微妙な10センチ。〜最終〜
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#401 [あき]
静かに動き出した車内で、急遽変更になった事を改めて詫びた。

詫びながら、この三日間の打ち合わせを兼ねようと、私は聞く。

勿論、こちらには、事前に今回の担当者である田中の名前は流れていたはずで、田中で、全ての段取りが組まれていたはずなのだ。
それを今朝、突然に私の名前が電話にて伝えられたはず。
突然の担当者変更は、てんやわんやになったに違いない。

『問題起きませんでした?』

『そんな事があったんですか。大変でしたね〃』

私は、疑問を隠しきれず、暑苦しいおじさんの顔を見返す。

⏰:09/09/06 21:09 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#402 [あき]
おじさんパートナーは、私の言葉を他所に、冷房のスイッチを強に合わせる。

『暑いですなぁ。もう少ししたら、冷えますから、待って下さい。』

西条さんよりも強い方言なまりは、年配独特さを感じた。

生ぬるい風を体一杯に感じたながら、私は気にしないで下さいと笑った。

『で…あの…打ち合わせは??』

冷えてきた冷房風に、私の髪がなびく。少し気持ち良かった。

『ああ、私にはいいですよ。私にされても、わからんです〃』

⏰:09/09/06 21:25 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#403 [あき]
そう言うと、おじさんは、また、前を向いて、暑い暑いと嘆いていた。おじさんは、ようやく私の顔を見て、不可解な顔をする私を理解したのか、ハハハと笑って言った。

『ああっ!私はね、今はただの運転手です〃私にはあんた達の仕事は専門外ですわ〃ちゃんと担当者がいますから、そこまでお送りしますからねえ。』

おじさんは、そう言って、笑った。
移動中も、何十年も勤め上げたこの会社を先月定年して、雑用係として会社に残った身の上だと、自分の過去を笑って話てくれた。

私は、笑ってそうでしたかと、当たり障りのない返事を繰り返す。
私が送り届けられる場所に向かう間
ざわついた胸が今にも爆発しそうだった。

⏰:09/09/06 21:55 📱:W64S 🆔:WpaU5fD.


#404 [あき]
『あそこですよ』

おじさんが指差した先に、小さな建物が見えて来た。
私は、頷きバックから資料を取り出す。
資料を、再度読み直し、頭の中で整理する。
なにせ、今朝、早朝五時に突然割り振られた仕事なのだ。
下準備、事前打ち合わせは田中がしている。
私にはこのファックス用紙だけが頼りだった。

『ここで、担当者とも合流して戴きますから。うちの若手ホープですよ!あいつなら、任せても大丈夫ですわ』

おじさんは、笑っていた。バクンとした心臓が、おじさんに聞こえまいかと、私もまた笑ってみせた。

⏰:09/09/07 02:37 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#405 [あき]
車を降りて、おじさんは笑顔で走り去る。
若手ホープと呼ばれる担当者と合流すべく、私は建物前に立った。
こちらは、梅雨なんて関係ない位の眩しい日差し。時計を見ると、まだお昼前だというのに、気温は上がりきっているように思えた。
見つけた小さなベンチに腰掛けて、私は資料を読み直す。
到着して、五分。

『お待たせして申し訳ありません』

頭の上で聞こえた声に…。

外れて欲しかった胸騒ぎが的中した事を知るには、十分過ぎる程の声だった。

⏰:09/09/07 02:46 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#406 [あき]
『……』
『……』

少しの沈黙。
私は立ち上がり、顔を上げる。

『…また三日間、宜しくお願いします。』

『…こちらこそ。』

久しぶりに見た西条さんは、最後に見たあの時よりも、少し日焼けしていた。
ブルーの淡いシャツに、ネクタイを締めて、少し細めの眼鏡をかけ…

あの頃と同じ香水の香りがした。

⏰:09/09/07 02:52 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#407 [あき]
『じゃ、打ち合わせを…』

『いいよっ〃ここは、俺の得意先だもんで今更いらん〃よく知ってるからっ。それよりも、荷物、車に乗せようか?』

西条さんは、変わらない爽やかな笑顔で、歩き出すと私の荷物を掴み、乗ってきたんであろう小さな社用車のトランクに、また軽々と荷物を乗せた。
苦しい胸を隠しながら、二人並んで、責任者と顔合わせ、打ち合わせ、そして談笑へと進んでいく。
西条さんの得意先だけあって、また私は、彼の然り気無いアドバイス、サポートに乗っかる形で、話を進めればいいだけ。
何のトラブルもなく、丸く収める事が出来、二人で車に乗り込んだ時には、もうお昼を回っていた。

⏰:09/09/07 03:06 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#408 [あき]
『…暑いねぇ〃』
『…そうですね〃』
『……』
『……』

小さな車内。沈黙が続く。途中、コンビニに寄ってランチを買った。
初めて会った時、あの時も確か、昼食はお弁当だった。緑の多い公園のベンチに二人並んで食べたんだ。あのお昼から、私達の時間は始まった。その急速な時間の流れの中、傷付き傷付け合って…
私達は、あの時と同じ位置に立つ。
何もなかったように、ただ、仕事パートナーとして。
同じ場所に立った。

⏰:09/09/07 03:15 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#409 [あき]
あの公園は、何も変わってはいなかった。
時折吹く風に、緑がざわざわとなびいて、心地良い場所。
よく見ると、ここは、付近のOL達の憩いの場所なのか、他のベンチにもお弁当を広げる人が見受けられた。
日陰のベンチを探し、私達は並んで座る。
気まずさから、即座に買ったばかりの冷えた野菜ジュースを吸い込んで、サンドイッチを開ける。
失せた食欲だけど、もこもこと無言でほお張ってみた。
西条さんもまた、気まずいのか、何なのか…
即座にパンを被りつき、缶珈琲をぐびりと飲んだ。

⏰:09/09/07 03:22 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#410 [あき]
『…久しぶりだね…』
空に向かって煙が高々と登っていた。
飲み干した珈琲の空き缶にとんとんと煙草を叩いて西条さんは言った。
飲み干した野菜ジュースのパックを丁寧に折りたたみながら、そうだねと答える。
煙の匂いが、風に乗って私にかかる。
その後に、甘い香水の香り。
私は、サドイッチの袋を丁寧に折りたたみ、マヨネーズがついちゃったと、自分に笑ってみせた。
今思えば、それは
手先を見つめる事で、顔をあげないでいい方法を模索していたのかもしれない。

⏰:09/09/07 03:39 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#411 [あき]
『…元気だった?』

『まぁ…〃』

二本の煙草の煙が空に登る。眩しい太陽は、私達をジリジリと照りつけながら、時折、気持ちよい風がすり抜けた。

『まさかとは思ってたけどっ…〃』

『来ちゃ悪かった?』

私は、ハハハと笑ってこの場を誤魔化す。
西条さんは、ふっと笑って煙を空いた缶珈琲にポイッといれた。
差し出されたそれに、私もポイと入れる。
缶の中で、ジュッと音がして。
二本の火は呆気なく消えた。

⏰:09/09/07 11:18 📱:W64S 🆔:N97iV3Fg


#412 [あき]
『そんな事ないよ〃』

在り来たりな言葉で、私は返す。

『朝、出社したら今日から来る担当者があきの名前に変わってて、驚いた。』

『…そりゃ、今朝急に変わったんだもん〃』

西条さんは、そんなのありなのかと、笑った。

『……だから、迷ったね。』

そして、そう呟いた。

⏰:09/09/08 00:49 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#413 [あき]
『あきは、俺に会いたくないんじゃないかって。だから、こっちも担当変わろうかって、考えたね。』

そう呟きながら、彼はまた胸ポケットから煙草を取り出し火を付けた。ふわりと煙の匂いがする。
私はその声に聞こえないふりをした。
視線を下に向け、パンツスーツの裾を直す。

『…いやなら、明日から変わるよ!〃』

開き直った彼の声に私は、視線を戻して、どちらとも言えない笑顔を向ける。

⏰:09/09/08 01:01 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#414 [あき]
『仕事でしょっ。〃仕方ないよねっ。』

そしてそう言った。
馬鹿な私は、そう言うしか出来なかった。

あの夜、喧嘩別れをしたままの数ヶ月間。この地方の出張話が出る度に、自分に当たるはずがないと頭で理解しながら、心のどこかでは、望んでいた。
仕事で来れば会えるんじゃないかって少し期待した。

もう一度、会って話がしたかった。

だけど、妙なプライドが邪魔をして、それは言えなかった―…

⏰:09/09/08 01:07 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#415 [あき]
『…仕方ない…かっ〃』

西条さんは、はははと笑って、ベンチを立った。私も後を追うようにベンチを立ち、彼の背中を見る。飄々と背の高い彼の背中は、とても大きかった。

『いつまでもサボってないで、午後からの仕事しますかっ!』

『はいっ〃しますかっ!』

助手席に乗り込み、彼の運転で私達は市内を走り抜ける。仕事パートナーとして会話を繰り返し、淡々と案件をこなしていく。
ただ、それ以降、二人でいても、彼は私を《あき》とは呼ばなくなった。彼は私を私の―役職―で呼ぶ。
最後まで。ホテルに着く最後まで、それを貫き通していた。
そして…

⏰:09/09/08 01:16 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#416 [あき]
『……わかりましたっ〃宜しくお願いしますっ。』


翌朝、私を迎えに来たのは―…

彼と似ても似つかない全くの別人だった。


『西条が、急用が出来まして、私が残りの二日間担当を引き継ぎましたので。』

ロビーに立つ、そのおじさんは、そう言って私に名刺を渡してきた―…

⏰:09/09/08 01:22 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#417 [あき]
呆然としたまま、新しいパートナーと仕事をこなす。
途中、何度も携帯電話を確認したけれど。
彼からのメッセージは何も残されていなかった。

最後の夜。

ホテルの部屋に戻り、荷造りを終えた時。
言い様のない感情が溢れ出し、止められなくなった。

携帯電話を握りしめる。

ふざけんなっ!
仕事放棄すんな!
逃げんじゃねー!

そう言ってやろうと、携帯電話を握った。

⏰:09/09/08 01:28 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#418 [あき]
―ピッ…プルル…

《はい。もしもしっ》


『わたしっ!!』

《うん。どうした?》

『どうしたじゃないでしょ!!!』


込み上げて来る怒りで、私は感情をぶつける。薄い壁。
隣の知らない誰かさんに聞こえるなんて気にやしない。
とにかく、腹立たしかった。

⏰:09/09/08 01:32 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#419 [あき]
西条さんは、妙に冷静で、私の怒りを受け入れた。

《何怒ってんの?》

それが、また無性に腹が立つ。

『何変わってんのっ!!』

支離滅裂だとはわかっても、主語述語なんて今更関係ない。

《…なにが。》

それでも冷静に返してくる彼に、私の怒りは頂点に達し、そして一気に冷めていった。

『…変わるなんて聞いてないよ?』

冷めると同じに、何故か、とても悲しくなった…

⏰:09/09/08 01:36 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#420 [あき]
《あきが嫌だって言ったんだろ?だから、変わってもらった。》


『言ってない…』


《仕方ないって言っただろ?》

『それは……』


《だろ?なのに何、責められなきゃならん…?》

『だから……』



何も言えなかった。

⏰:09/09/08 01:39 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#421 [あき]
『…せっかく来たのに…明日帰るよ?』


可愛げない言葉で、私は伝える。
本当は、また会えて嬉しかった。
本当は、また一緒にしたかった。
少なからず。
私はそう思った。
なのに。
あの時、言葉はその思いとは裏腹に、彼を撥ね付けた。
だから、彼は変わった。もう会わないつもりで、変わった。
悲しかった。
私なりの精一杯の言葉で、そう伝える。

⏰:09/09/08 03:46 📱:W64S 🆔:YinlIU3I


#422 [あき]
《…俺達は終わったんだよな?》

電話口、囁くように言った西条さんの声が、頭に響く。

そうだった。
私は彼に何を求めてたんだろう。
何を期待していたんだろう。
彼の愛に耐えられず。
別れを切り出したのは私なのに。
自分勝手な奴―…

『そだねっ…〃じゃぁ!』

⏰:09/09/15 02:04 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#423 [あき]
《…じゃぁ。気をつけて帰れよ。》

『うん。バイバイ!』

見えるはずもないのに微笑み通話終了ボタンを押す。
無機質な機械音が鼓膜を震わせた。
そのまま携帯電話をテーブルに置いて、散らかしたままの資料をガサガサと集めて、鞄に入れた。
何だか、何もする気分になれなかった。
小さなバスルームでシャワーを浴びて、整えられたベッドに潜り込む。
電気を消して、暗闇の中目を閉じた。
胸がキュッと痛かった。

⏰:09/09/15 02:11 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#424 [あき]

――

翌朝、まだ目覚めぬ朝に目が冷める。
今日あの、おじさんは、とんでもない時間に私を迎えに来ると言った。

《では、7時45分に迎えに来ます。》
《…早くないですかっ?》
《念のためですよ!》

どんなに自信が無いんだよ。と突っ込みたい所をグッと我慢した。

《じゃ、9時に迎えに来ますから》
《はーいっ。》

そんな会話をふと思い出す。
仕事のパートナーである彼は、本当に頼りになった。
遅くスタートしても、必ず時間通りに事が進み必ずの結果を出してくれた。
改めて頼りっぱなしだった自分に笑える。

⏰:09/09/15 02:25 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#425 [あき]
ベッドから起き上がると、頭がガンガンと脈打っていた。
また最悪の目覚め。

いつもの偏頭痛。

カーテンを開けると青白い空にどんよりとした厚い雲がかかっていた。

(…やっぱり天気悪いんだ…)

昔々の後遺症は、私をお天気お姉さんに変えた。
ガンガンと響くこめかみと、じんじん疼く右腕。
この季節は本当につらい。

本当に辛かった。

⏰:09/09/15 02:32 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#426 [あき]
ニコリと微笑み、おじさんパートナーと挨拶を交わして、淡々と時間だけが流れる。
昼前に本降りになった雨は、いっこうに上がる気配はなかった。
相変わらずの冷房車内は雨に濡れた体を、より冷たく感じ、益々、頭痛は酷くなった。
いっこうに効かない鎮痛剤。
途中何度も何度も飲んだ。

『昼飯どうしますか?』

『ああっ。食欲ないんで…〃』

『そうですかぁ。』

『気にせず、召し上がって下さい〃』

⏰:09/09/15 02:45 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#427 [あき]
『じゃ、遠慮なく…』

『どうぞ〃』

どこかの小さな駐車場に車は入った。
狭い車内で、おじさんは愛妻弁当を広げる。
その匂いが私の胸を焼き、冷えた体がブルッと震えた。
軽く言葉を交わして、車を離れ、目に入った自動販売機の元へ走り寄る。
この季節、自動販売機にホットと記された飲み物は見当たらない。
諦めてミネラルウォーターのボタンを押して、ガタンと音を立てて落ちてきたそれを手に取った。
雨が降りしきっていた。

『外の方が暖かい…』

⏰:09/09/15 02:55 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#428 [あき]
『そりゃ、出世しないわ…〃』

ミネラルウォーターを一口飲んで、一息つく。狭苦しい車内で、愛妻弁当をがっつくおじさんを遠巻きに見つめ、思わず呟いた。

決して、現場主義者とは思えない。
あの年代なら、勤続年数数十年だろうに。

くだらない会話は弾むくせに、肝心な所では、つまづいてしまう。
…上がり性。
降りしきる雨、車の停車位置さえ考えれば、濡れずに済んだ場所はいくらでもあった。
…視野と判断が甘い。

濡れた体に、いっこうに緩まない車内冷房温度。
…配慮に欠ける。

可哀想だが、出世出来ない原因、全てが、おじさんの一連の行動で物語っていた。

⏰:09/09/15 03:16 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#429 [あき]
(とまぁ、そんな事はさて置き…〃)

煙草を数本吸い終わる頃に、おじさんの、愛妻弁当を片付け始める姿が見えた。
煙草をじゅっと灰皿に入れて、また走って車内に戻る。
助手席に座ると、爪楊枝で歯の手入れをしながら、おじさんは言った。

『飯、食わんのですか?』

『はい〃体調が悪くて〃』

『そりゃいかんなぁ。風邪か?』

『どうでしょ〃』

あんたのせいだよっ!
と突っ込みたくなった…。

⏰:09/09/15 03:25 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#430 [あき]
結局、最後の一日は雨があがる事なく、もう、完全にスーツはダメになって、ベタついた髪からは酸性雨の嫌な臭いがしていた。
早々におじさんに挨拶を済ませ、改札を目指す。
時計を確認しても、まだ一時間も余裕がある。改札を抜けるには早すぎる時間だ。

(……)

噴水が目に入った。
一瞬立ち止まる。

噴水の傍に座る私。
それを見つめ、笑う西条さん。
立ち上がる私。
その背中に、叫ぶ西条さん。

まるで昨日の事のように残像が蘇る。
私は、残像を振り払って…改札を抜けた。

私達が始まったあの場所に別れを告げたのだった。

⏰:09/09/15 03:40 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#431 [あき]
改札を抜けて、ホームに立つ。ざわつく人達の中で、一人立っていると、何だか、三日間のざわついた心が、溶け込んで少しだけ晴れた気分になった。
もうここには来ないだろう。
西条さんが生きる街は、辛すぎる。
もう会わない方がいいんだ。
そんな事をふと感じる。
周囲を確認して、一番近い待合室に入り、腰を下ろした。
出張が多くなり、移動距離が長くなりだした頃、時間潰しの為と鞄に入れた小説を久しぶりに出して頁を開く。
久しぶりに読んだ話は数頁前に戻らないと、ちっとも理解できなかった。

⏰:09/09/15 03:59 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#432 [あき]
数頁前に戻り、そうだったと、さぁこれからだと、やっと本の世界に集中しだした頃、とんだ邪魔者が入る。
私は、活字を目で追いながらポケットに手を突っ込み、震える携帯電話を取り出した。

画面を見て
バクンと胸が鳴った。
まさかと思った。


―西条さん―

画面に記された活字に、心臓が縮む。
しばらく見つめて、そっと通話ボタンを押した。

⏰:09/09/15 04:04 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#433 [あき]
『…もしもしっ。お疲れ様ですっ。』

ついつい業界用語で挨拶をした。

《お疲れ様…。今、駅?》

『…はい。そーです。○×発ですから。』

《あー。そっか…》

ついつい敬語になる。
西条さんは、そんな私の言葉に、違和感なく話を進めていた。

⏰:09/09/15 04:09 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#434 [あき]
《今、大丈夫か?》

『はい。どうかされました?』

《………んだよそれ。》

私のよそよそしい返しに、西条さんは、そう呟くと、何も言わなくなった。
また私は彼を傷付けたんだ。そう痛感する。
なのに、私は言葉を発する事も、この無言の電話を切る事も出来ずに、ただ携帯電話を耳に当て続けた。
当て続けて数分。

《あきは…俺との事どう思ってんの?》

思いもよらない言葉が私の耳を抜ける。
意識で

自分が今、あの温かいなまりのある方言で、そう言われている。

そう理解するのに数秒かかった。

⏰:09/09/15 04:20 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#435 [あき]
『どうって……?』

一瞬にして、周囲の景色が白くなった。
誰の姿も目に入らない。ここが新幹線ホームの待合室だという事が、ウソのような感覚。


《……遊びだった?》

『……何を今更言ってんの?』


遊びか本気かなんてわからない。

ただ私は、あの時
西条さんとの未来を望んだだけだった。
終わりの来ない現実よりも、新しい未来を掴もうとしただけだった。

⏰:09/09/15 04:28 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#436 [あき]
《……俺の事、好きだと思ってくれてた?》

『………』


《…遊びだったのか?》

『………』


《……何も答えてはくれないんだな。》


溜め息まじりに聞こえる彼の声に、答えられないんじゃない。
どう答えていいかわからなかった。

⏰:09/09/15 04:33 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#437 [あき]
西条さんは、いつも答えを欲しがった。
いつも、いつも、私に愛を求めた。

だけど、私はそれに答えられなかった。

馬鹿な私は、彼が求める答えを出せなかったし、彼が求める愛の形がわからなかった。

どうしたら、彼が納得するのか。
どうしたら、彼が落ち着いてくれるのか。
どうしたら、彼が私を信じてくれるのか。

いつもわからなかった。
答えれば、答える程、彼を傷付けてしまった。
これ以上彼を傷付けたくなかった。
だから、彼が求める答えがわからず、私は何も言えなくなってしまったのだ。

⏰:09/09/15 04:39 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#438 [あき]
《…どうして黙る?……わかったよ…なら、その気がないのに、その気になるような事しといて、見事に、あきにハマってく俺を見て心の中で、笑ってたって事?》


また電話の向こうで、なんだか、声が聞こえる。さすがに、とても、酷い事を言われたような気がした。

自然と涙が溢れる。

溢れた涙が視界を現実に戻した。

突然泣き出したスーツ姿の若い女に周囲の人は驚いた顔で、私を見ている。
無邪気に母親にじゃれてた子供は、ピタリと固まり、私の顔を覗き込む。

そうだ。ここは新幹線ホームの待合室。

なのに涙が止まらなかった。

⏰:09/09/15 04:49 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#439 [あき]
『……馬鹿にしないでよっ。』


私が吐き出した言葉は、彼の心には届かなかった。

《ならどうだって言うんだ!?好きも嫌いも言えないんだろ!?馬鹿にしてんのは、どっちだっ!》

隣に座るサラリーマン風のおじさんは、電話口から漏れる彼の怒りの声に、少し顔をしかめた。
静かに新聞を折りたたみ、私の顔をちらりと横目で確認する。
公共の場所での
若い男女の痴話喧嘩。

いい迷惑な話だ。

サラリーマンはそう目で訴えてきた。

⏰:09/09/15 04:56 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#440 [あき]
『…とにかく、今は話できない。』

涙声が必死に彼を説得にかかる。

《…どうしてっ!》

『ホームにいるのっ…』

《だからっ!》

『…お願いだから、落ち着いてよ…』

周囲の人々は、やれやれと言った顔で、我関せずの体制に入った。

『…また帰ったら電話するから…』

⏰:09/09/15 04:59 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#441 [あき]
《待てない。今、聞きたい。……その新幹線乗る前に、はっきり決めてくれっ。》

彼は、そう言う。

『…何を決めろって言うの?』

落ちた涙も乾き、静かに私は聞いた。
まさかの彼の言葉。
にまた時間が止まる。




《あきと、やり直したい。……あきは?》

⏰:09/09/15 05:03 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#442 [あき]
『……ごめんなさい。』

そう言う事で、彼を傷付ける事はわかっていた。だけど、答えを出せない位なら、もうここで終わらせようと、そう思った。
私の気持ちは、そう判断した。

《…終わりって事なのか?》


『…それでいい…』

そう伝えた私に、彼は言葉を失っていた。

⏰:09/09/15 05:09 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#443 [あき]
『遊びで付き合ってたつもりはなかったけど…貴方がそう思うなら、そう思ってくれていいから…もういいよ…だから西条さんが決めてくれたらいい。』

そう言った。
言ったら、また涙が溢れて来た。
この台詞も、この涙も卑怯だと思った。
だけど、本気でそう思ったし、涙は自然と溢れてくる。

この姿と言葉が
今の偽りのない
―私自身―
だった。

⏰:09/09/15 05:21 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#444 [あき]
《俺に決めろって…どうゆう意味?》


『…散々酷い言葉言われて…やり直したいなんて言われて、はいわかりましたなんて言える訳ないよ。』

《……》

『酷い事言った事わかってるの?傷付いたんだよっ。私。』

《……》

『だから、それが私の答え。』

⏰:09/09/15 05:29 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#445 [あき]
《…ごめん。悪かった…》

この言葉を切っ掛けに、壊れていた私達の時計はまた動き出した。


彼が私に向ける愛が本物なのかどうなのかは、わからないし
私が彼に向ける気持ちが、本気なのかどうなのか、まだわからない。

だけど彼は私を必要として、力付くで私を求めていたし。
私もまた、見えない未来よりも、見える未来に執着していた。


それを幸せだと、また錯覚してしまう。


だけど……

⏰:09/09/15 05:51 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#446 [あき]
もう一つ。

止まっていた時計。

いや…
私が無理矢理に止めた、あの時計。

その時計が、この数日後に、動き出してしまう。

ただ、壊れた時計の修復に気を取られていた私は、動き出した、もう一つの時計に気付きもしなかった…

それがチクタクと、大きな音を立てて、西条さん以上に力強く動き出して。
私の時計を、人生を狂わせた…

⏰:09/09/15 05:58 📱:W64S 🆔:QiLm6EsI


#447 [あき]
――――――

重い荷物を肩にかけ、フロアの扉を閉める。
薄暗い廊下を渡り、階段を降りると、淡い光の中に、既にロックの掛かった正面玄関が見える。
警備員のおじさんに、挨拶を済ませると、おじさんは、お疲れ様と労いをくれながら、ガチャリと自動ドアを開けてくれた。
外は、まだまだ蒸し暑い、湿気でどんよりとした空気の中、暗い道程を数百メートル裏手に回る。
朝から置いていた愛車に乗り込み、荷物を助手席にほおり投げるとほっと一息着いた。

⏰:09/09/16 00:58 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#448 [あき]
事務的に、携帯電話を開き、西条さんにメールを打つ。

[お疲れ様。今から帰りますっ!今日は車で出社したから、今から一時間くらいは電話に出れないよっ。]

ニコニコ絵文字も入れてみたりして、気分とは裏腹の文面を無機質に送信した。

仕事を終えた私には、この一時間と記した文面が重要な訳で
自由の身になれる自由でもあるのだ。

あれ以来、彼はより一層私を〈束縛〉した。
片時も携帯電話が離せない生活。
一時でも、彼の着信、受信に返事がないと、彼は狂ったように怒りだす。
私に課せられたのは、事細かい、密なる連絡だった。

⏰:09/09/16 01:12 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#449 [あき]
それは、入浴する時ですら、同じである。

一度、入浴中で電話を受けられなかった。
入浴中に鳴っていた数分間隔の不在着信履歴。彼には、入浴する時ですら報告を要するまでになっていた。

もう、すっかり言い返す気力すら奪われた私は、彼の言いなりでしかなかった。

だからこそ、私が編み出した技はこうして、時間を記す事により、私は自由を得ているのだ。

⏰:09/09/16 01:17 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#450 [あき]
[お疲れ。わかったよ。また帰ったら連絡して。]

西条さんからの受信を確認すると、携帯電話を鞄に入れる。
キーを挿し、セルを回すと、もう年代物の愛車は、ブルンと音を立てて動き出す。
ゆっくりと駐車場から頭を出して、大通りに滑り込ませた。
愛車で出社するのは久しぶりで、この大通りは、なかなかの手強い。しっかりと前を見据えて、車線変更のタイミングを見計らう。
上手く車線変更出来たなら、あとはこっちのもので。
お気に入りのBGMに鼻歌混じりで、ハンドルを握り、煙草に一本火をつけて、至福の時を過ごす。

⏰:09/09/16 01:24 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#451 [あき]
今日どうして、わざわざ許可を取ってまで、愛車で出社したかと言うと話は簡単。

明日からの一週間。
任せられたのは、大きな仕事だった。久しぶりに、大役を任せられたのだ。
数日前、メガネインテリ女上司に肩を叩かれた時には心が踊り、胸が弾んだ。
けれど、日時が近づくにつれ、のし掛かるプレッシャー…
そんなこんなで、結局、私はビビった。
必要以上に集めた資料は膨大な量になった。
結果、それらを持ち帰るには、愛車の出番となってしまったのだ。

⏰:09/09/16 01:46 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#452 [あき]
車を走らせて数十分。すっかり辺りは暗くなり、ライトが眩しさを覚える頃。
私は、ふと思い出す。

『…そういや…あれ、あったっけ?』

些細な日用品。
一人暮らしの身の上では、こんな事はしょっちゅうで、いつもなら、帰路に着く道中、最寄り駅付近のスーパーで購入する事が多かった。
今日もまた、切れかけている日用品をふと思い立つ。

⏰:09/09/16 01:53 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#453 [あき]
『…ま…あそこでいっか〃』

帰り道。
アパートまで、数分の場所に深夜まで開いている薬局を思い出す。
私は、この閃きと同時に、直ぐ様寄り道を決定した。
時折煙草に火をつけて、疲れた体を運転席に沈ませて、私はハンドルを握る。

堕落の底へ突き落とす悪魔が待ってるとも知らずに、私はお気に入りのBGMに合わせて、鼻歌を唄っていた。

⏰:09/09/16 02:00 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#454 [あき]
都会の街並みの渋滞をようやく抜けて、静かな田舎街まで戻って来る。帰路に着いてから四十分。思いの外、早く帰ってこられたようだった。私に残された時間は、あと二十分。
目の前の信号を右に折れると、もうそこは、小さなアパートがある。
その一部屋が、私の住処だ。

あと数分の距離。

私は、そのまま信号手前、薬局の駐車場へと車を滑らせた。

⏰:09/09/16 02:08 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#455 [あき]
なかなか大型薬局なだけあって、広々と作られた駐車場には、ぎっしりと車が停まっていた。俄然、ダルさマックスな私は、出入口付近にスペースを探してみるものの、全て埋まっている。私は仕方なく、建物横手になる、一角。見つけたスペース、やや大きめの両サイドの車に当てない様に、バックで愛車を滑らせた。停めて数秒。

(……ま…いっか…)


西条さんに連絡をしようと携帯電話を取り出してみたものの、これくらいなら大丈夫でしょうと、またバックにしまう。

⏰:09/09/16 02:18 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#456 [あき]
そして、そのバックを見つめて

(…重いし……〃)

そう思った。

私の商売道具とも言えるバックは、まるでドラ○もんのポケットばりに、何でも詰め込まれていた。
その上、今日は集めに集めまくった資料の束が入っている。
我ながら、今日の出来栄えは、腕の関節が外れるんじゃないかと思う程の重量になっていた。
勿論、この重量は、かなりの重要書類や、現金化すりゃ、大金に変わるような代物が詰め込まれている訳で、普段なら無意識に持ち歩いている。
だけど、今日は、たかが数分。
今、この状況で持ち出す程のもんでもないと思えた。

⏰:09/09/16 02:27 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#457 [あき]
私は、財布だけを、そのドラ○もんバックから抜き取り、念の為、バックを助手席の足元に置いた。
さらに、ぐぐぐいっと奥底に押し込む。

(少しだけだし…〃)

車を降りて、ロックをかける。
一応、窓から車内を確認してみると、日の暮れた駐車場で、助手席の足元奥底に押し込んだ黒いバックは、簡単に同化して、見えなくなっていた。

(完璧〃大丈夫だっ!)


私は、財布だけを握りしめて、些細な日用品を目指して、店内へと入って行った。

⏰:09/09/16 02:34 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#458 [あき]
店内に入り、目指す物は、直ぐに見つけられた。

それを手に取り、直ぐ様レジへと向かう。

そして、袋をぶさらげて、駐車場に戻って来た。
愛車の傍に寄り、ロックを外して車に乗り込んだ。



時間にすると…

約五分。

⏰:09/09/16 02:55 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#459 [あき]
鍵を挿し、セルを回して、デッキが淡く光り、BGMがまた流れ出す。

ついたデッキの光りで、車内が見える。

そして、ふと気付く。


車内に広がる
どことなく、何かが違う違和感。



私は、視線を助手席足元に移す。

⏰:09/09/16 03:00 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#460 [あき]
『……あれっ…?』


私は、体をベンチシートに横たえて、腕を伸ばしてみた。

私の手は、空を切る。


『…あれっ??』

体を潜り込ませ、助手席足元を再度覗き込んだ。そして、両手で、そこにあるべき物を探す。

やっぱり両手は空を切った…

⏰:09/09/16 03:03 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#461 [あき]
人間、思いもよらない事が起きると、現状を理解するのに数分時間がかかる。そして、バクンと鳴った心臓を抑えて必死に考える。

『あれ?助手席に置かなかったっけ…後ろだっけなぁ…?』

独り言を言いながら、私は、車を降りて、後部座席を覗き込んだ。
たかが五分前の事。
記憶に間違いはないはずだと思いながらも、もしかしたらと考える。バクバクした心臓を押さえながら、あるべきはずの物を必死に探す。

『…トランクに入れた??』

トランクまで開けてみる。

『一回、家に帰ったっけ…?』

まさかの飛んだ馬鹿発言までして自分に問うてみる。

⏰:09/09/16 03:10 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#462 [あき]
そして、隅々まで車内を探した後、やはり、あるべき物が、忽然と消えた事を理解し。

バクバクした心臓が破裂せんばかりに、早く脈打って、身体中が、ワナワナと震えだし、グルグルと思考が回転し始める。



(…やばいっ…盗られたっ!!!!)



この一件が、私の
逃げられない

―今―

の始まりだった。

⏰:09/09/16 03:15 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#463 [あき]
―――――――

『とにかく落ち着いて。珈琲飲んでみたら?』

珈琲の匂いが私の目の前で湯気立っている。
だけど、私は、震えたまま、訳の解らない言葉を繰り返し、話にならなかった。

『…会社に電話しなきゃ…番号…何番だっけ…やばい…どうしよう…』

さっきから、震える手で、お巡りさんに借りた電話を握りしめ
震える指で、番号を押してはみても、全く見ず知らずの場所へ繋がってしまう。

毎日毎日、嫌という程かけている番号がわからない。

⏰:09/09/16 03:25 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#464 [あき]
『携帯も盗られちゃったし…わかんないよ…』

いい歳こいて、半べそでお巡りさんに訴える。

携帯電話が普及した今、簡単に互いの番号を登録出来てしまう。
今は番号を覚える事をしなくなったのだ。

携帯電話。
現代は、これが全ての情報基準だった。

『会社ならタウンページは?載ってるんじゃないの?貸してあげるからっ』

『…今は時間外だから。その番号は繋がりません…』


私はせっかくのお巡りさんのアドバイスも、震える声で、否定した。

⏰:09/09/16 03:32 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#465 [あき]
だいたいの会社には、表番号と裏番号というのが存在する。

表番号というのは、タウンページに載るような、誰でも繋がる番号だ。ただし営業時間が過ぎると、たとえ、そこに人間がいようとも、だいたいが機械音に変わる。
だから、どこの会社にも、裏番号というのが存在していて、それは、勿論社員しかしらない番号であり、表番号がストップしても、直接繋がる番号なのだ。

『…わかんない…わかんないよ…どうしようっ…』

⏰:09/09/16 03:38 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#466 [あき]
パニックに陥っている私は、その裏番号の番号が、思い出せない。

私達の会社は、日中でも、社員は裏番号に掛けるよう暗黙のルールがあった。
もう何年も毎日毎日、何度も掛け続けた番号なのに、掛ける度に、目にしていた番号なのに、いざとなると、出てこないのだ。

『…とにかく…会社に知らせなきゃ…どうしよう…』

盗られたバックには明日からの仕事の全てが詰まっている。
あのバックが無ければ、私は何も出来ないのだ。そんな事になれば、明日の仕事が駄目になる。

震える指で、必死に番号を押す。
けれども、何度押しても違うどこかへと繋がった。

⏰:09/09/16 03:45 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#467 [あき]
『誰か会社関係の人とか…んー。もしくは友達とかは?わかる人いない?』

お巡りさんは、こんなパニックな人間を何百人と見て来たんだろう。優しい笑顔で、冷静にそう言った。

『会社の人なんて…全部携帯に入ってるし…友達も…番号わかんない…』

頭を抱えて、テーブルに伏せる。

とにかく、バックに入れたままの携帯電話まで盗られた事は、致命的だった。
あの小さな機械一つ無くすと、誰とも連絡を取れない事だったのかと痛感した。

⏰:09/09/16 03:51 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#468 [あき]
『名刺は?持ってないの??』

お巡りさんは言う。

『…あっ!!!名刺っ!!!あるっ!!!』

私は、お巡りさんの一言で微かなに見えた光を見つける。
がばりと起き上がり、震える指で財布を開けた。
だけど、震える指では上手く、探せない。

『もうっ!!』

財布をひっくり返し、バラバラと中身をテーブルの上に散りばめた。お巡りさんは、目をパチクリさせて、私を見ていた。

⏰:09/09/16 03:55 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#469 [あき]
『あったっ…もう一度電話貸して下さいっ…!』

もう、何年も前に貰って。古びてボロボロになって…

すごく大切だった。
私の―御守り―だった。
だけど、もう持ってる事をすっかり忘れてた。
数年前
初めての名刺を。
刷り卸したのその初めての一枚を。
照れ臭そうに渡されたその一枚を。
私は、ずっと持っていた。

…なおちゃんの名刺。

⏰:09/09/16 04:02 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#470 [あき]
たった一枚。
この一枚だけは、財布に入れていた。

西条さんの名刺ですらカードケースに入れてたのに(※盗られたバックと共に紛失)
何故か、なおちゃんの名刺だけは、財布に入れてあった。

震える指で、携帯番号を押す。
久しぶりだとか、何だとか、すっかり忘れてた。


とにかく、助けて欲しかった。

⏰:09/09/16 04:09 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#471 [あき]
―プッ…プルル〜…

《はいっ?もしもしっ》


震える体全身に響き渡る久しぶりの声。

知らない番号からの着信に、よそ行きの声で、様子を伺うように出た彼の声なのに。


すごく、すごく安心した。
そして、涙が出てきた。

『わ…わっ…わたしっ…!!』

⏰:09/09/16 04:12 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#472 [あき]
《…は?》

なおちゃんは、突然の泣いた女の私発言に、驚いた様だった。

『だからっ…わたしっ…どおしよう…ねぇっ…!!』

だけど、そんなの、私は関係ない。
安心して泣きじゃくりながら、必死に伝えようとする。

《…あきかよっ。なんだよ?どうした?》

あの声だ。
私が、大好きだった。
あの声…
安心する…
また涙が出てきた。


久しぶりの嬉し涙だった。

⏰:09/09/16 04:16 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#473 [あき]
久しぶりの電話なのに。何も聞かず、何も言わず、どうしたって聞いてくれた、なおちゃん。


『今、交番にいるのっ…
車上荒らしにあっちゃって…
仕事のカバン全部盗られちゃったのっ。
やばいよ…っ。
どおしよう…
会社の電話番号わかんないっ??
ねぇ…やばいよぉ…!』


《はぁ…?!んなの、俺が知るわけねーだろ。》

⏰:09/09/16 04:21 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#474 [あき]
『何で、知らないのよっ…!!使えねーっ…!とにかく、誰でもいいからっ、私繋がりの子の番号教えてっ!!』


泣きながら必死に訴える。
とにかく、一刻も早く何か打開策を見つけて、会社と連絡を取らなければならなかった。


《はぁ??…あ…ちょっと待ってろっ。》


そして、一件の携帯番号をメモした。

⏰:09/09/16 04:25 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#475 [あき]
メモを握りしめ、必死に冷静さを取り戻していく。

『携帯も盗られて…なおちゃんの名刺持ってたからっ…他の番号誰もわかんない…』

《俺の番号くらい、はいい加減覚えとけよっ。あほう》

優しいなおちゃんは、嫌味たっぷりに、そう言う。

『…とにかく、今は切るから。ありがとっ!』

そう言って一方的に私は電話を切った。

なおちゃんの嫌味は、やっぱり私の力の源なのかもしれない。
私は、この電話を切っ掛けに、冷静に電話を掛け続け、淡々と被害届けの手続きを進めていった。

⏰:09/09/16 04:38 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#476 [あき]
やっとの思いで繋がった、メガネインテリ女上司には、緊急事態に直ぐ様対応してくれた。上司に繋がった事で、また少しだけ冷静さを取り戻す。

この後、社内は、とんでもない大騒ぎになり、帰宅している社員には緊急招集が掛けられて、部署内がひっくり返る程の大惨事な事が簡単に想像できた。

そしてまた、この事態が終焉を迎えた時の私の行く末も見えた様な気がした。

盗られたバックには、一週間分の社の現金はもちろんの事。(※現地での必要経費の立替金)現金化すれば、いい値段で売れる代物。そして…なにより…
顧客データが数百件分の資料。
それら全てが入っていたのだ。

⏰:09/09/16 04:51 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#477 [あき]
もちろん、私の仕事担当柄、それらの事は全て上司も承知の上ではあるが。
一週間分を安易に持ち出した私の責任は大きかった。

更に、そんな莫大な物を持ち歩いている事に慣れてしまっていた私の少しの気の緩み。

たかが五分の気の緩み…

こんな事態を巻き起こしてしまったのだ。
今更ながら、会社に与える損害は計り知れない。

交番で、お巡りさんに質問されるがまま答えていく間。
淡々と被害届けの手続きが進む間。

頭の中は、後悔と絶望しか残らなかった…

⏰:09/09/16 04:56 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#478 [あき]
『で?後は?個人的な物もあるんじゃないかな?』

お巡りさんに聞かれて、はたと気付く。
そうだ。私自身の無くした物もある。

『…携帯と…化粧ポーチ…あともう一つ、薬とか入れてるポーチがあって…あとは……』

事細かく、どんなサイズだったのか、どんな色だったのか、何が入っていたのか、全て聞かれる。

あのバック一つの被害物品は、紙切れ四枚にも綴られた。

⏰:09/09/16 05:01 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#479 [あき]
薄っぺらい紙切れ四枚に、一つ一つサインをして、拇印を押す。

外の駐車場では、若いお巡りさんが二人掛かりで、まるでドラマで見たワンシーンのように、耳かきのような物で、私の壊された愛車の鍵穴と睨めっこしていた。

『バック…見つかりますか?』

『ん…どうだろうね。』

『犯人…捕まりますか?』

『…捕まえたいねっ。』

『そうですか…』


虚しい会話。

⏰:09/09/16 05:08 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#480 [あき]
結局、こんな事をしたって、盗られたバックを探してくれる訳でも、盗った犯人を捕まえてくれる訳でもない。
ただの形式で。
結局は泣き寝入りなのだ。
損害額は借金となり、どうせ、私はクビになる。
盗られたあのポーチだって。
あのポーチの中に入れてたあれだって…
私には、大切な思い出の品物ばかりだった。
私の宝物だった。
なおちゃんがくれたあの麻のストラップだって…無くなった。

『…犯人が憎い…』

ポツリと呟いて、今度は悔し涙が零れた。

⏰:09/09/16 05:13 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#481 [あき]
『…気持ちはわかるよ。酷い事をしたもんだよね。』

お巡りさんは、そう言って、私の目を見つめた。

『…見るからに、会社の物だってわかるじゃんっ!…盗られた者の人生狂わせると思わないのかなっ…』

お巡りさんに、当たっても仕方のない事だとは解ってはいても、このやり場のない怒りをどこに持って行けばいいのか、わからなかった。

『そんな良心がある奴は、こんな犯罪をそもそもしないよ…。』

お巡りさんの言葉に、私は何も言えなかった。

⏰:09/09/16 05:19 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#482 [あき]
結局、私はプロに狙われていたらしい。
あの日、私が隙間を埋める様に駐車したあの時から、私はカモだったのだ。
あのスペースは、防犯カメラの死角になっていた。横、数台と私の車だけが映らないのだ。両サイドを埋めて、カモが止まるのを口を開けて待っていたのだ。
そこに私がやって来た。
駐車し、バックを助手席にしまい込み、手ぶらで店内へと消える。
犯人達はニヤニヤとそれを見ていたんだ。
お巡りさんに、両サイドの車を覚えてはいないかと聞かれた時、あのスペースは、過去に何度も被害者が出ていた事を、後になって知らされた。
そう言われてみれば、あの時、私が、青ざめて薬局に飛び込んだ時、店長らしき人は淡々と電話機を差し出しただけだった。
店も解っていながら、何の対策も取っていなかった。
私にすれば、あの店もグルだ。

今となれば後の祭り―…

⏰:09/09/16 05:31 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#483 [あき]
両サイドを埋めて、カモが止まるのを口を開けて待っていたのだ。
そこに私がやって来た。
駐車し、バックを助手席にしまい込み、手ぶらで店内へと消える。
犯人達はニヤニヤとそれを見ていたんだ。
お巡りさんに、両サイドの車を覚えてはいないかと聞かれた時、あのスペースは、過去に何度も被害者が出ていた事を、後になって知らされた。
そう言われてみれば、あの時、私が、青ざめて薬局に飛び込んだ時、店長らしき人は淡々と電話機を差し出しただけだった。
店も解っていながら、何の対策も取っていなかった。
私にすれば、あの店もグルだ。

今となれば後の祭り―…

⏰:09/09/16 05:32 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#484 [あき]
もう二度と、車の中に荷物は置いては行かない。

あの事件がなければ、今も、私は仲間に囲まれて、笑い合いながら、大好きな仕事をしていた。

あの事件が無ければ、封印していた、なおちゃんへの想いが、溢れ出なかった。

あの事件がなければ、西条さんを、こんなに壊しはしなかった。

あの事件が無ければ。
私の、こんな―今―は無かった。

そう思う。

また一つ。
私は、人間の汚いエゴによる犯罪被害で。
一生涯消える事のない傷を追った。

⏰:09/09/16 05:41 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#485 [我輩は匿名である]
読んでてすごく悲しくなってしまいました…

これからの展開も楽しみにしてます

⏰:09/09/16 13:29 📱:P904i 🆔:GllBguhA


#486 [あき]
匿名さん、ありがとうございますI
―――――――

交番に来て、もうどれくらいの時間が経ったのかわからなかった。
冷静さを取り戻した私に与えられた形式的な手続きは、淡々と続いた。
壁にかかった時計が、時間の流れを教えてくれる。

―ガチャ

交番の出入口が開く。
お巡りさんが、突然の訪問者に視線を移す。釣られるように何気なく、私も背中を翻えし、出入口に顔を向けた。


『…ど…どうしたの?』

思いもよらない訪問者だった。

⏰:09/09/16 22:58 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#487 [あき]
『大丈夫なのか?』

『…だ…大丈夫な訳ないじゃんかっ……悲惨だよっ…』

その姿を見た瞬間
張りつめていた胸がパンと弾けた。
また涙が溢れる。

『まだ泣いてるのかよっ〃』

『……来てくれたんだっ…』

『仕方ないだろっ。』


憮然とした顔で、仁王立ちしたスエット姿の、なおちゃんが―…

そこにいた。

⏰:09/09/16 23:05 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#488 [あき]
そのまま、なおちゃんは、お巡りさんにペコリと頭を下げると、私の背中の後ろに立つ。

無意味に泣き出す私に、しっかりしろと、小さくパンチした。
その手は暖かくて、優しくて、私の全身を安堵させた。

お巡りさんの、どちら様?の質問に、私は友人ですと答えるのが、精一杯で。
お巡りさんは、ニコリと微笑み、では続きをしましょうと書類に目を移した。

なおちゃんがいる―…

私には、この耐え難い空間を、たったこれだけで。
乗り越えられた気がした。

⏰:09/09/16 23:11 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#489 [あき]
突然のなおちゃん登場から数十分で、全ての手続きが終了。

『では、また何かあれば連絡しますので。遅くまで引き留めましたね。』

『お世話になります…』

私は頭を下げて席を立った。
相変わらず、私の後ろで、仁王立ちをしていたなおちゃんに、視線を移すと、小さく息をして、外に出る。
振り返り、再度頭を下げて、私は彼の背中を追うように外へ出る。
空には、どんよりした厚い雲が覆っていて、無言で歩く私達の間を生ぬるい風がすり抜ける。
空の下月明かり。
目の前をぺたぺたと歩くなおちゃんの背中に…泣けてきた。

⏰:09/09/16 23:23 📱:W64S 🆔:pph25.Ww


#490 [みみ]
>>212-500

⏰:09/09/16 23:29 📱:P905i 🆔:☆☆☆


#491 [みみ]
>>430-500

⏰:09/09/16 23:51 📱:P905i 🆔:☆☆☆


#492 [あき]
『…わざわざ、ごめんね』

小さく呟いてみた。

わざわざ、数時間の道程を私の為だけに来てくれたスエット姿のその背中は、見ず知らずの誰かに無惨にも壊された痛々しい鍵穴。そしてその後、警察によって粉まみれになった。私の愛車…いや、かつての自分の愛車をじっと見つめ…どあほうと呟いた。
しばらくじいっと見つめて、何かを納得したのか、またぺたぺたと歩きだし、くるりと振り返ると、少し垂れ目の、なおちゃんの目が私を見つめる。

『ほらっ…お馬鹿ちゃん!帰るぞっ。!』

そして、そう言った。

⏰:09/09/17 03:38 📱:W64S 🆔:/KbGF3KQ


#493 [か]


…age…
この小説ダイスキです

⏰:09/09/22 20:06 📱:SH904i 🆔:☆☆☆


#494 [我輩は匿名である]
あきサン!
また読めるなんて感激です!

あなたの打つ文章に
一喜一憂し
1からファンな匿名です(笑

あきサンのペースで
頑張ってくださいね☆

⏰:09/09/23 13:03 📱:SH906iTV 🆔:VfwOywow


#495 [あき]
かxさん。
匿名さん。

いつも、ありがとう。

⏰:09/09/24 22:37 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#496 [あき]
『よくわかったね。』

月明かりの下、愛車を駐車場に入れると、壊れた鍵を見つめながら私は、力なく笑った。
アパートの前、先に着いた、なおちゃんは、私に歩み寄り、ふっと優しく笑う。

『勘??』

私は笑える力なんて残ってはいなかったけど、笑ったと思う。

『…そうっ〃』

車の前、二人並んで立ってみた。


久しぶりの、なおちゃんの横は。

心地良かった。

⏰:09/09/24 22:47 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#497 [あき]
『……せっかくだから…入る?』

私は玄関を指差し言った。

『……どちらでも。』

なおちゃんは、そう言いながら、愛車を眺めた。
本当は一人になんてなりたくない。
誰か傍にいて欲しい。
このままじゃ、またなおちゃんに甘えてしまう。
だけど…私の口からはそれが言えなかった。
たった一言のそれが。


『………』
『………』

無言のまま、生ぬるい風が私達の間をすり抜ける。
相変わらず、鍵穴を見つめ、ぶつぶつと、何かを呟いているなおちゃんの背中を見つめていると、突然へなへなと力が抜けた。
駐車場に座り込み、顔を両手で隠して。
また泣けてきた。

⏰:09/09/24 22:53 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#498 [あき]
『なんだよっ…。ったく。』

『だって……どうしよう……』

職場に与える損害額。
それに基づく、私の行く末。
余りにものショック。
胸中はかきむしられる位の不安で不安で。
私の小さな小さな肝っ玉は破裂する。
また泣けてきた。

『…うぜーっ!〃』

なおちゃんは、駐車場に座り込む私の背中をパチンと叩く。

⏰:09/09/24 22:59 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#499 [あき]
『仕方ないから、珈琲の一杯くらい付き合ってやるよ!ほら、立てっ!』

『……うんっ…』


なおちゃんは、慣れた手つきで、ポケットから合鍵を出した。
カチャンと鍵を開けると、慣れた手つきで電気をつける。
私は、呆然と、廊下を突き進みリビングの電気をつけた。
そんな私に、何も言わず、なおちゃんは、どかどかと部屋に上がると、キッチンに立った。
私はフラフラとソファーに座り込み、ただ、なおちゃんが立てる、インスタント珈琲の匂いに包まれていた。

⏰:09/09/24 23:04 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#500 [あき]
ソファーに二人並び、無言で座る。
ポロポロ流れ出す涙を抑えられない。
そんな私に、なおちゃんは、ただ無言で、隣に座っていた。
どうしようもない悲しさと、どうしようもない不安だけなのに。
何故か暖かい時間が流れた。

『いつまで泣いてんだよっ!』

『…だってぇ…』

『泣いたって何も変わらないだろっ。』

『わかってるけどぉ…』

⏰:09/09/24 23:32 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#501 [あき]
『あきが悪い!カバンなんて車に置くかぁ?相変わらず馬鹿なんだからっ。』

『…わかってるよぉ…』

『だーっ!!うぜーっ!〃』

口は悪い。
慰めたってくれたっていいじゃん。

大丈夫だよって、言ってくれてもいいじゃん。
優しい言葉なんて
何にも言わない。

言わないけど。

いつもいつも
私がピンチの時には、スーパーマンの様に現れて。

私が泣いてると
傍にいてくれる。

それが、なおちゃん。

⏰:09/09/24 23:37 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#502 [あき]
そんな、なおちゃんの優しさが好きだった。
そんな、なおちゃんの全てが好きだった。
そんな、なおちゃんだって、わかってたのに。
なのに私は、求めるものが強すぎて。
そんな自分に負けた。

『てか、他に電話する所ないのか?会社は?もう大丈夫なのか?』

なおちゃんの言葉で、はたと思い出す。

⏰:09/09/24 23:43 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#503 [あき]
『あ……やばい…』



西条さん。

最後に連絡をしたのは、もう何時間も前。
私は[一時間]という期限を切ったメールが最後だった。
あれから、私は、車上荒らしに合って、パニックになって、交番に連れてかれて、何時間も拘束されて……
そして、今、なおちゃんと二人で帰ってきた。


もう真夜中だ。

⏰:09/09/24 23:46 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#504 [あき]
ソファーから起き上がると、バタバタと寝室に駆け込む。
引き出しを、ひっくり返して、書類を引っ張りだした。

『電話番号…電話番号……!!』


もちろん、携帯電話がない今、西条さんの番号すらわからない。
確か、この引き出しに入れたはずだと思えたボックスを漁ると、乱雑に折り曲げられた、書類が出てきた。

『あった!!』

彼の会社の番号。

ドタバタとリビングに戻って、なおちゃんの胸ぐらを掴む。

⏰:09/09/24 23:50 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#505 [あき]
『ちょっ!!携帯!!貸してっ!!!』

私は、差し出された携帯に、彼の会社番号をプッシュする。
確か、前に聞いた事がある。夜勤の人がいるから、いつでも電話は繋がると。
祈るような思いで、私は携帯を握りしめた。

数回のコールで、夜勤の誰かに繋がる。

勿論、それは西条さんの声ではなかった。
名前を名乗り、西条さんの所在を尋ねる。
案の定、彼はとっくの前に帰社していた。

⏰:09/09/24 23:55 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#506 [あき]
『恐れ入りますが、急用なので、連絡先を教えて下さい。』

そう伝える私に、電話の向こうの誰かは、簡単に、西条さんの携帯番号を並べてくれた。
お礼を言って、慌てて電話を切る。

直ぐ様、また、その11桁の番号をプッシュした。

これが、彼の天敵(勝手にそう思っている)なおちゃんの番号だとか、なんだとか、考えちゃいない。
とにかく、焦っていた。

⏰:09/09/24 23:59 📱:W64S 🆔:RZFU4G8o


#507 [あき]
呼び出し音が緊張を増す。
なかなか繋がらないコールは留守番電話に繋がった。

『お疲れ様ですっ。あきです。いろいろあって、連絡出来ませんでした。また連絡します』

そうメッセージを残す。
助かった…
正直、そう感じる。
苦笑いをしながら、なおちゃんに携帯を返した。
すると、直ぐ様、なおちゃんの携帯電話が鳴り響く。
画面を見つめ、私に手渡す。

『あきじゃねーの?』

画面を見ると、おそらく先程私がプッシュした、西条さんらしき番号。

『…ごめっ。借りる!』

私は、慌てて通話ボタンを押した。

⏰:09/09/25 02:50 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#508 [あき]
『もしもしっ…』

《ああっ?》

明らかに不機嫌な西条さんの声は、私の心臓をえぐり抜いた。

『…ごめんなさい。』

《…何回掛けたと思ってんだよっ。電源切って、何してんだよ!?何?この番号?》

私の話はさて置き、彼はまず怒りを私にぶつける。

『帰りにね、寄り道したら…車上荒らしに合って。携帯盗られた。これ、今、借りてるの。』


《はあ??》

『…だから…交番に行ってて……』

⏰:09/09/25 02:55 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#509 [あき]
《それならそうと、電話してこいよっ!!》

『だからっ…携帯も盗られちゃって…パニックなっちゃって…連絡忘れてた…。ごめんなさい…』


あの時。
なおちゃんの顔はすぐに思い出せても。
西条さんの事は、すぐに思い出せなかった。


《で?今どこにいるの?》

『家。で、さっき会社にかけたの。西条さんの番号教えて下さいって…』


なおちゃんに迎えに来てもらったなんて、死んでも言えなかった。

⏰:09/09/25 03:00 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#510 [あき]
それから、西条さんは、何やらごちゃごちゃと御託を並べた。

どれだけ、心配したか。
とか。

何をしてんだ。

とか。

警察にはきちんと出来たのか。

とか。

私は、ただ返事をするのみで

私のこれからの行く末なんて。
私の不安なんて。
私の涙なんて。

気付いちゃくれなかった―…

⏰:09/09/25 03:03 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#511 [あき]
『…じゃ。明日にでも、また携帯買うから。そしたら、また連絡します。』


《わかった。とにかく、今日は早く寝るんだぞ。》

『…はい。』


電話を切ると、溜め息が出た。
何かが違う。
その何かが、わからないけれど。

何かが違った。

なおちゃんに携帯電話を返すと、ボスリとソファーに座る。


もう、何もかもを壊してしまいたかった…

⏰:09/09/25 03:07 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#512 [あき]
『…なおちゃん…私、これからどうしたらいい…?私、どうなんだろうね…』

黙ってテレビを眺める彼に、そう呟く。
仕事の事。
西条さんの事。
見えない暗闇に
私は立たされたようだった。
今にもポキンと折れてしまいそうだ。
そんな私に、なおちゃんは

『さぁっ…』

視線をテレビに移したまま、そっけない返事。だけど、私の横に、しっかりと座っていて。
ただ、不安と恐怖に脅える私を、見えない手で、しっかりと支えてくれていた。
肌で感じるその空間。
そして感じてしまう。

私達の止まっていた時計が静かに動き出してしまった事に―…

⏰:09/09/25 03:16 📱:W64S 🆔:NwbTHFX6


#513 [あき]
この小説大好きです!
続きが気になります♪
待ってまーす

⏰:09/09/25 19:18 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#514 [あき]
あきさん、いつも有り難うI
――――――

時計と、テレビの雑音だけが聞こえる部屋で、私はソファーに横たわった。

自然と瞼も重くなる。

自分でも知らないうちに、心も体も、すごく疲れていた。

自然と体中の力が抜けて、クッションを抱えてソファーに横たわった私に、おちゃんは、ありえない姿だと笑ってた。

本当に、本当に自然な時間だった。

⏰:09/09/27 15:35 📱:W64S 🆔:CejYoAqQ


#515 [あき]
『…ねーっ…明日から、私どうなんだろぉねぇ…』

『さぁ。』

『損害は大きいだろうし…間違いなく、クビだろうなぁ…』

『かもなー。』

『……あぁ〜あ。お先真っ暗!!!』

⏰:09/09/27 15:38 📱:W64S 🆔:CejYoAqQ


#516 [あき]
憧れたこの職業。
いざ就いてみると表側のイメージとは裏腹に、とにかく大変で。
沢山いた同期も次々と辞めていった。
それでも私は歯を食い縛って耐えてきた。
年数を重ねる事に、与えられる仕事は、大変さを増すばかりで、やりきれない思いも沢山した。会社、上司、仲間…不満は沢山あった。
だけど、この私が愚痴は一切溢さなかった。
それだけ楽しかったんだと思う。つい漏らす不満に〈疲れた〉とは言っても、〈辞めたい〉そうは言わなかった。思わなかった。

大好きな仕事だった。
だけど。もう終わりだろう。そう感じる。

⏰:09/09/28 18:37 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#517 [あき]
『……クビだろうなぁ……。』

自然と漏れたその言葉に涙が溢れてきた。

『そーかもな。』

おちゃんはたった一言そう言った。

『…クビになる前に、辞めっかな…』

また涙が溢れてくる。
自分の馬鹿さ加減に
悔しかった。
悲しかった。

『ふーん。』

なおちゃんは、また何も言わなかった。

妙な慰めも、妙な励ましも何もなかった。
だけど。私の言葉を全て飲み込んでくれ。
ただ、ただ傍にいてくれた。

⏰:09/09/28 18:44 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#518 [あき]
そのまま、何時間。
二人で過ごしたんだろう。ただ、私はソファーに横たわり、時折呟くように言葉を発して涙を流した。そしてそんな些細な呟きに、慰めも励ましもないただ単調な返事を繰り返すなおちゃん。そんな彼から久しぶりに言葉が発っせられる。

『てか、もう朝ですけど…?』

カーテンの隙間から、光が指してきて、蝉がミンミンと煩くなった。また今日も蒸し暑くなりそうだと予感させた。カーテンの隙間の外を眺めるように私は答えた。

『みたいだねー…』

私には、熱い釜にふつふつと沸き上がり、地獄への門番が、ニコニコしながら私を迎え入れているような…地獄への入口が開いた。そんな景色だった。

⏰:09/09/28 18:55 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#519 [あき]
なおちゃんは、んーと背伸びをして、ソファーから立ち上がった。

『俺帰るぞっ。』

なおちゃんが帰る。
無性に寂しくなった。
だけど、そこは言えないし、気分はそれどころじゃない。

私は立ち上がる所か、返事する気力すら失われて、片手を上げてピコピコと返事をした。


『ったく…シャキッとせんかいっ!!』

⏰:09/09/28 19:08 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#520 [あき]
突然そう言って、私の片腕を引っ張り上げる。引っ張り上げられた腕の拍子に私はくるりとソファーに座った。

『ちょっと!痛いしっ…!やめてよっ。』

私は、腕を振り払って、またソファーに横たわる。

『おいっ。ったく…でぶでぶしやがって…〃』

なおちゃんは、そんな私になにやら言葉を間違いながら笑っていた。

『…でぶでぶじゃなくて、ゴロゴロでしょ…間違ってますから…』

相変わらずの口の悪さに、言い返す気力すら奪われた。

⏰:09/09/28 19:15 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#521 [あき]
『でぶーっとして、本当見苦しいぞっ。』

『……うっせ。どうせ、デブですからっ…。』

そんな私に、なおちゃんは、よくわかってるじゃないかと、何やら勝手に満足をして、ふむふむと納得をした。

『ほれっ!いい加減に起きろ!仕事行けっ!』

そして、私の背中をパチンと叩く。
その力は、かなり本気なのか、叩かれた背中はヒリヒリした。

『痛いっ!!』

⏰:09/09/28 19:19 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#522 [あき]
『…いつまで、ぐじぐじ言ってんだよっ。』

今になってヒリヒリした背中が熱を帯びて暖かさを感じる。

『…わかってるよ…』

ソファーに座り、立ち上がったままの彼を見上げる。
泣きすぎて、化粧もぐちゃぐちゃで、目も顔もパンパンに腫れて、もう、見るも不様なぶさいくな顔。
鼻水ですらズルズルになった私の姿。
そんな私の目をまっすぐに見つめ言った。


それは、私が欲しかった。

全ての言葉が詰まっていた何よりの言葉。

⏰:09/09/28 19:35 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#523 [あき]
『まぁ、こんな事でクビになんて、ならんとは思うけど。もし、クビになったら…次の面倒くらい見てやっから。
だから…安心しろ。
行ってこいっ。』

そう言って、なおちゃんは、じゃあな。ブサイクちゃんと言ってリビングを後にした。
私は突然の言葉に、うんうんと返事をしながら、溢れる涙が止められなかった。
ガチャリと玄関が閉まる音がして。
その音に、私は言いそびれた言葉を言う。

『…ありがとうね…なおちゃん。助かった…』

⏰:09/09/28 19:50 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#524 [あき]
私は、顔をバシャバシャと洗って、真新しいスーツに袖を通し、玄関を飛び出す。

胸に響く彼の言葉。
『大丈夫だ』
『安心しろ』

この二言が流れ続けた私の涙をピタリと止め、彼の温もりが支えとなってくれていた。

⏰:09/09/28 19:58 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#525 [あき]
ただ、なおちゃんが傍にいてくれるだけで。
私は救われる。
他の誰でもない。
なおちゃんなんだ。
誰も変わりは出来ないんだ。

どんなに心細くても。
どんなに悲しくても。
どんなに不安でも。
彼が傍にいてくれるだけで。
私は、それだけで、安心した。

そして…彼の言葉ひとつで、私は強くなれる。

どうして。
私は、なおちゃんじゃなくて。
西条さんを選んだんだろう…。

⏰:09/09/28 20:06 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#526 [あき]
重い気分の中、私は会社の重い重い扉を開いた。昨夜の緊急招集の慌ただしさが、まだ残る社内に、数名の上司が残っていた。

社内の空気が、ピシリと走り、そして上司達の視線が私に突き刺さる。
真っ直ぐに所長のデスク前へと向かい、頭を下げた。

『…この度は申し訳ございませんでした。』

頭を下げ、泣いてはいけないと自分に言い聞かせ、ただひたすら頭を下げた。

⏰:09/09/28 20:10 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#527 [あき]
『うん。警察は、大丈夫なのかな?』

『…はい。被害届けは出して来ました。』

『そっか。とにかく、詳しい話はまた後にして、今日からの一週間の書類は、改めて集めなおしたから。とにかく、君の代わりがいないから、気持ち入れ替えて、今から行ってくれっ。新幹線。間に合うよな?』

上司は、精一杯の優しさを私に向ける。
私の運命は、この一週間の仕事を終えた時に決まるんだと感じる。

『…はい…。行ってきます。
申し訳ございませんでした。』

私は、上司に再び頭を下げて、次にインテリメガネ女上司のデスクの前に立った。

⏰:09/09/28 20:15 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#528 [あき]
『…申し訳ございませんでした。』

再び、同じ台詞を言いながら、精一杯頭を下げた。
いつも、ピシリとしていたインテリメガネ女上司の髪が乱れているのは、昨夜の大騒動の表し。

『とにかくっ、間に合って良かった。もう三十分報告が遅れてたら、コンピュータシステムが落ちちゃうから、もう手遅れだったんだから、もっと大変な事態になってたわよ!』

『…はいっ…。申し訳ございません…』

インテリ女上司は、そんな私に、苦笑いをしながら、肩をポンと叩いて

『後の事は任せなさい。大丈夫よ』

と小さく笑った。

⏰:09/09/28 20:21 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#529 [あき]
だけど、彼女の《大丈夫よ》は、全く効力を示さなかった。

いや。
彼女なりの大丈夫よ。は…
うん。
大丈夫だったんだ。

だけど。
それは

私にとっては、地獄の始まりにしか過ぎず。

益々、私の運命を狂わせた。

⏰:09/09/28 23:20 📱:W64S 🆔:AzvUcxQs


#530 [我輩は匿名である]
あげ 

⏰:09/10/02 11:58 📱:PC 🆔:☆☆☆


#531 [あき]
匿名さん。ありがとう!
――――――――

『なんで辞めないの?』

今突然に、そう言われた言葉を、私はかみ砕き理解するのに、少しの時間を要した。

『…え…?』

『おかしいでしょ。』

『……』

あの事件の翌日から一週間。
予定通り任せられた大役を何とか果たして、出社。後処理的デスクワークに追われ、一息着いたお昼過ぎ。
偶然にも出くわした同部署先輩に…突然にそう言われた。

⏰:09/10/02 23:50 📱:W64S 🆔:oKiBhd.g


#532 [あき]
『聞いたけどっ。大変な事しでかしたみたいじゃん』

ついさっき、廊下でバッタリと出くわした彼女。すれ違い様、会釈をする私を呼び止めてそう言った。

『…はい。ご迷惑おかけしました…』

私は、頭を下げる。
もっぱら部署内、いや、社内で、あの事件の話は出回っていて。
私は、頭を下げる。
事情を聞かれる度に、同じ話を何度も繰り返し、頭を下げた。
そして、また彼女もそう声をかけてきたのだ。私は立ち止まり、頭を下げた。
そして、たった今の発言に繋がる。

⏰:09/10/02 23:56 📱:W64S 🆔:oKiBhd.g


#533 [あき]
『…けっこうな損害でしょ?』

『…まだ正式な金額は割り出されてないんですけど。恐らくは。』

盗まれたのは、現金はもちろん。
売れば、いい値がつく代物に。
顧客の個人データ。
その他諸々は、金額で換算すると、おそらくは、とんでもない金額になるだろう。
もちろん、そこには、紛失さた事により、再度、集め直した経費も含まれる。
単純計算しただけで、私の給料では追いつかない位の損害額、経費だった。

⏰:09/10/03 00:04 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#534 [あき]
『…ならさぁ。かなりの迷惑かけたのはわかるよね?』

『…はい。』

『なのに、どうしてまだいるの?』

『……』

『辞めないの?普通は、辞めるよね?』

『……すみません。』


彼女は、私を見つめる。その冷たい目に私は恐怖を覚え、ただ俯き、頭を垂れた。

⏰:09/10/03 00:07 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#535 [あき]
『…どうして、あの仕事行ってんの?どうして、まだ来てんの?どうして仕事が決まってんの?』

『…すみません…』


私は、何度も頭を下げた。

確かに、あの事件の翌日。
変わる事なく、私は大役の案件を任された。
外されるのは覚悟していたが、何故か私がそのまま担当したのだ。
それどころか、その案件が一段落ついた今も、他にも抱えていた担当、案件、一向に外されず気配もなく。
私は、相変わらず毎日出社しては、与えられた仕事を、何とかこなす日々だった。
私自身が戸惑いの日々だったのだから、この質問は致し方ない事だろう。

⏰:09/10/03 00:15 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#536 [あき]
『…正式な損害額が出るまでは処分は保留って事だと思うんです。私も、その覚悟はしてます。』

恐る恐る目を見つめ、相変わらずの冷たい目に、そう返事する事で、古の場をやり過ごそうとそう思った。

『ふーん…』

その覚悟とは、もちろん、責任問題による…依願退職と名のつく首切りだ。

『…それまでは任された仕事は最後までやり遂げるつもりです。』

⏰:09/10/03 00:23 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#537 [あき]
『あっそう…。でもさ、普通は!担当辞退するよね?今のこの状況ならさ。』

念を押すようにそう言う彼女に、私は、ようやく、彼女の本来の目的を理解をする。

『…そうですね…申し訳ないです。それも考えておきます…』

彼女は、当たり前でしょうと最後に言い残し、冷たい目のまま、去って言った。
その背中に、お疲れ様でしたと挨拶を投げ掛けた。
廊下を曲がり、部署内へと消えた彼女。
その途端に全身の力が抜けて、へなへなと廊下に座り込む。
だけど、廊下を歩く彼女のヒールの音がいつまでも耳にこびりついて、握り拳に力が入っていた。

⏰:09/10/03 00:32 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#538 [あき]
この大不況。
勿論、私達の業界にも、その煽りは的目で。
年々、私達の仕事は減り続けた。

この業界の私が就いた専門職種。
給与体形は、どこでも同じだろう。
基本給の上に、担当案件一本につき、それぞれ成功報酬。
その他諸々の手当が計算される。
一本単価は微々たる物でも、一ヶ月間積み重ねればなんとやら…。
月々の収入には、かなり影響する。
安月給の私達には、担当案件の数が命取りになるのだ。

それだ。
彼女はそれを言っている。

⏰:09/10/03 00:51 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#539 [あき]
世の中、弱肉強食だ。
これは、動物界だけの話ではなく。
人間の世界にも当てはまる。

強き者が生き残り
弱き者は食われて、散る。

私は、牙を向けられたのだ。

餌が豊富にあった草原は、日照り続きで食料は年々減っていった。
空腹に我慢が出来なくなった動物達は。
仲良く暮らしてきた仲間ですら、牙をむき出し…弱き仲間を食う。

⏰:09/10/03 17:42 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#540 [あき]
今、牙を向けられたのは私。
草原を取り仕切ってきた強者王者が。
次に餌を求めて目をつけたのは…

傷を追い、血を流しながら小さく丸まり洞穴で生死をさ迷う弱った仲間。

それに、ここぞとばかりに牙を向けたのだ。


……

今度は私が喰われるんだ。


そう直感した。

ある日突然、王者に食い付かれ。
逃げるヒマも反撃する間もなく…
喰われて散った仲間達。

皆の顔が浮かんだ…

⏰:09/10/03 17:54 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#541 [あき]
一息ついて、深呼吸して、扉の前に立つ。
窓ガラスの向こう。
皆が忙しそうにカチカチとパソコンと睨み合っていた。
ノブに手をかけて扉を開く。その扉はとても重かった。
静かに開いた扉。
一瞬、皆の視線が自分に向いた気がする。
びくりと体が強ばった。
それでも、私はデスクの間をすり抜けて、自分のデスクに座る。

カタカタカタカタ―…プルルプルルプルル―…

今まで何気なく聞いていた心地好い音。
それが今は
頭をガンガンと打ち付けていた。

⏰:09/10/03 21:22 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#542 [あき]
―――――

『それでね…今日…』

真新しい携帯に掛かってきた、日常的な夜の恒例西条さん電話。
私は、今日のあの出来事を伝えようとした。

いや、聞いて欲しかったのかもしれない。
何時間も前からタイミングを見計らっていた。
そして今。
一方的に話続ける彼の話の中で、やっと見つけ出したタイミング。
思い切って、切り出した。

⏰:09/10/03 21:36 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#543 [あき]
《んぁぁ?》

『今日、実はさ…』

《…あー!また明日俺、○×だしっ!》

『あ…そうなんだ!大変だねぇ〃』

西条さんは、私の声に返事をするや否や、被せるように、突然また自分の明日の仕事の話にすり替える。

いや、本人はすり替えたつもりはないんだろう。

いるよね?こうゆう人。基本、人の話聞かないってゆうか…。目に入ったもの。思い浮かんだもの。そのまま、突然に口に出す人。

彼もまたそのタイプだった。

⏰:09/10/03 21:39 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#544 [あき]
また私の話は腰を折られた形になり…
彼の話の聞き役に回る。

『そっか…大変だねっ…。』

《ったく!人使い荒いって思わないか?》

『あはは…そだね〃』

ねぇ。西条さん。
気付いてよ。
私のこの気持ち。

今、私ね。
大好きな仕事で
大失敗してさ。
すごく落ち込んでるの。すごく悲しいの。

聞いて欲しいんだ…
私の話を…

⏰:09/10/03 21:44 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#545 [あき]
《で?あきは?あれからどうなった?》

『あ…うん…。結構大変かもっ…。』


またこれも突然に、彼がそう言った言葉。
だけど、彼もまた、きちんと私の事を心配してくれている事が嬉しかった。

《話はついたの?》

『まだ…損害額が、まだ決まらないみたいでさ〃』

《そっか。》

⏰:09/10/03 21:47 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#546 [あき]
《まぁ、仕方ないよな。じゃ、俺、そろそろ寝るわっ!》

『え…あ…うんっ。』

《あきも早く寝ろよ!携帯は耳元に置いとけよっ!》

『うん。わかってるって…』

《あきは、ほっといたらすぐ、遊びに行くから!あはは〃じゃ、また朝電話するなっ!おやすみ〃》

『うん。おやすみ。』


そう言って、一瞬にして電話は切れた。
私の話題は、たった三十秒。―仕方ない―
の一言で片付けられて。終わった。

⏰:09/10/03 21:53 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#547 [あき]
切れた携帯電話を見つめて、深い溜め息をつく。

本当は、気付いていた。
彼と過ごす期間が長くなるにつれ。
彼が私に求める事と。
私が彼に求めるものは、大きく掛け離れていて…
だけど決して彼は私を離そうとはしなかったし。
私も一人になるのが怖かった。
未来が欲しかった。
だから。
私は私自身を圧し殺す事で、彼に愛され続ける事を選んだのに。

今更彼に何を求めたんだと。
そして、自分を恥じた。ふっと笑みすら零れる。

⏰:09/10/03 22:05 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#548 [あき]
西条さんは。
初めからそう。

あの日―…

不安で泣いていた私に、言葉をかけるのではなく。電話が繋がらなかった事に怒り狂っていた。
泣いている私には気付きはしなかった。

そして、事態を理解した後も―…

私の先を案ずる事よりも。
無くした携帯電話。
明日からどう連絡を取るんだと。
そう案じたんだ。

私自身ではなく…
私との連絡を。
心配した。

⏰:09/10/03 22:17 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#549 [あき]
いつしか彼にとって私は。

あきという[彼女]であり。
一人の人間[あき]ではなかった。

そう気付いていたのに。
私は。彼から離れられなかった。
愛情?
……
情?
……
違う。
孤独から。

私は彼を選んだ。

⏰:09/10/03 22:21 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#550 [あき]
――
――――

翌日から、本当の私の戦いは始まった。
この部署に配属になって一年。
それなりに上手く付き合ってきた人達。
休憩時間にはくだらない話や、冗談を交えながら、談笑したものだ。
それがあれを切っ掛けに。一斉に手の平を返したように、冷たい目を私に向ける。
牙を向けられた小動物は。猛獣にじわじわと喰われていくのだ。
ジワリジワリと息の根を止められる。

過去に突然消えていった仲間達。

これだったのか。

そう思う。

⏰:09/10/03 22:39 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#551 [あき]
勤めて数年、この担当職に就いて数年が経とうとも。

私はまだまだ新人。駆け出しだ。
重々理解していた。

だからこそ、私は必死に働いた。お陰で担当も増えた。担当エリア広がった。
いや…
だからこそなのか。

社内では、最高部署だと言われている。
この部署に異例のスピードで配属になった。私が気に入らなかった。
……
………
私は、ここぞとばかりに叩かれ続ける。
地獄の日々だった。

⏰:09/10/03 23:10 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#552 [あき]
『え?今更、何を言ってんの?』『何してんの?そんな事今までしてたの?』事ある事に、難癖をつけられた。
怒鳴りつけられる事も度々あった。

『ついでに、これもお願いね〃』
担当外までの押し付けられた雑務に雑用を、何度も休憩時間返上で、走り回った。そしてそれらを、珈琲ルームで談笑する人達に届けた。
だけど、こんなのは、気にもしなかった。いや、本当は、カッとなった。胸ぐらを掴んで怒鳴り返してやろうかとも思った。だけど、ガキ臭い奴等だと、相手にするなと、自分に言い聞かせ耐え続ける。

こんな事で、逃げ出したくない。
そう言い聞かせた。

この仕事が好きだった。

⏰:09/10/03 23:17 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#553 [あき]
一向に、上からの、人事的処分通達は来ない。
毎日増え続ける仕事。
益々気にくわない猛獣達。
緊張に緊張を張り巡らす日中に、心労、ストレスは、図りしれない程の、数値になったに違いない。

そんな日中を過ごすに辺り、唯一の安らぎである夜。
見計らった様に、じゃんじゃん鳴る携帯電話に苦悩した。
それでも一回、一回きちんと対応する。
一度でも、出ないもんなら、大変な事態になり、更にストレスが加わるのだ。

案の定。


徐々に、私の身体が悲鳴を上げ始める―…

⏰:09/10/03 23:46 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#554 [あき]
――――――

『いたっ…いたたた…』

朝目覚めると、いつもの偏頭痛。
私の病原であるストレスからくる偏頭痛は、最近痛みを増して頻度も増えた。
頭痛で目覚める程気分の悪いものはないが、最近ではもう慣れてしまった。
よろよろとベッドから立ち上がり、キッチンに立つ。
冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出しグラスに一杯入れて、引き出しから、薬を出した。

プチンプチン。

小さな錠剤を二錠。
私は一気に飲み干した。

⏰:09/10/03 23:52 📱:W64S 🆔:NSE6Ond6


#555 [あき]
ずきずきする頭を首から上に乗せたまま。
洗面所に向かい、顔を洗って、顔面ペイントを施しスーツに身を通す。

ズキン…ズキン…

今日の頭痛はしつこいな。

そう思いながら、またキッチンに立った。
出勤前に、もう一杯、ミネラルウォーターを飲むのが、私の日課。
飲み干した途端に

『だめだっ…気持ち悪い……』

頭痛が酷い時は吐き気すら覚える。
咄嗟に、トイレに駆け込み、指を喉奥に突っ込む。

ミネラルウォーター二杯分を、トイレで吐き出した。

⏰:09/10/04 00:00 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#556 [あき]
吐いてしまった為に頭痛は益々痛みを強めてしまう。
ミネラルウォーター三杯目をぐびぐびと飲み干しながらふと目に入った錠剤。
寝起きに飲んだ白い錠剤の残りは、あと四錠。
私はポケットにそれを押し込み、ヒールに足を入れた。

外に出て携帯電話を取り出す。
恒例なので、【仕事行ってきます】と片手で鍵を閉めながら、片手で文章を打ち込んで、簡単に送信クリック。

鍵が閉まったのを確認して、地獄へとまた私は歩き出す。

今朝は、いい天気だった。

⏰:09/10/04 00:14 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#557 [あき]
アパートから駅までの道程。すこし歩いただけで、汗ばむこの季節は本当に嫌いだ。
その間も、ピロピロなり続ける携帯電話に慣れた手つきで返事をする。
【じゃ。電車乗るからっ!今日も頑張ってね。】

そして、まずは一段落。入ってきたいつもの電車に乗り込み、冷ややかな空調にホッと一息ついて、座席に座った。

⏰:09/10/04 13:52 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#558 [あき]
キリキリと痛む頭痛は、出社の意欲をますます失わされた。

数十分の乗車で、私はまた歩き出す。

途中、駅前コンビニで、ミネラルウォーターを一本買って、直ぐ様ポケットに入れた錠剤をまた二錠。ゴクリと飲み干した。

駅を南に抜けて左に折れる。大きな通り。
華々しいオフィス街。
その一画。
天にまでも届きそうなそびえ立ったビル。
それが、私の愛してきた会社だ。
すぅーっと蒸し暑い空気を胸一杯に吸い込んで。
重い重い自動扉を抜ける。

⏰:09/10/04 14:04 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#559 [あき]
自動扉を抜けて、警備員さんに声を掛ける。

夜勤明けのおじさんは、早くからご苦労様とくしゃりと笑顔を向けてくれた。

今の私には、このおじさんの笑顔だけが救い。
少し立ち止まり、おじさんと会話を楽しむ。

この後、私は誰とも会話をしない。
今から退社するまでの数十時間。
私は誰とも笑い合う事はないのだから。
いや…無くなったのだから。
そして帰宅すれば…
また携帯電話の向こう側に、作り笑顔を作るだけ。

今、笑える時に笑っておかないと。
私は本当の笑顔を忘れてしまう。

⏰:09/10/04 14:19 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#560 [あき]
カチャリとドアを開けて、誰もいないルームに足を踏み入れる。
シンと静まり帰った部屋は今の私には心地好い。
壁に掛かれたホワイトボードにサラサラとサインをしてペンを置いた。その文字をじっと見つめる。見つめながら、ガンガン響く頭痛。その上にチクリと胃痛がプラスされた。

【AM9時。本会議出席】

昨日、帰社する間際に呼び止められて伝えられた今日の予定。

今日は、スーツのままでいい。ロッカーからネームを取り出し首に掛けた。

⏰:09/10/04 15:32 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#561 [あき]
次々に出社する仲間に私は、ズキンズキンする頭痛とキリキリした胃痛で、そつなく挨拶をする。

『おはようございます』『お疲れ様です』

私らしく。今まで通り。
だけど、私の声は皆に届いているんだろうか。目も合わせないまま簡単な返事が返ってくるのみだった。
こんな日々も、今日で終わり。
私は、この後。
見た事も会った事もない社長に専務。苦手な所長に、煩い次長。インテリメガネ女主任…
一斉に集められた、本会議と呼ばれる、私の為だけの、ただの吊し上げ場に呼ばれ。
そして依願退職の手続きが踏まれるのだから。

⏰:09/10/04 17:32 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#562 [あき]
『じゃ、行こうかっ!』

出社したばかりのインテリメガネ女主任にそう呼ばれた。私は、今朝から、それなりに片付けた自分のデスクから立ち上がる。

『はいっ…』

フロア内、ぴんと空気が張りつめた。
大御所ベテラン連中の視線が突き刺さる。
私は、彼女の背中についてフロアを出た。
フロアを出て、エレベーターに乗り込む。
勤めて数年。押した事のないフロア階のボタンを押すと、静かに扉は閉まった…。

⏰:09/10/04 17:41 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#563 [あき]
たった数秒。
たった数秒で、扉は開いた。
シンとした空気の中、初めて降りたこの階の空気に圧倒される。
心の準備なんていらないよ。
そう言われた気分になる。

彼女に連れられ、大きな観音開きの扉を開ける。

ズラリと並べられたデスク。そこにズラリと座る上司。
最上階。
全面ガラス貼りのその室内に燦々と日光が降り注ぎ…
私は眩しくて目を反らした。

⏰:09/10/04 17:48 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#564 [あき]

――
―――
上司に深々と頭を下げる。私の行く末は、たった一時間で決まったみたいだった。いや、正確に言うと、決まっていたのが、一時間かけて通達されただけ。
再び観音開きのドアの前に立ち、もう一度、頭を下げると、張りつめていた糸が切れたように涙が落ちた。
咄嗟に指で涙を拭う。
そんな私の隣に立つ彼女は、私の背中を押す。

『失礼します。』

彼女に促されるように、扉の向こう廊下に立ち、そのまま二人、無言でエレベーターに向かう。

…全身が震えていた。

⏰:09/10/04 18:02 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#565 [あき]
フロアに戻りトイレに駆け込んだ。
もはや周囲の視線なんて気にならない。
今になって、心臓がばくばくと音を立て始めた。
鏡に映る私は、呆然唖然の姿だ。

(…なおちゃん…どうしよう…私……)

無意識に頭を抱えた。
いつの間にか、頭痛も胃痛も気にならなくなっていて。
ただただ、涙が溢れた。

⏰:09/10/04 18:12 📱:W64S 🆔:.Nvju5zI


#566 [あき]
トイレの中、ポケットから携帯電話を取り出す。

震える体を必死に押さえ、両手でしっかりと小さな携帯電話を握りながら、画面を開いて、文字を綴る。

【人事的処分なし!
会社の判断は、損害額だけ返済すればいいって。クビは免れたみたい。】

そして即座に送信した。

送信しました。の文字が滲んでうまく見えなかったけど。
私は、なおちゃんに、そう送信した。
一番に知らせたかった。

⏰:09/10/05 00:00 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#567 [あき]
【ほーか。】

即座に返事が返ってくる。何の言葉もない。
たった一文字。
もう少し、何か言葉は無いものなのかと、少々落ち込むけれど。
なのになんだか、ほっとする。

【ほーよ。ただ、損害額は返済だって。】

直ぐ様、返事。

【いくら?】

珍しく、何度も返事が返ってくる。
しかもクエスチョンマークまでついて。

私は、さっき言われたばかりの損害額を画面に綴る。
私の給料では、到底払えない額。
結局、給料天引きの月賦払いにサインした、その金額を打ち込んで送信した。

⏰:09/10/05 00:08 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#568 [あき]
その金額に、彼もさすがに驚いたのか、少しの間があく。

冷やかしかよと諦めて、よいしょと立ち上がり、トイレの扉を開きかけたその時、また返事が返ってきた。

【払えるのか?】

まさかの言葉に再び、トイレに戻り私は画面に文字を打ち込んだ。

【払えるわけないじゃん。当分ただ働きだなっ。】


私らしく。
私らしい言葉で。
そう伝えた。

⏰:09/10/05 00:13 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#569 [あき]
そう返事を打ち込む事で、今度こそ返事は返ってこないと思った。

彼はいつも、一方的にメールを打ち切る。

彼いわく、返信の内容に自分が納得したら、返事するのが面倒らしい。なんとも自己中であるが、メールの相手が私であると、その自己中っぷりは、見事なまでに実行される。

彼との間で何通もメールをやり取りした覚えはこの数年。
いや、再会してから?一度たりとも無い。

パタンと携帯を閉じて私は、再びトイレの扉をあけた。

やっぱり返事は返ってこなかった。

⏰:09/10/05 00:18 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#570 [あき]
デスクに戻り、今日の仕事の書類に目を通す。お気に入りのボールペンを取り出して、ファイルを開いた。
ここには、私の苦労の結晶が集結している。
ふと感じる。
与えられた仕事。
任された担当。
責任あるエリア。
全て、私の手の中に戻ってきた。
もう、取り上げられるかもしれないという不安も。
失なうかもしれないという恐怖も。
…無くなった。
また込み上げる気持ちをぐっと押し込む。

保証されたのだ。
私は、続けられる。
この大好きで大切なこの仕事を。
続けていいのだ。

会社からは
そう保証された。

⏰:09/10/05 00:27 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#571 [あき]
ボールペンを握りしめ、書類に目を通す。
これから、私は誰よりも一本でも多く仕事をこなし、誰よりも長く働かなければならない。でないと、いつまでたってもただ働きだ。
決まってしまったものは仕方ない。
ただ、がむしゃらに働くのみなのだ。
気合いを入れて、デスクに向かった瞬間。
デスクの片隅でお気に入りのキャラクターが、大切そうに抱えてくれている携帯電話が震えた。

【無理するなよ。】


このタイミングで。
この言葉は卑怯過ぎだ。
いつも、なおちゃんはタイミングが悪すぎるんだから…
また泣けてくるじゃん。

⏰:09/10/05 00:34 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#572 [あき]
周りの目を盗み、画面に文字を綴った。
再び込み上げる感情を押し込みながら、画面に精一杯の強がりを打ち込む。

【だけど、働かないと借金返せないもんね。】

送信する事数秒でまた返事。
今日のなおちゃんはえらくマメだ。
気持ちが悪い。

【なら頑張りな。骨は拾ってやる。】

思わず笑った。
思わず笑って…
…泣けた。

【心配してくれてありがとう。】

その返事を最後に、なおちゃんの返事は、返って来なくなった。

⏰:09/10/05 00:50 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#573 [あき]
だけど、世の中は、そんなに巧くは出来ていない。

忘れてた訳じゃない。
処分保留になった時点で。
辞めないと決めた時点で。

覚悟は決めていた。
負けない。そう決めた。

だけど
思いの外…
敵は強く。
また陰湿だった。

じわじわと、私の精神を痛めつけ続けた…

⏰:09/10/05 03:43 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#574 [あき]
――――

(きたっ…いたたたたっ…)

最近は、もうどこが痛いのか、どうして痛いのかすら分からない。
ただ、痛みから逃げる為に愛飲しているその白く小さな錠剤。
最近では、役に立たないみたいで。
束の間痛みから解放してくれるけれど、たった数時間で、今度は痛みを倍増させて、また襲ってくる。
最近は唸るような激痛で、動けなる事もしばしば。
私は、まるで、サプリメントのように小さな白い錠剤を愛飲し続け、日々を過ごしている。

⏰:09/10/05 03:55 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#575 [あき]
『またっ。…いい加減に病院に行きなさい!』

あの悪夢の大手ドラッグストアのライバル店。家から数キロ離れた、ドラッグストアに、立ち寄り、いつもの鎮痛剤を手に取った。
慌てたように、私の横に、ここの薬剤師が飛んで来る。
余りにも通い詰めた為、最近では、めっきり仲良しだ。

『だって忙しくて行けないしっ。てか、これより強くて即効性のある鎮痛剤あります?これも、もうあまり効かなくなっちゃって…〃』

あっけらかんと答える私に、少し頭の薄い中年薬剤師は、首を横に振った。

⏰:09/10/05 04:02 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#576 [あき]
『あんたねぇ…もう中毒になってる!』

手に取ったいつもの鎮痛剤を、おじさん薬剤師は呆れた顔で言う。

『飲み方がおかしいと思うよ?買いに来る頻度が異常だ。いい加減にしないと、倒れるよ?売りたくない。』

奪いわれた、鎮痛剤をおじさん薬剤師は、しっかりと握りしめた。

『…わかったから。休みが出来たら病院に行く。でも…今は行けないのっ。だけど、痛くなったら仕事になんないから、持ってないと不安なんだって〃』

おじさんから強引に奪い返すと、私はレジへと向かう。アルバイトのお姉ちゃんが、薬剤師の顔を伺うように、機械に通した。その姿に気付かないふりをしながら、ここはもうダメだと。そう感じた。

⏰:09/10/05 04:14 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#577 [あき]
車に飛び乗り、逃げるように、駐車場を抜け出た。

(中毒…か…〃)

確かに、あの薬剤師の言う通りだった。

初めて、あのおじさんと会話した時に勧められた、薬局で扱う中で一番強いと言われたこの錠剤。なんだか成分が、普通の鎮痛剤とは違うらしい。
裏面には
【一回一錠。一日二回が目安。六時間以上あけて下さい】
と書かれたその錠剤をおじさんは、飲み方には気をつけてと、念を押して、渡してきたのだ。
飲んでみると確かに、効能は今まで出会ったどの鎮痛剤よりも抜群で、私とは相性ばっちりだった。

⏰:09/10/05 04:29 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#578 [あき]
その相性ばっちりの、麗しの鎮痛剤。
最近では、三日に一回。24錠入のそれを買いに来ている。
余りにも効能が良すぎて。

初めては守っていたそれも。

二錠、三錠…少しづつ量は増え。
六時間…五時間…少しづつ間隔は短くなった。

そして、今や私はまるでサプリメントのように飲み干しているのだ。
勿論、痛みを抑えたいからであって、決してサプリメントにしている訳ではないけれど、自分でも自覚していた。

⏰:09/10/05 04:30 📱:W64S 🆔:e7EPmjxo


#579 [あき]
初めは頭痛だけだった。これは持病。
わかっていた。
頻度が増すにつれ、仕事を抜け出し、一度病院にも行った。
安全で、かつ的確な処方された頭痛薬。
いつもの様に常備薬と、いざという時の頓服。一週間分のそれらを手にしたけれど、この二種類は、あっと言う間に無くなった。
それでも、治まる気配のない頭痛に、仕方なく、また抜け出し病院に行く。
更に強い薬が処方された。
だけど、また処方された一週間を、あっという間に飲み干した。
もう、付き合いきれないと思った。
そう何度も何度も、抜け出せない。

⏰:09/10/06 18:38 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#580 [あき]
本来なら通院すべき事なのかもしれないが、たかが頭痛。
病院に行く事をやめた。
そして通勤路にある、小さな薬局へと入ったのが…今の始まり。

その時、薬剤師に勧められ手にした鎮痛剤は全く効力を示さず、簡単に飲み干した。
二度目…三度目…通い続け、これなら、これは、と飲み続けたが、全く効力を示さなかった。

四度目にして、そこの薬剤師は、私に薬を渡さなくなった。
同じ台詞。

《貴女の体は病院に行って根本から治さないと駄目だ。》

⏰:09/10/06 18:45 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#581 [あき]
仕方なく、私は場所を変えた。
そう。それが、さっきのドラッグストア。
初めて会った時。
あのおじさん薬剤師は、常備している薬が効かなくなったと説明すると、この運命的な錠剤を教えてくれる。
なにやら、他の錠剤とは成分が違うと言いながら、飲み方には注意してくれと。
そう一言添えて、私に差し出した。
いざ、飲んでみると他の錠剤より少し大粒で飲み辛かったそれは、面白いくらいに、即座に私から苦痛を取り除いてくれた。
よくテレビで聞く台詞。
スーッと痛みが引く。

まさしく、こんな感じ。

⏰:09/10/06 18:53 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#582 [あき]
やっと出会えたと思った。
しかし、さすがに私も成分が違うだの、少し大粒だの、少々お高めだので…始めは躊躇した。

けれど、時間が経つにつれ、痛みは増すばかりで、気付けばもう頭痛どころか、胃痛。胃痛どころか、あっち。あっちどころか、こっち。
とまぁ、その名の通り、あっちこっちに激痛を覚え始めた私の体。
その度に万能なこの錠剤ちゃんは、痛みを緩和し続けてくれた。
だけど、そうなってくると、たった一箱、24錠では追いつかない。

わかっていた…
飲み過ぎだって…

だけど、唸るような痛みには耐えられなかった。

⏰:09/10/06 19:09 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#583 [あき]
―――――――

『…ゲホッ…』

今日もまた、痛みに耐え兼ねて、トイレに走る。
そして、痛みに悲鳴を上げている私の体は、胃袋の中の全てを吐き出した。
吐き出したそれを涙眼で見て、思わず声が漏れた。

『…あちゃ…』

吐き出した液体が赤く染まっている。
それを見ない事にして、ふらふらと立ち上がり私はフロアに戻った。

⏰:09/10/06 19:14 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#584 [あき]
『どこ行ってたの!?早く済ませてよねっ!お昼行けないじゃないっ!』

『はいっ…。先にどうぞっ〃残りは、私がやっておきますからっ。』

『ったく…無理なら、担当外してもらえばっ!?』

『ははは…〃頑張りますっ。』

相変わらず、大御所達の愛の鞭は集中的に私に降り注ぐ。
そして、事ある毎に意味ありげな言葉を投げつけられる。
気付かないフリをしていても。
辞めろ、辞めろ、と目が私を睨み付続けていた。

⏰:09/10/06 19:21 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#585 [あき]
ふと、デスクの上、携帯電話がチカチカと光っている。
目を盗み、確認ボタンを押す。

【いい加減にしろよなっ!!昨日も今日も連絡取れないじゃないか!】

丁度、彼にしてみれば、朝の休憩時間。
怒りに満ちた文章に、私は指を動かす。

【ゴメンなさい。昨日は疲れて寝てしまってた。今朝は早かったから起こしたら悪いと思って。今日は会社にいるから、電話出来ないかも。】

⏰:09/10/06 19:25 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#586 [あき]
すると、直ぐ様携帯電話が震えた。

【何度もちゃんとしろって言ってるだろ!お前は約束も守れないのかっ!待つ身にもなれ!少しは俺の気持ちも考えろ!】

…まただ。

そう感じたけれど。
私はまた、周囲の目を盗み指を動かす。

【ごめんなさい。今、仕事中だから。また今夜電話します。】

パタンと携帯を閉じて、与えられた仕事に向かう。
きゅっと縮み、じんじんしくしくと胃が鳴っていた。

⏰:09/10/06 19:30 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#587 [あき]
昨夜、深夜に帰宅し泥の様に眠った。

今朝起きると、もう今や麻痺してしまったけれど、不在着信数は、数十件にも及び、私の所在を確かめる受信メールもまた数十件に及んでいた。
それらを無言で消去すると、言い返す気力すらないまま、また早朝の電車に揺られ、ここに来たのだ。

昨日から、彼の言葉に何の反応もしていないんだから、こうなる事は見えていた。

⏰:09/10/06 19:35 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#588 [あき]
(…だめだ…気持ち悪い…)

立ち上がり、フロアを抜ける。不思議に思われないよう。
自然に…自然に…。
廊下挟んだ向こう。
周囲を見渡し誰もいない事を確認してトイレに入る。
そしてまた苦痛を吐き出した。
もう吐き出す固形物なんてないけれど。
それでも、苦痛を吐き出し続けた。
吐き出した後は、そのまま隣の給湯室に入り、ポケットから錠剤を取り出しては、大量の水を飲み干す。

今朝は、いつもより増して頻度が高かった。

⏰:09/10/06 19:43 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#589 [あき]
そして、とうとう吐き出した苦痛が赤く染まる様になってしまったのだ。
だけど、私は、二度目もその赤い液体をじっと眺め、見なかった事にしようと、水と共に流した。
昔、聞いた事がある。
吐血には二種類あって、真っ赤なら大丈夫。どす黒かったら危険。
その時は、そうなんだと妙に納得して、良い事聞いたと得した気分になったもんだけど、どの基準で、真っ赤なのかどす黒いのかを聞くのを忘れていたのを今更ながらに気付く。
仕方がないので、今のは真っ赤だと自分に言い聞かせた。

⏰:09/10/06 19:52 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#590 [あき]
時刻は、淡々と過ぎて、今日もまた夕刻になる。それでも、私は相変わらずデスクに広がる書類達と睨めっこ。

『あきっ!こっも出来る?』

突然に、デスク横に立ちはだかる女上司。
手には、新たな書類。
その一枚を眺めて直ぐ様返事した。

『あっ…はいっ。これなら、なんとか…』

『よしっ〃じゃ、あきに任せた。あんたは、ガンガン働いてもらわないとねーっ』

女上司は満足そうな笑みで、また束になったファイルをどかりと置く。

『頑張りますっ〃』

そしてまた今日も残業が決定。

⏰:09/10/06 23:18 📱:W64S 🆔:FhOlVLWI


#591 [あき]
あの時、彼女が言った《大丈夫よ》は、これも意味する。

首切りになんてさせない…大丈夫よ。
担当は続けてもらう…大丈夫よ。
これからも変わらず…大丈夫よ。

勿論、今の私があるのは、私の上司、フロア責任者である彼女が、あの夜、あの日、どれだけ守ってくれたのか。
そしてまた、莫大な負債を背負った私の生活を、どれだけ気にしてくれているのか。
わかっていた。
彼女には、感謝してもしきれない。

だけど
彼女のこの大丈夫よが。私はまた苦しめる原因でもある事に、彼女は気付いてはいなかった。

⏰:09/10/07 00:44 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#592 [あき]
もう、残業組が数名残るフロアで、新たに与えられた案件の書類に目を通す。
これなら、あと数時間もあれば、片付きそうだ。
私は、んーっと伸びをして、廊下に出た。
あの錠剤が効いているのか、今はとても気分が楽。
暗闇の中、廊下の片隅に置かれた淡い光に誘われて、ポケットからコインを入れた。
カタンと音がして、温かい珈琲が落ちてくる。取り出して、隣の扉を開け、隔離されたそのスペースで、煙草に火をつける。

⏰:09/10/07 00:49 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#593 [あき]
スイッチの入った機械に白い煙が吸い込まれていくのをぼうっと見つめる。甘い甘い珈琲をグビリと飲んで、ほっと息をつく。

(大丈夫…大丈夫…)

そう自分を励ましながら、くしゃりと煙草を押し消して窓から見える外のネオンを眺めてみる。キラキラ光るネオンは、何も変わってはいなかった。
もうしばらくしたら、この明かりも消えるだろう。そんな事を考えていると後ろで扉の開く音がした。

⏰:09/10/07 01:19 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#594 [あき]
『あ…お疲れ様です…』

『お疲れ。』

その人物を認識した途端、急激に体温が上がり、ばくばくと心臓が物凄い速さで打ち始め、胃がきゅっと音を鳴らした。

『…まだ残ってらしたんですね〃』

それでも、私は笑顔を作り、話かけた。

『まね。』

たった一言、そう返された事により、また更に胃がぎゅっと縮まる。そして目の前で、無言で煙草に火をつけた、彼女…
猛獣一号に。

怖い。やられる。

そう認識した。

⏰:09/10/07 01:26 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#595 [あき]
『……』
『……』

無言で気まずい空気。
じゃあと、私は会釈をしてノブに手をかけた。

『あのさ』

『はいっ…』


きた―…


『私が、あの時言った意味わかる?』

⏰:09/10/07 01:33 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#596 [あき]
『……はいっ。』

『なら、どうして、仕事受けてんの?』

彼女は、冷静に。
冷酷な事を言う。

『…すみません。』

『なに?借金背負ったから、仕事くれって言ってるわけ?』

『…いえ…。そんな事は…』

『だったら何?やっぱり媚び売ってるわけ?』


やっぱり…って何だよ…。

⏰:09/10/07 01:36 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#597 [あき]
『まさかっ。』

『あらそうなんだっ。若いのに、ここまで、スピードで来たしね。てっきりそうかと〃』


冷酷に微笑む彼女。

『……』

『なんだか、○×地方のイケメンとも付き合ってんだって?』

『……いえ…』

『もう社内中広まってるよ?』


そんな訳ない。
ただ、脅されているだけ。

⏰:09/10/07 01:39 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#598 [あき]
『…だから、どうして辞めないの?この仕事より、他の仕事の方が給料いいよね?』

『……』

『何にこだわってるわけ?』

『…この仕事が、ただ好きだから…ですかね。』

『…好きじゃ借金返せないよ?まっ。勝手にすれば、いいけど、ただ立場わきまえてもらわなきゃ困るわ。いい?二度と新しい担当受けんじゃないよ?』

そう言って、彼女は荒々しく煙草を押し消して、荒々しく部屋を出て行った。

⏰:09/10/07 01:44 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#599 [あき]
バタンと閉まる扉の音が、ガツンと頭に響き、内蔵をギューっと痛くした。

『…勝手な事言ってんじゃないよっ。
ふざけんなっ…
あんたには関係ない話じゃん…
そんな性格だから、仕事貰えないんだっつーの…』

と、そう呟いてみた。
本当は、正面切って言ってやりたい。
言われっぱなしは悔しい。
だけど、そんな事したら、私はますます、この場所にいられなくなる。必死に震える拳を握りしめる。
すると、ズキンズキン打ち響く頭痛に、ぎりぎり痛みだす胃。更には顔面がピクピクとつり始め、ずきずきと骨が軋みだし。

『いた…いたたたた……』

私は、その場にうずくまり、動けなくなった―…

⏰:09/10/07 01:53 📱:W64S 🆔:qvWtMHFU


#600 [あき]
――
―――
――――

薬品の匂い。
ぼうっと目を開けた。
うっすらと見える天井に、細く長い管が繋がれている私の腕。
ポタリポタリとリズムを刻みながら、透明の液体が私の体に流れていた。

『……すみません。』

隣に立つ白衣の天使に声をかけた。
白衣の天使は、にっこり微笑むと、頷いた。

⏰:09/10/08 17:42 📱:W64S 🆔:haJuWVKA


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