微妙な10センチ。〜最終〜
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#101 [あき]
ただただ、静かな時間が流れる。
電話口で、泣き出す私に、それを黙って受け止める彼。しばらく泣いて、本当に何だかスッキリ。
ありがとうと言う私に彼は最後に言った。
僕には、これしか言えないからと前置きを残し。
《…今日は、もう仕事しなくてよしっ!!
今から、すぐにシャワー浴びて、そのままぐっすり寝る。これは今からの業務だから守って下さい。
そして
また明日あなたを待ってますね。》
そう言って、電話口で笑った彼。
泣いていたのに。
つられて私も笑っていたー…
:09/07/19 20:23 :W65T :uu9YQiaQ
#102 [あき]
その日から、西条さんはあの夜の事は何も聞かない。言わない。
ただ、淡々とハンドルを握り、時折くだらない冗談を言っては、それに答えるかのように、私もおどけてみせる。
そんな西条さんとの些細な事が全てを事を忘れさせてくれ。
そうして。
私の一週間は終わろうとしていた。
近付いてきた別れの日。
:09/07/22 20:29 :W65T :mmCe/RwQ
#103 [あき]
一週間前、初めて会ったターミナル。
少し早めに出発した車は、予想を覆し、流れに流れ、出発の一時間前にターミナルへと滑り込んだ。
『じゃ…お疲れ様でした。いろいろと有難うございました〃』
ひょいとおろしてくれた大きな荷物を彼から受け取ると、私は笑顔を見せた。
『お疲れ様。こちらこそ。有難うございました。時間、余りましたね。』
『まっ。ギリギリになるよりかは、いいですよ〃最後に美味しいもの食べて時間潰しますっ。』
『そうっ。』
『うんっ。』
:09/07/22 20:38 :W65T :mmCe/RwQ
#104 [あき]
『…じゃぁ』
『…じゃぁ』
そう言って私は背中を向けた。ガラガラとやりすぎたでか荷物が私の後ろをついてくる。
来る時よりも、重くなったのは、彼がくれたご当地土産が入っているから。
《こっちじゃ有名な食い物やから。うまいよ?》
《そうなんだ〃ありがとう。》
私は振り返らずに、真っ直ぐ歩いた。
ターミナルを抜けて、タクシーが行き交う中横断歩道を渡り、改札口へと抜けるエスカレーターに乗る。
後ろを見てはいけないような気がした…
:09/07/22 20:45 :W65T :mmCe/RwQ
#105 [あき]
エスカレーターが私を上へと運ぶ。
右下になっていくターミナル。
エスカレーターが終わる。目の前には、忙しそうに行き交う人。
ここを降りれば。
私は、もうあれに紛れるんだ。
もう終わる…
終わっちゃう…
エスカレーター終点。
ちらりと右下。
ターミナルを見た。
彼が、車の前で、大きく手を振っていた。
:09/07/22 20:50 :W65T :mmCe/RwQ
#106 [あき]
『ありがとう!!ばいばいっ!!』
思わずそう叫んだ。
笑顔で、一生懸命手を振った。
右下。小さくなった彼が何かを叫んでいる。
雑音に紛れて、彼の声は聞こえなかった。
私は、またバイバイと大きく手を振って、エスカレーターを降り、人混みの中に消えた。
そして
私の一週間が終わりを告げた…
はずだった。
:09/07/22 20:56 :W65T :mmCe/RwQ
#107 [あき]
『…で?何してるんですかっ!?〃』
『いや…お互い様でしょ。』
私は人混みに紛れたものの。まだ改札を抜ける気分にもなれず。
周辺を少し見物した後、改札が見える駅ビルの広場で、ベンチに座った。
夜風と街のネオンがとても気持ち良くて。一人座っていた。
そんな時
さっき別れたはずの、西条さんの声がした。
振り返ると。
なぜか、彼が立っていた。
:09/07/22 21:08 :W65T :mmCe/RwQ
#108 [あき]
『だって時間まだあるし。西条さんこそ、まだ帰ってなかったの?びっくりした〃』
『タバコ買いにね…〃そしたら、まだいるから。』
『そっか〃』
西条さんは、ついでに最後まで付き合いますよと言って、横に座った。
いいですか?とタバコをトントンと叩いた。
私が、微笑むと、どうもと言って、なおちゃんとは違う仕草でカチリと音がして。なおちゃんとは違う匂いの煙が私を包んだ。
:09/07/22 21:17 :W65T :mmCe/RwQ
#109 [あき]
妙な沈黙。妙な間。
なんとなく、西条さんが言いたい事がわかる。
だけど私は、それを言われたからと言って、どう答えていいかわからなかった。出来る事なら、触れないで欲しい。このまま終わらせて欲しい。そう願った。
何気ない会話を繰り返し、そろそろ、改札を抜ける時間。
『じゃ…そろそろ行きますね。』
『…えぇ。…あの…あの日。何もしてあげられなくてごめんね。あの時、俺はそう言ってやるしかできなかった。』
彼は、私の予想とは違う言葉で、最後にそう言った。
:09/07/22 21:25 :W65T :mmCe/RwQ
#110 [あき]
なんの事?なんてとぼけてみた私に、西条さんは、こらこらと笑った。
それでも、おどけてみせる私に、西条さんは、ケラケラと笑いながら、心配して損したと言った。
私は、すっくと立ち上がり、お尻の汚れをぱんぱんっと叩きながら言う。
『…偶然の西条さんの電話に救われた〃ありがとう。あとっ…酷い事言って、ごめんなさい。じゃぁ。これでっ!!気をつけて帰って下さいねっ。また来ますっ!!』
彼の返事を待たずに私は歩きだす。
その私の背中に向かって、今度はハッキリと聞こえる声で、こう言った。
:09/07/22 21:35 :W65T :mmCe/RwQ
#111 [あき]
『また電話していいですかっ!?』
驚き振り返る私。
『…あなたの番号。残していいですか?』
一週間、毎日となりに居たんだ。彼が、サラリと言ったこの言葉に、どれだけの勇気が詰まっているか、目に見えてわかった。
彼の後ろに、なおちゃんの顔が浮かぶ。
大人の振りした少年の西条さんの後ろに
少年のくせに大人のふりしたなおちゃんの顔。
そのなおちゃんが、浮かんでは…消えた。
私は彼の言葉に微笑んで、頷いた。
:09/07/22 21:49 :W65T :mmCe/RwQ
#112 [うる]
あげます! 待ってます☆
:09/07/24 17:11 :911SH :h6.39XXU
#113 [あき]
うるさん、ありがとうです
ー”
また数時間かて帰路につく車内。猛スピードで流れる景色を眺めながら、どこか西条さんの笑顔がちらついた。一週間、となりにいた彼は、いろんな一面を私に見せた。
仕事に向かう姿勢。
休憩時間にふと見せる彼自身。
どちらも、私には居心地が良かった。
そしてあの夜の
思いもよらない言葉に。
駅での言葉。
私の中で、何かが変わりつつあったー…
:09/07/25 19:40 :W65T :tBOBuo2E
#114 [あき]
大きな駅まで数時間。
そこから電車を乗り継ぎ、自分の街まで戻って来た頃には、もう深夜だった。
本来ならば、バスを利用して、自宅近くまで戻れるはずが、もちろんバスは遥か前に終了している。
重すぎる荷物を引きずりながら、タクシーを探した。
けれど、こんな田舎町の小さな駅にタクシーなんて簡単には見つからない。
歩けない距離でもないが、今の私の体力、またこの時間。想像しただけで吐き気がする。
『参ったな…』
思わず声が漏れた。
:09/07/25 19:47 :W65T :tBOBuo2E
#115 [あき]
周囲を見渡す。
駅周囲に建つ、寂れたホテルが、弱々しい光を放っていた。しばらくホテルと睨めっこ。
このままあの寂れたホテルに泊まるか。
いや
出来る事なら、帰りたい。歩くか。
いや
おぞましい。
バックから携帯電話を取り出す。
ピコピコと画面と睨めっこ。
こんな時間に起きていて、尚且つ、迎えに来てくれそうな人…
いないね…。
:09/07/25 19:52 :W65T :tBOBuo2E
#116 [あき]
半ば、自宅に戻るのは諦める。私は目の前にある寂れたホテルらしき建物に向かって歩きだした。
握り締めた携帯電話。
それを見つめて、立ち止まる。迎えに来れるはずもないとそもそも、リストから外した名前。
【ひま?】
そうメールを送った。
口は悪くて、偉そうで。
喧嘩ばっかで、むかつくし、可愛げないし、優しくない。だけど、私がピンチの時は必ず助けてくれる。
やっぱり優しいあいつ。
私を元気百倍にしてくれるあいつに。
ただ、一言、言葉が欲しかっただけ。
期待はしてないけれど…やっぱりそれでも期待した。
:09/07/25 20:32 :W65T :tBOBuo2E
#117 [あき]
【なに?】
珍しくすぐに返事が戻ってくる。
これだけで、少しだけ気分が晴れてしまう自分が、本当に情けない。
【ひま?】
同じ文面を送り返す。
またすぐに返事が戻ってきた。
【だから何?】
【家に帰れないの…】
:09/07/25 20:37 :W65T :tBOBuo2E
#118 [あき]
【意味がわかんね】
今の状況をかくかくしかじかと文面に綴る。
送信して数分で、また戻ってきた。
【タクシー呼べば】
そんな事言われる前から、わかってるし。
ただなんとなく、期待しただけ。
わかってた。
だけど
嘘でも、冗談でも、何だって良かった。
仕方ないなぁ。待ってろ。
そのたった一言を…期待しただけだった。
:09/07/25 21:33 :W65T :tBOBuo2E
#119 [あき]
眠そうなフロントマンらしきおじさんに、鍵をもらうと、その古ぼけて寂れたホテルの部屋に荷物を置いた。
カビ臭い部屋には、一昔前の装飾品、そしてベッドが置いてあった。
ベッドに倒れ込む。
遥か昔。
夜の街、酔っ払いの私を何度も迎えに来てくれた。
恐怖の夜、遥か向こうにいた私を探し迎えに来てくれた。
もう迎えには来てくれない彼。
綺麗に整えられたホテルに佇む西条さん。
寂れたホテルに背を向けるなおちゃん。
いつから、どこで、何が変わったのか、わからなかった。
:09/07/25 21:45 :W65T :tBOBuo2E
#120 [あき]
脱ぐ気力も体力も失ったスーツのポケットで、携帯が震える。
画面を見ると、名前が表記されていた。
―
『はいっ』
《お疲れ様です。無事に家につきましたか?》
電話を通して聞く声は、今の私には、罪だ。
それでも、明るく笑いながら、今の状況を伝える私に、西条さんは、そうだったのと、苦笑いをしながら、自分も今帰ってきたよと、あの優しい、なまりのある声で、そう言った。
:09/07/25 21:53 :W65T :tBOBuo2E
#121 [あき]
お疲れ様から始まった電話は、この一週間の話になり、互いを労い、互いを認め合い、そして笑い合った。
《またこっちに来る時は教えて。飯でも奢るよ!》
『わかりましたっ〃ま…当分はないと思いますけどねっ〃』
《はははっ〃了解。じゃ、おやすみ》
『おやすみなさい』
そう言って電話を切った時、一時間が過ぎていた。既に時刻は、深夜を通り過ぎて、、深く深く街も人も眠りについている時間。
物音ひとつしない静寂。
私は、また一人になった…
:09/07/25 22:02 :W65T :tBOBuo2E
#122 [あき]
携帯電話をテーブルに置いて、カビ臭い小さな浴室でシャワーを浴びた。
濡れた髪もそのままに、またベッドに倒れ込む。
倒れ込んだ先に手に取った、もうひとつの携帯電話。お気に入り待ち受け画面が記されているままだ。その携帯をベッドに放り投げて何かを諦める。
こんな夜をもう何日繰り返したんだろうか。
なのに、人間は、どんなに闇に包まれいても、お腹も減るし眠くもなる。
生きている以上、仕方ないのだけれど。
もう疲れた。
このまま朝になんて、こなきゃいいのに…
私は、またそう思いながら、また明日を迎える為に、今日を終わらすのだ。
自然と重くなる目と、体をベッドに任せた。
:09/07/25 22:31 :W65T :tBOBuo2E
#123 [あき]
体が夢心地になり出した頃。頭の上で携帯電話が鳴った。手を伸ばし、眩しい画面を見つめる。
【どうにかなったのか?歩いてるとか言うなよな。馬鹿。】
愛想も何もない嫌みの文字に、もう遅いよなんて、思ったのに…
【馬鹿とはなんだ。どうにもならなかったから、近くのホテルに泊まったしっ。】
少し嬉しかった。
:09/07/25 23:21 :W65T :tBOBuo2E
#124 [あき]
《あの時、迎えに来てくれなかったじゃん!!》
《迎えに来て欲しいなら、そう言え。》
《タクシー呼べばって言ったのは誰?》
《あれは、アドバイスだ。》
《あれは、迎えに来てって言ってるもんでしょぉ?》
《めんどくせ。どうにかするって言ったろうが》
《そこは空気読んでよっ!まっ言ったからって来ないでしょうがねっ。》
《俺は、どうにもならんな、行ってやるつもりでしたけど?》
:09/07/25 23:34 :W65T :tBOBuo2E
#125 [あき]
あれから数日後。
ふとした電話でこう会話した。
なんだ‥
変わってないじゃん。
ただ私達には言葉が足りないだけなんだ。
私達、まだ、こんなにも楽しく話せるんじゃん。
普通に話せるんじゃん。
変わってないよね。
私達…
なのに、この寂しさはなんだろう。
そっか。
長く居すぎて。
私達、もっと必要な、大切な何かを失ってるんだ…
そう気付いた。
:09/07/25 23:42 :W65T :tBOBuo2E
#126 [あき]
いつしか私達は、何も語らなくなったし、何も言わなくなった。
言葉を交わさなくても、何が言いたいのかを理解できるし、時間を重ねなくても、傍にいると思えていた。
それは、私達が、出会ったあの頃から。
再開したあの日から。
重ねた時間や、重ねた言葉が、歩いた道が、そうさせたに違いない。
あの頃みたいに、だらだらと電波を駆使して時間を重ねなくても
あの頃みたいに、長々と時間を重ねなくても。
私達は何かを共有していた。
それで満足していたんだ。
:09/07/26 01:48 :W65T :G/V7tpkE
#127 [あき]
だけど、本当は、それじゃダメなんだ。
きちんと言葉を交わさないと、自分の思いは伝わらないんだ。
相手の思いも伝わらないんだ。
きちんと時間を共有していないと、自分の気持ちは確かめられないんだ。
相手の気持ちもわからないんだ。
そっか。
私達。そういや
たった一言。
好きって言葉すら
言えてないね。
心だけじゃ…
不安だよ。
:09/07/26 01:59 :W65T :G/V7tpkE
#128 [あき]
あの出張から、時間が経った。
私は、毎日を仕事に追われ、早朝から深夜まで、仮面を付けた日々。
ただ、唯一違う事が起きた。
西条さん。
あの日から、彼が毎夜、私の携帯電話を鳴らす。
お疲れ様から始まって、1日の報告を費やし、おやすみなさいで締めくくる。
その時間が、毎夜毎夜続く。
いつしか
彼は、遠方にいる知人。
私の中で、そう位置付いていった。
:09/07/26 02:07 :W65T :G/V7tpkE
#129 [あき]
その夜、また彼からの電話。私は帰宅して、ソファーに体を投げ出したところ。
―ピッ
『はいはーいっ』
《おーっ。お疲れい》
『お疲れ様ですっ。』
また何気ない会話。
私は、ジャケットを脱ぐと、煙草に火をつけながら、彼の声を聞いた。
《なに?今帰ってきたの?》
『うん。疲れたしっ』
彼の方言にも、もう幾分か慣れた。(※文章では標準語ですが、彼は方言なまりで話ます。)
:09/07/26 02:13 :W65T :G/V7tpkE
#130 [あき]
『西条さんは?』
《俺は今から帰るんだよね。》
だいたい彼は、会社から帰宅道中に、私の携帯を鳴らす。それから約一時間の道のりを、私達は共有するのだ。そして、彼が無事に帰宅する頃、私の睡魔は限界に近づいて、じゃぁまたと終了する。
そんな毎日だった。
:09/07/26 02:24 :W65T :G/V7tpkE
#131 [あき]
彼の言葉を聞きながら、今夜も、そろそろ私の睡魔も、限界だと思った頃。
私の瞳孔がかっぽ開く言葉が、飛び込んできた。
《俺の事、どう思ってる?》
『どうって?何んですかっ〃きゅうにっ。』
笑って流す私に
彼は静かに、言った。
《…彼女になってくれる?》
それは突然の―告白―だった。
:09/07/26 02:33 :W65T :G/V7tpkE
#132 [あき]
『なっ…何言ってるんですかっ!〃』
突然の出来事に、私は笑った。
いや、正確に言うと、とっさに、私でいる為の防御策。笑う。しか出来ないでいたのだ。
本当は、バクンと音が鳴って、ぎゅっと胸が掴まれて。、毛穴という毛穴がかっぽ開いて、その穴から妙な汗が吹き出していた。
《俺、結構真剣なんだけどっ…。君の気持ちを聞かせて欲しいな。》
そう、彼は私にトドメを刺した。
:09/07/26 02:57 :W65T :G/V7tpkE
#133 [あき]
『はっ…鼻水出たっ!〃』
突然の告白に、なんとも色気のない返事をしてしまう。
仕方ない。
本当に、あまりの事に、鼻水が吹き出たのは事実で、冷静さを失った私は、ばか素直に、その現状を伝えてしまったのだ。
そんな私の答えに、彼は、きたねーと、笑っていた。
『何を突然言い出すかと思ったらっ〃もうっ!そりゃ吹き出ますよっ!!〃』
:09/07/26 03:03 :W65T :G/V7tpkE
#134 [あき]
《でも、俺、そうゆう飾らない君が好きなんだよね〃。彼女なる?》
『いやいや…〃話飛びすぎでしょ…』
《そう?》
もう。
勘弁して下さい。
西条 祐介。
新人種だ。
イケイケオラオラなんですね…
私、鼻水どころか
脇汗が止まりませぬ…
:09/07/26 03:12 :W65T :G/V7tpkE
#135 [あき]
やはり、女の涙は武器なのかもしれない。
ただ、私は見せる相手を間違った事も明確だった。
彼は、言った。
あの夜、泣いてる私に何もしてあげられなかった事が、悔しかった。
間違いなく男で泣いてるんであろう君を守ってやりたいと思った。
笑う昼の私と
泣いてる夜の私
頭から、離れなくなったと−…
そう言った。
:09/07/26 03:30 :W65T :G/V7tpkE
#136 [あき]
『そんな事言われても…』
《わかってる。だから最終日、駅に消えて行く君を見送りながら、忘れようと思った。一週間の思い出だと言い聞かせて君を見送った。 だけど、君はいた。とっくに帰ったと思ったハズの君が…いたんだよなぁ。なんか、そしたら、もう止められなくってさっ…そして、君は笑ってくれた。》
あの時、私は、彼の想いに微笑んだんだ。
彼のあの勇気に、私は微笑んだ…彼にとっては、それが全てだった。
:09/07/26 03:48 :W65T :G/V7tpkE
#137 [あき]
《君の気持ちを知りたい。俺は泣かさないよ。》
優しさ溢れる声で、そう言った西条さん。
嬉しかった。
素直に嬉しいと思えた。
『うん…。嬉しいです。ありがとう…でも…』
私、好きな人がいるんです。その、私を泣かせる男が好きなんです。
だから…貴方の事は…
《好きにはなれん?》
私の心を察したように、呟いた、彼のその言葉にはたと気付く。
:09/07/26 04:28 :W65T :G/V7tpkE
#138 [あき]
好きな人…
好きな…
好き………?
好きってなんだろ。
『…わかりません。』
私は彼の言葉に小さくそう答えた。
誰かが誰かを好きだと思うその気持ちが。
好きって気持ちが
好きって言葉が。
わからなかった。
:09/07/26 04:42 :W65T :G/V7tpkE
#139 [あき]
わからないという言葉は、時に、とても便利だけど、使い方によっては、とても傷付ける言葉だった。
《わからない…か…〃》
私の言葉に、寂しそうに呟く西条さん。
それにさえ、私は何も返せなかった。
本当にわからない。
『好きって何ですか…?どんな気持ちが、好きって事なんですか…』
私がやっと出た言葉は、彼にとっては、意味のわからない返事だけだった。
:09/07/27 19:58 :W65T :LBoOeDds
#140 [あき]
《それは、オレにもわかんないなぁ〃…好きって気持ちは、考えて出る言葉じゃないからさ。》
正論だと思う。
でも、私には、やっぱりわからない。
いや、だからこそ、わからなくなったのかもしれない。
『でも、西条さんは、私を好きって思ったんですよね?何を基準に判断したんですか?好きって気持ちは、どんな事ですか?何をもって、好きって事になるんですか?…私にはそれが、わからないんです…好きって何ですか…』
それでも言葉は止められなかった。
:09/07/27 20:14 :W65T :LBoOeDds
#141 [あき]
《なぁ…どうしたんだよ?君を苦しめる、何があるの?》
食ってかかるように、言葉を吐き捨てる私に、彼はそう言った。
『…ごめんなさい…本当に、それすら、わからないんです…』
今にも泣き出しそうな私に、彼は、優しく言った。
《…好きって気持ちは、考えて出るようなものじゃない。自分に向き合えば、出てくる気持ちだよ。俺の気持ちは伝えたから。後は君次第。》
そして、おやすみと言って電話を切った。
:09/07/27 20:31 :W65T :LBoOeDds
#142 [あき]
その夜は、梅雨がもうすぐ始まると知らせる程の、蒸し暑く、どんよりとした空だった。
チクチクする頭痛で薬を飲んだ。
窓を開けると、なまるぬるい風がふわりとカーテンを揺らす。
就寝前の煙草に火をつけて、外に向けて吹きかける。白い煙は、暗闇にふわりと馴染んですぐ消えた。
運悪く、ポツリポツリと雨が落ちてくる。
やはり、明日は頭痛が激しいな。そう考えた。
《自分に向き合えば…》
頭をガンガンと締め付けて、眠れそうになかった。
:09/07/27 20:55 :W65T :LBoOeDds
#143 [あき]
翌朝、案の定外は雨だった。朝一番のニュースでアイドル化したお天気お姉さんが、今日1日雨模様だと、いかにも、用意されたピンクの傘をさしながら言った。チャンネルを変えると、今度は、タレント化したアナウンサーが、梅雨対策グッツをにこにこと紹介していた。
リモコンをテーブルに置くと、くだらない番組に、飽き飽きしながら、特殊メイクを施す。睡眠不足がリアルに肌に出てくる年頃だと痛感した。
天気が悪い日は、頭痛が激しい。カフェインは頭痛を刺激すると聞いた。
甘ったるいカフェオレをぐびりと飲み干した。
:09/07/27 21:25 :W65T :LBoOeDds
#144 [あき]
自動扉を抜けて、カウンターに座る綺麗なお姉さんに、おはようと、挨拶をした。そのまま、カウンター横の、真新しいドアを開ける。おはようと声をかけると先に出社してる仲間が、朝の準備に忙しそうだ。まだまだ馴れない真新しい匂いに鼻先に残しながら、事務所奥、隠れ階段から二階へ上がる。
与えられた小さなロッカールームに入ると、誰かが消し忘れた早すぎる冷房が、雨に濡れた私をヒヤリとさせた。
自分の名前の前に立ち、扉を開くと、小さなスペースに、与えられた制服。与えられた名札がしまい込まれている。
私はさっと着替えて、名札を首からかけた。
朝からつきたくないものだけれど…
やっぱり溜め息が漏れた。
:09/07/27 21:45 :W65T :LBoOeDds
#145 [あき]
私は、この場所は苦手だ。
ここは、せわしなく電話が鳴り、パソコンの機械的な音と、睨まれるように、いつも上司の視線を感じる。ただ、この箱の中で、自分に与えられた書類をミスのないように、淡々とこなしながら、淡々と時間だけが流れていくだけ。
小さな名札を自前のスーツに付けて、私を必要としてくれる人の元へ駆けつけて、私らしくサポートしてあげる。
私が小さな時に憧れ、そして掴んだ、大好きだった場所。そこに立つ事は、ほぼなかった。
大きな箱の中にある小さなスペースで、サポートする人達をサポートする。
今、これが私に与えられた仕事だった。
:09/07/27 22:08 :W65T :LBoOeDds
#146 [あき]
もう、私が、現場に立ってた事すら知らない子達が、現場の書類を持って元気良く外に飛び出す姿を見送る事にも慣れた。
いつまでも現場主義を貫く先輩の背中を見つめる事もやめた。
そして、私は、与えられた名札に連なる、妙な資格と、妙な肩書き。
それをブラブラと首からひっかけて…
ただ、毎日を過ごしていた。
新人時代から、私を影で支えてくれた、上司ぬらりは、私が部署が変わっても、いつも気にかけてくれた。私にとっては、いつまでも上司だった彼は、この春、定年退職をした。
苦楽を共にした、同期のさえちゃんは、恋を貫き通し、数ヶ月前に、寿退社をした。
私はこの場所で一人ぽっちになった…
:09/07/27 22:17 :W65T :LBoOeDds
#147 [あき]
一人ぽっち…
かつて笑い合った仲間は、半分は辞めて、半分は生き残った。
だけど、生き残った、かつての仲間とは、もう会話もしない。部署が違えど、同じ社内。もちろん、いくらでも会う訳で。
正確に言うと…
元気?最近どう?
なんて、上辺の笑顔で、当たり障りのない会話をそつなく話すだけ。
もう、昔のように、飲みに行く事もなくなった。
初めは、寂しかった。
悲しかった。
どうしてと悩んだ。
だけど、気付いた。
無理もない。
右も左もわからない下っ端ぺーぺー新人だった私が、あれよあれよ、上へ上へと登り、今では、冷暖房完備の箱でちょこんと座って、かつての仲間に、ああしろ、こおしろと、言ってるんだから。
女の世界。
みんなが、みんな、素直に受け入れる訳はない。
:09/07/27 22:33 :W65T :LBoOeDds
#148 [あき]
正確に言うと…
元気?最近どう?
なんて、上辺の笑顔で、当たり障りのない会話をそつなく話すだけ。
もう、昔のように、飲みに行く事もなくなった。
初めは、寂しかった。
悲しかった。
どうしてと悩んだ。
だけど知った。
右も左もわからない下っ端ぺーぺー新人だった私が、あれよあれよ、上へ上へと登り、今では、冷暖房完備の箱でちょこんと座って、かつての仲間に、ああしろ、こおしろと、言ってるんだから。
女の世界。
みんなが、みんな、素直に受け入れる訳はない。
:09/07/27 22:35 :W65T :LBoOeDds
#149 [あき]
《あきは上司に気にいられてるからね〜〃》
《うまく取り入ったよね〜〃》
《あきが言えば、上司もうんって言うんじゃない?〃》
そう言われた時に、初めて知った。
ああ。そっか…
そうゆう事か…。
私は、ただ毎日を仕事に夢中になっただけ。
促されるまま、試験を受けただけ。
似合う部署に移動を命じられ、似合う仕事を命じられただけ。
こんな立場が欲しいなら、すぐにくれてやるっ!!
私は現場に戻りたいっ!!
言われる度に、あはは、まさかと、笑いながら、血が止まるかと思った程に、拳を握り締めた。
:09/07/27 22:48 :W65T :LBoOeDds
#150 [あき]
ただひとり、新人時代から、公私共に面倒見てくれる、先輩だけが、そんな噂や、声に、悔し涙を流す私を、優しく抱き締めて、期にしない。辞めんじゃないよ。と声をかけ続けてくれた。現場に戻りたいと泣いた夜も、彼女は、せっかくの期待を裏切るなと言った。
彼女は、いつまでも
出来損ないの可愛い教え子。
でいさせてくれた。
彼女がいるから、私は、続けられているもんな様だ。
まぁ、そんな話はさて置き、私は、寝不足に加えて、昨夜の衝撃、馴れない仕事に、その日、溜め息だらけだった。
:09/07/27 22:58 :W65T :LBoOeDds
#151 [あき]
昨夜からの頭痛が、一向に良くなる気配はない。
『頭いたい…』
昼休み、小さなテーブルで、完全に失せた食欲。
備え付けの自動販売機で買った、野菜ジュースを飲みながら呟いた。
『大丈夫ぅ?』
昼休み、たまたま一緒になった、仲間から軽い言葉が返ってくる。
『天気悪いとねー…〃』
何もかもを投げ出して、逃げ出したら、どんなに楽なんだろうと考える。
そんな事が出来たら…
パックをくしゃりと握ると、お先にと笑顔で席を立った。
そんな時、ポケットで携帯が震える。
:09/07/27 23:13 :W65T :LBoOeDds
#152 [あき]
画面を確認して、廊下に出た。
―ピッ♪
『はいっ?』
《うーっす。お疲れさんっ。今昼休みか?》
『そうですけどっ?どうされたんです?』
《ちゃんと飯食った?俺も昼休みで特に用事はないんだけど。》
『そうなんですか…。お昼に電話あるなんて、びっくりした。』
《んーっ。まぁなんとなく、声聞きたくなって。》
西条さんは、本当に私の食にこだわる人だ。
また聞かれた。
そして、案外、ストレート直球。そして、爆走イノシシタイプだと初めて気付いた。
:09/07/28 01:13 :W65T :n0g0IsUg
#153 [あき]
『ちょっと〃真っ昼間から、何言ってんですかっ〃恥ずかしくないんですか?』
ズドンとボールを胸に投げつけられ、飲んだばかりの野菜ジュースを吐き出しそうになった。
《ん?別に、聞かれてもいいよ。》
『私は恥ずかしいです〃』
《そう?あっ。呼ばれてるわ。じゃまた電話するよ。》
『…はぁ…』
まだまだ、これは、彼の一部で、徐々に本性を表していく。
彼の本性…
いや。彼の愛に、私は、負けた事になるのか、ならないのか、今でも、それは、わからない。
:09/07/28 01:32 :W65T :n0g0IsUg
#154 [あき]
答えが出ないまま、また夜になった。
携帯電話が鳴る。
今夜は出たくない。
もちろん相手が誰かはわかっている。
仕事用の携帯が、こんな時間に鳴るのは、最近では彼しかいない。
それでも、やはり、仕事用携帯が鳴るのはドキリとするので、最近では、彼だけの専用着信音に設定したのだ。一度、眺めるだけにした。しばらく鳴ると、それは切れた…と思ったらすぐ鳴った。
うん。諦めよう…
―ピッ♪
『はいっ…』
《お疲れさまっ。》
:09/07/28 01:48 :W65T :n0g0IsUg
#155 [あき]
『お疲れ様ですっ。』
また始まる今夜の電話。
本日ニ度目の声。
何気ない会話で、必死に話をそらす。
だけど、目論見は儚く散った。いや、首を絞めただけだった。
《そろそろ敬語やめないっ?》
『これはもう癖だから無理ですよぉ〃』
《敬語使われてると、距離感じるわ。俺。》
『…そうですね…』
しまった。
この微妙な沈黙。
頼む。言わないでっ。
《で?答えは決めてくれた?》
はい撃沈。
だから出たくなかったのに…なんて思った私はかなり卑怯です。
:09/07/28 01:55 :W65T :n0g0IsUg
#156 [あき]
『……あはは…』
《…まだ悩んでる?好きって事に。》
『…ごめんなさい…やっぱり、わかりません。』
私の答えに、西条さんは、細く溜め息を漏らす。
《どうして、そんなに考え込んでるのか、俺にはわかんねぇよ。自分の気持ちだろ?好きな奴がいるなら、俺を振ればいい話だろ?…悩む意味がわかんねぇよ。》
小さく呟いた彼の言葉に、胸が痛くなった。
:09/07/28 02:03 :W65T :n0g0IsUg
#157 [あき]
『そうですよね…なんで悩んでるんでしょぉね…私。苦しいよ…』
そうなんだ。わかってた。
なおちゃんが好きなら、西条さんの言葉に苦しむ必要も、悩む必要もない。
誠の時も、たっちゃんの時も、私は悩まなかった。
確かに、二人を傷付けてしまったけれど。
答えなんて、決まってた。
なのに、どうして
この彼には
悩むんだろう。
それが
わからない。
だから
…苦しいんだ。
:09/07/28 02:11 :W65T :n0g0IsUg
#158 [あき]
《君の本当の気持ち、教えて?俺、覚悟出来てるからさ。》
西条さんの優しい声に、私は、少しづつ、心の声を、ありのままを伝えた。
彼には言わなきゃいけないと、そう思えた。
『あのね…私にはね…』
なおちゃんの事。
いつも、二人でいた事。
ずっと友達だった事。
だけど、ずっと好きだった事。
一時は、未来が見えた事。だけど、今では未来が見えなくなった事。
寂しくて、不安で悲しくて…自分の気持ちがわからなくなった事。
そんな時、西条さんと出会ったんだと。
私は、最後にそう締めくくった。
:09/07/28 02:29 :W65T :n0g0IsUg
#159 [あき]
《あの夜、泣いてたのは、その彼との事?》
『うん…』
《そっか…》
『私はね、彼との時間は、好きって感情を押し殺した日々だった。
腐れ縁には、邪魔な感情だったから?
だからさ、もういいやっ!!って何度も思ったのっ〃
…だけど、出来ないまま、こんな歳になっちゃって。〃やんなっちゃうよ…〃
ただ未来が欲しいだけなの。
幸せになりたいだけ…』
そして、最後に、私はそう言って―…泣いた。
:09/07/28 02:46 :W65T :n0g0IsUg
#160 [あき]
西条さんは、それ以上、深く何も聞かなかった。
ただ、黙って、私の心の叫びを聞いてくれただけだった。
散々言って、散々泣いて、何だか、スッキリしたと笑う私に、俺って不利だよなぁって笑いながら。
それでも、やっぱり、気持ちは変わらないから。
と言ってくれた。
会いたいと言ってくれた。あの出張からひと月が過ぎた頃だった。
そして、後日。
私の自宅に、今度はプライベートで行く○○地方の三日間の往復チケットが、彼の名前で、送られて来たのだった。
:09/07/28 02:58 :W65T :n0g0IsUg
#161 [あき]
――――――
一カ月振りに立つこの場所は、何も変わってはいない。忙しそうに行き交う人々。ロータリーをせわしなく出入りする車達。
あの駅ビル前、噴水のふちに座ると、数週間前、届いたチケットを眺める。
なにをしてんだろう…
そう思った。
先程届いた西条さんからのメールに、あと15分程で着くと書かれていた。
道が混んでいたらしい。
あと15分…
あと15分で
私達の何かが変わる。
頑なに守り続けた
仕事仲間
その枠から、あと15分で外れるのだ。
:09/07/31 18:57 :W65T :ZWrhOOXQ
#162 [あき]
噴水を見つめながら、行き交う人々を、ただ漠然と眺めていると、携帯が鳴った。
ーピッ
『はい?』
《どこにいるのっ?》
なんだか、相手は急いでいるようだった。
『え…噴水の前ですけど…?着きました?』
《ちょ…〃どうして、そんな所にいんだよっ。早くっ!こっち来てっ!!急げっ!ぢゃなっ!》
『へっ?はっ…はいっ〃』
:09/07/31 19:01 :W65T :ZWrhOOXQ
#163 [あき]
慌てて、ロータリーへと向かう。
ジメジメとした暑さの中、人の流れに逆らいながら、相変わらず重すぎる荷物と、高めのヒールが、私の体力を著しく消耗させた。
反対側、あのターミナルに出てみると、赤い大きな四駆車の前にウロウロと落ち着きのない人を確認した。
サラリと着流したポロシャツから伸びた長い手と、履き古したデニムをまとう長い足。
アイロンのきちんとかかったシャツに、ラインの伸びたズボン姿からは、やはり変わるけれど。
タバコを吸う姿は変わらなかった。
:09/07/31 19:08 :W65T :ZWrhOOXQ
#164 [あき]
『あのっ!お…お待たせしましたぁ〃』
著しく体力を消耗した私は、息も切れ切れでやっとの声を出し、汗ばんだ体で、久しぶりの対面を果たす。優雅に颯爽と現れるつもりだったのに、悲しいったりゃありゃしないよ。
『うすっ〃久しぶりっ!てか、早く乗ってっ!』
また軽々と荷物をトランクに詰め込むと、彼は運転席へと回った。慣れたように、ひょいと乗り込む。
『は…はいぃぃ…〃』
ちび助の私には、大きな四駆車を乗るのに、これまた一苦労だ。
最近お気に入りの高いヒールを履いてきた事すら、悲しくなってきた。
:09/07/31 19:13 :W65T :ZWrhOOXQ
#165 [あき]
『ちょ…〃本当に、届かないの?』
『ご…ごめんなさいっ〃こんなに大きな四駆なんて初めてで。慣れてないんですっ〃あはは…〃』
ちび助は、一生懸命手を伸ばし、ドアの上についた手すりに捕まる。必死に体を引き上げて、助手席に乗り込もうとした。
彼は、驚きそして笑いながら、持って。と手を伸ばした。
助手席にへばりつくように、なんとか体を乗せ込んだちび助が、その手に捕まると、ひょいと体を引き上げてくれた。
『あは〃ありがとうございました…〃』
もう最悪。
:09/07/31 19:20 :W65T :ZWrhOOXQ
#166 [あき]
『これっ。なんて車?』
『ん?○×って言うんだよ。』
車にさっぱりな私には、彼が教えてくれた名前なんて全く皆目覚えられなかった。
だけど、初めて聞いた名前には違いなかった。
『日本車?』
『右ハンドルだけど、一応外車になるかな〃』
『へぇ…〃』
外車って…
外車もベ○ツ、B○Wくらいしかわかんない。
結局、
あれっしょ?
高級車っしょ?
この人。
金持ちなの??
まさか…
ん???
んっ…???
:09/07/31 19:29 :W65T :ZWrhOOXQ
#167 [あき]
『この車、でかいから、あそこ停めると邪魔になるんだよね〃急がせて悪かったね。』
『いえ…』
確かにでかい。
デカすぎる。
なおちゃんなんて、車持ってないんだから…
なおちゃんの愛車だった箱型普通車君は、今は私の相棒。
あの愛車君を、手放したくないけど、手放さなきゃいけなくなったくらい貧乏なんだから。
だから情けをかけて、私が引き取ったの。
愛車を失った彼は仕事用にともらった軽四をぷいぷい言わせてるんだから。
私がいると、当たり前のように、過去の相棒、今や私の相棒君を愛おしそうに、乗り回すんだから。
貧乏なんだから…
:09/07/31 19:37 :W65T :ZWrhOOXQ
#168 [あき]
あの時とは、まるで違う。
爽快に流れる景色を高い視線から眺めてながら、ちらりと確認。
飾りも匂いも何もない、ラジオがBGMの小さな車に、小さく折りたたまれた長い足は、統一感溢れる備品で、いい匂いと、オシャレな音楽が流れる広々とした車にすらりと伸びていた。
『オシャレさんなんですねっ』
『そう?』
はにかんで笑う彼が、大人に見えた。
:09/07/31 19:45 :W65T :ZWrhOOXQ
#169 [あき]
『遠い所、お疲れ様でしたっ〃』
『またまたお迎えご苦労様ですっ。』
『では、今日はどこから行きますか?』
『お任せしますっ。』
『わかりました。じゃ、ルートは任せて下さいっ。ただ、最終判断は、あなたの仕事ですっ。』
『了解っ!』
『では、本日も1日宜しくお願いします〃』
『宜しくお願いしまーすっ。』
私達は、顔を見合わせて、プッと吹き出す。
そして、はははと声を出して笑った。
:09/07/31 19:58 :W65T :ZWrhOOXQ
#170 [あき]
その日。西条さんは、地方物の私に、沢山の感動と感激を与えてくれた。
一カ月前に来た時は、何にもない田舎だと思ったこの場所は。
本当は、とても海が綺麗で、人が暖かくて、美味しい食べ物で溢れる所だった。
『綺麗だねぇ〃』
そう笑う私の横に寄り添い、この景色の説明をしてくれた。
『これ美味しいっ!〃』
そうはしゃぐ私に、好きなだけ追加しな?と笑いながら言った。
車に乗れば、暑くない?寒くない?
階段になれば、手を差し出した。
大丈夫と、はにかみ笑う私に、彼はふっと微笑んで、黙って肩を差し出した。
:09/07/31 20:10 :W65T :ZWrhOOXQ
#171 [あき]
外を歩けば、車道側を歩き、どこに着いても、必ずドアを開けてくれる。
いつの間にか終わっている、お会計。
全てが大人だった。
こんなの、別に望んでもいない。
気が引ける。恐縮する。
だけど…だけど、女だもん。こんな扱い、悪い気はしない。
こんな気持ち…
私、いつから忘れてたんだろう…
そっか。
口も態度もピカイチ悪いけど、何気ない仕草や、何気ない事。それに優しさを感じれた。
だから、それで良かった。だって、私は、なおちゃんと居られるだけで、幸せだったから。
それだけで良かった日々だったんだ。
私、女だったんだ…
:09/07/31 20:25 :W65T :ZWrhOOXQ
#172 [あき]
今朝、始発に乗っても、この街に着いたのは、なんとか午前中。限りある時間を、ふんだんに満喫した。
周りはネオンがつき、人影もパラパラになりだした頃、そろそろ、私の住む場所へと向かう最終便がこの街から出て行く時間。
もちろん、そうなるのは覚悟の上で、駅まで愛車で出てきた。前回失敗したのをもとに、最終便で帰っても、自宅には戻れる準備万端なのだ。
彼が送ってきた、チケットは片道分。
少なくとも、そろそろ駅に行かないと、窓口が閉まる。
『…今日は楽しかったですっ。』
『うん。俺も。』
微妙な空気が車内に流れる。
駅に向かおうと言い出せない自分は、ほとほど弱いと痛感した。
:09/07/31 20:35 :W65T :ZWrhOOXQ
#173 [あき]
※※※※※
余談
送られてきたのは三日間の往復チケットでした。
>>160参照。
だけど、さすがに、それはと、すぐさま返品。
日帰りならと伝えると後日、彼から、片道切符が送られてきたワケです。
※※※※※※※※※
:09/07/31 20:43 :W65T :ZWrhOOXQ
#174 [あき]
駅へと車が進む。
何故か無言の彼。
気まずい私。
彼は前を見据え、私は横の流れる景色を見ていた。
『…やっぱり送らないとけない?』
方言でポツリと言われた言葉に、ドキンとした。
『本当は、このまま連れて帰りたいくらい君を離したくない。もう会えなくなるのがわかるから。
だから、せめて、もう一日。一緒にいて欲しい…』
そう言って、ハンドルを握る手が私の手に触れた。
自然と彼の左手に、力が入り、握られた私の右手を包み込んだ。
:09/07/31 20:54 :W65T :ZWrhOOXQ
#175 [あき]
車は駅を通り過ぎ、街の中を走り抜けた。
何も言えなかった。
どんどん背中で小さくなっていく、駅。
だけど、小さくなったかと思えば、また突然現れる駅。彼は、それでも、ロータリーには入れず、また駅を通過した。
何度も何度も、駅を通過しては、また駅を目指す。
さすがの私も、道を覚えたぞと、苦笑いをしたくなる。もう何周したんだろうか。車内の時計を見ると、とうとう、つい一分前、最終便がこの街を出発してしまっていた。
その間、沈黙が流れる車内で、音楽だけが、聞こえる。
『……ごめん。』
そう言う彼に、私は、泊まる所探さないとね。と笑って言った。彼は、握っていた手を離すと、柔らそうな髪をくしゃりと掴んで、これじゃ拉致だと溜め息をついた。監禁かもねと笑う私に、俺は、笑えないと苦笑した。
そして、ありがとうと言った。
:09/07/31 21:07 :W65T :ZWrhOOXQ
#176 [あき]
『まさか、拉致られるとはっ〃明日、休み取ってて、良かったですよっ。ともかくだっ。こうなった以上、ド○キありますか?着替え買わなきゃっ。』
『こここら30分くらいかかるけど。』
『へーっ。あるんだっ〃』
『コラッっ〃あるさっ!バカにすんなよっ。』
『はいはいっ。』
車は、深夜も営業している大型ショップへと向かう。本当は、ドキドキしていた。バクバクしていた。
笑ってないと、潰されそうだった。
仕事は休みだった。
勿論、こうなるなんて予想していなかった。
ただ、こんな遠い街に来て、深夜に帰宅するんだ。
朝起きれる自信がなかった。だから、久しぶりに貯めてた有給を使ってただけ。念のためだ。念のため…
:09/07/31 21:21 :W65T :ZWrhOOXQ
#177 [あき]
念のため…
念のため…
何の?
帰ってた…
ってた…?
私、本当に、帰るつもりだった…?
答えが出せなかった。
だから、笑ってないと、押し潰されそうだった。
:09/07/31 21:22 :W65T :ZWrhOOXQ
#178 [あき]
―――
どうぞ、ごゆっくりと、着物を着たおばさんが笑顔を残し、襖が閉まる。
二人並んで、部屋を見渡す。すぐさま、暑いねと、西条さんが冷房のスイッチを探す。私は、何がやってるのかなとテレビのスイッチを押した。
何かしてないと、気まずさでおかしくなりそうだった。
数十分前。
せっかくだから、お勧め温泉ないの?の私の冗談に、彼はあるよと言って、この温泉街に車を走らせた。
まさか、飛び込みなんて無理でしょうと笑う私に、彼は任せとけと一件の宿に入って行った。
バカなと焦りながらも、彼の背中を見送る事数分。大きくまるサインをしながら、意気揚々と車に戻ってきたのだ。
こいつ…何ものなんだっ!!
:09/07/31 21:30 :W65T :ZWrhOOXQ
#179 [あき]
『ここの女将さんと、ちょっとした知り合いでさ。にしても、部屋あって良かった。』
『あっそうなんですか…〃』
お茶をすする私達。
熟年夫婦かよっ!!
『でも一部屋…』
『いや、そこまでは無理言えないだろ?』
何故、そんなに、当たり前のように、だけど、どこか満足げなんだっ!!
『で…ですよねーっ〃』
ああ。
私って、本当弱いな。
:09/07/31 21:34 :W65T :ZWrhOOXQ
#180 [あき]
『ここの温泉、かなりいいよ。お肌ツルツルになるからっ!!』
『うんっ…』
『とりあえず、風呂入ってきたら?』
『後でいいです〃先に行ってきたらどうですか?』
今夜。私は、どうされちまうんだろう。
彼がお風呂に行く間に
柔軟体操をしっかりして、いざという時の飛び蹴り、もしくは関節技、なんだったら、ボディーブローの練習をしておきたかった。
※いや、実際には、運動音痴なもんで、出来ませんけどね。
:09/07/31 21:40 :W65T :ZWrhOOXQ
#181 [あき]
彼が温泉に向かった間に、中居さんが、布団を敷きに来た。
手早く、二組の布団を敷くと、お休みなさいと、出て行く。
しばらく、それを見つめて、はたと気づき、私は、ずずずっと布団を離す。
二組の布団が、緊張を妙に強めた。
しばらくすると、戻ってきた音がする。
『君も入っておいでよっ』
そう言いながら、襖が開き、浴衣姿の彼が現れる。
やっぱりドキンと胸が鳴った。
:09/07/31 21:51 :W65T :ZWrhOOXQ
#182 [あき]
ただし、残念な報告です。確かに私は、彼の浴衣姿にドキンと胸が鳴りました。
だけど、その数秒後には、お腹を抱えて、涙を流して、震える事になるんです。
それは…
浴衣が、微妙に短い!!
手足の長い長身の彼には微妙に短い!!
そう、例えるならば、スレンダーな西郷どん。
私は、吹き出しそうになったのを、ぐっとこらえて、普通に振る舞う。
なのに、彼は、その姿で、そう、スレンダーな西郷どんは、ああうまいとお茶をすすったんですっ!!風呂上がりにビールじゃなくて熱い日本茶をっ!!
さっ…西郷どん…!!
その姿が、何故かツボにはまり、思わず、枕に顔をうずめて、窒息死覚悟で笑いをこらえたのでした。
:09/07/31 21:58 :W65T :ZWrhOOXQ
#183 [あき]
もう撃沈寸前でした。
湯呑み片手に、不思議がる彼に、もう、私の笑いのツボは大喜びなわけです。
必死に伝えました。
思わず西郷どんと言いそうになりました。
『さ…西条さん?浴衣、もうワンサイズ大きいの、持って来てもらいましょうか…?〃』
『そうだ。小さいかなと思ってたんだよね。なんか、動きつらいしっ…やっぱり、これ小さいよね?』
『で…ですかねぇ〃なんか、きつそうだったからっ。』
:09/07/31 22:11 :W65T :ZWrhOOXQ
#184 [あき]
えっ?気づいてたんですか?
気づいてて着ちゃったんですかっ?
あなた…
もう。
私息が出来ません。
ちぬ…ちんじゃう…
『何が、そんなに面白い?〃』(※方言でした)
こんな時、方言禁止ですっ!!か…可愛い過ぎるっ!!もう、ツボは崩壊です。
必死に平然を装い、フロントに申請。無事に一件落着です。届いた浴衣を、サラリと着こなす彼を見て、落ち着きを取り戻した私。
もう。衝撃的でした…
:09/07/31 22:17 :W65T :ZWrhOOXQ
#185 [あき]
こんな所で、この人と私は何をしてるんだろう。
どうしたいんだろう。
考えても答えは出ない。
ブラウン管に移る光景に笑う彼の横で、私も画面を見つめる。
ブラウン管の中の人達は、何だかわあわあと騒いでいた。西条さんの笑い声の横で、私もはははと笑ってみる。
面白いねと私に笑顔を見せる彼に笑顔で頷いてみた。
だけど、私には何が面白いのか、やっぱりわからなかった。
ただ、わかるのは。
あの時
私がこの彼に
必要とされた事。
出会ってから一カ月。
いつも、いつも
彼が私を想う
その気持ち。
だけだった。
:09/08/01 03:35 :W65T :bShKEOAI
#186 [あき]
静かな夜。何の音も聞こえない。あれから、もうどれくらいの時間が流れているのだろう。
お休みなさいと電気を消した。
長い長い静寂。
妙な緊張。
その静寂、緊張を破るように、隣の布団から、確かに聞こえた。《俺を選んでくれる?》の台詞に聞こえないふりをした。そんな私に彼は、もう寝たのかと笑ったように言って、まるで子供をあやすように、優しい声でお休みと、そう言った。そして、背中を向け続ける私に、ただポツリと確かめるように《俺についてこい。》そう呟いた。
彼が眠ったのか、眠れてないのかは背中越しにはわからない。
ただ、ただ、静かな夜だった。
:09/08/03 23:43 :W65T :sjOOZQAY
#187 [あき]
ギリギリまで、温泉を楽しんだ私達は、中居さんに見送られ、昼前にそこを後にした。
昨夜の戯言。
彼は何も言わないし。
私は、聞かなかった事にする。
世間は梅雨入りだと騒いでいるが、蒸し暑さすら感じる。じりじりと紫外線を感じる太陽。
よく冷えたファーストフード店に私達は入った。
彼は、暑かったでしょと席に私を促した。
私は、席を探しておきますねと、笑って答える。
『で?何にするの?』
『私は、いつものでっ!』
『おいっ〃いつものって言われてもっ〃』
『あっ〃ごめんなさい〃えっとね…』
いつもの…
ついつい癖が出た。
この相手に伝わる訳ないっか。
:09/08/06 04:40 :W65T :kvYeBl/U
#188 [あき]
『ありがとうございますっ〃』
西条さんからトレイを受け取る。
『いつもこのセットなの?』
頼んだメニューを私に渡してくれる。
それを受け取りながら、笑顔で答えた。
『はいっ〃このメニューが一番好きっ!』
照り焼きセット。
ドリンクはアイスティーストレートで。
学生時代からの私のメニュー。たとえ、そこがマ○クだろうが、モ○スだろうが…私はこれだ。
『よしっ。覚えたぞっ。』
悪戯に笑う彼の前には
チーズバーガーにホットコーヒーだった。
:09/08/06 04:56 :W65T :kvYeBl/U
#189 [あき]
『あれ?それだけ?』
いや。セットを頼めば、ついてくるでしょ!?
高カロリーだけど?
天敵だけど?
かなり美味なっ。
まいうーなっ。
デリシャスなっ。
なくてはならないっ。
にくいアイツがっ!
『あっ、俺はいつもこれっ〃』
爽やかに笑顔を見せるけど。
いやいや。
足りないって!
あのお方がっ!
『ポテトは?』
あきちゃん、聞いちゃいましたっ!そう。この方の存在忘れてますよねっ!何てったって、こうゆう場所では尚更このお方は、忘れちゃいけないでしょっ!!(※私だけ?)
:09/08/06 05:04 :W65T :kvYeBl/U
#190 [あき]
『あっ…。俺、めったに食わないなぁ〃』
爽やかにサラリと否定した。
『へぇ。そうなんですかっ…〃』
内心、かなり取り乱しました。いやいや、始めて見ましたよ。ポテト様を拒否る人を。(※全国のポテト嫌いな方すいません。)
何気ない会話をしながら、全国、どこでも変わらない味を、頬張り、前に座る彼に微笑みかける。
(ポテト…足りないな…)
私の好物…
:09/08/06 05:09 :W65T :kvYeBl/U
#191 [あき]
フィレオフィッシュセット。ドリンクはコーラで。それと
チーズバーガーセット。セットドリンクは、アイスコーヒーだ。
おまけに
単品でチキンナゲットをひとつ。
大量のジャンクフードに呆れながらも、紙ナフキンを渡す。
それを受け取りながら、2つある、ポテトをひとつ、私の方へ渡してくれる。
そして、まずは、フィレオフィッシュをペロリと平らげて。コーラをグビグビいっちゃう。
次に、ポテト片手に、チーズバーガーを、これまたペロリと平らげて。
……そして、繰り広げられる、壮絶なるチキンナゲット争奪戦。
そして、戦いの後に、煙草片手に、アイスコーヒーを飲むんだ。
:09/08/06 05:18 :W65T :kvYeBl/U
#192 [あき]
私が知ってる慣れたメニュー。
どちらが会計をしても
どちらが買い出しに行っても。
《いつものね》
この言葉を言えば、必ず出てくるメニュー。
そして、ポテトを2つ、満足げに、平らげる私を
《あぁあ。またデブになるぞっ》
って笑いながら…
ハンバーガー2つ平らげる彼を
《このっメタボっ!》
って笑いながら…
必死に、チキンナゲットを取り合って。
マスタードソースを取り合って…
ぎゃーぎゃー喧嘩して…
私は、この場所を
そうやって過ごしてきた。
:09/08/06 05:25 :W65T :kvYeBl/U
#193 [あき]
(ポテトも、ナゲットも…ないなぁ…てか、食べづら…)
私に微笑みかける西条さんに答えながら、私はそう感じざるを得なかった。
照り焼きソースって、けっこう食べづらいもんなんだ…マヨネーズやら、ソースやらが、垂れるんだ。
そんなの気にしてなかった。
《おいっ!ソースっ!》
《ん…?あっ〃落とした〃》
《ガキっ!》
『ぼちぼち出ようかっ。時間だね』
彼の言葉に、現実へと戻る。うんと頷き、二人並んで、店を出た。
:09/08/06 05:34 :W65T :kvYeBl/U
#194 [あき]
二人並んで、駅を目指す。じりじりと差し込む日の中吹く、この生温い風は、雨が降る前兆。
おまけに昔、昔に怪我した右腕が、どくどくと脈打ちだす。
季節は梅雨入りだと、痛感させられた。
路地を抜けて、駅までの大通り。車がせわしなく行き交った。私の横をびゅんびゅんと先急ぐ車に、彼の長い手が、ふわりと伸びて、私の腰を掴む。引き寄せられるように、私は歩道側へと彼に並んだ。
『危なっかしいなぁ。〃』
『ごめんなさい〃ありがとっ。』
そして、伸ばされた彼の右手に、黙って左手を差し出した。
:09/08/06 22:30 :W65T :kvYeBl/U
#195 [あき]
彼はその差し出した左手をしっかりと握って、はにかんで笑う。そして、雨、持つかなっなんて、恥ずかしそうに、プラプラと揺らした。私も、笑って答える。
駅のロータリーが見えてきた。数ヶ月前、私達が出会った場所で。昨日、私達が再会した場所。何も変わらない景色。
ただ、変わるのは
この場所で
スーツ姿の、よそよそしい挨拶をした私達が。
数ヶ月後には
こうして、手を繋いで歩いている事だけ。
:09/08/06 22:35 :W65T :kvYeBl/U
#196 [あき]
チケットを買う私を、背中で待つ彼。
ビジネスマンや、親子連れ。ぱたぱたと手団扇で、蒸し暑さをしのぎながら、長蛇の列に、並んでいる。
ちらりと後ろを振り向くと、微笑む彼の隅に寂しさが伺えた。
見送る側の人って、こんな気持ちなんだ…
そう思ってみても、私の生活の場所はここではない。
帰る場所がある。
私の生きてきた全てが詰まったあの場所。
あの場所に帰らなきゃ。
私は、前を見据えて、列に並んだ。
:09/08/06 22:42 :W65T :kvYeBl/U
#197 [あき]
流れゆく景色の中、私の中でも、この二日間の全てが走馬灯のように流れては消えた。
改札前。ぎりぎりまで、私の手を握っていた彼の温もりが、まだ左手に残っている。
《じゃぁ。気をつけて。》
《西条さんもっ。》
改札を抜ける私に、いつまでも手を振り続けてくれた。ふと窓の外を見ると、流れる景色の窓に水滴がついては、後ろに流れていた。
梅雨の雨だ。
私は静かに目を閉じて、現実へと戻って行った。
:09/08/06 22:49 :W65T :kvYeBl/U
#198 [あき]
また慌ただしい日々が戻ってくる。
だけど…
この出逢いが
少しづつ
だけども
確実に
私の平凡で、平和で、平穏で…
だけど大切だった日々。
何十年もかけて
何年もかけて
積み重ねてきた
全てのものを。
壊していった―…
気付いた時には、本当に遅くて。
私に選択肢なんて残ってはいなかった。
:09/08/07 02:45 :W65T :pu1DvuhY
#199 [あき]
―――――
『どうしてですかっ?これは、私の担当じゃ…もう準備だって…』
『とにかく、今回は外れてもらうから。後はそっちで話して。』
彼女は、私には目もくれず、書類をパンっと揃えると、席を立った。
高そうなスーツに身をまとい、高級腕時計をちらつかせて、釣りがねフレームの眼鏡をくいっと押し上げて、私の横をすり抜ける。この春から、私の直属上司になった。本社から来と言われる彼女は、いかにもやり手キャリアウーマンだった。
:09/08/07 02:52 :W65T :pu1DvuhY
#200 [あき]
彼女の背中を見送りながら、呆然と立ち尽くす私の後ろに、まだまだ青い、何年も下。いわゆる、後輩と呼ばれる彼女が突っ立っている。
『あのぉ…』
『…あっ…ごめん。じゃ。引き続きしようか…。』
私は、振り返り彼女に笑顔を見せると、自分のデスクに戻る。かき集めた書類、資料を説明しながら、一枚ずつ、彼女に手渡す。彼女は必死にメモを取りながら、私の言葉に頷いた。
こんな、まだまだ青い彼女にこの案件を上手くまとめられるのか。
そう思っても、何も言えなかった…
:09/08/07 03:00 :W65T :pu1DvuhY
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