

⏰:09/10/27 00:57 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#674 [あき]
私だって、もう小娘じゃない。
今更、慌ててシャワーを浴びたって、跳んだって跳ねたって、逆立ちしたって…
何の意味もない事くらい知識として知っている。
ただ、情けない事に

自分の体を熟知しているが故の強さと

もし、彼との間に
奇跡が生まれたら…
そんな弱さの間で

もう彼から
逃げられない。

そう覚悟するしかなかった。

やっぱり涙も出なかった―…

⏰:09/10/27 01:08 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#675 [あき]
そして、これが
あきと、なおちゃんの
最後の壁。



この壁は。

決定的に

私達を引き裂き

それは

別れを示していた。

⏰:09/10/27 01:45 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#676 [あき]
――――――――

『…ねー…眠いんだけど?』

『なら帰れば?』

『いや、呼び出したのは貴方ですが?』

『用件は済んだ。』


相変わらず、意味の解らない突然の呼び出しに、まんまとハメられ、ここまで車を出してきた私。

そんな苦労に労いひとつも無く、趣味のギターをポロリンポロリン奏でながら、私の存在を無視しやがるこいつ。

溜め息が出る。

⏰:09/10/27 01:50 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#677 [あき]
『…なおちゃんさ〜…ほんっっと!!オヤジになったよねぇ。』

元はと言えば幼なじみ。出会った頃の事は、さて置いて。再会したのは、十代最後の歳。
そして、今や二人共に、結婚適齢期。私の目の前にいるこの彼は、一体誰なんだと言いたいぐらいに様変わりしていた。

『うっせ。貴女もいい加減いい歳だろうが!』

『…ですよねー…あーあ…』

急激にテンションが下がる。
私は、この部屋での定位置。
お気に入りのクッションを抱え、お気に入りのソファーにボスリと横たわった。

⏰:09/10/27 02:00 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#678 [あき]
『…あーっ!!幸せになりたーいっ!!』

これは、ここでの私の口癖。
お気に入りの大きなクッションをボスボスと叩きながら、足をバタバタさせた。

『はいはい。ぶちゃいくさん、うるさいよ。』
なおちゃんは、そんな私の叫びを聞き流し、最近、新しく買ったギターの楽譜をテーブルに置き、ポロリンとまたメロディを奏でた。

『不細工言うなっ!』

⏰:09/10/27 02:06 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#679 [あき]
『はいはい。おでぶちゃん。』

『あのねぇ!!』

なおちゃんの部屋で、彼が奏でるアコースティックギターの音色を聞きながら、こうやって憎まれ口を叩き合う時間が、私には、とてつもなく、心地好い時間だったりするけど。
それは口が裂けても言えない言葉。

『なおちゃんが知らないだけで、こんな私を好きだという人は、いるんですぅ!!』


『ほぉ〜〃良かったじゃんっ!なら、その人に幸せにしてもらえ。』


なおちゃんは、またいつもの調子で、私の戯言を聞き流した。

⏰:09/10/27 02:13 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#680 [あき]
いつもそう。

なおちゃんは、いつも、私が何を言っても、顔色ひとつ変えないで。
笑って聞き流す。
私だけが、好きで好きで…たまらなく好きで。そんな月日だった。

それがツラかった。
だから私は…

『……本当だよ?』

そんな姿が、あまりにも哀しくて、ついポロリと漏らす。

『…知ってるよ。例の彼だろ?』

なおちゃんは、楽譜に目を落としたまま、静かに答える。

今夜。久しぶりに
私達の間に静かな時間が流れた。

⏰:09/10/27 02:19 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#681 [あき]
『…結婚…言われてる。こっちに来いって。』

『へぇ。』

『…それだけ?』

『世の中には物好きがいるもんだな。』

『…で…ですよねーっ?!〃』


なおちゃんの奏でるメロディが、胸に刺さる。
この、メロディ。

私達が毎日のように一緒にいた頃。
あの、なおちゃんの小さな城で、暇潰しに二人で見たあの古い映画。
さほど興味無かった映画だったのに。
エンディングには、二人で感動してて。
二人でちょっと泣いてて。
最近、熱心に練習しているメロディなんだよね。

⏰:09/10/27 02:33 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#682 [あき]
練習してる事には気付いていたけれど、空気を変えたくて、私は明るく言った。

『それ、あれじゃん?』

『そう、それ。』

そして、自分達の今の会話に違和感を感じ、数秒の沈黙の後、二人で目を合わせた。

『てかさ、私達今の会話成り立ったんだよね?〃』

『成り立ったのが、悔しいな〃』


二人で笑った。

⏰:09/10/27 02:46 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#683 [あき]
そんな空間がやっぱり心地好くて、なのに、こんなに心地好い空間を、私は掴めなかった…掴んでいられなかった。

自ら手放した。

なのに

止めて欲しくて。


まだ、微かに希望や期待なんかして。


どこまで、自分勝手な女なんだ―…

⏰:09/10/27 03:04 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#684 [あき]
なおちゃんの目を見ていられなかった。

上半身をゴロンと横たえたソファーの上。
下ろした足をプラプラさせながら、古ぼけたなおちゃんの部屋の空を見上げる。

『………』
『………』

妙な沈黙。

静かに流れる、新しいメロディ。

この曲も知っている。

なおちゃんの指から
完璧に弾きこなされる美しいメロディに、私は無言で耳を傾けた。

⏰:09/10/27 03:14 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#685 [あき]
よく弾いてくれるこのメロディ。
私が好きな曲としてなおちゃんは記憶している。

だけど…
本当は違う。

なおちゃんは知らない真実。


あれは再会した直後。

まだ、私が夜の世界に生きていた頃。
学力に弱い私はもっぱら邦楽派。
洋楽なんて、何言ってるのかサッパリわかりません!的ノリだったあの頃。

当時お気に入りだったアーティストがカヴァーをしていた洋楽アーティストのある一曲。

⏰:09/10/27 03:37 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#686 [あき]
その日、お店に顔を出してくれたなおちゃん。閉店までいたもんだから、ついでだと送った私の車内。
ドキドキの車内。
偶然にも、その一曲が流れた。

《おっ!いい曲聞いてる…って、カヴァーかよっ!原曲聞けよ〃俺、この曲好きなんだ。》

彼の好きな物は、何だって好きになりたかった。私は、その夜、原曲とやらを必死に調べた。それは、当時、名前も聞いた事のない知らない国のチンプンカンプンアーティスト。

⏰:09/10/27 03:47 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#687 [あき]
普段行かない洋楽アーティストコーナーで、全く知らない世界に呆然と立ち尽くし、めっぽう横文字に弱い私は、訳がわからなくなり、勢い余って、そのアーティストを、いっさいがっさい大人買いしてやった。

そして、携帯電話の着信音。当時、じわじわと流行りだした着信コール。全て設定を変える見事な馬鹿っぷり。

だけど、人間の記憶というのは、時に簡単にすり替えられる。
なおちゃんが好きだと言ったアーティストは。

いつしか、私も好きな曲として新たに、なおちゃんの記憶に埋め込まれてしまったのだ。

それが真実―…〃

⏰:09/10/27 04:09 📱:W64S 🆔:ZHpiXnGs


#688 [あき]
『久しぶりに、あれ聞きたいな!!』

『ああっ?あれ、コード難しいんだよ。』

『いいじゃん!練習〃練習!』

そんな想い出の詰まったメロディは、今の私には聞けない。
明るく、あっけらかんと、何事もないように,[あれ]と違う曲をリクエストしてみる。
なおちゃんもまた[あれ]は難しいんだと、ぶう垂れながら、ペラペラとページを捲った。
なおちゃんが鼻歌まじりに歌うこの曲。

私が、一番大好きな曲。

⏰:09/10/28 04:08 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#689 [あき]
昔も今も変わらず着信音に設定しているあの曲よりも、他のどんな曲よりも。

私には、この曲が一番大切で。
一番好きだなんて、なおちゃんは知らない。
騙されてやんのっ。

……
………
そりゃそうでしょ。


なおちゃんが、耳にする事はないんだから。

⏰:09/10/28 04:15 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#690 [あき]
初めてこの曲を聞いたのは、私達にとっては、大人になって二人きりで過ごす初めての夜だった。
切っ掛けは、何がどうなってそうなったのか、未だ思い出せない程、私の記憶は、ぶっ飛んでいるが。
なおちゃんと二人、カラオケ店にいた。
恐らく、店の後。
酔いに任せて、流行りの歌を唄いまくる私にしぶしぶ付き合って(いたと思われる)なおちゃん。
飽きた私は強引にマイクを渡した。
《俺、洋楽しか知らなぞ。》《いーから歌って!!》
確かそんな会話をした覚えがある。
これまたしぶしぶ(のはず)入力して流れ出したのは、優しいバラード。そして意味の解らない歌詞。
だけど、それに乗っかるように正しい音程で響くなおちゃんの歌声がそこにあった。
その声は
とっても綺麗で
とっても優しくて。
私の心を突き抜けた。

⏰:09/10/28 04:30 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#691 [あき]
咄嗟に歌手名を探す。
洋楽に無知な私にも、わかるようにの配慮なのか、優しさなのか。

それは米国で歌姫と呼ばれているアーティストだった。
唄い終えた彼に私は聞いた。

《この人は知ってるっ!!で?どうゆう意味なの??〃》

《んー…簡単に言えば、アナタなしでは生きてけない。って意味かな?いい曲だろ?》

《へ〜〃》

大好きな、なおちゃんが初めて唄った優しい声。綺麗なメロディ。
何より、言葉の意味を知った私は。
その夜から、この曲が一番好きになった。
なおちゃんへの想いが強くなればなる程、この曲が大好きになった。その夜から、なおちゃん専用の着信音に変わった。もう、何年も、何年も。なおちゃん専用の着信音―…

アナタなしでは生きてけない。

⏰:09/10/28 04:44 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#692 [あき]
なおちゃん専用の着信音なだけに、彼自身私の携帯電話から流れ出すこのメロディを知らない。私が好きだと言う音楽の中で

[なおちゃんが好きだから好きになった曲]
なのに

[俺も好きだけど、あきも好き]

に勝手にすり替えられたあの曲よりも
あの夜から、私が一番大切にしているこの曲の存在を、なおちゃんは知らない。

⏰:09/10/28 04:51 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#693 [あき]
『…んー微妙だね!〃もう少し練習が必要だな。こりゃ。』

『うっせ!』

なおちゃんは、ギターを横に置くと、煙草に一本火をつけた。
私は、その煙に誘われるように、起き上がり、煙草に火を点ける。
憎まれ口を叩きながら、二本の煙が、空間に立っていた。

『…で?どうすんの?』

『なにがぁ?〃』

『行くのか?その彼ん所。』

突然の質問に固まる私。そんな私をじっと見つめるなおちゃん。
ジリリと火が燃えて、灰がポトリと落ちた。

⏰:09/10/28 04:57 📱:W64S 🆔:RO.QxrWQ


#694 [あき]
―――――――

BGMを失った部屋は、とても静かだった。
先ほどの質問に、答えを求める彼と、答えに詰まる私。
二本の煙だけがふわりと登った。

『…さぁ。』

やっと言葉を発したのは私。
曖昧な返事を残して、私は煙草の火を揉み消した。
なおちゃんの先端、ぼぉっと火が灯り、細く白い煙がまた天に上り空気に消える。

『いいんじゃないの?』

少し目を細めて、くしゃりと火を揉み消した。なおちゃんのその指を、私は静かに見つめた。

⏰:09/10/31 00:31 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#695 [あき]
『…そう?』

なんとも適当にその答えをサラリと聞き流した。そのまま、買ってきた最近お気に入りの少し苦めのカフェオレを吸い込む。

『知らんが。』

また、なおちゃんも、なんとも適当な返事で、差し入れに買ってきたいつものブラック缶珈琲を喉に流す。

『……』

私達が出会って。
再会して。
互いに言葉を選び、言葉を探すこんな時間が流れるなんて、思いもしなかった。

⏰:09/10/31 00:54 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#696 [あき]
幼い頃は、無邪気に手を繋ぎ笑い会った。
《あきちゃん!》
《なぁに?なおちゃん!》《あのね、僕ねっ!》《あのね、あたしね!》
そんな淡い記憶。

時が過ぎて、様々な傷をおって、様々な問題を抱え再会した私達。

《あのさ》《なに?》《てかさ?》《いや、それはさ!》

その苦しみや傷を吐き出すように、二人で語り明かした。
くだらない事に何時間も笑い合った。

私達の間には、いつも互いを思う言葉が溢れていて。互いを必死とする時間が流れていた。

なのに、なんだこれ。
この微妙な空気。
何がいけなかったんだろう…

⏰:09/10/31 01:07 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#697 [あき]
『何度も無理だって断ってるのにさ〃えらく私がいいみたいよ?』

行きたくないけど。
行くかもしれない。

私は卑怯だ。
微妙なニュアンスを残しながら、クッションを抱え、またボスリとソファーに横たえた。
古びた天井を見つめ、はははと笑って見せた。

『ふーん。』

また、なおちゃんはギターを手に取り、ポロリンと奏でる。

『なおちゃんは?最近どうなのよ!』

何気無い質問。
その何気無い質問に、彼もまた何気無く答える。

⏰:09/10/31 01:17 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#698 [あき]
『ああ。そろそろ俺も考え時かなって思うよ。』

『ん?』

なおちゃんの話を、きちんと、聞き入れられているんだろうか。

わかってた。
ずっと知ってた。

なおちゃんは、女性を惹き付ける魅力のある人だって事は。

トラレタらどうしよう。

新しくライバルが出現する度に怯えたし、だけど、彼自身が興味を示さない事に、安心し、トラレない事を確信した(※勝手に)。
敗北を味わったのは、今も昔も、別れた彼女(実質は元奥さん)だけ。たった一度だけ。

⏰:09/10/31 01:40 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#699 [あき]
昔に一度だけ、突然に現れた真っ青携帯の女。後に事情を知り、飛び蹴りしてやりたくなったけれど。あの状況でもまだ、私は、彼を信じていたし、彼を想っていた。だからこそ、強くいられた。

『で、どうすんの?〃』

『いや、どうすっかなと思ってる。』

『…そんなの知らないし〃』

今聞かされている新しい存在。
なおちゃんの言葉に
彼自身の心が、揺れている事がわかる。
そしてまた、それを強く否定できないのは。
自分自身が、西条さんの存在に、負い目を感じている。
私達の間でそんな二つの感情がぶつかり合っていた。

⏰:09/10/31 02:06 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


#700 [あき]
強く否定が出来ないまま、彼の話を聞き入れる。

男と女の出会いがあって。心の弱った女が、強さ、優しさ溢れる言葉に恋に堕ちる。
そして立ち直っていく。
本来ならば、見てて欠伸が出そうな定番ストーリー。
なのに、今こうして、話に吸い込まれてしまっているのかというと。
定番ストーリーだからこそ、痛い程わかるのだ。
私は彼女の想いが手にとるようにわかった。
そう。
もう何年も前。
私こそが、彼に繰り広げた定番ストーリーが、またその彼女の中でも、繰り広げられていたのだから。

⏰:09/10/31 02:52 📱:W64S 🆔:.0W.fEWM


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