微妙な10センチ。〜最終〜
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#151 [あき]
昨夜からの頭痛が、一向に良くなる気配はない。
『頭いたい…』
昼休み、小さなテーブルで、完全に失せた食欲。
備え付けの自動販売機で買った、野菜ジュースを飲みながら呟いた。
『大丈夫ぅ?』
昼休み、たまたま一緒になった、仲間から軽い言葉が返ってくる。
『天気悪いとねー…〃』
何もかもを投げ出して、逃げ出したら、どんなに楽なんだろうと考える。
そんな事が出来たら…
パックをくしゃりと握ると、お先にと笑顔で席を立った。
そんな時、ポケットで携帯が震える。
:09/07/27 23:13
:W65T
:LBoOeDds
#152 [あき]
画面を確認して、廊下に出た。
―ピッ♪
『はいっ?』
《うーっす。お疲れさんっ。今昼休みか?》
『そうですけどっ?どうされたんです?』
《ちゃんと飯食った?俺も昼休みで特に用事はないんだけど。》
『そうなんですか…。お昼に電話あるなんて、びっくりした。』
《んーっ。まぁなんとなく、声聞きたくなって。》
西条さんは、本当に私の食にこだわる人だ。
また聞かれた。
そして、案外、ストレート直球。そして、爆走イノシシタイプだと初めて気付いた。
:09/07/28 01:13
:W65T
:n0g0IsUg
#153 [あき]
『ちょっと〃真っ昼間から、何言ってんですかっ〃恥ずかしくないんですか?』
ズドンとボールを胸に投げつけられ、飲んだばかりの野菜ジュースを吐き出しそうになった。
《ん?別に、聞かれてもいいよ。》
『私は恥ずかしいです〃』
《そう?あっ。呼ばれてるわ。じゃまた電話するよ。》
『…はぁ…』
まだまだ、これは、彼の一部で、徐々に本性を表していく。
彼の本性…
いや。彼の愛に、私は、負けた事になるのか、ならないのか、今でも、それは、わからない。
:09/07/28 01:32
:W65T
:n0g0IsUg
#154 [あき]
答えが出ないまま、また夜になった。
携帯電話が鳴る。
今夜は出たくない。
もちろん相手が誰かはわかっている。
仕事用の携帯が、こんな時間に鳴るのは、最近では彼しかいない。
それでも、やはり、仕事用携帯が鳴るのはドキリとするので、最近では、彼だけの専用着信音に設定したのだ。一度、眺めるだけにした。しばらく鳴ると、それは切れた…と思ったらすぐ鳴った。
うん。諦めよう…
―ピッ♪
『はいっ…』
《お疲れさまっ。》
:09/07/28 01:48
:W65T
:n0g0IsUg
#155 [あき]
『お疲れ様ですっ。』
また始まる今夜の電話。
本日ニ度目の声。
何気ない会話で、必死に話をそらす。
だけど、目論見は儚く散った。いや、首を絞めただけだった。
《そろそろ敬語やめないっ?》
『これはもう癖だから無理ですよぉ〃』
《敬語使われてると、距離感じるわ。俺。》
『…そうですね…』
しまった。
この微妙な沈黙。
頼む。言わないでっ。
《で?答えは決めてくれた?》
はい撃沈。
だから出たくなかったのに…なんて思った私はかなり卑怯です。
:09/07/28 01:55
:W65T
:n0g0IsUg
#156 [あき]
『……あはは…』
《…まだ悩んでる?好きって事に。》
『…ごめんなさい…やっぱり、わかりません。』
私の答えに、西条さんは、細く溜め息を漏らす。
《どうして、そんなに考え込んでるのか、俺にはわかんねぇよ。自分の気持ちだろ?好きな奴がいるなら、俺を振ればいい話だろ?…悩む意味がわかんねぇよ。》
小さく呟いた彼の言葉に、胸が痛くなった。
:09/07/28 02:03
:W65T
:n0g0IsUg
#157 [あき]
『そうですよね…なんで悩んでるんでしょぉね…私。苦しいよ…』
そうなんだ。わかってた。
なおちゃんが好きなら、西条さんの言葉に苦しむ必要も、悩む必要もない。
誠の時も、たっちゃんの時も、私は悩まなかった。
確かに、二人を傷付けてしまったけれど。
答えなんて、決まってた。
なのに、どうして
この彼には
悩むんだろう。
それが
わからない。
だから
…苦しいんだ。
:09/07/28 02:11
:W65T
:n0g0IsUg
#158 [あき]
《君の本当の気持ち、教えて?俺、覚悟出来てるからさ。》
西条さんの優しい声に、私は、少しづつ、心の声を、ありのままを伝えた。
彼には言わなきゃいけないと、そう思えた。
『あのね…私にはね…』
なおちゃんの事。
いつも、二人でいた事。
ずっと友達だった事。
だけど、ずっと好きだった事。
一時は、未来が見えた事。だけど、今では未来が見えなくなった事。
寂しくて、不安で悲しくて…自分の気持ちがわからなくなった事。
そんな時、西条さんと出会ったんだと。
私は、最後にそう締めくくった。
:09/07/28 02:29
:W65T
:n0g0IsUg
#159 [あき]
《あの夜、泣いてたのは、その彼との事?》
『うん…』
《そっか…》
『私はね、彼との時間は、好きって感情を押し殺した日々だった。
腐れ縁には、邪魔な感情だったから?
だからさ、もういいやっ!!って何度も思ったのっ〃
…だけど、出来ないまま、こんな歳になっちゃって。〃やんなっちゃうよ…〃
ただ未来が欲しいだけなの。
幸せになりたいだけ…』
そして、最後に、私はそう言って―…泣いた。
:09/07/28 02:46
:W65T
:n0g0IsUg
#160 [あき]
西条さんは、それ以上、深く何も聞かなかった。
ただ、黙って、私の心の叫びを聞いてくれただけだった。
散々言って、散々泣いて、何だか、スッキリしたと笑う私に、俺って不利だよなぁって笑いながら。
それでも、やっぱり、気持ちは変わらないから。
と言ってくれた。
会いたいと言ってくれた。あの出張からひと月が過ぎた頃だった。
そして、後日。
私の自宅に、今度はプライベートで行く○○地方の三日間の往復チケットが、彼の名前で、送られて来たのだった。
:09/07/28 02:58
:W65T
:n0g0IsUg
#161 [あき]
――――――
一カ月振りに立つこの場所は、何も変わってはいない。忙しそうに行き交う人々。ロータリーをせわしなく出入りする車達。
あの駅ビル前、噴水のふちに座ると、数週間前、届いたチケットを眺める。
なにをしてんだろう…
そう思った。
先程届いた西条さんからのメールに、あと15分程で着くと書かれていた。
道が混んでいたらしい。
あと15分…
あと15分で
私達の何かが変わる。
頑なに守り続けた
仕事仲間
その枠から、あと15分で外れるのだ。
:09/07/31 18:57
:W65T
:ZWrhOOXQ
#162 [あき]
噴水を見つめながら、行き交う人々を、ただ漠然と眺めていると、携帯が鳴った。
ーピッ
『はい?』
《どこにいるのっ?》
なんだか、相手は急いでいるようだった。
『え…噴水の前ですけど…?着きました?』
《ちょ…〃どうして、そんな所にいんだよっ。早くっ!こっち来てっ!!急げっ!ぢゃなっ!》
『へっ?はっ…はいっ〃』
:09/07/31 19:01
:W65T
:ZWrhOOXQ
#163 [あき]
慌てて、ロータリーへと向かう。
ジメジメとした暑さの中、人の流れに逆らいながら、相変わらず重すぎる荷物と、高めのヒールが、私の体力を著しく消耗させた。
反対側、あのターミナルに出てみると、赤い大きな四駆車の前にウロウロと落ち着きのない人を確認した。
サラリと着流したポロシャツから伸びた長い手と、履き古したデニムをまとう長い足。
アイロンのきちんとかかったシャツに、ラインの伸びたズボン姿からは、やはり変わるけれど。
タバコを吸う姿は変わらなかった。
:09/07/31 19:08
:W65T
:ZWrhOOXQ
#164 [あき]
『あのっ!お…お待たせしましたぁ〃』
著しく体力を消耗した私は、息も切れ切れでやっとの声を出し、汗ばんだ体で、久しぶりの対面を果たす。優雅に颯爽と現れるつもりだったのに、悲しいったりゃありゃしないよ。
『うすっ〃久しぶりっ!てか、早く乗ってっ!』
また軽々と荷物をトランクに詰め込むと、彼は運転席へと回った。慣れたように、ひょいと乗り込む。
『は…はいぃぃ…〃』
ちび助の私には、大きな四駆車を乗るのに、これまた一苦労だ。
最近お気に入りの高いヒールを履いてきた事すら、悲しくなってきた。
:09/07/31 19:13
:W65T
:ZWrhOOXQ
#165 [あき]
『ちょ…〃本当に、届かないの?』
『ご…ごめんなさいっ〃こんなに大きな四駆なんて初めてで。慣れてないんですっ〃あはは…〃』
ちび助は、一生懸命手を伸ばし、ドアの上についた手すりに捕まる。必死に体を引き上げて、助手席に乗り込もうとした。
彼は、驚きそして笑いながら、持って。と手を伸ばした。
助手席にへばりつくように、なんとか体を乗せ込んだちび助が、その手に捕まると、ひょいと体を引き上げてくれた。
『あは〃ありがとうございました…〃』
もう最悪。
:09/07/31 19:20
:W65T
:ZWrhOOXQ
#166 [あき]
『これっ。なんて車?』
『ん?○×って言うんだよ。』
車にさっぱりな私には、彼が教えてくれた名前なんて全く皆目覚えられなかった。
だけど、初めて聞いた名前には違いなかった。
『日本車?』
『右ハンドルだけど、一応外車になるかな〃』
『へぇ…〃』
外車って…
外車もベ○ツ、B○Wくらいしかわかんない。
結局、
あれっしょ?
高級車っしょ?
この人。
金持ちなの??
まさか…
ん???
んっ…???
:09/07/31 19:29
:W65T
:ZWrhOOXQ
#167 [あき]
『この車、でかいから、あそこ停めると邪魔になるんだよね〃急がせて悪かったね。』
『いえ…』
確かにでかい。
デカすぎる。
なおちゃんなんて、車持ってないんだから…
なおちゃんの愛車だった箱型普通車君は、今は私の相棒。
あの愛車君を、手放したくないけど、手放さなきゃいけなくなったくらい貧乏なんだから。
だから情けをかけて、私が引き取ったの。
愛車を失った彼は仕事用にともらった軽四をぷいぷい言わせてるんだから。
私がいると、当たり前のように、過去の相棒、今や私の相棒君を愛おしそうに、乗り回すんだから。
貧乏なんだから…
:09/07/31 19:37
:W65T
:ZWrhOOXQ
#168 [あき]
あの時とは、まるで違う。
爽快に流れる景色を高い視線から眺めてながら、ちらりと確認。
飾りも匂いも何もない、ラジオがBGMの小さな車に、小さく折りたたまれた長い足は、統一感溢れる備品で、いい匂いと、オシャレな音楽が流れる広々とした車にすらりと伸びていた。
『オシャレさんなんですねっ』
『そう?』
はにかんで笑う彼が、大人に見えた。
:09/07/31 19:45
:W65T
:ZWrhOOXQ
#169 [あき]
『遠い所、お疲れ様でしたっ〃』
『またまたお迎えご苦労様ですっ。』
『では、今日はどこから行きますか?』
『お任せしますっ。』
『わかりました。じゃ、ルートは任せて下さいっ。ただ、最終判断は、あなたの仕事ですっ。』
『了解っ!』
『では、本日も1日宜しくお願いします〃』
『宜しくお願いしまーすっ。』
私達は、顔を見合わせて、プッと吹き出す。
そして、はははと声を出して笑った。
:09/07/31 19:58
:W65T
:ZWrhOOXQ
#170 [あき]
その日。西条さんは、地方物の私に、沢山の感動と感激を与えてくれた。
一カ月前に来た時は、何にもない田舎だと思ったこの場所は。
本当は、とても海が綺麗で、人が暖かくて、美味しい食べ物で溢れる所だった。
『綺麗だねぇ〃』
そう笑う私の横に寄り添い、この景色の説明をしてくれた。
『これ美味しいっ!〃』
そうはしゃぐ私に、好きなだけ追加しな?と笑いながら言った。
車に乗れば、暑くない?寒くない?
階段になれば、手を差し出した。
大丈夫と、はにかみ笑う私に、彼はふっと微笑んで、黙って肩を差し出した。
:09/07/31 20:10
:W65T
:ZWrhOOXQ
#171 [あき]
外を歩けば、車道側を歩き、どこに着いても、必ずドアを開けてくれる。
いつの間にか終わっている、お会計。
全てが大人だった。
こんなの、別に望んでもいない。
気が引ける。恐縮する。
だけど…だけど、女だもん。こんな扱い、悪い気はしない。
こんな気持ち…
私、いつから忘れてたんだろう…
そっか。
口も態度もピカイチ悪いけど、何気ない仕草や、何気ない事。それに優しさを感じれた。
だから、それで良かった。だって、私は、なおちゃんと居られるだけで、幸せだったから。
それだけで良かった日々だったんだ。
私、女だったんだ…
:09/07/31 20:25
:W65T
:ZWrhOOXQ
#172 [あき]
今朝、始発に乗っても、この街に着いたのは、なんとか午前中。限りある時間を、ふんだんに満喫した。
周りはネオンがつき、人影もパラパラになりだした頃、そろそろ、私の住む場所へと向かう最終便がこの街から出て行く時間。
もちろん、そうなるのは覚悟の上で、駅まで愛車で出てきた。前回失敗したのをもとに、最終便で帰っても、自宅には戻れる準備万端なのだ。
彼が送ってきた、チケットは片道分。
少なくとも、そろそろ駅に行かないと、窓口が閉まる。
『…今日は楽しかったですっ。』
『うん。俺も。』
微妙な空気が車内に流れる。
駅に向かおうと言い出せない自分は、ほとほど弱いと痛感した。
:09/07/31 20:35
:W65T
:ZWrhOOXQ
#173 [あき]
※※※※※
余談
送られてきたのは三日間の往復チケットでした。
>>160参照。
だけど、さすがに、それはと、すぐさま返品。
日帰りならと伝えると後日、彼から、片道切符が送られてきたワケです。
※※※※※※※※※
:09/07/31 20:43
:W65T
:ZWrhOOXQ
#174 [あき]
駅へと車が進む。
何故か無言の彼。
気まずい私。
彼は前を見据え、私は横の流れる景色を見ていた。
『…やっぱり送らないとけない?』
方言でポツリと言われた言葉に、ドキンとした。
『本当は、このまま連れて帰りたいくらい君を離したくない。もう会えなくなるのがわかるから。
だから、せめて、もう一日。一緒にいて欲しい…』
そう言って、ハンドルを握る手が私の手に触れた。
自然と彼の左手に、力が入り、握られた私の右手を包み込んだ。
:09/07/31 20:54
:W65T
:ZWrhOOXQ
#175 [あき]
車は駅を通り過ぎ、街の中を走り抜けた。
何も言えなかった。
どんどん背中で小さくなっていく、駅。
だけど、小さくなったかと思えば、また突然現れる駅。彼は、それでも、ロータリーには入れず、また駅を通過した。
何度も何度も、駅を通過しては、また駅を目指す。
さすがの私も、道を覚えたぞと、苦笑いをしたくなる。もう何周したんだろうか。車内の時計を見ると、とうとう、つい一分前、最終便がこの街を出発してしまっていた。
その間、沈黙が流れる車内で、音楽だけが、聞こえる。
『……ごめん。』
そう言う彼に、私は、泊まる所探さないとね。と笑って言った。彼は、握っていた手を離すと、柔らそうな髪をくしゃりと掴んで、これじゃ拉致だと溜め息をついた。監禁かもねと笑う私に、俺は、笑えないと苦笑した。
そして、ありがとうと言った。
:09/07/31 21:07
:W65T
:ZWrhOOXQ
#176 [あき]
『まさか、拉致られるとはっ〃明日、休み取ってて、良かったですよっ。ともかくだっ。こうなった以上、ド○キありますか?着替え買わなきゃっ。』
『こここら30分くらいかかるけど。』
『へーっ。あるんだっ〃』
『コラッっ〃あるさっ!バカにすんなよっ。』
『はいはいっ。』
車は、深夜も営業している大型ショップへと向かう。本当は、ドキドキしていた。バクバクしていた。
笑ってないと、潰されそうだった。
仕事は休みだった。
勿論、こうなるなんて予想していなかった。
ただ、こんな遠い街に来て、深夜に帰宅するんだ。
朝起きれる自信がなかった。だから、久しぶりに貯めてた有給を使ってただけ。念のためだ。念のため…
:09/07/31 21:21
:W65T
:ZWrhOOXQ
#177 [あき]
念のため…
念のため…
何の?
帰ってた…
ってた…?
私、本当に、帰るつもりだった…?
答えが出せなかった。
だから、笑ってないと、押し潰されそうだった。
:09/07/31 21:22
:W65T
:ZWrhOOXQ
#178 [あき]
―――
どうぞ、ごゆっくりと、着物を着たおばさんが笑顔を残し、襖が閉まる。
二人並んで、部屋を見渡す。すぐさま、暑いねと、西条さんが冷房のスイッチを探す。私は、何がやってるのかなとテレビのスイッチを押した。
何かしてないと、気まずさでおかしくなりそうだった。
数十分前。
せっかくだから、お勧め温泉ないの?の私の冗談に、彼はあるよと言って、この温泉街に車を走らせた。
まさか、飛び込みなんて無理でしょうと笑う私に、彼は任せとけと一件の宿に入って行った。
バカなと焦りながらも、彼の背中を見送る事数分。大きくまるサインをしながら、意気揚々と車に戻ってきたのだ。
こいつ…何ものなんだっ!!
:09/07/31 21:30
:W65T
:ZWrhOOXQ
#179 [あき]
『ここの女将さんと、ちょっとした知り合いでさ。にしても、部屋あって良かった。』
『あっそうなんですか…〃』
お茶をすする私達。
熟年夫婦かよっ!!
『でも一部屋…』
『いや、そこまでは無理言えないだろ?』
何故、そんなに、当たり前のように、だけど、どこか満足げなんだっ!!
『で…ですよねーっ〃』
ああ。
私って、本当弱いな。
:09/07/31 21:34
:W65T
:ZWrhOOXQ
#180 [あき]
『ここの温泉、かなりいいよ。お肌ツルツルになるからっ!!』
『うんっ…』
『とりあえず、風呂入ってきたら?』
『後でいいです〃先に行ってきたらどうですか?』
今夜。私は、どうされちまうんだろう。
彼がお風呂に行く間に
柔軟体操をしっかりして、いざという時の飛び蹴り、もしくは関節技、なんだったら、ボディーブローの練習をしておきたかった。
※いや、実際には、運動音痴なもんで、出来ませんけどね。
:09/07/31 21:40
:W65T
:ZWrhOOXQ
#181 [あき]
彼が温泉に向かった間に、中居さんが、布団を敷きに来た。
手早く、二組の布団を敷くと、お休みなさいと、出て行く。
しばらく、それを見つめて、はたと気づき、私は、ずずずっと布団を離す。
二組の布団が、緊張を妙に強めた。
しばらくすると、戻ってきた音がする。
『君も入っておいでよっ』
そう言いながら、襖が開き、浴衣姿の彼が現れる。
やっぱりドキンと胸が鳴った。
:09/07/31 21:51
:W65T
:ZWrhOOXQ
#182 [あき]
ただし、残念な報告です。確かに私は、彼の浴衣姿にドキンと胸が鳴りました。
だけど、その数秒後には、お腹を抱えて、涙を流して、震える事になるんです。
それは…
浴衣が、微妙に短い!!
手足の長い長身の彼には微妙に短い!!
そう、例えるならば、スレンダーな西郷どん。
私は、吹き出しそうになったのを、ぐっとこらえて、普通に振る舞う。
なのに、彼は、その姿で、そう、スレンダーな西郷どんは、ああうまいとお茶をすすったんですっ!!風呂上がりにビールじゃなくて熱い日本茶をっ!!
さっ…西郷どん…!!
その姿が、何故かツボにはまり、思わず、枕に顔をうずめて、窒息死覚悟で笑いをこらえたのでした。
:09/07/31 21:58
:W65T
:ZWrhOOXQ
#183 [あき]
もう撃沈寸前でした。
湯呑み片手に、不思議がる彼に、もう、私の笑いのツボは大喜びなわけです。
必死に伝えました。
思わず西郷どんと言いそうになりました。
『さ…西条さん?浴衣、もうワンサイズ大きいの、持って来てもらいましょうか…?〃』
『そうだ。小さいかなと思ってたんだよね。なんか、動きつらいしっ…やっぱり、これ小さいよね?』
『で…ですかねぇ〃なんか、きつそうだったからっ。』
:09/07/31 22:11
:W65T
:ZWrhOOXQ
#184 [あき]
えっ?気づいてたんですか?
気づいてて着ちゃったんですかっ?
あなた…
もう。
私息が出来ません。
ちぬ…ちんじゃう…
『何が、そんなに面白い?〃』(※方言でした)
こんな時、方言禁止ですっ!!か…可愛い過ぎるっ!!もう、ツボは崩壊です。
必死に平然を装い、フロントに申請。無事に一件落着です。届いた浴衣を、サラリと着こなす彼を見て、落ち着きを取り戻した私。
もう。衝撃的でした…
:09/07/31 22:17
:W65T
:ZWrhOOXQ
#185 [あき]
こんな所で、この人と私は何をしてるんだろう。
どうしたいんだろう。
考えても答えは出ない。
ブラウン管に移る光景に笑う彼の横で、私も画面を見つめる。
ブラウン管の中の人達は、何だかわあわあと騒いでいた。西条さんの笑い声の横で、私もはははと笑ってみる。
面白いねと私に笑顔を見せる彼に笑顔で頷いてみた。
だけど、私には何が面白いのか、やっぱりわからなかった。
ただ、わかるのは。
あの時
私がこの彼に
必要とされた事。
出会ってから一カ月。
いつも、いつも
彼が私を想う
その気持ち。
だけだった。
:09/08/01 03:35
:W65T
:bShKEOAI
#186 [あき]
静かな夜。何の音も聞こえない。あれから、もうどれくらいの時間が流れているのだろう。
お休みなさいと電気を消した。
長い長い静寂。
妙な緊張。
その静寂、緊張を破るように、隣の布団から、確かに聞こえた。《俺を選んでくれる?》の台詞に聞こえないふりをした。そんな私に彼は、もう寝たのかと笑ったように言って、まるで子供をあやすように、優しい声でお休みと、そう言った。そして、背中を向け続ける私に、ただポツリと確かめるように《俺についてこい。》そう呟いた。
彼が眠ったのか、眠れてないのかは背中越しにはわからない。
ただ、ただ、静かな夜だった。
:09/08/03 23:43
:W65T
:sjOOZQAY
#187 [あき]
ギリギリまで、温泉を楽しんだ私達は、中居さんに見送られ、昼前にそこを後にした。
昨夜の戯言。
彼は何も言わないし。
私は、聞かなかった事にする。
世間は梅雨入りだと騒いでいるが、蒸し暑さすら感じる。じりじりと紫外線を感じる太陽。
よく冷えたファーストフード店に私達は入った。
彼は、暑かったでしょと席に私を促した。
私は、席を探しておきますねと、笑って答える。
『で?何にするの?』
『私は、いつものでっ!』
『おいっ〃いつものって言われてもっ〃』
『あっ〃ごめんなさい〃えっとね…』
いつもの…
ついつい癖が出た。
この相手に伝わる訳ないっか。
:09/08/06 04:40
:W65T
:kvYeBl/U
#188 [あき]
『ありがとうございますっ〃』
西条さんからトレイを受け取る。
『いつもこのセットなの?』
頼んだメニューを私に渡してくれる。
それを受け取りながら、笑顔で答えた。
『はいっ〃このメニューが一番好きっ!』
照り焼きセット。
ドリンクはアイスティーストレートで。
学生時代からの私のメニュー。たとえ、そこがマ○クだろうが、モ○スだろうが…私はこれだ。
『よしっ。覚えたぞっ。』
悪戯に笑う彼の前には
チーズバーガーにホットコーヒーだった。
:09/08/06 04:56
:W65T
:kvYeBl/U
#189 [あき]
『あれ?それだけ?』
いや。セットを頼めば、ついてくるでしょ!?
高カロリーだけど?
天敵だけど?
かなり美味なっ。
まいうーなっ。
デリシャスなっ。
なくてはならないっ。
にくいアイツがっ!
『あっ、俺はいつもこれっ〃』
爽やかに笑顔を見せるけど。
いやいや。
足りないって!
あのお方がっ!
『ポテトは?』
あきちゃん、聞いちゃいましたっ!そう。この方の存在忘れてますよねっ!何てったって、こうゆう場所では尚更このお方は、忘れちゃいけないでしょっ!!(※私だけ?)
:09/08/06 05:04
:W65T
:kvYeBl/U
#190 [あき]
『あっ…。俺、めったに食わないなぁ〃』
爽やかにサラリと否定した。
『へぇ。そうなんですかっ…〃』
内心、かなり取り乱しました。いやいや、始めて見ましたよ。ポテト様を拒否る人を。(※全国のポテト嫌いな方すいません。)
何気ない会話をしながら、全国、どこでも変わらない味を、頬張り、前に座る彼に微笑みかける。
(ポテト…足りないな…)
私の好物…
:09/08/06 05:09
:W65T
:kvYeBl/U
#191 [あき]
フィレオフィッシュセット。ドリンクはコーラで。それと
チーズバーガーセット。セットドリンクは、アイスコーヒーだ。
おまけに
単品でチキンナゲットをひとつ。
大量のジャンクフードに呆れながらも、紙ナフキンを渡す。
それを受け取りながら、2つある、ポテトをひとつ、私の方へ渡してくれる。
そして、まずは、フィレオフィッシュをペロリと平らげて。コーラをグビグビいっちゃう。
次に、ポテト片手に、チーズバーガーを、これまたペロリと平らげて。
……そして、繰り広げられる、壮絶なるチキンナゲット争奪戦。
そして、戦いの後に、煙草片手に、アイスコーヒーを飲むんだ。
:09/08/06 05:18
:W65T
:kvYeBl/U
#192 [あき]
私が知ってる慣れたメニュー。
どちらが会計をしても
どちらが買い出しに行っても。
《いつものね》
この言葉を言えば、必ず出てくるメニュー。
そして、ポテトを2つ、満足げに、平らげる私を
《あぁあ。またデブになるぞっ》
って笑いながら…
ハンバーガー2つ平らげる彼を
《このっメタボっ!》
って笑いながら…
必死に、チキンナゲットを取り合って。
マスタードソースを取り合って…
ぎゃーぎゃー喧嘩して…
私は、この場所を
そうやって過ごしてきた。
:09/08/06 05:25
:W65T
:kvYeBl/U
#193 [あき]
(ポテトも、ナゲットも…ないなぁ…てか、食べづら…)
私に微笑みかける西条さんに答えながら、私はそう感じざるを得なかった。
照り焼きソースって、けっこう食べづらいもんなんだ…マヨネーズやら、ソースやらが、垂れるんだ。
そんなの気にしてなかった。
《おいっ!ソースっ!》
《ん…?あっ〃落とした〃》
《ガキっ!》
『ぼちぼち出ようかっ。時間だね』
彼の言葉に、現実へと戻る。うんと頷き、二人並んで、店を出た。
:09/08/06 05:34
:W65T
:kvYeBl/U
#194 [あき]
二人並んで、駅を目指す。じりじりと差し込む日の中吹く、この生温い風は、雨が降る前兆。
おまけに昔、昔に怪我した右腕が、どくどくと脈打ちだす。
季節は梅雨入りだと、痛感させられた。
路地を抜けて、駅までの大通り。車がせわしなく行き交った。私の横をびゅんびゅんと先急ぐ車に、彼の長い手が、ふわりと伸びて、私の腰を掴む。引き寄せられるように、私は歩道側へと彼に並んだ。
『危なっかしいなぁ。〃』
『ごめんなさい〃ありがとっ。』
そして、伸ばされた彼の右手に、黙って左手を差し出した。
:09/08/06 22:30
:W65T
:kvYeBl/U
#195 [あき]
彼はその差し出した左手をしっかりと握って、はにかんで笑う。そして、雨、持つかなっなんて、恥ずかしそうに、プラプラと揺らした。私も、笑って答える。
駅のロータリーが見えてきた。数ヶ月前、私達が出会った場所で。昨日、私達が再会した場所。何も変わらない景色。
ただ、変わるのは
この場所で
スーツ姿の、よそよそしい挨拶をした私達が。
数ヶ月後には
こうして、手を繋いで歩いている事だけ。
:09/08/06 22:35
:W65T
:kvYeBl/U
#196 [あき]
チケットを買う私を、背中で待つ彼。
ビジネスマンや、親子連れ。ぱたぱたと手団扇で、蒸し暑さをしのぎながら、長蛇の列に、並んでいる。
ちらりと後ろを振り向くと、微笑む彼の隅に寂しさが伺えた。
見送る側の人って、こんな気持ちなんだ…
そう思ってみても、私の生活の場所はここではない。
帰る場所がある。
私の生きてきた全てが詰まったあの場所。
あの場所に帰らなきゃ。
私は、前を見据えて、列に並んだ。
:09/08/06 22:42
:W65T
:kvYeBl/U
#197 [あき]
流れゆく景色の中、私の中でも、この二日間の全てが走馬灯のように流れては消えた。
改札前。ぎりぎりまで、私の手を握っていた彼の温もりが、まだ左手に残っている。
《じゃぁ。気をつけて。》
《西条さんもっ。》
改札を抜ける私に、いつまでも手を振り続けてくれた。ふと窓の外を見ると、流れる景色の窓に水滴がついては、後ろに流れていた。
梅雨の雨だ。
私は静かに目を閉じて、現実へと戻って行った。
:09/08/06 22:49
:W65T
:kvYeBl/U
#198 [あき]
また慌ただしい日々が戻ってくる。
だけど…
この出逢いが
少しづつ
だけども
確実に
私の平凡で、平和で、平穏で…
だけど大切だった日々。
何十年もかけて
何年もかけて
積み重ねてきた
全てのものを。
壊していった―…
気付いた時には、本当に遅くて。
私に選択肢なんて残ってはいなかった。
:09/08/07 02:45
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:pu1DvuhY
#199 [あき]
―――――
『どうしてですかっ?これは、私の担当じゃ…もう準備だって…』
『とにかく、今回は外れてもらうから。後はそっちで話して。』
彼女は、私には目もくれず、書類をパンっと揃えると、席を立った。
高そうなスーツに身をまとい、高級腕時計をちらつかせて、釣りがねフレームの眼鏡をくいっと押し上げて、私の横をすり抜ける。この春から、私の直属上司になった。本社から来と言われる彼女は、いかにもやり手キャリアウーマンだった。
:09/08/07 02:52
:W65T
:pu1DvuhY
#200 [あき]
彼女の背中を見送りながら、呆然と立ち尽くす私の後ろに、まだまだ青い、何年も下。いわゆる、後輩と呼ばれる彼女が突っ立っている。
『あのぉ…』
『…あっ…ごめん。じゃ。引き続きしようか…。』
私は、振り返り彼女に笑顔を見せると、自分のデスクに戻る。かき集めた書類、資料を説明しながら、一枚ずつ、彼女に手渡す。彼女は必死にメモを取りながら、私の言葉に頷いた。
こんな、まだまだ青い彼女にこの案件を上手くまとめられるのか。
そう思っても、何も言えなかった…
:09/08/07 03:00
:W65T
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